台本概要
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タイトル | 夢の続き |
---|---|
作者名 | よぉげるとサマー (@gerutohoukai) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(不問2) ※兼役あり |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
最近流行りの感じのファンタジーっぽいなにか。 全キャラ性別不問です。 小説テイストで書いたせいで、モノローグみたいな文が多いです。 「」以外もセリフっぽく読んでいいですので、あまり気にせず読んでください。 3カウントとか書いてるところは、そのくらい待って続けるみたいなイメージです。 基本、非商用利用は連絡不要です。 劇の音声が残るようにしてくれる場合は、 「よぉげるとサマー」と作者名を、X(旧Twitter)の投稿とか配信名に記載してくれると嬉しいです。 是非、聴きたいです。 あと、感想もくれると喜びます。 568 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ミオ | 不問 | 38 | 元勇者。剣をなくした。 |
ソティ | 不問 | 24 | 元魔法使い。歩くのが好き。 |
ロマノ | 不問 | 15 | 研究者。金欠。 ソティが兼役。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
ソティ:何もかも、仕方がないって、思っている。
ソティ:朝が来る前に、羊の群れを率いて、家を出る。
ソティ:見上げる空の隅まで、夜の色合いが引いてあるのを確認して、細く、息を吐く。
ソティ:少し、白く濁った。
ソティ:杖に括(くく)ったベルをガランと鳴らして、羊と共に草原を歩いて行く。
ソティ:「……寒いな」
ソティ:まだ降らない雪を思い、憂鬱が押し寄せた。
ソティ:降り積もると、できることが本当に少なくなる。
ソティ:それまでに、できるだけのことはしなくては。
ソティ:「……もう、魔法は使えないし」
ソティ:魔王が居なくなれば、この世の魔素(まそ)は薄まり、それを原料とするモノは無くなっていく。
ソティ:魔物も消えて行く、魔素を操る魔法も、使えなくなる。
ソティ:「……灯(ひ)よ」
ソティ:呪文を言葉にし、慣れた感覚で魔素を集め、周囲を照らす灯火(ともしび)を作る。
ソティ:「……まぁ、ダメだわな」
ソティ:明かりは灯(とも)らない。
ソティ:魔法は、魔王と共に無くなってしまったのだ。
ソティ:「……懐かしんでも、仕方ないけどな」
ソティ:身体能力を補強することも出来ないから、草原という名の山道を登って行くのも、疲れが来る。
ソティ:白い息が、口から漏れるペースが増した。
ソティ:自分は、もうただの羊飼いだ。
ソティ:昔と同じ。
ソティ:昔から、変わらず。
ソティ:「夢を見ていただけなのかも……なんて」
ソティ:夢のようだった日々を、振り返って思う。
ソティ:差し出された手を取った、あの日。
ソティ:自分の生まれた理由が、わかったような気がした日。
ソティ:ガラン、と鳴るこの杖が、魔法の杖になった日。
ソティ:「……お前は今も、どこかで」
ソティ:夢のような日々の続きを、過ごしているのだろうか。
0:3カウント―――
ミオ:夢から醒めて、どれくらい経ったんだろうか。
ミオ:「……まだ、朝は寒いな」
ミオ:ガチャリ、と音を立てて、家のドアに鍵が掛かる。
ミオ:吐く息が、白いのを目で追いながら、まだ暗い街へ踏み出す。
ミオ:いつもなら、駅まで自転車を使うけれど。
ミオ:今日は、やめておく。
ミオ:見慣れてきた街路、履き馴染んだ靴。
ミオ:歩くだけで疲れたような、あの頃とは大違いだ。
ミオ:「……雨、降るのかな」
ミオ:予報では、雨になると言っていたので、持ち出した傘。
ミオ:腰に挿せないので、持ち方に悩みながら、何となく、あまり揺れないようにする。
ミオ:「……剣じゃないんだから、もう」
ミオ:剣と魔法とは、かけ離れた、現実。
ミオ:コンクリート。電気。科学。
ミオ:相対的に見れば、あまり変わらないのかもしれない。
ミオ:少なくとも、自分には違いを説明して、納得してもらうのは無理だと思った。
ミオ:「……違うってことしか、わからない」
ミオ:決定的に。違う。
ミオ:それは、唯一で、確実で、どうしようも無く、絶望的に。
ミオ:ただひとつの、正しいことだった。
ミオ:「……考えても、仕方ないけど」
ミオ:現在(いま)が現実で。過去が夢だった。
ミオ:わからないまま剣を握り、知らないまま何かを傷つけ、どうしようもなく誰かに縋(すが)る。
ミオ:泥と汗と血にまみれて、恐怖を恐怖で打ち消していった。
ミオ:なんだか、随分と昔のことのようで。
ミオ:「夢を見ていただけ……なんて」
ミオ:夢だった日々を、振り返って思う。
ミオ:差し出した手を、握り返す感覚。
ミオ:自分の居る世界が、本物だと知った日。
ミオ:それでも。夢からは醒めてしまうのだと思い知ったあの日。
ミオ:「……あんたは、今もそっちで」
ミオ:夢のような日々の続きを、過ごしているのだろうか。
0:3カウント―――
ミオ:塵(ちり)となって霧散していく魔王の体を眺めながら、地面に座り込んでいた。
ミオ:重い魔素に咳込みつつも、絶えず空気を吸い、疲れと共に吐き出す。
ミオ:仰(あお)いだ空には、魔力による黒い暗雲が渦巻いているが、大元が消えた今、徐々に晴れていくだろう。
ソティ:「これから、どうするんだ」
ミオ:ふいに、隣で同じように空を見上げながら、そう聞いてきた。
ミオ:「……これから?」
ソティ:「そうだよ。これから」
ミオ:ゆっくりと息を吸いながら、こちらへと視線を移す。
ミオ:「……知らないよ」
ソティ:「あはは、無計画だな」
ミオ:「いや……そもそも、これから、があるのかって、話だっただろ」
ミオ:人類と呼ばれるモノと、魔族と呼ばれるモノの、全面戦争。
ミオ:それに終止符を打つ為に、ここまで来て。
ミオ:二人になるまで闘い、すべてを終わらせた。
ソティ:「それは、そうだ……まあ、考える余裕が無かったか」
ミオ:「そうだよ。魔王倒した直後で、そんなすぐ切り替えられる訳ないだろ」
ミオ:ふとすれば、眠ってしまいそうな程の、疲労と達成感を覚えながら。
ミオ:これからの青写真を描くのは、とても億劫に感じた。
ソティ:「……でも、私はずっと考えてたからな」
ミオ:「……これから、を?」
ソティ:「あぁ。大切なことだからな」
ミオ:大切なこと。
ミオ:「……無かった、かもしれないのに?」
ミオ:確かにそうだった。
ソティ:「……ふふ、それは無いな」
ミオ:ただ、それは同時に。
ミオ:「うわぁ、たいした自信だな……」
ミオ:忘れたいことでも、あった。
ソティ:「あはは……いつも、言ってたろ」
ミオ:光が、雲の切れ間から、ついに差し込んだ。
ソティ:「二人なら、大丈夫だって」
0:3カウント―――
ソティ:懐かしい、夢を見ていた。
ソティ:それだけを、覚えていて、中身を思い出すことは、できないのだろう。
ソティ:「……なんだろうな」
ソティ:王都で食べた料理の事か。
ソティ:南の国で泳いだ海の事か。
ソティ:もう会うことの無い、仲間たちの事か。
ソティ:どれもが正解で、どれもがハズレのような。
ソティ:「やっぱり、何も思い出せない」
ソティ:雪でも降り出しそうな曇り空を眺めながら、溜息をつく。
ソティ:「……忘れていく。それが正しいのだろうな」
ソティ:何でも無いことも、悲しみも、喜びさえも。
ソティ:忘れる。
ソティ:大切に仕舞っていても、いつか、取り出そうとする事を忘れてしまう。
ソティ:どんなに忘れたく無くても。
ソティ:きっと、忘れたく無いと願った事さえ。
ソティ:「……大切なこと、だったけれど」
ソティ:あの時、全てが終わった時。
ソティ:漠然としていた未来が、はっきりと見えた気がした。
ソティ:どうなるか分からない日々も、どうすればいいか分からない気持ちも。
ソティ:魔王と共に、断ち切れた気がした。
ソティ:「……ふふ、そんな気がしたんだ」
ソティ:ガランと、ベルを鳴らして、腰を上げる。
ソティ:すぅ、と白く息を延ばす。
ソティ:もう、朝陽が遠くに見えた。
ソティ:雲越しだが、変わらず眩しい。
ソティ:「降り出す前に、下れればいいなぁ」
ソティ:出会いも、別れも。
ソティ:始まれば、終わる。
ソティ:それが連なって、人生と呼ばれる物語となる。
ソティ:そんなことを、どこかの詩人が歌ったように。
ソティ:当たり前で、美しく、素敵なことなのだと。
ソティ:「そう言い聞かせて……自分を慰めていくのが、正しいんだろうさ」
0:3カウント―――
ミオ:いつの間に、眠っていたのだろう。
ミオ:目蓋(まぶた)を開け、少し慌てて辺りを見回す。
ミオ:「……なんだ、よかった」
ミオ:停まっていた駅名は、まだ目的地より前の物だった。
ミオ:少し浮きかけた腰を、座席へと落とす。
ミオ:この時間は、まだ混まないのか、人が少ない。
ミオ:扉が閉まり、次の駅へと走り出す。
ミオ:雲越しに登り始めた朝陽で、過ぎていく街の輪郭が、徐々に見えてきた。
ミオ:たいして来たことも無いのに、どこも同じように見えてしまう。
ミオ:それくらい、興味が無くなってしまっているのか。
ミオ:それとも、あの夢の世界に囚(とら)われてしまっているのか。
ミオ:「……きっと」
ミオ:どちらも、正解だ。
ミオ:帰ってきてから、ずっと考えていた。
ミオ:思うように走れない。
ミオ:思うように喋れない。
ミオ:思うように、笑えない。
ミオ:その理由を。ずっと。
ミオ:「……」
ミオ:傘の柄(え)を、少し強く握る。
ミオ:走るよりも速く、いまは電車に揺られながら。
ミオ:目を閉じる。
ミオ:「これから、どうするんだ」
ミオ:あの時、答えることの出来なかった、その問いかけに。
ミオ:あの笑顔に。
ミオ:「なんて答えたら、夢を見続けられたんだろう」
0:3カウント―――
ミオ:疲れ果てた体を起こして、話を続けた。
ソティ:「なぁ、あてが無いなら……」
ミオ:「……あてなんか無いよ、何も考えて無い。早くベッドで寝たいくらいだ」
ソティ:「そうか……良かった」
ミオ:「ふふっ、いや、良くは無いんじゃないか?」
ソティ:「あはは、そうか」
ミオ:暢気(のんき)に笑う顔。
ミオ:それを見て、やはり終わったんだ、と思う。
ミオ:「そっちは良いだろうけどな」
ソティ:「あぁ、お前が行き当たりばったりな奴で良かったよ」
ミオ:「おい」
ソティ:「あはは」
ミオ:ようやく。やっと。ついに。
ミオ:冒険は終わったのだ。
ミオ:「……で、あてが無きゃ、なんなんだ」
ソティ:「……いや、計画があるとか言った割に、何かハッキリした見通しとかは、無いんだけど」
ミオ:少し、気恥ずかしそうに言葉にする。
ソティ:「二人で、何か、やれたらなって……何でも良いから」
ミオ:眩しい。
ミオ:晴れ間から差す陽が。
ミオ:この先の未来が。
ミオ:友の笑顔が。
ミオ:「あぁ……それも良いかもな」
ミオ:まるで、エンディングシーンのように。
ミオ:全てが、光に包まれていった。
0:3カウント―――
ソティ:何もかも、仕方がないと、思っている。
ソティ:何処から来たのか分からない勇者が。
ソティ:魔王を見事打ち倒した後、何処かへ消えてしまっても。
ソティ:それは、きっと、仕方がないことなんだ。
ソティ:「はぁ……」
ソティ:白い息が、消えてしまうように。
ソティ:何処かへ行ってしまう。
ソティ:「何処かで、元気にやっていれば良いな」
ソティ:何度目かの言葉を、口にする。
ソティ:それも、白く、透明に溶けていく。
ソティ:こうなれば、良いな、と。
ソティ:願うことは自由だ。
ソティ:叶わないことを望むのも。
ソティ:訪れない未来を想うのも。
ソティ:いつまでも、待つことも。
ソティ:「……未練がましいな、本当に」
ソティ:ずっと。地平線を見てしまう。
ソティ:誰かが、歩いて来ないかと。
ソティ:道なんて何処にも無くても。
ソティ:遠くの空までも。
ソティ:いつか。やって来るんじゃないか。
ソティ:「……ははっ」
ソティ:考えないで、忘れて、諦めて。
ソティ:終わりにして、仕舞えば良いのに。
ソティ:ガラン、と。ベルを鳴らしてしまう。
ソティ:この音に、気づいて欲しいなんて。
ソティ:誰も分からないのに。
ソティ:「……大丈夫、ひとりでも」
ソティ:言い聞かせる。
ソティ:何度も、何度も。
ソティ:魔王を倒さなければ、なんて。
ソティ:そんなことを思わなくなるまで。
ソティ:きっと、ずっと。
ソティ:言い聞かせていく。
0:3カウント―――
ミオ:あれから。
ミオ:どれだけ。時が経ったのだろうか。
ミオ:降り出した雨に、傘を開く。
ミオ:朝を迎えた街の中、他人ばかりとすれ違いながら、進む。
ミオ:あの時、終わりだと、思ってしまった。
ミオ:だから、戻って来た時。
ミオ:仕方がないと、受け入れてしまった。
ミオ:でも、そうしなければ。
ミオ:それでも、望めば。
ミオ:また、夢の続きに、居られたかもしれないのに。
ミオ:目的地が近づくに連れて、心が急(せ)いてしまう。
ミオ:雨足も強まり、傘を打つ音がうるさい。
ミオ:何もかも、仕方がない、なんて。
ミオ:終わらせて良い訳がない。
ミオ:この感情は、あの世界は。
ミオ:夢なんかじゃないと、知っているのだから。
ミオ:いつの間にか、傘を捨てて、走り出していた。
0:3カウント―――
ロマノ:重い扉を、開く音がした。
ロマノ:「……君。久しぶりじゃないか、どうしたんだい」
ロマノ:ずぶ濡れになって、肩で息をしているのは、見知った人物だった。
ロマノ:「なんだ……傘を忘れたのか? ここは精密機器が多いんだ、あまり水滴を飛ばさないでくれよ」
ロマノ:聞いているのか分からない表情で、こちらを向く。
ロマノ:「……用件があるなら、そのまま。部屋に入らず、そこで待っててくれ。床を濡らしたく無い。今タオルを用意してくる」
ミオ:「……戻してくれ」
ロマノ:まだ整いきらない息で、何か言葉を漏らした。
ロマノ:「なんだい?」
ミオ:「……あの世界へ、戻してくれ」
ロマノ:それが、どういう意味なのか。
ロマノ:お互いに、分からないはずが無かった。
ロマノ:「……君、被験者をやり遂げてくれたのには、感謝しているし、謝礼も与えただろう。それに、伝えたはずだよ。致命的な負荷が、肉体へ掛かることが分かった、と」
ロマノ:長時間の神経接続は、身体機能に負荷が掛かる。
ロマノ:それは想定していた以上の物で、短期間で連続で使用するのは、現状、自殺行為でしか無い。
ミオ:「あぁ……分かってる」
ロマノ:「分かってるって……君ね」
ロマノ:本当に理解しているのなら、正気では無い。
ミオ:「それでも、また、行かせて欲しいんだ……」
ロマノ:だが、その瞳は、真っ直ぐに、こちらを見つめている。
ロマノ:「……もう、あの世界は救われたんだよ。それに魔王が倒れたら、魔素は消え、魔法が使えなくなるんだ。そういう設定でね」
ロマノ:夢物語に相応しい要素が、もはやあの世界には存在しない。
ロマノ:設定をリセットしない限りは、こちらとあまり変わらない、旧文明的なだけの世界だ。
ミオ:「じゃあ、あいつ……いま、どうして……」
ロマノ:少なからずショックは受けているようだが、空を飛びたかったとか、そういう類いの物では無さそうだ。
ロマノ:「……それに、命を保証しかねるんだから、君にメリットは無いよ。あらかたデータは採れたし、もう謝礼も出せないしね」
ロマノ:開発資金も余裕が無い。
ロマノ:それに、まだまだ販売できるクオリティでは無いから、出ていった金が戻って来ることも無い。
ミオ:「……そんなの要らないよ」
ロマノ:まあ、そんな物目当てには見えない。
ロマノ:「……君、ただ現実から逃げ出したいだけかい?」
ミオ:「違う」
ロマノ:「じゃあ、自殺願望かい?」
ミオ:「違うっ、そんなんじゃ無い!」
ロマノ:辛そうな表情で、拳を握り、振り絞るように言った。
ミオ:「どうしても……会いたい奴がいるんだ」
ロマノ:それは、偽りには微塵も聞こえなかった。
ロマノ:本心から、それだけの為に、きっとここまで来たのだろう。
ロマノ:雨の中、傘も差さず、走って。
ロマノ:「……はぁ」
ロマノ:仮想現実での箱庭実験。
ロマノ:そのついでに、ゲーム開発なんて馬鹿なことを考えた報(むく)いを、受けているんだろうな、僕は。
ロマノ:「まったく……失敗にも程があるなぁ、これは。依存症と呼んで良いんじゃないか? 下手にリアリティばかり詰め込むのも、悪影響しか及ぼさないらしい。大切なのは、現実とゲームを切り離してプレイさせることなんだねぇ、勉強になったよ、本当」
ミオ:「お願いだ、遺書でも誓約書でも何でも書くし、金も払う! だから、どうか……」
ロマノ:「分かったよ。もう良い」
ロマノ:そう、もう良い。腹を括(くく)った。
ミオ:「……え」
ロマノ:「君は、僕が製作したゲームで死んでも良いとまで言ってくれる、一番にして唯一のファン……いや、違うね」
ロマノ:もう、こんなのゲームとは呼べないんだろうから。
ロマノ:「あの世界で、ただ一人の勇者なんだ」
ロマノ:何もかも、仕方がないって、思ってる。
ロマノ:「少し僕は、神様に近付き過ぎたのかもね。世界を作り、人を作り……そんで、人を殺すんだ」
ミオ:「ごめん……」
ロマノ:「良いって。製作者としては本望だよ、きっとね。でも……気付いてるかもしれないけど、最後に確認だ」
ロマノ:残酷なシステムだけど、修正もしない、悲しい現実が、一つある。
ロマノ:「あの世界は、ここよりも時間の流れが早い。だから、君が去ってから、どれだけ経っているか分からない。君が会いたい人も……もしかすると、もう居ないかもしれないよ」
ロマノ:本当の神様とはいかない観測者の寿命を補う為に、箱庭の時間を早める。
ロマノ:それは唯一にして、完璧な当たり前だった。
ミオ:「……それでも、良い。戻りたいんだ」
ロマノ:決意は、そんなことでは変わらないのだろう。
ロマノ:良かった。
ロマノ:実は、そういう答えを、少し期待してたんだ。
ロマノ:「……そうか。分かったよ。でも、体を乾かしてからだ。それと一応、書類とかテキトーに作って来るから、そこにサインしてもらう」
ロマノ:きっと、足りることなんて無いし、保険にもならないと思うけれど。
ロマノ:やれることは、やっておきたい。
ミオ:「……ありがとう、ございます」
ロマノ:ははっ、なんだよ。泣きそうじゃないか。
ロマノ:「……良いよ。仕方ないさ」
0:3カウント―――
ソティ:これから。地平線の向こうへ、旅に出ようと思う。
ソティ:全て捨てて、大して物も持たずに。
ソティ:待つのも、疲れたし。
ソティ:世界は広いし。
ソティ:元魔法使いの癖に、歩くのだけは得意だったろう?
ソティ:きっと、性に合ってるんだろうな。動いている方が。
ソティ:ただ、昔みたいに魔法も使えないから。
ソティ:きっと、大変なことばかりなんだろうな。
ソティ:それでも、まあ。
ソティ:変わらないより、良いのかもしれない。
0:1カウント―――
ミオ:これから、どうするんだ。
ミオ:もう一度。
ミオ:そう聞かれたなら、すぐに答えられる。
ミオ:だから、あの時迎えたエンディングの。その先へ、行くんだ。
ミオ:元勇者なんて、平和な世界に必要無いんだろうけど。
ミオ:世界は広いんだから。
ミオ:二人なら、大丈夫だろう。
ミオ:全て捨てて、何もかも持たずに。
ミオ:これから。そっちの世界へ、戻ろうと思う。
0:3カウント―――
ソティ:まだ、夢を見ている。
ミオ:「なぁ、あんたって……もしかして魔法使い?」
ソティ:「え……あぁ、そうだけど」
ミオ:「あー、なら……もし、良ければだけどさ」
ソティ:いつまでも、夢に見ている。
ミオ:「一緒に、冒険とか……してみない?」
ソティ:二人の夢を。何度も。
0:終―――
ソティ:何もかも、仕方がないって、思っている。
ソティ:朝が来る前に、羊の群れを率いて、家を出る。
ソティ:見上げる空の隅まで、夜の色合いが引いてあるのを確認して、細く、息を吐く。
ソティ:少し、白く濁った。
ソティ:杖に括(くく)ったベルをガランと鳴らして、羊と共に草原を歩いて行く。
ソティ:「……寒いな」
ソティ:まだ降らない雪を思い、憂鬱が押し寄せた。
ソティ:降り積もると、できることが本当に少なくなる。
ソティ:それまでに、できるだけのことはしなくては。
ソティ:「……もう、魔法は使えないし」
ソティ:魔王が居なくなれば、この世の魔素(まそ)は薄まり、それを原料とするモノは無くなっていく。
ソティ:魔物も消えて行く、魔素を操る魔法も、使えなくなる。
ソティ:「……灯(ひ)よ」
ソティ:呪文を言葉にし、慣れた感覚で魔素を集め、周囲を照らす灯火(ともしび)を作る。
ソティ:「……まぁ、ダメだわな」
ソティ:明かりは灯(とも)らない。
ソティ:魔法は、魔王と共に無くなってしまったのだ。
ソティ:「……懐かしんでも、仕方ないけどな」
ソティ:身体能力を補強することも出来ないから、草原という名の山道を登って行くのも、疲れが来る。
ソティ:白い息が、口から漏れるペースが増した。
ソティ:自分は、もうただの羊飼いだ。
ソティ:昔と同じ。
ソティ:昔から、変わらず。
ソティ:「夢を見ていただけなのかも……なんて」
ソティ:夢のようだった日々を、振り返って思う。
ソティ:差し出された手を取った、あの日。
ソティ:自分の生まれた理由が、わかったような気がした日。
ソティ:ガラン、と鳴るこの杖が、魔法の杖になった日。
ソティ:「……お前は今も、どこかで」
ソティ:夢のような日々の続きを、過ごしているのだろうか。
0:3カウント―――
ミオ:夢から醒めて、どれくらい経ったんだろうか。
ミオ:「……まだ、朝は寒いな」
ミオ:ガチャリ、と音を立てて、家のドアに鍵が掛かる。
ミオ:吐く息が、白いのを目で追いながら、まだ暗い街へ踏み出す。
ミオ:いつもなら、駅まで自転車を使うけれど。
ミオ:今日は、やめておく。
ミオ:見慣れてきた街路、履き馴染んだ靴。
ミオ:歩くだけで疲れたような、あの頃とは大違いだ。
ミオ:「……雨、降るのかな」
ミオ:予報では、雨になると言っていたので、持ち出した傘。
ミオ:腰に挿せないので、持ち方に悩みながら、何となく、あまり揺れないようにする。
ミオ:「……剣じゃないんだから、もう」
ミオ:剣と魔法とは、かけ離れた、現実。
ミオ:コンクリート。電気。科学。
ミオ:相対的に見れば、あまり変わらないのかもしれない。
ミオ:少なくとも、自分には違いを説明して、納得してもらうのは無理だと思った。
ミオ:「……違うってことしか、わからない」
ミオ:決定的に。違う。
ミオ:それは、唯一で、確実で、どうしようも無く、絶望的に。
ミオ:ただひとつの、正しいことだった。
ミオ:「……考えても、仕方ないけど」
ミオ:現在(いま)が現実で。過去が夢だった。
ミオ:わからないまま剣を握り、知らないまま何かを傷つけ、どうしようもなく誰かに縋(すが)る。
ミオ:泥と汗と血にまみれて、恐怖を恐怖で打ち消していった。
ミオ:なんだか、随分と昔のことのようで。
ミオ:「夢を見ていただけ……なんて」
ミオ:夢だった日々を、振り返って思う。
ミオ:差し出した手を、握り返す感覚。
ミオ:自分の居る世界が、本物だと知った日。
ミオ:それでも。夢からは醒めてしまうのだと思い知ったあの日。
ミオ:「……あんたは、今もそっちで」
ミオ:夢のような日々の続きを、過ごしているのだろうか。
0:3カウント―――
ミオ:塵(ちり)となって霧散していく魔王の体を眺めながら、地面に座り込んでいた。
ミオ:重い魔素に咳込みつつも、絶えず空気を吸い、疲れと共に吐き出す。
ミオ:仰(あお)いだ空には、魔力による黒い暗雲が渦巻いているが、大元が消えた今、徐々に晴れていくだろう。
ソティ:「これから、どうするんだ」
ミオ:ふいに、隣で同じように空を見上げながら、そう聞いてきた。
ミオ:「……これから?」
ソティ:「そうだよ。これから」
ミオ:ゆっくりと息を吸いながら、こちらへと視線を移す。
ミオ:「……知らないよ」
ソティ:「あはは、無計画だな」
ミオ:「いや……そもそも、これから、があるのかって、話だっただろ」
ミオ:人類と呼ばれるモノと、魔族と呼ばれるモノの、全面戦争。
ミオ:それに終止符を打つ為に、ここまで来て。
ミオ:二人になるまで闘い、すべてを終わらせた。
ソティ:「それは、そうだ……まあ、考える余裕が無かったか」
ミオ:「そうだよ。魔王倒した直後で、そんなすぐ切り替えられる訳ないだろ」
ミオ:ふとすれば、眠ってしまいそうな程の、疲労と達成感を覚えながら。
ミオ:これからの青写真を描くのは、とても億劫に感じた。
ソティ:「……でも、私はずっと考えてたからな」
ミオ:「……これから、を?」
ソティ:「あぁ。大切なことだからな」
ミオ:大切なこと。
ミオ:「……無かった、かもしれないのに?」
ミオ:確かにそうだった。
ソティ:「……ふふ、それは無いな」
ミオ:ただ、それは同時に。
ミオ:「うわぁ、たいした自信だな……」
ミオ:忘れたいことでも、あった。
ソティ:「あはは……いつも、言ってたろ」
ミオ:光が、雲の切れ間から、ついに差し込んだ。
ソティ:「二人なら、大丈夫だって」
0:3カウント―――
ソティ:懐かしい、夢を見ていた。
ソティ:それだけを、覚えていて、中身を思い出すことは、できないのだろう。
ソティ:「……なんだろうな」
ソティ:王都で食べた料理の事か。
ソティ:南の国で泳いだ海の事か。
ソティ:もう会うことの無い、仲間たちの事か。
ソティ:どれもが正解で、どれもがハズレのような。
ソティ:「やっぱり、何も思い出せない」
ソティ:雪でも降り出しそうな曇り空を眺めながら、溜息をつく。
ソティ:「……忘れていく。それが正しいのだろうな」
ソティ:何でも無いことも、悲しみも、喜びさえも。
ソティ:忘れる。
ソティ:大切に仕舞っていても、いつか、取り出そうとする事を忘れてしまう。
ソティ:どんなに忘れたく無くても。
ソティ:きっと、忘れたく無いと願った事さえ。
ソティ:「……大切なこと、だったけれど」
ソティ:あの時、全てが終わった時。
ソティ:漠然としていた未来が、はっきりと見えた気がした。
ソティ:どうなるか分からない日々も、どうすればいいか分からない気持ちも。
ソティ:魔王と共に、断ち切れた気がした。
ソティ:「……ふふ、そんな気がしたんだ」
ソティ:ガランと、ベルを鳴らして、腰を上げる。
ソティ:すぅ、と白く息を延ばす。
ソティ:もう、朝陽が遠くに見えた。
ソティ:雲越しだが、変わらず眩しい。
ソティ:「降り出す前に、下れればいいなぁ」
ソティ:出会いも、別れも。
ソティ:始まれば、終わる。
ソティ:それが連なって、人生と呼ばれる物語となる。
ソティ:そんなことを、どこかの詩人が歌ったように。
ソティ:当たり前で、美しく、素敵なことなのだと。
ソティ:「そう言い聞かせて……自分を慰めていくのが、正しいんだろうさ」
0:3カウント―――
ミオ:いつの間に、眠っていたのだろう。
ミオ:目蓋(まぶた)を開け、少し慌てて辺りを見回す。
ミオ:「……なんだ、よかった」
ミオ:停まっていた駅名は、まだ目的地より前の物だった。
ミオ:少し浮きかけた腰を、座席へと落とす。
ミオ:この時間は、まだ混まないのか、人が少ない。
ミオ:扉が閉まり、次の駅へと走り出す。
ミオ:雲越しに登り始めた朝陽で、過ぎていく街の輪郭が、徐々に見えてきた。
ミオ:たいして来たことも無いのに、どこも同じように見えてしまう。
ミオ:それくらい、興味が無くなってしまっているのか。
ミオ:それとも、あの夢の世界に囚(とら)われてしまっているのか。
ミオ:「……きっと」
ミオ:どちらも、正解だ。
ミオ:帰ってきてから、ずっと考えていた。
ミオ:思うように走れない。
ミオ:思うように喋れない。
ミオ:思うように、笑えない。
ミオ:その理由を。ずっと。
ミオ:「……」
ミオ:傘の柄(え)を、少し強く握る。
ミオ:走るよりも速く、いまは電車に揺られながら。
ミオ:目を閉じる。
ミオ:「これから、どうするんだ」
ミオ:あの時、答えることの出来なかった、その問いかけに。
ミオ:あの笑顔に。
ミオ:「なんて答えたら、夢を見続けられたんだろう」
0:3カウント―――
ミオ:疲れ果てた体を起こして、話を続けた。
ソティ:「なぁ、あてが無いなら……」
ミオ:「……あてなんか無いよ、何も考えて無い。早くベッドで寝たいくらいだ」
ソティ:「そうか……良かった」
ミオ:「ふふっ、いや、良くは無いんじゃないか?」
ソティ:「あはは、そうか」
ミオ:暢気(のんき)に笑う顔。
ミオ:それを見て、やはり終わったんだ、と思う。
ミオ:「そっちは良いだろうけどな」
ソティ:「あぁ、お前が行き当たりばったりな奴で良かったよ」
ミオ:「おい」
ソティ:「あはは」
ミオ:ようやく。やっと。ついに。
ミオ:冒険は終わったのだ。
ミオ:「……で、あてが無きゃ、なんなんだ」
ソティ:「……いや、計画があるとか言った割に、何かハッキリした見通しとかは、無いんだけど」
ミオ:少し、気恥ずかしそうに言葉にする。
ソティ:「二人で、何か、やれたらなって……何でも良いから」
ミオ:眩しい。
ミオ:晴れ間から差す陽が。
ミオ:この先の未来が。
ミオ:友の笑顔が。
ミオ:「あぁ……それも良いかもな」
ミオ:まるで、エンディングシーンのように。
ミオ:全てが、光に包まれていった。
0:3カウント―――
ソティ:何もかも、仕方がないと、思っている。
ソティ:何処から来たのか分からない勇者が。
ソティ:魔王を見事打ち倒した後、何処かへ消えてしまっても。
ソティ:それは、きっと、仕方がないことなんだ。
ソティ:「はぁ……」
ソティ:白い息が、消えてしまうように。
ソティ:何処かへ行ってしまう。
ソティ:「何処かで、元気にやっていれば良いな」
ソティ:何度目かの言葉を、口にする。
ソティ:それも、白く、透明に溶けていく。
ソティ:こうなれば、良いな、と。
ソティ:願うことは自由だ。
ソティ:叶わないことを望むのも。
ソティ:訪れない未来を想うのも。
ソティ:いつまでも、待つことも。
ソティ:「……未練がましいな、本当に」
ソティ:ずっと。地平線を見てしまう。
ソティ:誰かが、歩いて来ないかと。
ソティ:道なんて何処にも無くても。
ソティ:遠くの空までも。
ソティ:いつか。やって来るんじゃないか。
ソティ:「……ははっ」
ソティ:考えないで、忘れて、諦めて。
ソティ:終わりにして、仕舞えば良いのに。
ソティ:ガラン、と。ベルを鳴らしてしまう。
ソティ:この音に、気づいて欲しいなんて。
ソティ:誰も分からないのに。
ソティ:「……大丈夫、ひとりでも」
ソティ:言い聞かせる。
ソティ:何度も、何度も。
ソティ:魔王を倒さなければ、なんて。
ソティ:そんなことを思わなくなるまで。
ソティ:きっと、ずっと。
ソティ:言い聞かせていく。
0:3カウント―――
ミオ:あれから。
ミオ:どれだけ。時が経ったのだろうか。
ミオ:降り出した雨に、傘を開く。
ミオ:朝を迎えた街の中、他人ばかりとすれ違いながら、進む。
ミオ:あの時、終わりだと、思ってしまった。
ミオ:だから、戻って来た時。
ミオ:仕方がないと、受け入れてしまった。
ミオ:でも、そうしなければ。
ミオ:それでも、望めば。
ミオ:また、夢の続きに、居られたかもしれないのに。
ミオ:目的地が近づくに連れて、心が急(せ)いてしまう。
ミオ:雨足も強まり、傘を打つ音がうるさい。
ミオ:何もかも、仕方がない、なんて。
ミオ:終わらせて良い訳がない。
ミオ:この感情は、あの世界は。
ミオ:夢なんかじゃないと、知っているのだから。
ミオ:いつの間にか、傘を捨てて、走り出していた。
0:3カウント―――
ロマノ:重い扉を、開く音がした。
ロマノ:「……君。久しぶりじゃないか、どうしたんだい」
ロマノ:ずぶ濡れになって、肩で息をしているのは、見知った人物だった。
ロマノ:「なんだ……傘を忘れたのか? ここは精密機器が多いんだ、あまり水滴を飛ばさないでくれよ」
ロマノ:聞いているのか分からない表情で、こちらを向く。
ロマノ:「……用件があるなら、そのまま。部屋に入らず、そこで待っててくれ。床を濡らしたく無い。今タオルを用意してくる」
ミオ:「……戻してくれ」
ロマノ:まだ整いきらない息で、何か言葉を漏らした。
ロマノ:「なんだい?」
ミオ:「……あの世界へ、戻してくれ」
ロマノ:それが、どういう意味なのか。
ロマノ:お互いに、分からないはずが無かった。
ロマノ:「……君、被験者をやり遂げてくれたのには、感謝しているし、謝礼も与えただろう。それに、伝えたはずだよ。致命的な負荷が、肉体へ掛かることが分かった、と」
ロマノ:長時間の神経接続は、身体機能に負荷が掛かる。
ロマノ:それは想定していた以上の物で、短期間で連続で使用するのは、現状、自殺行為でしか無い。
ミオ:「あぁ……分かってる」
ロマノ:「分かってるって……君ね」
ロマノ:本当に理解しているのなら、正気では無い。
ミオ:「それでも、また、行かせて欲しいんだ……」
ロマノ:だが、その瞳は、真っ直ぐに、こちらを見つめている。
ロマノ:「……もう、あの世界は救われたんだよ。それに魔王が倒れたら、魔素は消え、魔法が使えなくなるんだ。そういう設定でね」
ロマノ:夢物語に相応しい要素が、もはやあの世界には存在しない。
ロマノ:設定をリセットしない限りは、こちらとあまり変わらない、旧文明的なだけの世界だ。
ミオ:「じゃあ、あいつ……いま、どうして……」
ロマノ:少なからずショックは受けているようだが、空を飛びたかったとか、そういう類いの物では無さそうだ。
ロマノ:「……それに、命を保証しかねるんだから、君にメリットは無いよ。あらかたデータは採れたし、もう謝礼も出せないしね」
ロマノ:開発資金も余裕が無い。
ロマノ:それに、まだまだ販売できるクオリティでは無いから、出ていった金が戻って来ることも無い。
ミオ:「……そんなの要らないよ」
ロマノ:まあ、そんな物目当てには見えない。
ロマノ:「……君、ただ現実から逃げ出したいだけかい?」
ミオ:「違う」
ロマノ:「じゃあ、自殺願望かい?」
ミオ:「違うっ、そんなんじゃ無い!」
ロマノ:辛そうな表情で、拳を握り、振り絞るように言った。
ミオ:「どうしても……会いたい奴がいるんだ」
ロマノ:それは、偽りには微塵も聞こえなかった。
ロマノ:本心から、それだけの為に、きっとここまで来たのだろう。
ロマノ:雨の中、傘も差さず、走って。
ロマノ:「……はぁ」
ロマノ:仮想現実での箱庭実験。
ロマノ:そのついでに、ゲーム開発なんて馬鹿なことを考えた報(むく)いを、受けているんだろうな、僕は。
ロマノ:「まったく……失敗にも程があるなぁ、これは。依存症と呼んで良いんじゃないか? 下手にリアリティばかり詰め込むのも、悪影響しか及ぼさないらしい。大切なのは、現実とゲームを切り離してプレイさせることなんだねぇ、勉強になったよ、本当」
ミオ:「お願いだ、遺書でも誓約書でも何でも書くし、金も払う! だから、どうか……」
ロマノ:「分かったよ。もう良い」
ロマノ:そう、もう良い。腹を括(くく)った。
ミオ:「……え」
ロマノ:「君は、僕が製作したゲームで死んでも良いとまで言ってくれる、一番にして唯一のファン……いや、違うね」
ロマノ:もう、こんなのゲームとは呼べないんだろうから。
ロマノ:「あの世界で、ただ一人の勇者なんだ」
ロマノ:何もかも、仕方がないって、思ってる。
ロマノ:「少し僕は、神様に近付き過ぎたのかもね。世界を作り、人を作り……そんで、人を殺すんだ」
ミオ:「ごめん……」
ロマノ:「良いって。製作者としては本望だよ、きっとね。でも……気付いてるかもしれないけど、最後に確認だ」
ロマノ:残酷なシステムだけど、修正もしない、悲しい現実が、一つある。
ロマノ:「あの世界は、ここよりも時間の流れが早い。だから、君が去ってから、どれだけ経っているか分からない。君が会いたい人も……もしかすると、もう居ないかもしれないよ」
ロマノ:本当の神様とはいかない観測者の寿命を補う為に、箱庭の時間を早める。
ロマノ:それは唯一にして、完璧な当たり前だった。
ミオ:「……それでも、良い。戻りたいんだ」
ロマノ:決意は、そんなことでは変わらないのだろう。
ロマノ:良かった。
ロマノ:実は、そういう答えを、少し期待してたんだ。
ロマノ:「……そうか。分かったよ。でも、体を乾かしてからだ。それと一応、書類とかテキトーに作って来るから、そこにサインしてもらう」
ロマノ:きっと、足りることなんて無いし、保険にもならないと思うけれど。
ロマノ:やれることは、やっておきたい。
ミオ:「……ありがとう、ございます」
ロマノ:ははっ、なんだよ。泣きそうじゃないか。
ロマノ:「……良いよ。仕方ないさ」
0:3カウント―――
ソティ:これから。地平線の向こうへ、旅に出ようと思う。
ソティ:全て捨てて、大して物も持たずに。
ソティ:待つのも、疲れたし。
ソティ:世界は広いし。
ソティ:元魔法使いの癖に、歩くのだけは得意だったろう?
ソティ:きっと、性に合ってるんだろうな。動いている方が。
ソティ:ただ、昔みたいに魔法も使えないから。
ソティ:きっと、大変なことばかりなんだろうな。
ソティ:それでも、まあ。
ソティ:変わらないより、良いのかもしれない。
0:1カウント―――
ミオ:これから、どうするんだ。
ミオ:もう一度。
ミオ:そう聞かれたなら、すぐに答えられる。
ミオ:だから、あの時迎えたエンディングの。その先へ、行くんだ。
ミオ:元勇者なんて、平和な世界に必要無いんだろうけど。
ミオ:世界は広いんだから。
ミオ:二人なら、大丈夫だろう。
ミオ:全て捨てて、何もかも持たずに。
ミオ:これから。そっちの世界へ、戻ろうと思う。
0:3カウント―――
ソティ:まだ、夢を見ている。
ミオ:「なぁ、あんたって……もしかして魔法使い?」
ソティ:「え……あぁ、そうだけど」
ミオ:「あー、なら……もし、良ければだけどさ」
ソティ:いつまでも、夢に見ている。
ミオ:「一緒に、冒険とか……してみない?」
ソティ:二人の夢を。何度も。
0:終―――