台本概要

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タイトル マスケラータは廻る
作者名 アール/ドラゴス  (@Dragoss_R)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(女1、不問1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ―――幸い、仮面が真実を覆ってくれていた。


※「マスケラータ」とは仮面舞踏会、とどのつまり「マスカレイド」のイタリア読みです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ペトラ 不問 148 マスケラータに初めて参加した。 (ペトラの性別は男性ですが、「男装した女性」として演じても構いません。)
カタリナ 150 マスケラータが好き。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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ペトラ:スキャンダルや噂話は、今も世界中に出廻っている―――。 : 0:「マスケラータは廻る」 : カタリナ:こんばんは。踊る相手にお困りなら、よければ私にご一緒させてくれませんか? : ペトラ:[M]俯いていた顔を上げ、仮面越しに仮面で覆われた顔を見る。影を纏う目元と口元が、言葉が出ないほどに美しいと思った。 : カタリナ:…Ciao(チャオ)~? ペトラ:あぁ…っ、ごめんなさい。少し、ぼぅっとしてて。 カタリナ:ふふ…、面白い方。それで、どうでしょう。私と踊ってくれませんか? ペトラ:えぇっと…、申し訳ないんですが、僕はまだ踊ったことがないので、もう少し踊りを練習してからじゃないと。 カタリナ:ではそうやってずっとドレスとタキシードが揺れるのを見てるつもりですか。 ペトラ:……。 カタリナ:大丈夫。私もずっと見様見真似です。それに、たとえ拙くても恥じることはありません。ここはマスケラータなんですから。あなたは私と仮面に身を預けて、ただ踊っていればいいんですよ。 ペトラ:…ありがとう、ございます。でも、それって僕がエスコートされる側ってことじゃあ。 カタリナ:仮面の上では男性女性に優劣はありませんよ。みーんなのっぺらぼうですからね。ここは、誰もが平等な世界なんです。 ペトラ:平等…。 カタリナ:さあほら、お手をどうぞ。シャイな王子様。 ペトラ:…「Yes, your Majesty.」(イエス、ユアマジェスティ) 0:ダンスホールで踊る二人。 カタリナ:ふふ、なあんだ。上手じゃないですか。全然初めてじゃない。 ペトラ:伝え方が悪かったですね。マスケラータは初めてです。舞踏は父から習いました。 カタリナ:わ、もしかして貴族の方だったりします?だとしたらあの誘い文句は無礼に値するかなあ。 ペトラ:マスクの上では誰もが平等なんでしょう。 カタリナ:頭の回転が速いんですね。 ペトラ:そんなことは。くるくると踊っているから、頭もそれに呼応しているんです、きっと。 カタリナ:ふふっ…、そっか。だから廻ってるんだっ。 ペトラ:お気に召すジョークでしたか、陛下。 カタリナ:とっても。勇気を出して、きみに声をかけて良かったーって、心から思ってます。 ペトラ:…僕も、話しかけてくれたのがあなたで良かったです。 カタリナ:本当?そう言ってくれるのはとっても嬉しいなあ。 : ペトラ:[M]彼女の丁寧な所作に酔いしれていた陶酔は、果たして数秒だったのか数分だったのか。僕をトリップから呼び起こしたのは、彼女の唐突な問いかけだった。 : カタリナ:ねえ。良かったら、きみの名前を教えてくれないかな。 ペトラ:えっ?…でも、名前なんて教えたら仮面を被ってる意味なんて。 カタリナ:ああ、ごめん。本名じゃなくて、あだ名とか呼んで欲しい名前を教えて欲しいの。だって、いつまでも「きみ」、「あなた」って呼び合うのはぎこちないし、これからも話すんだったら愛称くらいはあった方がいいでしょ? ペトラ:僕は今のままでもいいんですが。 カタリナ:私は名前の方がいいの。だから教えて。なんでもいいから。 ペトラ:えぇと…、じゃあ、「ペトラ」で。 カタリナ:ペトラね、Grazie(グラッツィエ)。それじゃあ、私のことは「カタリナ」って呼んで。 ペトラ:カタリナ…、ファーストネームっぽいですけど。 カタリナ:でも証拠はないでしょ。だから確信もない。それに、ペトラだってドイツの方で女性につけられる人名じゃん。きみも人のこと言えないよ。 ペトラ:百理ありますね。…というかナチュラルすぎて聞き流してたんですけど、「これからも話す」って言いました? カタリナ:ご不満だったなら何がまで言って欲しいな。 ペトラ:いやその…、少し面食らっただけです。マスケラータって、毎度初めましての人と踊るものだと思ってたので。 カタリナ:楽しみ方は人それぞれで良いってことです。世の中にはいろんな人がいるんだしね、と。…少し踊り疲れた。休憩してもいい? ペトラ:お気に召すまま。 カタリナ:ふっ…、どうぞこちらへ。 : ペトラ:[M]カタリナに手を引かれて歩く。そういえば僕、こうして人と触れ合ったのいつぶりだっけ。確か―――。 カタリナ:(セリフに被せるように)ぁいてっ…。[男の肩にぶつかる] ペトラ:ぁ…、大丈夫? カタリナ:全然。ありがと、ペトラ。 : ペトラ:[M]カタリナにぶつかった男は機嫌が悪そうにそそくさと人込みに消えていく。どんな教育を受けたんだアイツは。 カタリナ:ふふ、たまにいるんだよ。“平等”を“無秩序”だと思い込んでる頭のおかしいやつ。でもマスケラータを嫌いにならないでねペトラ。あれは珍しく汚泥が掘り起こされただけ。どれだけ綺麗な川も、川底を掘れば泥はあるものだから。 ペトラ:…そんな喩えを出さなくたって。 カタリナ:ペトラは頭がよく廻るもんね。 ペトラ:それ気に入ったの? カタリナ:金輪際使い続けたい。 ペトラ:使用料は何リラにしようかな。 カタリナ:…ふふ、最初の緊張が嘘みたいにノリが良くなっちゃって。 ペトラ:掌にあなたが乗せてくるんだ。 カタリナ:じゃあ私が話し上手ってことで、ふふ。ま、ああいう奴とか新聞記者は嫌いだけど、ペトラのことは好きだよ私。 ペトラ:なんで新聞記者を引き合いに出すのさ。 カタリナ:だって好きじゃないんだもん。人の不幸やゴシップを汚い蜜に仕立て上げて、私たちに舐めさせようとしてくる。最低で大嫌いだよ。 ペトラ:…僕は何かについて悪く言うカタリナが嫌いかな。 カタリナ:あ…。ごめん。 ペトラ:っ、僕こそごめん…。 : ペトラ:[M]気まずい沈黙。初対面の人にこうまでキッパリ言ってしまったのなんて初めてだった。喉がなんとか言葉を捻り出そうとするけど、それが口腔まで達することはなく、頭の中がぐるぐると廻る。しかし。 : カタリナ:…ふ、ふふふっ。 ペトラ:[M]カタリナが笑う。感情はおろか表情も読めない。 カタリナ:あーあ、さっきの人には感謝しなくちゃ。 ペトラ:は…? カタリナ:だって、いつの間にかペトラの敬語が外れてたから。おかげさまだね。 ペトラ:…たし、かに? カタリナ:ふふ。私は堅苦しいのあんまり好きじゃないから。ペトラの素の話し方が自然に聴けて嬉しいんだ。 ペトラ:そ、そう……。…あのさ―――。 カタリナ:[被せて]ねえペトラ。来月も来てくれるよね? ペトラ:…何の話? カタリナ:何って、マスケラータだよ。ここの仮面舞踏会は月一開催なの。だから、来月も私と踊ってくれるよね、ってことっ。 ペトラ:[M]「優しいね。」…口に出す言葉と心に留める言葉を逆にしないように、僕は答える。 : ペトラ:「喜んで。」(マイプレジャー) : ペトラ:[M]珍しく自然と浮かんだ笑顔は、仮面の裏に隠された。 0:場面転換。二か月後。 : カタリナ:Buona sera(ボナ セェラ)、ペトラ。 ペトラ:[M]見慣れた仮面と衣装をつけて、カタリナが歩いてくる。…あの日から始まった仮面越しの逢瀬は、気づけば三か月も続いていた。 カタリナ:今月もきみに会えてとっても嬉しいよ。 ペトラ:…その言葉、もしかして毎回言うつもり?先月も言ってたよね。 カタリナ:ダメだった? ペトラ:別にダメではないけど。いつまで続くかなあと思っただけ。 カタリナ:私はずっと続けるつもりだよ?ペトラがここに来て私と踊ってくれる限り。 ペトラ:じゃあ勝負してみる?どっちかが来なくなるのが先か、カタリナが言い忘れるのが先か。 カタリナ:勝ったところで悲しいだけじゃん、それ。そんな負けたくなる勝負はしません。 ペトラ:…そう。…あのさ。今更なんだけど。本当に僕でいいの。 カタリナ:いいって、なにが? ペトラ:…あれから三回、ずっと僕としか踊ってないでしょ。こんなので飽きないのかな、って。 カタリナ:ふふっ…。それを聞くなら私の方だよ。だってあの日、私が一方的にペトラのことを誘っちゃったわけだし。嫌だったら全然言ってね。 ペトラ:僕は大丈夫。じゃなかったら毎月同じマスクで参加なんてしないよ。 カタリナ:それを聞けて良かった。あと、私はペトラでいいんじゃなくて、ペトラ「が」いいの。 ペトラ:っ…、そっか。ありがと。 カタリナ:こちらこそ。…あーあ。マスケラータだけじゃなくて、いつもの憂鬱な日常にもペトラが居てくれたら良かったのに。 ペトラ:…カタリナ? カタリナ:っ、ああいや。なんでもないよ、気にしないで。 ペトラ:……。 カタリナ:……気になる、よね。 ペトラ:…うん。普段は表情すら見えないから、余計に。 カタリナ:…わかった。なら、少しだけ聞いて欲しい。共感しづらい話かもしれないんだけど。 ペトラ:もちろん、好きなだけ。 カタリナ:ありがとう。…ふふ、やっぱりペトラは優しいな。 ペトラ:…仮面を被ってるから、そう見えるだけだよ。 カタリナ:えぇ、ペトラはにゃんこだったってこと? ペトラ:猫というよりは化けの皮かな。 カタリナ:今ので伝わるんだ。 ペトラ:カタリナの語彙は特徴的だから。…それで、聞いて欲しい話はどこにいったのさ。 カタリナ:…それは、一緒にステップを踏みながら。 : ペトラ:[M]僕はこくりと頷き、カタリナの手を取る。踊りが始まってからお互いが口を噤(つぐ)んでいた時間は、思いのほか短かった。 : カタリナ:私、思うんだ。マスケラータはよく現実に似てるなあって。 ペトラ:現実に? カタリナ:そう。…確かにここでは顔や名前、身分や中身は関係ない。何もかもが匿名で、仮面さえつけていれば誰だって自由に踊れる。…私は、個人の権利が本当の意味で守られるマスケラータが好き。…でも、ここは自由でありながら、現実の生きづらさを体現してる。だって、逆を言えばこの場所は…、「仮面」がないと生きることを許されないから。 ペトラ:…っ! カタリナ:全員の足並みが揃った匿名性…、いわば「世界の秩序」は、仮面を被ることで保たれる。「無表情を演じることで存在を許される」んだよ、この世界は。「貧しくてマスクを買えない人」や、「マスクを被り忘れた人」、「変わったマスクをつけてる人」はみんな除外されて、規則に完璧に従った人間だけが舞台で踊ることを許されるんだ。誰もが好きなように踊っているように見えて、透明な足枷と鎖はいつだって床に転がっていて。必死に踊り狂っても、躓けばマスクを剥ぎ取られて見世物小屋に連れていかれて。 : ペトラ:[M]誰もが手を取り合い、助け合えればいいのに、そんなことは不可能で。仮面の裏に隠した野望の為に足元を掬おうと画策する者もいれば、転んだ人を大声で嘲笑し、非難を集める下衆も溢れている。 : カタリナ:…そんな現実が、私は大嫌いなんだ。 : ペトラ:[M]踊り疲れているのか吐息が交じる声は震えている。 : カタリナ:でも、マスケラータ…、仮面舞踏会は好き。だって、自分自身を忘れられるから。…でも、こうやって考えてるとさ。いっつも「なんだかなあ。」って思っちゃうんだよね。…ま、こんなことを誰かに話したところでつまらない現実が変わるわけじゃないんだけどさ。 : ペトラ:[M]見えない苦笑の表情は想像に難くなかった。 : カタリナ:ごめんね、変な話に付き合わせちゃって。 ペトラ:全然変じゃないよ。少なくとも、僕は納得した。 カタリナ:納得? ペトラ:刺さったってことだよ。カタリナの話が。 カタリナ:さ、刺さる話だったかなあ…?だって私、ただ社会の濁流に流されて、募らせた不満を吐き出しただけだし。 ペトラ:その不満が共感できるものだから凄いんだよ。…僕みたいなやつは、いつだって自分本位の考え方しかできないんだ。でも、カタリナは違う。社会全体のことを考えて、理不尽を憂いてる。…凄いよ、カタリナは。 カタリナ:そう…?でも、そう言ってくれるのは嬉しいな。ペトラは褒め上手だね。 ペトラ:カタリナが凄いだけだよ。 カタリナ:じゃあ間を取って、私も凄いしペトラも凄いってことでっ。ふふっ。 ペトラ:[M]笑うカタリナ。真面目な彼女の優しい微笑はマスクに隠されてほとんど見えないのに、僕は彼女が笑みを浮かべるたび胸を打たれていた。 カタリナ:よいしょ、っと。話しながら踊ったからちょっと疲れたね。休憩しよっか。 ペトラ:うん。僕もそう言おうと思ってた。 カタリナ:ほんと?奇遇だね。 ペトラ:[M]顔が隠されている以上、この表現はおかしい気がするけど。きっと一目惚れだったのだろうと、今更ながら思う。 カタリナ:って、もうこんな時間経ってたんだ。…やっぱり、ペトラと一緒に居ると時間の進みがとっても早いなあ。このマスケラータがずっと続けばいいのに。 ペトラ:[M]思わせぶりな言葉を吐かれて、僕は一瞬目を見開く。…ここが仮面舞踏会で良かったと、つくづく思わされた。 カタリナ:ね、ペトラ。休憩が終わったら、今度はペトラが私をエスコートしてみない? ペトラ:えっ。僕が? カタリナ:うん。仮面の上では男女も何もって言ったのは私だけど、やっぱりいち女性として男の子に手を取ってもらいたい気持ちはあるものなのです。 ペトラ:いいけど…、多分僕、下手だよ?それでもいいの? カタリナ:大丈夫大丈夫、誰だって最初は初心者なんだから。それにきみは来月も再来月も私と踊るんだし、心配することはないよ。 ペトラ:…そうだね。じゃあ、やってみようかな。 カタリナ:ペトラは飲み込み早いから、きっとすぐできるようになるよ。というわけで、休憩はあと五分にします。 ペトラ:体力的には全然大丈夫だけど…、…そんなに、僕にエスコートされたいの? カタリナ:そりゃあもう存分にっ。ふふっ。 : ペトラ:[M]再び零れる笑い声。…思い描く表情が屈託のない笑顔だからこそ、それが真実なのか不安になる僕がいる。マスケラータの上で確かめる術はない。 : カタリナ:[回想]だって好きじゃないんだもん。人の不幸やゴシップを汚い蜜に仕立て上げて、私たちに舐めさせようとしてくる。最低で大嫌いだよ。 : ペトラ:[M]眼が廻るような日々のなかで、唯一その言葉だけが色褪せず、今も耳鳴りのように僕の頭の中で反響していた。 : 0:場面転換。さらに二か月後。 : カタリナ:ごめんね、ペトラ。急に我が儘を言っちゃって。 ペトラ:僕は大丈夫だよ。お酒は少しだけど強い自信があるし。 カタリナ:[M]「意外だなあ。」言葉には出さず私はグラスを傾ける。ペトラと出会ってから五回目のマスケラータである今日、私は勇気を出してペトラをお酒の席に誘ってみたのだった。 ペトラ:驚いたよ。まさかこの会場にバーがあったなんて。 カタリナ:えぇ、もう何回も来てるのに? ペトラ:確かに言われてみればわかりやすい看板だけど、あまり気に留めてなかったから。大体カタリナと踊るかお話するかしてたから用もなかったしね。 カタリナ:ふふふっ、確かにそうだね。どう?雰囲気いいでしょ。 ペトラ:うん。そこまでうるさくもないし、みんな仮面を被ってるから視線とかもあんまり気にならないし。 カタリナ:ペトラは周りの眼とかよく気にしちゃうタイプなんだ。 ペトラ:…まあ、ね。 カタリナ:そっか。またペトラの新しい顔が知れて、嬉しい。 ペトラ:っ、嬉しい? カタリナ:だって、私はペトラの素顔すら知らないから。どんな情報も、面白くて重要なことに聞こえる。[酒を呷る] ペトラ:…それは、そうかもだけど。…というかカタリナ、お酒のペース早くない?もうグラス空だけど。 カタリナ:ふー…、ん?そんなことないよ。大丈夫大丈夫、これが私の普通だから! ペトラ:それならいいんだけど。 : カタリナ:[M]伝わらない笑顔を作って、私は嘘をついた。実際はかなり無理をしてる。蒸留酒(グラッパ)のストレートが私のなかへ消えるまでの時間は、体感10分と少しだった。でも今はペトラと一緒だから、きっともっと短いんだろうなあ。 : カタリナ:マスター、同じのを頂戴。 ペトラ:…それにしても、どうしたの?急に「一緒に飲みたい」、なんて言い出して。僕もカタリナも口まで覆うマスクじゃなかったから、新しく買ったり借りる必要がなかったのは良かったけど。 カタリナ:…別に。ただお酒が飲みたかった気分なだけだよ。嫌だった? ペトラ:ううん。…ちょうど、今日は僕も踊る気分じゃなかった。 カタリナ:そうだったんだ。 : カタリナ:[M]今のも嘘。…私は、臆病だから。お酒の力を借りないと、踏み出せないからさ。…アルコールが身体に沁み込んで、身体が火照っていって、鼓動と想いが逸(はや)っていく。…勢いに身を任せて、切り出す。 : カタリナ:ねえ。…踊る気分じゃないならさ、今日はマスケラータを抜け出して、二人でレストランにでも行かない? ペトラ:え…っ。 カタリナ:美味しいレストランを知ってるんだ。…それをペトラと共有したくて。 ペトラ:…それは、このマスクを外して、素顔で? カタリナ:もちろん。だって、これをつけたまま行ったら、不審者に思われちゃうじゃん。ふふっ。 ペトラ:…そう、だね。 カタリナ:…ねえ、ペトラ。私、きみのことが好き。 ペトラ:っ…。 カタリナ:気持ちに気づいたのは、いつだったかわからないけど。…きみと踊るひと月に一回のこの時間が、いつしか私の中でかけがえのないものになってたんだ。…でも、こんなにも好きなのに、私はペトラのことを何も知らない。…仮面越しでしか、見たことがないから。…だから私は、ペトラと素顔で話したい。…きみの、仮面の裏が見たいの。 ペトラ:…ありがとう。僕も、カタリナのことが好きだよ。 カタリナ:っ!なら―――。 ペトラ:[被せ気味に]でも。…駄目だ、カタリナ。 カタリナ:え…? ペトラ:…僕が仮面を外したら。あなたは僕を嫌いになってしまうだろうから。 : カタリナ:[M]…ペトラの表情が読めない。それは仮面を被っているから?でも、いつもはもっとわかる気がする。なら、お酒のせい?…理由を考えても仕方ないのに。 : カタリナ:…大丈夫だよ、素顔を知らないのはお互い様だし!すぐに恋仲にならずとも、私はゆっくり素顔のペトラを知っていきたいなあって思ってるから。 ペトラ:……。 カタリナ:私を信じて。…ペトラのことなら、「なんだって受け止めて見せるから」。 ペトラ:ッ…。[席を立つ] カタリナ:ペトラ…? ペトラ:ごめんなさい、カタリナ。…やっぱり、僕は貴女にふさわしくありません。 カタリナ:え…。 ペトラ:これ、お酒のお代。…さようなら、カタリナ。……どうか僕のことは忘れて。 カタリナ:っ、待って、ペトラッ!! 0:ペトラは足早にバーを抜け出して、カタリナだけが一人残された。 カタリナ:……そん、な。 : カタリナ:[M]頭を抱えた。視界には二杯目の蒸留酒と、飲みかけのウイスキー・オンザロック。すっかり酔いしれて依然、蕩(とろ)けていない思考が、遅すぎた後悔を刻む。 : ペトラ:[回想]やっぱり、僕は貴女にふさわしくありません。 : カタリナ:…ううん。ふさわしくないのは、私の方。こんな、独りよがりなことを言って…、傷つけて。 : カタリナ:……きみと踊りたいよ。ペトラ。 : カタリナ:[M]私を嘲(あざけ)るように、吐き気を催すほどに。今もぐるぐると、酔いが廻っていた。 : 0: : ペトラ:…自分勝手な僕を、どうか恨んで欲しい。でも。仮面を外して、きみに見放されるくらいなら―――。 : 0: : カタリナ:[M]それからペトラはいつもの待ち合わせ場所に訪れなくなった。きっともう、この会場に彼が来ることはないんだろう。…でも。もしかしたら仮面や衣装を変えて、ひっそりと踊っているのかもしれない。ほんの少しの希望を抱いて、私は誰と踊るわけでもなく、大勢の仮面のなかから必死にペトラの姿を探した。一か月、二か月、三か月。ただひたすらに。そして、四か月目の日、マスケラータの主催者が言った。「このパーティーを開くのは来月が最後だ」、と。理由が明かされることはなかったが、きっと特別な事情があるんだろう。…ペトラを探せる機会は、来月が最後…。渦巻く感情を仮面で取り繕って、私は最後のマスケラータを迎えた。 : 0:場面転換。カタリナがペトラと別れてから五ヶ月後、最後のマスケラータ。 : カタリナ:[M]最後ということもあってか、踊る仮面の数はいつもよりも断然多かった。それでもめげずに、私は一心不乱に目を凝らし、五ヶ月経っても色褪せない彼の姿を探す。でも、時が進むにつれて人はさらに多くなっていって、やがて私は、人込みですっかり酩酊してしまった。…ペトラが来ているはずもないのに、何してるんだろう私…。…このままじゃあ、きみを探すどころか、眩暈で歩くこともままならない。…そう考えた私は会場を一度出て、マスクを外し、外の空気を吸って休憩することにした……。 : 0:会場の外。電灯の傍に立つのは、仮面を外したカタリナ。 : カタリナ:[具合が悪そうに]…うぅ。…神様。私には、もう彼に会う資格はないのでしょうか…。…でも、私は、せめて―――。 ペトラ:あの、大丈夫ですか?とっても具合が悪そうですけど。 カタリナ:えっ…!? ペトラ:もしお水とか必要なら―――、ッ…! : カタリナ:[M]俯いていた顔を上げて、驚きに満ちた顔を見る。口元に手を当てるその仕草が、言葉が出ないほどに愛おしいと思った。 : ペトラ:ッ、ごめんなさい、僕はこれで―――。 カタリナ:[被せて]待ってっ! 0:カタリナはペトラの手を掴む。 ペトラ:……っ。 カタリナ:…久しぶり。いや。……「Piacere」(ピアチェーレ)。偶然だね、ペトラ。 ペトラ:…カタリナ。 カタリナ:! …ふふふっ。覚えててくれたんだ。嬉しい。 ペトラ:…忘れるわけ、ないよ。 カタリナ:仮面を外したら、そんなにあどけない顔してたんだね。 ペトラ:……。 カタリナ:…ねえ、ペトラ。どうか少しだけ、話を聞いてほしい。…嫌なら今、この手を振り払って。でも…、もし聞いてくれるなら。…私の手を、少しだけ握り返してほしい。 ペトラ:…っ。[手を振り払わず、ただ立ち尽くして] カタリナ:……。 ペトラ:……。[やがて、手を少しだけ握る] カタリナ:…ありがとうっ。 : カタリナ:…私ね、ペトラと出会ってから痛感したんだ。…仮面を被って周りに合わせているようでその実、私はとっても身勝手で我が儘な人間なんだ、って。 ペトラ:…それは、なんで。 カタリナ:…理由はたくさんあるよ。でも、一番大きいのはやっぱり、五ヶ月前のあの日。…「すべてを受け入れる」、なんて言葉が、口をついて出たとき。 ペトラ:…ぁあ。 カタリナ:私は、きみに嫌われたくなかったんだ。 ペトラ:っ!! カタリナ:それほどに、焦がれるほどに好きだったから。自分を良く見せようとした。…根拠もないのに見栄を張った。…私は、仮面を被ったペトラしか知らないのに。…それを、ずっと、ずっと謝りたくて。…だからっ。 ペトラ:…っ。 カタリナ:…ごめん。ごめんなさい。ペトラ。…重い言葉を安く売って、きみを傷つけてしまった。…本当にっ、ごめんなさい。 ペトラ:っ…! カタリナ:怖かったよね。あんな同調圧力(シュプレヒコール)。…独善的で、きみのことを何も考えないで。…でもね。私の心にある、ペトラのことが好きっていう気持ちは、きみを想うと疼くこの胸の痛みは、五ヶ月きみの姿を見なくても、ずっと燻っていた。…私は、きみにずっと、ずっと会いたかったんだ。 ペトラ:……。 カタリナ:…もう、すべてを見せて欲しいなんて…、仮面を外してほしいなんて、言いません。どうか私のことを嫌いになって。ペトラの言った通り、私はきみのことを忘れます。…ごめんね、伝えたかったのは、これだけ。…ふふ。笑っちゃうよね。「マスケラータは現実と似てる」なんて哲学者気取ってたやつがその実、一番身勝手だったなんて。今が中世だったらきっと私は、宮廷道化師がお似合いだったんだろうなあ―――。 ペトラ:[被せ気味に]っ、違う…っ!! カタリナ:え…? ペトラ:…だって、だって。あの日カタリナを突き放したのはっ、嫌われたくなかったのはっ…、自分勝手なのはっ、僕の方じゃないか…っ! カタリナ:っ…。 ペトラ:…ごめん。ごめんなさい。傷つけたのも臆病だったのも…、僕なんだよ…。 カタリナ:ペトラ…? ペトラ:…カタリナ。 : ペトラ:[M]身体を廻し、彼女に向き直る。…そして、前とは違う剥き出しの、ありのままの顔を見せて、カタリナの眼を見る。 : カタリナ:…ペトラ。泣い、てるの? ペトラ:…こんな顔で、ごめん。でも…、ちゃんと、眼を見て話したかったから。 カタリナ:眼を…。 ペトラ:…ふっ、あはは。綺麗な顔。…僕があんなことをしなければ、こんなカタチで見ることもなかったのに。 : カタリナ:[M]涙を流しながら、ペトラが笑う。彼は感情をぐっと堪える素振りを見せると、やがて決心がついたように、言葉を紡ぎ出した。 : ペトラ:僕は、「新聞記者」なんだ。カタリナ。 カタリナ:えっ…? ペトラ:「黄昏日刊」…、ガゼッタ・デラ・クレプスコーロの創業者の一人息子でさ。…初めて会った時、あなたはこう言った。「新聞記者は嫌い。人の不幸を汚い蜜に仕立て上げて、民衆に舐めさせようとしてくるから。」…この言葉が、僕の胸に深く突き刺さった。…半年以上経ってもなお、頭にこびりつくくらいに。 カタリナ:……。 ペトラ:正直僕も、自分の職業は好きじゃないよ。…バッシングやヘイトを集める記事を書いて得るお金なんて、要らないと思うほどに。…でも僕は創業者(父さん)の一人息子。…家業を継がないなんて選択肢はないんだ。だけどその時には僕は既に、カタリナに惹かれてた。…あなたに、嫌われたくなかった。それなのに、それなのにだよ。仮面を外して、カタリナに見放されることが何より怖いのに、家業を突っぱねて生きる度胸も僕にはない…。 カタリナ:嫌われたく、なかった…。 ペトラ:それだけじゃない。…僕はいつだって自己中心的で、周りに合わせることが…、見えない仮面を被ることが、できないんだ。最近の言い方だと、「空気を読む」、っていうのかな。…どうにも、苦手でさ。いっそ、マスケラータがいつまでも続けばいいと思ったよ。そうすれば、僕の本性は仮面に守られる。…でも、カタリナも好いてくれてしまったんだ。「仮面を被った僕」を。…だから、だから。こんな不器用で不出来で、意気地なしな新聞記者である僕をカタリナに見せて、嫌われるくらいなら。…いっそ、僕から突き放してしまえ、って。…あはは。笑えるよね…。身勝手を隠そうとした末に、僕は身勝手に行き着いたんだ。 カタリナ:……。 ペトラ:ごめんなさい。僕は、貴女が思うほどに愛おしい人間じゃありません。…だから―――。 カタリナ:ありがとう。 ペトラ:…え? カタリナ:話してくれて、ありがとう。とっても嬉しかったっ! ペトラ:…っ! : ペトラ:[M]彼女が笑う。感情が読めない。…仮面は、外れているのに。 : ペトラ:なん、で…。 カタリナ:ペトラはさ。…私のこと、まだ好き? ペトラ:…好き、だよ。…とっても。 カタリナ:私も好き。 ペトラ:っ…。 カタリナ:仮面の上の顔も、仮面越しの顔も、今見てる素顔も。…もしかしたら相性がいいのかもね、「自分勝手」同士! ペトラ:…自分勝手、同士…。 カタリナ:だってそうでしょ?私はペトラのことが知りたくて仮面を無理やり外そうとした。ペトラは私に嫌われたくなくて突き放した。どっちもどっち、って感じじゃない? ペトラ:でも、僕は…。 カタリナ:新聞記者? ペトラ:…うん。 カタリナ:なら、きみが将来、会社全体を変えて、いいニュースだけを取り扱うようにすればいいんだよ!黄昏日刊の次期社長なんでしょ? ペトラ:っ…、そう、だけど。そんなこと、本当にできる? カタリナ:できるできる!だって、私が隣でサポートするから。 ペトラ:サポート…、隣で、って!? カタリナ:ふふっ。今から自分勝手なことを言います。ペトラ。 : カタリナ:どうかまた、私と踊ってください。そして…、私の恋人になってください。 : ペトラ:…ほん、とうに?本当に、こんな僕でも…、仮面を外した、何に合わせることもできない…、こんな僕でも、いいの? カタリナ:勿論。…ペトラのことは、私が幸せにする。だからお願い。ペトラも、私のことを幸せにして? : ペトラ:[M]悪戯っぽい表情で、カタリナは僕に手を差し伸べる。…嫌ってもらうつもりで、すべてを吐き出したのに。我が儘なお姫様は、優しいまなざしで僕を見つめていた。 : ペトラ:…男女の優劣がないのは、仮面の上でだけじゃなかったの。 カタリナ:そんなこと言ったっけ?覚えてないなあ。 ペトラ:…ずるいよ。 カタリナ:身勝手ですから。それで…、どうかな。「シャイな王子様」。 ペトラ:…「Yes, your Majesty.」(イエス、ユアマジェスティ) : カタリナ:[M]出会いたてのような、覚束ない手つきで、しかし力強く、ペトラは私の手を取ってくれた。…ああ、半年前と同じ、暖かくて、優しい手。私の心は今もなおぐちゃぐちゃだったけど、カッコつけた手前、引くにも引けず。…涙をこらえて、温もりを感じながら。私たちは最後のマスケラータへと赴いて、いつも通り、くるくると廻り出すのだった。 : 0: : ペトラ:[M]そして、時は過ぎて……。 : ペトラ:―――以上、主催からの挨拶でした。それでは皆様、何もかもから解放された、優雅で高貴なマスケラータを、存分にお楽しみください。[壇上から降りる] カタリナ:[ペトラに駆け寄る]お疲れ様、ペトラ!凄いね、初めてなのにあんなにすらすら喋れるなんて…! ペトラ:カタリナ…!本当?ちゃんと喋れてた? カタリナ:ばっちり! ペトラ:それならよかった。…実際かなり緊張してたからさ。 カタリナ:ふふっ。全然そんなの感じなかったよ。流石、昔から頭がよく廻るもんね? ペトラ:いやあでも、さっきのは正直、思ったこととか言いたいことをただ並べ連ねただけというか…。 カタリナ:へえ、じゃあほとんど「勝手に」口から言葉が出てるんだっ!「身勝手」なだけに? ペトラ:あはは、そうそう。 : ペトラ:僕は頭だけじゃなくて、舌もよく廻るってことさ! : 0:End

ペトラ:スキャンダルや噂話は、今も世界中に出廻っている―――。 : 0:「マスケラータは廻る」 : カタリナ:こんばんは。踊る相手にお困りなら、よければ私にご一緒させてくれませんか? : ペトラ:[M]俯いていた顔を上げ、仮面越しに仮面で覆われた顔を見る。影を纏う目元と口元が、言葉が出ないほどに美しいと思った。 : カタリナ:…Ciao(チャオ)~? ペトラ:あぁ…っ、ごめんなさい。少し、ぼぅっとしてて。 カタリナ:ふふ…、面白い方。それで、どうでしょう。私と踊ってくれませんか? ペトラ:えぇっと…、申し訳ないんですが、僕はまだ踊ったことがないので、もう少し踊りを練習してからじゃないと。 カタリナ:ではそうやってずっとドレスとタキシードが揺れるのを見てるつもりですか。 ペトラ:……。 カタリナ:大丈夫。私もずっと見様見真似です。それに、たとえ拙くても恥じることはありません。ここはマスケラータなんですから。あなたは私と仮面に身を預けて、ただ踊っていればいいんですよ。 ペトラ:…ありがとう、ございます。でも、それって僕がエスコートされる側ってことじゃあ。 カタリナ:仮面の上では男性女性に優劣はありませんよ。みーんなのっぺらぼうですからね。ここは、誰もが平等な世界なんです。 ペトラ:平等…。 カタリナ:さあほら、お手をどうぞ。シャイな王子様。 ペトラ:…「Yes, your Majesty.」(イエス、ユアマジェスティ) 0:ダンスホールで踊る二人。 カタリナ:ふふ、なあんだ。上手じゃないですか。全然初めてじゃない。 ペトラ:伝え方が悪かったですね。マスケラータは初めてです。舞踏は父から習いました。 カタリナ:わ、もしかして貴族の方だったりします?だとしたらあの誘い文句は無礼に値するかなあ。 ペトラ:マスクの上では誰もが平等なんでしょう。 カタリナ:頭の回転が速いんですね。 ペトラ:そんなことは。くるくると踊っているから、頭もそれに呼応しているんです、きっと。 カタリナ:ふふっ…、そっか。だから廻ってるんだっ。 ペトラ:お気に召すジョークでしたか、陛下。 カタリナ:とっても。勇気を出して、きみに声をかけて良かったーって、心から思ってます。 ペトラ:…僕も、話しかけてくれたのがあなたで良かったです。 カタリナ:本当?そう言ってくれるのはとっても嬉しいなあ。 : ペトラ:[M]彼女の丁寧な所作に酔いしれていた陶酔は、果たして数秒だったのか数分だったのか。僕をトリップから呼び起こしたのは、彼女の唐突な問いかけだった。 : カタリナ:ねえ。良かったら、きみの名前を教えてくれないかな。 ペトラ:えっ?…でも、名前なんて教えたら仮面を被ってる意味なんて。 カタリナ:ああ、ごめん。本名じゃなくて、あだ名とか呼んで欲しい名前を教えて欲しいの。だって、いつまでも「きみ」、「あなた」って呼び合うのはぎこちないし、これからも話すんだったら愛称くらいはあった方がいいでしょ? ペトラ:僕は今のままでもいいんですが。 カタリナ:私は名前の方がいいの。だから教えて。なんでもいいから。 ペトラ:えぇと…、じゃあ、「ペトラ」で。 カタリナ:ペトラね、Grazie(グラッツィエ)。それじゃあ、私のことは「カタリナ」って呼んで。 ペトラ:カタリナ…、ファーストネームっぽいですけど。 カタリナ:でも証拠はないでしょ。だから確信もない。それに、ペトラだってドイツの方で女性につけられる人名じゃん。きみも人のこと言えないよ。 ペトラ:百理ありますね。…というかナチュラルすぎて聞き流してたんですけど、「これからも話す」って言いました? カタリナ:ご不満だったなら何がまで言って欲しいな。 ペトラ:いやその…、少し面食らっただけです。マスケラータって、毎度初めましての人と踊るものだと思ってたので。 カタリナ:楽しみ方は人それぞれで良いってことです。世の中にはいろんな人がいるんだしね、と。…少し踊り疲れた。休憩してもいい? ペトラ:お気に召すまま。 カタリナ:ふっ…、どうぞこちらへ。 : ペトラ:[M]カタリナに手を引かれて歩く。そういえば僕、こうして人と触れ合ったのいつぶりだっけ。確か―――。 カタリナ:(セリフに被せるように)ぁいてっ…。[男の肩にぶつかる] ペトラ:ぁ…、大丈夫? カタリナ:全然。ありがと、ペトラ。 : ペトラ:[M]カタリナにぶつかった男は機嫌が悪そうにそそくさと人込みに消えていく。どんな教育を受けたんだアイツは。 カタリナ:ふふ、たまにいるんだよ。“平等”を“無秩序”だと思い込んでる頭のおかしいやつ。でもマスケラータを嫌いにならないでねペトラ。あれは珍しく汚泥が掘り起こされただけ。どれだけ綺麗な川も、川底を掘れば泥はあるものだから。 ペトラ:…そんな喩えを出さなくたって。 カタリナ:ペトラは頭がよく廻るもんね。 ペトラ:それ気に入ったの? カタリナ:金輪際使い続けたい。 ペトラ:使用料は何リラにしようかな。 カタリナ:…ふふ、最初の緊張が嘘みたいにノリが良くなっちゃって。 ペトラ:掌にあなたが乗せてくるんだ。 カタリナ:じゃあ私が話し上手ってことで、ふふ。ま、ああいう奴とか新聞記者は嫌いだけど、ペトラのことは好きだよ私。 ペトラ:なんで新聞記者を引き合いに出すのさ。 カタリナ:だって好きじゃないんだもん。人の不幸やゴシップを汚い蜜に仕立て上げて、私たちに舐めさせようとしてくる。最低で大嫌いだよ。 ペトラ:…僕は何かについて悪く言うカタリナが嫌いかな。 カタリナ:あ…。ごめん。 ペトラ:っ、僕こそごめん…。 : ペトラ:[M]気まずい沈黙。初対面の人にこうまでキッパリ言ってしまったのなんて初めてだった。喉がなんとか言葉を捻り出そうとするけど、それが口腔まで達することはなく、頭の中がぐるぐると廻る。しかし。 : カタリナ:…ふ、ふふふっ。 ペトラ:[M]カタリナが笑う。感情はおろか表情も読めない。 カタリナ:あーあ、さっきの人には感謝しなくちゃ。 ペトラ:は…? カタリナ:だって、いつの間にかペトラの敬語が外れてたから。おかげさまだね。 ペトラ:…たし、かに? カタリナ:ふふ。私は堅苦しいのあんまり好きじゃないから。ペトラの素の話し方が自然に聴けて嬉しいんだ。 ペトラ:そ、そう……。…あのさ―――。 カタリナ:[被せて]ねえペトラ。来月も来てくれるよね? ペトラ:…何の話? カタリナ:何って、マスケラータだよ。ここの仮面舞踏会は月一開催なの。だから、来月も私と踊ってくれるよね、ってことっ。 ペトラ:[M]「優しいね。」…口に出す言葉と心に留める言葉を逆にしないように、僕は答える。 : ペトラ:「喜んで。」(マイプレジャー) : ペトラ:[M]珍しく自然と浮かんだ笑顔は、仮面の裏に隠された。 0:場面転換。二か月後。 : カタリナ:Buona sera(ボナ セェラ)、ペトラ。 ペトラ:[M]見慣れた仮面と衣装をつけて、カタリナが歩いてくる。…あの日から始まった仮面越しの逢瀬は、気づけば三か月も続いていた。 カタリナ:今月もきみに会えてとっても嬉しいよ。 ペトラ:…その言葉、もしかして毎回言うつもり?先月も言ってたよね。 カタリナ:ダメだった? ペトラ:別にダメではないけど。いつまで続くかなあと思っただけ。 カタリナ:私はずっと続けるつもりだよ?ペトラがここに来て私と踊ってくれる限り。 ペトラ:じゃあ勝負してみる?どっちかが来なくなるのが先か、カタリナが言い忘れるのが先か。 カタリナ:勝ったところで悲しいだけじゃん、それ。そんな負けたくなる勝負はしません。 ペトラ:…そう。…あのさ。今更なんだけど。本当に僕でいいの。 カタリナ:いいって、なにが? ペトラ:…あれから三回、ずっと僕としか踊ってないでしょ。こんなので飽きないのかな、って。 カタリナ:ふふっ…。それを聞くなら私の方だよ。だってあの日、私が一方的にペトラのことを誘っちゃったわけだし。嫌だったら全然言ってね。 ペトラ:僕は大丈夫。じゃなかったら毎月同じマスクで参加なんてしないよ。 カタリナ:それを聞けて良かった。あと、私はペトラでいいんじゃなくて、ペトラ「が」いいの。 ペトラ:っ…、そっか。ありがと。 カタリナ:こちらこそ。…あーあ。マスケラータだけじゃなくて、いつもの憂鬱な日常にもペトラが居てくれたら良かったのに。 ペトラ:…カタリナ? カタリナ:っ、ああいや。なんでもないよ、気にしないで。 ペトラ:……。 カタリナ:……気になる、よね。 ペトラ:…うん。普段は表情すら見えないから、余計に。 カタリナ:…わかった。なら、少しだけ聞いて欲しい。共感しづらい話かもしれないんだけど。 ペトラ:もちろん、好きなだけ。 カタリナ:ありがとう。…ふふ、やっぱりペトラは優しいな。 ペトラ:…仮面を被ってるから、そう見えるだけだよ。 カタリナ:えぇ、ペトラはにゃんこだったってこと? ペトラ:猫というよりは化けの皮かな。 カタリナ:今ので伝わるんだ。 ペトラ:カタリナの語彙は特徴的だから。…それで、聞いて欲しい話はどこにいったのさ。 カタリナ:…それは、一緒にステップを踏みながら。 : ペトラ:[M]僕はこくりと頷き、カタリナの手を取る。踊りが始まってからお互いが口を噤(つぐ)んでいた時間は、思いのほか短かった。 : カタリナ:私、思うんだ。マスケラータはよく現実に似てるなあって。 ペトラ:現実に? カタリナ:そう。…確かにここでは顔や名前、身分や中身は関係ない。何もかもが匿名で、仮面さえつけていれば誰だって自由に踊れる。…私は、個人の権利が本当の意味で守られるマスケラータが好き。…でも、ここは自由でありながら、現実の生きづらさを体現してる。だって、逆を言えばこの場所は…、「仮面」がないと生きることを許されないから。 ペトラ:…っ! カタリナ:全員の足並みが揃った匿名性…、いわば「世界の秩序」は、仮面を被ることで保たれる。「無表情を演じることで存在を許される」んだよ、この世界は。「貧しくてマスクを買えない人」や、「マスクを被り忘れた人」、「変わったマスクをつけてる人」はみんな除外されて、規則に完璧に従った人間だけが舞台で踊ることを許されるんだ。誰もが好きなように踊っているように見えて、透明な足枷と鎖はいつだって床に転がっていて。必死に踊り狂っても、躓けばマスクを剥ぎ取られて見世物小屋に連れていかれて。 : ペトラ:[M]誰もが手を取り合い、助け合えればいいのに、そんなことは不可能で。仮面の裏に隠した野望の為に足元を掬おうと画策する者もいれば、転んだ人を大声で嘲笑し、非難を集める下衆も溢れている。 : カタリナ:…そんな現実が、私は大嫌いなんだ。 : ペトラ:[M]踊り疲れているのか吐息が交じる声は震えている。 : カタリナ:でも、マスケラータ…、仮面舞踏会は好き。だって、自分自身を忘れられるから。…でも、こうやって考えてるとさ。いっつも「なんだかなあ。」って思っちゃうんだよね。…ま、こんなことを誰かに話したところでつまらない現実が変わるわけじゃないんだけどさ。 : ペトラ:[M]見えない苦笑の表情は想像に難くなかった。 : カタリナ:ごめんね、変な話に付き合わせちゃって。 ペトラ:全然変じゃないよ。少なくとも、僕は納得した。 カタリナ:納得? ペトラ:刺さったってことだよ。カタリナの話が。 カタリナ:さ、刺さる話だったかなあ…?だって私、ただ社会の濁流に流されて、募らせた不満を吐き出しただけだし。 ペトラ:その不満が共感できるものだから凄いんだよ。…僕みたいなやつは、いつだって自分本位の考え方しかできないんだ。でも、カタリナは違う。社会全体のことを考えて、理不尽を憂いてる。…凄いよ、カタリナは。 カタリナ:そう…?でも、そう言ってくれるのは嬉しいな。ペトラは褒め上手だね。 ペトラ:カタリナが凄いだけだよ。 カタリナ:じゃあ間を取って、私も凄いしペトラも凄いってことでっ。ふふっ。 ペトラ:[M]笑うカタリナ。真面目な彼女の優しい微笑はマスクに隠されてほとんど見えないのに、僕は彼女が笑みを浮かべるたび胸を打たれていた。 カタリナ:よいしょ、っと。話しながら踊ったからちょっと疲れたね。休憩しよっか。 ペトラ:うん。僕もそう言おうと思ってた。 カタリナ:ほんと?奇遇だね。 ペトラ:[M]顔が隠されている以上、この表現はおかしい気がするけど。きっと一目惚れだったのだろうと、今更ながら思う。 カタリナ:って、もうこんな時間経ってたんだ。…やっぱり、ペトラと一緒に居ると時間の進みがとっても早いなあ。このマスケラータがずっと続けばいいのに。 ペトラ:[M]思わせぶりな言葉を吐かれて、僕は一瞬目を見開く。…ここが仮面舞踏会で良かったと、つくづく思わされた。 カタリナ:ね、ペトラ。休憩が終わったら、今度はペトラが私をエスコートしてみない? ペトラ:えっ。僕が? カタリナ:うん。仮面の上では男女も何もって言ったのは私だけど、やっぱりいち女性として男の子に手を取ってもらいたい気持ちはあるものなのです。 ペトラ:いいけど…、多分僕、下手だよ?それでもいいの? カタリナ:大丈夫大丈夫、誰だって最初は初心者なんだから。それにきみは来月も再来月も私と踊るんだし、心配することはないよ。 ペトラ:…そうだね。じゃあ、やってみようかな。 カタリナ:ペトラは飲み込み早いから、きっとすぐできるようになるよ。というわけで、休憩はあと五分にします。 ペトラ:体力的には全然大丈夫だけど…、…そんなに、僕にエスコートされたいの? カタリナ:そりゃあもう存分にっ。ふふっ。 : ペトラ:[M]再び零れる笑い声。…思い描く表情が屈託のない笑顔だからこそ、それが真実なのか不安になる僕がいる。マスケラータの上で確かめる術はない。 : カタリナ:[回想]だって好きじゃないんだもん。人の不幸やゴシップを汚い蜜に仕立て上げて、私たちに舐めさせようとしてくる。最低で大嫌いだよ。 : ペトラ:[M]眼が廻るような日々のなかで、唯一その言葉だけが色褪せず、今も耳鳴りのように僕の頭の中で反響していた。 : 0:場面転換。さらに二か月後。 : カタリナ:ごめんね、ペトラ。急に我が儘を言っちゃって。 ペトラ:僕は大丈夫だよ。お酒は少しだけど強い自信があるし。 カタリナ:[M]「意外だなあ。」言葉には出さず私はグラスを傾ける。ペトラと出会ってから五回目のマスケラータである今日、私は勇気を出してペトラをお酒の席に誘ってみたのだった。 ペトラ:驚いたよ。まさかこの会場にバーがあったなんて。 カタリナ:えぇ、もう何回も来てるのに? ペトラ:確かに言われてみればわかりやすい看板だけど、あまり気に留めてなかったから。大体カタリナと踊るかお話するかしてたから用もなかったしね。 カタリナ:ふふふっ、確かにそうだね。どう?雰囲気いいでしょ。 ペトラ:うん。そこまでうるさくもないし、みんな仮面を被ってるから視線とかもあんまり気にならないし。 カタリナ:ペトラは周りの眼とかよく気にしちゃうタイプなんだ。 ペトラ:…まあ、ね。 カタリナ:そっか。またペトラの新しい顔が知れて、嬉しい。 ペトラ:っ、嬉しい? カタリナ:だって、私はペトラの素顔すら知らないから。どんな情報も、面白くて重要なことに聞こえる。[酒を呷る] ペトラ:…それは、そうかもだけど。…というかカタリナ、お酒のペース早くない?もうグラス空だけど。 カタリナ:ふー…、ん?そんなことないよ。大丈夫大丈夫、これが私の普通だから! ペトラ:それならいいんだけど。 : カタリナ:[M]伝わらない笑顔を作って、私は嘘をついた。実際はかなり無理をしてる。蒸留酒(グラッパ)のストレートが私のなかへ消えるまでの時間は、体感10分と少しだった。でも今はペトラと一緒だから、きっともっと短いんだろうなあ。 : カタリナ:マスター、同じのを頂戴。 ペトラ:…それにしても、どうしたの?急に「一緒に飲みたい」、なんて言い出して。僕もカタリナも口まで覆うマスクじゃなかったから、新しく買ったり借りる必要がなかったのは良かったけど。 カタリナ:…別に。ただお酒が飲みたかった気分なだけだよ。嫌だった? ペトラ:ううん。…ちょうど、今日は僕も踊る気分じゃなかった。 カタリナ:そうだったんだ。 : カタリナ:[M]今のも嘘。…私は、臆病だから。お酒の力を借りないと、踏み出せないからさ。…アルコールが身体に沁み込んで、身体が火照っていって、鼓動と想いが逸(はや)っていく。…勢いに身を任せて、切り出す。 : カタリナ:ねえ。…踊る気分じゃないならさ、今日はマスケラータを抜け出して、二人でレストランにでも行かない? ペトラ:え…っ。 カタリナ:美味しいレストランを知ってるんだ。…それをペトラと共有したくて。 ペトラ:…それは、このマスクを外して、素顔で? カタリナ:もちろん。だって、これをつけたまま行ったら、不審者に思われちゃうじゃん。ふふっ。 ペトラ:…そう、だね。 カタリナ:…ねえ、ペトラ。私、きみのことが好き。 ペトラ:っ…。 カタリナ:気持ちに気づいたのは、いつだったかわからないけど。…きみと踊るひと月に一回のこの時間が、いつしか私の中でかけがえのないものになってたんだ。…でも、こんなにも好きなのに、私はペトラのことを何も知らない。…仮面越しでしか、見たことがないから。…だから私は、ペトラと素顔で話したい。…きみの、仮面の裏が見たいの。 ペトラ:…ありがとう。僕も、カタリナのことが好きだよ。 カタリナ:っ!なら―――。 ペトラ:[被せ気味に]でも。…駄目だ、カタリナ。 カタリナ:え…? ペトラ:…僕が仮面を外したら。あなたは僕を嫌いになってしまうだろうから。 : カタリナ:[M]…ペトラの表情が読めない。それは仮面を被っているから?でも、いつもはもっとわかる気がする。なら、お酒のせい?…理由を考えても仕方ないのに。 : カタリナ:…大丈夫だよ、素顔を知らないのはお互い様だし!すぐに恋仲にならずとも、私はゆっくり素顔のペトラを知っていきたいなあって思ってるから。 ペトラ:……。 カタリナ:私を信じて。…ペトラのことなら、「なんだって受け止めて見せるから」。 ペトラ:ッ…。[席を立つ] カタリナ:ペトラ…? ペトラ:ごめんなさい、カタリナ。…やっぱり、僕は貴女にふさわしくありません。 カタリナ:え…。 ペトラ:これ、お酒のお代。…さようなら、カタリナ。……どうか僕のことは忘れて。 カタリナ:っ、待って、ペトラッ!! 0:ペトラは足早にバーを抜け出して、カタリナだけが一人残された。 カタリナ:……そん、な。 : カタリナ:[M]頭を抱えた。視界には二杯目の蒸留酒と、飲みかけのウイスキー・オンザロック。すっかり酔いしれて依然、蕩(とろ)けていない思考が、遅すぎた後悔を刻む。 : ペトラ:[回想]やっぱり、僕は貴女にふさわしくありません。 : カタリナ:…ううん。ふさわしくないのは、私の方。こんな、独りよがりなことを言って…、傷つけて。 : カタリナ:……きみと踊りたいよ。ペトラ。 : カタリナ:[M]私を嘲(あざけ)るように、吐き気を催すほどに。今もぐるぐると、酔いが廻っていた。 : 0: : ペトラ:…自分勝手な僕を、どうか恨んで欲しい。でも。仮面を外して、きみに見放されるくらいなら―――。 : 0: : カタリナ:[M]それからペトラはいつもの待ち合わせ場所に訪れなくなった。きっともう、この会場に彼が来ることはないんだろう。…でも。もしかしたら仮面や衣装を変えて、ひっそりと踊っているのかもしれない。ほんの少しの希望を抱いて、私は誰と踊るわけでもなく、大勢の仮面のなかから必死にペトラの姿を探した。一か月、二か月、三か月。ただひたすらに。そして、四か月目の日、マスケラータの主催者が言った。「このパーティーを開くのは来月が最後だ」、と。理由が明かされることはなかったが、きっと特別な事情があるんだろう。…ペトラを探せる機会は、来月が最後…。渦巻く感情を仮面で取り繕って、私は最後のマスケラータを迎えた。 : 0:場面転換。カタリナがペトラと別れてから五ヶ月後、最後のマスケラータ。 : カタリナ:[M]最後ということもあってか、踊る仮面の数はいつもよりも断然多かった。それでもめげずに、私は一心不乱に目を凝らし、五ヶ月経っても色褪せない彼の姿を探す。でも、時が進むにつれて人はさらに多くなっていって、やがて私は、人込みですっかり酩酊してしまった。…ペトラが来ているはずもないのに、何してるんだろう私…。…このままじゃあ、きみを探すどころか、眩暈で歩くこともままならない。…そう考えた私は会場を一度出て、マスクを外し、外の空気を吸って休憩することにした……。 : 0:会場の外。電灯の傍に立つのは、仮面を外したカタリナ。 : カタリナ:[具合が悪そうに]…うぅ。…神様。私には、もう彼に会う資格はないのでしょうか…。…でも、私は、せめて―――。 ペトラ:あの、大丈夫ですか?とっても具合が悪そうですけど。 カタリナ:えっ…!? ペトラ:もしお水とか必要なら―――、ッ…! : カタリナ:[M]俯いていた顔を上げて、驚きに満ちた顔を見る。口元に手を当てるその仕草が、言葉が出ないほどに愛おしいと思った。 : ペトラ:ッ、ごめんなさい、僕はこれで―――。 カタリナ:[被せて]待ってっ! 0:カタリナはペトラの手を掴む。 ペトラ:……っ。 カタリナ:…久しぶり。いや。……「Piacere」(ピアチェーレ)。偶然だね、ペトラ。 ペトラ:…カタリナ。 カタリナ:! …ふふふっ。覚えててくれたんだ。嬉しい。 ペトラ:…忘れるわけ、ないよ。 カタリナ:仮面を外したら、そんなにあどけない顔してたんだね。 ペトラ:……。 カタリナ:…ねえ、ペトラ。どうか少しだけ、話を聞いてほしい。…嫌なら今、この手を振り払って。でも…、もし聞いてくれるなら。…私の手を、少しだけ握り返してほしい。 ペトラ:…っ。[手を振り払わず、ただ立ち尽くして] カタリナ:……。 ペトラ:……。[やがて、手を少しだけ握る] カタリナ:…ありがとうっ。 : カタリナ:…私ね、ペトラと出会ってから痛感したんだ。…仮面を被って周りに合わせているようでその実、私はとっても身勝手で我が儘な人間なんだ、って。 ペトラ:…それは、なんで。 カタリナ:…理由はたくさんあるよ。でも、一番大きいのはやっぱり、五ヶ月前のあの日。…「すべてを受け入れる」、なんて言葉が、口をついて出たとき。 ペトラ:…ぁあ。 カタリナ:私は、きみに嫌われたくなかったんだ。 ペトラ:っ!! カタリナ:それほどに、焦がれるほどに好きだったから。自分を良く見せようとした。…根拠もないのに見栄を張った。…私は、仮面を被ったペトラしか知らないのに。…それを、ずっと、ずっと謝りたくて。…だからっ。 ペトラ:…っ。 カタリナ:…ごめん。ごめんなさい。ペトラ。…重い言葉を安く売って、きみを傷つけてしまった。…本当にっ、ごめんなさい。 ペトラ:っ…! カタリナ:怖かったよね。あんな同調圧力(シュプレヒコール)。…独善的で、きみのことを何も考えないで。…でもね。私の心にある、ペトラのことが好きっていう気持ちは、きみを想うと疼くこの胸の痛みは、五ヶ月きみの姿を見なくても、ずっと燻っていた。…私は、きみにずっと、ずっと会いたかったんだ。 ペトラ:……。 カタリナ:…もう、すべてを見せて欲しいなんて…、仮面を外してほしいなんて、言いません。どうか私のことを嫌いになって。ペトラの言った通り、私はきみのことを忘れます。…ごめんね、伝えたかったのは、これだけ。…ふふ。笑っちゃうよね。「マスケラータは現実と似てる」なんて哲学者気取ってたやつがその実、一番身勝手だったなんて。今が中世だったらきっと私は、宮廷道化師がお似合いだったんだろうなあ―――。 ペトラ:[被せ気味に]っ、違う…っ!! カタリナ:え…? ペトラ:…だって、だって。あの日カタリナを突き放したのはっ、嫌われたくなかったのはっ…、自分勝手なのはっ、僕の方じゃないか…っ! カタリナ:っ…。 ペトラ:…ごめん。ごめんなさい。傷つけたのも臆病だったのも…、僕なんだよ…。 カタリナ:ペトラ…? ペトラ:…カタリナ。 : ペトラ:[M]身体を廻し、彼女に向き直る。…そして、前とは違う剥き出しの、ありのままの顔を見せて、カタリナの眼を見る。 : カタリナ:…ペトラ。泣い、てるの? ペトラ:…こんな顔で、ごめん。でも…、ちゃんと、眼を見て話したかったから。 カタリナ:眼を…。 ペトラ:…ふっ、あはは。綺麗な顔。…僕があんなことをしなければ、こんなカタチで見ることもなかったのに。 : カタリナ:[M]涙を流しながら、ペトラが笑う。彼は感情をぐっと堪える素振りを見せると、やがて決心がついたように、言葉を紡ぎ出した。 : ペトラ:僕は、「新聞記者」なんだ。カタリナ。 カタリナ:えっ…? ペトラ:「黄昏日刊」…、ガゼッタ・デラ・クレプスコーロの創業者の一人息子でさ。…初めて会った時、あなたはこう言った。「新聞記者は嫌い。人の不幸を汚い蜜に仕立て上げて、民衆に舐めさせようとしてくるから。」…この言葉が、僕の胸に深く突き刺さった。…半年以上経ってもなお、頭にこびりつくくらいに。 カタリナ:……。 ペトラ:正直僕も、自分の職業は好きじゃないよ。…バッシングやヘイトを集める記事を書いて得るお金なんて、要らないと思うほどに。…でも僕は創業者(父さん)の一人息子。…家業を継がないなんて選択肢はないんだ。だけどその時には僕は既に、カタリナに惹かれてた。…あなたに、嫌われたくなかった。それなのに、それなのにだよ。仮面を外して、カタリナに見放されることが何より怖いのに、家業を突っぱねて生きる度胸も僕にはない…。 カタリナ:嫌われたく、なかった…。 ペトラ:それだけじゃない。…僕はいつだって自己中心的で、周りに合わせることが…、見えない仮面を被ることが、できないんだ。最近の言い方だと、「空気を読む」、っていうのかな。…どうにも、苦手でさ。いっそ、マスケラータがいつまでも続けばいいと思ったよ。そうすれば、僕の本性は仮面に守られる。…でも、カタリナも好いてくれてしまったんだ。「仮面を被った僕」を。…だから、だから。こんな不器用で不出来で、意気地なしな新聞記者である僕をカタリナに見せて、嫌われるくらいなら。…いっそ、僕から突き放してしまえ、って。…あはは。笑えるよね…。身勝手を隠そうとした末に、僕は身勝手に行き着いたんだ。 カタリナ:……。 ペトラ:ごめんなさい。僕は、貴女が思うほどに愛おしい人間じゃありません。…だから―――。 カタリナ:ありがとう。 ペトラ:…え? カタリナ:話してくれて、ありがとう。とっても嬉しかったっ! ペトラ:…っ! : ペトラ:[M]彼女が笑う。感情が読めない。…仮面は、外れているのに。 : ペトラ:なん、で…。 カタリナ:ペトラはさ。…私のこと、まだ好き? ペトラ:…好き、だよ。…とっても。 カタリナ:私も好き。 ペトラ:っ…。 カタリナ:仮面の上の顔も、仮面越しの顔も、今見てる素顔も。…もしかしたら相性がいいのかもね、「自分勝手」同士! ペトラ:…自分勝手、同士…。 カタリナ:だってそうでしょ?私はペトラのことが知りたくて仮面を無理やり外そうとした。ペトラは私に嫌われたくなくて突き放した。どっちもどっち、って感じじゃない? ペトラ:でも、僕は…。 カタリナ:新聞記者? ペトラ:…うん。 カタリナ:なら、きみが将来、会社全体を変えて、いいニュースだけを取り扱うようにすればいいんだよ!黄昏日刊の次期社長なんでしょ? ペトラ:っ…、そう、だけど。そんなこと、本当にできる? カタリナ:できるできる!だって、私が隣でサポートするから。 ペトラ:サポート…、隣で、って!? カタリナ:ふふっ。今から自分勝手なことを言います。ペトラ。 : カタリナ:どうかまた、私と踊ってください。そして…、私の恋人になってください。 : ペトラ:…ほん、とうに?本当に、こんな僕でも…、仮面を外した、何に合わせることもできない…、こんな僕でも、いいの? カタリナ:勿論。…ペトラのことは、私が幸せにする。だからお願い。ペトラも、私のことを幸せにして? : ペトラ:[M]悪戯っぽい表情で、カタリナは僕に手を差し伸べる。…嫌ってもらうつもりで、すべてを吐き出したのに。我が儘なお姫様は、優しいまなざしで僕を見つめていた。 : ペトラ:…男女の優劣がないのは、仮面の上でだけじゃなかったの。 カタリナ:そんなこと言ったっけ?覚えてないなあ。 ペトラ:…ずるいよ。 カタリナ:身勝手ですから。それで…、どうかな。「シャイな王子様」。 ペトラ:…「Yes, your Majesty.」(イエス、ユアマジェスティ) : カタリナ:[M]出会いたてのような、覚束ない手つきで、しかし力強く、ペトラは私の手を取ってくれた。…ああ、半年前と同じ、暖かくて、優しい手。私の心は今もなおぐちゃぐちゃだったけど、カッコつけた手前、引くにも引けず。…涙をこらえて、温もりを感じながら。私たちは最後のマスケラータへと赴いて、いつも通り、くるくると廻り出すのだった。 : 0: : ペトラ:[M]そして、時は過ぎて……。 : ペトラ:―――以上、主催からの挨拶でした。それでは皆様、何もかもから解放された、優雅で高貴なマスケラータを、存分にお楽しみください。[壇上から降りる] カタリナ:[ペトラに駆け寄る]お疲れ様、ペトラ!凄いね、初めてなのにあんなにすらすら喋れるなんて…! ペトラ:カタリナ…!本当?ちゃんと喋れてた? カタリナ:ばっちり! ペトラ:それならよかった。…実際かなり緊張してたからさ。 カタリナ:ふふっ。全然そんなの感じなかったよ。流石、昔から頭がよく廻るもんね? ペトラ:いやあでも、さっきのは正直、思ったこととか言いたいことをただ並べ連ねただけというか…。 カタリナ:へえ、じゃあほとんど「勝手に」口から言葉が出てるんだっ!「身勝手」なだけに? ペトラ:あはは、そうそう。 : ペトラ:僕は頭だけじゃなくて、舌もよく廻るってことさ! : 0:End