台本概要
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タイトル | 善の鬼 第四章「女郎」 |
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作者名 | Oroるん (@Oro90644720) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 4人用台本(不問4) ※兼役あり |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
一刀流の剣士となった善鬼 女郎になった穂邑 二人はついに再会する ・演者性別不問ですが、役性別変えないようにお願いします ・時代考証甘めです ・軽微なアドリブ可 116 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
善鬼 | 男 | 196 | 小野善鬼(おのぜんき)かつての名は「ぜん」一刀流の剣士 |
穂邑 | 女 | 89 | ほむら。かつての名は「とら」女郎。善鬼の幼馴染 |
典膳 | 男 | 117 | 神子上典膳(みこがみてんぜん)善鬼の弟弟子 |
一刀斎 | 男 | 118 | 伊東一刀斎(いとういっとうさい)一刀流創始者。 |
刺客 | 男 | 12 | ※典膳との兼ね役推奨 |
子供 | 不問 | 32 | ※穂邑との兼ね役推奨 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:夜、善鬼達が寝泊まりしている廃屋前にて。善鬼が刺客達と斬り合っている。
善鬼:はああ!
0:一人斬り倒す。
刺客:くっ!また・・・
善鬼:・・・残りはおめえだけだな。
刺客:(何ということだ。一刀斎本人ならともかく、弟子もこれ程とは。夜陰(やいん)に紛れて寝込みを襲ったというのに・・・)
刺客:(その名の通り、鬼の様な強さだ・・・小野善鬼(おのぜんき)!)
善鬼:おらあああ!(斬りかかる)
刺客:くっ!(剣で受け止める)何故だ。貴様ほどの剣士が、何故一刀斎に仕える(つかえる)?
善鬼:(無言で鍔迫り合いする)
刺客:あの男は、人の皮を被った鬼ぞ?弟子であっても情けをかける奴じゃない。
刺客:貴様もいつかは、あいつに斬られて終い(しまい)だ。それが分からんか!
善鬼:おい(相手の腕を掴む)
刺客:むっ?
善鬼:口動かすより手ぇ動かせや。っ!(頭突きする)
刺客:ぐあっ!・・・おのれっ!でやあああ!(斬りかかる)
善鬼:遅えんだよっ!
0:善鬼、刺客の斬撃をかわしながら腕を斬りつける。
刺客:うぅっ!
善鬼:終わりだ!
刺客:ま、待ってくれ!命ばかりは・・・
善鬼:はああっ!
0:善鬼、剣を振り下ろす。
刺客:がはっ!
0:刺客、胸から血を吹き出し、倒れる。
善鬼:・・・覚悟がねえなら、最初から剣なんて持つんじゃねえ、バカタレが。
刺客:愚かな男だ・・・後悔するぞ・・・(息耐える)
善鬼:ふん・・・痛っ!
0:善鬼、腕から血が流れているのを確認する?
善鬼:・・・一太刀(ひとたち)もらっちまってたか。
一刀斎:『痛みを感じる事を禁ずる。』
善鬼:(何年経っても、本当に痛みを感じないようには、ならねえもんだな。)
0:廃屋から一刀斎が現れる。
一刀斎:騒がしいなあ。(あくびをする)おちおち寝てもおれん。
善鬼:先生。
0:善鬼、刀を鞘に納める。
一刀斎:そいつらは?
善鬼:先生の首を獲って、名を上げようとした連中です。夜討(ようち)を仕掛けて来ました。
一刀斎:三人か。大した腕では無かったようだな。
善鬼:はい。
一刀斎:最近こういう手合いが増えたな。
善鬼:何かお心当たりでも?
一刀斎:ありすぎて見当もつかんわ。
善鬼:・・・骸(むくろ)を片付けます。
一刀斎:しかし、お前も随分人斬りが板についてきたじゃないか。
一刀斎:弟子になって間もない頃はあれほど躊躇って(ためらって)おったのに、人間変われば変わるものだな。
善鬼:・・・
一刀斎:その剣、如何程(いかほど)の血を吸うてきたであろうなあ?
善鬼:『先生の弟子になって数年。様々な土地を旅してきた。様々な相手と立ち会ってきた。』
善鬼:『様々な人間を・・・斬ってきた。』
善鬼:『人を殺しても、何も感じなくなったのは、いつからだろう?』
0:女郎屋「欅楼」
穂邑:また銭をもらい損ねたのかい?しっかりしておくれよ!これじゃあ「抱かれ損」じゃないか!
穂邑:取り立てに行ったらどうなんだい?・・・何?おっかない?(ため息)情けないねえ。
穂邑:アンタらが毎日「おまんま」にありつけてんのは、私達が体張って稼いでるおかげだろ?
穂邑:だったら、アンタらもちゃんと自分の仕事をしな!
穂邑:『この店に来てもうすぐ一年・・・この生業(なりわい)にもすっかり慣れ、こんな風に店の男共に小言も言えるようになった。』
穂邑:『この稼業が楽しいとか、面白いとは今でも思えない。でも、何とか生きていた。』
穂邑:さてと、次はご新規さんか。せいぜい媚(こび)売って、ご贔屓(ひいき)さんになってもらうとするかねえ。
穂邑:『私の部屋の障子(しょうじ)が開かれる。』
穂邑:いらっしゃ・・・おめえ!
穂邑:『何年経とうと、彼を見分けられないはずがない。そこにいたのは、私の幼馴染。』
善鬼:やっと、見つけた!
善鬼:『長かった・・・何度も諦めそうになった。でもようやく・・・』
穂邑:・・・久しぶりだね。元気そうじゃないか。
善鬼:『数年ぶりに会った「とら」は、すっかり変わっていた。煌(きら)びやかな着物を着て、髪には簪(かんざし)が差してある。』
善鬼:『肌にはおしろい、唇には紅(べに)を塗り、伽羅(きゃら)の香りを漂わせていた。』
善鬼:『もうすっかり・・・女郎になっていた。』
穂邑:・・・何とか言いなよ。
善鬼:おめえ!
0:善鬼、穂邑の腕を掴む。
穂邑:痛っ!何すんだい?離しとくれ!
善鬼:おめえはこんなとこにいちゃ駄目だ!
穂邑:何言ってんだよ!騒ぐなよ、店のもんが出てくるよ!
善鬼:そんな連中、俺がまとめて叩き斬ってやる!
穂邑:!
0:穂邑、善鬼の頬に平手打ちする。
善鬼:!
穂邑:帰っとくれ!
善鬼:お、俺はただ・・・
穂邑:良いから出てけ!バカタレ!
0:穂邑、善鬼を追い出す。
穂邑:バカタレが・・・
0:翌日
善鬼:『翌日、俺は再びとらのいる「欅楼(けやきろう)」という店に向かっていた。』
善鬼:『昨日は引き下がってしまったが、今日こそ、何としてでも、とらを連れ帰るつもりだった。』
善鬼:(このままで良いはずがねえ!力づくでも、とらを連れてくんだ!)
善鬼:(とらが何と言おうが構いやしねえ!今度こそ・・・とらを救うんだ!)
善鬼:『俺は息巻いていた。だが』
善鬼:?
善鬼:『ふと甘い香りが鼻をつき、足を止めた』
善鬼:『そこには一件の店があった。』
善鬼:(これは・・・)
0:欅楼
善鬼:よう・・・
穂邑:・・・
善鬼:昨日は、悪かったな。騒いだりしてよ。
善鬼:(饅頭の箱を差し出しながら)ほれ、これ土産だ。近くの店で買ってきたんだ。
穂邑:何の用だい?
善鬼:そんな邪険にすんなよ。店の連中にもちゃんと謝ったしよう。
穂邑:よく入れてもらえたね。
善鬼:ああ。銭を多目に渡したらすんなり通してくれたよ。
穂邑:あいつら・・・
善鬼:な、もう堪忍(かんにん)してくれよ。
穂邑:(ため息)言っとくけど、次はないからね。
善鬼:分かってるって。
穂邑:(饅頭を食べる)あら?これ美味しいね。
善鬼:そうか?その店の饅頭(まんじゅう)、評判なんだってよ。
穂邑:そうかい、ありがとよ。
善鬼:(なあ、覚えてるか?昔、約束したろ?饅頭・・・腹一杯食わせてやるって。)
穂邑:どうかしたのかい?アンタも食うかい?
善鬼:・・・いや。
善鬼:(覚えてるわけ、ねえか・・・)
穂邑:(・・・忘れるはず、ないじゃないか・・・)
0:穂邑、半紙に筆で文字を書き、善鬼に渡す。
穂邑:ほら。これだよ。
善鬼:おめえすげえなあ!字が書けんのか!?
穂邑:まあね。って言うか、アンタは書けないのかい?
善鬼:ああ、さっぱりだ!
穂邑:そ、そうかい。そんな侍みたいな格好(なり)してんのにさ。
善鬼:しょうがねえだろ。本当に侍になったわけじゃねえんだし。
穂邑:ふうん。
善鬼:で、何て書いてあるんだ?
穂邑:穂邑(ほむら)。私の今の名前だよ。
善鬼:ほむら・・・
穂邑:この「穂」っていう字はね、稲穂の「穂」なのさ。
善鬼:そっか!稲穂かあ!村の田んぼを思い出すなあ。
穂邑:そうだね・・・
穂邑:それでこの「ほむら」って言うのは、字は違うんだけど別の意味があるんだよ。
善鬼:へえ?
穂邑:ええとね(新しい半紙に字を書く)これさ。
善鬼:難しい字だな。
穂邑:こっちの「焔(ほむら)」にはね、「炎」って意味があるんだ。
善鬼:炎・・・
穂邑:・・・私は、炎の中から生まれ出た(いでた)のさ。
善鬼:何の話だ?
穂邑:別に・・・
穂邑:(酒を差し出しながら)これは?呑めるようになったかい?
善鬼:ああ(酒を飲む)何かよう・・・
穂邑:あん?
善鬼:おめえ、別人みてえだ。見た目もそうだけど、読み書きまでできる様になって。あと話し方とか。
穂邑:そりゃ、百姓言葉のまんまじゃ、この商売はできないさね。
善鬼:村にいた頃は、「オラがー、オラがー」って言ってたのによう。
穂邑:もう!バカにしやがって!大体、変わったのはアンタの方じゃないか!
善鬼:え?俺?
穂邑:そうだよ!そんな出立ち(いでたち)して、刀まで差しやがってさ!
善鬼:ああ、この格好のことか・・・
穂邑:おまけに「小野善鬼」なんて大層な名前になってるし。
穂邑:今、どうやって生活してるんだい?さっき、侍になったわけじゃ無いって言ってたけど・・・
善鬼:ああ。武芸者の先生に弟子入りしてよ、今はその先生のとこにいるんだ。
穂邑:武芸者?
善鬼:そうなんだ。「伊東一刀斎」って聞いたことねえか?
穂邑:え!?聞いたことあるよ!有名な武人じゃないか!アンタ、その弟子なのかい?
善鬼:まあな。
穂邑:へぇ。良かったねえ、良い人に拾ってもらえて。
善鬼:いやあ、うちの先生は剣の達人ではあるけど、間違っても「良い人」じゃあねえぜ。ありゃあ、人の皮被った鬼だぜ、鬼!
穂邑:自分の先生をそんな風に言って良いのかい?
善鬼:だってよお・・・本当に鬼畜なんだよ。
善鬼:まあ、そんな先生だからこそ、俺みたいなのを拾ってくれたんだろうけどよ。
穂邑:そうかい。何にせよ、食いっぱぐれてないなら良かったよ。
善鬼:おめえも、その、何だ。
穂邑:?
善鬼:良い店に来れて・・・良かったな。
善鬼:『心にもないことを言った。』
穂邑:ああ、金にはちょっと汚いけど、皆良い人さ。良くしてもらってるよ。
穂邑:ここに来るまでは散々だったけどね。良く今まで生きてこられたもんだよ。
善鬼:そうか・・・
穂邑:・・・どうしたんだい?
善鬼:悪かったな。
穂邑:何の話?
善鬼:『「おめえにこんな生き方をさせて」と言おうとして、辞めた。今更、そんな事を言って何になる。』
穂邑:?
善鬼:それは・・・あれだ、おめえのこと引っ叩いた(ひっぱたいた)だろ?
穂邑:え?
善鬼:ほら、俺が盗っ人働いた時によ。
穂邑:・・・ああ!そりゃ私達が別れる前の話じゃないか!何だよ今更。
善鬼:だってよう、ずっと気になってたんだ。
穂邑:良いよ、そんな昔の話。それを言うなら、昨日私もアンタをはたいたじゃないか。
善鬼:(吹き出す)そうだな。あれは痛かったぜ。
穂邑:(笑う)武芸者なら、あれぐらい避(よ)けれないとねえ。
善鬼:うるせえ
穂邑:・・・
善鬼:どうした?
穂邑:私の方こそ・・・悪かったよ。勝手にいなくなってさ。
善鬼:(ため息)しょうがねえよ。こんなおっかねえ男、誰でも嫌になるだろ。
穂邑:そんな事ないよ。アンタは私の為に、全てを投げ出してくれた。なのに、私はアンタから逃げちまった。
善鬼:・・・
穂邑:そして結局私は・・・
善鬼:おっと!そういや先生に使い頼まれてたんだった!そろそろお暇(いとま)するわ。
穂邑:え、もう帰るのかい?まだ良いじゃないか。
善鬼:先生怒らせると面倒だからよ。すまねえな、とら。
穂邑:・・・悪いんだけどさ、もうその名前で呼ぶのは辞めておくれ。
善鬼:え?
穂邑:私は「穂邑」だ。もうアンタの知ってる「とら」じゃないんだよ。
善鬼:・・・
穂邑:アンタの事も、もう「ぜん」とは呼ばないよ。小野善鬼さん。
善鬼:そうか・・・(少し小声で)もう昔には、戻れねえのか。
穂邑:何か言ったかい?
善鬼:別に・・・
穂邑:善鬼さん、もう帰っちまうなんて、ちょいと野暮(やぼ)じゃないのかい?
穂邑:『彼の膝の上に手を置いた。』
善鬼:うっ!
穂邑:あ・・・
善鬼:・・・本当に、もう帰らなきゃいけねえんだ。
穂邑:そうかい・・・
穂邑:『膝から手を引いた。』
善鬼:じゃあな。
穂邑:・・・また、来てくれるかい?
善鬼:ああ、また来るぜ。
穂邑:約束だよ?
善鬼:ああ、約束だ。
穂邑:『そう言って彼は出て行った。』
穂邑:『私は自分の手を見た。さっき、彼の膝の上に置いた手を。』
穂邑:『何の気無し(なんのきなし)に手を置いていた。他の客にするように、彼に・・・「ぜん」に、媚を売ってしまった。』
穂邑:『視界が、歪んだ。』
0:善鬼達の逗留先。
一刀斎:よう。遅かったな。
善鬼:先生、お戻りでしたか?すいません、すぐに飯の支度をします。
一刀斎:ん?お前、伽羅の匂いがするな?ひょっとして女郎屋にでも行ってきたか?
善鬼:ええ、まあ・・・
一刀斎:そうか。お前もそういう所に行くんだな。
一刀斎:でも何で・・・
善鬼:?
一刀斎:お前、女を知らないままなんだ?
善鬼:っ!
一刀斎:何を驚いている?お前の事で、俺に分からない事があると思ったか?
善鬼:・・・
一刀斎:そういえば、前に女を当てがってやった事があったなあ。あの時も結局抱けなかった。女が苦手なのか?
善鬼:いえ、そんな事は・・・
一刀斎:ふむ。お前の事だ、何か理由があるんだろう。
一刀斎:だがもし、俺が「抱け」と言ったら、お前どうする?
善鬼:(動揺しながら)そ、それは・・・
一刀斎:・・・まあ、「今は」そのままにしておこう。その方が面白いからな。
善鬼:(震えている)
0:数日後
典膳:お待ち下さい!
善鬼:『それは先生と共に安房国(あわのくに)を治める里見氏を訪ねた帰りだった。』
善鬼:『一人の若い侍が、俺たちの前に立ちはだかった。』
典膳:私は里見家の家臣で、神子上典膳(みこがみてんぜん)と申します。伊東一刀斎殿とお見受け致します。
一刀斎:いかにも。
典膳:是非とも、一手ご指南賜り(たまわり)たく、何卒(なにとぞ)お願い申し上げます!
善鬼:いきなり現れて何なんだ?先生はお疲れなんだ。おめえに付き合ってられるかよ。
典膳:私は一刀斎殿と話しているです。あなたではない!
善鬼:何だとてめえ!
一刀斎:(笑いながら)まあ良い。相手してやろう。
善鬼:え?
典膳:ありがとうございます!
善鬼:先生!こんな奴、相手にすること無いですよ。
一刀斎:俺がやると言ってるんだ。文句があるのか?
善鬼:・・・いいえ。
典膳:では早速。
一刀斎:ああ。
善鬼:『神子上と名乗ったその男は、木刀を構えた。対する先生は・・・』
典膳:なっ!?
善鬼:『近くに積んであった薪(まき)を一本手に取り構えた。』
典膳:・・・まさかとは思いますが、それで私の相手をされるおつもりか?
一刀斎:そうだが?
典膳:ご冗談を。いくら音に聞こえた一刀斎先生と言えども、私を侮り(あなどり)過ぎでは?
一刀斎:俺はそうは思わん。
典膳:っ!・・・良いでしょう。手加減は致しませんよ?
一刀斎:構わん。
典膳:・・・
一刀斎:いつでも良いぞ?
典膳:参ります!やあああああ!
善鬼:・・・阿保が。
一刀斎:ふんっ!
典膳:うわあっ!
善鬼:『神子上の体が宙を舞った。』
典膳:(地面に叩きつけられ)がはっ!
一刀斎:手加減した方が良かったか?
典膳:くっ!まだまだあ!もう一本!
善鬼:・・・
典膳:うおおおおお!
一刀斎:ふんっ!
典膳:うわあああ!
善鬼:筋金入りの阿保だな。
一刀斎:弱いなあ、お前。
典膳:くっ・・・
善鬼:(ため息)もう良いだろ?
典膳:まだまだあ!
善鬼:おい・・・
典膳:行くぞ!でりゃあああ!
一刀斎:はっ!
典膳:ぐあああ!
善鬼:(敵(かな)わねえのが分かんねえのか?)
善鬼:(ま、気が済むまで叩きのめされるが良いさ)
典膳:うおおおおお!
善鬼:『神子上は何度も叩きのめされながらも、その度に立ち上がり、また先生に向かっていった。』
典膳:(息切れ気味に)ま、まだまだあ、もう一本!
善鬼:『そしてそれは・・・』
0:夕暮れ
善鬼:『夕暮れまで続いた』
典膳:(息も絶え絶えに)ま、まらまらあ、もうひっほん・・・
善鬼:嘘だろ・・・
一刀斎:お前、なかなか面白いな。
善鬼:『息は絶え絶えに、足元も覚束(おぼつか)なくなり、顔は見る影もないほどにデコボコになりながらも、未だに木刀を構え続けているのだ』
一刀斎:よし、もう一本だ。来い!
善鬼:『先生は相変わらず涼しい顔で、一滴の汗もかかず、息一つ乱していなかった。それはそれで尋常ではないが・・・』
典膳:ひ、ひゃあああ・・・
善鬼:『ほとんど力は入っていなくとも、それでもまだ先生に打ち込もうとする』
一刀斎:ふんっ!
典膳:ぎゃひっ!
善鬼:・・・
一刀斎:終い(しまい)か?
典膳:ま、まら・・・
善鬼:立つんじゃねえ!おめえ死んじまうぞ!
一刀斎:善鬼!
善鬼:!
一刀斎:止めるな。ここで死んだとて、こやつも本望であろう。
善鬼:し、しかし、このままでは・・・
一刀斎:お前、いつから俺に指図するようになった?
善鬼:っ!・・・すいません。
典膳:まら、まら・・・
一刀斎:ふんっ、どちらにしても終いではないか。
善鬼:え?
一刀斎:見てみろ。
典膳:まら、まら、もう・・・いっほん・・・
善鬼:・・・こいつ、木刀構えたまま、気絶してやがる。
一刀斎:つまらん(薪を投げ捨てる)帰るぞ。
善鬼:こいつはどうします?
一刀斎:捨て置け。
善鬼:はあ・・・
典膳:まら・・・まら・・・あう(倒れる)
0:翌日の朝
0:善鬼たちの逗留先
善鬼:(いびきをかいて寝ている)
0:玄関前に立つ典膳
典膳:もし・・・
善鬼:(いびきをかいて寝ている)
典膳:あの・・・
善鬼:(いびきをかいて寝ている)
典膳:(大きく息を吸い込んで)頼もぉぉぉ!!!
善鬼:うわあっ!(びっくりして飛び起きる)な、なななんだあ!?
典膳:伊東一刀斎殿!おられますか!?神子上典膳にございます!!
善鬼:うるせえ!(玄関まで駆けて行く)お、おめえ、昨日の!
典膳:一刀斎殿はおられますか?是非もう一手御指南賜り(ごしなんたまわり)たい!!
善鬼:おめえ昨日ボコボコにやらばっかりじゃねえか!
典膳:今日こそは勝ちます!
善鬼:(呆気に取られている)
0:その夜。逗留先にて。
一刀斎:(酒をのんでいる)ん。
善鬼:(酌をしながら)そういえば、今日も来ていました。
一刀斎:ん?
善鬼:あの神子上って言う武芸者です。
一刀斎:誰だそれは?
善鬼:昨日、先生がお相手をされた・・・
一刀斎:俺が?(酒を飲む)覚えがないな。
善鬼:・・・
一刀斎:そいつがどうした?
善鬼:また、先生と勝負がしたいと。
一刀斎:それで?
善鬼:俺が相手をしてやりました。
一刀斎:そうか(酒を飲む)
善鬼:・・・
一刀斎:言いたい事があるならはっきり言え。
善鬼:その・・・あいつを弟子にするわけにはいきませんでしょうか?
一刀斎:ん?そいつをか?
善鬼:はい。
一刀斎:何故だ?
善鬼:それは・・・あ、あいつの家はこの辺りじゃ知られた武家の名門だそうで、あいつ自身も将来を期待されてる武人らしいんです。
一刀斎:武家の名門、か。
善鬼:あいつを門下に加えれば、今後の一刀流の発展にも役立つのではないかと・・・
一刀斎:(さえぎって)おい。
善鬼:はい・・・
一刀斎:お前も長い付き合いなんだから分かるだろ?俺に嘘は通用せん。
善鬼:・・・
一刀斎:(酒を飲み)本当の理由を言え。
善鬼:・・・分かりません。
一刀斎:は?
善鬼:自分でも、何故か分からないんです。
善鬼:ただ、あいつが先生にやられているのを見て、自分でも相手をしてみて、そうした方が良い・・・いや、そうしなきゃならないと、感じたんです。
一刀斎:・・・(吹き出す)
善鬼:・・・
一刀斎:(笑いながら)そうか。
善鬼:すいません、忘れて下さい。
一刀斎:良いだろう。
善鬼:え?
一刀斎:その神子上とやらを弟子にしよう。
善鬼:本当ですか?どうして・・・
一刀斎:弟子にしろと言ったのはお前ではないか。
善鬼:それは、そうですが・・・
一刀斎:それに、お前なら理由は分かるだろ。
善鬼:・・・面白いから。
一刀斎:そういう事だ。
0:翌日
典膳:この度は、門下に加えて頂き、誠にありがとうございます!一刀流の名を汚さぬよう、精一杯努めまする!
一刀斎:うむ。まあ、せいぜい励め。
典膳:はい!
一刀斎:善鬼、色々教えてやれ。
善鬼:はい。(典膳に向かって)おい、よろしくな。これからは俺がおめえの兄弟子になるわけだからよ、せいぜいこき使わせてもらうぜ。
典膳:先生!お荷物をお持ち致します!
一刀斎:うむ。
善鬼:じゃあ、ついでにこれも持って(もらえるか)
典膳:(被せて)先生!馬を曳いて(ひいて)まいりました!
善鬼:き、気が利くな。じゃあ俺の馬も(曳いてきてくれるか)
典膳:(被せて)さあ先生、参りましょう!
一刀斎:そうだな。
善鬼:おい!それは俺の馬!
典膳:やあっ!
一刀斎:はっ!
善鬼:『二人は馬の腹を蹴り、駆け去ってしまった・・・』
善鬼:・・・ふざけんなあああ!!
0:数ヶ月後、欅楼
穂邑:(笑いながら)それで、どうしたんだい?
善鬼:俺が走って二人を追いかけたんだよ!これじゃどっちが弟弟子か分かりゃしねえ!
穂邑:弟弟子を手懐け(てなずけ)られて無いみたいだねえ。まあこれでも飲んで、怒りを鎮めなよ(酌をする)
善鬼:(酒を飲む)あの野郎、その後も散々稽古で打ちのめしてやってんのに、俺の事を認めやがらねえ!もっと厳しくしねえとな!
穂邑:駄目だよ、そんなんじゃ。
善鬼:あ?
穂邑:そんなことしたら、ますます反発するに決まってるだろ。もっとこう、尊敬の念ってやつを抱かせないとね。
善鬼:そんなんどうやるんだよ?
穂邑:アンタの方が剣士として格上だって、分からせてやれば良いのさ。
穂邑:例えば、アンタが本気で立ち合いしてる姿を、そいつに見せてやるとか。
善鬼:そんなんで良いのか?
穂邑:そいつが本物の剣士なら、それで分かるはずさ。分かんなきゃ、見込み無しってことだね。
善鬼:そんなもんかねえ。
穂邑:そんなもんさ。
0:一刀斎達が利用している宿
一刀斎:善鬼は?いないのか?
典膳:はい。出かけたみたいです。
一刀斎:また馴染みの女の所か。よくもまあ熱心に通うものだ。
一刀斎:(少し小声で)抱きもせんくせに。
典膳:あの、先生。
一刀斎:なんだ?
典膳:いつになったら、稽古を付けて頂けるのでしょうか?もう弟子入りして数ヶ月経ちますが・・・
一刀斎:そうだったか?善鬼は何と言っている?
典膳:その分、自分が相手してやっているだろう、と。
一刀斎:それでは不服か?
典膳:あの人には悪いですが、そうです!
一刀斎:兄弟子を「あの人」呼ばわりか?
典膳:・・・言葉が、過ぎました。
一刀斎:まあよい。舐められるあいつも悪い。
典膳:・・・
一刀斎:しかしお前も、大口を叩くより腕を上げるのが先では無いか?まだあいつから一本も取れておらんのだろう?
典膳:あの人・・・善鬼殿から一本取れれば、稽古を付けて頂けますか?
一刀斎:いや、それだけでは駄目だ。
典膳:ではどうすれば?
一刀斎:それは自分で考えよ。さて、俺も出てくるとするか。
典膳:どちらへ?
一刀斎:散歩だ。少し夜風に当たりたくてな。
典膳:お供致します!
一刀斎:来んで良い。
典膳:先生を一人で行かせるわけには参りません!
一刀斎:(ため息)勝手にせい。
0:街中
典膳:『先生は何も言わず、時々夜空を見上げながら、ただ歩いていた。私はその少し後に続く』
典膳:(何を考えておられるのだろう?やはり剣のことだろうか・・・)
子供:・・・
典膳:『ふと、向こうから子供が歩いてくるのが見えた。背にたくさんの枯れ枝を背負っている。』
典膳:(こんな時間に家の手伝いか。感心だな。)
典膳:『子供は私たちに気付くと、道の端に控え頭を下げた。先生はその横を通り過ぎる。しかし・・・』
子供:伊東一刀斎殿ですね?
典膳:え?
典膳:『一瞬の出来事だった。その子供は自然な動作で先生の背後に回り込んだ。』
一刀斎:ん?
子供:お命、頂戴致します。
典膳:『そして枯れ枝の中に忍ばせておいた短刀を取り出すと、先生の背中を・・・刺した。』
一刀斎:むっ!
典膳:先生!!!
典膳:『その直後、どこからともなく刀を手にした男達が現れた。』
一刀斎:・・・
典膳:何だ!?貴様らは!?
子供:訳あって一刀斎殿を討ち取るべく、参上仕りました。(つかまつりました)
典膳:おのれ!
典膳:『私は剣を抜くと、先生の前に立った。』
子供:無駄ですよ。
典膳:なに?
子供:(短刀をかざしながら)この短刀には猛毒が塗り込んであります。間もなく、一刀斎殿のお命は尽きるでしょう。
典膳:っ!
子供:この者たちは、貴方から私を護るためにここにいます。ですが、肝心の一刀斎殿を仕留めた今、あなたと争う理由は無い。
子供:ここは、退いて(ひいて)頂けませんか?
典膳:愚問!退けるわけが無かろう!
子供:仕方ありませんね。では・・・
子供:・・・なに?
典膳:?
一刀斎:(典膳の隣に立ち)俺を無視して話を進めるな。
典膳:先生!
子供:馬鹿な・・・すぐに死なぬにしても、動けるはずが無い。
典膳:先生お下がりください!ここは私が!
一刀斎:どけ。
典膳:しかし・・・
一刀斎:こいつらは俺に用があるのだろう?ならば、俺が相手をしてやらんとな。
典膳:『そう言って先生は剣を抜いた。しかし、先生に戦わせるわけにはいかない。』
典膳:せん・・・
一刀斎:シャアッ!!
典膳:『私の言葉を遮る(さえぎる)ように、先生が剣を横一閃に振り抜いた。すると、一人の首が、飛んだ。』
子供:っ!
一刀斎:今は俺も手負いゆえな。久々に本気を出させてもらおう。
子供:くっ!一人で相手するな!皆でかかれ!
典膳:私を忘れるな!やあああああ!(剣を振る)
一刀斎:やめろ!(典膳の腕を掴む)
典膳:ぐっ!せ、先生!何をしておられるのです?手をお離しください!
一刀斎:お前は邪魔だあっ!(後方に投げ飛ばす)
典膳:ぐわあっ!
子供:自分の弟子を、投げ飛ばした?
典膳:せん、せい・・・
一刀斎:こいつらは、俺の獲物だ。
子供:好機ぞ!囲め!
典膳:『先生は取り囲まれてしまった』
一刀斎:ククク。なかなかに楽しいぞ!
子供:いまだ!一斉に打ちかかれ!
典膳:『刺客たちは指示通り、一斉に襲い掛かった。だがその時』
一刀斎:ハァッ!
子供:飛んだ!?
一刀斎:シャアッ!
典膳:『先生は落下すると同時に、刺客の一人に剣を振り下ろした。』
典膳:『相手は剣で受けようとしたが、その剣もろとも体を真っ二つに寸断されてしまった』
子供:何という斬撃・・・
一刀斎:ヒョアッ!
典膳:『また先生が剣を振るう。今度は胴体を斬り裂いた。斬られた男の体は、上半身と下半身に分かたれていた。』
子供:化け物め!
一刀斎:フゥッ!フゥッ!
典膳:『この人は本当に人間なのか、という疑念が頭をよぎった。』
一刀斎:ガァァァァァッ!
典膳:『先生の剣が唸る(うなる)。刺客達はまとめて吹き飛ばされた。』
子供:おのれ「剣鬼」!いやああああ!(短刀で攻めかかる)
典膳:『最初に先生を刺した子供も、再び短刀を手に攻めかかったが』
一刀斎:ヌンッ!
子供:がはっ!
典膳:『短刀もろとも吹き飛ばされてしまった』
子供:まだまだ!・・・ひっ!
一刀斎:グゥゥゥゥゥ・・・
子供:『一刀斎と目があっだ瞬間、体が動かなくなった』
子供:『それは人のものとは・・・いや、この世のものとは思えない、そんな眼光だった』
子供:『修練によって、恐怖心などとうに克服したはずだった。「恐れ」など、二度と感じることはないと思っていた。』
子供:『しかし今、体の震えが止まらない』
子供:『これは生物としての本能だ。本能が、忘れていたはずの「恐れ」を甦らせた』
子供:『この男はこの場にいる唯一の「捕食者」で、それ以外は喰われるだけの「獲物」に過ぎない。それが分かった』
一刀斎:イィィィィィハアァッ!!
典膳:『先生の剣が敵を貫く、斬り裂く。死体の山が、積み上げられていった。』
子供:・・・
典膳:『残ったのは、あの子供だけになった。』
一刀斎:さあどうする、ガキ。
子供:ふ、ふふふ・・・お陰様で、自分がまだ「子供」に過ぎないことを実感させて頂きました。
子供:こうなっては、是非も無し。
典膳:『子供は持っていた短刀を自分の首筋に添えると・・・』
子供:一足先に、地獄でお待ちしております。
一刀斎:ほざけ。
典膳:『何の躊躇い(ためらい)もなく、刃で首を斬った。鮮血を吹き出しながら、子供は倒れた。』
一刀斎:ふん。
典膳:何ということを!
典膳:『私が駆け寄った時には、既に子供の息は無かった。』
一刀斎:このガキ、かなり仕込まれていたようだな。
典膳:こんな子供を刺客に仕立て上げるとは、卑劣な!
一刀斎:戦いに卑劣もクソもあるか。勝てばそれが正義よ。
典膳:そんな・・・
一刀斎:これが俺たちの日常だ。お前も・・・(少し弱々しく)なんだ?
典膳:先生、いかがされましたか?・・・っ!
典膳:『先生の足元に、巨大な血溜まりができていた』
一刀斎:ふん。ガキ相手とは言え、殺気を見過ごすとは、俺もまだまだ甘い、な・・・(気絶)
典膳:先生!
0:宿
善鬼:おめえが付いていながら、このザマは何だ!?
典膳:も、申し訳ございません。
典膳:『あれから、先生を担(かつ)いで宿まで連れ帰った。』
典膳:『そしてすぐ宿の者に医師を呼んでもらい、治療を施して(ほどこして)もらったのだった』
一刀斎:(少し弱々しく)どうやら、地獄には行きそびれたようだな。
典膳:『幸い、先生は一命を取り留めた。その生命力の強さに、医師も驚いていた。』
典膳:『医師が帰ってすぐ、入れ違いで善鬼殿が帰ってきた。』
善鬼:俺がついていれば、こんな事には!
一刀斎:何だ善鬼。お前、俺の身を案じておるのか?
善鬼:当然です!
一刀斎:ほう。てっきり、俺の死を望んでいるかと思っていたがな。
典膳:え?
善鬼:・・・何を馬鹿な事を。
一刀斎:(笑うが途中で咳込む)
典膳:先生!
善鬼:とにかく、今はお休み下さい。
一刀斎:今なら、俺に勝てるかもな。斬りたければ、斬ってもよいぞ?
善鬼:・・・
典膳:(先生は、一体何を仰って(おっしゃって)いるんだ?)
一刀斎:ふん。腰抜け、が・・・(寝入る)
典膳:・・・眠ってしまわれたようです。
善鬼:ああ・・・
0:宿の廊下
善鬼:子供が刺したのか?
典膳:はい。あっという間でした。あの歳で、相当な修練を積んでいたようです。
典膳:自刃(じじん)する際も、全く躊躇い(ためらい)がありませんでした。
善鬼:功名(こうみょう)目当ての野武士にしては、随分手が混んでるな。
典膳:ええ。暗殺などを生業(なりわい)とする手合い(てあい)かもしれません。
善鬼:そういえば・・・おめえが弟子入りする少し前に、三人がかりで夜討ちを仕掛けてきた連中がいた。
善鬼:なりふり構わねえ馬鹿どもだと、あまり気にしていなかったが・・・
典膳:今夜の連中と、同じ一派(いっぱ)だと?
善鬼:分かんねえけどな。しばらくは、注意しておいた方が良さそうだ。
典膳:はい。それにしても・・・
善鬼:?
典膳:先生には驚かされました。これ程の深手を負いながらあの立ち回り、とても人の仕業(しわざ)とは思えませんでした。
善鬼:・・・
典膳:常人なら当然死んでいた状態なのに、まるで痛みなど感じておられないかのように・・・
一刀斎:『痛みを感じることを禁ずる。』
善鬼:・・・よく覚えとけ。
典膳:え?
善鬼:これが一刀流だ。
0:つづく
0:夜、善鬼達が寝泊まりしている廃屋前にて。善鬼が刺客達と斬り合っている。
善鬼:はああ!
0:一人斬り倒す。
刺客:くっ!また・・・
善鬼:・・・残りはおめえだけだな。
刺客:(何ということだ。一刀斎本人ならともかく、弟子もこれ程とは。夜陰(やいん)に紛れて寝込みを襲ったというのに・・・)
刺客:(その名の通り、鬼の様な強さだ・・・小野善鬼(おのぜんき)!)
善鬼:おらあああ!(斬りかかる)
刺客:くっ!(剣で受け止める)何故だ。貴様ほどの剣士が、何故一刀斎に仕える(つかえる)?
善鬼:(無言で鍔迫り合いする)
刺客:あの男は、人の皮を被った鬼ぞ?弟子であっても情けをかける奴じゃない。
刺客:貴様もいつかは、あいつに斬られて終い(しまい)だ。それが分からんか!
善鬼:おい(相手の腕を掴む)
刺客:むっ?
善鬼:口動かすより手ぇ動かせや。っ!(頭突きする)
刺客:ぐあっ!・・・おのれっ!でやあああ!(斬りかかる)
善鬼:遅えんだよっ!
0:善鬼、刺客の斬撃をかわしながら腕を斬りつける。
刺客:うぅっ!
善鬼:終わりだ!
刺客:ま、待ってくれ!命ばかりは・・・
善鬼:はああっ!
0:善鬼、剣を振り下ろす。
刺客:がはっ!
0:刺客、胸から血を吹き出し、倒れる。
善鬼:・・・覚悟がねえなら、最初から剣なんて持つんじゃねえ、バカタレが。
刺客:愚かな男だ・・・後悔するぞ・・・(息耐える)
善鬼:ふん・・・痛っ!
0:善鬼、腕から血が流れているのを確認する?
善鬼:・・・一太刀(ひとたち)もらっちまってたか。
一刀斎:『痛みを感じる事を禁ずる。』
善鬼:(何年経っても、本当に痛みを感じないようには、ならねえもんだな。)
0:廃屋から一刀斎が現れる。
一刀斎:騒がしいなあ。(あくびをする)おちおち寝てもおれん。
善鬼:先生。
0:善鬼、刀を鞘に納める。
一刀斎:そいつらは?
善鬼:先生の首を獲って、名を上げようとした連中です。夜討(ようち)を仕掛けて来ました。
一刀斎:三人か。大した腕では無かったようだな。
善鬼:はい。
一刀斎:最近こういう手合いが増えたな。
善鬼:何かお心当たりでも?
一刀斎:ありすぎて見当もつかんわ。
善鬼:・・・骸(むくろ)を片付けます。
一刀斎:しかし、お前も随分人斬りが板についてきたじゃないか。
一刀斎:弟子になって間もない頃はあれほど躊躇って(ためらって)おったのに、人間変われば変わるものだな。
善鬼:・・・
一刀斎:その剣、如何程(いかほど)の血を吸うてきたであろうなあ?
善鬼:『先生の弟子になって数年。様々な土地を旅してきた。様々な相手と立ち会ってきた。』
善鬼:『様々な人間を・・・斬ってきた。』
善鬼:『人を殺しても、何も感じなくなったのは、いつからだろう?』
0:女郎屋「欅楼」
穂邑:また銭をもらい損ねたのかい?しっかりしておくれよ!これじゃあ「抱かれ損」じゃないか!
穂邑:取り立てに行ったらどうなんだい?・・・何?おっかない?(ため息)情けないねえ。
穂邑:アンタらが毎日「おまんま」にありつけてんのは、私達が体張って稼いでるおかげだろ?
穂邑:だったら、アンタらもちゃんと自分の仕事をしな!
穂邑:『この店に来てもうすぐ一年・・・この生業(なりわい)にもすっかり慣れ、こんな風に店の男共に小言も言えるようになった。』
穂邑:『この稼業が楽しいとか、面白いとは今でも思えない。でも、何とか生きていた。』
穂邑:さてと、次はご新規さんか。せいぜい媚(こび)売って、ご贔屓(ひいき)さんになってもらうとするかねえ。
穂邑:『私の部屋の障子(しょうじ)が開かれる。』
穂邑:いらっしゃ・・・おめえ!
穂邑:『何年経とうと、彼を見分けられないはずがない。そこにいたのは、私の幼馴染。』
善鬼:やっと、見つけた!
善鬼:『長かった・・・何度も諦めそうになった。でもようやく・・・』
穂邑:・・・久しぶりだね。元気そうじゃないか。
善鬼:『数年ぶりに会った「とら」は、すっかり変わっていた。煌(きら)びやかな着物を着て、髪には簪(かんざし)が差してある。』
善鬼:『肌にはおしろい、唇には紅(べに)を塗り、伽羅(きゃら)の香りを漂わせていた。』
善鬼:『もうすっかり・・・女郎になっていた。』
穂邑:・・・何とか言いなよ。
善鬼:おめえ!
0:善鬼、穂邑の腕を掴む。
穂邑:痛っ!何すんだい?離しとくれ!
善鬼:おめえはこんなとこにいちゃ駄目だ!
穂邑:何言ってんだよ!騒ぐなよ、店のもんが出てくるよ!
善鬼:そんな連中、俺がまとめて叩き斬ってやる!
穂邑:!
0:穂邑、善鬼の頬に平手打ちする。
善鬼:!
穂邑:帰っとくれ!
善鬼:お、俺はただ・・・
穂邑:良いから出てけ!バカタレ!
0:穂邑、善鬼を追い出す。
穂邑:バカタレが・・・
0:翌日
善鬼:『翌日、俺は再びとらのいる「欅楼(けやきろう)」という店に向かっていた。』
善鬼:『昨日は引き下がってしまったが、今日こそ、何としてでも、とらを連れ帰るつもりだった。』
善鬼:(このままで良いはずがねえ!力づくでも、とらを連れてくんだ!)
善鬼:(とらが何と言おうが構いやしねえ!今度こそ・・・とらを救うんだ!)
善鬼:『俺は息巻いていた。だが』
善鬼:?
善鬼:『ふと甘い香りが鼻をつき、足を止めた』
善鬼:『そこには一件の店があった。』
善鬼:(これは・・・)
0:欅楼
善鬼:よう・・・
穂邑:・・・
善鬼:昨日は、悪かったな。騒いだりしてよ。
善鬼:(饅頭の箱を差し出しながら)ほれ、これ土産だ。近くの店で買ってきたんだ。
穂邑:何の用だい?
善鬼:そんな邪険にすんなよ。店の連中にもちゃんと謝ったしよう。
穂邑:よく入れてもらえたね。
善鬼:ああ。銭を多目に渡したらすんなり通してくれたよ。
穂邑:あいつら・・・
善鬼:な、もう堪忍(かんにん)してくれよ。
穂邑:(ため息)言っとくけど、次はないからね。
善鬼:分かってるって。
穂邑:(饅頭を食べる)あら?これ美味しいね。
善鬼:そうか?その店の饅頭(まんじゅう)、評判なんだってよ。
穂邑:そうかい、ありがとよ。
善鬼:(なあ、覚えてるか?昔、約束したろ?饅頭・・・腹一杯食わせてやるって。)
穂邑:どうかしたのかい?アンタも食うかい?
善鬼:・・・いや。
善鬼:(覚えてるわけ、ねえか・・・)
穂邑:(・・・忘れるはず、ないじゃないか・・・)
0:穂邑、半紙に筆で文字を書き、善鬼に渡す。
穂邑:ほら。これだよ。
善鬼:おめえすげえなあ!字が書けんのか!?
穂邑:まあね。って言うか、アンタは書けないのかい?
善鬼:ああ、さっぱりだ!
穂邑:そ、そうかい。そんな侍みたいな格好(なり)してんのにさ。
善鬼:しょうがねえだろ。本当に侍になったわけじゃねえんだし。
穂邑:ふうん。
善鬼:で、何て書いてあるんだ?
穂邑:穂邑(ほむら)。私の今の名前だよ。
善鬼:ほむら・・・
穂邑:この「穂」っていう字はね、稲穂の「穂」なのさ。
善鬼:そっか!稲穂かあ!村の田んぼを思い出すなあ。
穂邑:そうだね・・・
穂邑:それでこの「ほむら」って言うのは、字は違うんだけど別の意味があるんだよ。
善鬼:へえ?
穂邑:ええとね(新しい半紙に字を書く)これさ。
善鬼:難しい字だな。
穂邑:こっちの「焔(ほむら)」にはね、「炎」って意味があるんだ。
善鬼:炎・・・
穂邑:・・・私は、炎の中から生まれ出た(いでた)のさ。
善鬼:何の話だ?
穂邑:別に・・・
穂邑:(酒を差し出しながら)これは?呑めるようになったかい?
善鬼:ああ(酒を飲む)何かよう・・・
穂邑:あん?
善鬼:おめえ、別人みてえだ。見た目もそうだけど、読み書きまでできる様になって。あと話し方とか。
穂邑:そりゃ、百姓言葉のまんまじゃ、この商売はできないさね。
善鬼:村にいた頃は、「オラがー、オラがー」って言ってたのによう。
穂邑:もう!バカにしやがって!大体、変わったのはアンタの方じゃないか!
善鬼:え?俺?
穂邑:そうだよ!そんな出立ち(いでたち)して、刀まで差しやがってさ!
善鬼:ああ、この格好のことか・・・
穂邑:おまけに「小野善鬼」なんて大層な名前になってるし。
穂邑:今、どうやって生活してるんだい?さっき、侍になったわけじゃ無いって言ってたけど・・・
善鬼:ああ。武芸者の先生に弟子入りしてよ、今はその先生のとこにいるんだ。
穂邑:武芸者?
善鬼:そうなんだ。「伊東一刀斎」って聞いたことねえか?
穂邑:え!?聞いたことあるよ!有名な武人じゃないか!アンタ、その弟子なのかい?
善鬼:まあな。
穂邑:へぇ。良かったねえ、良い人に拾ってもらえて。
善鬼:いやあ、うちの先生は剣の達人ではあるけど、間違っても「良い人」じゃあねえぜ。ありゃあ、人の皮被った鬼だぜ、鬼!
穂邑:自分の先生をそんな風に言って良いのかい?
善鬼:だってよお・・・本当に鬼畜なんだよ。
善鬼:まあ、そんな先生だからこそ、俺みたいなのを拾ってくれたんだろうけどよ。
穂邑:そうかい。何にせよ、食いっぱぐれてないなら良かったよ。
善鬼:おめえも、その、何だ。
穂邑:?
善鬼:良い店に来れて・・・良かったな。
善鬼:『心にもないことを言った。』
穂邑:ああ、金にはちょっと汚いけど、皆良い人さ。良くしてもらってるよ。
穂邑:ここに来るまでは散々だったけどね。良く今まで生きてこられたもんだよ。
善鬼:そうか・・・
穂邑:・・・どうしたんだい?
善鬼:悪かったな。
穂邑:何の話?
善鬼:『「おめえにこんな生き方をさせて」と言おうとして、辞めた。今更、そんな事を言って何になる。』
穂邑:?
善鬼:それは・・・あれだ、おめえのこと引っ叩いた(ひっぱたいた)だろ?
穂邑:え?
善鬼:ほら、俺が盗っ人働いた時によ。
穂邑:・・・ああ!そりゃ私達が別れる前の話じゃないか!何だよ今更。
善鬼:だってよう、ずっと気になってたんだ。
穂邑:良いよ、そんな昔の話。それを言うなら、昨日私もアンタをはたいたじゃないか。
善鬼:(吹き出す)そうだな。あれは痛かったぜ。
穂邑:(笑う)武芸者なら、あれぐらい避(よ)けれないとねえ。
善鬼:うるせえ
穂邑:・・・
善鬼:どうした?
穂邑:私の方こそ・・・悪かったよ。勝手にいなくなってさ。
善鬼:(ため息)しょうがねえよ。こんなおっかねえ男、誰でも嫌になるだろ。
穂邑:そんな事ないよ。アンタは私の為に、全てを投げ出してくれた。なのに、私はアンタから逃げちまった。
善鬼:・・・
穂邑:そして結局私は・・・
善鬼:おっと!そういや先生に使い頼まれてたんだった!そろそろお暇(いとま)するわ。
穂邑:え、もう帰るのかい?まだ良いじゃないか。
善鬼:先生怒らせると面倒だからよ。すまねえな、とら。
穂邑:・・・悪いんだけどさ、もうその名前で呼ぶのは辞めておくれ。
善鬼:え?
穂邑:私は「穂邑」だ。もうアンタの知ってる「とら」じゃないんだよ。
善鬼:・・・
穂邑:アンタの事も、もう「ぜん」とは呼ばないよ。小野善鬼さん。
善鬼:そうか・・・(少し小声で)もう昔には、戻れねえのか。
穂邑:何か言ったかい?
善鬼:別に・・・
穂邑:善鬼さん、もう帰っちまうなんて、ちょいと野暮(やぼ)じゃないのかい?
穂邑:『彼の膝の上に手を置いた。』
善鬼:うっ!
穂邑:あ・・・
善鬼:・・・本当に、もう帰らなきゃいけねえんだ。
穂邑:そうかい・・・
穂邑:『膝から手を引いた。』
善鬼:じゃあな。
穂邑:・・・また、来てくれるかい?
善鬼:ああ、また来るぜ。
穂邑:約束だよ?
善鬼:ああ、約束だ。
穂邑:『そう言って彼は出て行った。』
穂邑:『私は自分の手を見た。さっき、彼の膝の上に置いた手を。』
穂邑:『何の気無し(なんのきなし)に手を置いていた。他の客にするように、彼に・・・「ぜん」に、媚を売ってしまった。』
穂邑:『視界が、歪んだ。』
0:善鬼達の逗留先。
一刀斎:よう。遅かったな。
善鬼:先生、お戻りでしたか?すいません、すぐに飯の支度をします。
一刀斎:ん?お前、伽羅の匂いがするな?ひょっとして女郎屋にでも行ってきたか?
善鬼:ええ、まあ・・・
一刀斎:そうか。お前もそういう所に行くんだな。
一刀斎:でも何で・・・
善鬼:?
一刀斎:お前、女を知らないままなんだ?
善鬼:っ!
一刀斎:何を驚いている?お前の事で、俺に分からない事があると思ったか?
善鬼:・・・
一刀斎:そういえば、前に女を当てがってやった事があったなあ。あの時も結局抱けなかった。女が苦手なのか?
善鬼:いえ、そんな事は・・・
一刀斎:ふむ。お前の事だ、何か理由があるんだろう。
一刀斎:だがもし、俺が「抱け」と言ったら、お前どうする?
善鬼:(動揺しながら)そ、それは・・・
一刀斎:・・・まあ、「今は」そのままにしておこう。その方が面白いからな。
善鬼:(震えている)
0:数日後
典膳:お待ち下さい!
善鬼:『それは先生と共に安房国(あわのくに)を治める里見氏を訪ねた帰りだった。』
善鬼:『一人の若い侍が、俺たちの前に立ちはだかった。』
典膳:私は里見家の家臣で、神子上典膳(みこがみてんぜん)と申します。伊東一刀斎殿とお見受け致します。
一刀斎:いかにも。
典膳:是非とも、一手ご指南賜り(たまわり)たく、何卒(なにとぞ)お願い申し上げます!
善鬼:いきなり現れて何なんだ?先生はお疲れなんだ。おめえに付き合ってられるかよ。
典膳:私は一刀斎殿と話しているです。あなたではない!
善鬼:何だとてめえ!
一刀斎:(笑いながら)まあ良い。相手してやろう。
善鬼:え?
典膳:ありがとうございます!
善鬼:先生!こんな奴、相手にすること無いですよ。
一刀斎:俺がやると言ってるんだ。文句があるのか?
善鬼:・・・いいえ。
典膳:では早速。
一刀斎:ああ。
善鬼:『神子上と名乗ったその男は、木刀を構えた。対する先生は・・・』
典膳:なっ!?
善鬼:『近くに積んであった薪(まき)を一本手に取り構えた。』
典膳:・・・まさかとは思いますが、それで私の相手をされるおつもりか?
一刀斎:そうだが?
典膳:ご冗談を。いくら音に聞こえた一刀斎先生と言えども、私を侮り(あなどり)過ぎでは?
一刀斎:俺はそうは思わん。
典膳:っ!・・・良いでしょう。手加減は致しませんよ?
一刀斎:構わん。
典膳:・・・
一刀斎:いつでも良いぞ?
典膳:参ります!やあああああ!
善鬼:・・・阿保が。
一刀斎:ふんっ!
典膳:うわあっ!
善鬼:『神子上の体が宙を舞った。』
典膳:(地面に叩きつけられ)がはっ!
一刀斎:手加減した方が良かったか?
典膳:くっ!まだまだあ!もう一本!
善鬼:・・・
典膳:うおおおおお!
一刀斎:ふんっ!
典膳:うわあああ!
善鬼:筋金入りの阿保だな。
一刀斎:弱いなあ、お前。
典膳:くっ・・・
善鬼:(ため息)もう良いだろ?
典膳:まだまだあ!
善鬼:おい・・・
典膳:行くぞ!でりゃあああ!
一刀斎:はっ!
典膳:ぐあああ!
善鬼:(敵(かな)わねえのが分かんねえのか?)
善鬼:(ま、気が済むまで叩きのめされるが良いさ)
典膳:うおおおおお!
善鬼:『神子上は何度も叩きのめされながらも、その度に立ち上がり、また先生に向かっていった。』
典膳:(息切れ気味に)ま、まだまだあ、もう一本!
善鬼:『そしてそれは・・・』
0:夕暮れ
善鬼:『夕暮れまで続いた』
典膳:(息も絶え絶えに)ま、まらまらあ、もうひっほん・・・
善鬼:嘘だろ・・・
一刀斎:お前、なかなか面白いな。
善鬼:『息は絶え絶えに、足元も覚束(おぼつか)なくなり、顔は見る影もないほどにデコボコになりながらも、未だに木刀を構え続けているのだ』
一刀斎:よし、もう一本だ。来い!
善鬼:『先生は相変わらず涼しい顔で、一滴の汗もかかず、息一つ乱していなかった。それはそれで尋常ではないが・・・』
典膳:ひ、ひゃあああ・・・
善鬼:『ほとんど力は入っていなくとも、それでもまだ先生に打ち込もうとする』
一刀斎:ふんっ!
典膳:ぎゃひっ!
善鬼:・・・
一刀斎:終い(しまい)か?
典膳:ま、まら・・・
善鬼:立つんじゃねえ!おめえ死んじまうぞ!
一刀斎:善鬼!
善鬼:!
一刀斎:止めるな。ここで死んだとて、こやつも本望であろう。
善鬼:し、しかし、このままでは・・・
一刀斎:お前、いつから俺に指図するようになった?
善鬼:っ!・・・すいません。
典膳:まら、まら・・・
一刀斎:ふんっ、どちらにしても終いではないか。
善鬼:え?
一刀斎:見てみろ。
典膳:まら、まら、もう・・・いっほん・・・
善鬼:・・・こいつ、木刀構えたまま、気絶してやがる。
一刀斎:つまらん(薪を投げ捨てる)帰るぞ。
善鬼:こいつはどうします?
一刀斎:捨て置け。
善鬼:はあ・・・
典膳:まら・・・まら・・・あう(倒れる)
0:翌日の朝
0:善鬼たちの逗留先
善鬼:(いびきをかいて寝ている)
0:玄関前に立つ典膳
典膳:もし・・・
善鬼:(いびきをかいて寝ている)
典膳:あの・・・
善鬼:(いびきをかいて寝ている)
典膳:(大きく息を吸い込んで)頼もぉぉぉ!!!
善鬼:うわあっ!(びっくりして飛び起きる)な、なななんだあ!?
典膳:伊東一刀斎殿!おられますか!?神子上典膳にございます!!
善鬼:うるせえ!(玄関まで駆けて行く)お、おめえ、昨日の!
典膳:一刀斎殿はおられますか?是非もう一手御指南賜り(ごしなんたまわり)たい!!
善鬼:おめえ昨日ボコボコにやらばっかりじゃねえか!
典膳:今日こそは勝ちます!
善鬼:(呆気に取られている)
0:その夜。逗留先にて。
一刀斎:(酒をのんでいる)ん。
善鬼:(酌をしながら)そういえば、今日も来ていました。
一刀斎:ん?
善鬼:あの神子上って言う武芸者です。
一刀斎:誰だそれは?
善鬼:昨日、先生がお相手をされた・・・
一刀斎:俺が?(酒を飲む)覚えがないな。
善鬼:・・・
一刀斎:そいつがどうした?
善鬼:また、先生と勝負がしたいと。
一刀斎:それで?
善鬼:俺が相手をしてやりました。
一刀斎:そうか(酒を飲む)
善鬼:・・・
一刀斎:言いたい事があるならはっきり言え。
善鬼:その・・・あいつを弟子にするわけにはいきませんでしょうか?
一刀斎:ん?そいつをか?
善鬼:はい。
一刀斎:何故だ?
善鬼:それは・・・あ、あいつの家はこの辺りじゃ知られた武家の名門だそうで、あいつ自身も将来を期待されてる武人らしいんです。
一刀斎:武家の名門、か。
善鬼:あいつを門下に加えれば、今後の一刀流の発展にも役立つのではないかと・・・
一刀斎:(さえぎって)おい。
善鬼:はい・・・
一刀斎:お前も長い付き合いなんだから分かるだろ?俺に嘘は通用せん。
善鬼:・・・
一刀斎:(酒を飲み)本当の理由を言え。
善鬼:・・・分かりません。
一刀斎:は?
善鬼:自分でも、何故か分からないんです。
善鬼:ただ、あいつが先生にやられているのを見て、自分でも相手をしてみて、そうした方が良い・・・いや、そうしなきゃならないと、感じたんです。
一刀斎:・・・(吹き出す)
善鬼:・・・
一刀斎:(笑いながら)そうか。
善鬼:すいません、忘れて下さい。
一刀斎:良いだろう。
善鬼:え?
一刀斎:その神子上とやらを弟子にしよう。
善鬼:本当ですか?どうして・・・
一刀斎:弟子にしろと言ったのはお前ではないか。
善鬼:それは、そうですが・・・
一刀斎:それに、お前なら理由は分かるだろ。
善鬼:・・・面白いから。
一刀斎:そういう事だ。
0:翌日
典膳:この度は、門下に加えて頂き、誠にありがとうございます!一刀流の名を汚さぬよう、精一杯努めまする!
一刀斎:うむ。まあ、せいぜい励め。
典膳:はい!
一刀斎:善鬼、色々教えてやれ。
善鬼:はい。(典膳に向かって)おい、よろしくな。これからは俺がおめえの兄弟子になるわけだからよ、せいぜいこき使わせてもらうぜ。
典膳:先生!お荷物をお持ち致します!
一刀斎:うむ。
善鬼:じゃあ、ついでにこれも持って(もらえるか)
典膳:(被せて)先生!馬を曳いて(ひいて)まいりました!
善鬼:き、気が利くな。じゃあ俺の馬も(曳いてきてくれるか)
典膳:(被せて)さあ先生、参りましょう!
一刀斎:そうだな。
善鬼:おい!それは俺の馬!
典膳:やあっ!
一刀斎:はっ!
善鬼:『二人は馬の腹を蹴り、駆け去ってしまった・・・』
善鬼:・・・ふざけんなあああ!!
0:数ヶ月後、欅楼
穂邑:(笑いながら)それで、どうしたんだい?
善鬼:俺が走って二人を追いかけたんだよ!これじゃどっちが弟弟子か分かりゃしねえ!
穂邑:弟弟子を手懐け(てなずけ)られて無いみたいだねえ。まあこれでも飲んで、怒りを鎮めなよ(酌をする)
善鬼:(酒を飲む)あの野郎、その後も散々稽古で打ちのめしてやってんのに、俺の事を認めやがらねえ!もっと厳しくしねえとな!
穂邑:駄目だよ、そんなんじゃ。
善鬼:あ?
穂邑:そんなことしたら、ますます反発するに決まってるだろ。もっとこう、尊敬の念ってやつを抱かせないとね。
善鬼:そんなんどうやるんだよ?
穂邑:アンタの方が剣士として格上だって、分からせてやれば良いのさ。
穂邑:例えば、アンタが本気で立ち合いしてる姿を、そいつに見せてやるとか。
善鬼:そんなんで良いのか?
穂邑:そいつが本物の剣士なら、それで分かるはずさ。分かんなきゃ、見込み無しってことだね。
善鬼:そんなもんかねえ。
穂邑:そんなもんさ。
0:一刀斎達が利用している宿
一刀斎:善鬼は?いないのか?
典膳:はい。出かけたみたいです。
一刀斎:また馴染みの女の所か。よくもまあ熱心に通うものだ。
一刀斎:(少し小声で)抱きもせんくせに。
典膳:あの、先生。
一刀斎:なんだ?
典膳:いつになったら、稽古を付けて頂けるのでしょうか?もう弟子入りして数ヶ月経ちますが・・・
一刀斎:そうだったか?善鬼は何と言っている?
典膳:その分、自分が相手してやっているだろう、と。
一刀斎:それでは不服か?
典膳:あの人には悪いですが、そうです!
一刀斎:兄弟子を「あの人」呼ばわりか?
典膳:・・・言葉が、過ぎました。
一刀斎:まあよい。舐められるあいつも悪い。
典膳:・・・
一刀斎:しかしお前も、大口を叩くより腕を上げるのが先では無いか?まだあいつから一本も取れておらんのだろう?
典膳:あの人・・・善鬼殿から一本取れれば、稽古を付けて頂けますか?
一刀斎:いや、それだけでは駄目だ。
典膳:ではどうすれば?
一刀斎:それは自分で考えよ。さて、俺も出てくるとするか。
典膳:どちらへ?
一刀斎:散歩だ。少し夜風に当たりたくてな。
典膳:お供致します!
一刀斎:来んで良い。
典膳:先生を一人で行かせるわけには参りません!
一刀斎:(ため息)勝手にせい。
0:街中
典膳:『先生は何も言わず、時々夜空を見上げながら、ただ歩いていた。私はその少し後に続く』
典膳:(何を考えておられるのだろう?やはり剣のことだろうか・・・)
子供:・・・
典膳:『ふと、向こうから子供が歩いてくるのが見えた。背にたくさんの枯れ枝を背負っている。』
典膳:(こんな時間に家の手伝いか。感心だな。)
典膳:『子供は私たちに気付くと、道の端に控え頭を下げた。先生はその横を通り過ぎる。しかし・・・』
子供:伊東一刀斎殿ですね?
典膳:え?
典膳:『一瞬の出来事だった。その子供は自然な動作で先生の背後に回り込んだ。』
一刀斎:ん?
子供:お命、頂戴致します。
典膳:『そして枯れ枝の中に忍ばせておいた短刀を取り出すと、先生の背中を・・・刺した。』
一刀斎:むっ!
典膳:先生!!!
典膳:『その直後、どこからともなく刀を手にした男達が現れた。』
一刀斎:・・・
典膳:何だ!?貴様らは!?
子供:訳あって一刀斎殿を討ち取るべく、参上仕りました。(つかまつりました)
典膳:おのれ!
典膳:『私は剣を抜くと、先生の前に立った。』
子供:無駄ですよ。
典膳:なに?
子供:(短刀をかざしながら)この短刀には猛毒が塗り込んであります。間もなく、一刀斎殿のお命は尽きるでしょう。
典膳:っ!
子供:この者たちは、貴方から私を護るためにここにいます。ですが、肝心の一刀斎殿を仕留めた今、あなたと争う理由は無い。
子供:ここは、退いて(ひいて)頂けませんか?
典膳:愚問!退けるわけが無かろう!
子供:仕方ありませんね。では・・・
子供:・・・なに?
典膳:?
一刀斎:(典膳の隣に立ち)俺を無視して話を進めるな。
典膳:先生!
子供:馬鹿な・・・すぐに死なぬにしても、動けるはずが無い。
典膳:先生お下がりください!ここは私が!
一刀斎:どけ。
典膳:しかし・・・
一刀斎:こいつらは俺に用があるのだろう?ならば、俺が相手をしてやらんとな。
典膳:『そう言って先生は剣を抜いた。しかし、先生に戦わせるわけにはいかない。』
典膳:せん・・・
一刀斎:シャアッ!!
典膳:『私の言葉を遮る(さえぎる)ように、先生が剣を横一閃に振り抜いた。すると、一人の首が、飛んだ。』
子供:っ!
一刀斎:今は俺も手負いゆえな。久々に本気を出させてもらおう。
子供:くっ!一人で相手するな!皆でかかれ!
典膳:私を忘れるな!やあああああ!(剣を振る)
一刀斎:やめろ!(典膳の腕を掴む)
典膳:ぐっ!せ、先生!何をしておられるのです?手をお離しください!
一刀斎:お前は邪魔だあっ!(後方に投げ飛ばす)
典膳:ぐわあっ!
子供:自分の弟子を、投げ飛ばした?
典膳:せん、せい・・・
一刀斎:こいつらは、俺の獲物だ。
子供:好機ぞ!囲め!
典膳:『先生は取り囲まれてしまった』
一刀斎:ククク。なかなかに楽しいぞ!
子供:いまだ!一斉に打ちかかれ!
典膳:『刺客たちは指示通り、一斉に襲い掛かった。だがその時』
一刀斎:ハァッ!
子供:飛んだ!?
一刀斎:シャアッ!
典膳:『先生は落下すると同時に、刺客の一人に剣を振り下ろした。』
典膳:『相手は剣で受けようとしたが、その剣もろとも体を真っ二つに寸断されてしまった』
子供:何という斬撃・・・
一刀斎:ヒョアッ!
典膳:『また先生が剣を振るう。今度は胴体を斬り裂いた。斬られた男の体は、上半身と下半身に分かたれていた。』
子供:化け物め!
一刀斎:フゥッ!フゥッ!
典膳:『この人は本当に人間なのか、という疑念が頭をよぎった。』
一刀斎:ガァァァァァッ!
典膳:『先生の剣が唸る(うなる)。刺客達はまとめて吹き飛ばされた。』
子供:おのれ「剣鬼」!いやああああ!(短刀で攻めかかる)
典膳:『最初に先生を刺した子供も、再び短刀を手に攻めかかったが』
一刀斎:ヌンッ!
子供:がはっ!
典膳:『短刀もろとも吹き飛ばされてしまった』
子供:まだまだ!・・・ひっ!
一刀斎:グゥゥゥゥゥ・・・
子供:『一刀斎と目があっだ瞬間、体が動かなくなった』
子供:『それは人のものとは・・・いや、この世のものとは思えない、そんな眼光だった』
子供:『修練によって、恐怖心などとうに克服したはずだった。「恐れ」など、二度と感じることはないと思っていた。』
子供:『しかし今、体の震えが止まらない』
子供:『これは生物としての本能だ。本能が、忘れていたはずの「恐れ」を甦らせた』
子供:『この男はこの場にいる唯一の「捕食者」で、それ以外は喰われるだけの「獲物」に過ぎない。それが分かった』
一刀斎:イィィィィィハアァッ!!
典膳:『先生の剣が敵を貫く、斬り裂く。死体の山が、積み上げられていった。』
子供:・・・
典膳:『残ったのは、あの子供だけになった。』
一刀斎:さあどうする、ガキ。
子供:ふ、ふふふ・・・お陰様で、自分がまだ「子供」に過ぎないことを実感させて頂きました。
子供:こうなっては、是非も無し。
典膳:『子供は持っていた短刀を自分の首筋に添えると・・・』
子供:一足先に、地獄でお待ちしております。
一刀斎:ほざけ。
典膳:『何の躊躇い(ためらい)もなく、刃で首を斬った。鮮血を吹き出しながら、子供は倒れた。』
一刀斎:ふん。
典膳:何ということを!
典膳:『私が駆け寄った時には、既に子供の息は無かった。』
一刀斎:このガキ、かなり仕込まれていたようだな。
典膳:こんな子供を刺客に仕立て上げるとは、卑劣な!
一刀斎:戦いに卑劣もクソもあるか。勝てばそれが正義よ。
典膳:そんな・・・
一刀斎:これが俺たちの日常だ。お前も・・・(少し弱々しく)なんだ?
典膳:先生、いかがされましたか?・・・っ!
典膳:『先生の足元に、巨大な血溜まりができていた』
一刀斎:ふん。ガキ相手とは言え、殺気を見過ごすとは、俺もまだまだ甘い、な・・・(気絶)
典膳:先生!
0:宿
善鬼:おめえが付いていながら、このザマは何だ!?
典膳:も、申し訳ございません。
典膳:『あれから、先生を担(かつ)いで宿まで連れ帰った。』
典膳:『そしてすぐ宿の者に医師を呼んでもらい、治療を施して(ほどこして)もらったのだった』
一刀斎:(少し弱々しく)どうやら、地獄には行きそびれたようだな。
典膳:『幸い、先生は一命を取り留めた。その生命力の強さに、医師も驚いていた。』
典膳:『医師が帰ってすぐ、入れ違いで善鬼殿が帰ってきた。』
善鬼:俺がついていれば、こんな事には!
一刀斎:何だ善鬼。お前、俺の身を案じておるのか?
善鬼:当然です!
一刀斎:ほう。てっきり、俺の死を望んでいるかと思っていたがな。
典膳:え?
善鬼:・・・何を馬鹿な事を。
一刀斎:(笑うが途中で咳込む)
典膳:先生!
善鬼:とにかく、今はお休み下さい。
一刀斎:今なら、俺に勝てるかもな。斬りたければ、斬ってもよいぞ?
善鬼:・・・
典膳:(先生は、一体何を仰って(おっしゃって)いるんだ?)
一刀斎:ふん。腰抜け、が・・・(寝入る)
典膳:・・・眠ってしまわれたようです。
善鬼:ああ・・・
0:宿の廊下
善鬼:子供が刺したのか?
典膳:はい。あっという間でした。あの歳で、相当な修練を積んでいたようです。
典膳:自刃(じじん)する際も、全く躊躇い(ためらい)がありませんでした。
善鬼:功名(こうみょう)目当ての野武士にしては、随分手が混んでるな。
典膳:ええ。暗殺などを生業(なりわい)とする手合い(てあい)かもしれません。
善鬼:そういえば・・・おめえが弟子入りする少し前に、三人がかりで夜討ちを仕掛けてきた連中がいた。
善鬼:なりふり構わねえ馬鹿どもだと、あまり気にしていなかったが・・・
典膳:今夜の連中と、同じ一派(いっぱ)だと?
善鬼:分かんねえけどな。しばらくは、注意しておいた方が良さそうだ。
典膳:はい。それにしても・・・
善鬼:?
典膳:先生には驚かされました。これ程の深手を負いながらあの立ち回り、とても人の仕業(しわざ)とは思えませんでした。
善鬼:・・・
典膳:常人なら当然死んでいた状態なのに、まるで痛みなど感じておられないかのように・・・
一刀斎:『痛みを感じることを禁ずる。』
善鬼:・・・よく覚えとけ。
典膳:え?
善鬼:これが一刀流だ。
0:つづく