台本概要
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タイトル | 翼のない鳥 |
---|---|
作者名 | 野菜 (@irodlinatuyasai) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(不問2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
人類は淘汰された。 鳥に蝶、様々な羽をもつ別種族、【有羽族】が圧倒的な力で蹂躙(じゅうりん)。人類は遠い昔に数を減らした。 人間は有羽族(ゆうはぞく)よりか弱く、もろい。ひっぱれば簡単にもげる手足。嬲(なぶ)れば簡単に折れる精神。 終わった世界、あるいは始まった世界の、命の物語。 男女設定されていますが、役者様の性別は問いません。 229 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
コクヨウ | 不問 | 68 | 黒い鳥の羽が生えた有羽族の女性。黒髪。齢は百を超えている。美人だが性格性癖に難あり。突拍子のない行動ばかり。 |
クロ | 不問 | 66 | コクヨウに飼われる純人間。思ったことがあっても口に出さないタイプ。黒髪黒い瞳。齢三十から四十。(百年前の黒(人間)、現在のクロと名付けられた人間兼ね役です。別人・生まれ変わり、どちらの解釈で演じても構いません。) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:『翼のない鳥』 野菜
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:
コクヨウ:黒い鳥の羽が生えた有羽族の女性。黒髪。齢は百を超えている。美人だが性格性癖に難あり。
:
クロ:コクヨウに飼われる純人間。思ったことがあっても口に出さないタイプ。黒髪黒い瞳。齢三十から四十。
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:
0:本編開始
:
:
コクヨウ:四季咲きのバラは一年を通して花をつける。無論、我々が手をかけてやればのことだが。剪定(せんてい)、加温、栄養の管理。彼らは完全に命を我々に依存しているのだ。
コクヨウ:私は、それがとても愛おしい。
:
クロ:朝食の準備が、できました。
コクヨウ:おはよう、クロ。おまえは頑なに私を名で呼ばないね。
クロ:……今朝もまた一つ、美しい白薔薇が咲きましたね。
コクヨウ:ああ、そうだね。
クロ:『そう言うと、コクヨウは小さな白薔薇をぐしゃりと握りつぶす。』
コクヨウ:ああ、今日はいい日だ!さて、朝食をいただこうか。
クロ:『コクヨウの口癖。それは。』
コクヨウ:『完成したものに興味はないんだよ。』
クロ:『俺もいつか、「完成」したら、捨てられる。』
:
:
コクヨウ:人類は淘汰された。
クロ:そう父から聞いた。鳥に蝶、様々な羽をもつ別種族が圧倒的な力で蹂躙(じゅうりん)。人類は遠い昔に数を減らした……らしい。
コクヨウ:人間は我々有羽族(ゆうはぞく)よりか弱く、もろい。ひっぱれば簡単にもげる手足。嬲(なぶ)れば簡単に折れる精神。
クロ:コクヨウたち有羽族は、虫の手足をもぐ子供のように、無邪気で残酷だ。有羽族との混血でない俺は、拉致された後、最終的に彼女、コクヨウに高値で買われた。
クロ:俺の黒い髪を、彼女はいたく気に入っている。
クロ:いったいいつまで、この命は続くのだろうか。
コクヨウ:いったいいつになったら、君は私に陥落するだろうか。
:
:
:
0:【間】ビルとビルの間を飛び回るコクヨウと、つながれてともに飛ぶクロ。
クロ:うわああああああああ!
コクヨウ:ははは、実にいい鳴き声だ。人間はこうでないとな。
クロ:絶対!絶対にリードの紐を離さないでくださいよっ!!
コクヨウ:それが嫌ならせいぜい鳴き、喚け。
クロ:あんたほんっと無茶苦茶だ!!!
コクヨウ:まあ、私が離さずとも、あまり暴れるとリード紐がちぎれるぞ。
クロ:ひぃっ……!
コクヨウ:……まあ、おまえが潰れる楽しみは今回じゃないな。目的地に着いたぞ。
クロ:あんた、ほんとに、……ああもう。
コクヨウ:いい加減慣れろ、おつかいもできん人間なのだから。
:
:
クロ:人類は淘汰された。
コクヨウ:大地には爆撃や火災、地割れなど無残な傷跡がいまだ消えていない。
クロ:この星の大半は有羽族、空をかける者たちの都合のいいように再開発された。
クロ:歩くのもままならない地面に、届かない空。
クロ:翼をもたないペットの僕は、一本の散歩用リードひとつに命をつながれている。
:
:
コクヨウ:早く歩け。買い物だ。
クロ:荷物持ちに俺を連れてきたのですか?それなら俺よりよっぽど、ご友人などと来た方がよかったでしょうに。
クロ:(俺としては外出など一ミリもしたくない。さっきのような酷い目に合うのだから。)
コクヨウ:たわけ。今日はおまえの買い物だ、クロ。
クロ:……は?俺の?
コクヨウ:着せ替えに付き合ってもらうぞ、同じヒトガタをしてるからこそできる遊びだからな!
クロ:……もちろん、上着とかズボンとか、ですよね。
コクヨウ:何度も買い物に来る気か?全身ひんむくに決まってるだろう?
クロ:…………。
コクヨウ:安心しろ、ここはペット用ショップも多いぞ。
クロ:(そういうなり俺の腕を引くコクヨウ。有羽族の力はとても強い。
クロ:抵抗すれば簡単に腕は引きちぎれる。あ、痛い。うん、これはもうちぎれてるかもしれない。)
:
:
クロ:いい年した男の全裸の着替え見て何が楽しいんだよ……。
コクヨウ:いい年?はっ、クロおまえいくつだ?
クロ:今年で三十六だよ!
コクヨウ:そんなのひな鳥と変わらんではないか。ペットを着せ替えるのはなかなかに楽しいぞ。
クロ:(そのときだった。)
コクヨウ:……どうした、クロ。
クロ:(腕が片方もがれ、両目に包帯を巻いた人間が通り過ぎた。飼い主と一緒に。)
コクヨウ:帰るぞクロ。荷物を落とすんじゃないぞ。
クロ:(俺はまだ何も失ってはいない。いまは、まだ。)
クロ:(コクヨウの見立てた服は、妙に着心地がよかった。)
:
:
コクヨウ:帰宅し、クロをオリに入れる。少し遠くに出過ぎたのか、疲れているようだ。
コクヨウ:空を飛ぶことはおろか、運んでやるだけでこのざまとは、本当に人間は繊細だ。
コクヨウ:ショップの親父からもらってきた飼育本を見る。正しい餌の作り方、どこをちぎると動かなくなるのか、愛し方、体の構造、ほんのわずかに、生態。
:
:
クロ:コクヨウが本を読んでいる。俺は大きな鳥かごの中。こんな生活だが、意図的に暴力をふるわれたことはないし、不便も感じていない。
クロ:逃げ隠れしていたころよりいっそ快適だ。首には、首輪こそついているが。
コクヨウ:ほう?
クロ:……。
コクヨウ:クロ。おまえ、歌えるのか。
クロ:歌えません。
コクヨウ:歌えるんだな。
クロ:歌いません。
コクヨウ:歌え。
クロ:はい。
:
:
0:【間】何曲か歌い終えたクロ。
コクヨウ:(拍手)
クロ:……ふう、もういいでしょう。もうほかの曲は知りません。
コクヨウ:クロはいい鳥になれるな。
クロ:……反応に困ります。
コクヨウ:褒めてるんだよ。楽しめた。褒美をやる。
クロ:……理解に苦しみます。
コクヨウ:硬いオリの中の床でなく、私のベッドで寝ることを許してやる。ほら、オリのカギは開けた。出てこい。
クロ:もったいなきお申し出でございますゆえ、俺は辞退させていただき
コクヨウ:なんだ、抱っこで運んでほしいのか。
クロ:速やかに移動します。
:
:
コクヨウ:(寝息)
クロ:(有羽族の大きな羽のための、大きなベッド。身長、いや体の大きさでさえ僕ら人間は彼女らに勝てない。)
クロ:ねえ、コクヨウ。
コクヨウ:(眠そうに)……く、ろ?
クロ:俺は、どうして生きてるのかな?
コクヨウ:(眠そうに)ちがう。
クロ:え?
コクヨウ:(眠そうに)おまえは、私に生かされているんだ。忘れるな。
クロ:コクヨウ、なんで俺を生かす。美男美女や子供とちがって商品価値の低い俺を、高値を払ってまで。
コクヨウ:(眠そうに)……約束を、守りたかっただけだ。
クロ:約束?
コクヨウ:(眠そうに)おま……え、が。言ったの……だぞ。だから。わたし、は。(寝落ち)
クロ:コクヨウ?……変なところで寝落ちしやがって。
:
:
:
0:【間】茶会に呼び出されたクロと、紫色の紅茶を前に微笑むコクヨウ
クロ:……毒、ですか。
コクヨウ:そうだ。おまえのためにわざわざ植物を育てるところからやったのだぞ。
クロ:飲め、と。
コクヨウ:選択肢をやる。ひとつ、この毒入りハーブティーを飲み、ひどく苦しんでイく様子を私に捧げる。
コクヨウ:ふたつ、この家を出ていく。鍵は開いているぞ。
クロ:……俺は、完成したのですか。
コクヨウ:さて、なんのことやら。
クロ:……そうですか。
コクヨウ:(クロはきびすを返すと、玄関から出ていった。)
クロ:(俺は忘れていた。)
コクヨウ:連絡機器に手を伸ばして伝える。
コクヨウ:「はーい?保健所で合ってますよね?」
:
:
:
クロ:俺はすぐに捕まった。あたりまえだ。俺には、首輪がつけられている。所詮はペットなのだ。
クロ:四日経った。迎えは来ない。ときどき性格の悪い監視員が俺を痛めつけるだけだ。
クロ:約束ってなんだろう。俺は覚えていない。約束、約束。ああ、また監視員が来た。
:
:
:
コクヨウ:有羽族は、セカイが生み出した。人間どもに虐げられた虫や鳥、未来を、種族を奪われたものたちが魂に選ばれた。
コクヨウ:私も初期の有羽族の一部だ。
コクヨウ:多くのモノが人間への恨みから殺戮をくりかえした。無論、私も恨みがなかったわけじゃない。ちぎるのもつぶすのもとても愉快だった。
コクヨウ:でも、ほかに気がかりなことがあった。
クロ:「黒曜石のような羽だね。俺、石とか花とか好きなんだ。」
コクヨウ:ケガした私を助けた人間を、私は忘れられずにいた。
クロ:「俺が君を助けてあげる、クロ。」
クロ:「だから、いつか恩返しに来てよね!あっ、いや、会いに来てくれるだけでいいけどさ。」
コクヨウ:生まれ変わっても、私は覚えていたよ。でも君は……
:
:
:
クロ:約束……
コクヨウ:思い出したのかい?
クロ:!? コクヨウ!
コクヨウ:君は!
クロ:……え?
コクヨウ:君は、誰だい?
クロ:俺、は。
コクヨウ:野良の人間の一匹か?それとも有羽族のペットか?
クロ:…………。
コクヨウ:……答えてくれ、お願いだ。
クロ:俺は、俺だ。名前なんか好きに呼べばいい。俺は!……死にたくないだけの男だよ。
コクヨウ:クロ。
クロ:なんだ、コクヨウ。
コクヨウ:(嬉しそうに笑う)
クロ:ほんと、なんなんだよ。
コクヨウ:合格だ。帰ろう。君を生かしてやる。
:
:
コクヨウ:四季咲きのバラは一年を通して花をつける。無論、我々が手をかけてやればのことだが。彼らは命を我々に依存しているのだ。
コクヨウ:私は、それがとても愛おしい。
:
クロ:おい、コクヨウ。朝食の準備ができましたよー。
コクヨウ:おはよう、クロ。おまえは頑なに敬語を抜かないね。
クロ:その方がいいくせに。……今朝もまた一つ、美しい黒薔薇が咲きましたね。
コクヨウ:ああ、そうだね。人間の血は本当に便利だ。
クロ:『そう言うと、コクヨウは小さな白薔薇を俺から採った血液で赤く染める。』
コクヨウ:ああ、今日もいい日だ!さて、朝食をいただこうか。
クロ:『コクヨウの口癖。それは。』
コクヨウ:『クロ、おいで。』
クロ:『俺はいつか、約束の意味を知れるだろうか。』
:
:
:
:
コクヨウ:私は忘れられずにいた。かつて鳥だった前世で、クロと呼ばれた日々を。
コクヨウ:私は忘れられずにいた。あの男の黒髪と黒い目を。
コクヨウ:私は忘れられずにいた。
クロ:「クロ、おいで」
コクヨウ:あの優しい声を。
:
コクヨウ:そんな時に、あの人間に、クロに、出会ったのだ。
クロ:俺なんて、やめときな
コクヨウ:諦めたようなその声を、傷んだ黒髪を、生気のない黒い瞳を。クロにしたかった。
クロ:おーい、コクヨウ。食事中にこっちをあまり見ないでもらえますかー?
コクヨウ:生まれ変わりでも、完全な他人でも、かまわない。
クロ:…………コクヨウ?
コクヨウ:なんでもないよ。……クロ。
:
:
コクヨウ:このクロと、私は共に生きていく。
0:『翼のない鳥』 野菜
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コクヨウ:黒い鳥の羽が生えた有羽族の女性。黒髪。齢は百を超えている。美人だが性格性癖に難あり。
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クロ:コクヨウに飼われる純人間。思ったことがあっても口に出さないタイプ。黒髪黒い瞳。齢三十から四十。
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0:本編開始
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コクヨウ:四季咲きのバラは一年を通して花をつける。無論、我々が手をかけてやればのことだが。剪定(せんてい)、加温、栄養の管理。彼らは完全に命を我々に依存しているのだ。
コクヨウ:私は、それがとても愛おしい。
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クロ:朝食の準備が、できました。
コクヨウ:おはよう、クロ。おまえは頑なに私を名で呼ばないね。
クロ:……今朝もまた一つ、美しい白薔薇が咲きましたね。
コクヨウ:ああ、そうだね。
クロ:『そう言うと、コクヨウは小さな白薔薇をぐしゃりと握りつぶす。』
コクヨウ:ああ、今日はいい日だ!さて、朝食をいただこうか。
クロ:『コクヨウの口癖。それは。』
コクヨウ:『完成したものに興味はないんだよ。』
クロ:『俺もいつか、「完成」したら、捨てられる。』
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コクヨウ:人類は淘汰された。
クロ:そう父から聞いた。鳥に蝶、様々な羽をもつ別種族が圧倒的な力で蹂躙(じゅうりん)。人類は遠い昔に数を減らした……らしい。
コクヨウ:人間は我々有羽族(ゆうはぞく)よりか弱く、もろい。ひっぱれば簡単にもげる手足。嬲(なぶ)れば簡単に折れる精神。
クロ:コクヨウたち有羽族は、虫の手足をもぐ子供のように、無邪気で残酷だ。有羽族との混血でない俺は、拉致された後、最終的に彼女、コクヨウに高値で買われた。
クロ:俺の黒い髪を、彼女はいたく気に入っている。
クロ:いったいいつまで、この命は続くのだろうか。
コクヨウ:いったいいつになったら、君は私に陥落するだろうか。
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0:【間】ビルとビルの間を飛び回るコクヨウと、つながれてともに飛ぶクロ。
クロ:うわああああああああ!
コクヨウ:ははは、実にいい鳴き声だ。人間はこうでないとな。
クロ:絶対!絶対にリードの紐を離さないでくださいよっ!!
コクヨウ:それが嫌ならせいぜい鳴き、喚け。
クロ:あんたほんっと無茶苦茶だ!!!
コクヨウ:まあ、私が離さずとも、あまり暴れるとリード紐がちぎれるぞ。
クロ:ひぃっ……!
コクヨウ:……まあ、おまえが潰れる楽しみは今回じゃないな。目的地に着いたぞ。
クロ:あんた、ほんとに、……ああもう。
コクヨウ:いい加減慣れろ、おつかいもできん人間なのだから。
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クロ:人類は淘汰された。
コクヨウ:大地には爆撃や火災、地割れなど無残な傷跡がいまだ消えていない。
クロ:この星の大半は有羽族、空をかける者たちの都合のいいように再開発された。
クロ:歩くのもままならない地面に、届かない空。
クロ:翼をもたないペットの僕は、一本の散歩用リードひとつに命をつながれている。
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コクヨウ:早く歩け。買い物だ。
クロ:荷物持ちに俺を連れてきたのですか?それなら俺よりよっぽど、ご友人などと来た方がよかったでしょうに。
クロ:(俺としては外出など一ミリもしたくない。さっきのような酷い目に合うのだから。)
コクヨウ:たわけ。今日はおまえの買い物だ、クロ。
クロ:……は?俺の?
コクヨウ:着せ替えに付き合ってもらうぞ、同じヒトガタをしてるからこそできる遊びだからな!
クロ:……もちろん、上着とかズボンとか、ですよね。
コクヨウ:何度も買い物に来る気か?全身ひんむくに決まってるだろう?
クロ:…………。
コクヨウ:安心しろ、ここはペット用ショップも多いぞ。
クロ:(そういうなり俺の腕を引くコクヨウ。有羽族の力はとても強い。
クロ:抵抗すれば簡単に腕は引きちぎれる。あ、痛い。うん、これはもうちぎれてるかもしれない。)
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クロ:いい年した男の全裸の着替え見て何が楽しいんだよ……。
コクヨウ:いい年?はっ、クロおまえいくつだ?
クロ:今年で三十六だよ!
コクヨウ:そんなのひな鳥と変わらんではないか。ペットを着せ替えるのはなかなかに楽しいぞ。
クロ:(そのときだった。)
コクヨウ:……どうした、クロ。
クロ:(腕が片方もがれ、両目に包帯を巻いた人間が通り過ぎた。飼い主と一緒に。)
コクヨウ:帰るぞクロ。荷物を落とすんじゃないぞ。
クロ:(俺はまだ何も失ってはいない。いまは、まだ。)
クロ:(コクヨウの見立てた服は、妙に着心地がよかった。)
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コクヨウ:帰宅し、クロをオリに入れる。少し遠くに出過ぎたのか、疲れているようだ。
コクヨウ:空を飛ぶことはおろか、運んでやるだけでこのざまとは、本当に人間は繊細だ。
コクヨウ:ショップの親父からもらってきた飼育本を見る。正しい餌の作り方、どこをちぎると動かなくなるのか、愛し方、体の構造、ほんのわずかに、生態。
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クロ:コクヨウが本を読んでいる。俺は大きな鳥かごの中。こんな生活だが、意図的に暴力をふるわれたことはないし、不便も感じていない。
クロ:逃げ隠れしていたころよりいっそ快適だ。首には、首輪こそついているが。
コクヨウ:ほう?
クロ:……。
コクヨウ:クロ。おまえ、歌えるのか。
クロ:歌えません。
コクヨウ:歌えるんだな。
クロ:歌いません。
コクヨウ:歌え。
クロ:はい。
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0:【間】何曲か歌い終えたクロ。
コクヨウ:(拍手)
クロ:……ふう、もういいでしょう。もうほかの曲は知りません。
コクヨウ:クロはいい鳥になれるな。
クロ:……反応に困ります。
コクヨウ:褒めてるんだよ。楽しめた。褒美をやる。
クロ:……理解に苦しみます。
コクヨウ:硬いオリの中の床でなく、私のベッドで寝ることを許してやる。ほら、オリのカギは開けた。出てこい。
クロ:もったいなきお申し出でございますゆえ、俺は辞退させていただき
コクヨウ:なんだ、抱っこで運んでほしいのか。
クロ:速やかに移動します。
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コクヨウ:(寝息)
クロ:(有羽族の大きな羽のための、大きなベッド。身長、いや体の大きさでさえ僕ら人間は彼女らに勝てない。)
クロ:ねえ、コクヨウ。
コクヨウ:(眠そうに)……く、ろ?
クロ:俺は、どうして生きてるのかな?
コクヨウ:(眠そうに)ちがう。
クロ:え?
コクヨウ:(眠そうに)おまえは、私に生かされているんだ。忘れるな。
クロ:コクヨウ、なんで俺を生かす。美男美女や子供とちがって商品価値の低い俺を、高値を払ってまで。
コクヨウ:(眠そうに)……約束を、守りたかっただけだ。
クロ:約束?
コクヨウ:(眠そうに)おま……え、が。言ったの……だぞ。だから。わたし、は。(寝落ち)
クロ:コクヨウ?……変なところで寝落ちしやがって。
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0:【間】茶会に呼び出されたクロと、紫色の紅茶を前に微笑むコクヨウ
クロ:……毒、ですか。
コクヨウ:そうだ。おまえのためにわざわざ植物を育てるところからやったのだぞ。
クロ:飲め、と。
コクヨウ:選択肢をやる。ひとつ、この毒入りハーブティーを飲み、ひどく苦しんでイく様子を私に捧げる。
コクヨウ:ふたつ、この家を出ていく。鍵は開いているぞ。
クロ:……俺は、完成したのですか。
コクヨウ:さて、なんのことやら。
クロ:……そうですか。
コクヨウ:(クロはきびすを返すと、玄関から出ていった。)
クロ:(俺は忘れていた。)
コクヨウ:連絡機器に手を伸ばして伝える。
コクヨウ:「はーい?保健所で合ってますよね?」
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クロ:俺はすぐに捕まった。あたりまえだ。俺には、首輪がつけられている。所詮はペットなのだ。
クロ:四日経った。迎えは来ない。ときどき性格の悪い監視員が俺を痛めつけるだけだ。
クロ:約束ってなんだろう。俺は覚えていない。約束、約束。ああ、また監視員が来た。
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コクヨウ:有羽族は、セカイが生み出した。人間どもに虐げられた虫や鳥、未来を、種族を奪われたものたちが魂に選ばれた。
コクヨウ:私も初期の有羽族の一部だ。
コクヨウ:多くのモノが人間への恨みから殺戮をくりかえした。無論、私も恨みがなかったわけじゃない。ちぎるのもつぶすのもとても愉快だった。
コクヨウ:でも、ほかに気がかりなことがあった。
クロ:「黒曜石のような羽だね。俺、石とか花とか好きなんだ。」
コクヨウ:ケガした私を助けた人間を、私は忘れられずにいた。
クロ:「俺が君を助けてあげる、クロ。」
クロ:「だから、いつか恩返しに来てよね!あっ、いや、会いに来てくれるだけでいいけどさ。」
コクヨウ:生まれ変わっても、私は覚えていたよ。でも君は……
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クロ:約束……
コクヨウ:思い出したのかい?
クロ:!? コクヨウ!
コクヨウ:君は!
クロ:……え?
コクヨウ:君は、誰だい?
クロ:俺、は。
コクヨウ:野良の人間の一匹か?それとも有羽族のペットか?
クロ:…………。
コクヨウ:……答えてくれ、お願いだ。
クロ:俺は、俺だ。名前なんか好きに呼べばいい。俺は!……死にたくないだけの男だよ。
コクヨウ:クロ。
クロ:なんだ、コクヨウ。
コクヨウ:(嬉しそうに笑う)
クロ:ほんと、なんなんだよ。
コクヨウ:合格だ。帰ろう。君を生かしてやる。
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コクヨウ:四季咲きのバラは一年を通して花をつける。無論、我々が手をかけてやればのことだが。彼らは命を我々に依存しているのだ。
コクヨウ:私は、それがとても愛おしい。
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クロ:おい、コクヨウ。朝食の準備ができましたよー。
コクヨウ:おはよう、クロ。おまえは頑なに敬語を抜かないね。
クロ:その方がいいくせに。……今朝もまた一つ、美しい黒薔薇が咲きましたね。
コクヨウ:ああ、そうだね。人間の血は本当に便利だ。
クロ:『そう言うと、コクヨウは小さな白薔薇を俺から採った血液で赤く染める。』
コクヨウ:ああ、今日もいい日だ!さて、朝食をいただこうか。
クロ:『コクヨウの口癖。それは。』
コクヨウ:『クロ、おいで。』
クロ:『俺はいつか、約束の意味を知れるだろうか。』
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コクヨウ:私は忘れられずにいた。かつて鳥だった前世で、クロと呼ばれた日々を。
コクヨウ:私は忘れられずにいた。あの男の黒髪と黒い目を。
コクヨウ:私は忘れられずにいた。
クロ:「クロ、おいで」
コクヨウ:あの優しい声を。
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コクヨウ:そんな時に、あの人間に、クロに、出会ったのだ。
クロ:俺なんて、やめときな
コクヨウ:諦めたようなその声を、傷んだ黒髪を、生気のない黒い瞳を。クロにしたかった。
クロ:おーい、コクヨウ。食事中にこっちをあまり見ないでもらえますかー?
コクヨウ:生まれ変わりでも、完全な他人でも、かまわない。
クロ:…………コクヨウ?
コクヨウ:なんでもないよ。……クロ。
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コクヨウ:このクロと、私は共に生きていく。