台本概要

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タイトル 翼のない鳥
作者名 野菜  (@irodlinatuyasai)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(不問2)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 人類は淘汰された。
鳥に蝶、様々な羽をもつ別種族、【有羽族】が圧倒的な力で蹂躙(じゅうりん)。人類は遠い昔に数を減らした。
人間は有羽族(ゆうはぞく)よりか弱く、もろい。ひっぱれば簡単にもげる手足。嬲(なぶ)れば簡単に折れる精神。
終わった世界、あるいは始まった世界の、命の物語。

男女設定されていますが、役者様の性別は問いません。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
コクヨウ 不問 68 黒い鳥の羽が生えた有羽族の女性。黒髪。齢は百を超えている。美人だが性格性癖に難あり。突拍子のない行動ばかり。
クロ 不問 66 コクヨウに飼われる純人間。思ったことがあっても口に出さないタイプ。黒髪黒い瞳。齢三十から四十。(百年前の黒(人間)、現在のクロと名付けられた人間兼ね役です。別人・生まれ変わり、どちらの解釈で演じても構いません。)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:『翼のない鳥』  野菜  :   :  コクヨウ:黒い鳥の羽が生えた有羽族の女性。黒髪。齢は百を超えている。美人だが性格性癖に難あり。  :  クロ:コクヨウに飼われる純人間。思ったことがあっても口に出さないタイプ。黒髪黒い瞳。齢三十から四十。  :   :   :  0:本編開始  :   :  コクヨウ:四季咲きのバラは一年を通して花をつける。無論、我々が手をかけてやればのことだが。剪定(せんてい)、加温、栄養の管理。彼らは完全に命を我々に依存しているのだ。 コクヨウ:私は、それがとても愛おしい。  :  クロ:朝食の準備が、できました。 コクヨウ:おはよう、クロ。おまえは頑なに私を名で呼ばないね。 クロ:……今朝もまた一つ、美しい白薔薇が咲きましたね。 コクヨウ:ああ、そうだね。 クロ:『そう言うと、コクヨウは小さな白薔薇をぐしゃりと握りつぶす。』 コクヨウ:ああ、今日はいい日だ!さて、朝食をいただこうか。 クロ:『コクヨウの口癖。それは。』 コクヨウ:『完成したものに興味はないんだよ。』 クロ:『俺もいつか、「完成」したら、捨てられる。』  :   :  コクヨウ:人類は淘汰された。 クロ:そう父から聞いた。鳥に蝶、様々な羽をもつ別種族が圧倒的な力で蹂躙(じゅうりん)。人類は遠い昔に数を減らした……らしい。 コクヨウ:人間は我々有羽族(ゆうはぞく)よりか弱く、もろい。ひっぱれば簡単にもげる手足。嬲(なぶ)れば簡単に折れる精神。 クロ:コクヨウたち有羽族は、虫の手足をもぐ子供のように、無邪気で残酷だ。有羽族との混血でない俺は、拉致された後、最終的に彼女、コクヨウに高値で買われた。 クロ:俺の黒い髪を、彼女はいたく気に入っている。 クロ:いったいいつまで、この命は続くのだろうか。 コクヨウ:いったいいつになったら、君は私に陥落するだろうか。  :   :  :  0:【間】ビルとビルの間を飛び回るコクヨウと、つながれてともに飛ぶクロ。 クロ:うわああああああああ! コクヨウ:ははは、実にいい鳴き声だ。人間はこうでないとな。 クロ:絶対!絶対にリードの紐を離さないでくださいよっ!! コクヨウ:それが嫌ならせいぜい鳴き、喚け。 クロ:あんたほんっと無茶苦茶だ!!! コクヨウ:まあ、私が離さずとも、あまり暴れるとリード紐がちぎれるぞ。 クロ:ひぃっ……! コクヨウ:……まあ、おまえが潰れる楽しみは今回じゃないな。目的地に着いたぞ。 クロ:あんた、ほんとに、……ああもう。 コクヨウ:いい加減慣れろ、おつかいもできん人間なのだから。  :   :  クロ:人類は淘汰された。 コクヨウ:大地には爆撃や火災、地割れなど無残な傷跡がいまだ消えていない。 クロ:この星の大半は有羽族、空をかける者たちの都合のいいように再開発された。 クロ:歩くのもままならない地面に、届かない空。 クロ:翼をもたないペットの僕は、一本の散歩用リードひとつに命をつながれている。  :   :  コクヨウ:早く歩け。買い物だ。 クロ:荷物持ちに俺を連れてきたのですか?それなら俺よりよっぽど、ご友人などと来た方がよかったでしょうに。 クロ:(俺としては外出など一ミリもしたくない。さっきのような酷い目に合うのだから。) コクヨウ:たわけ。今日はおまえの買い物だ、クロ。 クロ:……は?俺の? コクヨウ:着せ替えに付き合ってもらうぞ、同じヒトガタをしてるからこそできる遊びだからな! クロ:……もちろん、上着とかズボンとか、ですよね。 コクヨウ:何度も買い物に来る気か?全身ひんむくに決まってるだろう? クロ:…………。 コクヨウ:安心しろ、ここはペット用ショップも多いぞ。 クロ:(そういうなり俺の腕を引くコクヨウ。有羽族の力はとても強い。 クロ:抵抗すれば簡単に腕は引きちぎれる。あ、痛い。うん、これはもうちぎれてるかもしれない。)  :   :  クロ:いい年した男の全裸の着替え見て何が楽しいんだよ……。 コクヨウ:いい年?はっ、クロおまえいくつだ? クロ:今年で三十六だよ! コクヨウ:そんなのひな鳥と変わらんではないか。ペットを着せ替えるのはなかなかに楽しいぞ。 クロ:(そのときだった。) コクヨウ:……どうした、クロ。 クロ:(腕が片方もがれ、両目に包帯を巻いた人間が通り過ぎた。飼い主と一緒に。) コクヨウ:帰るぞクロ。荷物を落とすんじゃないぞ。 クロ:(俺はまだ何も失ってはいない。いまは、まだ。) クロ:(コクヨウの見立てた服は、妙に着心地がよかった。)  :   :  コクヨウ:帰宅し、クロをオリに入れる。少し遠くに出過ぎたのか、疲れているようだ。 コクヨウ:空を飛ぶことはおろか、運んでやるだけでこのざまとは、本当に人間は繊細だ。 コクヨウ:ショップの親父からもらってきた飼育本を見る。正しい餌の作り方、どこをちぎると動かなくなるのか、愛し方、体の構造、ほんのわずかに、生態。  :   :  クロ:コクヨウが本を読んでいる。俺は大きな鳥かごの中。こんな生活だが、意図的に暴力をふるわれたことはないし、不便も感じていない。 クロ:逃げ隠れしていたころよりいっそ快適だ。首には、首輪こそついているが。 コクヨウ:ほう? クロ:……。 コクヨウ:クロ。おまえ、歌えるのか。 クロ:歌えません。 コクヨウ:歌えるんだな。 クロ:歌いません。 コクヨウ:歌え。 クロ:はい。  :   :  0:【間】何曲か歌い終えたクロ。 コクヨウ:(拍手) クロ:……ふう、もういいでしょう。もうほかの曲は知りません。 コクヨウ:クロはいい鳥になれるな。 クロ:……反応に困ります。 コクヨウ:褒めてるんだよ。楽しめた。褒美をやる。 クロ:……理解に苦しみます。 コクヨウ:硬いオリの中の床でなく、私のベッドで寝ることを許してやる。ほら、オリのカギは開けた。出てこい。 クロ:もったいなきお申し出でございますゆえ、俺は辞退させていただき コクヨウ:なんだ、抱っこで運んでほしいのか。 クロ:速やかに移動します。  :   :  コクヨウ:(寝息) クロ:(有羽族の大きな羽のための、大きなベッド。身長、いや体の大きさでさえ僕ら人間は彼女らに勝てない。) クロ:ねえ、コクヨウ。 コクヨウ:(眠そうに)……く、ろ? クロ:俺は、どうして生きてるのかな? コクヨウ:(眠そうに)ちがう。 クロ:え? コクヨウ:(眠そうに)おまえは、私に生かされているんだ。忘れるな。 クロ:コクヨウ、なんで俺を生かす。美男美女や子供とちがって商品価値の低い俺を、高値を払ってまで。 コクヨウ:(眠そうに)……約束を、守りたかっただけだ。 クロ:約束? コクヨウ:(眠そうに)おま……え、が。言ったの……だぞ。だから。わたし、は。(寝落ち) クロ:コクヨウ?……変なところで寝落ちしやがって。  :   :   :  0:【間】茶会に呼び出されたクロと、紫色の紅茶を前に微笑むコクヨウ クロ:……毒、ですか。 コクヨウ:そうだ。おまえのためにわざわざ植物を育てるところからやったのだぞ。 クロ:飲め、と。 コクヨウ:選択肢をやる。ひとつ、この毒入りハーブティーを飲み、ひどく苦しんでイく様子を私に捧げる。 コクヨウ:ふたつ、この家を出ていく。鍵は開いているぞ。 クロ:……俺は、完成したのですか。 コクヨウ:さて、なんのことやら。 クロ:……そうですか。 コクヨウ:(クロはきびすを返すと、玄関から出ていった。) クロ:(俺は忘れていた。) コクヨウ:連絡機器に手を伸ばして伝える。 コクヨウ:「はーい?保健所で合ってますよね?」  :   :   :  クロ:俺はすぐに捕まった。あたりまえだ。俺には、首輪がつけられている。所詮はペットなのだ。 クロ:四日経った。迎えは来ない。ときどき性格の悪い監視員が俺を痛めつけるだけだ。 クロ:約束ってなんだろう。俺は覚えていない。約束、約束。ああ、また監視員が来た。  :   :   :  コクヨウ:有羽族は、セカイが生み出した。人間どもに虐げられた虫や鳥、未来を、種族を奪われたものたちが魂に選ばれた。 コクヨウ:私も初期の有羽族の一部だ。 コクヨウ:多くのモノが人間への恨みから殺戮をくりかえした。無論、私も恨みがなかったわけじゃない。ちぎるのもつぶすのもとても愉快だった。 コクヨウ:でも、ほかに気がかりなことがあった。 クロ:「黒曜石のような羽だね。俺、石とか花とか好きなんだ。」 コクヨウ:ケガした私を助けた人間を、私は忘れられずにいた。 クロ:「俺が君を助けてあげる、クロ。」 クロ:「だから、いつか恩返しに来てよね!あっ、いや、会いに来てくれるだけでいいけどさ。」 コクヨウ:生まれ変わっても、私は覚えていたよ。でも君は……  :   :   :  クロ:約束…… コクヨウ:思い出したのかい? クロ:!? コクヨウ! コクヨウ:君は! クロ:……え? コクヨウ:君は、誰だい? クロ:俺、は。 コクヨウ:野良の人間の一匹か?それとも有羽族のペットか? クロ:…………。 コクヨウ:……答えてくれ、お願いだ。 クロ:俺は、俺だ。名前なんか好きに呼べばいい。俺は!……死にたくないだけの男だよ。 コクヨウ:クロ。 クロ:なんだ、コクヨウ。 コクヨウ:(嬉しそうに笑う) クロ:ほんと、なんなんだよ。 コクヨウ:合格だ。帰ろう。君を生かしてやる。  :   :  コクヨウ:四季咲きのバラは一年を通して花をつける。無論、我々が手をかけてやればのことだが。彼らは命を我々に依存しているのだ。 コクヨウ:私は、それがとても愛おしい。  :  クロ:おい、コクヨウ。朝食の準備ができましたよー。 コクヨウ:おはよう、クロ。おまえは頑なに敬語を抜かないね。 クロ:その方がいいくせに。……今朝もまた一つ、美しい黒薔薇が咲きましたね。 コクヨウ:ああ、そうだね。人間の血は本当に便利だ。 クロ:『そう言うと、コクヨウは小さな白薔薇を俺から採った血液で赤く染める。』 コクヨウ:ああ、今日もいい日だ!さて、朝食をいただこうか。 クロ:『コクヨウの口癖。それは。』 コクヨウ:『クロ、おいで。』 クロ:『俺はいつか、約束の意味を知れるだろうか。』  :   :   :   :  コクヨウ:私は忘れられずにいた。かつて鳥だった前世で、クロと呼ばれた日々を。 コクヨウ:私は忘れられずにいた。あの男の黒髪と黒い目を。 コクヨウ:私は忘れられずにいた。 クロ:「クロ、おいで」 コクヨウ:あの優しい声を。  :  コクヨウ:そんな時に、あの人間に、クロに、出会ったのだ。 クロ:俺なんて、やめときな コクヨウ:諦めたようなその声を、傷んだ黒髪を、生気のない黒い瞳を。クロにしたかった。 クロ:おーい、コクヨウ。食事中にこっちをあまり見ないでもらえますかー? コクヨウ:生まれ変わりでも、完全な他人でも、かまわない。 クロ:…………コクヨウ? コクヨウ:なんでもないよ。……クロ。  :   :  コクヨウ:このクロと、私は共に生きていく。

0:『翼のない鳥』  野菜  :   :  コクヨウ:黒い鳥の羽が生えた有羽族の女性。黒髪。齢は百を超えている。美人だが性格性癖に難あり。  :  クロ:コクヨウに飼われる純人間。思ったことがあっても口に出さないタイプ。黒髪黒い瞳。齢三十から四十。  :   :   :  0:本編開始  :   :  コクヨウ:四季咲きのバラは一年を通して花をつける。無論、我々が手をかけてやればのことだが。剪定(せんてい)、加温、栄養の管理。彼らは完全に命を我々に依存しているのだ。 コクヨウ:私は、それがとても愛おしい。  :  クロ:朝食の準備が、できました。 コクヨウ:おはよう、クロ。おまえは頑なに私を名で呼ばないね。 クロ:……今朝もまた一つ、美しい白薔薇が咲きましたね。 コクヨウ:ああ、そうだね。 クロ:『そう言うと、コクヨウは小さな白薔薇をぐしゃりと握りつぶす。』 コクヨウ:ああ、今日はいい日だ!さて、朝食をいただこうか。 クロ:『コクヨウの口癖。それは。』 コクヨウ:『完成したものに興味はないんだよ。』 クロ:『俺もいつか、「完成」したら、捨てられる。』  :   :  コクヨウ:人類は淘汰された。 クロ:そう父から聞いた。鳥に蝶、様々な羽をもつ別種族が圧倒的な力で蹂躙(じゅうりん)。人類は遠い昔に数を減らした……らしい。 コクヨウ:人間は我々有羽族(ゆうはぞく)よりか弱く、もろい。ひっぱれば簡単にもげる手足。嬲(なぶ)れば簡単に折れる精神。 クロ:コクヨウたち有羽族は、虫の手足をもぐ子供のように、無邪気で残酷だ。有羽族との混血でない俺は、拉致された後、最終的に彼女、コクヨウに高値で買われた。 クロ:俺の黒い髪を、彼女はいたく気に入っている。 クロ:いったいいつまで、この命は続くのだろうか。 コクヨウ:いったいいつになったら、君は私に陥落するだろうか。  :   :  :  0:【間】ビルとビルの間を飛び回るコクヨウと、つながれてともに飛ぶクロ。 クロ:うわああああああああ! コクヨウ:ははは、実にいい鳴き声だ。人間はこうでないとな。 クロ:絶対!絶対にリードの紐を離さないでくださいよっ!! コクヨウ:それが嫌ならせいぜい鳴き、喚け。 クロ:あんたほんっと無茶苦茶だ!!! コクヨウ:まあ、私が離さずとも、あまり暴れるとリード紐がちぎれるぞ。 クロ:ひぃっ……! コクヨウ:……まあ、おまえが潰れる楽しみは今回じゃないな。目的地に着いたぞ。 クロ:あんた、ほんとに、……ああもう。 コクヨウ:いい加減慣れろ、おつかいもできん人間なのだから。  :   :  クロ:人類は淘汰された。 コクヨウ:大地には爆撃や火災、地割れなど無残な傷跡がいまだ消えていない。 クロ:この星の大半は有羽族、空をかける者たちの都合のいいように再開発された。 クロ:歩くのもままならない地面に、届かない空。 クロ:翼をもたないペットの僕は、一本の散歩用リードひとつに命をつながれている。  :   :  コクヨウ:早く歩け。買い物だ。 クロ:荷物持ちに俺を連れてきたのですか?それなら俺よりよっぽど、ご友人などと来た方がよかったでしょうに。 クロ:(俺としては外出など一ミリもしたくない。さっきのような酷い目に合うのだから。) コクヨウ:たわけ。今日はおまえの買い物だ、クロ。 クロ:……は?俺の? コクヨウ:着せ替えに付き合ってもらうぞ、同じヒトガタをしてるからこそできる遊びだからな! クロ:……もちろん、上着とかズボンとか、ですよね。 コクヨウ:何度も買い物に来る気か?全身ひんむくに決まってるだろう? クロ:…………。 コクヨウ:安心しろ、ここはペット用ショップも多いぞ。 クロ:(そういうなり俺の腕を引くコクヨウ。有羽族の力はとても強い。 クロ:抵抗すれば簡単に腕は引きちぎれる。あ、痛い。うん、これはもうちぎれてるかもしれない。)  :   :  クロ:いい年した男の全裸の着替え見て何が楽しいんだよ……。 コクヨウ:いい年?はっ、クロおまえいくつだ? クロ:今年で三十六だよ! コクヨウ:そんなのひな鳥と変わらんではないか。ペットを着せ替えるのはなかなかに楽しいぞ。 クロ:(そのときだった。) コクヨウ:……どうした、クロ。 クロ:(腕が片方もがれ、両目に包帯を巻いた人間が通り過ぎた。飼い主と一緒に。) コクヨウ:帰るぞクロ。荷物を落とすんじゃないぞ。 クロ:(俺はまだ何も失ってはいない。いまは、まだ。) クロ:(コクヨウの見立てた服は、妙に着心地がよかった。)  :   :  コクヨウ:帰宅し、クロをオリに入れる。少し遠くに出過ぎたのか、疲れているようだ。 コクヨウ:空を飛ぶことはおろか、運んでやるだけでこのざまとは、本当に人間は繊細だ。 コクヨウ:ショップの親父からもらってきた飼育本を見る。正しい餌の作り方、どこをちぎると動かなくなるのか、愛し方、体の構造、ほんのわずかに、生態。  :   :  クロ:コクヨウが本を読んでいる。俺は大きな鳥かごの中。こんな生活だが、意図的に暴力をふるわれたことはないし、不便も感じていない。 クロ:逃げ隠れしていたころよりいっそ快適だ。首には、首輪こそついているが。 コクヨウ:ほう? クロ:……。 コクヨウ:クロ。おまえ、歌えるのか。 クロ:歌えません。 コクヨウ:歌えるんだな。 クロ:歌いません。 コクヨウ:歌え。 クロ:はい。  :   :  0:【間】何曲か歌い終えたクロ。 コクヨウ:(拍手) クロ:……ふう、もういいでしょう。もうほかの曲は知りません。 コクヨウ:クロはいい鳥になれるな。 クロ:……反応に困ります。 コクヨウ:褒めてるんだよ。楽しめた。褒美をやる。 クロ:……理解に苦しみます。 コクヨウ:硬いオリの中の床でなく、私のベッドで寝ることを許してやる。ほら、オリのカギは開けた。出てこい。 クロ:もったいなきお申し出でございますゆえ、俺は辞退させていただき コクヨウ:なんだ、抱っこで運んでほしいのか。 クロ:速やかに移動します。  :   :  コクヨウ:(寝息) クロ:(有羽族の大きな羽のための、大きなベッド。身長、いや体の大きさでさえ僕ら人間は彼女らに勝てない。) クロ:ねえ、コクヨウ。 コクヨウ:(眠そうに)……く、ろ? クロ:俺は、どうして生きてるのかな? コクヨウ:(眠そうに)ちがう。 クロ:え? コクヨウ:(眠そうに)おまえは、私に生かされているんだ。忘れるな。 クロ:コクヨウ、なんで俺を生かす。美男美女や子供とちがって商品価値の低い俺を、高値を払ってまで。 コクヨウ:(眠そうに)……約束を、守りたかっただけだ。 クロ:約束? コクヨウ:(眠そうに)おま……え、が。言ったの……だぞ。だから。わたし、は。(寝落ち) クロ:コクヨウ?……変なところで寝落ちしやがって。  :   :   :  0:【間】茶会に呼び出されたクロと、紫色の紅茶を前に微笑むコクヨウ クロ:……毒、ですか。 コクヨウ:そうだ。おまえのためにわざわざ植物を育てるところからやったのだぞ。 クロ:飲め、と。 コクヨウ:選択肢をやる。ひとつ、この毒入りハーブティーを飲み、ひどく苦しんでイく様子を私に捧げる。 コクヨウ:ふたつ、この家を出ていく。鍵は開いているぞ。 クロ:……俺は、完成したのですか。 コクヨウ:さて、なんのことやら。 クロ:……そうですか。 コクヨウ:(クロはきびすを返すと、玄関から出ていった。) クロ:(俺は忘れていた。) コクヨウ:連絡機器に手を伸ばして伝える。 コクヨウ:「はーい?保健所で合ってますよね?」  :   :   :  クロ:俺はすぐに捕まった。あたりまえだ。俺には、首輪がつけられている。所詮はペットなのだ。 クロ:四日経った。迎えは来ない。ときどき性格の悪い監視員が俺を痛めつけるだけだ。 クロ:約束ってなんだろう。俺は覚えていない。約束、約束。ああ、また監視員が来た。  :   :   :  コクヨウ:有羽族は、セカイが生み出した。人間どもに虐げられた虫や鳥、未来を、種族を奪われたものたちが魂に選ばれた。 コクヨウ:私も初期の有羽族の一部だ。 コクヨウ:多くのモノが人間への恨みから殺戮をくりかえした。無論、私も恨みがなかったわけじゃない。ちぎるのもつぶすのもとても愉快だった。 コクヨウ:でも、ほかに気がかりなことがあった。 クロ:「黒曜石のような羽だね。俺、石とか花とか好きなんだ。」 コクヨウ:ケガした私を助けた人間を、私は忘れられずにいた。 クロ:「俺が君を助けてあげる、クロ。」 クロ:「だから、いつか恩返しに来てよね!あっ、いや、会いに来てくれるだけでいいけどさ。」 コクヨウ:生まれ変わっても、私は覚えていたよ。でも君は……  :   :   :  クロ:約束…… コクヨウ:思い出したのかい? クロ:!? コクヨウ! コクヨウ:君は! クロ:……え? コクヨウ:君は、誰だい? クロ:俺、は。 コクヨウ:野良の人間の一匹か?それとも有羽族のペットか? クロ:…………。 コクヨウ:……答えてくれ、お願いだ。 クロ:俺は、俺だ。名前なんか好きに呼べばいい。俺は!……死にたくないだけの男だよ。 コクヨウ:クロ。 クロ:なんだ、コクヨウ。 コクヨウ:(嬉しそうに笑う) クロ:ほんと、なんなんだよ。 コクヨウ:合格だ。帰ろう。君を生かしてやる。  :   :  コクヨウ:四季咲きのバラは一年を通して花をつける。無論、我々が手をかけてやればのことだが。彼らは命を我々に依存しているのだ。 コクヨウ:私は、それがとても愛おしい。  :  クロ:おい、コクヨウ。朝食の準備ができましたよー。 コクヨウ:おはよう、クロ。おまえは頑なに敬語を抜かないね。 クロ:その方がいいくせに。……今朝もまた一つ、美しい黒薔薇が咲きましたね。 コクヨウ:ああ、そうだね。人間の血は本当に便利だ。 クロ:『そう言うと、コクヨウは小さな白薔薇を俺から採った血液で赤く染める。』 コクヨウ:ああ、今日もいい日だ!さて、朝食をいただこうか。 クロ:『コクヨウの口癖。それは。』 コクヨウ:『クロ、おいで。』 クロ:『俺はいつか、約束の意味を知れるだろうか。』  :   :   :   :  コクヨウ:私は忘れられずにいた。かつて鳥だった前世で、クロと呼ばれた日々を。 コクヨウ:私は忘れられずにいた。あの男の黒髪と黒い目を。 コクヨウ:私は忘れられずにいた。 クロ:「クロ、おいで」 コクヨウ:あの優しい声を。  :  コクヨウ:そんな時に、あの人間に、クロに、出会ったのだ。 クロ:俺なんて、やめときな コクヨウ:諦めたようなその声を、傷んだ黒髪を、生気のない黒い瞳を。クロにしたかった。 クロ:おーい、コクヨウ。食事中にこっちをあまり見ないでもらえますかー? コクヨウ:生まれ変わりでも、完全な他人でも、かまわない。 クロ:…………コクヨウ? コクヨウ:なんでもないよ。……クロ。  :   :  コクヨウ:このクロと、私は共に生きていく。