台本概要
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タイトル | 『タイムアフタータイム・アフタートークタイム ―BAR「猫町」クローズ前―』 |
---|---|
作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 3人用台本(男1、女2) ※兼役あり |
時間 | 70 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
とある街、とあるBAR。 とある春の日の、閉店間際。 終わらないアフター・トーク。 ―黎和5年3月某日― ※【ナレーション】部分は、演者のどなたかが声に出して頂くか、自由に分担されてください。 ※2023年3月、声劇アプリ「ボイコネ」のサービス終了に際して、執筆された作品です。“出奔者篇”♯4、及び“お一人様篇”♯8まで、という中途半端な状態ではありますが、『BAR「猫町」』シリーズの一旦の締め括りと、時系列的にはこのお話よりも過去に位置する未執筆作品たちの、予告や前フリのような内容を含んでいます。 189 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
シイナ | 女 | 160 | 店員。流れ行く女。 |
カスミ | 女 | 159 | 店員。月のように笑む女。 |
タニマチ | 男 | 139 | 店員。薄暗い男。 |
和装の少女 | 女 | 36 | 【エピローグ】に登場。シイナ役と同じ演者推奨。 |
奇怪な紳士 | 男 | 18 | 同上。タニマチ役と同じ演者推奨。 |
学生服の少年 | 不問 | 15 | 同上。カスミ役と同じ演者推奨。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:【ごあいさつ】
0:処女作『マグノリア・ブロッサムと籠の鳥』を投稿させて頂いた2021年10月22日から、アプリのサービス終了のその日まで、大変楽しく、喜びの多い日々を過ごさせて頂きました。
0:お世話になった皆様、拙作を声劇にお使い頂いた皆様、何より声劇アプリ「ボイコネ」運営スタッフの皆様に、感謝を込めて。
:
【ナレーション】:いずれ過去となる現在に降る光は、あらゆる未来の情景を含んでいる。
タニマチ:或る、幻象(げんしょう)の真実(レアール)。
シイナ:「だが私の不思議な疑問は、此所(ここ)から新しく始まって来る。
シイナ:支那(しな)の哲人 荘子(そうし)は、かつて夢に胡蝶(こちょう)となり、醒めて自ら怪しみ言った。
シイナ:夢の胡蝶が自分であるか、今の自分が自分であるかと。」
カスミ:「この一つの古い謎は、千古(せんこ)にわたってだれも解けない。錯覚された宇宙は、狐に化かされた人が見るのか。理智の常識する目が見るのか。
カスミ:そもそも形而上(けいじじょう)の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。
カスミ:だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。」
タニマチ:「だがしかし、今もなお私の記憶に残っているものは、あの不可思議な人外の町。
タニマチ:窓にも、軒にも、往来にも、猫の姿がありありと映像していた、あの奇怪な猫町の光景である。」
【ナレーション】:萩原朔太郎、『猫町(ねこまち) ―散文詩風な小説―』より。
0:タイトルコール。
カスミ:『タイムアフタータイム・アフタートークタイム』
0:【間】
:
【ナレーション】:例えば、『サイド・カー』や『午後の死』や、『フレンチ・コネクション』や『マグノリア・ブロッサム』、『アイリッシュ・コーヒー』や『スカーレット・オハラ』。
【ナレーション】:『ブラック・ウォッチ』、『サラトガ・クーラー』、『スレッジ・ハンマー』に『ビーズ・ニーズ』。
【ナレーション】:『ティフィン・タイガー』、『クロンダイク・ハイボール』、『シェルパ・ティー』、『ソルティレージュ・シェカラート』。
【ナレーション】:年を跨いで『ゴールデン・キャデラック』。
【ナレーション】:それらのドリンクがサーブされたいくつかの夜から、1年と数ヶ月が経過し。
【ナレーション】:2023年、3月某日。
【ナレーション】:とある街、とあるバー。
【ナレーション】:店内に、スタッフは3名。
タニマチ:ありがとうございましたァー。
カスミ:ましたぁー。
シイナ:お気をつけてェー。また来てネー。
0:ドアベルのどこか胡乱な音を残し、最後の客が退店。
タニマチ:……ふィーーっ。
カスミ:よーやくお客さん途切れたね……。
カスミ:今、何時?
タニマチ:(時計を見つつ)
タニマチ:10時半、回ったトコ。
シイナ:前とおんなじぐらいに閉めてんの? 店。
カスミ:そ、だね。変わらず。
カスミ:せっかくだし、もう少し……、
タニマチ:まー普通に、十一時半ぐらいまでは……、
シイナ:OK。勿論。
0:各々、自然に分担し、店内を整える。
0:ブリキ製のコースターが触れ合う、微かな金属音。
タニマチ:……にしても、
シイナ:ん?
タニマチ:やっぱシイナさん効果スゴいっスわー……。オープンから引っ切り無し。
カスミ:Webで軽く告知しただけなのにねぇ。
カスミ:何人かには、直(チョク)で知らせたケド。
タニマチ:マナコには一応、俺が。
シイナ:ヤナとか、「Shrimpy(シュリンピィ)」の前なのに寄ってくれてね……。
シイナ:相変わらずだったな。あらためて見るとヤバい、アイツ。
カスミ:変わんないと思う……。ヤナのアレは。
タニマチ:急に変ってもコワいしな。
タニマチ:まーホント、ひっさびさにワイワイだったっス、オカゲサマで。
シイナ:土曜だしこんなモンだったじゃん?
シイナ:ま、思ったよりは取っ散らからずにやれたかな……、
シイナ:半年ぶりのカウンターにしては。
カスミ:全然だよ。流石、チーフ。
タニマチ:チーフ、流石。
シイナ:「元・」ね。今はヘルプ。
シイナ:そんでどーなんだよ? 新・チーフは。
タニマチ:やー、まー……。
タニマチ:言っても今まだ2人なんで、そんな別に……、
カスミ:2人営業の時とかも、おんなじだよね、特に。
シイナ:買い出しとかは? 結局どーしてる感じ?
タニマチ:ヤヨイさんの車借りたりとか、スね。運転は前通り俺が。
シイナ:買ったりしないワケ? 車。
タニマチ:俺がァ?
タニマチ:や、無いスね……、維持費とか、今は多分無理だし。
カスミ:近くに駐車場も無いしねぇ、アパート。
シイナ:半分店の車にしてさ、裏に駐めときゃいいんじゃないの。
タニマチ:やー、気後れっスわ……、車検とかもわかんないスもん、
シイナ:まータニマチがマイカーとか、普通に笑うけどさ。
タニマチ:何でっスか。持ってるは持ってるでイイでしょ、
シイナ:10円パンチしに行くから。
タニマチ:嫌がらせの治安悪っ。
タニマチ:はァ、ちょい、トイレに、
カスミ:一回も行ってなくない? オープンから。
タニマチ:忘れてた、なんか。
タニマチ:ちょっと行って、
シイナ:(継いで)来いよ、とっとと。
タニマチ:うい、スー。
0:パーマの店員は冴え切らない足取りで、手洗いへと。
0:がちゃん、と施錠音。
シイナ:……ふう。何か不思議な感じだなー。
シイナ:懐かしいとか思う程には、時間も経ってないし……。
カスミ:普通だよね、なんか……。
カスミ:タニマチとシイナさんの絡みも、いつも通り。
シイナ:アイツ全然マジで一緒なんだもんさ、
シイナ:ちょっとはチーフの自覚出てきてんのかと思いきや、
カスミ:変わってないデショ、良くも悪くも。
カスミ:店とかも。
シイナ:んー。……、
シイナ:まー、さァ、
カスミ:ん?
シイナ:そりゃァちょっとは、ビックリしたけどもね?
シイナ:カスミの、髪。
カスミ:……、
カスミ:あ……、
0:長身の店員の視線は、茶髪の店員の、その色素薄い、焼き菓子色の髪に注がれている。
カスミ:これ……、
カスミ:変、かな、ちょっと、伸ばしたの。
シイナ:伸ばしたのより。
シイナ:色、ね。
カスミ:変……?
カスミ:薄茶色、
シイナ:いやー? メチャメチャ似合ってる。可愛い。
カスミ:どうも……。
シイナ:寧ろ直球で可愛すぎ、っていうか……、
シイナ:変なモテ方しない? 今の感じだと。
シイナ:カスミそーいうテイストだとさー、男ウケ100パーみたいな見た目になるじゃん。
カスミ:その辺は……、上手いことやってる、つもり。
カスミ:……金髪って思ってたよりバリアになってたんだぁ、とは思った……。
シイナ:いま多いけどね、流行ってるし。
シイナ:でも、ま、そうね。
カスミ:その……、店の、メンツも変わるし……、
カスミ:予備校も、行き出すつもり、だし……、
カスミ:気分、変えようかな、って、
シイナ:肩までのショートってのはさァ、
カスミ:えっ、うん、
シイナ:誰かの好みなワケ?
カスミ:……、
0:絶句。のち、沈黙。
シイナ:「ー絶句。のち、沈黙。」
シイナ:「ーその静寂は肯定を表していた。」
カスミ:っ、ト書き、ヤメて。
シイナ:あっはははっ。
シイナ:可愛いなァ、やっぱりカスミは。
シイナ:嘘が吐(つ)ききれないところが。
カスミ:違う、から……。
カスミ:高校の時とか、こういう、感じだったし……、
カスミ:寧ろ元通り、っていうか、
シイナ:ふーん、へーェ。
カスミ:ピンクとか、軽く入れようと思ったけどよく考えたらデジとカブるし、もういっそ無難に、っていう、
シイナ:ほォーお、
カスミ:それ、だけの……、
シイナ:まー確かにィ、誰かの元カノとかも別にそういう感じでもなかったしなー。
カスミ:……元、カノ……、
シイナ:ま、2人ぐらいしか知らないけどネ、私は。
カスミ:……どんな人……、
シイナ:ソコはさァ?
カスミ:……、
0:悪戯に溜めを作り、
シイナ:……直接訊きな?
シイナ:お2人の時に。
カスミ:無い、から……、 2人っきりの時とか、
シイナ:週末の2人営業の事だヨ? 私が言ったのは。
カスミ:……っ、う、
0:茶髪の店員の頬に僅か、赤みが差している。
シイナ:あっはははっ。
シイナ:カスミをイジめるっていう数年来の夢がよーやく叶い始めて、嬉しい限り……。ふっふ。
カスミ:……、そん、なんじゃ……、
シイナ:ちょっとは楽? 前よりは。
カスミ:……、
0:長身の店員の眼差しは、いつしか優しげ。
カスミ:……、……どー、かな。
カスミ:わかんない……。
シイナ:上手く頼るんだよ。
シイナ:周りの、好きな奴も、好きじゃない奴も。
シイナ:独りで立ち向かったり、逃げたりしないで、さ。
カスミ:……、…………。
カスミ:下手くそ、だけど。
シイナ:可愛げがあってイイじゃない。そのくらいの方が。
カスミ:……。
カスミ:シイナさんって、
シイナ:ん?
カスミ:こういう話してる時、凄く、先輩って感じ……。
シイナ:あっは。普段はコドモっぽい?
カスミ:ううん、いつもはもっと、「オトナ」、っていうモードだけど……。
カスミ:リアルに、2個上の人なんだな、って。
シイナ:あー。
シイナ:……ま、基本は背伸びしてるから、ね。
シイナ:(切り替え)稽古場じゃ大人しいもんだけどねー?
シイナ:周りはプロとかタレントばっかりで、肩身が狭いったら。
カスミ:本番、もうすぐ、だよね。
シイナ:5月末だからもーちょい、だね。
シイナ:実感湧かないなーー、実際。
カスミ:観に行く。チケット、取った。
シイナ:ごめんね? 何か……。
シイナ:まー私が居ても居なくても、観る価値のある舞台には、なってくと思うけど……。
シイナ:ていうかミツユさんに言えばコネで何とかなったかもね? チケット。
カスミ:一瞬考えたけど……、何か、今回はチガうな、って。
シイナ:ありがとう。
シイナ:お高い指定券の、何分の一かでも貢献出来るよう、セーゼー、粉骨砕身……。
0:スツールにギ、と体重を預け。
シイナ:ま、ぶっちゃけここに来てようやく稽古らしい稽古になって来たって感じだけどねェ。
シイナ:アマチュアや部活時代とは何もかも違って。四苦八苦。
カスミ:自分は高校の時、一回だけ演劇部のお芝居に、出させてもらった事しかない、けど……、
カスミ:大変そう。別世界っていうか。
シイナ:まー、ね……。流石にちょっとは慣れたけど。
シイナ:「引き受けるんじゃなかった」って、何度後悔したか。
シイナ:ていうかトイレ長いな?
カスミ:そう? いつもこのぐらい(言い止め)、
カスミ:……、店で、いつも、こんなぐらい、だけど……、
シイナ:ヒッヒヒ。へぇー?
カスミ:もうっ。
0:バツ悪く、沈黙。
0:後、気を取り直し。
カスミ:…………、
カスミ:シイナさん、って、
シイナ:んー?
カスミ:その、アイツと……、
シイナ:誰? トイレ長いモジャモジャ?
カスミ:……その、ソイツと。
カスミ:ココに入った時から、なんだよね。
シイナ:あー。うん、そーだね。
シイナ:メガネ時代からの同期。
カスミ:眼鏡、写真で見た……。似合ってなくもないけど、
シイナ:イメージ違うよね。中身は変わり映えしないけど。
シイナ:それで?
カスミ:……こういうの……、訊いていいのか、微妙っていうか……、
シイナ:大概は良いんじゃないのー? 中々出て来ないアイツが悪い。
カスミ:……、その、
カスミ:アイツが、昔……、
シイナ:うんうん、
カスミ:事故に遭った、とか、
シイナ:……っ、
カスミ:そういう、話とか……、
0:長身の店員の表情は微か、硬質に。
カスミ:聞いたこと、無い、かなと思って……。
シイナ:(数瞬、黙考)
シイナ:……、……。
シイナ:「いや……、無い、かなァ」。
シイナ:どうして?
カスミ:……、わかんない、普通に、手術の跡、とかかもしれないし。
カスミ:そんな人、沢山居るとは、思うんだけど……、
シイナ:傷跡?
カスミ:……大きな。
カスミ:左の、脇腹に……。
シイナ:……、
カスミ:ごめん、訊いた事タニマチには、
シイナ:勿論。言うワケ無い。
シイナ:……、……。
シイナ:それ……、
シイナ:それに付いて、タニマチは何て、
0:遮り、手洗いの戸が開く音。
0:潜め声の会話が打ち切られる。
タニマチ:(手を拭い、フロアに戻りつつ)
タニマチ:はァー。なんかこう微妙にまだ、冷えるっスよね……。
シイナ:(自然に)
シイナ:トイレの暖房はまだなんだな。
タニマチ:んー。何か、手摺り修理するついでに付けよっかなー、みたいなコトは去年の冬に……。
タニマチ:もー忘れてるかもだけど、
カスミ:ヤヨイさんの許しが出れば、ねぇ。自分は賛成。
シイナ:また変なモノ衝動買いして無駄遣いしてなければ、下りるんじゃないの。大蔵省の許可。
タニマチ:あ、何トーク中だったんスか?
カスミ:……、えっと、
シイナ:舞台の、本番のハナシ。ベタに。
タニマチ:あー。ねーー、もうじきっスもんね。
タニマチ:そー、チケット、
シイナ:ご予約くださった、んだろ?
シイナ:したした、その辺の話も一通り。
タニマチ:ていうか……、マジで凄いっスよね、
タニマチ:「繁珠衣(はんたまえ)」と一緒に練習してるとか……、
シイナ:んー。そうね……。
シイナ:考えたらイカついよなァー。
タニマチ:ゴリゴリの芸能人じゃないスか、それもあの、「新世紀の11人」の、
シイナ:「ハンタマ」ちゃんとね。
シイナ:顔小さ過ぎてビビったよ、最初。
カスミ:あのCMちょっと癖になるよね。「なか卯」の。
タニマチ:「うどん半玉(はんたま)」フェアのな。
シイナ:あー。本人は多分、半玉も食べないと思うけど……。
カスミ:少食なんだぁ、イメージ通り。
タニマチ:アレっスかね、親友の……、
シイナ:「観音町凛々(かんのんまちりり)」? 来るかもねェ。
タニマチ:うわーーーーー。
タニマチ:「巻島(まきしま)エレナ」とかも来んのかなーーーー。
シイナ:意外とミーハーだよな、お前って……。
シイナ:来たとしても関係者席だな。
タニマチ:あとアレ、芸人の、
シイナ:「東風寅(コチトラ)5:00起き(ごじおき)」?
シイナ:芸人ってよりはコメディアン、
シイナ:っていうかボードヴィリアン、だな。
カスミ:何でもやるもんね、お笑いも、ドラマとかも。
シイナ:居るよ……。舞台は初らしいけど、まあ流石に器用な。
シイナ:うるさいし、TVで観るよりもっと変なヤツだけど。
タニマチ:はァーーーーっ。
タニマチ:ヤバ、何か興奮してきた……。
タニマチ:もうほぼ芸能人じゃないスか、シイナさんも。
シイナ:何でだよ。芸能人とおんなじ空気吸ってたら芸能人ってか?
シイナ:発想貧困、品性下劣。俗物の極みだな、お前。
タニマチ:辛辣スギません? 話題に対して……。
カスミ:ウクク、クフフフフフ……。
カスミ:シイナさん、相変わらずで嬉しい……。
タニマチ:何かタレントオーラびんびんな感じになってたらどーしよって言ってたんスよ昨日、
シイナ:なるワケ無いじゃん……。ほんの脇役Bなんだから。
タニマチ:やでも、あの制作発表会見で芸能人の中にズラっと、
シイナ:並んでたとしても。
シイナ:あるだろ一般人がテレビ映る事くらい……。
シイナ:あとそういう意味じゃ、芸能人ってそんな判りやすくオーラ出てるとかじゃないよ。
カスミ:どう違うの?
シイナ:んーー……。上手く言えないけど……、
0:ふ、と視線を思惟に浮かし。
シイナ:ただただ変なヤツ、が多いかな。私の感覚としては。
タニマチ:ヘンなヤツ。
シイナ:生きるの下手な人っていうか、社会生活シンドいんだろーなー、って人は、来るじゃん普通に、ウチとかにも。
カスミ:そー、だね。
シイナ:そういうのともまた違って……。
シイナ:社会ってフィールドの中では、そもそも生きる事が出来ないんじゃないか、って思わせるような。
シイナ:吸って大丈夫な空気が違う、っていうか。
カスミ:違う生き物、みたいな感じかな。
シイナ:ま、芸能界でバリバリ仕事してるタイプなら、って感じだけど。
タニマチ:ガッツリTV出てる人は、みたいな。
タニマチ:……ホンジョウさんとかはそーでもナイもんな……、
カスミ:誰?
タニマチ:あーほら、アンリさんと一緒に偶に来てくれる、
カスミ:あぁー。
カスミ:『少女ラッピング』の人ね。黄色担当の。
シイナ:言ってた人か。私会った事あるっけ? 無い?
タニマチ:一回とか、かな? 何か混んでてあんまり、
シイナ:絡めなかったんだっけ。
シイナ:まー、ちょっと界隈が違う感じだもんね、『ラッピング』とかは。
カスミ:直(チョク)で応援しに行ける、が売りっぽいもんね。
カスミ:「場末(ばすえ)アイドル」って言ってるし、アンリPも。
タニマチ:デューサー自身がな。
シイナ:今後の売れ方次第、ってのもあるんだろーけど、さ。
シイナ:ま……、何はともあれ。
シイナ:オフタリとも、ご来場お待ちしております、と……。
シイナ:ちょっと、煙草。
タニマチ:あ、はいはい。
0:喫煙用具一式を収めた革のポーチを携え、長身の店員は出入り口へと。
シイナ:頼んだよ、チーフ。
タニマチ:うい、スー。
0:ドアベルの涼やかな音。
0:店内、二人。
タニマチ:ふう。流石にもー無いか、お客。
カスミ:どーだろね。さっき帰った人みたいに、シイナさん関係ナシで来る人は来るかもだけど。
タニマチ:さっき帰った人??
カスミ:最後まで居た人。
タニマチ:ん……?
タニマチ:あーーー、うん……?
0:パーマの店員は刹那、怪訝。
タニマチ:ま、イイや。
タニマチ:明日集合1時だっけ? 2時?
カスミ:1時。予約が2時だから。
タニマチ:で、ヤヨイさんカーは俺ら2人と、
カスミ:ミツユさん、ヤヨイさん、あとヤナ。まず。
タニマチ:ミリさんは?
カスミ:直接駅まで来る、って。
タニマチ:気ィ遣わしたかな……、
カスミ:単に「みんなで車」が好きじゃないだけだと思うよ。
タニマチ:で、マナコ拾ってくのはシイナさんカーでイイんよな?
カスミ:さっきそれでイイって言ってた。こっちで拾うのはヨウコ。
タニマチ:あそっか。
タニマチ:で、6人か……。まーイケるか全然、
カスミ:みんな細いから。車椅子はトランクでいけるし。
タニマチ:んで、「去戸山(さりこやま)」集合で……、
タニマチ:そっから歩き?
カスミ:って言っても近いから、丘まで。
タニマチ:てっぺんに在るんだよな、そのカフェ……、
タニマチ:イケるかな電動車椅子、
カスミ:毎日、手で押して往復してたらしいから……、
カスミ:大丈夫だと思うよ。
タニマチ:へえ……、
タニマチ:その、店主の人が住んでた頃?
カスミ:そ。
0:きらり、と、
カスミ:……って言ってた、確か。
0:店内の淡い照明を受け、茶髪の店員の耳元、小さな若草の押し葉を封じ込めた、透明のピアスチャームが光る。
タニマチ:ふむふむ。えー、だから、
タニマチ:(指折り数え)俺ら、シイナさん、ヤヨイさんミツユさん、マナコ、
カスミ:ヤナ、ミリさん、ヨウコ。
タニマチ:あ、デジは?
カスミ:結局断られた、って。
カスミ:「でも気にはなってるハズだから偶然を装って来るかも」、って。
タニマチ:おー。ヤナが?
カスミ:言ってた。来てたら合流すればイイし。
タニマチ:手間を惜しまねーよなデジも……。
タニマチ:で、マックス10人か。
タニマチ:あ、俺自分入れてた??
カスミ:入れてたよ、最初に。
タニマチ:ダイブな人数よな。大丈夫な感じなのかね……、
カスミ:大きいテーブルがあるから囲める、って。
カスミ:聞いて想像してたよりかなり広いみたいで……。
タニマチ:インスタだとそーいう感じでもないもんな、
カスミ:アレほんの一部分らしいよ。
カスミ:つまり、問題ナシ。
タニマチ:だな……、うん、うん……。
タニマチ:……何かこーいうのほぼほぼ始めてじゃね?
カスミ:そー、だよね。
カスミ:昼間にスタッフと常連で、お客さんが開けたカフェに行く、とか。繁盛店っぽい。
タニマチ:行っても帰りに皆で「室(むろ)たつ」寄ってラーメン食ってくぐらいだったし……、
カスミ:タニマチとかアガタくんとかだけね?
カスミ:夜中にラーメンとか信じらんナイ。
タニマチ:好き好きだけどさ。
タニマチ:シイナさんがこっち来てるタイミングとはいえ……、
タニマチ:変に緊張するわ、ナンか。
カスミ:タニマチ以外女子ばっかりだしね。
タニマチ:ん??
カスミ:デショ。
タニマチ:…………、
0:刹那、呆け、再認識。
タニマチ:……そーだわ。よく考えたら。
カスミ:ハーレムじゃん。アニメとかの。
タニマチ:なんかその主人公なりたくねーな……。
タニマチ:てかバランス悪くね? リンドウとか誘う?
カスミ:何のバランスぅ? あとリンドウくんとかはマジでぶっ倒れるかもよ、過呼吸とかで。
タニマチ:あーー。
タニマチ:ミリさんも居るしな……。
カスミ:そ。
タニマチ:てか、あの子は?
タニマチ:「Shrimpy(シュリンピィ)」の厨房の、
カスミ:アドくん?
カスミ:「いっ、行くワケねーだろっ、ンな女の人ばっかのトコに! 新生活の準備トカで忙しいから今回は残念だけど遠慮します、とでも言っといてくれよっ!」
カスミ:って真っ先に断られた、ってヤナが。
タニマチ:全部言っとる言っとる……。
タニマチ:……ま、ちょうどイイかこの面子で。
カスミ:イイ、イイ。
カスミ:あとタニマチ、普通のカッコしてよ、
タニマチ:普通……? とは……?
カスミ:古着とかビンテージのデニム決め決めとかNG。
タニマチ:あ、えと……、リアルの軍パンも駄目……?
カスミ:着替えさせるから。
カスミ:とにかく「ボギーズ」で売ってそうなのはオール駄目。
タニマチ:あのー、ノルディック迷彩(カモ)のさ、むちゃくちゃイイ雰囲気にクタびれたカーゴパンツがあって……、正直リアルなダメージとかもあるんだけどコレがマジな話、合わせ方次第ではナントモ上品な……、
カスミ:燃やすから。その場で。
タニマチ:その場で!?
タニマチ:……イイよ、半分ぐらい冗談だし……。
タニマチ:あとそれマナコにも言っとかないと、
カスミ:あの人はちゃんとTPO守って纏めてくるからイイの。
タニマチ:俺も守るわ、TPOっ。
タニマチ:ナンか普通の、無難な感じの……、
カスミ:インスタ見たんでしょ? 浮かなかったら何でもイイ。
タニマチ:アレよな、こう、ジブリとかに出て来そーな……、
カスミ:ハヤオあんまり好きじゃナイからそんなに知らないけど。
カスミ:ま、そーいう売りだよね。
カスミ:……庭は、殆ど住んでた頃のままらしいけど。
タニマチ:へーー。
タニマチ:1人営業の時に来た人なんよな?
カスミ:……もう2年くらい前にね。
カスミ:その後も、ほんとに何回かしか……、
0:ドアベルを軽やかに響かせ、長身の店員が帰還。
0:微か、紙巻きの甘やかな薫り。
シイナ:ただいまー、っと。
シイナ:なァんか湿気出て来たなー。
タニマチ:急に暖かくなりましたしね。毎年言ってるけど……。
シイナ:二人してナンの悪だくみィ?
カスミ:明日の事、明日の。
シイナ:あーー。
シイナ:めちゃめちゃ知った面子だしな……。
シイナ:出たトコ勝負で繰り出す気マンマンなんだけど、
カスミ:大丈夫だと思うよ。店も広いらしいし。
シイナ:雨さえ降らない事を祈るのみ、だな。
シイナ:ていうかさー、
カスミ:ん?
シイナ:アレなんだよね、その、明日行く店、
カスミ:うん、
シイナ:『サカキチハヤ』の。
シイナ:フルプロデュースの店なんだよね。
カスミ:ああ……、うん。
カスミ:そう……、なんだってね。
タニマチ:って……、
タニマチ:あちこちで店出してる? 代官山とかで、
シイナ:そーだね、最近ちょくちょくTVとかも出てる……、
シイナ:つーかよく知ってるな、
タニマチ:バイト先の人が喋ってたんス、休憩の時に……、
シイナ:「ハヤブサ運送」で??
シイナ:むさ苦しーオトコ共がお洒落カフェトーク??
タニマチ:失礼な。女のヒトも多いし年齢層若いんスから、
シイナ:イイイイ、どーでも。
シイナ:で、その『サカキチハヤ』、
カスミ:オウミさんの凄い版のヒト、だね。
タニマチ:あー。
シイナ:ま、それこそフィールドも分野も、また違うけどね。実際に現場で関わったりは、今はしないらしいし……、
シイナ:私のバイト先のフィットネスの隣にも、系列のカフェがあるんだけど、
タニマチ:あ、オウミさんで思い出しましたけど、『エルダーマップ』、結局閉めるらしいスね、4月いっぱいで。
シイナ:あのクラフトジンの店だろ? 一回行ったけどさ……、
シイナ:正直やっぱりな、って感じ。
カスミ:そーなんだ。
シイナ:オウミさんから経営変わった後、持たなかったトコを見ると……、
シイナ:やり手なんだな、あの人やっぱり。
シイナ:で、その、
タニマチ:はいはい、
シイナ:『サカキチハヤ』が、実験的に全部に口出しして、コンパクトかつコンセプチュアルにやってこうって店の第一号が、
タニマチ:明日行くその、
カスミ:『銀風館(ぎんぷうかん)』。
カスミ:……イングリッシュ・ガーデンとアフタヌーン・ティーの、お店。
カスミ:お姉さん、なんだって。『サカキチハヤ』。
タニマチ:えっ、
シイナ:その、チグサさんだっけ、ウチに来てくれた人の?
シイナ:姉妹で開けたってコト?
カスミ:そう……。
カスミ:そういう事に、なったんだ、って。
タニマチ:へェえーー……。
タニマチ:何か……、本人的には不本意だったり、とか?
カスミ:……、そういう感じでもないっぽい。
カスミ:いつか、訊けたら訊くつもりだけど。
シイナ:ま、明日行ってみて顔とか見れば、ある程度は判るかも、ね。
シイナ:ふむ、結構諸々、楽しみになって来たな……。
シイナ:通し稽古の前に、本式のスコーンと紅茶で英気を養わせてもらいますか、と。
カスミ:明日の夜、なんだよね。
シイナ:そーそー。憂鬱極まるよ、ホント……。
シイナ:お茶の後そのまま向かうから、
シイナ:そういや帰りマナコちゃんどーする?
カスミ:ヤナとミリさんが帰りは一緒に電車だから、こっちに乗ってもらえる。
シイナ:ん、OK。
シイナ:で……、そう、なので今夜だけ、
カスミ:うんうん。
シイナ:お世話になります。
シイナ:大人しく寝るから、本当、部屋の隅でも押入れでも。
カスミ:全然……。何にもないトコだけど。
シイナ:ジョニーが居るよね?
タニマチ:ジョニー?
カスミ:蛇。
カスミ:その名前、決定だったんだ……。
シイナ:あは、私の中ではアイツはジョニーなんだよね。
シイナ:デッカくなった?
カスミ:一回脱皮した。そーだね、ちょっとずつ……。
タニマチ:若干だけ人に慣れてきた感じあるよな、最近。
カスミ:そう? 人間の勝手なバイアスじゃない?
シイナ:ナメられてるだけじゃないの、タニマチが。
タニマチ:何でスか。いや別にへりくだってもらわなくてもイイけど……。
カスミ:クフ。「蛇にへりくだられてるタニマチ」。
シイナ:ぶふっ(吹き出し)。アナコンダ先輩チぃーっス。
タニマチ:何スかもう、適当な……。
0:何気なく、フロアの椅子に腰掛け。
タニマチ:ふう。外、人気(ひとけ)どーでした?
シイナ:猫の子1匹居なかったね。駅前から、かすかに賑やかな気配だけ……。
カスミ:時間が時間だし、年度末だしねぇ。
タニマチ:明日休みなのになー。まあ最近はそういう感じでもないけど……。
シイナ:平日に店閉める時とかは、それこそ世界が終わったのかと思うぐらいに静まり返ってたなァ。
タニマチ:変わらずっスよ。急に犬鳴いてビビるぐらい……。
シイナ:あれビビったビビった、ドコで飼ってるヤツなんだか……。
0:緩やかな会話の凪。
0:茶髪の店員が脚を組み換え、木椅子がカタリと鳴る。
カスミ:でも……。
カスミ:今、この瞬間に、
シイナ:ん?
カスミ:ホントに、世界が終わったとしても……、
タニマチ:んん??
カスミ:このドアを開けない限りは。
カスミ:気付かないまま、だよね。
タニマチ:何の、何??
シイナ:……ふっふふ……。
シイナ:暫くは、ね。
0:ギ、と、スツールの軋る音。三者三様の姿勢で、店員たちは着席している。
タニマチ:ソレって……、俺らが客待ちしてる間に、爆弾とかが落ちてセカイが滅亡してー、みたいな?
タニマチ:ウチも纏めて吹っ飛ぶ気ィするけど……、
シイナ:甘いなタニマチ。爆弾でぶっ飛ぶだけが世界の終わりじゃないだろ。
タニマチ:例えば?
シイナ:疫病の氾濫(はんらん)。人心の荒廃、からの最終戦争。
シイナ:為すすべ無き自然災害……。ハリウッドでやり尽くされてるパターンだけでも無数にある。
カスミ:隕石とか、宇宙人の侵略とかねぇ。
タニマチ:あー。「実は最初からAIが作ったバーチャル現実だった」、とかも変化球としてね、
シイナ:ま……、災害や人心の荒廃に関しては、わざわざフィクションを引き合いに出すまでもなく、他人事じゃあないんだけども。
カスミ:まだ12年前、とかだもんね。
カスミ:東北の震災も。
シイナ:それもだし、近頃ホントに多い。
シイナ:今度の舞台のテーマが、正にそんな感じだってのもあるけど……。
タニマチ:ナミヨケさんの地元、どこだっけ関西の、
カスミ:沼戸(ぬまと)。ちょうど実家のある、温泉地の辺りだったんだよね。家族は無事だったらしいけど……、
シイナ:大水害、ね。元々多い地域とはいえ……。
シイナ:「地球が怒ってる」、とか言い出すと、スピリチュアルに片足突っ込むけども。
タニマチ:あとマジで、最近物騒っスよね。大きいトコから小さいトコまで。
シイナ:そーだよ。事件も、自殺も多いし。
カスミ:「雨背宮(あませみや)プラザ」のトコのビルでも、あったよね去年。飛び降り。
タニマチ:なー。あん時近くに居たわ、見てはないけど……。
シイナ:ま……、「保科(ほしな)」グループの総裁が拉致されて撃たれちゃうような世の中だし。
カスミ:ぱったり報道されなくなったよね、アレ。
シイナ:南極周りのテロもますますキナ臭いしさァ。
シイナ:実際いつ、世界が終わったって……、
カスミ:おかしくない?
シイナ:と……、思わされてしまうようなご時世ではある、よね。
タニマチ:でも何か、
シイナ:ん?
タニマチ:ジッサイ、何がどーなったら終わりなんスかね、
タニマチ:世界って。
シイナ:……、
カスミ:……、
0:暫し、沈思黙考。
シイナ:…………なかなか哲学的な問いを立てるじゃんか。タニマチの癖に。
タニマチ:や、なんか素朴に……、
タニマチ:「ウォーキングデッド」とかみたいに、人類の殆どがゾンビ化したとかになったら、もー無理だろ終わりだろって感じにはなるでしょうけど……、
タニマチ:考えたらソレって、
カスミ:「人類の終わり」であって、「世界」の終わりと言えるのかどうか、ってコトでしょ。
カスミ:……言えないんじゃないの。人間なんかより、蛇や、サボテンの方がずっと多いし、古いし、強いんだから。
シイナ:福音派の主張を丸っと無視するならば……、
シイナ:人類誕生の遥か昔から、地球という星は脈々と、歴史を重ねて来た訳であって……、
シイナ:となると、
タニマチ:人間がどーなろうが、世界の終わりとかとは関係ない、っていう……、
カスミ:もともと「世界」っていう概念自体が、曖昧なものっていうか……、
カスミ:人間が作り出した観念でしかナイしね。
シイナ:原義での「世界観」という言葉が示す通り、そもそも民族や共同体ごとに全く違ってた訳だしなァ。
シイナ:自分たちを取り巻く全てのモノを、どう説明付けるか、っていう。
タニマチ:調べ始めると面白いスよね、外国の部族とかの、昔話とか、神話とか。
カスミ:面白い。気付いたら徹夜してる。
シイナ:だから……、まあ、
シイナ:やっぱり人間という動物が、一匹残らず死に絶えた瞬間に、
シイナ:「世界」っていう意味の「世界」は終わるんじゃないの。
タニマチ:あー。
カスミ:「世界」なんていうフィルターを通してでしか、「世界」を認識出来ない生き物が居なくなるんだもんね。
カスミ:……他の生き物が、世界をどう捉えてるのかは、知りようがないけど。
シイナ:全く、そうだね。
シイナ:ただ一方で、
タニマチ:はい、
シイナ:観測者が消滅したからと言って、観測対象までが存在しなくなる、って言われたら、実にナンセンスでもあるよな。
カスミ:地球は間違いなく残る訳だもんね。
カスミ:星ごと無くなっても、宇宙が。
シイナ:ていう、物質と空間こそが世界の実態であり、本質だ、というのが即ち、多くの現代人が共有している「世界観」な訳だけれど……、
タニマチ:逆に自分だけが生きてる人間で、他の全部が作りもんなのかどうか確かめようが無い、みたいな……、
シイナ:他者とは即ちフィクションである、と。
シイナ:哲学的ゾンビ。
シイナ:……例えば、だねェ、
カスミ:ウクク。うんうん。
シイナ:一連の物語が結末を迎えて、舞台の幕が降りた時。
シイナ:それまで存在していた芝居の中の世界は終わるのか、否か。
シイナ:物語のキャラクターや、彼らを取り巻く全てのものは、滅び去ってしまうのか。
シイナ:無論映画や、小説に置き換えたっていいけれども、
タニマチ:あーーー、
タニマチ:んんーー……、終わる……?
カスミ:作品のジャンルによっては、そう言えるのもあるんじゃないかな。
カスミ:自分たちは創られた存在だ、って、キャラクター自身が自覚してるような。
シイナ:メタフィクションだね。確かに、終幕と同時に劇中の世界も終わっちゃうような作品、あるある。
タニマチ:でも例えば……、映画だった場合、
シイナ:おお、
タニマチ:もっかいアタマから観たら、
タニマチ:また、世界が最初から始まるんスかね?
シイナ:…………、
カスミ:映画のキャラクターの主観として、ってコト?
タニマチ:上手く言えないケド……、
タニマチ:画面越しに人が観てる間だけ、世界が存在してるんだとしたら、
シイナ:今日は妙にドラスティックじゃん。昼に変なモンでも食った?
タニマチ:や、普通に「鬼○(おにまる)」の冷凍チャーハンすけど、
カスミ:またぁ?? どんだけ好きなの……。
タニマチ:一昨日(おとつい)半袋食って、普通に残りの半分食い切っただけだから、
シイナ:マジでどーでもイイけど。
シイナ:……そうだね、ソレでいくなら……、
シイナ:お客が何らかの手段で、観測を繰り返す限り……、
シイナ:その都度、世界は再生され続けるんじゃないかな。
タニマチ:気ィ狂いそーっスよね、記憶とかもリセットされないと。
カスミ:そりゃされるんじゃないの? 繰り返しなんだから。
シイナ:物語が始まる瞬間に世界が始まって、幕切れと同時に終わる、って事になるな。過去の歴史や記憶も、その瞬間に創り出されたものであって……、
シイナ:っていうのは実は、キリスト教原理主義の主張と、カブってくるんだけど……、
タニマチ:アレもスよね、「世界5分前仮説」。
シイナ:思考実験としちゃ面白いけどね。
シイナ:ただ確かめようが無いって時点で、
カスミ:言った者勝ち、って感じだよねぇ。
カスミ:……子供が眠って、絵本が閉じられた後は、お話の登場人物たちも寝てるのかな、って。
カスミ:……小さい頃は、考えたりしたけど。
シイナ:子供の、原初の想像力、だね。
シイナ:世界を作った者と、その作られた世界を視る観客……、
シイナ:それこそ現実に置き換えるなら「神様」と同義だけど、
カスミ:うん。
シイナ:唯物論を採択するなら、それらの全てが死に絶えたって、やっぱり「作品」である世界は残る。物質的にはね。
タニマチ:モンキー・パンチが死んでも「ルパン」は終わってないっスもんね。
カスミ:ていうか、モーリス・ルブランはとっくに死んでるけど、初代ルパンは世界中で読まれてるし。
タニマチ:お客が死に絶える、ってのは状況が想像しにくいけどな。
カスミ:その作品を鑑賞する手段が、完璧に失われてしまったなら、
カスミ:それは「観客の死」と同じなんじゃないの。
シイナ:「作品の死」とも言えるね。
シイナ:絶版や禁書や……、勿論、世界中で繰り返されて来た事だけど。
シイナ:一度でもその作品に触れた人が、内容をぼんやりとでも覚えている間は……、
シイナ:生きていると、言えるのかもしれない。
タニマチ:それもみんな死んだら、もう終わり。
シイナ:鑑賞者を失ったフィクションのキャラクターたちがどんな顔をしているのか……、
シイナ:知る事は出来ない。何せ、観測出来ないワケだから。
タニマチ:案外、気楽に自由に振る舞ってるかもっスね、
タニマチ:視られてる緊張から開放されて。
シイナ:ちょっと不気味な想像だけどね、ソレ。
タニマチ:そっスか、「トイ・ストーリー」的な……、
シイナ:不気味じゃん、アレ。
カスミ:……「小説のキャラクターたちは、読者が本を読み終えた後、ふと物語に思いを馳せる空想の中にこそ、生きているものだ」、って……、
カスミ:ある作家の人は、言ってたけど、ね。
シイナ:へえ……、お客さん?
カスミ:……、昔の、知り合い。
シイナ:ロマンチックだね。
シイナ:でもまあ、実際ホントにそういうもんだしな。作品とは受け手の脳内で初めて、完成を見る……、と。
0:ふ、と視線を宙に浮かべ、軽く伸びをする。
シイナ:……はァ。取り留めの無い雑談ってのは気楽だなァ。
タニマチ:しないんスか、稽古場とかで。
シイナ:出来る空気でもナイんだよね。みんなドが付く程にマジメか、天然ばっかしだから……。
カスミ:それで……、結局何の話だったっけ、
タニマチ:「世界を終わらせる方法」。
シイナ:ナニお前、悪の組織の親玉?
カスミ:「モジャモージャ将軍」?
タニマチ:誰が全人類ニュアンスパーマ計画じゃいっつって!
タニマチ:……やべ、ヤナみたいなコト言っちゃった……。
カスミ:もっと脈絡無いよ、ヤナは。
タニマチ:まーイイとして。
タニマチ:つまり要するに……、
シイナ:「世界は終わらない」、でイイんじゃないの。
シイナ:この世界を観測するフィルターが無くなったり、変わったりしたとしても……、ってのがどんな状況なのかイマイチわからないけど、
シイナ:実体としての私たちが消える訳じゃない。
タニマチ:んーー……、
カスミ:この店のドアを開けて、本当に人類が滅亡していたとしても……、
タニマチ:俺ら3人が生きてる限り?
シイナ:私たちが、互いに互いを観測して、「人間」ってフィルターで以て自他を認識する限りは、かな。
シイナ:……さて。
0:年季の入ったスツールがギシと呻き、時計の針は、頃合い。
シイナ:イカした与太(よた)を駄弁ってる間に。
シイナ:結構イイ時間、かな。
タニマチ:(時計を見やり)
タニマチ:お、ホントだ。
タニマチ:……さァーーーっ、って、
カスミ:深追いせず、閉めよっか。明日はお昼からだし。
シイナ:キツいよねぇ、夜型人間が昼から動くの。
シイナ:私も切り替えるのシンドかったなァ。
タニマチ:おし、ちゃっちゃと看板消して、帰る準備すっか……。
タニマチ:あ、そーいえば、
シイナ:ん?
タニマチ:ケイジュさん、来ませんでしたね。
シイナ:……、
0:刹那の沈黙。表情は崩さず。
シイナ:……そう、だね。連絡、しなかった訳でもないんだけど。
カスミ:自分が居るから、かな……、
シイナ:いや、関係ないと思う。
シイナ:図書館の司書の仕事も、益々忙しそうだし……、
シイナ:(自嘲気に笑み)ちょっと怒らせ中、だからね。
タニマチ:へぇ……、
カスミ:何かあったの?
シイナ:まあ……、ね。
シイナ:私のいつもの、悪い癖……。
シイナ:善処はしとくよ、個人的に。
タニマチ:や、全然……、元から普段は、来ないヒトだったし……。
タニマチ:っしゃ、んじゃ、閉めますわー。
シイナ:ん、了解……、
シイナ:よろしく、チーフ。
カスミ:よろしくぅ。
タニマチ:シイナさんはゲストだけど……、イリヤは手伝ってくれよ。
カスミ:はぁい。しょーがないなぁ。
カスミ:……でも、
0:3名、何の気なく、店外と店内を隔てる、木と鉄の扉を見やる。
カスミ:あーいう話をした後だと……、
タニマチ:いや、まあ、何となく……、
カスミ:開けたらゾンビが溢れてたり?
タニマチ:とりまホームセンター目指して立て籠るな。
シイナ:絶対バリケード破られるヤツじゃん。
シイナ:ま……、大丈夫でしょ。
シイナ:何かが変わってしまったり、失われてしまったとしても……、
シイナ:多分「世界」は、続くんだろうから。
タニマチ:……、
0:扉の外は不思議な程に静まり返っている。
タニマチ:ま……、開けてみなきゃどーなってるかも判んないスもんね。
カスミ:終わった状態と終わってない状態が重なり合ってて、開けた瞬間に確定するんデショ。
タニマチ:シュレディンガーの猫町じゃん。
タニマチ:うい……、勇気出して閉めまーーす。
シイナ:中、電気点けるねー。
【ナレーション】:パーマの店員と茶髪の店員は扉を押し開き、店外へ。古びたドアベルが幻惑的に響く。
【ナレーション】:長身の店員は店の奥、柱のスイッチに触れ、営業照明を蛍光灯に切り替えた後、短く息を吐く。
シイナ:……ひゅぅ。思った以上に来てくれたな……。
シイナ:(記憶を検め)……あれ、
シイナ:…………最後に帰ったお客さん、どんなヒトだっけ……、
シイナ:(黙考)……、……、
シイナ:……ま、いいか……。
【ナレーション】:独りごち、何気なくスマートフォンを開いて、通知とニュースに目を通すと、
シイナ:……お、
【ナレーション】:ふと、何ヶ月も立ち上げていないとあるアプリケーションについての、一つの報せ。
シイナ:へー。
シイナ:……終わるんだ、ボイコネ。
【ナレーション】:なにはともあれ、一度(ひとたび)の、暗転。
0:【間】
:
0:【エピローグ】
【ナレーション】:時間は数十分、遡り。
【ナレーション】:ドアベルの胡乱(うろん)な響きを残し、店を後にする一人の男。
【ナレーション】:路上、春先の生温い風を受け、独白。
奇怪な紳士:……違う……。
奇怪な紳士:やはり、どうにも、今ひとつ違う……。
奇怪な紳士:うむむ……、
和装の少女:何が違うというのだ。
奇怪な紳士:(声に気付き)
奇怪な紳士:むうっ!
和装の少女:動くな。
奇怪な紳士:うっ!
【ナレーション】:厳かに世界が静止する。少女は大ぶりな刀剣を構え、紳士は自らの懐に手を収めている。
【ナレーション】:気迫の拮抗。少女の握る剣からは薄っすらと、青白い霊光が滲む。
奇怪な紳士:や、やあ君か……、
奇怪な紳士:奇遇だな、こんな所で……、
和装の少女:生憎と猶予が無い。
和装の少女:巫山戯(ふざけ)ていると……、
奇怪な紳士:いやぁっ、今回は本当に、やましい事など何も無いのだ、
奇怪な紳士:ただ己の行動の結果を、見届けに来たというだけの……、
和装の少女:(構えを解かず)
和装の少女:楽しく酒は飲めたのか?
和装の少女:黎和(れいわ)の3年、10月22日……、
和装の少女:貴様が遊び半分で創り出した、この街で。
奇怪な紳士:あ、遊び半分だなんて……、
奇怪な紳士:確かに、酒を飲む年になるよりも前に「不滅」を得てしまった、君のような者の目には……、そのように映るのかもしれないが、
和装の少女:誰の目にも瞭然だ。
和装の少女:「理想の酒場」で酒を飲む為に、繁華街ごと「喚び寄せ」、創り出すだと?
和装の少女:破廉恥極まる「破界者(はかいしゃ)」は大勢と見てきたが、貴様は取り分け……、
奇怪な紳士:それの何がいけないというのだっ!
奇怪な紳士:そんな簡単な事ではないんだ、実際に「寄せて」みなければ、どのような何モノが顕(あらわ)れるのかもわからぬし……っ、
奇怪な紳士:単に優良な店であれば良いという話でもなし、現に今出た店も、その前に入ったあっちの店も、客はそこそこ入っているし、接客だって熟(こな)れたもんだが……、
奇怪な紳士:私の求める「人生最後の行き付け」というのはもっと、全ての構成要素がピタリとハマった、
和装の少女:(遮り)口を閉じろ。舌を斬り落とされたくなければな。
奇怪な紳士:ぬむン……っ。
奇怪な紳士:む、むしろ一つも想定していなかった、そこの「もみじバーガー」なるハンバーガー屋の方が激ウマだったぐらいで……っ、
和装の少女:(遮り)黙れと言っている!! タン塩レベルで輪切りにされたいかっ!
奇怪な紳士:そ、そう棘を出さず……。お互い様だが、人間100年も200年も死ねずにいると抑えが効かなくなっていけない、
和装の少女:(刃を突き付け)
和装の少女:失礼なっ! まだ186年だ、私は!!
奇怪な紳士:最早数える事に意味など無かろうっ……。
奇怪な紳士:……頼む、見逃してくれないか……、今日こんな場所で事を構える気は無いんだ、「司篇(つかさふだ)」の持ち合わせも少ないし、
和装の少女:そうであるならば、気配の遮断をおざなりにせぬことだ。
和装の少女:……ここで会ったが百年目。ただでさえゴタゴタと、厄介事が嵩張っている今……、
和装の少女:あの憎たらしい『世界探偵』を始め、貴様らの如き愉快犯に、これ以上時間を割いている暇は無し。
和装の少女:大人しく縄を受け、我々に協力しろ!
奇怪な紳士:協力って……、「巻き添え」の間違いだろう、どうして私が自らの「界術(かいじゅつ)」で以て、わざわざ殺し合いの手伝いなどを……、
和装の少女:(剣を握る手を怒らせ)
和装の少女:罪への恩赦と引き換えだと言っているっ!
奇怪な紳士:ひぃ……っ!
和装の少女:選り好み出来る立場か、貴様。
和装の少女:この数十年、貴様が野放図に生み出してきた街や店々が、従来の歴史に「割り込んだ」事で……、
和装の少女:辻褄を合わせる為に、どれだけの歪みや綻びが生じたと思っている。
和装の少女:そしてそれを可能にするだけの「逆理(ぎゃくり)」の力を、我々がいつまでも遊ばせておくとでも……、
奇怪な紳士:そっ、そちらの都合は本当に知らんっ。
奇怪な紳士:それに……、みんなやってる事だ、志賀直哉(しがなおや)は『城(き)の崎(さき)にて』を執筆せんが為に、わざわざ城崎(きのさき)の地を創り出したと聞くぞっ。
奇怪な紳士:彼のやっている事と私と、一体なにが……、
和装の少女:彼はその後の戦いで我々「守悟者(しゅごしゃ)」の側に付いてくれたからイイのだ。
奇怪な紳士:そんなご都合主義的な……、
和装の少女:もっとも以降は、また行方を暗ませてしまったがな。
奇怪な紳士:だ、大体にして……、街や、歴史や世界など……、我々ですら気付かない内に、既にどれだけの「手が入っている」のか見当も付くまい。
和装の少女:ぬっ……、
奇怪な紳士:原理的にそうだろう、「従来の」と君らは言うが、どこまでが元の正しい世界で、どこからが割り込みの紛い物か、確証を得る術があるのかっ?
和装の少女:……っ、ぐ……、
奇怪な紳士:殊(こと)にそれが、「逆理」の痕跡すら追えぬ程の太古の昔に、高位の共鳴者によって「寄せられた」ものであったなら……、
奇怪な紳士:そして彼らがそれを秘匿し続けている限り、
奇怪な紳士:本邦に於いて「沼戸(ぬまと)」や「塚淵(つかぶち)」や「長崎(ながさき)」だけが偽りの土地だと、一体誰が断言できるというのだっ!
和装の少女:うっ、う、五月蝿(うるさ)いぞ貴様っ!!
和装の少女:だからこそこれ以上っ、取り返しの付かない事態を招かぬ為に、我々はっ!!
奇怪な紳士:ほい隙有り。
和装の少女:なっ……っ!!
【ナレーション】:瞬間、辺りに閃光が迸り。
【ナレーション】:次いで間抜けた炸裂音。
【ナレーション】:直後、紫がかった濃煙が拡がり、少女の視界と感知を奪う。
和装の少女:……っ、くっ……っ!
【ナレーション】:光放つ刃が空を切り、煙を散らすが、
【ナレーション】:男は既にその場を逃れ。
【ナレーション】:少女、独り。
和装の少女:くそっ! 私とした事が……っ。
和装の少女:何度目だ、これでっ!!
【ナレーション】:地団駄を踏む少女に、店舗家屋の屋根の上より、声。
学生服の少年:本当だよ、何やってんのさ……。
和装の少女:(声に気付き)
和装の少女:ぬっ……、
和装の少女:ヨクトか、
学生服の少年:(路上へと降り立ち)
学生服の少年:僕に決まってるでしょ。人払いの術式を抜けて、ここに来れてるんだから。
学生服の少年:……逃げられちゃったんだ、また。
和装の少女:あの男は……、「逃亡」という一点に於いては、恐るべき才覚を持っている。今回は準備も乏しかった。
和装の少女:…………が、
0:口角を戦慄(わなな)かせ。
和装の少女:純粋に悔しい。
和装の少女:…………ムカつくっ!!!
学生服の少年:ま、イイんじゃナイの……。元からついでだったんだし。
和装の少女:どうだった……、そっちは。
学生服の少年:どうもこうも……。蛻(もぬけ)の殻。
学生服の少年:既に連れ去られてたんだろうね、「染田薫(ソメダカオル)」は。
和装の少女:そうか……。
和装の少女:やはり、「保科浄子(ホシナキヨコ)」に、
学生服の少年:そうだろうね、本部の見立て通り。
学生服の少年:「古谷輝加(フルタニキカ)」の時と同様、どうやって僕たちよりも先に、術式も使えない「共鳴者」を見つけ出して接触してるのかは……、皆目わからないけれど。
和装の少女:しかも「龍伏(タツブセ)」や、「裏の六家(ろっけ)」の眼を掻い潜りながら、な。
和装の少女:……協力者が居るんだろう。それも相当な大物が。
学生服の少年:はぁーあ、もう本当にヤんなるね……。それでなくても忙しいのに。
和装の少女:全く。他世界の己と意識を共有したり……、無意識に「渡り」を行うレベルの共鳴者を、こうも奪われていては堪らない。
学生服の少年:「サヤカ」まで取られなくて良かったよね。
和装の少女:あの案件は殆ど奇跡みたいなものだがな。
和装の少女:関東だけでも新都心の狂った学者と悪童どもに、埼玉の発狂剣豪……、玉総(たまぶさ)の陣取り合戦、
学生服の少年:関西や九州だって騒々しさじゃ負けてないよ。
学生服の少年:サヤカの件だって落ち着いちゃいないし、最近ウワサの「鳴野流々花(メイノルルカ)」に、阿蘇の「火山教(かざんきょう)」。
和装の少女:いつ寝るんだ……、我々は。
学生服の少年:必要無いんでしょ? あんたたちには、睡眠。
和装の少女:だからこそ、眠る事は娯楽だ。精神の安定の為に必要なんだ。
和装の少女:……願わくば……、
学生服の少年:うん?
和装の少女:ほんの片時でも、この拗(こじ)れた戦いの連鎖に一段落が付いて……、
和装の少女:アフター・タイムの、リフレッシュ・シエスタと洒落込みたいところだ。
学生服の少年:……前から思ってたんだけど、
和装の少女:ん?
学生服の少年:無理やり横文字、使わない方がイイよ。
和装の少女:…………。
0:些か、バツが悪そうに。
和装の少女:大目に見てくれ。癖なんだ。
和装の少女:……ムカついたら腹が減った。時にヨクト、
学生服の少年:うん?
和装の少女:明日は正午頃にこちらを発って、本部に戻るだけだったな。
学生服の少年:そう、だね。直行のミッションは無い。
和装の少女:明日の朝食は……、ハンバーガーで済ます事にしないか。
学生服の少年:ハンバーガー?? 別に、イイけど……、
和装の少女:この通りの……、あそこの、「もみじバーガー」とかいう店。
和装の少女:……なんでも、激ウマらしい。
0:暗転。
:
0:【間】
【ナレーション】:かくして不可思議なる現象と対話を残して、物語は一旦の幕切れとなる。
【ナレーション】:しかし黒い緞帳(どんちょう)の裏、モニターは砕け、頁(ページ)が焼け去り、幾つのアプリケーションが暗い画面を映すだけになったとしても、
【ナレーション】:その向こうに世界は続く。
【ナレーション】:全ての、在るべくして在る人が、街が、国が、歴史が、事件が、
【ナレーション】:絡み、纏(まつ)わり、糾(あざな)わり、
【ナレーション】:『BAR「猫町」』へと、
【ナレーション】:『ビンゴ青年の非凡なる生活』へと、
【ナレーション】:『令嬢博士些事些難(レイジョウハクシサジサナン)』へと、
【ナレーション】:『コドモ共和国(りぱぶりっく)』へと、
【ナレーション】:『緑の丘、銀の風』へと、
【ナレーション】:『耽溺(たんでき)ちゃんと退廃(たいはい)くん』へと、
【ナレーション】:『Shrimpy Days(シュリンピィ・デイズ)』へと、
【ナレーション】:『ヘヴンズ・レセプション』へと、
【ナレーション】:『餓獣(ガジュウ)』へと、
【ナレーション】:『人の為ならず』へと、
【ナレーション】:『さくらパーセンテージ』へと、
【ナレーション】:『流石の、馬鹿』へと、
【ナレーション】:『コンビニエント・コミュニケーション』へと、
【ナレーション】:『夜灯哀歌(やとうえれじぃ)』へと、
【ナレーション】:『さやかに吹く風』へと、
【ナレーション】:『夢砂星(ゆめすなぼし)のキカ』へと、
【ナレーション】:『アクト・アクター・アクトレス』へと、
【ナレーション】:『苹果(りんご)の軸の蜜の苦(あま)きこと。』へと、
【ナレーション】:『特記事項無し〜弁天山(べんてんやま)高校生徒会執行部〜』へと、
【ナレーション】:『曝闘者(ばくとうじゃ)バトルミラボット!!』へと、
【ナレーション】:『レディX快刀乱麻!』へと、
【ナレーション】:『伽藍堂蝦蟇口(がらんどうがまぐち)の取材事件簿』へと、
【ナレーション】:『カップ・アンド・ソーサー』へと、
【ナレーション】:『疾風(はやて)たつ!』へと、
【ナレーション】:『オモいカね図書館』へと、
【ナレーション】:『南雲マサヒト野暮用顛末(やぼようてんまつ)』へと、
【ナレーション】:『コダマ還(かえ)る』へと、
【ナレーション】:『Turn OverS(ターン・オーバーズ)』へと、
【ナレーション】:『水底(みなそこ)の虫の悲愴(ひそう)』へと、
【ナレーション】:『黒猫は夜に来る』へと、
【ナレーション】:『ガイスト・ジャンクション!』へと、
【ナレーション】:『紋行塚(もんぎょづか)くくりの階段でカイダン』へと、
【ナレーション】:『迷信(ブードゥー)倶楽部』へと、
【ナレーション】:『釈葉(しゃくよう)女学院ミステリィ研究会』へと、
【ナレーション】:『リング・ワンダリング ―梢(こずえ)の檻―』へと、
【ナレーション】:その他無数の、いつかどこかで幕を開ける、汎(あら)ゆる過去と、未来と、現在の物語へと、
【ナレーション】:続く。
0:【間】
:
0:ハンド・クラップ。
:
0:以下、演者は役の仮面を外し、
0:時間の許す限り、アフター・トーク。
0:【ごあいさつ】
0:処女作『マグノリア・ブロッサムと籠の鳥』を投稿させて頂いた2021年10月22日から、アプリのサービス終了のその日まで、大変楽しく、喜びの多い日々を過ごさせて頂きました。
0:お世話になった皆様、拙作を声劇にお使い頂いた皆様、何より声劇アプリ「ボイコネ」運営スタッフの皆様に、感謝を込めて。
:
【ナレーション】:いずれ過去となる現在に降る光は、あらゆる未来の情景を含んでいる。
タニマチ:或る、幻象(げんしょう)の真実(レアール)。
シイナ:「だが私の不思議な疑問は、此所(ここ)から新しく始まって来る。
シイナ:支那(しな)の哲人 荘子(そうし)は、かつて夢に胡蝶(こちょう)となり、醒めて自ら怪しみ言った。
シイナ:夢の胡蝶が自分であるか、今の自分が自分であるかと。」
カスミ:「この一つの古い謎は、千古(せんこ)にわたってだれも解けない。錯覚された宇宙は、狐に化かされた人が見るのか。理智の常識する目が見るのか。
カスミ:そもそも形而上(けいじじょう)の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。
カスミ:だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。」
タニマチ:「だがしかし、今もなお私の記憶に残っているものは、あの不可思議な人外の町。
タニマチ:窓にも、軒にも、往来にも、猫の姿がありありと映像していた、あの奇怪な猫町の光景である。」
【ナレーション】:萩原朔太郎、『猫町(ねこまち) ―散文詩風な小説―』より。
0:タイトルコール。
カスミ:『タイムアフタータイム・アフタートークタイム』
0:【間】
:
【ナレーション】:例えば、『サイド・カー』や『午後の死』や、『フレンチ・コネクション』や『マグノリア・ブロッサム』、『アイリッシュ・コーヒー』や『スカーレット・オハラ』。
【ナレーション】:『ブラック・ウォッチ』、『サラトガ・クーラー』、『スレッジ・ハンマー』に『ビーズ・ニーズ』。
【ナレーション】:『ティフィン・タイガー』、『クロンダイク・ハイボール』、『シェルパ・ティー』、『ソルティレージュ・シェカラート』。
【ナレーション】:年を跨いで『ゴールデン・キャデラック』。
【ナレーション】:それらのドリンクがサーブされたいくつかの夜から、1年と数ヶ月が経過し。
【ナレーション】:2023年、3月某日。
【ナレーション】:とある街、とあるバー。
【ナレーション】:店内に、スタッフは3名。
タニマチ:ありがとうございましたァー。
カスミ:ましたぁー。
シイナ:お気をつけてェー。また来てネー。
0:ドアベルのどこか胡乱な音を残し、最後の客が退店。
タニマチ:……ふィーーっ。
カスミ:よーやくお客さん途切れたね……。
カスミ:今、何時?
タニマチ:(時計を見つつ)
タニマチ:10時半、回ったトコ。
シイナ:前とおんなじぐらいに閉めてんの? 店。
カスミ:そ、だね。変わらず。
カスミ:せっかくだし、もう少し……、
タニマチ:まー普通に、十一時半ぐらいまでは……、
シイナ:OK。勿論。
0:各々、自然に分担し、店内を整える。
0:ブリキ製のコースターが触れ合う、微かな金属音。
タニマチ:……にしても、
シイナ:ん?
タニマチ:やっぱシイナさん効果スゴいっスわー……。オープンから引っ切り無し。
カスミ:Webで軽く告知しただけなのにねぇ。
カスミ:何人かには、直(チョク)で知らせたケド。
タニマチ:マナコには一応、俺が。
シイナ:ヤナとか、「Shrimpy(シュリンピィ)」の前なのに寄ってくれてね……。
シイナ:相変わらずだったな。あらためて見るとヤバい、アイツ。
カスミ:変わんないと思う……。ヤナのアレは。
タニマチ:急に変ってもコワいしな。
タニマチ:まーホント、ひっさびさにワイワイだったっス、オカゲサマで。
シイナ:土曜だしこんなモンだったじゃん?
シイナ:ま、思ったよりは取っ散らからずにやれたかな……、
シイナ:半年ぶりのカウンターにしては。
カスミ:全然だよ。流石、チーフ。
タニマチ:チーフ、流石。
シイナ:「元・」ね。今はヘルプ。
シイナ:そんでどーなんだよ? 新・チーフは。
タニマチ:やー、まー……。
タニマチ:言っても今まだ2人なんで、そんな別に……、
カスミ:2人営業の時とかも、おんなじだよね、特に。
シイナ:買い出しとかは? 結局どーしてる感じ?
タニマチ:ヤヨイさんの車借りたりとか、スね。運転は前通り俺が。
シイナ:買ったりしないワケ? 車。
タニマチ:俺がァ?
タニマチ:や、無いスね……、維持費とか、今は多分無理だし。
カスミ:近くに駐車場も無いしねぇ、アパート。
シイナ:半分店の車にしてさ、裏に駐めときゃいいんじゃないの。
タニマチ:やー、気後れっスわ……、車検とかもわかんないスもん、
シイナ:まータニマチがマイカーとか、普通に笑うけどさ。
タニマチ:何でっスか。持ってるは持ってるでイイでしょ、
シイナ:10円パンチしに行くから。
タニマチ:嫌がらせの治安悪っ。
タニマチ:はァ、ちょい、トイレに、
カスミ:一回も行ってなくない? オープンから。
タニマチ:忘れてた、なんか。
タニマチ:ちょっと行って、
シイナ:(継いで)来いよ、とっとと。
タニマチ:うい、スー。
0:パーマの店員は冴え切らない足取りで、手洗いへと。
0:がちゃん、と施錠音。
シイナ:……ふう。何か不思議な感じだなー。
シイナ:懐かしいとか思う程には、時間も経ってないし……。
カスミ:普通だよね、なんか……。
カスミ:タニマチとシイナさんの絡みも、いつも通り。
シイナ:アイツ全然マジで一緒なんだもんさ、
シイナ:ちょっとはチーフの自覚出てきてんのかと思いきや、
カスミ:変わってないデショ、良くも悪くも。
カスミ:店とかも。
シイナ:んー。……、
シイナ:まー、さァ、
カスミ:ん?
シイナ:そりゃァちょっとは、ビックリしたけどもね?
シイナ:カスミの、髪。
カスミ:……、
カスミ:あ……、
0:長身の店員の視線は、茶髪の店員の、その色素薄い、焼き菓子色の髪に注がれている。
カスミ:これ……、
カスミ:変、かな、ちょっと、伸ばしたの。
シイナ:伸ばしたのより。
シイナ:色、ね。
カスミ:変……?
カスミ:薄茶色、
シイナ:いやー? メチャメチャ似合ってる。可愛い。
カスミ:どうも……。
シイナ:寧ろ直球で可愛すぎ、っていうか……、
シイナ:変なモテ方しない? 今の感じだと。
シイナ:カスミそーいうテイストだとさー、男ウケ100パーみたいな見た目になるじゃん。
カスミ:その辺は……、上手いことやってる、つもり。
カスミ:……金髪って思ってたよりバリアになってたんだぁ、とは思った……。
シイナ:いま多いけどね、流行ってるし。
シイナ:でも、ま、そうね。
カスミ:その……、店の、メンツも変わるし……、
カスミ:予備校も、行き出すつもり、だし……、
カスミ:気分、変えようかな、って、
シイナ:肩までのショートってのはさァ、
カスミ:えっ、うん、
シイナ:誰かの好みなワケ?
カスミ:……、
0:絶句。のち、沈黙。
シイナ:「ー絶句。のち、沈黙。」
シイナ:「ーその静寂は肯定を表していた。」
カスミ:っ、ト書き、ヤメて。
シイナ:あっはははっ。
シイナ:可愛いなァ、やっぱりカスミは。
シイナ:嘘が吐(つ)ききれないところが。
カスミ:違う、から……。
カスミ:高校の時とか、こういう、感じだったし……、
カスミ:寧ろ元通り、っていうか、
シイナ:ふーん、へーェ。
カスミ:ピンクとか、軽く入れようと思ったけどよく考えたらデジとカブるし、もういっそ無難に、っていう、
シイナ:ほォーお、
カスミ:それ、だけの……、
シイナ:まー確かにィ、誰かの元カノとかも別にそういう感じでもなかったしなー。
カスミ:……元、カノ……、
シイナ:ま、2人ぐらいしか知らないけどネ、私は。
カスミ:……どんな人……、
シイナ:ソコはさァ?
カスミ:……、
0:悪戯に溜めを作り、
シイナ:……直接訊きな?
シイナ:お2人の時に。
カスミ:無い、から……、 2人っきりの時とか、
シイナ:週末の2人営業の事だヨ? 私が言ったのは。
カスミ:……っ、う、
0:茶髪の店員の頬に僅か、赤みが差している。
シイナ:あっはははっ。
シイナ:カスミをイジめるっていう数年来の夢がよーやく叶い始めて、嬉しい限り……。ふっふ。
カスミ:……、そん、なんじゃ……、
シイナ:ちょっとは楽? 前よりは。
カスミ:……、
0:長身の店員の眼差しは、いつしか優しげ。
カスミ:……、……どー、かな。
カスミ:わかんない……。
シイナ:上手く頼るんだよ。
シイナ:周りの、好きな奴も、好きじゃない奴も。
シイナ:独りで立ち向かったり、逃げたりしないで、さ。
カスミ:……、…………。
カスミ:下手くそ、だけど。
シイナ:可愛げがあってイイじゃない。そのくらいの方が。
カスミ:……。
カスミ:シイナさんって、
シイナ:ん?
カスミ:こういう話してる時、凄く、先輩って感じ……。
シイナ:あっは。普段はコドモっぽい?
カスミ:ううん、いつもはもっと、「オトナ」、っていうモードだけど……。
カスミ:リアルに、2個上の人なんだな、って。
シイナ:あー。
シイナ:……ま、基本は背伸びしてるから、ね。
シイナ:(切り替え)稽古場じゃ大人しいもんだけどねー?
シイナ:周りはプロとかタレントばっかりで、肩身が狭いったら。
カスミ:本番、もうすぐ、だよね。
シイナ:5月末だからもーちょい、だね。
シイナ:実感湧かないなーー、実際。
カスミ:観に行く。チケット、取った。
シイナ:ごめんね? 何か……。
シイナ:まー私が居ても居なくても、観る価値のある舞台には、なってくと思うけど……。
シイナ:ていうかミツユさんに言えばコネで何とかなったかもね? チケット。
カスミ:一瞬考えたけど……、何か、今回はチガうな、って。
シイナ:ありがとう。
シイナ:お高い指定券の、何分の一かでも貢献出来るよう、セーゼー、粉骨砕身……。
0:スツールにギ、と体重を預け。
シイナ:ま、ぶっちゃけここに来てようやく稽古らしい稽古になって来たって感じだけどねェ。
シイナ:アマチュアや部活時代とは何もかも違って。四苦八苦。
カスミ:自分は高校の時、一回だけ演劇部のお芝居に、出させてもらった事しかない、けど……、
カスミ:大変そう。別世界っていうか。
シイナ:まー、ね……。流石にちょっとは慣れたけど。
シイナ:「引き受けるんじゃなかった」って、何度後悔したか。
シイナ:ていうかトイレ長いな?
カスミ:そう? いつもこのぐらい(言い止め)、
カスミ:……、店で、いつも、こんなぐらい、だけど……、
シイナ:ヒッヒヒ。へぇー?
カスミ:もうっ。
0:バツ悪く、沈黙。
0:後、気を取り直し。
カスミ:…………、
カスミ:シイナさん、って、
シイナ:んー?
カスミ:その、アイツと……、
シイナ:誰? トイレ長いモジャモジャ?
カスミ:……その、ソイツと。
カスミ:ココに入った時から、なんだよね。
シイナ:あー。うん、そーだね。
シイナ:メガネ時代からの同期。
カスミ:眼鏡、写真で見た……。似合ってなくもないけど、
シイナ:イメージ違うよね。中身は変わり映えしないけど。
シイナ:それで?
カスミ:……こういうの……、訊いていいのか、微妙っていうか……、
シイナ:大概は良いんじゃないのー? 中々出て来ないアイツが悪い。
カスミ:……、その、
カスミ:アイツが、昔……、
シイナ:うんうん、
カスミ:事故に遭った、とか、
シイナ:……っ、
カスミ:そういう、話とか……、
0:長身の店員の表情は微か、硬質に。
カスミ:聞いたこと、無い、かなと思って……。
シイナ:(数瞬、黙考)
シイナ:……、……。
シイナ:「いや……、無い、かなァ」。
シイナ:どうして?
カスミ:……、わかんない、普通に、手術の跡、とかかもしれないし。
カスミ:そんな人、沢山居るとは、思うんだけど……、
シイナ:傷跡?
カスミ:……大きな。
カスミ:左の、脇腹に……。
シイナ:……、
カスミ:ごめん、訊いた事タニマチには、
シイナ:勿論。言うワケ無い。
シイナ:……、……。
シイナ:それ……、
シイナ:それに付いて、タニマチは何て、
0:遮り、手洗いの戸が開く音。
0:潜め声の会話が打ち切られる。
タニマチ:(手を拭い、フロアに戻りつつ)
タニマチ:はァー。なんかこう微妙にまだ、冷えるっスよね……。
シイナ:(自然に)
シイナ:トイレの暖房はまだなんだな。
タニマチ:んー。何か、手摺り修理するついでに付けよっかなー、みたいなコトは去年の冬に……。
タニマチ:もー忘れてるかもだけど、
カスミ:ヤヨイさんの許しが出れば、ねぇ。自分は賛成。
シイナ:また変なモノ衝動買いして無駄遣いしてなければ、下りるんじゃないの。大蔵省の許可。
タニマチ:あ、何トーク中だったんスか?
カスミ:……、えっと、
シイナ:舞台の、本番のハナシ。ベタに。
タニマチ:あー。ねーー、もうじきっスもんね。
タニマチ:そー、チケット、
シイナ:ご予約くださった、んだろ?
シイナ:したした、その辺の話も一通り。
タニマチ:ていうか……、マジで凄いっスよね、
タニマチ:「繁珠衣(はんたまえ)」と一緒に練習してるとか……、
シイナ:んー。そうね……。
シイナ:考えたらイカついよなァー。
タニマチ:ゴリゴリの芸能人じゃないスか、それもあの、「新世紀の11人」の、
シイナ:「ハンタマ」ちゃんとね。
シイナ:顔小さ過ぎてビビったよ、最初。
カスミ:あのCMちょっと癖になるよね。「なか卯」の。
タニマチ:「うどん半玉(はんたま)」フェアのな。
シイナ:あー。本人は多分、半玉も食べないと思うけど……。
カスミ:少食なんだぁ、イメージ通り。
タニマチ:アレっスかね、親友の……、
シイナ:「観音町凛々(かんのんまちりり)」? 来るかもねェ。
タニマチ:うわーーーーー。
タニマチ:「巻島(まきしま)エレナ」とかも来んのかなーーーー。
シイナ:意外とミーハーだよな、お前って……。
シイナ:来たとしても関係者席だな。
タニマチ:あとアレ、芸人の、
シイナ:「東風寅(コチトラ)5:00起き(ごじおき)」?
シイナ:芸人ってよりはコメディアン、
シイナ:っていうかボードヴィリアン、だな。
カスミ:何でもやるもんね、お笑いも、ドラマとかも。
シイナ:居るよ……。舞台は初らしいけど、まあ流石に器用な。
シイナ:うるさいし、TVで観るよりもっと変なヤツだけど。
タニマチ:はァーーーーっ。
タニマチ:ヤバ、何か興奮してきた……。
タニマチ:もうほぼ芸能人じゃないスか、シイナさんも。
シイナ:何でだよ。芸能人とおんなじ空気吸ってたら芸能人ってか?
シイナ:発想貧困、品性下劣。俗物の極みだな、お前。
タニマチ:辛辣スギません? 話題に対して……。
カスミ:ウクク、クフフフフフ……。
カスミ:シイナさん、相変わらずで嬉しい……。
タニマチ:何かタレントオーラびんびんな感じになってたらどーしよって言ってたんスよ昨日、
シイナ:なるワケ無いじゃん……。ほんの脇役Bなんだから。
タニマチ:やでも、あの制作発表会見で芸能人の中にズラっと、
シイナ:並んでたとしても。
シイナ:あるだろ一般人がテレビ映る事くらい……。
シイナ:あとそういう意味じゃ、芸能人ってそんな判りやすくオーラ出てるとかじゃないよ。
カスミ:どう違うの?
シイナ:んーー……。上手く言えないけど……、
0:ふ、と視線を思惟に浮かし。
シイナ:ただただ変なヤツ、が多いかな。私の感覚としては。
タニマチ:ヘンなヤツ。
シイナ:生きるの下手な人っていうか、社会生活シンドいんだろーなー、って人は、来るじゃん普通に、ウチとかにも。
カスミ:そー、だね。
シイナ:そういうのともまた違って……。
シイナ:社会ってフィールドの中では、そもそも生きる事が出来ないんじゃないか、って思わせるような。
シイナ:吸って大丈夫な空気が違う、っていうか。
カスミ:違う生き物、みたいな感じかな。
シイナ:ま、芸能界でバリバリ仕事してるタイプなら、って感じだけど。
タニマチ:ガッツリTV出てる人は、みたいな。
タニマチ:……ホンジョウさんとかはそーでもナイもんな……、
カスミ:誰?
タニマチ:あーほら、アンリさんと一緒に偶に来てくれる、
カスミ:あぁー。
カスミ:『少女ラッピング』の人ね。黄色担当の。
シイナ:言ってた人か。私会った事あるっけ? 無い?
タニマチ:一回とか、かな? 何か混んでてあんまり、
シイナ:絡めなかったんだっけ。
シイナ:まー、ちょっと界隈が違う感じだもんね、『ラッピング』とかは。
カスミ:直(チョク)で応援しに行ける、が売りっぽいもんね。
カスミ:「場末(ばすえ)アイドル」って言ってるし、アンリPも。
タニマチ:デューサー自身がな。
シイナ:今後の売れ方次第、ってのもあるんだろーけど、さ。
シイナ:ま……、何はともあれ。
シイナ:オフタリとも、ご来場お待ちしております、と……。
シイナ:ちょっと、煙草。
タニマチ:あ、はいはい。
0:喫煙用具一式を収めた革のポーチを携え、長身の店員は出入り口へと。
シイナ:頼んだよ、チーフ。
タニマチ:うい、スー。
0:ドアベルの涼やかな音。
0:店内、二人。
タニマチ:ふう。流石にもー無いか、お客。
カスミ:どーだろね。さっき帰った人みたいに、シイナさん関係ナシで来る人は来るかもだけど。
タニマチ:さっき帰った人??
カスミ:最後まで居た人。
タニマチ:ん……?
タニマチ:あーーー、うん……?
0:パーマの店員は刹那、怪訝。
タニマチ:ま、イイや。
タニマチ:明日集合1時だっけ? 2時?
カスミ:1時。予約が2時だから。
タニマチ:で、ヤヨイさんカーは俺ら2人と、
カスミ:ミツユさん、ヤヨイさん、あとヤナ。まず。
タニマチ:ミリさんは?
カスミ:直接駅まで来る、って。
タニマチ:気ィ遣わしたかな……、
カスミ:単に「みんなで車」が好きじゃないだけだと思うよ。
タニマチ:で、マナコ拾ってくのはシイナさんカーでイイんよな?
カスミ:さっきそれでイイって言ってた。こっちで拾うのはヨウコ。
タニマチ:あそっか。
タニマチ:で、6人か……。まーイケるか全然、
カスミ:みんな細いから。車椅子はトランクでいけるし。
タニマチ:んで、「去戸山(さりこやま)」集合で……、
タニマチ:そっから歩き?
カスミ:って言っても近いから、丘まで。
タニマチ:てっぺんに在るんだよな、そのカフェ……、
タニマチ:イケるかな電動車椅子、
カスミ:毎日、手で押して往復してたらしいから……、
カスミ:大丈夫だと思うよ。
タニマチ:へえ……、
タニマチ:その、店主の人が住んでた頃?
カスミ:そ。
0:きらり、と、
カスミ:……って言ってた、確か。
0:店内の淡い照明を受け、茶髪の店員の耳元、小さな若草の押し葉を封じ込めた、透明のピアスチャームが光る。
タニマチ:ふむふむ。えー、だから、
タニマチ:(指折り数え)俺ら、シイナさん、ヤヨイさんミツユさん、マナコ、
カスミ:ヤナ、ミリさん、ヨウコ。
タニマチ:あ、デジは?
カスミ:結局断られた、って。
カスミ:「でも気にはなってるハズだから偶然を装って来るかも」、って。
タニマチ:おー。ヤナが?
カスミ:言ってた。来てたら合流すればイイし。
タニマチ:手間を惜しまねーよなデジも……。
タニマチ:で、マックス10人か。
タニマチ:あ、俺自分入れてた??
カスミ:入れてたよ、最初に。
タニマチ:ダイブな人数よな。大丈夫な感じなのかね……、
カスミ:大きいテーブルがあるから囲める、って。
カスミ:聞いて想像してたよりかなり広いみたいで……。
タニマチ:インスタだとそーいう感じでもないもんな、
カスミ:アレほんの一部分らしいよ。
カスミ:つまり、問題ナシ。
タニマチ:だな……、うん、うん……。
タニマチ:……何かこーいうのほぼほぼ始めてじゃね?
カスミ:そー、だよね。
カスミ:昼間にスタッフと常連で、お客さんが開けたカフェに行く、とか。繁盛店っぽい。
タニマチ:行っても帰りに皆で「室(むろ)たつ」寄ってラーメン食ってくぐらいだったし……、
カスミ:タニマチとかアガタくんとかだけね?
カスミ:夜中にラーメンとか信じらんナイ。
タニマチ:好き好きだけどさ。
タニマチ:シイナさんがこっち来てるタイミングとはいえ……、
タニマチ:変に緊張するわ、ナンか。
カスミ:タニマチ以外女子ばっかりだしね。
タニマチ:ん??
カスミ:デショ。
タニマチ:…………、
0:刹那、呆け、再認識。
タニマチ:……そーだわ。よく考えたら。
カスミ:ハーレムじゃん。アニメとかの。
タニマチ:なんかその主人公なりたくねーな……。
タニマチ:てかバランス悪くね? リンドウとか誘う?
カスミ:何のバランスぅ? あとリンドウくんとかはマジでぶっ倒れるかもよ、過呼吸とかで。
タニマチ:あーー。
タニマチ:ミリさんも居るしな……。
カスミ:そ。
タニマチ:てか、あの子は?
タニマチ:「Shrimpy(シュリンピィ)」の厨房の、
カスミ:アドくん?
カスミ:「いっ、行くワケねーだろっ、ンな女の人ばっかのトコに! 新生活の準備トカで忙しいから今回は残念だけど遠慮します、とでも言っといてくれよっ!」
カスミ:って真っ先に断られた、ってヤナが。
タニマチ:全部言っとる言っとる……。
タニマチ:……ま、ちょうどイイかこの面子で。
カスミ:イイ、イイ。
カスミ:あとタニマチ、普通のカッコしてよ、
タニマチ:普通……? とは……?
カスミ:古着とかビンテージのデニム決め決めとかNG。
タニマチ:あ、えと……、リアルの軍パンも駄目……?
カスミ:着替えさせるから。
カスミ:とにかく「ボギーズ」で売ってそうなのはオール駄目。
タニマチ:あのー、ノルディック迷彩(カモ)のさ、むちゃくちゃイイ雰囲気にクタびれたカーゴパンツがあって……、正直リアルなダメージとかもあるんだけどコレがマジな話、合わせ方次第ではナントモ上品な……、
カスミ:燃やすから。その場で。
タニマチ:その場で!?
タニマチ:……イイよ、半分ぐらい冗談だし……。
タニマチ:あとそれマナコにも言っとかないと、
カスミ:あの人はちゃんとTPO守って纏めてくるからイイの。
タニマチ:俺も守るわ、TPOっ。
タニマチ:ナンか普通の、無難な感じの……、
カスミ:インスタ見たんでしょ? 浮かなかったら何でもイイ。
タニマチ:アレよな、こう、ジブリとかに出て来そーな……、
カスミ:ハヤオあんまり好きじゃナイからそんなに知らないけど。
カスミ:ま、そーいう売りだよね。
カスミ:……庭は、殆ど住んでた頃のままらしいけど。
タニマチ:へーー。
タニマチ:1人営業の時に来た人なんよな?
カスミ:……もう2年くらい前にね。
カスミ:その後も、ほんとに何回かしか……、
0:ドアベルを軽やかに響かせ、長身の店員が帰還。
0:微か、紙巻きの甘やかな薫り。
シイナ:ただいまー、っと。
シイナ:なァんか湿気出て来たなー。
タニマチ:急に暖かくなりましたしね。毎年言ってるけど……。
シイナ:二人してナンの悪だくみィ?
カスミ:明日の事、明日の。
シイナ:あーー。
シイナ:めちゃめちゃ知った面子だしな……。
シイナ:出たトコ勝負で繰り出す気マンマンなんだけど、
カスミ:大丈夫だと思うよ。店も広いらしいし。
シイナ:雨さえ降らない事を祈るのみ、だな。
シイナ:ていうかさー、
カスミ:ん?
シイナ:アレなんだよね、その、明日行く店、
カスミ:うん、
シイナ:『サカキチハヤ』の。
シイナ:フルプロデュースの店なんだよね。
カスミ:ああ……、うん。
カスミ:そう……、なんだってね。
タニマチ:って……、
タニマチ:あちこちで店出してる? 代官山とかで、
シイナ:そーだね、最近ちょくちょくTVとかも出てる……、
シイナ:つーかよく知ってるな、
タニマチ:バイト先の人が喋ってたんス、休憩の時に……、
シイナ:「ハヤブサ運送」で??
シイナ:むさ苦しーオトコ共がお洒落カフェトーク??
タニマチ:失礼な。女のヒトも多いし年齢層若いんスから、
シイナ:イイイイ、どーでも。
シイナ:で、その『サカキチハヤ』、
カスミ:オウミさんの凄い版のヒト、だね。
タニマチ:あー。
シイナ:ま、それこそフィールドも分野も、また違うけどね。実際に現場で関わったりは、今はしないらしいし……、
シイナ:私のバイト先のフィットネスの隣にも、系列のカフェがあるんだけど、
タニマチ:あ、オウミさんで思い出しましたけど、『エルダーマップ』、結局閉めるらしいスね、4月いっぱいで。
シイナ:あのクラフトジンの店だろ? 一回行ったけどさ……、
シイナ:正直やっぱりな、って感じ。
カスミ:そーなんだ。
シイナ:オウミさんから経営変わった後、持たなかったトコを見ると……、
シイナ:やり手なんだな、あの人やっぱり。
シイナ:で、その、
タニマチ:はいはい、
シイナ:『サカキチハヤ』が、実験的に全部に口出しして、コンパクトかつコンセプチュアルにやってこうって店の第一号が、
タニマチ:明日行くその、
カスミ:『銀風館(ぎんぷうかん)』。
カスミ:……イングリッシュ・ガーデンとアフタヌーン・ティーの、お店。
カスミ:お姉さん、なんだって。『サカキチハヤ』。
タニマチ:えっ、
シイナ:その、チグサさんだっけ、ウチに来てくれた人の?
シイナ:姉妹で開けたってコト?
カスミ:そう……。
カスミ:そういう事に、なったんだ、って。
タニマチ:へェえーー……。
タニマチ:何か……、本人的には不本意だったり、とか?
カスミ:……、そういう感じでもないっぽい。
カスミ:いつか、訊けたら訊くつもりだけど。
シイナ:ま、明日行ってみて顔とか見れば、ある程度は判るかも、ね。
シイナ:ふむ、結構諸々、楽しみになって来たな……。
シイナ:通し稽古の前に、本式のスコーンと紅茶で英気を養わせてもらいますか、と。
カスミ:明日の夜、なんだよね。
シイナ:そーそー。憂鬱極まるよ、ホント……。
シイナ:お茶の後そのまま向かうから、
シイナ:そういや帰りマナコちゃんどーする?
カスミ:ヤナとミリさんが帰りは一緒に電車だから、こっちに乗ってもらえる。
シイナ:ん、OK。
シイナ:で……、そう、なので今夜だけ、
カスミ:うんうん。
シイナ:お世話になります。
シイナ:大人しく寝るから、本当、部屋の隅でも押入れでも。
カスミ:全然……。何にもないトコだけど。
シイナ:ジョニーが居るよね?
タニマチ:ジョニー?
カスミ:蛇。
カスミ:その名前、決定だったんだ……。
シイナ:あは、私の中ではアイツはジョニーなんだよね。
シイナ:デッカくなった?
カスミ:一回脱皮した。そーだね、ちょっとずつ……。
タニマチ:若干だけ人に慣れてきた感じあるよな、最近。
カスミ:そう? 人間の勝手なバイアスじゃない?
シイナ:ナメられてるだけじゃないの、タニマチが。
タニマチ:何でスか。いや別にへりくだってもらわなくてもイイけど……。
カスミ:クフ。「蛇にへりくだられてるタニマチ」。
シイナ:ぶふっ(吹き出し)。アナコンダ先輩チぃーっス。
タニマチ:何スかもう、適当な……。
0:何気なく、フロアの椅子に腰掛け。
タニマチ:ふう。外、人気(ひとけ)どーでした?
シイナ:猫の子1匹居なかったね。駅前から、かすかに賑やかな気配だけ……。
カスミ:時間が時間だし、年度末だしねぇ。
タニマチ:明日休みなのになー。まあ最近はそういう感じでもないけど……。
シイナ:平日に店閉める時とかは、それこそ世界が終わったのかと思うぐらいに静まり返ってたなァ。
タニマチ:変わらずっスよ。急に犬鳴いてビビるぐらい……。
シイナ:あれビビったビビった、ドコで飼ってるヤツなんだか……。
0:緩やかな会話の凪。
0:茶髪の店員が脚を組み換え、木椅子がカタリと鳴る。
カスミ:でも……。
カスミ:今、この瞬間に、
シイナ:ん?
カスミ:ホントに、世界が終わったとしても……、
タニマチ:んん??
カスミ:このドアを開けない限りは。
カスミ:気付かないまま、だよね。
タニマチ:何の、何??
シイナ:……ふっふふ……。
シイナ:暫くは、ね。
0:ギ、と、スツールの軋る音。三者三様の姿勢で、店員たちは着席している。
タニマチ:ソレって……、俺らが客待ちしてる間に、爆弾とかが落ちてセカイが滅亡してー、みたいな?
タニマチ:ウチも纏めて吹っ飛ぶ気ィするけど……、
シイナ:甘いなタニマチ。爆弾でぶっ飛ぶだけが世界の終わりじゃないだろ。
タニマチ:例えば?
シイナ:疫病の氾濫(はんらん)。人心の荒廃、からの最終戦争。
シイナ:為すすべ無き自然災害……。ハリウッドでやり尽くされてるパターンだけでも無数にある。
カスミ:隕石とか、宇宙人の侵略とかねぇ。
タニマチ:あー。「実は最初からAIが作ったバーチャル現実だった」、とかも変化球としてね、
シイナ:ま……、災害や人心の荒廃に関しては、わざわざフィクションを引き合いに出すまでもなく、他人事じゃあないんだけども。
カスミ:まだ12年前、とかだもんね。
カスミ:東北の震災も。
シイナ:それもだし、近頃ホントに多い。
シイナ:今度の舞台のテーマが、正にそんな感じだってのもあるけど……。
タニマチ:ナミヨケさんの地元、どこだっけ関西の、
カスミ:沼戸(ぬまと)。ちょうど実家のある、温泉地の辺りだったんだよね。家族は無事だったらしいけど……、
シイナ:大水害、ね。元々多い地域とはいえ……。
シイナ:「地球が怒ってる」、とか言い出すと、スピリチュアルに片足突っ込むけども。
タニマチ:あとマジで、最近物騒っスよね。大きいトコから小さいトコまで。
シイナ:そーだよ。事件も、自殺も多いし。
カスミ:「雨背宮(あませみや)プラザ」のトコのビルでも、あったよね去年。飛び降り。
タニマチ:なー。あん時近くに居たわ、見てはないけど……。
シイナ:ま……、「保科(ほしな)」グループの総裁が拉致されて撃たれちゃうような世の中だし。
カスミ:ぱったり報道されなくなったよね、アレ。
シイナ:南極周りのテロもますますキナ臭いしさァ。
シイナ:実際いつ、世界が終わったって……、
カスミ:おかしくない?
シイナ:と……、思わされてしまうようなご時世ではある、よね。
タニマチ:でも何か、
シイナ:ん?
タニマチ:ジッサイ、何がどーなったら終わりなんスかね、
タニマチ:世界って。
シイナ:……、
カスミ:……、
0:暫し、沈思黙考。
シイナ:…………なかなか哲学的な問いを立てるじゃんか。タニマチの癖に。
タニマチ:や、なんか素朴に……、
タニマチ:「ウォーキングデッド」とかみたいに、人類の殆どがゾンビ化したとかになったら、もー無理だろ終わりだろって感じにはなるでしょうけど……、
タニマチ:考えたらソレって、
カスミ:「人類の終わり」であって、「世界」の終わりと言えるのかどうか、ってコトでしょ。
カスミ:……言えないんじゃないの。人間なんかより、蛇や、サボテンの方がずっと多いし、古いし、強いんだから。
シイナ:福音派の主張を丸っと無視するならば……、
シイナ:人類誕生の遥か昔から、地球という星は脈々と、歴史を重ねて来た訳であって……、
シイナ:となると、
タニマチ:人間がどーなろうが、世界の終わりとかとは関係ない、っていう……、
カスミ:もともと「世界」っていう概念自体が、曖昧なものっていうか……、
カスミ:人間が作り出した観念でしかナイしね。
シイナ:原義での「世界観」という言葉が示す通り、そもそも民族や共同体ごとに全く違ってた訳だしなァ。
シイナ:自分たちを取り巻く全てのモノを、どう説明付けるか、っていう。
タニマチ:調べ始めると面白いスよね、外国の部族とかの、昔話とか、神話とか。
カスミ:面白い。気付いたら徹夜してる。
シイナ:だから……、まあ、
シイナ:やっぱり人間という動物が、一匹残らず死に絶えた瞬間に、
シイナ:「世界」っていう意味の「世界」は終わるんじゃないの。
タニマチ:あー。
カスミ:「世界」なんていうフィルターを通してでしか、「世界」を認識出来ない生き物が居なくなるんだもんね。
カスミ:……他の生き物が、世界をどう捉えてるのかは、知りようがないけど。
シイナ:全く、そうだね。
シイナ:ただ一方で、
タニマチ:はい、
シイナ:観測者が消滅したからと言って、観測対象までが存在しなくなる、って言われたら、実にナンセンスでもあるよな。
カスミ:地球は間違いなく残る訳だもんね。
カスミ:星ごと無くなっても、宇宙が。
シイナ:ていう、物質と空間こそが世界の実態であり、本質だ、というのが即ち、多くの現代人が共有している「世界観」な訳だけれど……、
タニマチ:逆に自分だけが生きてる人間で、他の全部が作りもんなのかどうか確かめようが無い、みたいな……、
シイナ:他者とは即ちフィクションである、と。
シイナ:哲学的ゾンビ。
シイナ:……例えば、だねェ、
カスミ:ウクク。うんうん。
シイナ:一連の物語が結末を迎えて、舞台の幕が降りた時。
シイナ:それまで存在していた芝居の中の世界は終わるのか、否か。
シイナ:物語のキャラクターや、彼らを取り巻く全てのものは、滅び去ってしまうのか。
シイナ:無論映画や、小説に置き換えたっていいけれども、
タニマチ:あーーー、
タニマチ:んんーー……、終わる……?
カスミ:作品のジャンルによっては、そう言えるのもあるんじゃないかな。
カスミ:自分たちは創られた存在だ、って、キャラクター自身が自覚してるような。
シイナ:メタフィクションだね。確かに、終幕と同時に劇中の世界も終わっちゃうような作品、あるある。
タニマチ:でも例えば……、映画だった場合、
シイナ:おお、
タニマチ:もっかいアタマから観たら、
タニマチ:また、世界が最初から始まるんスかね?
シイナ:…………、
カスミ:映画のキャラクターの主観として、ってコト?
タニマチ:上手く言えないケド……、
タニマチ:画面越しに人が観てる間だけ、世界が存在してるんだとしたら、
シイナ:今日は妙にドラスティックじゃん。昼に変なモンでも食った?
タニマチ:や、普通に「鬼○(おにまる)」の冷凍チャーハンすけど、
カスミ:またぁ?? どんだけ好きなの……。
タニマチ:一昨日(おとつい)半袋食って、普通に残りの半分食い切っただけだから、
シイナ:マジでどーでもイイけど。
シイナ:……そうだね、ソレでいくなら……、
シイナ:お客が何らかの手段で、観測を繰り返す限り……、
シイナ:その都度、世界は再生され続けるんじゃないかな。
タニマチ:気ィ狂いそーっスよね、記憶とかもリセットされないと。
カスミ:そりゃされるんじゃないの? 繰り返しなんだから。
シイナ:物語が始まる瞬間に世界が始まって、幕切れと同時に終わる、って事になるな。過去の歴史や記憶も、その瞬間に創り出されたものであって……、
シイナ:っていうのは実は、キリスト教原理主義の主張と、カブってくるんだけど……、
タニマチ:アレもスよね、「世界5分前仮説」。
シイナ:思考実験としちゃ面白いけどね。
シイナ:ただ確かめようが無いって時点で、
カスミ:言った者勝ち、って感じだよねぇ。
カスミ:……子供が眠って、絵本が閉じられた後は、お話の登場人物たちも寝てるのかな、って。
カスミ:……小さい頃は、考えたりしたけど。
シイナ:子供の、原初の想像力、だね。
シイナ:世界を作った者と、その作られた世界を視る観客……、
シイナ:それこそ現実に置き換えるなら「神様」と同義だけど、
カスミ:うん。
シイナ:唯物論を採択するなら、それらの全てが死に絶えたって、やっぱり「作品」である世界は残る。物質的にはね。
タニマチ:モンキー・パンチが死んでも「ルパン」は終わってないっスもんね。
カスミ:ていうか、モーリス・ルブランはとっくに死んでるけど、初代ルパンは世界中で読まれてるし。
タニマチ:お客が死に絶える、ってのは状況が想像しにくいけどな。
カスミ:その作品を鑑賞する手段が、完璧に失われてしまったなら、
カスミ:それは「観客の死」と同じなんじゃないの。
シイナ:「作品の死」とも言えるね。
シイナ:絶版や禁書や……、勿論、世界中で繰り返されて来た事だけど。
シイナ:一度でもその作品に触れた人が、内容をぼんやりとでも覚えている間は……、
シイナ:生きていると、言えるのかもしれない。
タニマチ:それもみんな死んだら、もう終わり。
シイナ:鑑賞者を失ったフィクションのキャラクターたちがどんな顔をしているのか……、
シイナ:知る事は出来ない。何せ、観測出来ないワケだから。
タニマチ:案外、気楽に自由に振る舞ってるかもっスね、
タニマチ:視られてる緊張から開放されて。
シイナ:ちょっと不気味な想像だけどね、ソレ。
タニマチ:そっスか、「トイ・ストーリー」的な……、
シイナ:不気味じゃん、アレ。
カスミ:……「小説のキャラクターたちは、読者が本を読み終えた後、ふと物語に思いを馳せる空想の中にこそ、生きているものだ」、って……、
カスミ:ある作家の人は、言ってたけど、ね。
シイナ:へえ……、お客さん?
カスミ:……、昔の、知り合い。
シイナ:ロマンチックだね。
シイナ:でもまあ、実際ホントにそういうもんだしな。作品とは受け手の脳内で初めて、完成を見る……、と。
0:ふ、と視線を宙に浮かべ、軽く伸びをする。
シイナ:……はァ。取り留めの無い雑談ってのは気楽だなァ。
タニマチ:しないんスか、稽古場とかで。
シイナ:出来る空気でもナイんだよね。みんなドが付く程にマジメか、天然ばっかしだから……。
カスミ:それで……、結局何の話だったっけ、
タニマチ:「世界を終わらせる方法」。
シイナ:ナニお前、悪の組織の親玉?
カスミ:「モジャモージャ将軍」?
タニマチ:誰が全人類ニュアンスパーマ計画じゃいっつって!
タニマチ:……やべ、ヤナみたいなコト言っちゃった……。
カスミ:もっと脈絡無いよ、ヤナは。
タニマチ:まーイイとして。
タニマチ:つまり要するに……、
シイナ:「世界は終わらない」、でイイんじゃないの。
シイナ:この世界を観測するフィルターが無くなったり、変わったりしたとしても……、ってのがどんな状況なのかイマイチわからないけど、
シイナ:実体としての私たちが消える訳じゃない。
タニマチ:んーー……、
カスミ:この店のドアを開けて、本当に人類が滅亡していたとしても……、
タニマチ:俺ら3人が生きてる限り?
シイナ:私たちが、互いに互いを観測して、「人間」ってフィルターで以て自他を認識する限りは、かな。
シイナ:……さて。
0:年季の入ったスツールがギシと呻き、時計の針は、頃合い。
シイナ:イカした与太(よた)を駄弁ってる間に。
シイナ:結構イイ時間、かな。
タニマチ:(時計を見やり)
タニマチ:お、ホントだ。
タニマチ:……さァーーーっ、って、
カスミ:深追いせず、閉めよっか。明日はお昼からだし。
シイナ:キツいよねぇ、夜型人間が昼から動くの。
シイナ:私も切り替えるのシンドかったなァ。
タニマチ:おし、ちゃっちゃと看板消して、帰る準備すっか……。
タニマチ:あ、そーいえば、
シイナ:ん?
タニマチ:ケイジュさん、来ませんでしたね。
シイナ:……、
0:刹那の沈黙。表情は崩さず。
シイナ:……そう、だね。連絡、しなかった訳でもないんだけど。
カスミ:自分が居るから、かな……、
シイナ:いや、関係ないと思う。
シイナ:図書館の司書の仕事も、益々忙しそうだし……、
シイナ:(自嘲気に笑み)ちょっと怒らせ中、だからね。
タニマチ:へぇ……、
カスミ:何かあったの?
シイナ:まあ……、ね。
シイナ:私のいつもの、悪い癖……。
シイナ:善処はしとくよ、個人的に。
タニマチ:や、全然……、元から普段は、来ないヒトだったし……。
タニマチ:っしゃ、んじゃ、閉めますわー。
シイナ:ん、了解……、
シイナ:よろしく、チーフ。
カスミ:よろしくぅ。
タニマチ:シイナさんはゲストだけど……、イリヤは手伝ってくれよ。
カスミ:はぁい。しょーがないなぁ。
カスミ:……でも、
0:3名、何の気なく、店外と店内を隔てる、木と鉄の扉を見やる。
カスミ:あーいう話をした後だと……、
タニマチ:いや、まあ、何となく……、
カスミ:開けたらゾンビが溢れてたり?
タニマチ:とりまホームセンター目指して立て籠るな。
シイナ:絶対バリケード破られるヤツじゃん。
シイナ:ま……、大丈夫でしょ。
シイナ:何かが変わってしまったり、失われてしまったとしても……、
シイナ:多分「世界」は、続くんだろうから。
タニマチ:……、
0:扉の外は不思議な程に静まり返っている。
タニマチ:ま……、開けてみなきゃどーなってるかも判んないスもんね。
カスミ:終わった状態と終わってない状態が重なり合ってて、開けた瞬間に確定するんデショ。
タニマチ:シュレディンガーの猫町じゃん。
タニマチ:うい……、勇気出して閉めまーーす。
シイナ:中、電気点けるねー。
【ナレーション】:パーマの店員と茶髪の店員は扉を押し開き、店外へ。古びたドアベルが幻惑的に響く。
【ナレーション】:長身の店員は店の奥、柱のスイッチに触れ、営業照明を蛍光灯に切り替えた後、短く息を吐く。
シイナ:……ひゅぅ。思った以上に来てくれたな……。
シイナ:(記憶を検め)……あれ、
シイナ:…………最後に帰ったお客さん、どんなヒトだっけ……、
シイナ:(黙考)……、……、
シイナ:……ま、いいか……。
【ナレーション】:独りごち、何気なくスマートフォンを開いて、通知とニュースに目を通すと、
シイナ:……お、
【ナレーション】:ふと、何ヶ月も立ち上げていないとあるアプリケーションについての、一つの報せ。
シイナ:へー。
シイナ:……終わるんだ、ボイコネ。
【ナレーション】:なにはともあれ、一度(ひとたび)の、暗転。
0:【間】
:
0:【エピローグ】
【ナレーション】:時間は数十分、遡り。
【ナレーション】:ドアベルの胡乱(うろん)な響きを残し、店を後にする一人の男。
【ナレーション】:路上、春先の生温い風を受け、独白。
奇怪な紳士:……違う……。
奇怪な紳士:やはり、どうにも、今ひとつ違う……。
奇怪な紳士:うむむ……、
和装の少女:何が違うというのだ。
奇怪な紳士:(声に気付き)
奇怪な紳士:むうっ!
和装の少女:動くな。
奇怪な紳士:うっ!
【ナレーション】:厳かに世界が静止する。少女は大ぶりな刀剣を構え、紳士は自らの懐に手を収めている。
【ナレーション】:気迫の拮抗。少女の握る剣からは薄っすらと、青白い霊光が滲む。
奇怪な紳士:や、やあ君か……、
奇怪な紳士:奇遇だな、こんな所で……、
和装の少女:生憎と猶予が無い。
和装の少女:巫山戯(ふざけ)ていると……、
奇怪な紳士:いやぁっ、今回は本当に、やましい事など何も無いのだ、
奇怪な紳士:ただ己の行動の結果を、見届けに来たというだけの……、
和装の少女:(構えを解かず)
和装の少女:楽しく酒は飲めたのか?
和装の少女:黎和(れいわ)の3年、10月22日……、
和装の少女:貴様が遊び半分で創り出した、この街で。
奇怪な紳士:あ、遊び半分だなんて……、
奇怪な紳士:確かに、酒を飲む年になるよりも前に「不滅」を得てしまった、君のような者の目には……、そのように映るのかもしれないが、
和装の少女:誰の目にも瞭然だ。
和装の少女:「理想の酒場」で酒を飲む為に、繁華街ごと「喚び寄せ」、創り出すだと?
和装の少女:破廉恥極まる「破界者(はかいしゃ)」は大勢と見てきたが、貴様は取り分け……、
奇怪な紳士:それの何がいけないというのだっ!
奇怪な紳士:そんな簡単な事ではないんだ、実際に「寄せて」みなければ、どのような何モノが顕(あらわ)れるのかもわからぬし……っ、
奇怪な紳士:単に優良な店であれば良いという話でもなし、現に今出た店も、その前に入ったあっちの店も、客はそこそこ入っているし、接客だって熟(こな)れたもんだが……、
奇怪な紳士:私の求める「人生最後の行き付け」というのはもっと、全ての構成要素がピタリとハマった、
和装の少女:(遮り)口を閉じろ。舌を斬り落とされたくなければな。
奇怪な紳士:ぬむン……っ。
奇怪な紳士:む、むしろ一つも想定していなかった、そこの「もみじバーガー」なるハンバーガー屋の方が激ウマだったぐらいで……っ、
和装の少女:(遮り)黙れと言っている!! タン塩レベルで輪切りにされたいかっ!
奇怪な紳士:そ、そう棘を出さず……。お互い様だが、人間100年も200年も死ねずにいると抑えが効かなくなっていけない、
和装の少女:(刃を突き付け)
和装の少女:失礼なっ! まだ186年だ、私は!!
奇怪な紳士:最早数える事に意味など無かろうっ……。
奇怪な紳士:……頼む、見逃してくれないか……、今日こんな場所で事を構える気は無いんだ、「司篇(つかさふだ)」の持ち合わせも少ないし、
和装の少女:そうであるならば、気配の遮断をおざなりにせぬことだ。
和装の少女:……ここで会ったが百年目。ただでさえゴタゴタと、厄介事が嵩張っている今……、
和装の少女:あの憎たらしい『世界探偵』を始め、貴様らの如き愉快犯に、これ以上時間を割いている暇は無し。
和装の少女:大人しく縄を受け、我々に協力しろ!
奇怪な紳士:協力って……、「巻き添え」の間違いだろう、どうして私が自らの「界術(かいじゅつ)」で以て、わざわざ殺し合いの手伝いなどを……、
和装の少女:(剣を握る手を怒らせ)
和装の少女:罪への恩赦と引き換えだと言っているっ!
奇怪な紳士:ひぃ……っ!
和装の少女:選り好み出来る立場か、貴様。
和装の少女:この数十年、貴様が野放図に生み出してきた街や店々が、従来の歴史に「割り込んだ」事で……、
和装の少女:辻褄を合わせる為に、どれだけの歪みや綻びが生じたと思っている。
和装の少女:そしてそれを可能にするだけの「逆理(ぎゃくり)」の力を、我々がいつまでも遊ばせておくとでも……、
奇怪な紳士:そっ、そちらの都合は本当に知らんっ。
奇怪な紳士:それに……、みんなやってる事だ、志賀直哉(しがなおや)は『城(き)の崎(さき)にて』を執筆せんが為に、わざわざ城崎(きのさき)の地を創り出したと聞くぞっ。
奇怪な紳士:彼のやっている事と私と、一体なにが……、
和装の少女:彼はその後の戦いで我々「守悟者(しゅごしゃ)」の側に付いてくれたからイイのだ。
奇怪な紳士:そんなご都合主義的な……、
和装の少女:もっとも以降は、また行方を暗ませてしまったがな。
奇怪な紳士:だ、大体にして……、街や、歴史や世界など……、我々ですら気付かない内に、既にどれだけの「手が入っている」のか見当も付くまい。
和装の少女:ぬっ……、
奇怪な紳士:原理的にそうだろう、「従来の」と君らは言うが、どこまでが元の正しい世界で、どこからが割り込みの紛い物か、確証を得る術があるのかっ?
和装の少女:……っ、ぐ……、
奇怪な紳士:殊(こと)にそれが、「逆理」の痕跡すら追えぬ程の太古の昔に、高位の共鳴者によって「寄せられた」ものであったなら……、
奇怪な紳士:そして彼らがそれを秘匿し続けている限り、
奇怪な紳士:本邦に於いて「沼戸(ぬまと)」や「塚淵(つかぶち)」や「長崎(ながさき)」だけが偽りの土地だと、一体誰が断言できるというのだっ!
和装の少女:うっ、う、五月蝿(うるさ)いぞ貴様っ!!
和装の少女:だからこそこれ以上っ、取り返しの付かない事態を招かぬ為に、我々はっ!!
奇怪な紳士:ほい隙有り。
和装の少女:なっ……っ!!
【ナレーション】:瞬間、辺りに閃光が迸り。
【ナレーション】:次いで間抜けた炸裂音。
【ナレーション】:直後、紫がかった濃煙が拡がり、少女の視界と感知を奪う。
和装の少女:……っ、くっ……っ!
【ナレーション】:光放つ刃が空を切り、煙を散らすが、
【ナレーション】:男は既にその場を逃れ。
【ナレーション】:少女、独り。
和装の少女:くそっ! 私とした事が……っ。
和装の少女:何度目だ、これでっ!!
【ナレーション】:地団駄を踏む少女に、店舗家屋の屋根の上より、声。
学生服の少年:本当だよ、何やってんのさ……。
和装の少女:(声に気付き)
和装の少女:ぬっ……、
和装の少女:ヨクトか、
学生服の少年:(路上へと降り立ち)
学生服の少年:僕に決まってるでしょ。人払いの術式を抜けて、ここに来れてるんだから。
学生服の少年:……逃げられちゃったんだ、また。
和装の少女:あの男は……、「逃亡」という一点に於いては、恐るべき才覚を持っている。今回は準備も乏しかった。
和装の少女:…………が、
0:口角を戦慄(わなな)かせ。
和装の少女:純粋に悔しい。
和装の少女:…………ムカつくっ!!!
学生服の少年:ま、イイんじゃナイの……。元からついでだったんだし。
和装の少女:どうだった……、そっちは。
学生服の少年:どうもこうも……。蛻(もぬけ)の殻。
学生服の少年:既に連れ去られてたんだろうね、「染田薫(ソメダカオル)」は。
和装の少女:そうか……。
和装の少女:やはり、「保科浄子(ホシナキヨコ)」に、
学生服の少年:そうだろうね、本部の見立て通り。
学生服の少年:「古谷輝加(フルタニキカ)」の時と同様、どうやって僕たちよりも先に、術式も使えない「共鳴者」を見つけ出して接触してるのかは……、皆目わからないけれど。
和装の少女:しかも「龍伏(タツブセ)」や、「裏の六家(ろっけ)」の眼を掻い潜りながら、な。
和装の少女:……協力者が居るんだろう。それも相当な大物が。
学生服の少年:はぁーあ、もう本当にヤんなるね……。それでなくても忙しいのに。
和装の少女:全く。他世界の己と意識を共有したり……、無意識に「渡り」を行うレベルの共鳴者を、こうも奪われていては堪らない。
学生服の少年:「サヤカ」まで取られなくて良かったよね。
和装の少女:あの案件は殆ど奇跡みたいなものだがな。
和装の少女:関東だけでも新都心の狂った学者と悪童どもに、埼玉の発狂剣豪……、玉総(たまぶさ)の陣取り合戦、
学生服の少年:関西や九州だって騒々しさじゃ負けてないよ。
学生服の少年:サヤカの件だって落ち着いちゃいないし、最近ウワサの「鳴野流々花(メイノルルカ)」に、阿蘇の「火山教(かざんきょう)」。
和装の少女:いつ寝るんだ……、我々は。
学生服の少年:必要無いんでしょ? あんたたちには、睡眠。
和装の少女:だからこそ、眠る事は娯楽だ。精神の安定の為に必要なんだ。
和装の少女:……願わくば……、
学生服の少年:うん?
和装の少女:ほんの片時でも、この拗(こじ)れた戦いの連鎖に一段落が付いて……、
和装の少女:アフター・タイムの、リフレッシュ・シエスタと洒落込みたいところだ。
学生服の少年:……前から思ってたんだけど、
和装の少女:ん?
学生服の少年:無理やり横文字、使わない方がイイよ。
和装の少女:…………。
0:些か、バツが悪そうに。
和装の少女:大目に見てくれ。癖なんだ。
和装の少女:……ムカついたら腹が減った。時にヨクト、
学生服の少年:うん?
和装の少女:明日は正午頃にこちらを発って、本部に戻るだけだったな。
学生服の少年:そう、だね。直行のミッションは無い。
和装の少女:明日の朝食は……、ハンバーガーで済ます事にしないか。
学生服の少年:ハンバーガー?? 別に、イイけど……、
和装の少女:この通りの……、あそこの、「もみじバーガー」とかいう店。
和装の少女:……なんでも、激ウマらしい。
0:暗転。
:
0:【間】
【ナレーション】:かくして不可思議なる現象と対話を残して、物語は一旦の幕切れとなる。
【ナレーション】:しかし黒い緞帳(どんちょう)の裏、モニターは砕け、頁(ページ)が焼け去り、幾つのアプリケーションが暗い画面を映すだけになったとしても、
【ナレーション】:その向こうに世界は続く。
【ナレーション】:全ての、在るべくして在る人が、街が、国が、歴史が、事件が、
【ナレーション】:絡み、纏(まつ)わり、糾(あざな)わり、
【ナレーション】:『BAR「猫町」』へと、
【ナレーション】:『ビンゴ青年の非凡なる生活』へと、
【ナレーション】:『令嬢博士些事些難(レイジョウハクシサジサナン)』へと、
【ナレーション】:『コドモ共和国(りぱぶりっく)』へと、
【ナレーション】:『緑の丘、銀の風』へと、
【ナレーション】:『耽溺(たんでき)ちゃんと退廃(たいはい)くん』へと、
【ナレーション】:『Shrimpy Days(シュリンピィ・デイズ)』へと、
【ナレーション】:『ヘヴンズ・レセプション』へと、
【ナレーション】:『餓獣(ガジュウ)』へと、
【ナレーション】:『人の為ならず』へと、
【ナレーション】:『さくらパーセンテージ』へと、
【ナレーション】:『流石の、馬鹿』へと、
【ナレーション】:『コンビニエント・コミュニケーション』へと、
【ナレーション】:『夜灯哀歌(やとうえれじぃ)』へと、
【ナレーション】:『さやかに吹く風』へと、
【ナレーション】:『夢砂星(ゆめすなぼし)のキカ』へと、
【ナレーション】:『アクト・アクター・アクトレス』へと、
【ナレーション】:『苹果(りんご)の軸の蜜の苦(あま)きこと。』へと、
【ナレーション】:『特記事項無し〜弁天山(べんてんやま)高校生徒会執行部〜』へと、
【ナレーション】:『曝闘者(ばくとうじゃ)バトルミラボット!!』へと、
【ナレーション】:『レディX快刀乱麻!』へと、
【ナレーション】:『伽藍堂蝦蟇口(がらんどうがまぐち)の取材事件簿』へと、
【ナレーション】:『カップ・アンド・ソーサー』へと、
【ナレーション】:『疾風(はやて)たつ!』へと、
【ナレーション】:『オモいカね図書館』へと、
【ナレーション】:『南雲マサヒト野暮用顛末(やぼようてんまつ)』へと、
【ナレーション】:『コダマ還(かえ)る』へと、
【ナレーション】:『Turn OverS(ターン・オーバーズ)』へと、
【ナレーション】:『水底(みなそこ)の虫の悲愴(ひそう)』へと、
【ナレーション】:『黒猫は夜に来る』へと、
【ナレーション】:『ガイスト・ジャンクション!』へと、
【ナレーション】:『紋行塚(もんぎょづか)くくりの階段でカイダン』へと、
【ナレーション】:『迷信(ブードゥー)倶楽部』へと、
【ナレーション】:『釈葉(しゃくよう)女学院ミステリィ研究会』へと、
【ナレーション】:『リング・ワンダリング ―梢(こずえ)の檻―』へと、
【ナレーション】:その他無数の、いつかどこかで幕を開ける、汎(あら)ゆる過去と、未来と、現在の物語へと、
【ナレーション】:続く。
0:【間】
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0:ハンド・クラップ。
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0:以下、演者は役の仮面を外し、
0:時間の許す限り、アフター・トーク。