台本概要

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タイトル 善の鬼 第七章「剣鬼」
作者名 Oroるん  (@Oro90644720)
ジャンル 時代劇
演者人数 4人用台本(不問4) ※兼役あり
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ・演者性別不問ですが、役性別変えないようお願いします。
・時代考証甘めです。
・軽微なアドリブ可。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
善鬼 156 小野善鬼(おのぜんき)
穂邑 49 ほむら
典膳 49 神子上典膳(みこがみてんぜん)
一刀斎 59 伊東一刀斎(いとういっとうさい)
伊予 26 いよ ※穂邑との兼ね役推奨
六平太 5 ろくへいた ※一刀斎との兼ね役推奨
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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一刀斎:そのガキを斬れ、と言ったんだ。 善鬼:そ、それは・・・ 一刀斎:できるよな? 善鬼:『子供はよろめきながら立ち上がった。そして、こちらを見つめている。』 一刀斎:抜け。 善鬼:しかし・・・ 一刀斎:抜け。 善鬼:(呼吸が荒くなる) 善鬼:(それはダメだ!子供を斬るなんて、そんな事、できるわけが無い!) 善鬼:(大丈夫だ。俺はもう大丈夫なんだ!) 善鬼:(俺はもう、先生の言いなりにはならねえ。この前だって出来たじゃねえか。) 一刀斎:どうした? 善鬼:先生・・・俺は・・・ 善鬼:(「できません」ただ、そう言えば良い!さあ、言うんだ!) 一刀斎:善鬼? 善鬼:・・・こ、こればかりは・・・ 一刀斎:善鬼!! 善鬼:っ!!! 一刀斎:分かっておるな? 善鬼:『先生が俺を見ていた・・・』 善鬼:『・・・あの目だ。』 善鬼:『初めて会った時、俺が心の底から恐れた、あの目だった。』 一刀斎:「なんでもする」と言ったよな、善鬼? 善鬼:(目が・・・目がどうしたって言うんだ!そんなもん関係ねえ!) 一刀斎:さあ、どうした? 善鬼:あ・・・が・・・ 善鬼:『言葉を発しようにも、もはや口が上手く動かなくなっていた。そんな様子を、子供は表情も変えずに、ただ見ている。』 善鬼:(おめえ何やってんだ?) 善鬼:(逃げろよ、逃げちまえよ!俺は追いかけたりしねえからよ。だから逃げろよ!) 善鬼:(頼むから、逃げてくれよ!) 一刀斎:このガキも待っておるぞ。 善鬼:『俺の願いも虚しく、子供が動くことはなかった。』 0:以下の一刀斎の台詞に合わせて、善鬼うめき声を発する。 一刀斎:善鬼、お前は俺のものだ。 一刀斎:善鬼、今までもたくさん斬ってきたじゃないか。 一刀斎:善鬼、俺に逆らうことは許さんぞ。 一刀斎:善鬼、逃げることは、許さんぞ。 一刀斎:なあ、善鬼・・・ 0:うめき声ここまで。 善鬼:『頭の中に、白いモヤがかかる。体の自由が、効かなくなる。』 一刀斎:抜け。 0:善鬼、刀の柄に手をかける。 善鬼:(な、何やってんだ?どうして、剣を抜いてんだ。) 一刀斎:抜け。 0:善鬼、刀を抜く。 善鬼:(くそっ!体が勝手に動きやがる。こんな事したくないのに!) 一刀斎:構えよ。 0:善鬼、剣を振りかぶる。 善鬼:(誰か、誰か助けてくれ!) 善鬼:(違うんだ!これは俺じゃねえんだ!) 一刀斎:さあ、後はそれを振り下ろすだけだ。 善鬼:『子供は全く動かず、ただ大きく目を見開いた。』 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れっ!!善鬼!!! 善鬼:うわああああああああああああ!!! 0:欅楼 善鬼が部屋に入ってくる。 穂邑:ああ。いらっしゃ・・・い? 善鬼:(息が荒く怯えている様子) 穂邑:どうしたんだい?何かあったのかい? 善鬼:(先程と同じ怯えている様子) 穂邑:何とか言いなよ。ほら、これでも飲んで落ちつきな。 0:穂邑、酒を注ごうとするが、善鬼がとっくりごと引ったくる。 善鬼:(とっくりをらっぱ飲みする) 穂邑:そんな飲み方したら、体に毒だよ! 善鬼:(酒を飲み干して一息つく) 穂邑:・・・ 善鬼:・・・・・・斬った。 穂邑:え? 善鬼:・・・斬っちまった。 穂邑:誰を?誰を斬ったって言うんだい? 善鬼:『・・・子供』 穂邑:! 善鬼:『子供を・・・斬っちまった。』 穂邑:それは・・・し、仕方無いじゃないか。先生の命令だったんだろ。 善鬼:『・・・鬼だ。』 穂邑:え? 善鬼:『俺はもう人じゃねえ・・・鬼になっちまったんだ・・・先生みたいに・・・』 穂邑:何言ってるんだい!アンタは人だよ! 善鬼:『俺は鬼だ・・・』 穂邑:違う! 穂邑:私の中でこうして震えてるアンタが、鬼のはずないじゃないか! 穂邑:アンタは馬鹿で、乱暴者だけど、本当は臆病で、優しい、ただの人だよ! 善鬼:『俺は鬼だ・・・女子供も平気で斬り殺す・・・剣に狂った、鬼だ・・・』 0:間借りしている道場 善鬼:(震えている息遣い) 善鬼:『俺は自分の両手を見た。子を斬ったその手を』 善鬼:『あの時の感触がこびりついて離れない。そしてそれは、俺を苦しめ、責め立てていた』 善鬼:何で・・・俺はっ・・・あんな、ことを・・・ 清吉:『そりゃ、お前が人でなしだからだ。』 善鬼:え?・・・っ!(驚いて腰を抜かす) 0:清吉の幻が現れる 清吉:『久しぶりだな。』 善鬼:『そこに居たのは、そこに居るはずの無い男』 善鬼:『俺が・・・初めて斬った男』 清吉:『いやあ、ついに子供まで殺(や)っちまうとはよ。驚いたぜ』 善鬼:違う!違うんだ! 清吉:『違わねえさ!!』 善鬼:っ! 清吉:『お前は、『年端(としは)もいかねえ無抵抗のガキを、その手で、無惨にも斬殺したんだ!』 善鬼:ああ・・・あああああ・・・ 清吉:『お前あの時、俺のことを「外道」って言ったよな?よく言えたもんだぜ、「外道」はどっちだよ』 善鬼:(震えている) 清吉:『ガキだけじゃねえ、俺を斬ってから今まで大勢手にかけてきたよな?ほら見てみろよ』 善鬼:?(自分の手を見る)ひっ! 清吉:『お前の手、血に染まって真っ赤じゃねえか。今まで斬ってきたやつの返り血でべっとりだ』 清吉:『そんなザマで「とら」と一緒になりたいだあ?寝言ほざいてんじゃねえぞ』 善鬼:(震えながら)俺は、どうすれば? 清吉:『ああ?』 善鬼:(清吉の幻にしがみつき)教えてくれよ!俺はどうすりゃ良い!どうしたらこの苦しさから解放されるんだ!? 清吉:『・・・そんなの簡単じゃねえか。ほれ、あそこ見てみろよ』 善鬼:・・・あれは? 清吉:『お前の脇差(わきざし)が転がってんだろ?あれを拾え』 善鬼:・・・ 清吉:『拾え!!』 善鬼:ひっ!(慌てて脇差を拾う) 清吉:『抜きな』 善鬼:『俺はゆっくりと脇差を抜いた』 善鬼:(大きく息を吐き出す) 清吉:『さあ、こいつで終わりにしよう。そいつを腹にぶっ刺すんだ!』 善鬼:(早い息遣い) 清吉:『一(ひと)思いにいけよ。それで楽になれんだ』 善鬼:『着物をはだけ、刀身を腹に近づける。しかし、それ以上刃を動かす事ができない。』 善鬼:くっ・・・ 清吉:『情けねえなあ。腹は駄目か?』 清吉:『じゃあ、首だ!血の管(くだ)をすぱっと斬っちまえ!それならすぐに逝(い)けるぜ』 善鬼:『今度は首筋に刃を近づける。手が震える。』 清吉:『さあ、あと少しだ!思い切ってやっちまえ!お前はもう・・・生きてちゃいけねえんだ!』 善鬼:・・・くっ! 善鬼:『思いとは裏腹に、俺は首筋を斬ることはできなかった。』 善鬼:・・・くそぉっ!! 0:善鬼、脇差を落とす。 清吉:『腰抜けめ。そんなに汚れちまってもまだ生きてえのか。』 清吉:『忘れるな。お前はもう、何をやっても許されねえってことをな(狂ったように笑う)』 善鬼:・・・ 善鬼:何で・・・できねえんだ! 善鬼:俺は・・・俺はどうしてこんなに弱えんだ!! 0:一刀斎が現れる。 一刀斎:そうだ、お前は弱い。 善鬼:先生・・・ 0:善鬼、一刀斎に駆け寄り、すがりつく。 善鬼:先生!俺を・・・俺を斬って下さい!! 一刀斎:駄目だ。 善鬼:もう、すごく苦しいんです!お願いだから、俺を斬って下さい! 一刀斎:駄目だ。 善鬼:どうしてですか?もう良いじゃないですか? 善鬼:これ以上、俺にどうしろって言うんですか!? 一刀斎:・・・ 善鬼:あんたが、俺をこんな風にしたんじゃないか!!! 善鬼:全部あんたの言う通りにしてきて、俺は・・・俺はっ!・・・・・・ 善鬼:なあ頼むよ、俺を終わらせてくれよ!!! 0:一刀斎、しゃがみこみ善鬼の両肩に手を置く。 一刀斎:俺が弱いと言ったのはな、お前が自分の命を断てぬからではない。 善鬼:・・・ 一刀斎:お前が、あのガキを斬ったことを悔(く)いているからだ。 善鬼:・・・ 一刀斎:昔、「死を恐れるな」と教えた事があったな。覚えているか? 善鬼:・・・はい。 一刀斎:あれはな、自分の死の事だけを言ったのではない。 善鬼:え? 一刀斎:全ての死、つまりは自分が殺(あや)めた相手の死もだ。 善鬼:俺は別に、恐れてるわけじゃ・・・ 一刀斎:恐れているではないか。子供を斬って、人の道を外れてしまったことをな。 善鬼:・・・ 一刀斎:お前がやったことは、外道の所業(しょぎょう)か?許されないか?お前は生きていてはいけないか? 善鬼:・・・ 一刀斎:そうかもしれん。だがそれは、人の世で生きるならば、の話だ。 善鬼:・・・何を、言ってるんですか? 一刀斎:俺たちは、人ではない。いや、人であってはならんのだ。 善鬼:・・・ 一刀斎:俺はそう思っている。道を極め、その果てに至る為に、人を捨てる事が必要なのだと。 一刀斎:ゆえに、人の世の理(ことわり)など、どうでも良いのだ。 善鬼:(震える) 一刀斎:なあ善鬼、共(とも)に行(ゆ)こうぞ。 善鬼:・・・ 0:雷鳴が轟く 一刀斎:お前を弟子にしたのは、俺に並んで立つ者を、己(おのれ)の手で創り出すためだ。 一刀斎:お前なら、俺の見ているものが見えるはずだ。 一刀斎:お前なら、俺と同じ場所に至れるはずだ。 一刀斎:お前にはもう、鬼の血が流れているのだ。この、俺の血がな! 0:数ヶ月後 河原 典膳:いやはや、これは何とも。 典膳:『先生宛に、一風(いっぷう)変わった文(ふみ)が届いた。「いつかの夜の続きを致しましょう」と。』 典膳:『その他は日時と場所が記(しる)されているだけだった。』 典膳:『例の連中に違いない、とすぐに分かった。つまりは明らかな罠だ。しかし、先生は』 一刀斎:面白い。 典膳:『と言った。お止めしても無駄な事は分かっている。私たち三人は、指定された河原へ向かった。』 伊予:一刀斎!今日が貴様の命日だ! 典膳:『あの夜、我々を襲撃した女武芸者がいた。やはりあの連中だ。そこまでは予想の範疇(はんちゅう)、だが・・・』 一刀斎:よくもこれだけ集めたものだ。 善鬼:・・・ 典膳:(ため息)こっちは三人ですよ?そっちは何人ですか?ざっと見ただけでも五十人はいるでしょう? 典膳:ちょっとした戦(いくさ)じゃないですか。 伊予:貴様らは強敵を求めているのだろう?生死を掛けた戦いがしたいのだろう? 伊予:(両手を広げて)望みを叶えてやっただけだ。 伊予:(同志をできる限り集め、更に有り金はたいて浪人共を雇った。) 伊予:(卑怯と罵(ののし)られようが構わない。一刀斎を討てるのならば、どんな事でもする。) 伊予:(私たちは、そう誓ったのだ!) 一刀斎:そこまでして、俺を討ちたいか? 典膳:(ため息)恥も外聞(がいぶん)もあったもんじゃないですね。 典膳:(・・,なんて、軽口(かるぐち)を叩いてる場合じゃないか。この人数、流石にまともに当たるのは無謀過ぎる。) 典膳:(小声で)なんとかして、あそこに見える小屋に誘い込みましょう。狭い屋内なら、相手も多数の利を活かせません。 善鬼:・・・ 0:善鬼、歩き出す。 典膳:兄者? 善鬼:・・・ 0:善鬼、刀を抜く。 伊予:こいつ・・・一人で来るつもりか? 典膳:お待ち下さい!無謀です! 善鬼:(走り出しながら)おおおおおおお! 典膳:『私の静止も聞かず、兄者は敵陣に飛び込んで行った。敵は不意をつかれ、剣を抜くのが遅れる。』 典膳:『兄者はその隙を逃(のが)さず、相手を両断した。』 伊予:くっ!怯むな! 典膳:兄者!加勢致します! 一刀斎:やめろ。 典膳:えっ? 一刀斎:ここは善鬼に任せるのだ。 典膳:しかし! 善鬼:せやあああああ! 典膳:『兄者が次々に相手を斬りつけていく。凄まじい速さだった。』 善鬼:はあああああ! 典膳:『何人か斬れば、刀には血の油が回り、刃こぼれもするので、斬れ味は鈍る。』 典膳:『しかし兄者は、お構いなしに力づくで刀身(とうしん)を叩きつけていた。』 伊予:無茶苦茶な・・・ 善鬼:(荒い息遣い) 一刀斎:どうした、そんなものか? 伊予:囲め!一斉に打ちかかるのだ! 典膳:『敵は兄者を取り囲んだ。同時に攻められれば、ひとたまりも無いのは明らかだ。』 典膳:いけない! 典膳:『流石に見ていることは出来なかった。私は剣を抜き、兄者に加勢しようとした。』 一刀斎:(典膳の肩を掴み)任せろ、と言ったはずだ。 典膳:これ以上は危険です!助太刀します! 一刀斎:ならぬ。 典膳:何故です!・・・先生は、兄者を見殺しにするおつもりか!! 一刀斎:おい! 典膳:っ! 一刀斎:お前の事はどうでも良いゆえ、適当にしてきたが・・・俺にそんな口を効いて、許されるなどと思うなよ? 典膳:『そう言った先生の目は、今まで見たことのないものだった。この世のものとは思えないような、昏い(くらい)目だった。』 伊予:かかれ! 典膳:『号令の元、敵は一斉に打ち掛かった。兄者は必死に抵抗したが・・・』 善鬼:ぐぅっ! 典膳:『兄者はついに敵の斬撃を受けてしまった。腕を斬りつけられた兄者は、剣を落としてしまう。』 伊予:よしっ! 一刀斎:・・・ 典膳:『この状況でも、先生は全く動く素振り(そぶり)を見せなかった。そして私も、先生の威圧を感じて、動けずにいた。』 典膳:『兄者が、死ぬかもしれないと言うのに』 善鬼:うおらあああ! 典膳:『兄者は一人の体を掴み、投げ飛ばした。敵の「輪」が乱れる。兄者はその「乱れ」に突っ込んだ。』 伊予:なにっ!? 善鬼:うがあああ! 典膳:『兄者は落ちていた石を掴むと、相手の頭に叩きつけた。更に、別の敵の手に噛み付いた。』 善鬼:(相手の親指を食いちぎる) 典膳:『指を食いちぎられ、敵はたまらず剣を落とした』 善鬼:(指を吐き出す) 伊予:あれは・・・何だ?本当に人なのか? 善鬼:(獣のような息遣い) 典膳:『兄者は敵が落とした剣を拾った。』 伊予:はあああああ! 典膳:『あの女も斬りかかる。しかし・・・』 善鬼:シャアッ!! 伊予:があっ! 典膳:『兄者の一(ひと)振りで、女は吹き飛ばされた。』 善鬼:ヒョアッ! 典膳:『兄者の剣が唸る。』 善鬼:イィィィヤアッ! 典膳:『血飛沫(ちしぶき)が舞い散る。』 善鬼:シャアッ! 典膳:『もはや誰も、兄者に近寄れなくなっていた。』 伊予:まだ数ではこちらが有利ぞ!怯む(な)・・・ 善鬼:(被せて)ガアアアアアアアアアア!!! 伊予:っ! 典膳:『その咆哮(ほうこう)に、その場にいた誰もが凍りついた。』 典膳:『時間ごと、止まってしまったように、誰も動けなくなった。』 典膳:『そして、再び時が動き出すと・・・』 伊予:な!?お、お前たち、どこへ行く!? 典膳:『敵は兄者に背を向けて走り出した。』 典膳:『まだ数では圧倒的に有利であるにも関わらず、兄者に恐れをなして、逃げ出したのだ。』 伊予:待て、待たぬか! 典膳:『子供の様に悲鳴を上げる者、腰を抜かして動けなくなる者・・・』 典膳:『生物としての本能が、この男からは逃げろと言っているのだ。』 善鬼:(鬼の様な息遣い) 一刀斎:(薄く笑い出す。次の典膳の台詞の裏でも笑い続ける) 典膳:剣鬼・・・ 一刀斎:(段々と大きな笑いになっていく) 伊予:おのれ!こうなったら私一人でも・・・ 六平太:もうよい。 伊予:あ、兄上?なぜここに? 六平太:もう終わったのだ。退(ひ)くぞ。 伊予:お待ち下さい!まだ終わっていません! 六平太:諦めよ。 伊予:そんな事できません!まだ・・、まだ! 六平太:伊予(いよ)! 伊予:っ! 六平太:俺たちは・・・負けたんだ・・・ 伊予:くっ・・・ああああああ!!! 0:数日後、欅楼 善鬼:(豪快に笑う)いやあ、あれは凄かったぜ!おめえにも見せてやりたかったよ。 善鬼:襲いくる敵を千切って(ちぎって)は投げ、千切っては投げ、ってな! 穂邑:そ、そうかい。随分ご活躍だったんだね。 善鬼:おうよ!俺さ、ようやく一刀流の何たるかが分かったんだ! 善鬼:先生がいつも言ってたことの意味が分かったんだよ! 穂邑:・・・あんた、大丈夫なのかい? 善鬼:あ?何がだよ? 穂邑:久しぶりに顔出したと思ったら、随分ご機嫌だしさ。 善鬼:機嫌が良いのが、どうして問題なんだ? 穂邑:だってさ、前に店に来た時は・・・辛そうだったじゃないか。 善鬼:そうか? 穂邑:その・・・子供を、斬ったって言ってさ。 善鬼:ああ、その事か。 穂邑:・・・ 善鬼:あれはな・・・もう、良いんだ。 穂邑:え? 善鬼:もう悩んだりしてねえって事さ。あれも、俺が強くなるために必要な試練だったんだよ。 穂邑:そう、かい? 善鬼:そうさ。 穂邑:・・・ 善鬼:そんなしけた面(つら)すんなよ。酒が不味(まず)くならあ。 穂邑:ああ、ゴメンよ。 善鬼:(酒を飲む)おい、もう酒がねえぞ。新しいの持ってこい! 穂邑:ちょっと飲み過ぎだよ。もう辞めときな。 善鬼:何だと!こちとら客だぞ!銭だってほれ、たんまりあらあ! 0:善鬼、銭をばら撒く。 穂邑:こら!銭をばら撒くな! 0:穂邑、銭を拾う。 穂邑:ほら、巾着袋に入れとくぞ。 善鬼:戻さなくても良いぜ!今日は有金(ありがね)全部置いて行くつもりだからよ! 穂邑:は? 善鬼:今日はとことん飲むぞ!酒じゃんじゃん持って来い! 穂邑:おい!銭は大切にしなくちゃ駄目じゃないか! 善鬼:銭が何だってんだ! 穂邑:だってアンタ、銭が必要だろ? 善鬼:ああん? 穂邑:その・・・私を、み、身請けするんだろ? 善鬼:・・・身請け? 穂邑:そうだよ! 善鬼:・・・ 穂邑:? 善鬼:・・・(吹き出す) 穂邑:な、何笑ってんだ? 善鬼:(笑いながら)身請け!?俺が、おめえを!? 善鬼:まさかおめえ、あの時言ったこと、真(ま)に受けてたのか!? 穂邑:・・・・・・え? 善鬼:(笑いながら)冗談で言ったに決まってんだろ!! 善鬼:何で俺がおめえの為に、大枚(たいまい)はたいて身請けしなくちゃならねえんだ!? 穂邑:(怒りで震えている) 善鬼:(笑いながら)まさか本気にしてるとはな。おめえも相当おめでてえ奴だな! 穂邑:おめえ・・・ 善鬼:(笑いながら)女郎なんぞに身を堕(お)として、他の男共に散々汚(けが)されたおめえなんか、今さら女房にするわけねえだろうが。 穂邑:このっ! 0:穂邑、平手打ちしようとするが、善鬼腕を掴んで止める。 善鬼:おっと・・・女の平手打ち、二度も食うかよ。 0:穂邑、腕を引き抜く。 穂邑:っ!帰っとくれ! 善鬼:ああ? 穂邑:帰れって言ってんだ!アンタの面(つら)なんかもう見たくない! 善鬼:何だよ。昔馴染みに随分冷てえ言い草じゃねえか。 穂邑:アンタは私の幼馴染じゃない!二度と来んな! 善鬼:(舌打ち)ああ、そうかよ。こんなしけた店、良い加減飽き飽きしてたんだ。言われるまでもねえ、二度と来るか!! 0:善鬼、立ち上がる。 穂邑:待て! 善鬼:ああ? 穂邑:忘れもんだ! 0:穂邑、銭を善鬼に投げつける。 善鬼:痛っ!・・・六文銭(ろくもんせん)?さっきばら撒いた残りか? 善鬼:銭投げてんじゃねえよ! 穂邑:うるさい!それ持ってとっとと帰れ!アンタの銭なんか、もう一文だって要らないんだ! 善鬼:俺だって、もうおめえなんかにビタ一文たりともやるかよ!もったいねえ! 0:善鬼、六文銭を袖に入れる。 穂邑:・・・ちくしょう。 善鬼:・・・ 穂邑:アンタは武芸者だから、いっつも心配して・・・毎日無事を祈ってきたのが馬鹿みたいだ! 善鬼:っ? 穂邑:アンタなんか・・・アンタなんか大っ嫌いだ!とっととくたばっちまえ!! 善鬼:・・・お、俺だって大嫌いだ!もうその面(つら)拝(おが)まなくて良いと思うとせいせいすらあ! 穂邑:・・・ 善鬼:じゃあな! 0:善鬼、障子を勢いよく閉めて出て行く。 穂邑:(泣き崩れる) 0:善鬼、障子の向こうで穂邑の泣き声を聞いている。 善鬼:(これで良い、これで良いんだ!これで、とらは俺のことを吹っ切れる。) 善鬼:『以前、店の者に聞いた。とらが何度も身請けの話を断っていると。』 善鬼:『それはきっと、俺の事があったからに違いない。だがそれも、今日までの事だ。』 善鬼:(俺はもう、とらと同じ道を・・、人の道を歩くことはできねえ。だから、こうするのが一番良いんだ。) 善鬼:すまねえ、とら・・・俺の事は忘れて、幸せになってくれ・・・ 0:つづく

一刀斎:そのガキを斬れ、と言ったんだ。 善鬼:そ、それは・・・ 一刀斎:できるよな? 善鬼:『子供はよろめきながら立ち上がった。そして、こちらを見つめている。』 一刀斎:抜け。 善鬼:しかし・・・ 一刀斎:抜け。 善鬼:(呼吸が荒くなる) 善鬼:(それはダメだ!子供を斬るなんて、そんな事、できるわけが無い!) 善鬼:(大丈夫だ。俺はもう大丈夫なんだ!) 善鬼:(俺はもう、先生の言いなりにはならねえ。この前だって出来たじゃねえか。) 一刀斎:どうした? 善鬼:先生・・・俺は・・・ 善鬼:(「できません」ただ、そう言えば良い!さあ、言うんだ!) 一刀斎:善鬼? 善鬼:・・・こ、こればかりは・・・ 一刀斎:善鬼!! 善鬼:っ!!! 一刀斎:分かっておるな? 善鬼:『先生が俺を見ていた・・・』 善鬼:『・・・あの目だ。』 善鬼:『初めて会った時、俺が心の底から恐れた、あの目だった。』 一刀斎:「なんでもする」と言ったよな、善鬼? 善鬼:(目が・・・目がどうしたって言うんだ!そんなもん関係ねえ!) 一刀斎:さあ、どうした? 善鬼:あ・・・が・・・ 善鬼:『言葉を発しようにも、もはや口が上手く動かなくなっていた。そんな様子を、子供は表情も変えずに、ただ見ている。』 善鬼:(おめえ何やってんだ?) 善鬼:(逃げろよ、逃げちまえよ!俺は追いかけたりしねえからよ。だから逃げろよ!) 善鬼:(頼むから、逃げてくれよ!) 一刀斎:このガキも待っておるぞ。 善鬼:『俺の願いも虚しく、子供が動くことはなかった。』 0:以下の一刀斎の台詞に合わせて、善鬼うめき声を発する。 一刀斎:善鬼、お前は俺のものだ。 一刀斎:善鬼、今までもたくさん斬ってきたじゃないか。 一刀斎:善鬼、俺に逆らうことは許さんぞ。 一刀斎:善鬼、逃げることは、許さんぞ。 一刀斎:なあ、善鬼・・・ 0:うめき声ここまで。 善鬼:『頭の中に、白いモヤがかかる。体の自由が、効かなくなる。』 一刀斎:抜け。 0:善鬼、刀の柄に手をかける。 善鬼:(な、何やってんだ?どうして、剣を抜いてんだ。) 一刀斎:抜け。 0:善鬼、刀を抜く。 善鬼:(くそっ!体が勝手に動きやがる。こんな事したくないのに!) 一刀斎:構えよ。 0:善鬼、剣を振りかぶる。 善鬼:(誰か、誰か助けてくれ!) 善鬼:(違うんだ!これは俺じゃねえんだ!) 一刀斎:さあ、後はそれを振り下ろすだけだ。 善鬼:『子供は全く動かず、ただ大きく目を見開いた。』 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れ。 善鬼:(嫌だ!) 一刀斎:斬れっ!!善鬼!!! 善鬼:うわああああああああああああ!!! 0:欅楼 善鬼が部屋に入ってくる。 穂邑:ああ。いらっしゃ・・・い? 善鬼:(息が荒く怯えている様子) 穂邑:どうしたんだい?何かあったのかい? 善鬼:(先程と同じ怯えている様子) 穂邑:何とか言いなよ。ほら、これでも飲んで落ちつきな。 0:穂邑、酒を注ごうとするが、善鬼がとっくりごと引ったくる。 善鬼:(とっくりをらっぱ飲みする) 穂邑:そんな飲み方したら、体に毒だよ! 善鬼:(酒を飲み干して一息つく) 穂邑:・・・ 善鬼:・・・・・・斬った。 穂邑:え? 善鬼:・・・斬っちまった。 穂邑:誰を?誰を斬ったって言うんだい? 善鬼:『・・・子供』 穂邑:! 善鬼:『子供を・・・斬っちまった。』 穂邑:それは・・・し、仕方無いじゃないか。先生の命令だったんだろ。 善鬼:『・・・鬼だ。』 穂邑:え? 善鬼:『俺はもう人じゃねえ・・・鬼になっちまったんだ・・・先生みたいに・・・』 穂邑:何言ってるんだい!アンタは人だよ! 善鬼:『俺は鬼だ・・・』 穂邑:違う! 穂邑:私の中でこうして震えてるアンタが、鬼のはずないじゃないか! 穂邑:アンタは馬鹿で、乱暴者だけど、本当は臆病で、優しい、ただの人だよ! 善鬼:『俺は鬼だ・・・女子供も平気で斬り殺す・・・剣に狂った、鬼だ・・・』 0:間借りしている道場 善鬼:(震えている息遣い) 善鬼:『俺は自分の両手を見た。子を斬ったその手を』 善鬼:『あの時の感触がこびりついて離れない。そしてそれは、俺を苦しめ、責め立てていた』 善鬼:何で・・・俺はっ・・・あんな、ことを・・・ 清吉:『そりゃ、お前が人でなしだからだ。』 善鬼:え?・・・っ!(驚いて腰を抜かす) 0:清吉の幻が現れる 清吉:『久しぶりだな。』 善鬼:『そこに居たのは、そこに居るはずの無い男』 善鬼:『俺が・・・初めて斬った男』 清吉:『いやあ、ついに子供まで殺(や)っちまうとはよ。驚いたぜ』 善鬼:違う!違うんだ! 清吉:『違わねえさ!!』 善鬼:っ! 清吉:『お前は、『年端(としは)もいかねえ無抵抗のガキを、その手で、無惨にも斬殺したんだ!』 善鬼:ああ・・・あああああ・・・ 清吉:『お前あの時、俺のことを「外道」って言ったよな?よく言えたもんだぜ、「外道」はどっちだよ』 善鬼:(震えている) 清吉:『ガキだけじゃねえ、俺を斬ってから今まで大勢手にかけてきたよな?ほら見てみろよ』 善鬼:?(自分の手を見る)ひっ! 清吉:『お前の手、血に染まって真っ赤じゃねえか。今まで斬ってきたやつの返り血でべっとりだ』 清吉:『そんなザマで「とら」と一緒になりたいだあ?寝言ほざいてんじゃねえぞ』 善鬼:(震えながら)俺は、どうすれば? 清吉:『ああ?』 善鬼:(清吉の幻にしがみつき)教えてくれよ!俺はどうすりゃ良い!どうしたらこの苦しさから解放されるんだ!? 清吉:『・・・そんなの簡単じゃねえか。ほれ、あそこ見てみろよ』 善鬼:・・・あれは? 清吉:『お前の脇差(わきざし)が転がってんだろ?あれを拾え』 善鬼:・・・ 清吉:『拾え!!』 善鬼:ひっ!(慌てて脇差を拾う) 清吉:『抜きな』 善鬼:『俺はゆっくりと脇差を抜いた』 善鬼:(大きく息を吐き出す) 清吉:『さあ、こいつで終わりにしよう。そいつを腹にぶっ刺すんだ!』 善鬼:(早い息遣い) 清吉:『一(ひと)思いにいけよ。それで楽になれんだ』 善鬼:『着物をはだけ、刀身を腹に近づける。しかし、それ以上刃を動かす事ができない。』 善鬼:くっ・・・ 清吉:『情けねえなあ。腹は駄目か?』 清吉:『じゃあ、首だ!血の管(くだ)をすぱっと斬っちまえ!それならすぐに逝(い)けるぜ』 善鬼:『今度は首筋に刃を近づける。手が震える。』 清吉:『さあ、あと少しだ!思い切ってやっちまえ!お前はもう・・・生きてちゃいけねえんだ!』 善鬼:・・・くっ! 善鬼:『思いとは裏腹に、俺は首筋を斬ることはできなかった。』 善鬼:・・・くそぉっ!! 0:善鬼、脇差を落とす。 清吉:『腰抜けめ。そんなに汚れちまってもまだ生きてえのか。』 清吉:『忘れるな。お前はもう、何をやっても許されねえってことをな(狂ったように笑う)』 善鬼:・・・ 善鬼:何で・・・できねえんだ! 善鬼:俺は・・・俺はどうしてこんなに弱えんだ!! 0:一刀斎が現れる。 一刀斎:そうだ、お前は弱い。 善鬼:先生・・・ 0:善鬼、一刀斎に駆け寄り、すがりつく。 善鬼:先生!俺を・・・俺を斬って下さい!! 一刀斎:駄目だ。 善鬼:もう、すごく苦しいんです!お願いだから、俺を斬って下さい! 一刀斎:駄目だ。 善鬼:どうしてですか?もう良いじゃないですか? 善鬼:これ以上、俺にどうしろって言うんですか!? 一刀斎:・・・ 善鬼:あんたが、俺をこんな風にしたんじゃないか!!! 善鬼:全部あんたの言う通りにしてきて、俺は・・・俺はっ!・・・・・・ 善鬼:なあ頼むよ、俺を終わらせてくれよ!!! 0:一刀斎、しゃがみこみ善鬼の両肩に手を置く。 一刀斎:俺が弱いと言ったのはな、お前が自分の命を断てぬからではない。 善鬼:・・・ 一刀斎:お前が、あのガキを斬ったことを悔(く)いているからだ。 善鬼:・・・ 一刀斎:昔、「死を恐れるな」と教えた事があったな。覚えているか? 善鬼:・・・はい。 一刀斎:あれはな、自分の死の事だけを言ったのではない。 善鬼:え? 一刀斎:全ての死、つまりは自分が殺(あや)めた相手の死もだ。 善鬼:俺は別に、恐れてるわけじゃ・・・ 一刀斎:恐れているではないか。子供を斬って、人の道を外れてしまったことをな。 善鬼:・・・ 一刀斎:お前がやったことは、外道の所業(しょぎょう)か?許されないか?お前は生きていてはいけないか? 善鬼:・・・ 一刀斎:そうかもしれん。だがそれは、人の世で生きるならば、の話だ。 善鬼:・・・何を、言ってるんですか? 一刀斎:俺たちは、人ではない。いや、人であってはならんのだ。 善鬼:・・・ 一刀斎:俺はそう思っている。道を極め、その果てに至る為に、人を捨てる事が必要なのだと。 一刀斎:ゆえに、人の世の理(ことわり)など、どうでも良いのだ。 善鬼:(震える) 一刀斎:なあ善鬼、共(とも)に行(ゆ)こうぞ。 善鬼:・・・ 0:雷鳴が轟く 一刀斎:お前を弟子にしたのは、俺に並んで立つ者を、己(おのれ)の手で創り出すためだ。 一刀斎:お前なら、俺の見ているものが見えるはずだ。 一刀斎:お前なら、俺と同じ場所に至れるはずだ。 一刀斎:お前にはもう、鬼の血が流れているのだ。この、俺の血がな! 0:数ヶ月後 河原 典膳:いやはや、これは何とも。 典膳:『先生宛に、一風(いっぷう)変わった文(ふみ)が届いた。「いつかの夜の続きを致しましょう」と。』 典膳:『その他は日時と場所が記(しる)されているだけだった。』 典膳:『例の連中に違いない、とすぐに分かった。つまりは明らかな罠だ。しかし、先生は』 一刀斎:面白い。 典膳:『と言った。お止めしても無駄な事は分かっている。私たち三人は、指定された河原へ向かった。』 伊予:一刀斎!今日が貴様の命日だ! 典膳:『あの夜、我々を襲撃した女武芸者がいた。やはりあの連中だ。そこまでは予想の範疇(はんちゅう)、だが・・・』 一刀斎:よくもこれだけ集めたものだ。 善鬼:・・・ 典膳:(ため息)こっちは三人ですよ?そっちは何人ですか?ざっと見ただけでも五十人はいるでしょう? 典膳:ちょっとした戦(いくさ)じゃないですか。 伊予:貴様らは強敵を求めているのだろう?生死を掛けた戦いがしたいのだろう? 伊予:(両手を広げて)望みを叶えてやっただけだ。 伊予:(同志をできる限り集め、更に有り金はたいて浪人共を雇った。) 伊予:(卑怯と罵(ののし)られようが構わない。一刀斎を討てるのならば、どんな事でもする。) 伊予:(私たちは、そう誓ったのだ!) 一刀斎:そこまでして、俺を討ちたいか? 典膳:(ため息)恥も外聞(がいぶん)もあったもんじゃないですね。 典膳:(・・,なんて、軽口(かるぐち)を叩いてる場合じゃないか。この人数、流石にまともに当たるのは無謀過ぎる。) 典膳:(小声で)なんとかして、あそこに見える小屋に誘い込みましょう。狭い屋内なら、相手も多数の利を活かせません。 善鬼:・・・ 0:善鬼、歩き出す。 典膳:兄者? 善鬼:・・・ 0:善鬼、刀を抜く。 伊予:こいつ・・・一人で来るつもりか? 典膳:お待ち下さい!無謀です! 善鬼:(走り出しながら)おおおおおおお! 典膳:『私の静止も聞かず、兄者は敵陣に飛び込んで行った。敵は不意をつかれ、剣を抜くのが遅れる。』 典膳:『兄者はその隙を逃(のが)さず、相手を両断した。』 伊予:くっ!怯むな! 典膳:兄者!加勢致します! 一刀斎:やめろ。 典膳:えっ? 一刀斎:ここは善鬼に任せるのだ。 典膳:しかし! 善鬼:せやあああああ! 典膳:『兄者が次々に相手を斬りつけていく。凄まじい速さだった。』 善鬼:はあああああ! 典膳:『何人か斬れば、刀には血の油が回り、刃こぼれもするので、斬れ味は鈍る。』 典膳:『しかし兄者は、お構いなしに力づくで刀身(とうしん)を叩きつけていた。』 伊予:無茶苦茶な・・・ 善鬼:(荒い息遣い) 一刀斎:どうした、そんなものか? 伊予:囲め!一斉に打ちかかるのだ! 典膳:『敵は兄者を取り囲んだ。同時に攻められれば、ひとたまりも無いのは明らかだ。』 典膳:いけない! 典膳:『流石に見ていることは出来なかった。私は剣を抜き、兄者に加勢しようとした。』 一刀斎:(典膳の肩を掴み)任せろ、と言ったはずだ。 典膳:これ以上は危険です!助太刀します! 一刀斎:ならぬ。 典膳:何故です!・・・先生は、兄者を見殺しにするおつもりか!! 一刀斎:おい! 典膳:っ! 一刀斎:お前の事はどうでも良いゆえ、適当にしてきたが・・・俺にそんな口を効いて、許されるなどと思うなよ? 典膳:『そう言った先生の目は、今まで見たことのないものだった。この世のものとは思えないような、昏い(くらい)目だった。』 伊予:かかれ! 典膳:『号令の元、敵は一斉に打ち掛かった。兄者は必死に抵抗したが・・・』 善鬼:ぐぅっ! 典膳:『兄者はついに敵の斬撃を受けてしまった。腕を斬りつけられた兄者は、剣を落としてしまう。』 伊予:よしっ! 一刀斎:・・・ 典膳:『この状況でも、先生は全く動く素振り(そぶり)を見せなかった。そして私も、先生の威圧を感じて、動けずにいた。』 典膳:『兄者が、死ぬかもしれないと言うのに』 善鬼:うおらあああ! 典膳:『兄者は一人の体を掴み、投げ飛ばした。敵の「輪」が乱れる。兄者はその「乱れ」に突っ込んだ。』 伊予:なにっ!? 善鬼:うがあああ! 典膳:『兄者は落ちていた石を掴むと、相手の頭に叩きつけた。更に、別の敵の手に噛み付いた。』 善鬼:(相手の親指を食いちぎる) 典膳:『指を食いちぎられ、敵はたまらず剣を落とした』 善鬼:(指を吐き出す) 伊予:あれは・・・何だ?本当に人なのか? 善鬼:(獣のような息遣い) 典膳:『兄者は敵が落とした剣を拾った。』 伊予:はあああああ! 典膳:『あの女も斬りかかる。しかし・・・』 善鬼:シャアッ!! 伊予:があっ! 典膳:『兄者の一(ひと)振りで、女は吹き飛ばされた。』 善鬼:ヒョアッ! 典膳:『兄者の剣が唸る。』 善鬼:イィィィヤアッ! 典膳:『血飛沫(ちしぶき)が舞い散る。』 善鬼:シャアッ! 典膳:『もはや誰も、兄者に近寄れなくなっていた。』 伊予:まだ数ではこちらが有利ぞ!怯む(な)・・・ 善鬼:(被せて)ガアアアアアアアアアア!!! 伊予:っ! 典膳:『その咆哮(ほうこう)に、その場にいた誰もが凍りついた。』 典膳:『時間ごと、止まってしまったように、誰も動けなくなった。』 典膳:『そして、再び時が動き出すと・・・』 伊予:な!?お、お前たち、どこへ行く!? 典膳:『敵は兄者に背を向けて走り出した。』 典膳:『まだ数では圧倒的に有利であるにも関わらず、兄者に恐れをなして、逃げ出したのだ。』 伊予:待て、待たぬか! 典膳:『子供の様に悲鳴を上げる者、腰を抜かして動けなくなる者・・・』 典膳:『生物としての本能が、この男からは逃げろと言っているのだ。』 善鬼:(鬼の様な息遣い) 一刀斎:(薄く笑い出す。次の典膳の台詞の裏でも笑い続ける) 典膳:剣鬼・・・ 一刀斎:(段々と大きな笑いになっていく) 伊予:おのれ!こうなったら私一人でも・・・ 六平太:もうよい。 伊予:あ、兄上?なぜここに? 六平太:もう終わったのだ。退(ひ)くぞ。 伊予:お待ち下さい!まだ終わっていません! 六平太:諦めよ。 伊予:そんな事できません!まだ・・、まだ! 六平太:伊予(いよ)! 伊予:っ! 六平太:俺たちは・・・負けたんだ・・・ 伊予:くっ・・・ああああああ!!! 0:数日後、欅楼 善鬼:(豪快に笑う)いやあ、あれは凄かったぜ!おめえにも見せてやりたかったよ。 善鬼:襲いくる敵を千切って(ちぎって)は投げ、千切っては投げ、ってな! 穂邑:そ、そうかい。随分ご活躍だったんだね。 善鬼:おうよ!俺さ、ようやく一刀流の何たるかが分かったんだ! 善鬼:先生がいつも言ってたことの意味が分かったんだよ! 穂邑:・・・あんた、大丈夫なのかい? 善鬼:あ?何がだよ? 穂邑:久しぶりに顔出したと思ったら、随分ご機嫌だしさ。 善鬼:機嫌が良いのが、どうして問題なんだ? 穂邑:だってさ、前に店に来た時は・・・辛そうだったじゃないか。 善鬼:そうか? 穂邑:その・・・子供を、斬ったって言ってさ。 善鬼:ああ、その事か。 穂邑:・・・ 善鬼:あれはな・・・もう、良いんだ。 穂邑:え? 善鬼:もう悩んだりしてねえって事さ。あれも、俺が強くなるために必要な試練だったんだよ。 穂邑:そう、かい? 善鬼:そうさ。 穂邑:・・・ 善鬼:そんなしけた面(つら)すんなよ。酒が不味(まず)くならあ。 穂邑:ああ、ゴメンよ。 善鬼:(酒を飲む)おい、もう酒がねえぞ。新しいの持ってこい! 穂邑:ちょっと飲み過ぎだよ。もう辞めときな。 善鬼:何だと!こちとら客だぞ!銭だってほれ、たんまりあらあ! 0:善鬼、銭をばら撒く。 穂邑:こら!銭をばら撒くな! 0:穂邑、銭を拾う。 穂邑:ほら、巾着袋に入れとくぞ。 善鬼:戻さなくても良いぜ!今日は有金(ありがね)全部置いて行くつもりだからよ! 穂邑:は? 善鬼:今日はとことん飲むぞ!酒じゃんじゃん持って来い! 穂邑:おい!銭は大切にしなくちゃ駄目じゃないか! 善鬼:銭が何だってんだ! 穂邑:だってアンタ、銭が必要だろ? 善鬼:ああん? 穂邑:その・・・私を、み、身請けするんだろ? 善鬼:・・・身請け? 穂邑:そうだよ! 善鬼:・・・ 穂邑:? 善鬼:・・・(吹き出す) 穂邑:な、何笑ってんだ? 善鬼:(笑いながら)身請け!?俺が、おめえを!? 善鬼:まさかおめえ、あの時言ったこと、真(ま)に受けてたのか!? 穂邑:・・・・・・え? 善鬼:(笑いながら)冗談で言ったに決まってんだろ!! 善鬼:何で俺がおめえの為に、大枚(たいまい)はたいて身請けしなくちゃならねえんだ!? 穂邑:(怒りで震えている) 善鬼:(笑いながら)まさか本気にしてるとはな。おめえも相当おめでてえ奴だな! 穂邑:おめえ・・・ 善鬼:(笑いながら)女郎なんぞに身を堕(お)として、他の男共に散々汚(けが)されたおめえなんか、今さら女房にするわけねえだろうが。 穂邑:このっ! 0:穂邑、平手打ちしようとするが、善鬼腕を掴んで止める。 善鬼:おっと・・・女の平手打ち、二度も食うかよ。 0:穂邑、腕を引き抜く。 穂邑:っ!帰っとくれ! 善鬼:ああ? 穂邑:帰れって言ってんだ!アンタの面(つら)なんかもう見たくない! 善鬼:何だよ。昔馴染みに随分冷てえ言い草じゃねえか。 穂邑:アンタは私の幼馴染じゃない!二度と来んな! 善鬼:(舌打ち)ああ、そうかよ。こんなしけた店、良い加減飽き飽きしてたんだ。言われるまでもねえ、二度と来るか!! 0:善鬼、立ち上がる。 穂邑:待て! 善鬼:ああ? 穂邑:忘れもんだ! 0:穂邑、銭を善鬼に投げつける。 善鬼:痛っ!・・・六文銭(ろくもんせん)?さっきばら撒いた残りか? 善鬼:銭投げてんじゃねえよ! 穂邑:うるさい!それ持ってとっとと帰れ!アンタの銭なんか、もう一文だって要らないんだ! 善鬼:俺だって、もうおめえなんかにビタ一文たりともやるかよ!もったいねえ! 0:善鬼、六文銭を袖に入れる。 穂邑:・・・ちくしょう。 善鬼:・・・ 穂邑:アンタは武芸者だから、いっつも心配して・・・毎日無事を祈ってきたのが馬鹿みたいだ! 善鬼:っ? 穂邑:アンタなんか・・・アンタなんか大っ嫌いだ!とっととくたばっちまえ!! 善鬼:・・・お、俺だって大嫌いだ!もうその面(つら)拝(おが)まなくて良いと思うとせいせいすらあ! 穂邑:・・・ 善鬼:じゃあな! 0:善鬼、障子を勢いよく閉めて出て行く。 穂邑:(泣き崩れる) 0:善鬼、障子の向こうで穂邑の泣き声を聞いている。 善鬼:(これで良い、これで良いんだ!これで、とらは俺のことを吹っ切れる。) 善鬼:『以前、店の者に聞いた。とらが何度も身請けの話を断っていると。』 善鬼:『それはきっと、俺の事があったからに違いない。だがそれも、今日までの事だ。』 善鬼:(俺はもう、とらと同じ道を・・、人の道を歩くことはできねえ。だから、こうするのが一番良いんだ。) 善鬼:すまねえ、とら・・・俺の事は忘れて、幸せになってくれ・・・ 0:つづく