台本概要
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タイトル | 善の鬼 第九章「六文銭」 |
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作者名 | Oroるん (@Oro90644720) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 4人用台本(不問4) ※兼役あり |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
・演者性別不問ですが、役性別変えないようお願いします。 ・時代考証甘めです。 ・軽微なアドリブ可。 217 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
善鬼 | 男 | 186 | 小野善鬼(おのぜんき) |
穂邑 | 女 | 145 | ほむら |
典膳 | 男 | 135 | 神子上典膳(みこがみてんぜん) |
一刀斎 | 男 | 102 | 伊東一刀斎(いとういっとうさい) |
主人 | 男 | 12 | ※典膳との兼ね役推奨 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:欅楼
穂邑:あら、旦那。いらっしゃい!
一刀斎:うむ。
穂邑:近頃、よくお見えになりますね。
一刀斎:ああ、お前を気に入ったからな。
穂邑:まあ、嬉しい。
0:穂邑、一刀斎に酌をする。
一刀斎:(酒を飲む)ほれ(とっくりを穂邑に向ける)
穂邑:頂戴致します。
0:一刀斎、穂邑に酌をする。
穂邑:(酒を飲む)ああ、美味しい。
一刀斎:(少し笑う)お前の店の酒だろう?
穂邑:そうですね。旦那にお酌して頂いたからかしら?
一刀斎:見え透いた世辞だな。
穂邑:でも・・・お嫌いじゃないんでしょう?
一刀斎:俺を分かったつもりなのか?
穂邑:いいえ、ちっとも。まだお名前すら知らないのに。
一刀斎:そうだったな。
穂邑:・・・と言って、まだ教えて頂けないのですか?
一刀斎:あっさり教えたら、ありがたみが薄れるだろう?
穂邑:「ありがたみ」ですか?(笑いながら)そんなにご利益(ごりやく)のあるお名前なんですかねえ?
一刀斎:まあ、そんなところだ。
穂邑:もう、冗談ばっかり。
0:酒は進み、夜は更けてゆく・・・
0:穂邑、一刀斎の膝の上に手を置く。
穂邑:ねえ・・・旦那?
一刀斎:何だ?
穂邑:今宵(こよい)も、夜伽(よとぎ)はなさらないので?
一刀斎:ああ。
穂邑:どうして?私にはそんなに魅力がございませんか?
一刀斎:誘っておるのか?
穂邑:私は、女郎ですもの。そして旦那は、女郎屋の客でございましょう?
一刀斎:抱くのが当然、という事か?
穂邑:違いますか?
0:穂邑、一刀斎の胸に頭を預け、上目遣いに顔を見る。
一刀斎:本当に、お前は良い女だ。
0:一刀斎、穂邑の腰に手を回す。
穂邑:なら、このまま押し倒したらいかがです?
一刀斎:はしたないな。女子(おなご)の言葉とは思えん。
穂邑:女郎ですもの・・・
一刀斎:もう、嫌ではないのか?
穂邑:初めていらした時のこと、まだ気にしていらっしゃるの?
穂邑:あれは一時(いっとき)の気の迷いで、お気になさることは(無いのですよ)
一刀斎:(被せて)俺は気になる。
穂邑:・・・
一刀斎:どうなのだ?
穂邑:・・・もう、嫌ではありません。心から、思っております。
穂邑:旦那の「もの」に、して頂きたいと。
一刀斎:そうか(酒を呑む)
一刀斎:俺も、お前の事を気に入った。予想外にな。
一刀斎:だが、「今は」お前を抱く気はない。
穂邑:今は?じゃあいつなら良いのです?
一刀斎:お前が女郎でいる限り、抱く事はないな。
穂邑:それなら、永久に無理ではありませんか。
一刀斎:どうかな?
穂邑:え?
一刀斎:前に言っただろう、「お前をここから連れ出してやる」、とな。
穂邑:まさか・・・私を攫う(さらう)おつもりで?
一刀斎:そうしても良い。
穂邑:・・・
一刀斎:だが、そうなると店の者が困るだろう。俺は一向に構わんが、それはお前の本意ではあるまい。
穂邑:では?
一刀斎:身請けしてやる。既に金子(きんす)の都合はつけた。
穂邑:っ!
一刀斎:次来るのは、お前を迎えに来る時だ。
一刀斎:受けるか?
穂邑:・・・
一刀斎:・・・
穂邑:・・・はい。
穂邑:・・・お待ち、申し上げております。
一刀斎:・・・相(あい)わかった。
一刀斎:その時には、俺の名を明かそう。
0:遊郭
善鬼:よう。
主人:旦那!いらっしゃいまし!
善鬼:うむ。
主人:お腰の物をお預かり致します。
善鬼:ああ(主人に刀を渡す)
善鬼:霞(かすみ)はいるか?
主人:ええ、ええ!旦那がお越しになるのを、首を長くしてお待ち申し上げておりますとも!
善鬼:そうか。
主人:ここんとこ毎日じゃあございませんか。よほど霞のことがお気に召したんですねえ!
善鬼:まあ、そんな所だ。
主人:手前味噌(てまえみそ)ではございますが、あれは良い女子(おなご)でござんすよ!
主人:器量気立て(きりょうきだて)は文句無し!何より・・・
主人:(耳打ちしながら)床(とこ)の具合は言う事なし、ってね。
善鬼:ああ・・・そうだな。
主人:どうぞごゆっくり・・・お楽しみ下さいませ。
善鬼:『この店に通うようになって、もうすぐ一月(ひとつき)になる』
善鬼:『ここの所はほとんど毎日来ている。霞という馴染み(なじみ)の女もできた』
善鬼:『もう、「とら」の事を思い出すこともあまり無くなった。嫌な別れ方だったが、アイツももう立ち直った頃だろう』
善鬼:『俺の事なんか、もうきっと想う事は無い。いや、想っちゃいけない。それがアイツの為だ』
善鬼:『そして俺も、何のしがらみも無くなった。だったら、思うままに楽しむだけだ』
善鬼:よう、霞!今日も存分に楽しませてもらうぜ!
0:何もない真っ白な空間
典膳:『兄者の手には、抜き身の剣があった』
善鬼:俺の邪魔をするやつは、全員ぶった斬る。
典膳:『兄者が上段に構える』
善鬼:おめえだろうが、誰だろうがな。
典膳:お辞め下さい!兄者!
善鬼:死ね!典膳!(剣を振り下ろす)
典膳:っ!
0:道場の離れ
典膳:わあっ!(慌てて飛び起きる)
典膳:(呼吸を乱しながら)ゆ、夢か・・・
典膳:『嫌な夢だ。兄者に斬りかかられるとは』
典膳:『まさか・・・いつかは正夢(まさゆめ)になるとでも言うのか』
典膳:(頭を振り)そんな筈はない!そんな事、あってたまるものか!
典膳:・・・ん?
典膳:『同じ部屋で寝ていたはずの先生と兄者が居ない』
典膳:こんな夜更けにどこへ?・・・道場の方だろうか?
0:道場
典膳:『道場の戸を少し開けると、予想通り二人の姿が見えた』
一刀斎:(息を深く吐く)
典膳:『しかし、私は声を掛けなかった。いや、掛けられなかった』
善鬼:・・・
典膳:『先生は上半身をはだけ、剣の柄(つか)に手をかけていた。居合(いあい)の構えだ』
典膳:『先生の三間(さんけん)ほど前方には、火の灯った蝋燭(ろうそく)が据え付けられていた』
典膳:『蝋燭の火が、空気の流れに沿って時折揺らめいている』
典膳:『兄者は少し後ろに正座し、それを見守っていた』
一刀斎:(深く息を吐く)
典膳:『先生から発せられる気は、数多(あまた)の武芸者の「それ」とはまるで違う』
典膳:『その気迫だけで身を斬り落とされそうな、冷たく、鋭いものだった』
一刀斎:ハァッ!
典膳:っ!
典膳:『先生が抜刀斬り(ばっとうぎり)を放つ。斬撃が見えぬ程の速さで』
典膳:『更に驚くべきは・・・』
善鬼:見事!
典膳:(蝋燭の火が・・・消えた)
典膳:『はるか前方にあった蝋燭の火が、先生が斬り放つと同時に消えたのだ』
典膳:(空気まで、斬り裂いたというのか・・・)
一刀斎:(刀を鞘に納める)まだ錆びついてはいないようだ。
善鬼:当然です。先生以上の達人など、この世にはおりません。
善鬼:・・・俺以外には。
一刀斎:抜かすようになったな。まだ俺の域には達しておるまいに。
善鬼:いずれ、遠くない将来、必ずや。
一刀斎:ふん、もし本当にそうなれば、秘伝を伝授せねばなるまいな。
善鬼:おお、一刀流の秘伝を!
一刀斎:秘伝は後継者にしか伝授せぬと決めておる故(ゆえ)な。
善鬼:ありがとうございます。
一刀斎:礼を言うのは早過ぎるわ。お前がその域に達することができれば、の話だ。
善鬼:必ずや、成し遂げてみせます。
一刀斎:そうなった暁(あかつき)には・・・分かっているな?
善鬼:はい。必ずや、先生を斬り殺せる程の剣士になって見せましょう。
一刀斎:愉しみ(たのしみ)にしているぞ。
典膳:・・・
典膳:『本当に師弟で殺し合うというのか。それも、理由なく』
典膳:『ただ、戦いを愉しみ(たのしみ)たい、それだけのために』
典膳:(私にはもう、分からなくなった・・・)
0:数日後 ある山間の村
典膳:『それは三人で、ある村に逗留(とうりゅう)した時のことだった』
一刀斎:ほう、山賊か。
善鬼:俺たちに、その山賊を退治して欲しい、と?
典膳:作物(さくもつ)や金品を盗んだ挙句、男は殺し、女は攫う(さらう)とは・・・非道(ひどう)な!
善鬼:先生、いかがされますか?
一刀斎:根城(ねじろ)は近くの山か。地の利は向こうにあり、更には山岳での戦い。数もそれなりにおるだろうな。
典膳:私たちだけでは、いささか心許(こころもと)無いですね。どこかで加勢を頼みましょうか?
善鬼:馬鹿野郎。
典膳:は?
善鬼:先生は「面白そうだ」と仰って(おっしゃって)おるのだ。何故それが分からん。
典膳:・・・
一刀斎:引き受けよう。皆殺しにしてやろうぞ。
善鬼:はっ!
典膳:・・・
善鬼:良いな、典膳。
典膳:・・・はい。
一刀斎:明朝(みょうちょう)立つとするか。今晩はここでゆるりとさせて貰うぞ。
善鬼:おい、酒をもて・・・(舌打ち)何をぐずぐずしている、さっさと行け!
典膳:『兄者が怒号を浴びせる。村人は悲鳴をあげて飛び出して行った』
善鬼:それから、先生は女をご所望(ごしょもう)だ。村一番の女を用意せい!
典膳:・・・
0:欅楼
穂邑:身支度(みじたく)と言っても、持っていく物はほとんど無いか。
穂邑:『私は部屋の隅から隅までに目をやった』
穂邑:『ここで、生きてきた。たくさんの男共の相手をしてきた。だがそれも、もうすぐ終わる』
穂邑:あれ?どうしたんだろ、私。
穂邑:『目に涙が溢(あふ)れていた。こんな場所でも、離れるのは寂しいと思っているのか』
穂邑:・・・辛いこと、悲しいこともたくさんあったけど、悪いことばかりじゃ無かったしね。
穂邑:そう、例えば・・・
善鬼:『やっと、見つけた!』
穂邑:っ!
穂邑:・・・
穂邑:・・・
穂邑:さ、さーてと。ちょっと掃除でもしてみるか。「立つ鳥跡を濁さず」ってね。
穂邑:火鉢(ひばち)は端にやっておこうね。(火鉢を持ち上げる)
穂邑:ん?
穂邑:『火鉢の下から、何かが出てきた。』
穂邑:これは・・・
穂邑:『それは一枚の、六文銭(ろくもんせん)だった』
穂邑:・・・
0:山賊の根城
0:山賊たちと斬り合う三人
善鬼:せやあっ!
典膳:はあっ!
一刀斎:(ため息)なんだこいつら、数が多いだけで、まるで歯応えが無いな。ふんっ!
善鬼:つまらんぞ!っ!(一人斬る)もっと楽しませろ!
典膳:・・・
一刀斎:典膳、何を呆けて(ほうけて)いる。
典膳:い、いえ。
善鬼:雑魚相手でも、戦場で気を抜けば、命を落とすかもしれねえぞ。
善鬼:言っておくが、おめえがどうなろうと、手助けなどせんからな。
典膳:・・・無用です。
一刀斎:(薄く笑う)
典膳:先生?
一刀斎:いや何、お前ら中々に面白くなったと思ってなあ。
典膳:・・・
善鬼:面倒だ、全員で来い!まてめて斬り伏せてくれるわ!!
0:数刻後
一刀斎:粗方(あらかた)片付いたか?
善鬼:はい、その様です。
典膳:(肩で息をしている)
善鬼:何だ典膳、息が上がっているじゃないか。情け無い。
典膳:(息を整えながら)大丈夫です。
一刀斎:お前ら、討ち漏らしが無いか見回ってこい。一人も逃がすでないぞ。
善鬼:はっ!
典膳:・・・はい。
善鬼:行くぞ、典膳。
典膳:二手に別れましょう。それなりに広いですから、別れた方が早いです。
善鬼:俺と一緒は嫌か?
典膳:・・・
一刀斎:(笑っている)
0:一人山中を捜索する典膳
典膳:『私は、死体があちこちに横たわる中を歩いていた』
典膳:『その地獄のような光景を目にしても、上の空(うわのそら)だった』
典膳:(私はこのまま、一刀流の門下にいても良いのだろうか?)
典膳:(あの日見た、蝋燭の火を消した先生の剣、確かに凄まじいものだった)
典膳:(私もあんな技を会得(えとく)したいと思う。しかし・・・)
善鬼:『必ずや、先生を斬り殺せる程の剣士になって見せましょう』
典膳:(その為に、「人」であることを捨てなければならないとしたら)
典膳:(それは本当に、私が歩むべき道なのか?)
典膳:(私は、一体どうすれば良いのだ・・・)
典膳:・・・むっ?
典膳:誰だっ!(刀を抜く)
典膳:『私は何者かの気配を感じ、剣を抜いた』
典膳:『そこには大きな瓶(かめ)が二つ置かれていた。飲み水が入っているのだろう』
典膳:『私は慎重にその裏側に回り込んだ。すると・・・』
典膳:っ!
典膳:『子供が・・・いた』
典膳:お主・・・ここの子か?
典膳:(剣を鞘に納め)出ておいで。
典膳:・・・大丈夫。お主を傷付けたりはせん。約束する。
典膳:『子供は恐る恐る瓶の裏から這い出てきた』
典膳:怖い思いをさせたな。もう全て済んだから、安心して良いぞ(子供の頭を撫でる)
典膳:『子供は辿々しく(たどたどしく)ではあるが、少しずつ口を開くようになった』
典膳:『その子は元々は捨て子で、山に捨てられた所を山賊に拾われたらしい』
典膳:『拾われたと言っても、まともに世話されてきたわけでは無い』
典膳:『子供だと言うのにこき使われ、何かにつけて暴力を振るわれる』
典膳:『よく見れば、体のあちこちにあざがあった。酷い仕打ちを受けてきたのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ』
典膳:捨てられただけでも哀れなのに、拾われた先が山賊とは・・・
典膳:お主、名は?
典膳:・・・「やまと」か。良い名だな。
典膳:私は神子上典膳(みこがみてんぜん)だ。
典膳:さて、お主をどうするか考えなくては。とりあえずは・・・
0:数日前 遊郭
主人:旦那。
善鬼:何だ?
主人:霞に聞いたんですが、まだ夜伽(よとぎ)をされてないんだとか?
善鬼:・・・
主人:熱心に通って頂いてるんで、あっしはてっきり・・・
善鬼:気分が乗らないだけだ。
主人:はあ。
善鬼:(そうだ、気分が乗らないだけだ。そうに決まっている)
善鬼:(俺にはもう、迷いなんかねえ!)
0:現在 一人見回りをする善鬼
善鬼:(そうだ、今日だ!山を降りたら、真っ直ぐ霞の所に行って抱く!)
善鬼:(それが良い、きっとそうしよう。それで全部、吹っ切れる!)
善鬼:・・・ん?あれは?
善鬼:『そこに居たのは典膳だ。だが一人ではなかった』
善鬼:典膳、何してる?
典膳:兄者。
善鬼:何だそのガキは?
0:やまと、典膳の背後に隠れる。
典膳:山賊の子供です。と言っても拾い子(ひろいご)らしいですが。
善鬼:そのガキをどうするつもりだ?
典膳:村に行って、世話してくれる者を探そうかと思います。
善鬼:何故おめえが決める?まず先生にお伺いを立てるべきだろう。
典膳:・・・分かりました。
0:一刀斎が待つ岩場
一刀斎:戻ったか・・・ん?
善鬼:ガキが一人、隠れておりました。
一刀斎:ほう。
善鬼:いかが致しますか?
典膳:先生、この子は私に(任せてもらえませんでしょうか?)
一刀斎:(遮って)斬れ。
典膳:・・・・・・は?
一刀斎:聞こえなかったか?そのガキを、斬れ。
典膳:何を・・・仰って(おっしゃって)いるのですか?
一刀斎:言葉通りの意味だが?
典膳:正気ですか!?相手は子供なのですよ!
善鬼:てめえ、先生に向かってその口の利き方は何だ!
典膳:そんな事はどうでも良いでしょう!
典膳:先生!どうかお考え直しを!
一刀斎:そうだな。
一刀斎:では典膳、今回はお前が斬れ。
典膳:っ!!
一刀斎:それで俺に対する不遜(ふそん)な態度には目をつぶってやろう。
典膳:馬鹿な・・・
一刀斎:俺は野暮用がある。血の匂いも落とさねばならんのでな。
一刀斎:というわけで、俺は行く。善鬼、お前は最後まで見届けよ。どうも時間がかかりそうだからな。
善鬼:はっ!
一刀斎:もし俺の命(めい)が聞けぬとなれば・・・分かっておるな?
善鬼:無論でございます。
一刀斎:頼んだぞ(立ち去る)
典膳:先生!!
典膳:(行ってしまわれた)
善鬼:さあ、典膳。早いとこ済まして、先生を追いかけようじゃねえか。
典膳:兄者!今の先生の命(めい)、少しも疑問には思われないのですか!?
善鬼:当たり前だろ。
典膳:っ!
善鬼:そもそも俺たちは、山賊を根絶やしにする為に来たんじゃねえか。
典膳:この子はたまたま山賊に拾われただけです!山賊の一味ではありません!
典膳:村人だって、事情を話せばきっと分かってもらえます!
善鬼:だが先生は、「斬れ」と仰ったんだ。なら、やる事は一つだろ
典膳:兄者!まだほんの子供なのですよ!?
善鬼:・・・それがどうした?
典膳:そんな!
典膳:『やまとは、私の後ろで震えながら泣いていた』
典膳:(こんなか弱い子供を手にかけるなど、絶対にあってはならん!)
善鬼:なあ、典膳。頼むよ。俺も早く風呂に入って、血の匂いを落としたいんだ。
典膳:・・・風呂は、お嫌いではなかったのですか?
善鬼:人は変わるんだ。
善鬼:おめえも変われ、典膳。「優しさ」なんて、武芸者には無用だ。
典膳:私にはできません!
善鬼:良い加減にしろ!
典膳:・・・
善鬼:先生の命に逆らうなんて、許されねえ!
典膳:子供を斬る方が許されません!
善鬼:つべこべ言うんじゃねえ!良いから斬れ!
典膳:嫌です!
0:二人、しばし睨み合う。
善鬼:何でおめえには、分からねえんだ・・・
善鬼:これが俺たちの生きる道なんだ!
典膳:違います!
善鬼:「武芸者は崇高(すうこう)たれ」か?おめえの理想はな、何もかも間違ってんだよ!
善鬼:典膳、死を恐れんじゃねえ。命を奪うことを恐れるな!
典膳:意味なく命を奪うことなら、私は恐れ躊躇う(ためらう)人間でありたいと思います!
善鬼:また減らず口を・・・
典膳:兄者、お願いします!この子を助けてあげて下さい!
典膳:優しかった兄者に・・・戻って下さい!
善鬼:・・・
典膳:兄者!
善鬼:わかった、分かったよ。
典膳:え?
善鬼:悪かったな、典膳。おめえならできると思ってたんだが・・・
善鬼:・・・とんだ見込み違いだったぜ(刀を抜く)
典膳:っ!
善鬼:しょうがねえから、今回は俺が斬ってやる。
典膳:兄者!
善鬼:どけ!
典膳:(やまとの前に立ちはだかる)駄目です!
善鬼:これ以上我儘(わがまま)を言うな!
典膳:どうしてもこの子を斬ると言うのなら・・・
善鬼:何だ?俺とやり合うってか?
典膳:私を斬ってからにして下さい!
善鬼:なっ!
善鬼:・・・何でだ?そのガキの為に、なんでそこまでするんだ?
典膳:それは・・・私が「人」だからです。
善鬼:っ!
典膳:私は、先生のような「鬼」にはなれません!
典膳:それは、兄者も同じでは無かったのですか?
善鬼:・・・違う。
善鬼:俺は「鬼」だ。
善鬼:「鬼」なんだよ、典膳。
0:欅楼
穂邑:なんでこんな所に、「六文銭」が?
穂邑:・・・まさか、あの時の?
善鬼:『銭ならほら、たんまりあらあ!』
穂邑:『こら!銭をばら撒くな!』
穂邑:・・・そ、そんなわけないか。
0:穂邑の背後に、「善鬼」の影が立つ。
善鬼:『とら・・・』
穂邑:っ!
善鬼:『とら、行かないでくれ。』
穂邑:・・・その「名」で呼ぶな。
穂邑:私は「穂邑(ほむら)」だ!二度と「とら」って呼ぶな!
穂邑:昔とは違うんだ。何もかも変わったんだ。
穂邑:私は、前に進むんだ!もう、過去はたくさんなんだよ!
善鬼:『・・・』
0:逃げるのかい?
穂邑:違う、私は逃げてなんかいない。
0:逃げているじゃないか。
穂邑:違う!
穂邑:全部、アイツのせいじゃないか!
穂邑:アイツが、私を裏切ったんじゃないか!!
善鬼:『何で俺がおめえの為に、大枚はたいて身請けなんかしなくちゃならねえんだ!?』
穂邑:私はようやく・・・アイツと一緒に生きていけると思ったのに・・・
穂邑:それを・・・全部ぶち壊しやがって!
0:嘘つき。
穂邑:嘘?何が嘘だって言うんだい?
0:本当は分かってるくせに。
穂邑:知らない!私は何も知らない!
善鬼:『おめえなんか大っ嫌いだよ!』
穂邑:アイツはそう言って、私を拒絶したんだ!
穂邑:それ以上、何があるって言うんだい!
0:本気でそう思ってんのかい?
穂邑:私は・・・
0:本当の事を言いな。
穂邑:何も知らない・・・
0:気付いてるくせに。
穂邑:何も・・・
0:アイツの本心に。
善鬼:『子供を・・・斬っちまった』
穂邑:っ!
善鬼:『俺はもう人じゃねえ・・・鬼になっちまったんだ』
穂邑:・・・
0:言っちまいなよ。
穂邑:・・・ああ、そうさ。
穂邑:・・・全部分かってる。
穂邑:・・・分からないはず、ないだろ。
善鬼:『他の男に散々汚されたおめえなんか、今更女房にするわけねえだろ!』
穂邑:それがアイツの本心じゃないことぐらい、分かってるに決まってんだろ!!
穂邑:(膝から崩れ落ちる)
穂邑:アイツは、自分を許せなくなって・・・
穂邑:私の側にいる資格が無いと思い込んで・・・
穂邑:わざと、私を傷付けるようなことを言って・・・
穂邑:自分から遠ざけるように仕向けたんだ・・・
穂邑:私の、「想い残し」を、断ち切る為に。
穂邑:・・・そんな事ぐらい、分かってる。
穂邑:・・・
穂邑:・・・分かっていた、はずなのに。
穂邑:私は、気付かないフリをして・・・
穂邑:アイツの優しさに甘えて・・・
穂邑:また、逃げようとしている・・・
0:あの時みたいにね。
穂邑:そう、あの時みたいに。
穂邑:人を傷付けるアイツが怖くなって、黙って居なくなったあの時みたいに。
穂邑:・・・
穂邑:ずっと後悔していたはずなのに。
穂邑:アイツの側を離れるべきじゃ無かった、そう思っていたはずなのに。
穂邑:私はまた、同じ間違いを・・・
穂邑:そしてアイツは一人ぼっちになって・・・
0:ほら、見てごらんよ
善鬼:『助けて・・・助けてくれよ!』
穂邑:一人で、苦しみ続ける・・・
善鬼:『・・・もう、どうしたら良いのか分からねえ・・・誰か助けてくれよ!』
0:アイツを見捨てるのかい?
穂邑:・・・
穂邑:だから、分かってるって言ってんだろ。
穂邑:そうさ、よく分かってる。
穂邑:(顔を上げて)アイツを救えるのは・・・私だけだって!
0:数刻後 穂邑の部屋の戸の前に立つ一刀斎
一刀斎:穂邑。
穂邑:旦那。
一刀斎:約束通り迎えにきたぞ。何故戸を閉めている?
穂邑:・・・
一刀斎:開けるぞ。
穂邑:開けないで!
一刀斎:何?
穂邑:私はもう、旦那のお顔を見ることはできません。
一刀斎:・・・俺の申し出を、受けぬつもりか。
穂邑:はい。
一刀斎:何故だ?
穂邑:・・・「想い残し」です。
一刀斎:「想い残し」?
穂邑:もう、過去は振り返らないつもりでおりました。これからは、明日だけを見て、生きて行こう、と。
穂邑:でもね、私の中の誰かが言うんです。「何もかも捨てちゃ、駄目だ」って。
穂邑:「そんなことしたら、私が私で無くなる」ってね。
一刀斎:ほう。
一刀斎:「想い残し」とは、男か?
穂邑:・・・
一刀斎:今更、一人の男に未練か。お前の体は、今まで数え切れんほどの男を迎え入れてきたであろう?
穂邑:「体」は、確かにそう。
穂邑:けど、「心」まで渡せるのは、どうやら一人だけみたいなんですよ。
一刀斎:・・・
一刀斎:それは、俺ではいかんのか?
穂邑:・・・はい。
一刀斎:はっきり言いおったな。
穂邑:旦那、本当にごめんなさい。
一刀斎:それで俺が納得すると思うか?
一刀斎:この戸を突き破って、お前を無理矢理攫っても良いのだぞ?
穂邑:(笑う)
一刀斎:何がおかしい?
穂邑:旦那は、そんな事なさいませんよ。
一刀斎:俺がそんなに甘い男だと思うのか?
穂邑:いいえ、旦那は怖い方です。でも、私の意に沿わない事はなさらないでしょう?
穂邑:それでは・・・「面白くない」もの。
一刀斎:・・・
一刀斎:ふん。逃した(のがした)魚は、存外に大きいのかもしれんな。
穂邑:旦那・・・
一刀斎:言っておくが、お前、幸せにはなれんぞ。俺が保証する。
穂邑:まあ。不幸せを保証されたのは、生まれて初めてです。
一刀斎:・・・つまらん女だ。(立ち去る)
穂邑:『旦那が遠ざかっていく足音を聞いて、私は大きく息をついた』
穂邑:(もう、迷ったりしない!私はアイツを救うんだ!)
0:山賊の根城
善鬼:俺は容赦しねえぞ、典膳。二人まとめて、ぶった斬ってやる!
典膳:『兄者が剣を振りかざす』
善鬼:おめえにはがっかりだ。結局おめえは、自分の弱さに打ち勝てなかったんだな。
典膳:「弱さ」?
善鬼:ああ、そうさ!
善鬼:おめえはそのガキを斬って、人の道を外れるのが怖いんだろ?
善鬼:「鬼」になるのが、怖いんだろうがよ!
典膳:・・・
善鬼:この弱虫野郎が!
典膳:・・・弱いのはどっちだよ?
善鬼:あ?
典膳:弱いのは・・・アンタだろ?
善鬼:・・・何だと!?
典膳:先生の言うことに逆らえない弱虫はアンタだって言ってるんだよ!
善鬼:っ!!
典膳:それが、どんなに間違ったことでも、先生の言う事なら、何の迷いもなく従うんだろ!
善鬼:てめえ!
典膳:誰よりも弱いのは、アンタだよ。
善鬼:ふざけるな!
典膳:斬れば良い。
典膳:自分の弱さに、恐れに身を任せ、その剣を振り下ろすが良い。
典膳:私が、誰よりも・・・先生よりも尊敬した兄者は、もうどこにも居はしない!
善鬼:っ!
典膳:自分の弱さに負け、私を斬るが良い!小野善鬼!!
善鬼:(こいつ、何にも分かってねえくせに!)
善鬼:(俺はもう人じゃねえ!鬼になったんだ!)
善鬼:(いまさら後戻りできるか!)
善鬼:(・・・「後戻り」?)
善鬼:(「後戻り」って何だ?)
善鬼:(違う!俺は後悔なんかしてねえ!)
善鬼:(これは、俺が選んだ道なんだ!)
0:善鬼の背後に、善鬼自身と一刀斎の「影」が現れる。
一刀斎:『典膳・・・馬鹿な奴だ、何も分かっておらん』
善鬼:『せっかく目をかけてきたってのによ。弟弟子(おとうとでし)にするんじゃ無かったぜ』
一刀斎:『何も躊躇う(ためらう)必要は無いぞ。ガキもろとも斬り捨ててしまえ』
善鬼:『そうだ、斬っちまえば良い。相手が誰であろうと、俺に斬れねえもんなんて無え』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ!善鬼!』
善鬼:うおおお!
典膳:っ!
善鬼:『俺は刀を振り下ろした』
善鬼:『だがその時、着物の袖(そで)から小さな何かが飛び出した』
善鬼:(・・・?)
善鬼:『俺の目の端(はし)に捉えられたもの』
善鬼:『それは一枚の・・・六文銭だった』
善鬼:(・・・)
穂邑:『アンタは人だよ!』
善鬼:っ!
善鬼:『そこには居ないはずの、女の声がした』
善鬼:『振り下ろしたはずの俺の剣は、寸前で止まっていた』
穂邑:『私の腕の中で、こうして震えているアンタが、鬼のはず無いじゃないか』
善鬼:『先生の声が・・・聞こえなくなった』
穂邑:『アンタは馬鹿で』
穂邑:『乱暴者だけど』
穂邑:『本当は臆病で』
穂邑:『優しい』
穂邑:『ただの人・・・なんだよ?』
善鬼:(荒い呼吸)
典膳:兄・・・者?
善鬼:『俺は・・・』
善鬼:『もうどうやっても・・・』
善鬼:『それ以上刀を振り下ろすことは、出来なかった』
0:街中 夜
善鬼:(会いてえ・・・会いてえ!)
善鬼:『俺は歩み(あゆみ)を進めていた。夜の色街(いろまち)は、いつもと変わらぬ賑わいを見せていた』
善鬼:『いつもと何一つ変わらない風景がそこにある。変わったのは、ただ俺だけだ』
善鬼:(とら・・・とら!)
善鬼:『もう、何も考えられなくなっていた。罪の意識も、先生への恐怖も、何もかも消え去っていた』
善鬼:『もう、俺を止めるものは、何も無かった』
善鬼:(歩きながら)とら・・・
善鬼:『俺の足取りはおぼつかない。時々人にぶつかってはよろめき、倒れそうになる』
善鬼:『それでも足を止める事はない。取り憑かれたように、一心不乱(いっしんふらん)に歩き続ける』
善鬼:『とらの元へ、ただ真っ直ぐに』
0:善鬼の目指す方向、一刀斎が歩いてくる。
一刀斎:ん?
善鬼:(荒い息遣い)
一刀斎:あいつ、何故ここに?
善鬼:(荒い息遣い)
一刀斎:おい、善鬼。
善鬼:(うわ言のように)とら・・・とら・・・
0:すれ違う二人
0:一刀斎は振り返り、遠ざかって行く善鬼の背中を見つめる
一刀斎:俺に、全く気付かなかった、だと?
一刀斎:・・・
一刀斎:そうか。
一刀斎:そういう事か。
一刀斎:それがお前の答えか・・・善鬼。
0:欅楼 入口の前に立つ善鬼
善鬼:(荒い呼吸)
善鬼:『そして俺は辿り着いた。もう二度と来ることはないと思っていた場所に』
善鬼:(とら・・・)
善鬼:『俺は一歩踏み出した』
穂邑:『二度と来んな!』
善鬼:っ!
善鬼:『俺の足が、止まった』
善鬼:・・・
善鬼:・・・
善鬼:(・・・そうだ、そうだよな)
善鬼:(今更、どうしてアイツに会えるんだ)
善鬼:(あんなにひでぇ事しちまったんだ。とっくに愛想尽かされたに決まってる)
善鬼:(もう、会っちゃいけねえんだ)
善鬼:『俺は店に背を向けた。そして、元来た道を歩き出す』
善鬼:(危なかった。また、アイツを苦しめるところだった)
善鬼:(俺は何も許されちゃいねえ。だから・・・)
穂邑:ぜん!!
善鬼:っ!!
善鬼:『懐かしい名前を聞いた』
善鬼:『俺はゆっくりと振り返る』
善鬼:『視線の先にいたのは・・・俺の幼馴染(おさななじみ)』
善鬼:『この世でただ一人、俺が大切に想う女』
穂邑:・・・
善鬼:なん・・・で・・・
穂邑:そんな気がしたんだよ、アンタがここにいるって!
善鬼:・・・お、俺・・・俺、は・・・
穂邑:っ!(走り出す)
穂邑:『私は駆け出した、二人で村を飛び出した、あの日のように』
穂邑:『アイツの元に向かって』
善鬼:とら・・・
穂邑:『アイツは、私よりも遥かに大きいはずなのに、とても小さくて、とても弱々しく思えた』
善鬼:・・・
穂邑:(善鬼に抱きつく)
穂邑:『私はアイツを捕まえる。私の腕の中に、アイツがいる』
穂邑:『アイツを抱きしめる両腕に、渾身(こんしん)の力を込めた』
善鬼:俺・・・俺は・・・
穂邑:もう良い、もう良いんだ。
穂邑:何も言わなくて良い。
穂邑:オラはずっと・・・ここにいるからよ!
善鬼:(泣き崩れる)
善鬼:『その時香ったのは、いつもの伽羅(きゃら)の香りでは無い』
善鬼:『故郷の・・・土の匂いだった』
0:つづく
0:欅楼
穂邑:あら、旦那。いらっしゃい!
一刀斎:うむ。
穂邑:近頃、よくお見えになりますね。
一刀斎:ああ、お前を気に入ったからな。
穂邑:まあ、嬉しい。
0:穂邑、一刀斎に酌をする。
一刀斎:(酒を飲む)ほれ(とっくりを穂邑に向ける)
穂邑:頂戴致します。
0:一刀斎、穂邑に酌をする。
穂邑:(酒を飲む)ああ、美味しい。
一刀斎:(少し笑う)お前の店の酒だろう?
穂邑:そうですね。旦那にお酌して頂いたからかしら?
一刀斎:見え透いた世辞だな。
穂邑:でも・・・お嫌いじゃないんでしょう?
一刀斎:俺を分かったつもりなのか?
穂邑:いいえ、ちっとも。まだお名前すら知らないのに。
一刀斎:そうだったな。
穂邑:・・・と言って、まだ教えて頂けないのですか?
一刀斎:あっさり教えたら、ありがたみが薄れるだろう?
穂邑:「ありがたみ」ですか?(笑いながら)そんなにご利益(ごりやく)のあるお名前なんですかねえ?
一刀斎:まあ、そんなところだ。
穂邑:もう、冗談ばっかり。
0:酒は進み、夜は更けてゆく・・・
0:穂邑、一刀斎の膝の上に手を置く。
穂邑:ねえ・・・旦那?
一刀斎:何だ?
穂邑:今宵(こよい)も、夜伽(よとぎ)はなさらないので?
一刀斎:ああ。
穂邑:どうして?私にはそんなに魅力がございませんか?
一刀斎:誘っておるのか?
穂邑:私は、女郎ですもの。そして旦那は、女郎屋の客でございましょう?
一刀斎:抱くのが当然、という事か?
穂邑:違いますか?
0:穂邑、一刀斎の胸に頭を預け、上目遣いに顔を見る。
一刀斎:本当に、お前は良い女だ。
0:一刀斎、穂邑の腰に手を回す。
穂邑:なら、このまま押し倒したらいかがです?
一刀斎:はしたないな。女子(おなご)の言葉とは思えん。
穂邑:女郎ですもの・・・
一刀斎:もう、嫌ではないのか?
穂邑:初めていらした時のこと、まだ気にしていらっしゃるの?
穂邑:あれは一時(いっとき)の気の迷いで、お気になさることは(無いのですよ)
一刀斎:(被せて)俺は気になる。
穂邑:・・・
一刀斎:どうなのだ?
穂邑:・・・もう、嫌ではありません。心から、思っております。
穂邑:旦那の「もの」に、して頂きたいと。
一刀斎:そうか(酒を呑む)
一刀斎:俺も、お前の事を気に入った。予想外にな。
一刀斎:だが、「今は」お前を抱く気はない。
穂邑:今は?じゃあいつなら良いのです?
一刀斎:お前が女郎でいる限り、抱く事はないな。
穂邑:それなら、永久に無理ではありませんか。
一刀斎:どうかな?
穂邑:え?
一刀斎:前に言っただろう、「お前をここから連れ出してやる」、とな。
穂邑:まさか・・・私を攫う(さらう)おつもりで?
一刀斎:そうしても良い。
穂邑:・・・
一刀斎:だが、そうなると店の者が困るだろう。俺は一向に構わんが、それはお前の本意ではあるまい。
穂邑:では?
一刀斎:身請けしてやる。既に金子(きんす)の都合はつけた。
穂邑:っ!
一刀斎:次来るのは、お前を迎えに来る時だ。
一刀斎:受けるか?
穂邑:・・・
一刀斎:・・・
穂邑:・・・はい。
穂邑:・・・お待ち、申し上げております。
一刀斎:・・・相(あい)わかった。
一刀斎:その時には、俺の名を明かそう。
0:遊郭
善鬼:よう。
主人:旦那!いらっしゃいまし!
善鬼:うむ。
主人:お腰の物をお預かり致します。
善鬼:ああ(主人に刀を渡す)
善鬼:霞(かすみ)はいるか?
主人:ええ、ええ!旦那がお越しになるのを、首を長くしてお待ち申し上げておりますとも!
善鬼:そうか。
主人:ここんとこ毎日じゃあございませんか。よほど霞のことがお気に召したんですねえ!
善鬼:まあ、そんな所だ。
主人:手前味噌(てまえみそ)ではございますが、あれは良い女子(おなご)でござんすよ!
主人:器量気立て(きりょうきだて)は文句無し!何より・・・
主人:(耳打ちしながら)床(とこ)の具合は言う事なし、ってね。
善鬼:ああ・・・そうだな。
主人:どうぞごゆっくり・・・お楽しみ下さいませ。
善鬼:『この店に通うようになって、もうすぐ一月(ひとつき)になる』
善鬼:『ここの所はほとんど毎日来ている。霞という馴染み(なじみ)の女もできた』
善鬼:『もう、「とら」の事を思い出すこともあまり無くなった。嫌な別れ方だったが、アイツももう立ち直った頃だろう』
善鬼:『俺の事なんか、もうきっと想う事は無い。いや、想っちゃいけない。それがアイツの為だ』
善鬼:『そして俺も、何のしがらみも無くなった。だったら、思うままに楽しむだけだ』
善鬼:よう、霞!今日も存分に楽しませてもらうぜ!
0:何もない真っ白な空間
典膳:『兄者の手には、抜き身の剣があった』
善鬼:俺の邪魔をするやつは、全員ぶった斬る。
典膳:『兄者が上段に構える』
善鬼:おめえだろうが、誰だろうがな。
典膳:お辞め下さい!兄者!
善鬼:死ね!典膳!(剣を振り下ろす)
典膳:っ!
0:道場の離れ
典膳:わあっ!(慌てて飛び起きる)
典膳:(呼吸を乱しながら)ゆ、夢か・・・
典膳:『嫌な夢だ。兄者に斬りかかられるとは』
典膳:『まさか・・・いつかは正夢(まさゆめ)になるとでも言うのか』
典膳:(頭を振り)そんな筈はない!そんな事、あってたまるものか!
典膳:・・・ん?
典膳:『同じ部屋で寝ていたはずの先生と兄者が居ない』
典膳:こんな夜更けにどこへ?・・・道場の方だろうか?
0:道場
典膳:『道場の戸を少し開けると、予想通り二人の姿が見えた』
一刀斎:(息を深く吐く)
典膳:『しかし、私は声を掛けなかった。いや、掛けられなかった』
善鬼:・・・
典膳:『先生は上半身をはだけ、剣の柄(つか)に手をかけていた。居合(いあい)の構えだ』
典膳:『先生の三間(さんけん)ほど前方には、火の灯った蝋燭(ろうそく)が据え付けられていた』
典膳:『蝋燭の火が、空気の流れに沿って時折揺らめいている』
典膳:『兄者は少し後ろに正座し、それを見守っていた』
一刀斎:(深く息を吐く)
典膳:『先生から発せられる気は、数多(あまた)の武芸者の「それ」とはまるで違う』
典膳:『その気迫だけで身を斬り落とされそうな、冷たく、鋭いものだった』
一刀斎:ハァッ!
典膳:っ!
典膳:『先生が抜刀斬り(ばっとうぎり)を放つ。斬撃が見えぬ程の速さで』
典膳:『更に驚くべきは・・・』
善鬼:見事!
典膳:(蝋燭の火が・・・消えた)
典膳:『はるか前方にあった蝋燭の火が、先生が斬り放つと同時に消えたのだ』
典膳:(空気まで、斬り裂いたというのか・・・)
一刀斎:(刀を鞘に納める)まだ錆びついてはいないようだ。
善鬼:当然です。先生以上の達人など、この世にはおりません。
善鬼:・・・俺以外には。
一刀斎:抜かすようになったな。まだ俺の域には達しておるまいに。
善鬼:いずれ、遠くない将来、必ずや。
一刀斎:ふん、もし本当にそうなれば、秘伝を伝授せねばなるまいな。
善鬼:おお、一刀流の秘伝を!
一刀斎:秘伝は後継者にしか伝授せぬと決めておる故(ゆえ)な。
善鬼:ありがとうございます。
一刀斎:礼を言うのは早過ぎるわ。お前がその域に達することができれば、の話だ。
善鬼:必ずや、成し遂げてみせます。
一刀斎:そうなった暁(あかつき)には・・・分かっているな?
善鬼:はい。必ずや、先生を斬り殺せる程の剣士になって見せましょう。
一刀斎:愉しみ(たのしみ)にしているぞ。
典膳:・・・
典膳:『本当に師弟で殺し合うというのか。それも、理由なく』
典膳:『ただ、戦いを愉しみ(たのしみ)たい、それだけのために』
典膳:(私にはもう、分からなくなった・・・)
0:数日後 ある山間の村
典膳:『それは三人で、ある村に逗留(とうりゅう)した時のことだった』
一刀斎:ほう、山賊か。
善鬼:俺たちに、その山賊を退治して欲しい、と?
典膳:作物(さくもつ)や金品を盗んだ挙句、男は殺し、女は攫う(さらう)とは・・・非道(ひどう)な!
善鬼:先生、いかがされますか?
一刀斎:根城(ねじろ)は近くの山か。地の利は向こうにあり、更には山岳での戦い。数もそれなりにおるだろうな。
典膳:私たちだけでは、いささか心許(こころもと)無いですね。どこかで加勢を頼みましょうか?
善鬼:馬鹿野郎。
典膳:は?
善鬼:先生は「面白そうだ」と仰って(おっしゃって)おるのだ。何故それが分からん。
典膳:・・・
一刀斎:引き受けよう。皆殺しにしてやろうぞ。
善鬼:はっ!
典膳:・・・
善鬼:良いな、典膳。
典膳:・・・はい。
一刀斎:明朝(みょうちょう)立つとするか。今晩はここでゆるりとさせて貰うぞ。
善鬼:おい、酒をもて・・・(舌打ち)何をぐずぐずしている、さっさと行け!
典膳:『兄者が怒号を浴びせる。村人は悲鳴をあげて飛び出して行った』
善鬼:それから、先生は女をご所望(ごしょもう)だ。村一番の女を用意せい!
典膳:・・・
0:欅楼
穂邑:身支度(みじたく)と言っても、持っていく物はほとんど無いか。
穂邑:『私は部屋の隅から隅までに目をやった』
穂邑:『ここで、生きてきた。たくさんの男共の相手をしてきた。だがそれも、もうすぐ終わる』
穂邑:あれ?どうしたんだろ、私。
穂邑:『目に涙が溢(あふ)れていた。こんな場所でも、離れるのは寂しいと思っているのか』
穂邑:・・・辛いこと、悲しいこともたくさんあったけど、悪いことばかりじゃ無かったしね。
穂邑:そう、例えば・・・
善鬼:『やっと、見つけた!』
穂邑:っ!
穂邑:・・・
穂邑:・・・
穂邑:さ、さーてと。ちょっと掃除でもしてみるか。「立つ鳥跡を濁さず」ってね。
穂邑:火鉢(ひばち)は端にやっておこうね。(火鉢を持ち上げる)
穂邑:ん?
穂邑:『火鉢の下から、何かが出てきた。』
穂邑:これは・・・
穂邑:『それは一枚の、六文銭(ろくもんせん)だった』
穂邑:・・・
0:山賊の根城
0:山賊たちと斬り合う三人
善鬼:せやあっ!
典膳:はあっ!
一刀斎:(ため息)なんだこいつら、数が多いだけで、まるで歯応えが無いな。ふんっ!
善鬼:つまらんぞ!っ!(一人斬る)もっと楽しませろ!
典膳:・・・
一刀斎:典膳、何を呆けて(ほうけて)いる。
典膳:い、いえ。
善鬼:雑魚相手でも、戦場で気を抜けば、命を落とすかもしれねえぞ。
善鬼:言っておくが、おめえがどうなろうと、手助けなどせんからな。
典膳:・・・無用です。
一刀斎:(薄く笑う)
典膳:先生?
一刀斎:いや何、お前ら中々に面白くなったと思ってなあ。
典膳:・・・
善鬼:面倒だ、全員で来い!まてめて斬り伏せてくれるわ!!
0:数刻後
一刀斎:粗方(あらかた)片付いたか?
善鬼:はい、その様です。
典膳:(肩で息をしている)
善鬼:何だ典膳、息が上がっているじゃないか。情け無い。
典膳:(息を整えながら)大丈夫です。
一刀斎:お前ら、討ち漏らしが無いか見回ってこい。一人も逃がすでないぞ。
善鬼:はっ!
典膳:・・・はい。
善鬼:行くぞ、典膳。
典膳:二手に別れましょう。それなりに広いですから、別れた方が早いです。
善鬼:俺と一緒は嫌か?
典膳:・・・
一刀斎:(笑っている)
0:一人山中を捜索する典膳
典膳:『私は、死体があちこちに横たわる中を歩いていた』
典膳:『その地獄のような光景を目にしても、上の空(うわのそら)だった』
典膳:(私はこのまま、一刀流の門下にいても良いのだろうか?)
典膳:(あの日見た、蝋燭の火を消した先生の剣、確かに凄まじいものだった)
典膳:(私もあんな技を会得(えとく)したいと思う。しかし・・・)
善鬼:『必ずや、先生を斬り殺せる程の剣士になって見せましょう』
典膳:(その為に、「人」であることを捨てなければならないとしたら)
典膳:(それは本当に、私が歩むべき道なのか?)
典膳:(私は、一体どうすれば良いのだ・・・)
典膳:・・・むっ?
典膳:誰だっ!(刀を抜く)
典膳:『私は何者かの気配を感じ、剣を抜いた』
典膳:『そこには大きな瓶(かめ)が二つ置かれていた。飲み水が入っているのだろう』
典膳:『私は慎重にその裏側に回り込んだ。すると・・・』
典膳:っ!
典膳:『子供が・・・いた』
典膳:お主・・・ここの子か?
典膳:(剣を鞘に納め)出ておいで。
典膳:・・・大丈夫。お主を傷付けたりはせん。約束する。
典膳:『子供は恐る恐る瓶の裏から這い出てきた』
典膳:怖い思いをさせたな。もう全て済んだから、安心して良いぞ(子供の頭を撫でる)
典膳:『子供は辿々しく(たどたどしく)ではあるが、少しずつ口を開くようになった』
典膳:『その子は元々は捨て子で、山に捨てられた所を山賊に拾われたらしい』
典膳:『拾われたと言っても、まともに世話されてきたわけでは無い』
典膳:『子供だと言うのにこき使われ、何かにつけて暴力を振るわれる』
典膳:『よく見れば、体のあちこちにあざがあった。酷い仕打ちを受けてきたのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ』
典膳:捨てられただけでも哀れなのに、拾われた先が山賊とは・・・
典膳:お主、名は?
典膳:・・・「やまと」か。良い名だな。
典膳:私は神子上典膳(みこがみてんぜん)だ。
典膳:さて、お主をどうするか考えなくては。とりあえずは・・・
0:数日前 遊郭
主人:旦那。
善鬼:何だ?
主人:霞に聞いたんですが、まだ夜伽(よとぎ)をされてないんだとか?
善鬼:・・・
主人:熱心に通って頂いてるんで、あっしはてっきり・・・
善鬼:気分が乗らないだけだ。
主人:はあ。
善鬼:(そうだ、気分が乗らないだけだ。そうに決まっている)
善鬼:(俺にはもう、迷いなんかねえ!)
0:現在 一人見回りをする善鬼
善鬼:(そうだ、今日だ!山を降りたら、真っ直ぐ霞の所に行って抱く!)
善鬼:(それが良い、きっとそうしよう。それで全部、吹っ切れる!)
善鬼:・・・ん?あれは?
善鬼:『そこに居たのは典膳だ。だが一人ではなかった』
善鬼:典膳、何してる?
典膳:兄者。
善鬼:何だそのガキは?
0:やまと、典膳の背後に隠れる。
典膳:山賊の子供です。と言っても拾い子(ひろいご)らしいですが。
善鬼:そのガキをどうするつもりだ?
典膳:村に行って、世話してくれる者を探そうかと思います。
善鬼:何故おめえが決める?まず先生にお伺いを立てるべきだろう。
典膳:・・・分かりました。
0:一刀斎が待つ岩場
一刀斎:戻ったか・・・ん?
善鬼:ガキが一人、隠れておりました。
一刀斎:ほう。
善鬼:いかが致しますか?
典膳:先生、この子は私に(任せてもらえませんでしょうか?)
一刀斎:(遮って)斬れ。
典膳:・・・・・・は?
一刀斎:聞こえなかったか?そのガキを、斬れ。
典膳:何を・・・仰って(おっしゃって)いるのですか?
一刀斎:言葉通りの意味だが?
典膳:正気ですか!?相手は子供なのですよ!
善鬼:てめえ、先生に向かってその口の利き方は何だ!
典膳:そんな事はどうでも良いでしょう!
典膳:先生!どうかお考え直しを!
一刀斎:そうだな。
一刀斎:では典膳、今回はお前が斬れ。
典膳:っ!!
一刀斎:それで俺に対する不遜(ふそん)な態度には目をつぶってやろう。
典膳:馬鹿な・・・
一刀斎:俺は野暮用がある。血の匂いも落とさねばならんのでな。
一刀斎:というわけで、俺は行く。善鬼、お前は最後まで見届けよ。どうも時間がかかりそうだからな。
善鬼:はっ!
一刀斎:もし俺の命(めい)が聞けぬとなれば・・・分かっておるな?
善鬼:無論でございます。
一刀斎:頼んだぞ(立ち去る)
典膳:先生!!
典膳:(行ってしまわれた)
善鬼:さあ、典膳。早いとこ済まして、先生を追いかけようじゃねえか。
典膳:兄者!今の先生の命(めい)、少しも疑問には思われないのですか!?
善鬼:当たり前だろ。
典膳:っ!
善鬼:そもそも俺たちは、山賊を根絶やしにする為に来たんじゃねえか。
典膳:この子はたまたま山賊に拾われただけです!山賊の一味ではありません!
典膳:村人だって、事情を話せばきっと分かってもらえます!
善鬼:だが先生は、「斬れ」と仰ったんだ。なら、やる事は一つだろ
典膳:兄者!まだほんの子供なのですよ!?
善鬼:・・・それがどうした?
典膳:そんな!
典膳:『やまとは、私の後ろで震えながら泣いていた』
典膳:(こんなか弱い子供を手にかけるなど、絶対にあってはならん!)
善鬼:なあ、典膳。頼むよ。俺も早く風呂に入って、血の匂いを落としたいんだ。
典膳:・・・風呂は、お嫌いではなかったのですか?
善鬼:人は変わるんだ。
善鬼:おめえも変われ、典膳。「優しさ」なんて、武芸者には無用だ。
典膳:私にはできません!
善鬼:良い加減にしろ!
典膳:・・・
善鬼:先生の命に逆らうなんて、許されねえ!
典膳:子供を斬る方が許されません!
善鬼:つべこべ言うんじゃねえ!良いから斬れ!
典膳:嫌です!
0:二人、しばし睨み合う。
善鬼:何でおめえには、分からねえんだ・・・
善鬼:これが俺たちの生きる道なんだ!
典膳:違います!
善鬼:「武芸者は崇高(すうこう)たれ」か?おめえの理想はな、何もかも間違ってんだよ!
善鬼:典膳、死を恐れんじゃねえ。命を奪うことを恐れるな!
典膳:意味なく命を奪うことなら、私は恐れ躊躇う(ためらう)人間でありたいと思います!
善鬼:また減らず口を・・・
典膳:兄者、お願いします!この子を助けてあげて下さい!
典膳:優しかった兄者に・・・戻って下さい!
善鬼:・・・
典膳:兄者!
善鬼:わかった、分かったよ。
典膳:え?
善鬼:悪かったな、典膳。おめえならできると思ってたんだが・・・
善鬼:・・・とんだ見込み違いだったぜ(刀を抜く)
典膳:っ!
善鬼:しょうがねえから、今回は俺が斬ってやる。
典膳:兄者!
善鬼:どけ!
典膳:(やまとの前に立ちはだかる)駄目です!
善鬼:これ以上我儘(わがまま)を言うな!
典膳:どうしてもこの子を斬ると言うのなら・・・
善鬼:何だ?俺とやり合うってか?
典膳:私を斬ってからにして下さい!
善鬼:なっ!
善鬼:・・・何でだ?そのガキの為に、なんでそこまでするんだ?
典膳:それは・・・私が「人」だからです。
善鬼:っ!
典膳:私は、先生のような「鬼」にはなれません!
典膳:それは、兄者も同じでは無かったのですか?
善鬼:・・・違う。
善鬼:俺は「鬼」だ。
善鬼:「鬼」なんだよ、典膳。
0:欅楼
穂邑:なんでこんな所に、「六文銭」が?
穂邑:・・・まさか、あの時の?
善鬼:『銭ならほら、たんまりあらあ!』
穂邑:『こら!銭をばら撒くな!』
穂邑:・・・そ、そんなわけないか。
0:穂邑の背後に、「善鬼」の影が立つ。
善鬼:『とら・・・』
穂邑:っ!
善鬼:『とら、行かないでくれ。』
穂邑:・・・その「名」で呼ぶな。
穂邑:私は「穂邑(ほむら)」だ!二度と「とら」って呼ぶな!
穂邑:昔とは違うんだ。何もかも変わったんだ。
穂邑:私は、前に進むんだ!もう、過去はたくさんなんだよ!
善鬼:『・・・』
0:逃げるのかい?
穂邑:違う、私は逃げてなんかいない。
0:逃げているじゃないか。
穂邑:違う!
穂邑:全部、アイツのせいじゃないか!
穂邑:アイツが、私を裏切ったんじゃないか!!
善鬼:『何で俺がおめえの為に、大枚はたいて身請けなんかしなくちゃならねえんだ!?』
穂邑:私はようやく・・・アイツと一緒に生きていけると思ったのに・・・
穂邑:それを・・・全部ぶち壊しやがって!
0:嘘つき。
穂邑:嘘?何が嘘だって言うんだい?
0:本当は分かってるくせに。
穂邑:知らない!私は何も知らない!
善鬼:『おめえなんか大っ嫌いだよ!』
穂邑:アイツはそう言って、私を拒絶したんだ!
穂邑:それ以上、何があるって言うんだい!
0:本気でそう思ってんのかい?
穂邑:私は・・・
0:本当の事を言いな。
穂邑:何も知らない・・・
0:気付いてるくせに。
穂邑:何も・・・
0:アイツの本心に。
善鬼:『子供を・・・斬っちまった』
穂邑:っ!
善鬼:『俺はもう人じゃねえ・・・鬼になっちまったんだ』
穂邑:・・・
0:言っちまいなよ。
穂邑:・・・ああ、そうさ。
穂邑:・・・全部分かってる。
穂邑:・・・分からないはず、ないだろ。
善鬼:『他の男に散々汚されたおめえなんか、今更女房にするわけねえだろ!』
穂邑:それがアイツの本心じゃないことぐらい、分かってるに決まってんだろ!!
穂邑:(膝から崩れ落ちる)
穂邑:アイツは、自分を許せなくなって・・・
穂邑:私の側にいる資格が無いと思い込んで・・・
穂邑:わざと、私を傷付けるようなことを言って・・・
穂邑:自分から遠ざけるように仕向けたんだ・・・
穂邑:私の、「想い残し」を、断ち切る為に。
穂邑:・・・そんな事ぐらい、分かってる。
穂邑:・・・
穂邑:・・・分かっていた、はずなのに。
穂邑:私は、気付かないフリをして・・・
穂邑:アイツの優しさに甘えて・・・
穂邑:また、逃げようとしている・・・
0:あの時みたいにね。
穂邑:そう、あの時みたいに。
穂邑:人を傷付けるアイツが怖くなって、黙って居なくなったあの時みたいに。
穂邑:・・・
穂邑:ずっと後悔していたはずなのに。
穂邑:アイツの側を離れるべきじゃ無かった、そう思っていたはずなのに。
穂邑:私はまた、同じ間違いを・・・
穂邑:そしてアイツは一人ぼっちになって・・・
0:ほら、見てごらんよ
善鬼:『助けて・・・助けてくれよ!』
穂邑:一人で、苦しみ続ける・・・
善鬼:『・・・もう、どうしたら良いのか分からねえ・・・誰か助けてくれよ!』
0:アイツを見捨てるのかい?
穂邑:・・・
穂邑:だから、分かってるって言ってんだろ。
穂邑:そうさ、よく分かってる。
穂邑:(顔を上げて)アイツを救えるのは・・・私だけだって!
0:数刻後 穂邑の部屋の戸の前に立つ一刀斎
一刀斎:穂邑。
穂邑:旦那。
一刀斎:約束通り迎えにきたぞ。何故戸を閉めている?
穂邑:・・・
一刀斎:開けるぞ。
穂邑:開けないで!
一刀斎:何?
穂邑:私はもう、旦那のお顔を見ることはできません。
一刀斎:・・・俺の申し出を、受けぬつもりか。
穂邑:はい。
一刀斎:何故だ?
穂邑:・・・「想い残し」です。
一刀斎:「想い残し」?
穂邑:もう、過去は振り返らないつもりでおりました。これからは、明日だけを見て、生きて行こう、と。
穂邑:でもね、私の中の誰かが言うんです。「何もかも捨てちゃ、駄目だ」って。
穂邑:「そんなことしたら、私が私で無くなる」ってね。
一刀斎:ほう。
一刀斎:「想い残し」とは、男か?
穂邑:・・・
一刀斎:今更、一人の男に未練か。お前の体は、今まで数え切れんほどの男を迎え入れてきたであろう?
穂邑:「体」は、確かにそう。
穂邑:けど、「心」まで渡せるのは、どうやら一人だけみたいなんですよ。
一刀斎:・・・
一刀斎:それは、俺ではいかんのか?
穂邑:・・・はい。
一刀斎:はっきり言いおったな。
穂邑:旦那、本当にごめんなさい。
一刀斎:それで俺が納得すると思うか?
一刀斎:この戸を突き破って、お前を無理矢理攫っても良いのだぞ?
穂邑:(笑う)
一刀斎:何がおかしい?
穂邑:旦那は、そんな事なさいませんよ。
一刀斎:俺がそんなに甘い男だと思うのか?
穂邑:いいえ、旦那は怖い方です。でも、私の意に沿わない事はなさらないでしょう?
穂邑:それでは・・・「面白くない」もの。
一刀斎:・・・
一刀斎:ふん。逃した(のがした)魚は、存外に大きいのかもしれんな。
穂邑:旦那・・・
一刀斎:言っておくが、お前、幸せにはなれんぞ。俺が保証する。
穂邑:まあ。不幸せを保証されたのは、生まれて初めてです。
一刀斎:・・・つまらん女だ。(立ち去る)
穂邑:『旦那が遠ざかっていく足音を聞いて、私は大きく息をついた』
穂邑:(もう、迷ったりしない!私はアイツを救うんだ!)
0:山賊の根城
善鬼:俺は容赦しねえぞ、典膳。二人まとめて、ぶった斬ってやる!
典膳:『兄者が剣を振りかざす』
善鬼:おめえにはがっかりだ。結局おめえは、自分の弱さに打ち勝てなかったんだな。
典膳:「弱さ」?
善鬼:ああ、そうさ!
善鬼:おめえはそのガキを斬って、人の道を外れるのが怖いんだろ?
善鬼:「鬼」になるのが、怖いんだろうがよ!
典膳:・・・
善鬼:この弱虫野郎が!
典膳:・・・弱いのはどっちだよ?
善鬼:あ?
典膳:弱いのは・・・アンタだろ?
善鬼:・・・何だと!?
典膳:先生の言うことに逆らえない弱虫はアンタだって言ってるんだよ!
善鬼:っ!!
典膳:それが、どんなに間違ったことでも、先生の言う事なら、何の迷いもなく従うんだろ!
善鬼:てめえ!
典膳:誰よりも弱いのは、アンタだよ。
善鬼:ふざけるな!
典膳:斬れば良い。
典膳:自分の弱さに、恐れに身を任せ、その剣を振り下ろすが良い。
典膳:私が、誰よりも・・・先生よりも尊敬した兄者は、もうどこにも居はしない!
善鬼:っ!
典膳:自分の弱さに負け、私を斬るが良い!小野善鬼!!
善鬼:(こいつ、何にも分かってねえくせに!)
善鬼:(俺はもう人じゃねえ!鬼になったんだ!)
善鬼:(いまさら後戻りできるか!)
善鬼:(・・・「後戻り」?)
善鬼:(「後戻り」って何だ?)
善鬼:(違う!俺は後悔なんかしてねえ!)
善鬼:(これは、俺が選んだ道なんだ!)
0:善鬼の背後に、善鬼自身と一刀斎の「影」が現れる。
一刀斎:『典膳・・・馬鹿な奴だ、何も分かっておらん』
善鬼:『せっかく目をかけてきたってのによ。弟弟子(おとうとでし)にするんじゃ無かったぜ』
一刀斎:『何も躊躇う(ためらう)必要は無いぞ。ガキもろとも斬り捨ててしまえ』
善鬼:『そうだ、斬っちまえば良い。相手が誰であろうと、俺に斬れねえもんなんて無え』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ』
善鬼:『斬れ』
一刀斎:『斬れ!善鬼!』
善鬼:うおおお!
典膳:っ!
善鬼:『俺は刀を振り下ろした』
善鬼:『だがその時、着物の袖(そで)から小さな何かが飛び出した』
善鬼:(・・・?)
善鬼:『俺の目の端(はし)に捉えられたもの』
善鬼:『それは一枚の・・・六文銭だった』
善鬼:(・・・)
穂邑:『アンタは人だよ!』
善鬼:っ!
善鬼:『そこには居ないはずの、女の声がした』
善鬼:『振り下ろしたはずの俺の剣は、寸前で止まっていた』
穂邑:『私の腕の中で、こうして震えているアンタが、鬼のはず無いじゃないか』
善鬼:『先生の声が・・・聞こえなくなった』
穂邑:『アンタは馬鹿で』
穂邑:『乱暴者だけど』
穂邑:『本当は臆病で』
穂邑:『優しい』
穂邑:『ただの人・・・なんだよ?』
善鬼:(荒い呼吸)
典膳:兄・・・者?
善鬼:『俺は・・・』
善鬼:『もうどうやっても・・・』
善鬼:『それ以上刀を振り下ろすことは、出来なかった』
0:街中 夜
善鬼:(会いてえ・・・会いてえ!)
善鬼:『俺は歩み(あゆみ)を進めていた。夜の色街(いろまち)は、いつもと変わらぬ賑わいを見せていた』
善鬼:『いつもと何一つ変わらない風景がそこにある。変わったのは、ただ俺だけだ』
善鬼:(とら・・・とら!)
善鬼:『もう、何も考えられなくなっていた。罪の意識も、先生への恐怖も、何もかも消え去っていた』
善鬼:『もう、俺を止めるものは、何も無かった』
善鬼:(歩きながら)とら・・・
善鬼:『俺の足取りはおぼつかない。時々人にぶつかってはよろめき、倒れそうになる』
善鬼:『それでも足を止める事はない。取り憑かれたように、一心不乱(いっしんふらん)に歩き続ける』
善鬼:『とらの元へ、ただ真っ直ぐに』
0:善鬼の目指す方向、一刀斎が歩いてくる。
一刀斎:ん?
善鬼:(荒い息遣い)
一刀斎:あいつ、何故ここに?
善鬼:(荒い息遣い)
一刀斎:おい、善鬼。
善鬼:(うわ言のように)とら・・・とら・・・
0:すれ違う二人
0:一刀斎は振り返り、遠ざかって行く善鬼の背中を見つめる
一刀斎:俺に、全く気付かなかった、だと?
一刀斎:・・・
一刀斎:そうか。
一刀斎:そういう事か。
一刀斎:それがお前の答えか・・・善鬼。
0:欅楼 入口の前に立つ善鬼
善鬼:(荒い呼吸)
善鬼:『そして俺は辿り着いた。もう二度と来ることはないと思っていた場所に』
善鬼:(とら・・・)
善鬼:『俺は一歩踏み出した』
穂邑:『二度と来んな!』
善鬼:っ!
善鬼:『俺の足が、止まった』
善鬼:・・・
善鬼:・・・
善鬼:(・・・そうだ、そうだよな)
善鬼:(今更、どうしてアイツに会えるんだ)
善鬼:(あんなにひでぇ事しちまったんだ。とっくに愛想尽かされたに決まってる)
善鬼:(もう、会っちゃいけねえんだ)
善鬼:『俺は店に背を向けた。そして、元来た道を歩き出す』
善鬼:(危なかった。また、アイツを苦しめるところだった)
善鬼:(俺は何も許されちゃいねえ。だから・・・)
穂邑:ぜん!!
善鬼:っ!!
善鬼:『懐かしい名前を聞いた』
善鬼:『俺はゆっくりと振り返る』
善鬼:『視線の先にいたのは・・・俺の幼馴染(おさななじみ)』
善鬼:『この世でただ一人、俺が大切に想う女』
穂邑:・・・
善鬼:なん・・・で・・・
穂邑:そんな気がしたんだよ、アンタがここにいるって!
善鬼:・・・お、俺・・・俺、は・・・
穂邑:っ!(走り出す)
穂邑:『私は駆け出した、二人で村を飛び出した、あの日のように』
穂邑:『アイツの元に向かって』
善鬼:とら・・・
穂邑:『アイツは、私よりも遥かに大きいはずなのに、とても小さくて、とても弱々しく思えた』
善鬼:・・・
穂邑:(善鬼に抱きつく)
穂邑:『私はアイツを捕まえる。私の腕の中に、アイツがいる』
穂邑:『アイツを抱きしめる両腕に、渾身(こんしん)の力を込めた』
善鬼:俺・・・俺は・・・
穂邑:もう良い、もう良いんだ。
穂邑:何も言わなくて良い。
穂邑:オラはずっと・・・ここにいるからよ!
善鬼:(泣き崩れる)
善鬼:『その時香ったのは、いつもの伽羅(きゃら)の香りでは無い』
善鬼:『故郷の・・・土の匂いだった』
0:つづく