台本概要

 382 views 

タイトル 水閏の壺
作者名 801らぃと  (@puchin_smile )
ジャンル その他
演者人数 5人用台本(女1、不問4)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 アール/ドラゴス(@Dragoss_R)さんと、閏年をテーマに考えた、合作台本です!∩^ω^∩

※注意事項
台本ご使用の際は、非商用使用時は連絡※注意事項台本ご使用の際は、
非商用使用時は連絡不要ですが、予告なども含めて作者名を使用される際は、下記の記載をお願いいたします。
作:アール/ドラゴス・801らぃと


〜あらすじ〜
閏年にだけおきる神隠しーーー。
迷い込んだ双子の兄妹は、無事に元の世界へ戻ることができるのかーーー。
水閏(スイジュン)の壺(ツボ)より開かれる門から始まる、異世界転移物語。

台本使用の際、使います〜!使ったよ〜!と、教えてくださると作者‘sのモチベが上がりますので、ぜひ教えてくださると嬉しいです(^ω^)

 382 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
シグレ 不問 122 時雨(シグレ) 如月の双子の兄。神隠しにあったキサラギを探していたら、四年後自らも神隠しにあう。
キサラギ 89 如月(キサラギ) 時雨の双子の妹。四年前、シグレと誕生日旅行に訪れた先で神隠しにあう。
キリギリス 不問 85 霧切透(キリギリス) いいひと。キサラギを拾い薬を開発して助け、匿っていた。 決め台詞は、「霧を切っても透けるだけ」
スイセン 不問 74 翠繊(スイセン) 閂の手下。笑顔が張り付いていて、泣くときも起こるときもずっと笑っている。
カンヌキ 不問 69 閂(カンヌキ) 水の世界を管理する者。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:寒空の下、広い入江を歩くシグレ。 : シグレ:[ナレ]四年に一度訪れるそれは、僕にとって忘れられない。 : シグレ:二月二十九日…あれからもう、四年経つのか。キサラギ…どこにいったんだよ。 : シグレ:[ナレ]時は四年前の閏年(うるうどし)、僕と双子の妹キサラギが誕生日旅行に行った日まで遡る。あれは、とある入江を訪れたときだった。 : 0: : 0:(過去回想)四年前のシグレとキサラギ。旅行先の入江(いりえ)にて。 : キサラギ:うわぁ、広いなぁ。っていうか…さむっ。 シグレ:はぁ…待って。キサラギ、歩くの早すぎだよ。 キサラギ:あははっ。シグレ、最近運動不足なんじゃない? シグレ:そんなんじゃない。この地面が歩きにくいんだよ。 キサラギ:確かに少し泥濘(ぬかる)んでいるけど、歩きにくいほどじゃないでしょ。 シグレ:全然少しじゃないよ。もういいじゃん、景色楽しんだし、寒いし早く宿に帰ろう。 キサラギ:えー、折角来たんだし、もうちょっとだけ散策しようよ。閏年(うるうどし)の日だけ、完全な落潮(らくちょう)になって歩ける場所もあるんだからさ。なんか美味しそうな貝とか見つかるかもしれないよ! シグレ:キサラギ、どんだけ食い意地張ってるんだよ。お昼に貝焼き食べただろ。 キサラギ:あーあー、全く。シグレは夢がないなぁ、旅行なんだから色々楽しまないと損だよ?じゃあ、私あっちの方少し見てくるよ。シグレはあっちね。貝見つけたら、呼んでよ。 0:キサラギが別方向を向いて先を進みだす。 シグレ:あっ…キサラギ!〜〜〜っっまだ歩くのか…。仕方ない…さっさと適当な貝見つけて帰らせるしかないか。僕は、あっちね…はいはい。 : 0:辺りを散策するキサラギ。 : キサラギ:全く…シグレはすぐ帰ろうとするんだからさぁ…四年に一度なんだし、こんなタイミング滅多にないんだから、楽しまないとでしょ! 0:少し間 キサラギ:ん~、海藻とか小さい貝殻はあるんだけどなぁ…食べられる貝とかあんまりないのかなぁ。 0:キサラギは目線を前に向け、ふと辺りを見回す。 キサラギ:あれ、シグレと分かれたところから結構離れちゃったか、しょうがない…戻るかぁ、寒いし…。何もなかったなぁ、シグレにドヤされるぞこりゃ…。…ん…なんだ、あれ? 0:入江に面した山陰にある何かに気づき、確認するために小し高くなった土地に足を踏み入れ、それに近づく。 キサラギ:…へぇ、小さな島だ。祠が建ってるけど、他には何もない…。間近で見れるのは今日くらいか。…祠には、何が祀(まつ)ってあるんだろ? 0:キサラギが、祠の扉を開けて覗き込む。 キサラギ:あっ…扉開いた。ん?なんだ、これ。壺? : 0:少し間 : シグレ:[ナレ]あれから少し時間が経過して、僕はキサラギを探していた。泥濘(ぬかるみ)の足跡を頼りに居場所を探る。 : シグレ:キサラギー、どこいったー?貝あったぞー!だから早く帰ろー。 : シグレ:全く…どこまで歩いて探しているんだよ。ここ、結構海岸から離れてるし、そろそろ引き上げないと潮が満ち始めてくるのに…。(辺りに向かって叫ぶ)おーい、どこだよー!隠れてないで出てきてよー!置いていくよー。 : シグレ:…返事、ないな。まさか先回りで宿戻って驚かせようって魂胆かな、キサラギならあり得るけど。…足跡は、ここまでか。 : シグレ:[ナレ]途方に暮れつつ顔を上げると、目の前に小さな島があり、そこには扉の開いた祠が祀られていた。 : シグレ:…祠しかない島だ。誰が管理しているんだ?扉も開いてるし…。このままじゃ壊れるから閉めないと…。どうせキサラギが確認して閉め忘れたんだろうな。どうしようもないなぁ、全く。 0:祠の扉を閉めて、島から降りたシグレ。 シグレ:(辺りに向かって叫ぶ)キサラギー!僕、先に帰るからなー! シグレ:…とりあえず、宿に戻るか。キサラギも寒そうにしてたし…。きっと宿にいるだろう。 : シグレ:[ナレ]そう楽観して僕は宿に向かって歩き出す。…キサラギの姿を見たのは、その日が最後だった。 : 0:少し間 : 0:(回想終了)現在のシグレに戻る。 : シグレ:[ナレ]あの後…僕が宿に戻ってみてもキサラギの姿はなく、いくら待ってもキサラギが戻ってくることはなかった。警察にもかけあったが、いくら捜査線を巡らせても妹が見つかることはなく。警察も匙を投げた行方不明事件として、「入江(いりえ)の神隠し(かみかくし)」という見出しの記事が出回った。それは一時的に世間を騒がせることとなったが、時間が話題を風化させ、四年も経った今となっては世間の関心も薄れていた。…ただ一人、僕を除いては。 : シグレ:[ナレ]妹を見つけ出すため、僕は文献からネットのスレまで情報収集を行い、手がかりになるものを全て調べ尽くした。そうしてある日ボクの眼に留まったのは、あるひとつのスレッド。題名は『閏年(うるうどし)の神隠し(かみかくし)』。内容は、閏年(うるうどし)の日に、閏年(うるうどし)生まれの未成年者が水辺にいると神隠しに遭うというものだった。根拠は書かれていなかったが、キサラギの時と当てはまる点も多い。やはり、手掛かりはあの入り江に残されているのかもしれない。そう思った僕は、20歳になる今日を最後のチャンスと思い、記憶を頼りに、学校を休んでもう一度あの入江にやってきたのだった。 : 0:祠のある島までやって来たシグレ。 : シグレ:[ナレ]キサラギは絶対生きている。根拠はあのスレッドと同じようにない。漠然とした、双子だから分かる勘なのかもしれない。だから、僕がキサラギを迎えにいく、帰るんだ、一緒に。 シグレ:そして見つけたのは、四年前の記憶を思い起こす祠のある島。 : シグレ:…祠…あの時と変わらずだな。でも確かあの時は、祠の扉、開いていた…よな。 : シグレ:[ナレ]島に足を踏み入れ、おもむろに祠の扉を開けてみる。 : シグレ:ん…祠の中に何かある?これは、壺(つぼ)…?古いな。中身も入ってる、…まぁ一応サンプルを取っておくか。 0:シグレが中身を取り出したものをみる。 シグレ:これは、水…海水か?なんでこんなものが…。うーん…壺(つぼ)の方に何かあるのか? : シグレ:[ナレ]そして僕は、壺の中を覗き込む。 0:「ぱしゃり。」 シグレ:[ナレ]水しぶきの音が鼓膜に響いた瞬間、僕の意識は壺に吸い込まれるようにブラックアウトした。 : 0: : スイセン:[ノック音]カンヌキ様。スイセンです。 カンヌキ:入りたまえ。 スイセン:失礼します。[扉を開けて]今回もどうやら「魚」が釣れたようなので、報告にあがりました。 カンヌキ:ご苦労。しかし確認しよう。…「本当に」釣れたのかね? スイセン:勿論です。「門」が繋がったのをきちんと確認しましたし、「此方の世界」に転移されたこともしかとこの目で確認しました。 カンヌキ:そうか。わかった。…二度の失敗は許されない。穢れを鎮めるために、今回こそは確実にくべるのだよ。 スイセン:必ずや。 カンヌキ:…ふふ。やはり君は素敵だ。 スイセン:お言葉ですが、お褒めにあずかるようなことはしていない、と。 カンヌキ:改めて思っただけだよ。君のいつでも笑みを絶やさないその顔が、私はとても好きなのさ。 スイセン:えへへ、それは嬉しいです。 カンヌキ:うん。「君はそのままでいい。そのままでいてくれよ。」 スイセン:仰せのとおりに。 カンヌキ:…さて、それでは私も出かけるとしようかな。 スイセン:必要とあらば、お供します。 カンヌキ:不要だ。ちょっとした野暮用なのでね。私のことよりも、君は「浄化材」の回収に向かってくれたまえ。 スイセン:…かしこまりました。それではせめて、何処へ向かうのかだけでもお教えいただきたく存じます。 カンヌキ:そうへりくだらずとも、親愛なる側近に隠し事をするつもりはない。教えよう。 : カンヌキ:旧友の元へ向かうのさ。ひどく研究熱心な、親愛なる友の元へ…、ね。 : 0: : 0:場面転換。シグレは見知らぬ森で目を覚ます。 : シグレ:ぅ、ん…。あれ、ここは…、どこだ…? : シグレ:[ナレ]いつの間にか地面に横たわっていた僕は起き上がり、辺りを見渡す。視界に広がった景色には小さな島と祠はおろか、さざ波の音すら聞こえない。あるのは先ほど居た淋しい入江とはとても似つかない、艶やかな樹々が繁(しげ)った森の風景だった。 : シグレ:い、いったい何が起こって…、まさか、これが「神隠し」の正体なのか…? スイセン:[背後から]おや。勘がいいんだね、君。 シグレ:!? スイセン:えへへ、驚いちゃった?御免ね。 シグレ:[ナレ]いつから背後に立っていたのか、不思議な雰囲気を纏(まと)うその子供は、今も満面の笑みを僕に向けている。そして戸惑う僕を前に、朗らかにこう続けた。 スイセン:「水の世界」へようこそ、「迷い人」さん。ボクの名前はスイセン。君を元の世界に返すため、是非協力させてほしいな。 : 0: : 0:場面転換。研究所のような施設にて。 : キリギリス:[何かを作りながら]―――そうして冷徹で無慈悲な言葉の刃をひらりと交わし、俺は諧謔(かいぎゃく)たっぷりに言ってやったんだ。「おいおい、いくら(霧を切っても透ける―――。 キサラギ:[被せて]「霧を切っても透けるだけ」、でしょ。もう何百回も聞いたよその決め台詞…! キリギリス:なんだよ、そのまるで飽きたみたいな口ぶりは。 キサラギ:実際に飽きてるのー。キリギリスが半年考えて考えたってこともちゃんとカッコいいってことももう十分わかってるから。 キリギリス:…まったく。お前は相変わらずつれねえな。 キサラギ:これでもノリはいい方だよ。四年前までは双子のお兄ちゃんとずぅっとこういう話してたもん。ま、ここまでくどくど同じことは言わなかったけどね。 キリギリス:はいはだるくて悪うござんしたね。…ようし、できた。 キサラギ:いつも思うけど、よくそうやって喋りながら精密な作業できるよね。 キリギリス:これでも前はお偉いさんのところに勤めてた、れっきとした研究者だったんでね。これくらいは余裕のよっちゃんだぜ。 キサラギ:誰それ。 キリギリス:おいノリがいいんじゃなかったのか。…まあいい。「薬」もできた。出かけるぞ、支度しな。 キサラギ:はあい。ふんふんふ~ん。 キリギリス:なんだ?えらく上機嫌だな? キサラギ:ふふっ。だって、水位が下がった街を歩けるの初めてなんだもん。初めてのドキドキは、いつだって楽しいでしょ。 キリギリス:…そうだな。そして、この世界に居るのも今日が最後だ。 キサラギ:……。 キリギリス:おっと、空元気だったか? キサラギ:…そりゃそうでしょ。四年間もここで過ごしたんだよ?最初は苦手だった薬品の匂いも、今じゃ大好きだし…、寂しいよ。 キリギリス:なんだなんだ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。急に素直になりやがって。そういうのはもっと早く聞きたかったもんだ。 キサラギ:…本当に、もう会えないの? キリギリス:ああ。この世界はお前にとって危険すぎる。今日で今生の別れだよ。 キサラギ:そっか…。 キリギリス:そんなしょげるなよ。寂しいのは俺だって同じだ。それに、お前には四年間も待たせてる兄貴がいるだろう? キサラギ:そうだけど! …そう、だけど。 キリギリス:かわいい奴め。 キサラギ:うるさい…。 キリギリス:ま、そんなに悲しんでくれるんなら、元の世界に戻ってもたまに思い出してくれよ。この俺の決め台詞をな。 キサラギ:…うん。 キリギリス:いい返事だ。 キサラギ:…ん、あれ……。 キリギリス:どうした。…具合でも悪いか? キサラギ:いや。…その。なんだか、胸騒ぎがするの。 キリギリス:おいおい、まるで恋を患った乙女みたいなこと言いやがって。なんだ、もしかして俺に惚れちまってたとか? キサラギ:[キリギリスの話は聞いていないように]この感じまさか……、「シグレ」、なの? : 0: : 0:場面転換。シグレとスイセンのシーンに戻る。 : シグレ:…要は、ここは異世界で、僕は神隠しにあったってこと? スイセン:簡単に言えばそう。この世界は君たちの住む世界とは勝手が違う。なんたって、すべてが「水」でできているからね。 シグレ:水…、言われてみれば、確かに木も地面も、不自然に揺らめいてるような…。…あ、水面(みなも)に似てるのか…! スイセン:そういうこと!じゃあ、もっと詳しく説明するね。四年に一度…、君たちの世界で言うところの「閏年」(うるうどし)に、この世界と君たちの住む世界の「門」が開かれるんだ。普通は固く閉ざされているはずなんだけど、「閏年」(うるうどし)の時だけはその封印が弱まるみたいでね。君みたいに迷い込む人が出てくるんだ。そういう「迷い人」を元の世界に送り返すのが、ボクの役目なのさ。 シグレ:なる、ほど…。でも、ということはあなたたちも…? スイセン:勿論!ボクを含め、この世界の生き物はみーんな君たちの世界の生き物に似た形をしてるけど、実際は「水」が形作ってるんだ。驚いたでしょ? シグレ:ああ、とっても。…言葉も通じるし、とても、別の生き物とは思えない。 スイセン:えへへ。「迷い人」たちは口を揃えてそう言うよ。ボクたちからすると一発で違いが判るんだけどなあ。 シグレ:っ、そういうことなら一つ質問があるんだけど。 スイセン:何かな? シグレ:…「キサラギ」って女の子を知らないか。僕に似た雰囲気の子。きっと、前の閏年(うるうどし)にここに迷い込んだはずなんだ…! スイセン:きさらぎ?うーん、ごめん。知らないなあ。もしかしたら、ボク以外の人が担当したのかも。 シグレ:いや、きっと元の世界には戻ってない…!多分、今もこの世界のどこかで彷徨(さまよ)ってるんだ…。 スイセン:! そっか。それは大変だね。仲間に連絡しておくよ。 シグレ:お願い、します。 スイセン:うん。ところで、まだ君の名前を聞いてなかったね。良かったらお近づきの印に教えてくれないか。 シグレ:…シグレ、です。 スイセン:シグレくんね。覚えたよ!これからよろしく。 シグレ:[ナレ]そしてスイセンさんはにっこりとした顔をこちらに向けて、握手を促す。僕は素直にスイセンさんの「水」で形づくられたという手を握る。 : シグレ:[ナレ]でも、なぜだろう。水がひんやりしているからなのか…、僕にはスイセンさんの笑顔が、無機質で冷たいものに見えて。 : シグレ:[ナレ]安心よりも、底知れない恐怖が僕の背筋をなぞった。 : 0:場面転換。一方キリギリスとキサラギは、準備ができ、いよいよ出発しようとしていた。 : キサラギ:キリギリスっ!早くっ! キリギリス:まぁ、そう慌てるなよ。さっきまで上機嫌だったのに、急に血相変えて急げだのなんだの。 キサラギ:だってシグレがっ、この世界にきてるんだよっ!?早く会わなきゃ。 キリギリス:シグレって、お前の兄貴が?この世界に?はははっ…なんでそんなことがお前に分かるんだよ。 キサラギ:なんで分かるのか分からないけど、でも私達には分かるの!…昔からそうだった。シグレとどれだけ離れていても何処かで繋がっている気がするの、さっきの胸騒ぎは間違いない…シグレがこの世界に来てるんだよ! キリギリス:あぁあ分かった分かったから。そんな泣きそうな顔するな。―――恐らく、お前の兄貴が今回の閏年の「迷い人」であり、「浄化材」なんだろう。…きっと、四年間ずっとお前のことを探して、こっちに転移しちまったんだろうな。 キサラギ:そんなっ…!じゃあ、もしシグレが奴らと接触したら…。 キリギリス:…ああ。急ぐぞキサラギ。お前の兄貴が奴らの言葉巧みな話術と笑顔に騙されて溶かされちまう前に、お前と纏めてあっちに送ってやらなきゃならねえ。 キサラギ:うん…そう、だね。 キリギリス:…キサラギ? 0:キサラギの具合が悪そうになる。 キサラギ:……私が、シグレをこの世界に連れてきちゃったんだ…。きっとシグレは私を探していてそれで…私があの時、祠に近づかなかったら、壺さえ覗き込まなければっ…どうしよう…今から行っても、もう間に合わなかったら…シグレがもう死ん(じゃっていたら―――。 キリギリス:(被せて)キサラギ! 0:キリギリスが、キサラギの両頬を手で挟む。 キサラギ:っはぁ…! キリギリス:深呼吸しろっ…“溺れるな”。 キサラギ:…はぁっー…はぁっー。 キリギリス:そうだ、そのままゆっくり呼吸して、同化して馴染むんだ。 キサラギ:はぁっー、はぁっー。 キリギリス:よし、良い子だ。…少し、落ち着いたか? キサラギ:…うん、落ち着いた。ありがとう、キリギリス。 キリギリス:いいんだ。…薬を定期的に飲んでいるお前でも、まだ“溺れ”ちまうんだな。 キサラギ:うん、久々に“溺れて“私もびっくりしたぁ、急に来るんだもん。自分じゃ制御出来なくなっちゃうんだね…ほんとに。キリギリスにもらった薬のおかげで、頻度は極端に減ったけどさ。 キリギリス:あぁ。…毎度思うが、なんともまあ都合がいい仕組みだよなあ。感情が少しでも低迷すれば、それを引き金にこの世界の水が人間に作用し、最終的に心神喪失を起こさせ自我を失い自らの命を―――、なんてよ。それにこの人間用に開発した「薬」も未だ試作段階のものだからな…。ま、キサラギのお陰で薬のデータはだいぶ揃ってきたから、俺にとっちゃ有難い限りだが。 キサラギ:モルモットになるって言った覚えはないけれど、キリギリスの薬のお陰で、私はこの世界でも生き延びることができたんだし、感謝してるよ。 キリギリス:おぉいおい、それだけか?!一応俺はお前の命の恩人なんだぞ、もっと褒め称えてくれても良くないかねえ!?俺はそれだけのものを開発したと思っているが、そう思っているのは俺だけなのか?! キサラギ:…そういうのがなければ、良いんだけどなぁ… キリギリス:ん?なん(だって―――。) カンヌキ:(被せて、拍手) : キリギリス:?! キサラギ:!? カンヌキ:なるほど、なるほど。やはり君は素晴らしいよ、元水質保全研究所所長のキリギリス研究医。…まさか浄化材を活かす薬がこんな短期間で開発されていたとは驚いた。つくづく君は私の予想を大きく覆(くつがえ)してくれるね、まったく。 キサラギ:…誰なの?! キリギリス:チッ…、間が悪いのは相変わらずだな、カンヌキ。 : 0:暗闇の中から現れたカンヌキ。 : カンヌキ:おやおやどうしたキリギリスくん、そんな顔をして。私は久々に旧友に会えて感極まっているというのに、君は違うのかね? キリギリス:(鼻で笑いながら)はっ。俺とお前が旧友だと…いつの時代の話をしているんだ。俺が研究所を辞めた後、俺の天才的な頭脳が手前にとって悪い方向に使われるのを危惧した挙句、一度は追いかけ回して殺そうとした奴が、どの面(つら)さげてそんな台詞を吐けるのか甚(はなは)だ疑問だ。 カンヌキ:はは。まさか君には研究だけではなく、かくれんぼの才もあったとは、驚いたよ。[ぎろりとキサラギを見る] キサラギ:ひっ…。 カンヌキ:やはり、前回の浄化材は君が隠していたんだねえ。悪い子だ。早くそれを渡しなさい、そして…、私の元へ戻っておいで。今投降するならば、特別に軽い罰で済ましてあげよう。 キリギリス:戻ってこいだと?はっ、何を今更。呆れを通り越して笑えてくるぜ。ここが見つかったのは誤算だったが…、ちょうどもう捨てようと思ってたところだ。 キリギリス:カンヌキ…。 カンヌキ:いつまでそんな子供騙しの悪足掻(わるあが)きを続けるつもりかね。そろそろ観念したまえよ。浄化材と共に行動するなど、限界もきているんじゃないか? キリギリス:そんなことないさ。いつまでも研究所(あそこ)にいる方が具合が悪くなるってもんだぜ。 カンヌキ:さっさと渡せば良いものを。なぜそこまで浄化材(それ)に拘(こだわ)る?君はこの世界の住人だ。この世界の安寧(あんねい)を望んでいるだろう? キリギリス:なぜ?ははっ、さぁな。 0:キリギリスがキサラギを抱き寄せる キサラギ:うわっ、ちょ。キリギリス?! カンヌキ:なんの真似だい?ふっ…浄化材とはとても親密な関係になったようだね。 キリギリス:あぁ、お前と違ってな。…カンヌキ。俺が逃げた時のこと、覚えてるか? カンヌキ:もちろん、忘れもしないよ。今度は何をしでかすつもりかね。 キリギリス:はははっ、そりゃあもちろん。俺の名前は「霧切透」(きりぎりす)!名の通り…、「霧を切っても透けるだけ」ってことだ! : 0:キリギリスが光を遮断し、薬品数種類をカンヌキに投げ水蒸気をつくる。 : カンヌキ:ほぅ、水蒸気の目くらまし。周りの水をうまく活用したか。だがそこからどう逃げるというのかね?まさか、本当に身体が透けるわけではあるまい。 : 0:水蒸気が晴れると、キリギリスとキサラギの姿はなく、空の研究所だけが残されていた。 : カンヌキ:…これは素晴らしい。本当に消えるとはな。…また新たな薬を開発したということか。ふっ、まぁ良いさ。今のうちにせいぜいたくさん逃げ惑いたまえ、キリギリスくん。私は必ず浄化材(それ)を回収しに行くよ。この世界の秩序と安寧(あんねい)のためにね。いつまで逃げきれるか見物だな…、ははははっ。 カンヌキ:さあて、次は鬼ごっこか。 : 0:場面転換。その頃、シグレとスイセンは。 : シグレ:(あたりを見回しながら)うわぁ…。 スイセン:えへへっ、どう?街、結構賑わっているでしょ。シグレくんたちの世界と同じように、この世界にも四年に一度の貴重な催しがあってね。そのお祭りが街で行われているんだ。 シグレ:いや、僕たちの世界ではこんなお祭りなんてないですよ。 スイセン:えぇっ?初耳だなぁ。 シグレ:"ただ四年に一回、一日が増えるだけ"ですから、きっと別にお祝いすることでもないんでしょうね。 スイセン:ふぅん。一日増えるって感覚が、ボクにはよく分からないけど。シグレくんたちの世界はお祭りないのかぁ。なんだか冷たいね、楽しめばいいのに。 シグレ:まぁ僕や妹みたいに、今日が誕生日の人は別でしょうけどね。特別な四年に一度の誕生日ですし。 スイセン:えぇっ、シグレくん今日誕生日なんだぁ!じゃあさ、せっかくこの世界に来たんだし、お祝いしないと!うーん、この世界の名物と言ったらやっぱりあれかなぁ。それとも、あっちの方がいいかなぁ。 シグレ:いや、そんな気を(遣わなくても―――) スイセン:[被せて]ちょっと待ってて。 0:スイセンがお店の方へ走っていく。 シグレ:えっ、ちょ、スイセンさん!?[後を追う] スイセン:すみませんおじさん、これを一つ。とびきり美味しいやつを頼むよ。 シグレ:ちょ…何買っているんですか? スイセン:?君へのお祝いだよ、これだけは絶対食べなきゃってやつ。美味しいんだよ、これ。ボクも好きなやつだから、ぜひシグレくんも食べてみてほしいな。 シグレ:だ、大丈夫ですよっ。気を遣って頂かなくて。 スイセン:気なんて遣ってないよ、シグレくんをお祝いしたいだけ。シグレくんこそ、変な気を遣ってないかな? シグレ:いえ、僕は元々こんな感じなのでっ。それに…、今はちょっと食べられる体調じゃないというか。 スイセン:ん?…あぁ、そっか。この世界に来たばかりだものね。ごめんよ、君のことを分かってあげられなくて。じゃあ、これは僕が食べるね~。 シグレ:はい…すみません。 シグレ:[ナレ]なんとなく、“よもつへぐい”じゃないけれど、この世界の食べものは食べてはいけない気がして断ってしまった。スイセンさんには申し訳ないけど。キサラギは、まさか…食べてないよな…。 0:スイセンが、店員から食べものらしき物を受け取る。 スイセン:ありがとう、おじさん。じゃあシグレくん、まずは街を案内しながらボク達の拠点(おうち)へ案内するよ。 シグレ:…よろしくお願いします。 スイセン:えへへ、そんな緊張しなくてもいいのに。ボクとすぐ会えたんだから、君は幸運な方だよ。 シグレ:え、会えないと何かまずいんですか? スイセン:特にそういうわけじゃないけれど。知らない世界に独りきりは心細いだろうと思ってさ。 シグレ:まぁそう、ですね…。 スイセン:(小声で)シグレも早くあの方にお会いすれば、目的なんてすぐ忘れるよ。 シグレ:…今、何か? スイセン:ん?いやあ、別に。ほら、行方不明なんでしょ、シグレくんの妹さん。どこかで出会えたらいいなあって思っただけだよ。 シグレ:そう、ですか。 スイセン:でもまずは、君をボクの仲間に紹介するのが先だね。だから申し訳ないけれど、今はボクについてきてくれるかい? シグレ:わかりました。ありがとうございます。 スイセン:えへへっ。街を見ながらで構わないけれど、くれぐれもボクからはぐれないようにね~。 : 0:少し間 : 0:シグレとスイセンは街を歩く。 : シグレ:[ナレ]なんだ…この違和感。さっきからずっと…この街に入ってから、やけに感じる視線。行き交ってすれ違う人たちも、さっきの店のおじさんも…みんな僕を「見てる」。歓迎するような温かい雰囲気じゃない、氷水のような冷ややかな視線…。冷遇、という言葉が一番適切かもしれない。なんなんだ、僕がこの世界にとって異質な存在だからなのか…? : シグレ:[ナレ]そんなことを考えていた僕は、呆気(あっけ)なくスイセンさんと逸(はぐ)れてしまったのだった。 : シグレ:うぅ…、この視線の中で一人きりは耐えられない……いったい誰に、声を…かけたらっ、?…なん、だ、息がっ…! : シグレ:[ナレ]不安で気持ちが押しつぶされそうになった途端、呼吸の仕方を忘れてしまったように、息ができないことに気がつく。まるで、水の中で、"溺れる"ように。 : シグレ:うぐっ…だ、れかっ…! : シグレ:[ナレ]ダメだ。意識が、途切、れ――― : キサラギ:シグレっ! : シグレ:[ナレ]倒れゆく最中(さなか)、聴き馴染みのある声が、僕の身体をそっと受け止めたような気がした。 : 0:場面転換。シグレと逸れたスイセン。 : スイセン:もう、あれだけ逸(はぐ)れないようにと言っていたのに。 : スイセン:困ったなあ。どうすれば正解なんだろう。来た道を戻って探す?いや、一度カンヌキ様に報告した方が―――。 : シグレ:[スイセンの追憶]なぜお前はそんな浮かない顔しかできない!? : スイセン:ああ違うっ!あの方は旧友の元へ向かっているんだった。なら人込みを掻き分けて―――。 : キリギリス:[スイセンの追憶]お前は出来が悪いんだ、せめてその顔だけでもなんとかしろ! : スイセン:でも、もしこれで「浄化材」を取り逃がしたら、ボクはきっと―――。 : キサラギ:[スイセンの追憶]あの子、ずっと笑ってて気持ち悪いわよね…。 : スイセン:えへ、へ。ようし、今から戻ってあいつを探すぞ―――。 : カンヌキ:その必要はないよ。 : スイセン:っ!か、カンヌキ様。どうしてここに。 カンヌキ:逃げられてしまったんだよ、恥ずかしがり屋な旧友に。…まあ、魚を逃がしたのは君も同じだったようだが。 スイセン:…申し訳、ございません。 カンヌキ:構わないよ。前回とは違って、まだ取り返せるからね。 スイセン:…はい。それでは、すぐに見つけてまいります。 カンヌキ:待ちたまえ。私も同行する。 スイセン:えっ?カンヌキ様がご一緒してくださるのですか? カンヌキ:どうやら現在、私の旧友と今回の浄化材が一緒にいるようでね。目的地が同じなんだ。だから君の仕事を手伝うわけじゃない。そこは勘違いしないでくれ。 スイセン:かしこまりました。 カンヌキ:よろしい。では急ぐとしよう。世界が汚れたまま、花が飛んでしまう前に。 : 0:場面転換。街から離れた入江近くの洞窟にて。 : シグレ:[ナレ]水が滴る音が聴こえる。ここは…、洞窟?なんで…、確か街にいて、スイセンさんと逸(はぐ)れて、それで…。うっ…胸の辺りが痛い…そうだ、急に呼吸ができなくなったんだ。そしたら、キサラギの声がっ…! : シグレ:っ、キサラギっ! キサラギ:うわぁ、びっくりしたぁ! シグレ:!キサラギ…?本当に、キサラギなのか!? キサラギ:本物じゃなかったらなんだって言うの。ふふっ、お化けとか? シグレ:っ…、…この四年間、僕がどんな思いで探し続けたと思って…っ! キサラギ:…ごめん、シグレ。ずっと心配かけて。 シグレ:……生きていてくれて、良かった。…大きくなったね、キサラギ。 キサラギ:うっ…うん、私もっ…シグレに、また会えて良かった…探してくれてありがとう…っ! シグレ:[ナレ]僕の胸に泣きながら飛び込んできたキサラギは、四年前に別れたあの時のままと変わらずで、僕自身もようやく心の底から安堵して、泣きじゃくる彼女の背中を優しく受け止めた。 キサラギ:ううっ、ずびっ…鍵も用意してくれてるしっ、流石私のお兄ちゃんだよっ!奴らのとこに連れて行かれる前に会えて…間に合って良かったよ…。 シグレ:え、鍵?奴ら?それに間に合ってって…、どう言う意味? 0:洞窟の奥から声が聞こえてくる。 キリギリス:(被せるように)いやぁ、兄妹の再会とは…この俺でも、ずびっ…なんか心にくるものがあるなぁ。…これが感動ってやつなのか!? シグレ:っ、誰だ…! キサラギ:大丈夫。この人は私を助けてくれた人なの。 シグレ:え、いかにもマッドサイエンティストみたいな見た目の、この人が? キリギリス:ははははは。さすがキサラギの兄貴なだけあって、似てるなぁ…特にこの直接的な言い回しがよ。 キサラギ:ちょっとキリギリス!私はもうちょっと言い方はソフトだと思うけど? キリギリス:つれねぇ言い方はそっくりだと思うがねえ。 シグレ:あのっ…すみません。状況はまだ全部飲み込めてないのですが、キサラギの反応をみれば、悪い人じゃないってことは分かりました。僕たちを助けてくれてありがとうございます。 キリギリス:ほぅ…妹と違って順応がとびきり早ぇみたいだな……簡単に自己紹介すると、俺はキリギリスってんだ。この世界の住人で、とある研究所でお前達人間について研究してた元研究者だ。ま、紆余曲折(うよきょくせつ)あって今はそこを抜け出してひっそり科学者をやっている。 キサラギ:それで、私はシグレと同じように迷い込んだ時キリギリスに拾われたの! キリギリス:キサラギを助けられたのは本当に運が良かった。俺と出会わなけりゃ、すぐに死んじまってたろうからな。 シグレ:死ん…っ!? キリギリス:安心しろ。お前はもう大丈夫だよ。眠ってる間に薬は投与済みなんでな。 シグレ:薬…、それのおかげで、僕もキサラギも助かったってことなんですか? キリギリス:その通りだ。倒れた時のこと、覚えてるか。呼吸ができなくなっただろう?あれは悲観的な思考が引き金となって起こる、思考を"溺れさせて"自死へ導く現象だ。こっちに来た奴らは大抵それですぐ死ぬ。お前たち人間はこの世界と同化できないからだ。さっき飲ませた薬にはそれを抑制する効果がある。つまり、俺のおかげで"溺れず"にこの世界に同化できてるってことだ。天才だろ? シグレ:…はい。キリギリスさんは命の恩人です。本当にありがとうございます。 キリギリス:キサラギの兄貴のくせに素直だな!出会ったのが今日なのが悔やまれる。 キサラギ:ちょっとそれどういうこと!? シグレ:…でも、待ってください。その話を聞く限り、僕たちはこの世界に来てすぐに死んでしまう、ってことじゃないですか?!そんなこと、僕はスイセンさんから一言もっ! キリギリス:…スイセン。やはりもう接触していたか。俺たちが見つけたときに居なかったのはとんでもなく幸運だったようだな。 シグレ:それは、どういう…? キサラギ:…落ち着いて聞いて。シグレはあの人に騙されてたんだよ。 シグレ:え…? キサラギ:そう。キリギリスが言うには、私やシグレを含め、人間がこの世界に連れてこられるのは全部スイセンさん達の仕業なんだって。 シグレ:スイセンさん、の…? キリギリス:今日初めてここに来たお前はわからないだろうが、この世界は四年前から徐々に汚れて来ていてな。汚染された世界の基盤…、「水質」を清潔に保つためには、生贄が必要なんだ。生命エネルギーをくべることによって、この世界は輝きを取り戻す。だからこそあいつらは、この世界を護るために異世界から人間を引っ張ってきて、炉心(ろしん)に捧げるんだ。 シグレ:…なら、元から僕たちは…っ。 キリギリス:…この世界の秩序を保つために呼ばれた「生贄」。そして奴らは、お前たち人間を道具としてしか見てないクソ野郎どもってことさ。 : カンヌキ:上司への陰口はそのあたりで辞めていただこうか。 : キサラギ:っ、嘘、もう追いつかれたの…!? スイセン:…嘘もバレちゃったし、ヘマもしちゃった。…えへへ、次こそは逃がさないよ。 シグレ:スイセン、さん…っ。 キリギリス:危なかったなあシグレ。あいつについてったが最後、気味の悪い奴らに看取られて、今頃深い水の中に消えてたぜ。 スイセン:キリギリス様。一度研究室を抜け出した身とはいえ、先ほどカンヌキ様を侮辱(ぶじょく)したことは見逃せませんよ? キリギリス:ははっ、従順な兵隊っぷりは相変わらずだなスイセン。四年も経てば笑い方も変わったかと思ったが、そうでもなさそうじゃねえか。 カンヌキ:減らず口を叩く暇があるのなら、大人しくその人間たちをこちらに引き渡してもらえると助かるのだがね。 キリギリス:断る。俺はもうお前には二度と従わないって決めてんだ。 カンヌキ:見ない間に随分と意固地になってしまったね、まるで子供のようだよキリギリスくん。 キリギリス:なんとでも言いやがれ、外道が。おいお前ら、俺の後ろに下がってろ。 シグレ:は、はい…。 スイセン:…解りませんね。水質保全研究所に勤めていたあなたなら当然知っているはずです。生命を生贄に捧げなければ「この世界はいずれ汚れ果てて崩壊する」。彼らを生かすということは、我々が消えるということなんですよ? キサラギ:え…っ? キリギリス:知ってるさ。それを承知の上で俺はこいつらを逃がす。 キサラギ:キリギリス!?そんなの聞いてないよ!世界が少し汚くなるだけで、他は何も影響がないんじゃなかったの!? カンヌキ:つくづく理解しかねるな、君の考え方は。知能が発達しすぎると一周回って思考が鈍ってしまうのか?よぅく考えたまえよキリギリスくん。その人間たち、たった二人の命でこの世界と我々は存続を許される。生命を一つ犠牲にするだけで救える命は数えきれないんだ。しかしそれを逃がせば滅ぶのはこの世界。救われる者が多いのはどちらか明確だろう? キリギリス:その問答を振る以前に、真に間違っているものに気づけていないなカンヌキ。 スイセン:本当に、間違っているもの? キリギリス:そもそも論ってやつだよ。…生贄がないと機能しない世界こそが間違い。違うか? カンヌキ:…君には、心がないのか?その身勝手な自己犠牲でどれほどの無垢なる民が消えると思っているんだ? シグレ:そ、そうですよキリギリスさん!それって僕たちを助ける代わりに、キリギリスさんやスイセンさんが死んじゃうってことじゃないですか! キリギリス:そうだ。…だが、俺はそれでいい。もう懲り懲りなんだよ。お前たち人間が、苦しそうに喘(あえ)いで死んでいくのを見るのは。 キサラギ:キリギリス…。 カンヌキ:よろしい…結構だ。残念だよ、どうやら私と君はもう二度と分かり合えない。…君のことは、彼らを炉心に捧げた後、危険分子として排除することにしよう。 キリギリス:やれるもんならやってみろ。 スイセン:しかし、いったい彼らを匿(かくま)ったところで何になるというんですか?甚(はなは)だ疑問です。あちらからこちらに渡る門は片道切符。いくら生かそうが逃げようが、いずれは母なる水に飲まれて死にゆく運命(さだめ)だというのに。 シグレ:っ、そんな…。 キリギリス:安心しろよ。手筈は整えてある。そのための閏年だ。 カンヌキ:ほう。 キリギリス:キサラギ。「鍵」は持ってるか! キサラギ:う、うん!場所もちゃんと確認したから、完璧に暗記できてる…、ハズ。 キリギリス:おいおい、曖昧だな。だが、お前はそれでいい。それとシグレ! シグレ:は、はい…! キリギリス:…手間のかかる妹のこと、ちゃあんと面倒見てやるんだぞ。四年間、お前の代わりを請け負ったキリギリス様との約束だ。 シグレ:っ…、勿論です。 スイセン:逃げる気なら無駄ですよ。ボクの部隊が既にこの周辺を取り囲んでいます。かごめかごめの檻からは抜け出すことは叶いません。 キリギリス:まあ見てろ。…そんじゃ、ここらでお別れだ!…幸せに暮らせよ。祈ってるぜ。 キサラギ:っ…、キリギリス! キリギリス:「作動」っ! シグレ:[ナレ]キリギリスさんが呟くと、揺らめく空に光が奔(はし)る。その鮮烈さは、まるで稲光のようだった。 カンヌキ:…なんだ、あれは? キリギリス:さあ、行け!前だけを見て走れ! キサラギ:…ありがとう、さようならキリギリス!さあ、行くよシグレ!![走り出す] シグレ:っ、わかったっ…!![キサラギに手を引かれて走り出す] カンヌキ:スイセン。 スイセン:勿論です。次こそは、次こそは逃がさないっ…!![追いかける] キリギリス:…はっ、この俺がそう上手くことを運ばせると思うか? カンヌキ:…?これは何だ…、水滴が落ちてくる…? キリギリス:こいつはこの日の為に用意した秘密兵器だ。もしもお前たちに出くわしても大丈夫なようにな。…もう二度と、てめえらにあの子たちを、人間を殺させはしねえ。 カンヌキ:そうか。―――ならば、君から死ぬといい。 キリギリス:上等だ、この俺を斬れるものなら斬ってみやがれっ! : シグレ:[ナレ]さっきのスイセンさんの言葉が本当なら、僕たちは永遠にこの世界から抜け出せない。でも…、後ろからちらりと見えたキリギリスさんの眼は、底知れない覚悟と希望が宿っていて。見ない間に随分成長した僕の妹の暖かい手が、「私を信じて」と言っていたから。僕は何の迷いもなく走り出せた。 キサラギ:しばらく走るよ!バテずに私についてこられるっ!? シグレ:当たり前だろ…っ!僕はいつもキサラギに体育の成績勝ってたんだから! キサラギ:ふふ、そうだった!なんだか懐かしいね…っ! スイセン:―――逃がさない…っ!今度こそ、今度こそ、今度こそ…っ!! シグレ:[ナレ]スイセンさんの声。うめきにも似たその叫びは、どんどんと僕たちに近づいてくる。 キサラギ:っ…、足速いな、あの人…っ! シグレ:キサラギ、声が―――。 キサラギ:大丈夫!…きっとそろそろだからっ! シグレ:そろそろって―――、? 0:空から水が降ってくる。それは―――。 シグレ:これは…っ、「雨」? キサラギ:大正解っ!でも、ただの雨じゃないよ!この雨は、「最終兵器」だからね! シグレ:最終兵器っ…? スイセン:待てっ、へへ、えへへ…!!ボクは、君たちを捕らえて…っ!あの方に…っ!カンヌキ様に、褒められるんだ…っ!! キサラギ:ふふっ…、悪いけど、その執念は不完全燃焼で終わるよ…っ! シグレ:[ナレ]スイセンさんの声がどんどん近づいてくる。なのに、キサラギは余裕そうに笑う。 スイセン:っ…、この、水滴は…っ、熱っ…!い、いったいこれはっ…!?熱い、痛い、熱いよぉっ…!! シグレ:ひ、ひるんでる…? キサラギ:ふっふっふー♪この雨こそは天才科学者キリギリスの発明した最強兵器、「水だけを溶かす酸性雨」!二年以上かけて試行錯誤してただけあって、効果は絶大みたいだねっ! スイセン:あぁっ、熱いっ…!痛いっ…!!えへへ、助けて、助けてよぉ…っ!! キサラギ:よし、追ってくる足音が止まった!目的地はすぐそこ、このまま突っ切るよシグレ! シグレ:うんっ! 0:そうして辿り着いたのは、繁る森の奥。そこには―――。 キサラギ:―――着いた、多分このあたりに…、あった! シグレ:これは…、あの入り江にあった祠?…でも、壊れてる。 キサラギ:そう、この祠が異世界同士を繋ぐ門なんだよ!見てくれは壊れてるけど、機能さえ取り戻せれば…っ! シグレ:っ…、それは…、壺?随分小さいけど。 キサラギ:大きさは関係ないの!あとは、今降ってる雨水を溜めて…。シグレは今のうちに瓦礫の奥にある扉を開けて! シグレ:扉…、これでいいのか!? キサラギ:ばっちり! : スイセン:見つ、けた…っ!!ぐ、ぅっ…、えへへへ…、絶対に、君たちは連れて帰るんだ…っ!! : シグレ:っ、キサラギ! キサラギ:わかってるっ!…よし、これだけあれば十分なはず!それとっ…もう一つの鍵!これがないと戻れないから、用心深いシグレに感謝だよっ! シグレ:あっ、それ、僕たちの世界の水か! キサラギ:そう!シグレが迎えにきてくれるなら絶対持ってきてくれるって信じてたよ!二つの世界の水を混ぜたこれを祠の前に置いて…。いい?いっせーので壺の中の水を覗き込むよ? シグレ:わかった。 キサラギ:行くよ? : キサラギ:いっせーの、でっ! スイセン:[なるべく被せて]させないっ!! : シグレ:[ナレ]鮮明に聞こえたキサラギの声を信じて壺を覗き見る。その瞬間、僕の意識は数時間前と同じように壺の中へ吸い込まれた。 : 0: : 0:場面転換。元の世界。祠しかない島で倒れているシグレと―――。 : シグレ:[目覚める]うっ…潮(しお)の香り…?ここはーーー 0:シグレが起き上がり、近くに倒れていたキサラギに駆け寄る。 シグレ:はっ!キサラギっ!おい、起きろっ、キサラギ! キサラギ:うっ…ん…シ、グレ?帰って、来れたの?私たち…。 シグレ:あぁ!ほら、見てみろよ! 0:起き上がったキサラギは、四年ぶりの懐かしい香りと景色を徐々に感じる。 キサラギ:……潮(しお)の…香り。ちゃんと、土に、木に、空…だ…。うっううう… 0:キサラギは涙を流しながらシグレに抱きつく。 キサラギ:シグレェっ! シグレ:うぁっ…っいってて。急に飛びつくなよ! キサラギ:私たち、帰って来れたんだっ…うわぁあああん…!良かった…良かったよぉお。 0:キサラギがちゃんとこの世界にいることに安堵するシグレ。 シグレ:あぁ、おかえり…キサラギ。ここが、僕たちのいるべき場所だよ。 : 0:少し間 シグレ:キサラギ、少し落ち着いたか? キサラギ:うん、ありがとシグレ!もう、大丈夫。 シグレ:そろそろ潮が戻ってくるから…行くよ。 キサラギ:うん…。 0:祠のある島から離れて歩きだすシグレとキサラギ。 シグレ:わっ…僕がきた時よりも、霧が深いな… キサラギ:霧………ふふふっ。 シグレ:ん?どうしたキサラギ? キサラギ:ふふっ、この四年間、何百回と聴かせられた決め台詞を、ちょっと思い出しただけだよ。 シグレ:あぁ、キリギリスさんのことか。助けてくれた時、本当にかっこよかったなぁ。あの人の決め台詞…ユーモアありそうだけど、一体どんな…? キサラギ:[キサラギの言い方を真似るように]“いくら霧を切っても透けるだけ”ーーーってさ。 : 0:場面転換。その頃、水の世界では……。 : カンヌキ:…まったく、呆れたものだね。私が君よりもずっと強いことを忘れてしまっていたのか?もしくはあんな子供だましで戦力差を覆せると?友よ、それは過信というものだ。やはり頭が良すぎるとかえっていけないのかもな。 キリギリス:ぐっ、ぅ…。 カンヌキ:さて、それで。…いつまでそこで様子を伺っているつもりだね、スイセン。 スイセン:! ぁ…。 カンヌキ:わかりきっていることだが、一応聞くとしよう。…彼らはどうした? スイセン:…取り逃がし、ました。申し訳ございません…、申し訳ございませんっ、カンヌキ様っ…!! カンヌキ:…ふむ。それではキリギリスくんの目論見(もくろみ)通り、いよいよ世界崩壊の危機というわけだ。八年も水質が汚染されたままなんてことは、きっと前代未聞だろう。 キリギリス:はっ…、俺の勝ちってことだよ、カンヌキ。人間は少なくともあと四年はやってこない…。その間にこの世界は自然に崩壊するだろう。もう俺たちにできるのは、ただ終わりを待つことだけだ…。 カンヌキ:君の破滅願望は狂気じみていて実に興味深い。こんな面白い研究材料を解剖できないまま終わる、というのはなんとも惜しい。 スイセン:カンヌキ様…、えへへへ…、ごめんなさい…、ボクが、もっと機転を効かせられればっ…! カンヌキ:……仕方ないよ。君の力では今回もどうにかならなかった。それが現実だ。起きてしまったことは受け入れるしかないさ。 スイセン:…ご期待に沿えず、本当に申し訳―――。 カンヌキ:[被せて]謝罪は聞き飽きたよ。謝ったところで浄化剤が戻ってくるわけじゃない。それ以上の言葉は私の感情を逆撫でするだけだと教えておこう。 スイセン:っ…。はい。 カンヌキ:さて。仕方ないな。…これだけはやりたくなかったのだが、仕方あるまい。 キリギリス:何をするつもりだ…? カンヌキ:決まっているだろう。この世界の清潔を取り戻すんだよ。 キリギリス:…なんだと? スイセン:それは、どうやって…。 カンヌキ:では逆に聞くが。…「浄化材は人間でなくてはならない」なんて言う規則を君たちは聞いたことがあるかね? スイセン:っ!? カンヌキ:固定観念、というやつだ。何十年、何百年も異世界の人間を浄化材に使ってきたからこそ、さもそれが普通であると錯覚する。そう、君たちには特別に教えておこう。「浄化材は、生命エネルギーを持った者」ならなんだっていいのだよ。それこそ…、キリギリスくん。君を浄化材に使ったって、ね? キリギリス:…っ、ふざけやがって。 カンヌキ:私は同胞たちを生贄にすることをずっと躊躇(ためら)っていただけなのだよ。この世界を愛しているが故にね。だからこそわざわざ回りくどい方法を使ってまで人間を引っ張り出していた。人間は勝手に溺れてくれるので、手間がかからないという利点もあるがね。…それにしても。自分を賢者であるように宣(のたま)うにしてはこんなことにも気づけないとは。きっと君は天才ではなく、ただの発明好きの凡夫(ぼんぷ)だったのだろうねえ。 キリギリス:……っ。 カンヌキ:そして、この世界の住民を溺れさせる薬は…、私の懐に。[薬を取り出す] スイセン:さ、流石カンヌキ様!えへへ、どこまでも抜け目がなく、頭脳明晰でいらっしゃいますね。 カンヌキ:ありがとうスイセン。さて…、それでは時間も惜しい、さっそく始めるとしようじゃないか。 キリギリス:…っ、くそが。 カンヌキ:ん?ああ、勘違いさせてしまったかな。安心してくれたまえ。浄化材になるのは君ではなく…、 : カンヌキ:お前だ、スイセン。[注射薬をスイセンに打つ] : スイセン:ぇ…? キリギリス:なっ…!? カンヌキ:おや、そんなに驚くことかね?「優秀な人材」が拾われ、「使えない部下」が切り捨てられるのは社会の摂理だと思うのだが。 スイセン:[苦しみ始める]か、ァ、息がっ…! カンヌキ:ふむ。ほとんど使用したことのない薬だったから不安だったが、きちんと作用しているようだね。素晴らしい。 キリギリス:おい待てカンヌキ…っ! カンヌキ:何かな。 キリギリス:お前は…、昔からスイセンのことを気に入って、良くしてやってただろう!?だってのに、なんで、こんなっ…! カンヌキ:だから言っているだろう。私は「使えない人材」を切り捨てただけだよ。ここらが潮時だと思ってね。 スイセン:かひゅっ、え、へ、へ…、そん、な…、かんぬき、さまっ。 カンヌキ:正直な話、ずっと笑っている君のことを、ずっと気味悪く思っていたよ。 スイセン:っ……。 カンヌキ:仕事もろくにできない。上手いのは胡麻をすることだけ。そのくせ顔にはずっと笑顔が張り付いている。…そんな君のことを、私が本心から信用し、愛しているとでも?冗談。君をずっと傍に置いていたのは、お偉いさん方への印象作りのためだ。「出来損ないも愛す心優しい指導者」。その看板が欲しかっただけだとも。 スイセン:ぁ、ぐ、ぅへ、へ…、あぁっ、ぁ…。 カンヌキ:ほうら。こうして死にゆく今も笑い続けている。張りついてしまっているのだろうが、正直ずっと不快だったよ。なので…、せめて最期くらい、その耳障りな声を抑えて死んでいってはくれないだろうか? スイセン:…ぁ、は、は。 カンヌキ:そろそろ意識が消える頃合いかな。では最後に一つだけ。今まで総てが空回りして大した役にも立たない努力をどうもありがとう。君の後任は割と優秀なキリギリスくんが努めるので、安心して逝ってくれ。 キリギリス:っ…、なんだと!? カンヌキ:拒否するのならば今ここで浄化材にする。君は無意味なことが一番嫌いだったと記憶しているが…、今ここで君が死ぬことは果たして有意義だろうか? キリギリス:…てめえ。 カンヌキ:安心したまえ。君という志も善意も技術も一流の科学者が生きている限り、「浄化材なしでこの世界の水を永久に清浄する装置」を発明する可能性は無くならない。 キリギリス:……。 カンヌキ:おや。君は私がこういう人間であると知っていると思っていたのだけどね。 キリギリス:久々に見て吐き気がしてるんだよ。 カンヌキ:ではこれで慣れておいてくれ。君とはできる限り長くやっていきたい。 キリギリス:…下郎が。 カンヌキ:ははは。―――おっと、眼を離した隙に汚染の排除が完了しているじゃないか。素晴らしい。尊い犠牲のもと、この世界の水質はまた清潔に保たれた。…さあ、それでは今年も変わらず、祈るとしよう。 : カンヌキ:この世界が、永久(とわ)に潤いますように―――。 : 0:The End

0:寒空の下、広い入江を歩くシグレ。 : シグレ:[ナレ]四年に一度訪れるそれは、僕にとって忘れられない。 : シグレ:二月二十九日…あれからもう、四年経つのか。キサラギ…どこにいったんだよ。 : シグレ:[ナレ]時は四年前の閏年(うるうどし)、僕と双子の妹キサラギが誕生日旅行に行った日まで遡る。あれは、とある入江を訪れたときだった。 : 0: : 0:(過去回想)四年前のシグレとキサラギ。旅行先の入江(いりえ)にて。 : キサラギ:うわぁ、広いなぁ。っていうか…さむっ。 シグレ:はぁ…待って。キサラギ、歩くの早すぎだよ。 キサラギ:あははっ。シグレ、最近運動不足なんじゃない? シグレ:そんなんじゃない。この地面が歩きにくいんだよ。 キサラギ:確かに少し泥濘(ぬかる)んでいるけど、歩きにくいほどじゃないでしょ。 シグレ:全然少しじゃないよ。もういいじゃん、景色楽しんだし、寒いし早く宿に帰ろう。 キサラギ:えー、折角来たんだし、もうちょっとだけ散策しようよ。閏年(うるうどし)の日だけ、完全な落潮(らくちょう)になって歩ける場所もあるんだからさ。なんか美味しそうな貝とか見つかるかもしれないよ! シグレ:キサラギ、どんだけ食い意地張ってるんだよ。お昼に貝焼き食べただろ。 キサラギ:あーあー、全く。シグレは夢がないなぁ、旅行なんだから色々楽しまないと損だよ?じゃあ、私あっちの方少し見てくるよ。シグレはあっちね。貝見つけたら、呼んでよ。 0:キサラギが別方向を向いて先を進みだす。 シグレ:あっ…キサラギ!〜〜〜っっまだ歩くのか…。仕方ない…さっさと適当な貝見つけて帰らせるしかないか。僕は、あっちね…はいはい。 : 0:辺りを散策するキサラギ。 : キサラギ:全く…シグレはすぐ帰ろうとするんだからさぁ…四年に一度なんだし、こんなタイミング滅多にないんだから、楽しまないとでしょ! 0:少し間 キサラギ:ん~、海藻とか小さい貝殻はあるんだけどなぁ…食べられる貝とかあんまりないのかなぁ。 0:キサラギは目線を前に向け、ふと辺りを見回す。 キサラギ:あれ、シグレと分かれたところから結構離れちゃったか、しょうがない…戻るかぁ、寒いし…。何もなかったなぁ、シグレにドヤされるぞこりゃ…。…ん…なんだ、あれ? 0:入江に面した山陰にある何かに気づき、確認するために小し高くなった土地に足を踏み入れ、それに近づく。 キサラギ:…へぇ、小さな島だ。祠が建ってるけど、他には何もない…。間近で見れるのは今日くらいか。…祠には、何が祀(まつ)ってあるんだろ? 0:キサラギが、祠の扉を開けて覗き込む。 キサラギ:あっ…扉開いた。ん?なんだ、これ。壺? : 0:少し間 : シグレ:[ナレ]あれから少し時間が経過して、僕はキサラギを探していた。泥濘(ぬかるみ)の足跡を頼りに居場所を探る。 : シグレ:キサラギー、どこいったー?貝あったぞー!だから早く帰ろー。 : シグレ:全く…どこまで歩いて探しているんだよ。ここ、結構海岸から離れてるし、そろそろ引き上げないと潮が満ち始めてくるのに…。(辺りに向かって叫ぶ)おーい、どこだよー!隠れてないで出てきてよー!置いていくよー。 : シグレ:…返事、ないな。まさか先回りで宿戻って驚かせようって魂胆かな、キサラギならあり得るけど。…足跡は、ここまでか。 : シグレ:[ナレ]途方に暮れつつ顔を上げると、目の前に小さな島があり、そこには扉の開いた祠が祀られていた。 : シグレ:…祠しかない島だ。誰が管理しているんだ?扉も開いてるし…。このままじゃ壊れるから閉めないと…。どうせキサラギが確認して閉め忘れたんだろうな。どうしようもないなぁ、全く。 0:祠の扉を閉めて、島から降りたシグレ。 シグレ:(辺りに向かって叫ぶ)キサラギー!僕、先に帰るからなー! シグレ:…とりあえず、宿に戻るか。キサラギも寒そうにしてたし…。きっと宿にいるだろう。 : シグレ:[ナレ]そう楽観して僕は宿に向かって歩き出す。…キサラギの姿を見たのは、その日が最後だった。 : 0:少し間 : 0:(回想終了)現在のシグレに戻る。 : シグレ:[ナレ]あの後…僕が宿に戻ってみてもキサラギの姿はなく、いくら待ってもキサラギが戻ってくることはなかった。警察にもかけあったが、いくら捜査線を巡らせても妹が見つかることはなく。警察も匙を投げた行方不明事件として、「入江(いりえ)の神隠し(かみかくし)」という見出しの記事が出回った。それは一時的に世間を騒がせることとなったが、時間が話題を風化させ、四年も経った今となっては世間の関心も薄れていた。…ただ一人、僕を除いては。 : シグレ:[ナレ]妹を見つけ出すため、僕は文献からネットのスレまで情報収集を行い、手がかりになるものを全て調べ尽くした。そうしてある日ボクの眼に留まったのは、あるひとつのスレッド。題名は『閏年(うるうどし)の神隠し(かみかくし)』。内容は、閏年(うるうどし)の日に、閏年(うるうどし)生まれの未成年者が水辺にいると神隠しに遭うというものだった。根拠は書かれていなかったが、キサラギの時と当てはまる点も多い。やはり、手掛かりはあの入り江に残されているのかもしれない。そう思った僕は、20歳になる今日を最後のチャンスと思い、記憶を頼りに、学校を休んでもう一度あの入江にやってきたのだった。 : 0:祠のある島までやって来たシグレ。 : シグレ:[ナレ]キサラギは絶対生きている。根拠はあのスレッドと同じようにない。漠然とした、双子だから分かる勘なのかもしれない。だから、僕がキサラギを迎えにいく、帰るんだ、一緒に。 シグレ:そして見つけたのは、四年前の記憶を思い起こす祠のある島。 : シグレ:…祠…あの時と変わらずだな。でも確かあの時は、祠の扉、開いていた…よな。 : シグレ:[ナレ]島に足を踏み入れ、おもむろに祠の扉を開けてみる。 : シグレ:ん…祠の中に何かある?これは、壺(つぼ)…?古いな。中身も入ってる、…まぁ一応サンプルを取っておくか。 0:シグレが中身を取り出したものをみる。 シグレ:これは、水…海水か?なんでこんなものが…。うーん…壺(つぼ)の方に何かあるのか? : シグレ:[ナレ]そして僕は、壺の中を覗き込む。 0:「ぱしゃり。」 シグレ:[ナレ]水しぶきの音が鼓膜に響いた瞬間、僕の意識は壺に吸い込まれるようにブラックアウトした。 : 0: : スイセン:[ノック音]カンヌキ様。スイセンです。 カンヌキ:入りたまえ。 スイセン:失礼します。[扉を開けて]今回もどうやら「魚」が釣れたようなので、報告にあがりました。 カンヌキ:ご苦労。しかし確認しよう。…「本当に」釣れたのかね? スイセン:勿論です。「門」が繋がったのをきちんと確認しましたし、「此方の世界」に転移されたこともしかとこの目で確認しました。 カンヌキ:そうか。わかった。…二度の失敗は許されない。穢れを鎮めるために、今回こそは確実にくべるのだよ。 スイセン:必ずや。 カンヌキ:…ふふ。やはり君は素敵だ。 スイセン:お言葉ですが、お褒めにあずかるようなことはしていない、と。 カンヌキ:改めて思っただけだよ。君のいつでも笑みを絶やさないその顔が、私はとても好きなのさ。 スイセン:えへへ、それは嬉しいです。 カンヌキ:うん。「君はそのままでいい。そのままでいてくれよ。」 スイセン:仰せのとおりに。 カンヌキ:…さて、それでは私も出かけるとしようかな。 スイセン:必要とあらば、お供します。 カンヌキ:不要だ。ちょっとした野暮用なのでね。私のことよりも、君は「浄化材」の回収に向かってくれたまえ。 スイセン:…かしこまりました。それではせめて、何処へ向かうのかだけでもお教えいただきたく存じます。 カンヌキ:そうへりくだらずとも、親愛なる側近に隠し事をするつもりはない。教えよう。 : カンヌキ:旧友の元へ向かうのさ。ひどく研究熱心な、親愛なる友の元へ…、ね。 : 0: : 0:場面転換。シグレは見知らぬ森で目を覚ます。 : シグレ:ぅ、ん…。あれ、ここは…、どこだ…? : シグレ:[ナレ]いつの間にか地面に横たわっていた僕は起き上がり、辺りを見渡す。視界に広がった景色には小さな島と祠はおろか、さざ波の音すら聞こえない。あるのは先ほど居た淋しい入江とはとても似つかない、艶やかな樹々が繁(しげ)った森の風景だった。 : シグレ:い、いったい何が起こって…、まさか、これが「神隠し」の正体なのか…? スイセン:[背後から]おや。勘がいいんだね、君。 シグレ:!? スイセン:えへへ、驚いちゃった?御免ね。 シグレ:[ナレ]いつから背後に立っていたのか、不思議な雰囲気を纏(まと)うその子供は、今も満面の笑みを僕に向けている。そして戸惑う僕を前に、朗らかにこう続けた。 スイセン:「水の世界」へようこそ、「迷い人」さん。ボクの名前はスイセン。君を元の世界に返すため、是非協力させてほしいな。 : 0: : 0:場面転換。研究所のような施設にて。 : キリギリス:[何かを作りながら]―――そうして冷徹で無慈悲な言葉の刃をひらりと交わし、俺は諧謔(かいぎゃく)たっぷりに言ってやったんだ。「おいおい、いくら(霧を切っても透ける―――。 キサラギ:[被せて]「霧を切っても透けるだけ」、でしょ。もう何百回も聞いたよその決め台詞…! キリギリス:なんだよ、そのまるで飽きたみたいな口ぶりは。 キサラギ:実際に飽きてるのー。キリギリスが半年考えて考えたってこともちゃんとカッコいいってことももう十分わかってるから。 キリギリス:…まったく。お前は相変わらずつれねえな。 キサラギ:これでもノリはいい方だよ。四年前までは双子のお兄ちゃんとずぅっとこういう話してたもん。ま、ここまでくどくど同じことは言わなかったけどね。 キリギリス:はいはだるくて悪うござんしたね。…ようし、できた。 キサラギ:いつも思うけど、よくそうやって喋りながら精密な作業できるよね。 キリギリス:これでも前はお偉いさんのところに勤めてた、れっきとした研究者だったんでね。これくらいは余裕のよっちゃんだぜ。 キサラギ:誰それ。 キリギリス:おいノリがいいんじゃなかったのか。…まあいい。「薬」もできた。出かけるぞ、支度しな。 キサラギ:はあい。ふんふんふ~ん。 キリギリス:なんだ?えらく上機嫌だな? キサラギ:ふふっ。だって、水位が下がった街を歩けるの初めてなんだもん。初めてのドキドキは、いつだって楽しいでしょ。 キリギリス:…そうだな。そして、この世界に居るのも今日が最後だ。 キサラギ:……。 キリギリス:おっと、空元気だったか? キサラギ:…そりゃそうでしょ。四年間もここで過ごしたんだよ?最初は苦手だった薬品の匂いも、今じゃ大好きだし…、寂しいよ。 キリギリス:なんだなんだ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。急に素直になりやがって。そういうのはもっと早く聞きたかったもんだ。 キサラギ:…本当に、もう会えないの? キリギリス:ああ。この世界はお前にとって危険すぎる。今日で今生の別れだよ。 キサラギ:そっか…。 キリギリス:そんなしょげるなよ。寂しいのは俺だって同じだ。それに、お前には四年間も待たせてる兄貴がいるだろう? キサラギ:そうだけど! …そう、だけど。 キリギリス:かわいい奴め。 キサラギ:うるさい…。 キリギリス:ま、そんなに悲しんでくれるんなら、元の世界に戻ってもたまに思い出してくれよ。この俺の決め台詞をな。 キサラギ:…うん。 キリギリス:いい返事だ。 キサラギ:…ん、あれ……。 キリギリス:どうした。…具合でも悪いか? キサラギ:いや。…その。なんだか、胸騒ぎがするの。 キリギリス:おいおい、まるで恋を患った乙女みたいなこと言いやがって。なんだ、もしかして俺に惚れちまってたとか? キサラギ:[キリギリスの話は聞いていないように]この感じまさか……、「シグレ」、なの? : 0: : 0:場面転換。シグレとスイセンのシーンに戻る。 : シグレ:…要は、ここは異世界で、僕は神隠しにあったってこと? スイセン:簡単に言えばそう。この世界は君たちの住む世界とは勝手が違う。なんたって、すべてが「水」でできているからね。 シグレ:水…、言われてみれば、確かに木も地面も、不自然に揺らめいてるような…。…あ、水面(みなも)に似てるのか…! スイセン:そういうこと!じゃあ、もっと詳しく説明するね。四年に一度…、君たちの世界で言うところの「閏年」(うるうどし)に、この世界と君たちの住む世界の「門」が開かれるんだ。普通は固く閉ざされているはずなんだけど、「閏年」(うるうどし)の時だけはその封印が弱まるみたいでね。君みたいに迷い込む人が出てくるんだ。そういう「迷い人」を元の世界に送り返すのが、ボクの役目なのさ。 シグレ:なる、ほど…。でも、ということはあなたたちも…? スイセン:勿論!ボクを含め、この世界の生き物はみーんな君たちの世界の生き物に似た形をしてるけど、実際は「水」が形作ってるんだ。驚いたでしょ? シグレ:ああ、とっても。…言葉も通じるし、とても、別の生き物とは思えない。 スイセン:えへへ。「迷い人」たちは口を揃えてそう言うよ。ボクたちからすると一発で違いが判るんだけどなあ。 シグレ:っ、そういうことなら一つ質問があるんだけど。 スイセン:何かな? シグレ:…「キサラギ」って女の子を知らないか。僕に似た雰囲気の子。きっと、前の閏年(うるうどし)にここに迷い込んだはずなんだ…! スイセン:きさらぎ?うーん、ごめん。知らないなあ。もしかしたら、ボク以外の人が担当したのかも。 シグレ:いや、きっと元の世界には戻ってない…!多分、今もこの世界のどこかで彷徨(さまよ)ってるんだ…。 スイセン:! そっか。それは大変だね。仲間に連絡しておくよ。 シグレ:お願い、します。 スイセン:うん。ところで、まだ君の名前を聞いてなかったね。良かったらお近づきの印に教えてくれないか。 シグレ:…シグレ、です。 スイセン:シグレくんね。覚えたよ!これからよろしく。 シグレ:[ナレ]そしてスイセンさんはにっこりとした顔をこちらに向けて、握手を促す。僕は素直にスイセンさんの「水」で形づくられたという手を握る。 : シグレ:[ナレ]でも、なぜだろう。水がひんやりしているからなのか…、僕にはスイセンさんの笑顔が、無機質で冷たいものに見えて。 : シグレ:[ナレ]安心よりも、底知れない恐怖が僕の背筋をなぞった。 : 0:場面転換。一方キリギリスとキサラギは、準備ができ、いよいよ出発しようとしていた。 : キサラギ:キリギリスっ!早くっ! キリギリス:まぁ、そう慌てるなよ。さっきまで上機嫌だったのに、急に血相変えて急げだのなんだの。 キサラギ:だってシグレがっ、この世界にきてるんだよっ!?早く会わなきゃ。 キリギリス:シグレって、お前の兄貴が?この世界に?はははっ…なんでそんなことがお前に分かるんだよ。 キサラギ:なんで分かるのか分からないけど、でも私達には分かるの!…昔からそうだった。シグレとどれだけ離れていても何処かで繋がっている気がするの、さっきの胸騒ぎは間違いない…シグレがこの世界に来てるんだよ! キリギリス:あぁあ分かった分かったから。そんな泣きそうな顔するな。―――恐らく、お前の兄貴が今回の閏年の「迷い人」であり、「浄化材」なんだろう。…きっと、四年間ずっとお前のことを探して、こっちに転移しちまったんだろうな。 キサラギ:そんなっ…!じゃあ、もしシグレが奴らと接触したら…。 キリギリス:…ああ。急ぐぞキサラギ。お前の兄貴が奴らの言葉巧みな話術と笑顔に騙されて溶かされちまう前に、お前と纏めてあっちに送ってやらなきゃならねえ。 キサラギ:うん…そう、だね。 キリギリス:…キサラギ? 0:キサラギの具合が悪そうになる。 キサラギ:……私が、シグレをこの世界に連れてきちゃったんだ…。きっとシグレは私を探していてそれで…私があの時、祠に近づかなかったら、壺さえ覗き込まなければっ…どうしよう…今から行っても、もう間に合わなかったら…シグレがもう死ん(じゃっていたら―――。 キリギリス:(被せて)キサラギ! 0:キリギリスが、キサラギの両頬を手で挟む。 キサラギ:っはぁ…! キリギリス:深呼吸しろっ…“溺れるな”。 キサラギ:…はぁっー…はぁっー。 キリギリス:そうだ、そのままゆっくり呼吸して、同化して馴染むんだ。 キサラギ:はぁっー、はぁっー。 キリギリス:よし、良い子だ。…少し、落ち着いたか? キサラギ:…うん、落ち着いた。ありがとう、キリギリス。 キリギリス:いいんだ。…薬を定期的に飲んでいるお前でも、まだ“溺れ”ちまうんだな。 キサラギ:うん、久々に“溺れて“私もびっくりしたぁ、急に来るんだもん。自分じゃ制御出来なくなっちゃうんだね…ほんとに。キリギリスにもらった薬のおかげで、頻度は極端に減ったけどさ。 キリギリス:あぁ。…毎度思うが、なんともまあ都合がいい仕組みだよなあ。感情が少しでも低迷すれば、それを引き金にこの世界の水が人間に作用し、最終的に心神喪失を起こさせ自我を失い自らの命を―――、なんてよ。それにこの人間用に開発した「薬」も未だ試作段階のものだからな…。ま、キサラギのお陰で薬のデータはだいぶ揃ってきたから、俺にとっちゃ有難い限りだが。 キサラギ:モルモットになるって言った覚えはないけれど、キリギリスの薬のお陰で、私はこの世界でも生き延びることができたんだし、感謝してるよ。 キリギリス:おぉいおい、それだけか?!一応俺はお前の命の恩人なんだぞ、もっと褒め称えてくれても良くないかねえ!?俺はそれだけのものを開発したと思っているが、そう思っているのは俺だけなのか?! キサラギ:…そういうのがなければ、良いんだけどなぁ… キリギリス:ん?なん(だって―――。) カンヌキ:(被せて、拍手) : キリギリス:?! キサラギ:!? カンヌキ:なるほど、なるほど。やはり君は素晴らしいよ、元水質保全研究所所長のキリギリス研究医。…まさか浄化材を活かす薬がこんな短期間で開発されていたとは驚いた。つくづく君は私の予想を大きく覆(くつがえ)してくれるね、まったく。 キサラギ:…誰なの?! キリギリス:チッ…、間が悪いのは相変わらずだな、カンヌキ。 : 0:暗闇の中から現れたカンヌキ。 : カンヌキ:おやおやどうしたキリギリスくん、そんな顔をして。私は久々に旧友に会えて感極まっているというのに、君は違うのかね? キリギリス:(鼻で笑いながら)はっ。俺とお前が旧友だと…いつの時代の話をしているんだ。俺が研究所を辞めた後、俺の天才的な頭脳が手前にとって悪い方向に使われるのを危惧した挙句、一度は追いかけ回して殺そうとした奴が、どの面(つら)さげてそんな台詞を吐けるのか甚(はなは)だ疑問だ。 カンヌキ:はは。まさか君には研究だけではなく、かくれんぼの才もあったとは、驚いたよ。[ぎろりとキサラギを見る] キサラギ:ひっ…。 カンヌキ:やはり、前回の浄化材は君が隠していたんだねえ。悪い子だ。早くそれを渡しなさい、そして…、私の元へ戻っておいで。今投降するならば、特別に軽い罰で済ましてあげよう。 キリギリス:戻ってこいだと?はっ、何を今更。呆れを通り越して笑えてくるぜ。ここが見つかったのは誤算だったが…、ちょうどもう捨てようと思ってたところだ。 キリギリス:カンヌキ…。 カンヌキ:いつまでそんな子供騙しの悪足掻(わるあが)きを続けるつもりかね。そろそろ観念したまえよ。浄化材と共に行動するなど、限界もきているんじゃないか? キリギリス:そんなことないさ。いつまでも研究所(あそこ)にいる方が具合が悪くなるってもんだぜ。 カンヌキ:さっさと渡せば良いものを。なぜそこまで浄化材(それ)に拘(こだわ)る?君はこの世界の住人だ。この世界の安寧(あんねい)を望んでいるだろう? キリギリス:なぜ?ははっ、さぁな。 0:キリギリスがキサラギを抱き寄せる キサラギ:うわっ、ちょ。キリギリス?! カンヌキ:なんの真似だい?ふっ…浄化材とはとても親密な関係になったようだね。 キリギリス:あぁ、お前と違ってな。…カンヌキ。俺が逃げた時のこと、覚えてるか? カンヌキ:もちろん、忘れもしないよ。今度は何をしでかすつもりかね。 キリギリス:はははっ、そりゃあもちろん。俺の名前は「霧切透」(きりぎりす)!名の通り…、「霧を切っても透けるだけ」ってことだ! : 0:キリギリスが光を遮断し、薬品数種類をカンヌキに投げ水蒸気をつくる。 : カンヌキ:ほぅ、水蒸気の目くらまし。周りの水をうまく活用したか。だがそこからどう逃げるというのかね?まさか、本当に身体が透けるわけではあるまい。 : 0:水蒸気が晴れると、キリギリスとキサラギの姿はなく、空の研究所だけが残されていた。 : カンヌキ:…これは素晴らしい。本当に消えるとはな。…また新たな薬を開発したということか。ふっ、まぁ良いさ。今のうちにせいぜいたくさん逃げ惑いたまえ、キリギリスくん。私は必ず浄化材(それ)を回収しに行くよ。この世界の秩序と安寧(あんねい)のためにね。いつまで逃げきれるか見物だな…、ははははっ。 カンヌキ:さあて、次は鬼ごっこか。 : 0:場面転換。その頃、シグレとスイセンは。 : シグレ:(あたりを見回しながら)うわぁ…。 スイセン:えへへっ、どう?街、結構賑わっているでしょ。シグレくんたちの世界と同じように、この世界にも四年に一度の貴重な催しがあってね。そのお祭りが街で行われているんだ。 シグレ:いや、僕たちの世界ではこんなお祭りなんてないですよ。 スイセン:えぇっ?初耳だなぁ。 シグレ:"ただ四年に一回、一日が増えるだけ"ですから、きっと別にお祝いすることでもないんでしょうね。 スイセン:ふぅん。一日増えるって感覚が、ボクにはよく分からないけど。シグレくんたちの世界はお祭りないのかぁ。なんだか冷たいね、楽しめばいいのに。 シグレ:まぁ僕や妹みたいに、今日が誕生日の人は別でしょうけどね。特別な四年に一度の誕生日ですし。 スイセン:えぇっ、シグレくん今日誕生日なんだぁ!じゃあさ、せっかくこの世界に来たんだし、お祝いしないと!うーん、この世界の名物と言ったらやっぱりあれかなぁ。それとも、あっちの方がいいかなぁ。 シグレ:いや、そんな気を(遣わなくても―――) スイセン:[被せて]ちょっと待ってて。 0:スイセンがお店の方へ走っていく。 シグレ:えっ、ちょ、スイセンさん!?[後を追う] スイセン:すみませんおじさん、これを一つ。とびきり美味しいやつを頼むよ。 シグレ:ちょ…何買っているんですか? スイセン:?君へのお祝いだよ、これだけは絶対食べなきゃってやつ。美味しいんだよ、これ。ボクも好きなやつだから、ぜひシグレくんも食べてみてほしいな。 シグレ:だ、大丈夫ですよっ。気を遣って頂かなくて。 スイセン:気なんて遣ってないよ、シグレくんをお祝いしたいだけ。シグレくんこそ、変な気を遣ってないかな? シグレ:いえ、僕は元々こんな感じなのでっ。それに…、今はちょっと食べられる体調じゃないというか。 スイセン:ん?…あぁ、そっか。この世界に来たばかりだものね。ごめんよ、君のことを分かってあげられなくて。じゃあ、これは僕が食べるね~。 シグレ:はい…すみません。 シグレ:[ナレ]なんとなく、“よもつへぐい”じゃないけれど、この世界の食べものは食べてはいけない気がして断ってしまった。スイセンさんには申し訳ないけど。キサラギは、まさか…食べてないよな…。 0:スイセンが、店員から食べものらしき物を受け取る。 スイセン:ありがとう、おじさん。じゃあシグレくん、まずは街を案内しながらボク達の拠点(おうち)へ案内するよ。 シグレ:…よろしくお願いします。 スイセン:えへへ、そんな緊張しなくてもいいのに。ボクとすぐ会えたんだから、君は幸運な方だよ。 シグレ:え、会えないと何かまずいんですか? スイセン:特にそういうわけじゃないけれど。知らない世界に独りきりは心細いだろうと思ってさ。 シグレ:まぁそう、ですね…。 スイセン:(小声で)シグレも早くあの方にお会いすれば、目的なんてすぐ忘れるよ。 シグレ:…今、何か? スイセン:ん?いやあ、別に。ほら、行方不明なんでしょ、シグレくんの妹さん。どこかで出会えたらいいなあって思っただけだよ。 シグレ:そう、ですか。 スイセン:でもまずは、君をボクの仲間に紹介するのが先だね。だから申し訳ないけれど、今はボクについてきてくれるかい? シグレ:わかりました。ありがとうございます。 スイセン:えへへっ。街を見ながらで構わないけれど、くれぐれもボクからはぐれないようにね~。 : 0:少し間 : 0:シグレとスイセンは街を歩く。 : シグレ:[ナレ]なんだ…この違和感。さっきからずっと…この街に入ってから、やけに感じる視線。行き交ってすれ違う人たちも、さっきの店のおじさんも…みんな僕を「見てる」。歓迎するような温かい雰囲気じゃない、氷水のような冷ややかな視線…。冷遇、という言葉が一番適切かもしれない。なんなんだ、僕がこの世界にとって異質な存在だからなのか…? : シグレ:[ナレ]そんなことを考えていた僕は、呆気(あっけ)なくスイセンさんと逸(はぐ)れてしまったのだった。 : シグレ:うぅ…、この視線の中で一人きりは耐えられない……いったい誰に、声を…かけたらっ、?…なん、だ、息がっ…! : シグレ:[ナレ]不安で気持ちが押しつぶされそうになった途端、呼吸の仕方を忘れてしまったように、息ができないことに気がつく。まるで、水の中で、"溺れる"ように。 : シグレ:うぐっ…だ、れかっ…! : シグレ:[ナレ]ダメだ。意識が、途切、れ――― : キサラギ:シグレっ! : シグレ:[ナレ]倒れゆく最中(さなか)、聴き馴染みのある声が、僕の身体をそっと受け止めたような気がした。 : 0:場面転換。シグレと逸れたスイセン。 : スイセン:もう、あれだけ逸(はぐ)れないようにと言っていたのに。 : スイセン:困ったなあ。どうすれば正解なんだろう。来た道を戻って探す?いや、一度カンヌキ様に報告した方が―――。 : シグレ:[スイセンの追憶]なぜお前はそんな浮かない顔しかできない!? : スイセン:ああ違うっ!あの方は旧友の元へ向かっているんだった。なら人込みを掻き分けて―――。 : キリギリス:[スイセンの追憶]お前は出来が悪いんだ、せめてその顔だけでもなんとかしろ! : スイセン:でも、もしこれで「浄化材」を取り逃がしたら、ボクはきっと―――。 : キサラギ:[スイセンの追憶]あの子、ずっと笑ってて気持ち悪いわよね…。 : スイセン:えへ、へ。ようし、今から戻ってあいつを探すぞ―――。 : カンヌキ:その必要はないよ。 : スイセン:っ!か、カンヌキ様。どうしてここに。 カンヌキ:逃げられてしまったんだよ、恥ずかしがり屋な旧友に。…まあ、魚を逃がしたのは君も同じだったようだが。 スイセン:…申し訳、ございません。 カンヌキ:構わないよ。前回とは違って、まだ取り返せるからね。 スイセン:…はい。それでは、すぐに見つけてまいります。 カンヌキ:待ちたまえ。私も同行する。 スイセン:えっ?カンヌキ様がご一緒してくださるのですか? カンヌキ:どうやら現在、私の旧友と今回の浄化材が一緒にいるようでね。目的地が同じなんだ。だから君の仕事を手伝うわけじゃない。そこは勘違いしないでくれ。 スイセン:かしこまりました。 カンヌキ:よろしい。では急ぐとしよう。世界が汚れたまま、花が飛んでしまう前に。 : 0:場面転換。街から離れた入江近くの洞窟にて。 : シグレ:[ナレ]水が滴る音が聴こえる。ここは…、洞窟?なんで…、確か街にいて、スイセンさんと逸(はぐ)れて、それで…。うっ…胸の辺りが痛い…そうだ、急に呼吸ができなくなったんだ。そしたら、キサラギの声がっ…! : シグレ:っ、キサラギっ! キサラギ:うわぁ、びっくりしたぁ! シグレ:!キサラギ…?本当に、キサラギなのか!? キサラギ:本物じゃなかったらなんだって言うの。ふふっ、お化けとか? シグレ:っ…、…この四年間、僕がどんな思いで探し続けたと思って…っ! キサラギ:…ごめん、シグレ。ずっと心配かけて。 シグレ:……生きていてくれて、良かった。…大きくなったね、キサラギ。 キサラギ:うっ…うん、私もっ…シグレに、また会えて良かった…探してくれてありがとう…っ! シグレ:[ナレ]僕の胸に泣きながら飛び込んできたキサラギは、四年前に別れたあの時のままと変わらずで、僕自身もようやく心の底から安堵して、泣きじゃくる彼女の背中を優しく受け止めた。 キサラギ:ううっ、ずびっ…鍵も用意してくれてるしっ、流石私のお兄ちゃんだよっ!奴らのとこに連れて行かれる前に会えて…間に合って良かったよ…。 シグレ:え、鍵?奴ら?それに間に合ってって…、どう言う意味? 0:洞窟の奥から声が聞こえてくる。 キリギリス:(被せるように)いやぁ、兄妹の再会とは…この俺でも、ずびっ…なんか心にくるものがあるなぁ。…これが感動ってやつなのか!? シグレ:っ、誰だ…! キサラギ:大丈夫。この人は私を助けてくれた人なの。 シグレ:え、いかにもマッドサイエンティストみたいな見た目の、この人が? キリギリス:ははははは。さすがキサラギの兄貴なだけあって、似てるなぁ…特にこの直接的な言い回しがよ。 キサラギ:ちょっとキリギリス!私はもうちょっと言い方はソフトだと思うけど? キリギリス:つれねぇ言い方はそっくりだと思うがねえ。 シグレ:あのっ…すみません。状況はまだ全部飲み込めてないのですが、キサラギの反応をみれば、悪い人じゃないってことは分かりました。僕たちを助けてくれてありがとうございます。 キリギリス:ほぅ…妹と違って順応がとびきり早ぇみたいだな……簡単に自己紹介すると、俺はキリギリスってんだ。この世界の住人で、とある研究所でお前達人間について研究してた元研究者だ。ま、紆余曲折(うよきょくせつ)あって今はそこを抜け出してひっそり科学者をやっている。 キサラギ:それで、私はシグレと同じように迷い込んだ時キリギリスに拾われたの! キリギリス:キサラギを助けられたのは本当に運が良かった。俺と出会わなけりゃ、すぐに死んじまってたろうからな。 シグレ:死ん…っ!? キリギリス:安心しろ。お前はもう大丈夫だよ。眠ってる間に薬は投与済みなんでな。 シグレ:薬…、それのおかげで、僕もキサラギも助かったってことなんですか? キリギリス:その通りだ。倒れた時のこと、覚えてるか。呼吸ができなくなっただろう?あれは悲観的な思考が引き金となって起こる、思考を"溺れさせて"自死へ導く現象だ。こっちに来た奴らは大抵それですぐ死ぬ。お前たち人間はこの世界と同化できないからだ。さっき飲ませた薬にはそれを抑制する効果がある。つまり、俺のおかげで"溺れず"にこの世界に同化できてるってことだ。天才だろ? シグレ:…はい。キリギリスさんは命の恩人です。本当にありがとうございます。 キリギリス:キサラギの兄貴のくせに素直だな!出会ったのが今日なのが悔やまれる。 キサラギ:ちょっとそれどういうこと!? シグレ:…でも、待ってください。その話を聞く限り、僕たちはこの世界に来てすぐに死んでしまう、ってことじゃないですか?!そんなこと、僕はスイセンさんから一言もっ! キリギリス:…スイセン。やはりもう接触していたか。俺たちが見つけたときに居なかったのはとんでもなく幸運だったようだな。 シグレ:それは、どういう…? キサラギ:…落ち着いて聞いて。シグレはあの人に騙されてたんだよ。 シグレ:え…? キサラギ:そう。キリギリスが言うには、私やシグレを含め、人間がこの世界に連れてこられるのは全部スイセンさん達の仕業なんだって。 シグレ:スイセンさん、の…? キリギリス:今日初めてここに来たお前はわからないだろうが、この世界は四年前から徐々に汚れて来ていてな。汚染された世界の基盤…、「水質」を清潔に保つためには、生贄が必要なんだ。生命エネルギーをくべることによって、この世界は輝きを取り戻す。だからこそあいつらは、この世界を護るために異世界から人間を引っ張ってきて、炉心(ろしん)に捧げるんだ。 シグレ:…なら、元から僕たちは…っ。 キリギリス:…この世界の秩序を保つために呼ばれた「生贄」。そして奴らは、お前たち人間を道具としてしか見てないクソ野郎どもってことさ。 : カンヌキ:上司への陰口はそのあたりで辞めていただこうか。 : キサラギ:っ、嘘、もう追いつかれたの…!? スイセン:…嘘もバレちゃったし、ヘマもしちゃった。…えへへ、次こそは逃がさないよ。 シグレ:スイセン、さん…っ。 キリギリス:危なかったなあシグレ。あいつについてったが最後、気味の悪い奴らに看取られて、今頃深い水の中に消えてたぜ。 スイセン:キリギリス様。一度研究室を抜け出した身とはいえ、先ほどカンヌキ様を侮辱(ぶじょく)したことは見逃せませんよ? キリギリス:ははっ、従順な兵隊っぷりは相変わらずだなスイセン。四年も経てば笑い方も変わったかと思ったが、そうでもなさそうじゃねえか。 カンヌキ:減らず口を叩く暇があるのなら、大人しくその人間たちをこちらに引き渡してもらえると助かるのだがね。 キリギリス:断る。俺はもうお前には二度と従わないって決めてんだ。 カンヌキ:見ない間に随分と意固地になってしまったね、まるで子供のようだよキリギリスくん。 キリギリス:なんとでも言いやがれ、外道が。おいお前ら、俺の後ろに下がってろ。 シグレ:は、はい…。 スイセン:…解りませんね。水質保全研究所に勤めていたあなたなら当然知っているはずです。生命を生贄に捧げなければ「この世界はいずれ汚れ果てて崩壊する」。彼らを生かすということは、我々が消えるということなんですよ? キサラギ:え…っ? キリギリス:知ってるさ。それを承知の上で俺はこいつらを逃がす。 キサラギ:キリギリス!?そんなの聞いてないよ!世界が少し汚くなるだけで、他は何も影響がないんじゃなかったの!? カンヌキ:つくづく理解しかねるな、君の考え方は。知能が発達しすぎると一周回って思考が鈍ってしまうのか?よぅく考えたまえよキリギリスくん。その人間たち、たった二人の命でこの世界と我々は存続を許される。生命を一つ犠牲にするだけで救える命は数えきれないんだ。しかしそれを逃がせば滅ぶのはこの世界。救われる者が多いのはどちらか明確だろう? キリギリス:その問答を振る以前に、真に間違っているものに気づけていないなカンヌキ。 スイセン:本当に、間違っているもの? キリギリス:そもそも論ってやつだよ。…生贄がないと機能しない世界こそが間違い。違うか? カンヌキ:…君には、心がないのか?その身勝手な自己犠牲でどれほどの無垢なる民が消えると思っているんだ? シグレ:そ、そうですよキリギリスさん!それって僕たちを助ける代わりに、キリギリスさんやスイセンさんが死んじゃうってことじゃないですか! キリギリス:そうだ。…だが、俺はそれでいい。もう懲り懲りなんだよ。お前たち人間が、苦しそうに喘(あえ)いで死んでいくのを見るのは。 キサラギ:キリギリス…。 カンヌキ:よろしい…結構だ。残念だよ、どうやら私と君はもう二度と分かり合えない。…君のことは、彼らを炉心に捧げた後、危険分子として排除することにしよう。 キリギリス:やれるもんならやってみろ。 スイセン:しかし、いったい彼らを匿(かくま)ったところで何になるというんですか?甚(はなは)だ疑問です。あちらからこちらに渡る門は片道切符。いくら生かそうが逃げようが、いずれは母なる水に飲まれて死にゆく運命(さだめ)だというのに。 シグレ:っ、そんな…。 キリギリス:安心しろよ。手筈は整えてある。そのための閏年だ。 カンヌキ:ほう。 キリギリス:キサラギ。「鍵」は持ってるか! キサラギ:う、うん!場所もちゃんと確認したから、完璧に暗記できてる…、ハズ。 キリギリス:おいおい、曖昧だな。だが、お前はそれでいい。それとシグレ! シグレ:は、はい…! キリギリス:…手間のかかる妹のこと、ちゃあんと面倒見てやるんだぞ。四年間、お前の代わりを請け負ったキリギリス様との約束だ。 シグレ:っ…、勿論です。 スイセン:逃げる気なら無駄ですよ。ボクの部隊が既にこの周辺を取り囲んでいます。かごめかごめの檻からは抜け出すことは叶いません。 キリギリス:まあ見てろ。…そんじゃ、ここらでお別れだ!…幸せに暮らせよ。祈ってるぜ。 キサラギ:っ…、キリギリス! キリギリス:「作動」っ! シグレ:[ナレ]キリギリスさんが呟くと、揺らめく空に光が奔(はし)る。その鮮烈さは、まるで稲光のようだった。 カンヌキ:…なんだ、あれは? キリギリス:さあ、行け!前だけを見て走れ! キサラギ:…ありがとう、さようならキリギリス!さあ、行くよシグレ!![走り出す] シグレ:っ、わかったっ…!![キサラギに手を引かれて走り出す] カンヌキ:スイセン。 スイセン:勿論です。次こそは、次こそは逃がさないっ…!![追いかける] キリギリス:…はっ、この俺がそう上手くことを運ばせると思うか? カンヌキ:…?これは何だ…、水滴が落ちてくる…? キリギリス:こいつはこの日の為に用意した秘密兵器だ。もしもお前たちに出くわしても大丈夫なようにな。…もう二度と、てめえらにあの子たちを、人間を殺させはしねえ。 カンヌキ:そうか。―――ならば、君から死ぬといい。 キリギリス:上等だ、この俺を斬れるものなら斬ってみやがれっ! : シグレ:[ナレ]さっきのスイセンさんの言葉が本当なら、僕たちは永遠にこの世界から抜け出せない。でも…、後ろからちらりと見えたキリギリスさんの眼は、底知れない覚悟と希望が宿っていて。見ない間に随分成長した僕の妹の暖かい手が、「私を信じて」と言っていたから。僕は何の迷いもなく走り出せた。 キサラギ:しばらく走るよ!バテずに私についてこられるっ!? シグレ:当たり前だろ…っ!僕はいつもキサラギに体育の成績勝ってたんだから! キサラギ:ふふ、そうだった!なんだか懐かしいね…っ! スイセン:―――逃がさない…っ!今度こそ、今度こそ、今度こそ…っ!! シグレ:[ナレ]スイセンさんの声。うめきにも似たその叫びは、どんどんと僕たちに近づいてくる。 キサラギ:っ…、足速いな、あの人…っ! シグレ:キサラギ、声が―――。 キサラギ:大丈夫!…きっとそろそろだからっ! シグレ:そろそろって―――、? 0:空から水が降ってくる。それは―――。 シグレ:これは…っ、「雨」? キサラギ:大正解っ!でも、ただの雨じゃないよ!この雨は、「最終兵器」だからね! シグレ:最終兵器っ…? スイセン:待てっ、へへ、えへへ…!!ボクは、君たちを捕らえて…っ!あの方に…っ!カンヌキ様に、褒められるんだ…っ!! キサラギ:ふふっ…、悪いけど、その執念は不完全燃焼で終わるよ…っ! シグレ:[ナレ]スイセンさんの声がどんどん近づいてくる。なのに、キサラギは余裕そうに笑う。 スイセン:っ…、この、水滴は…っ、熱っ…!い、いったいこれはっ…!?熱い、痛い、熱いよぉっ…!! シグレ:ひ、ひるんでる…? キサラギ:ふっふっふー♪この雨こそは天才科学者キリギリスの発明した最強兵器、「水だけを溶かす酸性雨」!二年以上かけて試行錯誤してただけあって、効果は絶大みたいだねっ! スイセン:あぁっ、熱いっ…!痛いっ…!!えへへ、助けて、助けてよぉ…っ!! キサラギ:よし、追ってくる足音が止まった!目的地はすぐそこ、このまま突っ切るよシグレ! シグレ:うんっ! 0:そうして辿り着いたのは、繁る森の奥。そこには―――。 キサラギ:―――着いた、多分このあたりに…、あった! シグレ:これは…、あの入り江にあった祠?…でも、壊れてる。 キサラギ:そう、この祠が異世界同士を繋ぐ門なんだよ!見てくれは壊れてるけど、機能さえ取り戻せれば…っ! シグレ:っ…、それは…、壺?随分小さいけど。 キサラギ:大きさは関係ないの!あとは、今降ってる雨水を溜めて…。シグレは今のうちに瓦礫の奥にある扉を開けて! シグレ:扉…、これでいいのか!? キサラギ:ばっちり! : スイセン:見つ、けた…っ!!ぐ、ぅっ…、えへへへ…、絶対に、君たちは連れて帰るんだ…っ!! : シグレ:っ、キサラギ! キサラギ:わかってるっ!…よし、これだけあれば十分なはず!それとっ…もう一つの鍵!これがないと戻れないから、用心深いシグレに感謝だよっ! シグレ:あっ、それ、僕たちの世界の水か! キサラギ:そう!シグレが迎えにきてくれるなら絶対持ってきてくれるって信じてたよ!二つの世界の水を混ぜたこれを祠の前に置いて…。いい?いっせーので壺の中の水を覗き込むよ? シグレ:わかった。 キサラギ:行くよ? : キサラギ:いっせーの、でっ! スイセン:[なるべく被せて]させないっ!! : シグレ:[ナレ]鮮明に聞こえたキサラギの声を信じて壺を覗き見る。その瞬間、僕の意識は数時間前と同じように壺の中へ吸い込まれた。 : 0: : 0:場面転換。元の世界。祠しかない島で倒れているシグレと―――。 : シグレ:[目覚める]うっ…潮(しお)の香り…?ここはーーー 0:シグレが起き上がり、近くに倒れていたキサラギに駆け寄る。 シグレ:はっ!キサラギっ!おい、起きろっ、キサラギ! キサラギ:うっ…ん…シ、グレ?帰って、来れたの?私たち…。 シグレ:あぁ!ほら、見てみろよ! 0:起き上がったキサラギは、四年ぶりの懐かしい香りと景色を徐々に感じる。 キサラギ:……潮(しお)の…香り。ちゃんと、土に、木に、空…だ…。うっううう… 0:キサラギは涙を流しながらシグレに抱きつく。 キサラギ:シグレェっ! シグレ:うぁっ…っいってて。急に飛びつくなよ! キサラギ:私たち、帰って来れたんだっ…うわぁあああん…!良かった…良かったよぉお。 0:キサラギがちゃんとこの世界にいることに安堵するシグレ。 シグレ:あぁ、おかえり…キサラギ。ここが、僕たちのいるべき場所だよ。 : 0:少し間 シグレ:キサラギ、少し落ち着いたか? キサラギ:うん、ありがとシグレ!もう、大丈夫。 シグレ:そろそろ潮が戻ってくるから…行くよ。 キサラギ:うん…。 0:祠のある島から離れて歩きだすシグレとキサラギ。 シグレ:わっ…僕がきた時よりも、霧が深いな… キサラギ:霧………ふふふっ。 シグレ:ん?どうしたキサラギ? キサラギ:ふふっ、この四年間、何百回と聴かせられた決め台詞を、ちょっと思い出しただけだよ。 シグレ:あぁ、キリギリスさんのことか。助けてくれた時、本当にかっこよかったなぁ。あの人の決め台詞…ユーモアありそうだけど、一体どんな…? キサラギ:[キサラギの言い方を真似るように]“いくら霧を切っても透けるだけ”ーーーってさ。 : 0:場面転換。その頃、水の世界では……。 : カンヌキ:…まったく、呆れたものだね。私が君よりもずっと強いことを忘れてしまっていたのか?もしくはあんな子供だましで戦力差を覆せると?友よ、それは過信というものだ。やはり頭が良すぎるとかえっていけないのかもな。 キリギリス:ぐっ、ぅ…。 カンヌキ:さて、それで。…いつまでそこで様子を伺っているつもりだね、スイセン。 スイセン:! ぁ…。 カンヌキ:わかりきっていることだが、一応聞くとしよう。…彼らはどうした? スイセン:…取り逃がし、ました。申し訳ございません…、申し訳ございませんっ、カンヌキ様っ…!! カンヌキ:…ふむ。それではキリギリスくんの目論見(もくろみ)通り、いよいよ世界崩壊の危機というわけだ。八年も水質が汚染されたままなんてことは、きっと前代未聞だろう。 キリギリス:はっ…、俺の勝ちってことだよ、カンヌキ。人間は少なくともあと四年はやってこない…。その間にこの世界は自然に崩壊するだろう。もう俺たちにできるのは、ただ終わりを待つことだけだ…。 カンヌキ:君の破滅願望は狂気じみていて実に興味深い。こんな面白い研究材料を解剖できないまま終わる、というのはなんとも惜しい。 スイセン:カンヌキ様…、えへへへ…、ごめんなさい…、ボクが、もっと機転を効かせられればっ…! カンヌキ:……仕方ないよ。君の力では今回もどうにかならなかった。それが現実だ。起きてしまったことは受け入れるしかないさ。 スイセン:…ご期待に沿えず、本当に申し訳―――。 カンヌキ:[被せて]謝罪は聞き飽きたよ。謝ったところで浄化剤が戻ってくるわけじゃない。それ以上の言葉は私の感情を逆撫でするだけだと教えておこう。 スイセン:っ…。はい。 カンヌキ:さて。仕方ないな。…これだけはやりたくなかったのだが、仕方あるまい。 キリギリス:何をするつもりだ…? カンヌキ:決まっているだろう。この世界の清潔を取り戻すんだよ。 キリギリス:…なんだと? スイセン:それは、どうやって…。 カンヌキ:では逆に聞くが。…「浄化材は人間でなくてはならない」なんて言う規則を君たちは聞いたことがあるかね? スイセン:っ!? カンヌキ:固定観念、というやつだ。何十年、何百年も異世界の人間を浄化材に使ってきたからこそ、さもそれが普通であると錯覚する。そう、君たちには特別に教えておこう。「浄化材は、生命エネルギーを持った者」ならなんだっていいのだよ。それこそ…、キリギリスくん。君を浄化材に使ったって、ね? キリギリス:…っ、ふざけやがって。 カンヌキ:私は同胞たちを生贄にすることをずっと躊躇(ためら)っていただけなのだよ。この世界を愛しているが故にね。だからこそわざわざ回りくどい方法を使ってまで人間を引っ張り出していた。人間は勝手に溺れてくれるので、手間がかからないという利点もあるがね。…それにしても。自分を賢者であるように宣(のたま)うにしてはこんなことにも気づけないとは。きっと君は天才ではなく、ただの発明好きの凡夫(ぼんぷ)だったのだろうねえ。 キリギリス:……っ。 カンヌキ:そして、この世界の住民を溺れさせる薬は…、私の懐に。[薬を取り出す] スイセン:さ、流石カンヌキ様!えへへ、どこまでも抜け目がなく、頭脳明晰でいらっしゃいますね。 カンヌキ:ありがとうスイセン。さて…、それでは時間も惜しい、さっそく始めるとしようじゃないか。 キリギリス:…っ、くそが。 カンヌキ:ん?ああ、勘違いさせてしまったかな。安心してくれたまえ。浄化材になるのは君ではなく…、 : カンヌキ:お前だ、スイセン。[注射薬をスイセンに打つ] : スイセン:ぇ…? キリギリス:なっ…!? カンヌキ:おや、そんなに驚くことかね?「優秀な人材」が拾われ、「使えない部下」が切り捨てられるのは社会の摂理だと思うのだが。 スイセン:[苦しみ始める]か、ァ、息がっ…! カンヌキ:ふむ。ほとんど使用したことのない薬だったから不安だったが、きちんと作用しているようだね。素晴らしい。 キリギリス:おい待てカンヌキ…っ! カンヌキ:何かな。 キリギリス:お前は…、昔からスイセンのことを気に入って、良くしてやってただろう!?だってのに、なんで、こんなっ…! カンヌキ:だから言っているだろう。私は「使えない人材」を切り捨てただけだよ。ここらが潮時だと思ってね。 スイセン:かひゅっ、え、へ、へ…、そん、な…、かんぬき、さまっ。 カンヌキ:正直な話、ずっと笑っている君のことを、ずっと気味悪く思っていたよ。 スイセン:っ……。 カンヌキ:仕事もろくにできない。上手いのは胡麻をすることだけ。そのくせ顔にはずっと笑顔が張り付いている。…そんな君のことを、私が本心から信用し、愛しているとでも?冗談。君をずっと傍に置いていたのは、お偉いさん方への印象作りのためだ。「出来損ないも愛す心優しい指導者」。その看板が欲しかっただけだとも。 スイセン:ぁ、ぐ、ぅへ、へ…、あぁっ、ぁ…。 カンヌキ:ほうら。こうして死にゆく今も笑い続けている。張りついてしまっているのだろうが、正直ずっと不快だったよ。なので…、せめて最期くらい、その耳障りな声を抑えて死んでいってはくれないだろうか? スイセン:…ぁ、は、は。 カンヌキ:そろそろ意識が消える頃合いかな。では最後に一つだけ。今まで総てが空回りして大した役にも立たない努力をどうもありがとう。君の後任は割と優秀なキリギリスくんが努めるので、安心して逝ってくれ。 キリギリス:っ…、なんだと!? カンヌキ:拒否するのならば今ここで浄化材にする。君は無意味なことが一番嫌いだったと記憶しているが…、今ここで君が死ぬことは果たして有意義だろうか? キリギリス:…てめえ。 カンヌキ:安心したまえ。君という志も善意も技術も一流の科学者が生きている限り、「浄化材なしでこの世界の水を永久に清浄する装置」を発明する可能性は無くならない。 キリギリス:……。 カンヌキ:おや。君は私がこういう人間であると知っていると思っていたのだけどね。 キリギリス:久々に見て吐き気がしてるんだよ。 カンヌキ:ではこれで慣れておいてくれ。君とはできる限り長くやっていきたい。 キリギリス:…下郎が。 カンヌキ:ははは。―――おっと、眼を離した隙に汚染の排除が完了しているじゃないか。素晴らしい。尊い犠牲のもと、この世界の水質はまた清潔に保たれた。…さあ、それでは今年も変わらず、祈るとしよう。 : カンヌキ:この世界が、永久(とわ)に潤いますように―――。 : 0:The End