台本概要

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タイトル 孤独、酩酊、懐中時計。
作者名 アール/ドラゴス  (@Dragoss_R)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 深夜。雨が降っている。
男は傘も刺さずに走り、女はそんな男を見つける。

自己満で書いた台本です。
書き殴りたかった。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
84 拾われる。
82 拾う。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
孤独、酩酊、懐中時計。 0:深夜。降り頻る雨の中、男が一人走っている。 : 男:はあっ、はあっ…、っ、はあっ、はあっ……。…ここまで来れば、追って、こないかな。…はあっ…。寒い…。 女:あの、大丈夫ですか? 男:っ…! 女:傘も刺さずに雨に打たれて…、素敵なコートがびしょ濡れですよ。 男:…気にしないでください。 女:気にしますよ。その様子…、何かあったんでしょう? 男:……。 女:えっと、私の家、すぐそこなんですけど。良かったらお話聞きますよ。 男:見ず知らずの人にそんな迷惑はかけられません。 女:私からすればあなたを放っておかなくちゃならないことの方が迷惑です!だから、ほら。傘に入って。 男:…本当に、良いんですか? 女:もちろん。ああ、私一人暮らしなので。他に人が居るとかは全然気にしなくて大丈夫ですよ。 男:…そう、ですか。 女:このままじゃどんどん身体が冷えてしまいますから。だから、ね。 男:…じゃあ…、お言葉に、甘えて。 : 0: : 女:ほら、どうぞ中に入って。玄関閉めますね。 男:はい…。 女:タオル取ってきます。ので、少しそこで待っててください。 男:…ありがとう、ございます。 : 男:…あったかい。 : 女:ーーーお待たせしました。はい、タオルと、これ着替えです。 男:え、着替えって…。 女:ああ、私が昔買ったパジャマです。通販で買ったんですけど、サイズ少し大きくて。お兄さん私より身長少し大きいくらいですし、着れるかと思って。 男:…使って良いんですか? 女:一回も使ってないので、好きなだけ! 男:…すみません。 女:いえいえ。私、あったかい飲み物入れてきますね。着替えが済んだらこっちの部屋に来てください。あ、濡れた服はこの籠に。取り込んでおきますから。 男:…何から何まで、本当にありがとうございます。 女:ふふ。じゃあ待ってますね。 : 0: : 男:き、着替え終わりました。 女:お疲れ様です。わ、似合いますね!もこもこのやつだから少し不安だったんですが、平気そうでよかったです!落ち着いている色のやつ選んでおいて正解でした!あ、そういえばサイズは大丈夫ですか? 男:はい、ちょうどピッタリ、って感じで…。 女:それはなにより!昔の私、グッジョブ!じゃなくて!そんなことより。ホットココア入れておきました。ちょっと甘めにしたんですが、いけます? 男:…甘いのは、好きです。 女:よかった!それじゃあ、狭い部屋で申し訳ないんですが、どうぞ座って座って。ゆっくりココアを召し上がってください。身体が冷えた時は温かい飲み物が一番ですからね。 男:……。 女:どうしました?…あ、もしかして私、初対面なのにぐいぐい距離詰めすぎて怖がらせちゃいましたかね。だったらごめんなさい、決して悪気はなくて…!! 男:いえ。…とっても優しい方なんだなあ、と思って。その、色々と感情が迷子になってる、と言いますか…。 女:なるほど、そうですよね。いきなり声をかけられて、冷えてしまうまえに私の家で暖まってください、なんて。少し強引でしたよね。ごめんなさい。 男:そんなことは!…さっきまで、その。とっても心細くて。あなたが声をかけてくれたこと、とっても嬉しかったんです。だから…、ありがとうございます。 女:あはは、どういたしまして。それはなによりです。 男:……冷めないうちにココア、いただきますね。 女:どうぞ。 男:[ココアを一口飲む]…ふぅ。…っ、あれ、なんで涙が…っ、うぁ、すみません…!なんで…っ。 女:きっと、身体が暖まったことで冷え切っていた感情が溶けだして、一気に溢れ出しちゃったんですよ。 男:っ、うぅ…、ごめんなさい、汚い顔を…っ。 女:良いんですよ。…好きなだけ泣いてください。心に感情を押し込めるのは、良くないですから。 男:!…ありがとう、ござい、ます、すみません…っ。 女:フェイスタオル、取ってきますね。 男:は、い…っ。 : 0: : 女:落ち着きました? 男:すんっ…、はい。おかげさまで。 女:良かったです。それで、その。…よければ、何があったのか、教えていただいても? 男:…っ。 女:ああ、嫌なら良いんです。きっとデリケートな事情でしょうし…。でも、話すことで少しでも気が楽になるのなら、是非力になりたくて。 男:…なんで。 女:え? 男:…なんで、赤の他人の俺にそこまでできるんですか。…知らない奴の愚痴まで聞くなんて。…そっちが、嫌な気分になるだけなのに。 女:…なるほど。あなたは、とっても優しいんですね。 男:え? 女:だってそうでしょう?現に、今絶対に自分のことで精一杯なはずなのに、出てくる言葉は私を気遣っての意見と感謝ばかりじゃないですか。 男:そりゃあ、初めましての人ですし。 女:じゃあ言い方を変えます。礼儀正しい。それもものすっごく!態度が悪い人が蔓延ってる現代で、きちんと筋を通せるのは素晴らしいことですよ! 男:…だって、当然、じゃないですか? 女:当たり前を当たり前にできる人はなかなか居ませんから!もっと自分を褒めていきましょう? 男:…ありがとうございます。……あの。本当に、話しても良いんですか。 女:もちろん。 男:…嫌な気分にさせますよ。 女:それであなたの心のもやもやが少しでも晴れるなら、是非共有させてください。上手く慰めたりはできない気がするので、聞くだけになっちゃうかもしれないですけど。 男:十分です…。 女:なら安心しました。 男:……その。まずなんで外に出てたかなんですが…、実は、家出をして。 女:家出?ってことは、え、もしかして学生さん? 男:はい。高2です。 女:マジか!え、じゃあ私状況的に未成年を家に連れ込むヤバいやつ…? 男:文字に起こしたらそうなるかもしれませんが…、今回は例外だと思いますよ。それについて行ったのは俺ですし。 女:そうだけどさあ…、ほんとかあ、確実に成人してると思ってた…。 男:あはは。よく間違われます。 女:だよね、大人びてるもんね…。あ、ごめん話遮っちゃった。それに歳下だとわかった瞬間敬語外してすみません…! 男:全然大丈夫ですよ。それに…、俺は歳上がラフに接してくれた方が話しやすいので。 女:そう?なら良いけど。 男:はい。…それでその。なんで家出したか、ですけど。…少し複雑なので、少し説明させてもらっても良いですか。 女:うん。心ゆくまで。 男:ありがとうございます。…ええっと、まず、その。…俺、母親と父親との三人家族なんですけど。親父が相当な酒乱で。土木業の社長やってるから、酒を飲むといつも『俺は世間のことを考えてて〜』とか、『俺だってここまでやったんだから〜』とか、話が始まるんです。 女:あー…、今風の言い方をすると、承認欲求が強い感じなのかな? 男:はい。まあその話が夜まで続くのはザラで、捕まったら気が済むまで逃げられないので、その。俺と母親は毎回それに耐えてたんです。 女:…うーん。既に深刻だなあ。それって夜よく眠れてるの? 男:俺は学校もあるのであまり話に連れまわされることもないんですが、母は専業主婦なので…、いくら話を聞いてもらったって良いと思ってるんでしょうね。いっつも話を聞かされて、年中寝不足みたいです。 女:それはつらいね…。 男:俺も母親が可哀想なので止めたいんですけど、本人に酒を止める気がないし、話の最中に反論とかしたらすぐに狂ったように怒り出すので、どうしようもなくって。 女:何もできないのか…。 男:はい…。まあ、それはまだ良いんです。…いや良いわけはないんですけど、いつものこと、なので。…でも。今日俺に言ってきたことだけは、本当に許せなくて。 女:何を言われたの? 男:…まず前提として、俺、将来どんな仕事に就くかまだ悩んでて。漠然としてるんです。 女:なるほど?でも、高校二年生なんてみんなそんなもんじゃない?そういうのを考え出すのは大学入ってからだろうし。 男:俺もそう思ってます。…なんですけど、父親が言ってくるんですよ。「もう受験生になるんだからそろそろ将来の夢の方向性を決めろ」って。 女:うわぁ…、その時期にそんなこと言われるのはきついね。 男:…はい。でも、俺本当にまだ何もわからなくて。強いて言うなら小説を書くのが好きなんですけど、それは趣味であって、将来仕事にしたいかと言われれば違うし。 女:へえー、クリエイティブなんだね。 男:昔から文字書くの好きなんです。それで、両親はそれを知ってて。かといって将来小説家になりたいわけではないことも伝えてるんです。…だけどその。酒に酔った父親はそんなの聞いてないように、「将来ライターになれば良い」、「劇作家とかして演者もやってみれば?」…そう、毎回言ってくるんです。 女:…君の話を聞いてくれない、というよりは、酔っ払って思考が凝り固まってるのかな? 男:というよりは、さっき貴女が言ってくれたように、お酒が入ると承認欲求が強くなって自分のアピールが凄くなる人だから、それに伴って自分の理想や想像しか考えられないんだと。…そのくせに「俺はお前のことを想ってちゃんと考えてる」って言ってくるんですけど。 女:君の話を聞く限り、お父さんは君を自分の描いたレールに乗せたいだけに聞こえるなあ。だって、君の意見なんて度外視なんでしょ? 男:…そうです。その上で、本題である今日の話なんですけど。…あいつ、今日言ったんです。「職業はちゃんと決めて、文字描きは趣味にすればいいじゃん」って。 女:…それは、君がもともと伝えてたことだよね。小説を書くのは趣味でいい、って言うのは。 男:はい。何回も口を酸っぱくして言ってるのに、今日急にまるで自分が考えたみたいに提案してきたんです。…ここでまずカチンと来て。 女:それはそうなるよ。君の話を一切聞いてなかったって言ったようなものだもん。 男:…ええ。でも、それを突いたって逆ギレされるだけなのはわかってるので、必死に抑えました。 女:偉い。…だけど、その後に色々重なって、溢れちゃった? 男:…俺が本気で受かりたいと想ってる大学は「行かなくったっていい」。俺が趣味でとどめておきたい小説は「仕事にすれば良い」。必死に怒りを抑えてるのに「お前はそう言うところがダメなんだ」。俺のことを話しているようで「俺が平気だったんだから」とか、「俺の仲間は」っていう自分語り。…それをずっと聞いてるうちに、思ったんです。『俺のことなんて見て見ぬふりをしてるんだけで、愛してくれてなんていないんだな』って。 女:……。 男:だって、そうじゃないですか…!本人は良い話をしているつもりかもしれませんが、内容は独りよがりな自慢や懐古なんですよ…っ!?それを「お前のためだ」って言って話されて…、そんなの、そんなの…っ!! 女:…そうだよね。いくらお酒に酔ってるとはいえ、流石に酷すぎる。…ましてや、君は来月から受験生なのに。一番近くの味方であるはずの親からそんな扱いを受けたら…。…ちなみに、家出はもう何回もしてるの? 男:いや、今日が初めてです。 女:えぇ、そうなの…!? 男:あはは、じゃなかったらあんな道端で立ち尽くしてませんからね…。意外でした? 女:意外、というか。そんなお父さんがいて、よく今の今まで家出をしようって気にならなかったなあって。 男:…何回も思いましたよ。家を抜け出したい、って。でもそうしたところでアイツの機嫌を損ねて無駄な話が長くなるだけだし、それに…、わかってると思いますが、こんな時に頼れる友人もいないので。 女:…そっか。 男:はい。…実際、今日も案の定でした。堪忍袋の尾が切れた瞬間自室に向かって、すぐに着替えて。それで家を出たんですけど、呼び止められて。最初は穏やかだったので、俺が何も言わなきゃ良かったんですけど、今日はもう全部吹っ切れてて。「俺のことなんて考えてないくせに」とか、「素面で話してよ」って、思わず言っちゃったんです。そうしたら急に態度が変わって。…挑発するし、喧嘩腰だし、大声で怒鳴るし。…酒について詰めた時は手も出されました。 女:え、殴られたの!? 男:拳どころか足が飛んできましたよ。本気ではなかったようなので、今は全然痛くないですけどね。 女:いやいや、それ虐待だから!本当に大丈夫なの…?まさか、日常的にされてるとか言わないよね…!? 男:流石にここまで本格的にやられたのは初めてです。よっぽど俺のことが気に入らなかったんでしょうね。あはは。 女:…笑い事じゃ、ないよ。 男:…ごめんなさい。でも、笑わないと、やってられないんです。それに、ほら。…これも、壊されちゃったから。 女:それは…、懐中時計っ。 男:小説を書いてるって言いましたよね。…実はネットにも投稿してるんですよ。そしてこれは、ネットに上がる僕の作品たちをとっても好いてくれる方から貰った懐中時計。文字盤の色合いが綺麗で、貰う前も貰う時も貰った後もとびきり楽しみで、嬉しくて。…それほどに愛着を持った、あの方から初めて貰ったプレゼントだったんです。…家出するなら、御守り代わりに首から下げようって想ったのが間違いでした。胸ぐらを掴まれた時にチェーンが引っ張られて、そのままコンクリートに。 女:っ、そんな…。 男:家に帰ったらなんとか修理に出せないかとも考えてるんですが…、今はそんな気にもなれなくて。 女:……。 男:…「俺が過ごす素晴らしい毎日は、このひび割れた懐中時計の針と共に止まった。」 男:文字書き風にいうならそんなところです。…俺、学校でもあまり上手くいってなくて。小学校までは良かったんですが、中学校になって人が増えてから、急にいじめられるようになって。昔の友達もどんどん離れていって。…高校は出来る限り中学の同級生と被らない場所を選んだんですけど、昔の経験のせいで友達を作りたいとも思えなかったんです。…だから今の俺は、家にも、学校にも居場所がない。唯一の拠り所だったインターネットの思い出もひび割れてしまった。…お姉さんと一緒にいるのにこんな台詞を吐くのは申し訳ないんですけど。…今、とっても心細くて、寂しくて…、孤独で…、辛い、です。 女:そっか。…ありがとうね、そんなつらい胸の内を、私に共有してくれて。 男:何を、お礼を言うのはこちらの方です。…拾ってもらって、温かいココアまでご馳走になって…、挙句しょうもない愚痴まで聞いてもらってしまった。…本当に、すみません。 女:謝らないで。余計気分が暗くなっちゃう。…そっか。今家に戻ったところで、どうしようもないもんね。 男:はい。…ケータイは電源を切ってますけど、多分電話の通知がたくさん入ってると思いますし。 女:わかった。じゃあ、自分の中で決心がつくまで、うちに泊まっていきな。 男:え…っ!? 女:明日になったら、私が君のお母さんに連絡して、しばらく家に帰りたくなさそうだってこと、伝えるから。きっとその頃にはお父さんのお酒も抜けてるでしょ? 男:そうかもしれませんけど…、でも、お布団とか、食べ物とかは…! 女:任せて。布団は代用できるものがあるし。炊事は得意だから! 男:…っ、僕たち、さっきが初めましてですよね!?なんでそんなによくしてくれるんですか…!? 女:うーん、正直私もここまではしてあげられる勇気なかったんだけど…、それ、見ちゃったからさ。 男:…懐中時計? 女:そう。驚かなかったけどね。なんだか喋り方とか聞いてたら、途中からそんな気がしてたし。 男:…なんの、話ですか? 女:ここまで言ってまだわからない?まあでも確かに、君の作品にまだ推理ミステリーはなかったからなあ。 男:作品…、え、それって…っ!? 女:ふふ。初めまして。“しゃけすぱ〜れ”くん。私は“Swing”(スウィング)。君の書く文字に惚れ込んだ、しがないファンです。 男:っ…、あ、あなたがSwingさん…っ!? 女:そうだよ〜!いやあ、ネットでは年齢非公開のしゃけくんが、まさか高校生だったなんて、正直驚いたよ。 男:いやいや、それ以前に…、住んでる場所近すぎません…!? 女:ね。こんな偶然あるんだねえ。 男:…っ、あ、そうだそれなら。…ごめんなさい、Swingさん。…買ってくれた懐中時計、割れてしまいました。 女:全然大丈夫だよ。確かに贈ったものが壊れちゃったのは残念だけど、君がぞんざいに扱ったわけじゃかいしね!それに、こんなに家が近所なら、次は一緒に買いに行けば良いし! 男:っ…!ありがとう、ございます。 女:うんうん。あ、しばらく私の家にいるにあたって、執筆環境は任せて。私ノートだけどパソコン持ってるから、しゃけくんの名義でサイトにログインすれば投稿はいくらでも出来るよ。いずれお家に帰るってなっても、こっちからデータを転送すれば問題なし! 男:…至れり尽くせりだなあ。 女:最高のお客人ですから。それに、私は君が書いてるところを眺められるの、凄く楽しみなんだよ? 男:…緊張するから視線はあまり感じさせないでね。 女:もちろん。君が書きやすいのが一番だからね。…あ、あと。これだけは言わせて。 男:? なに…? 女:例え懐中時計が壊れても,君の居場所はここにあるから。それだけは忘れないでほしいな。 男:っ…!うん! 女:ようし、そうと決まれば…、今日は目が覚めている限り、君の小説の裏話を聞きまくるぞー! 男:もちろん。答えられる限り、喋らせてもらいます。 : 0:二人の楽しげな笑い声が響いている…。 : 0:End.

孤独、酩酊、懐中時計。 0:深夜。降り頻る雨の中、男が一人走っている。 : 男:はあっ、はあっ…、っ、はあっ、はあっ……。…ここまで来れば、追って、こないかな。…はあっ…。寒い…。 女:あの、大丈夫ですか? 男:っ…! 女:傘も刺さずに雨に打たれて…、素敵なコートがびしょ濡れですよ。 男:…気にしないでください。 女:気にしますよ。その様子…、何かあったんでしょう? 男:……。 女:えっと、私の家、すぐそこなんですけど。良かったらお話聞きますよ。 男:見ず知らずの人にそんな迷惑はかけられません。 女:私からすればあなたを放っておかなくちゃならないことの方が迷惑です!だから、ほら。傘に入って。 男:…本当に、良いんですか? 女:もちろん。ああ、私一人暮らしなので。他に人が居るとかは全然気にしなくて大丈夫ですよ。 男:…そう、ですか。 女:このままじゃどんどん身体が冷えてしまいますから。だから、ね。 男:…じゃあ…、お言葉に、甘えて。 : 0: : 女:ほら、どうぞ中に入って。玄関閉めますね。 男:はい…。 女:タオル取ってきます。ので、少しそこで待っててください。 男:…ありがとう、ございます。 : 男:…あったかい。 : 女:ーーーお待たせしました。はい、タオルと、これ着替えです。 男:え、着替えって…。 女:ああ、私が昔買ったパジャマです。通販で買ったんですけど、サイズ少し大きくて。お兄さん私より身長少し大きいくらいですし、着れるかと思って。 男:…使って良いんですか? 女:一回も使ってないので、好きなだけ! 男:…すみません。 女:いえいえ。私、あったかい飲み物入れてきますね。着替えが済んだらこっちの部屋に来てください。あ、濡れた服はこの籠に。取り込んでおきますから。 男:…何から何まで、本当にありがとうございます。 女:ふふ。じゃあ待ってますね。 : 0: : 男:き、着替え終わりました。 女:お疲れ様です。わ、似合いますね!もこもこのやつだから少し不安だったんですが、平気そうでよかったです!落ち着いている色のやつ選んでおいて正解でした!あ、そういえばサイズは大丈夫ですか? 男:はい、ちょうどピッタリ、って感じで…。 女:それはなにより!昔の私、グッジョブ!じゃなくて!そんなことより。ホットココア入れておきました。ちょっと甘めにしたんですが、いけます? 男:…甘いのは、好きです。 女:よかった!それじゃあ、狭い部屋で申し訳ないんですが、どうぞ座って座って。ゆっくりココアを召し上がってください。身体が冷えた時は温かい飲み物が一番ですからね。 男:……。 女:どうしました?…あ、もしかして私、初対面なのにぐいぐい距離詰めすぎて怖がらせちゃいましたかね。だったらごめんなさい、決して悪気はなくて…!! 男:いえ。…とっても優しい方なんだなあ、と思って。その、色々と感情が迷子になってる、と言いますか…。 女:なるほど、そうですよね。いきなり声をかけられて、冷えてしまうまえに私の家で暖まってください、なんて。少し強引でしたよね。ごめんなさい。 男:そんなことは!…さっきまで、その。とっても心細くて。あなたが声をかけてくれたこと、とっても嬉しかったんです。だから…、ありがとうございます。 女:あはは、どういたしまして。それはなによりです。 男:……冷めないうちにココア、いただきますね。 女:どうぞ。 男:[ココアを一口飲む]…ふぅ。…っ、あれ、なんで涙が…っ、うぁ、すみません…!なんで…っ。 女:きっと、身体が暖まったことで冷え切っていた感情が溶けだして、一気に溢れ出しちゃったんですよ。 男:っ、うぅ…、ごめんなさい、汚い顔を…っ。 女:良いんですよ。…好きなだけ泣いてください。心に感情を押し込めるのは、良くないですから。 男:!…ありがとう、ござい、ます、すみません…っ。 女:フェイスタオル、取ってきますね。 男:は、い…っ。 : 0: : 女:落ち着きました? 男:すんっ…、はい。おかげさまで。 女:良かったです。それで、その。…よければ、何があったのか、教えていただいても? 男:…っ。 女:ああ、嫌なら良いんです。きっとデリケートな事情でしょうし…。でも、話すことで少しでも気が楽になるのなら、是非力になりたくて。 男:…なんで。 女:え? 男:…なんで、赤の他人の俺にそこまでできるんですか。…知らない奴の愚痴まで聞くなんて。…そっちが、嫌な気分になるだけなのに。 女:…なるほど。あなたは、とっても優しいんですね。 男:え? 女:だってそうでしょう?現に、今絶対に自分のことで精一杯なはずなのに、出てくる言葉は私を気遣っての意見と感謝ばかりじゃないですか。 男:そりゃあ、初めましての人ですし。 女:じゃあ言い方を変えます。礼儀正しい。それもものすっごく!態度が悪い人が蔓延ってる現代で、きちんと筋を通せるのは素晴らしいことですよ! 男:…だって、当然、じゃないですか? 女:当たり前を当たり前にできる人はなかなか居ませんから!もっと自分を褒めていきましょう? 男:…ありがとうございます。……あの。本当に、話しても良いんですか。 女:もちろん。 男:…嫌な気分にさせますよ。 女:それであなたの心のもやもやが少しでも晴れるなら、是非共有させてください。上手く慰めたりはできない気がするので、聞くだけになっちゃうかもしれないですけど。 男:十分です…。 女:なら安心しました。 男:……その。まずなんで外に出てたかなんですが…、実は、家出をして。 女:家出?ってことは、え、もしかして学生さん? 男:はい。高2です。 女:マジか!え、じゃあ私状況的に未成年を家に連れ込むヤバいやつ…? 男:文字に起こしたらそうなるかもしれませんが…、今回は例外だと思いますよ。それについて行ったのは俺ですし。 女:そうだけどさあ…、ほんとかあ、確実に成人してると思ってた…。 男:あはは。よく間違われます。 女:だよね、大人びてるもんね…。あ、ごめん話遮っちゃった。それに歳下だとわかった瞬間敬語外してすみません…! 男:全然大丈夫ですよ。それに…、俺は歳上がラフに接してくれた方が話しやすいので。 女:そう?なら良いけど。 男:はい。…それでその。なんで家出したか、ですけど。…少し複雑なので、少し説明させてもらっても良いですか。 女:うん。心ゆくまで。 男:ありがとうございます。…ええっと、まず、その。…俺、母親と父親との三人家族なんですけど。親父が相当な酒乱で。土木業の社長やってるから、酒を飲むといつも『俺は世間のことを考えてて〜』とか、『俺だってここまでやったんだから〜』とか、話が始まるんです。 女:あー…、今風の言い方をすると、承認欲求が強い感じなのかな? 男:はい。まあその話が夜まで続くのはザラで、捕まったら気が済むまで逃げられないので、その。俺と母親は毎回それに耐えてたんです。 女:…うーん。既に深刻だなあ。それって夜よく眠れてるの? 男:俺は学校もあるのであまり話に連れまわされることもないんですが、母は専業主婦なので…、いくら話を聞いてもらったって良いと思ってるんでしょうね。いっつも話を聞かされて、年中寝不足みたいです。 女:それはつらいね…。 男:俺も母親が可哀想なので止めたいんですけど、本人に酒を止める気がないし、話の最中に反論とかしたらすぐに狂ったように怒り出すので、どうしようもなくって。 女:何もできないのか…。 男:はい…。まあ、それはまだ良いんです。…いや良いわけはないんですけど、いつものこと、なので。…でも。今日俺に言ってきたことだけは、本当に許せなくて。 女:何を言われたの? 男:…まず前提として、俺、将来どんな仕事に就くかまだ悩んでて。漠然としてるんです。 女:なるほど?でも、高校二年生なんてみんなそんなもんじゃない?そういうのを考え出すのは大学入ってからだろうし。 男:俺もそう思ってます。…なんですけど、父親が言ってくるんですよ。「もう受験生になるんだからそろそろ将来の夢の方向性を決めろ」って。 女:うわぁ…、その時期にそんなこと言われるのはきついね。 男:…はい。でも、俺本当にまだ何もわからなくて。強いて言うなら小説を書くのが好きなんですけど、それは趣味であって、将来仕事にしたいかと言われれば違うし。 女:へえー、クリエイティブなんだね。 男:昔から文字書くの好きなんです。それで、両親はそれを知ってて。かといって将来小説家になりたいわけではないことも伝えてるんです。…だけどその。酒に酔った父親はそんなの聞いてないように、「将来ライターになれば良い」、「劇作家とかして演者もやってみれば?」…そう、毎回言ってくるんです。 女:…君の話を聞いてくれない、というよりは、酔っ払って思考が凝り固まってるのかな? 男:というよりは、さっき貴女が言ってくれたように、お酒が入ると承認欲求が強くなって自分のアピールが凄くなる人だから、それに伴って自分の理想や想像しか考えられないんだと。…そのくせに「俺はお前のことを想ってちゃんと考えてる」って言ってくるんですけど。 女:君の話を聞く限り、お父さんは君を自分の描いたレールに乗せたいだけに聞こえるなあ。だって、君の意見なんて度外視なんでしょ? 男:…そうです。その上で、本題である今日の話なんですけど。…あいつ、今日言ったんです。「職業はちゃんと決めて、文字描きは趣味にすればいいじゃん」って。 女:…それは、君がもともと伝えてたことだよね。小説を書くのは趣味でいい、って言うのは。 男:はい。何回も口を酸っぱくして言ってるのに、今日急にまるで自分が考えたみたいに提案してきたんです。…ここでまずカチンと来て。 女:それはそうなるよ。君の話を一切聞いてなかったって言ったようなものだもん。 男:…ええ。でも、それを突いたって逆ギレされるだけなのはわかってるので、必死に抑えました。 女:偉い。…だけど、その後に色々重なって、溢れちゃった? 男:…俺が本気で受かりたいと想ってる大学は「行かなくったっていい」。俺が趣味でとどめておきたい小説は「仕事にすれば良い」。必死に怒りを抑えてるのに「お前はそう言うところがダメなんだ」。俺のことを話しているようで「俺が平気だったんだから」とか、「俺の仲間は」っていう自分語り。…それをずっと聞いてるうちに、思ったんです。『俺のことなんて見て見ぬふりをしてるんだけで、愛してくれてなんていないんだな』って。 女:……。 男:だって、そうじゃないですか…!本人は良い話をしているつもりかもしれませんが、内容は独りよがりな自慢や懐古なんですよ…っ!?それを「お前のためだ」って言って話されて…、そんなの、そんなの…っ!! 女:…そうだよね。いくらお酒に酔ってるとはいえ、流石に酷すぎる。…ましてや、君は来月から受験生なのに。一番近くの味方であるはずの親からそんな扱いを受けたら…。…ちなみに、家出はもう何回もしてるの? 男:いや、今日が初めてです。 女:えぇ、そうなの…!? 男:あはは、じゃなかったらあんな道端で立ち尽くしてませんからね…。意外でした? 女:意外、というか。そんなお父さんがいて、よく今の今まで家出をしようって気にならなかったなあって。 男:…何回も思いましたよ。家を抜け出したい、って。でもそうしたところでアイツの機嫌を損ねて無駄な話が長くなるだけだし、それに…、わかってると思いますが、こんな時に頼れる友人もいないので。 女:…そっか。 男:はい。…実際、今日も案の定でした。堪忍袋の尾が切れた瞬間自室に向かって、すぐに着替えて。それで家を出たんですけど、呼び止められて。最初は穏やかだったので、俺が何も言わなきゃ良かったんですけど、今日はもう全部吹っ切れてて。「俺のことなんて考えてないくせに」とか、「素面で話してよ」って、思わず言っちゃったんです。そうしたら急に態度が変わって。…挑発するし、喧嘩腰だし、大声で怒鳴るし。…酒について詰めた時は手も出されました。 女:え、殴られたの!? 男:拳どころか足が飛んできましたよ。本気ではなかったようなので、今は全然痛くないですけどね。 女:いやいや、それ虐待だから!本当に大丈夫なの…?まさか、日常的にされてるとか言わないよね…!? 男:流石にここまで本格的にやられたのは初めてです。よっぽど俺のことが気に入らなかったんでしょうね。あはは。 女:…笑い事じゃ、ないよ。 男:…ごめんなさい。でも、笑わないと、やってられないんです。それに、ほら。…これも、壊されちゃったから。 女:それは…、懐中時計っ。 男:小説を書いてるって言いましたよね。…実はネットにも投稿してるんですよ。そしてこれは、ネットに上がる僕の作品たちをとっても好いてくれる方から貰った懐中時計。文字盤の色合いが綺麗で、貰う前も貰う時も貰った後もとびきり楽しみで、嬉しくて。…それほどに愛着を持った、あの方から初めて貰ったプレゼントだったんです。…家出するなら、御守り代わりに首から下げようって想ったのが間違いでした。胸ぐらを掴まれた時にチェーンが引っ張られて、そのままコンクリートに。 女:っ、そんな…。 男:家に帰ったらなんとか修理に出せないかとも考えてるんですが…、今はそんな気にもなれなくて。 女:……。 男:…「俺が過ごす素晴らしい毎日は、このひび割れた懐中時計の針と共に止まった。」 男:文字書き風にいうならそんなところです。…俺、学校でもあまり上手くいってなくて。小学校までは良かったんですが、中学校になって人が増えてから、急にいじめられるようになって。昔の友達もどんどん離れていって。…高校は出来る限り中学の同級生と被らない場所を選んだんですけど、昔の経験のせいで友達を作りたいとも思えなかったんです。…だから今の俺は、家にも、学校にも居場所がない。唯一の拠り所だったインターネットの思い出もひび割れてしまった。…お姉さんと一緒にいるのにこんな台詞を吐くのは申し訳ないんですけど。…今、とっても心細くて、寂しくて…、孤独で…、辛い、です。 女:そっか。…ありがとうね、そんなつらい胸の内を、私に共有してくれて。 男:何を、お礼を言うのはこちらの方です。…拾ってもらって、温かいココアまでご馳走になって…、挙句しょうもない愚痴まで聞いてもらってしまった。…本当に、すみません。 女:謝らないで。余計気分が暗くなっちゃう。…そっか。今家に戻ったところで、どうしようもないもんね。 男:はい。…ケータイは電源を切ってますけど、多分電話の通知がたくさん入ってると思いますし。 女:わかった。じゃあ、自分の中で決心がつくまで、うちに泊まっていきな。 男:え…っ!? 女:明日になったら、私が君のお母さんに連絡して、しばらく家に帰りたくなさそうだってこと、伝えるから。きっとその頃にはお父さんのお酒も抜けてるでしょ? 男:そうかもしれませんけど…、でも、お布団とか、食べ物とかは…! 女:任せて。布団は代用できるものがあるし。炊事は得意だから! 男:…っ、僕たち、さっきが初めましてですよね!?なんでそんなによくしてくれるんですか…!? 女:うーん、正直私もここまではしてあげられる勇気なかったんだけど…、それ、見ちゃったからさ。 男:…懐中時計? 女:そう。驚かなかったけどね。なんだか喋り方とか聞いてたら、途中からそんな気がしてたし。 男:…なんの、話ですか? 女:ここまで言ってまだわからない?まあでも確かに、君の作品にまだ推理ミステリーはなかったからなあ。 男:作品…、え、それって…っ!? 女:ふふ。初めまして。“しゃけすぱ〜れ”くん。私は“Swing”(スウィング)。君の書く文字に惚れ込んだ、しがないファンです。 男:っ…、あ、あなたがSwingさん…っ!? 女:そうだよ〜!いやあ、ネットでは年齢非公開のしゃけくんが、まさか高校生だったなんて、正直驚いたよ。 男:いやいや、それ以前に…、住んでる場所近すぎません…!? 女:ね。こんな偶然あるんだねえ。 男:…っ、あ、そうだそれなら。…ごめんなさい、Swingさん。…買ってくれた懐中時計、割れてしまいました。 女:全然大丈夫だよ。確かに贈ったものが壊れちゃったのは残念だけど、君がぞんざいに扱ったわけじゃかいしね!それに、こんなに家が近所なら、次は一緒に買いに行けば良いし! 男:っ…!ありがとう、ございます。 女:うんうん。あ、しばらく私の家にいるにあたって、執筆環境は任せて。私ノートだけどパソコン持ってるから、しゃけくんの名義でサイトにログインすれば投稿はいくらでも出来るよ。いずれお家に帰るってなっても、こっちからデータを転送すれば問題なし! 男:…至れり尽くせりだなあ。 女:最高のお客人ですから。それに、私は君が書いてるところを眺められるの、凄く楽しみなんだよ? 男:…緊張するから視線はあまり感じさせないでね。 女:もちろん。君が書きやすいのが一番だからね。…あ、あと。これだけは言わせて。 男:? なに…? 女:例え懐中時計が壊れても,君の居場所はここにあるから。それだけは忘れないでほしいな。 男:っ…!うん! 女:ようし、そうと決まれば…、今日は目が覚めている限り、君の小説の裏話を聞きまくるぞー! 男:もちろん。答えられる限り、喋らせてもらいます。 : 0:二人の楽しげな笑い声が響いている…。 : 0:End.