台本概要

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タイトル オグリコールをもう一度
作者名 遠野太陽  (@10nonbsun)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(男2)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 熱血台本。
名馬オグリキャップの伝説。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
駿 83 競馬が大好きな父を事故で亡くした青年。
82 競馬ファンのおっちゃん。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
駿:(M)1996年2月4日、日曜日。東京競馬場にて。 哲:お、兄ちゃん、競馬は初めてだね? 駿:え? あぁ、はい。そうですけど。 哲:やっぱり。だと思ったよ。 駿:何なんですか。僕に何か用ですか? 哲:いや、用ってわけじゃねぇけどよ。 哲:なんでわかったと思う? 駿:は? 哲:兄ちゃんが競馬が初めてだって、なんで俺がわかったと思う? 駿:・・・わかりません。 駿:え、聞いてほしいんですか? 哲:そうだよ。ちょっと言ってみて。 駿:なにを? 哲:「なんでわかったんですか!?」って驚愕で目を見開いている感じで。 駿:なんで僕がそんなこと。 哲:いいから早く。 駿:(棒読み)なんでわかったんですかー。 哲:目だよ。俺みたいに何年も競馬場へ足を運んでる人間は、そいつの目を見るだけで、そいつの競馬のキャリアがわかるようになるんだ。 駿:はあ、そうですか。 哲:いや、ホントだって。 駿:まあ実際、競馬場に来るのは今日が初めてですから、馬券を買うのに慣れてないのは確かです。 哲:そんなこったろうと思ったよ。 哲:そこで、東京競馬場のベテランの俺が、ビギナーの兄ちゃんに色々教えてやろうと思ったわけよ。 駿:いえ、結構です。 哲:まあそう言うな。俺が競馬の楽しみ方ってやつを教えてやるからよ。 駿:何が目的なんですか。お金ですか? 哲:ち、ちちち違うよ。何言ってんだよ。 哲:俺がメインレースの前に軍資金を使い切って、スッカラカンになってるように見えるのかよ? 駿:見えます。 哲:ホントに? 駿:はい。見えます。 哲:実はそうなんだよ。 駿:お金なら貸しませんよ。 哲:別に兄ちゃんから金を借りようとは思ってねぇよ。 駿:じゃあ何が目的なんですか。 哲:兄ちゃんが馬券を買ってメインレースを楽しんでるのを隣で一緒に楽しみたいんだよ。 駿:わけがわかりません。 哲:一緒に馬券を買ったつもりになって、俺もレースを楽しみたいんだよ。 哲:わかるだろ、こういう気持ち。 駿:わかりませんよ。 駿:馬券を買わずにレースを観ればいいじゃないですか。 哲:それじゃ面白くねぇんだよ。 哲:金のかかってない麻雀だって面白くもなんともねぇだろ。それと同じだ。 駿:麻雀やらないんで知りませんけど。 哲:兄ちゃんの邪魔はしねぇ。約束する。 駿:もぉぉ。面倒くさい人に絡まれたなぁ。 哲:頼むよ。なっ。 駿:(渋々)わかりました。もう好きにしてください。 哲:よっしゃあ! 哲:さすが兄ちゃん、話がわかる。 哲:で、兄ちゃん、今日のメインレース。第46回東京新聞杯、何を買うんだ? 駿:6枠11番トロットサンダーと、7枠14番のフジノマッケンオーです。 哲:本命ガチガチじゃねえか。 哲:そんな馬券買っても面白くもなんともないだろ? 駿:そんなことないです。倍率が低いってことは、それだけ当たる確率が高いということですから。 哲:そんなの当てて小銭を稼いでもテンション上がらないだろ。 哲:それで、今日これまでの戦績は? 駿:プラスの10万円。 哲:ま、マジで!? 哲:すげぇじゃん。 哲:ビギナーズラックって、やっぱりあるんだなぁ。 駿:おじさんは? 哲:マイナス4万3千円。 駿:・・・あの、運がなくなるんで、あっちに行ってください。 哲:そんなこと言うなよ。 駿:じゃあ参考までに、おじさんなら何を買うか教えてくれませんか? 哲:お、知りたいの? 哲:教えてやろうかなー。どうしようかなー。 駿:おじさんが買おうとしてる馬じゃないのを選べば当たる確率が上がりそうなんで。 哲:言うじゃねぇか。まあ、いいや。 哲:よぉく聞けよん。 駿:喋りたくて仕方なかったんでしょう。 哲:確かにこのレース。東京競馬場の1600mなら、6枠11番トロットサンダーの1着は間違いないだろう。 哲:だが、フジノマッケンオーはどうかな。確かに状態も悪くない。 駿:でもこのレースの前に走った・・・ニューイヤーズ・シーで2着に入ってますよ。 哲:ニューイヤーズカップな。アルファベットのCはカップの略だよ。 哲:まあ確かにそれはプラス要素だ。 哲:地力だけを見れば、トロットサンダーに太刀打ちできるのは、このフジノマッケンオーと、3枠6番メイショウユウシだけだろう。 哲:でも、こんな馬券を買って、もし当たったとしても、ロマンがないだろ、ロマンが。 駿:ロマン? 哲:そう、馬券ってのはロマンで買うもんなんだよ。 哲:勝ちそうな馬を選んで馬券を買ってるようじゃ、いつまでたっても素人から抜け出せないぜ。 駿:さすがマイナス4万3千円の人の言葉は重みが違いますね。 哲:言うじゃえねぇか。 哲:この東京競馬場の収容人数はどれくらいか知ってるか。 駿:いいえ。 哲:約20万人だ。ここと比べりゃ野球やサッカーのスタジアムなんて小さなもんさ。 哲:ただ馬券を買って馬を観るだけで、どうしてこんなに人が集まると思う? 哲:そこにロマンがあるからさ。 駿:ギャンブル依存症な人が多いだけなんじゃないですか。 駿:たかが馬が勝った負けたで一喜一憂して。 駿:今日、初めて競馬場に来て、競馬に人生を賭けてるろくでもない大人を沢山見かけました。 駿:こうはなりたくないと思いました。 哲:今日会ったばかりなのに俺の人生を否定すんな! 駿:あ、すいません。そんなつもりは・・・。 哲:そう言う兄ちゃんはなんで今日競馬場に来たんだよ? 駿:それは・・・。 哲:どうした? 駿:親父が競馬好きだったんです。 哲:だったってことは・・・。 駿:去年の十二月の最後の日曜日。中山競馬場からの帰り道、事故にあって亡くなりました。 哲:有馬記念か。 哲:そりゃお気の毒にな。 駿:最低の父でした。 駿:休みの日は競馬のことばかり。 駿:僕が幼い頃、競馬場で軍資金を使い果たして、僕のミルク代にと母から貰ったお金を最終レースにぶちこんで大穴を当てたって、何度も聞かされました。 駿:こんな親にはなりたくないって思ってました。 駿:だから、さっき言ったろくでもない大人ってのは親父のことで・・・。 哲:いや、俺も似たようなもんさ。この辺にいる奴らはそんな奴ばっかりさ。 駿:何がロマンですか。 駿:そんなことより大事なことがあるんじゃないですか? 哲:今日、初めて競馬やってどうだったい? 哲:馬券が当たって興奮したろ? 駿:運がよかっただけです。 駿:なんとなく選んだ馬が勝っただけですから。 駿:競馬場に来たら親父の気持ちが少しはわかるかなって思いました。 駿:馬券を買ったらわかるかなって思いました。 駿:けど、ダメでした。 駿:何が親父をそこまで熱中させたのか、僕にはサッパリわかりません。 哲:なあ、兄ちゃん。 駿:はい。 哲:昨日、大井競馬場でスーパーオトメって馬が走ったのを知ってるか? 駿:あ・・・。 哲:知ってるのかい? 駿:はい。今日の朝、家でとってるスポーツ新聞に載ってました。 哲:記事は読んだ? 駿:いえ・・・。なんとなく馬の名前が目に入っただけで。 哲:スーパーオトメは先日、大井競馬場から脱走して、日本で初めて首都高を走った馬なんだよ。 哲:次の日の新聞は大変だった。 哲:日本で初めて高速道路で調教した馬って記事がスポーツ新聞のトップを飾ったんだ。 哲:そして昨日が、その馬のデビュー戦だった。 哲:普段の大井競馬場は、第一レースといえば700人程しか入らないのに、スーパーオトメが出走した昨日、4倍以上の3000人の入場者があったんだ。 哲:スーパーオトメはダントツの一番人気だった。 哲:結果は5着。しかし、走り終わった後も観客から声援が絶えなかった。 哲:もちろん、スーパーオトメが勝つなんて誰も思っちゃいなかった。 哲:馬券を買った連中は、首都高を走ったスーパーオトメのロマンを買ったってわけさ。 駿:よくわかりませんが、なんとなくわかる気もします。 駿:親父も似たようなことを言ってました。 哲:そうかい。 駿:じゃあ、この東京新聞杯では、どの馬にロマンがあるんですか? 哲:まあ、人それぞれどんな馬にロマンを感じるか。違いはあるだろうがな。 哲:俺の場合は3枠5番オグリワンだ。 駿:オグリワン・・・。 駿:予想に印がないから、人気のない馬ですよね? 哲:確かにこのメンバーじゃ入賞は難しいだろう。 哲:だが、俺はオグリワンのロマンを買う。 駿:どうしてですか? 哲:東京競馬場1600mのレコードタイムを知ってるか? 哲:オグリキャップが1990年の安田記念で記録した1分32秒4だ。 駿:オグリキャップ・・・。 駿:知ってます、その馬。ぬいぐるみが家にありました。 哲:オグリキャップはオグリワンの父親だ。 駿:そうだったんですか。 駿:どうりで名前が似てると思った。 哲:息子が親父の作った偉大な記録に挑戦する。 哲:これこそ競馬のロマンだ。そう思わないか? 駿:はぁ・・・。 哲:オグリキャップと言えば忘れてならないのが、1990年12月23日の第35回有馬記念だ。 哲:前々走の天皇賞が6着、前走のジャパンカップが11着。 哲:中央競馬で11勝した怪物の力にも陰りが見えはじめ、有馬記念を出走せずに引退するんじゃないかという声が大きくなっていた。 哲:それでもオグリキャップは出走した。 哲:有馬記念を最後に引退すると発表があった。 哲:騎手は、安田記念でレコードタイムを出した時と同じ武豊だった。 哲:オグリキャップは4番人気。 哲:ちなみに一番人気はジャパンカップで4着に入ったホワイトストーンだった。 哲:中山競馬場には17万人もの観客がオグリキャップの最後の雄姿を見届けようとしていた。 哲:緊張の中、ゲートが開いた。 哲:スタートダッシュがつかなかったキョウエイタップ以外が全頭一団になってひたひたと進んで行く。 哲:中盤、スローペースの中、武豊とオグリキャップが5番手につける。 哲:オグリキャップは3コーナー手前で早くも先頭を走るオサイチジョージに並びかける。 哲:ここ2戦決して見せなかった積極的なレース展開だ。 哲:第4コーナーをまわって最後の直線に入った。 哲:オグリキャップがわずかに先頭に立った。 哲:以前のような爆発的な末脚は望むべくもなかった。 哲:だが、オグリキャップに、体を沈める迫力ある走法が戻っていた。 哲:ホワイトストーンが、メジロライアンがオグリキャップに迫る。 哲:直線のムチの叩き合い。 哲:天才武豊のムチがうなる。 哲:ゴールまで200m。 哲:オグリキャップが逃げる。メジロライアンが迫る。 哲:オグリだ。オグリだ。オグリが来た! 哲:オグリキャップが今一着でゴーーーールイン! 哲:武豊が右手を突き上げた! 哲:オグリキャップ、引退レースを勝利で飾ったー! 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:沸き起こるオグリコール。 哲:武豊が右手を上げて声援に応える。 哲:ウイニングラン。 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:オグリコールが鳴り止まない。 哲:中山競馬場17万人が揺れた。 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:ほら、皆さんもご一緒に! 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:さあ、みんなであの感動を思い出しましょう! 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:それ、オーグーリ! オーグーリ! 哲:(次の駿の台詞が終わるまで、適当に合いの手を入れながらオグリコールを続ける) 駿:うわ、いつの間にかこんなに人が集まって・・・。 駿:なんだこれ? 駿:百人以上いるんじゃないか? 駿:みんなこのおじさんの知り合いってわけじゃないよな? 駿:(感動して)凄ぇ。 駿:なんなんだよ、これ。 駿:わけわかんねぇ。 哲:(拍手しながら)ありがとー、ありがとー。 哲:本当にありがとー。 哲:皆さん、最終レース、盛り上がっていきましょう! 哲:(拍手)おー! 哲:とまあ、そんなわけでよ。 駿:いったいなんなんですか!? 駿:あなた何者なんですか!? 哲:何者って、ただの競馬ファンだよ。 哲:兄ちゃんの親父さんと、一緒だよ。 駿:・・・。 哲:オグリキャップは引退レースの有馬記念、一着で有終の美を飾った。 哲:今でも思い出すよ。 哲:あの日、俺の耳にこだまするオグリコールの感動を。 哲:あの光景を思い出すたび、俺は人生捨てたもんじゃないなって勇気づけられるんだ。 哲:あの日、雲一つない真冬の空に突き抜けた津波のようなオグリコールは、大観衆一人一人の心の中に、そして俺の心の中にも、人生の応援歌として生き続けるに違いないってな。 駿:あのぬいぐるみ、そんなに凄い馬だったんですね。 哲:そしてその息子、オグリワンだ。 哲:確かに父親ほどの力はないかもしれない。 哲:だが、あの芦毛(あしげ)の怪物オグリキャップの血を引いている。 哲:だからこそ、俺はオグリワンの馬券を買う。 哲:これが競馬のロマンってヤツだ。 哲:わかったか? 駿:はい。わかりました。でも・・・。 哲:なんだ? 駿:おじさん、お金無いんですよね? 哲:そうなんだよ! 哲:だから、なんて言うか・・・。 駿:わかりました。買ってきます。 哲:え? 駿:オグリワンの馬券。 駿:おじさんの話を聞いて、なんだか僕もその馬を応援したくなりました。 駿:それに、一度くらいロマンで馬券を買うのも悪くないかなって。 哲:そうか。そうかい。 哲:じゃあ、早く買ってきな。 駿:はい。行ってきます。  :  0:間  :  哲:(満足した溜め息) 駿:(重い溜め息) 哲:気持ちのいい負けっぷりだったな。 駿:はい。15着。完敗でしたね。 哲:ああ。最初の直線から勝てる気がしなかった。 駿:やっぱりロマンで馬券を買うんじゃなかった。 哲:悪いことしたな。 哲:でも、せっかく勝ってた十万、全部ぶちこむことなかっただろ。 駿:いいんです。 駿:十万円賭けたら、少しは親父の気持ちがわかるかなって思ったんで。 哲:どうだった? 駿:・・・すっごくドキドキしました。 駿:手汗が凄かったです。 駿:だって十万円ですよ! 駿:自分がそんなことをするなんて、今でも信じられません。 哲:親父さんの気持ち、わかったのかい? 駿:少しだけ、わかった気がします。 哲:競馬、面白いだろ? 駿:・・・。 哲:好きになっただろ? 駿:嫌いですよ。 哲:あん? 駿:どこに行ってもタバコと加齢臭で変な匂いするし、パドックで見た馬は獣臭いし、売店で買った焼きそばは夏祭りの露店よりも不味いし。 駿:でも・・・。 駿:間近で見た馬の大きな瞳は綺麗だったし、整えられたツヤのある毛並みはカッコよかったし、生で見た走ってる馬の姿は物凄く迫力あって、第4コーナーを回って最後の直線に入る頃には、周りのおじさんと一緒になって知らずに大声を出して馬の名前を連呼してたりして・・・。 駿:あんなの大嫌いですよ! 哲:(笑)大好きに聞こえるよ。 駿:(つられて笑う) 哲:だいぶいい目になってきたな。 駿:目、ですか? 哲:競馬をやめたくてもやめられない目だよ。 駿:そんなことは・・・。 哲:また来るんだろ? 駿:そうですね。十万円取り返さなきゃいけないんで。 哲:プラスだった十万が消えただけで元金は減ってないんだろ? 駿:確かにそうですけど。次は必ず勝てる気がします。 哲:どうしてそう思うんだ? 駿:今日だっておじさんに会うまでは勝ってたんですから。 駿:ひとつ教訓になりました。 駿:馬券はロマンで買っちゃいけない。 哲:(笑)最初は俺もそう思ってたなぁ。 駿:絶対勝ちます。大丈夫です。コツは掴みました。 哲:初心者がよく言う台詞だよ。 駿:それじゃあ、今日は色々楽しかったです。 駿:ありがとうございました。 哲:いや、礼を言われるほどのことは何もしてねぇけどよ。 哲:そんな兄ちゃんにひとつ頼みがあるんだが・・・。 駿:はい。なんですか? 哲:帰りの電車賃、貸してくれないか。 駿:くぅぅぅ。どうして帰りの電車賃まで使っちゃうんですか! 哲:いや、鉄板だって思ってたんだよ。仕方ねぇだろ。 駿:競馬やってる人はこれだから嫌いなんだ! 哲:まぁまぁ、硬いこと言うなって。 哲:それともこれから飲みに行くか? 哲:もちろん、兄ちゃんのおごりで。 駿:行きません! 哲:(笑) 駿:(笑)  :  0:おしまい。 0:この物語は史実を元にしたフィクションです。 0:東京競馬場1600mレコードタイムは1996年当時のものです。 0:現在のレコードタイムは、ノームコアの1分30秒5。

駿:(M)1996年2月4日、日曜日。東京競馬場にて。 哲:お、兄ちゃん、競馬は初めてだね? 駿:え? あぁ、はい。そうですけど。 哲:やっぱり。だと思ったよ。 駿:何なんですか。僕に何か用ですか? 哲:いや、用ってわけじゃねぇけどよ。 哲:なんでわかったと思う? 駿:は? 哲:兄ちゃんが競馬が初めてだって、なんで俺がわかったと思う? 駿:・・・わかりません。 駿:え、聞いてほしいんですか? 哲:そうだよ。ちょっと言ってみて。 駿:なにを? 哲:「なんでわかったんですか!?」って驚愕で目を見開いている感じで。 駿:なんで僕がそんなこと。 哲:いいから早く。 駿:(棒読み)なんでわかったんですかー。 哲:目だよ。俺みたいに何年も競馬場へ足を運んでる人間は、そいつの目を見るだけで、そいつの競馬のキャリアがわかるようになるんだ。 駿:はあ、そうですか。 哲:いや、ホントだって。 駿:まあ実際、競馬場に来るのは今日が初めてですから、馬券を買うのに慣れてないのは確かです。 哲:そんなこったろうと思ったよ。 哲:そこで、東京競馬場のベテランの俺が、ビギナーの兄ちゃんに色々教えてやろうと思ったわけよ。 駿:いえ、結構です。 哲:まあそう言うな。俺が競馬の楽しみ方ってやつを教えてやるからよ。 駿:何が目的なんですか。お金ですか? 哲:ち、ちちち違うよ。何言ってんだよ。 哲:俺がメインレースの前に軍資金を使い切って、スッカラカンになってるように見えるのかよ? 駿:見えます。 哲:ホントに? 駿:はい。見えます。 哲:実はそうなんだよ。 駿:お金なら貸しませんよ。 哲:別に兄ちゃんから金を借りようとは思ってねぇよ。 駿:じゃあ何が目的なんですか。 哲:兄ちゃんが馬券を買ってメインレースを楽しんでるのを隣で一緒に楽しみたいんだよ。 駿:わけがわかりません。 哲:一緒に馬券を買ったつもりになって、俺もレースを楽しみたいんだよ。 哲:わかるだろ、こういう気持ち。 駿:わかりませんよ。 駿:馬券を買わずにレースを観ればいいじゃないですか。 哲:それじゃ面白くねぇんだよ。 哲:金のかかってない麻雀だって面白くもなんともねぇだろ。それと同じだ。 駿:麻雀やらないんで知りませんけど。 哲:兄ちゃんの邪魔はしねぇ。約束する。 駿:もぉぉ。面倒くさい人に絡まれたなぁ。 哲:頼むよ。なっ。 駿:(渋々)わかりました。もう好きにしてください。 哲:よっしゃあ! 哲:さすが兄ちゃん、話がわかる。 哲:で、兄ちゃん、今日のメインレース。第46回東京新聞杯、何を買うんだ? 駿:6枠11番トロットサンダーと、7枠14番のフジノマッケンオーです。 哲:本命ガチガチじゃねえか。 哲:そんな馬券買っても面白くもなんともないだろ? 駿:そんなことないです。倍率が低いってことは、それだけ当たる確率が高いということですから。 哲:そんなの当てて小銭を稼いでもテンション上がらないだろ。 哲:それで、今日これまでの戦績は? 駿:プラスの10万円。 哲:ま、マジで!? 哲:すげぇじゃん。 哲:ビギナーズラックって、やっぱりあるんだなぁ。 駿:おじさんは? 哲:マイナス4万3千円。 駿:・・・あの、運がなくなるんで、あっちに行ってください。 哲:そんなこと言うなよ。 駿:じゃあ参考までに、おじさんなら何を買うか教えてくれませんか? 哲:お、知りたいの? 哲:教えてやろうかなー。どうしようかなー。 駿:おじさんが買おうとしてる馬じゃないのを選べば当たる確率が上がりそうなんで。 哲:言うじゃねぇか。まあ、いいや。 哲:よぉく聞けよん。 駿:喋りたくて仕方なかったんでしょう。 哲:確かにこのレース。東京競馬場の1600mなら、6枠11番トロットサンダーの1着は間違いないだろう。 哲:だが、フジノマッケンオーはどうかな。確かに状態も悪くない。 駿:でもこのレースの前に走った・・・ニューイヤーズ・シーで2着に入ってますよ。 哲:ニューイヤーズカップな。アルファベットのCはカップの略だよ。 哲:まあ確かにそれはプラス要素だ。 哲:地力だけを見れば、トロットサンダーに太刀打ちできるのは、このフジノマッケンオーと、3枠6番メイショウユウシだけだろう。 哲:でも、こんな馬券を買って、もし当たったとしても、ロマンがないだろ、ロマンが。 駿:ロマン? 哲:そう、馬券ってのはロマンで買うもんなんだよ。 哲:勝ちそうな馬を選んで馬券を買ってるようじゃ、いつまでたっても素人から抜け出せないぜ。 駿:さすがマイナス4万3千円の人の言葉は重みが違いますね。 哲:言うじゃえねぇか。 哲:この東京競馬場の収容人数はどれくらいか知ってるか。 駿:いいえ。 哲:約20万人だ。ここと比べりゃ野球やサッカーのスタジアムなんて小さなもんさ。 哲:ただ馬券を買って馬を観るだけで、どうしてこんなに人が集まると思う? 哲:そこにロマンがあるからさ。 駿:ギャンブル依存症な人が多いだけなんじゃないですか。 駿:たかが馬が勝った負けたで一喜一憂して。 駿:今日、初めて競馬場に来て、競馬に人生を賭けてるろくでもない大人を沢山見かけました。 駿:こうはなりたくないと思いました。 哲:今日会ったばかりなのに俺の人生を否定すんな! 駿:あ、すいません。そんなつもりは・・・。 哲:そう言う兄ちゃんはなんで今日競馬場に来たんだよ? 駿:それは・・・。 哲:どうした? 駿:親父が競馬好きだったんです。 哲:だったってことは・・・。 駿:去年の十二月の最後の日曜日。中山競馬場からの帰り道、事故にあって亡くなりました。 哲:有馬記念か。 哲:そりゃお気の毒にな。 駿:最低の父でした。 駿:休みの日は競馬のことばかり。 駿:僕が幼い頃、競馬場で軍資金を使い果たして、僕のミルク代にと母から貰ったお金を最終レースにぶちこんで大穴を当てたって、何度も聞かされました。 駿:こんな親にはなりたくないって思ってました。 駿:だから、さっき言ったろくでもない大人ってのは親父のことで・・・。 哲:いや、俺も似たようなもんさ。この辺にいる奴らはそんな奴ばっかりさ。 駿:何がロマンですか。 駿:そんなことより大事なことがあるんじゃないですか? 哲:今日、初めて競馬やってどうだったい? 哲:馬券が当たって興奮したろ? 駿:運がよかっただけです。 駿:なんとなく選んだ馬が勝っただけですから。 駿:競馬場に来たら親父の気持ちが少しはわかるかなって思いました。 駿:馬券を買ったらわかるかなって思いました。 駿:けど、ダメでした。 駿:何が親父をそこまで熱中させたのか、僕にはサッパリわかりません。 哲:なあ、兄ちゃん。 駿:はい。 哲:昨日、大井競馬場でスーパーオトメって馬が走ったのを知ってるか? 駿:あ・・・。 哲:知ってるのかい? 駿:はい。今日の朝、家でとってるスポーツ新聞に載ってました。 哲:記事は読んだ? 駿:いえ・・・。なんとなく馬の名前が目に入っただけで。 哲:スーパーオトメは先日、大井競馬場から脱走して、日本で初めて首都高を走った馬なんだよ。 哲:次の日の新聞は大変だった。 哲:日本で初めて高速道路で調教した馬って記事がスポーツ新聞のトップを飾ったんだ。 哲:そして昨日が、その馬のデビュー戦だった。 哲:普段の大井競馬場は、第一レースといえば700人程しか入らないのに、スーパーオトメが出走した昨日、4倍以上の3000人の入場者があったんだ。 哲:スーパーオトメはダントツの一番人気だった。 哲:結果は5着。しかし、走り終わった後も観客から声援が絶えなかった。 哲:もちろん、スーパーオトメが勝つなんて誰も思っちゃいなかった。 哲:馬券を買った連中は、首都高を走ったスーパーオトメのロマンを買ったってわけさ。 駿:よくわかりませんが、なんとなくわかる気もします。 駿:親父も似たようなことを言ってました。 哲:そうかい。 駿:じゃあ、この東京新聞杯では、どの馬にロマンがあるんですか? 哲:まあ、人それぞれどんな馬にロマンを感じるか。違いはあるだろうがな。 哲:俺の場合は3枠5番オグリワンだ。 駿:オグリワン・・・。 駿:予想に印がないから、人気のない馬ですよね? 哲:確かにこのメンバーじゃ入賞は難しいだろう。 哲:だが、俺はオグリワンのロマンを買う。 駿:どうしてですか? 哲:東京競馬場1600mのレコードタイムを知ってるか? 哲:オグリキャップが1990年の安田記念で記録した1分32秒4だ。 駿:オグリキャップ・・・。 駿:知ってます、その馬。ぬいぐるみが家にありました。 哲:オグリキャップはオグリワンの父親だ。 駿:そうだったんですか。 駿:どうりで名前が似てると思った。 哲:息子が親父の作った偉大な記録に挑戦する。 哲:これこそ競馬のロマンだ。そう思わないか? 駿:はぁ・・・。 哲:オグリキャップと言えば忘れてならないのが、1990年12月23日の第35回有馬記念だ。 哲:前々走の天皇賞が6着、前走のジャパンカップが11着。 哲:中央競馬で11勝した怪物の力にも陰りが見えはじめ、有馬記念を出走せずに引退するんじゃないかという声が大きくなっていた。 哲:それでもオグリキャップは出走した。 哲:有馬記念を最後に引退すると発表があった。 哲:騎手は、安田記念でレコードタイムを出した時と同じ武豊だった。 哲:オグリキャップは4番人気。 哲:ちなみに一番人気はジャパンカップで4着に入ったホワイトストーンだった。 哲:中山競馬場には17万人もの観客がオグリキャップの最後の雄姿を見届けようとしていた。 哲:緊張の中、ゲートが開いた。 哲:スタートダッシュがつかなかったキョウエイタップ以外が全頭一団になってひたひたと進んで行く。 哲:中盤、スローペースの中、武豊とオグリキャップが5番手につける。 哲:オグリキャップは3コーナー手前で早くも先頭を走るオサイチジョージに並びかける。 哲:ここ2戦決して見せなかった積極的なレース展開だ。 哲:第4コーナーをまわって最後の直線に入った。 哲:オグリキャップがわずかに先頭に立った。 哲:以前のような爆発的な末脚は望むべくもなかった。 哲:だが、オグリキャップに、体を沈める迫力ある走法が戻っていた。 哲:ホワイトストーンが、メジロライアンがオグリキャップに迫る。 哲:直線のムチの叩き合い。 哲:天才武豊のムチがうなる。 哲:ゴールまで200m。 哲:オグリキャップが逃げる。メジロライアンが迫る。 哲:オグリだ。オグリだ。オグリが来た! 哲:オグリキャップが今一着でゴーーーールイン! 哲:武豊が右手を突き上げた! 哲:オグリキャップ、引退レースを勝利で飾ったー! 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:沸き起こるオグリコール。 哲:武豊が右手を上げて声援に応える。 哲:ウイニングラン。 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:オグリコールが鳴り止まない。 哲:中山競馬場17万人が揺れた。 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:ほら、皆さんもご一緒に! 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:さあ、みんなであの感動を思い出しましょう! 哲:オーグーリ! オーグーリ! 哲:それ、オーグーリ! オーグーリ! 哲:(次の駿の台詞が終わるまで、適当に合いの手を入れながらオグリコールを続ける) 駿:うわ、いつの間にかこんなに人が集まって・・・。 駿:なんだこれ? 駿:百人以上いるんじゃないか? 駿:みんなこのおじさんの知り合いってわけじゃないよな? 駿:(感動して)凄ぇ。 駿:なんなんだよ、これ。 駿:わけわかんねぇ。 哲:(拍手しながら)ありがとー、ありがとー。 哲:本当にありがとー。 哲:皆さん、最終レース、盛り上がっていきましょう! 哲:(拍手)おー! 哲:とまあ、そんなわけでよ。 駿:いったいなんなんですか!? 駿:あなた何者なんですか!? 哲:何者って、ただの競馬ファンだよ。 哲:兄ちゃんの親父さんと、一緒だよ。 駿:・・・。 哲:オグリキャップは引退レースの有馬記念、一着で有終の美を飾った。 哲:今でも思い出すよ。 哲:あの日、俺の耳にこだまするオグリコールの感動を。 哲:あの光景を思い出すたび、俺は人生捨てたもんじゃないなって勇気づけられるんだ。 哲:あの日、雲一つない真冬の空に突き抜けた津波のようなオグリコールは、大観衆一人一人の心の中に、そして俺の心の中にも、人生の応援歌として生き続けるに違いないってな。 駿:あのぬいぐるみ、そんなに凄い馬だったんですね。 哲:そしてその息子、オグリワンだ。 哲:確かに父親ほどの力はないかもしれない。 哲:だが、あの芦毛(あしげ)の怪物オグリキャップの血を引いている。 哲:だからこそ、俺はオグリワンの馬券を買う。 哲:これが競馬のロマンってヤツだ。 哲:わかったか? 駿:はい。わかりました。でも・・・。 哲:なんだ? 駿:おじさん、お金無いんですよね? 哲:そうなんだよ! 哲:だから、なんて言うか・・・。 駿:わかりました。買ってきます。 哲:え? 駿:オグリワンの馬券。 駿:おじさんの話を聞いて、なんだか僕もその馬を応援したくなりました。 駿:それに、一度くらいロマンで馬券を買うのも悪くないかなって。 哲:そうか。そうかい。 哲:じゃあ、早く買ってきな。 駿:はい。行ってきます。  :  0:間  :  哲:(満足した溜め息) 駿:(重い溜め息) 哲:気持ちのいい負けっぷりだったな。 駿:はい。15着。完敗でしたね。 哲:ああ。最初の直線から勝てる気がしなかった。 駿:やっぱりロマンで馬券を買うんじゃなかった。 哲:悪いことしたな。 哲:でも、せっかく勝ってた十万、全部ぶちこむことなかっただろ。 駿:いいんです。 駿:十万円賭けたら、少しは親父の気持ちがわかるかなって思ったんで。 哲:どうだった? 駿:・・・すっごくドキドキしました。 駿:手汗が凄かったです。 駿:だって十万円ですよ! 駿:自分がそんなことをするなんて、今でも信じられません。 哲:親父さんの気持ち、わかったのかい? 駿:少しだけ、わかった気がします。 哲:競馬、面白いだろ? 駿:・・・。 哲:好きになっただろ? 駿:嫌いですよ。 哲:あん? 駿:どこに行ってもタバコと加齢臭で変な匂いするし、パドックで見た馬は獣臭いし、売店で買った焼きそばは夏祭りの露店よりも不味いし。 駿:でも・・・。 駿:間近で見た馬の大きな瞳は綺麗だったし、整えられたツヤのある毛並みはカッコよかったし、生で見た走ってる馬の姿は物凄く迫力あって、第4コーナーを回って最後の直線に入る頃には、周りのおじさんと一緒になって知らずに大声を出して馬の名前を連呼してたりして・・・。 駿:あんなの大嫌いですよ! 哲:(笑)大好きに聞こえるよ。 駿:(つられて笑う) 哲:だいぶいい目になってきたな。 駿:目、ですか? 哲:競馬をやめたくてもやめられない目だよ。 駿:そんなことは・・・。 哲:また来るんだろ? 駿:そうですね。十万円取り返さなきゃいけないんで。 哲:プラスだった十万が消えただけで元金は減ってないんだろ? 駿:確かにそうですけど。次は必ず勝てる気がします。 哲:どうしてそう思うんだ? 駿:今日だっておじさんに会うまでは勝ってたんですから。 駿:ひとつ教訓になりました。 駿:馬券はロマンで買っちゃいけない。 哲:(笑)最初は俺もそう思ってたなぁ。 駿:絶対勝ちます。大丈夫です。コツは掴みました。 哲:初心者がよく言う台詞だよ。 駿:それじゃあ、今日は色々楽しかったです。 駿:ありがとうございました。 哲:いや、礼を言われるほどのことは何もしてねぇけどよ。 哲:そんな兄ちゃんにひとつ頼みがあるんだが・・・。 駿:はい。なんですか? 哲:帰りの電車賃、貸してくれないか。 駿:くぅぅぅ。どうして帰りの電車賃まで使っちゃうんですか! 哲:いや、鉄板だって思ってたんだよ。仕方ねぇだろ。 駿:競馬やってる人はこれだから嫌いなんだ! 哲:まぁまぁ、硬いこと言うなって。 哲:それともこれから飲みに行くか? 哲:もちろん、兄ちゃんのおごりで。 駿:行きません! 哲:(笑) 駿:(笑)  :  0:おしまい。 0:この物語は史実を元にしたフィクションです。 0:東京競馬場1600mレコードタイムは1996年当時のものです。 0:現在のレコードタイムは、ノームコアの1分30秒5。