台本概要

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タイトル 死霊の呼び声
作者名 山根利広  (@sousakutc)
ジャンル ホラー
演者人数 2人用台本(女2) ※兼役あり
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 りかは、黒いコードがついた高性能のイヤフォンを偶然手にした、という。
りかの友人である悠葉は、そのイヤフォンで音楽を聴くことに。確かに質のいいイヤフォンだったが、ひとつだけ異常があった。
イヤフォンから、音楽とは別の妙なノイズが聞こえるのだ。
そして日が経つにつれ、ノイズは「なにかの言葉」として聞こえてくるようになる。
ノイズの正体を突き止めようとする悠葉だったが、りかとの連絡が取れなくなり……。

★朗読に際して
・「???」の部分はりか役の方が兼役で演じていただくことを想定しておりますが、3人で別の方が演じていただいても問題ありません。
・台本の改変OKです。お好きなようにアレンジしていただいて構いません。

■その他
・使用に関して有償・無償は問いません。また発表する場も限定しません。いろいろな場でお使いいただければ幸いです。
・ご使用時にご一報いただけると嬉しいです。強制ではありませんが、できたら聴きに参ります。Twitter(X)で作品名と「@sousakutc」をポストしていただけたら喜んで聴きに行きます。リアルタイムで行けない場合はアーカイブを聴かせていただきます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
悠葉 62 篠田悠葉(しのだ・ゆうは)、16歳、女。居住している団地から近い高校に通っている。 クールな性格だが、徹底的な観察力と論理的思考力を隠し持っている。
りか 48 嵜本りか(さくもと・りか)、16歳、女。悠葉とは同じ高校の同学年である。通学している時に知り合い、それ以来よく一緒に登下校している。悠葉の性格に憧れるが、持ち前の陽気さは決して崩さない。 
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
悠葉:わたしの物語を聞きたい? 怖い気持ちを味わいたいからって? フン、話してやってもいいが、聞かない方がいいってことだ。どうせわたしが話したところで、誰もその恐怖を理解しようとはしないだろう。もう少しで死ぬ運命にあるわたしが、どうしてそうなったのか聞きたいのか? どちらにしても無意味だ。あのイヤフォンに「あたらない」限りはな。  : りか:「悠葉おつかりー! 今日も午前中の授業ぜーんぶ寝ちゃったんだ。おかげで5時間目の体育気持ちよかったなー!」 悠葉:りかは、ぴょんぴょんとスキップをするように歩いてみせた。 悠葉:「まったくお前ってやつは。せめて定期考査で追試にならない程度にしとけよ」 りか:「もー、わかってないな悠葉は。危険を愛する! 大胆不敵で敢然と何かに歯向かう! これがあたしのポリシーだよ」 悠葉:「そんな高尚なことを知ってるんだったら、もうちょっとマトモに生きろよな」 りか:「戦争は平和なり、自由は隷属なり、徹夜は正義なり! って言うじゃん」 悠葉:「それ、りかが考えたのか?」 りか:「えっへん、そのとーり! なかなかセンスいいでしょ」 悠葉:「センスがいいのは元ネタを書いたオーウェルの方だ」 りか:「あー、知ってたか。さすが悠葉、知識の幅が違うねぇ」 悠葉:りかはそう言うと、ぱん、と両手を合わせた。瞳をきらきらさせながら。 りか:「あ、そうだ! 悠葉に見せたいものがあったんだ」 悠葉:「お前が雑にレタッチしたポートレートは見飽きたよ」 りか:「そうじゃないんだなこれが。ほら!」 悠葉:りかは、艶めいた黒いコードがついたイヤフォンを取り出した。 悠葉:「なんだよ……。ただのイヤフォンじゃないか」 りか:「えへん。ただのイヤフォンじゃのぉて、超特級のイヤフォンじゃ。わしの机の奥の方に入っとった。こんなぁいくらするんか思うて調べたらの、定価98000円じゃった。こんなもん持っとるんは良おない思うたんじゃが、思うてみれば誰のものかはわからん。——ということで、あたしがありがたくいただくことにしましたー!」 悠葉:「おう……そうか。そいつはえらいもん拾ったな」 りか:「さっき試しに聴いてみたんだ。スマホに繋いだだけなんだけど、もうすんごいよ。生の音を聴いてるような臨場感があって、もう他のイヤフォンには戻れないっていうか、音圧が凄くて! 悠葉も聴き比べてみてよ!」 悠葉:「それだけ言うんだったら、聴いてみるか」 りか:「じゃあこれ、耳にはめてみて?」 悠葉:りかはそそくさと、受け取ったイヤフォンをわたしの両耳につける。つけた瞬間、周囲の音が完全に遮断される。ノイズキャンセリングは申し分ない。 りか:「じゃあかけるねー」 悠葉:りかはスマホの画面を軽くタップする。わたしは注視する点を定めず、ぼうっと景色を見たまま、音声に集中する。 ???:「…………あ……」 りか:「悠葉、ねえ悠葉」 悠葉:りかの声がかすかに聞こえる。わたしはイヤフォンを片方外す。 悠葉:「どうしたんだよ、音楽始まらないじゃないか」 りか:「え、あ、え? おかしいな、再生ボタン確かに押したのに」 悠葉:「じゃあ、わたしのスマホに繋げるよ」 りか:「うーん。それもそうだねえ」 悠葉:りかからコードを受け取ると、わたしはスマホを取り出し、下部の端子にプラグを突っ込んだ。そして適当に曲を流す。すると、これまでとは明らかに質の違う音が、爆発するように流れた。りかの言うとおり、生演奏を完全に再現した音が頭の上で奔流を成していた。それでいて、いつまでも聴いていたくなるような、音に吸い込まれそうになるような。 りか:「ねえねえ! ほんとすごいでしょ!」 悠葉:りかはそう言って、わたしの肩を両手でゆさゆさ揺すった。そしてイヤフォンを奪う。 りか:「いい音でしょ。わたし、このイヤフォン愛用することにした!」 悠葉:「まあ確かにいい音だ。いいもん拾ったじゃないか」 りか:「そう思うでしょー。人生の伴侶とはまさにこれ! 今晩も睡眠用メドレーをこれで聴くんだ」 悠葉:りかはそう言いながら、鼻歌を歌っていた。  : 悠葉:その次の日のことだった。 りか:「悠葉ー、ちょっと折りいって話があるんだけどさあ」 悠葉:「そこらのカフェで一緒に勉強しよー、か? 今日はお断り——」 りか:「いやいや、そんな大層な相談じゃないんだ。ただちょっと聴いてほしいだけでねえ」 悠葉:「聴く? なにを?」 りか:「あのイヤフォン、今日になってえらくノイズが入るようになっちゃって。ちょっとは治し方調べたりしたんだけど、結局わからずじまいだった。でも、悠葉ならなにか解決策を知ってるかなーって」 悠葉:「やれやれ。わたしは全能の神じゃないんだよ。でもまあ、とりあえずみてみよう」 りか:「よかったー。せっかくいいイヤフォンを見つけたんだから、大事にしないとね」 悠葉:りかからイヤフォンを受け取り、耳につける。 りか:「じゃあ流すね」 悠葉:「ああ。……今回は音楽が聴こえる」 悠葉:イヤフォンから、流行りのポップスが流れている。相変わらず外部の音を遮断し、突き抜けるような音質で音楽が流れている。……だがその合間、音が小さくなったときに、妙なノイズが流れる。 ???:「……ま……え……」 悠葉:わたしは、そのうめき声にも似た雑音を聞き届けると、イヤフォンを外した。 悠葉:「りか、確かになんか変なノイズが聞こえる。どう言えばいいのかわからないけれど、人の声のようにも」 りか:「ちょい、ちょい。それってホラー的なアレってやつ?」 悠葉:「そういうやつかもな。お前、ホラーものは苦手だったか?」 りか:「苦手ではないけど、好きじゃないよ。怖いもの見てウレシー! ってならないでしょ、普通。あたしはハッピーなものの方が好きなの」 悠葉:「現実はそうはいかないぞ。ちゃんと問題に向き合わなければならない時だってあるんだ」 りか:「じゃあこの変なノイズは?」 悠葉:「とにかく、まずはこのノイズの正体がなんなのか見極めることだ。原因を突き止めるには結果から逆算しなければならない」 りか:「ほほー。やっぱかっこいいセリフが似合うねえ、悠葉」 悠葉:「お世辞はいいからさ、りかもちょっとは調べてみるべきだね」 りか:「うーん。でも、もしこのノイズが呪われたノイズとかだったら、どうする? あたし死んじゃうかもしれない」 悠葉:「考えてもみろ。雑音に人を殺せる能力なんか到底存在しない。考えすぎだ、りか」 りか:「そうかなあ」 悠葉:「大丈夫だ。いらない心配をするから怖くなるんだよ」 悠葉:そう言ってりかを諭し、各々の帰路に着いた。だがノイズは事の発端に過ぎなかった。——りかは、その次の日から、学校に来なくなってしまったのである。  : 悠葉:いつもの帰り道にりかが現れなくなってから、1週間ほど経過した。わたしはさすがに不審に思って、りかに電話をかけた。 悠葉:「出ないな……。スマホの調子が悪いのか、それとも」 悠葉:考慮したくない可能性が脳によぎる。でもそれを打ち消さなければならない。わたしはりかになにがあったか確かめなくてはならないという使命感のもとに、りかのアパートに行ってみることにした。 悠葉:部屋番号をプッシュし、インターホンで呼び出す。 りか:「あーい。あ、悠葉か」 悠葉:寝起きだったのか、えらくふにゃっとした声だ。 悠葉:「なんか抜けてる声だな。安心したが心配して損した」 りか:「そうでもないかもよ」 悠葉:ドアのロックが外れる音がした。わたしはそそくさとエレベーターに乗り込み、4階に上がった。りかの部屋の前に立ち、呼び鈴を押す。 りか:「空いてるよー」 悠葉:「開けるぞ」 りか:「ういー」 悠葉:ドアを開けると、キッチンがひどく散らかっていた。プラスチックの容器や袋、カップ麺の殻など、まるで前衛芸術よろしく散乱した状態になっている。 悠葉:「りか、どういうことだ。学校には来ないし電話にも出ないし、くわえてこれはなんだ」 りか:「まあ、そうカッカしなさんな。落ち着いて話を聞いて」 悠葉:わたしの方を振り向いたりか。その顔は、活気に溢れていた頃のりかとは程遠かった。ぐしゃぐしゃになった前髪、膨らんだ眼窩の下の大きな隈、青黒い唇。 りか:「驚いた? そりゃ、びっくりするよね。健康体だった人間が、いきなりこうなったら」 悠葉:「びっくりはしてないんだが、随分と痩せたんじゃないのか。栄養が足りていないのか」 りか:「はは、悠葉はとにかくクールだねえ」 悠葉:「本題に入ろう。お前はどうしてこうなった」 りか:「単刀直入だね。ま、とくに隠す理由もないから言うけど……、多分、あのイヤフォンのせいなんだ」 悠葉:「お前が人生の伴侶とか言ってたやつか」 りか:「それそれ。あのノイズ、悠葉も聞いたでしょ」 悠葉:「ああ」 りか:「あれが、日が経つにつれて、はっきりとした言葉になっていったんだ。それを聴いてたらだんだん気分が悪くなってきて、こういう状態ってわけ」 悠葉:「言葉っていうのは?」 りか:「なんか、『しまえ、しまえ』、って聞こえる」 悠葉:「よくわからないが、そのイヤフォン、もう使わない方がいいんじゃないか?」 りか:「あたしもそう思う、けど……、でもなんか使っちゃうんだよね」 悠葉:「だめだ。心を鬼にして捨てろ。そうでもしないとお前、イヤフォンに取り憑かれたみたいになってるぞ」 りか:「でもなあ」 悠葉:「でもなあじゃないんだよ」 悠葉:わたしは座卓の上にあったイヤフォンをぶんどり、両側のイヤフォンケーブルを握ると、一気に力を込めた。 りか:「悠葉、なにやって——」 悠葉:イヤフォンは、いとも簡単に千切れた。 りか:「あああ……人生の伴侶が……」 悠葉:「こうでもしないといけないだろ? わたしも最初から怪しいとは思ってたよ」 りか:「もしそのイヤフォンに救いの道があったとしたら、どうすんの」 悠葉:「少なくとも今のお前にとっては、それは救いではなく、救いに見せかけた呪いだ」 りか:「そう、なのかなあ……」 悠葉:真っ二つになったイヤフォンのコードは、暗い部屋の中で、そのわずかな光を反射し、ぬらぬらした艶を出していた。わたしは部屋の中にあったゴミ箱に、使い物にならなくなったイヤフォンを葬った。  : 悠葉:その夜のことだった。わたしは学習机に座って、音楽を聴きながら考査に向けた問題集を解いていたのだが、そこにりかからの音声ファイルが来ていた。ボイスメッセージだ。 りか:「悠葉ー。ごめんね、あたし、耳が変になっちゃって、電話できないんだ」 悠葉:すぐにテキストで返事を打ち込む。 悠葉:「耳が変になった?」 悠葉:すると今度はテキストでこう返ってきた。 りか:「耳が聞こえなくなったの」 悠葉:「どういうことだ」 りか:「やっぱりあのイヤフォンだ」 悠葉:「すぐ行くから待ってろ」 悠葉:わたしは両親の許しを得て家を飛び出し、すぐさまりかの家へ向かった。テキストチャットで連絡をとりながら、アパートのロックを解除してもらう。そしてりかの部屋に入る。 悠葉:「りか、りか!」 悠葉:暗闇が支配した部屋の中で、壁にある電灯のスイッチを入れる。明るくなった部屋の中に、りかはいた。しかし、床に転がっている。 悠葉:「びびらせんなよ、ほんとに……って、これ、なんで」 悠葉:りかはイヤフォンをはめていた。黒く艶めく、コード付きのイヤフォン。先ほど捨てたはずのイヤフォン。それが、ちぎる前の形になっていた。ちぎられていない、まっさらな状態だったのである。 悠葉:「おい、りか、りか」 悠葉:りかは動かなくなっていた。硬くなった身体を無理やり仰向けにすると、彼女は両目から血を流していた。  : 悠葉:りかの死から二日後、葬儀は、身内のみで執り行われた。わたしは結局行かなかった。行かなかったというより、到底いけるような状態ではなくなってしまったのだ。 悠葉:突然の友人の死を悼む余裕が、わたしの中にはなかった。それでも、多くの謎を残して亡くなったりかと、直前まで一緒にいたわたしを訝しむように、警官に事情を聴取された。わたしはあえてイヤフォンに対する意見を語らなかったのだが、これだけは訊いた。 悠葉:「あのイヤフォンは、どうなったんですか?」 悠葉:警官は、それなら鑑識に回してあります、としか言わなかった。だがある意味わたしは安堵した。もうあのイヤフォンに振り回されなくても済むのだから。  : 悠葉:ひとりきりの自室。ワイヤレスのイヤフォンを耳に当て、明るめの曲をかける。けれどそれで何かが変わることはなかった。なんの前触れもなく逝ってしまったりかのことが頭から離れない。目を逸らしたくてもそうできない事実が、わたしを苛むのだ。 悠葉:瞼を下ろすと、暗い闇が広がっていた。明かりの無い海だ。そのざらざらした黒い海に、しばらく浸っていたかった。だがその静かな意識の中に、一滴、どこからともなく現れた雫が、ぽたりと落ちた。 ???:「……あ……」 悠葉:どこかで聴いた声。この声は……。 ???:「……まえ、し……え」 悠葉:目を開く。わたしの部屋。どういうことだ。りかはもう死んだんだ、なぜあの声が? ???:「……しまえ、しまえ、でしまえ、でしまえ」 悠葉:なぜこのワイヤレスのイヤフォンに? ふと両耳に手を添える。その時初めて気がついた。……つやつやした黒いコードのイヤフォンに、すり替わっていたのだ。 ???:「でしまえ、んでしまえ、んでしまえ、んでしまえ……ゆう……は……」 悠葉:この声は、りかの声……? どうして、じゃああの声は、まさか、りかの声だったのか? ???:「ゆう、は、ゆう、は、悠葉、悠葉、悠葉」 悠葉:「やめろ、やめるんだ! 認めない、お前はりかじゃない!」 ???:「悠葉、ゆう、ふふ、は、悠葉、ふふふふひひひはははははは」 悠葉:やめろ! ともう一度叫ぶが、そのまま開いた口が動かなくなった。体全体が金縛りに合ったように動かない。唾液がだらだら滴る。 ???:「ははははふふふ、ひひひひ、悠葉、あはははははは、……んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ! ふふふはははあは! ひひひ、はははは! ふふふあああああああ! うああああああああ! うあああ、あああああああああああああ! うわああああああああああああああああああああああ!」  : 悠葉:——これが、わたしが体験したことの全てだ。信じられないだろう? でも実際、いまわたしは耳がほぼ聞こえていない状態だ。もうすぐ、りかと同じように死ぬのかもしれないな。ということで、この話は切り上げよう。ご退屈さま。……え、なに? そのイヤフォンが無ければ同じ恐怖を味わうことにはならないって? 確かにそうだな。だが、りかはこのイヤフォンを偶然手にした。つまりだ、あのイヤフォンは、現れないかもしれないし、現れるかもしれない。現実って結構、そういうところがあるって、わたしは思うけどね。 0:了

悠葉:わたしの物語を聞きたい? 怖い気持ちを味わいたいからって? フン、話してやってもいいが、聞かない方がいいってことだ。どうせわたしが話したところで、誰もその恐怖を理解しようとはしないだろう。もう少しで死ぬ運命にあるわたしが、どうしてそうなったのか聞きたいのか? どちらにしても無意味だ。あのイヤフォンに「あたらない」限りはな。  : りか:「悠葉おつかりー! 今日も午前中の授業ぜーんぶ寝ちゃったんだ。おかげで5時間目の体育気持ちよかったなー!」 悠葉:りかは、ぴょんぴょんとスキップをするように歩いてみせた。 悠葉:「まったくお前ってやつは。せめて定期考査で追試にならない程度にしとけよ」 りか:「もー、わかってないな悠葉は。危険を愛する! 大胆不敵で敢然と何かに歯向かう! これがあたしのポリシーだよ」 悠葉:「そんな高尚なことを知ってるんだったら、もうちょっとマトモに生きろよな」 りか:「戦争は平和なり、自由は隷属なり、徹夜は正義なり! って言うじゃん」 悠葉:「それ、りかが考えたのか?」 りか:「えっへん、そのとーり! なかなかセンスいいでしょ」 悠葉:「センスがいいのは元ネタを書いたオーウェルの方だ」 りか:「あー、知ってたか。さすが悠葉、知識の幅が違うねぇ」 悠葉:りかはそう言うと、ぱん、と両手を合わせた。瞳をきらきらさせながら。 りか:「あ、そうだ! 悠葉に見せたいものがあったんだ」 悠葉:「お前が雑にレタッチしたポートレートは見飽きたよ」 りか:「そうじゃないんだなこれが。ほら!」 悠葉:りかは、艶めいた黒いコードがついたイヤフォンを取り出した。 悠葉:「なんだよ……。ただのイヤフォンじゃないか」 りか:「えへん。ただのイヤフォンじゃのぉて、超特級のイヤフォンじゃ。わしの机の奥の方に入っとった。こんなぁいくらするんか思うて調べたらの、定価98000円じゃった。こんなもん持っとるんは良おない思うたんじゃが、思うてみれば誰のものかはわからん。——ということで、あたしがありがたくいただくことにしましたー!」 悠葉:「おう……そうか。そいつはえらいもん拾ったな」 りか:「さっき試しに聴いてみたんだ。スマホに繋いだだけなんだけど、もうすんごいよ。生の音を聴いてるような臨場感があって、もう他のイヤフォンには戻れないっていうか、音圧が凄くて! 悠葉も聴き比べてみてよ!」 悠葉:「それだけ言うんだったら、聴いてみるか」 りか:「じゃあこれ、耳にはめてみて?」 悠葉:りかはそそくさと、受け取ったイヤフォンをわたしの両耳につける。つけた瞬間、周囲の音が完全に遮断される。ノイズキャンセリングは申し分ない。 りか:「じゃあかけるねー」 悠葉:りかはスマホの画面を軽くタップする。わたしは注視する点を定めず、ぼうっと景色を見たまま、音声に集中する。 ???:「…………あ……」 りか:「悠葉、ねえ悠葉」 悠葉:りかの声がかすかに聞こえる。わたしはイヤフォンを片方外す。 悠葉:「どうしたんだよ、音楽始まらないじゃないか」 りか:「え、あ、え? おかしいな、再生ボタン確かに押したのに」 悠葉:「じゃあ、わたしのスマホに繋げるよ」 りか:「うーん。それもそうだねえ」 悠葉:りかからコードを受け取ると、わたしはスマホを取り出し、下部の端子にプラグを突っ込んだ。そして適当に曲を流す。すると、これまでとは明らかに質の違う音が、爆発するように流れた。りかの言うとおり、生演奏を完全に再現した音が頭の上で奔流を成していた。それでいて、いつまでも聴いていたくなるような、音に吸い込まれそうになるような。 りか:「ねえねえ! ほんとすごいでしょ!」 悠葉:りかはそう言って、わたしの肩を両手でゆさゆさ揺すった。そしてイヤフォンを奪う。 りか:「いい音でしょ。わたし、このイヤフォン愛用することにした!」 悠葉:「まあ確かにいい音だ。いいもん拾ったじゃないか」 りか:「そう思うでしょー。人生の伴侶とはまさにこれ! 今晩も睡眠用メドレーをこれで聴くんだ」 悠葉:りかはそう言いながら、鼻歌を歌っていた。  : 悠葉:その次の日のことだった。 りか:「悠葉ー、ちょっと折りいって話があるんだけどさあ」 悠葉:「そこらのカフェで一緒に勉強しよー、か? 今日はお断り——」 りか:「いやいや、そんな大層な相談じゃないんだ。ただちょっと聴いてほしいだけでねえ」 悠葉:「聴く? なにを?」 りか:「あのイヤフォン、今日になってえらくノイズが入るようになっちゃって。ちょっとは治し方調べたりしたんだけど、結局わからずじまいだった。でも、悠葉ならなにか解決策を知ってるかなーって」 悠葉:「やれやれ。わたしは全能の神じゃないんだよ。でもまあ、とりあえずみてみよう」 りか:「よかったー。せっかくいいイヤフォンを見つけたんだから、大事にしないとね」 悠葉:りかからイヤフォンを受け取り、耳につける。 りか:「じゃあ流すね」 悠葉:「ああ。……今回は音楽が聴こえる」 悠葉:イヤフォンから、流行りのポップスが流れている。相変わらず外部の音を遮断し、突き抜けるような音質で音楽が流れている。……だがその合間、音が小さくなったときに、妙なノイズが流れる。 ???:「……ま……え……」 悠葉:わたしは、そのうめき声にも似た雑音を聞き届けると、イヤフォンを外した。 悠葉:「りか、確かになんか変なノイズが聞こえる。どう言えばいいのかわからないけれど、人の声のようにも」 りか:「ちょい、ちょい。それってホラー的なアレってやつ?」 悠葉:「そういうやつかもな。お前、ホラーものは苦手だったか?」 りか:「苦手ではないけど、好きじゃないよ。怖いもの見てウレシー! ってならないでしょ、普通。あたしはハッピーなものの方が好きなの」 悠葉:「現実はそうはいかないぞ。ちゃんと問題に向き合わなければならない時だってあるんだ」 りか:「じゃあこの変なノイズは?」 悠葉:「とにかく、まずはこのノイズの正体がなんなのか見極めることだ。原因を突き止めるには結果から逆算しなければならない」 りか:「ほほー。やっぱかっこいいセリフが似合うねえ、悠葉」 悠葉:「お世辞はいいからさ、りかもちょっとは調べてみるべきだね」 りか:「うーん。でも、もしこのノイズが呪われたノイズとかだったら、どうする? あたし死んじゃうかもしれない」 悠葉:「考えてもみろ。雑音に人を殺せる能力なんか到底存在しない。考えすぎだ、りか」 りか:「そうかなあ」 悠葉:「大丈夫だ。いらない心配をするから怖くなるんだよ」 悠葉:そう言ってりかを諭し、各々の帰路に着いた。だがノイズは事の発端に過ぎなかった。——りかは、その次の日から、学校に来なくなってしまったのである。  : 悠葉:いつもの帰り道にりかが現れなくなってから、1週間ほど経過した。わたしはさすがに不審に思って、りかに電話をかけた。 悠葉:「出ないな……。スマホの調子が悪いのか、それとも」 悠葉:考慮したくない可能性が脳によぎる。でもそれを打ち消さなければならない。わたしはりかになにがあったか確かめなくてはならないという使命感のもとに、りかのアパートに行ってみることにした。 悠葉:部屋番号をプッシュし、インターホンで呼び出す。 りか:「あーい。あ、悠葉か」 悠葉:寝起きだったのか、えらくふにゃっとした声だ。 悠葉:「なんか抜けてる声だな。安心したが心配して損した」 りか:「そうでもないかもよ」 悠葉:ドアのロックが外れる音がした。わたしはそそくさとエレベーターに乗り込み、4階に上がった。りかの部屋の前に立ち、呼び鈴を押す。 りか:「空いてるよー」 悠葉:「開けるぞ」 りか:「ういー」 悠葉:ドアを開けると、キッチンがひどく散らかっていた。プラスチックの容器や袋、カップ麺の殻など、まるで前衛芸術よろしく散乱した状態になっている。 悠葉:「りか、どういうことだ。学校には来ないし電話にも出ないし、くわえてこれはなんだ」 りか:「まあ、そうカッカしなさんな。落ち着いて話を聞いて」 悠葉:わたしの方を振り向いたりか。その顔は、活気に溢れていた頃のりかとは程遠かった。ぐしゃぐしゃになった前髪、膨らんだ眼窩の下の大きな隈、青黒い唇。 りか:「驚いた? そりゃ、びっくりするよね。健康体だった人間が、いきなりこうなったら」 悠葉:「びっくりはしてないんだが、随分と痩せたんじゃないのか。栄養が足りていないのか」 りか:「はは、悠葉はとにかくクールだねえ」 悠葉:「本題に入ろう。お前はどうしてこうなった」 りか:「単刀直入だね。ま、とくに隠す理由もないから言うけど……、多分、あのイヤフォンのせいなんだ」 悠葉:「お前が人生の伴侶とか言ってたやつか」 りか:「それそれ。あのノイズ、悠葉も聞いたでしょ」 悠葉:「ああ」 りか:「あれが、日が経つにつれて、はっきりとした言葉になっていったんだ。それを聴いてたらだんだん気分が悪くなってきて、こういう状態ってわけ」 悠葉:「言葉っていうのは?」 りか:「なんか、『しまえ、しまえ』、って聞こえる」 悠葉:「よくわからないが、そのイヤフォン、もう使わない方がいいんじゃないか?」 りか:「あたしもそう思う、けど……、でもなんか使っちゃうんだよね」 悠葉:「だめだ。心を鬼にして捨てろ。そうでもしないとお前、イヤフォンに取り憑かれたみたいになってるぞ」 りか:「でもなあ」 悠葉:「でもなあじゃないんだよ」 悠葉:わたしは座卓の上にあったイヤフォンをぶんどり、両側のイヤフォンケーブルを握ると、一気に力を込めた。 りか:「悠葉、なにやって——」 悠葉:イヤフォンは、いとも簡単に千切れた。 りか:「あああ……人生の伴侶が……」 悠葉:「こうでもしないといけないだろ? わたしも最初から怪しいとは思ってたよ」 りか:「もしそのイヤフォンに救いの道があったとしたら、どうすんの」 悠葉:「少なくとも今のお前にとっては、それは救いではなく、救いに見せかけた呪いだ」 りか:「そう、なのかなあ……」 悠葉:真っ二つになったイヤフォンのコードは、暗い部屋の中で、そのわずかな光を反射し、ぬらぬらした艶を出していた。わたしは部屋の中にあったゴミ箱に、使い物にならなくなったイヤフォンを葬った。  : 悠葉:その夜のことだった。わたしは学習机に座って、音楽を聴きながら考査に向けた問題集を解いていたのだが、そこにりかからの音声ファイルが来ていた。ボイスメッセージだ。 りか:「悠葉ー。ごめんね、あたし、耳が変になっちゃって、電話できないんだ」 悠葉:すぐにテキストで返事を打ち込む。 悠葉:「耳が変になった?」 悠葉:すると今度はテキストでこう返ってきた。 りか:「耳が聞こえなくなったの」 悠葉:「どういうことだ」 りか:「やっぱりあのイヤフォンだ」 悠葉:「すぐ行くから待ってろ」 悠葉:わたしは両親の許しを得て家を飛び出し、すぐさまりかの家へ向かった。テキストチャットで連絡をとりながら、アパートのロックを解除してもらう。そしてりかの部屋に入る。 悠葉:「りか、りか!」 悠葉:暗闇が支配した部屋の中で、壁にある電灯のスイッチを入れる。明るくなった部屋の中に、りかはいた。しかし、床に転がっている。 悠葉:「びびらせんなよ、ほんとに……って、これ、なんで」 悠葉:りかはイヤフォンをはめていた。黒く艶めく、コード付きのイヤフォン。先ほど捨てたはずのイヤフォン。それが、ちぎる前の形になっていた。ちぎられていない、まっさらな状態だったのである。 悠葉:「おい、りか、りか」 悠葉:りかは動かなくなっていた。硬くなった身体を無理やり仰向けにすると、彼女は両目から血を流していた。  : 悠葉:りかの死から二日後、葬儀は、身内のみで執り行われた。わたしは結局行かなかった。行かなかったというより、到底いけるような状態ではなくなってしまったのだ。 悠葉:突然の友人の死を悼む余裕が、わたしの中にはなかった。それでも、多くの謎を残して亡くなったりかと、直前まで一緒にいたわたしを訝しむように、警官に事情を聴取された。わたしはあえてイヤフォンに対する意見を語らなかったのだが、これだけは訊いた。 悠葉:「あのイヤフォンは、どうなったんですか?」 悠葉:警官は、それなら鑑識に回してあります、としか言わなかった。だがある意味わたしは安堵した。もうあのイヤフォンに振り回されなくても済むのだから。  : 悠葉:ひとりきりの自室。ワイヤレスのイヤフォンを耳に当て、明るめの曲をかける。けれどそれで何かが変わることはなかった。なんの前触れもなく逝ってしまったりかのことが頭から離れない。目を逸らしたくてもそうできない事実が、わたしを苛むのだ。 悠葉:瞼を下ろすと、暗い闇が広がっていた。明かりの無い海だ。そのざらざらした黒い海に、しばらく浸っていたかった。だがその静かな意識の中に、一滴、どこからともなく現れた雫が、ぽたりと落ちた。 ???:「……あ……」 悠葉:どこかで聴いた声。この声は……。 ???:「……まえ、し……え」 悠葉:目を開く。わたしの部屋。どういうことだ。りかはもう死んだんだ、なぜあの声が? ???:「……しまえ、しまえ、でしまえ、でしまえ」 悠葉:なぜこのワイヤレスのイヤフォンに? ふと両耳に手を添える。その時初めて気がついた。……つやつやした黒いコードのイヤフォンに、すり替わっていたのだ。 ???:「でしまえ、んでしまえ、んでしまえ、んでしまえ……ゆう……は……」 悠葉:この声は、りかの声……? どうして、じゃああの声は、まさか、りかの声だったのか? ???:「ゆう、は、ゆう、は、悠葉、悠葉、悠葉」 悠葉:「やめろ、やめるんだ! 認めない、お前はりかじゃない!」 ???:「悠葉、ゆう、ふふ、は、悠葉、ふふふふひひひはははははは」 悠葉:やめろ! ともう一度叫ぶが、そのまま開いた口が動かなくなった。体全体が金縛りに合ったように動かない。唾液がだらだら滴る。 ???:「ははははふふふ、ひひひひ、悠葉、あはははははは、……んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ! ふふふはははあは! ひひひ、はははは! ふふふあああああああ! うああああああああ! うあああ、あああああああああああああ! うわああああああああああああああああああああああ!」  : 悠葉:——これが、わたしが体験したことの全てだ。信じられないだろう? でも実際、いまわたしは耳がほぼ聞こえていない状態だ。もうすぐ、りかと同じように死ぬのかもしれないな。ということで、この話は切り上げよう。ご退屈さま。……え、なに? そのイヤフォンが無ければ同じ恐怖を味わうことにはならないって? 確かにそうだな。だが、りかはこのイヤフォンを偶然手にした。つまりだ、あのイヤフォンは、現れないかもしれないし、現れるかもしれない。現実って結構、そういうところがあるって、わたしは思うけどね。 0:了