声劇台本置き場

語り手：私はどうしても、あの人が苦手。 語り手：『あの人』……。仮にここでは『X（エックス）』と呼ぼう。 語り手：私はどうしても、どうがんばっても、『X』が苦手。 語り手：苦手意識を克服しようと、何度も歩み寄ろうとしたけれど、やっぱり『X』が苦手。 0： 語り手：いや、別に嫌いなわけじゃないんだ。 語り手：ただ、苦手なだけ。 0： 語り手：『X』は、みんなに好かれている。 語り手：みんなは『X』が好きだし、『X』もきっとみんなのことが好き。 0： 語り手：『X』はみんなのことをよく知っていて、みんなから聞いた話を、私に教えてくれる。 語り手：聞いてもいないのに、あけすけに、詳（つまび）らかに。 0： 語り手：知りたくない。 語り手：私の尊敬しているあの人が、誰かに悪意の言葉を向けているなんて、 語り手：知りたくない。 0： 語り手：知りたくない。 語り手：私の大好きなあの人が、私以外の人と楽しそうに言葉を交わしているなんて、 語り手：知りたくない。 0： 語り手：知りたくない。 語り手：私が楽しいと思って『Ｘ』に話したことが、誰かを傷つけていたなんて、 語り手：知りたくない。 0： 語り手：知りたくない知りたくない。 語り手：「苦手」とか嘯（うそぶき）きながら、 語り手：自分では言いにくいことを『Ｘ』からみんなに言ってもらおうとする、 語り手：矮小（わいしょう）で卑（いや）しい私の心根なんて、 語り手：知りたくない知りたくない。 0： 語り手：みんなの知りたくない部分を知ってしまって、 語り手：私の醜く浅ましい部分を晒してしまって、 語り手：私は次からどんな顔で、みんなや『Ｘ』と話せばいいか、 語り手：わからなくなる。 0： 語り手：私の知りたくないことを、聞いてもいないことを、 語り手：いつでもいつでも、朝から晩まで、 語り手：私に教えようとしてくる『Ｘ』が、 語り手：私は好きになれなくて、 語り手：苦手。