台本概要

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タイトル めんどくさいカップルの日常
作者名 遠野太陽  (@10nonbsun)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 めんどくさい彼氏とめんどくさい彼女の日常。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
アキト 114 めんどくさい彼氏。
ヨウコ 116 めんどくさい彼女。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
アキト:めんどくさいカップルの日常 ヨウコ:第1話「私のどこが好き?」  :  ヨウコ:ねぇ、アキト、私のどこが好き? アキト:いきなりなに? ヨウコ:聞いてみたくなって。私のどこが好き? アキト:・・・全部。 ヨウコ:ちゃんと答えてよ。 アキト:答えたくない。 ヨウコ:え、なんで? 好きじゃないの? アキト:そうは言ってないよ。 ヨウコ:だったら教えてよ。私のどこが好き? アキト:うーん・・・。 ヨウコ:なんでそんなに悩むのよ。1個くらいパッと出てくるでしょ。 アキト:1個どころじゃない。ヨウコの好きな所はいくつもあるよ。 ヨウコ:だったら教えてよ。 アキト:嫌だ。 ヨウコ:なんで⁉ アキト:いいか、ヨウコ。その問いかけは、禁断の質問なんだ。 ヨウコ:聞いちゃいけないってこと? アキト:そう。だから俺はヨウコに一度も「俺のどこが好き」って聞いたことがないだろう。 ヨウコ:どうしてよ。世の中のカレシカノジョはみんなこんな会話をしてるわよ。 アキト:カリフォルニア大学の心理学者、ダイアン・フェルムリーがある実験を行ったんだ。 ヨウコ:な、なによ、いきなり。 アキト:恋人のいる学生を集めて、相手の好きな所を細かくヒアリングした。それから数カ月後にその学生たちの中から、すでに恋人と別れてしまった人を集めて、どうして別れたのかを聞いたんだ。 ヨウコ:どうなったの? アキト:多くの学生が、恋人の以前は好きだった所が好きじゃなくなったからだと答えた。 ヨウコ:つまり、どういうこと? アキト:なんとなく好きだと感じていた部分を明確に言葉にすることによって、自分は相手のここが好きなんだと自覚するようになる。これが危ないんだ。 ヨウコ:危ない? アキト:もし、好きな部分、つまり長所だと思っていた部分が短所に思えてしまうと、相手を好きな理由がなくなってしまい、相手を嫌いになる危険性をもっているのさ。 ヨウコ:優しい所が好きって思っていたけど、優柔不断なだけだった、とか、そういうこと? アキト:その通り。 ヨウコ:頭がいいって思ってたけど、ただ単に自分の教養をひけらかしたいだけだったり。 アキト:え、あれ? それ俺のこと言ってる? ヨウコ:よくわかったね。 アキト:その反撃は予想外だった。確かにそうか。気をつける。 ヨウコ:わかればいいのよ。 アキト:ごめん。それで、えっと続けていい? ヨウコ:まだ続けるんだ? アキト:もうちょっとだけ。つまり、好きって気持ちに理由はいらないんだ。恋愛なんて理屈じゃないだろ! ヨウコ:カッコいいこと言ってるけど、質問から逃げてるだけなんじゃないの? アキト:それに、仮にだよ。「俺の下ネタに笑ってくれる所が好きだ」って俺が言うとするとだよ。 ヨウコ:私、下ネタ言う人、好きじゃないよ。 アキト:だから仮にだよ。それを口にしてしまったら、その後に俺が下ネタを言って笑ってくれたのを見ても、無理して笑ってくれてるんじゃないかなって疑いを持ってしまうかもしれない。 ヨウコ:めんどくさ。 アキト:それに、小首をかしげる所が可愛いって言ってしまったら、ヨウコはことあるごとに小首をかしげるようになるだろ? ヨウコ:私、小首をかしげてるかな? アキト:例えばだよ。もしそう言っちゃったら、ヨウコは小首をかしげまくるだろ? ヨウコ:それ、ただの変な人だよね。 アキト:無意識にやってる所が可愛いのに、それを意識しちゃったら今までと違う感じになっちゃうだろ。それが嫌なんだよ。無意識に小首をかしげてた頃のヨウコはもう戻ってこない。永遠に戻ってこないんだ! ヨウコ:仮の話でそこまで熱く語れるアキトが私には意味不明だよ。 アキト:カムバック、あの頃のヨウコー! ヨウコ:はいはい。大丈夫だよ。私はどこにも行ってないし、何も変わってないよ。 アキト:いや変わってしまった。 ヨウコ:え、どこが⁉ アキト:人間、生きている間はずっと変化を続けているんだ。ずっと赤ちゃんのままの人間がいるわけがない。昨日の自分と今日の自分は同じではない。細かく言えば、五分前のヨウコと今のヨウコも同じではないんだ。 ヨウコ:まためんどくさい話になってきた。 アキト:それでも俺は、五分前のヨウコも今のヨウコも大好きだ。具体的にどことは言えない。でもハッキリさせる必要はないんだ! ヨウコ:もういい、わかった。結局、アキトは私のどこが好きかを教えてくれないわけね。 アキト:そういうことだ。 ヨウコ:私のお願いを聞いてくれないってことね。 アキト:そ、そうだ。 ヨウコ:カノジョの私がこんなに頼んでるのに、ダメっていうんだね。 アキト:ヨウコ、今の俺の話、聞いてた? ヨウコ:聞いてたよ。でも、そんなことどうだっていいの。カリフォルニア大学の学者だかなんだか知らないけど、そんなバカな実験をやってる時点で、そいつはただのバカよ。そんな奴の言うことを真に受けてるアキトもバカ! アキト:ぐ・・・。 ヨウコ:どうして世の中のカレシカノジョがそんな会話をするかわかる? 必要だからよ。その言葉を聞きたいからよ。それがどうしてアキトにはわからないのよ! アキト:・・・。 ヨウコ:私のどこが好きか言ってくれなきゃ、今すぐ別れる。 アキト:ヨウコ・・・。 ヨウコ:私のどこが好き? アキト:・・・。 ヨウコ:私のどこが好き? アキト:わかった。答えるよ。 ヨウコ:うん。 アキト:俺が好きな所は・・・。 ヨウコ:うん。 アキト:「私のどこが好き?」って聞かないところ。 ヨウコ:(長い間)・・・は? アキト:つまり聞くなってことだよ。 ヨウコ:別れる! もうアキトなんか大嫌い! アキト:ごめん。ホントにごめん。謝る。でも、つきあい始めた頃、ヨウコが俺に言ってくれただろ。 ヨウコ:なにを? アキト:俺の「芯が強いところ」が好きだって。 ヨウコ:あ、うん。言った気がするけど。 アキト:だから俺は自分を強く持とうと決めたんだ。じゃなきゃヨウコの好きな俺じゃなくなるからって。 ヨウコ:・・・あの、さ・・・。 アキト:なに? ヨウコ:それ、すごく不自然なことに気づいてる? アキト:不自然? ヨウコ:だってそうでしょ。無意識で自分を持ってる所がカッコいいのに、それを意識しちゃったら違う感じになっちゃうでしょ。さっき自分でそう言ってたじゃない。 アキト:・・・あっ! ヨウコ:あの頃のアキトはどこに行ってしまったのよ。カムバック、あの頃のアキト! アキト:俺は・・・。俺はなんてバカだったんだ。 ヨウコ:やっとわかってくれたのね。 アキト:ああ。悪かった。俺は目が覚めたよ。 ヨウコ:あの頃のアキトが帰ってきた。 アキト:ただいま。待たせてごめん。ヨウコは最高の彼女だよ。 ヨウコ:それじゃ、もう一回聞くね。私のどこが好き? アキト:全部好きだよ。 ヨウコ:ふりだしかぁぁぁ。  :   :  アキト:めんどくさいカップルの日常 ヨウコ:第2話「もう少し一緒にいたい」  :  0:駅前。夜。  :  ヨウコ:ねぇ、アキト、もう少し一緒にいたい。 アキト:え? ヨウコ:もう少し一緒にいたい。 アキト:何言ってんだ、ヨウコ。ダメだよ。もうすぐ終電だぞ。 ヨウコ:わかってるけど。 アキト:あと10分で電車くるから、それまでは一緒にいるよ。それでいいだろ? ヨウコ:アキト。 アキト:なに? ヨウコ:今日、楽しかったね。 アキト:そうだな。久しぶりに遠出して、お城見て、美味しいもの食べて、散歩して。すげぇ楽しかった。 ヨウコ:だね。 アキト:でも、もうこんな時間か。 ヨウコ:ごめんね。私がゆっくり歩きたいって言ったから。 アキト:いいよ。俺も楽しかったし。 ヨウコ:うん。楽しかったね。だからさ。もうちょっと一緒にいたいんだけど。 アキト:だから電車なくなるって言っただろ。 ヨウコ:そうなんだけど。 アキト:(何かに気がついて)あっ! アキト:あああああ! アキト:そうか。そういうことか・・・。 ヨウコ:・・・うん。 アキト:(ヨウコを無視して)ヨウコがそんなことを企(たくら)んでるとは思わなかった。 ヨウコ:企むってなに? アキト:驚いたよ。まさかヨウコがそんなことを。 ヨウコ:そんなことって・・・。私はアキトの彼女なんだよ。もうつきあって半年も経つのに。 アキト:終電ギリギリまで時間を稼いで、上目づかいで「もう少し一緒にいたい」というパワーワード。まさに殺し文句。 ヨウコ:アキトは私とそういうことしたくないの? アキト:その手には乗らないからな! ヨウコ:え、なにが⁉ アキト:ヨウコ! お前の魂胆は見え見えだ! ヨウコ:魂胆ってなに? アキト:アメリカの心理学者エリオット・アロンソンとジャドソン・ミルズが大学である実験を行ったんだ。 ヨウコ:な、なによ、いきなり。 アキト:性に関する心理学を研究するサークルを2つ設立し、そのいずれかのサークルに入会を希望する女子大生に参加資格を得るための課題を与えた。 アキト:1つのサークルには無難な課題を。もう1つのサークルにはエロ小説を音読する課題を。 アキト:そして、サークルに入会した女子大生に、同じ内容の退屈な講義を行った。 アキト:講義の後、参加した女子大生に感想を尋ねると、興味深い結果になった。 アキト:入会時に無難な課題を与えたサークルに参加した女子大生の多くは「つまらなかった」と回答し、エロ小説を音読したサークルに参加した女子大生の多くは「刺激的で興味深かった」と回答したんだ。 ヨウコ:なんで今、そんな話をしてるわけ? アキト:しらばっくれるな、俺には全てわかってる。 ヨウコ:なにが⁉ アキト:これは心理学で「認知的不協和」という。サークルに入会するために恥ずかしい思いをしたことで、そのサークルに価値を見出そうとする。 アキト:つまり、講義が退屈な内容であったとしても、心のバランスを保つために、この講義は面白かったと思い込むってことだ。 ヨウコ:だからなんなの? アキト:ヨウコはこの前、美容院に行って失敗したと言ってなかったか。高かったのにこんな仕上がりになるとは思わなかったって。 ヨウコ:言ったけど。 アキト:でもその後に、「まあこれも悪くないかな」って自分を納得させていただろ。 アキト:それも同じ「認知的不協和」だ。その価格にふさわしい価値がなかったとしても、これは高かったんだから価値があるはずと思いこむ。そうやって心のバランスを取っているんだ。 ヨウコ:だから、その話がなんの関係があるわけ? アキト:ホストやキャバ嬢が高いお酒を客に注文させるのは、なぜだかわかるか? ヨウコ:知らないよ。行ったことないもん。アキトはあるの? アキト:ないよ。これは一般教養だ。誰でも知ってる。 ヨウコ:そんな一般教養、聞いたことない。 アキト:高いお酒を注文した客はこう考えてしまう。「これだけ高いお金を払う価値が、この人にはあるんだ」「だって私はこの人が好きなんだから」と。 アキト:つまり、高いお酒を注文すればするほど、客はキャバ嬢のことを好きになってしまうんだ。 ヨウコ:詳しいのね。 アキト:しかも、キャバ嬢の上手いところは、最初は安いお酒を注文させて、だんだん値段を上げていくところさ。 アキト:これは心理学で「フット・イン・ザ・ドア」という。最初に小さなお願いをして、イエスを貰ったあとに、だんだんそのお願いを大きくしていくというテクニックだ。 アキト:気づいた時には高額のボトルを注文させられて、いつしか身を滅ぼすんだ! ヨウコ:まるで自分のことのように話すんだね。 アキト:よくある話だよ。俺のことじゃない。俺はそんな店に行ったことない。 ヨウコ:本当は? アキト:1回だけある! でもそれはヨウコとつきあう前で、無理矢理連れていかれただけだ。高いお酒を注文したことはない。 ヨウコ:でしょうね。アキトはそういうとこ、マジメだもんね。隠すことないのに。 アキト:ごめん。 ヨウコ:で、なんの話だっけ? アキト:ああ、そうそう。ヨウコが俺の心を操ろうとしてるって話だよ。 ヨウコ:そんな話だったの⁉ 考えたことないよ。何言ってるの? アキト:無自覚だったのか。この小悪魔め。 ヨウコ:その評価に対してどうコメントするのが正解なの? アキト:ヨウコは魔性の女だな。 ヨウコ:褒めてないでしょ? アキト:とにかく、認知的不協和については、ヨウコも理解してくれたよな。 ヨウコ:まあ、なんとなく。 アキト:簡単に言えば、相手の心を掴むには、高額のプレゼントを貰えばいいってことだ。 ヨウコ:うん。それで? アキト:ヨウコがさっき言った言葉を覚えているか。 ヨウコ:「もう少し一緒にいたい」? アキト:そう。それが高額のプレゼントに相当するのさ。 アキト:ここまで言えば、もうわかるな? ヨウコ:え、わかんない。 アキト:タイム・イズ・マネー。 ヨウコ:時は金なり? アキト:そう。相手の時間を貰うという行為は、高額のプレゼントを貰ったことと同じことなんだよ! アキト:終電ギリギリの今、「もう少し一緒にいたい」ということは、つまり、朝まで俺と一緒にいたいってことだろ。 ヨウコ:そう、だけど・・・。 アキト:ヨウコはそんなに俺に愛されたいのか! 欲張りボンバーか! 欲しがりビッグバンか! ヨウコ:わけわかんない。 アキト:朝までヨウコと一緒にいたら、俺がどうなってしまうかわからないのか! ヨウコ:どうなるの? アキト:今以上にヨウコを好きになってしまう。そうしたら、俺はヨウコを・・・襲ってしまうかもしれない。 ヨウコ:・・・うん。 アキト:うんって! ホントにわかってるか⁉ ヨウコ:わかってるよ。 アキト:いいのか? ヨウコ:いいよ。そのつもりだったし。 アキト:マジで⁉ ヨウコ:マジで。むしろウェルカム。 アキト:ええぇぇ・・・。 ヨウコ:私はアキトの彼女だよね? アキト:もちろん。 ヨウコ:だったらなんでわかんないの? ヨウコ:私はアキトと一緒にいたいの! ヨウコ:アメリカの心理学者なんだか知らないけど、女子大生にエロ小説を音読させてる時点で、そいつはただの変態よ。そんな奴の言うことを真に受けてるアキトは変態の仲間よ! アキト:ぐ・・・。 ヨウコ:どうして世の中のカレシカノジョがそんな会話をするかわかる? ヨウコ:そう思うのが普通だからよ。好きだから一緒にいたいのは当たり前なの。 ヨウコ:それがどうしてアキトにはわからないのよ! アキト:・・・。 ヨウコ:ここまで言ってるのに、それでもダメなの? アキト:ヨウコ・・・。 ヨウコ:もういい。 アキト:ヨウコの言ってた「もう少し」はとっくに過ぎてる。 ヨウコ:それがなに? アキト:終電、もう間に合わないよな。 ヨウコ:え、アキト? アキト:俺もヨウコと一緒にいたい。 アキト:ヨウコの時間を俺にくれないか。 ヨウコ:アキト・・・。 アキト:お願いだ。 ヨウコ:・・・うん。 アキト:いいのか? 俺のために時間を使ったら、もっと俺のことを好きになってしまうぞ。 ヨウコ:わかってるよ。 アキト:ヨウコはもう俺のことしか考えられなくなるぞ。 ヨウコ:楽しみ。 アキト:俺のヨウコへの愛が限界を突破するぞ。 ヨウコ:望むところだ。どんとこい。 アキト:本当にいいんだな。 ヨウコ:何度も言わせないで。 アキト:じゃあ・・・行こっか。 ヨウコ:どこに? アキト:ゆっくり、できる、ところ。 ヨウコ:場所、知ってるの? アキト:まあね。 ヨウコ:なんで知ってるの? アキト:一般教養だよ。誰でも知ってる。 ヨウコ:行ったことあるの? アキト:あるよ。 ヨウコ:本当は? アキト:ない。ごめん。 ヨウコ:私もない。 アキト:そうなの? ヨウコ:うん。 アキト:そっか。 ヨウコ:うん。  :  0:手を繋いで夜の街に消える二人。 0:おしまい。 0:to be continued ?  :  0:作中の心理実験は要約しているため、実際とは少し異なります。気になった方は調べてみてくださいね。

アキト:めんどくさいカップルの日常 ヨウコ:第1話「私のどこが好き?」  :  ヨウコ:ねぇ、アキト、私のどこが好き? アキト:いきなりなに? ヨウコ:聞いてみたくなって。私のどこが好き? アキト:・・・全部。 ヨウコ:ちゃんと答えてよ。 アキト:答えたくない。 ヨウコ:え、なんで? 好きじゃないの? アキト:そうは言ってないよ。 ヨウコ:だったら教えてよ。私のどこが好き? アキト:うーん・・・。 ヨウコ:なんでそんなに悩むのよ。1個くらいパッと出てくるでしょ。 アキト:1個どころじゃない。ヨウコの好きな所はいくつもあるよ。 ヨウコ:だったら教えてよ。 アキト:嫌だ。 ヨウコ:なんで⁉ アキト:いいか、ヨウコ。その問いかけは、禁断の質問なんだ。 ヨウコ:聞いちゃいけないってこと? アキト:そう。だから俺はヨウコに一度も「俺のどこが好き」って聞いたことがないだろう。 ヨウコ:どうしてよ。世の中のカレシカノジョはみんなこんな会話をしてるわよ。 アキト:カリフォルニア大学の心理学者、ダイアン・フェルムリーがある実験を行ったんだ。 ヨウコ:な、なによ、いきなり。 アキト:恋人のいる学生を集めて、相手の好きな所を細かくヒアリングした。それから数カ月後にその学生たちの中から、すでに恋人と別れてしまった人を集めて、どうして別れたのかを聞いたんだ。 ヨウコ:どうなったの? アキト:多くの学生が、恋人の以前は好きだった所が好きじゃなくなったからだと答えた。 ヨウコ:つまり、どういうこと? アキト:なんとなく好きだと感じていた部分を明確に言葉にすることによって、自分は相手のここが好きなんだと自覚するようになる。これが危ないんだ。 ヨウコ:危ない? アキト:もし、好きな部分、つまり長所だと思っていた部分が短所に思えてしまうと、相手を好きな理由がなくなってしまい、相手を嫌いになる危険性をもっているのさ。 ヨウコ:優しい所が好きって思っていたけど、優柔不断なだけだった、とか、そういうこと? アキト:その通り。 ヨウコ:頭がいいって思ってたけど、ただ単に自分の教養をひけらかしたいだけだったり。 アキト:え、あれ? それ俺のこと言ってる? ヨウコ:よくわかったね。 アキト:その反撃は予想外だった。確かにそうか。気をつける。 ヨウコ:わかればいいのよ。 アキト:ごめん。それで、えっと続けていい? ヨウコ:まだ続けるんだ? アキト:もうちょっとだけ。つまり、好きって気持ちに理由はいらないんだ。恋愛なんて理屈じゃないだろ! ヨウコ:カッコいいこと言ってるけど、質問から逃げてるだけなんじゃないの? アキト:それに、仮にだよ。「俺の下ネタに笑ってくれる所が好きだ」って俺が言うとするとだよ。 ヨウコ:私、下ネタ言う人、好きじゃないよ。 アキト:だから仮にだよ。それを口にしてしまったら、その後に俺が下ネタを言って笑ってくれたのを見ても、無理して笑ってくれてるんじゃないかなって疑いを持ってしまうかもしれない。 ヨウコ:めんどくさ。 アキト:それに、小首をかしげる所が可愛いって言ってしまったら、ヨウコはことあるごとに小首をかしげるようになるだろ? ヨウコ:私、小首をかしげてるかな? アキト:例えばだよ。もしそう言っちゃったら、ヨウコは小首をかしげまくるだろ? ヨウコ:それ、ただの変な人だよね。 アキト:無意識にやってる所が可愛いのに、それを意識しちゃったら今までと違う感じになっちゃうだろ。それが嫌なんだよ。無意識に小首をかしげてた頃のヨウコはもう戻ってこない。永遠に戻ってこないんだ! ヨウコ:仮の話でそこまで熱く語れるアキトが私には意味不明だよ。 アキト:カムバック、あの頃のヨウコー! ヨウコ:はいはい。大丈夫だよ。私はどこにも行ってないし、何も変わってないよ。 アキト:いや変わってしまった。 ヨウコ:え、どこが⁉ アキト:人間、生きている間はずっと変化を続けているんだ。ずっと赤ちゃんのままの人間がいるわけがない。昨日の自分と今日の自分は同じではない。細かく言えば、五分前のヨウコと今のヨウコも同じではないんだ。 ヨウコ:まためんどくさい話になってきた。 アキト:それでも俺は、五分前のヨウコも今のヨウコも大好きだ。具体的にどことは言えない。でもハッキリさせる必要はないんだ! ヨウコ:もういい、わかった。結局、アキトは私のどこが好きかを教えてくれないわけね。 アキト:そういうことだ。 ヨウコ:私のお願いを聞いてくれないってことね。 アキト:そ、そうだ。 ヨウコ:カノジョの私がこんなに頼んでるのに、ダメっていうんだね。 アキト:ヨウコ、今の俺の話、聞いてた? ヨウコ:聞いてたよ。でも、そんなことどうだっていいの。カリフォルニア大学の学者だかなんだか知らないけど、そんなバカな実験をやってる時点で、そいつはただのバカよ。そんな奴の言うことを真に受けてるアキトもバカ! アキト:ぐ・・・。 ヨウコ:どうして世の中のカレシカノジョがそんな会話をするかわかる? 必要だからよ。その言葉を聞きたいからよ。それがどうしてアキトにはわからないのよ! アキト:・・・。 ヨウコ:私のどこが好きか言ってくれなきゃ、今すぐ別れる。 アキト:ヨウコ・・・。 ヨウコ:私のどこが好き? アキト:・・・。 ヨウコ:私のどこが好き? アキト:わかった。答えるよ。 ヨウコ:うん。 アキト:俺が好きな所は・・・。 ヨウコ:うん。 アキト:「私のどこが好き?」って聞かないところ。 ヨウコ:(長い間)・・・は? アキト:つまり聞くなってことだよ。 ヨウコ:別れる! もうアキトなんか大嫌い! アキト:ごめん。ホントにごめん。謝る。でも、つきあい始めた頃、ヨウコが俺に言ってくれただろ。 ヨウコ:なにを? アキト:俺の「芯が強いところ」が好きだって。 ヨウコ:あ、うん。言った気がするけど。 アキト:だから俺は自分を強く持とうと決めたんだ。じゃなきゃヨウコの好きな俺じゃなくなるからって。 ヨウコ:・・・あの、さ・・・。 アキト:なに? ヨウコ:それ、すごく不自然なことに気づいてる? アキト:不自然? ヨウコ:だってそうでしょ。無意識で自分を持ってる所がカッコいいのに、それを意識しちゃったら違う感じになっちゃうでしょ。さっき自分でそう言ってたじゃない。 アキト:・・・あっ! ヨウコ:あの頃のアキトはどこに行ってしまったのよ。カムバック、あの頃のアキト! アキト:俺は・・・。俺はなんてバカだったんだ。 ヨウコ:やっとわかってくれたのね。 アキト:ああ。悪かった。俺は目が覚めたよ。 ヨウコ:あの頃のアキトが帰ってきた。 アキト:ただいま。待たせてごめん。ヨウコは最高の彼女だよ。 ヨウコ:それじゃ、もう一回聞くね。私のどこが好き? アキト:全部好きだよ。 ヨウコ:ふりだしかぁぁぁ。  :   :  アキト:めんどくさいカップルの日常 ヨウコ:第2話「もう少し一緒にいたい」  :  0:駅前。夜。  :  ヨウコ:ねぇ、アキト、もう少し一緒にいたい。 アキト:え? ヨウコ:もう少し一緒にいたい。 アキト:何言ってんだ、ヨウコ。ダメだよ。もうすぐ終電だぞ。 ヨウコ:わかってるけど。 アキト:あと10分で電車くるから、それまでは一緒にいるよ。それでいいだろ? ヨウコ:アキト。 アキト:なに? ヨウコ:今日、楽しかったね。 アキト:そうだな。久しぶりに遠出して、お城見て、美味しいもの食べて、散歩して。すげぇ楽しかった。 ヨウコ:だね。 アキト:でも、もうこんな時間か。 ヨウコ:ごめんね。私がゆっくり歩きたいって言ったから。 アキト:いいよ。俺も楽しかったし。 ヨウコ:うん。楽しかったね。だからさ。もうちょっと一緒にいたいんだけど。 アキト:だから電車なくなるって言っただろ。 ヨウコ:そうなんだけど。 アキト:(何かに気がついて)あっ! アキト:あああああ! アキト:そうか。そういうことか・・・。 ヨウコ:・・・うん。 アキト:(ヨウコを無視して)ヨウコがそんなことを企(たくら)んでるとは思わなかった。 ヨウコ:企むってなに? アキト:驚いたよ。まさかヨウコがそんなことを。 ヨウコ:そんなことって・・・。私はアキトの彼女なんだよ。もうつきあって半年も経つのに。 アキト:終電ギリギリまで時間を稼いで、上目づかいで「もう少し一緒にいたい」というパワーワード。まさに殺し文句。 ヨウコ:アキトは私とそういうことしたくないの? アキト:その手には乗らないからな! ヨウコ:え、なにが⁉ アキト:ヨウコ! お前の魂胆は見え見えだ! ヨウコ:魂胆ってなに? アキト:アメリカの心理学者エリオット・アロンソンとジャドソン・ミルズが大学である実験を行ったんだ。 ヨウコ:な、なによ、いきなり。 アキト:性に関する心理学を研究するサークルを2つ設立し、そのいずれかのサークルに入会を希望する女子大生に参加資格を得るための課題を与えた。 アキト:1つのサークルには無難な課題を。もう1つのサークルにはエロ小説を音読する課題を。 アキト:そして、サークルに入会した女子大生に、同じ内容の退屈な講義を行った。 アキト:講義の後、参加した女子大生に感想を尋ねると、興味深い結果になった。 アキト:入会時に無難な課題を与えたサークルに参加した女子大生の多くは「つまらなかった」と回答し、エロ小説を音読したサークルに参加した女子大生の多くは「刺激的で興味深かった」と回答したんだ。 ヨウコ:なんで今、そんな話をしてるわけ? アキト:しらばっくれるな、俺には全てわかってる。 ヨウコ:なにが⁉ アキト:これは心理学で「認知的不協和」という。サークルに入会するために恥ずかしい思いをしたことで、そのサークルに価値を見出そうとする。 アキト:つまり、講義が退屈な内容であったとしても、心のバランスを保つために、この講義は面白かったと思い込むってことだ。 ヨウコ:だからなんなの? アキト:ヨウコはこの前、美容院に行って失敗したと言ってなかったか。高かったのにこんな仕上がりになるとは思わなかったって。 ヨウコ:言ったけど。 アキト:でもその後に、「まあこれも悪くないかな」って自分を納得させていただろ。 アキト:それも同じ「認知的不協和」だ。その価格にふさわしい価値がなかったとしても、これは高かったんだから価値があるはずと思いこむ。そうやって心のバランスを取っているんだ。 ヨウコ:だから、その話がなんの関係があるわけ? アキト:ホストやキャバ嬢が高いお酒を客に注文させるのは、なぜだかわかるか? ヨウコ:知らないよ。行ったことないもん。アキトはあるの? アキト:ないよ。これは一般教養だ。誰でも知ってる。 ヨウコ:そんな一般教養、聞いたことない。 アキト:高いお酒を注文した客はこう考えてしまう。「これだけ高いお金を払う価値が、この人にはあるんだ」「だって私はこの人が好きなんだから」と。 アキト:つまり、高いお酒を注文すればするほど、客はキャバ嬢のことを好きになってしまうんだ。 ヨウコ:詳しいのね。 アキト:しかも、キャバ嬢の上手いところは、最初は安いお酒を注文させて、だんだん値段を上げていくところさ。 アキト:これは心理学で「フット・イン・ザ・ドア」という。最初に小さなお願いをして、イエスを貰ったあとに、だんだんそのお願いを大きくしていくというテクニックだ。 アキト:気づいた時には高額のボトルを注文させられて、いつしか身を滅ぼすんだ! ヨウコ:まるで自分のことのように話すんだね。 アキト:よくある話だよ。俺のことじゃない。俺はそんな店に行ったことない。 ヨウコ:本当は? アキト:1回だけある! でもそれはヨウコとつきあう前で、無理矢理連れていかれただけだ。高いお酒を注文したことはない。 ヨウコ:でしょうね。アキトはそういうとこ、マジメだもんね。隠すことないのに。 アキト:ごめん。 ヨウコ:で、なんの話だっけ? アキト:ああ、そうそう。ヨウコが俺の心を操ろうとしてるって話だよ。 ヨウコ:そんな話だったの⁉ 考えたことないよ。何言ってるの? アキト:無自覚だったのか。この小悪魔め。 ヨウコ:その評価に対してどうコメントするのが正解なの? アキト:ヨウコは魔性の女だな。 ヨウコ:褒めてないでしょ? アキト:とにかく、認知的不協和については、ヨウコも理解してくれたよな。 ヨウコ:まあ、なんとなく。 アキト:簡単に言えば、相手の心を掴むには、高額のプレゼントを貰えばいいってことだ。 ヨウコ:うん。それで? アキト:ヨウコがさっき言った言葉を覚えているか。 ヨウコ:「もう少し一緒にいたい」? アキト:そう。それが高額のプレゼントに相当するのさ。 アキト:ここまで言えば、もうわかるな? ヨウコ:え、わかんない。 アキト:タイム・イズ・マネー。 ヨウコ:時は金なり? アキト:そう。相手の時間を貰うという行為は、高額のプレゼントを貰ったことと同じことなんだよ! アキト:終電ギリギリの今、「もう少し一緒にいたい」ということは、つまり、朝まで俺と一緒にいたいってことだろ。 ヨウコ:そう、だけど・・・。 アキト:ヨウコはそんなに俺に愛されたいのか! 欲張りボンバーか! 欲しがりビッグバンか! ヨウコ:わけわかんない。 アキト:朝までヨウコと一緒にいたら、俺がどうなってしまうかわからないのか! ヨウコ:どうなるの? アキト:今以上にヨウコを好きになってしまう。そうしたら、俺はヨウコを・・・襲ってしまうかもしれない。 ヨウコ:・・・うん。 アキト:うんって! ホントにわかってるか⁉ ヨウコ:わかってるよ。 アキト:いいのか? ヨウコ:いいよ。そのつもりだったし。 アキト:マジで⁉ ヨウコ:マジで。むしろウェルカム。 アキト:ええぇぇ・・・。 ヨウコ:私はアキトの彼女だよね? アキト:もちろん。 ヨウコ:だったらなんでわかんないの? ヨウコ:私はアキトと一緒にいたいの! ヨウコ:アメリカの心理学者なんだか知らないけど、女子大生にエロ小説を音読させてる時点で、そいつはただの変態よ。そんな奴の言うことを真に受けてるアキトは変態の仲間よ! アキト:ぐ・・・。 ヨウコ:どうして世の中のカレシカノジョがそんな会話をするかわかる? ヨウコ:そう思うのが普通だからよ。好きだから一緒にいたいのは当たり前なの。 ヨウコ:それがどうしてアキトにはわからないのよ! アキト:・・・。 ヨウコ:ここまで言ってるのに、それでもダメなの? アキト:ヨウコ・・・。 ヨウコ:もういい。 アキト:ヨウコの言ってた「もう少し」はとっくに過ぎてる。 ヨウコ:それがなに? アキト:終電、もう間に合わないよな。 ヨウコ:え、アキト? アキト:俺もヨウコと一緒にいたい。 アキト:ヨウコの時間を俺にくれないか。 ヨウコ:アキト・・・。 アキト:お願いだ。 ヨウコ:・・・うん。 アキト:いいのか? 俺のために時間を使ったら、もっと俺のことを好きになってしまうぞ。 ヨウコ:わかってるよ。 アキト:ヨウコはもう俺のことしか考えられなくなるぞ。 ヨウコ:楽しみ。 アキト:俺のヨウコへの愛が限界を突破するぞ。 ヨウコ:望むところだ。どんとこい。 アキト:本当にいいんだな。 ヨウコ:何度も言わせないで。 アキト:じゃあ・・・行こっか。 ヨウコ:どこに? アキト:ゆっくり、できる、ところ。 ヨウコ:場所、知ってるの? アキト:まあね。 ヨウコ:なんで知ってるの? アキト:一般教養だよ。誰でも知ってる。 ヨウコ:行ったことあるの? アキト:あるよ。 ヨウコ:本当は? アキト:ない。ごめん。 ヨウコ:私もない。 アキト:そうなの? ヨウコ:うん。 アキト:そっか。 ヨウコ:うん。  :  0:手を繋いで夜の街に消える二人。 0:おしまい。 0:to be continued ?  :  0:作中の心理実験は要約しているため、実際とは少し異なります。気になった方は調べてみてくださいね。