台本概要

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タイトル 忘れる男と忘れない女
作者名 遠野太陽  (@10nonbsun)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 忘れっぽい男と忘れない女の復縁の物語。

※寝子との合作

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
桃治 129 田伏桃治(たぶせとうじ)。元夫。忘れっぽい男。
玲奈 125 渡辺玲奈(わたなべれな)。元嫁。忘れない女。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:とある水族館のペンギンコーナー。 桃治:玲奈、だよな? 玲奈:桃治・・・? 桃治:なんでこんな所にいるんだよ。 玲奈:そっちこそ。 桃治:あ、そっか。玲奈も昨日のテレビ観たんだな。あれ観たら久しぶりにこの水族館のペンギンが見たくなってさ。少し前からここでボーっとしてたんだ。 玲奈:そうなんだ。私もなんだか気がついたらここに来てた。 桃治:でも、玲奈はペンギンそんなに好きじゃなかったよな? ペンギンコーナーから動かない俺に呆れて、クラゲ見に行ってなかったか? 玲奈:そんなことないよ。あれは桃治がずーっとペンギンの方ばっかり見てるから。 桃治:見てて飽きないんだよなぁ。 玲奈:だからって普通3時間も見る!? 桃治:平均で1時間くらいだろ。そう言えば最近、来てなかったなぁって。玲奈はよく来るの? 玲奈:ううん、あれから来てない。だから一年ぶりかな。 桃治:俺も。結婚してた頃は二人で年パス買って通ってたのにな。ホント久しぶり。 玲奈:そういえば、年パス買ってたねぇ。どんだけ好きなのよって話。 玲奈:(笑)なんか懐かしい。ここも少し、変わったね。私のお気に入りだったあの子、いなくなっちゃった。 桃治:アグネスな。リンゴに子供産まれたらしいよ。父親はゴルゴなんだってさ。リンゴとゴルゴ。 桃治:前は割と区別ついてたのに、久しぶりだとペンギンの顔忘れちゃったよ。 玲奈:久しぶりだとっていうか、その頃からなかなか顔覚えられなくてしょっちゅう間違ってたじゃん。 桃治:でもペヤングは一発でわかった。あいつの顔は特徴的だから。 桃治:校長がさっきから動いてないんだよ。元気ないのかなぁ。 玲奈:ちなみに、その子は校長じゃなくてギャングだから。 桃治:ギャング!? え、じゃあ、校長どこ!? 玲奈:校長は・・・ほら、あそこ。はじっこのほうで周りを見渡してる、あの子。 桃治:あ、あれか。そうだ、あの貫禄。まさに校長先生だわ。変わってない。 玲奈:変わってないって・・・本当に覚えてる? 玲奈:桃治はなんでもすぐ忘れちゃうんだから。 桃治:結構覚えてたつもりなんだけどなぁ。俺以上に見分けがついてる玲奈がすごいだけだよ。もう飼育員さんレベルだったもん。 玲奈:私は覚えるのが得意だから。あと、桃治が忘れっぽいだけ。 桃治:でもペンギンの顔は忘れても玲奈の顔はちゃんと覚えてたよ。すぐにわかった。 玲奈:そりゃそうでしょ。5年も一緒に暮らしてたんだから。 玲奈:いくら忘れっぽいからって元嫁の顔忘れるってどんだけよ。 桃治:だよな。あははは。 桃治:とりあえず立ち話もなんだから、そこ座らない? 玲奈:いいよ。 桃治:(ベンチに座って)玲奈はちっとも変わってない。 玲奈:桃治はメガネ変えた? 桃治:あ、まあね。 玲奈:あと、髪薄くなった? 桃治:1年じゃそんなに変わらないだろ。 玲奈:(笑)桃治は私のことなんてすぐに忘れちゃうだろうなって思ってた。 玲奈:最近はどうなの? 桃治:どうなのって? 玲奈:いや・・・いろいろと。仕事とか。 桃治:仕事は順調だよ。 玲奈:そっか。それは何より。 桃治:そっちは? 元気してる? 玲奈:まあ相変わらずって感じかな。 桃治:・・・ふうん。 玲奈:なによ? 彼氏はいないよ。仕事でそんな暇ないし。 桃治:そんなこと聞いてないよ。え、俺にその情報を伝えたかったの? 玲奈:聞きたそうな顔してたから。 桃治:わかった? 玲奈:元嫁を舐めないで。そっちは? 桃治:いないよ。俺がモテないのは玲奈もよく知ってるだろ。 玲奈:うん。よく知ってる。 桃治:否定しろよ。 玲奈:(笑) 桃治:あのさ、忘れてたらごめんなんだけど、今日って離婚してからちょうど1年だよね? 玲奈:違うわよ。そうゆうところは桃治も相変わらずね。 玲奈:でも、おしい。明日でちょうど一年、かな。 桃治:え、あれ!? 明日か。そっか、離婚届を書いたのが一年前の今日で、市役所に提出したのが一年前の明日だ。 桃治:つまり離婚記念日。 玲奈:離婚記念日って、そんなの初めて聞いたわ。 桃治:そっか、明日か。じゃあ違うか。もしかしたらって思ったんだけど。 玲奈:え、なにが? 桃治:1年前の今日、「1年後にこの水族館で待ち合わせしよう」って約束してたっけなぁって思って。 桃治:でももし約束してたら、そんな大事な約束忘れるわけないもんな。 桃治:やっぱり、今日会ったのは偶然ってことか。 玲奈:大事な約束だとしても桃治は忘れちゃうけどね。 玲奈:今日ここに来たのは本当に偶然。 桃治:まあ確かに忘れたことは何度かあったけど・・・。 玲奈:初めてのデートの時なんてホントにひどかった。覚えてる? 桃治:お、覚えてるよ。 玲奈:ホントかなー? 桃治:初めてのデートだろ。うん。よく覚えてる。 玲奈:普通、待ち合わせの場所を忘れる? そのせいで私、新宿駅南口で2時間も待ちぼうけして。 玲奈:初めてのデートだったから、気合い入れてオシャレしたのに、待ってる間に汗かいてメイクも髪型も台無し。ほんっと最悪だった。 桃治:俺は俺で新南口で2時間も玲奈を待ってたんだから、お互い様だろ。 玲奈:桃治は自業自得だと思う。 玲奈:しかも桃治、携帯忘れてきちゃうから連絡も取れないし。 桃治:俺、玲奈が事故にでも遭ったんじゃないかって、ソワソワしてた。このまま一生会えなかったらどうしようって。 桃治:でも、もしかしたらって南口にダッシュして玲奈を見つけた時、安心したのと同時になんか感動したんだよな。 桃治:玲奈ーって叫んだもん。 玲奈:うん。私も。桃治ーって。 桃治:携帯忘れたことをあんなに後悔したのは後にも先にもないよ。 玲奈:あの時さ、桃治の顔見た瞬間、自分がドラマのヒロインみたいに思えてきて、ぶわーっって気持ちが溢れちゃって。 玲奈:あれで勘違いしちゃったんだよなぁ。 桃治:髪はグシャグシャでメイクもボロボロで。ひどかったよなぁ、あの時の玲奈。 玲奈:え、それひどくない? 桃治のせいじゃん! 桃治:俺もTシャツが汗でビッショリで。あははは。いい思い出だな。 玲奈:いい思い出、ねぇ。 桃治:なんだよ、あの時ちゃんと全力で謝っただろ。夕食だって玲奈が食べたいものご馳走したし。 玲奈:当然です。 桃治:次の予定も強引に決められた。 玲奈:あの時はね、本当に運命だって思ったの。だから、この気持ちを大切にしたい。また会いたいって思った。 玲奈:でも、桃治に任せてたらいつになるかわからないし、忘れちゃうかもしれないでしょ? 桃治:そんなことがあったもんだから、約束の日時と場所を油性マジックで腕に書かれたんだよな。 桃治:あ、ほらな。よく覚えてるだろ。 玲奈:桃治が忘れられないようにしてあげたんでしょ。 玲奈:でも、次の日仕事行く時に消すの忘れて大恥かいたんだよね? 桃治:そうそう。同期の奴に見つかって、さんざんネタにされたんだよ。 玲奈:あはは。結婚式で初めて会った時にもすっごい言われたもんね。「あなたがあの油性マジックの人ですか」って(笑) 桃治:「そうです。私が油性マジックの人です」って玲奈が言ったら爆笑してたよな。 玲奈:そうそう。 玲奈:・・・でもさ、私ホントはわかってたんだ。 玲奈:桃治が特別忘れっぽいわけじゃないって。 玲奈:桃治は忘れっぽいんじゃなくて、2つのことを同時に考えられないだけなんだよ。これは桃治だけじゃなくて、世の中の男性ならよくあることだと思うんだ。桃治は1つのことに集中したら、他のことが目に入らなくなっちゃうんだよ。 玲奈:でも、私は忘れられないから。全部覚えてるから。だから、いけないんだって。 桃治:玲奈・・・。 玲奈:なんかね。他の人からしたらほんの小さなどうでもいいことなのかもしれない。その場しのぎの言葉だったのかもしれない。 玲奈:でもそれを私はずっと覚えてて、あの時こうだったから、ああだったからって言っちゃって、でも相手は全然覚えてなくてさ。 桃治:なんかあったの? 玲奈:あー・・・仕事で、ちょっと、ね・・・。 桃治:玲奈がここに来るってことは、なんとなくそうかなって思ってた。 桃治:話したくなかったら、別に話さなくてもいいけど。 玲奈:・・・取引先との会食でさ、場所決めを任されたの。 桃治:うん。 玲奈:前に取引先の相手と話した時にさ、その人、生魚アレルギーだって言ってて。 玲奈:それに、堅苦しいところは苦手だって言ってた。だから、接待には向かないかもしれないけど、その人が喜んでくれそうなカジュアルなフレンチのお店を選んだの。 玲奈:そしたら、「そんなお店選ぶなんて何考えてるんだ」って怒られて。理由を話しても、そんな話聞いたことないって言われて。 玲奈:誰も信じてくれなくて、「どうせお前が食べたいだけだろ」とか言われて、説明すればするほど空回りしちゃって。 玲奈:結局、懐石料理のお店に変更になったんだけど、その人、ほとんど箸つけてなかった。そりゃそうだよね。食べられないんだもん。 桃治:うわ。それは辛いな。目に浮かぶよ。 玲奈:人はさ、自分が覚えてないことは、なかったことになっちゃうんだよね。 玲奈:聞いたことも、自分で言ったことも、その時の気持ちも・・・。 桃治:そうじゃないって言いたいところだけど、俺が言っても説得力ないか。 桃治:ホント、損する性格してるよな。 玲奈:いっつもそう。わたしだけが覚えてて、覚えてるから取り残されていく。 玲奈:みんな都合よく忘れて、なかったことにして勝手に先に行っちゃうの。 桃治:・・・。 玲奈:・・・でもさ、桃治はそうじゃなかった。 玲奈:たとえ覚えてなくても、なかったことにはしなかった。 玲奈:ちゃんと私の話、聞いてくれた。 桃治:かいかぶりだよ。 玲奈:そうかな? 桃治:俺は自分の記憶よりも、玲奈の記憶を信用していただけ。 桃治:優秀な外部記憶装置だった。 玲奈:なによそれ、人任せがすぎるんじゃない? 玲奈:それに、覚えてないのをいいことに、もし私が嘘ついてたらどうすんのよ。 桃治:嘘ついてたの? 俺、騙されてた!? 桃治:まあ、簡単に騙せそうだなとは自分でも思うけど。 玲奈:嘘なんてついてないよ。 玲奈:だって、私は自分が覚えてることは、できるなら相手にも覚えてて欲しいって思うから。 玲奈:でも、よく言われたなぁ。嘘つくなって。 桃治:玲奈はその性格っていうか、その能力のせいで傷つくことも多いんだろうけど。 桃治:でも、俺はすっげぇ尊敬してた。 玲奈:え・・・。 桃治:覚えてるかな。って確認するまでもなく、絶対覚えてると思うんだけど。 桃治:毎年、バレンタインで玲奈がくれたチョコの箱、大切に保管してたの玲奈に見つかって。 玲奈:うん。 桃治:ダンボールに無造作に入れてただけだったから、最初に貰ったのがどれかもわからなくて。 桃治:玲奈がそれを取り出して、嬉しそうに「もらった順番に並べてみて」って言うもんだから。 玲奈:そんなこともあったね。 桃治:あの時は血の気が引いたよ。 桃治:俺はこのクイズに間違えたらどうなってしまうんだろうと恐怖に震えてた。 玲奈:(笑)つきあってた頃も含めたら8年分だもんね。 桃治:玲奈への愛を試されている気がして、必死に思い出そうとしてた。 桃治:あの時は玲奈が助け舟を出してくれたから、なんとか全部正解したんだ。 桃治:ヒントなしじゃ無理だった。 玲奈:ふふふ、桃治、頭使いすぎて顔真っ青になってたもんね。死にそうな顔してた(笑) 桃治:正解した後に思ったよ。これ、来年もやらされるのかなって。 桃治:・・・でも、次の年のバレンタインは何ももらえなかった。 玲奈:・・・離婚しちゃったからね。 桃治:うん。 玲奈:そんなこと、他にもたくさんあったよね。ホント、めんどくさい女だった。 玲奈:あの頃の私は試してたのかな・・・桃治のこと。 桃治:試されたなんて思わなかったけど。むしろ、あれが俺と玲奈なりの愛の形なのかと思ってた。 桃治:それに、それも楽しかったし。 玲奈:楽しかったの? めんどくさくなかったの? 桃治:楽しかったよ。今思い返すと、なにもかも。玲奈のめんどくさいところも可愛いって思ってた。 玲奈:桃治・・・。 玲奈:あのね。 桃治:ん? 玲奈:本当に桃治だけだったんだよ。 桃治:なにが? 玲奈:私といて、私の話をちゃんと聞いてくれて、一人ぼっちにしなかったのは。 玲奈:みんながいろんなことを忘れていくたびに、私はいつも寂しかった。 桃治:・・・。 玲奈:私にとっては大事な思い出も、相手にとってはなかったことになっちゃうんだもん。 玲奈:毎日なんてさ、小さいことの積み重ねじゃない? 玲奈:その小さなことがなくなっていくのが、どんどん空っぽになっちゃうみたいで、どうしようもなく悲しいの。 玲奈:でも桃治は、「そうだっけ?」なんて言いながらも、「玲奈なら言いそう」とか、「確かに俺ならそう言うかもしれない」って。 玲奈:たとえ覚えてなくても、なかったことにしないで、私が大切に思ってるのと同じくらい大切にしてくれた。 桃治:俺もさ。 桃治:玲奈だけだった。 桃治:いろんなことを忘れちゃう俺のことを、諦めずに何度も何度も思い出させてくれたのは。 桃治:たぶん、俺の記憶容量って、人より少なめで。だから大事なことだけは忘れないようにしようって思ってて。そう思うから、余計に些細なことは頭から抜け落ちちゃってて。玲奈はそういう俺をわかってくれてて。 桃治:いや、わかってくれてるって思いこんでて、玲奈に頼りっぱなしだったんだよな。 玲奈:桃治・・・。 桃治:反省してる。 玲奈:・・・桃治はさ、「試されたなんて思わなかった」って言ってくれたけど、あの日、別れることを決めた日。私は桃治を試してた。 桃治:え? どういうこと? 玲奈:なんか、不安になっちゃったんだ。 桃治:不安って、何に? 玲奈:桃治がいろんなことを忘れちゃうから、本当に私を好きなのかなって。私のこと、本当は大事じゃないのかなって。大事なら忘れるはずないって。 桃治:誰よりも大事に思ってたよ。 桃治:俺なりにうまくやれてるって思ってたし、何度ケンカしても仲直りできるって思ってたから、「離婚したい」って言われた時はショックだった。 桃治:いや、こんな俺だから、いつか愛想尽かされても仕方ないなとも思ってたけど。 玲奈:桃治はきっと覚えてないだろうけど・・・。 玲奈:結婚したばっかりのころ、「離婚したいって言ったらどうする?」って私がふざけて聞いた時、「水族館のペンギンコーナーの前でまたプロポーズする」って言ってくれた。そしたら、その時の気持ち思い出してもらえるからって。 玲奈:あれ、すごい嬉しかったんだ。 玲奈:だから試したの。私のこと、大事に思ってくれてるなら、きっとまたプロポーズしてくれるって。 桃治:・・・。 玲奈:でも、桃治は全然覚えてなかった。 玲奈:そしたら、なんか悲しくなって・・・離婚した。 桃治:ちょっと待ってよ。俺、結婚した頃、そんなこと言った? 桃治:っていうか、玲奈が言うんだから、間違いなく言ってたんだろうけど・・・。 桃治:それを覚えていなかったから離婚したってこと!? 玲奈:私のこと、大事じゃなかったんだなって・・・。 桃治:そんなこと、あの時は一言も言わなかったじゃないか。 玲奈:私から言ったんじゃ意味ないじゃない。それに桃治が覚えてないなら、いくら私が覚えてても、なかったことになるんだよ。 桃治:それは悪かったよ。覚えてなかったのは本当にごめん。 桃治:でも、大事に思ってなかったわけじゃない。 桃治:ああ・・・。説得力ないよな。 桃治:でも本当なんだ。大切に思ってた。 玲奈:あはは。もういいよ。私もどうかしてたと思うし。 桃治:大切に思ってたから、あの時は玲奈の気持ちを尊重しようって思ったんだ。 桃治:玲奈がどうしても別れたいって言うから、俺は・・・。 玲奈:そっか。でも、こんなめんどくさい女とは別れて正解だったかもしれないよ。 桃治:・・・そうだな。 玲奈:桃治なら、きっとすぐにいい人見つかるよ。 桃治:玲奈もこんなにバカな男と別れて正解だっただろ。 玲奈:そうかもね。毎朝、「俺のメガネ、どこ置いたっけ?」って言う桃治に、「あそこに置いてあったよ」って教えなくていいし。 桃治:ぐ・・・。玲奈はそのめんどくさいところをもう少しなんとかしたら男にモテるんじゃないか。 玲奈:私以上に記憶力がいい男、どこかにいないかな。 桃治:どこにもいねぇよ。 玲奈:知ってる。忘れるっていうのも大事なことなんだよ。辛いことも全部覚えてるのはしんどいからさ。 玲奈:その点、桃治は辛いことがあっても少ししたらコロッと忘れて、のほほんと笑ってるから羨ましい。 桃治:忘れてないよ。 玲奈:え? 桃治:あの時、俺は何度も「別れたくない」って言った。 桃治:それなのに、「別れる」って言って玲奈が離婚届を書いた時のこと、俺は1日も忘れたことない。 桃治:あの時、試されてたって知ってたら・・・。 玲奈:知ってたら? 桃治:覚えてなくても、ちゃんと玲奈の気持ちをわかってたら別れなくてもよかったのかな。 玲奈:私は・・・桃治のことを嫌いになったわけじゃない。 玲奈:信じられなかっただけ。 桃治:・・・。 玲奈:ごめんね。 桃治:いや、謝るのは俺のほうだし。 玲奈:なんで? 桃治:そんな大事なこと忘れてるなんて。自分の記憶力のなさがホント嫌になる。 桃治:「メガネ変えた?」ってさっき言ってただろ。あれ、違うんだよ。毎朝、メガネがどこにあるかわからなくてさ。俺一人だし。それで何度も遅刻しそうになって。で、メガネを5つ買って、部屋中に置いておくことにしたんだ。 桃治:それからは遅刻しなくなった。忘れっぽい俺なりの知恵ってやつかな。 玲奈:じゃあ、たまたま今日はそのメガネだったんだ。 桃治:そういうこと。玲奈と離婚してさ。たまに思い出すんだよ。5年間いろいろあったなぁって。 玲奈:例えば? 桃治:旅行したこととか、記念日のこととか。お互いの誕生日のこととか。いっぱいいっぱい思い出して。 桃治:でも、もっともっといっぱい思い出はあるはずなのに。何気ない1日の中で、たくさんのことを話して、いっぱい笑って。 桃治:そんな日がもっと沢山あったはずなのに。 玲奈:桃治・・・。 桃治:あんまり覚えてなくてさ。 桃治:ブログでも書いとけばよかったなって思った。 玲奈:そんなの公開しないでよ・・・ 桃治:甘えてたんだよ。俺が覚えてなくても玲奈が覚えてくれてるから大丈夫だって。だからどんどん忘れていった。 桃治:俺のそばから玲奈がいなくなるなんて考えたこともなかった。 玲奈:・・・。 桃治:だから、ごめん。 桃治:・・・今更だけど。 玲奈:ううん。ありがと。 玲奈:桃治の気持ち、聞けてよかった。 桃治:ああ。 玲奈:なんか、すっかり話し込んじゃったね。 桃治:そうだな。 玲奈:もうそろそろ閉館の時間だ。 桃治:え、もう? 玲奈:私、帰るね。 桃治:ああ。 0:去ろうとする玲奈。 桃治:・・・玲奈! 玲奈:えっ? 桃治:えっと。久しぶりに会えて嬉しかった。 玲奈:あ・・・うん、私も。 桃治:えっと。 玲奈:・・・。 桃治:またね。っていうのはちょっと違うか。 桃治:元気で。 玲奈:うん。 桃治:俺、ギリギリまでペンギン見てるから。 玲奈:そっか、ほんと好きだね。 桃治:まぁね。 玲奈:(小声)うらやましいな、ペンギンが。 玲奈:じゃあね。 桃治:じゃあね。 0:玲奈が去る。  :  桃治:なあ、校長。さっきから俺たちの話、聞いてたんだろ。 桃治:バカみたいだって思ったか? 桃治:ホント、バカだよな。俺も玲奈も。 桃治:俺と玲奈がペンギンだったら、こうはならなかったのかな。 桃治:そうでもないか。ペンギンの相関図も人間以上に複雑だもんな。  :  桃治:さてと。 桃治:玲奈が水族館を出た頃だろうから、俺も帰るか。 桃治:(忘れ物を見つけて)あ、これ・・・玲奈の・・・。 0:玲奈が戻ってくる。 玲奈:その子は校長じゃなくてギャングだってば。 桃治:玲奈!? 玲奈:あ・・・忘れ物、しちゃって。 桃治:あ、うん。これな。(渡す) 玲奈:(受け取る)そう・・・ありがと。 桃治:届けようかって今思ってたところ。 玲奈:届けるってどこに届けるつもりだったの? 桃治:まだ近くにいるだろうから走ったら追いつくかなって。 玲奈:もうあんまり若くないんだから無理しちゃだめだよ。 桃治:そっちこそ。忘れ物するなんて玲奈らしくないな。玲奈がうっかりするところなんて初めて見た。 桃治:記憶力が衰えてるんじゃないか。 玲奈:あはは・・・私も歳をとったってことかな。 桃治:ああああああああああああああああああああああ! 桃治:ホント、めんどくさい女だな! 桃治:玲奈が忘れ物をしないってこと、俺がよく知ってるよ! 桃治:誰よりも。世界中で一番俺が知ってるよ! 玲奈:な、なによ。 桃治:俺に追いかけてきてほしかったんだろ。最初からそう言えよ! 玲奈:別に、そういうわけじゃ・・・。 桃治:それで、俺が玲奈を探して、もし見つけられなかったらって心配になって、自分から戻ってきたんだろ! 桃治:ホント、めんどくさい! 玲奈:う、うるさい! 桃治:それを治さなきゃ、次の相手なんか見つかるわけないぞ。 玲奈:ほっといてよ! 帰る。今度は本当に帰る! 桃治:待てって! 玲奈:なによ! 桃治:そんな玲奈の相手が出来るのは俺しかいないだろ! 玲奈:は・・・? 桃治:こんなにめんどくさい玲奈に合わせてやれるのは世界中で俺だけだって言ってんだ。 桃治:それに、こんなに忘れっぽい俺に合わせてくれるのも玲奈しかいないんだよ! 玲奈:・・・・ちゃんと言って。昔、自分で言ったことなんだから、ちゃんと言って。 桃治:・・・だから。 玲奈:はやく・・・。 桃治:・・・玲奈とずっと一緒にいたい。 桃治:今度は忘れない。絶対、覚えてるから。 桃治:あ、ちょっと自信ないけど。 玲奈:自信ないの!? 桃治:忘れそうになったら、油性マジックで腕に書く。足りなかったら全身に書く! 玲奈:(吹き出す) 桃治:だから大丈夫。 玲奈:もう・・・。 桃治:だから、玲奈。 桃治:今度こそ死ぬまで俺と一緒にいてください。 玲奈:・・・こんなに忘れっぽい男の相手が務まるのは世界中で私しかいないよ。 桃治:玲奈・・・。 玲奈:桃治、こっからまた始めよ。 桃治:いいのか? 玲奈:桃治こそ。 桃治:俺は玲奈じゃなきゃ嫌だ。 玲奈:私も。桃治がいい。 桃治:うん。 桃治:あ、閉館のアナウンス。 玲奈:帰ろっか・・・一緒に。 桃治:うん。 玲奈:年パス、買って帰る? 桃治:そうだな。ペンギンの顔、覚えなおさなきゃだし。 桃治:じゃあな、校長。また来るよ。今度は二人で。 玲奈:その子はラインハルトだよ。 桃治:え、じゃあ、校長どこ!? 玲奈:校長は・・・もう部屋に帰っちゃったみたい。 桃治:いないのかよ! 校長ー! 玲奈:ふっ・・・。 桃治:あっはははは。 0:しばらく二人で笑いあう 桃治:じゃあ、今度二人で一緒に校長に報告しような。 玲奈:うん。  :  0:おしまい。

0:とある水族館のペンギンコーナー。 桃治:玲奈、だよな? 玲奈:桃治・・・? 桃治:なんでこんな所にいるんだよ。 玲奈:そっちこそ。 桃治:あ、そっか。玲奈も昨日のテレビ観たんだな。あれ観たら久しぶりにこの水族館のペンギンが見たくなってさ。少し前からここでボーっとしてたんだ。 玲奈:そうなんだ。私もなんだか気がついたらここに来てた。 桃治:でも、玲奈はペンギンそんなに好きじゃなかったよな? ペンギンコーナーから動かない俺に呆れて、クラゲ見に行ってなかったか? 玲奈:そんなことないよ。あれは桃治がずーっとペンギンの方ばっかり見てるから。 桃治:見てて飽きないんだよなぁ。 玲奈:だからって普通3時間も見る!? 桃治:平均で1時間くらいだろ。そう言えば最近、来てなかったなぁって。玲奈はよく来るの? 玲奈:ううん、あれから来てない。だから一年ぶりかな。 桃治:俺も。結婚してた頃は二人で年パス買って通ってたのにな。ホント久しぶり。 玲奈:そういえば、年パス買ってたねぇ。どんだけ好きなのよって話。 玲奈:(笑)なんか懐かしい。ここも少し、変わったね。私のお気に入りだったあの子、いなくなっちゃった。 桃治:アグネスな。リンゴに子供産まれたらしいよ。父親はゴルゴなんだってさ。リンゴとゴルゴ。 桃治:前は割と区別ついてたのに、久しぶりだとペンギンの顔忘れちゃったよ。 玲奈:久しぶりだとっていうか、その頃からなかなか顔覚えられなくてしょっちゅう間違ってたじゃん。 桃治:でもペヤングは一発でわかった。あいつの顔は特徴的だから。 桃治:校長がさっきから動いてないんだよ。元気ないのかなぁ。 玲奈:ちなみに、その子は校長じゃなくてギャングだから。 桃治:ギャング!? え、じゃあ、校長どこ!? 玲奈:校長は・・・ほら、あそこ。はじっこのほうで周りを見渡してる、あの子。 桃治:あ、あれか。そうだ、あの貫禄。まさに校長先生だわ。変わってない。 玲奈:変わってないって・・・本当に覚えてる? 玲奈:桃治はなんでもすぐ忘れちゃうんだから。 桃治:結構覚えてたつもりなんだけどなぁ。俺以上に見分けがついてる玲奈がすごいだけだよ。もう飼育員さんレベルだったもん。 玲奈:私は覚えるのが得意だから。あと、桃治が忘れっぽいだけ。 桃治:でもペンギンの顔は忘れても玲奈の顔はちゃんと覚えてたよ。すぐにわかった。 玲奈:そりゃそうでしょ。5年も一緒に暮らしてたんだから。 玲奈:いくら忘れっぽいからって元嫁の顔忘れるってどんだけよ。 桃治:だよな。あははは。 桃治:とりあえず立ち話もなんだから、そこ座らない? 玲奈:いいよ。 桃治:(ベンチに座って)玲奈はちっとも変わってない。 玲奈:桃治はメガネ変えた? 桃治:あ、まあね。 玲奈:あと、髪薄くなった? 桃治:1年じゃそんなに変わらないだろ。 玲奈:(笑)桃治は私のことなんてすぐに忘れちゃうだろうなって思ってた。 玲奈:最近はどうなの? 桃治:どうなのって? 玲奈:いや・・・いろいろと。仕事とか。 桃治:仕事は順調だよ。 玲奈:そっか。それは何より。 桃治:そっちは? 元気してる? 玲奈:まあ相変わらずって感じかな。 桃治:・・・ふうん。 玲奈:なによ? 彼氏はいないよ。仕事でそんな暇ないし。 桃治:そんなこと聞いてないよ。え、俺にその情報を伝えたかったの? 玲奈:聞きたそうな顔してたから。 桃治:わかった? 玲奈:元嫁を舐めないで。そっちは? 桃治:いないよ。俺がモテないのは玲奈もよく知ってるだろ。 玲奈:うん。よく知ってる。 桃治:否定しろよ。 玲奈:(笑) 桃治:あのさ、忘れてたらごめんなんだけど、今日って離婚してからちょうど1年だよね? 玲奈:違うわよ。そうゆうところは桃治も相変わらずね。 玲奈:でも、おしい。明日でちょうど一年、かな。 桃治:え、あれ!? 明日か。そっか、離婚届を書いたのが一年前の今日で、市役所に提出したのが一年前の明日だ。 桃治:つまり離婚記念日。 玲奈:離婚記念日って、そんなの初めて聞いたわ。 桃治:そっか、明日か。じゃあ違うか。もしかしたらって思ったんだけど。 玲奈:え、なにが? 桃治:1年前の今日、「1年後にこの水族館で待ち合わせしよう」って約束してたっけなぁって思って。 桃治:でももし約束してたら、そんな大事な約束忘れるわけないもんな。 桃治:やっぱり、今日会ったのは偶然ってことか。 玲奈:大事な約束だとしても桃治は忘れちゃうけどね。 玲奈:今日ここに来たのは本当に偶然。 桃治:まあ確かに忘れたことは何度かあったけど・・・。 玲奈:初めてのデートの時なんてホントにひどかった。覚えてる? 桃治:お、覚えてるよ。 玲奈:ホントかなー? 桃治:初めてのデートだろ。うん。よく覚えてる。 玲奈:普通、待ち合わせの場所を忘れる? そのせいで私、新宿駅南口で2時間も待ちぼうけして。 玲奈:初めてのデートだったから、気合い入れてオシャレしたのに、待ってる間に汗かいてメイクも髪型も台無し。ほんっと最悪だった。 桃治:俺は俺で新南口で2時間も玲奈を待ってたんだから、お互い様だろ。 玲奈:桃治は自業自得だと思う。 玲奈:しかも桃治、携帯忘れてきちゃうから連絡も取れないし。 桃治:俺、玲奈が事故にでも遭ったんじゃないかって、ソワソワしてた。このまま一生会えなかったらどうしようって。 桃治:でも、もしかしたらって南口にダッシュして玲奈を見つけた時、安心したのと同時になんか感動したんだよな。 桃治:玲奈ーって叫んだもん。 玲奈:うん。私も。桃治ーって。 桃治:携帯忘れたことをあんなに後悔したのは後にも先にもないよ。 玲奈:あの時さ、桃治の顔見た瞬間、自分がドラマのヒロインみたいに思えてきて、ぶわーっって気持ちが溢れちゃって。 玲奈:あれで勘違いしちゃったんだよなぁ。 桃治:髪はグシャグシャでメイクもボロボロで。ひどかったよなぁ、あの時の玲奈。 玲奈:え、それひどくない? 桃治のせいじゃん! 桃治:俺もTシャツが汗でビッショリで。あははは。いい思い出だな。 玲奈:いい思い出、ねぇ。 桃治:なんだよ、あの時ちゃんと全力で謝っただろ。夕食だって玲奈が食べたいものご馳走したし。 玲奈:当然です。 桃治:次の予定も強引に決められた。 玲奈:あの時はね、本当に運命だって思ったの。だから、この気持ちを大切にしたい。また会いたいって思った。 玲奈:でも、桃治に任せてたらいつになるかわからないし、忘れちゃうかもしれないでしょ? 桃治:そんなことがあったもんだから、約束の日時と場所を油性マジックで腕に書かれたんだよな。 桃治:あ、ほらな。よく覚えてるだろ。 玲奈:桃治が忘れられないようにしてあげたんでしょ。 玲奈:でも、次の日仕事行く時に消すの忘れて大恥かいたんだよね? 桃治:そうそう。同期の奴に見つかって、さんざんネタにされたんだよ。 玲奈:あはは。結婚式で初めて会った時にもすっごい言われたもんね。「あなたがあの油性マジックの人ですか」って(笑) 桃治:「そうです。私が油性マジックの人です」って玲奈が言ったら爆笑してたよな。 玲奈:そうそう。 玲奈:・・・でもさ、私ホントはわかってたんだ。 玲奈:桃治が特別忘れっぽいわけじゃないって。 玲奈:桃治は忘れっぽいんじゃなくて、2つのことを同時に考えられないだけなんだよ。これは桃治だけじゃなくて、世の中の男性ならよくあることだと思うんだ。桃治は1つのことに集中したら、他のことが目に入らなくなっちゃうんだよ。 玲奈:でも、私は忘れられないから。全部覚えてるから。だから、いけないんだって。 桃治:玲奈・・・。 玲奈:なんかね。他の人からしたらほんの小さなどうでもいいことなのかもしれない。その場しのぎの言葉だったのかもしれない。 玲奈:でもそれを私はずっと覚えてて、あの時こうだったから、ああだったからって言っちゃって、でも相手は全然覚えてなくてさ。 桃治:なんかあったの? 玲奈:あー・・・仕事で、ちょっと、ね・・・。 桃治:玲奈がここに来るってことは、なんとなくそうかなって思ってた。 桃治:話したくなかったら、別に話さなくてもいいけど。 玲奈:・・・取引先との会食でさ、場所決めを任されたの。 桃治:うん。 玲奈:前に取引先の相手と話した時にさ、その人、生魚アレルギーだって言ってて。 玲奈:それに、堅苦しいところは苦手だって言ってた。だから、接待には向かないかもしれないけど、その人が喜んでくれそうなカジュアルなフレンチのお店を選んだの。 玲奈:そしたら、「そんなお店選ぶなんて何考えてるんだ」って怒られて。理由を話しても、そんな話聞いたことないって言われて。 玲奈:誰も信じてくれなくて、「どうせお前が食べたいだけだろ」とか言われて、説明すればするほど空回りしちゃって。 玲奈:結局、懐石料理のお店に変更になったんだけど、その人、ほとんど箸つけてなかった。そりゃそうだよね。食べられないんだもん。 桃治:うわ。それは辛いな。目に浮かぶよ。 玲奈:人はさ、自分が覚えてないことは、なかったことになっちゃうんだよね。 玲奈:聞いたことも、自分で言ったことも、その時の気持ちも・・・。 桃治:そうじゃないって言いたいところだけど、俺が言っても説得力ないか。 桃治:ホント、損する性格してるよな。 玲奈:いっつもそう。わたしだけが覚えてて、覚えてるから取り残されていく。 玲奈:みんな都合よく忘れて、なかったことにして勝手に先に行っちゃうの。 桃治:・・・。 玲奈:・・・でもさ、桃治はそうじゃなかった。 玲奈:たとえ覚えてなくても、なかったことにはしなかった。 玲奈:ちゃんと私の話、聞いてくれた。 桃治:かいかぶりだよ。 玲奈:そうかな? 桃治:俺は自分の記憶よりも、玲奈の記憶を信用していただけ。 桃治:優秀な外部記憶装置だった。 玲奈:なによそれ、人任せがすぎるんじゃない? 玲奈:それに、覚えてないのをいいことに、もし私が嘘ついてたらどうすんのよ。 桃治:嘘ついてたの? 俺、騙されてた!? 桃治:まあ、簡単に騙せそうだなとは自分でも思うけど。 玲奈:嘘なんてついてないよ。 玲奈:だって、私は自分が覚えてることは、できるなら相手にも覚えてて欲しいって思うから。 玲奈:でも、よく言われたなぁ。嘘つくなって。 桃治:玲奈はその性格っていうか、その能力のせいで傷つくことも多いんだろうけど。 桃治:でも、俺はすっげぇ尊敬してた。 玲奈:え・・・。 桃治:覚えてるかな。って確認するまでもなく、絶対覚えてると思うんだけど。 桃治:毎年、バレンタインで玲奈がくれたチョコの箱、大切に保管してたの玲奈に見つかって。 玲奈:うん。 桃治:ダンボールに無造作に入れてただけだったから、最初に貰ったのがどれかもわからなくて。 桃治:玲奈がそれを取り出して、嬉しそうに「もらった順番に並べてみて」って言うもんだから。 玲奈:そんなこともあったね。 桃治:あの時は血の気が引いたよ。 桃治:俺はこのクイズに間違えたらどうなってしまうんだろうと恐怖に震えてた。 玲奈:(笑)つきあってた頃も含めたら8年分だもんね。 桃治:玲奈への愛を試されている気がして、必死に思い出そうとしてた。 桃治:あの時は玲奈が助け舟を出してくれたから、なんとか全部正解したんだ。 桃治:ヒントなしじゃ無理だった。 玲奈:ふふふ、桃治、頭使いすぎて顔真っ青になってたもんね。死にそうな顔してた(笑) 桃治:正解した後に思ったよ。これ、来年もやらされるのかなって。 桃治:・・・でも、次の年のバレンタインは何ももらえなかった。 玲奈:・・・離婚しちゃったからね。 桃治:うん。 玲奈:そんなこと、他にもたくさんあったよね。ホント、めんどくさい女だった。 玲奈:あの頃の私は試してたのかな・・・桃治のこと。 桃治:試されたなんて思わなかったけど。むしろ、あれが俺と玲奈なりの愛の形なのかと思ってた。 桃治:それに、それも楽しかったし。 玲奈:楽しかったの? めんどくさくなかったの? 桃治:楽しかったよ。今思い返すと、なにもかも。玲奈のめんどくさいところも可愛いって思ってた。 玲奈:桃治・・・。 玲奈:あのね。 桃治:ん? 玲奈:本当に桃治だけだったんだよ。 桃治:なにが? 玲奈:私といて、私の話をちゃんと聞いてくれて、一人ぼっちにしなかったのは。 玲奈:みんながいろんなことを忘れていくたびに、私はいつも寂しかった。 桃治:・・・。 玲奈:私にとっては大事な思い出も、相手にとってはなかったことになっちゃうんだもん。 玲奈:毎日なんてさ、小さいことの積み重ねじゃない? 玲奈:その小さなことがなくなっていくのが、どんどん空っぽになっちゃうみたいで、どうしようもなく悲しいの。 玲奈:でも桃治は、「そうだっけ?」なんて言いながらも、「玲奈なら言いそう」とか、「確かに俺ならそう言うかもしれない」って。 玲奈:たとえ覚えてなくても、なかったことにしないで、私が大切に思ってるのと同じくらい大切にしてくれた。 桃治:俺もさ。 桃治:玲奈だけだった。 桃治:いろんなことを忘れちゃう俺のことを、諦めずに何度も何度も思い出させてくれたのは。 桃治:たぶん、俺の記憶容量って、人より少なめで。だから大事なことだけは忘れないようにしようって思ってて。そう思うから、余計に些細なことは頭から抜け落ちちゃってて。玲奈はそういう俺をわかってくれてて。 桃治:いや、わかってくれてるって思いこんでて、玲奈に頼りっぱなしだったんだよな。 玲奈:桃治・・・。 桃治:反省してる。 玲奈:・・・桃治はさ、「試されたなんて思わなかった」って言ってくれたけど、あの日、別れることを決めた日。私は桃治を試してた。 桃治:え? どういうこと? 玲奈:なんか、不安になっちゃったんだ。 桃治:不安って、何に? 玲奈:桃治がいろんなことを忘れちゃうから、本当に私を好きなのかなって。私のこと、本当は大事じゃないのかなって。大事なら忘れるはずないって。 桃治:誰よりも大事に思ってたよ。 桃治:俺なりにうまくやれてるって思ってたし、何度ケンカしても仲直りできるって思ってたから、「離婚したい」って言われた時はショックだった。 桃治:いや、こんな俺だから、いつか愛想尽かされても仕方ないなとも思ってたけど。 玲奈:桃治はきっと覚えてないだろうけど・・・。 玲奈:結婚したばっかりのころ、「離婚したいって言ったらどうする?」って私がふざけて聞いた時、「水族館のペンギンコーナーの前でまたプロポーズする」って言ってくれた。そしたら、その時の気持ち思い出してもらえるからって。 玲奈:あれ、すごい嬉しかったんだ。 玲奈:だから試したの。私のこと、大事に思ってくれてるなら、きっとまたプロポーズしてくれるって。 桃治:・・・。 玲奈:でも、桃治は全然覚えてなかった。 玲奈:そしたら、なんか悲しくなって・・・離婚した。 桃治:ちょっと待ってよ。俺、結婚した頃、そんなこと言った? 桃治:っていうか、玲奈が言うんだから、間違いなく言ってたんだろうけど・・・。 桃治:それを覚えていなかったから離婚したってこと!? 玲奈:私のこと、大事じゃなかったんだなって・・・。 桃治:そんなこと、あの時は一言も言わなかったじゃないか。 玲奈:私から言ったんじゃ意味ないじゃない。それに桃治が覚えてないなら、いくら私が覚えてても、なかったことになるんだよ。 桃治:それは悪かったよ。覚えてなかったのは本当にごめん。 桃治:でも、大事に思ってなかったわけじゃない。 桃治:ああ・・・。説得力ないよな。 桃治:でも本当なんだ。大切に思ってた。 玲奈:あはは。もういいよ。私もどうかしてたと思うし。 桃治:大切に思ってたから、あの時は玲奈の気持ちを尊重しようって思ったんだ。 桃治:玲奈がどうしても別れたいって言うから、俺は・・・。 玲奈:そっか。でも、こんなめんどくさい女とは別れて正解だったかもしれないよ。 桃治:・・・そうだな。 玲奈:桃治なら、きっとすぐにいい人見つかるよ。 桃治:玲奈もこんなにバカな男と別れて正解だっただろ。 玲奈:そうかもね。毎朝、「俺のメガネ、どこ置いたっけ?」って言う桃治に、「あそこに置いてあったよ」って教えなくていいし。 桃治:ぐ・・・。玲奈はそのめんどくさいところをもう少しなんとかしたら男にモテるんじゃないか。 玲奈:私以上に記憶力がいい男、どこかにいないかな。 桃治:どこにもいねぇよ。 玲奈:知ってる。忘れるっていうのも大事なことなんだよ。辛いことも全部覚えてるのはしんどいからさ。 玲奈:その点、桃治は辛いことがあっても少ししたらコロッと忘れて、のほほんと笑ってるから羨ましい。 桃治:忘れてないよ。 玲奈:え? 桃治:あの時、俺は何度も「別れたくない」って言った。 桃治:それなのに、「別れる」って言って玲奈が離婚届を書いた時のこと、俺は1日も忘れたことない。 桃治:あの時、試されてたって知ってたら・・・。 玲奈:知ってたら? 桃治:覚えてなくても、ちゃんと玲奈の気持ちをわかってたら別れなくてもよかったのかな。 玲奈:私は・・・桃治のことを嫌いになったわけじゃない。 玲奈:信じられなかっただけ。 桃治:・・・。 玲奈:ごめんね。 桃治:いや、謝るのは俺のほうだし。 玲奈:なんで? 桃治:そんな大事なこと忘れてるなんて。自分の記憶力のなさがホント嫌になる。 桃治:「メガネ変えた?」ってさっき言ってただろ。あれ、違うんだよ。毎朝、メガネがどこにあるかわからなくてさ。俺一人だし。それで何度も遅刻しそうになって。で、メガネを5つ買って、部屋中に置いておくことにしたんだ。 桃治:それからは遅刻しなくなった。忘れっぽい俺なりの知恵ってやつかな。 玲奈:じゃあ、たまたま今日はそのメガネだったんだ。 桃治:そういうこと。玲奈と離婚してさ。たまに思い出すんだよ。5年間いろいろあったなぁって。 玲奈:例えば? 桃治:旅行したこととか、記念日のこととか。お互いの誕生日のこととか。いっぱいいっぱい思い出して。 桃治:でも、もっともっといっぱい思い出はあるはずなのに。何気ない1日の中で、たくさんのことを話して、いっぱい笑って。 桃治:そんな日がもっと沢山あったはずなのに。 玲奈:桃治・・・。 桃治:あんまり覚えてなくてさ。 桃治:ブログでも書いとけばよかったなって思った。 玲奈:そんなの公開しないでよ・・・ 桃治:甘えてたんだよ。俺が覚えてなくても玲奈が覚えてくれてるから大丈夫だって。だからどんどん忘れていった。 桃治:俺のそばから玲奈がいなくなるなんて考えたこともなかった。 玲奈:・・・。 桃治:だから、ごめん。 桃治:・・・今更だけど。 玲奈:ううん。ありがと。 玲奈:桃治の気持ち、聞けてよかった。 桃治:ああ。 玲奈:なんか、すっかり話し込んじゃったね。 桃治:そうだな。 玲奈:もうそろそろ閉館の時間だ。 桃治:え、もう? 玲奈:私、帰るね。 桃治:ああ。 0:去ろうとする玲奈。 桃治:・・・玲奈! 玲奈:えっ? 桃治:えっと。久しぶりに会えて嬉しかった。 玲奈:あ・・・うん、私も。 桃治:えっと。 玲奈:・・・。 桃治:またね。っていうのはちょっと違うか。 桃治:元気で。 玲奈:うん。 桃治:俺、ギリギリまでペンギン見てるから。 玲奈:そっか、ほんと好きだね。 桃治:まぁね。 玲奈:(小声)うらやましいな、ペンギンが。 玲奈:じゃあね。 桃治:じゃあね。 0:玲奈が去る。  :  桃治:なあ、校長。さっきから俺たちの話、聞いてたんだろ。 桃治:バカみたいだって思ったか? 桃治:ホント、バカだよな。俺も玲奈も。 桃治:俺と玲奈がペンギンだったら、こうはならなかったのかな。 桃治:そうでもないか。ペンギンの相関図も人間以上に複雑だもんな。  :  桃治:さてと。 桃治:玲奈が水族館を出た頃だろうから、俺も帰るか。 桃治:(忘れ物を見つけて)あ、これ・・・玲奈の・・・。 0:玲奈が戻ってくる。 玲奈:その子は校長じゃなくてギャングだってば。 桃治:玲奈!? 玲奈:あ・・・忘れ物、しちゃって。 桃治:あ、うん。これな。(渡す) 玲奈:(受け取る)そう・・・ありがと。 桃治:届けようかって今思ってたところ。 玲奈:届けるってどこに届けるつもりだったの? 桃治:まだ近くにいるだろうから走ったら追いつくかなって。 玲奈:もうあんまり若くないんだから無理しちゃだめだよ。 桃治:そっちこそ。忘れ物するなんて玲奈らしくないな。玲奈がうっかりするところなんて初めて見た。 桃治:記憶力が衰えてるんじゃないか。 玲奈:あはは・・・私も歳をとったってことかな。 桃治:ああああああああああああああああああああああ! 桃治:ホント、めんどくさい女だな! 桃治:玲奈が忘れ物をしないってこと、俺がよく知ってるよ! 桃治:誰よりも。世界中で一番俺が知ってるよ! 玲奈:な、なによ。 桃治:俺に追いかけてきてほしかったんだろ。最初からそう言えよ! 玲奈:別に、そういうわけじゃ・・・。 桃治:それで、俺が玲奈を探して、もし見つけられなかったらって心配になって、自分から戻ってきたんだろ! 桃治:ホント、めんどくさい! 玲奈:う、うるさい! 桃治:それを治さなきゃ、次の相手なんか見つかるわけないぞ。 玲奈:ほっといてよ! 帰る。今度は本当に帰る! 桃治:待てって! 玲奈:なによ! 桃治:そんな玲奈の相手が出来るのは俺しかいないだろ! 玲奈:は・・・? 桃治:こんなにめんどくさい玲奈に合わせてやれるのは世界中で俺だけだって言ってんだ。 桃治:それに、こんなに忘れっぽい俺に合わせてくれるのも玲奈しかいないんだよ! 玲奈:・・・・ちゃんと言って。昔、自分で言ったことなんだから、ちゃんと言って。 桃治:・・・だから。 玲奈:はやく・・・。 桃治:・・・玲奈とずっと一緒にいたい。 桃治:今度は忘れない。絶対、覚えてるから。 桃治:あ、ちょっと自信ないけど。 玲奈:自信ないの!? 桃治:忘れそうになったら、油性マジックで腕に書く。足りなかったら全身に書く! 玲奈:(吹き出す) 桃治:だから大丈夫。 玲奈:もう・・・。 桃治:だから、玲奈。 桃治:今度こそ死ぬまで俺と一緒にいてください。 玲奈:・・・こんなに忘れっぽい男の相手が務まるのは世界中で私しかいないよ。 桃治:玲奈・・・。 玲奈:桃治、こっからまた始めよ。 桃治:いいのか? 玲奈:桃治こそ。 桃治:俺は玲奈じゃなきゃ嫌だ。 玲奈:私も。桃治がいい。 桃治:うん。 桃治:あ、閉館のアナウンス。 玲奈:帰ろっか・・・一緒に。 桃治:うん。 玲奈:年パス、買って帰る? 桃治:そうだな。ペンギンの顔、覚えなおさなきゃだし。 桃治:じゃあな、校長。また来るよ。今度は二人で。 玲奈:その子はラインハルトだよ。 桃治:え、じゃあ、校長どこ!? 玲奈:校長は・・・もう部屋に帰っちゃったみたい。 桃治:いないのかよ! 校長ー! 玲奈:ふっ・・・。 桃治:あっはははは。 0:しばらく二人で笑いあう 桃治:じゃあ、今度二人で一緒に校長に報告しような。 玲奈:うん。  :  0:おしまい。