台本概要
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タイトル | 究極に美味しくて不味いおにぎり |
---|---|
作者名 | 遠野太陽 (@10nonbsun) |
ジャンル | コメディ |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
残念な天才科学者とその犠牲者のラブコメ。
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キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
高宮 | 男 | 129 | 可哀想な犠牲者。 |
上原 | 女 | 129 | 天才科学者。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
上原:さ、入って入って。
高宮:おじゃましまーす。
上原:ほら、遠慮しないで。
高宮:お、意外に片づいてる。
上原:失礼ね。研究所の私の机はいつもキレイでしょ。あなたと違って。
高宮:片づいてないように見えるだろ。あれはあれでいいんだよ。俺にはどこに何があるかわかってるんだから。
上原:この前、探し物してて書類が雪崩(なだれ)起こしてた人がよく言うわ。そこ座ってて。
高宮:はーい。何か手伝う?
上原:お客さんなんだから気を使わないで。
高宮:本棚を見れば持ち主の人柄がわかるって言うけど……。
上原:勝手に物色しないで。
高宮:まあ、予想通り専門書ばっかりだな。娯楽小説とか漫画とか置いてないの?
上原:私が漫画読んでるの見たことある?
高宮:ない。聞いた俺が悪かった。
上原:わかればよろしい。
高宮:で、俺は料理してる上原をここから見てればいいの?
上原:料理はもう出来てるの。(冷蔵庫から皿を取り出しレンジに入れながら)冷蔵庫に入れてあるのを温めるだけだから、すぐ出来るわよ。ポチッとな。
高宮:そうなの? 珍しいものが見られるかと期待してたのに。
上原:見たかったの? 私が料理してるとこ?
高宮:想像つかないから。試験管とかスポイトとか使ってそう。
上原:そ、そんなわけないじゃない。あはははは。
高宮:なんだよ、その乾いた笑い。
上原:なんでもないわよ。
高宮:やっぱりちょっと怖いな。上原が料理をご馳走したいって言うからホイホイついてきたけど、これ、あれだろ? 試食と言う名の実験台ってやつだろ?
上原:食べても死なないから大丈夫。
高宮:それ、腹を壊すことは確定してないか。
0:チーン
上原:あ、出来た。
高宮:うわ、くっせえ! なんだこの匂い!
上原:これは特製のタレの匂いよ。
高宮:タレ? 上原のオリジナル?
上原:そう。
高宮:……正直に言っていい?
上原:どうぞ。
高宮:食欲を刺激されない。
上原:わかる。
高宮:もう帰りたい。
上原:帰すわけないでしょ。はい、お待たせしました。
高宮:うおおお、くっせええ! なにこれ⁉
上原:見ればわかるでしょ。焼きおにぎりよ。
高宮:鉛(なまり)色した焼きおにぎりって初めて見た。これはヤバい。人間が食べる匂いじゃない。
上原:臭いものにも美味しいものはいろいろあるでしょ。くさやとか納豆とか。
高宮:いやいや。これはそういうレベルを超えてるよ。もはや食べ物の匂いじゃない。なんていうか、腐ったドブの匂いと猫のオシッコの匂いと親父が使ってた整髪料の匂いを足して3を掛けたみたいな。
上原:食わず嫌いはよくないわ。
高宮:食わなくてもわかるよ。こんなもんが美味しいわけないだろ。
上原:文句は食べてから言いなさい。
高宮:これを食うの? 俺が⁉
上原:食べなさい。世界が変わるから。
高宮:ホントに美味いのか?
上原:美味しい。世界一美味しい。絶対に美味しい。
高宮:……絶対に?
上原:絶対に。「絶対」って言葉、私が大嫌いなこと知ってるでしょ?
高宮:「物事に絶対なんて絶対にない」。上原の口癖だよな。
上原:その私が絶対に美味しいって言ってるの。
高宮:それだけ自信があるってことか。
上原:そうよ。
高宮:わかった。食べるよ。
上原:どうぞ、召し上がれ。
高宮:ぐわあ、やっぱりくせぇ!
高宮:鼻つまんでいいか?
上原:どうぞ。
高宮:上原はこの匂い平気なの?
上原:もう慣れた。
高宮:嗅覚が麻痺してるんじゃないか?
上原:いいから、早く食べなさい。
高宮:わかってるよ。(食べる)……あむっ。(最初は不味い反応。吐き出しそうになるが、だんだん美味しくなってくる)……な、なんだこれ。(無心で食べまくって、やがて食べ終わる)……あれ、もうない。
上原:すごい食べっぷりだったよ。
高宮:おかわり。おかわり。おかわりをくれ。早くおかわりを出してくれ!
上原:高宮、落ち着いて。どうどうどうどう。
高宮:あ、ああああ、ごめん。なんだこのおにぎり。こんなに美味い焼きおにぎりを食べたのは生まれて初めてだ。いや、今までに食べたどんな料理も、この焼きおにぎりにはかなわない。
上原:ありがと。
高宮:上原の言うとおりだ。世界が変わったよ。
上原:おかわり欲しいの?
高宮:欲しい。早く出してくれ。頼む。一生のお願いだ。
上原:じゃあ、おかわりを出す代わりに、私のお願いをきいてくれる?
高宮:きくよ。なんでもきく。
上原:私と結婚して。
高宮:わかった。結婚する。
高宮:……え?
高宮:ええええ⁉
高宮:け、結婚⁉
上原:うん。
高宮:俺と、上原が⁉
上原:うん。
高宮:ええええ、ちょっと待って。上原、お前、俺のこと好きなの?
上原:私が結婚するなら高宮しかいないって思ってる。
高宮:し、知らなかった。まさか上原が俺のこと、そんな風に思ってくれていたなんて。
上原:結婚したら、この焼きおにぎり、毎日作ってあげるね。
高宮:待って待って。これを毎日食べられるって、こんな幸せなことないんだけど、いきなり結婚は早くないか。
上原:愛に時間は関係ないわ。
高宮:うわ、上原から愛なんて非科学的な台詞が出てくるとは思わなかった。そうかもしれないけど、なんで俺?
上原:私が気軽に話せる男って高宮しかいない。それに気軽に話せる女友達なんていないから、私の人間関係って、ほぼ高宮だけなのよ。高宮だってそうでしょ?
高宮:俺?
上原:高宮が気軽に話せる女って私しかいないよね?
高宮:そんなことないよ。
上原:すぐバレる嘘つかないで。
高宮:いないよ。いないけど、俺はお前と違って友達いるからな。
上原:佐山でしょ。知ってる。一人だけじゃない。
高宮:親友だよ。
上原:親友⁉ 気持ち悪い。類が友を呼んだだけでしょ。あなたたち、そういう関係?
高宮:そういう関係って?
上原:アダルトな関係。
高宮:そ、そんなわけないだろ!
上原:激しく否定するところが怪しい。
高宮:佐山のことはどうでもいいだろ。それに、上原も佐山とよく話してるよな?
上原:高宮がいる時だけよ。2人だけで話したことはほとんどないわ。
高宮:そう言えばそうか。
上原:高宮と佐山がそういう関係じゃないなら、高宮が結婚しようと思ったら相手は私しかいないよね?
高宮:……上原は結婚がしたいの?
上原:そうよ。
高宮:相手は俺じゃなくても、例えば佐山でもいいんじゃないの?
上原:高宮しかいないって言ってるでしょ。
高宮:俺のこと好きってわけじゃないだろ?
上原:……好きよ。
高宮:信じられないよ。今までそんなそぶり一度も見せなかったじゃないか。
上原:あのね。自分で言うのもなんだけど、今まで恋愛になんの興味も持たなかった人間が、いざ興味を持った時に想像する相手って、その時に一番近い人間だと思うのよ。私にとっては高宮で、それ以外の選択肢はないわけ。わかる?
高宮:えーっと。研究一筋のお前が恋愛に興味を?
上原:そうよ。
高宮:何がきっかけでそうなった?
上原:半月ほど前に姉の結婚式があったのよ。
高宮:その時のお姉さんが幸せそうだったとか?
上原:そう。私以上に真面目で変人だと思ってた姉が結婚するって聞いただけでも驚きだったのに、まさかあんなにバカみたいに幸せ垂れ流しな笑顔を見せるなんて思ってもみなかった。
高宮:だから結婚に興味を持った。
上原:そうよ。
高宮:そして結婚相手として想像した相手が俺だった。
上原:そうよ。色々想像したわ。
高宮:なにを?
上原:想像の中の高宮は、とっても男らしかった。
高宮:どんな想像したんだよ⁉
上原:私の乏しい知識で考えられる全てのことよ。
高宮:うわ、想像の中の俺はお前に何をしたんだ。
上原:それで高宮を落とすにはどうすればいいか考えた。
高宮:まさか攻略対象になっていたとは驚きだ。
上原:男を落とすには男の胃袋を掴むのが一番だって姉が言っていたの。
高宮:あ、だから今日、俺にご馳走するって言ったのか。やっと腑(ふ)に落ちた。
上原:高宮を落とすために、私は究極に美味しいと人間が感じる食べ物を科学的にアプローチした。
高宮:そこで普通に美味しい料理を作ろうって思わないところが上原だよな。
上原:実験に実験を重ねてやっと完成したのが、この焼きおにぎりなのよ。
高宮:教えてくれないか。俺はいったい何を食ったんだ?
上原:だから、絶対に美味しい焼きおにぎりよ。
高宮:だから何をどうすれば、あんなに臭くて超絶美味しい焼きおにぎりが出来あがるんだよ。
上原:教えない。(可愛く)だって教えたら、せっかく掴んだ胃袋を離すことになるんだもん♪
高宮:くっ……!
上原:って、上目使いで可愛く言えば男なんて簡単よって姉が言ってた。
高宮:確かに今の「なるんだもん」は破壊力があった。
上原:(可愛く)『おいしくなぁれ。おいしくなぁれ。萌え萌えキューン』ってやったら美味しくなったのよ。
高宮:嘘つけ! 科学を真っ向から否定するようなことをお前が言うな! そしてそれもお姉さんに教わったのか!
上原:今の萌えたでしょ?
高宮:確かに萌えた。萌えつきた。いつも真面目な上原がやるからなおさらだ。これが『ギャップ萌え』と言うやつか。
上原:私と結婚したくなった?
高宮:ちょっとだけな。それよりもまず、おにぎりの説明をしてくれ。あのおにぎりは今までの料理の概念を覆す代物(しろもの)だ。このおにぎりを境に新たな料理の歴史が幕を開ける。上原は歴史に名を残す天才だ。
上原:そ、それほどでもないわよ。
高宮:頼む。非才で無学な俺に、このおにぎりの秘密を教えてくれ。
上原:大好きな高宮にそこまで頼まれちゃ仕方ないわね。
高宮:ちょろいな。
上原:何か言った?
高宮:なんにも言ってません。
上原:まあいいわ。高宮はプラセボ効果については詳しい?
高宮:そこまで詳しくはないが。偽薬を投与したにも関わらず、免疫力が向上したり、症状が回復したりする現象のことだな。
上原:そう。全ては脳が錯覚することから始まるの。ブルーベリーが目にいいとか、ウコンが二日酔いに効くとか、グルコサミンが関節痛に効くとか、うなぎパイで精力がつくとか、全てはプラセボ効果。人体に好影響を与える科学的根拠は何もない。
高宮:それで?
上原:おかしいと思わない? 人間はそれほど馬鹿じゃないわ。ではなぜ効果があると思ってしまうのか。
高宮:……?
上原:実際に効果があるからよ。
高宮:なんだって?
上原:独自の研究の結果、プラセボ効果で騙されているのは人間だけじゃなかったの。なんと、食べ物のほうも騙されていた。ブルーベリーは自分は目にいいと錯覚している。ウコンは自分を肝臓にいいと錯覚している。このプラセボの相乗効果が科学的根拠を覆して奇跡を起こしているのよ。
高宮:ちょっと何言ってるかわかんない。
上原:そのことを発見した私は、『美味しい』と錯覚しているタレを作り上げた。このタレは自分を世界一美味しいタレだと思い込んでいる。だから、食べる前からこのタレを美味しいと思い込んでいる人は、相乗効果で極上の美味しさを感じられるのよ。
高宮:待て待て。結論までが早足すぎる。いったいどうやったらタレに『美味しい』と錯覚させられるんだ。
上原:そこは私も苦労したわ。何度も失敗を繰り返して、ようやく成功した方法はね……。
高宮:その方法は?
上原:応援よ。
高宮:……応援?
上原:その筋で有名なシューゾーっていう応援のプロがいてね、その人にお願いしたの。『タレ、君は美味い。最高だ。味付けの革命だ。君は料理の富士山だー!』って一日中応援してもらった。
高宮:なにそのシュールな光景。
上原:24時間ノンストップで応援してもらって、ようやくこのタレが完成したの。
高宮:シューゾーもよくそんな仕事、引き受けてくれたな。
上原:ギャラははずんだわ。
高宮:しかし、俄(にわ)かには信じられない。
上原:開花前の植物に優しく話しかけると綺麗な花を咲かせるとか、筋トレする時に負荷をかける筋肉を褒めると、筋肉が喜んで筋トレの効果が上がる、なんて話もあるでしょ?
高宮:ああ。非科学的に思えるけど、そう言われてしまうと、まだ科学で解明されていないだけなのかもしれない。つまり俺はあのおにぎりを美味しいと錯覚させられたのか。
上原:私の「絶対に美味しい」という言葉を信じてくれたからこそ、あなたは錯覚してくれたのよ。
高宮:なるほど。でも疑問が残る。
上原:なに?
高宮:あの強烈なくっさい匂いはなんだ?
高宮:あの匂いは必要だったのか?
上原:ああ、そこ気になっちゃった?
高宮:錯覚させるだけなら、臭くする理由はないだろ?
上原:実は高宮に食べてもらう前にラットで喫食(きっしょく)実験を行ったのよ。
高宮:そんなことまでしてたのか⁉
上原:シューゾーのおかげで人間が感じる美味しさの極みには到達出来た。でも、このタレのポテンシャルを知るには土台になるタレの味を落とすしかなかった。美味しいから普通。普通から美味しくない。不味い。かなり不味い。超不味い。超絶不味い。ここまでやってるのに、ラットは常に完食。喫食状況に変化はなかった。このタレが秘めた力は底が知れないわ。
高宮:そんなことをする理由がどこにある!
上原:何を言ってるの。限界値を知ろうとしないなんて科学者失格よ。
高宮:つまり超絶に不味いものを俺に食わせたということか。
上原:そうよ。あんな不味いものよく食べられたわね。
高宮:ふざけんな! まだ喉のあたりからくっさい匂いが漂ってるわ。
上原:ごめん。臭いから近寄らないで。できれば呼吸も止めてくれない?
高宮:やっぱり俺は実験台だったのか。
上原:美味しかったんならよかったでしょ。
高宮:確かに美味かった。何度でも食べたいよ。
上原:私と結婚したらあれを毎日食べられるのよ?
高宮:なにその幸せな毎日⁉
上原:おかわり温めてあげるね。
高宮:ああああ、ありがとう! 食いたい。本当は不味いってわかっててもあの美味しさに抗(あらが)うことが出来ない。
0:チーン
上原:はい、できたわよ。
高宮:うわ、やっぱりくせぇ! 超くせぇ!
高宮:でも体があの味を欲している。本能が叫んでいる。よだれが止まらない。早く俺にそれを食べさせてくれ。
上原:はいはい。食べたら結婚だからね。
高宮:いただきます。
高宮:(食べる)ぶほっ! まっず!
高宮:(吐き出す)うえええええええ!
上原:え? あれ?
高宮:臭いうえに不味い。なんじゃこりゃあああ!
上原:あ、そうか。そういうことか。
高宮:どういうことだ。さっきと同じおにぎりじゃないのか?
上原:同じおにぎりよ。でもあなたはこのおにぎりの秘密を知ってしまった。だからプラセボ効果が働かなかったのよ。
高宮:ぬああああ、そういうことかあああ!
上原:だ、大丈夫?
高宮:なんで……。なんで俺にプラセボ効果のことを話したんだ!
上原:あなたが聞きたいって言ったんじゃない。
高宮:(悔し泣き)そうか……。俺はなんでおにぎりの秘密を聞いてしまったんだ。
上原:え、泣くほど悲しいの?
高宮:お前にこの意味がわかるか。おにぎりの秘密を知ってしまった俺はもう二度と、永久にあの味を感じられなくなってしまったんだぞ。
上原:そんなにあのおにぎりが食べたかったの?
高宮:そうだよ。決まってるだろ。
上原:そんなに私と結婚したかったの?
高宮:そうじゃねぇよ。なんでそうなるんだよ。
上原:だって同じことでしょ?
高宮:そこはイコールじゃねぇ!
上原:ひどい。高宮のために何日も徹夜して作ったのに。
高宮:俺のために作るならもっとマシなものを作ってくれ。(咳き込む)げほっ、げほっ!
上原:大丈夫?
高宮:すまん。水をくれないか。
上原:ちょっと待ってて。
高宮:なんか気持ち悪い。一応聞くけど実験で使ったラットは死んでないよな?
上原:みんなピンピンしてるわ。毒性はコーヒー一杯のカフェイン以下よ。
高宮:ちなみにお前はこれを食べたの?
上原:そんな不味いもの食べられるわけないじゃない。
高宮:そうだよな。お前にもプラセボ効果は働かないってことだもんな。お前、本当に俺のこと好きなのか?
上原:怒ってる高宮も苦しんでる高宮もステキよ。
高宮:嬉しいけどムカつく。
上原:はい、お水。
高宮:ありがと。(水を飲む)んぐ……んぐ……。うまーーーーーい!
高宮:な、なんだこの水!
高宮:こんな美味い水を飲んだのは生まれて初めてだ!
上原:それは私が作った究極に近い美味しい水よ。
高宮:……え?
高宮:これがあればあのタレ、いらなくない?
上原:それは究極のタレを作る時の目指すべき方向性として最初に作った、プラセボ効果は関係のない科学的根拠に基づいた美味しいだけのただの水よ。究極には3歩足りないわ。
高宮:これでいいんだよ。
上原:だってただの水よ。そんなの料理でもなんでもないでしょ。
高宮:料理に水を使うだろ。この水を使えばなんでも美味しくなるんじゃないのか?
上原:そんなことしても所詮はただの水よ。究極の美味しさには辿りつかない。
高宮:あのタレだって、おにぎりに塗ってあるだろ。
上原:焼きおにぎりはタレが主役でしょ。
高宮:主役は米だ。
高宮:試しにこの水で米を炊いて普通におにぎり作ってくれよ。
上原:あるわよ。
高宮:あるのかよ。それを先に出せ!
上原:だって、普通のおにぎりよ。高宮はそれでいいの?
高宮:いいから早く持って来い!
上原:ちょっと待って。今、強引な高宮にキュンときた。
高宮:そういうのいいから早く!
上原:どうぞ。美味しい水で炊いて、軽く塩で味付けしたおにぎりよ。
高宮:(食べて)うまーーーい!
高宮:これだよ。俺はこれが食いたかったんだ。
高宮:嬉しくて涙出てきた。
高宮:あー、胃袋掴まれたー!
上原:納得いかない。
高宮:胃袋鷲掴みされたー!
上原:私はただの水で高宮の胃袋を掴みたくなんてなかった。
高宮:上原、好きだ。結婚してくれ。
上原:……ごめん。ちょっと考えさせて。
高宮:なんでだよー!
:
0:おしまい。
:
0:続編「究極に美味しくて光るケーキ」に続く。
上原:さ、入って入って。
高宮:おじゃましまーす。
上原:ほら、遠慮しないで。
高宮:お、意外に片づいてる。
上原:失礼ね。研究所の私の机はいつもキレイでしょ。あなたと違って。
高宮:片づいてないように見えるだろ。あれはあれでいいんだよ。俺にはどこに何があるかわかってるんだから。
上原:この前、探し物してて書類が雪崩(なだれ)起こしてた人がよく言うわ。そこ座ってて。
高宮:はーい。何か手伝う?
上原:お客さんなんだから気を使わないで。
高宮:本棚を見れば持ち主の人柄がわかるって言うけど……。
上原:勝手に物色しないで。
高宮:まあ、予想通り専門書ばっかりだな。娯楽小説とか漫画とか置いてないの?
上原:私が漫画読んでるの見たことある?
高宮:ない。聞いた俺が悪かった。
上原:わかればよろしい。
高宮:で、俺は料理してる上原をここから見てればいいの?
上原:料理はもう出来てるの。(冷蔵庫から皿を取り出しレンジに入れながら)冷蔵庫に入れてあるのを温めるだけだから、すぐ出来るわよ。ポチッとな。
高宮:そうなの? 珍しいものが見られるかと期待してたのに。
上原:見たかったの? 私が料理してるとこ?
高宮:想像つかないから。試験管とかスポイトとか使ってそう。
上原:そ、そんなわけないじゃない。あはははは。
高宮:なんだよ、その乾いた笑い。
上原:なんでもないわよ。
高宮:やっぱりちょっと怖いな。上原が料理をご馳走したいって言うからホイホイついてきたけど、これ、あれだろ? 試食と言う名の実験台ってやつだろ?
上原:食べても死なないから大丈夫。
高宮:それ、腹を壊すことは確定してないか。
0:チーン
上原:あ、出来た。
高宮:うわ、くっせえ! なんだこの匂い!
上原:これは特製のタレの匂いよ。
高宮:タレ? 上原のオリジナル?
上原:そう。
高宮:……正直に言っていい?
上原:どうぞ。
高宮:食欲を刺激されない。
上原:わかる。
高宮:もう帰りたい。
上原:帰すわけないでしょ。はい、お待たせしました。
高宮:うおおお、くっせええ! なにこれ⁉
上原:見ればわかるでしょ。焼きおにぎりよ。
高宮:鉛(なまり)色した焼きおにぎりって初めて見た。これはヤバい。人間が食べる匂いじゃない。
上原:臭いものにも美味しいものはいろいろあるでしょ。くさやとか納豆とか。
高宮:いやいや。これはそういうレベルを超えてるよ。もはや食べ物の匂いじゃない。なんていうか、腐ったドブの匂いと猫のオシッコの匂いと親父が使ってた整髪料の匂いを足して3を掛けたみたいな。
上原:食わず嫌いはよくないわ。
高宮:食わなくてもわかるよ。こんなもんが美味しいわけないだろ。
上原:文句は食べてから言いなさい。
高宮:これを食うの? 俺が⁉
上原:食べなさい。世界が変わるから。
高宮:ホントに美味いのか?
上原:美味しい。世界一美味しい。絶対に美味しい。
高宮:……絶対に?
上原:絶対に。「絶対」って言葉、私が大嫌いなこと知ってるでしょ?
高宮:「物事に絶対なんて絶対にない」。上原の口癖だよな。
上原:その私が絶対に美味しいって言ってるの。
高宮:それだけ自信があるってことか。
上原:そうよ。
高宮:わかった。食べるよ。
上原:どうぞ、召し上がれ。
高宮:ぐわあ、やっぱりくせぇ!
高宮:鼻つまんでいいか?
上原:どうぞ。
高宮:上原はこの匂い平気なの?
上原:もう慣れた。
高宮:嗅覚が麻痺してるんじゃないか?
上原:いいから、早く食べなさい。
高宮:わかってるよ。(食べる)……あむっ。(最初は不味い反応。吐き出しそうになるが、だんだん美味しくなってくる)……な、なんだこれ。(無心で食べまくって、やがて食べ終わる)……あれ、もうない。
上原:すごい食べっぷりだったよ。
高宮:おかわり。おかわり。おかわりをくれ。早くおかわりを出してくれ!
上原:高宮、落ち着いて。どうどうどうどう。
高宮:あ、ああああ、ごめん。なんだこのおにぎり。こんなに美味い焼きおにぎりを食べたのは生まれて初めてだ。いや、今までに食べたどんな料理も、この焼きおにぎりにはかなわない。
上原:ありがと。
高宮:上原の言うとおりだ。世界が変わったよ。
上原:おかわり欲しいの?
高宮:欲しい。早く出してくれ。頼む。一生のお願いだ。
上原:じゃあ、おかわりを出す代わりに、私のお願いをきいてくれる?
高宮:きくよ。なんでもきく。
上原:私と結婚して。
高宮:わかった。結婚する。
高宮:……え?
高宮:ええええ⁉
高宮:け、結婚⁉
上原:うん。
高宮:俺と、上原が⁉
上原:うん。
高宮:ええええ、ちょっと待って。上原、お前、俺のこと好きなの?
上原:私が結婚するなら高宮しかいないって思ってる。
高宮:し、知らなかった。まさか上原が俺のこと、そんな風に思ってくれていたなんて。
上原:結婚したら、この焼きおにぎり、毎日作ってあげるね。
高宮:待って待って。これを毎日食べられるって、こんな幸せなことないんだけど、いきなり結婚は早くないか。
上原:愛に時間は関係ないわ。
高宮:うわ、上原から愛なんて非科学的な台詞が出てくるとは思わなかった。そうかもしれないけど、なんで俺?
上原:私が気軽に話せる男って高宮しかいない。それに気軽に話せる女友達なんていないから、私の人間関係って、ほぼ高宮だけなのよ。高宮だってそうでしょ?
高宮:俺?
上原:高宮が気軽に話せる女って私しかいないよね?
高宮:そんなことないよ。
上原:すぐバレる嘘つかないで。
高宮:いないよ。いないけど、俺はお前と違って友達いるからな。
上原:佐山でしょ。知ってる。一人だけじゃない。
高宮:親友だよ。
上原:親友⁉ 気持ち悪い。類が友を呼んだだけでしょ。あなたたち、そういう関係?
高宮:そういう関係って?
上原:アダルトな関係。
高宮:そ、そんなわけないだろ!
上原:激しく否定するところが怪しい。
高宮:佐山のことはどうでもいいだろ。それに、上原も佐山とよく話してるよな?
上原:高宮がいる時だけよ。2人だけで話したことはほとんどないわ。
高宮:そう言えばそうか。
上原:高宮と佐山がそういう関係じゃないなら、高宮が結婚しようと思ったら相手は私しかいないよね?
高宮:……上原は結婚がしたいの?
上原:そうよ。
高宮:相手は俺じゃなくても、例えば佐山でもいいんじゃないの?
上原:高宮しかいないって言ってるでしょ。
高宮:俺のこと好きってわけじゃないだろ?
上原:……好きよ。
高宮:信じられないよ。今までそんなそぶり一度も見せなかったじゃないか。
上原:あのね。自分で言うのもなんだけど、今まで恋愛になんの興味も持たなかった人間が、いざ興味を持った時に想像する相手って、その時に一番近い人間だと思うのよ。私にとっては高宮で、それ以外の選択肢はないわけ。わかる?
高宮:えーっと。研究一筋のお前が恋愛に興味を?
上原:そうよ。
高宮:何がきっかけでそうなった?
上原:半月ほど前に姉の結婚式があったのよ。
高宮:その時のお姉さんが幸せそうだったとか?
上原:そう。私以上に真面目で変人だと思ってた姉が結婚するって聞いただけでも驚きだったのに、まさかあんなにバカみたいに幸せ垂れ流しな笑顔を見せるなんて思ってもみなかった。
高宮:だから結婚に興味を持った。
上原:そうよ。
高宮:そして結婚相手として想像した相手が俺だった。
上原:そうよ。色々想像したわ。
高宮:なにを?
上原:想像の中の高宮は、とっても男らしかった。
高宮:どんな想像したんだよ⁉
上原:私の乏しい知識で考えられる全てのことよ。
高宮:うわ、想像の中の俺はお前に何をしたんだ。
上原:それで高宮を落とすにはどうすればいいか考えた。
高宮:まさか攻略対象になっていたとは驚きだ。
上原:男を落とすには男の胃袋を掴むのが一番だって姉が言っていたの。
高宮:あ、だから今日、俺にご馳走するって言ったのか。やっと腑(ふ)に落ちた。
上原:高宮を落とすために、私は究極に美味しいと人間が感じる食べ物を科学的にアプローチした。
高宮:そこで普通に美味しい料理を作ろうって思わないところが上原だよな。
上原:実験に実験を重ねてやっと完成したのが、この焼きおにぎりなのよ。
高宮:教えてくれないか。俺はいったい何を食ったんだ?
上原:だから、絶対に美味しい焼きおにぎりよ。
高宮:だから何をどうすれば、あんなに臭くて超絶美味しい焼きおにぎりが出来あがるんだよ。
上原:教えない。(可愛く)だって教えたら、せっかく掴んだ胃袋を離すことになるんだもん♪
高宮:くっ……!
上原:って、上目使いで可愛く言えば男なんて簡単よって姉が言ってた。
高宮:確かに今の「なるんだもん」は破壊力があった。
上原:(可愛く)『おいしくなぁれ。おいしくなぁれ。萌え萌えキューン』ってやったら美味しくなったのよ。
高宮:嘘つけ! 科学を真っ向から否定するようなことをお前が言うな! そしてそれもお姉さんに教わったのか!
上原:今の萌えたでしょ?
高宮:確かに萌えた。萌えつきた。いつも真面目な上原がやるからなおさらだ。これが『ギャップ萌え』と言うやつか。
上原:私と結婚したくなった?
高宮:ちょっとだけな。それよりもまず、おにぎりの説明をしてくれ。あのおにぎりは今までの料理の概念を覆す代物(しろもの)だ。このおにぎりを境に新たな料理の歴史が幕を開ける。上原は歴史に名を残す天才だ。
上原:そ、それほどでもないわよ。
高宮:頼む。非才で無学な俺に、このおにぎりの秘密を教えてくれ。
上原:大好きな高宮にそこまで頼まれちゃ仕方ないわね。
高宮:ちょろいな。
上原:何か言った?
高宮:なんにも言ってません。
上原:まあいいわ。高宮はプラセボ効果については詳しい?
高宮:そこまで詳しくはないが。偽薬を投与したにも関わらず、免疫力が向上したり、症状が回復したりする現象のことだな。
上原:そう。全ては脳が錯覚することから始まるの。ブルーベリーが目にいいとか、ウコンが二日酔いに効くとか、グルコサミンが関節痛に効くとか、うなぎパイで精力がつくとか、全てはプラセボ効果。人体に好影響を与える科学的根拠は何もない。
高宮:それで?
上原:おかしいと思わない? 人間はそれほど馬鹿じゃないわ。ではなぜ効果があると思ってしまうのか。
高宮:……?
上原:実際に効果があるからよ。
高宮:なんだって?
上原:独自の研究の結果、プラセボ効果で騙されているのは人間だけじゃなかったの。なんと、食べ物のほうも騙されていた。ブルーベリーは自分は目にいいと錯覚している。ウコンは自分を肝臓にいいと錯覚している。このプラセボの相乗効果が科学的根拠を覆して奇跡を起こしているのよ。
高宮:ちょっと何言ってるかわかんない。
上原:そのことを発見した私は、『美味しい』と錯覚しているタレを作り上げた。このタレは自分を世界一美味しいタレだと思い込んでいる。だから、食べる前からこのタレを美味しいと思い込んでいる人は、相乗効果で極上の美味しさを感じられるのよ。
高宮:待て待て。結論までが早足すぎる。いったいどうやったらタレに『美味しい』と錯覚させられるんだ。
上原:そこは私も苦労したわ。何度も失敗を繰り返して、ようやく成功した方法はね……。
高宮:その方法は?
上原:応援よ。
高宮:……応援?
上原:その筋で有名なシューゾーっていう応援のプロがいてね、その人にお願いしたの。『タレ、君は美味い。最高だ。味付けの革命だ。君は料理の富士山だー!』って一日中応援してもらった。
高宮:なにそのシュールな光景。
上原:24時間ノンストップで応援してもらって、ようやくこのタレが完成したの。
高宮:シューゾーもよくそんな仕事、引き受けてくれたな。
上原:ギャラははずんだわ。
高宮:しかし、俄(にわ)かには信じられない。
上原:開花前の植物に優しく話しかけると綺麗な花を咲かせるとか、筋トレする時に負荷をかける筋肉を褒めると、筋肉が喜んで筋トレの効果が上がる、なんて話もあるでしょ?
高宮:ああ。非科学的に思えるけど、そう言われてしまうと、まだ科学で解明されていないだけなのかもしれない。つまり俺はあのおにぎりを美味しいと錯覚させられたのか。
上原:私の「絶対に美味しい」という言葉を信じてくれたからこそ、あなたは錯覚してくれたのよ。
高宮:なるほど。でも疑問が残る。
上原:なに?
高宮:あの強烈なくっさい匂いはなんだ?
高宮:あの匂いは必要だったのか?
上原:ああ、そこ気になっちゃった?
高宮:錯覚させるだけなら、臭くする理由はないだろ?
上原:実は高宮に食べてもらう前にラットで喫食(きっしょく)実験を行ったのよ。
高宮:そんなことまでしてたのか⁉
上原:シューゾーのおかげで人間が感じる美味しさの極みには到達出来た。でも、このタレのポテンシャルを知るには土台になるタレの味を落とすしかなかった。美味しいから普通。普通から美味しくない。不味い。かなり不味い。超不味い。超絶不味い。ここまでやってるのに、ラットは常に完食。喫食状況に変化はなかった。このタレが秘めた力は底が知れないわ。
高宮:そんなことをする理由がどこにある!
上原:何を言ってるの。限界値を知ろうとしないなんて科学者失格よ。
高宮:つまり超絶に不味いものを俺に食わせたということか。
上原:そうよ。あんな不味いものよく食べられたわね。
高宮:ふざけんな! まだ喉のあたりからくっさい匂いが漂ってるわ。
上原:ごめん。臭いから近寄らないで。できれば呼吸も止めてくれない?
高宮:やっぱり俺は実験台だったのか。
上原:美味しかったんならよかったでしょ。
高宮:確かに美味かった。何度でも食べたいよ。
上原:私と結婚したらあれを毎日食べられるのよ?
高宮:なにその幸せな毎日⁉
上原:おかわり温めてあげるね。
高宮:ああああ、ありがとう! 食いたい。本当は不味いってわかっててもあの美味しさに抗(あらが)うことが出来ない。
0:チーン
上原:はい、できたわよ。
高宮:うわ、やっぱりくせぇ! 超くせぇ!
高宮:でも体があの味を欲している。本能が叫んでいる。よだれが止まらない。早く俺にそれを食べさせてくれ。
上原:はいはい。食べたら結婚だからね。
高宮:いただきます。
高宮:(食べる)ぶほっ! まっず!
高宮:(吐き出す)うえええええええ!
上原:え? あれ?
高宮:臭いうえに不味い。なんじゃこりゃあああ!
上原:あ、そうか。そういうことか。
高宮:どういうことだ。さっきと同じおにぎりじゃないのか?
上原:同じおにぎりよ。でもあなたはこのおにぎりの秘密を知ってしまった。だからプラセボ効果が働かなかったのよ。
高宮:ぬああああ、そういうことかあああ!
上原:だ、大丈夫?
高宮:なんで……。なんで俺にプラセボ効果のことを話したんだ!
上原:あなたが聞きたいって言ったんじゃない。
高宮:(悔し泣き)そうか……。俺はなんでおにぎりの秘密を聞いてしまったんだ。
上原:え、泣くほど悲しいの?
高宮:お前にこの意味がわかるか。おにぎりの秘密を知ってしまった俺はもう二度と、永久にあの味を感じられなくなってしまったんだぞ。
上原:そんなにあのおにぎりが食べたかったの?
高宮:そうだよ。決まってるだろ。
上原:そんなに私と結婚したかったの?
高宮:そうじゃねぇよ。なんでそうなるんだよ。
上原:だって同じことでしょ?
高宮:そこはイコールじゃねぇ!
上原:ひどい。高宮のために何日も徹夜して作ったのに。
高宮:俺のために作るならもっとマシなものを作ってくれ。(咳き込む)げほっ、げほっ!
上原:大丈夫?
高宮:すまん。水をくれないか。
上原:ちょっと待ってて。
高宮:なんか気持ち悪い。一応聞くけど実験で使ったラットは死んでないよな?
上原:みんなピンピンしてるわ。毒性はコーヒー一杯のカフェイン以下よ。
高宮:ちなみにお前はこれを食べたの?
上原:そんな不味いもの食べられるわけないじゃない。
高宮:そうだよな。お前にもプラセボ効果は働かないってことだもんな。お前、本当に俺のこと好きなのか?
上原:怒ってる高宮も苦しんでる高宮もステキよ。
高宮:嬉しいけどムカつく。
上原:はい、お水。
高宮:ありがと。(水を飲む)んぐ……んぐ……。うまーーーーーい!
高宮:な、なんだこの水!
高宮:こんな美味い水を飲んだのは生まれて初めてだ!
上原:それは私が作った究極に近い美味しい水よ。
高宮:……え?
高宮:これがあればあのタレ、いらなくない?
上原:それは究極のタレを作る時の目指すべき方向性として最初に作った、プラセボ効果は関係のない科学的根拠に基づいた美味しいだけのただの水よ。究極には3歩足りないわ。
高宮:これでいいんだよ。
上原:だってただの水よ。そんなの料理でもなんでもないでしょ。
高宮:料理に水を使うだろ。この水を使えばなんでも美味しくなるんじゃないのか?
上原:そんなことしても所詮はただの水よ。究極の美味しさには辿りつかない。
高宮:あのタレだって、おにぎりに塗ってあるだろ。
上原:焼きおにぎりはタレが主役でしょ。
高宮:主役は米だ。
高宮:試しにこの水で米を炊いて普通におにぎり作ってくれよ。
上原:あるわよ。
高宮:あるのかよ。それを先に出せ!
上原:だって、普通のおにぎりよ。高宮はそれでいいの?
高宮:いいから早く持って来い!
上原:ちょっと待って。今、強引な高宮にキュンときた。
高宮:そういうのいいから早く!
上原:どうぞ。美味しい水で炊いて、軽く塩で味付けしたおにぎりよ。
高宮:(食べて)うまーーーい!
高宮:これだよ。俺はこれが食いたかったんだ。
高宮:嬉しくて涙出てきた。
高宮:あー、胃袋掴まれたー!
上原:納得いかない。
高宮:胃袋鷲掴みされたー!
上原:私はただの水で高宮の胃袋を掴みたくなんてなかった。
高宮:上原、好きだ。結婚してくれ。
上原:……ごめん。ちょっと考えさせて。
高宮:なんでだよー!
:
0:おしまい。
:
0:続編「究極に美味しくて光るケーキ」に続く。