台本概要
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タイトル | 九十九堂の日常其ノ二~海神の祠~ |
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作者名 | 幸重 (@yukie80508241) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(男3、女2) ※兼役あり |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
九十九神(つくもがみ)を顕現する力を持つ千早。そんな彼が営む古道具屋九十九堂(つくもどう)には鳴時から様々な厄介事が持ち込まれて…? 今回の依頼は荒れた海を鎮めてほしい!? 店主の千早、依頼人の鳴時、風鈴の九十九神の鈴麗の三人でいざ、海辺の村へ。 九十九堂の日常シリーズの二話目になります。 この台本単体でお使いいただいて問題ありません。一話目を見ていなくても問題はないかと思われます。 演者様の性別不問です。 126 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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千早 | 男 | 40 | ちはや。九十九堂(つくもどう)の店主。九十九神(つくもがみ)を顕現させ言葉を交わすことができる力を持つ。 |
鳴時 | 男 | 33 | なるとき。九十九堂の常連(?)。よく事件を持ち込むため少々千早から煙たがられている。 |
鈴麗 | 女 | 24 | りんれい。風鈴の九十九神。九十九堂の中でも古株で千早と仲が良い。 |
漣 | 男 | 41 | さざなみ。海辺の祠に祀られた海神(わだつみ)。昔生贄として捧げられた千代(ちよ)を愛していた。 |
灯 | 女 | 38 | あかり。昔生贄として捧げられた千代の姪。次なる生贄候補。八千代と兼役。 |
八千代 | 女 | 8 | やちよ。千代の形見の櫛から顕現した九十九神。灯と兼役。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:*九十九堂《つくもどう》の*日常《にちじょう》*其ノ二《そのに》【*海神《わだつみ》の*祠《ほこら》】
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0:登場人物紹介
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千早:ちはや。*九十九堂《つくもどう》の店主。*九十九神《つくもがみ》を*顕現《けんげん》させ言葉を*交《か》わすことができる力を持つ。
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鳴時:なるとき。*九十九堂《つくもどう》の常連(?)。よく事件を持ち込むため少々*千早《ちはや》から煙たがられている。
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鈴麗:りんれい。風鈴の*九十九神《つくもがみ》。*九十九堂《つくもどう》の中でも古株で*千早《ちはや》と仲が良い。
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漣:さざなみ。海辺の祠に祀られた*海神《わだつみ》。昔生贄として捧げられた*千代《ちよ》を愛していた。
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灯:あかり。昔生贄として捧げられた千代の姪。次なる生贄候補。*八千代《やちよ》と兼役。
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八千代:やちよ。千代の形見の*櫛《くし》から*顕現《けんげん》した*九十九神《つくもがみ》。*灯《あかり》と兼役。
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0:ここから本編です。
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鳴時:うむ、ようやく*着《つ》いたようであるな。
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千早:*何故《なにゆえ》*鳴時《なるとき》の*言葉《ことば》に*頷《うなず》いてしまったのであろうか…。
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鈴麗:*今更《いまさら》*言《い》うても*詮《せん》*無《な》きことよ。して、*件《くだん》の*祠《ほこら》とやらは*何処《どこ》にあるのじゃ?
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鳴時:ああ、*村《むら》の*者《もの》が*案内《あんない》をしてくれるという*話《はなし》でな。
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鈴麗:*何《なに》やらこちらに*向《む》けて*手《て》を*振《ふ》っている*者《もの》がおるが、あの*者《もの》がそうかの?
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灯:こんにちは、ようこそいらしてくださいましたえ。*私《わたくし》が*案内《あんない》のお*役目《やくめ》を*頂戴《ちょうだい》いたしました*灯《あかり》と*申《もう》します。
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千早:なんとまあ、*若《わか》い*娘《むすめ》さんではあらんか。
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灯:*私《わたくし》が*一番《いちばん》*適任《てきにん》なのです。*次《つぎ》の*生贄《いけにえ》*候補《こうほ》ゆえ(明るく)。
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千早:*生贄《いけにえ》、とな…
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灯:ええ。ある*程度《ていど》のお*話《はなし》は*耳《みみ》にされておりましょうが、*道中《どうちゅう》*改《あらた》めて*説明《せつめい》させていただきたく*存《ぞん》じます。
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鳴時:ああ、*頼《たの》む。
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灯:*私《わたくし》どもの*村《むら》は、*畑《はたけ》で*野菜《やさい》も*作《つく》ってはおりますが、*主《おも》には*海《うみ》へ*漁《りょう》に*出《で》て*生計《せいけい》を*立《た》てておるのです。
灯:しかし*最近《さいきん》ではすっかりと*海《うみ》が*荒《あ》れてしまい、*漁《りょう》に*出《で》ることもままなりません。
灯:このままでは*皆《みな》*餓《う》えていってしまうことでしょう。
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千早:…それが*海神《わだつみ》のせいであると?
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灯:*私共《わたくしども》の*村《むら》では*海辺《うみべ》だということもあり、*古《ふる》くより*海神様《わだつみさま》を*祀《まつ》っております。
灯:*供物《くもつ》を*捧《ささ》げていることもあってか、*海《うみ》は*穏《おだ》やかであり、*魚《さかな》も*豊《ゆた》かに*獲《と》れておりました。
灯:しかし7*年《ねん》*程《ほど》*前《まえ》から*徐々《じょじょ》に*海《うみ》は*荒《あ》れ*始《はじ》め…
今《いま》に*至《いた》るというわけです。
:
千早:*先《さき》に*聞《き》いておきたいことがある。
千早:*求《もと》める*結果《けっか》は*何《なん》だ?*海《うみ》が*穏《おだ》やかになることか?それとも*生贄《いけにえ》を*捧《ささ》げずに*済《す》むことか?
千早:そもそも*生贄《いけにえ》は*昔《むかし》からの*習慣《しゅうかん》か?
:
灯:*海神《わだつみ》*様《さま》…*漣《さざなみ》*様《さま》とおっしゃられるのですが、*村《むら》で*収穫《しゅうかく》した*野菜《やさい》や*獲《と》れた*魚《さかな》などを*料理《りょうり》し、*供物《くもつ》として*捧《ささ》げておりました。
灯:しかし、10*年《ねん》*前《まえ》、*漣《さざなみ》*様《さま》よりあるお*言葉《ことば》が*齎《もたら》されました。
灯:*共《とも》に*過《す》ごす*者《もの》がほしい、と。
灯:*結果《けっか》として、とある*娘《むすめ》が*捧《ささ》げられることとなりました。
灯:*娘《むすめ》は*漣《さざなみ》*様《さま》と*心《こころ》を*通《か》わし、*穏《おだ》やかな*時《とき》が*流《なが》れます。
灯:…ですが、それからわずか2*年《ねん》。*娘《むすめ》は*体《からだ》の*様子《ようす》が*優《すぐ》れず、*一度《いちど》*村《むら》へと*戻《もど》ることとなりました。
灯:そして…そのまま*一月《ひとつき》もしないうちに*亡《な》くなってしまったのです。
:
鳴時:それから*海《うみ》が*荒《あ》れ*始《はじ》めた、と?
:
灯:はい、*徐々《じょじょ》に、ですが。*代《か》わりの*娘《むすめ》を*生贄《いけにえ》として*捧《ささ》げようとしても*漣《さざなみ》*様《さま》に*会《あ》うことすら*叶《かな》わず*帰《かえ》されてしまいまして。
:
鈴麗:ほぉう?その*娘《むすめ》の*代《か》わりにはならぬということかのぅ。されど*海《うみ》が*荒《あ》れるばかりでは*村人《むらびと》は*困《こま》る、と。
鈴麗:なんとも*救《すく》いのない*話《はなし》じゃの。
:
千早:そうさな。…さぁて、あれが*件《くだん》の*祠《ほこら》かいな?
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灯:はい。*途中《とちゅう》までは*入《はい》ることが*出来《でき》るはずです。*行《い》きましょう。
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鳴時:*洞窟《どうくつ》になっておるのだな。*明《あか》りを*用意《ようい》せねば。
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灯:なくとも*問題《もんだい》ありません。*煌々《こうこう》と、とまではいきませんが、*困《こま》らないくらいには*明《あか》るいので。
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鳴時:*常《つね》に*明《あか》りを*置《お》いておるのか。
:
灯:ええと…*入《はい》ればわかります。
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鈴麗:ふむ。*興味深《きょうみぶか》いことじゃな。*疾《と》く*行《い》こうぞ。
:
千早:…これは、*壁《かべ》が、*光《ひか》っている…?
:
鳴時:これは…*苔《こけ》、か。かようなものがあろうとは。
:
灯:*壁《かべ》から*剥《は》がすと*光《ひか》らなくなってしまうのです。*漣《さざなみ》*様《さま》の*祠《ほこら》ならではのご*利益《りやく》なのでありましょう。
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漣:…*誰《だれ》ぞ。
:
灯:!この*声《こえ》は、もしや。
:
漣:*生贄《いけにえ》などいらぬ。*供物《くもつ》もいらぬ。*帰《かえ》るがよい。
:
灯:*漣《さざなみ》*様《さま》!*話《はなし》を*聞《き》いてくださいまし!
:
漣:…*何故《なにゆえ》、その*名《な》を*知《し》っておる。
:
灯:え?*漣《さざなみ》*様《さま》は*漣《さざなみ》*様《さま》でございましょう?
:
漣:いかにも*我《わ》が*名《な》は*漣《さざなみ》である。しかし、その*名《な》を*知《し》る*者《もの》はもういない*筈《はず》。
漣:それとも、*千代《ちよ》はまだ*生《い》きておるのか?*我《われ》に*嘘《うそ》をついておったのか?
漣:それならばそれで*構《かま》わぬ!*千代《ちよ》を*連《つ》れてくるがよい!
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灯:…*千代《ちよ》ねぇさまは*亡《な》くなりました。もう8*年《ねん》も*前《まえ》のことです。
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漣:ならば*何故《なにゆえ》*我《わ》が*名《な》を*知《し》っておる。
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灯:*千代《ちよ》ねぇさまが*教《おし》えてくださいました。
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漣:…*千代《ちよ》はもう*死《し》んだと*言《い》ったではないか。
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灯:はい。*亡《な》くなる*前《まえ》に*教《おし》えてくださいました。*千代《ちよ》ねぇさまを*看取《みと》ったのは、*私《わたし》だから。
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漣:…*話《はなし》を*聞《き》こう。そのまま*進《すす》むがよい。
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鈴麗:*話《はなし》を*聞《き》いてくれるようじゃな。よかったではないか。
鈴麗:*解決《かいけつ》の*糸口《いとぐち》が*見《み》つかるやもしれぬぞ?
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千早:そう*上手《うま》く*事《こと》が*運《はこ》ぶものかな。
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鳴時:*千早《ちはや》は*悲観的《ひかんてき》であるな。
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千早:*村人《むらびと》たちが7*年間《ねんかん》も*手《て》をこまねいていたような*事案《じあん》であるぞ?*何故《なにゆえ》さように*気軽《きがる》に*構《かま》えることが*出来《でき》ようか。
千早:*話《はなし》を*聞《き》くとは*言《い》っても…
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灯:*話《はなし》を*聞《き》いてくださるだけでも*大《おお》きな*進歩《しんぽ》です!*今《いま》までは*帰《かえ》れ、いらぬ、というようなお*言葉《ことば》しかいただけなかったのですから。
:
千早:…そうであるか。
:
灯:はい!*行《い》きましょう!
:
漣:*来《き》たか。…そこな*娘《むすめ》だけでよかったのだが、まあよかろう。
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鳴時:まあまあそう*言《い》わないでおくれよ。*何《なに》も*娘《むすめ》しかここに*来《き》てはならぬというわけでもなかろう?
鳴時:それに*貴方《あなた》はその*千代《ちよ》とかいう*娘《むすめ》のことになると*心《こころ》*穏《おだ》やかではおられぬようである。*間《あいだ》に*立《た》つものが*必要《ひつよう》となるやもしれぬ。
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漣:…*千代《ちよ》の*話《はなし》が*聞《き》けるならそれでよい。さあ、*娘《むすめ》、*話《はな》すがよい。
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灯:*千代《ちよ》ねぇさまが*村《むら》に*戻《もど》ってきた*時《とき》にはもう*既《すで》にすっかり*体《からだ》が*弱《よわ》ってしまっておりました。
灯:そのまま*床《とこ》に*伏《ふ》し、*一月程《ひとつきほど》で*息《いき》を*引《ひ》き*取《と》りました…。
:
漣:…そうか。
:
灯:*千代《ちよ》ねぇさまはずっと、*漣《さざなみ》*様《さま》に*会《あ》いたがっておりました。しかし、*動《うご》くこともままならぬ*故《ゆえ》、*会《あ》いに*行《い》くことも*叶《かな》わず、そのまま…。
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漣:…*千代《ちよ》。
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灯:*漣《さざなみ》*様《さま》。お*願《ねが》いでございます。*海《うみ》を…*以前《いぜん》の*穏《おだ》やかな*海《うみ》へと、*戻《もど》していただきたいのです!
灯:このままでは*村《むら》の*皆《みな》、*餓《う》えてしまいます!
灯:どうか、どうかお*願《ねが》いいたします…!
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漣:…*千代《ちよ》がいなくなってからというもの、*心穏《こころおだ》やかではおれぬのだ。
漣:*好《この》んで*海《うみ》を*荒《あ》らしているわけではない。だが、*我《わ》が*嘆《なげ》きを、*悲《かな》しみを*海《うみ》が*拾《ひろ》ってしまうのであろう。
漣:*我《われ》にもどうすることもできぬ。
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灯:ならばせめて*私《わたくし》を*傍《そば》に*置《お》いてくださいませ!
:
漣:ならぬ!
:
灯:*何故《なぜ》ですか!*漣《さざなみ》*様《さま》の*御心《みこころ》をお*慰《なぐさ》めしとうございます!
灯:*千代《ちよ》ねぇさまの*代《か》わりには*到底《とうてい》*及《およ》ばなくはありましょうが、*他《ほか》の*娘《むすめ》よりは*千代《ちよ》ねぇさまに*似《に》ているはずです!
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漣:…*他《ほか》の*娘《むすめ》は*見《み》てはおらぬが、*確《たし》かにそなたは*千代《ちよ》の*面影《おもかげ》があるな。
:
灯:では!
:
漣:ならぬ!…どうせそなたもいなくなってしまうであろう。
:
灯:*千代《ちよ》ねぇさまは*不幸《ふこう》にも*若《わか》くして*亡《な》くなってしまいましたが*私《わたし》は!
:
千早:ちょいとよろしいだろうか。
:
鳴時:おいおい*千早《ちはや》。*今《いま》、*話《はなし》に*水《みず》を*差《さ》すのは*野暮《やぼ》というものではないかい?
:
鈴麗:そうじゃの。*千早《ちはや》はそのうち*馬《うま》にでも*蹴《け》られるのではないかえ。
:
千早:いやしかし*今《いま》*言《い》っておいた*方《ほう》がよさそうでな。
千早:*千代《ちよ》という*娘《むすめ》さんが*亡《な》くなったのは、*偶然《ぐうぜん》ではないやもしれぬ*故《ゆえ》。
:
漣:…*詳《くわ》しく*申《もう》せ。
:
千早:…ここは、お*天道様《てんとうさま》も*届《とど》かぬ*洞窟《どうくつ》の*中《なか》。こうして*立《た》って*歩《ある》く*程度《ていど》の*広《ひろ》さはあれど、*人《ひと》が*暮《く》らすには*向《む》かなかろうて。
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鳴時:*千代《ちよ》*殿《どの》がたまたま*病《やまい》にかかったのではなく、*必然《ひつぜん》であったと?
:
千早:おそらくは。
:
鈴麗:ほぅ。では*次《つぎ》の*娘《むすめ》を*傍《そば》に*置《お》いたとしても*同《おな》じように*体《からだ》を*壊《こわ》してしまうやもしれぬ、ということなのじゃな?
:
千早:そういうことだ。
:
漣:ならばなおのこと。*千代《ちよ》を*失《うしな》っただけでもかように*苦《くる》しいのだ。*娘《むすめ》、そなたと*親《した》しくなったとしても、だ。またそなたを*失《うしな》えば*同《おな》じことの*繰《く》り*返《かえ》しぞ。
漣:そもそも*親《した》しき*者《もの》を*失《うしな》う*苦《くる》しみをまた*味《あじ》わいたいとは*思《おも》わぬ。その*者《もの》の*話《はなし》が*間違《まちが》っていたとしてもそもそも*人《ひと》とは*簡単《かんたん》に*死《し》んでしまうもの。
漣:*故《ゆえ》にいらぬ。
漣:*時《とき》がいつか*我《わ》が*悲《かな》しみを*濯《そそ》いでくれようぞ。それまで*気長《きなが》に*待《ま》つがよい。
漣:*話《はなし》は*終《お》わりだ。*帰《かえ》れ。
:
灯:そんな…!
:
漣:しかし*千代《ちよ》よ…*我《われ》がそなたを*死《し》へと*導《みちび》いてしまったのだな。…すまぬ。
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灯:!*千代《ちよ》ねぇはそんな*風《ふう》に*思《おも》ってなかった!*千代《ちよ》ねぇは、*千代《ちよ》ねぇは…*最期《さいご》まで*漣《さざなみ》*様《さま》のこと…!っもう、*知《し》らない!!(祠の外へと走っていく)
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鳴時:*灯《あかり》*殿《どの》!
:
千早:…*不味《まず》いな。
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鈴麗:ああ、*早《はや》く*追《お》いかけた*方《ほう》がよかろう。
:
千早:ああ、もうすぐ*満潮《まんちょう》になる*刻《こく》であるしの。
:
鈴麗:…?どういうことじゃ?
:
鳴時:そうか!ここは*海辺《うみべ》にある。*下手《へた》に*外《そと》に*出《で》れば*波《なみ》に*呑《の》まれてしまうやもしれぬ。
鳴時:*海《うみ》が*荒《あ》れているのであらばなおのこと。
:
千早:そういうことだ。*急《いそ》ごう。
:
漣:…*気《き》をつけるがよい。
:
:
:
灯:きゃああああああ!
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鳴時:*灯《あかり》*殿《どの》!?*大丈夫《だいじょうぶ》であるか*灯《あかり》*殿《どの》!!
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鈴麗:あすこにおるぞえ!*波《なみ》に*呑《の》まれて*流《なが》されたようじゃな。
:
千早:…*助《たす》けにいくには*波《なみ》が*高《たか》い。しかしこのままでは…。
:
鳴時:このままただ*黙《だま》ってみていれるものか!*私《わたし》がいこう。
:
千早:*危険《きけん》だぞ、やめておけ。
:
鳴時:では*見捨《みす》てよと*言《い》うのか!
:
千早:そうではない。そのまま*海《うみ》に*入《はい》るのは*危険《きけん》だと*言《い》うておるのだ。
千早:それともそんなに*泳《およ》ぎに*自信《じしん》があるのか?
:
鳴時:そういうわけではないが…
:
鈴麗:今にも*溺《おぼ》れてしまいそうじゃぞ!
鈴麗:む?*頭上《ずじょう》に*手《て》を*掲《かか》げておるのか。*何《なに》やら*持《も》っておるようじゃの。
:
灯:これを…これを*受《う》け*取《と》ってください…!
:
鳴時:そんな*無茶《むちゃ》な*姿勢《しせい》では*溺《おぼ》れてしまうぞ!*待《ま》っておれ、*今《いま》*助《たす》けに―
:
灯:*私《わたし》のことなど*良《よ》いのです!それよりもこれを!*千代《ちよ》ねぇの*形見《かたみ》なのです!せめて*漣《さざなみ》*様《さま》のお*傍《そば》にと*預《あず》かったのです…!
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鳴時:いいから*今《いま》は*助《たす》かることだけを*考《かんが》えるのだ!
鳴時:*大事《だいじ》な*物《もの》であるなら*懐《ふところ》に*仕舞《しま》っておくがよい!
:
灯:いいえ、この*荒《あ》れようではもう*私《わたし》は*助《たす》からないでしょう。ですからこれを!お*願《ねが》いします…っ
:
鈴麗:*諦《あきら》めるでない!*自《みずか》らの*手《て》で*渡《わた》すべきものであろう!
:
千早:まて。*波《なみ》が、*退《ひ》いている…?まだ*潮《しお》が*引《ひ》く*時間《じかん》ではあるまいに。
:
鳴時:…*本当《ほんとう》だ。*何故《なぜ》…
:
鈴麗:*理由《りゆう》などどうでもよい。*早《はや》く*安全《あんぜん》な*場所《ばしょ》へ*避難《ひなん》させるのじゃ。
:
漣:ああ、*長《なが》くはもたぬ。
:
灯:*漣《さざなみ》*様《さま》!*漣《さざなみ》*様《さま》が*助《たす》けてくださったのですか!?
:
漣:…*潮《しお》を*引《ひ》かせたのは*我《われ》である。
:
灯:ありがとうございます、*漣《さざなみ》*様《さま》!
:
漣:*勘違《かんちが》いするな。*千代《ちよ》の*形見《かたみ》を*失《うしな》いたくなかっただけのこと。
:
灯:それでも*私《わたくし》は*助《たす》かりましたゆえ。こちらが*千代《ちよ》ねぇさまの*形見《かたみ》の*品《しな》にございます。どうか*漣《さざなみ》*様《さま》のお*傍《そば》にと。
:
漣:これは…*櫛《くし》、か。
:
灯:はい。*髪《かみ》は*女《おんな》の*命《いのち》と*言《い》う*言葉《ことば》もありますゆえ、*自《みずか》らの*髪《かみ》を*梳《と》かしていた*櫛《くし》であるならば*命《いのち》*尽《つ》きた*後《あと》も*傍《そば》にいられるのでは、と。
:
漣:そうか…。*娘《むすめ》よ、*確《たし》かに*受《う》け*取《と》った。もう*帰《かえ》るがよい。その*姿《すがた》のままでは*身体《からだ》に*障《さわ》るじゃろうて。
:
灯:…はい。それではお*先《さき》に*戻《もど》らせていただきます。(村へと帰っていく)
:
:
:
千早:*海神《わだつみ》よ、*話《はなし》がある。
:
漣:…*手短《てみじか》に*済《す》ませよ。
:
千早:*海神《わだつみ》ほどではないやもしれぬが、*人《ひと》よりは*遥《はる》かに*永《なが》く、*共《とも》にあるものを*紹介《しょうかい》できるやもしれぬ。
:
漣:…*詳《くわ》しく*話《はなし》を*聞《き》こう。*祠《ほこら》へ*来《く》るがよい。(姿が見えなくなる)
:
:
:
鳴時:*千早《ちはや》、もしや*九十九神《つくもがみ》を*顕現《けんげん》させるのであるか?
:
千早:そうだ。
:
鈴麗:*珍《めず》しいのぅ。*千早《ちはや》が*進《すす》んで*九十九神《つくもがみ》を*顕現《けんげん》させようなぞ。
:
千早:…*信《しん》じていいのだろう?
:
鈴麗:うむ?
:
千早:この*力《ちから》は、*誰《だれ》かを*不幸《ふこう》にするものではないと。*幸《しあわ》せへと*導《みちび》くために*使《つか》うこともできるのだと。
:
鈴麗:*千早《ちはや》…。
:
鳴時:ああ、そうだとも。*今《いま》こそまさにそのときであろう。
:
千早:*決《き》めたのだ。*必要《ひつよう》とあらば*迷《まよ》わぬ、と。
:
鈴麗:*成長《せいちょう》したようじゃの。
:
鳴時:*頼《たの》もしいことだ。
:
:
:
0:祠にて
:
:
:
漣:*来《き》たか。*詳《くわ》しく*話《はな》せ。
:
千早:*先《さき》に*櫛《くし》を*見《み》せていただけるか?
:
漣:…よかろう。(櫛を手渡す)
:
千早:…*簡素《かんそ》ではあれども*良《よ》い*品《しな》だ。*海水《かいすい》で*濡《ぬ》れてしまったから*一度《いちど》きちんと*手入《てい》れする*必要《ひつよう》はあろうが、あとは*定期的《ていきてき》に*手入《てい》れをすれば*永《なが》く*保《も》つであろう。
:
漣:*手入《てい》れ、か。*櫛《くし》の*手入《てい》れの*方法《ほうほう》なぞ*知《し》らぬ…どうすればよいものか。
:
鳴時:*村《むら》の*者《もの》に*頼《たの》めばよかろうて。それこそ*灯《あかり》*殿《どの》が*喜《よろこ》んで*引《ひ》き*受《う》けるであろうよ。
:
鈴麗:そうじゃな。*適任《てきにん》であろうて。
:
漣:して。*先《さき》ほどの*話《はなし》はどういうことぞ?*人《ひと》よりも*遥《はる》かに*永《なが》く*共《とも》にあれる*者《もの》、とは。
:
千早:*九十九神《つくもがみ》という*存在《そんざい》をご*存知《ぞんじ》であろうか?
:
漣:ああ、*確《たし》か、*意思《いし》の*宿《やど》った*道具《どうぐ》、であったかの。*人《ひと》のように*言葉《ことば》を*交《か》わすことができるという。
漣:しかし、この*櫛《くし》は*別段《べつだん》*変《か》わったところはないようじゃ。*言葉《ことば》を*交《か》わすことなど*出来《でき》なかろうて。
漣:それでも*千代《ちよ》の*形見《かたみ》じゃ。*千代《ちよ》がせめて*代《か》わりにと*傍《そば》にあることを*望《のぞ》んでくれた*物《もの》である。*大切《たいせつ》にしようぞ。
:
千早:ここからが*話《はなし》の*肝《きも》であるよ。
千早:*九十九神《つくもがみ》は*本来《ほんらい》は*自然《しぜん》に*発生《はっせい》するもの。しかし…*故意《こい》に*九十九神《つくもがみ》とすることが*出来《でき》たならば?
:
漣:!そなたがその*力《ちから》を*有《ゆう》しておる、と?
:
千早:うむ。
:
漣:*頼《たの》む。
漣:*我《われ》とて*別《べつ》に*好《この》んで*村《むら》の*者《もの》を*苦《くる》しめたいわけではないのだ。
漣:ただ、*我《われ》は**誰《だれ》かと*共《とも》にあることを*知《し》ってしまった。*二人《ふたり》でいる*幸《しあわ》せを*知《し》り、*一人《ひとり》の*寂《さび》しさを*知《し》り、*孤独《こどく》を*感《かん》じてしまった。
漣:*駄目《だめ》なのだ。*心穏《こころおだ》やかにあろうとしても、*孤独《こどく》に*苦《くる》しめられるのだ。*千代《ちよ》と*共《とも》に*過《す》ごした*幸《しあわ》せを*思《おも》い*出《だ》すと*同時《どうじ》に、*千代《ちよ》を*失《うしな》ってしまった*悲《かな》しみに*蝕《むしば》まれる。
漣:だが。
漣:もし、*千代《ちよ》のように*傍《そば》にいてくれる*者《もの》があらば。
:
鈴麗:また、*元《もと》のように*過《す》ごせるやもしれぬ、か?
:
漣:さよう。
漣:…む、もしやそなたが*九十九神《つくもがみ》であるか?
:
鈴麗:さようじゃ。*妾《わらわ》は*鈴麗《りんれい》。*風鈴《ふうりん》の*九十九神《つくもがみ》ぞ。
:
漣:*真《まこと》に*人《ひと》のようじゃな。*言《い》われなければそうそう*気《き》づくまいて。
:
鳴時:そうさな。*灯《あかり》*殿《どの》も*気《き》づいておらぬようであったしな。
:
千早:*灯《あかり》*殿《どの》の*場合《ばあい》は*身近《みぢか》に*海神《わだつみ》がおる*故《ゆえ》、*驚《おどろ》かぬだけやもしれぬ。
千早:まあ、*今《いま》はどちらでもよかろうて。
千早:…さて、*始《はじ》めるとしようか。
千早:そなたの*名《な》は、*八千代《やちよ》。*千代《ちよ》よりも*永《なが》く、*永《なが》く、あるものぞ。
:
八千代:*私《わたし》、*私《わたし》は…
:
漣:*千代《ちよ》!
:
八千代:いいえ、*私《わたくし》は*八千代《やちよ》にございます。これより*千代《ちよ》よりも*永《なが》く、*永《なが》く、*貴方様《あなたさま》の*傍《そば》におりましょう…*漣《さざなみ》*様《さま》。
:
鳴時:…*千代《ちよ》としての*記憶《きおく》があるのか?
:
八千代:はい。*私《わたし》は*千代《ちよ》であって*千代《ちよ》でない、*八千代《やちよ》でございます。*生前《せいぜん》*千代《ちよ》が*込《こ》めた*想《おも》いにより、*千代《ちよ》としての*記憶《きおく》を、*心《こころ》を*持《も》ったまま*九十九神《つくもがみ》として*顕現《けんげん》することとあいなりました。
:
漣:そうか。…では*八千代《やちよ》よ。*我《われ》と*共《とも》に、*傍《そば》に、いてくれるか?
:
八千代:もちろんでございます。*嬉《うれ》しい、*私《わたし》、*漣《さざなみ》*様《さま》のお*傍《そば》にいられるのですね。
:
漣:ああ、*八千代《やちよ》。これよりずっと、ずっと*傍《そば》にいておくれ。
:
八千代:はい。*私《わたくし》がある*限《かぎ》り、ずっと。ずっとお*傍《そば》におりますわ。けれど…
:
漣:*何《なに》か*問題《もんだい》でもあるのか?*申《もう》してみるがよい。
:
八千代:*人《ひと》の*姿《すがた》をとってはおれど、*物《もの》に*触《ふ》れることはできないようです。これでは*身《み》の*回《まわ》りのお*世話《せわ》をすることも…
:
漣:*必要《ひつよう》ない。ただ、*傍《そば》にいてくれればよい。
漣:ああ、*八千代《やちよ》よ。*傍《そば》にいてくれる*者《もの》がそなたである。これほど*喜《よろこ》ばしきことが*他《ほか》にあろうか。
:
八千代:*漣《さざなみ》*様《さま》…。
:
鳴時:すっかり*二人《ふたり》の*世界《せかい》に*入《はい》ってしまったようであるな。
:
鈴麗:*邪魔《じゃま》をしては*馬《うま》に*蹴《け》られてしまうぞよ。
:
千早:まあ、これにて*一件落着《いっけんらくちゃく》、であるかな?
:
鳴時:うむうむ。きっと*元《もと》のように*穏《おだ》やかな*心《こころ》でおれようて。
鳴時:さて、*馬《うま》に*蹴《け》られぬうちに*去《さ》るとしよう。
鳴時:*灯《あかり》*殿《どの》にも*報告《ほうこく》をせねばなるまいて。
:
:
:
:
:
鳴時:…しかし*千早《ちはや》よ、ひとつ*疑問《ぎもん》なのだが。
:
千早:なんだ?*何故《なぜ》*九十九神《つくもがみ》を*顕現《けんげん》させられるのかということならわからぬぞ?
:
鳴時:それも*常々《つねづね》*疑問《ぎもん》に*思《おも》うところではあるが、*今《いま》*聞《き》きたいことは*別《べつ》であるよ。
鳴時:*何故《なにゆえ》、*八千代《やちよ》と*名《な》づけたのだ?*千代《ちよ》でもよかったのでは?
:
千早:…どんな*九十九神《つくもがみ》であるか、*呼《よ》ぶまでわからぬ。
:
鳴時:うむ?
:
鈴麗:*千代《ちよ》としての*記憶《きおく》を、*心《こころ》を*持《も》っておるのは*偶然《ぐうぜん》にすぎない、ということじゃな。
鈴麗:*千代《ちよ》とはまったく*関係《かんけい》のない*九十九神《つくもがみ》となるやもしれんかった、と。
:
千早:それに*千代《ちよ》は*既《すで》に*人《ひと》としての*生《せい》を*終《お》えておる。*別《べつ》の*名《な》が*必要《ひつよう》であろうよ。
千早:*形見《かたみ》であること、*櫛《くし》であること、そして*何《なに》より*死《し》しても*傍《そば》にいることを*望《のぞ》んでいたこと。
千早:そういったことが*八千代《やちよ》が*千代《ちよ》としての*記憶《きおく》と*心《こころ》を*持《も》って*顕現《けんげん》することに*繋《つな》がったのであろう。
:
鈴麗:*御頭《みたま》と*御魂《みたま》か。
:
鳴時:ふぅむ。*八千代《やちよ》が*千代《ちよ》の*記憶《きおく》と*心《こころ》を*持《も》ったのは*偶然《ぐうぜん》ではあるが、それを*引《ひ》き*起《お》こしうるものが*揃《そろ》っていた、ということであるか。
:
千早:そういうことだ。
千早:なんにせよ、*願《ねが》うことはただひとつであるよ。…*海《うみ》が*今日《きょう》も*穏《おだ》やかであらんことを。
0:*九十九堂《つくもどう》の*日常《にちじょう》*其ノ二《そのに》【*海神《わだつみ》の*祠《ほこら》】
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0:登場人物紹介
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千早:ちはや。*九十九堂《つくもどう》の店主。*九十九神《つくもがみ》を*顕現《けんげん》させ言葉を*交《か》わすことができる力を持つ。
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鳴時:なるとき。*九十九堂《つくもどう》の常連(?)。よく事件を持ち込むため少々*千早《ちはや》から煙たがられている。
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鈴麗:りんれい。風鈴の*九十九神《つくもがみ》。*九十九堂《つくもどう》の中でも古株で*千早《ちはや》と仲が良い。
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漣:さざなみ。海辺の祠に祀られた*海神《わだつみ》。昔生贄として捧げられた*千代《ちよ》を愛していた。
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灯:あかり。昔生贄として捧げられた千代の姪。次なる生贄候補。*八千代《やちよ》と兼役。
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八千代:やちよ。千代の形見の*櫛《くし》から*顕現《けんげん》した*九十九神《つくもがみ》。*灯《あかり》と兼役。
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0:ここから本編です。
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鳴時:うむ、ようやく*着《つ》いたようであるな。
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千早:*何故《なにゆえ》*鳴時《なるとき》の*言葉《ことば》に*頷《うなず》いてしまったのであろうか…。
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鈴麗:*今更《いまさら》*言《い》うても*詮《せん》*無《な》きことよ。して、*件《くだん》の*祠《ほこら》とやらは*何処《どこ》にあるのじゃ?
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鳴時:ああ、*村《むら》の*者《もの》が*案内《あんない》をしてくれるという*話《はなし》でな。
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鈴麗:*何《なに》やらこちらに*向《む》けて*手《て》を*振《ふ》っている*者《もの》がおるが、あの*者《もの》がそうかの?
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灯:こんにちは、ようこそいらしてくださいましたえ。*私《わたくし》が*案内《あんない》のお*役目《やくめ》を*頂戴《ちょうだい》いたしました*灯《あかり》と*申《もう》します。
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千早:なんとまあ、*若《わか》い*娘《むすめ》さんではあらんか。
:
灯:*私《わたくし》が*一番《いちばん》*適任《てきにん》なのです。*次《つぎ》の*生贄《いけにえ》*候補《こうほ》ゆえ(明るく)。
:
千早:*生贄《いけにえ》、とな…
:
灯:ええ。ある*程度《ていど》のお*話《はなし》は*耳《みみ》にされておりましょうが、*道中《どうちゅう》*改《あらた》めて*説明《せつめい》させていただきたく*存《ぞん》じます。
:
鳴時:ああ、*頼《たの》む。
:
灯:*私《わたくし》どもの*村《むら》は、*畑《はたけ》で*野菜《やさい》も*作《つく》ってはおりますが、*主《おも》には*海《うみ》へ*漁《りょう》に*出《で》て*生計《せいけい》を*立《た》てておるのです。
灯:しかし*最近《さいきん》ではすっかりと*海《うみ》が*荒《あ》れてしまい、*漁《りょう》に*出《で》ることもままなりません。
灯:このままでは*皆《みな》*餓《う》えていってしまうことでしょう。
:
千早:…それが*海神《わだつみ》のせいであると?
:
灯:*私共《わたくしども》の*村《むら》では*海辺《うみべ》だということもあり、*古《ふる》くより*海神様《わだつみさま》を*祀《まつ》っております。
灯:*供物《くもつ》を*捧《ささ》げていることもあってか、*海《うみ》は*穏《おだ》やかであり、*魚《さかな》も*豊《ゆた》かに*獲《と》れておりました。
灯:しかし7*年《ねん》*程《ほど》*前《まえ》から*徐々《じょじょ》に*海《うみ》は*荒《あ》れ*始《はじ》め…
今《いま》に*至《いた》るというわけです。
:
千早:*先《さき》に*聞《き》いておきたいことがある。
千早:*求《もと》める*結果《けっか》は*何《なん》だ?*海《うみ》が*穏《おだ》やかになることか?それとも*生贄《いけにえ》を*捧《ささ》げずに*済《す》むことか?
千早:そもそも*生贄《いけにえ》は*昔《むかし》からの*習慣《しゅうかん》か?
:
灯:*海神《わだつみ》*様《さま》…*漣《さざなみ》*様《さま》とおっしゃられるのですが、*村《むら》で*収穫《しゅうかく》した*野菜《やさい》や*獲《と》れた*魚《さかな》などを*料理《りょうり》し、*供物《くもつ》として*捧《ささ》げておりました。
灯:しかし、10*年《ねん》*前《まえ》、*漣《さざなみ》*様《さま》よりあるお*言葉《ことば》が*齎《もたら》されました。
灯:*共《とも》に*過《す》ごす*者《もの》がほしい、と。
灯:*結果《けっか》として、とある*娘《むすめ》が*捧《ささ》げられることとなりました。
灯:*娘《むすめ》は*漣《さざなみ》*様《さま》と*心《こころ》を*通《か》わし、*穏《おだ》やかな*時《とき》が*流《なが》れます。
灯:…ですが、それからわずか2*年《ねん》。*娘《むすめ》は*体《からだ》の*様子《ようす》が*優《すぐ》れず、*一度《いちど》*村《むら》へと*戻《もど》ることとなりました。
灯:そして…そのまま*一月《ひとつき》もしないうちに*亡《な》くなってしまったのです。
:
鳴時:それから*海《うみ》が*荒《あ》れ*始《はじ》めた、と?
:
灯:はい、*徐々《じょじょ》に、ですが。*代《か》わりの*娘《むすめ》を*生贄《いけにえ》として*捧《ささ》げようとしても*漣《さざなみ》*様《さま》に*会《あ》うことすら*叶《かな》わず*帰《かえ》されてしまいまして。
:
鈴麗:ほぉう?その*娘《むすめ》の*代《か》わりにはならぬということかのぅ。されど*海《うみ》が*荒《あ》れるばかりでは*村人《むらびと》は*困《こま》る、と。
鈴麗:なんとも*救《すく》いのない*話《はなし》じゃの。
:
千早:そうさな。…さぁて、あれが*件《くだん》の*祠《ほこら》かいな?
:
灯:はい。*途中《とちゅう》までは*入《はい》ることが*出来《でき》るはずです。*行《い》きましょう。
:
鳴時:*洞窟《どうくつ》になっておるのだな。*明《あか》りを*用意《ようい》せねば。
:
灯:なくとも*問題《もんだい》ありません。*煌々《こうこう》と、とまではいきませんが、*困《こま》らないくらいには*明《あか》るいので。
:
鳴時:*常《つね》に*明《あか》りを*置《お》いておるのか。
:
灯:ええと…*入《はい》ればわかります。
:
鈴麗:ふむ。*興味深《きょうみぶか》いことじゃな。*疾《と》く*行《い》こうぞ。
:
千早:…これは、*壁《かべ》が、*光《ひか》っている…?
:
鳴時:これは…*苔《こけ》、か。かようなものがあろうとは。
:
灯:*壁《かべ》から*剥《は》がすと*光《ひか》らなくなってしまうのです。*漣《さざなみ》*様《さま》の*祠《ほこら》ならではのご*利益《りやく》なのでありましょう。
:
漣:…*誰《だれ》ぞ。
:
灯:!この*声《こえ》は、もしや。
:
漣:*生贄《いけにえ》などいらぬ。*供物《くもつ》もいらぬ。*帰《かえ》るがよい。
:
灯:*漣《さざなみ》*様《さま》!*話《はなし》を*聞《き》いてくださいまし!
:
漣:…*何故《なにゆえ》、その*名《な》を*知《し》っておる。
:
灯:え?*漣《さざなみ》*様《さま》は*漣《さざなみ》*様《さま》でございましょう?
:
漣:いかにも*我《わ》が*名《な》は*漣《さざなみ》である。しかし、その*名《な》を*知《し》る*者《もの》はもういない*筈《はず》。
漣:それとも、*千代《ちよ》はまだ*生《い》きておるのか?*我《われ》に*嘘《うそ》をついておったのか?
漣:それならばそれで*構《かま》わぬ!*千代《ちよ》を*連《つ》れてくるがよい!
:
灯:…*千代《ちよ》ねぇさまは*亡《な》くなりました。もう8*年《ねん》も*前《まえ》のことです。
:
漣:ならば*何故《なにゆえ》*我《わ》が*名《な》を*知《し》っておる。
:
灯:*千代《ちよ》ねぇさまが*教《おし》えてくださいました。
:
漣:…*千代《ちよ》はもう*死《し》んだと*言《い》ったではないか。
:
灯:はい。*亡《な》くなる*前《まえ》に*教《おし》えてくださいました。*千代《ちよ》ねぇさまを*看取《みと》ったのは、*私《わたし》だから。
:
漣:…*話《はなし》を*聞《き》こう。そのまま*進《すす》むがよい。
:
鈴麗:*話《はなし》を*聞《き》いてくれるようじゃな。よかったではないか。
鈴麗:*解決《かいけつ》の*糸口《いとぐち》が*見《み》つかるやもしれぬぞ?
:
千早:そう*上手《うま》く*事《こと》が*運《はこ》ぶものかな。
:
鳴時:*千早《ちはや》は*悲観的《ひかんてき》であるな。
:
千早:*村人《むらびと》たちが7*年間《ねんかん》も*手《て》をこまねいていたような*事案《じあん》であるぞ?*何故《なにゆえ》さように*気軽《きがる》に*構《かま》えることが*出来《でき》ようか。
千早:*話《はなし》を*聞《き》くとは*言《い》っても…
:
灯:*話《はなし》を*聞《き》いてくださるだけでも*大《おお》きな*進歩《しんぽ》です!*今《いま》までは*帰《かえ》れ、いらぬ、というようなお*言葉《ことば》しかいただけなかったのですから。
:
千早:…そうであるか。
:
灯:はい!*行《い》きましょう!
:
漣:*来《き》たか。…そこな*娘《むすめ》だけでよかったのだが、まあよかろう。
:
鳴時:まあまあそう*言《い》わないでおくれよ。*何《なに》も*娘《むすめ》しかここに*来《き》てはならぬというわけでもなかろう?
鳴時:それに*貴方《あなた》はその*千代《ちよ》とかいう*娘《むすめ》のことになると*心《こころ》*穏《おだ》やかではおられぬようである。*間《あいだ》に*立《た》つものが*必要《ひつよう》となるやもしれぬ。
:
漣:…*千代《ちよ》の*話《はなし》が*聞《き》けるならそれでよい。さあ、*娘《むすめ》、*話《はな》すがよい。
:
灯:*千代《ちよ》ねぇさまが*村《むら》に*戻《もど》ってきた*時《とき》にはもう*既《すで》にすっかり*体《からだ》が*弱《よわ》ってしまっておりました。
灯:そのまま*床《とこ》に*伏《ふ》し、*一月程《ひとつきほど》で*息《いき》を*引《ひ》き*取《と》りました…。
:
漣:…そうか。
:
灯:*千代《ちよ》ねぇさまはずっと、*漣《さざなみ》*様《さま》に*会《あ》いたがっておりました。しかし、*動《うご》くこともままならぬ*故《ゆえ》、*会《あ》いに*行《い》くことも*叶《かな》わず、そのまま…。
:
漣:…*千代《ちよ》。
:
灯:*漣《さざなみ》*様《さま》。お*願《ねが》いでございます。*海《うみ》を…*以前《いぜん》の*穏《おだ》やかな*海《うみ》へと、*戻《もど》していただきたいのです!
灯:このままでは*村《むら》の*皆《みな》、*餓《う》えてしまいます!
灯:どうか、どうかお*願《ねが》いいたします…!
:
漣:…*千代《ちよ》がいなくなってからというもの、*心穏《こころおだ》やかではおれぬのだ。
漣:*好《この》んで*海《うみ》を*荒《あ》らしているわけではない。だが、*我《わ》が*嘆《なげ》きを、*悲《かな》しみを*海《うみ》が*拾《ひろ》ってしまうのであろう。
漣:*我《われ》にもどうすることもできぬ。
:
灯:ならばせめて*私《わたくし》を*傍《そば》に*置《お》いてくださいませ!
:
漣:ならぬ!
:
灯:*何故《なぜ》ですか!*漣《さざなみ》*様《さま》の*御心《みこころ》をお*慰《なぐさ》めしとうございます!
灯:*千代《ちよ》ねぇさまの*代《か》わりには*到底《とうてい》*及《およ》ばなくはありましょうが、*他《ほか》の*娘《むすめ》よりは*千代《ちよ》ねぇさまに*似《に》ているはずです!
:
漣:…*他《ほか》の*娘《むすめ》は*見《み》てはおらぬが、*確《たし》かにそなたは*千代《ちよ》の*面影《おもかげ》があるな。
:
灯:では!
:
漣:ならぬ!…どうせそなたもいなくなってしまうであろう。
:
灯:*千代《ちよ》ねぇさまは*不幸《ふこう》にも*若《わか》くして*亡《な》くなってしまいましたが*私《わたし》は!
:
千早:ちょいとよろしいだろうか。
:
鳴時:おいおい*千早《ちはや》。*今《いま》、*話《はなし》に*水《みず》を*差《さ》すのは*野暮《やぼ》というものではないかい?
:
鈴麗:そうじゃの。*千早《ちはや》はそのうち*馬《うま》にでも*蹴《け》られるのではないかえ。
:
千早:いやしかし*今《いま》*言《い》っておいた*方《ほう》がよさそうでな。
千早:*千代《ちよ》という*娘《むすめ》さんが*亡《な》くなったのは、*偶然《ぐうぜん》ではないやもしれぬ*故《ゆえ》。
:
漣:…*詳《くわ》しく*申《もう》せ。
:
千早:…ここは、お*天道様《てんとうさま》も*届《とど》かぬ*洞窟《どうくつ》の*中《なか》。こうして*立《た》って*歩《ある》く*程度《ていど》の*広《ひろ》さはあれど、*人《ひと》が*暮《く》らすには*向《む》かなかろうて。
:
鳴時:*千代《ちよ》*殿《どの》がたまたま*病《やまい》にかかったのではなく、*必然《ひつぜん》であったと?
:
千早:おそらくは。
:
鈴麗:ほぅ。では*次《つぎ》の*娘《むすめ》を*傍《そば》に*置《お》いたとしても*同《おな》じように*体《からだ》を*壊《こわ》してしまうやもしれぬ、ということなのじゃな?
:
千早:そういうことだ。
:
漣:ならばなおのこと。*千代《ちよ》を*失《うしな》っただけでもかように*苦《くる》しいのだ。*娘《むすめ》、そなたと*親《した》しくなったとしても、だ。またそなたを*失《うしな》えば*同《おな》じことの*繰《く》り*返《かえ》しぞ。
漣:そもそも*親《した》しき*者《もの》を*失《うしな》う*苦《くる》しみをまた*味《あじ》わいたいとは*思《おも》わぬ。その*者《もの》の*話《はなし》が*間違《まちが》っていたとしてもそもそも*人《ひと》とは*簡単《かんたん》に*死《し》んでしまうもの。
漣:*故《ゆえ》にいらぬ。
漣:*時《とき》がいつか*我《わ》が*悲《かな》しみを*濯《そそ》いでくれようぞ。それまで*気長《きなが》に*待《ま》つがよい。
漣:*話《はなし》は*終《お》わりだ。*帰《かえ》れ。
:
灯:そんな…!
:
漣:しかし*千代《ちよ》よ…*我《われ》がそなたを*死《し》へと*導《みちび》いてしまったのだな。…すまぬ。
:
灯:!*千代《ちよ》ねぇはそんな*風《ふう》に*思《おも》ってなかった!*千代《ちよ》ねぇは、*千代《ちよ》ねぇは…*最期《さいご》まで*漣《さざなみ》*様《さま》のこと…!っもう、*知《し》らない!!(祠の外へと走っていく)
:
鳴時:*灯《あかり》*殿《どの》!
:
千早:…*不味《まず》いな。
:
鈴麗:ああ、*早《はや》く*追《お》いかけた*方《ほう》がよかろう。
:
千早:ああ、もうすぐ*満潮《まんちょう》になる*刻《こく》であるしの。
:
鈴麗:…?どういうことじゃ?
:
鳴時:そうか!ここは*海辺《うみべ》にある。*下手《へた》に*外《そと》に*出《で》れば*波《なみ》に*呑《の》まれてしまうやもしれぬ。
鳴時:*海《うみ》が*荒《あ》れているのであらばなおのこと。
:
千早:そういうことだ。*急《いそ》ごう。
:
漣:…*気《き》をつけるがよい。
:
:
:
灯:きゃああああああ!
:
鳴時:*灯《あかり》*殿《どの》!?*大丈夫《だいじょうぶ》であるか*灯《あかり》*殿《どの》!!
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鈴麗:あすこにおるぞえ!*波《なみ》に*呑《の》まれて*流《なが》されたようじゃな。
:
千早:…*助《たす》けにいくには*波《なみ》が*高《たか》い。しかしこのままでは…。
:
鳴時:このままただ*黙《だま》ってみていれるものか!*私《わたし》がいこう。
:
千早:*危険《きけん》だぞ、やめておけ。
:
鳴時:では*見捨《みす》てよと*言《い》うのか!
:
千早:そうではない。そのまま*海《うみ》に*入《はい》るのは*危険《きけん》だと*言《い》うておるのだ。
千早:それともそんなに*泳《およ》ぎに*自信《じしん》があるのか?
:
鳴時:そういうわけではないが…
:
鈴麗:今にも*溺《おぼ》れてしまいそうじゃぞ!
鈴麗:む?*頭上《ずじょう》に*手《て》を*掲《かか》げておるのか。*何《なに》やら*持《も》っておるようじゃの。
:
灯:これを…これを*受《う》け*取《と》ってください…!
:
鳴時:そんな*無茶《むちゃ》な*姿勢《しせい》では*溺《おぼ》れてしまうぞ!*待《ま》っておれ、*今《いま》*助《たす》けに―
:
灯:*私《わたし》のことなど*良《よ》いのです!それよりもこれを!*千代《ちよ》ねぇの*形見《かたみ》なのです!せめて*漣《さざなみ》*様《さま》のお*傍《そば》にと*預《あず》かったのです…!
:
鳴時:いいから*今《いま》は*助《たす》かることだけを*考《かんが》えるのだ!
鳴時:*大事《だいじ》な*物《もの》であるなら*懐《ふところ》に*仕舞《しま》っておくがよい!
:
灯:いいえ、この*荒《あ》れようではもう*私《わたし》は*助《たす》からないでしょう。ですからこれを!お*願《ねが》いします…っ
:
鈴麗:*諦《あきら》めるでない!*自《みずか》らの*手《て》で*渡《わた》すべきものであろう!
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千早:まて。*波《なみ》が、*退《ひ》いている…?まだ*潮《しお》が*引《ひ》く*時間《じかん》ではあるまいに。
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鳴時:…*本当《ほんとう》だ。*何故《なぜ》…
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鈴麗:*理由《りゆう》などどうでもよい。*早《はや》く*安全《あんぜん》な*場所《ばしょ》へ*避難《ひなん》させるのじゃ。
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漣:ああ、*長《なが》くはもたぬ。
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灯:*漣《さざなみ》*様《さま》!*漣《さざなみ》*様《さま》が*助《たす》けてくださったのですか!?
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漣:…*潮《しお》を*引《ひ》かせたのは*我《われ》である。
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灯:ありがとうございます、*漣《さざなみ》*様《さま》!
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漣:*勘違《かんちが》いするな。*千代《ちよ》の*形見《かたみ》を*失《うしな》いたくなかっただけのこと。
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灯:それでも*私《わたくし》は*助《たす》かりましたゆえ。こちらが*千代《ちよ》ねぇさまの*形見《かたみ》の*品《しな》にございます。どうか*漣《さざなみ》*様《さま》のお*傍《そば》にと。
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漣:これは…*櫛《くし》、か。
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灯:はい。*髪《かみ》は*女《おんな》の*命《いのち》と*言《い》う*言葉《ことば》もありますゆえ、*自《みずか》らの*髪《かみ》を*梳《と》かしていた*櫛《くし》であるならば*命《いのち》*尽《つ》きた*後《あと》も*傍《そば》にいられるのでは、と。
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漣:そうか…。*娘《むすめ》よ、*確《たし》かに*受《う》け*取《と》った。もう*帰《かえ》るがよい。その*姿《すがた》のままでは*身体《からだ》に*障《さわ》るじゃろうて。
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灯:…はい。それではお*先《さき》に*戻《もど》らせていただきます。(村へと帰っていく)
:
:
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千早:*海神《わだつみ》よ、*話《はなし》がある。
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漣:…*手短《てみじか》に*済《す》ませよ。
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千早:*海神《わだつみ》ほどではないやもしれぬが、*人《ひと》よりは*遥《はる》かに*永《なが》く、*共《とも》にあるものを*紹介《しょうかい》できるやもしれぬ。
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漣:…*詳《くわ》しく*話《はなし》を*聞《き》こう。*祠《ほこら》へ*来《く》るがよい。(姿が見えなくなる)
:
:
:
鳴時:*千早《ちはや》、もしや*九十九神《つくもがみ》を*顕現《けんげん》させるのであるか?
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千早:そうだ。
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鈴麗:*珍《めず》しいのぅ。*千早《ちはや》が*進《すす》んで*九十九神《つくもがみ》を*顕現《けんげん》させようなぞ。
:
千早:…*信《しん》じていいのだろう?
:
鈴麗:うむ?
:
千早:この*力《ちから》は、*誰《だれ》かを*不幸《ふこう》にするものではないと。*幸《しあわ》せへと*導《みちび》くために*使《つか》うこともできるのだと。
:
鈴麗:*千早《ちはや》…。
:
鳴時:ああ、そうだとも。*今《いま》こそまさにそのときであろう。
:
千早:*決《き》めたのだ。*必要《ひつよう》とあらば*迷《まよ》わぬ、と。
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鈴麗:*成長《せいちょう》したようじゃの。
:
鳴時:*頼《たの》もしいことだ。
:
:
:
0:祠にて
:
:
:
漣:*来《き》たか。*詳《くわ》しく*話《はな》せ。
:
千早:*先《さき》に*櫛《くし》を*見《み》せていただけるか?
:
漣:…よかろう。(櫛を手渡す)
:
千早:…*簡素《かんそ》ではあれども*良《よ》い*品《しな》だ。*海水《かいすい》で*濡《ぬ》れてしまったから*一度《いちど》きちんと*手入《てい》れする*必要《ひつよう》はあろうが、あとは*定期的《ていきてき》に*手入《てい》れをすれば*永《なが》く*保《も》つであろう。
:
漣:*手入《てい》れ、か。*櫛《くし》の*手入《てい》れの*方法《ほうほう》なぞ*知《し》らぬ…どうすればよいものか。
:
鳴時:*村《むら》の*者《もの》に*頼《たの》めばよかろうて。それこそ*灯《あかり》*殿《どの》が*喜《よろこ》んで*引《ひ》き*受《う》けるであろうよ。
:
鈴麗:そうじゃな。*適任《てきにん》であろうて。
:
漣:して。*先《さき》ほどの*話《はなし》はどういうことぞ?*人《ひと》よりも*遥《はる》かに*永《なが》く*共《とも》にあれる*者《もの》、とは。
:
千早:*九十九神《つくもがみ》という*存在《そんざい》をご*存知《ぞんじ》であろうか?
:
漣:ああ、*確《たし》か、*意思《いし》の*宿《やど》った*道具《どうぐ》、であったかの。*人《ひと》のように*言葉《ことば》を*交《か》わすことができるという。
漣:しかし、この*櫛《くし》は*別段《べつだん》*変《か》わったところはないようじゃ。*言葉《ことば》を*交《か》わすことなど*出来《でき》なかろうて。
漣:それでも*千代《ちよ》の*形見《かたみ》じゃ。*千代《ちよ》がせめて*代《か》わりにと*傍《そば》にあることを*望《のぞ》んでくれた*物《もの》である。*大切《たいせつ》にしようぞ。
:
千早:ここからが*話《はなし》の*肝《きも》であるよ。
千早:*九十九神《つくもがみ》は*本来《ほんらい》は*自然《しぜん》に*発生《はっせい》するもの。しかし…*故意《こい》に*九十九神《つくもがみ》とすることが*出来《でき》たならば?
:
漣:!そなたがその*力《ちから》を*有《ゆう》しておる、と?
:
千早:うむ。
:
漣:*頼《たの》む。
漣:*我《われ》とて*別《べつ》に*好《この》んで*村《むら》の*者《もの》を*苦《くる》しめたいわけではないのだ。
漣:ただ、*我《われ》は**誰《だれ》かと*共《とも》にあることを*知《し》ってしまった。*二人《ふたり》でいる*幸《しあわ》せを*知《し》り、*一人《ひとり》の*寂《さび》しさを*知《し》り、*孤独《こどく》を*感《かん》じてしまった。
漣:*駄目《だめ》なのだ。*心穏《こころおだ》やかにあろうとしても、*孤独《こどく》に*苦《くる》しめられるのだ。*千代《ちよ》と*共《とも》に*過《す》ごした*幸《しあわ》せを*思《おも》い*出《だ》すと*同時《どうじ》に、*千代《ちよ》を*失《うしな》ってしまった*悲《かな》しみに*蝕《むしば》まれる。
漣:だが。
漣:もし、*千代《ちよ》のように*傍《そば》にいてくれる*者《もの》があらば。
:
鈴麗:また、*元《もと》のように*過《す》ごせるやもしれぬ、か?
:
漣:さよう。
漣:…む、もしやそなたが*九十九神《つくもがみ》であるか?
:
鈴麗:さようじゃ。*妾《わらわ》は*鈴麗《りんれい》。*風鈴《ふうりん》の*九十九神《つくもがみ》ぞ。
:
漣:*真《まこと》に*人《ひと》のようじゃな。*言《い》われなければそうそう*気《き》づくまいて。
:
鳴時:そうさな。*灯《あかり》*殿《どの》も*気《き》づいておらぬようであったしな。
:
千早:*灯《あかり》*殿《どの》の*場合《ばあい》は*身近《みぢか》に*海神《わだつみ》がおる*故《ゆえ》、*驚《おどろ》かぬだけやもしれぬ。
千早:まあ、*今《いま》はどちらでもよかろうて。
千早:…さて、*始《はじ》めるとしようか。
千早:そなたの*名《な》は、*八千代《やちよ》。*千代《ちよ》よりも*永《なが》く、*永《なが》く、あるものぞ。
:
八千代:*私《わたし》、*私《わたし》は…
:
漣:*千代《ちよ》!
:
八千代:いいえ、*私《わたくし》は*八千代《やちよ》にございます。これより*千代《ちよ》よりも*永《なが》く、*永《なが》く、*貴方様《あなたさま》の*傍《そば》におりましょう…*漣《さざなみ》*様《さま》。
:
鳴時:…*千代《ちよ》としての*記憶《きおく》があるのか?
:
八千代:はい。*私《わたし》は*千代《ちよ》であって*千代《ちよ》でない、*八千代《やちよ》でございます。*生前《せいぜん》*千代《ちよ》が*込《こ》めた*想《おも》いにより、*千代《ちよ》としての*記憶《きおく》を、*心《こころ》を*持《も》ったまま*九十九神《つくもがみ》として*顕現《けんげん》することとあいなりました。
:
漣:そうか。…では*八千代《やちよ》よ。*我《われ》と*共《とも》に、*傍《そば》に、いてくれるか?
:
八千代:もちろんでございます。*嬉《うれ》しい、*私《わたし》、*漣《さざなみ》*様《さま》のお*傍《そば》にいられるのですね。
:
漣:ああ、*八千代《やちよ》。これよりずっと、ずっと*傍《そば》にいておくれ。
:
八千代:はい。*私《わたくし》がある*限《かぎ》り、ずっと。ずっとお*傍《そば》におりますわ。けれど…
:
漣:*何《なに》か*問題《もんだい》でもあるのか?*申《もう》してみるがよい。
:
八千代:*人《ひと》の*姿《すがた》をとってはおれど、*物《もの》に*触《ふ》れることはできないようです。これでは*身《み》の*回《まわ》りのお*世話《せわ》をすることも…
:
漣:*必要《ひつよう》ない。ただ、*傍《そば》にいてくれればよい。
漣:ああ、*八千代《やちよ》よ。*傍《そば》にいてくれる*者《もの》がそなたである。これほど*喜《よろこ》ばしきことが*他《ほか》にあろうか。
:
八千代:*漣《さざなみ》*様《さま》…。
:
鳴時:すっかり*二人《ふたり》の*世界《せかい》に*入《はい》ってしまったようであるな。
:
鈴麗:*邪魔《じゃま》をしては*馬《うま》に*蹴《け》られてしまうぞよ。
:
千早:まあ、これにて*一件落着《いっけんらくちゃく》、であるかな?
:
鳴時:うむうむ。きっと*元《もと》のように*穏《おだ》やかな*心《こころ》でおれようて。
鳴時:さて、*馬《うま》に*蹴《け》られぬうちに*去《さ》るとしよう。
鳴時:*灯《あかり》*殿《どの》にも*報告《ほうこく》をせねばなるまいて。
:
:
:
:
:
鳴時:…しかし*千早《ちはや》よ、ひとつ*疑問《ぎもん》なのだが。
:
千早:なんだ?*何故《なぜ》*九十九神《つくもがみ》を*顕現《けんげん》させられるのかということならわからぬぞ?
:
鳴時:それも*常々《つねづね》*疑問《ぎもん》に*思《おも》うところではあるが、*今《いま》*聞《き》きたいことは*別《べつ》であるよ。
鳴時:*何故《なにゆえ》、*八千代《やちよ》と*名《な》づけたのだ?*千代《ちよ》でもよかったのでは?
:
千早:…どんな*九十九神《つくもがみ》であるか、*呼《よ》ぶまでわからぬ。
:
鳴時:うむ?
:
鈴麗:*千代《ちよ》としての*記憶《きおく》を、*心《こころ》を*持《も》っておるのは*偶然《ぐうぜん》にすぎない、ということじゃな。
鈴麗:*千代《ちよ》とはまったく*関係《かんけい》のない*九十九神《つくもがみ》となるやもしれんかった、と。
:
千早:それに*千代《ちよ》は*既《すで》に*人《ひと》としての*生《せい》を*終《お》えておる。*別《べつ》の*名《な》が*必要《ひつよう》であろうよ。
千早:*形見《かたみ》であること、*櫛《くし》であること、そして*何《なに》より*死《し》しても*傍《そば》にいることを*望《のぞ》んでいたこと。
千早:そういったことが*八千代《やちよ》が*千代《ちよ》としての*記憶《きおく》と*心《こころ》を*持《も》って*顕現《けんげん》することに*繋《つな》がったのであろう。
:
鈴麗:*御頭《みたま》と*御魂《みたま》か。
:
鳴時:ふぅむ。*八千代《やちよ》が*千代《ちよ》の*記憶《きおく》と*心《こころ》を*持《も》ったのは*偶然《ぐうぜん》ではあるが、それを*引《ひ》き*起《お》こしうるものが*揃《そろ》っていた、ということであるか。
:
千早:そういうことだ。
千早:なんにせよ、*願《ねが》うことはただひとつであるよ。…*海《うみ》が*今日《きょう》も*穏《おだ》やかであらんことを。