台本概要
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タイトル | その感情は三温糖のようで |
---|---|
作者名 | みゃこ |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 3人用台本(男1、女1、不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 商用、非商用問わず連絡不要 |
説明 |
あらすじ。 大手証券会社に勤める黍野(きびの)は、上司である碇(いかり)からの度重なるパワハラ・モラハラに疲れきっていた。 そんなときに、会社からの帰宅途中、投資家である男性・佐藤(さとう)と出会う。 登場人物名の後ろのMはモノローグです。 『三温糖』と『新NISA』をキーワードに『ラブストーリー』を作ってみたらこうなりましたw 投資運用や株とかについては全然詳しくないので、実際とは異なる点もあると思います。そこはフィクションということで目をつぶってやってください汗 249 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
黍野(きびの) | 女 | - | 大手証券会社に勤めるOL。幼少期に両親が離婚し、貧しい生活を送っていた。想定年齢25~28歳程度。 |
佐藤(さとう) | 男 | - | 若くして投資家として大成功した秀才。物腰は柔らかく穏やかな性格だが、つらい過去も抱えている。想定年齢32~36程度。 |
碇(いかり) | 不問 | - | 黍野の上司で、パワハラ・モラハラがひどい。自身の出世のことしか頭になく、部下の手柄を横取りしたり、自分のミスを部下に押しつけることになにも感じない。とにかくいやなやつ。徹頭徹尾嫌われるためだけに存在しているような人。控えめに言ってクズ。ぶっちゃけマジで●ねばいい。想定年齢? 考えることすらイヤですがなにか問題でも?(男性として描いていますが女性でも可。その際は語尾等自由に変えてください) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:大手証券会社内。
0:碇が黍野に怒鳴りつけている。ほかの社員は辟易しつつも我関せず、といった様子。
碇:黍野! これで何度目だ!? 顧客から『当初の説明と違う』とクレームが来ていたぞ!
黍野:っ……! も、申し訳ございません、碇部長……。
碇:まったく、使えん部下を持つとたまったものではない。あやうく大口の顧客からの信頼を失うところだったではないか。私のとっさの機転でなんとか免れたものの……お前たちの尻ぬぐいをさせられてばかりだと、私の評価まで悪く思われるのだぞ!
黍野:申し訳、ございません……。
黍野M:よく言う……心の底からそう思う。『碇部長は自分の出世のことしか頭になく、部下のことを、そのための駒としか思っていない』というのは、部署内ではもはや共通認識だ。
黍野M:そもそも今回の案件だって、私が必死に交渉をして獲得したものだった。それを碇部長が横から奪い取るみたいに担当をはずされたのだ。
黍野M:部下の手柄は自分のものにして、そのくせミスの責任は部下に無理やり押しつける。世渡りだけはうまいようで、会社役員らにはバレないようにうまく立ち回っているらしい。
黍野M:告発しようにも、もしバレたらどうなるかわからない。結果として泣き寝入りするしかなく、それがいっそう彼の独裁に拍車をかける、という悪循環が生まれていた。
0:間。黍野が残業を終えて帰宅中。
0:愚痴を吐きながら、徐々に弱気に駆られていく黍野。
黍野:(伸びをしながら)うーーーん……今日もサビ残、お疲れさまでした、っと……。
黍野:はぁ……せっかくがんばって勉強して、そこそこの大学を出て、第一志望の大手証券会社に採用されたっていうのに……。会社自体はお給料も福利厚生もしっかりしていて評判いいのに、イヤな上司が一人いるだけでこんなに毎日がつらくなるだなんて……。
0:少しの間。
黍野:……私、なんのためにここまでがんばってきたんだっけ。
0:佐藤が背後から声をかける。
佐藤:あの……。
黍野:えっ!?
佐藤:あ、驚かせてしまって申し訳ない。あなたが、どうも体調が悪そうに見えて、思わず声をかけてしまいました。こんな夜道に若い女性が一人で……自分が勝手に心配になっただけです。
黍野:え、あ……。
0:黍野の目がにじむ。
佐藤:ど、どうされたんですか!? やはりどこかお体が……救急車、呼びましょうか?
黍野:(嗚咽交じりに)ちがっ……、違うんです。どこも体は悪くなくて……。なんだか、一気に力が抜けてしまって……ごめんなさい、泣くつもりなんてなかったのに……!
佐藤:……つらいことがあったのですね。愚痴を聞くくらいしかできませんが、俺でよければ、お話し聞きますよ。
0:間。
0:近くの公園のベンチに座り、缶コーヒーを飲む黍野と佐藤。
黍野:(カフェオレを飲んで)ふぅ……あったかい。
佐藤:弱っているときは甘いものや温かいものがいいと思って。勝手に選んでしまいましたが、お口に合ったようでよかった。
黍野:ありがとうございます。あ、お代……。
佐藤:あぁいえ。俺が好きでしたことですから。ここは格好つけさせてください。といっても、缶コーヒー程度ですけどね(苦笑)
黍野:そんな! ……すみません、こちらこそ、気を使っていただいて……。
佐藤:……少しは、落ち着きましたか?
黍野:はい……。
佐藤:余計なお世話だったらすみません。ですが、口にするだけでも少しは気が晴れると思うので。俺でよければ、なにがあったのか、聞かせてください。もちろん無理にとは言いませんけど。
黍野:…………。
0:少し逡巡する黍野。
黍野:実は……。
佐藤M:彼女の口から出てきたのは、聞いているこちらまで胸が痛くなるようなひどい内容だった。
佐藤:そんなことが……。大変な思いをしてきたんですね。
黍野:最近、うちの会社が特に力を入れているのが、国が新しく作った制度での新規顧客の獲得で。ただ、新しくできて間もないものだから説明も難しいし、私自身も勉強しながらなので、あまり詳しく説明することも、なかなか大変で……。
佐藤:新ニーサってやつかな。ただでさえ今のご時世、詐欺や、詐欺まがいの手口も増えているし。顧客側としても慎重にならざるをえないのは、無理もない。
黍野:よくご存じですね。
佐藤:あぁ、言っていませんでしたね。こう見えて俺、投資家の端くれなんです。今でこそそれなりに稼げていますけど、少し前までは、俺も本当に死に物狂いでした。
黍野:そうなんですね……。ふふっ、私たち、なんだか似た者同士かもしれないですね。
佐藤:と、言いますと?
黍野:……私の母、私が小さいころに父と離婚していて。そのせいもあって、お世辞にも裕福とは言えない生活を強いられて、学校でもそのことが理由ではれものみたいな扱われ方されていて……いじめられたりしなかっただけ、まだマシだったのかもしれないですけど。
佐藤:…………。
黍野:貧乏だったのがコンプレックスで。経済的にも、進学するのは厳しかったですけど、ちゃんとした企業に入るために必死に勉強とバイトをして。未来の自分たちには、そんな思いさせたくなかったから。
佐藤:……ご立派です。
黍野:ありがとうございます。(晴れ晴れとした様子で)んーっ! あなたが愚痴を聞いてくれたおかげで、なんだか少し初心を思い出せたような気がします。気分もだいぶ楽になりました。
0:名刺を取り出す黍野。
黍野:これ、私の名刺です。よろしければ、どうぞ弊社での投資運用もご検討いただけますと。
佐藤:はは……すごいですね、あなたは。では、私からも。
0:名刺交換をする二人。
黍野:ふふふっ。こんな夜の公園で名刺交換だなんて、はたから見るとさぞかしおかしな絵面でしょうね。
佐藤:はは、間違いない。
佐藤:(声のトーンを少し落として)……最後に一つ、お訊ねしてもいいですか?
黍野:はい、答えられる範囲でしたらお答えしますけど……。
佐藤:ご両親が、離婚されたせいで貧しい思いをされたんですよね。
佐藤:離婚した父親のことを、恨んだりはしていますか?
黍野:…………。
0:間。
黍野:……そうですね。父にも、やむにやまれぬ事情とかが、きっとあったんだろうな、とか。今ではさすがに少しはわかります。
黍野:でも、そのことで私がずっと苦労してきたのも間違いないと思っているので。恨んでいないと言ったら……噓になります。
佐藤:……そう、ですか。いえ、すみません。変な質問をしてしまって。
黍野:そんな。佐藤さんが気にされるようなことではないですよ。物心つくかどうかくらいのときに別れて……どうせ、もう二度と会うこともない相手でしょうから。
佐藤:…………。
黍野:お話し、聞いてくださってありがとうございました。名残惜しいですけど、そろそろ失礼させてもらいますね。
佐藤:はい。もう夜も遅いですから。気をつけて帰ってくださいね。
黍野:ふふ、ありがとうございます。それでは、佐藤さんも、お気をつけて。
0:間。帰路につく黍野を見送る佐藤。
0:公園に一人残されてひとりごちる佐藤。
佐藤:……『恨んでいないと言えば噓になる』、か……。
0:スマホを取り出し、電話をかける佐藤。
佐藤:夜分遅くに失礼いたします、お世話になっております。佐藤です。
佐藤:実は、折り入ってお願いしたいことが……。
0:数日後。黍野がまた碇に怒鳴られている。
碇:またお前というやつは! 何度も何度も同じようなミスばかりしおって! 会社は遊びの場ではないんだぞ!
黍野:(絞り出すような声で)本当に、申し訳……ありません……。
碇:本当に申し訳ないと思っているのか? なら少しは学習したらどうなんだ? まったく、使えん部下を持った私の身にもなってもらいたいんだがね。若いからって仕事をなめているんじゃないのか?
黍野:っ! そんなことはっ!
碇:んん? なんだ、その反抗的な態度は? 言っておくがな! お前のような使えないやつの代わりなど、いくらでもいるんだからな!?
佐藤:それは聞き捨てなりませんね。
0:佐藤が現れて、黍野と碇に詰め寄る。
黍野:さ、佐藤さん!? どうしてここに!?
佐藤:黍野さん、すみません。それは後ほど。今は……。
0:碇をにらみつける佐藤。
碇:な、なんだお前は! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ! 今すぐ出ていかないと警備員を呼ぶぞ!
佐藤:(許可証を見せて)このとおり、社内への立ち入り許可証はちゃんと発行して受け取っています。それに、関係者というなら私も今日付けで、立派な関係者です。
碇:な……ど、どういう意味だ!?
佐藤:この会社の株の、半数を買わせていただきました。社長にも確認してもらって、社長からも了承をいただいております。この意味が、おわかりですね?
碇:なっ……!?
0:青ざめる碇。
黍野:あの……佐藤さん? これは、どういう……?
佐藤:簡単に言うと、株式会社の保有株の過半数を持つと、その株主の子会社、という位置づけになるんですよ。つまり、この会社は俺の傘下になった、ということです。
碇:で、でで出鱈目を言うな! うちの会社の過半数を買い占めるのに、いくらかかると思って……!
佐藤:嘘だと思うのなら、ご自分で好きなだけ確認してください。ただし、その前にこちらをご覧になってくれますかね。碇部長?
0:資料の束を碇に突きつける佐藤。
0:絶句する碇。
碇:な……これ、は……。
佐藤:勝手ながら、興信所を使ってあなたのことを調べさせていただきました。部下に度重なる過剰なまでの叱責や、部下の手柄を横取りしたり、自分のミスを部下に押しつけたりと、あなたがしてきたことの証拠がまとまっています。面白いくらいたたけばたたくほど出てきましたよ。
碇:ぐ……! ぐぬぬ……っ!
佐藤:追って役員会議で辞令が下るでしょうが、ここまでの証拠が出そろっている以上、もうこの会社内にあなたの居場所があるとは思わないことです。今のうちに再就職先を探しておくことをお勧めしますよ。もっとも、これだけのことをしたあなたを雇うような企業が、そうそうあるとも思えませんが。
碇:あ、あ……。
0:崩れ落ちる碇。
0:二人のやり取りを唖然と眺めていた黍野に、佐藤が向き合う。
佐藤:さて、黍野さん。
黍野:え……あ、は、はいっ。
佐藤:ここで話をするのは落ち着かないので……できれば、少し二人でお話しができる場所なんかがあると、案内してもらえると助かるのですけれど。頼めますか?
黍野:は、はい……では、屋上にでも……。
0:間。屋上に移動した二人。
佐藤:まずは、突然のことで驚かせてしまったことを、お詫びしたい。すみません、いきなりなことをしてしまって。
黍野:い、いえ……驚きはしましたけど。でも、どうして、いきなりこんな?
佐藤:……我慢、できなかったんです。
黍野:佐藤さん?
佐藤:あなたを泣かせた、あの男が。
黍野:…………。
黍野:えぇっ!? ま、まさか、ほんの少しだけ話をしただけの私のために、あんな無茶をしたんですか!? あまり詳しくはわかりませんけど……うちの会社の株を半分買い占めるなんて、とんでもないお金が必要なんじゃ……。
佐藤:(苦笑しつつ)まぁ、確かにかなりの出費ではありましたけどね。
佐藤:でも、俺が投資家になって貯めてきた資産は、すべてこのときのためにあった、と言っても過言ではないので。
黍野:どういう……ことですか?
0:少し寂しそうに笑う佐藤。
佐藤:黍野さん。あなたのお母さんと結婚する時点で、あなたの元父親にはすでに連れ子がいたことを、ご存じですか?
黍野:え……?
黍野M:言われて、フラッシュバックするように頭に浮かんだものがあった。
黍野M:物心つくかつかないかくらいのときだったからひどくおぼろげではあるが……確かに私には、父の連れ子である、義理の兄がいた。
黍野M:親同士が離婚する際に、その兄も父と一緒に離れ離れになったから……今まで忘れていたけれど、両親のほかに、もう一人。歳の離れた男の子がいたことは、はっきりと思い出した。
黍野:でも、どうして佐藤さんがそのことを……。え、さ、『佐藤』って、まさか……。
佐藤:…………。
0:問いかけには答えず、曖昧に笑う佐藤。
佐藤:別に、今さら黍野さんと家族に戻れるとも思ってませんし、恨まれていてもしょうがないと思います。それでも俺は、十ほども歳の離れた妹のことを忘れたことは一日だってありません。
佐藤:あのときの俺はまだガキで、なんの力もなくて、なにもできなかった。だから、もし同じことを繰り返さないために、そのために力を蓄えてきました。……まぁ、こじらせたシスコンだと思われても、仕方ありませんけどね。
黍野:そんな、こと……。
佐藤:…………。
佐藤:さて、俺はそろそろ行きます。これ以上黍野さんのことを困らせたくもないですし、社の今後のことや碇部長について、改めて社長と話し合う約束をしているので。
佐藤:……それでは、また、いずれ。
0:屋上から立ち去る佐藤。一人残されて立ち尽くす黍野。
黍野M:正直、まるで頭が追いつかない、というのが素直な感想。
黍野M:今さら家族に戻れるなんて思えないのは、私もきっと一緒だ。
黍野M:でも、彼はどこまでも優しくて、私のほしい言葉をくれて。
黍野M:私のピンチに駆けつけてくれた彼のことを、私は……。
黍野M:恨んでいないと言えば嘘になる。それは本当だ。でも、それはあくまで親の話だ。
黍野M:私も彼も、親の、大人の都合に振り回されるしかない子どもだった。だから恨むのは筋違いだろう。
黍野M:理屈ではわかっているし、感情面でも義理の兄のことを恨んではいない。
黍野M:それでも、ほんの少しだけ暗い感情がつきまとう。
黍野M:どす黒い恨みの残滓と、底なしに甘くて安心する、砂糖のような感情がないまぜになる。
黍野M:その感情は、まるで――。
0:おしまい
0:大手証券会社内。
0:碇が黍野に怒鳴りつけている。ほかの社員は辟易しつつも我関せず、といった様子。
碇:黍野! これで何度目だ!? 顧客から『当初の説明と違う』とクレームが来ていたぞ!
黍野:っ……! も、申し訳ございません、碇部長……。
碇:まったく、使えん部下を持つとたまったものではない。あやうく大口の顧客からの信頼を失うところだったではないか。私のとっさの機転でなんとか免れたものの……お前たちの尻ぬぐいをさせられてばかりだと、私の評価まで悪く思われるのだぞ!
黍野:申し訳、ございません……。
黍野M:よく言う……心の底からそう思う。『碇部長は自分の出世のことしか頭になく、部下のことを、そのための駒としか思っていない』というのは、部署内ではもはや共通認識だ。
黍野M:そもそも今回の案件だって、私が必死に交渉をして獲得したものだった。それを碇部長が横から奪い取るみたいに担当をはずされたのだ。
黍野M:部下の手柄は自分のものにして、そのくせミスの責任は部下に無理やり押しつける。世渡りだけはうまいようで、会社役員らにはバレないようにうまく立ち回っているらしい。
黍野M:告発しようにも、もしバレたらどうなるかわからない。結果として泣き寝入りするしかなく、それがいっそう彼の独裁に拍車をかける、という悪循環が生まれていた。
0:間。黍野が残業を終えて帰宅中。
0:愚痴を吐きながら、徐々に弱気に駆られていく黍野。
黍野:(伸びをしながら)うーーーん……今日もサビ残、お疲れさまでした、っと……。
黍野:はぁ……せっかくがんばって勉強して、そこそこの大学を出て、第一志望の大手証券会社に採用されたっていうのに……。会社自体はお給料も福利厚生もしっかりしていて評判いいのに、イヤな上司が一人いるだけでこんなに毎日がつらくなるだなんて……。
0:少しの間。
黍野:……私、なんのためにここまでがんばってきたんだっけ。
0:佐藤が背後から声をかける。
佐藤:あの……。
黍野:えっ!?
佐藤:あ、驚かせてしまって申し訳ない。あなたが、どうも体調が悪そうに見えて、思わず声をかけてしまいました。こんな夜道に若い女性が一人で……自分が勝手に心配になっただけです。
黍野:え、あ……。
0:黍野の目がにじむ。
佐藤:ど、どうされたんですか!? やはりどこかお体が……救急車、呼びましょうか?
黍野:(嗚咽交じりに)ちがっ……、違うんです。どこも体は悪くなくて……。なんだか、一気に力が抜けてしまって……ごめんなさい、泣くつもりなんてなかったのに……!
佐藤:……つらいことがあったのですね。愚痴を聞くくらいしかできませんが、俺でよければ、お話し聞きますよ。
0:間。
0:近くの公園のベンチに座り、缶コーヒーを飲む黍野と佐藤。
黍野:(カフェオレを飲んで)ふぅ……あったかい。
佐藤:弱っているときは甘いものや温かいものがいいと思って。勝手に選んでしまいましたが、お口に合ったようでよかった。
黍野:ありがとうございます。あ、お代……。
佐藤:あぁいえ。俺が好きでしたことですから。ここは格好つけさせてください。といっても、缶コーヒー程度ですけどね(苦笑)
黍野:そんな! ……すみません、こちらこそ、気を使っていただいて……。
佐藤:……少しは、落ち着きましたか?
黍野:はい……。
佐藤:余計なお世話だったらすみません。ですが、口にするだけでも少しは気が晴れると思うので。俺でよければ、なにがあったのか、聞かせてください。もちろん無理にとは言いませんけど。
黍野:…………。
0:少し逡巡する黍野。
黍野:実は……。
佐藤M:彼女の口から出てきたのは、聞いているこちらまで胸が痛くなるようなひどい内容だった。
佐藤:そんなことが……。大変な思いをしてきたんですね。
黍野:最近、うちの会社が特に力を入れているのが、国が新しく作った制度での新規顧客の獲得で。ただ、新しくできて間もないものだから説明も難しいし、私自身も勉強しながらなので、あまり詳しく説明することも、なかなか大変で……。
佐藤:新ニーサってやつかな。ただでさえ今のご時世、詐欺や、詐欺まがいの手口も増えているし。顧客側としても慎重にならざるをえないのは、無理もない。
黍野:よくご存じですね。
佐藤:あぁ、言っていませんでしたね。こう見えて俺、投資家の端くれなんです。今でこそそれなりに稼げていますけど、少し前までは、俺も本当に死に物狂いでした。
黍野:そうなんですね……。ふふっ、私たち、なんだか似た者同士かもしれないですね。
佐藤:と、言いますと?
黍野:……私の母、私が小さいころに父と離婚していて。そのせいもあって、お世辞にも裕福とは言えない生活を強いられて、学校でもそのことが理由ではれものみたいな扱われ方されていて……いじめられたりしなかっただけ、まだマシだったのかもしれないですけど。
佐藤:…………。
黍野:貧乏だったのがコンプレックスで。経済的にも、進学するのは厳しかったですけど、ちゃんとした企業に入るために必死に勉強とバイトをして。未来の自分たちには、そんな思いさせたくなかったから。
佐藤:……ご立派です。
黍野:ありがとうございます。(晴れ晴れとした様子で)んーっ! あなたが愚痴を聞いてくれたおかげで、なんだか少し初心を思い出せたような気がします。気分もだいぶ楽になりました。
0:名刺を取り出す黍野。
黍野:これ、私の名刺です。よろしければ、どうぞ弊社での投資運用もご検討いただけますと。
佐藤:はは……すごいですね、あなたは。では、私からも。
0:名刺交換をする二人。
黍野:ふふふっ。こんな夜の公園で名刺交換だなんて、はたから見るとさぞかしおかしな絵面でしょうね。
佐藤:はは、間違いない。
佐藤:(声のトーンを少し落として)……最後に一つ、お訊ねしてもいいですか?
黍野:はい、答えられる範囲でしたらお答えしますけど……。
佐藤:ご両親が、離婚されたせいで貧しい思いをされたんですよね。
佐藤:離婚した父親のことを、恨んだりはしていますか?
黍野:…………。
0:間。
黍野:……そうですね。父にも、やむにやまれぬ事情とかが、きっとあったんだろうな、とか。今ではさすがに少しはわかります。
黍野:でも、そのことで私がずっと苦労してきたのも間違いないと思っているので。恨んでいないと言ったら……噓になります。
佐藤:……そう、ですか。いえ、すみません。変な質問をしてしまって。
黍野:そんな。佐藤さんが気にされるようなことではないですよ。物心つくかどうかくらいのときに別れて……どうせ、もう二度と会うこともない相手でしょうから。
佐藤:…………。
黍野:お話し、聞いてくださってありがとうございました。名残惜しいですけど、そろそろ失礼させてもらいますね。
佐藤:はい。もう夜も遅いですから。気をつけて帰ってくださいね。
黍野:ふふ、ありがとうございます。それでは、佐藤さんも、お気をつけて。
0:間。帰路につく黍野を見送る佐藤。
0:公園に一人残されてひとりごちる佐藤。
佐藤:……『恨んでいないと言えば噓になる』、か……。
0:スマホを取り出し、電話をかける佐藤。
佐藤:夜分遅くに失礼いたします、お世話になっております。佐藤です。
佐藤:実は、折り入ってお願いしたいことが……。
0:数日後。黍野がまた碇に怒鳴られている。
碇:またお前というやつは! 何度も何度も同じようなミスばかりしおって! 会社は遊びの場ではないんだぞ!
黍野:(絞り出すような声で)本当に、申し訳……ありません……。
碇:本当に申し訳ないと思っているのか? なら少しは学習したらどうなんだ? まったく、使えん部下を持った私の身にもなってもらいたいんだがね。若いからって仕事をなめているんじゃないのか?
黍野:っ! そんなことはっ!
碇:んん? なんだ、その反抗的な態度は? 言っておくがな! お前のような使えないやつの代わりなど、いくらでもいるんだからな!?
佐藤:それは聞き捨てなりませんね。
0:佐藤が現れて、黍野と碇に詰め寄る。
黍野:さ、佐藤さん!? どうしてここに!?
佐藤:黍野さん、すみません。それは後ほど。今は……。
0:碇をにらみつける佐藤。
碇:な、なんだお前は! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ! 今すぐ出ていかないと警備員を呼ぶぞ!
佐藤:(許可証を見せて)このとおり、社内への立ち入り許可証はちゃんと発行して受け取っています。それに、関係者というなら私も今日付けで、立派な関係者です。
碇:な……ど、どういう意味だ!?
佐藤:この会社の株の、半数を買わせていただきました。社長にも確認してもらって、社長からも了承をいただいております。この意味が、おわかりですね?
碇:なっ……!?
0:青ざめる碇。
黍野:あの……佐藤さん? これは、どういう……?
佐藤:簡単に言うと、株式会社の保有株の過半数を持つと、その株主の子会社、という位置づけになるんですよ。つまり、この会社は俺の傘下になった、ということです。
碇:で、でで出鱈目を言うな! うちの会社の過半数を買い占めるのに、いくらかかると思って……!
佐藤:嘘だと思うのなら、ご自分で好きなだけ確認してください。ただし、その前にこちらをご覧になってくれますかね。碇部長?
0:資料の束を碇に突きつける佐藤。
0:絶句する碇。
碇:な……これ、は……。
佐藤:勝手ながら、興信所を使ってあなたのことを調べさせていただきました。部下に度重なる過剰なまでの叱責や、部下の手柄を横取りしたり、自分のミスを部下に押しつけたりと、あなたがしてきたことの証拠がまとまっています。面白いくらいたたけばたたくほど出てきましたよ。
碇:ぐ……! ぐぬぬ……っ!
佐藤:追って役員会議で辞令が下るでしょうが、ここまでの証拠が出そろっている以上、もうこの会社内にあなたの居場所があるとは思わないことです。今のうちに再就職先を探しておくことをお勧めしますよ。もっとも、これだけのことをしたあなたを雇うような企業が、そうそうあるとも思えませんが。
碇:あ、あ……。
0:崩れ落ちる碇。
0:二人のやり取りを唖然と眺めていた黍野に、佐藤が向き合う。
佐藤:さて、黍野さん。
黍野:え……あ、は、はいっ。
佐藤:ここで話をするのは落ち着かないので……できれば、少し二人でお話しができる場所なんかがあると、案内してもらえると助かるのですけれど。頼めますか?
黍野:は、はい……では、屋上にでも……。
0:間。屋上に移動した二人。
佐藤:まずは、突然のことで驚かせてしまったことを、お詫びしたい。すみません、いきなりなことをしてしまって。
黍野:い、いえ……驚きはしましたけど。でも、どうして、いきなりこんな?
佐藤:……我慢、できなかったんです。
黍野:佐藤さん?
佐藤:あなたを泣かせた、あの男が。
黍野:…………。
黍野:えぇっ!? ま、まさか、ほんの少しだけ話をしただけの私のために、あんな無茶をしたんですか!? あまり詳しくはわかりませんけど……うちの会社の株を半分買い占めるなんて、とんでもないお金が必要なんじゃ……。
佐藤:(苦笑しつつ)まぁ、確かにかなりの出費ではありましたけどね。
佐藤:でも、俺が投資家になって貯めてきた資産は、すべてこのときのためにあった、と言っても過言ではないので。
黍野:どういう……ことですか?
0:少し寂しそうに笑う佐藤。
佐藤:黍野さん。あなたのお母さんと結婚する時点で、あなたの元父親にはすでに連れ子がいたことを、ご存じですか?
黍野:え……?
黍野M:言われて、フラッシュバックするように頭に浮かんだものがあった。
黍野M:物心つくかつかないかくらいのときだったからひどくおぼろげではあるが……確かに私には、父の連れ子である、義理の兄がいた。
黍野M:親同士が離婚する際に、その兄も父と一緒に離れ離れになったから……今まで忘れていたけれど、両親のほかに、もう一人。歳の離れた男の子がいたことは、はっきりと思い出した。
黍野:でも、どうして佐藤さんがそのことを……。え、さ、『佐藤』って、まさか……。
佐藤:…………。
0:問いかけには答えず、曖昧に笑う佐藤。
佐藤:別に、今さら黍野さんと家族に戻れるとも思ってませんし、恨まれていてもしょうがないと思います。それでも俺は、十ほども歳の離れた妹のことを忘れたことは一日だってありません。
佐藤:あのときの俺はまだガキで、なんの力もなくて、なにもできなかった。だから、もし同じことを繰り返さないために、そのために力を蓄えてきました。……まぁ、こじらせたシスコンだと思われても、仕方ありませんけどね。
黍野:そんな、こと……。
佐藤:…………。
佐藤:さて、俺はそろそろ行きます。これ以上黍野さんのことを困らせたくもないですし、社の今後のことや碇部長について、改めて社長と話し合う約束をしているので。
佐藤:……それでは、また、いずれ。
0:屋上から立ち去る佐藤。一人残されて立ち尽くす黍野。
黍野M:正直、まるで頭が追いつかない、というのが素直な感想。
黍野M:今さら家族に戻れるなんて思えないのは、私もきっと一緒だ。
黍野M:でも、彼はどこまでも優しくて、私のほしい言葉をくれて。
黍野M:私のピンチに駆けつけてくれた彼のことを、私は……。
黍野M:恨んでいないと言えば嘘になる。それは本当だ。でも、それはあくまで親の話だ。
黍野M:私も彼も、親の、大人の都合に振り回されるしかない子どもだった。だから恨むのは筋違いだろう。
黍野M:理屈ではわかっているし、感情面でも義理の兄のことを恨んではいない。
黍野M:それでも、ほんの少しだけ暗い感情がつきまとう。
黍野M:どす黒い恨みの残滓と、底なしに甘くて安心する、砂糖のような感情がないまぜになる。
黍野M:その感情は、まるで――。
0:おしまい