台本概要
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タイトル | 1人の魔王と99人の勇者。 |
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作者名 | 音佐りんご。 (@ringo_otosa) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(男2、女2、不問1) ※兼役あり |
時間 | 90 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
◆あらすじ◆ 『世界を終わらせる力』を持つとされる終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデが待ち受ける魔王城の玉座の間に、勇者たちが現れる。次々に魔王へと襲い掛かる勇者達。その数なんと99人。今宵、1人の魔王と99人の勇者による最終決戦が始まる――。 ◇注意事項◇ ・アドリブや性別変更などはご自由に。 ・『魔王』役を除く4役(勇者A、勇者B、勇者C、勇者D)は兼ね役が1人につき25~26役ありますが、基本的には「勇者A」役の方は「勇者A」を読めば問題ありません。表記は次の通りです。 例 勇者A:(紫電) 勇者A:(挟撃) ・かなりざっくりと算出した値ですが尺は約66分から99分です。実際はその1.5倍かかるかもしれません。参考までにト書き役名記号等を含んだ総文字数は50,000字程度です。 ・台詞量の偏りはできる限り満遍なく分散するようにはしていますが、作者の感覚的なものなので、ご容赦ください。長台詞もそこそこあるので台詞の数はあまりあてになりません。 ・振り仮名は登場人物説明欄を除いてほぼ振っていません。また、ルビなのか技名なのか何なのか分かりづらい物も多いでしょう。読み方が正しいかどうかは深く考えずサクッと読んでしまうことをお勧めします。 ・なお、ご不明な点や相談などありましたら作者まで。 211 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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魔王 | 不問 | 398 | 終極《しゅうきょく》の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。真理に至らんとする魔導の才と無尽蔵の魔力を持って生まれた、『世界を終わらせる力』を持つとされる魔王。身体能力も秀でており、剣術や体術、暗殺術などにも通ずる万能にして最強の存在であり、一度見た技は大体再現可能。本人は世界を滅ぼす気など特になく、圧倒的な強さと、話してみると案外気さくな人柄から家臣や民には愛され、可能な限りそれに応えようとする良き王。食事やその他必要な物は全て周囲の者が用意し、玉座の間で生活が完結しているため、トイレ以外で出ることさえも稀。読書や魔導研究、修行などで暇を潰していることが多いが、時折『勇者』を名乗る人間が使命感や名声の為に乗り込んでくることもあり、戦闘となる。しかし大抵はワンパンで沈む為やや退屈している。何千年と魔王をやっている。 |
勇者A | 男 | 210 | 主に男。複数の勇者を兼ね役。(紫電《しでん》、挟撃《きょうげき》、脱税《だつぜい》、極楽《ごくらく》、薄毛《うすげ》、禿頭《とくとう》、漆黒《しっこく》、無給《むきゅう》、甘美《かんび》、審判《しんぱん》、火炎瓶《かえんびん》、不知火《しらぬい》、地水火風《ちすいかふう》、朧月夜《おぼろつきよ》、虚偽《きょぎ》、白昼《はくちゅう》、魔穿鉄拳《ませんてっけん》、驟雨《しゅうう》、絶望《ぜつぼう》、百花繚乱《ひゃっかりょうらん》、真紅《しんく》、業火《ごうか》、天剣絶刀《てんけんぜっとう》、永劫回帰《えいごうかいき》、再生《さいせい》) |
勇者B | 女 | 244 | 主に女。複数の勇者を兼ね役。(電撃《でんげき》、追撃《ついげき》、恐悦《きょうえつ》、冥府《めいふ》、薄明《はくめい》、七光《ななひかり》、宵闇《よいやみ》、残業《ざんぎょう》、審美《しんび》、断罪《だんざい》、放火魔《ほうかま》、鉄火場《てっかば》、隔岸観火《かくがんかんか》、雪月花《せつげっか》、詐術《さじゅつ》、暁闇《ぎょうあん》、鸞翔鳳蹴《らんしょうほうしゅう》、雷霆《らいてい》、希望《きぼう》、鏡花水月《きょうかすいげつ》、白銀《はくぎん》、聖域《せいいき》、鉛刀一割《えんとういっかつ》、夢幻泡影《むげんほうよう》、生老病死《しょうろうびょうし》、再生《さいせい》) |
勇者C | 女 | 190 | 主に女。複数の勇者を兼ね役。(遠雷《えんらい》、連撃《れんげき》、解脱《げだつ》、煉獄《れんごく》、薄幸《はっこう》、発光《はっこう》、腹黒《はらぐろ》、連勤《れんきん》、曲線美《きょくせんび》、執行《しっこう》、不審火《ふしんび》、山火事《やまかじ》、星火燎原《せいかりょうげん》、三日月《みかづき》、欺瞞《ぎまん》、黎明《れいめい》、雪泥咬爪《せつでいこうそう》、泡雪《あわゆき》、渇望《かつぼう》、有為転変《ういてんぺん》、蒼穹《そうきゅう》、災厄《さいやく》、剣鬼羅刹《けんきらせつ》、流星光底《りゅうせいこうてい》、森羅万象《しんらばんしょう》) |
勇者D | 男 | 210 | 主に男。複数の勇者を兼ね役。(迅雷《じんらい》、閃撃《せんげき》、解説《かいせつ》、脱獄《だつごく》、薄命《はくめい》、不毛《ふもう》、陰影《いんえい》、不休《ふきゅう》、優美《ゆうび》、懲罰《ちょうばつ》、火薬庫《かやくこ》、火達磨《ひだるま》、集中砲火《しゅうちゅうほうか》、天満月《あまみつつき》、誤謬《ごびゅう》、黄昏《たそがれ》、極握非道《ごくあくひどう》、砂嵐《すなあらし》、失望《しつぼう》、光芒一閃《こうぼういっせん》、黄金《おうごん》、神葬《しんそう》、傀儡聖剣《かいらいせいけん》、万里一空《ばんりいっくう》、色即是空《しきそくぜくう》) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:1人の魔王と99人の勇者。
:
0:◇登場人物◇
魔王:終極《しゅうきょく》の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。
勇者A:主に男。複数の勇者を兼ね役。
勇者B:主に女。複数の勇者を兼ね役。
勇者C:主に女。複数の勇者を兼ね役。
勇者D:主に男。複数の勇者を兼ね役。
:
0:以下本編。
:
0:◆◆◆
:
勇者A:かつて『終極の魔王』と呼ばれた者がいる。真理に至らんとする魔導の才と無尽蔵の魔力を持って生まれ、剣術や体術、暗殺術などにも通ずる万能にして最強の存在。
勇者B:『世界を終わらせる力』持つとされ、永き時を生きる闇黒の化身、ヴォイド・ヴェルト・エンデ。
勇者C:そんな彼の者を打ち倒し、世界に平和をもたらさんとする救世主、或いは挑戦者を、人々は『勇者』と呼んだ。
勇者D:そして今宵。彼の者の住まう魔王城に勇者たちが集い、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――。
:
0:魔王城『玉座の間』。
0:玉座には終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。
:
魔王:……来たか。
:
0:扉を開け放ち勇者(紫電)が駆け込んでくると同時に詠唱を開始する。
:
勇者A:(紫電)我は無垢、終末をかける雷神の錫杖。大気切り裂く獅子の産声、こだまするは淵源より差し延べる紫の腕。星無き夜空渡る一条の矢をつがえ、空席の天の座において代行者を名乗り、昏き黎明に押し黙る虚無を穿とう。二十三対、未だ眼醒めぬ瞳に輝き灯さんと彷徨する見目麗しき乙女に宣誓。忘れ得ぬ遠き約束の日、いずれ来たる輪廻に喝采、綻びもたらす始まりの破壊者と七日七晩躍り明かす愚昧なる汝の望みは、形無くした死神達の宴となろう。混沌の霹靂、鳴り止まぬ万雷によりて磨き上げた時計の針の向こうより続く月下の葬列。掲げる旗に記す王の遺言を色硝子で飾り、失われた時の欠片を透かす道標。やがて巡りて流るる風の声に耳を傾けよ。それは永劫。真理ひた隠し、営みの足場となる暗渠。崩落する世界の片隅を舞う黒き不死鳥、悠然たる啼き声の旋律。呼び醒まされし乙女は微笑む。降り注ぐは黄金の祝福と白銀の災禍。天より賜りし静かなる熾火と賑わいし慈雨を携え邂逅するは運命。断ち得ぬ絹糸を鎖に代えて、憐れなる隻眼の蛇の群れはその白き肌に食らいつく。恐れるなかれ。惑うことなく天の火を辿り、絢爛に灼かれし瞼に口づけを施そう。或いは一輪の枯れゆく花に声を授けて捧ぐ祈りは、星の砂漠で力尽きた旅人に姿を変えて語り継がれる神秘の系譜。歪んだ水晶、映る精霊の追憶、流す涙は碧瑠璃に染まり、深き海の底を揺蕩いながら、穢れた大地より妄執を切り取り浄化する。彼の者、大いなる意思に従って刻まれる流転の七芒星。点と点を結び象る宿命に嗚咽を潜ませ、渇いた大河を誰に知られることも無く潤す豊穣の契約。捧げしは、荒れ果てた楽園を満たす一滴の血。毒となり、薬となり、水となり、鉄となる。孤独に震える獣にひとときの安寧を与え、命を奪う狩人の爪。栄光と退廃を飾る都の鐘は、幾千幾万の民草から屈辱を奪い快楽を与える狂乱の揺り籠。重なる鼓動に耳を澄まし、凍える冬を越えたならば、未だ誰も見たことの無い故郷の春に足を踏み入れ、黄昏の果てに沈むこともやむなし。欠けて薄れた悲劇の底に、今沸き立つは審判の焔。黒く爛れて溶け落ちた青銅の汗を浮かべ、恐怖のままに足を止めることも叶わぬ聖者の行軍。先へ、前へ、向こうへ、果てへ、終焉へ。征服し、蹂躙し、陵辱し、侵犯し、逸脱し、越境し、飛躍し、超克する。抜き放たれた一振りの剣が誘う終わりなき終わりの待つ場所へ我を導け。――終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』!
魔王:詠唱省略もせず長々と早口で阿保が! 消え去るがいい混沌の劫火《ブレイズ・オブ・カオス》!
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0:勇者(紫電)、詠唱が終わらないうちに、魔王によって焼き尽くされる。
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魔王:ふむ、やはり多少威力は落ちるが、十分か。
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0:その光景を勇者(電撃、迅雷、遠雷)が目撃し悲痛に顔を歪める。
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勇者B:(電撃)紫電の勇者ぁぁぁぁ!?
勇者D:(迅雷)終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ!
勇者C:(遠雷)よくも……! 仇は私が!
魔王:紫電の勇者で終いと思うな馬鹿め。戦いは既に始まり――決しておるぞ、混沌残火《カオス・エンバース》!
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0:勇者(電撃、迅雷、遠雷)、勢いを増した(紫電)を焼く炎に包まれ纏めて焼かれる。
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魔王:ふははははは!! 油断したな、電撃迅雷遠雷の勇者! この我にかかれば貴様らなどティッシュ同然! 一瞬で消しず――
勇者D:(閃撃)ひゃっはー! もらったぜ! 白熱せし指先の高貴なる閃き《ノブリス・オブ・フラッシュ・フィンガー》ぁぁぁぁッ!
魔王:だぁぁぁぁ!! 眩しくて鬱陶しいんだよ閃撃の勇者! 我の覇道を邪魔する奴は我に蹴られて地獄で爆ぜよ! 滅神崩天脚・改!
勇者B:(追撃)っく! お前の死は無駄にせん。行くぞ連撃、挟撃!
勇者C:(連撃)えぇ、コンビネーションアタックですわ! 追撃さん!
魔王:させねぇよ――追撃連撃挟撃の勇者! こちらも反撃! 迎撃! 邀撃《ようげき》!
勇者A:(挟撃)さぁみんな連ねて行こうぜ! 必殺――
魔王:重ねてゆくぞ! 秘技――
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0:四人同時に。
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勇者B:(追撃)――三連挟追撃《トライアングル・アサルト》!
勇者C:(連撃)――三連挟追撃《トライアングル・アサルト》!
勇者A:(挟撃)――三連挟追撃《トライアングル・アサルト》!
魔王:三重反迎邀撃《トライアングル・インターセプト》!
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勇者B:(追撃)ぐわぁぁぁぁぁ!
勇者C:(連撃)きゃぁぁぁ!
勇者A:(挟撃)うぇぇぇぇぇ!
魔王:……他愛ない。
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0:倒れた勇者たちの向こうから、軽やかな靴音を響かせて恐悦の勇者が舞い込んでくると剣を抜き放ち踊り出す。
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勇者B:(恐悦)あはぁぁぁん♡ 早くも8人の勇者が逝ってしまわれましたわぁ? 哀しい。悲しくて愛《かな》しくて……涙と嗚咽とそして何よりこの胸の疼きが止まりませんの……! うふふふふふふふですけれど……わたくしはそう容易く逝きませんことよぉぉ? 思う存分わたくしと遊んでわたくしを弄んでわたくしを愛して壊して殺して慰めて刺し違えて下さいまし? わたくしの魔王様ぁぁぁぁぁん! 狂喜剣乱舞踏会《エクスタシック・ブレイドダンス・パーティ》ぃぃぃぃぃぃ♡
魔王:くそ! 恐悦の! 勇者! 次から次に! 鬱陶しい!
勇者D:(解説)恐悦の勇者、情熱的な攻めの姿勢ですねー。これまでの勇者たちは攻撃を当てることも叶いませんでしたが、彼女は終極の魔王の回避を見切り、斬撃を的確に置きに行っています。激しく不規則に見えて一太刀一太刀が計算され尽くしています。その繊細な剣術は演舞のよう、いいえ。魔王城の玉座の間と相俟って正に華やかな舞踏会。そして愛の成せる技。これには魔王も時めいた様子。解説はわたくし、解説の勇者です。
魔王:横でごちゃごちゃと……! 時めいてないわ喧しい! お前もまとめてぶった切ってやる解説の勇者! 罪業双曲剣――甘い! 魔王羅刹掌! 後ろも見えてんだよ解脱の勇者! 転刃――破断翔!
勇者C:(解脱)――嘘でしょうっ!?
魔王:――からの滅神雷葬脚! んで足下! お望み通り、踊ってやるぞ恐悦の勇者! ただし、我の音楽についてこられるならば、な! 冥き宴に月夜の調べ、響き交わり継ぎ接ぎ溶けよ――冥界交響曲七番《ハデス・シンフォニー・ナンバー・セブン》! せいぁぁぁぁぁ! そんでこそこそと無粋なんだよもぐら野郎!
勇者A:(脱税)な……!? 何故バレた! 音もなく一瞬で大地に深く穴を穿ち隠れ潜むことで徴税人の追求から逃れる技とそれを瞬時に発動すべく効果を前借りして詠唱を後払いすることのできる生涯をかけて編み出した究極の我が二つの秘奥義――免税脱兎《ラピッド・ホール・ラビット》と繰日兎《クレジット》が破られる?! ぐわぁぁぁぁぁぁ!
魔王:脱税の勇者め、恐悦と解説の勇者が気を引いてる隙に、影の薄い解脱の勇者と合わせた連携のつもりだったか? てか、もはやお前はただの犯罪者なんだよな脱税の勇者。悪知恵の回る貴様らしいと言えば――! っぁ!?
勇者C:(煉獄)焼き尽くせ――煉獄《ヘル・フレイム》!
勇者B:(冥府)凍えてお逝き――絶対零度《アブソリュート・ゼロ》!
魔王:拒め闇殻《ダークネス・シェル》!!
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0:辺りは霧に包まれる。
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勇者D:(脱獄)……やったか! ……ぐぁっ!?
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0:霧の中から、影でできた槍のようなものが飛び出してくる。
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魔王:穿て闇槍《ダーク・スピア》! 最後まで油断大敵だぞ脱獄の勇者? ……そんでお前らは仲良く不意打ちかクソ、煉獄の勇者と冥府の勇者!
勇者A:(極楽)よもや、私の考案した双極の凍焔郷《ユートピア》を防ぎきるとは、流石終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ、といったところでしょうか? 随分と頑丈そうな防御魔法ですがしかし、脱獄の勇者殿を刺した影の槍は我々まで届かない。不用意に近づかなければ恐るるに足らない差し詰め亀のような――
魔王:――孵化厄災《カラミティ・インキュベーション》! 解放《パージ》!
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0:闇の殻が内側から弾け飛び、三人の勇者(煉獄、冥府、極楽)を消し去る。
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勇者B:(薄氷)そんな……! 防御魔法を破裂させて攻撃するなんて常識外れの無茶苦茶です!
魔王:常識なぞ所詮我に屈する定めだ諦めよ。そして――。
勇者C:(薄幸)あ~薄氷さん~この位置はマズいです~たぶんこのままだと私たちも~
魔王:ふんっ、察しが良いな薄幸の勇者。貴様らも……消えよ!
勇者D:(薄命)あー。また死ぬのかぁ。やだなぁ。ま、仕方ないかぁ。
魔王:さらばだ薄命の勇者と――
勇者A:(薄毛)おぉぉぉぉ神よぉぉぉぉ! 風前の灯である我らを見捨てないで! 希望がぁぁぁ! 俺の髪ぃぃぃぃ!
魔王:薄毛の勇者……。ただのハゲなんだよな……。
勇者D:(不毛)希望は――ある! シン・新太陽光《シン・ニュー・シャイン・サン》!
勇者C:(発光)私が皆さんを照らす光になります――ちょっと気まぐれお天道様《レイ・オブ・ソーラー》!
魔王:と、噂をすれば不毛の勇者と発光――ややこしいな。
勇者A:(禿頭)行くぞ不毛! 発光ちゃん! 三位一体! というより三角関係――存在照明《トワイライト・トライアングル・レゾンデートル》!
魔王:禿頭の勇者の増幅魔法! これは光魔法の合わせ技!? 確かに闇系の我には効果的――だが、跳ね返れ。鏡像召喚《トゥルー・ミラー》!
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0:魔王に向けた光魔法が反射されて天井を穿つ。
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魔王:天井に穴空いたじゃねぇか、なんて厄介なビームだ。……ん? おい。まだ貴様らには当たってないだろう? もしかして鏡に映り込んだ自分を見ただけでそんな凹んでおるのか?
勇者B:(七光)あぁなんて残酷なことを! 彼らは勇者になる前はただの日陰者だった! けれど勇者として活躍し脚光を浴びることでその過去を、劣等感を忘れることができていた! それなのにお前は現実を突きつけたんだ! まぁ最強と名高い極光の勇者と神の子と謳われた七色の賢者の娘として生を受けた私は生まれた時から勝ち組なのでそんな攻撃効かないですけどね!
魔王:いや、お前は何もしてないし、弱いのも知ってるから帰っていいぞ、七光の勇者。あと、前から言おうと思っていたのだが、色々着飾ってるけど貴様って――なんか地味だよな。いや、キャラ付けしようと頑張ってるのは分かるのだが、髪を七色に染めてるのもそんなに似合っておらんし、装備も極彩色なのとか無駄に目がちかちかする。加えて虹色に光るその、ゲーミング聖剣みたいなのもダサいし、ていうかそれなんか意味あるのか? ……あ。なんか死んだ。――む?
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0:魔王を囲むように四人の勇者(宵闇、陰影、漆黒、腹黒)が現れる。
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魔王:この闇の気配は……。
勇者C:(腹黒)っくっくっく! 所詮あの子は勇者の中でも最弱。……だけど能力的にはそこそこ強い筈なのに偉大過ぎる両親の幻影に強い劣等感を抱き本来の力を発揮できずしかしそんな彼女を励まそうと両親は「できないことは無理に頑張らなくてもいい。力が無くたって私たちの大切な娘であることに変わりはないのだから」と優しい言葉をかけるが哀しいことにその言葉こそ彼女にとっての呪いであり心の拠り所。そして特別な自分に酔いながらも、強くなるために足掻き、けれどどれだけ頑張っても強くなれず、更には両親の言葉が強くなろうとする彼女を否定する。無駄な努力、無為な研鑚、無茶な修行をただ繰り返してきた無力な箱入り娘。それが七光の勇者ちゃん! ああ健気! てえてえ! そんな私の推しの心をよくも……よくも圧し折ってくれたな魔王ぉぉうう! お前だけは絶対に許さない!
勇者A:(漆黒)落ち着け、腹黒の勇者。お前、そんなキャラだったか? そもそも我々は闇に乗じて魔王を仕留める算段だった筈。だというのにお前と来たら急に飛び出していきやがって。血迷ったか? しかし、まぁ、気持ちは分からなくもない。好きな子が苦しんでいたら、理屈じゃない。身体が勝手に動いてしまうものだ。何故なら、俺もそうだからな。好きだ。結婚しよう、腹黒。
勇者B:(宵闇)いや、あんたが落ち着けっつーの漆黒の勇者。何を血迷って口走ってるかな。あーしらの任務は魔王を確実に仕留めることじゃん。なのに仲間にコクって期を逃すなんて馬鹿すぎ。てかあーしら闇黒勇者四人衆の顔に泥塗るつもり? そんなの泥パックだけにしてほしいわ。……けどさ、普段クールなクセに好きな女のことになると、周り見えなくなるあんたのこと、あーし結構好きなんだからね!
勇者D:(常闇)…………あの。拙者、帰っていいでござるか? 宵闇氏。拙者抜きでよろしくやってる仲間の色恋沙汰なぞ見せられて病みそうなんでござるけど。常闇だけに常に病んでるでござるよ拙者。拙者のような日陰者が愛されることなぞ微塵も期待してござらんが。てか拙者の嫁は絵巻の中にいる故平気だし。あぁ、早く帰ってゲームしたいでござる。お外は嫌でござる。かったるいでござる。至極面倒でござる。お命頂戴仕る。秘術――幻影舞踏殺《シャドー・ステップ》!
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0:常闇の勇者、影のように掻き消えると、魔王の背後に現れて剣を繰り出す。
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魔王:――っぶねぇな常闇の勇者!
勇者D:(常闇)っち、逃げるとは卑怯でござる。
魔王:不意打ちかまそうとした奴がどの口で……! あと宵闇、漆黒、腹黒の勇者! 貴様らはもう少し真面目に――
勇者B:(宵闇)じゃあ拒め影殻《シャドー・シェル》。
勇者C:(腹黒)からの穿て棘影《シャドー・スピア》!
魔王:拒め闇殻《ダークネス・シェル》。……そんな投げ遣りな攻撃当たるものか!
勇者A:(漆黒)ダメ押しの斬影《シャドー・スラッシュ》!
魔王:……えぇい鬱陶しい!
勇者C:(腹黒)お前もな! ていうかそれ、
勇者A:(漆黒)同族嫌悪なんじゃねぇの?
勇者B:(宵闇)それな!
勇者D:(常闇)禿同でござる。
魔王:心底ムカつくな、闇黒勇者四人衆。……しかし、属性が被る故、決定打に欠ける。面倒な相手だが、ならば手数で攻めるまでか。いくぞ――滅神脚!
勇者C:(腹黒)斬影《シャドー・スラッシュ》!
魔王:嵐翔剣!
勇者A:(漆黒)影盾《シャドー・シールド》!
魔王:滅神崩天脚!
勇者B:(宵闇)槍影《シャドー・ランス》!
魔王:からの混沌の劫火《カオス・オブ・ブレイズ》!!
勇者D:(常闇)……孵化陰影《シャドー・インキュベーション》。
魔王:なに……!? 拒め影殻《シャドー・シェル》!
勇者D:(常闇)甘いでござる。解放《パージ》!
魔王:――によって、生じた影より出る漆黒の刃――幻影舞踏殺・改! ひぃっ! ふぅっ! みぃっ! 四連闇斬《クアド・ダーク・スラッシュ》!
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勇者C:(腹黒)っくぅ、やられた~! ていうかこれ、
勇者A:(漆黒)完全敗北なんじゃねぇの?
勇者B:(宵闇)それな!
勇者D:(常闇)ガチ病みでござ、る……。
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0:常闇、宵闇、漆黒、腹黒の勇者、背後から現れた魔王に剣で穿たれ、倒れる。
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魔王:……はぁ。各個撃破していたのでは、骨が折れる。いっそ一度に現れるならば、楽なのだが――
勇者C:(連勤)あははははははははははは! 魔王に楽なんてさせるわけないじゃないですかやだなぁ! ほんっと、……ほんとやだなぁ。この仕事。
勇者D:(不休)僕らは働いて働いて働き倒してここに立ってるんですよ? 働いて働いて働き倒して……いっそ倒されて楽になりたい。いひひひひひ。
勇者A:(無給)しかもこれ給料出ないんですよぉ? やってられねぇですよ。ボランティアで世界救うやつとかいます? いやぁここにるんですよぉ。うふふふふふふ。
勇者B:(残業)しかも四人もね~。ほんと、仲間がいるからやってこれる的な。どうせ家帰っても私、酒飲んで寝るくらいなんで、職場にしか居場所ないし。えへへへへへへへへ……。
魔王:連勤、無給、不休、残業の勇者、か。これまでの者とは面構えが違うな……。悪い意味でな。貴様らその状態で戦えるのか?
勇者D:(不休)戦えるか、ですって? んなもん決まってるじゃねぇですか!
勇者B:(残業)熱があろうと、親や仲間や恋人が倒れようと、関係ありません、いないけど。
勇者A:(無給)金は出さないのに口は出す、他力本願のクソ社会に戦えと言われたら、
勇者C:(連勤)戦えなくても戦うのが私達プロの勇者なんですよぉぉぉぉ!
勇者A:(無給)嘆け! 暴乱血涙《エタニティ・ボランティア》!
勇者C:(連勤)唸れ! 連勤術師《フルスロットル・アルケミスト》!
勇者D:(不休)叫べ! 襲急零日《ホーリー・レイド・ゼロ》!
勇者B:(残業)吠えろ! 錆修斬業《ラスト・スパーダ》!
魔王:憐れな。眠れ――終夜《イリーガル――。いや。夜勤手当《ミッドナイト・ジャーニー》! 安らかに果てよ!
勇者C:(連勤)ひひ、これで……。
勇者A:(無給)やっと、ふふ……。
勇者D:(不休)眠れる……はは。
勇者B:(残業)へへ、ありがと……。
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0:四人の勇者、眠るように倒れる。
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魔王:ある意味、先程の闇黒勇者四人衆よりも闇の深い連中よ。
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魔王:しかし、それなりの数を仕留めた筈だが、勇者はあとどれほど……ぁぁ。忌々しい。見た感じまだ結構おるな、わらわらと。
勇者D:(優美)わらわらとは随分な言い種ですねぇ? そんな表現美しく――ないっ! 裁飾剣美《グレイス・ラッシュ》!
魔王:相変わらずいい太刀筋だがその分――読みやすい! 八方備刃《フル・カウンター》!
勇者D:(優美)な……!?
魔王:……もし次があれば、搦め手を覚えてくることだ優美の勇者。貴様は直線的過ぎる――。
勇者C:(曲線美)――からこそ僕は務める露払い――表裏曲解《ジャスト・ディストーション》! アンド——不正の栄光《ワインディング・グローリア》ぁぁぁ!? まさか素手で止め!? しかし両手が塞がっていては打つ手など……! ――甘美!
勇者A:(甘美)あいよ相棒! お安い御用だ、担ぐ片棒、止める両足、打つ手もないらしい、これで出ない手も足! 六病足災《シックス・ロックス》!
魔王:手足の動きを封じられたか……。なるほど、これなら両手両足が塞がった。しかし、残念だな美の勇者共。貴様らの戦いは美しいが、その分、軽く脆い。戦いとは泥臭くてなんぼだぞ?
勇者A:(甘美)所詮口先、八方後手で塞がり、逃げだすだろうぜ我先、逃がさないぜ俺たち。イェア。
魔王:分かっておるではないか。そう、まだ口が残っておる。――雪咬牙!
勇者C:(曲線美)ぐぁぁっ!? ま、まさか、噛み、つき……? こんな、筈じゃ……。
勇者A:(甘美)えぇぇぇぇぇぇ?! 相棒死んだん? きついぜ冗談、生死を診断、別れ惜しんだん、後詰の算段、潰えて惨憺、寒からしめる心胆、これは勝ったん負けたん? ねぇアンサー、魔王さん?——
魔王:——曲線美及び、甘美の勇者、詰みの処断《ショウダウン》。
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0:魔王、三人の勇者(優美、曲線美、甘美)を倒す。
0:と、拍手が響く。審美の勇者が立っている。
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勇者B:(審美)いやはやお見事ですね。流石は我が宿敵、終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。といったところでしょうか?
魔王:お前は――審美の勇者か。ようやくここにきてまともに話せそうなやつが現れたか?
勇者B:(審美)私は生憎、あなたなどと話す舌を持ち合わせてはおりませんが、可能か否かといえば……この世界に於いて不可能などという事象は然程多くありません。とでもお答えいたしましょうか。
魔王:迂遠な物言いよな。
勇者B:(審美)そうですね、例えばこの私という雲の上の存在と、こうして地の底のあなたが巡り合ったように、ね。
魔王:ふむ。まともに話す気は無いらしいが。ならば最後に一つ質問をしてもいいか?
勇者B:(審美)答える義理も義務もありませんけれど、冥途の土産でよろしければ。
魔王:っふ、ぬかしおるわ。それで、今日の勇者ご一行は何名だ? 生憎、予約も無しに来おった故、最期の晩餐は用意していないがな。
勇者B:(審美)99。
魔王:は?
勇者B:(審美)晩餐とやらはさておき、今宵この城に来た勇者――メインディッシュである城主の『おかしら』にありつこうと馳せ参じた勇者は、合わせて99人いると言ったのですよ。
魔王:馬鹿か! たった1人の魔王に。
勇者B:(審美)ええ、たった1人の魔王相手に、これだけの物量で挑み、その三分の一を既に削られているなど、誠に馬鹿げていますよ。
魔王:ならば早くこの馬鹿騒ぎをどうにかしてほしいのだがな、審美の勇者。
勇者B:(審美)ふふ、馬鹿騒ぎはお気に召しませんか終極の魔王殿?
魔王:召すわけなかろう。どう見えているか知らんが、我は平穏を望んでいるのだがな。だのに、どいつもこいつもわらわらと寄ってたかって。
勇者B:(審美)祭みたいで良いではありませんか。お好きでしょう? 血祭り。
魔王:異常者みたいに言うが、好きなものか。
勇者B:(審美)好きでないのにできるというのも、大概異常だと思いますがね。
魔王:貴様もその口であろう、審美の勇者。
勇者B:(審美)呼び名の通り、美しきモノだけ見定める死に方ができれば、はてさて、どれほどよかったでしょうね。けれど、これもまた巡り合わせ。せめて一時、夢のように美しき戦いを。――願う。
魔王:来るか。
:
0:審美の勇者、何もない空間から絵筆のような聖剣を抜き放つと、パレットのような盾に宛がう。
:
勇者B:(審美)我、美の女神の剣にして、世界を彩る愛憎の絵筆。混沌たる現世に秩序の輪郭を描き、ただ願いを以って調和せん。勧善調和《ドロー・ゲーム》!
:
0:振るった絵筆が飛沫を広げ散らすようにして一閃を放ち、魔王を襲う。
:
魔王:無条件超克《レイズ》! っふ! 悪くない一撃だな。しかし!
勇者B:(審美)ドロー! ドロー! ドロー! ドロー! ドロー!
魔王:よもや連撃か! レイズ! レイズ! レイズ! っち、長くは持たぬな。ならば……!
勇者B:(審美)次で決めましょうか。
魔王:良かろう。……3!
:
0:2、1、同時に台詞。
:
魔王:敢然超克《リ・レイズ》!
勇者B:(審美)勧善調伏《クイック・ドロー》!
:
0:間。
:
勇者B:(審美)……見事です。
:
0:審美の勇者、倒れる。
:
魔王:……さて。次はどいつだ?
勇者A:(審判)ふむ、審美の勇者殿を倒すとは。さて皆さま彼の魔王、判決は如何に?
勇者B:(断罪)――断罪之剣《ギルティ・ブレイド》!
勇者C:(執行)――執行之剣《ギルティ・サーベル》!
勇者D:(懲罰)――懲罰之剣《ギルティ・エッジ》!
勇者A:(審判)――審判之剣《ギルティ・ソード》!
魔王:……はぁ。
:
0:魔王、四人の勇者(断罪、執行、懲罰、審判)の剣を回避せず受け止め、溜息を零す。
:
魔王:つまらんな。
勇者B:(断罪)なっ!
勇者C:(執行)僕らの攻撃を、
勇者D:(懲罰)回避すら、
勇者A:(審判)しないとは……!
魔王:断罪執行懲罰審判の勇者よ。貴様らは四半分の一人前か? それを貴様らのように咎めはせぬが、審美の勇者の後では格落ちだな――曲解罪業四方剣《フォース・ディスソード》。
:
0:四人の勇者(断罪、執行、懲罰、審判)、一刀の下に倒れる。
0:と、すぐさま十人(放火魔、火炎瓶、不審火、火薬庫、山火事、火達磨、鉄火場、不知火、星火燎原、集中砲火)の勇者が現れる。
:
魔王:言ったそばからわらわらと。余程まとめて焼き払われたいらしい――いや。
勇者B:(放火魔)あはぁ♡ 気付きましたかぁ?
勇者A:(火炎瓶)そうさ、焼き払われんのはよぉ、
勇者C:(不審火)終極の魔王さ~ん、
勇者D:(火薬庫)あんたの方なんだよなぁ。クソが。
魔王:放火魔、火炎瓶、不審火、火薬庫の勇者、それに――
勇者C:(山火事)おい、魔王。てめぇさっき、四半分の一人前とか抜かしてたけどよぉ。それの何がいけねぇんだ、あぁん?
勇者D:(火達磨)ひひひひひ、た、たとえ、ひひひ、一人、ひひ、一人の、ち、力は弱くっても、ひひひ、
勇者B:(鉄火場)熱き! 魂の! 力を! 合わせて! 切り拓く! それが!
勇者A:(不知火)勇者。ってやつなんじゃないかな。……知らないけど。
魔王:山火事、火達磨、鉄火場、不知火の勇者。
勇者C:(星火燎原)一人で無理に戦って消し炭になるよりも、足りない火力を束ね、互いを補い合って戦う方が楽しいのなんて、キャンプファイヤーの火を見るよりも明らかですわ?
魔王:何を言っているのか分からんな、星火燎原の勇者。
勇者D:(集中砲火)要するに終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ! 俺たちは十人で更に十倍の集中砲火だ! つまり十かける十で――火力千倍!
魔王:百倍だ計算もできんのか集中砲火の勇者。貴様らもしや馬鹿なのか……?! やめておいた方が良いと思うぞ!
勇者D:(集中砲火)問答無用! 行くぞみんなぁ!
魔王:っちぃ! 現世に穿つは空隙の理、開け虚空――《ヴォイド――》
勇者B:(放火魔)火蜥蜴《サラマンダー》ぁ♡
勇者A:(火炎瓶)火神《ウルカヌス》ぅぅ!
勇者C:(不審火)竈神《ウェスタ》~!
勇者D:(火薬庫)火神《スヴァローグ》……ッ!
勇者C:(山火事)火神《プロメテウス》―っ!
勇者D:(火達磨)うぅぅ、熾天使《ウリエル》!
勇者B:(鉄火場)鍛冶神《ヘパイストス》ゥゥッ!
勇者A:(不知火)火鳥《フェニックス》。
勇者C:(星火燎原)火神《カグツチ》っ。
勇者D:(集中砲火)火神《イグニス》!
魔王:――創世《――・ヴェルト》!
:
0:勇者、4人同時(気持ち10人同時)に。
:
勇者B:(鉄火場)――の爆炎《オブ・ジ・エクスプローーーージョン》!
勇者A:(不知火)――の爆炎《オブ・ジ・エクスプロージョン》。
勇者C:(星火燎原)――の爆炎《オブ・ジ・エクスプロージョン》っ。
勇者D:(集中砲火)――の爆炎《オブ・ジ・エクスプロージョン》!
:
0:玉座の間が爆炎に包まれる。
0:長い間。
:
魔王:……解放《リリース》。
:
0:屋根も壁も玉座も消し飛んだ虚空から魔王が現れる。
:
魔王:……放火魔、火炎瓶、不審火、火薬庫、山火事、火達磨、鉄火場、不知火、星火燎原、集中砲火の勇者。全員まとめて、蒸発したか。言わんこっちゃないが、なんと傍迷惑な。おかげで我が城も随分と見晴らしがよくなってしまったわ。
勇者B:(隔岸観火)ほんと、見る影もないですねぇ。
魔王:む……?
:
0:と、そこに二人の勇者(隔岸観火、地水火風)が現れる。
:
勇者B:(隔岸観火)けれど、なかなか見応えはありましたよ。これぞ正に対岸の火事といった具合で、くっふっふ。ねぇあなたもそう思わない、地水火風?
勇者A:(地水火風)さて、どうだろうねぇ隔岸観火。確かにそれなりに面白い見世物だとは思うよ。けれど僕には、余計なものにまで火を点けてしまった気がしてならないよ。
魔王:隔岸観火の勇者、それに地水火風の勇者か。
勇者B:(隔岸観火)ええ、そのようですね。
勇者A:(地水火風)ああ、そうみたいだね。
魔王:なるほど、先ほどの馬鹿共の自爆は貴様の差し金だな? 隔岸観火の勇者。
勇者B:(隔岸観火)あらぁ、分かります? ええ、雑魚が幾ら束になっても、鯨には敵いません。けれど、それぞれに爆弾を括りつけてみれば、どうでしょう? 或いは毒を含ませてみるというのは? いい勝負、なんてもの、はなから望むべくもありませんが、先ほど地水火風の言ったようにそれなりの見世物には、なったのではないでしょうか?
魔王:おおよそ、勇者と称される者のやり方とは思えんがな。
勇者A:(地水火風)おかしなことを言うね、魔王。勇者なんてものは、そもそもが、碌でもないよ。称される? いいや、違うね。僕らは、少なくとも僕は生まれた時からそうあるべくして、勇者なんだよ。望みも、願いも、意志も、意味も、価値も、何もない。何をやろうと、何をやるまいと、世界を救おうと、大量虐殺しようと、昼寝でもしていようと。僕は、僕らは、勇者だ。そうだよね、隔岸観火?
勇者B:(隔岸観火)ええ、地水火風。それに、あなたもそうなんじゃなくって? 終極の魔王?
魔王:……然り。
勇者A:(地水火風)っはっはっは。だからね、魔王。僕は君を全力で殺そうと決めたんだよ?
魔王:そうか。
勇者A:(地水火風)勇者の使命だから? ナンセンスだ。僕は僕をこんな醜い存在に生んだ、この世界を滅ぼすために、君を殺すんだよ、魔王!
勇者B:(隔岸観火)だったら私は、見物してていい?
勇者A:(地水火風)ああ、手を出したら、君も殺す。
勇者B:(隔岸観火)くっふっふ。怖い怖い。ま。お手並み拝見ねぇ?
勇者A:(地水火風)……さぁ、行くよッ! 岩石弾《ロック・バレット》!
魔王:ふん、言う割には大したこと事は無いな。――闇槍《ダーク・スピア》!
勇者A:(地水火風)そうさ――岩石殻《ロック・シェル》! ――からの解放《ブレイク》! 岩石砲弾《ロック・カノン》! 僕は大した魔法が使えるわけじゃない。水弾《アクア・バレット》! 水流砲弾《アクア・カノン》!
魔王:ああ、確かに悪くは無い、精度も、威力も。そして、複数の属性、多彩な魔法を並行して行使できる才覚。
勇者A:(地水火風)へぇ、そこまで分かるものなんだね――竜巻《サイクロン》!
魔王:あぁ。
勇者A:(地水火風)ならば、これはどうかな? 火焔砲弾《フレイム・カノン》!
魔王:貴様の攻撃は見えている――。
勇者A:(地水火風)君じゃないよ、狙いは――火山弾《ヴォルカニック・ボム》!
魔王:浮かせた岩を火焔で熱して――、
勇者A:(地水火風)そして――水蒸気爆発《スチーム・エクスプロージョン》!
魔王:灼けた岩を水たまりに落とすことで、爆発を引き起こす。しかしそれも目眩ましに過ぎず真の狙いは――
勇者A:(地水火風)もらった! ――超音速刺突刃《アルターソニック・ピアシングエッジ》!
:
0:地水火風の勇者の剣が魔王の胸を穿つ。
:
魔王:っぐ、見事――と、言うとでも?
勇者A:(地水火風)っな!? 後ろ……?! しかし確かに手応えが……え?
魔王:栄光の歪な抱擁《ワインド・ホールド・グローリア》。その攻撃は我に刺さらぬ。代わりに――
勇者B:(隔岸観火)くふ……っ。
:
0:地水火風の勇者の持つ剣は、隔岸観火の勇者の胸を貫いている。
:
勇者A:(地水火風)隔岸観火っ!? 何故……!
勇者B:(隔岸観火)曲線美の、応用、いえ、悪用ですか……、地水、火風の認識を、歪めたのでしょ、う……?
魔王:ほう、分かるのか。そうだ。
勇者A:(地水火風)違う! どうしてこんなことをしたのかと聞いているんだ!
魔王:どうして――。思い出せぬか?
勇者A:(地水火風)思い出す……?
魔王:その手の、その剣の感触を。
勇者A:(地水火風)何のことだ……いや。
:
0:間。
:
勇者A:(地水火風)……どうして、忘れていたのだろう、僕は。
勇者B:(隔岸観火)残念。地水火風、潮、時だよ……くふっ。
勇者A:(地水火風)隔岸観火! 君は気付いて……?
勇者B:(隔岸観火)くっふっふ……、私は傍観、者だからねぇ……。けど、それ、……それもおし、まい……。
勇者A:(地水火風)悔しくて、腹立たしいなぁ、魔王。
勇者B:(隔岸観火)私も、思います、よ、くもクソッタレな、最期、を再現、してくれ、ましたね? く、ふふ、ふふ……!
魔王:恨んでくれて構わん。我は魔王故な。
勇者B:(隔岸観火)ここ、からは後半戦……、ま。頑張って、辿り着いてね。
魔王:そうか。
勇者A:(地水火風)僕は、僕をこんな醜い存在に生んだ世界を……壊して欲しい。
魔王:あぁ。
勇者A:(地水火風)また、勝てなかったなぁ……! くそ……!
勇者B:(隔岸観火)でも、かっこ、よかったよ、少なくとも、私の胸には刺さった。
勇者A:(地水火風)笑えないよ、それ……はっは、
勇者B:(隔岸観火)ふっふ……笑って、るじゃん?
魔王:――凍焔嵐土《エレメンタル・ユートピア》!
:
0:二人の勇者の笑い声が、炎と氷と風と岩の渦に消えていく。
:
魔王:さらばだ、地水火風の勇者。隔岸観火の勇者。永遠に。
:
0:四人の勇者(天満月、三日月、雪月花、朧月夜)
:
勇者D:(天満月)などと格好をつけているところ恐縮ですが、終極の魔王殿。私はあなたにもきれいさっぱり世界より消えていただきたい所存。そう永遠に。と言いたいところですが、考え得る限り、真っ当な勇者が真っ当に戦ったのでは、あなたを終わらせる頃には世界が終わっているのではないかと我々は思い至りました。
勇者C:(三日月)大言壮語の地水火風くんと有口無行の隔岸観火ちゃんはほんと役立たずで困っちゃうけれど、かと言っていくらあたしたちでも用意も無しにあなたを殺すのは容易じゃないってわけで最初っから最終手段に打って出ることにしちゃいました。いぇい。
勇者B:(雪月花)てかもう、ドーンとアレいっとかない? 早く帰って寝たいし的な。
勇者A:(朧月夜)あなたを殺す頃には世界が死んでるなら、世界が死んだらあなたも殺せる。という、簡単な答えを見つけたというわけです。要するに。――それでは皆さん唱和あれ。
魔王:クソ! 相変わらずイカレたやつらよのぅ! 天満月、三日月、雪月花、朧月夜の勇者!この局面で面倒な!
勇者D:(天満月)遍く夜空を照らす高潔なる我らが神に願う。
勇者C:(三日月)我ら敬虔なる信徒に光を齎し愚かなる敵を滅亡せしめ給え。
勇者B:(雪月花)我らに完全なる勝利を。
勇者A:(朧月夜)奴らに完全なる敗北を。
勇者D:(天満月)故に我らは願う――
魔王:月光の狂信者《ルナティック》共が!
:
0:四人の勇者、声を揃えて。
:
勇者D:(天満月)御身の降臨以って全ての清算を。――夜の降る天満月《ムーン・フォール》。
勇者C:(三日月)御身の降臨以って全ての清算を。――三日月の降る夜《ムーン・フォール》。
勇者B:(雪月花)御身の降臨以って全ての清算を。――降る夜の雪月花《ムーン・フォール》。
勇者A:(朧月夜)御身の降臨以って全ての清算を。――朧月の降る月夜《ムーン・フォール》。
:
0:月が落下を始める。
:
勇者C:(三日月)おぉ我らが神よ! 御身の存在をより近くに感じます……!
勇者D:(天満月)あぁ、美しい! 気高く美しい我らが神!
勇者B:(雪月花)そしてお近づきになった分だけ我らの力も高まっていく!
勇者A:(朧月夜)これぞ我らが究極奥義――永久なる月光の導き《パーペチュアル・フルムーン》!
:
魔王:終極たる我を差し置いて世界を終わらせる気か貴様らは! ええい、八方厄災闇殻備刃《フル・カラミティ・ダークシェル・カウンター》!
勇者D:(天満月)は! そのようなちっぽけな殻ごときで、我らが神の裁きから逃れようとするとは愚かな!
魔王:お前らだけには愚かとか言われたくないが、――命ず。
:
0:魔王、何もない空間から巨大な絵筆のような魔剣を抜き放つと、なみなみと闇が湛えられたバケツのような殻に宛がう。
:
魔王:我、虚無の女神の矛にして、終焉の落とし子。世界を彩る愛憎の絵筆。混沌たる現世に終極の点描を施し、ただ命令を以って調和せん。――完全無条件調和《ロード・オブ・ゲーム》!
:
0:振るった絵筆が飛沫を広げ散らすようにして一閃を放ち、勇者たちを襲う。
:
勇者A:(朧月夜)っは! これしきの攻撃が、
勇者D:(天満月)我らに届くとでも――
魔王:――歪曲虚像召喚《ワインディング・ミラー》!
勇者B:(雪月花)なっ⁉ だが……!
魔王:雷速刺突刃《ライトニング・ピアシングエッジ》!
勇者C:(三日月)ぐふっ……! よもや、ここで斃れようとは……! しかし、既に神は動いておられるのだ、今更我ら如きを仕留めたところで無駄な――
魔王:現世に刻むは虚無の理、鎖せ消失――《ロスト――》
勇者D:(天満月)まさか貴様!
勇者A:(朧月夜)やめろぉぉぉぉぉ!
魔王:――終極《――・ザ・フィナーレ》。
:
0:月が消滅する。
:
勇者B:(雪月花)あ……あ、あ、我らの、神が、月が、消え……、た。
:
0:四人の勇者、瞳から光を失いその場に斃れる。
:
魔王:それほど大切なモノならば、墜とさぬよう努めるべきであろうに。自ら進んで失うなど愚鈍に過ぎる。……ふむ、しかし、非常時とはいえ夜空から月を消してしまうのはやり過ぎたか。いくら無数の星が瞬こうとも、月のない夜は少々寂しいものよ。
勇者D:(誤謬)でしたら、その風流な望み、我らの嘘《フール》で叶えて差し上げましょうか?
魔王:貴様は……。
勇者D:(誤謬)我、人に説くはミスリード。
勇者A:(虚偽)世に聴かせるは未必の故意。
勇者B:(詐術)神に語るは悪魔の証明。
勇者C:(欺瞞)砂利を小麦に、鉛を金に、水を薬に、薬を毒に、親の仇の憎悪でさえも旧知の友への親愛に、口八丁手八丁、丁丁発止、針小棒大、針千本、甘露甘露と舌で転がし並べ奉りまする嘘八百万の神々よ、教えてくれてありがとう、大きな嘘ならバレやしない、そうさこの世は――。
:
0:四人の勇者、声を揃えて。
:
勇者D:(誤謬)――休題怪盗《フィクション・インポッシブル》。
勇者B:(詐術)――及第解凍《フィクション・インポッシブル》。
勇者C:(欺瞞)――旧大怪盗《フィクション・インポッシブル》。
勇者A:(虚偽)――九大解答《フィクション・インポッシブル》。
:
勇者D:(誤謬)雲壌月鼈《トゥルー・ムーン》。
:
0:夜空に月の光が戻る。
:
魔王:……消した筈の月が、戻った? いや。月光だけか。
:
勇者A:(虚偽)ふふ、火のないところに煙は立たない。とは言いますが、煙があれば火もまたそこにあると、人は思ってしまうものですからね。
勇者C:(欺瞞)そして光あれば闇もある。つまりそこに闇があるなら、光もあるんじゃないのかってことなのさ。知らんけど。
魔王:その非の打ちどころしかない屁理屈で、よもや夜空に月光を甦らせたのか? 虚偽の勇者、欺瞞の勇者。
勇者B:(詐術)え~? せめて及第点くらいは欲しいっすね~。だって、そもそも月が夜空にあるのか無いのかなんて、その目で月を見るまで分らない訳じゃないですか。
魔王:馬鹿を言うな、詐術の勇者。我は確かに消し去った。この手でな。
勇者D:(誤謬)えぇ、確かに月は既に無いのかも知れないし、あるのかもしれない。或いは実際にその目で見ても、真贋を見極めることはできない。何故なら月はあまりに遠くて、手で触れることは叶わないから。そう、伸ばしたその手の先にあるのは、誰かがそこにあると口にした手の込んだ冗談かもしれない。それを言うなら本当は、月や夜空なんてものはそこに無くって、ただ天蓋に投影した明るく眩しく尤もらしい夢物語なのかもしれない。そうだろう?
魔王:何が言いたい、誤謬の勇者。
勇者D:(誤謬)だから、或いはその手で消し去った、なんて事実も蓋を開けてみれば、いやさ、目蓋を開けてみれば、なんてことない虚実織り交ざった君の妄想かもしれない。もう動くことはない証拠が、動いていることが証拠だと思うけれどね。
魔王:それこそ誤謬だな。嘘吐きが。
勇者D:(誤謬)はは、いやはや手厳しいね。
魔王:それで、今度は我を消し去るつもりか? 舞い戻った貴様らが。
勇者B:(詐術)う~ん、そうしたいのは山々なんすけどね~。虚偽? あんた残ってる?
勇者A:(虚偽)ないですね、詐術。ていうかみんなさっきので力を使い切ったのでは? そうでしょう、欺瞞。
勇者C:(欺瞞)いいえ? 無論僕は力を残していますけど? ま。欺瞞の勇者の嗜みってやつなんじゃない? 知らんけど。
勇者D:(誤謬)嘘だね。
勇者C:(欺瞞)ちぇっバレたか。
勇者D:(誤謬)……というわけで、我々はそろそろお暇しますよ。
魔王:誤謬の勇者。本当に、月を戻しに来ただけなのか?
勇者D:(誤謬)本当も嘘も無いけど、というか無いと言ったのはあなたでは? それに他の勇者はともかく我々は……まぁ嘘吐きだけどそれでも、
勇者B:(詐術)騙しても。
勇者A:(虚偽)偽っても。
勇者C:(欺瞞)欺いても。
勇者D:(誤謬)伊達や酔狂で誤って勇者なんてやってるから、魔王の魔の手から世界を救う義務感や使命感くらいはあるんだよ。
魔王:……そうか、すまんな。
勇者D:(誤謬)謝られてもそれはそれで困るけど、あぁ。それじゃあ。
:
0:四人の勇者、月光に溶けていく。
:
魔王:夢物語、か。だとすれば、これは悪夢に違いないな。
勇者B:(暁闇)出来の悪い悪夢ってやつだね。きっと。
勇者C:(黎明)もう目覚めなきゃいいんだよ。いっそ。
勇者A:(白昼)その隙に始末しておくべきさ。そっと。
勇者D:(黄昏)でも本当にそれでいいのかな。えっと。
魔王:暁闇、黎明、白昼、黄昏の勇者か。何をしに来た?
勇者B:(暁闇)月が消えたから敵討ちに来た。とか?
勇者C:(黎明)もちろん同胞の仇討ちに来た。だろ?
勇者A:(白昼)或いはいつかの仕返しに来た。かな?
勇者D:(黄昏)かつての借りを清算しに来た。だよ?
魔王:心にもない空虚な言葉だ。月も同胞も、その目に映ってなどいないだろうに。
勇者B:(暁闇)心ってね移り変わるものだからね。
勇者C:(黎明)言葉ってな空々しいものだからよ。
勇者A:(白昼)繕ってみたところで無為だからさ。
勇者D:(黄昏)囀ってるけどお前も同じだからな。
魔王:ふん、やはり痛いところを突いてきおる、しかし言葉で我は倒せんぞ?
勇者B:(暁闇)なら、実力行使だね。
勇者C:(黎明)まぁ、有言実行だが。
勇者A:(白昼)いや、先制攻撃だろ。
勇者D:(黄昏)さぁ、攻撃開始だよ。
勇者B:(暁闇)おちろ――暁闇堕落《ダウン・デプラヴィティ》。
勇者C:(黎明)はまれ――黎明愚昧《デイブレイク・スチューピディティ》。
勇者A:(白昼)しずめ――白昼夢想《デイライト・ドリーム》。
勇者D:(黄昏)かかれ――黄昏倒錯《トワイライト・パーヴァジョン》。
魔王:っく……ふっふ……、なるほど、気力や精神力を際限なく奪われる……これは、精神系魔法による飽和攻撃……のつもりか? ……しかし朝から暮れまでだと? ……生ぬるい!
魔王:嘆け――暴乱血涙《エタニティ・ボランティア》!
勇者B:(暁闇)そんな……!?
魔王:吠えろ――錆修斬業《ラスト・スパーダ》!
勇者C:(黎明)ばかな……!?
魔王:叫べ――襲急零日《ホーリー・レイド・ゼロ》!
勇者A:(白昼)こいつ……!?
魔王:唸れ――連勤術師《フルスロットル・アルケミスト》!
勇者D:(黄昏)やばい……!?
魔王:朽ちても踊れ――血錆襲連舞踏会《エンドレス・フルブレイド・サバト》!
勇者B:(暁闇)がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!
勇者C:(黎明)ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ?!
勇者A:(白昼)ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?!
勇者D:(黄昏)げぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!
:
0:四人の勇者、昏倒する。
:
魔王:よもやこの程度で斃れるか。精神も肉体も技量も未熟だな。……む?
:
0:その場に新たな四人の勇者(魔穿鉄拳、鸞翔鳳蹴、雪泥咬爪、極握非道)が音もなく現れる。
:
魔王:貴様らは魔穿鉄拳、鸞翔鳳蹴、雪泥咬爪、極握非道の勇者。
勇者A:(魔穿鉄拳)…………。
勇者B:(鸞翔鳳蹴)…………。
勇者C:(雪泥咬爪)…………。
勇者D:(極握非道)…………。
魔王:魔王と話す舌など持たぬか? ――否。
:
0:勇者達、無言のままに各々戦いの構えをとる。
:
魔王:武によって語る、か。面白い。ならば――こい!
勇者A:(魔穿鉄拳)魔葬拳! 蛇王掌! 鉄穿拳!
魔王:ふんっ! はぁっ! 嵐翔――
勇者B:(鸞翔鳳蹴)滅神鳳墜脚! 雷翔脚! 転墜脚!
魔王:ぐっ!? らぁ! はぁ! 幻影舞踏――《シャドー・ステ》――
勇者D:(極握非道)秘技、襲握。
魔王:っちぃ! 放せ孵化陰――《シャドー・インキュベ》――。
勇者C:(雪泥咬爪)罪業爪曲閃。
魔王:くそっ、手数が! 罪業双極拳!
勇者A:(魔穿鉄拳)羅刹掌!
勇者C:(雪泥咬爪)咬泥爪牙。
魔王:ぐ、この……! 表裏曲――《ジャスト・ディス》――!
勇者D:(極握非道)秘技、凶握。
魔王:っく、身体が動かぬ……! こうなれば、あまり気は進まぬが――栄光の歪な抱擁《ワインド・ホールド・グローリア》!
勇者D:(極握非道)奥義、極握非道。
勇者A:(魔穿鉄拳)奥義、魔穿鉄拳!
勇者B:(鸞翔鳳蹴)奥義、鸞翔鳳蹴!
勇者C:(雪泥咬爪)奥義、雪泥咬爪。
魔王:同士討ちは覚悟の上か……!!
:
0:四人の勇者、それぞれの奥義を放つと、周囲が衝撃波で粉砕され、瓦礫と粉塵に包まれる。
0:間。
:
魔王:…………げほっ。
:
0:瓦礫の中から魔王が現れる。
:
魔王:無茶苦茶しおって……。もはや我が城が原型を留めておらんのだが? さて、誰ぞまだ生きておるか? 我とて多少は……そこか――厄病搦手《アカシック・カラミティ》。
勇者C:(雪泥咬爪)……っく。無念。
魔王:雪泥咬爪の勇者、生き残りは貴様だけか?
勇者C:(雪泥咬爪)死に損ない、の間違いだ。止めを刺すがいい、魔王。
魔王:強いて仕留めずとも、直に消えるのではないか? これまでの戦いを見る限りはな。
:
0:魔王、周囲を見渡す。
0:その場には瓦礫ばかりが残り、倒した勇者の亡骸は無い。
:
勇者C:(雪泥咬爪)ああ。泡沫であるが故に、最期は斯くありたいと願うもまた、戦に生きた者の性かも知れぬがな。……どちらにせよ、それは勝者の選ぶことよ。
魔王:そうか、では、最期に言い残すことは?
勇者C:(雪泥咬爪)……っふ、ふ、存外、甘いのだな……。
魔王:味気ないのは好かぬでな。
勇者C:(雪泥咬爪)っふ、同感だ。そして、なればこそ、悪くない仕合いだった。叶うなら、我が意思で、我が信念で、我が肉体で、この闘争を、心いくまで……楽しみ……たかった……それだけが……心残りだ――。
魔王:そうか、ならば眠るがいい。我が宿敵よ。罪業葬極拳。
:
0:雪泥咬爪の勇者、魔王の一撃を受け消滅する。
:
魔王:ふん、虚しい闘いだ……。
勇者A:(驟雨)あぁその通りだよ、魔王……! 僕もそう思う、心から……! だからこんなことはやめにしなくてはならないんだ、今日ここで……! 降りやまぬ雨の中で僕はこの世界に掲げようそう、一振りの傘を――驟雨一擲《カットイン・ザ・レイン》!
魔王:驟雨の勇者か。相変わらず空気の読めぬ奴だ――拒め闇殻《ダークネス・シェル》。
勇者A:(驟雨)止めるなんてそんな馬鹿な、僕の必殺技を……!? と、言うとでも思ったかい、魔王? その程度でそう悲しみという名の雨は降りやまないのさ、残念だけど……! 僕は連鎖する悲劇の糸を全て断ち切り慈しみで世界を満たすそうこの剣で――驟雨一擲三千世か《ピース・オブ・レイ・アフタ――》
魔王:――超音速突撃拳《アルターソニック・ピアシング・ナックル》!
勇者A:(驟雨)かはぁっ!?
魔王:ごちゃごちゃうるせぇんだよ。
勇者B:(雷霆)あらら、だから止めたのに、ほんとお馬鹿さんだよね。驟雨くんは。
勇者C:(泡雪)でも雷霆、あんたそこが良いとかいってたじゃん。分かんないなー。確かに顔は良いよ? でもあんなナルシスト、うち絶対、イケメンじゃなかったら殴ってるわ。
勇者D:(砂嵐)つまり、普段泡雪に殴られない俺は、……っは! イケメン認定……?!
勇者B:(雷霆)砂嵐くん。ひょっとしてそれ、ただ単に特徴も無くて至極どうでもいいからではと思ったんだけど、まぁ、別に君の顔僕は嫌いじゃないよ。
勇者D:(砂嵐)え、雷霆ちゃん、今僕のこと愛してるって……!?
勇者C:(泡雪)砂嵐てめぇ頭に砂でも詰まってんのか? サンドバック志望か? あん?
勇者D:(砂嵐)あぁそうだぜ! 俺は殴るより、寧ろ殴られたい!
魔王:……ここに来て雷霆、泡雪、砂嵐の勇者か。
勇者B:(雷霆)んー? 何? なんか言いたいことでもある感じ? 僕さ、許せないんだよね、そういうの。見かけで判断して舐められるのが、一番嫌い。嫌いなやつは、死ね。――雷霆一撃《カイゼル・ライトニング》!
勇者C:(泡雪)右に同じ――泡雪一片《ドリーミング・スノー》!
勇者D:(砂嵐)二人がいうなら俺もそう! 砂塵一握《リヒト・ザント・シュトゥルム》!
魔王:っく、範囲攻撃……! 此奴らに人格を期待しても仕方ないが、やはり実力だけは侮れぬな……! しかし――雪塵雷洪《エレメンタル・ディストピア》!
勇者B:(雷霆)地水火風の応用……!?
勇者C:(泡雪)だけじゃねぇな、これは……!
勇者D:(砂嵐)俺らへの当てつけじゃん!?
魔王:幻影舞踏殺! 一つ! 二つ! 三連闇斬《トライ・ダーク・スラッシュ》!
勇者B:(雷霆)っくは……! 駄目だったか、悔しいな……。
勇者C:(泡雪)いけると、思ったのに……!
勇者D:(砂嵐)そんな、甘くねぇよな、恋も、戦いも……!
魔王:驟雨の勇者を御しきれず、欠けた状態で我に挑むような愚を犯さなければ、多少はマシな結果となったろうに。当然の帰結よ。
:
0:倒された勇者たちが砂に溶けて消える。
0:その中から四人の勇者(絶望、希望、渇望、失望)が現れる。
:
魔王:さて、次は絶望と希望、失望……それに――
勇者A:(絶望)あぁ、当初あれだけ居た同胞が、今や3割を切りました。なんと無情なことでしょう……! 貴方に慈悲は無いのですか、魔王?!
魔王:ここで楽にしてやることこそ我の慈悲だが?
勇者A:(絶望)あぁ、そうでしょうね、ふふ、やはり最初から我々が生きて帰ることなんて不可能なのです……っ!
勇者B:(希望)まだ諦めちゃダメだよ絶望の勇者さん! 確かに良い状況とは言いがたいかもしれないけれど、それでもまだ――
勇者D:(失望)可能性はあるってか? っは。楽観視するのは結構だが、希望の勇者。どれだけの勇者がまともに戦えてたよ?
勇者B:(希望)それは……!
勇者D:(失望)情けなくって仕方ねぇ。期待外れだ。
魔王:偉そうなことを言う、失望の勇者よ。貴様は違うとでも?
勇者D:(失望)っは。俺は最初から期待なんてしてねぇんだよ。他人にも、自分にも。
魔王:冷めた勇者だな。
勇者C:(渇望)えへへ、でもでも、皆さんが不甲斐ないからこそ私たちに、こうして念願の出番が回ってきたんですよぉ? 待ちわびましたよ、はぁはぁ、はやく……、早く、速く、迅く! こ、こここ、殺したい、殺したい! この手この爪この指でえへへへへへ、まままま魔王をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 剥手渇裁《クラップ・クラップ・ユア・ハンズ》!
魔王:渇望の勇者! 貴様ら十人に一人はこんな感じだな――六病足災《シックス・ロックス》!
勇者C:(渇望)手足を封じた程度で!
魔王:しかしその間合いでは食らいつくこともできまい?
勇者C:(渇望)甘いですねぇ! 言うことを聞かないものは不要ですよぉぉぉ? 千切れろ――悪手征裁《シェイク・ア・ハンズ》ぅぅぅぅ!
:
0:渇望の勇者、手足を切り離し無理矢理間合いを詰めて絡みつく。
:
勇者C:(渇望)えひひひひひ! つかまえましたぁぁ……! 一緒に地獄に行きましょぉぉ――縊切言漫《タング・ハング・スパイク・ドランク》!
魔王:っく、振りほどけぬ! よもや捨て身か渇望の勇者!
勇者A:(絶望)あぁ、生きて帰ることの叶わぬ絶望的な死地ならばこそ、我々は身命を賭す以外に道は無いのです……! 我が身諸共この場の全てを焼き尽くせ――絶死奉功《デスゲーム・オーバー・サーカス》!
魔王:貴様もか絶望!
勇者B:(希望)みんなの命懸けの一撃! そこには確かに希望があるね! だからあたしのとっておきも見せてあげる! 希死壊生《バースト・ホープ》!
魔王:やはり希望の勇者までも! 貴様だけはこういう展開に乗らないよな、失望の勇者!
勇者D:(失望)やれやれ。どいつもこいつも、命の大事さを分かっていない。死に急ぎの馬鹿ばかりだ。
魔王:おぉ、ドライな反応。それでこそ冷静な貴様に相応しい――
勇者D:(失望)けど。
魔王:……けど?
勇者D:(失望)もしここで俺が、望むものなんてねぇ、世の中を皮肉るだけの俺が、
魔王:おい、馬鹿なことはやめろ! 自分を失うな! 貴様は貴様のままでいい!
勇者D:(失望)命懸けで、世界を救ったりなんかしたら……どうだ?
魔王:どうもならねぇよ! はぁ!? 貴様にそんなことができるわけないし、今更無駄だからやめろ! うぬぼれるなバーカ!
勇者D:(失望)ははっ、確かに馬鹿みてぇだ。けど、俺はいま、自分自身に初めて期待しているぜ。あぁ……、悪く、ないな。
魔王:クソが! 最悪だ!
勇者D:(失望)世界に遍く暗雲よ、全て消え去り、未だ来たらぬ輝かしき世界の手向けとならん! 失望消失《ロスト・ヴィジョン》!
魔王:だあぁぁぁぁぁぁ!
勇者C:(渇望)えへへへへへへへ!
勇者A:(絶望)いひひひひひひひ!
勇者B:(希望)うふふふふふふふ!
勇者D:(失望)あははははははは!
:
0:激しい爆発。
0:爆炎に包まれた世界が、次いで静寂で満たされる。
0:そこに足音が響き、新たに四人の勇者(百花繚乱、鏡花水月、有為転変、光芒一閃)が現れる。
:
勇者A:(百花繚乱)あらぁ見て鏡花水月ちゃん? 血も凍りそうなほどの畏怖を覚えるくらい立派で素敵だった魔王ちゃんの城が、見るも無残……まったく酷い有様じゃなぁい? 瓦礫も残さず消し飛んじゃって、あたし欲しかったのに残念だわぁん?
勇者B:(鏡花水月)確かに勿体ねぇよなぁ百花繚乱。
勇者A:(百花繚乱)でしょぉ? 憧れるわよねぇ、お城暮らし。
勇者B:(鏡花水月)いや、ウチは別に城はいらねぇけどさ、なんつーの? 魔王の名に恥じない程度に金目のモンくらいあったろうによ。
勇者A:(百花繚乱)あら、それも捨てがたいわねぇ?
勇者B:(鏡花水月)てかよ、有為転変の姉さん。これ、俺らの仕事もまとめて吹っ飛んじまったんじゃねぇか? ま、楽できたのなら良いんだけどよ。
勇者C:(有為転変)さて、どうだろうな。あの魔王は我々が思っている以上に酷く頑丈だぞ、鏡花水月。多少消し炭になった程度で死ぬとは思えない。首だけになっても生きている手間だ。
勇者A:(百花繚乱)あらぁ。それはぞっとしないわねぇ。
勇者C:(有為転変)光芒一閃はどう見る?
勇者D:(光芒一閃)というか、有為転変さん。もはや死ぬとか生きるとかの次元でしょうか、これ。更地なんですけど。僕らが食らったら確実に世界から消えますけど。
勇者A:(百花繚乱)世界から消えると言えば、虚空創世《ヴォイド・ヴェルト・エンデ》? だっけ? あれで逃げられた可能性は無いのかしら?
勇者C:(有為転変)無いな。
勇者D:(光芒一閃)どうして断言できるんです?
勇者C:(有為転変)あの技は空間に歪みを生じさせるが、そうした世界の綻びは見られない。
勇者A:(百花繚乱)なるほどねぇ?
勇者B:(鏡花水月)じゃあさ、魔王城跡地って呼ぶのも憚られるこれをやってのけた勇者様ご一行はどうしたよ?
勇者A:(百花繚乱)少なくとも失望の勇者たちの反応は無いわねぇ? ご愁傷様。
勇者B:(鏡花水月)んじゃあ、うちら一体何しに来たんだよ?
勇者D:(光芒一閃)死亡確認……ですかね?
勇者A:(百花繚乱)確認なんてとりようも無いけどねぇ?
勇者D:(光芒一閃)の、ようですね。
勇者A:(百花繚乱)もちろん同胞の骨を拾う……なんてこともできない訳だし。
勇者B:(鏡花水月)戦利品も期待できねぇ。……んだよ、無駄足かよ。
勇者C:(有為転変)…………。
勇者D:(光芒一閃)有為転変さん……? どうかし――
勇者C:(有為転変)――来るぞ。
勇者D:(光芒一閃)え?
勇者C:(有為転変)下だ! 飛べ!
:
0:地面から魔王が飛び出す。
:
魔王:そこだ――砂塵一握《リヒト・ザント・シュトゥルム》!
勇者D:(光芒一閃)……地中に潜んでいたのか!?
魔王:っち、仕留め損ねたか、まぁ良い。
勇者D:(光芒一閃)今のは砂嵐の勇者の技ですね?
魔王:ああ。そうだ、光芒一閃の勇者。
勇者D:(光芒一閃)ですが砂を自在に操るとは言っても、地中に潜るような汎用性は無い筈……! 一体どうやってあの爆発から逃れたのです?
魔王:ふむ。勇者である貴様がこの魔王に教えを乞うのか?
勇者D:(光芒一閃)それは……!
魔王:まぁ良い。答えは簡単だ。税金から逃れるよりは、な?
勇者D:(光芒一閃)税……? 何を言って――。
勇者C:(有為転変)っふ、――なるほど。脱税の勇者か。
勇者B:(鏡花水月)脱税の勇者? 誰だそいつ。
勇者A:(百花繚乱)あぁん、いたわね、そんなの。
勇者D:(光芒一閃)穴掘りが得意だったと記憶していますが、なんと厄介な。
魔王:その評価、彼奴も生涯をかけて編み出した甲斐があろうというものだな。
勇者C:(有為転変)しかし、その技がまさか仇の窮地を救ったのでは、彼も浮かばれないだろうが、な!
勇者D:(光芒一閃)行きますよ、必殺の――光芒集積《ルミナス・チャージ》!
魔王:我に特に有効な光魔法で戦いを決する算段か。悪くは無いが――
勇者C:(有為転変)有為転変《ヴァリアブル・プロミス》!
魔王:因果干渉系魔法……? 命中率の底上げとは。念の入ったことだ。しかし発射される前に叩けば同じ――超音速突撃拳《アルターソニック・ピアシング・ナックル》!
:
0:魔王、光芒一閃の勇者に拳を食らわせ打ち倒す。
0:しかし、同時に複数の光芒一閃の勇者が現れる。
:
魔王:……何? 光芒一閃の勇者が増えただと?
勇者B:(鏡花水月)鏡花水月《ミラ・デコ》! んなの簡単にやらせるわけないじゃん?
魔王:贋物か。
勇者D:(光芒一閃)魔力充填! 即時励起状態に移行! 臨界! 百二十パーセント!
魔王:なに? やけにチャージが早いだと?
勇者C:(有為転変)命中率だけじゃない。私の魔法は変化を急速に進める、つまり――。
勇者D:(光芒一閃)――世界を穿て! 光芒一閃《フラッシュ・レイ・バースト》!
魔王:しかし光ならば反射するまで――鏡像召喚《トゥルー・ミラー》!
勇者A:(百花繚乱)そう来ると思ったから、数で圧倒させてもらうわぁんっ!! 百花繚乱《エンヴィズ・グラマー・ガーデン》!
魔王:よもや光線を増やすか! しかし空間ごと捻じ曲げれば――表裏曲解《ジャスト・ディストーション》!
勇者C:(有為転変)なら確率変動を重ねがけるまでだ! 有為転々変《ヴァリアブル・フル・プロミス》!
勇者B:(鏡花水月)ダメ押しの鏡花々水月《ミララ・デココ》!
勇者A:(百花繚乱)それじゃあゴリ推してまいるわよぉぉぉぉん! 百かける百で――万花繚乱《エンヴィズ・グラマー・グラマー・エデン》んんんん!
勇者D:(光芒一閃)極限放射《マキシマム・バースト》ぉぉぉぉぉ!
魔王:回避も反射も……! ちぃ! 拒め闇殻《ダークネス・シェル》! 影殻《シャドー・シェル》! 岩石殻《ロック・シェル》! 歪曲虚像召喚《ワインディング・ミラー》!
勇者D:(光芒一閃)おぉぉぉぉぉぉぉ!
魔王:ぐうぅぅぅぅぅぅ!
:
0:世界が眩い閃光と静寂で満たされる。
0:間。
:
勇者D:(光芒一閃)はぁ、はぁ……!
勇者A:(百花繚乱)し、仕留めたの……?
勇者B:(鏡花水月)わからねぇ、てか、陽性残像で何っも見えん……!
勇者A:(百花繚乱)妖精残像……ってなぁに? フェアリーの、一種かしらん?
勇者D:(光芒一閃)はぁ、はぁ、その妖精、では無い、です。ざっくりと、説明すると、強い光を見た際に、眼に残る黒っぽい残像のこと、ですよ。
勇者A:(百花繚乱)あらそうなのぉ? 二人とも随分難しい言葉知ってるのねぇ?
勇者C:(有為転変)はぁ……、お前たち、よくもそんな気の抜ける雑談ができるな。反応こそ無いが、まだ油断はできないのだぞ?
勇者B:(鏡花水月)反応がねぇなら、死んだってことでしょ、姉さん。
勇者A:(百花繚乱)虚空創世《ヴォイド・ヴェルト・エンデ》や例の脱税の可能性はどうかしらん?
勇者C:(有為転変)いや、その可能性は真っ先に確かめたが、無い。
勇者D:(光芒一閃)なら、我々の勝利、ということでしょうか?
勇者C:(有為転変)そうなるのかも、しれん。
勇者B:(鏡花水月)よっしゃー! ウチらの勝利だぜ! な、光芒一閃! あんた、帰ったらどうするよ? うちは魔王討伐の手柄で王都にでっかい屋敷建てる!
勇者D:(光芒一閃)気が早いですよ、鏡花水月さん。帰り道、結構長いんですからね?
勇者B:(鏡花水月)それはそうだけどさ? 魔王倒すより難しくは無いから楽勝だろ? なんせウチら、魔王倒した伝説の勇者パーティーなんだぜ?
勇者D:(光芒一閃)勝って兜の緒を締めよ。
勇者B:(鏡花水月)あん?
勇者D:(光芒一閃)油断してると帰路で痛い目に遭って、寓話として残ることになりますよ?
勇者B:(鏡花水月)るせぇこんにゃろ! んなことより、帰ったら何するか教えろよ!
勇者D:(光芒一閃)ぼ、僕は……。その……。
勇者B:(鏡花水月)何見てんだよ?
勇者D:(光芒一閃)い、いえ、なんでもありません! ただ、そうですね、王都に帰ったら、その、食事でも……どうです?
勇者B:(鏡花水月)おー! いいな! みんなで祝勝会!
勇者D:(光芒一閃)あ、そ、そうでは……い、いえ! 祝勝会! みんなで! みんなで……。はぁ……。
勇者A:(百花繚乱)あらあら。これは魔王よりも手強そうねぇ。うふふ。
勇者C:(有為転変)…………。
勇者A:(百花繚乱)どうしたの? 嬉しくなさそうね、有為転変。
勇者C:(有為転変)無論嬉しいさ、私も。
勇者A:(百花繚乱)そう、あなたは帰ったらどうするの?
勇者C:(有為転変)帰る、か。考えたことも無かったな。
勇者A:(百花繚乱)あらやだ、あなた死ぬつもりだったの?
勇者C:(有為転変)いや、そういうわけでは無いが……。
勇者A:(百花繚乱)家、継ぐの?
勇者C:(有為転変)…………。
勇者A:(百花繚乱)なら、あたしと旅しない?
勇者C:(有為転変)旅?
勇者A:(百花繚乱)そう。今度は、魔王も、世界も関係ない。自由な旅よ。
勇者C:(有為転変)しかし、私には勇者としての使命も、この血の宿命も……。
勇者A:(百花繚乱)あんたねぇ。ぶっちゃけクソどうでもいいじゃない、そんなの。
勇者C:(有為転変)百花繚乱……。
勇者A:(百花繚乱)そりゃ誰かを助けるのって美しくって素敵なことだけれど、自分自身が満足しなくっちゃ勿体ないじゃない? 命は懸けたし、血はもう十分流したでしょう? だから、これからはもういいんじゃない? 何にも縛られず、好きに生きちゃえば。
勇者C:(有為転変)…………。
勇者A:(百花繚乱)ま、あたしと来るのがそんなに嫌なら別にいいけど。あーあ、振られちゃったわねぇ? つらいわぁ。
勇者C:(有為転変)いや! そういうことじゃない!
勇者A:(百花繚乱)だったらどういうことよ?
勇者C:(有為転変)ほ、本当に、私でいいのか……? つまらないだろう? こんな、いつも仏頂面の勇者なんて。
勇者A:(百花繚乱)何言ってんの。あたしはあなたがいいの。あなたと旅したい。ていうか、結構顔に出るタイプよ? 綺麗な花とか街並みとか、いつか見た星空や夕日の沈む海……それに街中の猫ね。普段は教会の石像って顔してるのに、無邪気な子供みたい喜ぶんだもの。あたし驚いちゃったわ?
勇者C:(有為転変)……え?
勇者A:(百花繚乱)それに今も、ね。肩の荷が下りたって顔してる。だからもう、良いんじゃない? 有為転変。あなたは変わっても。
勇者C:(有為転変)……あぁ、そうだな。私は、お前と一緒ならどこまでも――。
:
魔王:――終夜儚落《イリーガル・ナイトメア》。
:
0:大地には魔王だけが立ち、その周囲に四人の勇者(百花繚乱、鏡花水月、有為転変、光芒一閃)が倒れている。
:
魔王:せめて醒めることの無い幸せな夢の中で果てるがいい。貴様らの眩い輝きにはそれだけの価値があった。……無粋だな。
:
0:魔王の四方に新たな勇者(真紅、白銀、蒼穹、黄金)が現れ、剣を向けている。
:
勇者A:(真紅)どっちが無粋だよこの外道が!
勇者B:(白銀)旅の終わりが夢オチなんて悪趣味。
勇者C:(蒼穹)いっそのことぶち殺して差し上げればよかったのに鬼畜ですね。
勇者D:(黄金)だから君は『魔王』なんて呼ばれるのさクソ野郎。
魔王:いや、『魔王』を最低な蔑称みたいに言うが、それを言ったら勇者も大体『野蛮な狂人』くらいの意味になるがいいのか貴様ら?
勇者A:(真紅)っは! 馬鹿が。褒められて嫌がるやつがどこにいる?
魔王:貴様が馬鹿だろ真紅の勇者。
勇者B:(白銀)真紅に同意。でも『魔王』に褒められるのは不愉快。
魔王:心底嫌そうな顔だな白銀の勇者。
勇者C:(蒼穹)やはりあなたにご逝去願いたいところですね、ええ早急に。
魔王:それは駄洒落か? 蒼穹の勇者。
勇者D:(黄金)もしかして僕らに阿ることで死を免れる算段かな? 本当に浅はかだな君。
魔王:貴様にだけは言われたくないな黄金の勇者。
勇者A:(真紅)けど、逆に良いかも知れねぇな?
勇者B:(白銀)倒すべき魔王が悪辣であればあるほど、
勇者C:(蒼穹)それを倒した時の大衆受けは良いですし、
勇者D:(黄金)何より悪を滅したという達成感ですっきりするんだよね。
魔王:どの口で外道とか鬼畜とか言ったのだ貴様らは。正に返り討ちに遭ってすっきりする悪辣な勇者そのものではないのか?
勇者A:(真紅)さっきからうるせぇんだよガタガタと!
勇者D:(黄金)沈黙は金。雄弁は銀と言うけれど、歴史なんて鍍金が当たり前だよね?
勇者B:(白銀)勝った方が正義。それが真理。
勇者C:(蒼穹)ですので私たちの名声の為、ご退場願いますよ魔王? ええ早急に。
魔王:やれるものならやってみるがいい。――凍焔嵐土《エレメンタル・ユートピア》!
勇者D:(黄金)四属性攻撃……!
勇者C:(蒼穹)しかしこの程度でしたら、
勇者A:(真紅)問題にはなんねぇ!
勇者B:(白銀)行く。手筈通りに――。
勇者A:(真紅)真紅の烈風《クリムゾン・ゲイル》!
勇者B:(白銀)白銀の暴風《シルバー・テンペスト》。
勇者C:(蒼穹)蒼穹の爆風《セレスティアル・ブラスト》!
勇者D:(黄金)黄金の疾風《ゴールデン・ストーム》。
勇者A:(真紅)世界を巡る四色の風――
勇者C:(蒼穹)潤し掻き混ぜ奪い去るは――
勇者D:(黄金)やがて風は一つとなりて――
勇者B:(白銀)新たな世界の秩序とならん。
:
0:四人の勇者同時に。
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勇者D:(黄金)風神の息吹《プネウマ》!
勇者C:(蒼穹)風神の息吹《プネウマ》!
勇者A:(真紅)風神の息吹《プネウマ》!
勇者B:(白銀)風神の息吹《プネウマ》!
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魔王:っは! 面白いそう来るか! 馬鹿でかい竜巻――先刻十人の馬鹿が放った爆発と同じ発想だが、精度も練度も桁違いだ。これは確かに神を語るに相応しい。が、しかしなればこそ成せばいいのだ、神殺しを! 八方厄災闇殻備刃《フル・カラミティ・ダークシェル・カウンター》! そして――命ず。
:
0:魔王、何もない空間から巨大な絵筆のような魔剣を抜き放つと、なみなみと闇が湛えられたバケツのような殻に宛がう。
:
魔王:我、虚無の女神の矛にして、終焉の落とし子。世界を侵食せし虚構の絵筆。混沌たる現世に終極の虚像を描き、ただ命令を以って調和とせん。――無為転変不完全調和《リロード・オブ・ヴァリアブル・イナクティヴィティ・ゲーム》!
勇者A:(真紅)馬鹿め! 無駄な足掻きだ!
勇者C:(蒼穹)そのような継ぎ接ぎの魔法如きが、
勇者D:(黄金)完璧に溶け合った僕らの神域の魔法を打ち破れる訳がない!
勇者B:(白銀)潔くここで果てて。
魔王:ふん、終極の魔王たる我に果てよ、と? 笑わせる! 我は最後の最後まで足掻き、世界を、宿命を、神を、削り切る者よ!
魔王:行くぞ――滅神剣! 罪業剣! 破断掌! 雷葬脚! 双曲剣!!
:
0:魔王、闇を纏った斬撃で風を切り裂いていく。
:
勇者A:(真紅)おいおいおいおい! 嘘だろ!?
勇者D:(黄金)僕らの技は疑似的に風の神を顕現したに等しい! なのに!
勇者C:(蒼穹)あり得ませんわ! なんとかしなくては早急に!
勇者B:(白銀)でも、どうやって! 手段は? 勝算は?
勇者A:(真紅)んなのどうにかして押し返すしかねぇだろ!
魔王:はぁぁぁぁぁぁぁ! 嵐翔脚! 混沌の劫火《ブレイズ・オブ・カオス》! 崩天脚! 裁飾剣美《グレイス・ラッシュ》! 冥界交響曲七番《ハデス・シンフォニー・ナンバー・セブン》! 決めるぞ――
勇者A:(真紅)真紅の追風《クリムゾン・ウィンド》!
勇者B:(白銀)白銀の風《シルバー・ウィンド》!
勇者C:(蒼穹)蒼穹の爆風《セレスティアル・ウィンド》!
勇者D:(黄金)黄金の疾風《ゴールデン・ウィンド》!
魔王:滅神劫火嵐翔破断崩天狂喜冥界羅刹罪業災飾魔王奉攻葬送双極剣!!
:
0:魔王、巨大な竜巻を断ち斬る。
0:その衝撃に巻き込まれた勇者たちが吹き飛ばされる。
:
勇者A:(真紅)ぐぁぁぁぁぁぁ!
勇者C:(蒼穹)いゃぁぁぁぁぁ!
勇者D:(黄金)うぁぁぁぁぁぁ!
勇者B:(白銀)きゃぁぁぁぁぁ!
魔王:――曲解罪業四方剣《フォース・ディスソード》。
:
0:四人の勇者(真紅、蒼穹、黄金、白銀)、魔王の一刀の下に倒れる。
:
魔王:……はぁ、はぁ。
勇者D:(神葬)――息止めて、あの世でつこう、人心地。刈り取り殺す――名を死神の鎌《デスサイズ》。
魔王:な!?
:
0:勇者(神葬)、音もなく現れると魔王の首に大鎌をかける。
:
勇者D:(神葬)避けられた? 取ったと思った、甘かった。不覚反省、次で仕留める。
魔王:神葬の勇者か! 不意打ちとは随分――。
勇者A:(業火)――卑怯とは、言わせぬ悪を、灼き殺す。正義ではなく、裁きの焔《ゲヘナ・フレイム》。
魔王:業火の勇者! 凍えて果てよ――絶対零度《アブソリュート・ゼロ》!
勇者B:(聖域)防ぐとか、なかなかやるね、さす魔王! けどさこれなら、浄化聖域《サンクチュアリ》!
魔王:っく! 少し溶けたが聖域の勇者よ! 神聖術の対処法など――
:
0:魔王と勇者(災厄)同時に技を発動する。
:
魔王:――孵化厄災《カラミティ・インキュベーション》!
勇者C:(災厄)――孵化厄災《カラミティ・インキュベーション》! 読めてます。
魔王:災厄の勇者!
勇者C:(災厄)悪くない。でも、再厄災禍《追いカラミティ》。
魔王:解放《パージ》!
勇者C:(災厄)解放《パージ》――せず、
:
0:魔王の闇を勇者(災厄)が呑み込む。
:
魔王:なに……?!
勇者C:(災厄)それを吸収、上乗せて、からの完全大解放《アンド・リリース・フルバースト》ぉ!
:
0:勇者(災厄)から放射された闇が魔王に直撃し、辺りに煙が漂う。
:
勇者B:(聖域)……やったかな?
勇者C:(災厄)それフラグです、聖域氏。
勇者D:(神葬)恐らく生きて、いるでしょう。
勇者A:(業火)しぶとい奴だ、皆気を抜くな。
:
魔王:――射貫け闇矢《ダーク・アロー》!
:
0:煙の中から闇の矢が飛び出し、勇者(災厄)に刺さる。
:
勇者C:(災厄)……っああ駄目だ。油断しました、これ詰んだ。すみませんけど、あと頼みます……。
勇者A:(業火)何言ってるまだ諦めるには早い! 傷は浅いぞ! 災厄! 災や……!
勇者D:(神葬)もういいよ、業火の勇者、手遅れだ。災厄はもう……死んでしまった。
勇者B:(聖域)災厄氏、短い間、だったけど、仇は取るよ、命にかけて!
魔王:……貴様らさ、とりあえずそれ、やめないか? ふざけて見えるぞ七五調だと。……じゃなくて、あぁくそ! こちらまで引っ張られておる! 腹立つな!
勇者A:(業火)腹が立つ? 黙れ魔王め! その台詞! 燃え尽き果てろ! 私怨の焔《リベンジ・フレア》!
魔王:不純な業火なぞに灼かれるものか――混沌の劫火《ブレイズ・オブ・カオス》!
勇者A:(業火)っく、見事……。良い火焔だった、敵……なが、ら……。
勇者B:(聖域)業火氏が! でも捉えたよ、魔王さん? 勝負ありでしょ! 浄化聖域《サンクチュアリ》!
魔王:――孵化厄災《カラミティ・インキュベーション》! 聖域なぞもう通用せん。
勇者B:(聖域)忘れてた!? あぁ駄目だった! あたしはほんと、君がいないと、ねぇ災厄氏?
魔王:解放《パージ》! ……さて、残りは貴様だけだぞ神葬の勇者?
勇者D:(神葬)……死神の鎌《デスサイズ》! あぁ死神の鎌《デスサイズ》! 死神の鎌《デスサイズ》!
魔王:憐れだな。如何に必殺とて当たらなければ無意味。……魔王葬送剣。
:
0:魔王、勇者(神葬)を仕留める。
0:と、同時に四人の勇者(鉛刀一割、天剣絶刀、剣鬼羅刹、傀儡聖剣)が現れる。
:
勇者B:(鉛刀一割)憐れ。と言ったが、別段憐れんでなど無かろうに。
魔王:ふん、貴様は鉛刀一割の勇者、それに……。
勇者A:(天剣絶刀)天剣絶刀。
勇者C:(剣鬼羅刹)剣鬼羅刹だよ~!
魔王:天剣絶刀の勇者に剣鬼羅刹の勇者。
勇者D:(傀儡聖剣)……傀儡聖剣。
魔王:傀儡聖剣……? まぁ良い。剣術に秀でた勇者が徒党を組むか。面白い。
勇者B:(鉛刀一割)否。手は組まない。
魔王:どういう意味だ、鉛刀一割の勇者?
勇者A:(天剣絶刀)俺達は勇者である前に剣客だ。つまりこの場の全員、
勇者D:(傀儡聖剣)……斬る。――傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、聖剣を抜き放ちその場の全員を切り伏せようとする。
:
勇者B:(鉛刀一割)はっ!
勇者A:(天剣絶刀)気がみじけぇなぁ!
勇者C:(剣鬼羅刹)それじゃあ拙も、推して参る――鬼剣『羅刹』!
魔王:っち! 幻影舞踏殺!
勇者A:(天剣絶刀)俺の背後だろ?
魔王:天剣絶刀の勇者、貴様見えて……!
勇者A:(天剣絶刀)いいや? ただの勘だ――天剣絶刀『春曇』!
魔王:裁飾剣美《グレイス・ラッシュ》!
勇者A:(天剣絶刀)はっは~やるねぇ! でもこれなら――
勇者D:(傀儡聖剣)――傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
勇者A:(天剣絶刀)だぁぁ! 天剣絶刀『雪風』!
魔王:くそっ……八方備刃《フル・カウンター》!
勇者D:(傀儡聖剣)ぐ……っ! 傀儡剣――《ソード・ミニオ――!
勇者C:(剣鬼羅刹)――鬼剣『夜叉』!
:
0:勇者(剣鬼羅刹)、勇者(傀儡聖剣)の背後に現れ剣を突き刺す。
:
勇者D:(傀儡聖剣)っか……!?
勇者B:(鉛刀一割)邪魔だ――奥義、鉛刀一割。
:
0:勇者(鉛刀一割)、勇者(傀儡聖剣)を叩き斬る。
:
勇者C:(剣鬼羅刹)っぶないなぁ鉛刀一割! 拙ごと斬るつもり?!
勇者B:(鉛刀一割)ふん、仕留め損ねたか。
勇者C:(剣鬼羅刹)この……! あんた後で絶対斬るかんね!
魔王:鉛刀一割の勇者よ、傀儡聖剣の勇者を何故斬った? 仲間では――
勇者A:(天剣絶刀)ねぇって言ったろ? そもそも俺らは偶然ここに居合わせただけ。
魔王:偶然だと?
勇者A:(天剣絶刀)あぁ。それに奴は邪魔だったんだよ、意志もねぇ剣をぶん回すだけのカスは剣士じゃねぇ。なんつーの? 役不足?
勇者B:(鉛刀一割)ふっ、言葉を知らぬ愚か者め。
勇者A:(天剣絶刀)あぁ? どういう意味だ?
勇者C:(剣鬼羅刹)ま、馬鹿はほっといて、
勇者A:(天剣絶刀)誰が馬鹿だぁ!?
勇者C:(剣鬼羅刹)最高に燃える果し合い、やろうよ?
魔王:果し合い、と呼ぶには随分役者が多いようだがな?
勇者C:(剣鬼羅刹)拙は最初からあんたしか見てないけど?
勇者B:(鉛刀一割)先刻儂を斬ると宣ったのは聞き違いか? 健忘か?
勇者C:(剣鬼羅刹)うるさいバーカ!
勇者A:(天剣絶刀)ふぅ、やれやれだぜ。
勇者C:(剣鬼羅刹)あんたもなんかムカつく。
勇者B:(鉛刀一割)先に仕留めておくか。
魔王:今までで最低の組み合わせだな、魔穿鉄拳の勇者の爪の垢でも煎じて飲ませ……るなら雪泥咬爪の勇者のか?
勇者C:(剣鬼羅刹)もういい! めんどくさい! ちまちま戦うのとか性に合わない! 次に最強の一撃出して立ってた奴が最強の剣士! おーけー?
勇者B:(鉛刀一割)よかろう。我もそれは望むところよ。
勇者A:(天剣絶刀)はっは~、どいつもこいつも気が短い。ま、俺も賛成だけどな? 魔王、てめぇはどうだ?
魔王:知らん。我はそもそも剣士ではない勝手にせよ。我は我でやらせてもらう。
勇者A:(天剣絶刀)あー、そういやそうか。ま、そんなのは、
勇者B:(鉛刀一割)些末事に過ぎぬな。
勇者C:(剣鬼羅刹)うだうだ言ってないで行くよ? ――赤鬼、青鬼、黄鬼、緑鬼、黒鬼、結んで束ねて纏うて開け――
勇者A:(天剣絶刀)――我が剣は空を穿ち闇を絶つその名は――
魔王:――闇纏いし剣先の高貴なる一撃――
勇者B:(鉛刀一割)――奥義、
:
0:間。
:
勇者A:(天剣絶刀)――天剣絶刀『白夜』!
勇者C:(剣鬼羅刹)――剣鬼一刀『五蓋羅刹』っっっっ!
魔王:――暗君之刃《ノブリス・オブ・シャドー・エッジ》!
勇者B:(鉛刀一割)――鉛刀一割。
勇者D:(傀儡聖剣)――傀儡剣制《ソード・ミニオン》ッ!
勇者A:(天剣絶刀)な!?
勇者C:(剣鬼羅刹)えっ!
魔王:何!
勇者B:(鉛刀一割)よもや……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、その場の全員を同時に斬る。
:
勇者A:(天剣絶刀)ぐぁぁぁぁぁ!
勇者C:(剣鬼羅刹)うぅぅぅぅ!?
魔王:くっ……。
勇者B:(鉛刀一割)傀儡聖剣……! 生きて――
勇者D:(傀儡聖剣)――邪魔。傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、勇者(鉛刀一割)を斬り捨てる。
:
勇者A:(天剣絶刀)おいおい……! 嘘だろ……!?
勇者D:(傀儡聖剣)――傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、勇者(天剣絶刀)を斬り捨てる。
:
勇者C:(剣鬼羅刹)天剣絶刀! ぁ、く、来るなぁぁぁ――
勇者D:(傀儡聖剣)――傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、勇者(剣鬼羅刹)を斬り捨てる。
:
魔王:傀儡聖剣の勇者。なるほど、どおりで見覚えはあるが馴染みの無い勇者だと思った。貴様、宝剣の勇者だな? 聖剣の力に呑まれていたのか。
勇者D:(傀儡聖剣)宝……剣? ……っ!? ぐ、あ、あ、あぁぁぁぁ! 傀儡剣制《ソード・ミニオン》! 傀儡剣制《ソード・ミニオン》! 傀儡剣制《ソード・ミニオン》!
魔王:これは……! 少々厄介だな――影盾《シャドー・シールド》!
勇者D:(傀儡聖剣)傀儡々剣制《ソードどどど・ミニオン》んんんん!
魔王:くそ、何が聖剣だ! 魔剣や呪剣、妖刀の類だろうがこんなもん……! 見境もなく変な剣使ってるからそんなことになる! 剣鬼一刀『邪鬼』! 天剣絶刀『春霞』! 鉛刀一割!
勇者D:(傀儡聖剣)けひゃぁぁ! 儡々剣制《ドどどど・ミニオン》んんんん!
魔王:不死身か……!? いや違うな、宝剣の勇者を斬っても意味が無い、本体は剣の方か! しかしならば!
勇者D:(傀儡聖剣)怪々傀儡征聖剣《ソードどどどど・ドミニニニオン》んんんん!
魔王:無駄だ――剥手渇裁《クラップ・クラップ・ユア・ハンズ》!
勇者D:(傀儡聖剣)かかかかかかかかか……!
魔王:剣を振るその身体を封じてから、破壊する! 行くぞ――断罪之剣《ギルティ・ブレイド》! 執行之剣《ギルティ・サーベル》! 懲罰之剣《ギルティ・エッジ》! 審判之剣《ギルティ・ソード》!
勇者D:(傀儡聖剣)かかかかいかいか……っ!?
魔王:消え去るがいい――混沌の劫火《ブレイズ・オブ・カオス》!
勇者D:(傀儡聖剣)……くぁ、い……。
:
0:勇者(傀儡聖剣)の剣が砕け散る。
:
勇者D:(傀儡聖剣)こ、これは……?
魔王:目が覚めたか、宝剣の勇者?
勇者D:(傀儡聖剣)終極の魔王さん……? 私は、一体……っぐ、ぁぁぁぁぁあ!
魔王:やはり、駄目か。
勇者D:(傀儡聖剣)はぁ、はぁ、せ、聖剣に、蝕まれて……いるのですね、私は……ぐっ、う!
魔王:……いや、そうなのだが、それのどこが聖剣なのだ?
勇者D:(傀儡聖剣)い、いえ……これこそ、正に聖剣、です、よ、へへへ……。
魔王:何? どういう意味だ……?
勇者D:(傀儡聖剣)そ、そう、この、世界を救済すること……。た、ただ目的を為すことに、徹底した、狂気の性質……! わ、わたしの求めていた、ち、力! はぁ、はぁ……す、素晴らしいぃぃぃぃん!
魔王:……そういえば、貴様最初から狂っていたか。
勇者D:(傀儡聖剣)で、でででですが……! 魔王さん、これは、この戦いは……なんか、違うのです……!
魔王:曖昧な物言いだな。
勇者D:(傀儡聖剣)はっきりとは、分かりません、が、これは私の本意ではない、恐らく、この傀儡聖剣の意志でも……。
魔王:ふむ。
勇者D:(傀儡聖剣)だ、だから、ここで、滅して……くだ、さい……!
魔王:……良いのか? 宝剣の勇者。
勇者D:(傀儡聖剣)宝剣……? い、いえいえいえいえ……! ちがいます、違いますよぉ……! い、今の私は剣と一体化している! ゆ、故に、傀儡聖剣の勇者っ! です、はぁはぁ! 一緒に果てられるなんて、最っっっっ高じゃないですかぁぁぁ?!
魔王:…………そうか。貴様がそれでいいなら、良いのかも知れぬな。
勇者D:(傀儡聖剣)はいぃぃぃ! もちもちろんろん! すすすすぱっとやっちゃってくだっさいぃぃぃぃ!
魔王:ならば――奥義、鉛天刀割『天邪鬼』。
:
0:魔王、勇者(傀儡聖剣)を両断する。
:
勇者D:(傀儡聖剣)あぁぁぁぁぁ! あひゃひゃぁ……これで私は聖剣としてっっ――!
:
0:魔王、剣を鞘に納める。
0:勇者(傀儡聖剣)が聖剣ごと消滅する。
:
勇者B:(夢幻泡影)……あのー。
:
0:勇者(夢幻泡影)、瓦礫の陰からひょっこり顔を出している。
:
魔王:む?
勇者B:(夢幻泡影)う、うちのこと憶えてるっすか魔王さん……?
魔王:貴様は――。
勇者B:(夢幻泡影)あ! あ! お、憶えてないっすよね! そっすよね! うちってほら、華もないし、影薄いから、誰もうちのことなんて知らないし愛してないっすよね。生きてる意味とかも。はぁ、死にたい、殺したい、世界滅ぼしたい……。
魔王:いや。無論憶えている。夢幻泡影の勇者。
勇者B:(夢幻泡影)え……、う、うちのことを認識してる!?
魔王:当然であろう?
勇者B:(夢幻泡影)ととと当然!? え、なんでどうして?! あ、ああああも! もしかして――うちのこと好きなんすか? ああああ愛してるんすね! どこが好きっすか! 全部っすよね! 当然全部! 好きで愛してるっすよね! クソみたいなこんなうちだけど、そんなクソなところも全部全部全部全部愛してるっすよね! 誰より何より世界より愛してるっすよね! だからもちろんうちと一緒にクソな世界滅ぼして二人っきりになって、そしたら一緒に死んでくれるっす――げふんっ!?
:
0:勇者(夢幻泡影)の頭を突如背後から現れた勇者(流星光底)が剣の鞘で殴りつける。
:
勇者C:(流星光底)ド阿呆ぉ! おどれ何いきなり魔王なんぞにコクっとんのやボケぇ! 魔王なんぞに振り寄ってからに、なんや発情期かボケぇ!
勇者B:(夢幻泡影)ひ、ひぃ!? す、すんませんっす先輩! 発情期ではないっす! てか病み期っす! 誰かに心の穴を埋めて欲しい……ただそれだけっす! そんくらい察してほしい……っすけど、ま、無理っすね所詮先輩だし人の痛みとか心なんて……ぐへぇっ!
勇者C:(流星光底)やかましいわ! 何まともな人みたいなツラしとんねん? ゴミが何思っとるかとか考えるわけないやろボケ。ええか? 一寸の虫に五分の魂あるか知らんけどなぁ、縦しんばおどれが一端の人か一寸の虫けらやったとて、こないなゴミクズ人間に宿るもんなんてどうせ碌でもないゲテモンのなんかなんやから積極的に磨り潰したろっちゅうんが世のため人のためやろが。違うか。
勇者B:(夢幻泡影)……なんというか間違ってるのは、その思想じゃなくて、そんなイカれた思想の持ち主が勇者ってことっすね……。こんなん絶対勇者にしちゃダメっすよ……。うちが言うのもあれっすけど。
勇者C:(流星光底)はぁん。ようわかっとるやんけ夢幻泡影?
勇者B:(夢幻泡影)ひぃ!? 本当のこと言われても怒らないで欲しいっす!
勇者C:(流星光底)あんたえぇ性格しとるなぁ? そないなことで一々怒るわけないやろ。あんまなめとったらどつきまわすぞ?
勇者B:(夢幻泡影)結局どう足掻いてもどつかれるかしばかれるのなんなんすか。
勇者C:(流星光底)まぁ、そもそもあたしに勇者なんぞ役不足やねん。
勇者B:(夢幻泡影)きっとマジで言ってるやつっすね。無茶苦茶っすわこの人……人でなし。
魔王:人でなし……その言葉遣い、貴様は流星光底の勇者か?
勇者C:(流星光底)あぁなんやねん? 気安く呼ぶなやド阿呆! てか人様のことどこで思い出しとんねんぶち殺すぞ!
勇者B:(夢幻泡影)ダメっすよ先輩! 魔王さん殺すのはうちっすから先輩!
勇者C:(流星光底)おどれはすっこんでろや! しばくぞボケカスぅ!
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0:勇者(流星光底)、勇者(夢幻泡影)を鞘で殴る。
:
勇者B:(夢幻泡影)ぐへぇっ!
勇者A:(永劫回帰)言ったそばからもうしばいているじゃないですか。何回しばくおつもりですかねこの人でなしは?
勇者C:(流星光底)誰が人でなしや、ろくでなし。いちいちやかましいで永劫回帰ぃ? 人様から奢られる茶ぁとクソ生意気な後輩は何回しばいてもええって昔から言うやろがボケぇ。
勇者A:(永劫回帰)言いませんよ。誰ですかそんなクソみたいなこと言ってる人。
勇者C:(流星光底)誰って、そんなクソなこと言うの師匠しかおらんやろボケ。
勇者A:(永劫回帰)いや、あなたも言ってますが。まぁ、それはさておき、魔王さん? すみませんねぇ、うちの馬鹿共が。
魔王:いや構わんさ永劫回帰の勇者。慣れている。
勇者A:(永劫回帰)それはそれは苦労しますね、お互いに。
魔王:くははははは。
勇者A:(永劫回帰)あははははは。
勇者C:(流星光底)おいこら、何馴れあっとんねん? てか誰が馬鹿やしばくぞクソボケぇ!
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0:勇者(流星光底)、勇者(永劫回帰)を鞘で殴ろうとするが避けられる。
:
勇者A:(永劫回帰)おやぁ? どこ狙ってるんでしょうねぇ? ひょっとして目が悪いのでしょうか? それとも頭? やーい。ばーかばーか。
勇者C:(流星光底)……殺す!
勇者A:(永劫回帰)あは! 昔から言いますよね。弱い犬程なんとやら。あぁ、失礼。犬以下でしたぁ?
勇者C:(流星光底)――流星斬! 彗星剣! 流星連斬!
勇者A:(永劫回帰)――おっと! 甘いですね! どこ見てるんです? あらひょっとして節穴?
勇者C:(流星光底)怒涛流星連斬! うろちょろすんなや!
勇者A:(永劫回帰)あなたがすっトロいだけですがぁ?
勇者B:(夢幻泡影)魔王さん魔王さん。
魔王:何だ?
勇者B:(夢幻泡影)蚊帳の外。っすね。
魔王:……そうだな。
勇者B:(夢幻泡影)どうするっすか?
魔王:放っておけばよい。じきに決着もつくだろう。
勇者B:(夢幻泡影)……そっすね。
勇者C:(流星光底)っはぁ! 鳳翔流星斬! 霊光斬!
勇者A:(永劫回帰)見えてますよ! くっく、大したことないですねぇ?
勇者C:(流星光底)よう言わんわ舌噛むでぇ、余裕こいてると! 秘技――崩墜凶星斬!
勇者A:(永劫回帰)……ちぃっ! 秘術――永久回避《エタニティ・ダンス》!
:
0:二人の勇者(永劫回帰、流星光底)の剣が交錯する。
:
勇者C:(流星光底)舌と逃げ足だけはよう動くみたいやけど、なんや逃げるだけやなぁ? まぁ、逃がさへんけどなぁ?
勇者A:(永劫回帰)っく!
:
0:勇者(永劫回帰)の斬り飛ばされた左腕が地面に落ちる。
:
魔王:ほう。勝負あり、か?
勇者C:(流星光底)とりあえず片っぽや。次は右腕か、それとも首か、好きな方選ばしたるわ。
勇者A:(永劫回帰)クソが……! 所詮汚い言葉を吐き散らすだけが能の畜生と思って遊んでやっていましたが、後悔しても遅いですよ流星光底……!
勇者C:(流星光底)後悔? あー、あたしは別にええよ、ワンちゃんでも。けっこーけっこー。けど難儀やなぁ、自分の言ったこと後悔してへん?
勇者A:(永劫回帰)……何のことですか?
勇者C:(流星光底)なんや、忘れてもうたん? くっふっふ、ま、しゃーないな。弱い犬程言うとったけど、逃げて喚いて大忙しの雄鶏くんはそれが仕事やもんなぁ、永劫回帰?
勇者A:(永劫回帰)……! っぜぇんだよ図に乗ってんじゃねぇ! 秘術――永劫快気《インフィニット・リターナー》!
:
0:勇者(永劫回帰)の傷や腕が瞬時に治る。
:
魔王:ふむ、失った腕を修復したか。
勇者B:(夢幻泡影)うわぁ、すごいけど普通にキモいっすね……。
勇者A:(永劫回帰)片腕だぁ? んなもん秒で何度でも治るんですよぉ! つまりあなたが必死こいて当てた攻撃は全くの無駄ということです! 残念でしたぁ!
勇者C:(流星光底)その攻撃を必死こいて避けようとしたくせに斬られた残念なやつは誰やろな? 無駄口叩いてんと、さっさと来いや鳥頭。
勇者A:(永劫回帰)……いいですよ、いいでしょう! そんなに見たいなら見せてやりますよ! 私の本気? いえいえ、どんだけ頑張っても手の届かねぇ永遠を前にしたてめぇの限界ってやつをなぁ!
勇者C:(流星光底)喧しぃのぅ! クソ長い能書き垂れながら去ねやぁ!
勇者A:(永劫回帰)奥義――永劫回帰《エターナル・ヴェイン》!
勇者C:(流星光底)奥義――流星光底剣!
勇者A:(永劫回帰)はぁぁぁぁぁぁぁぁ!
勇者C:(流星光底)うぉぉぉぉぉぉぉぉ!
:
0:勇者(流星光底)、勇者(永劫回帰)、激しい闘いを繰り広げている。
0:それを眺める魔王と勇者(夢幻泡影)。
:
魔王:敵味方の区別なく殺し合ったかと思えば、今度は魔王そっちのけで戦い始めるか。
勇者B:(夢幻泡影)諦めてほしいっす、そういうもんっす。
魔王:勇者とはどうして斯くも……。
勇者D:(万里一空)面白いでしょう?
:
0:勇者(万里一空)、魔王と勇者(夢幻泡影)の横に並んでいる。
:
勇者B:(夢幻泡影)ひぃ!? いつの間に! てか誰っすか!?
魔王:万里一空の勇者か。
勇者B:(夢幻泡影)万里……えっ? あの?
勇者D:(万里一空)えぇそうですよ、よくご存じで。どこかでお会いしました?
魔王:かつて『地上最強』とも言われた勇者を知らぬ者がおるか?
勇者D:(万里一空)はっはっはっはっは! そうですね、ふふ、懐かしい。今思えば、なんとも皮肉の効いた肩書ですけれど。
勇者B:(夢幻泡影)……うちのあだ名『スカ勇者』とか『勇者残念賞』なんすけど……。
勇者D:(万里一空)まぁ、見たところ筋力も魔力も、知力も。程々といった感じですが――。
勇者B:(夢幻泡影)いや、事実っすけど!
勇者D:(万里一空)――どこか底知れない。正直敵にしたくはありませんね。
勇者B:(夢幻泡影)……買い被りっすよ! うちなんて、ただのゴミっすよ!
魔王:ふむゴミと言えば、あちらの決着がついたようだ。
:
0:勇者(流星光底)、勇者(永劫回帰)を貫く剣が抜けず密着状態で静止している。
:
勇者A:(永劫回帰)はぁ……はぁ……はぁ……!
勇者C:(流星光底)ぐっ……!
魔王:存外に下らぬ結果よの。
勇者D:(万里一空)そうでしょうか? 最強の一閃を放つ剣技で全てを薙ぎ倒す矛と、無限とも言える回復能力によって無類の耐久性を誇る盾。その末路としては見応えがあると思うのですが。
魔王:突き刺さって抜けないせいで剣技を使えず、食い込んだその剣を縛り付ける為に回復能力を集中しなければならない。剣を手放せばとどめはさせず、能力を解けば次の一手で仕留められる。互いに手詰まり、我慢比べのような状態のどこに見応えがある?
勇者D:(万里一空)まぁ妥当な分析ですが、それはもちろん、
勇者B:(夢幻泡影)お二人が抱き合ってるみたいに見えるからっすよ~!
魔王:……言われて見ればそうかも知れぬが、それが何だと――。
:
勇者D:(万里一空)だって最低に無様でしょう?
勇者B:(夢幻泡影)だって最高に無様っすよね?
:
魔王:……悪趣味だな。
勇者D:(万里一空)はっはっは。魔王に言われるなんてね。けれど、勇者なんてものは先刻君が言ったように概ねこんなものさ。そうでしょう夢幻泡影?
勇者B:(夢幻泡影)一緒にしないで欲しいっすけどてか魔王さんと一緒になりたいっすけど。
勇者D:(万里一空)へぇ、あなたもしかして魔王さんのことを? なら、その願い叶えて差しあげましょう。
勇者B:(夢幻泡影)え、マジっす、かはぁっ!?
:
0:勇者(万里一空)、勇者(夢幻泡影)の腹を剣で貫く。
:
勇者B:(夢幻泡影)万里、一空……!?
魔王:貴様……。
勇者B:(夢幻泡影)な、なんでっ、すか……!
勇者D:(万里一空)おっと、勘違いしないで欲しい。致命傷は避けてあります。ただ僕は夢幻泡影の願いを叶えたいだけ。一緒に死にたいと言っていたでしょう? およそ一分。尽力させていただきましょう、お二人同時に門出を迎えられるよう。さて、行ってらっしゃいませ、死出の旅路。万里――裂空斬!
魔王:っく! 断罪之剣《ギルティ・ブレイド》! そのような剣!
勇者D:(万里一空)届かないから足で稼ぐ――閃脚万里!
魔王:鳳翔脚!
勇者D:(万里一空)そして掴む――万掌一握!
魔王:秘技――極握覇道!
勇者D:(万里一空)なかなかうまく返すようですが、あなたの技はどれもオリジナリティに欠ける。万里――絶空殺!
魔王:魔王羅刹掌! だからどうだというのだ! 超音速刺突刃《アルターソニック・ピアシングエッジ》!
勇者D:(万里一空)万里不撓。……わからないでしょうか、たとえどれほど卓越した技であったとしても、かつて――いいえ。これから先の未来永劫含め、それが地上に存在した技であったならば、最強たる僕の前では無意味! 僕は完成形! 地上において究極形として存在するのだから!
魔王:それは我とて同じことよ! 即ち、万里――
勇者D:(万里一空)ならばどちらが上か、次で決めよう! いくよ万里――
魔王:否! 万象――
:
0:同時に。
:
勇者D:(万里一空)――一空!
魔王:――一空!
:
勇者D:(万里一空)はぁぁぁぁ!
魔王:――ぬぉぉぉぉ!
:
0:間。
:
勇者D:(万里一空)っぐふ……。
魔王:ごはっ……。
:
0:魔王、勇者(万里一空)を貫く剣が抜けず密着状態で静止している。
:
勇者D:(万里一空)見事な一撃……けれど、君の剣は封じた。これでもう、打つ手はない。
魔王:確かに、膠着状態だ。しかし、時間切れだな。
勇者D:(万里一空)時間切れ? 何の――。
勇者B:(夢幻泡影)ぎゅ~。
:
0:勇者(夢幻泡影)の幻影が勇者(万里一空)の背後に現れ、魂に抱き着いて破壊する。
0:と同時に勇者(夢幻泡影)の本体が血を吐く。
0:魔王、その身体を抱き寄せる。
:
魔王:夢幻抱擁《スピリット・ハギング》か……。
勇者B:(夢幻泡影)ぁーあ、この胸に、抱いて死ぬなら、魔王、さんが……良かった、んすけどね、うち……。
魔王:殺した相手を殺す技。
勇者B:(夢幻泡影)えへへ、でも、命懸けで、護って、抱かれる、のも、最高に、悪く――。
魔王:あぁ助かったぞ、夢幻泡影の勇者、また――。
勇者A:(永劫回帰)うぎゃぁっ……!?
勇者C:(流星光底)ぐふぁっ……!?
:
0:勇者二人(流星光底、永劫回帰)、密着状態のまま果てる。
:
魔王:む? 流星光底と永劫回帰の勇者が死んだ……? 打破も妥協もできず共倒れの道を選んだか――いや、違うな。
勇者B:(生老病死)うふふ、ご名答。でござりまする。
:
0:勇者(生老病死)、魔王の背後に立っている。
:
魔王:生老病死の勇者、貴様の仕業か。何のつもりだ。
勇者B:(生老病死)彼らの振る舞いが同じく勇者に名を連ねる者として目に余り申した、というのもありまする。しかし、これは小生からのささやかなお祝いでござりまする。
魔王:祝い?
勇者B:(生老病死)左様でござりまする。何故なら――。
勇者C:(森羅万象)終極の魔王よ。其方は96の勇者を倒した。誇ってよいぞ?
:
0:勇者(森羅万象)、瞬時に現れる。
:
魔王:森羅万象の勇者。
勇者B:(生老病死)厳密には先ほどの時点で94人、自滅や同士討ちも含まれておりまするが。
勇者D:(色即是空)その程度は些事。数え方とて匙加減というものですよ。
魔王:色即是空の勇者。なるほど、貴様らが最後の『組』という訳か。
勇者D:(色即是空)別段、組んだ訳でもありません、ただそうなるよう仕組みはしました。
魔王:仕組んだ?
勇者C:(森羅万象)96の勇者には偏りがあったのじゃが、気付かなんだか、魔王よ?
魔王:……審美の勇者、隔岸観火の勇者のことか。
勇者B:(生老病死)ご名答。でござりまする。
勇者D:(色即是空)いつから気付いておいでです?
魔王:最初から、と言いたいが、確信を持ったのは傀儡聖剣の勇者を倒した時か。或いは月光の狂信者《ルナティック》共はまともな精神状態では無かった。元より碌でもない愚物だったが、かつて月を実際に墜としたことは無かった。我の知る限り、だがな。
勇者C:(森羅万象)何も知らされず、持たされなかったが故に、彼奴らが最も運命を逸脱し、其方を追いつめるに至ったというのは、皮肉な話じゃがのぅ。
勇者B:(生老病死)あれを果たして、追いつめたと言えるのでござりまするか? おかげで有力でござった虚偽、詐術、誤謬、欺瞞の勇者を無用に使い潰す結果となったのは明確な損失に思えるのでござりまするが。
勇者D:(色即是空)それとてやはり些事というものですよ。こうして我々と巡り合った以上。
魔王:やはり貴様らも我と戦うのか。
勇者B:(生老病死)まるで『戦いたくない』と申されているように聞こえまするよ?
勇者C:(森羅万象)よもや戦うこと――否。終わらせることを司る存在が。
勇者D:(色即是空)しかし我々はそれ故に戦うのです。
魔王:何者かの意思によって仕組まれたものであってもか?
勇者B:(生老病死)誰が仕組んだとて誰に仕組まれたとて、
勇者D:(色即是空)求めるともなく求められるともなく、
勇者C:(森羅万象)我らの意志ならぬ遺志が、
勇者B:(生老病死)生きる為に戦い、
勇者C:(森羅万象)戦う為に殺し合い、
勇者D:(色即是空)殺し合う為に生きる、
魔王:或いはその為に蘇る、と?
勇者D:(色即是空)……ええ、ですが話は終わりです。
勇者B:(生老病死)もしくは、終わりの話でござりまする。
勇者C:(森羅万象)其方という魔王の、最期じゃ――!
魔王:っく! 拒め闇――《ダークネス――》
勇者B:(生老病死)奥義――生老病死《ザ・ライフ・リヴォルヴ》!
勇者C:(森羅万象)奥義――森羅万象《コズミック・オムニシエンス》!
勇者D:(色即是空)奥義――色即是空《ヴォイド・マター》!
魔王:く、うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 小麦ぃぃ――!
:
0:勇者(生老病死、森羅万象、色即是空)の放つ波動に飲まれた魔王の肉体が瞬時に朽ち果て虚無と化す。
:
勇者B:(生老病死)……はぁはぁ!
勇者C:(森羅万象)っふぅ……。
勇者D:(色即是空)…………。
勇者B:(生老病死)……やった、でござりまするか?
勇者C:(森羅万象)然しもの魔王も耐えられなんだか。
勇者B:(生老病死)というか、あの魔王、最期になんて叫んでましたでござりまする? 聞き間違えでなければ……。
勇者C:(森羅万象)小麦、じゃの。
勇者D:(色即是空)小麦……。
勇者B:(生老病死)そういえば「食、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と叫んでござりましたが、死ぬ前にパンが食べたかったでござりましょうか。
勇者C:(森羅万象)ふむ、或いは麺類かも知れぬぞ?
勇者B:(生老病死)如何な魔王と言えども、腹が減るという生命の理からは逃れられぬということでござりましょうか。或いは遠き故郷、お袋の味を今際の際に求めた?
勇者C:(森羅万象)さての。彼の者が末期に何を食いたいと願ったかなぞ、こうなってしまえば知る由もなかろう。
勇者D:(色即是空)どうにもひっかかりますね……。
勇者C:(森羅万象)色即是空よ。何にせよこれで我らの旅も終わりじゃ。気になるならこの後パン屋にでも寄って、それを食らいながら考えればよかろう?
勇者B:(生老病死)そういえば小生もお腹空いたでござりまするよ。
勇者D:(色即是空)……いえ! 違いますこれは!
勇者B:(生老病死)色即是空殿? 何が――げふっ!?
:
0:勇者(生老病死)、背後から魔王に貫かれる。
:
勇者C:(森羅万象)生老病死ぃ!? 其方どうやって!
魔王:小麦を砂金に、硝子はダイヤ、水を油に、薬は爆薬、親の仇の憎悪であれば神や悪魔の信仰に、口八丁手八丁、丁丁発止、針小棒大、針千本、呑まず食わずで甘露甘露と舌で転がし捲し立てるは嘘八百万の神々へ、大きな嘘なら真実と、大きな真実さえも過ちになる。どうせこの世は――
勇者C:(森羅万象)その詠唱は!
勇者D:(色即是空)詐術の――!
魔王:――回答次第《インポッシブル・ポッシビリティ》。
勇者C:(森羅万象)しかし詠唱はどうしたのじゃ! 彼奴等の技は世界を改変する力を持つが故に対価を必要とする筈、それを詠唱も無しにどうやって!
魔王:あれ程えげつない技をポンポン撃ち出せる貴様らがそれを言うか? だから我はちゃんと後払いはしたであろう。聞いておらんかったかのか?
勇者C:(森羅万象)何の話じゃ!
勇者D:(色即是空)そうか! 繰日兎《クレジット》……!
勇者C:(森羅万象)脱税の勇者め……!
魔王:ふはは、ご名答。である。
勇者B:(生老病死)そ、れ、小生のセリ……ぐふっ、でござります、る……っ!
勇者C:(森羅万象)生老病死!
魔王:ほう、まだ生きておったか。
勇者B:(生老病死)伊達に、生老病死なぞ名乗らされては、おりませぬので……。
魔王:だが、その様で何ができる?
勇者B:(生老病死)う、ふふふふふ、このまま道連れに、してやるでござりま――。
魔王:――死神の鎌《デスサイズ》。
:
0:勇者(生老病死)、魔王の腕から生えた鎌に命を刈り取られて果てる。
:
魔王:当たらなければ無意味だが、不死や神さえ葬る死神の鎌。密着状態ならば、確実に刈り取れる。
勇者D:(色即是空)見事、と言わざるを得ないですね。しかし、ここからどうします? 先ほど披露された回答次第《インポッシブル・ポッシビリティ》。貴方の疲労具合からそう何度も使えるようなものではないと見受けられる。
魔王:そう、思うか?
勇者C:(森羅万象)思うの。でなければ多用しておるじゃろうて。特に繰日兎《クレジット》との合わせ技は不可能。死神の鎌《デスサイズ》で仕留めたことも焦りからじゃ。そうじゃろう?
魔王:…………。
勇者D:(色即是空)最強で無敵。これまでの戦いで負傷らしい負傷、消耗さえも無いように見えていましたが、なるほど。威力や精度を下げる詠唱省略だけでは説明がつかない。これ以外にも何度か使っていますね? 前借り。
勇者C:(森羅万象)ふむ、そうなのか? ならばこのまま――
魔王:百花繚乱《エンヴィズ・グラマー・ガーデン》! 鏡花水月《ミラー・デコイ》!
:
0:魔王の姿が無数に増える。
:
勇者C:(森羅万象)わらわらと鬱陶しいのぅ! しかし、どれだけ増えようとも、その全てを殺せば済む話!
勇者D:(色即是空)待て! 殺してはいけない!
勇者C:(森羅万象)今更何を躊躇する! 奥義――森羅万象《コズミック・オムニシエンス》!
魔王:幻魔抱擁《ゴースト・ハギング》。
:
0:勇者(森羅万象)の放つ波動に飲まれ、無数の魔王が瞬時に朽ち果て虚無と化していく。
0:と同時に、勇者(森羅万象)の周囲を魔王の幻影が取り囲む。
:
勇者C:(森羅万象)こ、これは!? や、やめよ、我は、こんな終わり方は嫌じゃ! ま、まだ戦える! 助けて、助けてくれ! 色即是空ぅぅぅ! あぁぁぁぁ――!?
:
0:魔王の幻影に圧し潰された勇者(森羅万象)の魂が圧壊する。
:
勇者D:(色即是空)……だから待てと言ったのに。
魔王:……はぁ、はぁ……。
勇者D:(色即是空)しかし、貴方も無茶をしますね。夢幻泡影の勇者の技が発動するということは、使用者が死んでいるということ。如何にそれが分身体であったとしても、魂への負担は計り知れません。どうかしていますね。
魔王:っく……ああ、そうだな。これを一つしかない命で二度も行使した夢幻泡影の勇者の偉大さが分かったぞ。
勇者D:(色即是空)左様ですか。では、その偉大な勇者達の技を好き放題に盗み、悪用している貴方のなんと悍ましいのでしょう?
魔王:己の醜悪さ加減なぞ、とうの昔に知っておるさ。我という存在によって引き起こされる悲劇を前に、嫌になる程、な。
勇者D:(色即是空)そうと気付いた瞬間に、さっさと自害してしまえばよかったのでは? さすれば数えきれない悲劇は無かったはずです。
魔王:かも知れぬ。
勇者D:(色即是空)ならば――、
魔王:――しかし、そうでないかも知れぬ。
勇者D:(色即是空)何?
魔王:故に我は、戦うのだ。魔王として。貴様が勇者として戦うように。違うか?
勇者D:(色即是空)偉そうに。
魔王:ふん、我はこれでも、王だ。偉い。
勇者D:(色即是空)減らず口を! いいでしょう、ならば消し去ってやりましょう、私のこの手で! 言っておきますが、私は貴方に死を与えない。故に先ほどのような真似はできません。
魔王:分かっているとも。貴様は、我が唯一倒せなかった勇者だからな。
勇者D:(色即是空)長きに渡る因縁を終わらせましょうか、終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ!
魔王:それはこちらの台詞だ、色即是空の勇者!
勇者D:(色即是空)奥義――
魔王:奥義――
:
勇者D:(色即是空)色即是空《ヴォイド・マター》!
魔王:空即是色《マター・ヴォイド》!
:
勇者D:(色即是空)ぁぁぁぁぁぁぁぁ!
魔王:ぉぉぉぉぉぉぉぉ!
:
0:二つの力がぶつかり合い、虚無が生じると緩やかに二人と世界を包み込んでいく。
0:世界は俄かに明滅し、やがて世界を包む虚無が晴れると、大地に倒れ臥す魔王と足を着けて立つ勇者が現れる。
:
勇者D:(色即是空)……はぁ、はぁ……!
魔王:く、はは、見、事……。
勇者D:(色即是空)何が、見事、だ……! 手を、抜いていたでしょう、貴方……!
魔王:何の、ことだか……。
勇者D:(色即是空)98の勇者と戦い、疲弊した状態で、何の策もなく、正面から、対になる技を敢えてぶつける……? ふざけるな……! そんなもの、これで私が押し勝てない道理などあるが筈ないでしょう……!
魔王:くは、は、単に、我が貴様を、見縊っていた、それだけのことよ……。
勇者D:(色即是空)……ふん。そう……ですか。しかし、勝利は勝利。このままあなたの首を貰い受けると、しましょう。
魔王:好きに、するがいい……。
勇者D:(色即是空)何か、言い残すことは?
魔王:あると、思うか?
勇者D:(色即是空)…………さようなら、我が宿敵。
魔王:うむ……。
:
0:長い間。
:
勇者D:(色即是空)…………。
魔王:…………色即是空の、勇者……?
:
0:勇者(色即是空)、横たわる魔王の目の前に倒れる。
:
魔王:な、に……?
勇者A:(再生)役目は終わりだよ。
:
0:大地に横たわる勇者(色即是空)と魔王の傍に、現れた勇者(再生)がしゃがみ込む。
:
魔王:貴様は勇者、なのか……?
勇者A:(再生)あぁ? 僕は勇者――じゃぁ無いんだよねぇ。あはは!
魔王:勇者、ではない……? しかし、その姿は。
勇者A:(再生)ふぅうん? いちいち憶えてるんだ! 律儀だねぇ! そうさ。この僕はどこにでもいる、特徴のない有象無象の勇者! なんて言うと、有象無象という特徴があるように聞こえるけれど、本当にただのつまらない、取るに足らない、一山いくらの、偶然選ばれたに過ぎない、どうでもいい勇者。
魔王:違う……!
勇者A:(再生)何が違う?
魔王:その者は、勇者クレスだ。
勇者A:(再生)あぁ! 確かそんな名前だったね! どうでもいいから忘れちゃったてたよ! めんごめんご!
魔王:貴様……!
勇者A:(再生)なぁに怒ってるのかなぁ? 所詮勇者でしょ? それに、君はこいつを遥か昔に倒してる。通過点に過ぎないわけだよ。いいや、路傍の石だね! ゴミと言っても良いくらいのちっぽけな存在だ! そんな奴を今さら大事にして何になるの? 何にもならないよ。無意味さ。こいつらの存在も、君のその気持ち悪い憐れみも、君が色即是空に敗れた時点で、すべては過去なのさ! 終極の魔王、君はもう終わったんだよ! あぁ、もちろん僕が仕留めた色即是空も、既に過去のものだよ?
魔王:……貴様は。
勇者A:(再生)なんだい終極?
魔王:魔王、か。
勇者A:(再生)……あは! あははははははは! そう。僕は再生の魔王。名前は――。
魔王:奥義――天地万物《ユニバース・オムニシエンス》!
勇者A:(再生)――却下。
魔王:な、発動しない……!?
勇者A:(再生)当たり前でしょう? だって君はもう魔王じゃないんだから。
魔王:っく……!
勇者A:(再生)というか、僕の名乗りを邪魔しないで欲しいね? どうにも君は僕の邪魔ばかりする。世界を終わらせるでもなく、勇者に倒されるでもなく、つまんない事をうだうだやりやがってさぁ。魔王のくせに! いや? 元・魔王かな? あははっ!
魔王:なるほど、それで我を終わらせに来た、か。
勇者A:(再生)そうだよ。古き者は潔く去れ。流れを堰き止めるな。これからはこの僕が、世界を壊しそして! 再生する。それが魔王というものだよ!
魔王:その為に……。
勇者A:(再生)うん?
魔王:勇者たちを使ったのか……?
勇者A:(再生)あぁ『リサイクル』ってやつだよ! 君も知ってるように、所詮勇者なんてものはほっといても湧いてくる代替可能なゴミだけれど、それでも資源だからね。有効活用してやったのさ?
魔王:……そうか、貴様が。
勇者A:(再生)そうさ? さっきは君のことを悪く言ったけれど、先輩として、少しだけ尊敬してもいるんだよ。だから。去り行く君の為に気を利かせて、懐かしいおもちゃを集めてきたわけだ。差し詰め副葬品だね。どう? なかなか楽しかったんじゃない?
魔王:そう、かもしれないな。
勇者A:(再生)まぁ、わざわざ蘇えらせた99体のうち、君を終わらせられそうなのは、たったの一体だけだったんだけどね。とはいえその一体も、役目を全うしないゴミだったんだけど。
魔王:何……?
勇者A:(再生)それを思うと、ほんとにこの世界ってゴミだったんだなって笑っちゃうよ!
魔王:おい。今の話……。
勇者A:(再生)あぁ?
魔王:今の話は、本当か?
勇者A:(再生)いや、だからさ、ほんとにゴミだって言ったでしょ? 聞こえなかった? 君もやっぱゴミ?
魔王:貴様が『役目は終わり』と言ったのは、色即是空の勇者に向けてでは無いのか……?
勇者A:(再生)はぁ? なんで僕があんなゴミに? どれだけ強くても、意志の弱い奴はいらないんだよ。何であそこで魔王を殺せなくなるかなぁ? 思い出したらムカついてきたよ。
魔王:最後に、一つ質問をしても良いか?
勇者A:(再生)なんだよ?
魔王:貴様は、我からタダで魔王の座を奪ったのだな?
勇者A:(再生)だからさっきそう言っただろう! 何度も同じことを言わせるな馬鹿が!
魔王:そうか。ならば貴様こそが――。
:
0:間。
:
魔王:――馬鹿なゴミだ。
勇者A:(再生)な! この僕を馬鹿なゴミだと!? いいさ、ならば望み通り消してやる! この下らない世界ごとね――世界滅却《ナラティブ・クローズ》!
:
0:魔王(再生)から波動が放たれると、世界が揺れる。
:
勇者A:(再生)あははははははははははは! 世界が終わるまでの間、僕をゴミ呼ばわりしたことを悔いるんだね! 馬鹿が!
魔王:――終極解放《リリース・オブ・ジ・エンド》!
勇者A:(再生)はぁ? 何やってんの君? もう魔王じゃないんだから、どんな力も使えないよ? さっき確認したよね?
魔王:あぁ。しかし世界はまだ知らなかった。
勇者A:(再生)何が? さっきから何なんだよ、君。ウザいんだけど。
魔王:対価を払わぬ者を誰が主と認めるだろうか? ましてやそれが負債であるならば。
勇者A:(再生)もういい、喋んなよ、お前。
魔王:世界よ! 契約だ、盟約だ、誓約だ! 我は払う! 如何なる対価も! 如何なる犠牲も! そして如何なる敬意も! 故に使わせてもらう! 最後の一振り――聖剣掌握《バスター・ドミニオン》!
勇者A:(再生)だから、無駄だって……え? か、身体が動かない……? まさか、このゴミの意思が生きて……? いや、間違いなくクレスの身体は……、違うこれはこいつの聖剣か!? 何故、滅ぶ世界の聖剣如きがこの僕を縛める! 僕は神の意志さえ背負ってここに居るのに!
魔王:世界から借りた対価を踏み倒そうとする者に、世界が力を貸すと思うか?
勇者A:(再生)対価だと!? 僕は何も……!
魔王:さて、それでは終極の名において、全てを清算するとしよう。
勇者A:(再生)何をするつもりか知らないけれど、させると思うか! この程度僕ならば……!
魔王:すまんが省略も前借りもできぬ。時間を稼いでくれ。行くぞ――
勇者A:(再生)何をごちゃごちゃと!
勇者B:(生老病死)お任せあれでござりまする。
勇者C:(森羅万象)これは貸し一つじゃな。
勇者D:(色即是空)菓子折りくらいは欲しいものですね。
勇者A:(再生)っぐ!? 何者だ!?
:
0:魔王(再生)を三体の影(色即是空、森羅万象、生老病死)が取り囲む。
0:魔王、詠唱を開始する。※演出上、途中でフェードアウトするか小声で詠唱が継続される。
:
魔王:我は虚無、終末をかける混沌の錫杖。時空切り裂く黒龍の産声、こだまするは虚空より差し延べる透明の蔓。星無き銀河渡る一条の流星をつがえ、末席の天の座において代行者となりて、昏き暁闇に歓喜する虚構を奉らん。二十三対、嘗て光を失った天の瞳に復讐の焔を灯さんと徘徊する見目麗しき妄執の乙女に命ず。忘れ去られし遠き約束の日、いずれ再臨せし輪廻に喝采、破局をもたらす終焉の破壊者と千夜一夜、語り明かす蒙昧なる汝の願いは、影も無くした古き神々達の慰みとなろう。秩序の霹靂、嘆き止まぬ絶歌によりて磨き上げた時計の針の向こうより続く無明の葬列。掲げる旗に記す神の預言を宝石と血で飾り、失われた世界の記憶その残滓を透かす羅針盤と成す。やがて腐りて朽ちゆく大地の寝息に耳を傾けよ。それは永劫。真理より目を背け、営みの足場を埋め立てる暗渠の更に下層。崩落そた世界の片隅ですすり泣く白き不死鳥、優麗たる啼き声の旋律。境界より呼び醒まされし摂理の老婆は微笑む。降り注ぐは蒼穹の祝福と真紅の災禍、紫紺の慈愛と深緑の酷薄。天より賜りし静かなる熾火と賑わいし慈雨を失い邂逅するは天命。断ち得ぬ鉄鎖を天網に代えて、惨たらしき複眼の大蛇はその白き肌を食らい尽くす。恐れるなかれ。惑うことなく瞑目して天を辿り、絢爛に灼かれし瞼に口づけを施そう。或いは大輪の枯れゆく花に歌を授けて捧ぐ祈りは、星の大海で力尽きた船乗りに姿を変えて語り継がれる神秘の系譜。捩じれた宝玉、消えゆく精霊の追憶、流す血潮は赤錆に染まり、深き凍土の底に眠りながら、穢れを忘却した大地より妄執を浄化すること能わず。彼の者、大いなる意思に背き刻まれる消失の六芒星。点と点を結び象る運命に失望を潜ませ、渇いた運河を誰に知られることも無く潤す豊穣の盟約。捧げしは、荒れ果てた理想郷を満たす一献の魂。毒となり、薬となり、土となり、風となる。憂愁に震える獣にひとときの悦楽を与え、命を攫う狩人の爪。信仰と冒涜を飾る都の偶像は、幾万幾億の民草から絶望を奪い安寧を与える循環の揺り籠。重なる鼓動に耳を澄まし、凍える冬を越えたならば、未だ誰も見たことの無い故郷の春に足を踏み入れ、深遠の果てに沈むこともやむなし。満ちて使い古された喜劇の底に、今沸き立つは審判の黒焔。黒く爛れて溶け落ちた水銀の汗を浮かべ、熱狂のままに足を止めることも叶わぬ愚者の聖戦。先へ、前へ、向こうへ、果てへ、終焉の向こうへ。征服し、蹂躙し、陵辱し、侵犯し、逸脱し、越境し、飛躍し、超克し、そしてまた回帰する。抜き放たれた一振りの剣の後に遺された鞘の空白が誘う、終わりなき終わりの待つ場所より我は導かん。
:
勇者D:(色即是空)さて、借りたものは返す。それが世の摂理です。
勇者A:(再生)色即是空!? お前、何故生きて……!
勇者D:(色即是空)あぁ。死んでいますよ、遥か昔に。というか貴方が、蘇らせたのでしょう? 忘れたのですか?
勇者A:(再生)忘れるも何も、僕はそんなもの知らない! 捨て駒の分際で僕に舐めた口を利くな!
勇者C:(森羅万象)黙れ下郎。ポッと出の分際で舐めた口を利くでないのじゃ。
勇者A:(再生)森羅万象だと! 殺していなかったのかあの詐欺師め!
勇者B:(生老病死)いやいや、確かに小生たちは死んでござりましたよ? かの魔王が詐欺師であることは同意しまするが。
勇者A:(再生)生老病死まで……! 何が一体どうなっている!
勇者C:(森羅万象)分らぬかの、我らは記憶じゃ。
勇者A:(再生)記憶? っは! 終極の――元・魔王の記憶だとでも? そんなものが実体を持ってこの僕に抵抗できるわけがない!
勇者C:(森羅万象)違うわ、このたわけ。
勇者A:(再生)たわ……!?
勇者B:(生老病死)馬鹿にでも分かるように申し上げますると、聖剣の記憶でござりまする。
勇者A:(再生)聖剣……? 馬鹿な! それがどうして僕に、この僕に刃を向ける!
勇者D:(色即是空)聖剣が魔王に向けられるのは至極当然かと存じますが。それがたとえどのような矮小な存在であったとて。
勇者A:(再生)……っ! 君たち、さっきから僕を舐めているけれど! この身体が使い物にならないなら! はぁ!
:
0:魔王(再生)、自害する。
:
勇者B:(再生)こうして、新たな体に移ればいいだけの話なんだよ!
勇者D:(色即是空)生老病死!
勇者B:(再生)失せろ――焼却!
勇者C:(森羅万象)色即是空!
勇者B:(再生)所詮ゴミはゴミなんだよ! 分かったかな? そもそも僕に逆らえる訳が無いんだよ。
勇者C:(森羅万象)くっふ、くふふふふ、ふふふふふふふ!
勇者B:(再生)なんだ? 圧倒的な力の差を前におかしくなったか?
勇者C:(森羅万象)いや? ただ、そうじゃの。貴様の言うように、あまりに可笑しくての。
勇者B:(再生)何が……。
勇者C:(森羅万象)貴様の知らぬ世界にはこういう言葉があるのじゃが「他人のふんどしで相撲をとる」。あぁ、なるほどの。こういう輩のことをいうのじゃと気付いたわ。くふふ。
勇者B:(再生)……殺す!
勇者C:(森羅万象)じゃから、もう死んでおると言うのに。馬鹿じゃの。
勇者B:(再生)なら、完全に消し去ってやるよ! 下劣な記憶とその品性!
勇者C:(森羅万象)鏡像召喚《トゥルー・ミラー》! まだ発動しておらぬが……はて?
勇者B:(再生)ころすころすころすころすころすころす!
勇者C:(森羅万象)……そろそろじゃの。あとは任せたぞ。終極の?
:
0:勇者(森羅万象)、魔王(再生)に倒されて消滅する。
:
勇者B:(再生)はぁ……はぁ、あはははははは! この僕を! 魔王を舐めるからこういう目に遭うんだよ! 馬鹿が!
:
0:と叫ぶと同時に、魔王が詠唱を終える。
:
魔王:――超終末級究極虚構魔法『エデン・オブ・ポスト・アポカリプス・零式』!
:
勇者B:(再生)なに!? 魔王の力もなく発動するわけが!
魔王:ならば信じるが良い。心せよ。過信が貴様の敗因だ。
勇者B:(再生)……! 超強硬度複合魔法盾! 多重式防御陣! 絶対魔力障壁! 衝撃反射装甲! 隔絶外殻! 超再生!
:
0:世界を闇の波動が巡る。
0:しかし、何も起きない。
:
勇者B:(再生)……は? なんだ、やはりただのはったりじゃないか! 舐めやがって!
魔王:…………。
勇者B:(再生)あははははは! 死ぬがいい元・魔王! 滅忘却禍《ディザスタ・オブリヴィオン》!
魔王:――却下。
勇者B:(再生)な、発動しない……!?
魔王:……下らん。
勇者B:(再生)ふんっ! 何故か不発したが、幾重にも防壁を張り巡らせているこの僕に、傷をつけることなど――!
:
0:魔王、魔王(再生)へと歩みを進め、拳を振り下ろす。
:
勇者B:(再生)ぐはぁ!? ば、馬鹿な! 僕は魔王なんだぞ!
魔王:いいや、違うな。貴様は魔王ではない。
勇者B:(再生)そんな筈はない! 僕は確かに君から魔王の力を奪った!
魔王:故に、それを取り返しただけの話。
勇者B:(再生)ならば何故、先ほど君が放った攻撃は発動しなかった!
魔王:したさ。
勇者B:(再生)何!? ならば何故世界は滅んでいない! あれそれほどの威力を秘めた技である筈だ! そうあるべきなのだ、なのに――!
魔王:確かに発動はしたが、底を尽きたのだ。
勇者B:(再生)尽きた……? 何が!
魔王:魔力だ。
勇者B:(再生)魔力?
魔王:そう、この世界を循環する魔力。それが枯渇した。故に、魔法は不完全な形で崩れ去り、副次的に貴様の防御 魔法も弾け飛んだ。
勇者B:(再生)そ、そんなことが……!
魔王:しかし、かつての勇者を復活させ、わざわざ勇者の身体を乗っ取ってまで貴様が出向いてきたのは、我を確実に殺すため――。ではないのだな?
勇者B:(再生)っく……!
魔王:すべては、終極の魔王として世界を滅ぼすこと、延いては――滅ぼされた後、新たに再生する世界で貴様が魔王となるための策略だった。
勇者B:(再生)……そうだ、全部上手くいっていた、僕は間違えてない、魔王としての役目を果たしている、果たそうとしていた、君と違って、それがどうして……こんなことになる!? こんなつまらない結果に! いつまでも続き繰り返す世界を終わらせることも前に進めることができない! 何故邪魔をする、こんな世界の何がいい? 魔王の座がそんなに大事か? 或いはそれほどまでに命が大事か? 何百と勇者を殺し、さりとて世界を滅ぼすでもなく永らえさせる意味は何だ!? 終極の魔王。如何なる魔王よりも長く存在する魔王。君は、一体、何なんだ……? 教えてくれ、教えろよ、この僕に! 僕は、どうすればよかったんだ!
魔王:……………………知らん。
勇者B:(再生)はぁ!?
魔王:いや……、知らん。考えてみたが、特に理由は無い。
勇者B:(再生)ならこんな世界早く終わらせろ!
魔王:話を聞いていなかったのか? 世界の魔力は底を尽いている。滅ぼすだけの余力などどこにもない。
勇者B:(再生)なんだと! では、世界はどうなる!
魔王:何も変わらんだろうな。
勇者B:(再生)な! ではどうすればいい僕は! というか、止めは刺さないのか?
魔王:どうでもいい。殴って気が済んだし、よくよく考えると、その身体も生老病死の勇者のものだ。本人のおらぬところで痛めつけるのは気が引ける。
勇者B:(再生)どういう倫理観だ。
魔王:貴様にだけは言われたくないがな。というか先ほどから質問ばかりだが貴様。自分で考えよ。全く。さて、我は、眠りにつく。
勇者B:(再生)はぁ!?
魔王:ふぁ~……。先ほどまでの戦いで少々……いや、かなりの無茶をした。魔法の前借り、肉体や精神の限界を超えた力の行使。これで滅ばなかったのが不思議なくらいの消耗なのだが、まぁ、そうだな。貴様の言ったように、或いはもう我は魔王ではない。
勇者B:(再生)じゃあ何なんだよ? ん、君身体が……!
魔王:うむ、石化し始めているか。……お、あったあった。
:
0:魔王、瓦礫をどけると、その中で唯一原形をとどめていた玉座に座る。
:
勇者B:(再生)何故今更玉座に?
魔王:どうせ石になるなら、この方がサマになろう?
勇者B:(再生)っは。碑文でも刻んでやろうか。
魔王:悪くない。
勇者B:(再生)悪くないのかよ。
魔王:そうだな――『ヴォイド・ヴェルト・エンデ。99人の勇者と1人の魔王を倒し、かつて終極の魔王と呼ばれた者。ここに眠る』と、そこの柱にでも刻んでおいてくれ。
勇者B:(再生)馬鹿なのか?
魔王:でなければ好き好んで魔王なぞやっておらん。
勇者B:(再生)好き好んで魔王をやっていたのか?
魔王:ふむ。まぁ、嫌いではなかった。この世界と同じようにな。
勇者B:(再生)それは、君を殺しにやってきた勇者達もか?
魔王:……そう、かもしれぬな。
勇者B:(再生)僕を、恨んでいるか?
魔王:…………。
勇者B:(再生)…………。
魔王:……いや。
勇者B:(再生)……そうか。
魔王:どうでもいい。先ほども言ったがな。
勇者B:(再生)おい。
魔王:貴様はどうするのだ? 再生の魔王。
勇者B:(再生)僕は魔王になり損ねた。そうだろう? ならばそう名乗る訳にはいかないさ。
魔王:では、生老病死の勇者――の死体に憑いた再生の魔王の怨霊。
勇者B:(再生)誰が怨霊だ。
魔王:似たようなものだろう。
勇者B:(再生)似て非なるものだ。要するに紛い物だ。
魔王:ふむ。
勇者B:(再生)そんな紛い物は、果たしてどう生きればいいんだろうね?
魔王:魔王になれぬのなら、そのまま勇者やれば良いのではないか?
勇者B:(再生)できる訳ないだろう!
魔王:平気平気。脱税の勇者や放火魔の勇者が勇者を名乗っていたのだから、勇者を乗っ取った魔王が勇者名乗っても許される。
勇者B:(再生)許されちゃ駄目だろうそれは!? 第一、勇者になって僕は何をすればいい! 倒すべき魔王のいない世界で勇者など……。
魔王:ならば、我の目覚めでも待っているがいい。
勇者B:(再生)それは――いつになるんだ?
魔王:百年か、千年か。
勇者B:(再生)待てるか!
魔王:経ってみればあっという間だぞ? 意外と、な。
勇者B:(再生)そうかよ、だったら覚悟しておくことだね。
魔王:うん?
勇者B:(再生)次に目覚めた時は、99人の勇者どころではない。999の勇者いいや。1000人の勇者が君を葬ってやる。
魔王:ふはははは! 面白い。その時を楽しみにしているぞ? 再生の魔王――否、勇者よ。
:
0:魔王、手を差し出す。
0:勇者(再生)、その手を握る。
:
勇者B:(再生)約束だ、終極の魔王。
魔王:あぁ、約、束……だ――。
:
0:魔王が完全に石になる。
:
勇者B:(再生)さて、これからどう生きようかな。まさか、勇者として生きることになるなんてね、あはは。……って。いや、ちょっと待て。なんか、これ……。ん……? は、外れない! え、え、えー!? 流れで握手したけど、こ、こいつ! 握手したまま石になってんじゃねぇ! くっ! 解けないぞ!? うぉぉぉぉぉぉ! ……はぁはぁ……く、くそぉ! くそぉ! よくも! よくもやりやがったな魔王――――ッ!!!!
:
0:――幕。
0:1人の魔王と99人の勇者。
:
0:◇登場人物◇
魔王:終極《しゅうきょく》の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。
勇者A:主に男。複数の勇者を兼ね役。
勇者B:主に女。複数の勇者を兼ね役。
勇者C:主に女。複数の勇者を兼ね役。
勇者D:主に男。複数の勇者を兼ね役。
:
0:以下本編。
:
0:◆◆◆
:
勇者A:かつて『終極の魔王』と呼ばれた者がいる。真理に至らんとする魔導の才と無尽蔵の魔力を持って生まれ、剣術や体術、暗殺術などにも通ずる万能にして最強の存在。
勇者B:『世界を終わらせる力』持つとされ、永き時を生きる闇黒の化身、ヴォイド・ヴェルト・エンデ。
勇者C:そんな彼の者を打ち倒し、世界に平和をもたらさんとする救世主、或いは挑戦者を、人々は『勇者』と呼んだ。
勇者D:そして今宵。彼の者の住まう魔王城に勇者たちが集い、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――。
:
0:魔王城『玉座の間』。
0:玉座には終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。
:
魔王:……来たか。
:
0:扉を開け放ち勇者(紫電)が駆け込んでくると同時に詠唱を開始する。
:
勇者A:(紫電)我は無垢、終末をかける雷神の錫杖。大気切り裂く獅子の産声、こだまするは淵源より差し延べる紫の腕。星無き夜空渡る一条の矢をつがえ、空席の天の座において代行者を名乗り、昏き黎明に押し黙る虚無を穿とう。二十三対、未だ眼醒めぬ瞳に輝き灯さんと彷徨する見目麗しき乙女に宣誓。忘れ得ぬ遠き約束の日、いずれ来たる輪廻に喝采、綻びもたらす始まりの破壊者と七日七晩躍り明かす愚昧なる汝の望みは、形無くした死神達の宴となろう。混沌の霹靂、鳴り止まぬ万雷によりて磨き上げた時計の針の向こうより続く月下の葬列。掲げる旗に記す王の遺言を色硝子で飾り、失われた時の欠片を透かす道標。やがて巡りて流るる風の声に耳を傾けよ。それは永劫。真理ひた隠し、営みの足場となる暗渠。崩落する世界の片隅を舞う黒き不死鳥、悠然たる啼き声の旋律。呼び醒まされし乙女は微笑む。降り注ぐは黄金の祝福と白銀の災禍。天より賜りし静かなる熾火と賑わいし慈雨を携え邂逅するは運命。断ち得ぬ絹糸を鎖に代えて、憐れなる隻眼の蛇の群れはその白き肌に食らいつく。恐れるなかれ。惑うことなく天の火を辿り、絢爛に灼かれし瞼に口づけを施そう。或いは一輪の枯れゆく花に声を授けて捧ぐ祈りは、星の砂漠で力尽きた旅人に姿を変えて語り継がれる神秘の系譜。歪んだ水晶、映る精霊の追憶、流す涙は碧瑠璃に染まり、深き海の底を揺蕩いながら、穢れた大地より妄執を切り取り浄化する。彼の者、大いなる意思に従って刻まれる流転の七芒星。点と点を結び象る宿命に嗚咽を潜ませ、渇いた大河を誰に知られることも無く潤す豊穣の契約。捧げしは、荒れ果てた楽園を満たす一滴の血。毒となり、薬となり、水となり、鉄となる。孤独に震える獣にひとときの安寧を与え、命を奪う狩人の爪。栄光と退廃を飾る都の鐘は、幾千幾万の民草から屈辱を奪い快楽を与える狂乱の揺り籠。重なる鼓動に耳を澄まし、凍える冬を越えたならば、未だ誰も見たことの無い故郷の春に足を踏み入れ、黄昏の果てに沈むこともやむなし。欠けて薄れた悲劇の底に、今沸き立つは審判の焔。黒く爛れて溶け落ちた青銅の汗を浮かべ、恐怖のままに足を止めることも叶わぬ聖者の行軍。先へ、前へ、向こうへ、果てへ、終焉へ。征服し、蹂躙し、陵辱し、侵犯し、逸脱し、越境し、飛躍し、超克する。抜き放たれた一振りの剣が誘う終わりなき終わりの待つ場所へ我を導け。――終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』!
魔王:詠唱省略もせず長々と早口で阿保が! 消え去るがいい混沌の劫火《ブレイズ・オブ・カオス》!
:
0:勇者(紫電)、詠唱が終わらないうちに、魔王によって焼き尽くされる。
:
魔王:ふむ、やはり多少威力は落ちるが、十分か。
:
0:その光景を勇者(電撃、迅雷、遠雷)が目撃し悲痛に顔を歪める。
:
勇者B:(電撃)紫電の勇者ぁぁぁぁ!?
勇者D:(迅雷)終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ!
勇者C:(遠雷)よくも……! 仇は私が!
魔王:紫電の勇者で終いと思うな馬鹿め。戦いは既に始まり――決しておるぞ、混沌残火《カオス・エンバース》!
:
0:勇者(電撃、迅雷、遠雷)、勢いを増した(紫電)を焼く炎に包まれ纏めて焼かれる。
:
魔王:ふははははは!! 油断したな、電撃迅雷遠雷の勇者! この我にかかれば貴様らなどティッシュ同然! 一瞬で消しず――
勇者D:(閃撃)ひゃっはー! もらったぜ! 白熱せし指先の高貴なる閃き《ノブリス・オブ・フラッシュ・フィンガー》ぁぁぁぁッ!
魔王:だぁぁぁぁ!! 眩しくて鬱陶しいんだよ閃撃の勇者! 我の覇道を邪魔する奴は我に蹴られて地獄で爆ぜよ! 滅神崩天脚・改!
勇者B:(追撃)っく! お前の死は無駄にせん。行くぞ連撃、挟撃!
勇者C:(連撃)えぇ、コンビネーションアタックですわ! 追撃さん!
魔王:させねぇよ――追撃連撃挟撃の勇者! こちらも反撃! 迎撃! 邀撃《ようげき》!
勇者A:(挟撃)さぁみんな連ねて行こうぜ! 必殺――
魔王:重ねてゆくぞ! 秘技――
:
0:四人同時に。
:
勇者B:(追撃)――三連挟追撃《トライアングル・アサルト》!
勇者C:(連撃)――三連挟追撃《トライアングル・アサルト》!
勇者A:(挟撃)――三連挟追撃《トライアングル・アサルト》!
魔王:三重反迎邀撃《トライアングル・インターセプト》!
:
勇者B:(追撃)ぐわぁぁぁぁぁ!
勇者C:(連撃)きゃぁぁぁ!
勇者A:(挟撃)うぇぇぇぇぇ!
魔王:……他愛ない。
:
0:倒れた勇者たちの向こうから、軽やかな靴音を響かせて恐悦の勇者が舞い込んでくると剣を抜き放ち踊り出す。
:
勇者B:(恐悦)あはぁぁぁん♡ 早くも8人の勇者が逝ってしまわれましたわぁ? 哀しい。悲しくて愛《かな》しくて……涙と嗚咽とそして何よりこの胸の疼きが止まりませんの……! うふふふふふふふですけれど……わたくしはそう容易く逝きませんことよぉぉ? 思う存分わたくしと遊んでわたくしを弄んでわたくしを愛して壊して殺して慰めて刺し違えて下さいまし? わたくしの魔王様ぁぁぁぁぁん! 狂喜剣乱舞踏会《エクスタシック・ブレイドダンス・パーティ》ぃぃぃぃぃぃ♡
魔王:くそ! 恐悦の! 勇者! 次から次に! 鬱陶しい!
勇者D:(解説)恐悦の勇者、情熱的な攻めの姿勢ですねー。これまでの勇者たちは攻撃を当てることも叶いませんでしたが、彼女は終極の魔王の回避を見切り、斬撃を的確に置きに行っています。激しく不規則に見えて一太刀一太刀が計算され尽くしています。その繊細な剣術は演舞のよう、いいえ。魔王城の玉座の間と相俟って正に華やかな舞踏会。そして愛の成せる技。これには魔王も時めいた様子。解説はわたくし、解説の勇者です。
魔王:横でごちゃごちゃと……! 時めいてないわ喧しい! お前もまとめてぶった切ってやる解説の勇者! 罪業双曲剣――甘い! 魔王羅刹掌! 後ろも見えてんだよ解脱の勇者! 転刃――破断翔!
勇者C:(解脱)――嘘でしょうっ!?
魔王:――からの滅神雷葬脚! んで足下! お望み通り、踊ってやるぞ恐悦の勇者! ただし、我の音楽についてこられるならば、な! 冥き宴に月夜の調べ、響き交わり継ぎ接ぎ溶けよ――冥界交響曲七番《ハデス・シンフォニー・ナンバー・セブン》! せいぁぁぁぁぁ! そんでこそこそと無粋なんだよもぐら野郎!
勇者A:(脱税)な……!? 何故バレた! 音もなく一瞬で大地に深く穴を穿ち隠れ潜むことで徴税人の追求から逃れる技とそれを瞬時に発動すべく効果を前借りして詠唱を後払いすることのできる生涯をかけて編み出した究極の我が二つの秘奥義――免税脱兎《ラピッド・ホール・ラビット》と繰日兎《クレジット》が破られる?! ぐわぁぁぁぁぁぁ!
魔王:脱税の勇者め、恐悦と解説の勇者が気を引いてる隙に、影の薄い解脱の勇者と合わせた連携のつもりだったか? てか、もはやお前はただの犯罪者なんだよな脱税の勇者。悪知恵の回る貴様らしいと言えば――! っぁ!?
勇者C:(煉獄)焼き尽くせ――煉獄《ヘル・フレイム》!
勇者B:(冥府)凍えてお逝き――絶対零度《アブソリュート・ゼロ》!
魔王:拒め闇殻《ダークネス・シェル》!!
:
0:辺りは霧に包まれる。
:
勇者D:(脱獄)……やったか! ……ぐぁっ!?
:
0:霧の中から、影でできた槍のようなものが飛び出してくる。
:
魔王:穿て闇槍《ダーク・スピア》! 最後まで油断大敵だぞ脱獄の勇者? ……そんでお前らは仲良く不意打ちかクソ、煉獄の勇者と冥府の勇者!
勇者A:(極楽)よもや、私の考案した双極の凍焔郷《ユートピア》を防ぎきるとは、流石終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ、といったところでしょうか? 随分と頑丈そうな防御魔法ですがしかし、脱獄の勇者殿を刺した影の槍は我々まで届かない。不用意に近づかなければ恐るるに足らない差し詰め亀のような――
魔王:――孵化厄災《カラミティ・インキュベーション》! 解放《パージ》!
:
0:闇の殻が内側から弾け飛び、三人の勇者(煉獄、冥府、極楽)を消し去る。
:
勇者B:(薄氷)そんな……! 防御魔法を破裂させて攻撃するなんて常識外れの無茶苦茶です!
魔王:常識なぞ所詮我に屈する定めだ諦めよ。そして――。
勇者C:(薄幸)あ~薄氷さん~この位置はマズいです~たぶんこのままだと私たちも~
魔王:ふんっ、察しが良いな薄幸の勇者。貴様らも……消えよ!
勇者D:(薄命)あー。また死ぬのかぁ。やだなぁ。ま、仕方ないかぁ。
魔王:さらばだ薄命の勇者と――
勇者A:(薄毛)おぉぉぉぉ神よぉぉぉぉ! 風前の灯である我らを見捨てないで! 希望がぁぁぁ! 俺の髪ぃぃぃぃ!
魔王:薄毛の勇者……。ただのハゲなんだよな……。
勇者D:(不毛)希望は――ある! シン・新太陽光《シン・ニュー・シャイン・サン》!
勇者C:(発光)私が皆さんを照らす光になります――ちょっと気まぐれお天道様《レイ・オブ・ソーラー》!
魔王:と、噂をすれば不毛の勇者と発光――ややこしいな。
勇者A:(禿頭)行くぞ不毛! 発光ちゃん! 三位一体! というより三角関係――存在照明《トワイライト・トライアングル・レゾンデートル》!
魔王:禿頭の勇者の増幅魔法! これは光魔法の合わせ技!? 確かに闇系の我には効果的――だが、跳ね返れ。鏡像召喚《トゥルー・ミラー》!
:
0:魔王に向けた光魔法が反射されて天井を穿つ。
:
魔王:天井に穴空いたじゃねぇか、なんて厄介なビームだ。……ん? おい。まだ貴様らには当たってないだろう? もしかして鏡に映り込んだ自分を見ただけでそんな凹んでおるのか?
勇者B:(七光)あぁなんて残酷なことを! 彼らは勇者になる前はただの日陰者だった! けれど勇者として活躍し脚光を浴びることでその過去を、劣等感を忘れることができていた! それなのにお前は現実を突きつけたんだ! まぁ最強と名高い極光の勇者と神の子と謳われた七色の賢者の娘として生を受けた私は生まれた時から勝ち組なのでそんな攻撃効かないですけどね!
魔王:いや、お前は何もしてないし、弱いのも知ってるから帰っていいぞ、七光の勇者。あと、前から言おうと思っていたのだが、色々着飾ってるけど貴様って――なんか地味だよな。いや、キャラ付けしようと頑張ってるのは分かるのだが、髪を七色に染めてるのもそんなに似合っておらんし、装備も極彩色なのとか無駄に目がちかちかする。加えて虹色に光るその、ゲーミング聖剣みたいなのもダサいし、ていうかそれなんか意味あるのか? ……あ。なんか死んだ。――む?
:
0:魔王を囲むように四人の勇者(宵闇、陰影、漆黒、腹黒)が現れる。
:
魔王:この闇の気配は……。
勇者C:(腹黒)っくっくっく! 所詮あの子は勇者の中でも最弱。……だけど能力的にはそこそこ強い筈なのに偉大過ぎる両親の幻影に強い劣等感を抱き本来の力を発揮できずしかしそんな彼女を励まそうと両親は「できないことは無理に頑張らなくてもいい。力が無くたって私たちの大切な娘であることに変わりはないのだから」と優しい言葉をかけるが哀しいことにその言葉こそ彼女にとっての呪いであり心の拠り所。そして特別な自分に酔いながらも、強くなるために足掻き、けれどどれだけ頑張っても強くなれず、更には両親の言葉が強くなろうとする彼女を否定する。無駄な努力、無為な研鑚、無茶な修行をただ繰り返してきた無力な箱入り娘。それが七光の勇者ちゃん! ああ健気! てえてえ! そんな私の推しの心をよくも……よくも圧し折ってくれたな魔王ぉぉうう! お前だけは絶対に許さない!
勇者A:(漆黒)落ち着け、腹黒の勇者。お前、そんなキャラだったか? そもそも我々は闇に乗じて魔王を仕留める算段だった筈。だというのにお前と来たら急に飛び出していきやがって。血迷ったか? しかし、まぁ、気持ちは分からなくもない。好きな子が苦しんでいたら、理屈じゃない。身体が勝手に動いてしまうものだ。何故なら、俺もそうだからな。好きだ。結婚しよう、腹黒。
勇者B:(宵闇)いや、あんたが落ち着けっつーの漆黒の勇者。何を血迷って口走ってるかな。あーしらの任務は魔王を確実に仕留めることじゃん。なのに仲間にコクって期を逃すなんて馬鹿すぎ。てかあーしら闇黒勇者四人衆の顔に泥塗るつもり? そんなの泥パックだけにしてほしいわ。……けどさ、普段クールなクセに好きな女のことになると、周り見えなくなるあんたのこと、あーし結構好きなんだからね!
勇者D:(常闇)…………あの。拙者、帰っていいでござるか? 宵闇氏。拙者抜きでよろしくやってる仲間の色恋沙汰なぞ見せられて病みそうなんでござるけど。常闇だけに常に病んでるでござるよ拙者。拙者のような日陰者が愛されることなぞ微塵も期待してござらんが。てか拙者の嫁は絵巻の中にいる故平気だし。あぁ、早く帰ってゲームしたいでござる。お外は嫌でござる。かったるいでござる。至極面倒でござる。お命頂戴仕る。秘術――幻影舞踏殺《シャドー・ステップ》!
:
0:常闇の勇者、影のように掻き消えると、魔王の背後に現れて剣を繰り出す。
:
魔王:――っぶねぇな常闇の勇者!
勇者D:(常闇)っち、逃げるとは卑怯でござる。
魔王:不意打ちかまそうとした奴がどの口で……! あと宵闇、漆黒、腹黒の勇者! 貴様らはもう少し真面目に――
勇者B:(宵闇)じゃあ拒め影殻《シャドー・シェル》。
勇者C:(腹黒)からの穿て棘影《シャドー・スピア》!
魔王:拒め闇殻《ダークネス・シェル》。……そんな投げ遣りな攻撃当たるものか!
勇者A:(漆黒)ダメ押しの斬影《シャドー・スラッシュ》!
魔王:……えぇい鬱陶しい!
勇者C:(腹黒)お前もな! ていうかそれ、
勇者A:(漆黒)同族嫌悪なんじゃねぇの?
勇者B:(宵闇)それな!
勇者D:(常闇)禿同でござる。
魔王:心底ムカつくな、闇黒勇者四人衆。……しかし、属性が被る故、決定打に欠ける。面倒な相手だが、ならば手数で攻めるまでか。いくぞ――滅神脚!
勇者C:(腹黒)斬影《シャドー・スラッシュ》!
魔王:嵐翔剣!
勇者A:(漆黒)影盾《シャドー・シールド》!
魔王:滅神崩天脚!
勇者B:(宵闇)槍影《シャドー・ランス》!
魔王:からの混沌の劫火《カオス・オブ・ブレイズ》!!
勇者D:(常闇)……孵化陰影《シャドー・インキュベーション》。
魔王:なに……!? 拒め影殻《シャドー・シェル》!
勇者D:(常闇)甘いでござる。解放《パージ》!
魔王:――によって、生じた影より出る漆黒の刃――幻影舞踏殺・改! ひぃっ! ふぅっ! みぃっ! 四連闇斬《クアド・ダーク・スラッシュ》!
:
勇者C:(腹黒)っくぅ、やられた~! ていうかこれ、
勇者A:(漆黒)完全敗北なんじゃねぇの?
勇者B:(宵闇)それな!
勇者D:(常闇)ガチ病みでござ、る……。
:
0:常闇、宵闇、漆黒、腹黒の勇者、背後から現れた魔王に剣で穿たれ、倒れる。
:
魔王:……はぁ。各個撃破していたのでは、骨が折れる。いっそ一度に現れるならば、楽なのだが――
勇者C:(連勤)あははははははははははは! 魔王に楽なんてさせるわけないじゃないですかやだなぁ! ほんっと、……ほんとやだなぁ。この仕事。
勇者D:(不休)僕らは働いて働いて働き倒してここに立ってるんですよ? 働いて働いて働き倒して……いっそ倒されて楽になりたい。いひひひひひ。
勇者A:(無給)しかもこれ給料出ないんですよぉ? やってられねぇですよ。ボランティアで世界救うやつとかいます? いやぁここにるんですよぉ。うふふふふふふ。
勇者B:(残業)しかも四人もね~。ほんと、仲間がいるからやってこれる的な。どうせ家帰っても私、酒飲んで寝るくらいなんで、職場にしか居場所ないし。えへへへへへへへへ……。
魔王:連勤、無給、不休、残業の勇者、か。これまでの者とは面構えが違うな……。悪い意味でな。貴様らその状態で戦えるのか?
勇者D:(不休)戦えるか、ですって? んなもん決まってるじゃねぇですか!
勇者B:(残業)熱があろうと、親や仲間や恋人が倒れようと、関係ありません、いないけど。
勇者A:(無給)金は出さないのに口は出す、他力本願のクソ社会に戦えと言われたら、
勇者C:(連勤)戦えなくても戦うのが私達プロの勇者なんですよぉぉぉぉ!
勇者A:(無給)嘆け! 暴乱血涙《エタニティ・ボランティア》!
勇者C:(連勤)唸れ! 連勤術師《フルスロットル・アルケミスト》!
勇者D:(不休)叫べ! 襲急零日《ホーリー・レイド・ゼロ》!
勇者B:(残業)吠えろ! 錆修斬業《ラスト・スパーダ》!
魔王:憐れな。眠れ――終夜《イリーガル――。いや。夜勤手当《ミッドナイト・ジャーニー》! 安らかに果てよ!
勇者C:(連勤)ひひ、これで……。
勇者A:(無給)やっと、ふふ……。
勇者D:(不休)眠れる……はは。
勇者B:(残業)へへ、ありがと……。
:
0:四人の勇者、眠るように倒れる。
:
魔王:ある意味、先程の闇黒勇者四人衆よりも闇の深い連中よ。
:
魔王:しかし、それなりの数を仕留めた筈だが、勇者はあとどれほど……ぁぁ。忌々しい。見た感じまだ結構おるな、わらわらと。
勇者D:(優美)わらわらとは随分な言い種ですねぇ? そんな表現美しく――ないっ! 裁飾剣美《グレイス・ラッシュ》!
魔王:相変わらずいい太刀筋だがその分――読みやすい! 八方備刃《フル・カウンター》!
勇者D:(優美)な……!?
魔王:……もし次があれば、搦め手を覚えてくることだ優美の勇者。貴様は直線的過ぎる――。
勇者C:(曲線美)――からこそ僕は務める露払い――表裏曲解《ジャスト・ディストーション》! アンド——不正の栄光《ワインディング・グローリア》ぁぁぁ!? まさか素手で止め!? しかし両手が塞がっていては打つ手など……! ――甘美!
勇者A:(甘美)あいよ相棒! お安い御用だ、担ぐ片棒、止める両足、打つ手もないらしい、これで出ない手も足! 六病足災《シックス・ロックス》!
魔王:手足の動きを封じられたか……。なるほど、これなら両手両足が塞がった。しかし、残念だな美の勇者共。貴様らの戦いは美しいが、その分、軽く脆い。戦いとは泥臭くてなんぼだぞ?
勇者A:(甘美)所詮口先、八方後手で塞がり、逃げだすだろうぜ我先、逃がさないぜ俺たち。イェア。
魔王:分かっておるではないか。そう、まだ口が残っておる。――雪咬牙!
勇者C:(曲線美)ぐぁぁっ!? ま、まさか、噛み、つき……? こんな、筈じゃ……。
勇者A:(甘美)えぇぇぇぇぇぇ?! 相棒死んだん? きついぜ冗談、生死を診断、別れ惜しんだん、後詰の算段、潰えて惨憺、寒からしめる心胆、これは勝ったん負けたん? ねぇアンサー、魔王さん?——
魔王:——曲線美及び、甘美の勇者、詰みの処断《ショウダウン》。
:
0:魔王、三人の勇者(優美、曲線美、甘美)を倒す。
0:と、拍手が響く。審美の勇者が立っている。
:
勇者B:(審美)いやはやお見事ですね。流石は我が宿敵、終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。といったところでしょうか?
魔王:お前は――審美の勇者か。ようやくここにきてまともに話せそうなやつが現れたか?
勇者B:(審美)私は生憎、あなたなどと話す舌を持ち合わせてはおりませんが、可能か否かといえば……この世界に於いて不可能などという事象は然程多くありません。とでもお答えいたしましょうか。
魔王:迂遠な物言いよな。
勇者B:(審美)そうですね、例えばこの私という雲の上の存在と、こうして地の底のあなたが巡り合ったように、ね。
魔王:ふむ。まともに話す気は無いらしいが。ならば最後に一つ質問をしてもいいか?
勇者B:(審美)答える義理も義務もありませんけれど、冥途の土産でよろしければ。
魔王:っふ、ぬかしおるわ。それで、今日の勇者ご一行は何名だ? 生憎、予約も無しに来おった故、最期の晩餐は用意していないがな。
勇者B:(審美)99。
魔王:は?
勇者B:(審美)晩餐とやらはさておき、今宵この城に来た勇者――メインディッシュである城主の『おかしら』にありつこうと馳せ参じた勇者は、合わせて99人いると言ったのですよ。
魔王:馬鹿か! たった1人の魔王に。
勇者B:(審美)ええ、たった1人の魔王相手に、これだけの物量で挑み、その三分の一を既に削られているなど、誠に馬鹿げていますよ。
魔王:ならば早くこの馬鹿騒ぎをどうにかしてほしいのだがな、審美の勇者。
勇者B:(審美)ふふ、馬鹿騒ぎはお気に召しませんか終極の魔王殿?
魔王:召すわけなかろう。どう見えているか知らんが、我は平穏を望んでいるのだがな。だのに、どいつもこいつもわらわらと寄ってたかって。
勇者B:(審美)祭みたいで良いではありませんか。お好きでしょう? 血祭り。
魔王:異常者みたいに言うが、好きなものか。
勇者B:(審美)好きでないのにできるというのも、大概異常だと思いますがね。
魔王:貴様もその口であろう、審美の勇者。
勇者B:(審美)呼び名の通り、美しきモノだけ見定める死に方ができれば、はてさて、どれほどよかったでしょうね。けれど、これもまた巡り合わせ。せめて一時、夢のように美しき戦いを。――願う。
魔王:来るか。
:
0:審美の勇者、何もない空間から絵筆のような聖剣を抜き放つと、パレットのような盾に宛がう。
:
勇者B:(審美)我、美の女神の剣にして、世界を彩る愛憎の絵筆。混沌たる現世に秩序の輪郭を描き、ただ願いを以って調和せん。勧善調和《ドロー・ゲーム》!
:
0:振るった絵筆が飛沫を広げ散らすようにして一閃を放ち、魔王を襲う。
:
魔王:無条件超克《レイズ》! っふ! 悪くない一撃だな。しかし!
勇者B:(審美)ドロー! ドロー! ドロー! ドロー! ドロー!
魔王:よもや連撃か! レイズ! レイズ! レイズ! っち、長くは持たぬな。ならば……!
勇者B:(審美)次で決めましょうか。
魔王:良かろう。……3!
:
0:2、1、同時に台詞。
:
魔王:敢然超克《リ・レイズ》!
勇者B:(審美)勧善調伏《クイック・ドロー》!
:
0:間。
:
勇者B:(審美)……見事です。
:
0:審美の勇者、倒れる。
:
魔王:……さて。次はどいつだ?
勇者A:(審判)ふむ、審美の勇者殿を倒すとは。さて皆さま彼の魔王、判決は如何に?
勇者B:(断罪)――断罪之剣《ギルティ・ブレイド》!
勇者C:(執行)――執行之剣《ギルティ・サーベル》!
勇者D:(懲罰)――懲罰之剣《ギルティ・エッジ》!
勇者A:(審判)――審判之剣《ギルティ・ソード》!
魔王:……はぁ。
:
0:魔王、四人の勇者(断罪、執行、懲罰、審判)の剣を回避せず受け止め、溜息を零す。
:
魔王:つまらんな。
勇者B:(断罪)なっ!
勇者C:(執行)僕らの攻撃を、
勇者D:(懲罰)回避すら、
勇者A:(審判)しないとは……!
魔王:断罪執行懲罰審判の勇者よ。貴様らは四半分の一人前か? それを貴様らのように咎めはせぬが、審美の勇者の後では格落ちだな――曲解罪業四方剣《フォース・ディスソード》。
:
0:四人の勇者(断罪、執行、懲罰、審判)、一刀の下に倒れる。
0:と、すぐさま十人(放火魔、火炎瓶、不審火、火薬庫、山火事、火達磨、鉄火場、不知火、星火燎原、集中砲火)の勇者が現れる。
:
魔王:言ったそばからわらわらと。余程まとめて焼き払われたいらしい――いや。
勇者B:(放火魔)あはぁ♡ 気付きましたかぁ?
勇者A:(火炎瓶)そうさ、焼き払われんのはよぉ、
勇者C:(不審火)終極の魔王さ~ん、
勇者D:(火薬庫)あんたの方なんだよなぁ。クソが。
魔王:放火魔、火炎瓶、不審火、火薬庫の勇者、それに――
勇者C:(山火事)おい、魔王。てめぇさっき、四半分の一人前とか抜かしてたけどよぉ。それの何がいけねぇんだ、あぁん?
勇者D:(火達磨)ひひひひひ、た、たとえ、ひひひ、一人、ひひ、一人の、ち、力は弱くっても、ひひひ、
勇者B:(鉄火場)熱き! 魂の! 力を! 合わせて! 切り拓く! それが!
勇者A:(不知火)勇者。ってやつなんじゃないかな。……知らないけど。
魔王:山火事、火達磨、鉄火場、不知火の勇者。
勇者C:(星火燎原)一人で無理に戦って消し炭になるよりも、足りない火力を束ね、互いを補い合って戦う方が楽しいのなんて、キャンプファイヤーの火を見るよりも明らかですわ?
魔王:何を言っているのか分からんな、星火燎原の勇者。
勇者D:(集中砲火)要するに終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ! 俺たちは十人で更に十倍の集中砲火だ! つまり十かける十で――火力千倍!
魔王:百倍だ計算もできんのか集中砲火の勇者。貴様らもしや馬鹿なのか……?! やめておいた方が良いと思うぞ!
勇者D:(集中砲火)問答無用! 行くぞみんなぁ!
魔王:っちぃ! 現世に穿つは空隙の理、開け虚空――《ヴォイド――》
勇者B:(放火魔)火蜥蜴《サラマンダー》ぁ♡
勇者A:(火炎瓶)火神《ウルカヌス》ぅぅ!
勇者C:(不審火)竈神《ウェスタ》~!
勇者D:(火薬庫)火神《スヴァローグ》……ッ!
勇者C:(山火事)火神《プロメテウス》―っ!
勇者D:(火達磨)うぅぅ、熾天使《ウリエル》!
勇者B:(鉄火場)鍛冶神《ヘパイストス》ゥゥッ!
勇者A:(不知火)火鳥《フェニックス》。
勇者C:(星火燎原)火神《カグツチ》っ。
勇者D:(集中砲火)火神《イグニス》!
魔王:――創世《――・ヴェルト》!
:
0:勇者、4人同時(気持ち10人同時)に。
:
勇者B:(鉄火場)――の爆炎《オブ・ジ・エクスプローーーージョン》!
勇者A:(不知火)――の爆炎《オブ・ジ・エクスプロージョン》。
勇者C:(星火燎原)――の爆炎《オブ・ジ・エクスプロージョン》っ。
勇者D:(集中砲火)――の爆炎《オブ・ジ・エクスプロージョン》!
:
0:玉座の間が爆炎に包まれる。
0:長い間。
:
魔王:……解放《リリース》。
:
0:屋根も壁も玉座も消し飛んだ虚空から魔王が現れる。
:
魔王:……放火魔、火炎瓶、不審火、火薬庫、山火事、火達磨、鉄火場、不知火、星火燎原、集中砲火の勇者。全員まとめて、蒸発したか。言わんこっちゃないが、なんと傍迷惑な。おかげで我が城も随分と見晴らしがよくなってしまったわ。
勇者B:(隔岸観火)ほんと、見る影もないですねぇ。
魔王:む……?
:
0:と、そこに二人の勇者(隔岸観火、地水火風)が現れる。
:
勇者B:(隔岸観火)けれど、なかなか見応えはありましたよ。これぞ正に対岸の火事といった具合で、くっふっふ。ねぇあなたもそう思わない、地水火風?
勇者A:(地水火風)さて、どうだろうねぇ隔岸観火。確かにそれなりに面白い見世物だとは思うよ。けれど僕には、余計なものにまで火を点けてしまった気がしてならないよ。
魔王:隔岸観火の勇者、それに地水火風の勇者か。
勇者B:(隔岸観火)ええ、そのようですね。
勇者A:(地水火風)ああ、そうみたいだね。
魔王:なるほど、先ほどの馬鹿共の自爆は貴様の差し金だな? 隔岸観火の勇者。
勇者B:(隔岸観火)あらぁ、分かります? ええ、雑魚が幾ら束になっても、鯨には敵いません。けれど、それぞれに爆弾を括りつけてみれば、どうでしょう? 或いは毒を含ませてみるというのは? いい勝負、なんてもの、はなから望むべくもありませんが、先ほど地水火風の言ったようにそれなりの見世物には、なったのではないでしょうか?
魔王:おおよそ、勇者と称される者のやり方とは思えんがな。
勇者A:(地水火風)おかしなことを言うね、魔王。勇者なんてものは、そもそもが、碌でもないよ。称される? いいや、違うね。僕らは、少なくとも僕は生まれた時からそうあるべくして、勇者なんだよ。望みも、願いも、意志も、意味も、価値も、何もない。何をやろうと、何をやるまいと、世界を救おうと、大量虐殺しようと、昼寝でもしていようと。僕は、僕らは、勇者だ。そうだよね、隔岸観火?
勇者B:(隔岸観火)ええ、地水火風。それに、あなたもそうなんじゃなくって? 終極の魔王?
魔王:……然り。
勇者A:(地水火風)っはっはっは。だからね、魔王。僕は君を全力で殺そうと決めたんだよ?
魔王:そうか。
勇者A:(地水火風)勇者の使命だから? ナンセンスだ。僕は僕をこんな醜い存在に生んだ、この世界を滅ぼすために、君を殺すんだよ、魔王!
勇者B:(隔岸観火)だったら私は、見物してていい?
勇者A:(地水火風)ああ、手を出したら、君も殺す。
勇者B:(隔岸観火)くっふっふ。怖い怖い。ま。お手並み拝見ねぇ?
勇者A:(地水火風)……さぁ、行くよッ! 岩石弾《ロック・バレット》!
魔王:ふん、言う割には大したこと事は無いな。――闇槍《ダーク・スピア》!
勇者A:(地水火風)そうさ――岩石殻《ロック・シェル》! ――からの解放《ブレイク》! 岩石砲弾《ロック・カノン》! 僕は大した魔法が使えるわけじゃない。水弾《アクア・バレット》! 水流砲弾《アクア・カノン》!
魔王:ああ、確かに悪くは無い、精度も、威力も。そして、複数の属性、多彩な魔法を並行して行使できる才覚。
勇者A:(地水火風)へぇ、そこまで分かるものなんだね――竜巻《サイクロン》!
魔王:あぁ。
勇者A:(地水火風)ならば、これはどうかな? 火焔砲弾《フレイム・カノン》!
魔王:貴様の攻撃は見えている――。
勇者A:(地水火風)君じゃないよ、狙いは――火山弾《ヴォルカニック・ボム》!
魔王:浮かせた岩を火焔で熱して――、
勇者A:(地水火風)そして――水蒸気爆発《スチーム・エクスプロージョン》!
魔王:灼けた岩を水たまりに落とすことで、爆発を引き起こす。しかしそれも目眩ましに過ぎず真の狙いは――
勇者A:(地水火風)もらった! ――超音速刺突刃《アルターソニック・ピアシングエッジ》!
:
0:地水火風の勇者の剣が魔王の胸を穿つ。
:
魔王:っぐ、見事――と、言うとでも?
勇者A:(地水火風)っな!? 後ろ……?! しかし確かに手応えが……え?
魔王:栄光の歪な抱擁《ワインド・ホールド・グローリア》。その攻撃は我に刺さらぬ。代わりに――
勇者B:(隔岸観火)くふ……っ。
:
0:地水火風の勇者の持つ剣は、隔岸観火の勇者の胸を貫いている。
:
勇者A:(地水火風)隔岸観火っ!? 何故……!
勇者B:(隔岸観火)曲線美の、応用、いえ、悪用ですか……、地水、火風の認識を、歪めたのでしょ、う……?
魔王:ほう、分かるのか。そうだ。
勇者A:(地水火風)違う! どうしてこんなことをしたのかと聞いているんだ!
魔王:どうして――。思い出せぬか?
勇者A:(地水火風)思い出す……?
魔王:その手の、その剣の感触を。
勇者A:(地水火風)何のことだ……いや。
:
0:間。
:
勇者A:(地水火風)……どうして、忘れていたのだろう、僕は。
勇者B:(隔岸観火)残念。地水火風、潮、時だよ……くふっ。
勇者A:(地水火風)隔岸観火! 君は気付いて……?
勇者B:(隔岸観火)くっふっふ……、私は傍観、者だからねぇ……。けど、それ、……それもおし、まい……。
勇者A:(地水火風)悔しくて、腹立たしいなぁ、魔王。
勇者B:(隔岸観火)私も、思います、よ、くもクソッタレな、最期、を再現、してくれ、ましたね? く、ふふ、ふふ……!
魔王:恨んでくれて構わん。我は魔王故な。
勇者B:(隔岸観火)ここ、からは後半戦……、ま。頑張って、辿り着いてね。
魔王:そうか。
勇者A:(地水火風)僕は、僕をこんな醜い存在に生んだ世界を……壊して欲しい。
魔王:あぁ。
勇者A:(地水火風)また、勝てなかったなぁ……! くそ……!
勇者B:(隔岸観火)でも、かっこ、よかったよ、少なくとも、私の胸には刺さった。
勇者A:(地水火風)笑えないよ、それ……はっは、
勇者B:(隔岸観火)ふっふ……笑って、るじゃん?
魔王:――凍焔嵐土《エレメンタル・ユートピア》!
:
0:二人の勇者の笑い声が、炎と氷と風と岩の渦に消えていく。
:
魔王:さらばだ、地水火風の勇者。隔岸観火の勇者。永遠に。
:
0:四人の勇者(天満月、三日月、雪月花、朧月夜)
:
勇者D:(天満月)などと格好をつけているところ恐縮ですが、終極の魔王殿。私はあなたにもきれいさっぱり世界より消えていただきたい所存。そう永遠に。と言いたいところですが、考え得る限り、真っ当な勇者が真っ当に戦ったのでは、あなたを終わらせる頃には世界が終わっているのではないかと我々は思い至りました。
勇者C:(三日月)大言壮語の地水火風くんと有口無行の隔岸観火ちゃんはほんと役立たずで困っちゃうけれど、かと言っていくらあたしたちでも用意も無しにあなたを殺すのは容易じゃないってわけで最初っから最終手段に打って出ることにしちゃいました。いぇい。
勇者B:(雪月花)てかもう、ドーンとアレいっとかない? 早く帰って寝たいし的な。
勇者A:(朧月夜)あなたを殺す頃には世界が死んでるなら、世界が死んだらあなたも殺せる。という、簡単な答えを見つけたというわけです。要するに。――それでは皆さん唱和あれ。
魔王:クソ! 相変わらずイカレたやつらよのぅ! 天満月、三日月、雪月花、朧月夜の勇者!この局面で面倒な!
勇者D:(天満月)遍く夜空を照らす高潔なる我らが神に願う。
勇者C:(三日月)我ら敬虔なる信徒に光を齎し愚かなる敵を滅亡せしめ給え。
勇者B:(雪月花)我らに完全なる勝利を。
勇者A:(朧月夜)奴らに完全なる敗北を。
勇者D:(天満月)故に我らは願う――
魔王:月光の狂信者《ルナティック》共が!
:
0:四人の勇者、声を揃えて。
:
勇者D:(天満月)御身の降臨以って全ての清算を。――夜の降る天満月《ムーン・フォール》。
勇者C:(三日月)御身の降臨以って全ての清算を。――三日月の降る夜《ムーン・フォール》。
勇者B:(雪月花)御身の降臨以って全ての清算を。――降る夜の雪月花《ムーン・フォール》。
勇者A:(朧月夜)御身の降臨以って全ての清算を。――朧月の降る月夜《ムーン・フォール》。
:
0:月が落下を始める。
:
勇者C:(三日月)おぉ我らが神よ! 御身の存在をより近くに感じます……!
勇者D:(天満月)あぁ、美しい! 気高く美しい我らが神!
勇者B:(雪月花)そしてお近づきになった分だけ我らの力も高まっていく!
勇者A:(朧月夜)これぞ我らが究極奥義――永久なる月光の導き《パーペチュアル・フルムーン》!
:
魔王:終極たる我を差し置いて世界を終わらせる気か貴様らは! ええい、八方厄災闇殻備刃《フル・カラミティ・ダークシェル・カウンター》!
勇者D:(天満月)は! そのようなちっぽけな殻ごときで、我らが神の裁きから逃れようとするとは愚かな!
魔王:お前らだけには愚かとか言われたくないが、――命ず。
:
0:魔王、何もない空間から巨大な絵筆のような魔剣を抜き放つと、なみなみと闇が湛えられたバケツのような殻に宛がう。
:
魔王:我、虚無の女神の矛にして、終焉の落とし子。世界を彩る愛憎の絵筆。混沌たる現世に終極の点描を施し、ただ命令を以って調和せん。――完全無条件調和《ロード・オブ・ゲーム》!
:
0:振るった絵筆が飛沫を広げ散らすようにして一閃を放ち、勇者たちを襲う。
:
勇者A:(朧月夜)っは! これしきの攻撃が、
勇者D:(天満月)我らに届くとでも――
魔王:――歪曲虚像召喚《ワインディング・ミラー》!
勇者B:(雪月花)なっ⁉ だが……!
魔王:雷速刺突刃《ライトニング・ピアシングエッジ》!
勇者C:(三日月)ぐふっ……! よもや、ここで斃れようとは……! しかし、既に神は動いておられるのだ、今更我ら如きを仕留めたところで無駄な――
魔王:現世に刻むは虚無の理、鎖せ消失――《ロスト――》
勇者D:(天満月)まさか貴様!
勇者A:(朧月夜)やめろぉぉぉぉぉ!
魔王:――終極《――・ザ・フィナーレ》。
:
0:月が消滅する。
:
勇者B:(雪月花)あ……あ、あ、我らの、神が、月が、消え……、た。
:
0:四人の勇者、瞳から光を失いその場に斃れる。
:
魔王:それほど大切なモノならば、墜とさぬよう努めるべきであろうに。自ら進んで失うなど愚鈍に過ぎる。……ふむ、しかし、非常時とはいえ夜空から月を消してしまうのはやり過ぎたか。いくら無数の星が瞬こうとも、月のない夜は少々寂しいものよ。
勇者D:(誤謬)でしたら、その風流な望み、我らの嘘《フール》で叶えて差し上げましょうか?
魔王:貴様は……。
勇者D:(誤謬)我、人に説くはミスリード。
勇者A:(虚偽)世に聴かせるは未必の故意。
勇者B:(詐術)神に語るは悪魔の証明。
勇者C:(欺瞞)砂利を小麦に、鉛を金に、水を薬に、薬を毒に、親の仇の憎悪でさえも旧知の友への親愛に、口八丁手八丁、丁丁発止、針小棒大、針千本、甘露甘露と舌で転がし並べ奉りまする嘘八百万の神々よ、教えてくれてありがとう、大きな嘘ならバレやしない、そうさこの世は――。
:
0:四人の勇者、声を揃えて。
:
勇者D:(誤謬)――休題怪盗《フィクション・インポッシブル》。
勇者B:(詐術)――及第解凍《フィクション・インポッシブル》。
勇者C:(欺瞞)――旧大怪盗《フィクション・インポッシブル》。
勇者A:(虚偽)――九大解答《フィクション・インポッシブル》。
:
勇者D:(誤謬)雲壌月鼈《トゥルー・ムーン》。
:
0:夜空に月の光が戻る。
:
魔王:……消した筈の月が、戻った? いや。月光だけか。
:
勇者A:(虚偽)ふふ、火のないところに煙は立たない。とは言いますが、煙があれば火もまたそこにあると、人は思ってしまうものですからね。
勇者C:(欺瞞)そして光あれば闇もある。つまりそこに闇があるなら、光もあるんじゃないのかってことなのさ。知らんけど。
魔王:その非の打ちどころしかない屁理屈で、よもや夜空に月光を甦らせたのか? 虚偽の勇者、欺瞞の勇者。
勇者B:(詐術)え~? せめて及第点くらいは欲しいっすね~。だって、そもそも月が夜空にあるのか無いのかなんて、その目で月を見るまで分らない訳じゃないですか。
魔王:馬鹿を言うな、詐術の勇者。我は確かに消し去った。この手でな。
勇者D:(誤謬)えぇ、確かに月は既に無いのかも知れないし、あるのかもしれない。或いは実際にその目で見ても、真贋を見極めることはできない。何故なら月はあまりに遠くて、手で触れることは叶わないから。そう、伸ばしたその手の先にあるのは、誰かがそこにあると口にした手の込んだ冗談かもしれない。それを言うなら本当は、月や夜空なんてものはそこに無くって、ただ天蓋に投影した明るく眩しく尤もらしい夢物語なのかもしれない。そうだろう?
魔王:何が言いたい、誤謬の勇者。
勇者D:(誤謬)だから、或いはその手で消し去った、なんて事実も蓋を開けてみれば、いやさ、目蓋を開けてみれば、なんてことない虚実織り交ざった君の妄想かもしれない。もう動くことはない証拠が、動いていることが証拠だと思うけれどね。
魔王:それこそ誤謬だな。嘘吐きが。
勇者D:(誤謬)はは、いやはや手厳しいね。
魔王:それで、今度は我を消し去るつもりか? 舞い戻った貴様らが。
勇者B:(詐術)う~ん、そうしたいのは山々なんすけどね~。虚偽? あんた残ってる?
勇者A:(虚偽)ないですね、詐術。ていうかみんなさっきので力を使い切ったのでは? そうでしょう、欺瞞。
勇者C:(欺瞞)いいえ? 無論僕は力を残していますけど? ま。欺瞞の勇者の嗜みってやつなんじゃない? 知らんけど。
勇者D:(誤謬)嘘だね。
勇者C:(欺瞞)ちぇっバレたか。
勇者D:(誤謬)……というわけで、我々はそろそろお暇しますよ。
魔王:誤謬の勇者。本当に、月を戻しに来ただけなのか?
勇者D:(誤謬)本当も嘘も無いけど、というか無いと言ったのはあなたでは? それに他の勇者はともかく我々は……まぁ嘘吐きだけどそれでも、
勇者B:(詐術)騙しても。
勇者A:(虚偽)偽っても。
勇者C:(欺瞞)欺いても。
勇者D:(誤謬)伊達や酔狂で誤って勇者なんてやってるから、魔王の魔の手から世界を救う義務感や使命感くらいはあるんだよ。
魔王:……そうか、すまんな。
勇者D:(誤謬)謝られてもそれはそれで困るけど、あぁ。それじゃあ。
:
0:四人の勇者、月光に溶けていく。
:
魔王:夢物語、か。だとすれば、これは悪夢に違いないな。
勇者B:(暁闇)出来の悪い悪夢ってやつだね。きっと。
勇者C:(黎明)もう目覚めなきゃいいんだよ。いっそ。
勇者A:(白昼)その隙に始末しておくべきさ。そっと。
勇者D:(黄昏)でも本当にそれでいいのかな。えっと。
魔王:暁闇、黎明、白昼、黄昏の勇者か。何をしに来た?
勇者B:(暁闇)月が消えたから敵討ちに来た。とか?
勇者C:(黎明)もちろん同胞の仇討ちに来た。だろ?
勇者A:(白昼)或いはいつかの仕返しに来た。かな?
勇者D:(黄昏)かつての借りを清算しに来た。だよ?
魔王:心にもない空虚な言葉だ。月も同胞も、その目に映ってなどいないだろうに。
勇者B:(暁闇)心ってね移り変わるものだからね。
勇者C:(黎明)言葉ってな空々しいものだからよ。
勇者A:(白昼)繕ってみたところで無為だからさ。
勇者D:(黄昏)囀ってるけどお前も同じだからな。
魔王:ふん、やはり痛いところを突いてきおる、しかし言葉で我は倒せんぞ?
勇者B:(暁闇)なら、実力行使だね。
勇者C:(黎明)まぁ、有言実行だが。
勇者A:(白昼)いや、先制攻撃だろ。
勇者D:(黄昏)さぁ、攻撃開始だよ。
勇者B:(暁闇)おちろ――暁闇堕落《ダウン・デプラヴィティ》。
勇者C:(黎明)はまれ――黎明愚昧《デイブレイク・スチューピディティ》。
勇者A:(白昼)しずめ――白昼夢想《デイライト・ドリーム》。
勇者D:(黄昏)かかれ――黄昏倒錯《トワイライト・パーヴァジョン》。
魔王:っく……ふっふ……、なるほど、気力や精神力を際限なく奪われる……これは、精神系魔法による飽和攻撃……のつもりか? ……しかし朝から暮れまでだと? ……生ぬるい!
魔王:嘆け――暴乱血涙《エタニティ・ボランティア》!
勇者B:(暁闇)そんな……!?
魔王:吠えろ――錆修斬業《ラスト・スパーダ》!
勇者C:(黎明)ばかな……!?
魔王:叫べ――襲急零日《ホーリー・レイド・ゼロ》!
勇者A:(白昼)こいつ……!?
魔王:唸れ――連勤術師《フルスロットル・アルケミスト》!
勇者D:(黄昏)やばい……!?
魔王:朽ちても踊れ――血錆襲連舞踏会《エンドレス・フルブレイド・サバト》!
勇者B:(暁闇)がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!
勇者C:(黎明)ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ?!
勇者A:(白昼)ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?!
勇者D:(黄昏)げぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!
:
0:四人の勇者、昏倒する。
:
魔王:よもやこの程度で斃れるか。精神も肉体も技量も未熟だな。……む?
:
0:その場に新たな四人の勇者(魔穿鉄拳、鸞翔鳳蹴、雪泥咬爪、極握非道)が音もなく現れる。
:
魔王:貴様らは魔穿鉄拳、鸞翔鳳蹴、雪泥咬爪、極握非道の勇者。
勇者A:(魔穿鉄拳)…………。
勇者B:(鸞翔鳳蹴)…………。
勇者C:(雪泥咬爪)…………。
勇者D:(極握非道)…………。
魔王:魔王と話す舌など持たぬか? ――否。
:
0:勇者達、無言のままに各々戦いの構えをとる。
:
魔王:武によって語る、か。面白い。ならば――こい!
勇者A:(魔穿鉄拳)魔葬拳! 蛇王掌! 鉄穿拳!
魔王:ふんっ! はぁっ! 嵐翔――
勇者B:(鸞翔鳳蹴)滅神鳳墜脚! 雷翔脚! 転墜脚!
魔王:ぐっ!? らぁ! はぁ! 幻影舞踏――《シャドー・ステ》――
勇者D:(極握非道)秘技、襲握。
魔王:っちぃ! 放せ孵化陰――《シャドー・インキュベ》――。
勇者C:(雪泥咬爪)罪業爪曲閃。
魔王:くそっ、手数が! 罪業双極拳!
勇者A:(魔穿鉄拳)羅刹掌!
勇者C:(雪泥咬爪)咬泥爪牙。
魔王:ぐ、この……! 表裏曲――《ジャスト・ディス》――!
勇者D:(極握非道)秘技、凶握。
魔王:っく、身体が動かぬ……! こうなれば、あまり気は進まぬが――栄光の歪な抱擁《ワインド・ホールド・グローリア》!
勇者D:(極握非道)奥義、極握非道。
勇者A:(魔穿鉄拳)奥義、魔穿鉄拳!
勇者B:(鸞翔鳳蹴)奥義、鸞翔鳳蹴!
勇者C:(雪泥咬爪)奥義、雪泥咬爪。
魔王:同士討ちは覚悟の上か……!!
:
0:四人の勇者、それぞれの奥義を放つと、周囲が衝撃波で粉砕され、瓦礫と粉塵に包まれる。
0:間。
:
魔王:…………げほっ。
:
0:瓦礫の中から魔王が現れる。
:
魔王:無茶苦茶しおって……。もはや我が城が原型を留めておらんのだが? さて、誰ぞまだ生きておるか? 我とて多少は……そこか――厄病搦手《アカシック・カラミティ》。
勇者C:(雪泥咬爪)……っく。無念。
魔王:雪泥咬爪の勇者、生き残りは貴様だけか?
勇者C:(雪泥咬爪)死に損ない、の間違いだ。止めを刺すがいい、魔王。
魔王:強いて仕留めずとも、直に消えるのではないか? これまでの戦いを見る限りはな。
:
0:魔王、周囲を見渡す。
0:その場には瓦礫ばかりが残り、倒した勇者の亡骸は無い。
:
勇者C:(雪泥咬爪)ああ。泡沫であるが故に、最期は斯くありたいと願うもまた、戦に生きた者の性かも知れぬがな。……どちらにせよ、それは勝者の選ぶことよ。
魔王:そうか、では、最期に言い残すことは?
勇者C:(雪泥咬爪)……っふ、ふ、存外、甘いのだな……。
魔王:味気ないのは好かぬでな。
勇者C:(雪泥咬爪)っふ、同感だ。そして、なればこそ、悪くない仕合いだった。叶うなら、我が意思で、我が信念で、我が肉体で、この闘争を、心いくまで……楽しみ……たかった……それだけが……心残りだ――。
魔王:そうか、ならば眠るがいい。我が宿敵よ。罪業葬極拳。
:
0:雪泥咬爪の勇者、魔王の一撃を受け消滅する。
:
魔王:ふん、虚しい闘いだ……。
勇者A:(驟雨)あぁその通りだよ、魔王……! 僕もそう思う、心から……! だからこんなことはやめにしなくてはならないんだ、今日ここで……! 降りやまぬ雨の中で僕はこの世界に掲げようそう、一振りの傘を――驟雨一擲《カットイン・ザ・レイン》!
魔王:驟雨の勇者か。相変わらず空気の読めぬ奴だ――拒め闇殻《ダークネス・シェル》。
勇者A:(驟雨)止めるなんてそんな馬鹿な、僕の必殺技を……!? と、言うとでも思ったかい、魔王? その程度でそう悲しみという名の雨は降りやまないのさ、残念だけど……! 僕は連鎖する悲劇の糸を全て断ち切り慈しみで世界を満たすそうこの剣で――驟雨一擲三千世か《ピース・オブ・レイ・アフタ――》
魔王:――超音速突撃拳《アルターソニック・ピアシング・ナックル》!
勇者A:(驟雨)かはぁっ!?
魔王:ごちゃごちゃうるせぇんだよ。
勇者B:(雷霆)あらら、だから止めたのに、ほんとお馬鹿さんだよね。驟雨くんは。
勇者C:(泡雪)でも雷霆、あんたそこが良いとかいってたじゃん。分かんないなー。確かに顔は良いよ? でもあんなナルシスト、うち絶対、イケメンじゃなかったら殴ってるわ。
勇者D:(砂嵐)つまり、普段泡雪に殴られない俺は、……っは! イケメン認定……?!
勇者B:(雷霆)砂嵐くん。ひょっとしてそれ、ただ単に特徴も無くて至極どうでもいいからではと思ったんだけど、まぁ、別に君の顔僕は嫌いじゃないよ。
勇者D:(砂嵐)え、雷霆ちゃん、今僕のこと愛してるって……!?
勇者C:(泡雪)砂嵐てめぇ頭に砂でも詰まってんのか? サンドバック志望か? あん?
勇者D:(砂嵐)あぁそうだぜ! 俺は殴るより、寧ろ殴られたい!
魔王:……ここに来て雷霆、泡雪、砂嵐の勇者か。
勇者B:(雷霆)んー? 何? なんか言いたいことでもある感じ? 僕さ、許せないんだよね、そういうの。見かけで判断して舐められるのが、一番嫌い。嫌いなやつは、死ね。――雷霆一撃《カイゼル・ライトニング》!
勇者C:(泡雪)右に同じ――泡雪一片《ドリーミング・スノー》!
勇者D:(砂嵐)二人がいうなら俺もそう! 砂塵一握《リヒト・ザント・シュトゥルム》!
魔王:っく、範囲攻撃……! 此奴らに人格を期待しても仕方ないが、やはり実力だけは侮れぬな……! しかし――雪塵雷洪《エレメンタル・ディストピア》!
勇者B:(雷霆)地水火風の応用……!?
勇者C:(泡雪)だけじゃねぇな、これは……!
勇者D:(砂嵐)俺らへの当てつけじゃん!?
魔王:幻影舞踏殺! 一つ! 二つ! 三連闇斬《トライ・ダーク・スラッシュ》!
勇者B:(雷霆)っくは……! 駄目だったか、悔しいな……。
勇者C:(泡雪)いけると、思ったのに……!
勇者D:(砂嵐)そんな、甘くねぇよな、恋も、戦いも……!
魔王:驟雨の勇者を御しきれず、欠けた状態で我に挑むような愚を犯さなければ、多少はマシな結果となったろうに。当然の帰結よ。
:
0:倒された勇者たちが砂に溶けて消える。
0:その中から四人の勇者(絶望、希望、渇望、失望)が現れる。
:
魔王:さて、次は絶望と希望、失望……それに――
勇者A:(絶望)あぁ、当初あれだけ居た同胞が、今や3割を切りました。なんと無情なことでしょう……! 貴方に慈悲は無いのですか、魔王?!
魔王:ここで楽にしてやることこそ我の慈悲だが?
勇者A:(絶望)あぁ、そうでしょうね、ふふ、やはり最初から我々が生きて帰ることなんて不可能なのです……っ!
勇者B:(希望)まだ諦めちゃダメだよ絶望の勇者さん! 確かに良い状況とは言いがたいかもしれないけれど、それでもまだ――
勇者D:(失望)可能性はあるってか? っは。楽観視するのは結構だが、希望の勇者。どれだけの勇者がまともに戦えてたよ?
勇者B:(希望)それは……!
勇者D:(失望)情けなくって仕方ねぇ。期待外れだ。
魔王:偉そうなことを言う、失望の勇者よ。貴様は違うとでも?
勇者D:(失望)っは。俺は最初から期待なんてしてねぇんだよ。他人にも、自分にも。
魔王:冷めた勇者だな。
勇者C:(渇望)えへへ、でもでも、皆さんが不甲斐ないからこそ私たちに、こうして念願の出番が回ってきたんですよぉ? 待ちわびましたよ、はぁはぁ、はやく……、早く、速く、迅く! こ、こここ、殺したい、殺したい! この手この爪この指でえへへへへへ、まままま魔王をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 剥手渇裁《クラップ・クラップ・ユア・ハンズ》!
魔王:渇望の勇者! 貴様ら十人に一人はこんな感じだな――六病足災《シックス・ロックス》!
勇者C:(渇望)手足を封じた程度で!
魔王:しかしその間合いでは食らいつくこともできまい?
勇者C:(渇望)甘いですねぇ! 言うことを聞かないものは不要ですよぉぉぉ? 千切れろ――悪手征裁《シェイク・ア・ハンズ》ぅぅぅぅ!
:
0:渇望の勇者、手足を切り離し無理矢理間合いを詰めて絡みつく。
:
勇者C:(渇望)えひひひひひ! つかまえましたぁぁ……! 一緒に地獄に行きましょぉぉ――縊切言漫《タング・ハング・スパイク・ドランク》!
魔王:っく、振りほどけぬ! よもや捨て身か渇望の勇者!
勇者A:(絶望)あぁ、生きて帰ることの叶わぬ絶望的な死地ならばこそ、我々は身命を賭す以外に道は無いのです……! 我が身諸共この場の全てを焼き尽くせ――絶死奉功《デスゲーム・オーバー・サーカス》!
魔王:貴様もか絶望!
勇者B:(希望)みんなの命懸けの一撃! そこには確かに希望があるね! だからあたしのとっておきも見せてあげる! 希死壊生《バースト・ホープ》!
魔王:やはり希望の勇者までも! 貴様だけはこういう展開に乗らないよな、失望の勇者!
勇者D:(失望)やれやれ。どいつもこいつも、命の大事さを分かっていない。死に急ぎの馬鹿ばかりだ。
魔王:おぉ、ドライな反応。それでこそ冷静な貴様に相応しい――
勇者D:(失望)けど。
魔王:……けど?
勇者D:(失望)もしここで俺が、望むものなんてねぇ、世の中を皮肉るだけの俺が、
魔王:おい、馬鹿なことはやめろ! 自分を失うな! 貴様は貴様のままでいい!
勇者D:(失望)命懸けで、世界を救ったりなんかしたら……どうだ?
魔王:どうもならねぇよ! はぁ!? 貴様にそんなことができるわけないし、今更無駄だからやめろ! うぬぼれるなバーカ!
勇者D:(失望)ははっ、確かに馬鹿みてぇだ。けど、俺はいま、自分自身に初めて期待しているぜ。あぁ……、悪く、ないな。
魔王:クソが! 最悪だ!
勇者D:(失望)世界に遍く暗雲よ、全て消え去り、未だ来たらぬ輝かしき世界の手向けとならん! 失望消失《ロスト・ヴィジョン》!
魔王:だあぁぁぁぁぁぁ!
勇者C:(渇望)えへへへへへへへ!
勇者A:(絶望)いひひひひひひひ!
勇者B:(希望)うふふふふふふふ!
勇者D:(失望)あははははははは!
:
0:激しい爆発。
0:爆炎に包まれた世界が、次いで静寂で満たされる。
0:そこに足音が響き、新たに四人の勇者(百花繚乱、鏡花水月、有為転変、光芒一閃)が現れる。
:
勇者A:(百花繚乱)あらぁ見て鏡花水月ちゃん? 血も凍りそうなほどの畏怖を覚えるくらい立派で素敵だった魔王ちゃんの城が、見るも無残……まったく酷い有様じゃなぁい? 瓦礫も残さず消し飛んじゃって、あたし欲しかったのに残念だわぁん?
勇者B:(鏡花水月)確かに勿体ねぇよなぁ百花繚乱。
勇者A:(百花繚乱)でしょぉ? 憧れるわよねぇ、お城暮らし。
勇者B:(鏡花水月)いや、ウチは別に城はいらねぇけどさ、なんつーの? 魔王の名に恥じない程度に金目のモンくらいあったろうによ。
勇者A:(百花繚乱)あら、それも捨てがたいわねぇ?
勇者B:(鏡花水月)てかよ、有為転変の姉さん。これ、俺らの仕事もまとめて吹っ飛んじまったんじゃねぇか? ま、楽できたのなら良いんだけどよ。
勇者C:(有為転変)さて、どうだろうな。あの魔王は我々が思っている以上に酷く頑丈だぞ、鏡花水月。多少消し炭になった程度で死ぬとは思えない。首だけになっても生きている手間だ。
勇者A:(百花繚乱)あらぁ。それはぞっとしないわねぇ。
勇者C:(有為転変)光芒一閃はどう見る?
勇者D:(光芒一閃)というか、有為転変さん。もはや死ぬとか生きるとかの次元でしょうか、これ。更地なんですけど。僕らが食らったら確実に世界から消えますけど。
勇者A:(百花繚乱)世界から消えると言えば、虚空創世《ヴォイド・ヴェルト・エンデ》? だっけ? あれで逃げられた可能性は無いのかしら?
勇者C:(有為転変)無いな。
勇者D:(光芒一閃)どうして断言できるんです?
勇者C:(有為転変)あの技は空間に歪みを生じさせるが、そうした世界の綻びは見られない。
勇者A:(百花繚乱)なるほどねぇ?
勇者B:(鏡花水月)じゃあさ、魔王城跡地って呼ぶのも憚られるこれをやってのけた勇者様ご一行はどうしたよ?
勇者A:(百花繚乱)少なくとも失望の勇者たちの反応は無いわねぇ? ご愁傷様。
勇者B:(鏡花水月)んじゃあ、うちら一体何しに来たんだよ?
勇者D:(光芒一閃)死亡確認……ですかね?
勇者A:(百花繚乱)確認なんてとりようも無いけどねぇ?
勇者D:(光芒一閃)の、ようですね。
勇者A:(百花繚乱)もちろん同胞の骨を拾う……なんてこともできない訳だし。
勇者B:(鏡花水月)戦利品も期待できねぇ。……んだよ、無駄足かよ。
勇者C:(有為転変)…………。
勇者D:(光芒一閃)有為転変さん……? どうかし――
勇者C:(有為転変)――来るぞ。
勇者D:(光芒一閃)え?
勇者C:(有為転変)下だ! 飛べ!
:
0:地面から魔王が飛び出す。
:
魔王:そこだ――砂塵一握《リヒト・ザント・シュトゥルム》!
勇者D:(光芒一閃)……地中に潜んでいたのか!?
魔王:っち、仕留め損ねたか、まぁ良い。
勇者D:(光芒一閃)今のは砂嵐の勇者の技ですね?
魔王:ああ。そうだ、光芒一閃の勇者。
勇者D:(光芒一閃)ですが砂を自在に操るとは言っても、地中に潜るような汎用性は無い筈……! 一体どうやってあの爆発から逃れたのです?
魔王:ふむ。勇者である貴様がこの魔王に教えを乞うのか?
勇者D:(光芒一閃)それは……!
魔王:まぁ良い。答えは簡単だ。税金から逃れるよりは、な?
勇者D:(光芒一閃)税……? 何を言って――。
勇者C:(有為転変)っふ、――なるほど。脱税の勇者か。
勇者B:(鏡花水月)脱税の勇者? 誰だそいつ。
勇者A:(百花繚乱)あぁん、いたわね、そんなの。
勇者D:(光芒一閃)穴掘りが得意だったと記憶していますが、なんと厄介な。
魔王:その評価、彼奴も生涯をかけて編み出した甲斐があろうというものだな。
勇者C:(有為転変)しかし、その技がまさか仇の窮地を救ったのでは、彼も浮かばれないだろうが、な!
勇者D:(光芒一閃)行きますよ、必殺の――光芒集積《ルミナス・チャージ》!
魔王:我に特に有効な光魔法で戦いを決する算段か。悪くは無いが――
勇者C:(有為転変)有為転変《ヴァリアブル・プロミス》!
魔王:因果干渉系魔法……? 命中率の底上げとは。念の入ったことだ。しかし発射される前に叩けば同じ――超音速突撃拳《アルターソニック・ピアシング・ナックル》!
:
0:魔王、光芒一閃の勇者に拳を食らわせ打ち倒す。
0:しかし、同時に複数の光芒一閃の勇者が現れる。
:
魔王:……何? 光芒一閃の勇者が増えただと?
勇者B:(鏡花水月)鏡花水月《ミラ・デコ》! んなの簡単にやらせるわけないじゃん?
魔王:贋物か。
勇者D:(光芒一閃)魔力充填! 即時励起状態に移行! 臨界! 百二十パーセント!
魔王:なに? やけにチャージが早いだと?
勇者C:(有為転変)命中率だけじゃない。私の魔法は変化を急速に進める、つまり――。
勇者D:(光芒一閃)――世界を穿て! 光芒一閃《フラッシュ・レイ・バースト》!
魔王:しかし光ならば反射するまで――鏡像召喚《トゥルー・ミラー》!
勇者A:(百花繚乱)そう来ると思ったから、数で圧倒させてもらうわぁんっ!! 百花繚乱《エンヴィズ・グラマー・ガーデン》!
魔王:よもや光線を増やすか! しかし空間ごと捻じ曲げれば――表裏曲解《ジャスト・ディストーション》!
勇者C:(有為転変)なら確率変動を重ねがけるまでだ! 有為転々変《ヴァリアブル・フル・プロミス》!
勇者B:(鏡花水月)ダメ押しの鏡花々水月《ミララ・デココ》!
勇者A:(百花繚乱)それじゃあゴリ推してまいるわよぉぉぉぉん! 百かける百で――万花繚乱《エンヴィズ・グラマー・グラマー・エデン》んんんん!
勇者D:(光芒一閃)極限放射《マキシマム・バースト》ぉぉぉぉぉ!
魔王:回避も反射も……! ちぃ! 拒め闇殻《ダークネス・シェル》! 影殻《シャドー・シェル》! 岩石殻《ロック・シェル》! 歪曲虚像召喚《ワインディング・ミラー》!
勇者D:(光芒一閃)おぉぉぉぉぉぉぉ!
魔王:ぐうぅぅぅぅぅぅ!
:
0:世界が眩い閃光と静寂で満たされる。
0:間。
:
勇者D:(光芒一閃)はぁ、はぁ……!
勇者A:(百花繚乱)し、仕留めたの……?
勇者B:(鏡花水月)わからねぇ、てか、陽性残像で何っも見えん……!
勇者A:(百花繚乱)妖精残像……ってなぁに? フェアリーの、一種かしらん?
勇者D:(光芒一閃)はぁ、はぁ、その妖精、では無い、です。ざっくりと、説明すると、強い光を見た際に、眼に残る黒っぽい残像のこと、ですよ。
勇者A:(百花繚乱)あらそうなのぉ? 二人とも随分難しい言葉知ってるのねぇ?
勇者C:(有為転変)はぁ……、お前たち、よくもそんな気の抜ける雑談ができるな。反応こそ無いが、まだ油断はできないのだぞ?
勇者B:(鏡花水月)反応がねぇなら、死んだってことでしょ、姉さん。
勇者A:(百花繚乱)虚空創世《ヴォイド・ヴェルト・エンデ》や例の脱税の可能性はどうかしらん?
勇者C:(有為転変)いや、その可能性は真っ先に確かめたが、無い。
勇者D:(光芒一閃)なら、我々の勝利、ということでしょうか?
勇者C:(有為転変)そうなるのかも、しれん。
勇者B:(鏡花水月)よっしゃー! ウチらの勝利だぜ! な、光芒一閃! あんた、帰ったらどうするよ? うちは魔王討伐の手柄で王都にでっかい屋敷建てる!
勇者D:(光芒一閃)気が早いですよ、鏡花水月さん。帰り道、結構長いんですからね?
勇者B:(鏡花水月)それはそうだけどさ? 魔王倒すより難しくは無いから楽勝だろ? なんせウチら、魔王倒した伝説の勇者パーティーなんだぜ?
勇者D:(光芒一閃)勝って兜の緒を締めよ。
勇者B:(鏡花水月)あん?
勇者D:(光芒一閃)油断してると帰路で痛い目に遭って、寓話として残ることになりますよ?
勇者B:(鏡花水月)るせぇこんにゃろ! んなことより、帰ったら何するか教えろよ!
勇者D:(光芒一閃)ぼ、僕は……。その……。
勇者B:(鏡花水月)何見てんだよ?
勇者D:(光芒一閃)い、いえ、なんでもありません! ただ、そうですね、王都に帰ったら、その、食事でも……どうです?
勇者B:(鏡花水月)おー! いいな! みんなで祝勝会!
勇者D:(光芒一閃)あ、そ、そうでは……い、いえ! 祝勝会! みんなで! みんなで……。はぁ……。
勇者A:(百花繚乱)あらあら。これは魔王よりも手強そうねぇ。うふふ。
勇者C:(有為転変)…………。
勇者A:(百花繚乱)どうしたの? 嬉しくなさそうね、有為転変。
勇者C:(有為転変)無論嬉しいさ、私も。
勇者A:(百花繚乱)そう、あなたは帰ったらどうするの?
勇者C:(有為転変)帰る、か。考えたことも無かったな。
勇者A:(百花繚乱)あらやだ、あなた死ぬつもりだったの?
勇者C:(有為転変)いや、そういうわけでは無いが……。
勇者A:(百花繚乱)家、継ぐの?
勇者C:(有為転変)…………。
勇者A:(百花繚乱)なら、あたしと旅しない?
勇者C:(有為転変)旅?
勇者A:(百花繚乱)そう。今度は、魔王も、世界も関係ない。自由な旅よ。
勇者C:(有為転変)しかし、私には勇者としての使命も、この血の宿命も……。
勇者A:(百花繚乱)あんたねぇ。ぶっちゃけクソどうでもいいじゃない、そんなの。
勇者C:(有為転変)百花繚乱……。
勇者A:(百花繚乱)そりゃ誰かを助けるのって美しくって素敵なことだけれど、自分自身が満足しなくっちゃ勿体ないじゃない? 命は懸けたし、血はもう十分流したでしょう? だから、これからはもういいんじゃない? 何にも縛られず、好きに生きちゃえば。
勇者C:(有為転変)…………。
勇者A:(百花繚乱)ま、あたしと来るのがそんなに嫌なら別にいいけど。あーあ、振られちゃったわねぇ? つらいわぁ。
勇者C:(有為転変)いや! そういうことじゃない!
勇者A:(百花繚乱)だったらどういうことよ?
勇者C:(有為転変)ほ、本当に、私でいいのか……? つまらないだろう? こんな、いつも仏頂面の勇者なんて。
勇者A:(百花繚乱)何言ってんの。あたしはあなたがいいの。あなたと旅したい。ていうか、結構顔に出るタイプよ? 綺麗な花とか街並みとか、いつか見た星空や夕日の沈む海……それに街中の猫ね。普段は教会の石像って顔してるのに、無邪気な子供みたい喜ぶんだもの。あたし驚いちゃったわ?
勇者C:(有為転変)……え?
勇者A:(百花繚乱)それに今も、ね。肩の荷が下りたって顔してる。だからもう、良いんじゃない? 有為転変。あなたは変わっても。
勇者C:(有為転変)……あぁ、そうだな。私は、お前と一緒ならどこまでも――。
:
魔王:――終夜儚落《イリーガル・ナイトメア》。
:
0:大地には魔王だけが立ち、その周囲に四人の勇者(百花繚乱、鏡花水月、有為転変、光芒一閃)が倒れている。
:
魔王:せめて醒めることの無い幸せな夢の中で果てるがいい。貴様らの眩い輝きにはそれだけの価値があった。……無粋だな。
:
0:魔王の四方に新たな勇者(真紅、白銀、蒼穹、黄金)が現れ、剣を向けている。
:
勇者A:(真紅)どっちが無粋だよこの外道が!
勇者B:(白銀)旅の終わりが夢オチなんて悪趣味。
勇者C:(蒼穹)いっそのことぶち殺して差し上げればよかったのに鬼畜ですね。
勇者D:(黄金)だから君は『魔王』なんて呼ばれるのさクソ野郎。
魔王:いや、『魔王』を最低な蔑称みたいに言うが、それを言ったら勇者も大体『野蛮な狂人』くらいの意味になるがいいのか貴様ら?
勇者A:(真紅)っは! 馬鹿が。褒められて嫌がるやつがどこにいる?
魔王:貴様が馬鹿だろ真紅の勇者。
勇者B:(白銀)真紅に同意。でも『魔王』に褒められるのは不愉快。
魔王:心底嫌そうな顔だな白銀の勇者。
勇者C:(蒼穹)やはりあなたにご逝去願いたいところですね、ええ早急に。
魔王:それは駄洒落か? 蒼穹の勇者。
勇者D:(黄金)もしかして僕らに阿ることで死を免れる算段かな? 本当に浅はかだな君。
魔王:貴様にだけは言われたくないな黄金の勇者。
勇者A:(真紅)けど、逆に良いかも知れねぇな?
勇者B:(白銀)倒すべき魔王が悪辣であればあるほど、
勇者C:(蒼穹)それを倒した時の大衆受けは良いですし、
勇者D:(黄金)何より悪を滅したという達成感ですっきりするんだよね。
魔王:どの口で外道とか鬼畜とか言ったのだ貴様らは。正に返り討ちに遭ってすっきりする悪辣な勇者そのものではないのか?
勇者A:(真紅)さっきからうるせぇんだよガタガタと!
勇者D:(黄金)沈黙は金。雄弁は銀と言うけれど、歴史なんて鍍金が当たり前だよね?
勇者B:(白銀)勝った方が正義。それが真理。
勇者C:(蒼穹)ですので私たちの名声の為、ご退場願いますよ魔王? ええ早急に。
魔王:やれるものならやってみるがいい。――凍焔嵐土《エレメンタル・ユートピア》!
勇者D:(黄金)四属性攻撃……!
勇者C:(蒼穹)しかしこの程度でしたら、
勇者A:(真紅)問題にはなんねぇ!
勇者B:(白銀)行く。手筈通りに――。
勇者A:(真紅)真紅の烈風《クリムゾン・ゲイル》!
勇者B:(白銀)白銀の暴風《シルバー・テンペスト》。
勇者C:(蒼穹)蒼穹の爆風《セレスティアル・ブラスト》!
勇者D:(黄金)黄金の疾風《ゴールデン・ストーム》。
勇者A:(真紅)世界を巡る四色の風――
勇者C:(蒼穹)潤し掻き混ぜ奪い去るは――
勇者D:(黄金)やがて風は一つとなりて――
勇者B:(白銀)新たな世界の秩序とならん。
:
0:四人の勇者同時に。
:
勇者D:(黄金)風神の息吹《プネウマ》!
勇者C:(蒼穹)風神の息吹《プネウマ》!
勇者A:(真紅)風神の息吹《プネウマ》!
勇者B:(白銀)風神の息吹《プネウマ》!
:
魔王:っは! 面白いそう来るか! 馬鹿でかい竜巻――先刻十人の馬鹿が放った爆発と同じ発想だが、精度も練度も桁違いだ。これは確かに神を語るに相応しい。が、しかしなればこそ成せばいいのだ、神殺しを! 八方厄災闇殻備刃《フル・カラミティ・ダークシェル・カウンター》! そして――命ず。
:
0:魔王、何もない空間から巨大な絵筆のような魔剣を抜き放つと、なみなみと闇が湛えられたバケツのような殻に宛がう。
:
魔王:我、虚無の女神の矛にして、終焉の落とし子。世界を侵食せし虚構の絵筆。混沌たる現世に終極の虚像を描き、ただ命令を以って調和とせん。――無為転変不完全調和《リロード・オブ・ヴァリアブル・イナクティヴィティ・ゲーム》!
勇者A:(真紅)馬鹿め! 無駄な足掻きだ!
勇者C:(蒼穹)そのような継ぎ接ぎの魔法如きが、
勇者D:(黄金)完璧に溶け合った僕らの神域の魔法を打ち破れる訳がない!
勇者B:(白銀)潔くここで果てて。
魔王:ふん、終極の魔王たる我に果てよ、と? 笑わせる! 我は最後の最後まで足掻き、世界を、宿命を、神を、削り切る者よ!
魔王:行くぞ――滅神剣! 罪業剣! 破断掌! 雷葬脚! 双曲剣!!
:
0:魔王、闇を纏った斬撃で風を切り裂いていく。
:
勇者A:(真紅)おいおいおいおい! 嘘だろ!?
勇者D:(黄金)僕らの技は疑似的に風の神を顕現したに等しい! なのに!
勇者C:(蒼穹)あり得ませんわ! なんとかしなくては早急に!
勇者B:(白銀)でも、どうやって! 手段は? 勝算は?
勇者A:(真紅)んなのどうにかして押し返すしかねぇだろ!
魔王:はぁぁぁぁぁぁぁ! 嵐翔脚! 混沌の劫火《ブレイズ・オブ・カオス》! 崩天脚! 裁飾剣美《グレイス・ラッシュ》! 冥界交響曲七番《ハデス・シンフォニー・ナンバー・セブン》! 決めるぞ――
勇者A:(真紅)真紅の追風《クリムゾン・ウィンド》!
勇者B:(白銀)白銀の風《シルバー・ウィンド》!
勇者C:(蒼穹)蒼穹の爆風《セレスティアル・ウィンド》!
勇者D:(黄金)黄金の疾風《ゴールデン・ウィンド》!
魔王:滅神劫火嵐翔破断崩天狂喜冥界羅刹罪業災飾魔王奉攻葬送双極剣!!
:
0:魔王、巨大な竜巻を断ち斬る。
0:その衝撃に巻き込まれた勇者たちが吹き飛ばされる。
:
勇者A:(真紅)ぐぁぁぁぁぁぁ!
勇者C:(蒼穹)いゃぁぁぁぁぁ!
勇者D:(黄金)うぁぁぁぁぁぁ!
勇者B:(白銀)きゃぁぁぁぁぁ!
魔王:――曲解罪業四方剣《フォース・ディスソード》。
:
0:四人の勇者(真紅、蒼穹、黄金、白銀)、魔王の一刀の下に倒れる。
:
魔王:……はぁ、はぁ。
勇者D:(神葬)――息止めて、あの世でつこう、人心地。刈り取り殺す――名を死神の鎌《デスサイズ》。
魔王:な!?
:
0:勇者(神葬)、音もなく現れると魔王の首に大鎌をかける。
:
勇者D:(神葬)避けられた? 取ったと思った、甘かった。不覚反省、次で仕留める。
魔王:神葬の勇者か! 不意打ちとは随分――。
勇者A:(業火)――卑怯とは、言わせぬ悪を、灼き殺す。正義ではなく、裁きの焔《ゲヘナ・フレイム》。
魔王:業火の勇者! 凍えて果てよ――絶対零度《アブソリュート・ゼロ》!
勇者B:(聖域)防ぐとか、なかなかやるね、さす魔王! けどさこれなら、浄化聖域《サンクチュアリ》!
魔王:っく! 少し溶けたが聖域の勇者よ! 神聖術の対処法など――
:
0:魔王と勇者(災厄)同時に技を発動する。
:
魔王:――孵化厄災《カラミティ・インキュベーション》!
勇者C:(災厄)――孵化厄災《カラミティ・インキュベーション》! 読めてます。
魔王:災厄の勇者!
勇者C:(災厄)悪くない。でも、再厄災禍《追いカラミティ》。
魔王:解放《パージ》!
勇者C:(災厄)解放《パージ》――せず、
:
0:魔王の闇を勇者(災厄)が呑み込む。
:
魔王:なに……?!
勇者C:(災厄)それを吸収、上乗せて、からの完全大解放《アンド・リリース・フルバースト》ぉ!
:
0:勇者(災厄)から放射された闇が魔王に直撃し、辺りに煙が漂う。
:
勇者B:(聖域)……やったかな?
勇者C:(災厄)それフラグです、聖域氏。
勇者D:(神葬)恐らく生きて、いるでしょう。
勇者A:(業火)しぶとい奴だ、皆気を抜くな。
:
魔王:――射貫け闇矢《ダーク・アロー》!
:
0:煙の中から闇の矢が飛び出し、勇者(災厄)に刺さる。
:
勇者C:(災厄)……っああ駄目だ。油断しました、これ詰んだ。すみませんけど、あと頼みます……。
勇者A:(業火)何言ってるまだ諦めるには早い! 傷は浅いぞ! 災厄! 災や……!
勇者D:(神葬)もういいよ、業火の勇者、手遅れだ。災厄はもう……死んでしまった。
勇者B:(聖域)災厄氏、短い間、だったけど、仇は取るよ、命にかけて!
魔王:……貴様らさ、とりあえずそれ、やめないか? ふざけて見えるぞ七五調だと。……じゃなくて、あぁくそ! こちらまで引っ張られておる! 腹立つな!
勇者A:(業火)腹が立つ? 黙れ魔王め! その台詞! 燃え尽き果てろ! 私怨の焔《リベンジ・フレア》!
魔王:不純な業火なぞに灼かれるものか――混沌の劫火《ブレイズ・オブ・カオス》!
勇者A:(業火)っく、見事……。良い火焔だった、敵……なが、ら……。
勇者B:(聖域)業火氏が! でも捉えたよ、魔王さん? 勝負ありでしょ! 浄化聖域《サンクチュアリ》!
魔王:――孵化厄災《カラミティ・インキュベーション》! 聖域なぞもう通用せん。
勇者B:(聖域)忘れてた!? あぁ駄目だった! あたしはほんと、君がいないと、ねぇ災厄氏?
魔王:解放《パージ》! ……さて、残りは貴様だけだぞ神葬の勇者?
勇者D:(神葬)……死神の鎌《デスサイズ》! あぁ死神の鎌《デスサイズ》! 死神の鎌《デスサイズ》!
魔王:憐れだな。如何に必殺とて当たらなければ無意味。……魔王葬送剣。
:
0:魔王、勇者(神葬)を仕留める。
0:と、同時に四人の勇者(鉛刀一割、天剣絶刀、剣鬼羅刹、傀儡聖剣)が現れる。
:
勇者B:(鉛刀一割)憐れ。と言ったが、別段憐れんでなど無かろうに。
魔王:ふん、貴様は鉛刀一割の勇者、それに……。
勇者A:(天剣絶刀)天剣絶刀。
勇者C:(剣鬼羅刹)剣鬼羅刹だよ~!
魔王:天剣絶刀の勇者に剣鬼羅刹の勇者。
勇者D:(傀儡聖剣)……傀儡聖剣。
魔王:傀儡聖剣……? まぁ良い。剣術に秀でた勇者が徒党を組むか。面白い。
勇者B:(鉛刀一割)否。手は組まない。
魔王:どういう意味だ、鉛刀一割の勇者?
勇者A:(天剣絶刀)俺達は勇者である前に剣客だ。つまりこの場の全員、
勇者D:(傀儡聖剣)……斬る。――傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、聖剣を抜き放ちその場の全員を切り伏せようとする。
:
勇者B:(鉛刀一割)はっ!
勇者A:(天剣絶刀)気がみじけぇなぁ!
勇者C:(剣鬼羅刹)それじゃあ拙も、推して参る――鬼剣『羅刹』!
魔王:っち! 幻影舞踏殺!
勇者A:(天剣絶刀)俺の背後だろ?
魔王:天剣絶刀の勇者、貴様見えて……!
勇者A:(天剣絶刀)いいや? ただの勘だ――天剣絶刀『春曇』!
魔王:裁飾剣美《グレイス・ラッシュ》!
勇者A:(天剣絶刀)はっは~やるねぇ! でもこれなら――
勇者D:(傀儡聖剣)――傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
勇者A:(天剣絶刀)だぁぁ! 天剣絶刀『雪風』!
魔王:くそっ……八方備刃《フル・カウンター》!
勇者D:(傀儡聖剣)ぐ……っ! 傀儡剣――《ソード・ミニオ――!
勇者C:(剣鬼羅刹)――鬼剣『夜叉』!
:
0:勇者(剣鬼羅刹)、勇者(傀儡聖剣)の背後に現れ剣を突き刺す。
:
勇者D:(傀儡聖剣)っか……!?
勇者B:(鉛刀一割)邪魔だ――奥義、鉛刀一割。
:
0:勇者(鉛刀一割)、勇者(傀儡聖剣)を叩き斬る。
:
勇者C:(剣鬼羅刹)っぶないなぁ鉛刀一割! 拙ごと斬るつもり?!
勇者B:(鉛刀一割)ふん、仕留め損ねたか。
勇者C:(剣鬼羅刹)この……! あんた後で絶対斬るかんね!
魔王:鉛刀一割の勇者よ、傀儡聖剣の勇者を何故斬った? 仲間では――
勇者A:(天剣絶刀)ねぇって言ったろ? そもそも俺らは偶然ここに居合わせただけ。
魔王:偶然だと?
勇者A:(天剣絶刀)あぁ。それに奴は邪魔だったんだよ、意志もねぇ剣をぶん回すだけのカスは剣士じゃねぇ。なんつーの? 役不足?
勇者B:(鉛刀一割)ふっ、言葉を知らぬ愚か者め。
勇者A:(天剣絶刀)あぁ? どういう意味だ?
勇者C:(剣鬼羅刹)ま、馬鹿はほっといて、
勇者A:(天剣絶刀)誰が馬鹿だぁ!?
勇者C:(剣鬼羅刹)最高に燃える果し合い、やろうよ?
魔王:果し合い、と呼ぶには随分役者が多いようだがな?
勇者C:(剣鬼羅刹)拙は最初からあんたしか見てないけど?
勇者B:(鉛刀一割)先刻儂を斬ると宣ったのは聞き違いか? 健忘か?
勇者C:(剣鬼羅刹)うるさいバーカ!
勇者A:(天剣絶刀)ふぅ、やれやれだぜ。
勇者C:(剣鬼羅刹)あんたもなんかムカつく。
勇者B:(鉛刀一割)先に仕留めておくか。
魔王:今までで最低の組み合わせだな、魔穿鉄拳の勇者の爪の垢でも煎じて飲ませ……るなら雪泥咬爪の勇者のか?
勇者C:(剣鬼羅刹)もういい! めんどくさい! ちまちま戦うのとか性に合わない! 次に最強の一撃出して立ってた奴が最強の剣士! おーけー?
勇者B:(鉛刀一割)よかろう。我もそれは望むところよ。
勇者A:(天剣絶刀)はっは~、どいつもこいつも気が短い。ま、俺も賛成だけどな? 魔王、てめぇはどうだ?
魔王:知らん。我はそもそも剣士ではない勝手にせよ。我は我でやらせてもらう。
勇者A:(天剣絶刀)あー、そういやそうか。ま、そんなのは、
勇者B:(鉛刀一割)些末事に過ぎぬな。
勇者C:(剣鬼羅刹)うだうだ言ってないで行くよ? ――赤鬼、青鬼、黄鬼、緑鬼、黒鬼、結んで束ねて纏うて開け――
勇者A:(天剣絶刀)――我が剣は空を穿ち闇を絶つその名は――
魔王:――闇纏いし剣先の高貴なる一撃――
勇者B:(鉛刀一割)――奥義、
:
0:間。
:
勇者A:(天剣絶刀)――天剣絶刀『白夜』!
勇者C:(剣鬼羅刹)――剣鬼一刀『五蓋羅刹』っっっっ!
魔王:――暗君之刃《ノブリス・オブ・シャドー・エッジ》!
勇者B:(鉛刀一割)――鉛刀一割。
勇者D:(傀儡聖剣)――傀儡剣制《ソード・ミニオン》ッ!
勇者A:(天剣絶刀)な!?
勇者C:(剣鬼羅刹)えっ!
魔王:何!
勇者B:(鉛刀一割)よもや……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、その場の全員を同時に斬る。
:
勇者A:(天剣絶刀)ぐぁぁぁぁぁ!
勇者C:(剣鬼羅刹)うぅぅぅぅ!?
魔王:くっ……。
勇者B:(鉛刀一割)傀儡聖剣……! 生きて――
勇者D:(傀儡聖剣)――邪魔。傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、勇者(鉛刀一割)を斬り捨てる。
:
勇者A:(天剣絶刀)おいおい……! 嘘だろ……!?
勇者D:(傀儡聖剣)――傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、勇者(天剣絶刀)を斬り捨てる。
:
勇者C:(剣鬼羅刹)天剣絶刀! ぁ、く、来るなぁぁぁ――
勇者D:(傀儡聖剣)――傀儡剣制《ソード・ミニオン》……!
:
0:勇者(傀儡聖剣)、勇者(剣鬼羅刹)を斬り捨てる。
:
魔王:傀儡聖剣の勇者。なるほど、どおりで見覚えはあるが馴染みの無い勇者だと思った。貴様、宝剣の勇者だな? 聖剣の力に呑まれていたのか。
勇者D:(傀儡聖剣)宝……剣? ……っ!? ぐ、あ、あ、あぁぁぁぁ! 傀儡剣制《ソード・ミニオン》! 傀儡剣制《ソード・ミニオン》! 傀儡剣制《ソード・ミニオン》!
魔王:これは……! 少々厄介だな――影盾《シャドー・シールド》!
勇者D:(傀儡聖剣)傀儡々剣制《ソードどどど・ミニオン》んんんん!
魔王:くそ、何が聖剣だ! 魔剣や呪剣、妖刀の類だろうがこんなもん……! 見境もなく変な剣使ってるからそんなことになる! 剣鬼一刀『邪鬼』! 天剣絶刀『春霞』! 鉛刀一割!
勇者D:(傀儡聖剣)けひゃぁぁ! 儡々剣制《ドどどど・ミニオン》んんんん!
魔王:不死身か……!? いや違うな、宝剣の勇者を斬っても意味が無い、本体は剣の方か! しかしならば!
勇者D:(傀儡聖剣)怪々傀儡征聖剣《ソードどどどど・ドミニニニオン》んんんん!
魔王:無駄だ――剥手渇裁《クラップ・クラップ・ユア・ハンズ》!
勇者D:(傀儡聖剣)かかかかかかかかか……!
魔王:剣を振るその身体を封じてから、破壊する! 行くぞ――断罪之剣《ギルティ・ブレイド》! 執行之剣《ギルティ・サーベル》! 懲罰之剣《ギルティ・エッジ》! 審判之剣《ギルティ・ソード》!
勇者D:(傀儡聖剣)かかかかいかいか……っ!?
魔王:消え去るがいい――混沌の劫火《ブレイズ・オブ・カオス》!
勇者D:(傀儡聖剣)……くぁ、い……。
:
0:勇者(傀儡聖剣)の剣が砕け散る。
:
勇者D:(傀儡聖剣)こ、これは……?
魔王:目が覚めたか、宝剣の勇者?
勇者D:(傀儡聖剣)終極の魔王さん……? 私は、一体……っぐ、ぁぁぁぁぁあ!
魔王:やはり、駄目か。
勇者D:(傀儡聖剣)はぁ、はぁ、せ、聖剣に、蝕まれて……いるのですね、私は……ぐっ、う!
魔王:……いや、そうなのだが、それのどこが聖剣なのだ?
勇者D:(傀儡聖剣)い、いえ……これこそ、正に聖剣、です、よ、へへへ……。
魔王:何? どういう意味だ……?
勇者D:(傀儡聖剣)そ、そう、この、世界を救済すること……。た、ただ目的を為すことに、徹底した、狂気の性質……! わ、わたしの求めていた、ち、力! はぁ、はぁ……す、素晴らしいぃぃぃぃん!
魔王:……そういえば、貴様最初から狂っていたか。
勇者D:(傀儡聖剣)で、でででですが……! 魔王さん、これは、この戦いは……なんか、違うのです……!
魔王:曖昧な物言いだな。
勇者D:(傀儡聖剣)はっきりとは、分かりません、が、これは私の本意ではない、恐らく、この傀儡聖剣の意志でも……。
魔王:ふむ。
勇者D:(傀儡聖剣)だ、だから、ここで、滅して……くだ、さい……!
魔王:……良いのか? 宝剣の勇者。
勇者D:(傀儡聖剣)宝剣……? い、いえいえいえいえ……! ちがいます、違いますよぉ……! い、今の私は剣と一体化している! ゆ、故に、傀儡聖剣の勇者っ! です、はぁはぁ! 一緒に果てられるなんて、最っっっっ高じゃないですかぁぁぁ?!
魔王:…………そうか。貴様がそれでいいなら、良いのかも知れぬな。
勇者D:(傀儡聖剣)はいぃぃぃ! もちもちろんろん! すすすすぱっとやっちゃってくだっさいぃぃぃぃ!
魔王:ならば――奥義、鉛天刀割『天邪鬼』。
:
0:魔王、勇者(傀儡聖剣)を両断する。
:
勇者D:(傀儡聖剣)あぁぁぁぁぁ! あひゃひゃぁ……これで私は聖剣としてっっ――!
:
0:魔王、剣を鞘に納める。
0:勇者(傀儡聖剣)が聖剣ごと消滅する。
:
勇者B:(夢幻泡影)……あのー。
:
0:勇者(夢幻泡影)、瓦礫の陰からひょっこり顔を出している。
:
魔王:む?
勇者B:(夢幻泡影)う、うちのこと憶えてるっすか魔王さん……?
魔王:貴様は――。
勇者B:(夢幻泡影)あ! あ! お、憶えてないっすよね! そっすよね! うちってほら、華もないし、影薄いから、誰もうちのことなんて知らないし愛してないっすよね。生きてる意味とかも。はぁ、死にたい、殺したい、世界滅ぼしたい……。
魔王:いや。無論憶えている。夢幻泡影の勇者。
勇者B:(夢幻泡影)え……、う、うちのことを認識してる!?
魔王:当然であろう?
勇者B:(夢幻泡影)ととと当然!? え、なんでどうして?! あ、ああああも! もしかして――うちのこと好きなんすか? ああああ愛してるんすね! どこが好きっすか! 全部っすよね! 当然全部! 好きで愛してるっすよね! クソみたいなこんなうちだけど、そんなクソなところも全部全部全部全部愛してるっすよね! 誰より何より世界より愛してるっすよね! だからもちろんうちと一緒にクソな世界滅ぼして二人っきりになって、そしたら一緒に死んでくれるっす――げふんっ!?
:
0:勇者(夢幻泡影)の頭を突如背後から現れた勇者(流星光底)が剣の鞘で殴りつける。
:
勇者C:(流星光底)ド阿呆ぉ! おどれ何いきなり魔王なんぞにコクっとんのやボケぇ! 魔王なんぞに振り寄ってからに、なんや発情期かボケぇ!
勇者B:(夢幻泡影)ひ、ひぃ!? す、すんませんっす先輩! 発情期ではないっす! てか病み期っす! 誰かに心の穴を埋めて欲しい……ただそれだけっす! そんくらい察してほしい……っすけど、ま、無理っすね所詮先輩だし人の痛みとか心なんて……ぐへぇっ!
勇者C:(流星光底)やかましいわ! 何まともな人みたいなツラしとんねん? ゴミが何思っとるかとか考えるわけないやろボケ。ええか? 一寸の虫に五分の魂あるか知らんけどなぁ、縦しんばおどれが一端の人か一寸の虫けらやったとて、こないなゴミクズ人間に宿るもんなんてどうせ碌でもないゲテモンのなんかなんやから積極的に磨り潰したろっちゅうんが世のため人のためやろが。違うか。
勇者B:(夢幻泡影)……なんというか間違ってるのは、その思想じゃなくて、そんなイカれた思想の持ち主が勇者ってことっすね……。こんなん絶対勇者にしちゃダメっすよ……。うちが言うのもあれっすけど。
勇者C:(流星光底)はぁん。ようわかっとるやんけ夢幻泡影?
勇者B:(夢幻泡影)ひぃ!? 本当のこと言われても怒らないで欲しいっす!
勇者C:(流星光底)あんたえぇ性格しとるなぁ? そないなことで一々怒るわけないやろ。あんまなめとったらどつきまわすぞ?
勇者B:(夢幻泡影)結局どう足掻いてもどつかれるかしばかれるのなんなんすか。
勇者C:(流星光底)まぁ、そもそもあたしに勇者なんぞ役不足やねん。
勇者B:(夢幻泡影)きっとマジで言ってるやつっすね。無茶苦茶っすわこの人……人でなし。
魔王:人でなし……その言葉遣い、貴様は流星光底の勇者か?
勇者C:(流星光底)あぁなんやねん? 気安く呼ぶなやド阿呆! てか人様のことどこで思い出しとんねんぶち殺すぞ!
勇者B:(夢幻泡影)ダメっすよ先輩! 魔王さん殺すのはうちっすから先輩!
勇者C:(流星光底)おどれはすっこんでろや! しばくぞボケカスぅ!
:
0:勇者(流星光底)、勇者(夢幻泡影)を鞘で殴る。
:
勇者B:(夢幻泡影)ぐへぇっ!
勇者A:(永劫回帰)言ったそばからもうしばいているじゃないですか。何回しばくおつもりですかねこの人でなしは?
勇者C:(流星光底)誰が人でなしや、ろくでなし。いちいちやかましいで永劫回帰ぃ? 人様から奢られる茶ぁとクソ生意気な後輩は何回しばいてもええって昔から言うやろがボケぇ。
勇者A:(永劫回帰)言いませんよ。誰ですかそんなクソみたいなこと言ってる人。
勇者C:(流星光底)誰って、そんなクソなこと言うの師匠しかおらんやろボケ。
勇者A:(永劫回帰)いや、あなたも言ってますが。まぁ、それはさておき、魔王さん? すみませんねぇ、うちの馬鹿共が。
魔王:いや構わんさ永劫回帰の勇者。慣れている。
勇者A:(永劫回帰)それはそれは苦労しますね、お互いに。
魔王:くははははは。
勇者A:(永劫回帰)あははははは。
勇者C:(流星光底)おいこら、何馴れあっとんねん? てか誰が馬鹿やしばくぞクソボケぇ!
:
0:勇者(流星光底)、勇者(永劫回帰)を鞘で殴ろうとするが避けられる。
:
勇者A:(永劫回帰)おやぁ? どこ狙ってるんでしょうねぇ? ひょっとして目が悪いのでしょうか? それとも頭? やーい。ばーかばーか。
勇者C:(流星光底)……殺す!
勇者A:(永劫回帰)あは! 昔から言いますよね。弱い犬程なんとやら。あぁ、失礼。犬以下でしたぁ?
勇者C:(流星光底)――流星斬! 彗星剣! 流星連斬!
勇者A:(永劫回帰)――おっと! 甘いですね! どこ見てるんです? あらひょっとして節穴?
勇者C:(流星光底)怒涛流星連斬! うろちょろすんなや!
勇者A:(永劫回帰)あなたがすっトロいだけですがぁ?
勇者B:(夢幻泡影)魔王さん魔王さん。
魔王:何だ?
勇者B:(夢幻泡影)蚊帳の外。っすね。
魔王:……そうだな。
勇者B:(夢幻泡影)どうするっすか?
魔王:放っておけばよい。じきに決着もつくだろう。
勇者B:(夢幻泡影)……そっすね。
勇者C:(流星光底)っはぁ! 鳳翔流星斬! 霊光斬!
勇者A:(永劫回帰)見えてますよ! くっく、大したことないですねぇ?
勇者C:(流星光底)よう言わんわ舌噛むでぇ、余裕こいてると! 秘技――崩墜凶星斬!
勇者A:(永劫回帰)……ちぃっ! 秘術――永久回避《エタニティ・ダンス》!
:
0:二人の勇者(永劫回帰、流星光底)の剣が交錯する。
:
勇者C:(流星光底)舌と逃げ足だけはよう動くみたいやけど、なんや逃げるだけやなぁ? まぁ、逃がさへんけどなぁ?
勇者A:(永劫回帰)っく!
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0:勇者(永劫回帰)の斬り飛ばされた左腕が地面に落ちる。
:
魔王:ほう。勝負あり、か?
勇者C:(流星光底)とりあえず片っぽや。次は右腕か、それとも首か、好きな方選ばしたるわ。
勇者A:(永劫回帰)クソが……! 所詮汚い言葉を吐き散らすだけが能の畜生と思って遊んでやっていましたが、後悔しても遅いですよ流星光底……!
勇者C:(流星光底)後悔? あー、あたしは別にええよ、ワンちゃんでも。けっこーけっこー。けど難儀やなぁ、自分の言ったこと後悔してへん?
勇者A:(永劫回帰)……何のことですか?
勇者C:(流星光底)なんや、忘れてもうたん? くっふっふ、ま、しゃーないな。弱い犬程言うとったけど、逃げて喚いて大忙しの雄鶏くんはそれが仕事やもんなぁ、永劫回帰?
勇者A:(永劫回帰)……! っぜぇんだよ図に乗ってんじゃねぇ! 秘術――永劫快気《インフィニット・リターナー》!
:
0:勇者(永劫回帰)の傷や腕が瞬時に治る。
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魔王:ふむ、失った腕を修復したか。
勇者B:(夢幻泡影)うわぁ、すごいけど普通にキモいっすね……。
勇者A:(永劫回帰)片腕だぁ? んなもん秒で何度でも治るんですよぉ! つまりあなたが必死こいて当てた攻撃は全くの無駄ということです! 残念でしたぁ!
勇者C:(流星光底)その攻撃を必死こいて避けようとしたくせに斬られた残念なやつは誰やろな? 無駄口叩いてんと、さっさと来いや鳥頭。
勇者A:(永劫回帰)……いいですよ、いいでしょう! そんなに見たいなら見せてやりますよ! 私の本気? いえいえ、どんだけ頑張っても手の届かねぇ永遠を前にしたてめぇの限界ってやつをなぁ!
勇者C:(流星光底)喧しぃのぅ! クソ長い能書き垂れながら去ねやぁ!
勇者A:(永劫回帰)奥義――永劫回帰《エターナル・ヴェイン》!
勇者C:(流星光底)奥義――流星光底剣!
勇者A:(永劫回帰)はぁぁぁぁぁぁぁぁ!
勇者C:(流星光底)うぉぉぉぉぉぉぉぉ!
:
0:勇者(流星光底)、勇者(永劫回帰)、激しい闘いを繰り広げている。
0:それを眺める魔王と勇者(夢幻泡影)。
:
魔王:敵味方の区別なく殺し合ったかと思えば、今度は魔王そっちのけで戦い始めるか。
勇者B:(夢幻泡影)諦めてほしいっす、そういうもんっす。
魔王:勇者とはどうして斯くも……。
勇者D:(万里一空)面白いでしょう?
:
0:勇者(万里一空)、魔王と勇者(夢幻泡影)の横に並んでいる。
:
勇者B:(夢幻泡影)ひぃ!? いつの間に! てか誰っすか!?
魔王:万里一空の勇者か。
勇者B:(夢幻泡影)万里……えっ? あの?
勇者D:(万里一空)えぇそうですよ、よくご存じで。どこかでお会いしました?
魔王:かつて『地上最強』とも言われた勇者を知らぬ者がおるか?
勇者D:(万里一空)はっはっはっはっは! そうですね、ふふ、懐かしい。今思えば、なんとも皮肉の効いた肩書ですけれど。
勇者B:(夢幻泡影)……うちのあだ名『スカ勇者』とか『勇者残念賞』なんすけど……。
勇者D:(万里一空)まぁ、見たところ筋力も魔力も、知力も。程々といった感じですが――。
勇者B:(夢幻泡影)いや、事実っすけど!
勇者D:(万里一空)――どこか底知れない。正直敵にしたくはありませんね。
勇者B:(夢幻泡影)……買い被りっすよ! うちなんて、ただのゴミっすよ!
魔王:ふむゴミと言えば、あちらの決着がついたようだ。
:
0:勇者(流星光底)、勇者(永劫回帰)を貫く剣が抜けず密着状態で静止している。
:
勇者A:(永劫回帰)はぁ……はぁ……はぁ……!
勇者C:(流星光底)ぐっ……!
魔王:存外に下らぬ結果よの。
勇者D:(万里一空)そうでしょうか? 最強の一閃を放つ剣技で全てを薙ぎ倒す矛と、無限とも言える回復能力によって無類の耐久性を誇る盾。その末路としては見応えがあると思うのですが。
魔王:突き刺さって抜けないせいで剣技を使えず、食い込んだその剣を縛り付ける為に回復能力を集中しなければならない。剣を手放せばとどめはさせず、能力を解けば次の一手で仕留められる。互いに手詰まり、我慢比べのような状態のどこに見応えがある?
勇者D:(万里一空)まぁ妥当な分析ですが、それはもちろん、
勇者B:(夢幻泡影)お二人が抱き合ってるみたいに見えるからっすよ~!
魔王:……言われて見ればそうかも知れぬが、それが何だと――。
:
勇者D:(万里一空)だって最低に無様でしょう?
勇者B:(夢幻泡影)だって最高に無様っすよね?
:
魔王:……悪趣味だな。
勇者D:(万里一空)はっはっは。魔王に言われるなんてね。けれど、勇者なんてものは先刻君が言ったように概ねこんなものさ。そうでしょう夢幻泡影?
勇者B:(夢幻泡影)一緒にしないで欲しいっすけどてか魔王さんと一緒になりたいっすけど。
勇者D:(万里一空)へぇ、あなたもしかして魔王さんのことを? なら、その願い叶えて差しあげましょう。
勇者B:(夢幻泡影)え、マジっす、かはぁっ!?
:
0:勇者(万里一空)、勇者(夢幻泡影)の腹を剣で貫く。
:
勇者B:(夢幻泡影)万里、一空……!?
魔王:貴様……。
勇者B:(夢幻泡影)な、なんでっ、すか……!
勇者D:(万里一空)おっと、勘違いしないで欲しい。致命傷は避けてあります。ただ僕は夢幻泡影の願いを叶えたいだけ。一緒に死にたいと言っていたでしょう? およそ一分。尽力させていただきましょう、お二人同時に門出を迎えられるよう。さて、行ってらっしゃいませ、死出の旅路。万里――裂空斬!
魔王:っく! 断罪之剣《ギルティ・ブレイド》! そのような剣!
勇者D:(万里一空)届かないから足で稼ぐ――閃脚万里!
魔王:鳳翔脚!
勇者D:(万里一空)そして掴む――万掌一握!
魔王:秘技――極握覇道!
勇者D:(万里一空)なかなかうまく返すようですが、あなたの技はどれもオリジナリティに欠ける。万里――絶空殺!
魔王:魔王羅刹掌! だからどうだというのだ! 超音速刺突刃《アルターソニック・ピアシングエッジ》!
勇者D:(万里一空)万里不撓。……わからないでしょうか、たとえどれほど卓越した技であったとしても、かつて――いいえ。これから先の未来永劫含め、それが地上に存在した技であったならば、最強たる僕の前では無意味! 僕は完成形! 地上において究極形として存在するのだから!
魔王:それは我とて同じことよ! 即ち、万里――
勇者D:(万里一空)ならばどちらが上か、次で決めよう! いくよ万里――
魔王:否! 万象――
:
0:同時に。
:
勇者D:(万里一空)――一空!
魔王:――一空!
:
勇者D:(万里一空)はぁぁぁぁ!
魔王:――ぬぉぉぉぉ!
:
0:間。
:
勇者D:(万里一空)っぐふ……。
魔王:ごはっ……。
:
0:魔王、勇者(万里一空)を貫く剣が抜けず密着状態で静止している。
:
勇者D:(万里一空)見事な一撃……けれど、君の剣は封じた。これでもう、打つ手はない。
魔王:確かに、膠着状態だ。しかし、時間切れだな。
勇者D:(万里一空)時間切れ? 何の――。
勇者B:(夢幻泡影)ぎゅ~。
:
0:勇者(夢幻泡影)の幻影が勇者(万里一空)の背後に現れ、魂に抱き着いて破壊する。
0:と同時に勇者(夢幻泡影)の本体が血を吐く。
0:魔王、その身体を抱き寄せる。
:
魔王:夢幻抱擁《スピリット・ハギング》か……。
勇者B:(夢幻泡影)ぁーあ、この胸に、抱いて死ぬなら、魔王、さんが……良かった、んすけどね、うち……。
魔王:殺した相手を殺す技。
勇者B:(夢幻泡影)えへへ、でも、命懸けで、護って、抱かれる、のも、最高に、悪く――。
魔王:あぁ助かったぞ、夢幻泡影の勇者、また――。
勇者A:(永劫回帰)うぎゃぁっ……!?
勇者C:(流星光底)ぐふぁっ……!?
:
0:勇者二人(流星光底、永劫回帰)、密着状態のまま果てる。
:
魔王:む? 流星光底と永劫回帰の勇者が死んだ……? 打破も妥協もできず共倒れの道を選んだか――いや、違うな。
勇者B:(生老病死)うふふ、ご名答。でござりまする。
:
0:勇者(生老病死)、魔王の背後に立っている。
:
魔王:生老病死の勇者、貴様の仕業か。何のつもりだ。
勇者B:(生老病死)彼らの振る舞いが同じく勇者に名を連ねる者として目に余り申した、というのもありまする。しかし、これは小生からのささやかなお祝いでござりまする。
魔王:祝い?
勇者B:(生老病死)左様でござりまする。何故なら――。
勇者C:(森羅万象)終極の魔王よ。其方は96の勇者を倒した。誇ってよいぞ?
:
0:勇者(森羅万象)、瞬時に現れる。
:
魔王:森羅万象の勇者。
勇者B:(生老病死)厳密には先ほどの時点で94人、自滅や同士討ちも含まれておりまするが。
勇者D:(色即是空)その程度は些事。数え方とて匙加減というものですよ。
魔王:色即是空の勇者。なるほど、貴様らが最後の『組』という訳か。
勇者D:(色即是空)別段、組んだ訳でもありません、ただそうなるよう仕組みはしました。
魔王:仕組んだ?
勇者C:(森羅万象)96の勇者には偏りがあったのじゃが、気付かなんだか、魔王よ?
魔王:……審美の勇者、隔岸観火の勇者のことか。
勇者B:(生老病死)ご名答。でござりまする。
勇者D:(色即是空)いつから気付いておいでです?
魔王:最初から、と言いたいが、確信を持ったのは傀儡聖剣の勇者を倒した時か。或いは月光の狂信者《ルナティック》共はまともな精神状態では無かった。元より碌でもない愚物だったが、かつて月を実際に墜としたことは無かった。我の知る限り、だがな。
勇者C:(森羅万象)何も知らされず、持たされなかったが故に、彼奴らが最も運命を逸脱し、其方を追いつめるに至ったというのは、皮肉な話じゃがのぅ。
勇者B:(生老病死)あれを果たして、追いつめたと言えるのでござりまするか? おかげで有力でござった虚偽、詐術、誤謬、欺瞞の勇者を無用に使い潰す結果となったのは明確な損失に思えるのでござりまするが。
勇者D:(色即是空)それとてやはり些事というものですよ。こうして我々と巡り合った以上。
魔王:やはり貴様らも我と戦うのか。
勇者B:(生老病死)まるで『戦いたくない』と申されているように聞こえまするよ?
勇者C:(森羅万象)よもや戦うこと――否。終わらせることを司る存在が。
勇者D:(色即是空)しかし我々はそれ故に戦うのです。
魔王:何者かの意思によって仕組まれたものであってもか?
勇者B:(生老病死)誰が仕組んだとて誰に仕組まれたとて、
勇者D:(色即是空)求めるともなく求められるともなく、
勇者C:(森羅万象)我らの意志ならぬ遺志が、
勇者B:(生老病死)生きる為に戦い、
勇者C:(森羅万象)戦う為に殺し合い、
勇者D:(色即是空)殺し合う為に生きる、
魔王:或いはその為に蘇る、と?
勇者D:(色即是空)……ええ、ですが話は終わりです。
勇者B:(生老病死)もしくは、終わりの話でござりまする。
勇者C:(森羅万象)其方という魔王の、最期じゃ――!
魔王:っく! 拒め闇――《ダークネス――》
勇者B:(生老病死)奥義――生老病死《ザ・ライフ・リヴォルヴ》!
勇者C:(森羅万象)奥義――森羅万象《コズミック・オムニシエンス》!
勇者D:(色即是空)奥義――色即是空《ヴォイド・マター》!
魔王:く、うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 小麦ぃぃ――!
:
0:勇者(生老病死、森羅万象、色即是空)の放つ波動に飲まれた魔王の肉体が瞬時に朽ち果て虚無と化す。
:
勇者B:(生老病死)……はぁはぁ!
勇者C:(森羅万象)っふぅ……。
勇者D:(色即是空)…………。
勇者B:(生老病死)……やった、でござりまするか?
勇者C:(森羅万象)然しもの魔王も耐えられなんだか。
勇者B:(生老病死)というか、あの魔王、最期になんて叫んでましたでござりまする? 聞き間違えでなければ……。
勇者C:(森羅万象)小麦、じゃの。
勇者D:(色即是空)小麦……。
勇者B:(生老病死)そういえば「食、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と叫んでござりましたが、死ぬ前にパンが食べたかったでござりましょうか。
勇者C:(森羅万象)ふむ、或いは麺類かも知れぬぞ?
勇者B:(生老病死)如何な魔王と言えども、腹が減るという生命の理からは逃れられぬということでござりましょうか。或いは遠き故郷、お袋の味を今際の際に求めた?
勇者C:(森羅万象)さての。彼の者が末期に何を食いたいと願ったかなぞ、こうなってしまえば知る由もなかろう。
勇者D:(色即是空)どうにもひっかかりますね……。
勇者C:(森羅万象)色即是空よ。何にせよこれで我らの旅も終わりじゃ。気になるならこの後パン屋にでも寄って、それを食らいながら考えればよかろう?
勇者B:(生老病死)そういえば小生もお腹空いたでござりまするよ。
勇者D:(色即是空)……いえ! 違いますこれは!
勇者B:(生老病死)色即是空殿? 何が――げふっ!?
:
0:勇者(生老病死)、背後から魔王に貫かれる。
:
勇者C:(森羅万象)生老病死ぃ!? 其方どうやって!
魔王:小麦を砂金に、硝子はダイヤ、水を油に、薬は爆薬、親の仇の憎悪であれば神や悪魔の信仰に、口八丁手八丁、丁丁発止、針小棒大、針千本、呑まず食わずで甘露甘露と舌で転がし捲し立てるは嘘八百万の神々へ、大きな嘘なら真実と、大きな真実さえも過ちになる。どうせこの世は――
勇者C:(森羅万象)その詠唱は!
勇者D:(色即是空)詐術の――!
魔王:――回答次第《インポッシブル・ポッシビリティ》。
勇者C:(森羅万象)しかし詠唱はどうしたのじゃ! 彼奴等の技は世界を改変する力を持つが故に対価を必要とする筈、それを詠唱も無しにどうやって!
魔王:あれ程えげつない技をポンポン撃ち出せる貴様らがそれを言うか? だから我はちゃんと後払いはしたであろう。聞いておらんかったかのか?
勇者C:(森羅万象)何の話じゃ!
勇者D:(色即是空)そうか! 繰日兎《クレジット》……!
勇者C:(森羅万象)脱税の勇者め……!
魔王:ふはは、ご名答。である。
勇者B:(生老病死)そ、れ、小生のセリ……ぐふっ、でござります、る……っ!
勇者C:(森羅万象)生老病死!
魔王:ほう、まだ生きておったか。
勇者B:(生老病死)伊達に、生老病死なぞ名乗らされては、おりませぬので……。
魔王:だが、その様で何ができる?
勇者B:(生老病死)う、ふふふふふ、このまま道連れに、してやるでござりま――。
魔王:――死神の鎌《デスサイズ》。
:
0:勇者(生老病死)、魔王の腕から生えた鎌に命を刈り取られて果てる。
:
魔王:当たらなければ無意味だが、不死や神さえ葬る死神の鎌。密着状態ならば、確実に刈り取れる。
勇者D:(色即是空)見事、と言わざるを得ないですね。しかし、ここからどうします? 先ほど披露された回答次第《インポッシブル・ポッシビリティ》。貴方の疲労具合からそう何度も使えるようなものではないと見受けられる。
魔王:そう、思うか?
勇者C:(森羅万象)思うの。でなければ多用しておるじゃろうて。特に繰日兎《クレジット》との合わせ技は不可能。死神の鎌《デスサイズ》で仕留めたことも焦りからじゃ。そうじゃろう?
魔王:…………。
勇者D:(色即是空)最強で無敵。これまでの戦いで負傷らしい負傷、消耗さえも無いように見えていましたが、なるほど。威力や精度を下げる詠唱省略だけでは説明がつかない。これ以外にも何度か使っていますね? 前借り。
勇者C:(森羅万象)ふむ、そうなのか? ならばこのまま――
魔王:百花繚乱《エンヴィズ・グラマー・ガーデン》! 鏡花水月《ミラー・デコイ》!
:
0:魔王の姿が無数に増える。
:
勇者C:(森羅万象)わらわらと鬱陶しいのぅ! しかし、どれだけ増えようとも、その全てを殺せば済む話!
勇者D:(色即是空)待て! 殺してはいけない!
勇者C:(森羅万象)今更何を躊躇する! 奥義――森羅万象《コズミック・オムニシエンス》!
魔王:幻魔抱擁《ゴースト・ハギング》。
:
0:勇者(森羅万象)の放つ波動に飲まれ、無数の魔王が瞬時に朽ち果て虚無と化していく。
0:と同時に、勇者(森羅万象)の周囲を魔王の幻影が取り囲む。
:
勇者C:(森羅万象)こ、これは!? や、やめよ、我は、こんな終わり方は嫌じゃ! ま、まだ戦える! 助けて、助けてくれ! 色即是空ぅぅぅ! あぁぁぁぁ――!?
:
0:魔王の幻影に圧し潰された勇者(森羅万象)の魂が圧壊する。
:
勇者D:(色即是空)……だから待てと言ったのに。
魔王:……はぁ、はぁ……。
勇者D:(色即是空)しかし、貴方も無茶をしますね。夢幻泡影の勇者の技が発動するということは、使用者が死んでいるということ。如何にそれが分身体であったとしても、魂への負担は計り知れません。どうかしていますね。
魔王:っく……ああ、そうだな。これを一つしかない命で二度も行使した夢幻泡影の勇者の偉大さが分かったぞ。
勇者D:(色即是空)左様ですか。では、その偉大な勇者達の技を好き放題に盗み、悪用している貴方のなんと悍ましいのでしょう?
魔王:己の醜悪さ加減なぞ、とうの昔に知っておるさ。我という存在によって引き起こされる悲劇を前に、嫌になる程、な。
勇者D:(色即是空)そうと気付いた瞬間に、さっさと自害してしまえばよかったのでは? さすれば数えきれない悲劇は無かったはずです。
魔王:かも知れぬ。
勇者D:(色即是空)ならば――、
魔王:――しかし、そうでないかも知れぬ。
勇者D:(色即是空)何?
魔王:故に我は、戦うのだ。魔王として。貴様が勇者として戦うように。違うか?
勇者D:(色即是空)偉そうに。
魔王:ふん、我はこれでも、王だ。偉い。
勇者D:(色即是空)減らず口を! いいでしょう、ならば消し去ってやりましょう、私のこの手で! 言っておきますが、私は貴方に死を与えない。故に先ほどのような真似はできません。
魔王:分かっているとも。貴様は、我が唯一倒せなかった勇者だからな。
勇者D:(色即是空)長きに渡る因縁を終わらせましょうか、終極の魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ!
魔王:それはこちらの台詞だ、色即是空の勇者!
勇者D:(色即是空)奥義――
魔王:奥義――
:
勇者D:(色即是空)色即是空《ヴォイド・マター》!
魔王:空即是色《マター・ヴォイド》!
:
勇者D:(色即是空)ぁぁぁぁぁぁぁぁ!
魔王:ぉぉぉぉぉぉぉぉ!
:
0:二つの力がぶつかり合い、虚無が生じると緩やかに二人と世界を包み込んでいく。
0:世界は俄かに明滅し、やがて世界を包む虚無が晴れると、大地に倒れ臥す魔王と足を着けて立つ勇者が現れる。
:
勇者D:(色即是空)……はぁ、はぁ……!
魔王:く、はは、見、事……。
勇者D:(色即是空)何が、見事、だ……! 手を、抜いていたでしょう、貴方……!
魔王:何の、ことだか……。
勇者D:(色即是空)98の勇者と戦い、疲弊した状態で、何の策もなく、正面から、対になる技を敢えてぶつける……? ふざけるな……! そんなもの、これで私が押し勝てない道理などあるが筈ないでしょう……!
魔王:くは、は、単に、我が貴様を、見縊っていた、それだけのことよ……。
勇者D:(色即是空)……ふん。そう……ですか。しかし、勝利は勝利。このままあなたの首を貰い受けると、しましょう。
魔王:好きに、するがいい……。
勇者D:(色即是空)何か、言い残すことは?
魔王:あると、思うか?
勇者D:(色即是空)…………さようなら、我が宿敵。
魔王:うむ……。
:
0:長い間。
:
勇者D:(色即是空)…………。
魔王:…………色即是空の、勇者……?
:
0:勇者(色即是空)、横たわる魔王の目の前に倒れる。
:
魔王:な、に……?
勇者A:(再生)役目は終わりだよ。
:
0:大地に横たわる勇者(色即是空)と魔王の傍に、現れた勇者(再生)がしゃがみ込む。
:
魔王:貴様は勇者、なのか……?
勇者A:(再生)あぁ? 僕は勇者――じゃぁ無いんだよねぇ。あはは!
魔王:勇者、ではない……? しかし、その姿は。
勇者A:(再生)ふぅうん? いちいち憶えてるんだ! 律儀だねぇ! そうさ。この僕はどこにでもいる、特徴のない有象無象の勇者! なんて言うと、有象無象という特徴があるように聞こえるけれど、本当にただのつまらない、取るに足らない、一山いくらの、偶然選ばれたに過ぎない、どうでもいい勇者。
魔王:違う……!
勇者A:(再生)何が違う?
魔王:その者は、勇者クレスだ。
勇者A:(再生)あぁ! 確かそんな名前だったね! どうでもいいから忘れちゃったてたよ! めんごめんご!
魔王:貴様……!
勇者A:(再生)なぁに怒ってるのかなぁ? 所詮勇者でしょ? それに、君はこいつを遥か昔に倒してる。通過点に過ぎないわけだよ。いいや、路傍の石だね! ゴミと言っても良いくらいのちっぽけな存在だ! そんな奴を今さら大事にして何になるの? 何にもならないよ。無意味さ。こいつらの存在も、君のその気持ち悪い憐れみも、君が色即是空に敗れた時点で、すべては過去なのさ! 終極の魔王、君はもう終わったんだよ! あぁ、もちろん僕が仕留めた色即是空も、既に過去のものだよ?
魔王:……貴様は。
勇者A:(再生)なんだい終極?
魔王:魔王、か。
勇者A:(再生)……あは! あははははははは! そう。僕は再生の魔王。名前は――。
魔王:奥義――天地万物《ユニバース・オムニシエンス》!
勇者A:(再生)――却下。
魔王:な、発動しない……!?
勇者A:(再生)当たり前でしょう? だって君はもう魔王じゃないんだから。
魔王:っく……!
勇者A:(再生)というか、僕の名乗りを邪魔しないで欲しいね? どうにも君は僕の邪魔ばかりする。世界を終わらせるでもなく、勇者に倒されるでもなく、つまんない事をうだうだやりやがってさぁ。魔王のくせに! いや? 元・魔王かな? あははっ!
魔王:なるほど、それで我を終わらせに来た、か。
勇者A:(再生)そうだよ。古き者は潔く去れ。流れを堰き止めるな。これからはこの僕が、世界を壊しそして! 再生する。それが魔王というものだよ!
魔王:その為に……。
勇者A:(再生)うん?
魔王:勇者たちを使ったのか……?
勇者A:(再生)あぁ『リサイクル』ってやつだよ! 君も知ってるように、所詮勇者なんてものはほっといても湧いてくる代替可能なゴミだけれど、それでも資源だからね。有効活用してやったのさ?
魔王:……そうか、貴様が。
勇者A:(再生)そうさ? さっきは君のことを悪く言ったけれど、先輩として、少しだけ尊敬してもいるんだよ。だから。去り行く君の為に気を利かせて、懐かしいおもちゃを集めてきたわけだ。差し詰め副葬品だね。どう? なかなか楽しかったんじゃない?
魔王:そう、かもしれないな。
勇者A:(再生)まぁ、わざわざ蘇えらせた99体のうち、君を終わらせられそうなのは、たったの一体だけだったんだけどね。とはいえその一体も、役目を全うしないゴミだったんだけど。
魔王:何……?
勇者A:(再生)それを思うと、ほんとにこの世界ってゴミだったんだなって笑っちゃうよ!
魔王:おい。今の話……。
勇者A:(再生)あぁ?
魔王:今の話は、本当か?
勇者A:(再生)いや、だからさ、ほんとにゴミだって言ったでしょ? 聞こえなかった? 君もやっぱゴミ?
魔王:貴様が『役目は終わり』と言ったのは、色即是空の勇者に向けてでは無いのか……?
勇者A:(再生)はぁ? なんで僕があんなゴミに? どれだけ強くても、意志の弱い奴はいらないんだよ。何であそこで魔王を殺せなくなるかなぁ? 思い出したらムカついてきたよ。
魔王:最後に、一つ質問をしても良いか?
勇者A:(再生)なんだよ?
魔王:貴様は、我からタダで魔王の座を奪ったのだな?
勇者A:(再生)だからさっきそう言っただろう! 何度も同じことを言わせるな馬鹿が!
魔王:そうか。ならば貴様こそが――。
:
0:間。
:
魔王:――馬鹿なゴミだ。
勇者A:(再生)な! この僕を馬鹿なゴミだと!? いいさ、ならば望み通り消してやる! この下らない世界ごとね――世界滅却《ナラティブ・クローズ》!
:
0:魔王(再生)から波動が放たれると、世界が揺れる。
:
勇者A:(再生)あははははははははははは! 世界が終わるまでの間、僕をゴミ呼ばわりしたことを悔いるんだね! 馬鹿が!
魔王:――終極解放《リリース・オブ・ジ・エンド》!
勇者A:(再生)はぁ? 何やってんの君? もう魔王じゃないんだから、どんな力も使えないよ? さっき確認したよね?
魔王:あぁ。しかし世界はまだ知らなかった。
勇者A:(再生)何が? さっきから何なんだよ、君。ウザいんだけど。
魔王:対価を払わぬ者を誰が主と認めるだろうか? ましてやそれが負債であるならば。
勇者A:(再生)もういい、喋んなよ、お前。
魔王:世界よ! 契約だ、盟約だ、誓約だ! 我は払う! 如何なる対価も! 如何なる犠牲も! そして如何なる敬意も! 故に使わせてもらう! 最後の一振り――聖剣掌握《バスター・ドミニオン》!
勇者A:(再生)だから、無駄だって……え? か、身体が動かない……? まさか、このゴミの意思が生きて……? いや、間違いなくクレスの身体は……、違うこれはこいつの聖剣か!? 何故、滅ぶ世界の聖剣如きがこの僕を縛める! 僕は神の意志さえ背負ってここに居るのに!
魔王:世界から借りた対価を踏み倒そうとする者に、世界が力を貸すと思うか?
勇者A:(再生)対価だと!? 僕は何も……!
魔王:さて、それでは終極の名において、全てを清算するとしよう。
勇者A:(再生)何をするつもりか知らないけれど、させると思うか! この程度僕ならば……!
魔王:すまんが省略も前借りもできぬ。時間を稼いでくれ。行くぞ――
勇者A:(再生)何をごちゃごちゃと!
勇者B:(生老病死)お任せあれでござりまする。
勇者C:(森羅万象)これは貸し一つじゃな。
勇者D:(色即是空)菓子折りくらいは欲しいものですね。
勇者A:(再生)っぐ!? 何者だ!?
:
0:魔王(再生)を三体の影(色即是空、森羅万象、生老病死)が取り囲む。
0:魔王、詠唱を開始する。※演出上、途中でフェードアウトするか小声で詠唱が継続される。
:
魔王:我は虚無、終末をかける混沌の錫杖。時空切り裂く黒龍の産声、こだまするは虚空より差し延べる透明の蔓。星無き銀河渡る一条の流星をつがえ、末席の天の座において代行者となりて、昏き暁闇に歓喜する虚構を奉らん。二十三対、嘗て光を失った天の瞳に復讐の焔を灯さんと徘徊する見目麗しき妄執の乙女に命ず。忘れ去られし遠き約束の日、いずれ再臨せし輪廻に喝采、破局をもたらす終焉の破壊者と千夜一夜、語り明かす蒙昧なる汝の願いは、影も無くした古き神々達の慰みとなろう。秩序の霹靂、嘆き止まぬ絶歌によりて磨き上げた時計の針の向こうより続く無明の葬列。掲げる旗に記す神の預言を宝石と血で飾り、失われた世界の記憶その残滓を透かす羅針盤と成す。やがて腐りて朽ちゆく大地の寝息に耳を傾けよ。それは永劫。真理より目を背け、営みの足場を埋め立てる暗渠の更に下層。崩落そた世界の片隅ですすり泣く白き不死鳥、優麗たる啼き声の旋律。境界より呼び醒まされし摂理の老婆は微笑む。降り注ぐは蒼穹の祝福と真紅の災禍、紫紺の慈愛と深緑の酷薄。天より賜りし静かなる熾火と賑わいし慈雨を失い邂逅するは天命。断ち得ぬ鉄鎖を天網に代えて、惨たらしき複眼の大蛇はその白き肌を食らい尽くす。恐れるなかれ。惑うことなく瞑目して天を辿り、絢爛に灼かれし瞼に口づけを施そう。或いは大輪の枯れゆく花に歌を授けて捧ぐ祈りは、星の大海で力尽きた船乗りに姿を変えて語り継がれる神秘の系譜。捩じれた宝玉、消えゆく精霊の追憶、流す血潮は赤錆に染まり、深き凍土の底に眠りながら、穢れを忘却した大地より妄執を浄化すること能わず。彼の者、大いなる意思に背き刻まれる消失の六芒星。点と点を結び象る運命に失望を潜ませ、渇いた運河を誰に知られることも無く潤す豊穣の盟約。捧げしは、荒れ果てた理想郷を満たす一献の魂。毒となり、薬となり、土となり、風となる。憂愁に震える獣にひとときの悦楽を与え、命を攫う狩人の爪。信仰と冒涜を飾る都の偶像は、幾万幾億の民草から絶望を奪い安寧を与える循環の揺り籠。重なる鼓動に耳を澄まし、凍える冬を越えたならば、未だ誰も見たことの無い故郷の春に足を踏み入れ、深遠の果てに沈むこともやむなし。満ちて使い古された喜劇の底に、今沸き立つは審判の黒焔。黒く爛れて溶け落ちた水銀の汗を浮かべ、熱狂のままに足を止めることも叶わぬ愚者の聖戦。先へ、前へ、向こうへ、果てへ、終焉の向こうへ。征服し、蹂躙し、陵辱し、侵犯し、逸脱し、越境し、飛躍し、超克し、そしてまた回帰する。抜き放たれた一振りの剣の後に遺された鞘の空白が誘う、終わりなき終わりの待つ場所より我は導かん。
:
勇者D:(色即是空)さて、借りたものは返す。それが世の摂理です。
勇者A:(再生)色即是空!? お前、何故生きて……!
勇者D:(色即是空)あぁ。死んでいますよ、遥か昔に。というか貴方が、蘇らせたのでしょう? 忘れたのですか?
勇者A:(再生)忘れるも何も、僕はそんなもの知らない! 捨て駒の分際で僕に舐めた口を利くな!
勇者C:(森羅万象)黙れ下郎。ポッと出の分際で舐めた口を利くでないのじゃ。
勇者A:(再生)森羅万象だと! 殺していなかったのかあの詐欺師め!
勇者B:(生老病死)いやいや、確かに小生たちは死んでござりましたよ? かの魔王が詐欺師であることは同意しまするが。
勇者A:(再生)生老病死まで……! 何が一体どうなっている!
勇者C:(森羅万象)分らぬかの、我らは記憶じゃ。
勇者A:(再生)記憶? っは! 終極の――元・魔王の記憶だとでも? そんなものが実体を持ってこの僕に抵抗できるわけがない!
勇者C:(森羅万象)違うわ、このたわけ。
勇者A:(再生)たわ……!?
勇者B:(生老病死)馬鹿にでも分かるように申し上げますると、聖剣の記憶でござりまする。
勇者A:(再生)聖剣……? 馬鹿な! それがどうして僕に、この僕に刃を向ける!
勇者D:(色即是空)聖剣が魔王に向けられるのは至極当然かと存じますが。それがたとえどのような矮小な存在であったとて。
勇者A:(再生)……っ! 君たち、さっきから僕を舐めているけれど! この身体が使い物にならないなら! はぁ!
:
0:魔王(再生)、自害する。
:
勇者B:(再生)こうして、新たな体に移ればいいだけの話なんだよ!
勇者D:(色即是空)生老病死!
勇者B:(再生)失せろ――焼却!
勇者C:(森羅万象)色即是空!
勇者B:(再生)所詮ゴミはゴミなんだよ! 分かったかな? そもそも僕に逆らえる訳が無いんだよ。
勇者C:(森羅万象)くっふ、くふふふふ、ふふふふふふふ!
勇者B:(再生)なんだ? 圧倒的な力の差を前におかしくなったか?
勇者C:(森羅万象)いや? ただ、そうじゃの。貴様の言うように、あまりに可笑しくての。
勇者B:(再生)何が……。
勇者C:(森羅万象)貴様の知らぬ世界にはこういう言葉があるのじゃが「他人のふんどしで相撲をとる」。あぁ、なるほどの。こういう輩のことをいうのじゃと気付いたわ。くふふ。
勇者B:(再生)……殺す!
勇者C:(森羅万象)じゃから、もう死んでおると言うのに。馬鹿じゃの。
勇者B:(再生)なら、完全に消し去ってやるよ! 下劣な記憶とその品性!
勇者C:(森羅万象)鏡像召喚《トゥルー・ミラー》! まだ発動しておらぬが……はて?
勇者B:(再生)ころすころすころすころすころすころす!
勇者C:(森羅万象)……そろそろじゃの。あとは任せたぞ。終極の?
:
0:勇者(森羅万象)、魔王(再生)に倒されて消滅する。
:
勇者B:(再生)はぁ……はぁ、あはははははは! この僕を! 魔王を舐めるからこういう目に遭うんだよ! 馬鹿が!
:
0:と叫ぶと同時に、魔王が詠唱を終える。
:
魔王:――超終末級究極虚構魔法『エデン・オブ・ポスト・アポカリプス・零式』!
:
勇者B:(再生)なに!? 魔王の力もなく発動するわけが!
魔王:ならば信じるが良い。心せよ。過信が貴様の敗因だ。
勇者B:(再生)……! 超強硬度複合魔法盾! 多重式防御陣! 絶対魔力障壁! 衝撃反射装甲! 隔絶外殻! 超再生!
:
0:世界を闇の波動が巡る。
0:しかし、何も起きない。
:
勇者B:(再生)……は? なんだ、やはりただのはったりじゃないか! 舐めやがって!
魔王:…………。
勇者B:(再生)あははははは! 死ぬがいい元・魔王! 滅忘却禍《ディザスタ・オブリヴィオン》!
魔王:――却下。
勇者B:(再生)な、発動しない……!?
魔王:……下らん。
勇者B:(再生)ふんっ! 何故か不発したが、幾重にも防壁を張り巡らせているこの僕に、傷をつけることなど――!
:
0:魔王、魔王(再生)へと歩みを進め、拳を振り下ろす。
:
勇者B:(再生)ぐはぁ!? ば、馬鹿な! 僕は魔王なんだぞ!
魔王:いいや、違うな。貴様は魔王ではない。
勇者B:(再生)そんな筈はない! 僕は確かに君から魔王の力を奪った!
魔王:故に、それを取り返しただけの話。
勇者B:(再生)ならば何故、先ほど君が放った攻撃は発動しなかった!
魔王:したさ。
勇者B:(再生)何!? ならば何故世界は滅んでいない! あれそれほどの威力を秘めた技である筈だ! そうあるべきなのだ、なのに――!
魔王:確かに発動はしたが、底を尽きたのだ。
勇者B:(再生)尽きた……? 何が!
魔王:魔力だ。
勇者B:(再生)魔力?
魔王:そう、この世界を循環する魔力。それが枯渇した。故に、魔法は不完全な形で崩れ去り、副次的に貴様の防御 魔法も弾け飛んだ。
勇者B:(再生)そ、そんなことが……!
魔王:しかし、かつての勇者を復活させ、わざわざ勇者の身体を乗っ取ってまで貴様が出向いてきたのは、我を確実に殺すため――。ではないのだな?
勇者B:(再生)っく……!
魔王:すべては、終極の魔王として世界を滅ぼすこと、延いては――滅ぼされた後、新たに再生する世界で貴様が魔王となるための策略だった。
勇者B:(再生)……そうだ、全部上手くいっていた、僕は間違えてない、魔王としての役目を果たしている、果たそうとしていた、君と違って、それがどうして……こんなことになる!? こんなつまらない結果に! いつまでも続き繰り返す世界を終わらせることも前に進めることができない! 何故邪魔をする、こんな世界の何がいい? 魔王の座がそんなに大事か? 或いはそれほどまでに命が大事か? 何百と勇者を殺し、さりとて世界を滅ぼすでもなく永らえさせる意味は何だ!? 終極の魔王。如何なる魔王よりも長く存在する魔王。君は、一体、何なんだ……? 教えてくれ、教えろよ、この僕に! 僕は、どうすればよかったんだ!
魔王:……………………知らん。
勇者B:(再生)はぁ!?
魔王:いや……、知らん。考えてみたが、特に理由は無い。
勇者B:(再生)ならこんな世界早く終わらせろ!
魔王:話を聞いていなかったのか? 世界の魔力は底を尽いている。滅ぼすだけの余力などどこにもない。
勇者B:(再生)なんだと! では、世界はどうなる!
魔王:何も変わらんだろうな。
勇者B:(再生)な! ではどうすればいい僕は! というか、止めは刺さないのか?
魔王:どうでもいい。殴って気が済んだし、よくよく考えると、その身体も生老病死の勇者のものだ。本人のおらぬところで痛めつけるのは気が引ける。
勇者B:(再生)どういう倫理観だ。
魔王:貴様にだけは言われたくないがな。というか先ほどから質問ばかりだが貴様。自分で考えよ。全く。さて、我は、眠りにつく。
勇者B:(再生)はぁ!?
魔王:ふぁ~……。先ほどまでの戦いで少々……いや、かなりの無茶をした。魔法の前借り、肉体や精神の限界を超えた力の行使。これで滅ばなかったのが不思議なくらいの消耗なのだが、まぁ、そうだな。貴様の言ったように、或いはもう我は魔王ではない。
勇者B:(再生)じゃあ何なんだよ? ん、君身体が……!
魔王:うむ、石化し始めているか。……お、あったあった。
:
0:魔王、瓦礫をどけると、その中で唯一原形をとどめていた玉座に座る。
:
勇者B:(再生)何故今更玉座に?
魔王:どうせ石になるなら、この方がサマになろう?
勇者B:(再生)っは。碑文でも刻んでやろうか。
魔王:悪くない。
勇者B:(再生)悪くないのかよ。
魔王:そうだな――『ヴォイド・ヴェルト・エンデ。99人の勇者と1人の魔王を倒し、かつて終極の魔王と呼ばれた者。ここに眠る』と、そこの柱にでも刻んでおいてくれ。
勇者B:(再生)馬鹿なのか?
魔王:でなければ好き好んで魔王なぞやっておらん。
勇者B:(再生)好き好んで魔王をやっていたのか?
魔王:ふむ。まぁ、嫌いではなかった。この世界と同じようにな。
勇者B:(再生)それは、君を殺しにやってきた勇者達もか?
魔王:……そう、かもしれぬな。
勇者B:(再生)僕を、恨んでいるか?
魔王:…………。
勇者B:(再生)…………。
魔王:……いや。
勇者B:(再生)……そうか。
魔王:どうでもいい。先ほども言ったがな。
勇者B:(再生)おい。
魔王:貴様はどうするのだ? 再生の魔王。
勇者B:(再生)僕は魔王になり損ねた。そうだろう? ならばそう名乗る訳にはいかないさ。
魔王:では、生老病死の勇者――の死体に憑いた再生の魔王の怨霊。
勇者B:(再生)誰が怨霊だ。
魔王:似たようなものだろう。
勇者B:(再生)似て非なるものだ。要するに紛い物だ。
魔王:ふむ。
勇者B:(再生)そんな紛い物は、果たしてどう生きればいいんだろうね?
魔王:魔王になれぬのなら、そのまま勇者やれば良いのではないか?
勇者B:(再生)できる訳ないだろう!
魔王:平気平気。脱税の勇者や放火魔の勇者が勇者を名乗っていたのだから、勇者を乗っ取った魔王が勇者名乗っても許される。
勇者B:(再生)許されちゃ駄目だろうそれは!? 第一、勇者になって僕は何をすればいい! 倒すべき魔王のいない世界で勇者など……。
魔王:ならば、我の目覚めでも待っているがいい。
勇者B:(再生)それは――いつになるんだ?
魔王:百年か、千年か。
勇者B:(再生)待てるか!
魔王:経ってみればあっという間だぞ? 意外と、な。
勇者B:(再生)そうかよ、だったら覚悟しておくことだね。
魔王:うん?
勇者B:(再生)次に目覚めた時は、99人の勇者どころではない。999の勇者いいや。1000人の勇者が君を葬ってやる。
魔王:ふはははは! 面白い。その時を楽しみにしているぞ? 再生の魔王――否、勇者よ。
:
0:魔王、手を差し出す。
0:勇者(再生)、その手を握る。
:
勇者B:(再生)約束だ、終極の魔王。
魔王:あぁ、約、束……だ――。
:
0:魔王が完全に石になる。
:
勇者B:(再生)さて、これからどう生きようかな。まさか、勇者として生きることになるなんてね、あはは。……って。いや、ちょっと待て。なんか、これ……。ん……? は、外れない! え、え、えー!? 流れで握手したけど、こ、こいつ! 握手したまま石になってんじゃねぇ! くっ! 解けないぞ!? うぉぉぉぉぉぉ! ……はぁはぁ……く、くそぉ! くそぉ! よくも! よくもやりやがったな魔王――――ッ!!!!
:
0:――幕。