台本概要
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タイトル | かたつむり |
---|---|
作者名 | 瀬川こゆ (@hiina_segawa) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ワンルームにお互いの事をほとんど知らない男女が居たらどうなるだろう?をテーマに書いたら、どシリアスになったくそ重台本です。 (M)→モノローグ ※直接的には書いていませんが、性描写/性被害/売春を匂わす表現があるのでご注意下さい。 上記の為U15以下、禁止とさせて頂きます。 非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。 過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。 397 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
潤 | 女 | 121 | 「じゅん」 ・久山の家に転がり込んだ身元不明の女。自称「成人済み」。 |
久山 | 男 | 117 | 「ひさやま」出張の多い職に就いている一人暮らしの成人男性。※最後の「テレビ」兼役推奨。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
潤:(M)
潤:生きている事が無意味だって、私は誰よりもよく知っている。
久山:ただいま、居る?
潤:あ、パパ~おかえり~。
久山:誰がパパだ、誰が。
潤:ノリ悪いなぁ。
0:一拍。
久山:(M)
久山:仕事帰りの俺が潤を拾ったのは、ちょうど半年前の事だった。
0:街灯が並ぶ道。
0:帰路についていた久山に話し掛ける。
潤:おにーさん。
久山:なに?
潤:アタシを一晩買わない?
久山:結構。
潤:えぇ~困ってるのにぃ。
久山:他当たって。
潤:だって漫喫に泊まるお金も無いし、この時期じゃん?
潤:公園で野宿はちょっとねぇ。
久山:(ため息)
久山:君みたいな子は他に居るんじゃないの?
潤:他って?
久山:それは……なんて言うんだろ。
久山:客とか?
潤:居ないよ?
潤:だって「アタシを買って」って、今初めて言ったもの。
久山:(ため息)
潤:あ、またため息ついた!ひど~。
久山:……一晩。
潤:ん?
久山:一晩なら家に置いてあげる。
潤:買うの?
久山:買いません。
久山:でもこの寒空の下に女の子一人置き去りにして、あっさり帰るほど俺は非情じゃないから。
潤:そっ。
潤:自分の偽善の為にアタシを利用するって、そんな解釈でいい?
久山:嫌な言い方するね……。
久山:まぁいいよ、間違ってないし。
潤:ふーん。
久山:別に来たくないなら来なくてもいいけど。
潤:おっけー行く。
潤:おにーさんの名前は?
潤:アタシの名前は潤で、年齢は〜
久山:(被せる)名前だけでいい。
潤:あらら~。
潤:じゃあ未成年じゃないって事だけは、伝えておくね?
久山:ほんとに?
潤:嘘だと思うなら免許証見る?
久山:いい、信じる。
潤:ね、おにーさんの名前はー?
久山:久山。
潤:下の名前は?
久山:言う必要ある?
潤:無いね、それもそっか。
久山:(M)
久山:一晩だけ良い人になろうと気まぐれで潤を家に連れ帰って、そんな俺に勘付いた彼女は悪戯っぽい顔をしていた。
久山:道中めんどくさくてほとんど何も話さない俺に、潤は当たり障りのないことを飽きもせずにずっと話し続けていた。
0:久山の家に入る。
潤:わっ、なにもない!
久山:ほとんど家空けてるからね。
潤:お仕事?
久山:うん、出張多いんだ。
潤:へー、ご飯は?
久山:だいたい買ってる。
潤:なにを?
久山:カップ麺とか。
潤:え~不健康~。
潤:アタシ作ってあげるからスーパー行こ。
潤:こう見えてご飯作れるんだよ。
久山:この時間から買い物とかめんどくさいんだけど……。
潤:い~から~。
潤:アタシ、カップ麺なんてやだよ~。
潤:行くよ!は~や~く~。
久山:はいはい。
0:少し間を空ける。
潤:どう?美味しい?
久山:普通。
潤:まずくなきゃい~や。
久山:……美味しいよ。
潤:そう?良かった。
潤:食べるって大事なんだよ。
久山:そうだね、俺が言うことじゃないけど。
潤:何も食べられなくなっちゃったら、なんか自分が人間として機能してないような気がしない?
久山:……確かに。
潤:ね、人間の三大欲求ってあるでしょ?
久山:食欲、性欲、睡眠欲?
潤:そうそう。
潤:もし仮に、その全部がなくなったらどうなると思う?
久山:さぁ……。
久山:とりあえず睡眠欲だけは、捨てたこと無いからなぁ。
潤:ある日突然ね、息の仕方を忘れちゃうの。
潤:自分がどうやって息をしていたのか、分からなくなるの。
久山:……。
潤:自分は本当に生きてるんだろうか?
潤:もしかしたら死んでるのかもしれない。
潤:そんな当たり前のことが、分かんなくなっちゃうんだよね。
久山:……そう。
潤:おにーさんも覚えてて。
潤:一回手放した物を取り戻すのは、簡単じゃないんだよって。
久山:生憎と俺は捨てた物に執着しないんだ。
潤:後ろは振り返らない主義?
久山:そう。
潤:いいね……羨ましいなぁ。
久山:なんで、
潤:あっ!!唐揚げ最後の一つ食べた!!
潤:狙ってたのにぃ!!
久山:お喋りに夢中になってる方が悪い。
潤:むぅ~~~。
久山:(M)
久山:俺のベッドの下にクッションを並べて、潤はそこで寝た。
久山:普通にベッドを使っていいと言ったけど、彼女が頑なに拒否したからだ。
久山:
久山:そうして夜が明ける頃、潤は俺の家から出て行った。
久山:
久山:あれは一晩の夢だったのだとそう思うようにして、俺はまた長期の出張に出た。
0:アイスを食べながら、久山を迎える。
潤:あ、おにーさんおかえり~。
潤:お疲れ様〜。
久山:なん、で……。
潤:あ、ごめんね?
潤:冷凍庫のアイス食べちゃった。
久山:違う、そこじゃない。
久山:なんでまたここに居るの?
潤:ん~なんとなく?
久山:鍵は?
潤:スペアキーあったから、ちょっと拝借して?
久山:それ普通に犯罪なんだけど。
潤:い~じゃん堅いこと言わないでよ~。
久山:(ため息)
久山:まぁいいやめんどくさい。
久山:ん?何このキャリーケース。
潤:あ、それアタシの。
久山:どっから持ってきたの?
潤:駅前のコインロッカーに入れてたの。
潤:中見る~?
潤:潤ちゃんの秘密が詰まってるよ~。
久山:いい、興味ない。
潤:酷いなぁ~。
潤:あ……それとさ。
久山:なに?
潤:なるべく物は増やさないようにしたんだけど。
潤:……食材とか調理器具とかはどうしても。
久山:あ、ほんとだ増えてる。
潤:ちゃんと自分のお金使ったからね!
久山:布団は?
潤:……へ?
久山:だから君の布団は?
久山:待って。
久山:まさかこの間みたいに、ベッド使わないで床で寝てたの?
潤:え、だって。
潤:ベッドはおにーさんのだから。
久山:別に使っていいのに。
久山:(ため息)
久山:……今から買いに行くよ。
久山:どうせ明日仕事休みだし。
潤:えぇ!い~よ。
潤:すぐに出て行くつもりだし。
久山:別に君専用とかじゃなくて、来客用に使うかもでしょ。
潤:でも女の人連れ込むなら、一緒に寝た方が確率上がんない?
久山:別に連れ込む女なんて居ません。
潤:それもそっか、今まで誰も来なかったし。
潤:あ、でも誰か連れ込むなら教えてよ?
潤:アタシその日はどっかで時間潰すから。
久山:居座る気満々ね。
久山:言質取りました。
潤:あっ……。
久山:別にいいよ。
久山:ほぼ寝に帰ってるだけだし。
久山:盗られて困る物置いてる訳でも無いしね。
潤:ん~……夜はどうするの?
久山:夜?あーそう言うこと?
潤:そう言うこと。
潤:相手しようか?家賃がわりにでも。
久山:いりません。
久山:家賃がわりにするなら、俺が居ない間の家の維持と、あとそうだなぁ最低限の家事。
久山:それさえやってくれればいいよ。
潤:もちろん、それはやるよ!
久山:じゃ、それで。
潤:おにーさんよくお人好しって言われない?
久山:……ノーコメント。
潤:ふふふ。
久山:(M)
久山:そうしてなんとなく始まった、歪な共同生活。
久山:暗黙の了解で詮索しないと決めたから、俺も潤もお互いのことを呼び方以外には何も知らなかった。
潤:おかえり~今回は帰って来るの早かったね。
久山:(M)
久山:誰かが待ってる家に帰るのも「ただいま」と言うのも久しぶり過ぎて、だからたぶんぎこちなくて、
久山:そんな俺を迎えた潤は、やっぱり悪戯っぽく笑っていたのだ。
0:夜中。
0:ベランダで煙草を吸う久山に声を掛ける。
潤:あれ、煙草吸うんだね。
久山:まーねぇ。
久山:ストレス社会で生きてますから。
潤:もしかして気にしてくれてたりした?
久山:何を?
潤:煙とか。
久山:……一応ね。
潤:い~のに。
潤:ね、何吸ってるの?銘柄は?
久山:セブンスター、11ミリ。
潤:うわっ強っっ。
潤:セッタだ、セッタ!
久山:若い娘がおじさんみたいな、言い方するんじゃありません。
潤:そう言う発言の方がおじさん臭いよ。
久山:おじさんだからね。
潤:嘘、おじさんじゃなくておにーさんだもん。
潤:アナタは不健康なおにーさん。
久山:大人は色々あるんです。
潤:煙草ねぇ…。
潤:ね、一本ちょうだい。
久山:だーめ、あげません。
潤:なんで~。
久山:お子様はラムネで我慢しときなさい。
潤:ココアのやつでしょ!
潤:アタシあれ好きだよ!
久山:ほらやっぱりお子様だ。
潤:成人はしてるもん!
久山:ははは。
潤:むぅ~~~。
久山:(M)
久山:いつ終わるかも分からない。
久山:あやふやで歪で、ぬるま湯みたいな奇妙な関係。
久山:
久山:それが変わったのは寒さで耳が痛くなる、そんな冬の晩だった。
0:掴まれた腕を振りほどこうと叫ぶ。
潤:離してっっ!やめてっってば!!
久山:……潤?
潤:……あっ。
久山:(M)
久山:ネオンが降り注ぐ街。
久山:
久山:所謂、そう言うホテルの前で中年の男と口論をしていた、
久山:
久山:潤を、俺は見付けてしまう。
0:一拍。
潤:……。
久山:売り、やってたの?
潤:……うん。
久山:いつから?
潤:……覚えてない。
久山:「アタシを買って」って言ったの、初めてだってのは?
潤:それは本当だよ!
潤:アタシ自分から言ったことないもん!
久山:そ。
久山:(ため息)
久山:煙草吸ってもいい?
潤:うん。
0:ベランダに出る久山を見ている。
潤:……ごめんなさい。
久山:なんで謝るの?
潤:だってほらアタシみたいに、汚い女が居座っちゃったから。
潤:騙したみたいにもなってるし。
久山:……汚くはないでしょ。
久山:騙したのは、まぁそうだけど。
潤:すぐにやめるつもりだったんだよ。
潤:おにーさんはアタシと違って綺麗だったし。
久山:そんなことないよ。
久山:大人はみんな汚い。
久山:汚くなるから大人なんだよ。
久山:俺だけ例外な訳ない。
潤:でも、おにーさんは綺麗だもん。
久山:……そう。
潤:ここはおにーさんの居場所で、早く出て行かなくちゃって思ってて。
潤:でも居心地よくて、もう少しだけもう少しだけって。
潤:そのまま、ずるずるって、居続けちゃって。
久山:帰って来たら居たのは、流石にびっくりしたな。
潤:ごめんなさい。
久山:別にいいって言ったでしょ。
久山:駄目ならとっくに追い出してるし、そもそも連れて来てない。
潤:……。
0:潤を一瞥してから夜空を見る。
久山:さむ。
潤:(小声)
潤:……っててね。
久山:ん?
潤:親が借金作っててね……。
潤:アタシがお金になるんだって、知ってからは……ずっとで。
0:煙草を消す。
久山:……。
潤:ある日知らない人が来てね、それで……。
潤:それからは……ほんとに覚えてなくて。
久山:うん。
潤:気が付いたら、これ以外の方法が分かんなくなってた。
久山:なんで逃げなかったの?
潤:……逃げるってどこに?
潤:誰に助けてって言えば良いの?
久山:……ごめん、無神経だったね。
潤:ううん違う、おにーさんは悪くない。
潤:選んだのはアタシだもん。
久山:……。
潤:アタシ太陽が出てる間は嫌いなんだ。
潤:だって、みんな、なんか、キラキラしてて。
潤:楽しそうでさ……羨ましくてさ。
潤:こうなりたいなぁって思って……。
潤:でもアタシこんな生き方しか知らなくて。
潤:
潤:普通ってなんだろうね。
潤:どうやったら幸せになれるのかなぁ。
潤:
潤:キラキラしてて……キラキラしててさ。
潤:あの中にどうすれば入れたのかなぁ。
潤:いいなぁ……。
潤:アタシ以外の女の子は……どうやって生きてるんだろう。
0:久山、潤を抱き締める。
久山:(被せる)
久山:言わなくていい。
久山:知らないなら、知らないでいいでしょ。
潤:……煙草臭いよ。
久山:今だけ我慢して。
潤:うん。
久山:(M)
久山:まるで吐き出すように言葉を紡いだのに、それでも声を上げて泣きはしない。
久山:
久山:そんな姿が何故か哀しくなって、柄にも無く抱き締めていた。
久山:
久山:そこで俺は初めて思ったよりも小さい潤に気が付いて、
久山:
久山:それから同じように、
久山:
久山:泣きたくて仕方がなかった。
0:一拍。
潤:……かたつむりってさ。
久山:ん?
潤:かたつむりっていいよね。
潤:どこに行っても、自分の居場所と一緒なんだよ。
久山:そうだね。
潤:アタシはアナタを居場所にしたかったけど、アナタの居場所にアタシはなれないからさ。
久山:そんなことないよ。
潤:……嘘でも嬉しい。
0:「嘘じゃない」と言おうとして言えずに黙る。
久山:……。
潤:あのね、
久山:なに?
潤:時々ね、
久山:うん。
潤:あのキャリーケースの中に入って、それでおにーさんと旅してみたいなぁって……思う時があるの。
久山:キャリーケースの中に入るの?
潤:そう。
久山:"潤"が?
潤:っっ……うん、そう。
久山:それで?
潤:それで、キャリーケースが開かれるのは、おにーさんの気が向いた時だけで。
久山:うん。
潤:だからアタシは、開く度に違う景色を見るんだけど。
潤:
潤:一番最初に見るのは、いつも同じ。
潤:……アナタを見てるんだ。
久山:かたつむり?
潤:そう、かたつむり。
久山:そうだね、それも面白そうだね。
久山:いつかやってみようか。
潤:本当?
久山:うん。
潤:嬉しいなぁ……嬉しい。
潤:……ねぇ。
久山:なに?
潤:アタシもうおしまいにしたいんだ。
久山:何を、おしまいにするの?
潤:分かんない。
潤:何かを終わりしたい。
久山:……。
潤:初めてはあげられないけど、一番最後ならあげられるよ。
久山:……誘ってる?
潤:アタシ一番最後に知るのはアナタがいいの。
久山:うーん……。
潤:難しい?
久山:……いや?ううん、別に。
久山:難しくないよ。
潤:……ありがと。
0:一拍。
久山:(M)
久山:潤は震えていた。
久山:時々小さく甘い嬌声を上げて、その度に俺は潤を抱き締めていた。
久山:
久山:「大丈夫?」と聞けば、涙を浮かべながら笑って頷く。
久山:
久山:幸せだった、何よりも。
久山:
久山:この瞬間を繋ぎ止めておく方法があるのなら、
久山:
久山:もう大人げなくなったっていい。
久山:
久山:そう、思ってしまうくらいには。
0:間。
0:起き上がった久山。
久山:……潤?
0:一拍。
久山:(M)
久山:明け方、目を覚ますと、潤はどこにも居なかった。
0:間。
潤:(M)
潤:立ち入り禁止のフェンスをよじ登って、コンクリートの淵に立つ。
潤:静かに波打つ水面は、定期的に大きな音を立てて放水した。
潤:
潤:深い深い水の底は、誰も知らない秘密もきっと沈んでいるから。
潤:
潤:一つくらい増えたってバレないだろう。
潤:
潤:出て行く前に手紙を書いた。
潤:読んでるか分かんないけど。
0:煙草をひと吸いしてむせる。
潤:げほっけほっ……あ~きっつぃ。
潤:ダメだなぁ、やっぱり。
潤:お子様だもんなぁ……。
0:一拍。
潤:(M)
潤:セブンスターの11ミリ。
潤:アナタを思い出して泣きそうになる時に吸うけど、やっぱり、上手く飲み込めないんだ。
0:ぼーっとしながら。
潤:……かたつむり。
0:間。
潤:(M)
潤:冷たい風に全身を押されて、
潤:私は静かに…………目を閉じた。
0:間。
テレビ:次のニュースです。
テレビ:今日未明■■ダムで、近隣の住民から「人のような物が浮かんでいる」と、警察に通報がありました。
テレビ:
テレビ:発見されたのは20代くらいの女性で、駆け付けた救急隊員によって、その場で死亡が確認されました。
テレビ:
テレビ:女性に目立った外傷や衣服の乱れはなく、警察は女性の身元を調べると共に…………。
潤:(M)
潤:生きている事が無意味だって、私は誰よりもよく知っている。
久山:ただいま、居る?
潤:あ、パパ~おかえり~。
久山:誰がパパだ、誰が。
潤:ノリ悪いなぁ。
0:一拍。
久山:(M)
久山:仕事帰りの俺が潤を拾ったのは、ちょうど半年前の事だった。
0:街灯が並ぶ道。
0:帰路についていた久山に話し掛ける。
潤:おにーさん。
久山:なに?
潤:アタシを一晩買わない?
久山:結構。
潤:えぇ~困ってるのにぃ。
久山:他当たって。
潤:だって漫喫に泊まるお金も無いし、この時期じゃん?
潤:公園で野宿はちょっとねぇ。
久山:(ため息)
久山:君みたいな子は他に居るんじゃないの?
潤:他って?
久山:それは……なんて言うんだろ。
久山:客とか?
潤:居ないよ?
潤:だって「アタシを買って」って、今初めて言ったもの。
久山:(ため息)
潤:あ、またため息ついた!ひど~。
久山:……一晩。
潤:ん?
久山:一晩なら家に置いてあげる。
潤:買うの?
久山:買いません。
久山:でもこの寒空の下に女の子一人置き去りにして、あっさり帰るほど俺は非情じゃないから。
潤:そっ。
潤:自分の偽善の為にアタシを利用するって、そんな解釈でいい?
久山:嫌な言い方するね……。
久山:まぁいいよ、間違ってないし。
潤:ふーん。
久山:別に来たくないなら来なくてもいいけど。
潤:おっけー行く。
潤:おにーさんの名前は?
潤:アタシの名前は潤で、年齢は〜
久山:(被せる)名前だけでいい。
潤:あらら~。
潤:じゃあ未成年じゃないって事だけは、伝えておくね?
久山:ほんとに?
潤:嘘だと思うなら免許証見る?
久山:いい、信じる。
潤:ね、おにーさんの名前はー?
久山:久山。
潤:下の名前は?
久山:言う必要ある?
潤:無いね、それもそっか。
久山:(M)
久山:一晩だけ良い人になろうと気まぐれで潤を家に連れ帰って、そんな俺に勘付いた彼女は悪戯っぽい顔をしていた。
久山:道中めんどくさくてほとんど何も話さない俺に、潤は当たり障りのないことを飽きもせずにずっと話し続けていた。
0:久山の家に入る。
潤:わっ、なにもない!
久山:ほとんど家空けてるからね。
潤:お仕事?
久山:うん、出張多いんだ。
潤:へー、ご飯は?
久山:だいたい買ってる。
潤:なにを?
久山:カップ麺とか。
潤:え~不健康~。
潤:アタシ作ってあげるからスーパー行こ。
潤:こう見えてご飯作れるんだよ。
久山:この時間から買い物とかめんどくさいんだけど……。
潤:い~から~。
潤:アタシ、カップ麺なんてやだよ~。
潤:行くよ!は~や~く~。
久山:はいはい。
0:少し間を空ける。
潤:どう?美味しい?
久山:普通。
潤:まずくなきゃい~や。
久山:……美味しいよ。
潤:そう?良かった。
潤:食べるって大事なんだよ。
久山:そうだね、俺が言うことじゃないけど。
潤:何も食べられなくなっちゃったら、なんか自分が人間として機能してないような気がしない?
久山:……確かに。
潤:ね、人間の三大欲求ってあるでしょ?
久山:食欲、性欲、睡眠欲?
潤:そうそう。
潤:もし仮に、その全部がなくなったらどうなると思う?
久山:さぁ……。
久山:とりあえず睡眠欲だけは、捨てたこと無いからなぁ。
潤:ある日突然ね、息の仕方を忘れちゃうの。
潤:自分がどうやって息をしていたのか、分からなくなるの。
久山:……。
潤:自分は本当に生きてるんだろうか?
潤:もしかしたら死んでるのかもしれない。
潤:そんな当たり前のことが、分かんなくなっちゃうんだよね。
久山:……そう。
潤:おにーさんも覚えてて。
潤:一回手放した物を取り戻すのは、簡単じゃないんだよって。
久山:生憎と俺は捨てた物に執着しないんだ。
潤:後ろは振り返らない主義?
久山:そう。
潤:いいね……羨ましいなぁ。
久山:なんで、
潤:あっ!!唐揚げ最後の一つ食べた!!
潤:狙ってたのにぃ!!
久山:お喋りに夢中になってる方が悪い。
潤:むぅ~~~。
久山:(M)
久山:俺のベッドの下にクッションを並べて、潤はそこで寝た。
久山:普通にベッドを使っていいと言ったけど、彼女が頑なに拒否したからだ。
久山:
久山:そうして夜が明ける頃、潤は俺の家から出て行った。
久山:
久山:あれは一晩の夢だったのだとそう思うようにして、俺はまた長期の出張に出た。
0:アイスを食べながら、久山を迎える。
潤:あ、おにーさんおかえり~。
潤:お疲れ様〜。
久山:なん、で……。
潤:あ、ごめんね?
潤:冷凍庫のアイス食べちゃった。
久山:違う、そこじゃない。
久山:なんでまたここに居るの?
潤:ん~なんとなく?
久山:鍵は?
潤:スペアキーあったから、ちょっと拝借して?
久山:それ普通に犯罪なんだけど。
潤:い~じゃん堅いこと言わないでよ~。
久山:(ため息)
久山:まぁいいやめんどくさい。
久山:ん?何このキャリーケース。
潤:あ、それアタシの。
久山:どっから持ってきたの?
潤:駅前のコインロッカーに入れてたの。
潤:中見る~?
潤:潤ちゃんの秘密が詰まってるよ~。
久山:いい、興味ない。
潤:酷いなぁ~。
潤:あ……それとさ。
久山:なに?
潤:なるべく物は増やさないようにしたんだけど。
潤:……食材とか調理器具とかはどうしても。
久山:あ、ほんとだ増えてる。
潤:ちゃんと自分のお金使ったからね!
久山:布団は?
潤:……へ?
久山:だから君の布団は?
久山:待って。
久山:まさかこの間みたいに、ベッド使わないで床で寝てたの?
潤:え、だって。
潤:ベッドはおにーさんのだから。
久山:別に使っていいのに。
久山:(ため息)
久山:……今から買いに行くよ。
久山:どうせ明日仕事休みだし。
潤:えぇ!い~よ。
潤:すぐに出て行くつもりだし。
久山:別に君専用とかじゃなくて、来客用に使うかもでしょ。
潤:でも女の人連れ込むなら、一緒に寝た方が確率上がんない?
久山:別に連れ込む女なんて居ません。
潤:それもそっか、今まで誰も来なかったし。
潤:あ、でも誰か連れ込むなら教えてよ?
潤:アタシその日はどっかで時間潰すから。
久山:居座る気満々ね。
久山:言質取りました。
潤:あっ……。
久山:別にいいよ。
久山:ほぼ寝に帰ってるだけだし。
久山:盗られて困る物置いてる訳でも無いしね。
潤:ん~……夜はどうするの?
久山:夜?あーそう言うこと?
潤:そう言うこと。
潤:相手しようか?家賃がわりにでも。
久山:いりません。
久山:家賃がわりにするなら、俺が居ない間の家の維持と、あとそうだなぁ最低限の家事。
久山:それさえやってくれればいいよ。
潤:もちろん、それはやるよ!
久山:じゃ、それで。
潤:おにーさんよくお人好しって言われない?
久山:……ノーコメント。
潤:ふふふ。
久山:(M)
久山:そうしてなんとなく始まった、歪な共同生活。
久山:暗黙の了解で詮索しないと決めたから、俺も潤もお互いのことを呼び方以外には何も知らなかった。
潤:おかえり~今回は帰って来るの早かったね。
久山:(M)
久山:誰かが待ってる家に帰るのも「ただいま」と言うのも久しぶり過ぎて、だからたぶんぎこちなくて、
久山:そんな俺を迎えた潤は、やっぱり悪戯っぽく笑っていたのだ。
0:夜中。
0:ベランダで煙草を吸う久山に声を掛ける。
潤:あれ、煙草吸うんだね。
久山:まーねぇ。
久山:ストレス社会で生きてますから。
潤:もしかして気にしてくれてたりした?
久山:何を?
潤:煙とか。
久山:……一応ね。
潤:い~のに。
潤:ね、何吸ってるの?銘柄は?
久山:セブンスター、11ミリ。
潤:うわっ強っっ。
潤:セッタだ、セッタ!
久山:若い娘がおじさんみたいな、言い方するんじゃありません。
潤:そう言う発言の方がおじさん臭いよ。
久山:おじさんだからね。
潤:嘘、おじさんじゃなくておにーさんだもん。
潤:アナタは不健康なおにーさん。
久山:大人は色々あるんです。
潤:煙草ねぇ…。
潤:ね、一本ちょうだい。
久山:だーめ、あげません。
潤:なんで~。
久山:お子様はラムネで我慢しときなさい。
潤:ココアのやつでしょ!
潤:アタシあれ好きだよ!
久山:ほらやっぱりお子様だ。
潤:成人はしてるもん!
久山:ははは。
潤:むぅ~~~。
久山:(M)
久山:いつ終わるかも分からない。
久山:あやふやで歪で、ぬるま湯みたいな奇妙な関係。
久山:
久山:それが変わったのは寒さで耳が痛くなる、そんな冬の晩だった。
0:掴まれた腕を振りほどこうと叫ぶ。
潤:離してっっ!やめてっってば!!
久山:……潤?
潤:……あっ。
久山:(M)
久山:ネオンが降り注ぐ街。
久山:
久山:所謂、そう言うホテルの前で中年の男と口論をしていた、
久山:
久山:潤を、俺は見付けてしまう。
0:一拍。
潤:……。
久山:売り、やってたの?
潤:……うん。
久山:いつから?
潤:……覚えてない。
久山:「アタシを買って」って言ったの、初めてだってのは?
潤:それは本当だよ!
潤:アタシ自分から言ったことないもん!
久山:そ。
久山:(ため息)
久山:煙草吸ってもいい?
潤:うん。
0:ベランダに出る久山を見ている。
潤:……ごめんなさい。
久山:なんで謝るの?
潤:だってほらアタシみたいに、汚い女が居座っちゃったから。
潤:騙したみたいにもなってるし。
久山:……汚くはないでしょ。
久山:騙したのは、まぁそうだけど。
潤:すぐにやめるつもりだったんだよ。
潤:おにーさんはアタシと違って綺麗だったし。
久山:そんなことないよ。
久山:大人はみんな汚い。
久山:汚くなるから大人なんだよ。
久山:俺だけ例外な訳ない。
潤:でも、おにーさんは綺麗だもん。
久山:……そう。
潤:ここはおにーさんの居場所で、早く出て行かなくちゃって思ってて。
潤:でも居心地よくて、もう少しだけもう少しだけって。
潤:そのまま、ずるずるって、居続けちゃって。
久山:帰って来たら居たのは、流石にびっくりしたな。
潤:ごめんなさい。
久山:別にいいって言ったでしょ。
久山:駄目ならとっくに追い出してるし、そもそも連れて来てない。
潤:……。
0:潤を一瞥してから夜空を見る。
久山:さむ。
潤:(小声)
潤:……っててね。
久山:ん?
潤:親が借金作っててね……。
潤:アタシがお金になるんだって、知ってからは……ずっとで。
0:煙草を消す。
久山:……。
潤:ある日知らない人が来てね、それで……。
潤:それからは……ほんとに覚えてなくて。
久山:うん。
潤:気が付いたら、これ以外の方法が分かんなくなってた。
久山:なんで逃げなかったの?
潤:……逃げるってどこに?
潤:誰に助けてって言えば良いの?
久山:……ごめん、無神経だったね。
潤:ううん違う、おにーさんは悪くない。
潤:選んだのはアタシだもん。
久山:……。
潤:アタシ太陽が出てる間は嫌いなんだ。
潤:だって、みんな、なんか、キラキラしてて。
潤:楽しそうでさ……羨ましくてさ。
潤:こうなりたいなぁって思って……。
潤:でもアタシこんな生き方しか知らなくて。
潤:
潤:普通ってなんだろうね。
潤:どうやったら幸せになれるのかなぁ。
潤:
潤:キラキラしてて……キラキラしててさ。
潤:あの中にどうすれば入れたのかなぁ。
潤:いいなぁ……。
潤:アタシ以外の女の子は……どうやって生きてるんだろう。
0:久山、潤を抱き締める。
久山:(被せる)
久山:言わなくていい。
久山:知らないなら、知らないでいいでしょ。
潤:……煙草臭いよ。
久山:今だけ我慢して。
潤:うん。
久山:(M)
久山:まるで吐き出すように言葉を紡いだのに、それでも声を上げて泣きはしない。
久山:
久山:そんな姿が何故か哀しくなって、柄にも無く抱き締めていた。
久山:
久山:そこで俺は初めて思ったよりも小さい潤に気が付いて、
久山:
久山:それから同じように、
久山:
久山:泣きたくて仕方がなかった。
0:一拍。
潤:……かたつむりってさ。
久山:ん?
潤:かたつむりっていいよね。
潤:どこに行っても、自分の居場所と一緒なんだよ。
久山:そうだね。
潤:アタシはアナタを居場所にしたかったけど、アナタの居場所にアタシはなれないからさ。
久山:そんなことないよ。
潤:……嘘でも嬉しい。
0:「嘘じゃない」と言おうとして言えずに黙る。
久山:……。
潤:あのね、
久山:なに?
潤:時々ね、
久山:うん。
潤:あのキャリーケースの中に入って、それでおにーさんと旅してみたいなぁって……思う時があるの。
久山:キャリーケースの中に入るの?
潤:そう。
久山:"潤"が?
潤:っっ……うん、そう。
久山:それで?
潤:それで、キャリーケースが開かれるのは、おにーさんの気が向いた時だけで。
久山:うん。
潤:だからアタシは、開く度に違う景色を見るんだけど。
潤:
潤:一番最初に見るのは、いつも同じ。
潤:……アナタを見てるんだ。
久山:かたつむり?
潤:そう、かたつむり。
久山:そうだね、それも面白そうだね。
久山:いつかやってみようか。
潤:本当?
久山:うん。
潤:嬉しいなぁ……嬉しい。
潤:……ねぇ。
久山:なに?
潤:アタシもうおしまいにしたいんだ。
久山:何を、おしまいにするの?
潤:分かんない。
潤:何かを終わりしたい。
久山:……。
潤:初めてはあげられないけど、一番最後ならあげられるよ。
久山:……誘ってる?
潤:アタシ一番最後に知るのはアナタがいいの。
久山:うーん……。
潤:難しい?
久山:……いや?ううん、別に。
久山:難しくないよ。
潤:……ありがと。
0:一拍。
久山:(M)
久山:潤は震えていた。
久山:時々小さく甘い嬌声を上げて、その度に俺は潤を抱き締めていた。
久山:
久山:「大丈夫?」と聞けば、涙を浮かべながら笑って頷く。
久山:
久山:幸せだった、何よりも。
久山:
久山:この瞬間を繋ぎ止めておく方法があるのなら、
久山:
久山:もう大人げなくなったっていい。
久山:
久山:そう、思ってしまうくらいには。
0:間。
0:起き上がった久山。
久山:……潤?
0:一拍。
久山:(M)
久山:明け方、目を覚ますと、潤はどこにも居なかった。
0:間。
潤:(M)
潤:立ち入り禁止のフェンスをよじ登って、コンクリートの淵に立つ。
潤:静かに波打つ水面は、定期的に大きな音を立てて放水した。
潤:
潤:深い深い水の底は、誰も知らない秘密もきっと沈んでいるから。
潤:
潤:一つくらい増えたってバレないだろう。
潤:
潤:出て行く前に手紙を書いた。
潤:読んでるか分かんないけど。
0:煙草をひと吸いしてむせる。
潤:げほっけほっ……あ~きっつぃ。
潤:ダメだなぁ、やっぱり。
潤:お子様だもんなぁ……。
0:一拍。
潤:(M)
潤:セブンスターの11ミリ。
潤:アナタを思い出して泣きそうになる時に吸うけど、やっぱり、上手く飲み込めないんだ。
0:ぼーっとしながら。
潤:……かたつむり。
0:間。
潤:(M)
潤:冷たい風に全身を押されて、
潤:私は静かに…………目を閉じた。
0:間。
テレビ:次のニュースです。
テレビ:今日未明■■ダムで、近隣の住民から「人のような物が浮かんでいる」と、警察に通報がありました。
テレビ:
テレビ:発見されたのは20代くらいの女性で、駆け付けた救急隊員によって、その場で死亡が確認されました。
テレビ:
テレビ:女性に目立った外傷や衣服の乱れはなく、警察は女性の身元を調べると共に…………。