台本概要
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タイトル | 河童の川ながれ |
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作者名 | 雨宮水ノ |
ジャンル | ミステリー |
演者人数 | 4人用台本(男1、女2、不問1) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
河童の川ながれ 明治後期。この世の妖を探すため全国を旅する一人の謎の青年がいた。青年の泊った宿の元に、旧知の者から助けを求めた文が届けられる。 「子供がいなくなりました。周りは神隠しなどというのです。どうか、真意を見定めてください」 村の変人”奥さん”と呼ばれる女性は実の子供のほかに数名の拾い子を抱えた大家族の長である。文をもらった青年は、三日かけてその村にたどり着いた。 __これは、縁で結ばれた家族による、赦しと、愛の物語 (内容を壊さない程度のアドリブ、改変は大丈夫です。基本的に読み手の自由に任せます) (本作の登場人物の性別や口調は”母”などの役職上の性別の固定がない限り自由とします) この場を借りて、ネタ提供くださいました「夕顔」様に最大の感謝を。 これがなければできていない台本でした。ありがとうございました。 ミステリー/妖怪/雨宮水ノ 101 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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行李さん | 男 | 144 | 広い笠をかぶって行李さんを背負い、なにを売るわけでもなく全国を旅している変人。名を名乗らず、その独特な口調はまた別の変人を呼び寄せている。本人は随分落ち着いた性格で、リアリストであり神や怪異などのたぐいは全く信じていない。 |
正一 | 不問 | 66 | 奥さんの子供。この村でできた親友であり兄弟であった清太を失くしてしまい、傷心している。 |
千依 | 女 | 69 | 奥さんの子供。ワガママで甘えん坊。奥さんの子供の中で一番歳が若く、故にマセている。村の人全員と友達だと自負しており、噂話に詳しい。 |
奥さん | 女 | 49 | 子供たちの母。流れ者の彼女はこの村に定住している、孤児を家族として向かえる変わり者である。行李さんとは古くからの付き合いであるようだ。旦那の所在は不明。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
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千依:おじちゃんだあれ? ここでなにしてるの?
行李さん:……サア
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正一:河童の川ながれ(タイトルコール)
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千依:どうしてー!? どうしてチヨに教えてくれないの!?
行李さん:ヤタラ自分のことを語るものではない。それに、人っつうのは、すこぅし、黙っているくらいが利口で都合もいいんだ
千依:どうして? チヨわかんないよ
行李さん:まだ7つもいかない童ならばそりゃわからないわナ
千依:むう……。
千依:おじちゃん、さっきからお魚釣りをしてるけどね、最近この川でお魚は釣れないんだよ。川にね、河童が住んだから
行李さん:……そうなのか
千依:うん。知らないの?
行李さん:ああ
千依:フウン。……この川に住んでる人はみぃんな知ってるんだよ。やっぱりおじちゃん、よそものでしょ。どこからきたの?
行李さん:サテ、一体どこだろうか
千依:それも内緒?
行李さん:どうしようかな。黙ってたほうが面白そうだ
千依:おじちゃんのイジわる
行李さん:人っつうのは、ちょぉっと、イジが悪いくらいが魅力的なんだ。これはわかるな?
千依:……
0:千依はそれくらいはわかった。しかしそれを素直に伝えるにはすこしマセすぎていた。
千依:チヨ、もう行くね。じゃあねおじちゃん
行李さん:アイ、さよなら
0:二人の様子を離れたところから眺めている子供がいた。正一である。正一が立ち止まっているのを奥は見つけて話をかけた。
奥さん:あら、ショウちゃん。どうかしたの?
正一:ア、おかあちゃん。あの、あそこに知らない人がいる
奥さん:知らない人? アラ……坊じゃない
正一:ボウ?
奥さん:そうよ。坊、ボウ!
0:奥さんは行李さんを呼んだ。行李さんは見知った声を聞いて振り返る。
行李さん:アラ、奥さん
奥さん:坊。なぁんだ、もう来ていたの。気にしないでうちにすぐ来てくれればよかったのに
行李さん:ヤ、好きでしていることだからサ。気にしないでください。
奥さん:そう。……釣りをしているの? でも残念。ここじゃ釣りはできないわよ
行李さん:フウン。どうして
奥さん:サア?
行李さん:「サア」、ね
正一:おかあちゃん、この人……
奥さん:ああショウちゃん。この人ね。ほら前にも話したでしょ。うちに呼ぶって。東京に文を出すからってお使いにいったでしょう。その人よ
正一:へえ、エエ、なるほど、だから変な服着てるんだ。ボタンっつうやつがついてるんだろそれ。それに近くにあるでけえ風呂敷はなんだ? それ背負うのか? 重くねえ?
行李さん:ウン、ウン、そうだね
正一:教えてくんねーの?
行李さん:サテ、どうしようかな
奥さん:フフ、この人はね、旅をしているのよ
行李さん:……
奥さん:名前は、ナイショでしょ?
正一:ゲエ
行李さん:好きに呼べばいい。坊でも、名無しでも、風呂敷とでも。ああ、「お笠(かさ)さん」と呼んだ人もいるな。私が笠をかぶっていたから
正一:へ、変な奴……。そうかよ、じゃあ、次会うときまでに考えとくよ
行李さん:そりゃ良いナ
奥さん:でもそうか、そうねえ。坊、もうついちゃったのねえ。ご飯の支度をしなくちゃね。まっていてね。ア、今日は泊っていくでしょう? みんなに話しておかなくちゃ……
行李さん:奥さん、とまりは結構ですよ。また子供を拾ったんでしょう。そりゃあ、泊って手伝ってやりてーのは山々だがナ、食いぶちを潰すのは本望じゃねーんだ。宿をとっているから気にせンでくれ
奥さん:お宿? でもこのあたりでとれる宿はちょっと遠いですよ。あんなところをとったんですか
行李さん:なに、さまつな距離ヨ
奥さん:アラアラ……
奥さん:マア、いいわ。ともかく、このあとうちへ寄ってくださいね。場所はわかるでしょう。前と変わっていないですから。迷ったら近くの人にでも聞いてください。
奥さん:ショウイチ。おかあちゃん、もう行きますからね
正一:ハアイ
0:奥さんは離れた。正一はじっと行李さんを見つめているが、行李さんは自身の釣りに戻った。釣りをするより、川をみることに熱中している。
行李さん:そういえば最近は、夏なのに随分と冷えているなあ。まるでもう紅葉が降ってくるような秋びよりだ
正一:そうだなぁ、確かに最近寒いなあ
行李さん:それに随分不気味だ。蝉の声もしないし、川には魚もいない。アリは……いるようだが、なんだろうなあ。本当に、夏じゃないみたいだ
正一:……
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行李さん:……それで、私になにか話したいことでもあるのかい
正一:……おじさん、なんでここにきたんだ?
行李さん:……ハア、この村の子供はどうして、私を年寄り呼ばわりするんだろうね。これでも、書生であってもおかしくない歳だがネ
正一:「この村の子供」?
行李さん:さっきも子供に絡まれた。このくらいの背の女だ。落ち着かない子だった。すこし話したらどっかへいったよ
正一:フウン。で?
行李さん:……この村に来た理由は奥さんひとつしかない。この村に起きていることを解明してほしいという、彼女からの相談だ。
行李さん:手紙をもらって3日、私は歩いてここに来たがネ。特段おかしなこともなかろ。川が綺麗で、都会らしくもなく古すぎもしない村じゃないか。こんなに綺麗な川なのに魚が釣れないのは惜しいネ。釣りをする前に村を軽く散歩もしたが、悪いこともない。なんなら浅草のほうがまだ悪いような。ごく普通の村だ。
行李さん:なのに奥は、私に助けを求めた。【よりによってこの私だ】。この村で一体、なにが起きている?
正一:……河童だよ
行李さん:カッパ?
正一:そう、河童。みんないうんだ。「河童が川に来た」
行李さん:みんな……
正一:みんなは皆だよ。村の大人。それに子供。川沿いにある別の村の人。みんなだ。
正一:知ってるだろうけど、この川から魚が釣れなくなったんだ。魚の影すら全く無くなっちまった。それだけじゃない。川から音がするようになったんだ。【ボチャンという、人っ子くらいの大きい物が落ちる音】だ。それで、実際子供が消えた
行李さん:……それは、いくつだ
正一:ひとりだよ。……セイタだ。うちの兄貴の
行李さん:セイタ……
正一:そう。なに、知りあい?
行李さん:いや、ああ、そうか……
正一:?
行李さん:……すこし納得した。そうか、だから私なんだな
正一:なんだよ
行李さん:いや、ウウン。これはまたいつか話してやろう。今じゃないな
正一:ゲエ
行李さん:それよりまだいかないのか? やることがあるんだろ。私も一段落をしたら向かうから気にしないでくれ
正一:フウン。でもまっすぐうちにこれンのか? ニイちゃん、ここ最近この村にきたことねーだろ。少なくとも俺が村にきたここ3年は、ニイちゃんにあったことねーな
行李さん:いい。この村は幸いそこまで広くもないしな。夜までにいければよかろ
正一:……ヤ、まつよ。俺が案内するわ
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0:***
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行李さん:この村も数年でいろいろ変わったんだなあ
正一:まあねえ。時代ってやつ?
行李さん:フウン。……おお、そうだ。ここココ
正一:ソソ。ただいまぁ
千依:おかえりショウちゃん! ……ア
行李さん:オ
正一:?
千依:さっきあったおじちゃんだ
正一:こらチヨ。この人はおじちゃんじゃないぞ
千依:エー、でも……
行李さん:アー、どうも。さっきぶりだね、チヨさん
千依:うん。さっきぶり
正一:アー、チヨもこの人の名前知らないんだ
千依:うん。教えてくれなかったの。酷いよねえ
正一:エ、でもニイちゃんさっき自由に名前呼んでいいって言ってたぞ。チヨ、俺と一緒にニイちゃんの名前きめよーぜ
千依:ほんと!? 私決めたい! 楽しそう!
正一:変な名前にしてやろ
千依:エーやだよ。かわいそうだよう
0:二人は家の奥に去っていく。二人の声以外にも、家じゅうに子供の声は響いていた。行李は、それに気づく。
奥さん:もうあんなに仲良くなったんですね。さすがです
行李さん:仲良くなったんだろうか……
奥さん:フフ、だって、あの子たちがあんなに楽しそうだもの。もう仲良しよ。……よかったわ
行李さん:そうですね
奥さん:……ショウイチから、何か話は聞きましたか
行李さん:エエ。川の異音と、それからセイタ君のことをすこし。それからカッパとやらを……
奥さん:坊はどうみていますか
行李さん:……実際みていたわけではないのでネ。私からはっきりとは申し上げられない。ただのよそもんだ。マア、河童、ねえ。ありえなくもない、のだろうか
奥さん:そうかしら。だって、子供が【一人しかいなくなっていない】のよ
行李さん:そう。これではまるでただの事故。だから断言ができない。現状じゃ魚がいなくなったのも、川の異音がするのも説明がまったくできない。
行李さん:とりあえず、また明日から川の様子を見たい。しばらくここにいることにします
奥さん:……助かります
行李さん:イヤなに、それはこちらのセリフです。妖(あやかし)の話が聞けるなんてとんだ僥倖(ぎょうこう)。助かります
奥さん:そうでしたね。
奥さん:……まだ、やっているのですか?
行李さん:というと?
奥さん:「妖(あやかし)紀行」に決まっているじゃないですか。紙は埋まりましたか?
行李さん:いいえ。まったく
奥さん:アラ、ではあの一枚きりなんですね
行李さん:エエ。……今回の事件、少し期待をしているんです
奥さん:そうですか
行李さん:今夜は寝られなさそうだ
奥さん:ホホ。そうですかそうですか。
奥さん:では坊。せっかくきてもらってなんですが、ちょっと家事のお手伝いを頼んでもよいですか? ちょっとだけ、人手がなくて
行李さん:それくらい、どうってことないです。遠慮なく頼んでください
奥さん:エエ
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千依:おニイちゃーん! おニイちゃーん!
奥さん:こらヨゥちゃん。走らないの
行李さん:私ですか
千依:そうだよおニイちゃん。お名前きまったの。聞いてね
正一:おニイちゃん。今日から「行李(こうり)さん」ね
行李さん:コウリ? 行李さんっていうとその……
奥さん:アラ、あのおイナリさんが作ってくれた変な行李のこと?
千依:そうだよ! なんだか大事にしてそうみたいだったから
行李さん:……触ったのか?
正一:さ、触ってねーよ! 触ってねえ! なチヨ!
千依:そ、そうだよ。チヨたち触ってないもん……
行李さん:……
奥さん:人の荷物は勝手に触っちゃダメですからね。ましてやお客人のなんて……
千依:さ、触ってない! 触ってないもん!
行李さん:ハイハイ、触ってない。触ってない、ネ
奥さん:……ほら二人とも、おうちのお手伝いしてね。ほかの子たちもそろそろ帰ってくるでしょうから、お夕飯の支度とかなさい。宿題はきちんとしたの? ほらもう、遊んでばかりいないでね
正一:ハーイ
千依:ハーイおかあちゃん。
千依:……行李さんは、しばらくここにいる?
行李さん:……マア、いるわナ。しかし寝るところは別だ。私は宿をとっているからネ。暗くなりすぎないうちに宿に帰るよ
千依:そっかぁ……。明日も、くる?
行李さん:アア、来る
千依:……うん。わかった
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奥さん:やっぱり打ち解けてるんじゃないですか。さすが「コウリさん」
行李さん:奥さんまで……
奥さん:そうだ、明日私はお昼から河上のほうにある村へ用事をしにいくから、ここのこと、よろしくお願いします
行李さん:用事ですか
奥さん:その村には水神様のお社があるんです。贔屓にしてくれているその村方面からきたお嬢さんが、村の言い伝えを教えてくれて。……
奥さん:どうやら、その村では水神様とその童子様のお話が昔からあるようなんです
行李さん:河童か
奥さん:そうです。河童は、水神様の童子。どうやら今回の事件を河童と結びつけたお嬢さんが、その被害者の親である私に提案をしてくれたんです。「水神様とお話をしましょう」と。他にも河童や水神様のお話を村の人から聞いてくるべきだ、と
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正一:やりィ! みたかセイタ、向こうまで石が跳ねたぜ!
正一:見てねえの!? バカいうなよちゃんと見てただろうが!! なんだ? ウソをつくのはこの顔か? 水でもくらえ!!
正一:ハハハ! これで、この勝負は俺の勝ちだな
正一:なあ知ってるかセイタ、川べりには砂金が出てくるんだってさ。ちょっと探してみないか?
正一:金子ためて、家をでかくしてェんだ。おかあちゃんも喜ぶし、きっとあの人だって、うちに帰ってくる
正一:セイタはもし、金持ちになったらどうするんだ?
正一:ブハ! セイタらしいな!! ほんとに悪いやつだ、おまえは!
正一:セイタ?
正一:……
正一:先に、帰ったのか? セイタ
正一:アハハ、ほんとに悪いやつだ、おまえは
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千依:行李さん? また川でなにしているの?
行李さん:ンン? なにしているだろうナ
千依:これなあに?
行李さん:なんだろうナア
千依:ムウ
行李さん:そうむくれるな
千依:だって行李さん、ずっとイジワルなんだもん
行李さん:そうかそうか
千依:で、なにしてるの?
行李さん:ン~?
0:行李はまた千依の言葉を無視して作業をするかのように見えた。彼はその風呂敷をひろげるとひとつづつ指をさし説明をしてやった。
行李さん:まずこの水はな、特殊な水で、ある成分と反応して色が変化するものだ。これをいくつか用意して、この川の水質を調査する。あとで下流、上流の水質も見たい。普段は釣れたはずの魚がとたんに釣れなくなったのは、付近で急に水の水質か温度が変化したかも知れないからだ。
行李さん:それと、川をたどって上のほうにも異変がないか見なければならない。川は上から下へ流れるもの。川全体に異変があるなら、問題は上流、あるいはその付け根になる。
行李さん:川付近に生息する草木にも変なものがないか見る必要があるな。外来種という、本来日本にはないはずの草木や魚を野に放てば、いままで均衡をたもっていた生態系に異変が起こる。……マア、まったく魚が釣れないような異変が起きるとは思わないが、私は”こういうの”には管轄(かんかつ)外なんだ。塵も積もって山となるもの。もしかしたら、それが原因かもしれない。
行李さん:……死人が出ているんだ。それに、誰でもない奥さんの頼み。原因がわかるまでやるつもりだ
千依:……?
行李さん:難しかったかな
千依:ううん。行李さんが沢山いろんなことをするのはわかった。行李さんってすごいひとなんだねぇ
行李さん:ハハ、そうだな
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千依:ファ……(欠伸をする)
行李さん:チヨは、今日は遊びにはいかないのか?
千依:うん。今日はチヨはひとりなの。だから行李さんと一緒にいる
行李さん:そうかそうか。ならば、すこぅし、調査に協力してくれないか?
千依:チョウサ?
行李さん:そうだ。調査。簡単だよ。私が質問をするから、それに嘘をつかないで答えるだけ。暇つぶしにもなるし、楽しいかもネ
千依:……うん。いいよ。チョウサ、答えてあげる
行李さん:ありがとう。それじゃあ、一つ目。
行李さん:ここ最近、この村で川以外に変わったことはなかったかな?
千依:うーん……
行李さん:?
千依:……お兄ちゃんがいなくなったことかな
行李さん:お兄ちゃん?
千依:セイタ、おにいちゃん
行李さん:うんうん
千依:チヨと遊んでくれるって、約束だったの。大きい町に、一緒に来てくれるって。あの日、お兄ちゃん用事があるって言ってたから、チヨ、村のはずれでちょっと待ってたの
行李さん:村のはずれ?
千依:うん。川の反対側の……
行李さん:うんうん
千依:夕方までまっても来てくれなかったから、チヨ、帰ったの。そしたら、セイタ、いなくなっちゃったって
行李さん:そうかそうか。……かなしいな
千依:うん
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千依:セイタ、どこいっちゃったんだろう
行李さん:セイタくんのことは好きだった?
千依:うん。やさしいお兄ちゃんなの。でもちょっとイジワル。ショウちゃんほどじゃないけど
行李さん:ショウちゃんは好き?
千依:うん。ショウちゃんは大好き
行李さん:そうかそうか。他に、大事な人はいる?
千依:いるよ! チヨね、兄弟が沢山いるの。エリコも好き。ユウくんも好き。ハルもすき。あとね、チヨ、お友達も沢山いるの! 学校も楽しいの! あと近くに住んでいるおじちゃんでしょぉ、あとあと、いつもおつかい行くときにオマケをしてくれるおねえちゃんも好き!
行李さん:そうかそうか。みんな大好きなんだな
千依:あとおかあちゃんも好き!
行李さん:おかあちゃんね
行李さん:それじゃあ、大好きなみんなが最近困ってることとか、ないかな
千依:困ってること? うーん、あるかなぁ。……
行李さん:そうだ、セイタくんには仲いい人、いたかな。チヨさん、わかる?
千依:セイタ? うーん。セイタ、お友達多かったよ。でも、一番仲良しなのはショウちゃんだった
行李さん:へえ
千依:ずっと一緒だったんだよ
行李さん:そりゃなかよしだな。じゃあ、セイタくんと約束した日、ショウちゃんがどこにいたかは知ってるかな?
千依:……おうち、だったかな
行李さん:そうか、そうか
行李さん:そういえば、川から変な音がするのは本当?
千依:変な音?
行李さん:岩が落ちたみたいな音とか、なんでもいい
千依:んー。みんなは音がするっていうけど、チヨは聞いたことない
行李さん:そうなんだね。
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行李さん:もうこんな時間だ。私もそろそろ移動しようかな
千依:行李さん行っちゃうの? まって、チヨもいく。まって、まって!
行李さん:チヨさんもついてくるの? でも沢山歩くよ
千依:うん。だいじょうぶ、
0:バザンと、川から大きいものが落ちる音がした
行李さん:チヨさん?
0:行李さんは振り向く、しかしそこに千依はいない。咄嗟に行李さんは”千依が川へ落ちた”という想像が思い浮かんだ。そして事実、千依は川に落ちてしまっている。
行李さん:クソッ
0:行李さん、川に飛び込む
千依:お、おにい、ちゃ……
行李さん:チヨさん! 私の腕に捕まって! すぐ岸へあがろう
千依:ハア! ハア! た、助けて! たすけて!!
千依:(助けて欲しくて必死になってもがいている)
行李さん:チヨさん捕まって! こっちにくるんだ! チヨ!!
千依:ゼイ、ゼイ、ヒュー……
行李さん:水を飲んだな。ある程度吐き出させる。少し辛いがもう少し辛抱してくれ
千依:こ、コウリさん、チヨ、チヨね……
千依:(息が整わない。人の声も聞こえないほどパニックになっている。伝えたいことがあるようだ)
行李さん:チヨさん、平気か、チヨさん。私の声が聞こえるか? チヨさん
千依:川のそこにね。セイタがいたの。チヨの足を掴んだんだよ。だからチヨ、あがれなくて……
行李さん:セイタだと?
千依:お顔をしわしわにして、色がなくなったセイタが、川のそこに……
行李さん:……チヨさん? チヨさん
0:千依はやがて意識がなくなり、眠ってしまった
行李さん:……川の底に、セイタくんが?
行李さん:本当に川の底にいるなら、話が変わってくる
行李さん:……もう一度、川に潜るぞ
0:行李さんは着ていた笠と羽織を脱ぎ捨てそれを千依に被せると、川へ飛び込んだ
0:通りかかった正一が飛び込んだ行李さんを見かける。彼は、「行李さんが川に落ちた」と勘違いをした
正一:行李さん!? 行李さん!! まって!! 【いかないで】!!
正一:行李さん!! 行李さん……。
正一:……チヨ? チヨ!! 生きてるか、チヨ!!
正一:どうして、こんなに、【冷たいんだ】
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千依:チヨ、もっとショウちゃんと仲良くなりたかった
千依:セイタ以外のみんなとも仲良くなりたかった
千依:夜に暑くて目が覚めた時にね、ショウちゃんとおかあちゃんがお話をしていたの
千依:ショウちゃんが泣いていたの
千依:ひとりぼっちだって、泣いてたの
千依:おかあちゃんが言ったの
千依:血がつながってなくても、私たちは家族なんだって
千依:チヨ、知らなかった
千依:ショウちゃんは本当のおにいちゃんじゃないんだって
千依:チヨの本当のおにいちゃんは、セイタしか、いないんだって
千依:チヨのおかあちゃんは、みんなのおかあちゃんだけど、みんなとチが繋がってないんだって
千依:おかあちゃんは、親がいないみんなを拾ったんだって
千依:ショウちゃんは泣いてたの
千依:おかあちゃんに申し訳ないんだって
千依:拾ってくれたおかあちゃんのことを、家族だって、きちんと言いたいんだって
千依:おかあちゃんは、ショウちゃんをぎゅーっと、抱きしめてた
千依:だからチヨもそこにいって、一緒に抱きしめた
千依:チヨも、みんなと家族になりたい
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0:女性のすすり泣く声が聞こえる。奥さんの泣いている声だった。
奥さん:河童だったんだわ。きっとそう。そうでなくちゃ、なんなの
行李さん:そんなわけない。そんな非現実的なもの、存在しない
奥さん:だって、村の人が言ってたもの。セイタがいなくなる前に、森で騒ぐ声がしたって。あれは、山から川へ移動する河童の声だって
行李さん:おく、
奥さん:いや、嫌よ。でなきゃ、この感情を誰にぶつければいいの……
行李さん:……
0:重い沈黙。
行李さん:もう休んでください。いろいろあって、疲れたでしょう。奥さんほどの人であっても、結局人の子。食べて、休むべきだ
奥さん:そう、そうね。でも、もう少し、ここにいさせて。坊も、ここにいて
行李さん:……。
行李さん:あの人にも、いてくれれば
奥さん:無理よ。だっていまどこにいるかもわからないもの。手紙だって、出しようもないのに。それに、どうやって言うの
奥さん:セイタが、川に溺れて死んだって
千依:……。
行李さん:チヨさん?
千依:……(千依、泣き出す)
0:それから、爆発したように千依が泣き出した。溜めていたものが全て爆発したのだ。
千依:チヨが、チヨが遊びにいこうなんていったから、死んじゃったんだ。
千依:チヨが町にいこうなんて、言わなきゃよかった。
千依:チヨが、チヨが、
奥さん:ヨゥちゃん。チヨちゃん。アアだめよ、おチヨ、泣かないで、泣かないで
行李さん:これは誰のせいでもない。誰のせいでもないんだよ
行李さん:本当に、誰のせいでもないんだよ
奥さん:坊? どこへ
行李さん:チヨも起きた。私はすこし、やることがある
奥さん:坊、ボウ
行李さん:姉さん、許してくれ
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正一:ボチャンと、川にものが落ちた音。
正一:二度と聞きたくない、その水の音が。
正一:怖い。
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行李さん:ショウイチ、ショウイチくんはいるか
正一:……なんだよ
行李さん:聞きたいことがいくつかあってネ。ここで知った仲なんてあまりいないから
正一:おかあちゃんにきけよ。それか、別の兄弟でも、だれでも
行李さん:……。いや、私は、ショウイチくんにこそ、聞きたい
正一:……
行李さん:川の周りにはあまり立ち入らないように言われていたハズだ。チヨさんは「川に近づいてはいけない」と私に言わなかったが、それは私が大人で、母である奥に信頼された人だったからだ。でも心配だったから、私が川にいるのを見かけたらいつも近寄って話かけた。違いがわかるかい? 私が心配だから話をかけるんだ。【子供は危ないから川に近寄ってはいけない】。証拠に、私はこれまでたった一度もチヨさんが最初から川辺にいたことをみたことがない。
行李さん:……あるんだね? そういう「いいつけ」が
正一:……だからなんだ
行李さん:ここの村の子供は数えるほどしかいない。おそらく皆それを守っていたのだろ。ただ数名だけその言いつけを破り、川べりで遊んだのだ。ヤンチャ盛りの男児ならば、【バレなきゃいい】とでも思ったんじゃないか。ある暑い日のときに、川がもたらす清涼をもとめて、川で遊んだ。
正一:……
行李さん:ショウイチくん、正直に、答えてほしい。
行李さん:ショウイチくんとセイタくんは、最期二人であの場所に、遊んだことがあるね?
正一:……
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正一:特別暑い日だった。
正一:今日は川で遊びたくて、二人で川に入って遊んでた。
正一:水飛び石を川へ投げたり、砂金がないか探したりした。
正一:あいつは性格が悪いから、途中でなんどもちょっかいをかけられて、何度も俺は怒った。
正一:川から、ボチャンと音がした。
正一:でかい雲が山みたいにどこまでも伸びていて、青い空が焼け付いた川が、太陽でキラキラ光ってるんだ。
正一:草や木がぬるい風に揺れて、それにのって子供の笑い声が川向うまで響いていたんだ。
正一:気づいたら、清太がいなかった。
正一:先に帰ったと思ったんだ。
正一:あいつ、性格わるいからさ。
正一:先に走って川から離れて、でかい石を落としてからかってるんだと思ったんだ。
正一:だから俺は、また怒りながら笑って、家に帰ったんだ。
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正一:帰ってきちまったんだ……。オ、オレ、【先に帰ったのかな】って思って……。つ、次の日、おかあちゃんから「セイタが帰ってこない」って聞いて……。俺、【人を殺しちゃったんだ、セイタを殺しちまったんだ】って、思ったんだ……
行李さん:……
正一:ごめんなさい……ごめんなさい……ほんとうにごめんなさい……
正一:【ほんとうに悪い奴は、俺だった】んだ、俺、おれ……
正一:おちるなら、どうせ川に落ちるなら、オレがよかった。ごめんなさい、ごめんなさい、オレ、オレが、やっちまったんだ、よりよって、セイタを……
行李さん:泣くな。泣くな。誰も悪くない。ただの水難事故だ。わからなかったのも、しょうがないんだ。水にあがってこないなら、助けを求めないなら、わかりようもない。帰ったとおもってしまっても、しょうがない
正一:うっ、ウッ、ウッ
0:そうして、正一は泣き出してしまった。行李さんはずっと正一のそばにいた。そばにいて、背中を撫でていた。
行李さん:あの人は、奥さんは、血がつながっていようとなかろうと、なんにも気にしない。そこに愛を見出せるか。愛せるか。それだけだ。
行李さん:そしてショウイチくんは奥さんに出会った。奥さんは【ショウイチくんを愛すために】家族に迎えた。そこに血の繋がりは関係ない。単純なことだ
正一:……じゃあ俺、きっと捨てられちゃうよ
行李さん:捨てない。捨てないよ
行李さん:私は、奥さんと生まれ育った町を出る前からの仲だけど、……わかるんだ。奥さんはそんなことする人じゃない。それに、ショウイチくんは知っているでしょう
正一:?
行李さん:奥さんの旦那さんに、あったことは?
正一:……ないよ
行李さん:でしょう。チヨさんが生まれるその十月十日前に一度会ったきり、来ていないんだから。それで、セイタくんとも一回会ったきりのはずだ。
行李さん:旦那さんは奥さんを放ってずっと旅をする人だ。それでも、会うといわれるよ。「あいつに会ったか?」
行李さん:どっちも、バカな人なんだ。お互いに好きなのに、結婚もしていない。付き合ってもいない。でも想いあっているし、相手を信じている。お互いに好きなのを知っている。お互いをかけがえのないものとして、大事にしているんだ。
行李さん:二人とも、愛の深い人だ。だから、なにをしても嫌わない。ショウイチくんも怖がらなくていい。きちんと、君は大事な人だ
正一:……変な家族、だったんだな
行李さん:兄弟を知っているだろ。今更だ
正一:ハハ……
0:空笑いだが、正一は笑った。それをみて行李さんは一つ頷いて、立ち上がる
正一:行李さん?
行李さん:ショウイチくん。挨拶してないだろう
正一:エ
行李さん:セイタくんだ。……一回でもいいから、会いに行こう。それで、謝ってきなさい。
行李さん:冷たい水の底で、一人でまってたのは、セイタ君だ。……謝らないと
正一:……うん
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0:
正一:そういえば行李さん
行李さん:ン?
正一:おとうちゃん……、なんか変だな。その、旦那さんは、知ってンの
行李さん:なにを
正一:拾い子が沢山いるって
行李さん:あー、多分知らないだろ。
行李さん:知ってても、こんなにいるとは知らない。互いに暇じゃないから文通もしないし、滅多に会わない
正一:……
行李さん:知ってても、ここまでいるとはわからない。だから、今回私が呼ばれたんだろ
正一:ハー……
行李さん:あの人に内緒で子供を拾っているんだ。滅多なことでバレたくないのは承知のこと。だから、私と似たようなことを生業(なりわい)としているのに、旦那は呼ばなかったんだ。
行李さん:あと、旦那のほうはあれでいてちょっと現世にないものを見ているからナ。私は現実をきちんとみれる。そういう目利きを奥さんは買ってくれたんじゃないか。だから今回、私が呼ばれたんだ
行李さん:……あと、今回の行方不明者が息子だということを話せなかったんじゃないかな
正一:……
行李さん:君がいなくなっても、きっと同じ理由になった。気にしなくていい
正一:……いいよ。そういうの。大丈夫だから
正一:あと行李さん。もう一つ
行李さん:なんだ
正一:奥さんって、行李さんにとっての、何?
行李さん:……親がいなくなって、身寄りのなくなった私を引き取ってくれた。恩人だよ
0:
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正一:オレは、セイタに向かって目を閉じた。
正一:お線香の煙を手に閉じ込めて、指を口にあてた。
正一:__ごめんなさい
正一:あの日の夏の匂いがした。
正一:きっと、ずっと忘れない。
正一:煙のような、焼ける夏の日。
正一:__置いて行って、ごめんなぁ、セイタ
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行李さん:奥
奥さん:……あらボウ、いらっしゃい
行李さん:お加減はいかがでしょう。……聞くまでもないですね
奥さん:ええ、元気よ。私が元気でいなくちゃ、ショウちゃんがいつまでもダメになるわ
行李さん:……
奥さん:聞いたの。ショウちゃんから。でも、それだけ。あの子が悪いわけない。確かにすぐに助ければ、いまも生きていたかもしれない命よ。でもタラレバをいつまでも喋っちゃダメ。それでは死者に失礼なだけ。
奥さん:ショウちゃんは悪い子よ。でもそれでもうちの子なの。セイタはいなくなった。それだけよ。これでいいの。
行李さん:……やはり、あなたは強い人だ
奥さん:強くなくては私ではないわ
奥さん:それより、真相はわかりましたか
行李さん:真相?
奥さん:河童騒動、ここ最近の異常気象と、息子がなぜ死んだか、です。
行李さん:アア。……
奥さん:あやかし、でしたか
行李さん:妖ではなかった。息子は、川に落ちて死んだ。それ以上でもそれ以下でもない
奥さん:……
行李さん:たまたまこの時期の夏は寒かった。夏らしく暖かさがこなかったもんで、虫も現れなかったし、魚も満足にとれなかった。……私は結局、河上の調査にはいけなかったのだが、色々の事象が重なってこうなったんだろ。全部、偶然だ
奥さん:そうですか……
行李さん:自然と言うのは、暴力的で、突発的だ。偶然が重なって”見えた“ものは妖と見まがう。間違えちゃいけない。あれは、自然と偶然の産物だった。
0:
奥さん:次に発つのは、いつ頃ですか
行李さん:またしばらくはここにいます。……そうだな、
行李さん:気が向いたら、発ちましょう
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0:
千依:行李さぁん。お魚、釣れた?
行李さん:サア、どうだろ
正一:かっこつけんなよニイちゃん。こぉんな暑い日に一刻半も草加えてサ。魚なんて一匹もあげねえじゃんか
千依:急に暑くなったよねえ。でも、お魚も虫さんも戻ってきたから、よかったね
千依:でも意外だなぁ。行李さん。お魚釣りが下手っぴなの
行李さん:その口を閉じろ。魚が逃げる
正一:眠ったって行李さんじゃ魚は釣れねえよ。おあいにく
千依:ウフフ、おあいにく!
0:子供たちは笑って、大人は溜息を吐いた。夏らしい匂いがそこらじゅうに立ち上り、蝉の音が森奥から風に乗って運ばれてくる。この川に正しく夏が訪れた。川の水底までに太陽の光りがやさしく差し掛かり、魚のうろこがキラリと走った。
0:もう、泣いている子供はいない。
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0:
0:閉幕
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0:
0:語句説明
0:河童の川流れ
0:たとえ一芸にひいでた人でも、思いもしない誤りや失敗をすること。
0:
千依:おじちゃんだあれ? ここでなにしてるの?
行李さん:……サア
0:
0:
正一:河童の川ながれ(タイトルコール)
0:
0:
千依:どうしてー!? どうしてチヨに教えてくれないの!?
行李さん:ヤタラ自分のことを語るものではない。それに、人っつうのは、すこぅし、黙っているくらいが利口で都合もいいんだ
千依:どうして? チヨわかんないよ
行李さん:まだ7つもいかない童ならばそりゃわからないわナ
千依:むう……。
千依:おじちゃん、さっきからお魚釣りをしてるけどね、最近この川でお魚は釣れないんだよ。川にね、河童が住んだから
行李さん:……そうなのか
千依:うん。知らないの?
行李さん:ああ
千依:フウン。……この川に住んでる人はみぃんな知ってるんだよ。やっぱりおじちゃん、よそものでしょ。どこからきたの?
行李さん:サテ、一体どこだろうか
千依:それも内緒?
行李さん:どうしようかな。黙ってたほうが面白そうだ
千依:おじちゃんのイジわる
行李さん:人っつうのは、ちょぉっと、イジが悪いくらいが魅力的なんだ。これはわかるな?
千依:……
0:千依はそれくらいはわかった。しかしそれを素直に伝えるにはすこしマセすぎていた。
千依:チヨ、もう行くね。じゃあねおじちゃん
行李さん:アイ、さよなら
0:二人の様子を離れたところから眺めている子供がいた。正一である。正一が立ち止まっているのを奥は見つけて話をかけた。
奥さん:あら、ショウちゃん。どうかしたの?
正一:ア、おかあちゃん。あの、あそこに知らない人がいる
奥さん:知らない人? アラ……坊じゃない
正一:ボウ?
奥さん:そうよ。坊、ボウ!
0:奥さんは行李さんを呼んだ。行李さんは見知った声を聞いて振り返る。
行李さん:アラ、奥さん
奥さん:坊。なぁんだ、もう来ていたの。気にしないでうちにすぐ来てくれればよかったのに
行李さん:ヤ、好きでしていることだからサ。気にしないでください。
奥さん:そう。……釣りをしているの? でも残念。ここじゃ釣りはできないわよ
行李さん:フウン。どうして
奥さん:サア?
行李さん:「サア」、ね
正一:おかあちゃん、この人……
奥さん:ああショウちゃん。この人ね。ほら前にも話したでしょ。うちに呼ぶって。東京に文を出すからってお使いにいったでしょう。その人よ
正一:へえ、エエ、なるほど、だから変な服着てるんだ。ボタンっつうやつがついてるんだろそれ。それに近くにあるでけえ風呂敷はなんだ? それ背負うのか? 重くねえ?
行李さん:ウン、ウン、そうだね
正一:教えてくんねーの?
行李さん:サテ、どうしようかな
奥さん:フフ、この人はね、旅をしているのよ
行李さん:……
奥さん:名前は、ナイショでしょ?
正一:ゲエ
行李さん:好きに呼べばいい。坊でも、名無しでも、風呂敷とでも。ああ、「お笠(かさ)さん」と呼んだ人もいるな。私が笠をかぶっていたから
正一:へ、変な奴……。そうかよ、じゃあ、次会うときまでに考えとくよ
行李さん:そりゃ良いナ
奥さん:でもそうか、そうねえ。坊、もうついちゃったのねえ。ご飯の支度をしなくちゃね。まっていてね。ア、今日は泊っていくでしょう? みんなに話しておかなくちゃ……
行李さん:奥さん、とまりは結構ですよ。また子供を拾ったんでしょう。そりゃあ、泊って手伝ってやりてーのは山々だがナ、食いぶちを潰すのは本望じゃねーんだ。宿をとっているから気にせンでくれ
奥さん:お宿? でもこのあたりでとれる宿はちょっと遠いですよ。あんなところをとったんですか
行李さん:なに、さまつな距離ヨ
奥さん:アラアラ……
奥さん:マア、いいわ。ともかく、このあとうちへ寄ってくださいね。場所はわかるでしょう。前と変わっていないですから。迷ったら近くの人にでも聞いてください。
奥さん:ショウイチ。おかあちゃん、もう行きますからね
正一:ハアイ
0:奥さんは離れた。正一はじっと行李さんを見つめているが、行李さんは自身の釣りに戻った。釣りをするより、川をみることに熱中している。
行李さん:そういえば最近は、夏なのに随分と冷えているなあ。まるでもう紅葉が降ってくるような秋びよりだ
正一:そうだなぁ、確かに最近寒いなあ
行李さん:それに随分不気味だ。蝉の声もしないし、川には魚もいない。アリは……いるようだが、なんだろうなあ。本当に、夏じゃないみたいだ
正一:……
0:
行李さん:……それで、私になにか話したいことでもあるのかい
正一:……おじさん、なんでここにきたんだ?
行李さん:……ハア、この村の子供はどうして、私を年寄り呼ばわりするんだろうね。これでも、書生であってもおかしくない歳だがネ
正一:「この村の子供」?
行李さん:さっきも子供に絡まれた。このくらいの背の女だ。落ち着かない子だった。すこし話したらどっかへいったよ
正一:フウン。で?
行李さん:……この村に来た理由は奥さんひとつしかない。この村に起きていることを解明してほしいという、彼女からの相談だ。
行李さん:手紙をもらって3日、私は歩いてここに来たがネ。特段おかしなこともなかろ。川が綺麗で、都会らしくもなく古すぎもしない村じゃないか。こんなに綺麗な川なのに魚が釣れないのは惜しいネ。釣りをする前に村を軽く散歩もしたが、悪いこともない。なんなら浅草のほうがまだ悪いような。ごく普通の村だ。
行李さん:なのに奥は、私に助けを求めた。【よりによってこの私だ】。この村で一体、なにが起きている?
正一:……河童だよ
行李さん:カッパ?
正一:そう、河童。みんないうんだ。「河童が川に来た」
行李さん:みんな……
正一:みんなは皆だよ。村の大人。それに子供。川沿いにある別の村の人。みんなだ。
正一:知ってるだろうけど、この川から魚が釣れなくなったんだ。魚の影すら全く無くなっちまった。それだけじゃない。川から音がするようになったんだ。【ボチャンという、人っ子くらいの大きい物が落ちる音】だ。それで、実際子供が消えた
行李さん:……それは、いくつだ
正一:ひとりだよ。……セイタだ。うちの兄貴の
行李さん:セイタ……
正一:そう。なに、知りあい?
行李さん:いや、ああ、そうか……
正一:?
行李さん:……すこし納得した。そうか、だから私なんだな
正一:なんだよ
行李さん:いや、ウウン。これはまたいつか話してやろう。今じゃないな
正一:ゲエ
行李さん:それよりまだいかないのか? やることがあるんだろ。私も一段落をしたら向かうから気にしないでくれ
正一:フウン。でもまっすぐうちにこれンのか? ニイちゃん、ここ最近この村にきたことねーだろ。少なくとも俺が村にきたここ3年は、ニイちゃんにあったことねーな
行李さん:いい。この村は幸いそこまで広くもないしな。夜までにいければよかろ
正一:……ヤ、まつよ。俺が案内するわ
0:
0:***
0:
行李さん:この村も数年でいろいろ変わったんだなあ
正一:まあねえ。時代ってやつ?
行李さん:フウン。……おお、そうだ。ここココ
正一:ソソ。ただいまぁ
千依:おかえりショウちゃん! ……ア
行李さん:オ
正一:?
千依:さっきあったおじちゃんだ
正一:こらチヨ。この人はおじちゃんじゃないぞ
千依:エー、でも……
行李さん:アー、どうも。さっきぶりだね、チヨさん
千依:うん。さっきぶり
正一:アー、チヨもこの人の名前知らないんだ
千依:うん。教えてくれなかったの。酷いよねえ
正一:エ、でもニイちゃんさっき自由に名前呼んでいいって言ってたぞ。チヨ、俺と一緒にニイちゃんの名前きめよーぜ
千依:ほんと!? 私決めたい! 楽しそう!
正一:変な名前にしてやろ
千依:エーやだよ。かわいそうだよう
0:二人は家の奥に去っていく。二人の声以外にも、家じゅうに子供の声は響いていた。行李は、それに気づく。
奥さん:もうあんなに仲良くなったんですね。さすがです
行李さん:仲良くなったんだろうか……
奥さん:フフ、だって、あの子たちがあんなに楽しそうだもの。もう仲良しよ。……よかったわ
行李さん:そうですね
奥さん:……ショウイチから、何か話は聞きましたか
行李さん:エエ。川の異音と、それからセイタ君のことをすこし。それからカッパとやらを……
奥さん:坊はどうみていますか
行李さん:……実際みていたわけではないのでネ。私からはっきりとは申し上げられない。ただのよそもんだ。マア、河童、ねえ。ありえなくもない、のだろうか
奥さん:そうかしら。だって、子供が【一人しかいなくなっていない】のよ
行李さん:そう。これではまるでただの事故。だから断言ができない。現状じゃ魚がいなくなったのも、川の異音がするのも説明がまったくできない。
行李さん:とりあえず、また明日から川の様子を見たい。しばらくここにいることにします
奥さん:……助かります
行李さん:イヤなに、それはこちらのセリフです。妖(あやかし)の話が聞けるなんてとんだ僥倖(ぎょうこう)。助かります
奥さん:そうでしたね。
奥さん:……まだ、やっているのですか?
行李さん:というと?
奥さん:「妖(あやかし)紀行」に決まっているじゃないですか。紙は埋まりましたか?
行李さん:いいえ。まったく
奥さん:アラ、ではあの一枚きりなんですね
行李さん:エエ。……今回の事件、少し期待をしているんです
奥さん:そうですか
行李さん:今夜は寝られなさそうだ
奥さん:ホホ。そうですかそうですか。
奥さん:では坊。せっかくきてもらってなんですが、ちょっと家事のお手伝いを頼んでもよいですか? ちょっとだけ、人手がなくて
行李さん:それくらい、どうってことないです。遠慮なく頼んでください
奥さん:エエ
0:
千依:おニイちゃーん! おニイちゃーん!
奥さん:こらヨゥちゃん。走らないの
行李さん:私ですか
千依:そうだよおニイちゃん。お名前きまったの。聞いてね
正一:おニイちゃん。今日から「行李(こうり)さん」ね
行李さん:コウリ? 行李さんっていうとその……
奥さん:アラ、あのおイナリさんが作ってくれた変な行李のこと?
千依:そうだよ! なんだか大事にしてそうみたいだったから
行李さん:……触ったのか?
正一:さ、触ってねーよ! 触ってねえ! なチヨ!
千依:そ、そうだよ。チヨたち触ってないもん……
行李さん:……
奥さん:人の荷物は勝手に触っちゃダメですからね。ましてやお客人のなんて……
千依:さ、触ってない! 触ってないもん!
行李さん:ハイハイ、触ってない。触ってない、ネ
奥さん:……ほら二人とも、おうちのお手伝いしてね。ほかの子たちもそろそろ帰ってくるでしょうから、お夕飯の支度とかなさい。宿題はきちんとしたの? ほらもう、遊んでばかりいないでね
正一:ハーイ
千依:ハーイおかあちゃん。
千依:……行李さんは、しばらくここにいる?
行李さん:……マア、いるわナ。しかし寝るところは別だ。私は宿をとっているからネ。暗くなりすぎないうちに宿に帰るよ
千依:そっかぁ……。明日も、くる?
行李さん:アア、来る
千依:……うん。わかった
0:
奥さん:やっぱり打ち解けてるんじゃないですか。さすが「コウリさん」
行李さん:奥さんまで……
奥さん:そうだ、明日私はお昼から河上のほうにある村へ用事をしにいくから、ここのこと、よろしくお願いします
行李さん:用事ですか
奥さん:その村には水神様のお社があるんです。贔屓にしてくれているその村方面からきたお嬢さんが、村の言い伝えを教えてくれて。……
奥さん:どうやら、その村では水神様とその童子様のお話が昔からあるようなんです
行李さん:河童か
奥さん:そうです。河童は、水神様の童子。どうやら今回の事件を河童と結びつけたお嬢さんが、その被害者の親である私に提案をしてくれたんです。「水神様とお話をしましょう」と。他にも河童や水神様のお話を村の人から聞いてくるべきだ、と
0:
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0:
正一:やりィ! みたかセイタ、向こうまで石が跳ねたぜ!
正一:見てねえの!? バカいうなよちゃんと見てただろうが!! なんだ? ウソをつくのはこの顔か? 水でもくらえ!!
正一:ハハハ! これで、この勝負は俺の勝ちだな
正一:なあ知ってるかセイタ、川べりには砂金が出てくるんだってさ。ちょっと探してみないか?
正一:金子ためて、家をでかくしてェんだ。おかあちゃんも喜ぶし、きっとあの人だって、うちに帰ってくる
正一:セイタはもし、金持ちになったらどうするんだ?
正一:ブハ! セイタらしいな!! ほんとに悪いやつだ、おまえは!
正一:セイタ?
正一:……
正一:先に、帰ったのか? セイタ
正一:アハハ、ほんとに悪いやつだ、おまえは
0:
0:
0:
千依:行李さん? また川でなにしているの?
行李さん:ンン? なにしているだろうナ
千依:これなあに?
行李さん:なんだろうナア
千依:ムウ
行李さん:そうむくれるな
千依:だって行李さん、ずっとイジワルなんだもん
行李さん:そうかそうか
千依:で、なにしてるの?
行李さん:ン~?
0:行李はまた千依の言葉を無視して作業をするかのように見えた。彼はその風呂敷をひろげるとひとつづつ指をさし説明をしてやった。
行李さん:まずこの水はな、特殊な水で、ある成分と反応して色が変化するものだ。これをいくつか用意して、この川の水質を調査する。あとで下流、上流の水質も見たい。普段は釣れたはずの魚がとたんに釣れなくなったのは、付近で急に水の水質か温度が変化したかも知れないからだ。
行李さん:それと、川をたどって上のほうにも異変がないか見なければならない。川は上から下へ流れるもの。川全体に異変があるなら、問題は上流、あるいはその付け根になる。
行李さん:川付近に生息する草木にも変なものがないか見る必要があるな。外来種という、本来日本にはないはずの草木や魚を野に放てば、いままで均衡をたもっていた生態系に異変が起こる。……マア、まったく魚が釣れないような異変が起きるとは思わないが、私は”こういうの”には管轄(かんかつ)外なんだ。塵も積もって山となるもの。もしかしたら、それが原因かもしれない。
行李さん:……死人が出ているんだ。それに、誰でもない奥さんの頼み。原因がわかるまでやるつもりだ
千依:……?
行李さん:難しかったかな
千依:ううん。行李さんが沢山いろんなことをするのはわかった。行李さんってすごいひとなんだねぇ
行李さん:ハハ、そうだな
0:
千依:ファ……(欠伸をする)
行李さん:チヨは、今日は遊びにはいかないのか?
千依:うん。今日はチヨはひとりなの。だから行李さんと一緒にいる
行李さん:そうかそうか。ならば、すこぅし、調査に協力してくれないか?
千依:チョウサ?
行李さん:そうだ。調査。簡単だよ。私が質問をするから、それに嘘をつかないで答えるだけ。暇つぶしにもなるし、楽しいかもネ
千依:……うん。いいよ。チョウサ、答えてあげる
行李さん:ありがとう。それじゃあ、一つ目。
行李さん:ここ最近、この村で川以外に変わったことはなかったかな?
千依:うーん……
行李さん:?
千依:……お兄ちゃんがいなくなったことかな
行李さん:お兄ちゃん?
千依:セイタ、おにいちゃん
行李さん:うんうん
千依:チヨと遊んでくれるって、約束だったの。大きい町に、一緒に来てくれるって。あの日、お兄ちゃん用事があるって言ってたから、チヨ、村のはずれでちょっと待ってたの
行李さん:村のはずれ?
千依:うん。川の反対側の……
行李さん:うんうん
千依:夕方までまっても来てくれなかったから、チヨ、帰ったの。そしたら、セイタ、いなくなっちゃったって
行李さん:そうかそうか。……かなしいな
千依:うん
0:
千依:セイタ、どこいっちゃったんだろう
行李さん:セイタくんのことは好きだった?
千依:うん。やさしいお兄ちゃんなの。でもちょっとイジワル。ショウちゃんほどじゃないけど
行李さん:ショウちゃんは好き?
千依:うん。ショウちゃんは大好き
行李さん:そうかそうか。他に、大事な人はいる?
千依:いるよ! チヨね、兄弟が沢山いるの。エリコも好き。ユウくんも好き。ハルもすき。あとね、チヨ、お友達も沢山いるの! 学校も楽しいの! あと近くに住んでいるおじちゃんでしょぉ、あとあと、いつもおつかい行くときにオマケをしてくれるおねえちゃんも好き!
行李さん:そうかそうか。みんな大好きなんだな
千依:あとおかあちゃんも好き!
行李さん:おかあちゃんね
行李さん:それじゃあ、大好きなみんなが最近困ってることとか、ないかな
千依:困ってること? うーん、あるかなぁ。……
行李さん:そうだ、セイタくんには仲いい人、いたかな。チヨさん、わかる?
千依:セイタ? うーん。セイタ、お友達多かったよ。でも、一番仲良しなのはショウちゃんだった
行李さん:へえ
千依:ずっと一緒だったんだよ
行李さん:そりゃなかよしだな。じゃあ、セイタくんと約束した日、ショウちゃんがどこにいたかは知ってるかな?
千依:……おうち、だったかな
行李さん:そうか、そうか
行李さん:そういえば、川から変な音がするのは本当?
千依:変な音?
行李さん:岩が落ちたみたいな音とか、なんでもいい
千依:んー。みんなは音がするっていうけど、チヨは聞いたことない
行李さん:そうなんだね。
0:
行李さん:もうこんな時間だ。私もそろそろ移動しようかな
千依:行李さん行っちゃうの? まって、チヨもいく。まって、まって!
行李さん:チヨさんもついてくるの? でも沢山歩くよ
千依:うん。だいじょうぶ、
0:バザンと、川から大きいものが落ちる音がした
行李さん:チヨさん?
0:行李さんは振り向く、しかしそこに千依はいない。咄嗟に行李さんは”千依が川へ落ちた”という想像が思い浮かんだ。そして事実、千依は川に落ちてしまっている。
行李さん:クソッ
0:行李さん、川に飛び込む
千依:お、おにい、ちゃ……
行李さん:チヨさん! 私の腕に捕まって! すぐ岸へあがろう
千依:ハア! ハア! た、助けて! たすけて!!
千依:(助けて欲しくて必死になってもがいている)
行李さん:チヨさん捕まって! こっちにくるんだ! チヨ!!
千依:ゼイ、ゼイ、ヒュー……
行李さん:水を飲んだな。ある程度吐き出させる。少し辛いがもう少し辛抱してくれ
千依:こ、コウリさん、チヨ、チヨね……
千依:(息が整わない。人の声も聞こえないほどパニックになっている。伝えたいことがあるようだ)
行李さん:チヨさん、平気か、チヨさん。私の声が聞こえるか? チヨさん
千依:川のそこにね。セイタがいたの。チヨの足を掴んだんだよ。だからチヨ、あがれなくて……
行李さん:セイタだと?
千依:お顔をしわしわにして、色がなくなったセイタが、川のそこに……
行李さん:……チヨさん? チヨさん
0:千依はやがて意識がなくなり、眠ってしまった
行李さん:……川の底に、セイタくんが?
行李さん:本当に川の底にいるなら、話が変わってくる
行李さん:……もう一度、川に潜るぞ
0:行李さんは着ていた笠と羽織を脱ぎ捨てそれを千依に被せると、川へ飛び込んだ
0:通りかかった正一が飛び込んだ行李さんを見かける。彼は、「行李さんが川に落ちた」と勘違いをした
正一:行李さん!? 行李さん!! まって!! 【いかないで】!!
正一:行李さん!! 行李さん……。
正一:……チヨ? チヨ!! 生きてるか、チヨ!!
正一:どうして、こんなに、【冷たいんだ】
0:
0:
0:
千依:チヨ、もっとショウちゃんと仲良くなりたかった
千依:セイタ以外のみんなとも仲良くなりたかった
千依:夜に暑くて目が覚めた時にね、ショウちゃんとおかあちゃんがお話をしていたの
千依:ショウちゃんが泣いていたの
千依:ひとりぼっちだって、泣いてたの
千依:おかあちゃんが言ったの
千依:血がつながってなくても、私たちは家族なんだって
千依:チヨ、知らなかった
千依:ショウちゃんは本当のおにいちゃんじゃないんだって
千依:チヨの本当のおにいちゃんは、セイタしか、いないんだって
千依:チヨのおかあちゃんは、みんなのおかあちゃんだけど、みんなとチが繋がってないんだって
千依:おかあちゃんは、親がいないみんなを拾ったんだって
千依:ショウちゃんは泣いてたの
千依:おかあちゃんに申し訳ないんだって
千依:拾ってくれたおかあちゃんのことを、家族だって、きちんと言いたいんだって
千依:おかあちゃんは、ショウちゃんをぎゅーっと、抱きしめてた
千依:だからチヨもそこにいって、一緒に抱きしめた
千依:チヨも、みんなと家族になりたい
0:
0:
0:
0:女性のすすり泣く声が聞こえる。奥さんの泣いている声だった。
奥さん:河童だったんだわ。きっとそう。そうでなくちゃ、なんなの
行李さん:そんなわけない。そんな非現実的なもの、存在しない
奥さん:だって、村の人が言ってたもの。セイタがいなくなる前に、森で騒ぐ声がしたって。あれは、山から川へ移動する河童の声だって
行李さん:おく、
奥さん:いや、嫌よ。でなきゃ、この感情を誰にぶつければいいの……
行李さん:……
0:重い沈黙。
行李さん:もう休んでください。いろいろあって、疲れたでしょう。奥さんほどの人であっても、結局人の子。食べて、休むべきだ
奥さん:そう、そうね。でも、もう少し、ここにいさせて。坊も、ここにいて
行李さん:……。
行李さん:あの人にも、いてくれれば
奥さん:無理よ。だっていまどこにいるかもわからないもの。手紙だって、出しようもないのに。それに、どうやって言うの
奥さん:セイタが、川に溺れて死んだって
千依:……。
行李さん:チヨさん?
千依:……(千依、泣き出す)
0:それから、爆発したように千依が泣き出した。溜めていたものが全て爆発したのだ。
千依:チヨが、チヨが遊びにいこうなんていったから、死んじゃったんだ。
千依:チヨが町にいこうなんて、言わなきゃよかった。
千依:チヨが、チヨが、
奥さん:ヨゥちゃん。チヨちゃん。アアだめよ、おチヨ、泣かないで、泣かないで
行李さん:これは誰のせいでもない。誰のせいでもないんだよ
行李さん:本当に、誰のせいでもないんだよ
奥さん:坊? どこへ
行李さん:チヨも起きた。私はすこし、やることがある
奥さん:坊、ボウ
行李さん:姉さん、許してくれ
0:
0:
0:
正一:ボチャンと、川にものが落ちた音。
正一:二度と聞きたくない、その水の音が。
正一:怖い。
0:
0:
0:
行李さん:ショウイチ、ショウイチくんはいるか
正一:……なんだよ
行李さん:聞きたいことがいくつかあってネ。ここで知った仲なんてあまりいないから
正一:おかあちゃんにきけよ。それか、別の兄弟でも、だれでも
行李さん:……。いや、私は、ショウイチくんにこそ、聞きたい
正一:……
行李さん:川の周りにはあまり立ち入らないように言われていたハズだ。チヨさんは「川に近づいてはいけない」と私に言わなかったが、それは私が大人で、母である奥に信頼された人だったからだ。でも心配だったから、私が川にいるのを見かけたらいつも近寄って話かけた。違いがわかるかい? 私が心配だから話をかけるんだ。【子供は危ないから川に近寄ってはいけない】。証拠に、私はこれまでたった一度もチヨさんが最初から川辺にいたことをみたことがない。
行李さん:……あるんだね? そういう「いいつけ」が
正一:……だからなんだ
行李さん:ここの村の子供は数えるほどしかいない。おそらく皆それを守っていたのだろ。ただ数名だけその言いつけを破り、川べりで遊んだのだ。ヤンチャ盛りの男児ならば、【バレなきゃいい】とでも思ったんじゃないか。ある暑い日のときに、川がもたらす清涼をもとめて、川で遊んだ。
正一:……
行李さん:ショウイチくん、正直に、答えてほしい。
行李さん:ショウイチくんとセイタくんは、最期二人であの場所に、遊んだことがあるね?
正一:……
0:
0:
0:
正一:特別暑い日だった。
正一:今日は川で遊びたくて、二人で川に入って遊んでた。
正一:水飛び石を川へ投げたり、砂金がないか探したりした。
正一:あいつは性格が悪いから、途中でなんどもちょっかいをかけられて、何度も俺は怒った。
正一:川から、ボチャンと音がした。
正一:でかい雲が山みたいにどこまでも伸びていて、青い空が焼け付いた川が、太陽でキラキラ光ってるんだ。
正一:草や木がぬるい風に揺れて、それにのって子供の笑い声が川向うまで響いていたんだ。
正一:気づいたら、清太がいなかった。
正一:先に帰ったと思ったんだ。
正一:あいつ、性格わるいからさ。
正一:先に走って川から離れて、でかい石を落としてからかってるんだと思ったんだ。
正一:だから俺は、また怒りながら笑って、家に帰ったんだ。
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正一:帰ってきちまったんだ……。オ、オレ、【先に帰ったのかな】って思って……。つ、次の日、おかあちゃんから「セイタが帰ってこない」って聞いて……。俺、【人を殺しちゃったんだ、セイタを殺しちまったんだ】って、思ったんだ……
行李さん:……
正一:ごめんなさい……ごめんなさい……ほんとうにごめんなさい……
正一:【ほんとうに悪い奴は、俺だった】んだ、俺、おれ……
正一:おちるなら、どうせ川に落ちるなら、オレがよかった。ごめんなさい、ごめんなさい、オレ、オレが、やっちまったんだ、よりよって、セイタを……
行李さん:泣くな。泣くな。誰も悪くない。ただの水難事故だ。わからなかったのも、しょうがないんだ。水にあがってこないなら、助けを求めないなら、わかりようもない。帰ったとおもってしまっても、しょうがない
正一:うっ、ウッ、ウッ
0:そうして、正一は泣き出してしまった。行李さんはずっと正一のそばにいた。そばにいて、背中を撫でていた。
行李さん:あの人は、奥さんは、血がつながっていようとなかろうと、なんにも気にしない。そこに愛を見出せるか。愛せるか。それだけだ。
行李さん:そしてショウイチくんは奥さんに出会った。奥さんは【ショウイチくんを愛すために】家族に迎えた。そこに血の繋がりは関係ない。単純なことだ
正一:……じゃあ俺、きっと捨てられちゃうよ
行李さん:捨てない。捨てないよ
行李さん:私は、奥さんと生まれ育った町を出る前からの仲だけど、……わかるんだ。奥さんはそんなことする人じゃない。それに、ショウイチくんは知っているでしょう
正一:?
行李さん:奥さんの旦那さんに、あったことは?
正一:……ないよ
行李さん:でしょう。チヨさんが生まれるその十月十日前に一度会ったきり、来ていないんだから。それで、セイタくんとも一回会ったきりのはずだ。
行李さん:旦那さんは奥さんを放ってずっと旅をする人だ。それでも、会うといわれるよ。「あいつに会ったか?」
行李さん:どっちも、バカな人なんだ。お互いに好きなのに、結婚もしていない。付き合ってもいない。でも想いあっているし、相手を信じている。お互いに好きなのを知っている。お互いをかけがえのないものとして、大事にしているんだ。
行李さん:二人とも、愛の深い人だ。だから、なにをしても嫌わない。ショウイチくんも怖がらなくていい。きちんと、君は大事な人だ
正一:……変な家族、だったんだな
行李さん:兄弟を知っているだろ。今更だ
正一:ハハ……
0:空笑いだが、正一は笑った。それをみて行李さんは一つ頷いて、立ち上がる
正一:行李さん?
行李さん:ショウイチくん。挨拶してないだろう
正一:エ
行李さん:セイタくんだ。……一回でもいいから、会いに行こう。それで、謝ってきなさい。
行李さん:冷たい水の底で、一人でまってたのは、セイタ君だ。……謝らないと
正一:……うん
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正一:そういえば行李さん
行李さん:ン?
正一:おとうちゃん……、なんか変だな。その、旦那さんは、知ってンの
行李さん:なにを
正一:拾い子が沢山いるって
行李さん:あー、多分知らないだろ。
行李さん:知ってても、こんなにいるとは知らない。互いに暇じゃないから文通もしないし、滅多に会わない
正一:……
行李さん:知ってても、ここまでいるとはわからない。だから、今回私が呼ばれたんだろ
正一:ハー……
行李さん:あの人に内緒で子供を拾っているんだ。滅多なことでバレたくないのは承知のこと。だから、私と似たようなことを生業(なりわい)としているのに、旦那は呼ばなかったんだ。
行李さん:あと、旦那のほうはあれでいてちょっと現世にないものを見ているからナ。私は現実をきちんとみれる。そういう目利きを奥さんは買ってくれたんじゃないか。だから今回、私が呼ばれたんだ
行李さん:……あと、今回の行方不明者が息子だということを話せなかったんじゃないかな
正一:……
行李さん:君がいなくなっても、きっと同じ理由になった。気にしなくていい
正一:……いいよ。そういうの。大丈夫だから
正一:あと行李さん。もう一つ
行李さん:なんだ
正一:奥さんって、行李さんにとっての、何?
行李さん:……親がいなくなって、身寄りのなくなった私を引き取ってくれた。恩人だよ
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正一:オレは、セイタに向かって目を閉じた。
正一:お線香の煙を手に閉じ込めて、指を口にあてた。
正一:__ごめんなさい
正一:あの日の夏の匂いがした。
正一:きっと、ずっと忘れない。
正一:煙のような、焼ける夏の日。
正一:__置いて行って、ごめんなぁ、セイタ
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行李さん:奥
奥さん:……あらボウ、いらっしゃい
行李さん:お加減はいかがでしょう。……聞くまでもないですね
奥さん:ええ、元気よ。私が元気でいなくちゃ、ショウちゃんがいつまでもダメになるわ
行李さん:……
奥さん:聞いたの。ショウちゃんから。でも、それだけ。あの子が悪いわけない。確かにすぐに助ければ、いまも生きていたかもしれない命よ。でもタラレバをいつまでも喋っちゃダメ。それでは死者に失礼なだけ。
奥さん:ショウちゃんは悪い子よ。でもそれでもうちの子なの。セイタはいなくなった。それだけよ。これでいいの。
行李さん:……やはり、あなたは強い人だ
奥さん:強くなくては私ではないわ
奥さん:それより、真相はわかりましたか
行李さん:真相?
奥さん:河童騒動、ここ最近の異常気象と、息子がなぜ死んだか、です。
行李さん:アア。……
奥さん:あやかし、でしたか
行李さん:妖ではなかった。息子は、川に落ちて死んだ。それ以上でもそれ以下でもない
奥さん:……
行李さん:たまたまこの時期の夏は寒かった。夏らしく暖かさがこなかったもんで、虫も現れなかったし、魚も満足にとれなかった。……私は結局、河上の調査にはいけなかったのだが、色々の事象が重なってこうなったんだろ。全部、偶然だ
奥さん:そうですか……
行李さん:自然と言うのは、暴力的で、突発的だ。偶然が重なって”見えた“ものは妖と見まがう。間違えちゃいけない。あれは、自然と偶然の産物だった。
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奥さん:次に発つのは、いつ頃ですか
行李さん:またしばらくはここにいます。……そうだな、
行李さん:気が向いたら、発ちましょう
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千依:行李さぁん。お魚、釣れた?
行李さん:サア、どうだろ
正一:かっこつけんなよニイちゃん。こぉんな暑い日に一刻半も草加えてサ。魚なんて一匹もあげねえじゃんか
千依:急に暑くなったよねえ。でも、お魚も虫さんも戻ってきたから、よかったね
千依:でも意外だなぁ。行李さん。お魚釣りが下手っぴなの
行李さん:その口を閉じろ。魚が逃げる
正一:眠ったって行李さんじゃ魚は釣れねえよ。おあいにく
千依:ウフフ、おあいにく!
0:子供たちは笑って、大人は溜息を吐いた。夏らしい匂いがそこらじゅうに立ち上り、蝉の音が森奥から風に乗って運ばれてくる。この川に正しく夏が訪れた。川の水底までに太陽の光りがやさしく差し掛かり、魚のうろこがキラリと走った。
0:もう、泣いている子供はいない。
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0:閉幕
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0:語句説明
0:河童の川流れ
0:たとえ一芸にひいでた人でも、思いもしない誤りや失敗をすること。