台本概要
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タイトル | 鱗粉のように暗く煌めく |
---|---|
作者名 | おちり補佐官 (@called_makki) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 3人用台本(男1、女2) |
時間 | 10 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
『鱗粉(りんぷん)のように暗く煌めく』 何分かかるか見てないので、教えていただけると幸いです。 159 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
コウ | 男 | 101 | 26歳会社員。アサミとは同期。部署が隣。喫煙所でしか基本話さない。が、お互い転職してここに来た経緯があり、仲は良い。ウミカの顔も性格も好きだが、金の関係と割りきっている。 |
アサミ | 女 | 47 | 29歳会社員。一年前に入籍したが、価値観のズレのため離婚しようとしている。 |
ウミカ | 女 | 55 | 24歳。デリヘル嬢。コウに金があるため、指名してもらおうと二回目から本番を許した。出勤日数のわりに、あまり人気はない。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:『鱗粉のように暗く煌めく』
0:喫煙所(最終)
コウ:でさ。その人の、蝶のタトゥーを見てたら、蝶々を捕まえるのが好きだったことを思い出して。小学生の頃なんだけど。一匹だけ捕まえて、虫かごにいれて、ちょっとの間だけ眺めてから、陽が沈む頃には逃がしてやるんだ。家の前にあった空き地はそう広くはなくって。けど。シロツメクサやホトケノザなんかの花を目当てに蝶々はやってくるんだ。
アサミ:蝶々かぁ、私は苦手だったな。花は好きでよく吸ってたかな。花の蜜。ツツジとかさ! あと毒あるけどニチニチソウも甘かったなぁ。
コウ:あったな、はは。懐かしいな。
アサミ:ま、今はここでヤニ吸ってばっかだけどね。流石にさぁ、二週間の激務はカートン単位でなくなるよ。
0:ホテルの一室(二回目)
ウミカ:どうしたの?
コウ:ん、ううん。なんでもない。
ウミカ:なんでもないって、なに?
コウ:なんでもないっていうのは、なんでもない。ちょっと思い出したことがあっただけ。
ウミカ:......。
コウ:んー?
ウミカ:なんでもない。
コウ:そっか。......なあ。
ウミカ:なあにー。
コウ:お尻の上さ、蝶のタトゥーいれてたんだね。
ウミカ:いまさら?
コウ:いまさら。
ウミカ:最初に会ったときからあったよ。
コウ:ちょうちょか。好きなんだ?
ウミカ:好き。でも、自分では見えないんだよね、ここ。
コウ:なんのためにいれてるの?
ウミカ:......見せるため、かな。
コウ:......ふぅん。
ウミカ:今まで気づかなかったのはどこ見てたせい~?
コウ:よせよ、今さら痴女ぶるのは。それに、もうすぐ時間だろ。ほらほら、シャワー行くぞ。
ウミカ:ちぇー。延長なしかぁ。コウさんなら時間長くても安心できるのに。
コウ:まだ二回目だろうが。
ウミカ:ひひひ。
コウ:明日も仕事なんだよ。ま、仕事がなくても延長はしない。時間が来て、嬢を返す。ここまでが娯楽なんだよ。
ウミカ:遠足みたいーっ。
コウ:......ほら、風呂いくぞ。
0:回想、喫煙所。
コウ:ほら、おつかれさん。
アサミ:なに? ジュースくれんの? あんがとー。コウはさ? いい人いないの?
コウ:いい人って?
アサミ:結婚したいって思えるようなさ。てか、彼女いるの?
コウ:いないよ。
アサミ:どっちが?
コウ:どっちも。独りでいいかなって。
アサミ:まあ実際そうよ。独りが良い良い、お一人さまさま!
コウ:ほぅ。で、そっちは? 離婚の話どうなったの。
アサミ:超、順調!
コウ:ふぅん。
アサミ:ほら! あたし今、実家暮らしじゃん? んで、明日の休みに一旦戻って、話つけたらもう九割おわりって感じ。
コウ:お互いに合わないって思ってんだ。
アサミ:そうそう。だから順調ってワケ。なんだろね。たまに会ってたら素敵に見えたのに名前一緒になって過ごしてたら、なんか矢鱈と冷めちゃうの。
コウ:ふぅん。
アサミ:まあでも、相手次第なんじゃない? コウは彼女なかなか出来ないけどさ、出来たらめっちゃ長く続きそうだし。
0:ホテルの一室(最終)
コウ:とか、言うわけよ。
ウミカ:言われてそ~、てかさ、ぶっちゃけどうなの?
コウ:どうって? 彼女とか全然いないよ。
ウミカ:じゃなくて......わたし。
コウ:は? ううん。ううん、ないよ。だって! ただの金の関係だろ。顔がタイプだから選んでるだけで、それ以上はなんにも。
ウミカ:そんなにゆわなくっても......。ふん、所詮、顔だけですよ。
コウ:あ、や。ごめん。
ウミカ:ま、でも、そうね。そうよね。ははっ、からかっちゃった。
コウ:うん、でも、やっぱ良い顔してる。
ウミカ:へへっ。
コウ:蝶々みたいなんだよな。柔らかいウミカの肌に口づけて始まる、このロマンスってのは。震えるほど甘くて、美しくて。ほんの少し夢中になりすぎる。
ウミカ:ん?
コウ:あ、えと、その、出したばかりだから。
ウミカ:変なの。
コウ:変だよな。......同じ蝶ばっかり。
ウミカ:同じ嬢?
コウ:昔はさ、何度も指名するってことはしなかったんだ。いつも違う若さと、二度と会えない若さと出会おうとして、何年だろ。三年くらい。頻度は今のウミカと同じくらいさ。
ウミカ:月一回、三時間?
コウ:そう。時間内できっかりいつも違う人。手に入らないし、手にいれるつもりもない。そして眺めてさよなら。
0:回想、喫煙所。
アサミ:連休あるけど、発注数とか大丈夫そ?
コウ:うん、なんとか。
アサミ:コウって、喫煙所来るけどあんまり吸ってないよね?
コウ:悪い?
アサミ:いや、悪いことはないけど。
コウ:リフレッシュはしたいんだけどさ。人と予定のある日とかはあんまり吸わないようにしてるんだよ。だから、空気だけ吸いに来てる。
アサミ:でも私が吸うから匂いつくよ。
コウ:服とかは着替えちゃえばいいから。
アサミ:変なの。
0:ホテルの一室(最終)
コウ:そーいや、煙草の匂いとかってどうなの。
ウミカ:どうって。まあ、部屋中を燻(いぶ)すようなのはヤだけど。別に普通に吸ってる分には平気かな。
コウ:そっか。
ウミカ:コウさんも普段は結構吸うんでしょ? そんなに気遣わなくていいのに。
コウ:折角なら嫌われたくないからさ。
ウミカ:顔だけの女なのに。
コウ:そうだよ。金の関係のね。
ウミカ:......なんかやだ。
コウ:ごめんって。
ウミカ:まだ私も五回目だけどね。今月はなぜか二回だけど。
コウ:なんだろうな。......ね。おしり、見せてよ。
ウミカ:え~? いいよ。
コウ:やっぱこれだ。
ウミカ:なあに?
コウ:ちょうちょ。
ウミカ:おしりじゃないんだ。なんかショック。
コウ:いいだろ、これも君だ。好きなんだ。
ウミカ:ありがとー。
コウ:天使みたいな顔なんだよな。
ウミカ:どんな顔? 天使って?
コウ:ん、ウミカみたいな顔だよ。
ウミカ:ふうん。
コウ:ん?
ウミカ:ふふっ。
コウ:なに?
ウミカ:ううん。
コウ:なんだよ。
ウミカ:今日、ちょっと変だね。言葉がいつもより、くすぐったい。
コウ:そうかな。......なぁ。
ウミカ:なに。
コウ:愛してるって一言だけゆってほしい。
ウミカ:んー。
コウ:......。
ウミカ:言うだけ?
コウ:うん。一言だけ。思ってなくていいから。
ウミカ:......いいよ。
コウ:......。
ウミカ:愛してる。
コウ:僕も。
ウミカ:ちゃんと言って。
コウ:愛してる。愛してるよ。
ウミカ:ひひっ。
0:喫煙所(最終)
コウ:「またお前か......」って蝶によく言ってたなぁ。
アサミ:またって?
コウ:気づいたら、同じ蝶を捕まえていることがあって。一緒の種類の蝶じゃなくて、まったく同じ個体ってことね。
アサミ:わかるもんなんだ。
コウ:うん。柄の縞のちょっとした違いとか飛び方の癖で分かるんだよ。
アサミ:あー、旦那の煙草の匂いわかるみたいな?
コウ:ちょっと違うかも。
アサミ:ああ、ごめん。続けて。
コウ:うん。捕まえて、眺めて、逃がして、その繰り返し。ゆったり開いては閉じる羽根を手の中に納められるのが、短時間でも嬉しくってさ。
アサミ:ずっとは飼わないの? スピード離婚した私が言うのもなんだけど。
コウ:一緒にいてもいいんだけどさ。なんだろな。実際、何度も捕まるアイツだって、美しかった。けど、ダメなんだよ! 簡単に同じものが手に入っちゃ、もう、一時的に所有していることにならない。いくら美しくても、常に僕の思い通りになってしまっては意味がなくって!
アサミ:へぇ。語るねぇ。
コウ:ひらりひらりと舞って、常に流れる川のような美しさが好きだったんだ。それからだな。虫取りは一切しなくなった。
アサミ:好きなのに。
コウ:え?
アサミ:好きなのにやめちゃったんだ。
コウ:うん。
アサミ:で? その子は?
コウ:会いたいけど、もう会わないことにした。というか、もう誰も呼ばないことにした。
アサミ:虫取り、やめちゃったんだ。
コウ:うん。
アサミ:てか、コウがそういうのしてたの意外だったな~。もっとピュアピュアちゃんだと思ってた。
コウ:そんなに?
アサミ:彼女いないって言ってたし。
コウ:遊んでばかりだからかな。
アサミ:ほんとに?
コウ:さぁ。や、言うほど遊んでないわ。
アサミ:私はさ。変だなって思ったよ。虫取りやめた理由。
コウ:え?
アサミ:コウさぁ。
コウ:なに。
アサミ:その蝶、殺しちゃったんじゃない?
コウ:え。
アサミ:蝶って脆いもん。何回も何回も捕まえてたら羽根の粉だって薄くなるし。ちょっといつもより強く握っただけでも、十分大きい力なんだよね。たぶん。
コウ:あー。......そうなんだよ。
アサミ:ふぅん。
コウ:や、けど。直接潰したとかじゃないんだけど、急に見なくなって。少し雨が続いたことがあってさ。それから見なくなったんだ。もしかしたら僕が触れすぎたせいかもって。
ウミカ:愛してる。
アサミ:......ねえ。
コウ:ん?
アサミ:変なこと聞くけどさ。コウが行くのやめたんじゃなくて。そのウミカって娘(こ)。出勤しなくなったんじゃない?
コウ:はぁ......。
アサミ:なに。
コウ:まあ。うん。ここ最近、仕事、忙しかったろ。その期間、ウミカの出勤も多くてさ。でも。
アサミ:仕事が落ち着いたらいなくなってた?
コウ:うん。流石に自意識過剰だよな。
アサミ:どうだろね。すぐ会えると思って飛び続けようとして......。
コウ:なんてね。そんな考え、おかしいよ。ただの嬢さ。天使でもなくて、ただの嬢さ。
アサミ:珍しく好きになっちゃったんだ。
コウ:恥ずかしいこと言うなよ。こんなの、恋なんかじゃない。
アサミ:恋じゃないか。
コウ:違うよ。これはただの痛み。天使じゃなくて痛み。
アサミ:そっか。変な例え。
コウ:ん。ほら。一服したあとだから。なんて。な。あぁ......雨、だな。
0:ホテル前(最終)
ウミカ:変な顔。
コウ:元からだよ。
ウミカ:ううん、いつもはそんな眉曲がってないよ。
コウ:そうかー?
ウミカ:......雨が嫌い?
コウ:嫌い。ちょっと今やんできたか?
ウミカ:あ、顔戻った。......うん、私も雨は嫌い。
コウ:どうして?
ウミカ:いつも傘もってないから。降られたときはもうそのまんま濡れっぱなし。めっちゃ嫌なんだけど、なんか、予報見るのもめんどくさくてさ。で、濡れながらちょっとずつ自分のこと嫌になったり、好きなこと考えたり、繰り返して繰り返して落ち込んで。
コウ:そっか。僕も天気予報は見ないな。けどその都度、傘を買って、途中で止んだらそのまんまどこかに忘れて帰って。雨は、嫌いだな。特に夜のは。
ウミカ:うん。夜のは特にやだ。
コウ:あの車?
ウミカ:うん。
コウ:じゃ、またね。
ウミカ:うん、気を付けてね。......ん?
コウ:ううん。
ウミカ:なんでそんな悲しそうな顔するの?
コウ:そんな変な顔? ははっ。
ウミカ:うん、変な顔。へへ。
コウ:じゃ。
ウミカ:うん。ばいばい。
0:喫煙所(最終)
アサミ:......? コウ?
コウ:ううん。なんでもない。
アサミ:時が止まったみたいな顔してたよ。
コウ:時が止まる。
アサミ:なーんかまた思い出してた?
コウ:ん。最後の別れ際。
アサミ:変な顔。ふっ、はは。(少し笑ってから真面目な顔で)どんな気持ちだったの? ほら、雨降ってるし、こういうときくらいそういう話、しても大丈夫だから。
コウ:うん。そのときの僕は、ほんの少しだけ、何か話したくて。また会えるのはちょっと先になるから。けど何も言い出せなくて。いつの間にか外にはまた雨が降りだして、それで結局僕たちの関係は終わり。
アサミ:うん。
コウ:うん、永遠に。
アサミ:もう少しタバコ休憩してなよ。仕事ちょっち落ち着いたしさ。私は先戻っとくけど。ね?
コウ:うん。ありがと。
0:『鱗粉のように暗く煌めく』
0:喫煙所(最終)
コウ:でさ。その人の、蝶のタトゥーを見てたら、蝶々を捕まえるのが好きだったことを思い出して。小学生の頃なんだけど。一匹だけ捕まえて、虫かごにいれて、ちょっとの間だけ眺めてから、陽が沈む頃には逃がしてやるんだ。家の前にあった空き地はそう広くはなくって。けど。シロツメクサやホトケノザなんかの花を目当てに蝶々はやってくるんだ。
アサミ:蝶々かぁ、私は苦手だったな。花は好きでよく吸ってたかな。花の蜜。ツツジとかさ! あと毒あるけどニチニチソウも甘かったなぁ。
コウ:あったな、はは。懐かしいな。
アサミ:ま、今はここでヤニ吸ってばっかだけどね。流石にさぁ、二週間の激務はカートン単位でなくなるよ。
0:ホテルの一室(二回目)
ウミカ:どうしたの?
コウ:ん、ううん。なんでもない。
ウミカ:なんでもないって、なに?
コウ:なんでもないっていうのは、なんでもない。ちょっと思い出したことがあっただけ。
ウミカ:......。
コウ:んー?
ウミカ:なんでもない。
コウ:そっか。......なあ。
ウミカ:なあにー。
コウ:お尻の上さ、蝶のタトゥーいれてたんだね。
ウミカ:いまさら?
コウ:いまさら。
ウミカ:最初に会ったときからあったよ。
コウ:ちょうちょか。好きなんだ?
ウミカ:好き。でも、自分では見えないんだよね、ここ。
コウ:なんのためにいれてるの?
ウミカ:......見せるため、かな。
コウ:......ふぅん。
ウミカ:今まで気づかなかったのはどこ見てたせい~?
コウ:よせよ、今さら痴女ぶるのは。それに、もうすぐ時間だろ。ほらほら、シャワー行くぞ。
ウミカ:ちぇー。延長なしかぁ。コウさんなら時間長くても安心できるのに。
コウ:まだ二回目だろうが。
ウミカ:ひひひ。
コウ:明日も仕事なんだよ。ま、仕事がなくても延長はしない。時間が来て、嬢を返す。ここまでが娯楽なんだよ。
ウミカ:遠足みたいーっ。
コウ:......ほら、風呂いくぞ。
0:回想、喫煙所。
コウ:ほら、おつかれさん。
アサミ:なに? ジュースくれんの? あんがとー。コウはさ? いい人いないの?
コウ:いい人って?
アサミ:結婚したいって思えるようなさ。てか、彼女いるの?
コウ:いないよ。
アサミ:どっちが?
コウ:どっちも。独りでいいかなって。
アサミ:まあ実際そうよ。独りが良い良い、お一人さまさま!
コウ:ほぅ。で、そっちは? 離婚の話どうなったの。
アサミ:超、順調!
コウ:ふぅん。
アサミ:ほら! あたし今、実家暮らしじゃん? んで、明日の休みに一旦戻って、話つけたらもう九割おわりって感じ。
コウ:お互いに合わないって思ってんだ。
アサミ:そうそう。だから順調ってワケ。なんだろね。たまに会ってたら素敵に見えたのに名前一緒になって過ごしてたら、なんか矢鱈と冷めちゃうの。
コウ:ふぅん。
アサミ:まあでも、相手次第なんじゃない? コウは彼女なかなか出来ないけどさ、出来たらめっちゃ長く続きそうだし。
0:ホテルの一室(最終)
コウ:とか、言うわけよ。
ウミカ:言われてそ~、てかさ、ぶっちゃけどうなの?
コウ:どうって? 彼女とか全然いないよ。
ウミカ:じゃなくて......わたし。
コウ:は? ううん。ううん、ないよ。だって! ただの金の関係だろ。顔がタイプだから選んでるだけで、それ以上はなんにも。
ウミカ:そんなにゆわなくっても......。ふん、所詮、顔だけですよ。
コウ:あ、や。ごめん。
ウミカ:ま、でも、そうね。そうよね。ははっ、からかっちゃった。
コウ:うん、でも、やっぱ良い顔してる。
ウミカ:へへっ。
コウ:蝶々みたいなんだよな。柔らかいウミカの肌に口づけて始まる、このロマンスってのは。震えるほど甘くて、美しくて。ほんの少し夢中になりすぎる。
ウミカ:ん?
コウ:あ、えと、その、出したばかりだから。
ウミカ:変なの。
コウ:変だよな。......同じ蝶ばっかり。
ウミカ:同じ嬢?
コウ:昔はさ、何度も指名するってことはしなかったんだ。いつも違う若さと、二度と会えない若さと出会おうとして、何年だろ。三年くらい。頻度は今のウミカと同じくらいさ。
ウミカ:月一回、三時間?
コウ:そう。時間内できっかりいつも違う人。手に入らないし、手にいれるつもりもない。そして眺めてさよなら。
0:回想、喫煙所。
アサミ:連休あるけど、発注数とか大丈夫そ?
コウ:うん、なんとか。
アサミ:コウって、喫煙所来るけどあんまり吸ってないよね?
コウ:悪い?
アサミ:いや、悪いことはないけど。
コウ:リフレッシュはしたいんだけどさ。人と予定のある日とかはあんまり吸わないようにしてるんだよ。だから、空気だけ吸いに来てる。
アサミ:でも私が吸うから匂いつくよ。
コウ:服とかは着替えちゃえばいいから。
アサミ:変なの。
0:ホテルの一室(最終)
コウ:そーいや、煙草の匂いとかってどうなの。
ウミカ:どうって。まあ、部屋中を燻(いぶ)すようなのはヤだけど。別に普通に吸ってる分には平気かな。
コウ:そっか。
ウミカ:コウさんも普段は結構吸うんでしょ? そんなに気遣わなくていいのに。
コウ:折角なら嫌われたくないからさ。
ウミカ:顔だけの女なのに。
コウ:そうだよ。金の関係のね。
ウミカ:......なんかやだ。
コウ:ごめんって。
ウミカ:まだ私も五回目だけどね。今月はなぜか二回だけど。
コウ:なんだろうな。......ね。おしり、見せてよ。
ウミカ:え~? いいよ。
コウ:やっぱこれだ。
ウミカ:なあに?
コウ:ちょうちょ。
ウミカ:おしりじゃないんだ。なんかショック。
コウ:いいだろ、これも君だ。好きなんだ。
ウミカ:ありがとー。
コウ:天使みたいな顔なんだよな。
ウミカ:どんな顔? 天使って?
コウ:ん、ウミカみたいな顔だよ。
ウミカ:ふうん。
コウ:ん?
ウミカ:ふふっ。
コウ:なに?
ウミカ:ううん。
コウ:なんだよ。
ウミカ:今日、ちょっと変だね。言葉がいつもより、くすぐったい。
コウ:そうかな。......なぁ。
ウミカ:なに。
コウ:愛してるって一言だけゆってほしい。
ウミカ:んー。
コウ:......。
ウミカ:言うだけ?
コウ:うん。一言だけ。思ってなくていいから。
ウミカ:......いいよ。
コウ:......。
ウミカ:愛してる。
コウ:僕も。
ウミカ:ちゃんと言って。
コウ:愛してる。愛してるよ。
ウミカ:ひひっ。
0:喫煙所(最終)
コウ:「またお前か......」って蝶によく言ってたなぁ。
アサミ:またって?
コウ:気づいたら、同じ蝶を捕まえていることがあって。一緒の種類の蝶じゃなくて、まったく同じ個体ってことね。
アサミ:わかるもんなんだ。
コウ:うん。柄の縞のちょっとした違いとか飛び方の癖で分かるんだよ。
アサミ:あー、旦那の煙草の匂いわかるみたいな?
コウ:ちょっと違うかも。
アサミ:ああ、ごめん。続けて。
コウ:うん。捕まえて、眺めて、逃がして、その繰り返し。ゆったり開いては閉じる羽根を手の中に納められるのが、短時間でも嬉しくってさ。
アサミ:ずっとは飼わないの? スピード離婚した私が言うのもなんだけど。
コウ:一緒にいてもいいんだけどさ。なんだろな。実際、何度も捕まるアイツだって、美しかった。けど、ダメなんだよ! 簡単に同じものが手に入っちゃ、もう、一時的に所有していることにならない。いくら美しくても、常に僕の思い通りになってしまっては意味がなくって!
アサミ:へぇ。語るねぇ。
コウ:ひらりひらりと舞って、常に流れる川のような美しさが好きだったんだ。それからだな。虫取りは一切しなくなった。
アサミ:好きなのに。
コウ:え?
アサミ:好きなのにやめちゃったんだ。
コウ:うん。
アサミ:で? その子は?
コウ:会いたいけど、もう会わないことにした。というか、もう誰も呼ばないことにした。
アサミ:虫取り、やめちゃったんだ。
コウ:うん。
アサミ:てか、コウがそういうのしてたの意外だったな~。もっとピュアピュアちゃんだと思ってた。
コウ:そんなに?
アサミ:彼女いないって言ってたし。
コウ:遊んでばかりだからかな。
アサミ:ほんとに?
コウ:さぁ。や、言うほど遊んでないわ。
アサミ:私はさ。変だなって思ったよ。虫取りやめた理由。
コウ:え?
アサミ:コウさぁ。
コウ:なに。
アサミ:その蝶、殺しちゃったんじゃない?
コウ:え。
アサミ:蝶って脆いもん。何回も何回も捕まえてたら羽根の粉だって薄くなるし。ちょっといつもより強く握っただけでも、十分大きい力なんだよね。たぶん。
コウ:あー。......そうなんだよ。
アサミ:ふぅん。
コウ:や、けど。直接潰したとかじゃないんだけど、急に見なくなって。少し雨が続いたことがあってさ。それから見なくなったんだ。もしかしたら僕が触れすぎたせいかもって。
ウミカ:愛してる。
アサミ:......ねえ。
コウ:ん?
アサミ:変なこと聞くけどさ。コウが行くのやめたんじゃなくて。そのウミカって娘(こ)。出勤しなくなったんじゃない?
コウ:はぁ......。
アサミ:なに。
コウ:まあ。うん。ここ最近、仕事、忙しかったろ。その期間、ウミカの出勤も多くてさ。でも。
アサミ:仕事が落ち着いたらいなくなってた?
コウ:うん。流石に自意識過剰だよな。
アサミ:どうだろね。すぐ会えると思って飛び続けようとして......。
コウ:なんてね。そんな考え、おかしいよ。ただの嬢さ。天使でもなくて、ただの嬢さ。
アサミ:珍しく好きになっちゃったんだ。
コウ:恥ずかしいこと言うなよ。こんなの、恋なんかじゃない。
アサミ:恋じゃないか。
コウ:違うよ。これはただの痛み。天使じゃなくて痛み。
アサミ:そっか。変な例え。
コウ:ん。ほら。一服したあとだから。なんて。な。あぁ......雨、だな。
0:ホテル前(最終)
ウミカ:変な顔。
コウ:元からだよ。
ウミカ:ううん、いつもはそんな眉曲がってないよ。
コウ:そうかー?
ウミカ:......雨が嫌い?
コウ:嫌い。ちょっと今やんできたか?
ウミカ:あ、顔戻った。......うん、私も雨は嫌い。
コウ:どうして?
ウミカ:いつも傘もってないから。降られたときはもうそのまんま濡れっぱなし。めっちゃ嫌なんだけど、なんか、予報見るのもめんどくさくてさ。で、濡れながらちょっとずつ自分のこと嫌になったり、好きなこと考えたり、繰り返して繰り返して落ち込んで。
コウ:そっか。僕も天気予報は見ないな。けどその都度、傘を買って、途中で止んだらそのまんまどこかに忘れて帰って。雨は、嫌いだな。特に夜のは。
ウミカ:うん。夜のは特にやだ。
コウ:あの車?
ウミカ:うん。
コウ:じゃ、またね。
ウミカ:うん、気を付けてね。......ん?
コウ:ううん。
ウミカ:なんでそんな悲しそうな顔するの?
コウ:そんな変な顔? ははっ。
ウミカ:うん、変な顔。へへ。
コウ:じゃ。
ウミカ:うん。ばいばい。
0:喫煙所(最終)
アサミ:......? コウ?
コウ:ううん。なんでもない。
アサミ:時が止まったみたいな顔してたよ。
コウ:時が止まる。
アサミ:なーんかまた思い出してた?
コウ:ん。最後の別れ際。
アサミ:変な顔。ふっ、はは。(少し笑ってから真面目な顔で)どんな気持ちだったの? ほら、雨降ってるし、こういうときくらいそういう話、しても大丈夫だから。
コウ:うん。そのときの僕は、ほんの少しだけ、何か話したくて。また会えるのはちょっと先になるから。けど何も言い出せなくて。いつの間にか外にはまた雨が降りだして、それで結局僕たちの関係は終わり。
アサミ:うん。
コウ:うん、永遠に。
アサミ:もう少しタバコ休憩してなよ。仕事ちょっち落ち着いたしさ。私は先戻っとくけど。ね?
コウ:うん。ありがと。