台本概要

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タイトル STRAYSHEEP Ⅱ
作者名 紫音  (@Sion_kyo2)
ジャンル その他
演者人数 5人用台本(男1、女4)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 『誰も、何も信じるな。この世は噓で溢れている』
ルシアは後輩のノエルを連れて、新しい仕事へと向かう。しかし、その足元で既に、不穏な影は蠢き始めていた――。
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STRAYSHEEPシリーズ二作目になります。
時間は30分~40分を想定しています。
上演の際、お手数でなければお知らせいただけると嬉しいです。※必須ではないです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ルシア 82 殺し屋。シルバーの部下。
シルバー 44 殺し屋組織のトップ。ルシアからは「ボス」と呼ばれている。
ヒリス 34 殺し屋。組織内では教育係として、新人の面倒を見ている。
ノエル 61 新人の殺し屋。いつもテンションが高いドジっ子。 ……のように思われていたが、その本性は――
ベル 33 情報屋。年齢は若く、人の神経を逆撫でるような話し方をする。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:深夜、とある酒場にて。 0:カウンター席で、中年の男がグラスを傾けている。 0:その背中に、ルシアが声をかけた。 ルシア:……お待たせして申し訳ありません、ボス。 シルバー:……随分来るのが遅かったな。 シルバー:お前一人か、ロイドはどうした。 ルシア:それが、その……どこへ行ってしまったのやら…… ルシア:何度も電話をかけているのですが繋がらずで……仕方なく、私一人で。 シルバー:……(ため息)。 シルバー:まあ……いつものことか。 ルシア:申し訳ありません……。 シルバー:いい、座りなさい。 ルシア:……はい。 0:グラスの酒を一口飲んでから、シルバーが話し始める。 シルバー:獲物を、仕留め損ねたそうだな。 ルシア:……申し訳ありません。 シルバー:何か言い訳はあるか。 ルシア:いえ……私の、実力不足です。 ルシア:今後は、このようなことがないように…… シルバー:ルシア。 ルシア:はい。 シルバー:一瞬の迷いは命取りだ。 シルバー:己を疑うな、ただ信じる道を貫け。 シルバー:それができなくなったとき、迷いで引き金を引けなくなったとき……殺し屋は終わる。 シルバー:肝に銘じておけ。 ルシア:……は、はい。 ルシア:分かりました、ボス。 シルバー:今回の件は、目をつぶってやる。少々相手が悪かっただろうからな。 ルシア:……ありがとうございます。 シルバー:次の仕事もある。もう行きなさい。 ルシア:……はい。 0:席を立つルシア。 0:途中、シルバーを振り返り問いかける。 ルシア:……ボス。 シルバー:なんだ。 ルシア:ボスは……デュアルバレットのことを、どこまで知っているのですか? シルバー:……。 ルシア:……ボス? シルバー:知らん。……会ったことも、話したこともない。 ルシア:……。 シルバー:まだ、なにかあるか。 ルシア:……いいえ。 ルシア:失礼します。 0:ルシアが店を出て行くと、それを待っていたかのように、先刻までルシアが座っていた席に若い女が座る。 ベル:……なーんであんな“嘘”つくのかな?シルバーは。 シルバー:……ベル。 ベル:『デュアルバレットには会ったことも話したこともない』なんてさ、大噓じゃんね。 ベル:本当は、大事な大事な部下……いや、弟子だったくせにさ。 シルバー:……よせ、ベル。 ベル:自分が殺しちゃったと思ってたのが、実は生きてた。……嬉しかったんでしょ?本当は。 ベル:でも同時に辛かった……だって、あの二人は『始末』しなくちゃいけないもんね、組織として。 シルバー:いい加減にしろ、ベル。 ベル:……。 シルバー:その話はもういいだろう、今は関係ない。 ベル:あは、ごめんごめん。……ほら、あたしってばお節介だからさ。ついつい口出ししたくなっちゃうんだよね。あんまり怒んないでよ。 シルバー:情報屋として「デュアルバレットが生きている」という情報を提供してくれたお前には、礼を言おうと思っていたんだぞ。 シルバー:だが今のでその気が失せた。 ベル:だーからごめんってばぁ、謝るからさー……。 シルバー:……(ため息)。 0:少し間を置き、ベルは左方向へ目をやる。 ベル:……んで? ベル:おねーさんはいつまでそこに突っ立ってる気? 0:そこには、壁際で腕を組んで佇んでいるヒリスの姿。 0:ベルを睨みながらヒリスが言う。 ヒリス:……あら、誰のせいだと思ってるのかしら? ベル:え?誰? ヒリス:……(ため息)。 0:ヒリスはベルの席を通り過ぎ、シルバーの右隣の席に座る。 シルバー:仕事は片付いたのか、ヒリス。 ヒリス:ええ。 ヒリス:でも少し面倒なことが起きてるの。それをどうにかしてくるわ。 ヒリス:まあ、時間はかからないと思うけれど……念のために知らせておくわね。 シルバー:お前に任せる。上手くやれ。 ヒリス:ええ、任せておいて。 ベル:なになに?なにか始まるの? ヒリス:あなたには関係ないから黙っててちょうだい。 ベル:あははっ、なんでそんなにあたしのこと嫌うの?ヒリス。 ヒリス:さあ……なんでかしらね。 ベル:えー、気になる気になる~。なんでなんで? ヒリス:……あなたは平気な顔をして、人が心の奥に大事にしまい込んでいる過去を、秘密を、暴こうとするから。 ヒリス:そういう人間が、私はとっても嫌いなのよ。 ベル:ふーん?あたしってそういうことする人間だったんだ?知らなかったなー。 ヒリス:……ほら、その目も。 ヒリス:全て見透かしているみたいな、馬鹿にしたような目。 ヒリス:まだ若いくせに……ほんのわずかを垣間見ただけで、世の中のことを全て知った気になって…… シルバー:そこまでにしろ、ヒリス。見苦しいぞ。 ヒリス:……あら、ごめんなさい、つい。 ベル:怒りは美容に悪いよ、ヒリス。 シルバー:ベル、お前もだ。 ベル:はーい。 ヒリス:……もう行くわね、報告に寄っただけだから。 シルバー:ああ……頼んだぞ。 ヒリス:心配しないで、すぐ終わる。 ベル:行ってら~。 0:  0:  0:  0:その頃、ルシアはどこかに電話をかけながら歩いている。 ルシア:(少し怒ったように) ルシア:……もしもし、ロイド? ルシア:私です、あなた今どこですか? ルシア:『なんで』って……貴方がボスからの呼び出しに応じなかったからでしょう。 ルシア:……『面倒くさい』って……貴方は本当に―― ノエル:ルシアねえさーーーん! ルシア:きゃっ……!? 0:突然背後から飛びつかれ、ルシアはバランスを崩して前のめりに倒れた。 ノエル:あ、すすすすみませんッ!大丈夫ですかッ!? ルシア:……え、ええ……なんとか……。 ノエル:あわわ、久しぶりに会えたのが嬉しくて、つい飛びついちゃいました……。 ルシア:せめて普通に声をかけてもらえませんか……いつか怪我をしそうなので……。 ノエル:ほ、ほんとにすみません……。 ルシア:……あ、いけない、電話……! 0:ルシアは落ちたスマートフォンを拾う。 ルシア:もしもしロイド……もしもし? ルシア:……。 0:通話が切れていることに気付き、ため息とともにスマートフォンをしまう。 ノエル:あ、もしかして……お電話の邪魔しちゃいました? ルシア:……まあ、大丈夫です。 ノエル:うう……ほんとすみませんでした……。 0:(少しの間) ノエル:あ!ていうか聞いてくださいよ、ルシア姉さん! ルシア:なんでしょう。 ノエル:私、また仕事でドジしちゃって、ヒリスさんにめちゃくちゃ怒られて……もうほんっとに怖かったんですよ!鬼かってくらい! ノエル:なんであの人が新人教育係なんですかねー、もっと他に適任者いないんですか?例えばルシア姉さんとか……。 ルシア:私には向いていませんから……。 ノエル:えー、そんなことないですよ!絶対ルシア姉さんの方がいいですって!優しいし! ノエル:あんなに怖い人が教育係やってたんじゃ、新人がいくらいたってみんなやめてっちゃいますよ……。 ルシア:まあ、少し厳しいところはあるかもしれませんが……その分、最後まで責任をもってきちんと指導してくれていますから。 ルシア:そういう意味で、私は彼女を信用しています。 ノエル:でも……あの人ちょっとサディスティックなとこあるじゃないですか。 ノエル:いつか殺されそうでヒヤヒヤするんですけど…… ヒリス:あら、二人で仲良く何の話をしてるのかしら? ノエル:ひぇッ!!? 0:いつの間にか二人の背後に立ち、ニコニコと微笑んでいるヒリス。 ルシア:ヒリス……いつの間に。 ノエル:ひ、ヒリスさ……いや、あの、今のは、その…… ヒリス:ふふ、もしかして私の悪口でも言ってたの? ノエル:そ、そそそそんなことありませんよッ!? ノエル:悪口なんてそんな、言うわけないじゃないですか……ね!?ルシア姉さんッ!! ルシア:……さあ、知りません。 ノエル:突然の裏切りやめてください!? ヒリス:まあ、それはあとで新人さんにゆーっくり聞くとして…… ノエル:うぅ…… ヒリス:ルシア、新しい仕事が入ったわ。頼めるかしら。 ルシア:ええ、構いませんが。 ヒリス:あなたからしたら簡単な仕事よ、マトは一人。……ただし“失敗”は厳禁。 ルシア:……それは、私への嫌味と受け取ればいいのでしょうか。 ヒリス:そんなことないわ。そのままの意味よ、他意はないの。 ヒリス:それなりに大事な案件だからあなたに頼んでいるのよ。 ルシア:……(ため息)。 ルシア:分かりました、すぐにロイドに声をかけます。 ヒリス:ああ、そうそう。今回はロイドはいいわ。 ルシア:……私一人でいいと? ヒリス:ロイドの代わりに……この子を連れて行ってくれる? ノエル:……え?私ですか? ルシア:なぜでしょう、ノエルはまだ新人ですよ? ヒリス:新人といっても、だいぶ仕事にも慣れてきた頃でしょう。そろそろ私の手から離れてくれないとね。 ヒリス:それに、たまには私以外の先輩から助言を聞くのもいいでしょう? ルシア:まあ……そういうことであれば。 ヒリス:よろしくね、ルシア。 ヒリス:ノエル、ルシアの足を引っ張らないようにね。 ノエル:は、はいっ!頑張ります! 0:  0:  0:  0:その頃、酒場にて。 0:水の入ったグラスを傾けながら、ベルが笑う。 ベル:嫌だよねぇ、大人ってさ。小さなことでいちいち腹立てちゃって。 シルバー:お前はそうやってすぐに人を煽る。悪い癖だ、どうにかしろ。 ベル:あはは、ごめんってば。 ベル:だってさ、面白いじゃん、人間って。 シルバー:……面白い? ベル:そ、みんなうわべだけ取り繕って、嘘で塗り固めて。 ベル:ヒリスの言葉を借りるなら……『心の奥に大事にしまい込んだ過去や秘密』を、必死に隠し通そうとする。 ベル:それこそがその人の本質のはずなのに、一番見せるべき部分を隠しこんでさ……それを暴くことの、何が悪いんだろうね? シルバー:……。 ベル:シルバーだってそうだよ。 ベル:“嘘つき”、でしょ? シルバー:……やめろと言ったぞ、ベル。 ベル:さっきのとはまた別。 ベル:デュアルバレットのことじゃなくてさ……ルシアのことだよ。 0:  0:  0:  ノエル:……うー、どうしよ、緊張する……ルシア姉さんと一緒に仕事だなんて…… ノエル:頑張るとか言っちゃったけど、足引っ張りそう…… ルシア:ノエル?どうかしましたか? ノエル:あ、いや!なんでもないです! 0:(少しの間) ノエル:……あ、そういえばルシア姉さん。 ルシア:なんでしょう。 ノエル:あの……デュアルバレットとやり合ったって、本当ですか? ルシア:……ええ、まあ……本当、ですが。 ノエル:ひぇぇ……マジですか。 ノエル:すごいですね、ルシア姉さん。 ルシア:すごい、とは? ノエル:だって、あのデュアルバレットですよ?この辺りじゃ有名じゃないですか。 ルシア:そう……なんですか? ノエル:そりゃもう……あの二人に狙われたら生きて帰れないって言われてましたから。 ノエル:でもそれが、突然姿を消した。……死んだのかと思われてたけど…… ルシア:生きて、いましたね。 ノエル:何がすごいって、デュアルバレットとまともにやり合って、しかも無事で帰って来たっていうのがすごいんですよ! ノエル:やっぱり、ルシア姉さんとロイド兄さんはさすがだなぁ……。 ルシア:……そうでしょうか。 ノエル:え? ルシア:デュアルバレットは……死んでいましたよ。 ノエル:それって……どういう……? ルシア:あれはもはや、デュアルバレットではない。かつて恐れられていたような冷酷さも、殺し屋としての信念も、何もなくなっていた。……ただ、弱々しい一人の男がいただけでした。 ノエル:……。 ルシア:あんな風にはなりたくありません。 ルシア:『償い』なんて……私にはよく分からない。 ルシア:私は、自分が今まで進んできた……そして、これからも進んでいくであろう道を、ただ歩いていくだけです。 ノエル:……わあ、かっこいい……。 ルシア:真面目な話をしたつもりなのですが。 ノエル:あ、茶化してないですよ!?……なんていうか、その……芯が強くて、すごいなって。 ルシア:別に……。 ノエル:……あの。 ノエル:ルシア姉さんって、どうして殺し屋になったんですか? ルシア:……それを聞いて、どうするんですか。 ノエル:なんとなく、気になっちゃって。 ルシア:……。 ノエル:あ、でも、話したくなかったら全然…… ルシア:……私は……小さい頃、親に捨てられたんです。 ノエル:……え? ルシア:両親の顔は、覚えていません。でも、気が付いたときにはもう……私はひとりぼっちでした。 ルシア:そんなときに、私に手を差し伸べてくれたのが……ボスだった。 ノエル:ボス……シルバーさんが? ルシア:私をこの組織に迎え入れてくれて、生きるための術を教えてくれました。 ルシア:この仕事を、私に与えてくれた。……だから、今の私がいます。 ノエル:……そう、だったんですか。 0:僅かに、重い沈黙。 ルシア:……さあ、もうすぐ目的地です。気を引き締めていきますよ。 ノエル:は、はいっ! 0:  0:  0:  0:酒場にて。 ベル:ルシアにも、大きな“嘘”、ついてるもんね。 シルバー:……やめろ、ベル。 ベル:でも真実は、嘘ついてる本人が一番よく分かってるでしょ?……苦しくないの? シルバー:お前には関係ない。 ベル:言ったっしょ、あたしお節介なんだよ。 シルバー:お前のそれは、お節介すら通り越している。 ベル:今のままでいいの?シルバーは。 ベル:ルシアに、こんな大きな嘘ついたままで。 シルバー:……ベル。 シルバー:お前がそれを『暴いた』ところで……誰が得をする。 ベル:これって損得勘定の問題なわけ? シルバー:お前の言う通り、人はうわべを取り繕って生きるものだ。己の内側に押し込めたものを、必死に隠し通そうとする。 シルバー:……どうしてそうするか、分かるか。 ベル:分かんないよ。……分かんないから、暴きたいんだよ。 シルバー:……壊れるからだ。 ベル:……壊れる? シルバー:それを隠さなければ、押し殺さなければ、誰かと『うわべで繋いだ』繋がりが、呆気なく壊れてしまうからだ。 シルバー:だから人は、誰かを信じれば信じるほど、裏切られ、傷付き、悲しみ、恨む。 シルバー:信じていた『うわべ』とはあまりにもかけ離れた『真実』が、……心を、粉々になるほどに砕いていくからだ。 ベル:……でも、そしたらさ。 ベル:誰のことも信じられなくなるんじゃないの、それって。 シルバー:……そう。 シルバー:人間など、信ずるに値しない。……そういう生き物だ。 シルバー:人は、取り繕わなければ生きていけない。その内面が、あまりにも醜いから。 ベル:『醜いから、嘘で誤魔化す。』 ベル:『悲しませたくないから、隠し通す。』 ベル:……そうだね、それも正解なのかもしれないよ。 ベル:人間なんてみんな醜いもん。……そんなのあたしだってよく知ってるよ。 ベル:でも、だからって正当化なんてできないよ、シルバー。 ベル:何度も言うけど……この嘘は『大きすぎる』。 シルバー:……分かっているさ。 シルバー:だから………… シルバー:………… ベル:だから? シルバー:……きちんと、責任を取る。 シルバー:最後の最後に、この“嘘”は……必ず、明かす。 ベル:……。 0:少しの間、沈黙。 ベル:……最後の最後、ねぇ。 ベル:まあ、さ。シルバーのやりたいようにやればいいと思うよ。 ベル:あたしは……そういうやり方、あんまり好きじゃないけど。 0:ベルは荷物をまとめて席を立つ。 シルバー:……帰るのか。 ベル:うん、まだお仕事残ってるからさ。また何か、情報欲しかったら呼んで。 シルバー:……ああ、分かった。 0:  0:  0:  ルシア:……妙ですね。 ノエル:何がですか? ルシア:住所は、ここで間違いないはずですが……あまりにも、人の気配がない。 0:目の前には、とても人が住んでいるとは思えない、廃れた建物。 ノエル:もしかしてヒリスさん、住所間違えちゃったとか……? ルシア:彼女に限ってそれはないと思いますが……とにかく、慎重に行きましょう。 0:(間) 0:建物内に入り、中の様子を窺うルシアとノエル。 ノエル:……うーん、誰もいませんねぇ……。 ノエル:呼んでみます?「誰かいませんかー」って。 ルシア:ふざけている場合ですか、仕事中ですよ。 ノエル:あ、すみません……。 ルシア:もう少し進みましょう。隠れているかもしれませんから、気を抜かないように。 ノエル:はい。 0:ルシアが奥の方へと進んでいく。その後ろにノエルもついてくる。 ルシア:(人が住んでいるような形跡はない……本当に誰もいないのでしょうか) ルシア:(一体、どういう……やはりヒリスのミス……?) ノエル:る、ルシア姉さーん……そんなに奥まで進んでいって大丈夫ですかー……? ルシア:ちゃんとついてきてください、置いていきますよ。 ノエル:は、はーい…… 0:ノエルが、そっと足を止める。 ノエル:すごいなぁ、ルシア姉さん……さすが現場慣れしてるっていうか…… 0:言いながら、前方を進んでいくルシアの背に、音もなく銃口を向ける。 ノエル:でも……いきなり敵に撃たれたりしないように…… 0:そのまま引き金に、指をかける。 ノエル:気を付けて……ください、ね。 0:直後。 ルシア:……どういうつもりですか。 ノエル:……ッ! 0:ルシアが瞬時にノエルの方を振り返り、銃口を突き付ける。 ルシア:説明してください、ノエル。 ルシア:なぜ、私に銃口を向けているのですか。 ノエル:え、あ、いや…… ノエル:あ、あはは……その、ほんの冗談っていうか、あの…… ルシア:冗談にしては少々たちが悪いかと。……銃を下ろしなさい。 ノエル:……。 ルシア:聞こえませんでしたか。銃を下ろしなさい。 ノエル:……。 0:(ここから以下、ノエルの声色が低くなる) ノエル:……はは、なんだよ、面白くないな。 ルシア:……! ノエル:いきなり銃口向けられたっていうのに、表情変わんないじゃないですか。少しはビビったりするかと思ったのに。 ルシア:この程度で私が動じるとでも? ノエル:あっはは、なんかムカつきますね、その余裕のツラ。 ルシア:……貴女、何者ですか。 ノエル:何者って聞かれてもねぇ、ほんとは答えてやる義理なんてないんですけど……まあ、冥土の土産に教えてやりますかね。 ノエル:私は、あんたらみたいな殺し屋を……“狩る”人間ですよ。 ルシア:……なぜ、新人のフリなど。 ノエル:そうやって潜り込んだ方がやりやすいと思ったんで。 ノエル:あんたらは警戒心が強いから、普通にやろうとしたって無理なのはすぐ分かる。でもまさか、仲間から撃たれるとは思わないだろうから、隙を突いて……と、思ったのに。 ルシア:考えが甘すぎましたね、常に警戒は解いていません。 ノエル:みたいですね。……あーあ、バカのフリすんのも大変だったってのに。 ノエル:まあでも、あんた一人ならどうにかなる。……いや、どうにかして……それで、他の連中も始末しないと。 ルシア:残念ですが……貴女ごときでは、私に敵いませんよ。 ノエル:言ってくれますねぇ。でもその言葉、そっくりそのまま返しますよ。 ノエル:こう見えても私、それなりに腕は立つほう―― ヒリス:(ノエルの言葉に被せるように) ヒリス:あら残念ね、こちらの方が一枚上手だったみたい。 0:直後、銃声。 0:突然現れたヒリスの撃ち込んだ弾が、ノエルの腹部に命中する。 ノエル:ぐッ……!? ルシア:ヒリス……!? ヒリス:ふふ、お馬鹿なネズミちゃん。私たちを騙せるなんて、本気で思ってたのかしら? ヒリス:悪いけど、あなたがただの使えない新人じゃないってことは、こっちは最初からお見通しよ。 ノエル:……く、そ……なん、で…… ヒリス:ああ、死なないでちょうだいね?聞かないといけないことがたっくさんあるんだから。 ノエル:……ふざ……けん……な、よ…… 0:そのままノエルは気を失う。 ヒリス:ふぅ、全く面倒なことしてくれるわ。 ルシア:……どういうことですか。 ヒリス:ん?どうって? ルシア:貴女、最初から全部分かっていて、ノエルの本性を暴くためにありもしない仕事を私に…… ヒリス:ごめんなさいね、囮にしたかったわけじゃないのよ。 ヒリス:言ったでしょ?『大事な案件だからあなたに頼んでる』って。 ヒリス:あなたなら、この子にやられるようなこともないだろうと思って。……信頼して任せたのよ、気を悪くしないで。 ルシア:……(ため息)。 ルシア:まあ、いいです。……この後どうするんですか。 ヒリス:この子が目を覚ましたら、いろいろと聞かないとね。ちょっと痛くするかもしれないけど、我慢してもらいましょう。 ルシア:その辺りは任せます。……帰りましょう。 ヒリス:……ああ、ちょっと待って、ルシア。 ルシア:なんでしょうか。 ヒリス:……今言うようなことではないのかもしれないけど……あなたに、伝えておかなきゃいけないことがあるの。 ヒリス:……あのね、ルシア。 ヒリス:……、……。 0:ヒリスは何かを言いかけて、それを口に出して良いのか迷うように少し考え込む。 ルシア:……ヒリス? 0:(ヒリス、少し考えるような間) ヒリス:……あのね、ルシア。 ヒリス:もしかしたらこの先……あなたがとても辛い思いをするようなことがあるかもしれない。 ルシア:……辛い、こと……? ヒリス:あなたの心が、信じられないほど抉られていくかもしれない。でも……どんなに辛かったとしても、その相手を、憎まないであげてほしいの。 ルシア:……相手、とは? ヒリス:それは……今はっきりと、私の口から言うことはできない。 ヒリス:でもいつか、分かるときがくる。……そのときに、今の言葉を思い出して。 ヒリス:その人は、あなたを裏切るかもしれないけれど……きっと誰よりも、あなたを愛している人だから。 ヒリス:……お願いね、ルシア。 ルシア:……。 ルシア:……分かり、ました。 ヒリス:ありがとう。 ヒリス:……さあ、帰りましょう。 0:  0:  0:  0:回想。 0:若いシルバーと、幼い少女が並んで歩いている。 シルバー:……ルシア。 ルシア:はい、ボス。 シルバー:一つ、これだけは覚えておきなさい。 ルシア:……なんですか? シルバー:人間は皆、本当の自分を隠して、嘘で塗り固めている生き物だ。 ルシア:……うそ……? シルバー:だからルシア、誰のことも信じるな。 シルバー:信じていいのは、本当の自分だけだ。周りの人間を、信用しようと思うな。 シルバー:この、俺でさえも。 シルバー:……約束だ。 ルシア:……。 ルシア:……はい、ボス。 0: 

0:深夜、とある酒場にて。 0:カウンター席で、中年の男がグラスを傾けている。 0:その背中に、ルシアが声をかけた。 ルシア:……お待たせして申し訳ありません、ボス。 シルバー:……随分来るのが遅かったな。 シルバー:お前一人か、ロイドはどうした。 ルシア:それが、その……どこへ行ってしまったのやら…… ルシア:何度も電話をかけているのですが繋がらずで……仕方なく、私一人で。 シルバー:……(ため息)。 シルバー:まあ……いつものことか。 ルシア:申し訳ありません……。 シルバー:いい、座りなさい。 ルシア:……はい。 0:グラスの酒を一口飲んでから、シルバーが話し始める。 シルバー:獲物を、仕留め損ねたそうだな。 ルシア:……申し訳ありません。 シルバー:何か言い訳はあるか。 ルシア:いえ……私の、実力不足です。 ルシア:今後は、このようなことがないように…… シルバー:ルシア。 ルシア:はい。 シルバー:一瞬の迷いは命取りだ。 シルバー:己を疑うな、ただ信じる道を貫け。 シルバー:それができなくなったとき、迷いで引き金を引けなくなったとき……殺し屋は終わる。 シルバー:肝に銘じておけ。 ルシア:……は、はい。 ルシア:分かりました、ボス。 シルバー:今回の件は、目をつぶってやる。少々相手が悪かっただろうからな。 ルシア:……ありがとうございます。 シルバー:次の仕事もある。もう行きなさい。 ルシア:……はい。 0:席を立つルシア。 0:途中、シルバーを振り返り問いかける。 ルシア:……ボス。 シルバー:なんだ。 ルシア:ボスは……デュアルバレットのことを、どこまで知っているのですか? シルバー:……。 ルシア:……ボス? シルバー:知らん。……会ったことも、話したこともない。 ルシア:……。 シルバー:まだ、なにかあるか。 ルシア:……いいえ。 ルシア:失礼します。 0:ルシアが店を出て行くと、それを待っていたかのように、先刻までルシアが座っていた席に若い女が座る。 ベル:……なーんであんな“嘘”つくのかな?シルバーは。 シルバー:……ベル。 ベル:『デュアルバレットには会ったことも話したこともない』なんてさ、大噓じゃんね。 ベル:本当は、大事な大事な部下……いや、弟子だったくせにさ。 シルバー:……よせ、ベル。 ベル:自分が殺しちゃったと思ってたのが、実は生きてた。……嬉しかったんでしょ?本当は。 ベル:でも同時に辛かった……だって、あの二人は『始末』しなくちゃいけないもんね、組織として。 シルバー:いい加減にしろ、ベル。 ベル:……。 シルバー:その話はもういいだろう、今は関係ない。 ベル:あは、ごめんごめん。……ほら、あたしってばお節介だからさ。ついつい口出ししたくなっちゃうんだよね。あんまり怒んないでよ。 シルバー:情報屋として「デュアルバレットが生きている」という情報を提供してくれたお前には、礼を言おうと思っていたんだぞ。 シルバー:だが今のでその気が失せた。 ベル:だーからごめんってばぁ、謝るからさー……。 シルバー:……(ため息)。 0:少し間を置き、ベルは左方向へ目をやる。 ベル:……んで? ベル:おねーさんはいつまでそこに突っ立ってる気? 0:そこには、壁際で腕を組んで佇んでいるヒリスの姿。 0:ベルを睨みながらヒリスが言う。 ヒリス:……あら、誰のせいだと思ってるのかしら? ベル:え?誰? ヒリス:……(ため息)。 0:ヒリスはベルの席を通り過ぎ、シルバーの右隣の席に座る。 シルバー:仕事は片付いたのか、ヒリス。 ヒリス:ええ。 ヒリス:でも少し面倒なことが起きてるの。それをどうにかしてくるわ。 ヒリス:まあ、時間はかからないと思うけれど……念のために知らせておくわね。 シルバー:お前に任せる。上手くやれ。 ヒリス:ええ、任せておいて。 ベル:なになに?なにか始まるの? ヒリス:あなたには関係ないから黙っててちょうだい。 ベル:あははっ、なんでそんなにあたしのこと嫌うの?ヒリス。 ヒリス:さあ……なんでかしらね。 ベル:えー、気になる気になる~。なんでなんで? ヒリス:……あなたは平気な顔をして、人が心の奥に大事にしまい込んでいる過去を、秘密を、暴こうとするから。 ヒリス:そういう人間が、私はとっても嫌いなのよ。 ベル:ふーん?あたしってそういうことする人間だったんだ?知らなかったなー。 ヒリス:……ほら、その目も。 ヒリス:全て見透かしているみたいな、馬鹿にしたような目。 ヒリス:まだ若いくせに……ほんのわずかを垣間見ただけで、世の中のことを全て知った気になって…… シルバー:そこまでにしろ、ヒリス。見苦しいぞ。 ヒリス:……あら、ごめんなさい、つい。 ベル:怒りは美容に悪いよ、ヒリス。 シルバー:ベル、お前もだ。 ベル:はーい。 ヒリス:……もう行くわね、報告に寄っただけだから。 シルバー:ああ……頼んだぞ。 ヒリス:心配しないで、すぐ終わる。 ベル:行ってら~。 0:  0:  0:  0:その頃、ルシアはどこかに電話をかけながら歩いている。 ルシア:(少し怒ったように) ルシア:……もしもし、ロイド? ルシア:私です、あなた今どこですか? ルシア:『なんで』って……貴方がボスからの呼び出しに応じなかったからでしょう。 ルシア:……『面倒くさい』って……貴方は本当に―― ノエル:ルシアねえさーーーん! ルシア:きゃっ……!? 0:突然背後から飛びつかれ、ルシアはバランスを崩して前のめりに倒れた。 ノエル:あ、すすすすみませんッ!大丈夫ですかッ!? ルシア:……え、ええ……なんとか……。 ノエル:あわわ、久しぶりに会えたのが嬉しくて、つい飛びついちゃいました……。 ルシア:せめて普通に声をかけてもらえませんか……いつか怪我をしそうなので……。 ノエル:ほ、ほんとにすみません……。 ルシア:……あ、いけない、電話……! 0:ルシアは落ちたスマートフォンを拾う。 ルシア:もしもしロイド……もしもし? ルシア:……。 0:通話が切れていることに気付き、ため息とともにスマートフォンをしまう。 ノエル:あ、もしかして……お電話の邪魔しちゃいました? ルシア:……まあ、大丈夫です。 ノエル:うう……ほんとすみませんでした……。 0:(少しの間) ノエル:あ!ていうか聞いてくださいよ、ルシア姉さん! ルシア:なんでしょう。 ノエル:私、また仕事でドジしちゃって、ヒリスさんにめちゃくちゃ怒られて……もうほんっとに怖かったんですよ!鬼かってくらい! ノエル:なんであの人が新人教育係なんですかねー、もっと他に適任者いないんですか?例えばルシア姉さんとか……。 ルシア:私には向いていませんから……。 ノエル:えー、そんなことないですよ!絶対ルシア姉さんの方がいいですって!優しいし! ノエル:あんなに怖い人が教育係やってたんじゃ、新人がいくらいたってみんなやめてっちゃいますよ……。 ルシア:まあ、少し厳しいところはあるかもしれませんが……その分、最後まで責任をもってきちんと指導してくれていますから。 ルシア:そういう意味で、私は彼女を信用しています。 ノエル:でも……あの人ちょっとサディスティックなとこあるじゃないですか。 ノエル:いつか殺されそうでヒヤヒヤするんですけど…… ヒリス:あら、二人で仲良く何の話をしてるのかしら? ノエル:ひぇッ!!? 0:いつの間にか二人の背後に立ち、ニコニコと微笑んでいるヒリス。 ルシア:ヒリス……いつの間に。 ノエル:ひ、ヒリスさ……いや、あの、今のは、その…… ヒリス:ふふ、もしかして私の悪口でも言ってたの? ノエル:そ、そそそそんなことありませんよッ!? ノエル:悪口なんてそんな、言うわけないじゃないですか……ね!?ルシア姉さんッ!! ルシア:……さあ、知りません。 ノエル:突然の裏切りやめてください!? ヒリス:まあ、それはあとで新人さんにゆーっくり聞くとして…… ノエル:うぅ…… ヒリス:ルシア、新しい仕事が入ったわ。頼めるかしら。 ルシア:ええ、構いませんが。 ヒリス:あなたからしたら簡単な仕事よ、マトは一人。……ただし“失敗”は厳禁。 ルシア:……それは、私への嫌味と受け取ればいいのでしょうか。 ヒリス:そんなことないわ。そのままの意味よ、他意はないの。 ヒリス:それなりに大事な案件だからあなたに頼んでいるのよ。 ルシア:……(ため息)。 ルシア:分かりました、すぐにロイドに声をかけます。 ヒリス:ああ、そうそう。今回はロイドはいいわ。 ルシア:……私一人でいいと? ヒリス:ロイドの代わりに……この子を連れて行ってくれる? ノエル:……え?私ですか? ルシア:なぜでしょう、ノエルはまだ新人ですよ? ヒリス:新人といっても、だいぶ仕事にも慣れてきた頃でしょう。そろそろ私の手から離れてくれないとね。 ヒリス:それに、たまには私以外の先輩から助言を聞くのもいいでしょう? ルシア:まあ……そういうことであれば。 ヒリス:よろしくね、ルシア。 ヒリス:ノエル、ルシアの足を引っ張らないようにね。 ノエル:は、はいっ!頑張ります! 0:  0:  0:  0:その頃、酒場にて。 0:水の入ったグラスを傾けながら、ベルが笑う。 ベル:嫌だよねぇ、大人ってさ。小さなことでいちいち腹立てちゃって。 シルバー:お前はそうやってすぐに人を煽る。悪い癖だ、どうにかしろ。 ベル:あはは、ごめんってば。 ベル:だってさ、面白いじゃん、人間って。 シルバー:……面白い? ベル:そ、みんなうわべだけ取り繕って、嘘で塗り固めて。 ベル:ヒリスの言葉を借りるなら……『心の奥に大事にしまい込んだ過去や秘密』を、必死に隠し通そうとする。 ベル:それこそがその人の本質のはずなのに、一番見せるべき部分を隠しこんでさ……それを暴くことの、何が悪いんだろうね? シルバー:……。 ベル:シルバーだってそうだよ。 ベル:“嘘つき”、でしょ? シルバー:……やめろと言ったぞ、ベル。 ベル:さっきのとはまた別。 ベル:デュアルバレットのことじゃなくてさ……ルシアのことだよ。 0:  0:  0:  ノエル:……うー、どうしよ、緊張する……ルシア姉さんと一緒に仕事だなんて…… ノエル:頑張るとか言っちゃったけど、足引っ張りそう…… ルシア:ノエル?どうかしましたか? ノエル:あ、いや!なんでもないです! 0:(少しの間) ノエル:……あ、そういえばルシア姉さん。 ルシア:なんでしょう。 ノエル:あの……デュアルバレットとやり合ったって、本当ですか? ルシア:……ええ、まあ……本当、ですが。 ノエル:ひぇぇ……マジですか。 ノエル:すごいですね、ルシア姉さん。 ルシア:すごい、とは? ノエル:だって、あのデュアルバレットですよ?この辺りじゃ有名じゃないですか。 ルシア:そう……なんですか? ノエル:そりゃもう……あの二人に狙われたら生きて帰れないって言われてましたから。 ノエル:でもそれが、突然姿を消した。……死んだのかと思われてたけど…… ルシア:生きて、いましたね。 ノエル:何がすごいって、デュアルバレットとまともにやり合って、しかも無事で帰って来たっていうのがすごいんですよ! ノエル:やっぱり、ルシア姉さんとロイド兄さんはさすがだなぁ……。 ルシア:……そうでしょうか。 ノエル:え? ルシア:デュアルバレットは……死んでいましたよ。 ノエル:それって……どういう……? ルシア:あれはもはや、デュアルバレットではない。かつて恐れられていたような冷酷さも、殺し屋としての信念も、何もなくなっていた。……ただ、弱々しい一人の男がいただけでした。 ノエル:……。 ルシア:あんな風にはなりたくありません。 ルシア:『償い』なんて……私にはよく分からない。 ルシア:私は、自分が今まで進んできた……そして、これからも進んでいくであろう道を、ただ歩いていくだけです。 ノエル:……わあ、かっこいい……。 ルシア:真面目な話をしたつもりなのですが。 ノエル:あ、茶化してないですよ!?……なんていうか、その……芯が強くて、すごいなって。 ルシア:別に……。 ノエル:……あの。 ノエル:ルシア姉さんって、どうして殺し屋になったんですか? ルシア:……それを聞いて、どうするんですか。 ノエル:なんとなく、気になっちゃって。 ルシア:……。 ノエル:あ、でも、話したくなかったら全然…… ルシア:……私は……小さい頃、親に捨てられたんです。 ノエル:……え? ルシア:両親の顔は、覚えていません。でも、気が付いたときにはもう……私はひとりぼっちでした。 ルシア:そんなときに、私に手を差し伸べてくれたのが……ボスだった。 ノエル:ボス……シルバーさんが? ルシア:私をこの組織に迎え入れてくれて、生きるための術を教えてくれました。 ルシア:この仕事を、私に与えてくれた。……だから、今の私がいます。 ノエル:……そう、だったんですか。 0:僅かに、重い沈黙。 ルシア:……さあ、もうすぐ目的地です。気を引き締めていきますよ。 ノエル:は、はいっ! 0:  0:  0:  0:酒場にて。 ベル:ルシアにも、大きな“嘘”、ついてるもんね。 シルバー:……やめろ、ベル。 ベル:でも真実は、嘘ついてる本人が一番よく分かってるでしょ?……苦しくないの? シルバー:お前には関係ない。 ベル:言ったっしょ、あたしお節介なんだよ。 シルバー:お前のそれは、お節介すら通り越している。 ベル:今のままでいいの?シルバーは。 ベル:ルシアに、こんな大きな嘘ついたままで。 シルバー:……ベル。 シルバー:お前がそれを『暴いた』ところで……誰が得をする。 ベル:これって損得勘定の問題なわけ? シルバー:お前の言う通り、人はうわべを取り繕って生きるものだ。己の内側に押し込めたものを、必死に隠し通そうとする。 シルバー:……どうしてそうするか、分かるか。 ベル:分かんないよ。……分かんないから、暴きたいんだよ。 シルバー:……壊れるからだ。 ベル:……壊れる? シルバー:それを隠さなければ、押し殺さなければ、誰かと『うわべで繋いだ』繋がりが、呆気なく壊れてしまうからだ。 シルバー:だから人は、誰かを信じれば信じるほど、裏切られ、傷付き、悲しみ、恨む。 シルバー:信じていた『うわべ』とはあまりにもかけ離れた『真実』が、……心を、粉々になるほどに砕いていくからだ。 ベル:……でも、そしたらさ。 ベル:誰のことも信じられなくなるんじゃないの、それって。 シルバー:……そう。 シルバー:人間など、信ずるに値しない。……そういう生き物だ。 シルバー:人は、取り繕わなければ生きていけない。その内面が、あまりにも醜いから。 ベル:『醜いから、嘘で誤魔化す。』 ベル:『悲しませたくないから、隠し通す。』 ベル:……そうだね、それも正解なのかもしれないよ。 ベル:人間なんてみんな醜いもん。……そんなのあたしだってよく知ってるよ。 ベル:でも、だからって正当化なんてできないよ、シルバー。 ベル:何度も言うけど……この嘘は『大きすぎる』。 シルバー:……分かっているさ。 シルバー:だから………… シルバー:………… ベル:だから? シルバー:……きちんと、責任を取る。 シルバー:最後の最後に、この“嘘”は……必ず、明かす。 ベル:……。 0:少しの間、沈黙。 ベル:……最後の最後、ねぇ。 ベル:まあ、さ。シルバーのやりたいようにやればいいと思うよ。 ベル:あたしは……そういうやり方、あんまり好きじゃないけど。 0:ベルは荷物をまとめて席を立つ。 シルバー:……帰るのか。 ベル:うん、まだお仕事残ってるからさ。また何か、情報欲しかったら呼んで。 シルバー:……ああ、分かった。 0:  0:  0:  ルシア:……妙ですね。 ノエル:何がですか? ルシア:住所は、ここで間違いないはずですが……あまりにも、人の気配がない。 0:目の前には、とても人が住んでいるとは思えない、廃れた建物。 ノエル:もしかしてヒリスさん、住所間違えちゃったとか……? ルシア:彼女に限ってそれはないと思いますが……とにかく、慎重に行きましょう。 0:(間) 0:建物内に入り、中の様子を窺うルシアとノエル。 ノエル:……うーん、誰もいませんねぇ……。 ノエル:呼んでみます?「誰かいませんかー」って。 ルシア:ふざけている場合ですか、仕事中ですよ。 ノエル:あ、すみません……。 ルシア:もう少し進みましょう。隠れているかもしれませんから、気を抜かないように。 ノエル:はい。 0:ルシアが奥の方へと進んでいく。その後ろにノエルもついてくる。 ルシア:(人が住んでいるような形跡はない……本当に誰もいないのでしょうか) ルシア:(一体、どういう……やはりヒリスのミス……?) ノエル:る、ルシア姉さーん……そんなに奥まで進んでいって大丈夫ですかー……? ルシア:ちゃんとついてきてください、置いていきますよ。 ノエル:は、はーい…… 0:ノエルが、そっと足を止める。 ノエル:すごいなぁ、ルシア姉さん……さすが現場慣れしてるっていうか…… 0:言いながら、前方を進んでいくルシアの背に、音もなく銃口を向ける。 ノエル:でも……いきなり敵に撃たれたりしないように…… 0:そのまま引き金に、指をかける。 ノエル:気を付けて……ください、ね。 0:直後。 ルシア:……どういうつもりですか。 ノエル:……ッ! 0:ルシアが瞬時にノエルの方を振り返り、銃口を突き付ける。 ルシア:説明してください、ノエル。 ルシア:なぜ、私に銃口を向けているのですか。 ノエル:え、あ、いや…… ノエル:あ、あはは……その、ほんの冗談っていうか、あの…… ルシア:冗談にしては少々たちが悪いかと。……銃を下ろしなさい。 ノエル:……。 ルシア:聞こえませんでしたか。銃を下ろしなさい。 ノエル:……。 0:(ここから以下、ノエルの声色が低くなる) ノエル:……はは、なんだよ、面白くないな。 ルシア:……! ノエル:いきなり銃口向けられたっていうのに、表情変わんないじゃないですか。少しはビビったりするかと思ったのに。 ルシア:この程度で私が動じるとでも? ノエル:あっはは、なんかムカつきますね、その余裕のツラ。 ルシア:……貴女、何者ですか。 ノエル:何者って聞かれてもねぇ、ほんとは答えてやる義理なんてないんですけど……まあ、冥土の土産に教えてやりますかね。 ノエル:私は、あんたらみたいな殺し屋を……“狩る”人間ですよ。 ルシア:……なぜ、新人のフリなど。 ノエル:そうやって潜り込んだ方がやりやすいと思ったんで。 ノエル:あんたらは警戒心が強いから、普通にやろうとしたって無理なのはすぐ分かる。でもまさか、仲間から撃たれるとは思わないだろうから、隙を突いて……と、思ったのに。 ルシア:考えが甘すぎましたね、常に警戒は解いていません。 ノエル:みたいですね。……あーあ、バカのフリすんのも大変だったってのに。 ノエル:まあでも、あんた一人ならどうにかなる。……いや、どうにかして……それで、他の連中も始末しないと。 ルシア:残念ですが……貴女ごときでは、私に敵いませんよ。 ノエル:言ってくれますねぇ。でもその言葉、そっくりそのまま返しますよ。 ノエル:こう見えても私、それなりに腕は立つほう―― ヒリス:(ノエルの言葉に被せるように) ヒリス:あら残念ね、こちらの方が一枚上手だったみたい。 0:直後、銃声。 0:突然現れたヒリスの撃ち込んだ弾が、ノエルの腹部に命中する。 ノエル:ぐッ……!? ルシア:ヒリス……!? ヒリス:ふふ、お馬鹿なネズミちゃん。私たちを騙せるなんて、本気で思ってたのかしら? ヒリス:悪いけど、あなたがただの使えない新人じゃないってことは、こっちは最初からお見通しよ。 ノエル:……く、そ……なん、で…… ヒリス:ああ、死なないでちょうだいね?聞かないといけないことがたっくさんあるんだから。 ノエル:……ふざ……けん……な、よ…… 0:そのままノエルは気を失う。 ヒリス:ふぅ、全く面倒なことしてくれるわ。 ルシア:……どういうことですか。 ヒリス:ん?どうって? ルシア:貴女、最初から全部分かっていて、ノエルの本性を暴くためにありもしない仕事を私に…… ヒリス:ごめんなさいね、囮にしたかったわけじゃないのよ。 ヒリス:言ったでしょ?『大事な案件だからあなたに頼んでる』って。 ヒリス:あなたなら、この子にやられるようなこともないだろうと思って。……信頼して任せたのよ、気を悪くしないで。 ルシア:……(ため息)。 ルシア:まあ、いいです。……この後どうするんですか。 ヒリス:この子が目を覚ましたら、いろいろと聞かないとね。ちょっと痛くするかもしれないけど、我慢してもらいましょう。 ルシア:その辺りは任せます。……帰りましょう。 ヒリス:……ああ、ちょっと待って、ルシア。 ルシア:なんでしょうか。 ヒリス:……今言うようなことではないのかもしれないけど……あなたに、伝えておかなきゃいけないことがあるの。 ヒリス:……あのね、ルシア。 ヒリス:……、……。 0:ヒリスは何かを言いかけて、それを口に出して良いのか迷うように少し考え込む。 ルシア:……ヒリス? 0:(ヒリス、少し考えるような間) ヒリス:……あのね、ルシア。 ヒリス:もしかしたらこの先……あなたがとても辛い思いをするようなことがあるかもしれない。 ルシア:……辛い、こと……? ヒリス:あなたの心が、信じられないほど抉られていくかもしれない。でも……どんなに辛かったとしても、その相手を、憎まないであげてほしいの。 ルシア:……相手、とは? ヒリス:それは……今はっきりと、私の口から言うことはできない。 ヒリス:でもいつか、分かるときがくる。……そのときに、今の言葉を思い出して。 ヒリス:その人は、あなたを裏切るかもしれないけれど……きっと誰よりも、あなたを愛している人だから。 ヒリス:……お願いね、ルシア。 ルシア:……。 ルシア:……分かり、ました。 ヒリス:ありがとう。 ヒリス:……さあ、帰りましょう。 0:  0:  0:  0:回想。 0:若いシルバーと、幼い少女が並んで歩いている。 シルバー:……ルシア。 ルシア:はい、ボス。 シルバー:一つ、これだけは覚えておきなさい。 ルシア:……なんですか? シルバー:人間は皆、本当の自分を隠して、嘘で塗り固めている生き物だ。 ルシア:……うそ……? シルバー:だからルシア、誰のことも信じるな。 シルバー:信じていいのは、本当の自分だけだ。周りの人間を、信用しようと思うな。 シルバー:この、俺でさえも。 シルバー:……約束だ。 ルシア:……。 ルシア:……はい、ボス。 0: