台本概要

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タイトル アサギマダラの処方箋
作者名 真野ショウタ  (@eda2812)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 アサギマダラ、藤袴。

【利用規約】(こまかいところ)
https://note.com/otetsudai_s/n/nd62bdc5b1067

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
フジ 97 藤川徹。地方の産婦人科医。シニカル
マキ 97 浅葱真姫。娼婦。頭がいい。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
フジ:毒の匂いがした。 フジ:甘く、軽やかな鱗粉の匂いだ。 フジ:彼女は、アサギマダラの匂いがした。 【タイトルコール】アサギマダラの処方箋 (読まずとも構いません) 0:〇診察室・フジ、患者を見送る。 フジ:「お大事に。無理しないようにね」 フジ:「……はあ」 マキ:「何、ため息ついてるの? センセ」 フジ:「……診察室には呼ばれるまで入ってきちゃいけないんだよ」 マキ:「勝手に入らなきゃ、先生、サボってるでしょ」 フジ:「ひと息、淹れるだけさ」 マキ:「じゃあ問題ないわね。私はヒスって騒がしくしないから」 フジ:「君だけを特別扱いはできない」 マキ:「今日、最後のオキャクサンよ。どう足掻いても特別なのは変わらないわ」 0:フジ、待合室を覗く。 フジ:「……本当に最後みたいだね」 マキ:「先生。私もコーヒー欲しい」 フジ:「ここは喫茶店じゃないんだ」 マキ:「あら。お礼のつもりなんだけど? 私との食事は普通はお金がかかるんだから」 0:フジ、コーヒーを淹れる フジ:「…………不合理だね」 マキ:「ありがと。ここのコーヒーが一番好きよ、マスター」 フジ:「インスタントなんだ、自分で買って淹れるのをオススメするよ」 マキ:「私はヌく方が得意だからね、淹れるのは先生にしてもらうの」 フジ:「まさか上手いことを言ったつもりかい?」 マキ:「オジサンたちには大受けなのよ」 フジ:「なら、僕がオジサンじゃない証明ができたわけだね。ありがと」 マキ:「どういたしまして」 フジ:「体調に変わりはないかい?」 マキ:「先生はどうなの?」 フジ:「僕は健康さ」 マキ:「それは嘘よ。医者なんだから」 フジ:「医者の不養生?」 マキ:「そうそれ」 フジ:「僕はヤブ医者だから健康なんだ」 マキ:「ブラックジャックみたいね、ふふふ…」 フジ:「免許なら持ってるよ。それにブラックジャックは名医だろ」 マキ:「先生のそれを命題にして対偶をとると、ブラックジャックは不健康になちゃうわ」 フジ:「ん? ……いや、そもそも命題に取れないだろうに」 マキ:「考えるのが面倒だからって投げないでほしいわ」 フジ:「頭がいいのをひけらかされる方の身にもなるといい」 マキ:「そのせいなのかしらね。私、陰口言われてるみたいなの」 フジ:「へぇ……」 マキ:「……」 フジ:「……」 マキ:「ねえ、仕事何時に終わるの?」 フジ:「君が帰ったら終わるさ」 0:マキ、立ち上がる。 マキ:「帰る」 フジ:「えっ」 マキ:「……ふふっ。怒ったと思った?」 フジ:「うん」 マキ:「どう?」 フジ:「怖かったよ」 マキ:「そう。じゃあ、許してあげる」 フジ:「それは良かった。ありがとう」 マキ:「ただとは言ってないよ」 フジ:「えっ」 マキ:「ふふっ、その顔。怖がらないでよ。ちょっと遊びに行くだけよ」 0:〇カラオケ マキ:「はい。何歌う?」 フジ:「僕が歌を歌うように見える?」 マキ:「馬鹿言わないで。職業なら知ってるわよ?」 フジ:「そう。僕は君が思ってるより馬鹿だから許してくれるかな?」 マキ:「自分のことを馬鹿だって言う人嫌い」 フジ:「どうして?」 マキ:「大抵は本当に馬鹿なんじゃなくて、面倒くさがってるだけだから。『馬鹿だから分かんない』じゃなくて、『面倒だから無視するね』だから」 フジ:「ふーん」 マキ:「私って面倒くさい女?」 フジ:「そのセリフは面倒くさいね。手前の意見は面白かったよ」 マキ:「よかった」 フジ:「……歌ってあげようか?」 マキ:「え!? 歌えるの?」 フジ:「僕も日本国民だ。ドラえもんくらいなら歌えると思う」 マキ:「あっははは、いいね。一緒に歌おう!」 0:フジ、ひとしきり歌い終える。 マキ:「アハハハ」 フジ:「ご機嫌だね」 マキ:「サイコー」 フジ:「僕のドラえもんはそんなに良かった?」 マキ:「うん。毎週歌ってね」 フジ:「流石に主題歌に選ばれるのは遠慮したいかな」 マキ:「ね。ドラえもんのひみつ道具、何がほしい?」 フジ:「とりよせバッグ」 マキ:「お。即答」 フジ:「整頓の必要がなくなるからね」 マキ:「倉庫を借りて物は全部その中に放り込んでおくんでしょ?」 フジ:「部屋がスッキリするね」 マキ:「でも倉庫まで返すのが面倒くさそう。四次元ポケットでいいじゃん。ポケットだけだけど」 フジ:「四次元ポケットの中身は整頓が必要だから却下だね」 マキ:「そんなに整頓苦手なの? 意外かも」 フジ:「病院のカルテを全部電子データにしてもらったくらいには苦手だよ」 マキ:「紙のカルテは?」 フジ:「秘密」 マキ:「いいことね。最近の患者のデータとかってブロックチェーンで消えないようになってるんでしょ?」 フジ:「そんないいもの導入してないよ」 マキ:「高いの?」 フジ:「知らない。まだ日本では使ってないんじゃない? 僕の所のカルテは月2万円くらいのサービスを使ってる」 マキ:「いい値段するね」 フジ:「安い方だよ。君は?」 マキ:「5万円かな」 フジ:「ひみつ道具」 マキ:「面白くなかった?」 フジ:「君ならそのジョークで笑う?」 マキ:「仕事ならね。これ系のジョークは言ってる方は楽しいね」 フジ:「聞いてる身はつまらない」 マキ:「知ってる。私はねタケコプター」 フジ:「どこでもドアじゃなくて?」 マキ:「うん。道中楽しみたい旅人でして」 フジ:「国土交通省に飛行許可を取るのが、面倒くさそうだね」 マキ:「当然低空飛行でこっそり飛ぶことにする。もちろんジーンズで」 フジ:「なんでジーンズ?」 マキ:「カッコイイでしょ」 フジ:「ふーん」 マキ:「嘘でも似合いそうって言ってほしい」 フジ:「お似合いだね」 マキ:「ありがと。ちょっと助かる」 フジ:「……」 マキ:「ねえ、膝枕させて」 フジ:「どういうこと?」 マキ:「先生の膝を貸してってこと」 フジ:「……」 マキ:「変なことしないから〜」 フジ:「……元気?」 マキ:「はい?」 フジ:「いや、なんでもない。片膝なら貸すから聞き流しといて」 0:マキ、フジの膝に頭をのせる。 マキ:「はーい。よっと」 フジ:「お酒飲んでたっけ?」 マキ:「私、お酒飲まない主義なんだよね」 フジ:「僕もだ」 マキ:「気が合うね〜」 フジ:「そうだね」 マキ:「あ。先生もそう思ってくれてる?」 フジ:「まあ、それなりには」 マキ:「趣味とかさ。話が面白いとか、どれだけ互いを知ってるかとかじゃないんだよね。欲しいのは」 フジ:「ほう」 マキ:「先生と私、いつも中身のない会話しかしてないでしょ」 フジ:「そうだね」 マキ:「この空虚が好き」 フジ:「中身のない話をするユーチューバーが好きみたいなものかな」 マキ:「違うよ。無駄な話は無駄」 フジ:「さっぱり違いがわからないよ」 マキ:「ユーチューバー始めてみる?」 フジ:「仕事の延長でも流石に嫌かな」 マキ:「私はユーチューバーやってみたいかな。旅チューバー」 フジ:「似合いそうだね」 マキ:「今も転々虫[テンテンムシ]してるからね。もう少しでまた何処かに行っちゃうよ」 フジ:「やっぱり、そろそろ行くつもりだったんだ」 マキ:「お? そんなこと思ってたの? 寂しい?」 フジ:「急に僕を誘い出したのも、地方の思い出を一つ作りたかったんだろう?」 マキ:「違うよ。いや、違くはないけど」 フジ:「どっちなのか」 マキ:「……中身のある話をしちゃうぞ?」 フジ:「するのは構わないよ。期待はされても困るけどね」 マキ:「この仕事、疲れたなあって」 フジ:「仕事は、みんな疲れるものだよ」 マキ:「私もそう思ってた。私なら割り切ってしまえると思ってた。私、頭いいからね」 フジ:「頭いいと君の周りではイジメられそうだね」 マキ:「悪いフリくらいちゃんとできてたよ『頭悪いからわかんなーい』って。そんな上辺が何枚も重ねられててさ。重たいなあって」 フジ:「何枚か数えてご覧よ」 マキ:「整形した顔。豊胸したおっぱい。エロ味の高い服。無駄に高い啼き声。匂いを作るアメニティ。部屋に並べるぬいぐるみ」 フジ:「ぬいぐるみ?」 マキ:「女の子の部屋を演出するグッズ」 フジ:「なるほど」 マキ:「重た〜い」 フジ:「メイクのしすぎで肌荒れしたみたいな感じかな」 マキ:「まさにそんな感じ。そりゃ、いろんな感覚がイカれるに決まってる」 フジ:「どんな感覚?」 マキ:「品性が落ちに落ちたね。下着が面倒くさい。あとギャグセンも落ちた。つまらないギャグも口から駄々漏れ」 フジ:「それなりに面白いギャグも言ってたよ」 マキ:「先生といるときは多少はマシよ。仕事中は酔っぱらいババアみたいね」 フジ:「老けたんだね」 マキ:「それが一番大きいかも」 フジ:「……老けたから、落ち込んでるの?」 マキ:「まさか。でも、老けたみたいに疲れてしまってる。周りの泡嬢と同じみたいに」 フジ:「なるほど」 マキ:「自分はあんなふうにならない自身があった。あっさり稼いで好きなことをして、地方を転々と遊び回るの。資格も取りながら程々の貯金をしておいて、程々のタイミングでリタイア」 フジ:「理想的だね」 マキ:「でも、最近はすごく重たい。心みたいなものかな。すごく重たい。毒を溜め込みすぎた」 フジ:「毒……ね」 マキ:「うん。身体もいじってるし、ますます、重たい。出てくる声もなんだか変な色してる気がする」 フジ:「……そんなことはないよ。無色だ」 マキ:「あー。無職になりたい」 フジ:「君さぁ……」 マキ:「ほら、ギャグセン落ちてるから」 フジ:「……そ。まあ、いいけど」 マキ:「ありがと」 フジ:「……隣の芝は青いって言うよね。……やっぱり何でもない」 マキ:「あ、ギャグセン伝播した」 フジ:「慰めようとしたんだけどな」 マキ:「慰めるなら私の身体触ってみてよ」 フジ:「どういう理屈、それ?」 マキ:「私に触れてほしいの。私の体に届いて欲しい」 フジ:「詩人みたいだね」 0:マキ、フジの目を見つめる。 マキ:「ただのギャグのつもりはないよ」 フジ:「そう」 マキ:「今から外に出ると、先生は気がつくの。夜の色がこびりついていている私は、とても汚いだろうからね。そしたら、あなたも私を可愛そうだと思うから、ほんの少し、情が湧いて一晩くらいは幸せにしてあげたいと思うの」 フジ:「君は、汚い」 マキ:「なら、あなたが洗って」 0:〇フジ自宅・ベッド フジ:彼女は、綺麗だった。 フジ:夜、彼女は声を上げなかった。 フジ:静かに啼いただけだった。 マキ:「ルックスでもないし、優しさでもないし、テクニックでもないの。空気が好き。先生の空気。だから、先生とは浅い会話しかしたくない。不純物の情報を入れたくない。情を混ぜたくない」 フジ:彼女は破綻していた。 フジ:それがわからないくらいには。 フジ:「……僕を洗剤だと勘違いしてる?」 マキ:「優しくしてって言ってるでしょ?」 フジ:翌朝、彼女は消えた。 フジ:僕なりに優しくはしたつもりだ。 フジ:僕の手が、彼女に届いたかは分からないけど、 フジ:彼女の匂いの大半は、僕の部屋に落としていった。 フジ:僕の心を過ぎ去らぬままに。

フジ:毒の匂いがした。 フジ:甘く、軽やかな鱗粉の匂いだ。 フジ:彼女は、アサギマダラの匂いがした。 【タイトルコール】アサギマダラの処方箋 (読まずとも構いません) 0:〇診察室・フジ、患者を見送る。 フジ:「お大事に。無理しないようにね」 フジ:「……はあ」 マキ:「何、ため息ついてるの? センセ」 フジ:「……診察室には呼ばれるまで入ってきちゃいけないんだよ」 マキ:「勝手に入らなきゃ、先生、サボってるでしょ」 フジ:「ひと息、淹れるだけさ」 マキ:「じゃあ問題ないわね。私はヒスって騒がしくしないから」 フジ:「君だけを特別扱いはできない」 マキ:「今日、最後のオキャクサンよ。どう足掻いても特別なのは変わらないわ」 0:フジ、待合室を覗く。 フジ:「……本当に最後みたいだね」 マキ:「先生。私もコーヒー欲しい」 フジ:「ここは喫茶店じゃないんだ」 マキ:「あら。お礼のつもりなんだけど? 私との食事は普通はお金がかかるんだから」 0:フジ、コーヒーを淹れる フジ:「…………不合理だね」 マキ:「ありがと。ここのコーヒーが一番好きよ、マスター」 フジ:「インスタントなんだ、自分で買って淹れるのをオススメするよ」 マキ:「私はヌく方が得意だからね、淹れるのは先生にしてもらうの」 フジ:「まさか上手いことを言ったつもりかい?」 マキ:「オジサンたちには大受けなのよ」 フジ:「なら、僕がオジサンじゃない証明ができたわけだね。ありがと」 マキ:「どういたしまして」 フジ:「体調に変わりはないかい?」 マキ:「先生はどうなの?」 フジ:「僕は健康さ」 マキ:「それは嘘よ。医者なんだから」 フジ:「医者の不養生?」 マキ:「そうそれ」 フジ:「僕はヤブ医者だから健康なんだ」 マキ:「ブラックジャックみたいね、ふふふ…」 フジ:「免許なら持ってるよ。それにブラックジャックは名医だろ」 マキ:「先生のそれを命題にして対偶をとると、ブラックジャックは不健康になちゃうわ」 フジ:「ん? ……いや、そもそも命題に取れないだろうに」 マキ:「考えるのが面倒だからって投げないでほしいわ」 フジ:「頭がいいのをひけらかされる方の身にもなるといい」 マキ:「そのせいなのかしらね。私、陰口言われてるみたいなの」 フジ:「へぇ……」 マキ:「……」 フジ:「……」 マキ:「ねえ、仕事何時に終わるの?」 フジ:「君が帰ったら終わるさ」 0:マキ、立ち上がる。 マキ:「帰る」 フジ:「えっ」 マキ:「……ふふっ。怒ったと思った?」 フジ:「うん」 マキ:「どう?」 フジ:「怖かったよ」 マキ:「そう。じゃあ、許してあげる」 フジ:「それは良かった。ありがとう」 マキ:「ただとは言ってないよ」 フジ:「えっ」 マキ:「ふふっ、その顔。怖がらないでよ。ちょっと遊びに行くだけよ」 0:〇カラオケ マキ:「はい。何歌う?」 フジ:「僕が歌を歌うように見える?」 マキ:「馬鹿言わないで。職業なら知ってるわよ?」 フジ:「そう。僕は君が思ってるより馬鹿だから許してくれるかな?」 マキ:「自分のことを馬鹿だって言う人嫌い」 フジ:「どうして?」 マキ:「大抵は本当に馬鹿なんじゃなくて、面倒くさがってるだけだから。『馬鹿だから分かんない』じゃなくて、『面倒だから無視するね』だから」 フジ:「ふーん」 マキ:「私って面倒くさい女?」 フジ:「そのセリフは面倒くさいね。手前の意見は面白かったよ」 マキ:「よかった」 フジ:「……歌ってあげようか?」 マキ:「え!? 歌えるの?」 フジ:「僕も日本国民だ。ドラえもんくらいなら歌えると思う」 マキ:「あっははは、いいね。一緒に歌おう!」 0:フジ、ひとしきり歌い終える。 マキ:「アハハハ」 フジ:「ご機嫌だね」 マキ:「サイコー」 フジ:「僕のドラえもんはそんなに良かった?」 マキ:「うん。毎週歌ってね」 フジ:「流石に主題歌に選ばれるのは遠慮したいかな」 マキ:「ね。ドラえもんのひみつ道具、何がほしい?」 フジ:「とりよせバッグ」 マキ:「お。即答」 フジ:「整頓の必要がなくなるからね」 マキ:「倉庫を借りて物は全部その中に放り込んでおくんでしょ?」 フジ:「部屋がスッキリするね」 マキ:「でも倉庫まで返すのが面倒くさそう。四次元ポケットでいいじゃん。ポケットだけだけど」 フジ:「四次元ポケットの中身は整頓が必要だから却下だね」 マキ:「そんなに整頓苦手なの? 意外かも」 フジ:「病院のカルテを全部電子データにしてもらったくらいには苦手だよ」 マキ:「紙のカルテは?」 フジ:「秘密」 マキ:「いいことね。最近の患者のデータとかってブロックチェーンで消えないようになってるんでしょ?」 フジ:「そんないいもの導入してないよ」 マキ:「高いの?」 フジ:「知らない。まだ日本では使ってないんじゃない? 僕の所のカルテは月2万円くらいのサービスを使ってる」 マキ:「いい値段するね」 フジ:「安い方だよ。君は?」 マキ:「5万円かな」 フジ:「ひみつ道具」 マキ:「面白くなかった?」 フジ:「君ならそのジョークで笑う?」 マキ:「仕事ならね。これ系のジョークは言ってる方は楽しいね」 フジ:「聞いてる身はつまらない」 マキ:「知ってる。私はねタケコプター」 フジ:「どこでもドアじゃなくて?」 マキ:「うん。道中楽しみたい旅人でして」 フジ:「国土交通省に飛行許可を取るのが、面倒くさそうだね」 マキ:「当然低空飛行でこっそり飛ぶことにする。もちろんジーンズで」 フジ:「なんでジーンズ?」 マキ:「カッコイイでしょ」 フジ:「ふーん」 マキ:「嘘でも似合いそうって言ってほしい」 フジ:「お似合いだね」 マキ:「ありがと。ちょっと助かる」 フジ:「……」 マキ:「ねえ、膝枕させて」 フジ:「どういうこと?」 マキ:「先生の膝を貸してってこと」 フジ:「……」 マキ:「変なことしないから〜」 フジ:「……元気?」 マキ:「はい?」 フジ:「いや、なんでもない。片膝なら貸すから聞き流しといて」 0:マキ、フジの膝に頭をのせる。 マキ:「はーい。よっと」 フジ:「お酒飲んでたっけ?」 マキ:「私、お酒飲まない主義なんだよね」 フジ:「僕もだ」 マキ:「気が合うね〜」 フジ:「そうだね」 マキ:「あ。先生もそう思ってくれてる?」 フジ:「まあ、それなりには」 マキ:「趣味とかさ。話が面白いとか、どれだけ互いを知ってるかとかじゃないんだよね。欲しいのは」 フジ:「ほう」 マキ:「先生と私、いつも中身のない会話しかしてないでしょ」 フジ:「そうだね」 マキ:「この空虚が好き」 フジ:「中身のない話をするユーチューバーが好きみたいなものかな」 マキ:「違うよ。無駄な話は無駄」 フジ:「さっぱり違いがわからないよ」 マキ:「ユーチューバー始めてみる?」 フジ:「仕事の延長でも流石に嫌かな」 マキ:「私はユーチューバーやってみたいかな。旅チューバー」 フジ:「似合いそうだね」 マキ:「今も転々虫[テンテンムシ]してるからね。もう少しでまた何処かに行っちゃうよ」 フジ:「やっぱり、そろそろ行くつもりだったんだ」 マキ:「お? そんなこと思ってたの? 寂しい?」 フジ:「急に僕を誘い出したのも、地方の思い出を一つ作りたかったんだろう?」 マキ:「違うよ。いや、違くはないけど」 フジ:「どっちなのか」 マキ:「……中身のある話をしちゃうぞ?」 フジ:「するのは構わないよ。期待はされても困るけどね」 マキ:「この仕事、疲れたなあって」 フジ:「仕事は、みんな疲れるものだよ」 マキ:「私もそう思ってた。私なら割り切ってしまえると思ってた。私、頭いいからね」 フジ:「頭いいと君の周りではイジメられそうだね」 マキ:「悪いフリくらいちゃんとできてたよ『頭悪いからわかんなーい』って。そんな上辺が何枚も重ねられててさ。重たいなあって」 フジ:「何枚か数えてご覧よ」 マキ:「整形した顔。豊胸したおっぱい。エロ味の高い服。無駄に高い啼き声。匂いを作るアメニティ。部屋に並べるぬいぐるみ」 フジ:「ぬいぐるみ?」 マキ:「女の子の部屋を演出するグッズ」 フジ:「なるほど」 マキ:「重た〜い」 フジ:「メイクのしすぎで肌荒れしたみたいな感じかな」 マキ:「まさにそんな感じ。そりゃ、いろんな感覚がイカれるに決まってる」 フジ:「どんな感覚?」 マキ:「品性が落ちに落ちたね。下着が面倒くさい。あとギャグセンも落ちた。つまらないギャグも口から駄々漏れ」 フジ:「それなりに面白いギャグも言ってたよ」 マキ:「先生といるときは多少はマシよ。仕事中は酔っぱらいババアみたいね」 フジ:「老けたんだね」 マキ:「それが一番大きいかも」 フジ:「……老けたから、落ち込んでるの?」 マキ:「まさか。でも、老けたみたいに疲れてしまってる。周りの泡嬢と同じみたいに」 フジ:「なるほど」 マキ:「自分はあんなふうにならない自身があった。あっさり稼いで好きなことをして、地方を転々と遊び回るの。資格も取りながら程々の貯金をしておいて、程々のタイミングでリタイア」 フジ:「理想的だね」 マキ:「でも、最近はすごく重たい。心みたいなものかな。すごく重たい。毒を溜め込みすぎた」 フジ:「毒……ね」 マキ:「うん。身体もいじってるし、ますます、重たい。出てくる声もなんだか変な色してる気がする」 フジ:「……そんなことはないよ。無色だ」 マキ:「あー。無職になりたい」 フジ:「君さぁ……」 マキ:「ほら、ギャグセン落ちてるから」 フジ:「……そ。まあ、いいけど」 マキ:「ありがと」 フジ:「……隣の芝は青いって言うよね。……やっぱり何でもない」 マキ:「あ、ギャグセン伝播した」 フジ:「慰めようとしたんだけどな」 マキ:「慰めるなら私の身体触ってみてよ」 フジ:「どういう理屈、それ?」 マキ:「私に触れてほしいの。私の体に届いて欲しい」 フジ:「詩人みたいだね」 0:マキ、フジの目を見つめる。 マキ:「ただのギャグのつもりはないよ」 フジ:「そう」 マキ:「今から外に出ると、先生は気がつくの。夜の色がこびりついていている私は、とても汚いだろうからね。そしたら、あなたも私を可愛そうだと思うから、ほんの少し、情が湧いて一晩くらいは幸せにしてあげたいと思うの」 フジ:「君は、汚い」 マキ:「なら、あなたが洗って」 0:〇フジ自宅・ベッド フジ:彼女は、綺麗だった。 フジ:夜、彼女は声を上げなかった。 フジ:静かに啼いただけだった。 マキ:「ルックスでもないし、優しさでもないし、テクニックでもないの。空気が好き。先生の空気。だから、先生とは浅い会話しかしたくない。不純物の情報を入れたくない。情を混ぜたくない」 フジ:彼女は破綻していた。 フジ:それがわからないくらいには。 フジ:「……僕を洗剤だと勘違いしてる?」 マキ:「優しくしてって言ってるでしょ?」 フジ:翌朝、彼女は消えた。 フジ:僕なりに優しくはしたつもりだ。 フジ:僕の手が、彼女に届いたかは分からないけど、 フジ:彼女の匂いの大半は、僕の部屋に落としていった。 フジ:僕の心を過ぎ去らぬままに。