台本概要

 215 views 

タイトル 俺は君を弄ぶ
作者名 ゆうつむり  (@you_voicon)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男2)
時間 30 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 男ふたりのサシ劇。
ラブストーリーですがBLではありません。

************************

たまに行く飲み屋で、たまに会う男。
彼は、俺のことを「女の子」だと思い込んでいる。
だから……弄んでみることにした。

************************

常識的なご使用の限り、使用連絡は一切不要です。
メンション等も要りません。

 215 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
アキ 152 20代後半の会社員。中性的な容姿。本当の名前はアキオ。
リョウタ 163 20代半ばの会社員。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
リョウタ:また会えた! 今日は早いんだね。 アキ:(M)俺は、この男を弄んでいる。 リョウタ:ビールでよかった? アキ:(M)たまに行く飲み屋で、たまに会う男。 リョウタ:アキちゃんトマト好きだったよね。注文しようか。 アキ:(M)名前しか知らないのはお互い様。だから。 リョウタ:大学、忙しいんじゃない? アキ:(M)嘘をついたところで良心も傷まない。本当は会社員だけど。 リョウタ:アキちゃん、しっかりしてるよね。年上の俺なんかより全然。 アキ:(M)たぶんこいつの方が3つは下だけど。 リョウタ:って、ごめん。馴れ馴れしくって。 アキ:(M)気を遣われるのも勘違い。だってそもそも。 リョウタ:気軽に話せる女の子って、アキちゃんぐらいしかいないから、つい。 アキ:(M)俺、男だし。 リョウタ:あ、ビール来た。乾杯しよう! アキ:うん、乾杯。 アキ:(M)俺のことを女だと思い込んでいる馬鹿な男。 アキ:(M)俺は、この男を弄んでいる。 0: アキ:(M)この男と初めて会ったのは三か月前。別に運命的な出会いでも何でもない。初めて入った飲み屋のカウンター。隣の席にいたこいつがスマホを落とした。それだけの話。 0: リョウタ:あ、やば。 アキ:(M)落ちたのは俺の席の真下。取ってやる義理もないのに、ほんの気まぐれで、俺はこの男のスマホを拾ってやった。 リョウタ:あー、すいません。 アキ:いえ。 リョウタ:……あの! アキ:何ですか? リョウタ:俺、ここの唐揚げ好きなんですけど、すっげー量多いんですよね。 アキ:はあ。 リョウタ:あの、よかったら、一緒に食べてもらえませんか? 俺のおごりで! アキ:え? でも、それって逆に悪いというか…… リョウタ:シェアできたら俺も助かるんで! ひとりだと注文できるものも限られるじゃないですか。 アキ:じゃあ……遠慮なく。 リョウタ:やったぁ!  :  アキ:(M)変な奴だと思った。でも、それが妙に好奇心をくすぐって、その夜はそのままなんとなく、この男と他愛もない話をして酒を飲んだ。  :  リョウタ:あー、なんだか楽しいなぁ! アキ:そうですか? リョウタ:俺、いつも一人で飲んでたんで。 アキ:友達とか多そうに見えますけどね。 リョウタ:全然ですよ! 就職してこっち来たんで、もともとの知り合いとかもいないし。 アキ:なるほど。それはちょっと寂しいかも。 リョウタ:分かってくれます? アキ:ええ、まあ。 リョウタ:わー嬉しい。なんか、さっきからすっげー話聞いてくれるし……俺、女の子とこんなに気楽に話せたの、初めてですよ! アキ:……え? アキ:(M)一瞬、何を言われたのか分からなかった。言い間違いか? リョウタ:お姉さん若そうだし……あ、もしかして学生さんだったりします? アキ:(M)間違いじゃない。こいつは、俺を女だと思ってる。 リョウタ:って、すいません。よくないですよね、個人的なこと聞くの。 アキ:いいですよ別に。学生です。 アキ:(M)小さな出来心。これがこいつについた、最初の噓。 リョウタ:おおー、花の女子大生だ! アキ:「花の」って、普通は女子高生とかに使うもんだと思いますけどね。 リョウタ:あの。名前、聞いてもいいですか? アキ:……アキです。 アキ:(M)本当はアキオ。でも、女で通用する名前をあえて名乗った。 リョウタ:アキちゃんって呼んでいいですか? アキ:いきなり距離つめすぎじゃないですか? リョウタ:あ、そうっすよね……。 アキ:(笑って)別にいいですよ。名前ぐらい。 リョウタ:やった! 俺、リョウタっていいます。 アキ:リョウタくん……また会えるといいですね。 リョウタ:はい! 0: アキ:(M)小さいころに性別を間違われるのはよくある話。けれど、思春期を過ぎても、ろくに声も低くならず、さほど背も伸びなかった俺は、二十歳(はたち)をこえてもよく女に間違われた。 アキ:(M)それは自分にとってそれなりにでかいコンプレックスで、だから、あの男みたいに、体格のいい、まっとうに発育したんだなって分かる男から間違われたのは、俺のプライドを傷つけた。 アキ:(M)だから、だ。こいつを弄んでやろうと思ったのは。女友達ができたと思って、せいぜい舞い上がればいい。 0: リョウタ:アキちゃん、今日はなんだか雰囲気違うね。 アキ:そう? リョウタ:春色ファッションっていうのかな? アキ:(M)あれからこの男とは月イチぐらいのペースで飲むようになった。 リョウタ:アキちゃん、肌白いから、そういう色が似合うよね。 アキ:(M)ギリ女でも着てそうな服を選んでるんだよ。わざと。 リョウタ:っていうか……肌、キレイだよね。 アキ:は? リョウタ:ご、ごめん、今の発言はちょっとキモかったかな……。 アキ:いや……あんまり言われたことないから、ちょっとびっくりしちゃった。 リョウタ:そっか。え、っていうか、アキちゃん、スッピンだよね……? アキ:うん、まあ。え、なに? ちょっとディスってる? リョウタ:違うよ! むしろ逆だって。スッピンなのにそんなにキレイなんだなって。 アキ:……。 リョウタ:あ、いや、スッピンを褒めるのって逆に嫌だったりする? ああっ、メイクも映えそうだなとは、思うよ! アキ:(噴き出す) リョウタ:え? アキ:女子を褒めんの、下手すぎでしょ。 リョウタ:ごめん。 アキ:そういうこと言うの、気があると思われるから、やめた方がいいよ。 リョウタ:ダメかな? アキ:え? リョウタ:え? アキ:……冗談でしょ。 リョウタ:あっ、いや、その……。 アキ:まぁ、悪い気はしないけど。 リョウタ:ほんと? じゃあ……。 アキ:でもさ、こうやってたまに飲むぐらいの関係がちょうどよくない? リョウタ:それは……そうだけど。 アキ:あからさまに落ち込まないでよ。今は、ってことで。 リョウタ:じゃあ、少しでも可能性あると思っていい? アキ:だから、距離つめるの早いんだって。 リョウタ:ああ、そっか。ごめん。 アキ:……ありがと。 リョウタ:え? アキ:肌、褒めてくれて。 リョウタ:もしかして慰めてくれてる? アキ:まあね。  :  アキ:(M)もしかして、この男、俺……いや「アキちゃん」のこと、好きなんじゃないだろうか。 アキ:(M)そう思ったら笑いをこらえるのに必死だった。 アキ:(M)そういえば、半年前に別れた彼女の口紅が、まだ部屋にあったな。 アキ:(M)そんなことを、ふと思い出して、また出来心がうずいた。  :  アキ:ねえ、メイク映え、しそうに見える? リョウタ:え……うん! アキ:……そっか。 0: リョウタ:あれ、アキちゃん……。 アキ:なに? リョウタ:もしかして、今日、リップしてる? アキ:よく気づくよね。 リョウタ:そりゃ気づくよ! オレンジ系のピンク、似合うね。 アキ:そこまで見てるの、ちょっとキモイよ。 リョウタ:そっか……。 アキ:いや、へこむなって。 リョウタ:自分が素敵だなって思ったことは、素直に言いたいだけなんだけど。 アキ:いいヤツかよ。 リョウタ:いいヤツだよ? アキ:ウケる。 リョウタ:あ、それ好きだな。 アキ:何が? リョウタ:たまーにガサツな口調になるところ。普段のアキちゃんとギャップがあって可愛い。 アキ:あっ。いや、それは、気をつける……。 リョウタ:え、なんで。いいのに! アキ:よくないよ。 リョウタ:ふふ、そういうところも可愛い。 アキ:ねえ、ちょっと可愛いって言いすぎじゃない? 勘違いするよ? リョウタ:していいのに。 アキ:またそんなこと言って。 リョウタ:もしかして、ちょっとぐらい喜んでくれてる? アキ:なんで? リョウタ:口元、ゆるんでるから。 アキ:(M)ばーか。お前が面白すぎてニヤケが止まんないんだよ。  :  アキ:(M)間違いない。この男は「アキちゃん」に惚れてる。 アキ:(M)だったら、とことん惚れさせてみようか。告白してきたときに、男だと知ったらどんな顔をするだろう。 アキ:(M)その顔が、見たくてたまらなくなった。 0: リョウタ:遅くなってごめん。 アキ:別に来なくてもよかったんだよ? リョウタ:そんなこと言わないでよー。 アキ:あはは。 リョウタ:今日も寒いね。 アキ:ね。 リョウタ:早く春にならないかなぁ。 アキ:花粉は永遠に来なくていいけど。 リョウタ:分かる。 アキ:もうすぐ3月かー。 リョウタ:なんだかんだ、飲むようになって半年ぐらい? アキ:確かに。それぐらいかも。 リョウタ:アキちゃん、髪伸びたよね。 アキ:え? あー、切りに行く時間なくて。鬱陶しいし、そのうち切るよ。 リョウタ:え、切っちゃうの? アキ:うん。 リョウタ:もったいないなぁ。伸ばしてたことってないの? アキ:そりゃないよ。 リョウタ:そりゃってことないでしょ。 アキ:あ、ああ、うん。 リョウタ:似合いそうなのにな。 アキ:……ほんと? リョウタ:うん。可愛いと思う。 アキ:いや、でもなぁ……。 リョウタ:伸ばしてみたら? アキ:……考えとく。 リョウタ:やった。 アキ:まだ伸ばすとは言ってないから! リョウタ:楽しみだな~。 アキ:はいはい。勝手に浮かれてなって。 リョウタ:……実はさ、そんなアキちゃんに、渡したいものがあって。 アキ:なに? リョウタ:プレゼント。いつも付き合ってくれるお礼。はい。 アキ:え、これって……。 リョウタ:うん。髪飾り。 アキ:ちょ、髪伸ばせって言ったの、そういうこと?! リョウタ:違うって! ショートでも使えるって、売り場のお姉さんが言ってたんだよ! アキ:ふーん……。 リョウタ:まぁ……もうちょっと伸ばした方が、これには合うんだろうなって思うけど。 アキ:リョウタ……もしかして、意外とモテる? リョウタ:全然! 言ってるじゃん、女の子の友達いないって。 アキ:ほんとかなぁ。 リョウタ:え、なんで? アキ:だって、これ……すっごい良いやつ。 リョウタ:そんなことないよ! って、まぁ、そっか。女の子の方が知ってるよね、こういうブランドって。 アキ:……ありがと。 リョウタ:使ってくれる? アキ:どうかなぁ? リョウタ:って言って、使ってくれるに一票! 0: アキ:(M)ちょっとびっくりした。このブランドは知ってる。俺も元カノにプレゼントしたことがある。 アキ:(M)なんでこのちっこい飾りがこんな値段するんだって思ったから、よく覚えてる。 アキ:(M)分かってはいたけど……こいつ、ガチじゃん。 アキ:(M)ああ、ワクワクする! もうそろそろ告白してくるんじゃないかって思ったら、多少髪を伸ばすぐらい、なんでもない気がしてきた。 0: リョウタ:やあ、アキちゃん。 アキ:あれ。なんで店、入ってないの? リョウタ:ここ、桜キレイでしょ。一緒に見たいなって思って。 アキ:ああ。確かに、いいね、ここ。 リョウタ:そこのベンチに座らない? アキ:いいよ。 リョウタ:……それ、着けてくれたんだ。 アキ:うん。まぁ一応。桜色だし? リョウタ:思った通り、よく似合ってる。 アキ:そう? リョウタ:こっち向いて、もっとよく見せて。 アキ:嫌だよ、恥ずかしい。 リョウタ:アキちゃん……。  :  アキ:(M)ああ、ついに来たか。本当のことを知ったら、俺に弄ばれてたって分かったら、こいつはどんな顔をするだろう。  :  リョウタ:ほんとに可愛いなぁ……。 0:間 リョウタ:もうすっかり、女の子だね。 0:間 アキ:(M)一瞬、何を言われたのか分からなかった。 アキ:(M)こいつの言葉でそうなったのは二度目だ。俺を「女の子」だと言った、あのとき以来。  :  リョウタ:あ、しまった……。 アキ:お前……。 リョウタ:ごめん。なんていうか、口が滑って? でもまぁ、仕方ないよね。ほんとのことだし。 アキ:え……? リョウタ:そうでしょ。アキちゃんは、もうすっかり女の子だよね。 アキ:なん、で……ま、待って……いつから? リョウタ:んん? 最初から。 アキ:でも、あの時、 リョウタ:あー、「女の子」って言ったこと? あれは今日と同じ。俺、そういう言い間違い、よくしちゃうんだよね。……信じてもらえないか。でもさ、落ち着いて考えてみてよ。いくらなんでも、普通間違えないって、性別。 アキ:……どういうつもりだよ。 リョウタ:うん? アキ:何が目的かって聞いてんだよ。 リョウタ:ダメだって、女の子がそんな口きいちゃ。さっきまであんなに可愛かったのに。 アキ:……っ。 リョウタ:え、待って。なんで震えてるの? アキ:震えてない。 リョウタ:いや、震えてるよね? アキ:いいからさっさと目的を言えよ。弱み握って強請ろうって腹か? リョウタ:そんなつもりないって。落ち着いて、アキちゃん。 アキ:アキちゃんって呼ぶな。 リョウタ:そう名乗ったのはアキちゃんじゃない。はぁ……仕方ないなぁ、アキオくん。 アキ:えっ……? リョウタ:アキちゃんって呼んじゃダメなんでしょ? アキ:いや、俺の……。 リョウタ:アキオくんでしょ、本当の名前。知ってるよ。 アキ:なんで……。 リョウタ:そりゃ知ってるよ。逆に、なんでバレてないと思ってたの? 0: リョウタ:(M)彼と初めて会ったのは半年前。運命的な出会いだった。たまに顔を出す居酒屋のカウンター。 リョウタ:(M)最初は本当に女の子だと思った。可愛いなって思った。  :  アキ:あ、すいません。ビールください。  :  リョウタ:(M)声で分かった。ちょっと高めではあるけど、さすがにあれは男か。 リョウタ:(M)がっかりした。顔は好みのど真ん中なのに。残念だな。女の子だったら完璧なのに。あーあ。 0:間 リョウタ:(M)だったら、女の子にしちゃえばいいんじゃないか……? リョウタ:(M)それは素敵な思いつきだった。仲良くなって、ちょっとずつ変えていくんだ。そう心に決めて、すぐに手を打った。 リョウタ:(M)彼がいじっているスマホ画面。たぶん見ているのはSNSだ。今がチャンスだと思って、俺は自分のスマホを落とした。  :  リョウタ:あ、やば。 アキ:……拾いましょうか? リョウタ:(M)うわぁ可愛い。胸の高鳴りを抑えて頷いた。 リョウタ:(M)拾ってくれている間、彼のスマホを盗み見る。開きっぱなしのSNSのタイムライン。どれか分からないけど、いくつかのアカウント名を頭に叩き込む。 アキ:はい。これ。 リョウタ:あー、すいません。 アキ:いえ。 リョウタ:(M)拾ってもらったスマホのメモ帳に、忘れないうちにアカウント名をメモっておく。 リョウタ:(M)第一段階は成功。気を良くした俺は、一気に距離をつめてしまおうと思った。  :  リョウタ:……あの! アキ:何ですか? リョウタ:俺、ここの唐揚げ好きなんですけど、すっげー量多いんですよね。 アキ:はあ。 リョウタ:あの、よかったら、一緒に食べてもらえませんか? 俺のおごりで!  :  リョウタ:(M)彼は想像していたよりずっと気さくで、話してみたらとても楽しかった。 リョウタ:(M)ああ、彼が本当に女の子だったとしたら……。  :  リョウタ:……俺、女の子とこんなに気楽に話せたの、初めてですよ!  :  リョウタ:(M)しまったと思った。口が滑って、妄想をそのまま声に出していた。 リョウタ:(M)それなのに、彼は。  :  アキ:……え?  :  リョウタ:(M)そう目を見開いただけだった。だから、賭けた。  :  リョウタ:お姉さん若そうだし……あ、もしかして学生さんだったりします? リョウタ:って、すいません。よくないですよね、個人的なこと聞くの。 アキ:いいですよ別に。学生です。  :  リョウタ:(M)否定しない。なんで? どうせ二度と会わない相手だと思って適当にあしらってる?  リョウタ:(M)いや、違う……。  :  アキ:リョウタくん……また会えるといいですね。  :  リョウタ:(M)彼は、俺を、弄ぼうとしてるんだ。 リョウタ:(M)そう思ったらますます心が躍った。いいよ。好きなだけ俺を弄んだらいい。 リョウタ:(M)その代わり、俺は必ず、君を女の子にしてみせるから。 0: リョウタ:(M)家に帰って、SNSを漁った。メモしたいくつかのアカウントからたどったら、彼のアカウントは簡単に見つかった。  :  リョウタ:うわ、警戒心なさすぎ。可愛いなぁ。  :  リョウタ:(M)本名がアキオであることも、社会人五年目であることも、すぐに分かった。  :  リョウタ:ってことは……え、年上? うわぁ、見えないなぁ、あんなに可愛いのに。  :  リョウタ:(M)俺は夢中で彼の投稿を読み漁った。なかでもわくわくしたのは、半年前の写真つきの投稿。  :  アキ:(SNS)「元カノの置いてった口紅、俺が捨てるのも癪で結局そのままになってる」  :  リョウタ:そのリップ……ぜったい似合うじゃん……。 0: リョウタ:(M)そこからは簡単だった。服を褒めて、肌を褒めて、髪を褒めて、そうするたびに彼はどんどん可愛くなっていった。 リョウタ:(M)「アキちゃん」は俺が作り上げた、最高の女の子だ。 0: リョウタ:ね? そうやって君は、女の子になってくれた。 アキ:ちが…… リョウタ:何が違うの? メイクして、髪まで伸ばして、俺のあげた髪飾り、着けてくれたよね。 アキ:それは…… リョウタ:さすがにスカートは履いてくれないけれど、ここまできたら、あと一歩だね。 アキ:誰が、そんなこと、 リョウタ:もう同じことでしょ。今の君は、どこからどうみても、可愛い女の子だ。 アキ:そんな、つもりじゃ……ない……。 リョウタ:じゃあ、どういうつもり? アキ:俺は、ただ……。 リョウタ:うん? アキ:お前を、弄んでやろうと思っただけだ。 0:間 リョウタ:嬉しい! アキ:……は? リョウタ:ほんとに? ねえ? ほんとのほんとに? さすがにそれは嬉しすぎる。 アキ:何言ってるんだよ、お前……。 リョウタ:だって君は、俺のためだけに、女の子になってくれたってことだよね? アキ:違う! リョウタ:は? 他の男にもそういうことしてるの? アキ:なわけねえだろ。 リョウタ:だったら、そういうことでしょ。アキちゃんは、俺のためだけに存在してくれてるってことだよね? アキ:……。 リョウタ:嬉しい……夢みたいだ……! アキ:……。 リョウタ:なんて顔してるの、アキちゃん? アキ:……もう、いいから……さっさと目的を言えよ……。 リョウタ:え? アキ:何がしたいんだよ、お前。全然分かんねえよ。 リョウタ:うーん、改めて聞かれるとなぁ……。 アキ:その……っ、アレ、か……? リョウタ:なに? アキ:……から、だ……とか……? リョウタ:あはははははは! アキ:えっ?! リョウタ:なんでそうなるの。俺、ゲイとかじゃ全然ないし。 アキ:は? リョウタ:アキオくんの身体になんか1ミリも興奮しないって。分かってないなぁ。 アキ:じゃあ…… リョウタ:せっかくアキちゃんっていう理想の女の子が目の前にいるんだよ? アキオくんが夢を壊しちゃダメでしょ。 アキ:っ、じゃあ、何が目的なんだよ! リョウタ:さっきから同じことしか聞いてこないね。 アキ:お前が答えないからだろ。 リョウタ:ないよ。 アキ:は? リョウタ:目的なんか、ないよ? アキ:いや、意味が……。 リョウタ:俺はただ、理想の女の子が作りたかっただけ。うーん。だから、目的は達成されたってところかな。 アキ:はぁ……?! リョウタ:でも、せっかくアキちゃんと出会えたんだ。これからも一緒にいたい。うん、これはほんと。だから、目的、というのとは違うかもしれないけど、これからもこうして、たまに会ってほしいな。 アキ:……それだけ? リョウタ:うん、それだけ。  :  アキ:(M)分からない……分からない分からない。いっそ脅されでもした方がマシだ。  :  アキ:お前……おかしいよ。 リョウタ:じゃあ、君は? アキ:え? リョウタ:俺のことをおかしいって言うのなら、君のしてることは? アキ:……。 リョウタ:もういいでしょ、そんなこと。だってさ、アキちゃん……俺に可愛い可愛いって褒められて、悪い気はしなかったでしょ? アキ:あ……。 リョウタ:だったら、もう、それでいいじゃん。  :  アキ:(M)いいはずがない。それなのに、頷いている自分がいる。 アキ:(M)おかしかったのは、最初から、俺の方だ。 アキ:(M)だから、俺は、たぶんこれからも……この男に弄ばれる。

リョウタ:また会えた! 今日は早いんだね。 アキ:(M)俺は、この男を弄んでいる。 リョウタ:ビールでよかった? アキ:(M)たまに行く飲み屋で、たまに会う男。 リョウタ:アキちゃんトマト好きだったよね。注文しようか。 アキ:(M)名前しか知らないのはお互い様。だから。 リョウタ:大学、忙しいんじゃない? アキ:(M)嘘をついたところで良心も傷まない。本当は会社員だけど。 リョウタ:アキちゃん、しっかりしてるよね。年上の俺なんかより全然。 アキ:(M)たぶんこいつの方が3つは下だけど。 リョウタ:って、ごめん。馴れ馴れしくって。 アキ:(M)気を遣われるのも勘違い。だってそもそも。 リョウタ:気軽に話せる女の子って、アキちゃんぐらいしかいないから、つい。 アキ:(M)俺、男だし。 リョウタ:あ、ビール来た。乾杯しよう! アキ:うん、乾杯。 アキ:(M)俺のことを女だと思い込んでいる馬鹿な男。 アキ:(M)俺は、この男を弄んでいる。 0: アキ:(M)この男と初めて会ったのは三か月前。別に運命的な出会いでも何でもない。初めて入った飲み屋のカウンター。隣の席にいたこいつがスマホを落とした。それだけの話。 0: リョウタ:あ、やば。 アキ:(M)落ちたのは俺の席の真下。取ってやる義理もないのに、ほんの気まぐれで、俺はこの男のスマホを拾ってやった。 リョウタ:あー、すいません。 アキ:いえ。 リョウタ:……あの! アキ:何ですか? リョウタ:俺、ここの唐揚げ好きなんですけど、すっげー量多いんですよね。 アキ:はあ。 リョウタ:あの、よかったら、一緒に食べてもらえませんか? 俺のおごりで! アキ:え? でも、それって逆に悪いというか…… リョウタ:シェアできたら俺も助かるんで! ひとりだと注文できるものも限られるじゃないですか。 アキ:じゃあ……遠慮なく。 リョウタ:やったぁ!  :  アキ:(M)変な奴だと思った。でも、それが妙に好奇心をくすぐって、その夜はそのままなんとなく、この男と他愛もない話をして酒を飲んだ。  :  リョウタ:あー、なんだか楽しいなぁ! アキ:そうですか? リョウタ:俺、いつも一人で飲んでたんで。 アキ:友達とか多そうに見えますけどね。 リョウタ:全然ですよ! 就職してこっち来たんで、もともとの知り合いとかもいないし。 アキ:なるほど。それはちょっと寂しいかも。 リョウタ:分かってくれます? アキ:ええ、まあ。 リョウタ:わー嬉しい。なんか、さっきからすっげー話聞いてくれるし……俺、女の子とこんなに気楽に話せたの、初めてですよ! アキ:……え? アキ:(M)一瞬、何を言われたのか分からなかった。言い間違いか? リョウタ:お姉さん若そうだし……あ、もしかして学生さんだったりします? アキ:(M)間違いじゃない。こいつは、俺を女だと思ってる。 リョウタ:って、すいません。よくないですよね、個人的なこと聞くの。 アキ:いいですよ別に。学生です。 アキ:(M)小さな出来心。これがこいつについた、最初の噓。 リョウタ:おおー、花の女子大生だ! アキ:「花の」って、普通は女子高生とかに使うもんだと思いますけどね。 リョウタ:あの。名前、聞いてもいいですか? アキ:……アキです。 アキ:(M)本当はアキオ。でも、女で通用する名前をあえて名乗った。 リョウタ:アキちゃんって呼んでいいですか? アキ:いきなり距離つめすぎじゃないですか? リョウタ:あ、そうっすよね……。 アキ:(笑って)別にいいですよ。名前ぐらい。 リョウタ:やった! 俺、リョウタっていいます。 アキ:リョウタくん……また会えるといいですね。 リョウタ:はい! 0: アキ:(M)小さいころに性別を間違われるのはよくある話。けれど、思春期を過ぎても、ろくに声も低くならず、さほど背も伸びなかった俺は、二十歳(はたち)をこえてもよく女に間違われた。 アキ:(M)それは自分にとってそれなりにでかいコンプレックスで、だから、あの男みたいに、体格のいい、まっとうに発育したんだなって分かる男から間違われたのは、俺のプライドを傷つけた。 アキ:(M)だから、だ。こいつを弄んでやろうと思ったのは。女友達ができたと思って、せいぜい舞い上がればいい。 0: リョウタ:アキちゃん、今日はなんだか雰囲気違うね。 アキ:そう? リョウタ:春色ファッションっていうのかな? アキ:(M)あれからこの男とは月イチぐらいのペースで飲むようになった。 リョウタ:アキちゃん、肌白いから、そういう色が似合うよね。 アキ:(M)ギリ女でも着てそうな服を選んでるんだよ。わざと。 リョウタ:っていうか……肌、キレイだよね。 アキ:は? リョウタ:ご、ごめん、今の発言はちょっとキモかったかな……。 アキ:いや……あんまり言われたことないから、ちょっとびっくりしちゃった。 リョウタ:そっか。え、っていうか、アキちゃん、スッピンだよね……? アキ:うん、まあ。え、なに? ちょっとディスってる? リョウタ:違うよ! むしろ逆だって。スッピンなのにそんなにキレイなんだなって。 アキ:……。 リョウタ:あ、いや、スッピンを褒めるのって逆に嫌だったりする? ああっ、メイクも映えそうだなとは、思うよ! アキ:(噴き出す) リョウタ:え? アキ:女子を褒めんの、下手すぎでしょ。 リョウタ:ごめん。 アキ:そういうこと言うの、気があると思われるから、やめた方がいいよ。 リョウタ:ダメかな? アキ:え? リョウタ:え? アキ:……冗談でしょ。 リョウタ:あっ、いや、その……。 アキ:まぁ、悪い気はしないけど。 リョウタ:ほんと? じゃあ……。 アキ:でもさ、こうやってたまに飲むぐらいの関係がちょうどよくない? リョウタ:それは……そうだけど。 アキ:あからさまに落ち込まないでよ。今は、ってことで。 リョウタ:じゃあ、少しでも可能性あると思っていい? アキ:だから、距離つめるの早いんだって。 リョウタ:ああ、そっか。ごめん。 アキ:……ありがと。 リョウタ:え? アキ:肌、褒めてくれて。 リョウタ:もしかして慰めてくれてる? アキ:まあね。  :  アキ:(M)もしかして、この男、俺……いや「アキちゃん」のこと、好きなんじゃないだろうか。 アキ:(M)そう思ったら笑いをこらえるのに必死だった。 アキ:(M)そういえば、半年前に別れた彼女の口紅が、まだ部屋にあったな。 アキ:(M)そんなことを、ふと思い出して、また出来心がうずいた。  :  アキ:ねえ、メイク映え、しそうに見える? リョウタ:え……うん! アキ:……そっか。 0: リョウタ:あれ、アキちゃん……。 アキ:なに? リョウタ:もしかして、今日、リップしてる? アキ:よく気づくよね。 リョウタ:そりゃ気づくよ! オレンジ系のピンク、似合うね。 アキ:そこまで見てるの、ちょっとキモイよ。 リョウタ:そっか……。 アキ:いや、へこむなって。 リョウタ:自分が素敵だなって思ったことは、素直に言いたいだけなんだけど。 アキ:いいヤツかよ。 リョウタ:いいヤツだよ? アキ:ウケる。 リョウタ:あ、それ好きだな。 アキ:何が? リョウタ:たまーにガサツな口調になるところ。普段のアキちゃんとギャップがあって可愛い。 アキ:あっ。いや、それは、気をつける……。 リョウタ:え、なんで。いいのに! アキ:よくないよ。 リョウタ:ふふ、そういうところも可愛い。 アキ:ねえ、ちょっと可愛いって言いすぎじゃない? 勘違いするよ? リョウタ:していいのに。 アキ:またそんなこと言って。 リョウタ:もしかして、ちょっとぐらい喜んでくれてる? アキ:なんで? リョウタ:口元、ゆるんでるから。 アキ:(M)ばーか。お前が面白すぎてニヤケが止まんないんだよ。  :  アキ:(M)間違いない。この男は「アキちゃん」に惚れてる。 アキ:(M)だったら、とことん惚れさせてみようか。告白してきたときに、男だと知ったらどんな顔をするだろう。 アキ:(M)その顔が、見たくてたまらなくなった。 0: リョウタ:遅くなってごめん。 アキ:別に来なくてもよかったんだよ? リョウタ:そんなこと言わないでよー。 アキ:あはは。 リョウタ:今日も寒いね。 アキ:ね。 リョウタ:早く春にならないかなぁ。 アキ:花粉は永遠に来なくていいけど。 リョウタ:分かる。 アキ:もうすぐ3月かー。 リョウタ:なんだかんだ、飲むようになって半年ぐらい? アキ:確かに。それぐらいかも。 リョウタ:アキちゃん、髪伸びたよね。 アキ:え? あー、切りに行く時間なくて。鬱陶しいし、そのうち切るよ。 リョウタ:え、切っちゃうの? アキ:うん。 リョウタ:もったいないなぁ。伸ばしてたことってないの? アキ:そりゃないよ。 リョウタ:そりゃってことないでしょ。 アキ:あ、ああ、うん。 リョウタ:似合いそうなのにな。 アキ:……ほんと? リョウタ:うん。可愛いと思う。 アキ:いや、でもなぁ……。 リョウタ:伸ばしてみたら? アキ:……考えとく。 リョウタ:やった。 アキ:まだ伸ばすとは言ってないから! リョウタ:楽しみだな~。 アキ:はいはい。勝手に浮かれてなって。 リョウタ:……実はさ、そんなアキちゃんに、渡したいものがあって。 アキ:なに? リョウタ:プレゼント。いつも付き合ってくれるお礼。はい。 アキ:え、これって……。 リョウタ:うん。髪飾り。 アキ:ちょ、髪伸ばせって言ったの、そういうこと?! リョウタ:違うって! ショートでも使えるって、売り場のお姉さんが言ってたんだよ! アキ:ふーん……。 リョウタ:まぁ……もうちょっと伸ばした方が、これには合うんだろうなって思うけど。 アキ:リョウタ……もしかして、意外とモテる? リョウタ:全然! 言ってるじゃん、女の子の友達いないって。 アキ:ほんとかなぁ。 リョウタ:え、なんで? アキ:だって、これ……すっごい良いやつ。 リョウタ:そんなことないよ! って、まぁ、そっか。女の子の方が知ってるよね、こういうブランドって。 アキ:……ありがと。 リョウタ:使ってくれる? アキ:どうかなぁ? リョウタ:って言って、使ってくれるに一票! 0: アキ:(M)ちょっとびっくりした。このブランドは知ってる。俺も元カノにプレゼントしたことがある。 アキ:(M)なんでこのちっこい飾りがこんな値段するんだって思ったから、よく覚えてる。 アキ:(M)分かってはいたけど……こいつ、ガチじゃん。 アキ:(M)ああ、ワクワクする! もうそろそろ告白してくるんじゃないかって思ったら、多少髪を伸ばすぐらい、なんでもない気がしてきた。 0: リョウタ:やあ、アキちゃん。 アキ:あれ。なんで店、入ってないの? リョウタ:ここ、桜キレイでしょ。一緒に見たいなって思って。 アキ:ああ。確かに、いいね、ここ。 リョウタ:そこのベンチに座らない? アキ:いいよ。 リョウタ:……それ、着けてくれたんだ。 アキ:うん。まぁ一応。桜色だし? リョウタ:思った通り、よく似合ってる。 アキ:そう? リョウタ:こっち向いて、もっとよく見せて。 アキ:嫌だよ、恥ずかしい。 リョウタ:アキちゃん……。  :  アキ:(M)ああ、ついに来たか。本当のことを知ったら、俺に弄ばれてたって分かったら、こいつはどんな顔をするだろう。  :  リョウタ:ほんとに可愛いなぁ……。 0:間 リョウタ:もうすっかり、女の子だね。 0:間 アキ:(M)一瞬、何を言われたのか分からなかった。 アキ:(M)こいつの言葉でそうなったのは二度目だ。俺を「女の子」だと言った、あのとき以来。  :  リョウタ:あ、しまった……。 アキ:お前……。 リョウタ:ごめん。なんていうか、口が滑って? でもまぁ、仕方ないよね。ほんとのことだし。 アキ:え……? リョウタ:そうでしょ。アキちゃんは、もうすっかり女の子だよね。 アキ:なん、で……ま、待って……いつから? リョウタ:んん? 最初から。 アキ:でも、あの時、 リョウタ:あー、「女の子」って言ったこと? あれは今日と同じ。俺、そういう言い間違い、よくしちゃうんだよね。……信じてもらえないか。でもさ、落ち着いて考えてみてよ。いくらなんでも、普通間違えないって、性別。 アキ:……どういうつもりだよ。 リョウタ:うん? アキ:何が目的かって聞いてんだよ。 リョウタ:ダメだって、女の子がそんな口きいちゃ。さっきまであんなに可愛かったのに。 アキ:……っ。 リョウタ:え、待って。なんで震えてるの? アキ:震えてない。 リョウタ:いや、震えてるよね? アキ:いいからさっさと目的を言えよ。弱み握って強請ろうって腹か? リョウタ:そんなつもりないって。落ち着いて、アキちゃん。 アキ:アキちゃんって呼ぶな。 リョウタ:そう名乗ったのはアキちゃんじゃない。はぁ……仕方ないなぁ、アキオくん。 アキ:えっ……? リョウタ:アキちゃんって呼んじゃダメなんでしょ? アキ:いや、俺の……。 リョウタ:アキオくんでしょ、本当の名前。知ってるよ。 アキ:なんで……。 リョウタ:そりゃ知ってるよ。逆に、なんでバレてないと思ってたの? 0: リョウタ:(M)彼と初めて会ったのは半年前。運命的な出会いだった。たまに顔を出す居酒屋のカウンター。 リョウタ:(M)最初は本当に女の子だと思った。可愛いなって思った。  :  アキ:あ、すいません。ビールください。  :  リョウタ:(M)声で分かった。ちょっと高めではあるけど、さすがにあれは男か。 リョウタ:(M)がっかりした。顔は好みのど真ん中なのに。残念だな。女の子だったら完璧なのに。あーあ。 0:間 リョウタ:(M)だったら、女の子にしちゃえばいいんじゃないか……? リョウタ:(M)それは素敵な思いつきだった。仲良くなって、ちょっとずつ変えていくんだ。そう心に決めて、すぐに手を打った。 リョウタ:(M)彼がいじっているスマホ画面。たぶん見ているのはSNSだ。今がチャンスだと思って、俺は自分のスマホを落とした。  :  リョウタ:あ、やば。 アキ:……拾いましょうか? リョウタ:(M)うわぁ可愛い。胸の高鳴りを抑えて頷いた。 リョウタ:(M)拾ってくれている間、彼のスマホを盗み見る。開きっぱなしのSNSのタイムライン。どれか分からないけど、いくつかのアカウント名を頭に叩き込む。 アキ:はい。これ。 リョウタ:あー、すいません。 アキ:いえ。 リョウタ:(M)拾ってもらったスマホのメモ帳に、忘れないうちにアカウント名をメモっておく。 リョウタ:(M)第一段階は成功。気を良くした俺は、一気に距離をつめてしまおうと思った。  :  リョウタ:……あの! アキ:何ですか? リョウタ:俺、ここの唐揚げ好きなんですけど、すっげー量多いんですよね。 アキ:はあ。 リョウタ:あの、よかったら、一緒に食べてもらえませんか? 俺のおごりで!  :  リョウタ:(M)彼は想像していたよりずっと気さくで、話してみたらとても楽しかった。 リョウタ:(M)ああ、彼が本当に女の子だったとしたら……。  :  リョウタ:……俺、女の子とこんなに気楽に話せたの、初めてですよ!  :  リョウタ:(M)しまったと思った。口が滑って、妄想をそのまま声に出していた。 リョウタ:(M)それなのに、彼は。  :  アキ:……え?  :  リョウタ:(M)そう目を見開いただけだった。だから、賭けた。  :  リョウタ:お姉さん若そうだし……あ、もしかして学生さんだったりします? リョウタ:って、すいません。よくないですよね、個人的なこと聞くの。 アキ:いいですよ別に。学生です。  :  リョウタ:(M)否定しない。なんで? どうせ二度と会わない相手だと思って適当にあしらってる?  リョウタ:(M)いや、違う……。  :  アキ:リョウタくん……また会えるといいですね。  :  リョウタ:(M)彼は、俺を、弄ぼうとしてるんだ。 リョウタ:(M)そう思ったらますます心が躍った。いいよ。好きなだけ俺を弄んだらいい。 リョウタ:(M)その代わり、俺は必ず、君を女の子にしてみせるから。 0: リョウタ:(M)家に帰って、SNSを漁った。メモしたいくつかのアカウントからたどったら、彼のアカウントは簡単に見つかった。  :  リョウタ:うわ、警戒心なさすぎ。可愛いなぁ。  :  リョウタ:(M)本名がアキオであることも、社会人五年目であることも、すぐに分かった。  :  リョウタ:ってことは……え、年上? うわぁ、見えないなぁ、あんなに可愛いのに。  :  リョウタ:(M)俺は夢中で彼の投稿を読み漁った。なかでもわくわくしたのは、半年前の写真つきの投稿。  :  アキ:(SNS)「元カノの置いてった口紅、俺が捨てるのも癪で結局そのままになってる」  :  リョウタ:そのリップ……ぜったい似合うじゃん……。 0: リョウタ:(M)そこからは簡単だった。服を褒めて、肌を褒めて、髪を褒めて、そうするたびに彼はどんどん可愛くなっていった。 リョウタ:(M)「アキちゃん」は俺が作り上げた、最高の女の子だ。 0: リョウタ:ね? そうやって君は、女の子になってくれた。 アキ:ちが…… リョウタ:何が違うの? メイクして、髪まで伸ばして、俺のあげた髪飾り、着けてくれたよね。 アキ:それは…… リョウタ:さすがにスカートは履いてくれないけれど、ここまできたら、あと一歩だね。 アキ:誰が、そんなこと、 リョウタ:もう同じことでしょ。今の君は、どこからどうみても、可愛い女の子だ。 アキ:そんな、つもりじゃ……ない……。 リョウタ:じゃあ、どういうつもり? アキ:俺は、ただ……。 リョウタ:うん? アキ:お前を、弄んでやろうと思っただけだ。 0:間 リョウタ:嬉しい! アキ:……は? リョウタ:ほんとに? ねえ? ほんとのほんとに? さすがにそれは嬉しすぎる。 アキ:何言ってるんだよ、お前……。 リョウタ:だって君は、俺のためだけに、女の子になってくれたってことだよね? アキ:違う! リョウタ:は? 他の男にもそういうことしてるの? アキ:なわけねえだろ。 リョウタ:だったら、そういうことでしょ。アキちゃんは、俺のためだけに存在してくれてるってことだよね? アキ:……。 リョウタ:嬉しい……夢みたいだ……! アキ:……。 リョウタ:なんて顔してるの、アキちゃん? アキ:……もう、いいから……さっさと目的を言えよ……。 リョウタ:え? アキ:何がしたいんだよ、お前。全然分かんねえよ。 リョウタ:うーん、改めて聞かれるとなぁ……。 アキ:その……っ、アレ、か……? リョウタ:なに? アキ:……から、だ……とか……? リョウタ:あはははははは! アキ:えっ?! リョウタ:なんでそうなるの。俺、ゲイとかじゃ全然ないし。 アキ:は? リョウタ:アキオくんの身体になんか1ミリも興奮しないって。分かってないなぁ。 アキ:じゃあ…… リョウタ:せっかくアキちゃんっていう理想の女の子が目の前にいるんだよ? アキオくんが夢を壊しちゃダメでしょ。 アキ:っ、じゃあ、何が目的なんだよ! リョウタ:さっきから同じことしか聞いてこないね。 アキ:お前が答えないからだろ。 リョウタ:ないよ。 アキ:は? リョウタ:目的なんか、ないよ? アキ:いや、意味が……。 リョウタ:俺はただ、理想の女の子が作りたかっただけ。うーん。だから、目的は達成されたってところかな。 アキ:はぁ……?! リョウタ:でも、せっかくアキちゃんと出会えたんだ。これからも一緒にいたい。うん、これはほんと。だから、目的、というのとは違うかもしれないけど、これからもこうして、たまに会ってほしいな。 アキ:……それだけ? リョウタ:うん、それだけ。  :  アキ:(M)分からない……分からない分からない。いっそ脅されでもした方がマシだ。  :  アキ:お前……おかしいよ。 リョウタ:じゃあ、君は? アキ:え? リョウタ:俺のことをおかしいって言うのなら、君のしてることは? アキ:……。 リョウタ:もういいでしょ、そんなこと。だってさ、アキちゃん……俺に可愛い可愛いって褒められて、悪い気はしなかったでしょ? アキ:あ……。 リョウタ:だったら、もう、それでいいじゃん。  :  アキ:(M)いいはずがない。それなのに、頷いている自分がいる。 アキ:(M)おかしかったのは、最初から、俺の方だ。 アキ:(M)だから、俺は、たぶんこれからも……この男に弄ばれる。