台本概要

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タイトル STRAYSHEEP Ⅲ
作者名 紫音  (@Sion_kyo2)
ジャンル その他
演者人数 5人用台本(男2、女3)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 『あいつらが強いのは、自分の弱さと、耐えがたい苦痛と、煮え滾るような怒りと、底知れない悲しみを知ってるからさ。』
スカーレット、ノエル、ミッシェル。女三人組のバウンティハンター。揺るぎない覚悟とともに、彼女たちが進んでいく先に見ているものとは――
――――――――――――――――――――――――――――――――
STRAYSHEEPシリーズ三作目になります。
時間は30分~40分を想定しています。
上演の際、お手数でなければお知らせいただけると嬉しいです。※必須ではないです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
スカーレット 45 バウンティハンター。【女王(クイーン)】の異名で恐れられているほどの実力。
ノエル 48 バウンティハンター。無愛想な態度、雑な敬語を使う。
ミッシェル 51 バウンティハンター。可愛らしい見た目からは想像もつかないような怪力の持ち主。
ジーク 39 情報屋。スカーレットたちに仕事を紹介している。
エドガー 37 バー【BLACK CAT】のマスター。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:血の滲む腹部を押さえ、苦し気な表情で歩いているノエル。 ノエル:……くそ……痛ぇ…… ノエル:ヒリスのやつ……ふざける、なよ…… ノエル:ああくそ……早く……戻ら、ないと…… 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】にて。 0:カウンターに座るジークと、グラスを拭くエドガーが会話している。 0:突然カウンターに突っ伏すジーク。 ジーク:……ほんっとにさぁ……俺はただの情報屋なんだってばぁ…… エドガー:なんだよ急に。 ジーク:俺さ、情報屋としては一流なんだよ。 エドガー:自分で言うのか、それ。 ジーク:でも銃の腕はからっきしなわけ。 エドガー:そりゃそうだろうな。 ジーク:だからさ、俺に恨み持ってるんだか何だか知らないけど、いきなり撃ってくるのやめてほしいんだよね本当に…… エドガー:殺し屋相手に情報売る商売してんだ、仕方ないっちゃ仕方ないだろ。 ジーク:それはそうなんだけどさ……俺まだ若いしさ、死にたくないって…… エドガー:安心しろ、骨は拾ってやる。 ジーク:いや俺の話聞いてた!? エドガー:死にたくねぇなら鍛えるしかないだろ、射撃訓練なら付き合ってやってもいいぞ。 ジーク:それは嫌だ。めんどくさい。 エドガー:ならもう腹を括れよ……。 0:そのとき、来店を告げるベルが鳴る。 0:入ってきたのはノエル。腹部から血が滲み、顔色が悪い。 ノエル:……ハァッ……ハァッ…… ジーク:の、ノエル!? エドガー:お前、どうしたその怪我……! ノエル:……ちょっと……仕事で、しくじりまして…… 0:その場に倒れ込むノエル。ジークとエドガーが慌てて駆け寄る。 ジーク:おいおい、しくじったって……一体何が…… エドガー:とにかく手当が先だ。ジーク、ここ押さえてろ。 ジーク:あ、わ、分かった! ノエル:……ッ……すいません、ご迷惑を…… エドガー:気にすんな。とにかく黙ってじっとしてろ。 ジーク:……一応、あの二人に連絡した方がいいかな? エドガー:ああ……どうする、ノエル。 ノエル:……すいません、お願い、します…… ジーク:分かった。俺が電話する。 0:テキパキとした動きでノエルの傷の手当てをするエドガー。 0:その横でジークはスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。 0:  0:  0:  0:その頃、某所にて。 0:二人の女が、並んで歩いている。 ミッシェル:今日のお仕事、簡単すぎましたね。スカーレットさん。 スカーレット:そうだな、思ったより早く片付いた。 ミッシェル:お相手が弱すぎてつまらなかったです。もっと張り合いのある方だと良かったのですが。 スカーレット:……ふ、少々物足りなかったか。 ミッシェル:ええ。……私、もっと強くなりたいんです。そのためには、強い相手と戦う必要がありますから。 スカーレット:常に上を目指すその姿勢、頭が下がる。 ミッシェル:いつか、スカーレットさんみたいになりたいんです。強くて、かっこよくて、間違ったものを正そうとする正義を持った、スカーレットさんみたいに。 スカーレット:……お前ならいつか、私を追い越すさ。その日を、楽しみにしている。 0:そのとき、スカーレットのスマートフォンに着信。 ミッシェル:……あら、誰からのお電話でしょう? スカーレット:(スマートフォンの画面を見て)……ジークだ。 ミッシェル:ジークさん……新しいお仕事の話でしょうか? スカーレット:かもしれんな。……もしもし、私だ。 0:(少し間をおいて) スカーレット:……分かった、すぐに行く。 0:真剣な表情で電話を切ったスカーレット。 ミッシェル:何か、ありましたか? スカーレット:ノエルが、戻ってきたそうだ。 ミッシェル:ノエルさんが? ミッシェル:戻ってきた……ということは、つまり…… スカーレット:ああ、そうだ。 スカーレット:……作戦は、失敗だな。 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】にて。 ジーク:大丈夫かい、ノエル。 ノエル:ええまあ……なんとか。 エドガー:急所は外れてた。殺す意図はなかったんだろうな。 ノエル:まあ、そうでしょうね……私からいろいろと、聞き出そうとしてましたから……痛てて…… エドガー:ああ、あんまり動くなよ。傷が開く。 0:そこに、スカーレットとミッシェルが来店する。 ミッシェル:ノエルさん!大丈夫ですか!? ノエル:ミッシェル……スカーレットも…… ミッシェル:大変、血が……! ミッシェル:しっかりしてください!死んじゃだめです……! ノエル:し、死にませんよ、このくらいで…… ミッシェル:でも……でも……! エドガー:お、おいおいミッシェル、気持ちは分かるが落ち着け。 ジーク:ちゃーんと手当てしたし、命には別条ないから大丈夫だよ。 ミッシェル:ほ、本当ですか……? ミッシェル:大丈夫なんですか……? ノエル:ほんとに大丈夫ですって……だからそんな、泣きそうな子どもみたいな顔すんな。 ミッシェル:うう……。 スカーレット:……命までは取られなかったか。 ノエル:ええ……まあ。 スカーレット:しかし、これで振り出しに戻ったな。 ノエル:すいません……。 スカーレット:……まあいい、気にするな。 エドガー:振り出しって……何の話だ? ジーク:例の、作戦だろ? エドガー:作戦? ジーク:そ。……名付けて、“殺し屋組織に潜り込んで内側から崩しちゃおう”作戦! ミッシェル:え?そんな名前がついていたんですか? ノエル:何言ってるんですか……コイツが勝手に言ってるだけですよ。 ノエル:死ぬほどダサいと思いますけどね。 ジーク:そんな冷たいこと言うなよ!分かりやすくていいだろ! エドガー:で?その“殺し屋組織に潜り込んで内側から崩しちゃおう”作戦ってのは? ノエル:エドガー、それ正式名称じゃないんで覚えなくていいです。 スカーレット:……概要は、こうだ。 スカーレット:シルバー率いる殺し屋たちの組織に潜り込み、内部に溶け込んでから……連中を討つ。 スカーレット:末端から潰していき、最終的にはトップのシルバーの首を獲る。 エドガー:……なるほど、普通に向かっていっても敵う相手じゃねぇ。それなら、仲間と思わせておいて隙を突く……ってとこか。 ノエル:さすがエドガー。理解が早い。 ミッシェル:ジークさんには三回くらい説明しましたものね。 ジーク:その話は今いいだろ、ミッシェル……。 エドガー:まあつまり、この作戦ってのはお尋ね者を狩る“バウンティハンター”としてじゃなく……“シルバーを潰す”っていうお前らの個人的な目的のためのものってことか。 スカーレット:……そういうことだ。 ジーク:でもさ、ノエルがやられて帰ってきたってことは……もう相手側にこっちの思惑がバレたってことだろ?そしたらもう、潜り込みは難しいよなぁ……。 ノエル:だからさっきからそう言ってるじゃないですか。 ミッシェル:振り出しに戻ったって。 ジーク:ああ、そういうことか。 エドガー:……で?どうするんだよ。シルバーは諦めるのか? スカーレット:……まさか。ずっと追い続けてきた獲物だ。絶対に……諦めたりなどしない。 スカーレット:シルバーに辿り着けなければ、私たちがここまで来たことの意味がなくなってしまう。 ノエル:……同じく。 ミッシェル:私は……スカーレットさんとノエルさんの行くところなら、どこまでだってついていきます。 スカーレット:私たちは止まらない。そう決めている。失敗に終わったのなら、また新しい方法を探せばいいだけだ。 エドガー:……ふ、そう言うと思ってたがな。 ジーク:次の作戦はどうするんだい?潜り込みがダメなら、今度は強行突破とか? ミッシェル:それを考える前に、まずはノエルさんを休ませてあげなくてはいけませんよ。 スカーレット:そうだな……その状態では、バウンティハンターの仕事にも支障が出る。 ノエル:すいません……ほんとに、あと少しだったんですけど。 ミッシェル:気にすることないですよ、ノエルさん。なにより生きていてくれて良かったです。 ジーク:じゃあ、ひとまず次の仕事の案内は、数日待った方がいいかな? スカーレット:ああ、そうしてくれ。仕事ができる状態になったら、また来る。 エドガー:ゆっくり休めよ、ノエル。 ノエル:……はい。 0:  0:  0:  0:(ジーク、ナレーション) ジーク:(N)……スカーレット、ノエル、ミッシェル。女三人組の、バウンティハンター。 ジーク:(N)表向きはそうだが、彼女たちの本当の目的は……殺し屋を束ねるシルバーという男を、潰すことらしい。 ジーク:(N)どうしてそれを目指すようになったのか、俺は詳しい事情はよく知らない。 ジーク:(N)でも彼女たちの意志は固くて、その根底にある感情は……とても熱くて、暗くて、重い、底知れぬものなんだと思う。 ジーク:(N)間違っても……外野の俺たちが首を突っ込んでいいような、軽い問題じゃないんだと思う。 0:  0:  0:  0:数日後。 ミッシェル:……本当に、もう大丈夫なんですか?ノエルさん。 ノエル:大丈夫ですよ、もうすっかり回復です。 ミッシェル:無理はしないでくださいね。 ノエル:ミッシェルは心配しすぎですよ。 スカーレット:ノエル。 ノエル:なんですか、スカーレット。 スカーレット:潜入で、何か新しく得られた情報はあったか。 スカーレット:シルバーに関することでも、それ以外でも、なんでもいい。何か次に活かせそうな情報は。 ノエル:情報、ですか。……そうですね……。 ノエル:……ああ、デュアルバレットのこととか。 スカーレット:……デュアルバレットだと? ミッシェル:でゅある、ばれっと……ってなんですか? ノエル:そういう名前で呼ばれてた、男女二人組の殺し屋ですよ。若いのに腕が良くて有名だった。 スカーレット:死んだという噂を聞いたが。 ノエル:またさらに新しい噂が流れてきたんですよ、生きてるっていう、ね。 ノエル:で、それが本当だった。 スカーレット:デュアルバレットは、シルバーのかつての弟子だったそうだからな。生きているのだとすれば、使えるかもしれん。……最後には奴らも始末するがな。 ミッシェル:その人たちは、どのくらい強いのでしょうか……うふふっ、お手合わせ願いたいです。 スカーレット:お前ならば、デュアルバレットとも互角に戦えるかもしれないな、ミッシェル。 ノエル:そうですね、私もそんな気がします……。 ノエル:……で、まあ目新しい情報といえばこのくらいですかね。 スカーレット:そうか、分かった。 スカーレット:今後どうするかは、もう少し考えよう。 ノエル:そうですね、慎重に行きましょう。 ミッシェル:まずは、バウンティハンターのお仕事ですね! ミッシェル:頑張って参りましょう、スカーレットさん、ノエルさん! スカーレット:ああ……行こうか。 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】にて。 ジーク:うーん、大丈夫かなぁ。 エドガー:何が。 ジーク:さっきスカーレットたちに紹介した仕事。 ジーク:今回少し、人数が多くてさぁ……軽く二十は超えちゃってると思うんだ。 ジーク:まあ、そう言っても雑魚ばっかりだと思うんだけど。 エドガー:……そうだな、あの三人なら大丈夫だろうよ。 エドガー:【女王(クイーン)】のスカーレットと、いつも冷静な判断ができるノエル、そして馬鹿力のミッシェル…… エドガー:まあ、なかなか釣り合ってるんじゃねぇか? ジーク:そうだね、仲がいいかは別として、能力的にはバランスいいと思うよ。……真ん中のノエルがいつも大変そうだけどね。 エドガー:女王様と馬鹿力に挟まれてるからな。 0:(少し間をおいて) ジーク:そういえばさ、僕詳しく知らないんだよね。 エドガー:ん? ジーク:あの三人が、どうしてシルバーを憎んでるのか。 エドガー:ああ、それは…… 0:エドガーの顔が少し曇る。 ジーク:……あれ、もしかして、聞いちゃいけないこと聞いた? エドガー:……まあ、あれだ。シルバーを憎んでる……っていうよりよ。 エドガー:あいつらはあいつらで……いろいろ抱えてんだ。 0:  0:  0:  ノエル:……ふぅ、片付きましたかね。 0:三人の周囲には、男たちが倒れている。 ミッシェル:あら、もうおしまいですか? ミッシェル:数が多い分、もう少し楽しめるかと思ったのですが……残念です。 ノエル:……粗方、あんたがぶっ飛ばしちゃったんですけどね。 スカーレット:よくやった、ミッシェル。今回はお前のお手柄だ。 ミッシェル:うふふっ、お役に立てて嬉しいです。 ミッシェル:ノエルさんは怪我から回復したばかりですし、私が頑張らなくちゃと思って! ノエル:……お気遣いどうも。 ノエル:(足元に倒れている男たちを見下ろして)……ったく、素直に捕まっちまえばいいものを……無駄な抵抗するから痛い目見るんですよ。 0:スマートフォンを取り出し、電話をかけるスカーレット。 スカーレット:……ジーク、私だ。こちらは片付いた。あとの手配は頼んだぞ。 スカーレット:……ああ、問題ない。ミッシェルが頑張ってくれたからな。この程度の連中、五分とかからなかった。 スカーレット:……分かった。また連絡する。 0:スカーレット、通話を切る。 ノエル:じゃ、私たちは帰りますか。 スカーレット:ああ、そうだな。 ミッシェル:私、お腹が空いてしまいました。何か食べて帰りましょう! 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】 ジーク:……はは、恐れ入ったよ。 エドガー:だから言ったろ、大丈夫だって。 ジーク:それはそうだけど、まさか二十人相手に五分かからずなんて思わないだろ。 エドガー:それをやっちまうのが、あの三人なんだよ。 ジーク:うわぁ、怖いなぁ。絶対に敵に回したらいけない相手だ。 0:(少し間を置く) ジーク:……で、ねぇ。さっきの続きは? エドガー:あ?続き? ジーク:ほら、いろいろ抱えてるって。 エドガー:……ああ、それか。 エドガー:まあ俺も、本人たちから断片的に聞いた程度だ。そんなに詳しいわけじゃねぇ。 エドガー:だが……話を聞いてれば分かる。 エドガー:根底にある怒りや憎しみ、悲しみや後悔。塗り替えることのできない、過去。 エドガー:……そういう全てが、あいつらを突き動かしてるんだってな。 0:  0:  0:  0:歩いている三人。 ミッシェル:……ノエルさん、スカーレットさん。 ノエル:ん? スカーレット:なんだ、ミッシェル。 ミッシェル:あの、私、以前から気になっていたことが。 ノエル:気になってたこと?なんですか? ミッシェル:お二人は……どうして、シルバーさんを追っているんですか? スカーレット:……。 ミッシェル:私がお二人に出会ったとき……お二人は既にシルバーさん、ひいては殺し屋組織を潰すための計画を練り始めていましたよね。 ミッシェル:だから私、どうしてお二人がそれを始めたのか、詳しく知らないんです。 ノエル:……それ聞いて、なんかあるんですか? ミッシェル:え……? ノエル:……私らがこれを始めた理由、教えてやったところで……あんたに得なんかないだろ。 ミッシェル:……っ…… スカーレット:よせノエル。ミッシェルは悪くないだろう。 ノエル:……(小さく舌打ち)。 ノエル:すいません……今のは忘れてください。 ミッシェル:……いえ、あの……すみません……やっぱり、聞かない方が…… スカーレット:……これを始めた理由か。 スカーレット:簡単だ。 スカーレット:私は……あの男に、父を奪われた。 ミッシェル:……え、…… スカーレット:この世の何よりも、あの男が憎くて憎くて、仕方ない。 スカーレット:たった一人の家族だった……大好きだった父を、殺された。 スカーレット:貧しくても幸せだった父との生活を……一瞬で奪われた。 ミッシェル:……そんな。 スカーレット:母が亡くなってから、父は男手一つで私を育ててくれた。 スカーレット:朝から晩まで仕事をして、疲れた顔をしながらも……私を大切にしてくれた。愛してくれていた。 スカーレット:なのに、あの夜、一瞬で……何もかもが、壊れてしまった。 スカーレット:父の笑顔も、私たちの幸せも……二度と、戻ることはない。 スカーレット:だから、私は決めた。必ず、復讐すると。 スカーレット:私から全てを奪っていったあの男から……今度は私が、全て奪ってやるのだと。 ミッシェル:……。 ノエル:……そんな話のあとで、すっごく話しづらいんですけど……私の母親は殺し屋でした。 ミッシェル:……え……? ノエル:先祖代々殺し屋の家系に生まれちゃったんですよ、私。ご先祖様はみーんな殺し屋だった。 ノエル:で……私の母っていう人は、すごく優秀だった。 ノエル:だから周囲は……みんな私に期待した。母親があんなに優秀なんだから、お前だって母さんみたいにならなきゃダメだ……ってね。 ノエル:でも申し訳ないことに……私は“出来損ない”だった。 ミッシェル:……出来損、ない……。 ノエル:何やってもダメだった、なんにもうまくいかなかった。……だから周囲はだんだんと、私に失望していった。「お前なんてこの家の恥だ」って、みんな口を揃えてそう言った。 ノエル:そんな私を……母親は助けてくれなかった。 ノエル:私が「もう嫌だ」って泣きついても……「この程度で泣いてちゃダメだ」って、私を突き放した。 ノエル:どんなに頑張っても、結局上手くいかない。祖父ちゃん祖母ちゃんにはいじめられる。友達もできない。母親は仕事でほとんど家に帰ってこない。 ノエル:だから耐えきれなくなって……家を飛び出したんですよ。 ノエル:あんなところに居続けたら、いつか私は……自分の生きている意味を、見失いそうで。 スカーレット:……生きている、意味……か。 ノエル:殺し屋を束ねてる男を、シルバーを潰す。……そうすれば、もう誰も私のことを『出来損ない』だなんて言えなくなるでしょ。 ノエル:そしていつか、母にもう一度会って……今の私の力を、見せつけてやるんです。 ノエル:『かつての出来損ないは、お前を踏み潰せるまでになったんだ、ざまあみろ』ってね。 ミッシェル:……そう、だったんですね。 ノエル:ていうか……ミッシェル、あんたは? ミッシェル:……え? ノエル:私らも、あんたから聞いたことないですよ。……あんたがあの日、あの場所にいた理由。 ミッシェル:……それ、は…… スカーレット:私たちがお前と出会ったとき、お前はボロボロで、腹を空かせて、死にかけていた。 スカーレット:『家族はいない』と……あの時お前はそう言ったな。 ノエル:……別に話したくなきゃ話さなくてもいいですけど。 ミッシェル:……いえ、お二人も話してくれたんですから、私も話さなくては。 ミッシェル:……(深呼吸する)。 ミッシェル:確かに、あの日私は、お二人に『家族はいない』と言いました。 ミッシェル:でも……本当は。 ミッシェル:……。 スカーレット:……ミッシェル、無理をするな。 ミッシェル:……大丈夫です。 ミッシェル:……私には、父と兄がいました。 ミッシェル:両親は幼い頃離婚して、母は家を出て行ってしまった。 ミッシェル:父は気性が荒くて……幼い私たちに暴力を振るうような人でした。 ミッシェル:毎日殴られて、痣だらけでした。私も兄も。 ノエル:……マジかよ……。 ミッシェル:兄はいつも……私を庇ってくれて…… ミッシェル:……そう……庇って……庇って、くれたんです…………あの日も…… スカーレット:……あの日? ミッシェル:……土砂降りの、雨の日でした。 ミッシェル:兄が、父を……殺してしまったんです。 スカーレット:……。 ミッシェル:叩かれている私を守ろうとして……それで。 ミッシェル:……二人で家を飛び出して、それからは路地裏での生活になりました。 ミッシェル:兄は私に食べるものを用意するために……たくさん、苦労していた。 ミッシェル:私は、兄の負担になりたくなくて……私のせいで、兄を苦しめたくなくて。 ミッシェル:私が兄を、不幸にしてしまうのが嫌で……逃げ出しました。兄に、何も言わずに。 スカーレット:……だが、幼い少女一人で生活をどうにかできるわけもなく。 ノエル:あそこで、倒れてたと。 ミッシェル:お二人に助けてもらわなかったら、きっと死んでしまっていたでしょう。……本当に、感謝してもしきれません。 ミッシェル:だから……私は、何があっても、お二人の行くところについていくと、決めています。 ノエル:……なんか、悪い……辛いこと、思い出させて…… ミッシェル:いいえ、お互い様です。お気になさらず。……いつかは、話そうと思っていましたから。 スカーレット:……お前は、本当にいいのか。このまま私たちについてきて。 ミッシェル:はい。 ミッシェル:自分のことすら自分で守れないような、弱い自分のままでいたくないんです。 ミッシェル:強くなるために……これからも、一緒に行かせてください。 ノエル:……もう、十分強いと思いますけどね。 スカーレット:違いないな。 0:(少し間をおいて) スカーレット:……さあ、帰ろうか。もうじき日が暮れる。 ノエル:なんか、昔の話してたら疲れました。早く帰って寝ましょうよ。 ミッシェル:うふふっ、その前に何か美味しいものを食べなくては。 スカーレット:そうだな……次の仕事に備えよう。 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】にて。 エドガー:あいつらが強いのは、自分の弱さと、耐えがたい苦痛と、煮え滾るような怒りと、底知れない悲しみを知ってるからさ。 エドガー:ちょっとやそっとのことで折れたりはしない……それだけ意志が固いんだ。 ジーク:……なるほどね。そりゃあたしかに……固い意志を持つ者は強い。 ジーク:だけど俺は、怒りや憎しみに囚われた人間が恐ろしいってことも、知ってる。……彼女たちが突き進んでいく先に何が待つのか……俺は少し心配だけど。 エドガー:何があったとしても、あいつらはそれを受け入れる覚悟で進んでいくんだろうよ。 エドガー:俺たちに口を出す権利はない。ただ見守ってやるだけだ。 エドガー:あいつらは、あいつらの道を歩いてるんだから。 ジーク:……はは、エドガーのくせに、かっこいいこと言うじゃないか。 エドガー:うるせぇ。脳天ぶち抜くぞ。 ジーク:おいおい冗談だって。 ジーク:……あ、お水お代わりくれるかい? エドガー:お前、いい加減酒くらい飲めるようになれよ。 ジーク:嫌だね。酒なんて美味しくない。 エドガー:つーか長時間居座りすぎだ、場所代払え。 ジーク:えーなんでだよ、エドガーのケチ! 0: 

0:血の滲む腹部を押さえ、苦し気な表情で歩いているノエル。 ノエル:……くそ……痛ぇ…… ノエル:ヒリスのやつ……ふざける、なよ…… ノエル:ああくそ……早く……戻ら、ないと…… 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】にて。 0:カウンターに座るジークと、グラスを拭くエドガーが会話している。 0:突然カウンターに突っ伏すジーク。 ジーク:……ほんっとにさぁ……俺はただの情報屋なんだってばぁ…… エドガー:なんだよ急に。 ジーク:俺さ、情報屋としては一流なんだよ。 エドガー:自分で言うのか、それ。 ジーク:でも銃の腕はからっきしなわけ。 エドガー:そりゃそうだろうな。 ジーク:だからさ、俺に恨み持ってるんだか何だか知らないけど、いきなり撃ってくるのやめてほしいんだよね本当に…… エドガー:殺し屋相手に情報売る商売してんだ、仕方ないっちゃ仕方ないだろ。 ジーク:それはそうなんだけどさ……俺まだ若いしさ、死にたくないって…… エドガー:安心しろ、骨は拾ってやる。 ジーク:いや俺の話聞いてた!? エドガー:死にたくねぇなら鍛えるしかないだろ、射撃訓練なら付き合ってやってもいいぞ。 ジーク:それは嫌だ。めんどくさい。 エドガー:ならもう腹を括れよ……。 0:そのとき、来店を告げるベルが鳴る。 0:入ってきたのはノエル。腹部から血が滲み、顔色が悪い。 ノエル:……ハァッ……ハァッ…… ジーク:の、ノエル!? エドガー:お前、どうしたその怪我……! ノエル:……ちょっと……仕事で、しくじりまして…… 0:その場に倒れ込むノエル。ジークとエドガーが慌てて駆け寄る。 ジーク:おいおい、しくじったって……一体何が…… エドガー:とにかく手当が先だ。ジーク、ここ押さえてろ。 ジーク:あ、わ、分かった! ノエル:……ッ……すいません、ご迷惑を…… エドガー:気にすんな。とにかく黙ってじっとしてろ。 ジーク:……一応、あの二人に連絡した方がいいかな? エドガー:ああ……どうする、ノエル。 ノエル:……すいません、お願い、します…… ジーク:分かった。俺が電話する。 0:テキパキとした動きでノエルの傷の手当てをするエドガー。 0:その横でジークはスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。 0:  0:  0:  0:その頃、某所にて。 0:二人の女が、並んで歩いている。 ミッシェル:今日のお仕事、簡単すぎましたね。スカーレットさん。 スカーレット:そうだな、思ったより早く片付いた。 ミッシェル:お相手が弱すぎてつまらなかったです。もっと張り合いのある方だと良かったのですが。 スカーレット:……ふ、少々物足りなかったか。 ミッシェル:ええ。……私、もっと強くなりたいんです。そのためには、強い相手と戦う必要がありますから。 スカーレット:常に上を目指すその姿勢、頭が下がる。 ミッシェル:いつか、スカーレットさんみたいになりたいんです。強くて、かっこよくて、間違ったものを正そうとする正義を持った、スカーレットさんみたいに。 スカーレット:……お前ならいつか、私を追い越すさ。その日を、楽しみにしている。 0:そのとき、スカーレットのスマートフォンに着信。 ミッシェル:……あら、誰からのお電話でしょう? スカーレット:(スマートフォンの画面を見て)……ジークだ。 ミッシェル:ジークさん……新しいお仕事の話でしょうか? スカーレット:かもしれんな。……もしもし、私だ。 0:(少し間をおいて) スカーレット:……分かった、すぐに行く。 0:真剣な表情で電話を切ったスカーレット。 ミッシェル:何か、ありましたか? スカーレット:ノエルが、戻ってきたそうだ。 ミッシェル:ノエルさんが? ミッシェル:戻ってきた……ということは、つまり…… スカーレット:ああ、そうだ。 スカーレット:……作戦は、失敗だな。 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】にて。 ジーク:大丈夫かい、ノエル。 ノエル:ええまあ……なんとか。 エドガー:急所は外れてた。殺す意図はなかったんだろうな。 ノエル:まあ、そうでしょうね……私からいろいろと、聞き出そうとしてましたから……痛てて…… エドガー:ああ、あんまり動くなよ。傷が開く。 0:そこに、スカーレットとミッシェルが来店する。 ミッシェル:ノエルさん!大丈夫ですか!? ノエル:ミッシェル……スカーレットも…… ミッシェル:大変、血が……! ミッシェル:しっかりしてください!死んじゃだめです……! ノエル:し、死にませんよ、このくらいで…… ミッシェル:でも……でも……! エドガー:お、おいおいミッシェル、気持ちは分かるが落ち着け。 ジーク:ちゃーんと手当てしたし、命には別条ないから大丈夫だよ。 ミッシェル:ほ、本当ですか……? ミッシェル:大丈夫なんですか……? ノエル:ほんとに大丈夫ですって……だからそんな、泣きそうな子どもみたいな顔すんな。 ミッシェル:うう……。 スカーレット:……命までは取られなかったか。 ノエル:ええ……まあ。 スカーレット:しかし、これで振り出しに戻ったな。 ノエル:すいません……。 スカーレット:……まあいい、気にするな。 エドガー:振り出しって……何の話だ? ジーク:例の、作戦だろ? エドガー:作戦? ジーク:そ。……名付けて、“殺し屋組織に潜り込んで内側から崩しちゃおう”作戦! ミッシェル:え?そんな名前がついていたんですか? ノエル:何言ってるんですか……コイツが勝手に言ってるだけですよ。 ノエル:死ぬほどダサいと思いますけどね。 ジーク:そんな冷たいこと言うなよ!分かりやすくていいだろ! エドガー:で?その“殺し屋組織に潜り込んで内側から崩しちゃおう”作戦ってのは? ノエル:エドガー、それ正式名称じゃないんで覚えなくていいです。 スカーレット:……概要は、こうだ。 スカーレット:シルバー率いる殺し屋たちの組織に潜り込み、内部に溶け込んでから……連中を討つ。 スカーレット:末端から潰していき、最終的にはトップのシルバーの首を獲る。 エドガー:……なるほど、普通に向かっていっても敵う相手じゃねぇ。それなら、仲間と思わせておいて隙を突く……ってとこか。 ノエル:さすがエドガー。理解が早い。 ミッシェル:ジークさんには三回くらい説明しましたものね。 ジーク:その話は今いいだろ、ミッシェル……。 エドガー:まあつまり、この作戦ってのはお尋ね者を狩る“バウンティハンター”としてじゃなく……“シルバーを潰す”っていうお前らの個人的な目的のためのものってことか。 スカーレット:……そういうことだ。 ジーク:でもさ、ノエルがやられて帰ってきたってことは……もう相手側にこっちの思惑がバレたってことだろ?そしたらもう、潜り込みは難しいよなぁ……。 ノエル:だからさっきからそう言ってるじゃないですか。 ミッシェル:振り出しに戻ったって。 ジーク:ああ、そういうことか。 エドガー:……で?どうするんだよ。シルバーは諦めるのか? スカーレット:……まさか。ずっと追い続けてきた獲物だ。絶対に……諦めたりなどしない。 スカーレット:シルバーに辿り着けなければ、私たちがここまで来たことの意味がなくなってしまう。 ノエル:……同じく。 ミッシェル:私は……スカーレットさんとノエルさんの行くところなら、どこまでだってついていきます。 スカーレット:私たちは止まらない。そう決めている。失敗に終わったのなら、また新しい方法を探せばいいだけだ。 エドガー:……ふ、そう言うと思ってたがな。 ジーク:次の作戦はどうするんだい?潜り込みがダメなら、今度は強行突破とか? ミッシェル:それを考える前に、まずはノエルさんを休ませてあげなくてはいけませんよ。 スカーレット:そうだな……その状態では、バウンティハンターの仕事にも支障が出る。 ノエル:すいません……ほんとに、あと少しだったんですけど。 ミッシェル:気にすることないですよ、ノエルさん。なにより生きていてくれて良かったです。 ジーク:じゃあ、ひとまず次の仕事の案内は、数日待った方がいいかな? スカーレット:ああ、そうしてくれ。仕事ができる状態になったら、また来る。 エドガー:ゆっくり休めよ、ノエル。 ノエル:……はい。 0:  0:  0:  0:(ジーク、ナレーション) ジーク:(N)……スカーレット、ノエル、ミッシェル。女三人組の、バウンティハンター。 ジーク:(N)表向きはそうだが、彼女たちの本当の目的は……殺し屋を束ねるシルバーという男を、潰すことらしい。 ジーク:(N)どうしてそれを目指すようになったのか、俺は詳しい事情はよく知らない。 ジーク:(N)でも彼女たちの意志は固くて、その根底にある感情は……とても熱くて、暗くて、重い、底知れぬものなんだと思う。 ジーク:(N)間違っても……外野の俺たちが首を突っ込んでいいような、軽い問題じゃないんだと思う。 0:  0:  0:  0:数日後。 ミッシェル:……本当に、もう大丈夫なんですか?ノエルさん。 ノエル:大丈夫ですよ、もうすっかり回復です。 ミッシェル:無理はしないでくださいね。 ノエル:ミッシェルは心配しすぎですよ。 スカーレット:ノエル。 ノエル:なんですか、スカーレット。 スカーレット:潜入で、何か新しく得られた情報はあったか。 スカーレット:シルバーに関することでも、それ以外でも、なんでもいい。何か次に活かせそうな情報は。 ノエル:情報、ですか。……そうですね……。 ノエル:……ああ、デュアルバレットのこととか。 スカーレット:……デュアルバレットだと? ミッシェル:でゅある、ばれっと……ってなんですか? ノエル:そういう名前で呼ばれてた、男女二人組の殺し屋ですよ。若いのに腕が良くて有名だった。 スカーレット:死んだという噂を聞いたが。 ノエル:またさらに新しい噂が流れてきたんですよ、生きてるっていう、ね。 ノエル:で、それが本当だった。 スカーレット:デュアルバレットは、シルバーのかつての弟子だったそうだからな。生きているのだとすれば、使えるかもしれん。……最後には奴らも始末するがな。 ミッシェル:その人たちは、どのくらい強いのでしょうか……うふふっ、お手合わせ願いたいです。 スカーレット:お前ならば、デュアルバレットとも互角に戦えるかもしれないな、ミッシェル。 ノエル:そうですね、私もそんな気がします……。 ノエル:……で、まあ目新しい情報といえばこのくらいですかね。 スカーレット:そうか、分かった。 スカーレット:今後どうするかは、もう少し考えよう。 ノエル:そうですね、慎重に行きましょう。 ミッシェル:まずは、バウンティハンターのお仕事ですね! ミッシェル:頑張って参りましょう、スカーレットさん、ノエルさん! スカーレット:ああ……行こうか。 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】にて。 ジーク:うーん、大丈夫かなぁ。 エドガー:何が。 ジーク:さっきスカーレットたちに紹介した仕事。 ジーク:今回少し、人数が多くてさぁ……軽く二十は超えちゃってると思うんだ。 ジーク:まあ、そう言っても雑魚ばっかりだと思うんだけど。 エドガー:……そうだな、あの三人なら大丈夫だろうよ。 エドガー:【女王(クイーン)】のスカーレットと、いつも冷静な判断ができるノエル、そして馬鹿力のミッシェル…… エドガー:まあ、なかなか釣り合ってるんじゃねぇか? ジーク:そうだね、仲がいいかは別として、能力的にはバランスいいと思うよ。……真ん中のノエルがいつも大変そうだけどね。 エドガー:女王様と馬鹿力に挟まれてるからな。 0:(少し間をおいて) ジーク:そういえばさ、僕詳しく知らないんだよね。 エドガー:ん? ジーク:あの三人が、どうしてシルバーを憎んでるのか。 エドガー:ああ、それは…… 0:エドガーの顔が少し曇る。 ジーク:……あれ、もしかして、聞いちゃいけないこと聞いた? エドガー:……まあ、あれだ。シルバーを憎んでる……っていうよりよ。 エドガー:あいつらはあいつらで……いろいろ抱えてんだ。 0:  0:  0:  ノエル:……ふぅ、片付きましたかね。 0:三人の周囲には、男たちが倒れている。 ミッシェル:あら、もうおしまいですか? ミッシェル:数が多い分、もう少し楽しめるかと思ったのですが……残念です。 ノエル:……粗方、あんたがぶっ飛ばしちゃったんですけどね。 スカーレット:よくやった、ミッシェル。今回はお前のお手柄だ。 ミッシェル:うふふっ、お役に立てて嬉しいです。 ミッシェル:ノエルさんは怪我から回復したばかりですし、私が頑張らなくちゃと思って! ノエル:……お気遣いどうも。 ノエル:(足元に倒れている男たちを見下ろして)……ったく、素直に捕まっちまえばいいものを……無駄な抵抗するから痛い目見るんですよ。 0:スマートフォンを取り出し、電話をかけるスカーレット。 スカーレット:……ジーク、私だ。こちらは片付いた。あとの手配は頼んだぞ。 スカーレット:……ああ、問題ない。ミッシェルが頑張ってくれたからな。この程度の連中、五分とかからなかった。 スカーレット:……分かった。また連絡する。 0:スカーレット、通話を切る。 ノエル:じゃ、私たちは帰りますか。 スカーレット:ああ、そうだな。 ミッシェル:私、お腹が空いてしまいました。何か食べて帰りましょう! 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】 ジーク:……はは、恐れ入ったよ。 エドガー:だから言ったろ、大丈夫だって。 ジーク:それはそうだけど、まさか二十人相手に五分かからずなんて思わないだろ。 エドガー:それをやっちまうのが、あの三人なんだよ。 ジーク:うわぁ、怖いなぁ。絶対に敵に回したらいけない相手だ。 0:(少し間を置く) ジーク:……で、ねぇ。さっきの続きは? エドガー:あ?続き? ジーク:ほら、いろいろ抱えてるって。 エドガー:……ああ、それか。 エドガー:まあ俺も、本人たちから断片的に聞いた程度だ。そんなに詳しいわけじゃねぇ。 エドガー:だが……話を聞いてれば分かる。 エドガー:根底にある怒りや憎しみ、悲しみや後悔。塗り替えることのできない、過去。 エドガー:……そういう全てが、あいつらを突き動かしてるんだってな。 0:  0:  0:  0:歩いている三人。 ミッシェル:……ノエルさん、スカーレットさん。 ノエル:ん? スカーレット:なんだ、ミッシェル。 ミッシェル:あの、私、以前から気になっていたことが。 ノエル:気になってたこと?なんですか? ミッシェル:お二人は……どうして、シルバーさんを追っているんですか? スカーレット:……。 ミッシェル:私がお二人に出会ったとき……お二人は既にシルバーさん、ひいては殺し屋組織を潰すための計画を練り始めていましたよね。 ミッシェル:だから私、どうしてお二人がそれを始めたのか、詳しく知らないんです。 ノエル:……それ聞いて、なんかあるんですか? ミッシェル:え……? ノエル:……私らがこれを始めた理由、教えてやったところで……あんたに得なんかないだろ。 ミッシェル:……っ…… スカーレット:よせノエル。ミッシェルは悪くないだろう。 ノエル:……(小さく舌打ち)。 ノエル:すいません……今のは忘れてください。 ミッシェル:……いえ、あの……すみません……やっぱり、聞かない方が…… スカーレット:……これを始めた理由か。 スカーレット:簡単だ。 スカーレット:私は……あの男に、父を奪われた。 ミッシェル:……え、…… スカーレット:この世の何よりも、あの男が憎くて憎くて、仕方ない。 スカーレット:たった一人の家族だった……大好きだった父を、殺された。 スカーレット:貧しくても幸せだった父との生活を……一瞬で奪われた。 ミッシェル:……そんな。 スカーレット:母が亡くなってから、父は男手一つで私を育ててくれた。 スカーレット:朝から晩まで仕事をして、疲れた顔をしながらも……私を大切にしてくれた。愛してくれていた。 スカーレット:なのに、あの夜、一瞬で……何もかもが、壊れてしまった。 スカーレット:父の笑顔も、私たちの幸せも……二度と、戻ることはない。 スカーレット:だから、私は決めた。必ず、復讐すると。 スカーレット:私から全てを奪っていったあの男から……今度は私が、全て奪ってやるのだと。 ミッシェル:……。 ノエル:……そんな話のあとで、すっごく話しづらいんですけど……私の母親は殺し屋でした。 ミッシェル:……え……? ノエル:先祖代々殺し屋の家系に生まれちゃったんですよ、私。ご先祖様はみーんな殺し屋だった。 ノエル:で……私の母っていう人は、すごく優秀だった。 ノエル:だから周囲は……みんな私に期待した。母親があんなに優秀なんだから、お前だって母さんみたいにならなきゃダメだ……ってね。 ノエル:でも申し訳ないことに……私は“出来損ない”だった。 ミッシェル:……出来損、ない……。 ノエル:何やってもダメだった、なんにもうまくいかなかった。……だから周囲はだんだんと、私に失望していった。「お前なんてこの家の恥だ」って、みんな口を揃えてそう言った。 ノエル:そんな私を……母親は助けてくれなかった。 ノエル:私が「もう嫌だ」って泣きついても……「この程度で泣いてちゃダメだ」って、私を突き放した。 ノエル:どんなに頑張っても、結局上手くいかない。祖父ちゃん祖母ちゃんにはいじめられる。友達もできない。母親は仕事でほとんど家に帰ってこない。 ノエル:だから耐えきれなくなって……家を飛び出したんですよ。 ノエル:あんなところに居続けたら、いつか私は……自分の生きている意味を、見失いそうで。 スカーレット:……生きている、意味……か。 ノエル:殺し屋を束ねてる男を、シルバーを潰す。……そうすれば、もう誰も私のことを『出来損ない』だなんて言えなくなるでしょ。 ノエル:そしていつか、母にもう一度会って……今の私の力を、見せつけてやるんです。 ノエル:『かつての出来損ないは、お前を踏み潰せるまでになったんだ、ざまあみろ』ってね。 ミッシェル:……そう、だったんですね。 ノエル:ていうか……ミッシェル、あんたは? ミッシェル:……え? ノエル:私らも、あんたから聞いたことないですよ。……あんたがあの日、あの場所にいた理由。 ミッシェル:……それ、は…… スカーレット:私たちがお前と出会ったとき、お前はボロボロで、腹を空かせて、死にかけていた。 スカーレット:『家族はいない』と……あの時お前はそう言ったな。 ノエル:……別に話したくなきゃ話さなくてもいいですけど。 ミッシェル:……いえ、お二人も話してくれたんですから、私も話さなくては。 ミッシェル:……(深呼吸する)。 ミッシェル:確かに、あの日私は、お二人に『家族はいない』と言いました。 ミッシェル:でも……本当は。 ミッシェル:……。 スカーレット:……ミッシェル、無理をするな。 ミッシェル:……大丈夫です。 ミッシェル:……私には、父と兄がいました。 ミッシェル:両親は幼い頃離婚して、母は家を出て行ってしまった。 ミッシェル:父は気性が荒くて……幼い私たちに暴力を振るうような人でした。 ミッシェル:毎日殴られて、痣だらけでした。私も兄も。 ノエル:……マジかよ……。 ミッシェル:兄はいつも……私を庇ってくれて…… ミッシェル:……そう……庇って……庇って、くれたんです…………あの日も…… スカーレット:……あの日? ミッシェル:……土砂降りの、雨の日でした。 ミッシェル:兄が、父を……殺してしまったんです。 スカーレット:……。 ミッシェル:叩かれている私を守ろうとして……それで。 ミッシェル:……二人で家を飛び出して、それからは路地裏での生活になりました。 ミッシェル:兄は私に食べるものを用意するために……たくさん、苦労していた。 ミッシェル:私は、兄の負担になりたくなくて……私のせいで、兄を苦しめたくなくて。 ミッシェル:私が兄を、不幸にしてしまうのが嫌で……逃げ出しました。兄に、何も言わずに。 スカーレット:……だが、幼い少女一人で生活をどうにかできるわけもなく。 ノエル:あそこで、倒れてたと。 ミッシェル:お二人に助けてもらわなかったら、きっと死んでしまっていたでしょう。……本当に、感謝してもしきれません。 ミッシェル:だから……私は、何があっても、お二人の行くところについていくと、決めています。 ノエル:……なんか、悪い……辛いこと、思い出させて…… ミッシェル:いいえ、お互い様です。お気になさらず。……いつかは、話そうと思っていましたから。 スカーレット:……お前は、本当にいいのか。このまま私たちについてきて。 ミッシェル:はい。 ミッシェル:自分のことすら自分で守れないような、弱い自分のままでいたくないんです。 ミッシェル:強くなるために……これからも、一緒に行かせてください。 ノエル:……もう、十分強いと思いますけどね。 スカーレット:違いないな。 0:(少し間をおいて) スカーレット:……さあ、帰ろうか。もうじき日が暮れる。 ノエル:なんか、昔の話してたら疲れました。早く帰って寝ましょうよ。 ミッシェル:うふふっ、その前に何か美味しいものを食べなくては。 スカーレット:そうだな……次の仕事に備えよう。 0:  0:  0:  0:バー【BLACK CAT】にて。 エドガー:あいつらが強いのは、自分の弱さと、耐えがたい苦痛と、煮え滾るような怒りと、底知れない悲しみを知ってるからさ。 エドガー:ちょっとやそっとのことで折れたりはしない……それだけ意志が固いんだ。 ジーク:……なるほどね。そりゃあたしかに……固い意志を持つ者は強い。 ジーク:だけど俺は、怒りや憎しみに囚われた人間が恐ろしいってことも、知ってる。……彼女たちが突き進んでいく先に何が待つのか……俺は少し心配だけど。 エドガー:何があったとしても、あいつらはそれを受け入れる覚悟で進んでいくんだろうよ。 エドガー:俺たちに口を出す権利はない。ただ見守ってやるだけだ。 エドガー:あいつらは、あいつらの道を歩いてるんだから。 ジーク:……はは、エドガーのくせに、かっこいいこと言うじゃないか。 エドガー:うるせぇ。脳天ぶち抜くぞ。 ジーク:おいおい冗談だって。 ジーク:……あ、お水お代わりくれるかい? エドガー:お前、いい加減酒くらい飲めるようになれよ。 ジーク:嫌だね。酒なんて美味しくない。 エドガー:つーか長時間居座りすぎだ、場所代払え。 ジーク:えーなんでだよ、エドガーのケチ! 0: