台本概要

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タイトル 桜のように散りゆく君へ
作者名 桜蛇あねり(おうじゃあねり)  (@aneri_writer)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 散りたがりの君と、散らせたくない俺。

※世界観を壊さないアドリブ等はOKです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
美桜 92 みお。 桜が大好き。
大樹 102 たいき。 美桜の彼氏。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:桜のように散りゆく君へ : 美桜:桜って本当に素敵だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく。 大樹:(M)毎年桜を見に来ると、きまって美桜はそう言った。 美桜:私、今が最高に綺麗だと思うの。だから、今散るのが1番綺麗な最期だよね。 大樹:(M)そう言って彼女は展望台の端に進み...........。 0:間 : 大樹:『桜のように散りゆく君へ』 : 美桜:今年は寒さが長引いたから、桜の開花が遅いんだって。 大樹:そーいえば、なかなか暖かくならなかったよね。コートもしまいかけて何度また引っ張り出したことか........。 美桜:4月上旬頃らしいよ、今年の開花は。去年は3月半ばくらいだったのにね。新学期になったばかりの忙しい時期に開花かぁ........。 大樹:新しい授業の準備とか、サークルの勧誘とか、忙しいよなぁ。でもま、無理やりでも予定空けるよ。 美桜:うんっ!ありがとね、大樹(たいき)! 大樹:(M)俺の彼女、美桜(みお)。春に咲く桜が好きで、毎年、開花の時期に合わせて桜を見に行っている。美桜とは大学1年生の時に出会って、俺の半年の片思いを経て........2年生になる前の3月に付き合うことになった。最初のデートで桜を見に行ったこともあり、毎年桜の開花に合わせてお花見だけはしよう、と決めている。 美桜:今年で3年生。就活、始まるの憂鬱だなぁ。 大樹:もう就活のこと考えてるの? 美桜:当たり前じゃん。早めの行動をした者が!就活を制するのだよ! 大樹:意識たけぇ。まぁでもそっか、先輩にも3年生の冬に内定もらってた人いたわ。俺、4年生からでいいかなって思ってたのに。 美桜:ちっちっちっ。企業によっては早くから内定出すところもあるからね。早く内定もらって、4年生は思う存分遊ぶんだ! 大樹:なるほどな。じゃあ俺も、早めに頑張るかなぁ。 美桜:おうよ!じゃあ今年のお花見は、就活頑張るぞ!の決意お花見、来年のお花見は、祝!内定!おめでとうお花見でいこっ! 大樹:おっけ。........あー、俺が内定もらえてなかったら、泣(なき)!難航!就活ファイトお花見にして慰めてくれ。 美桜:あっはは!何弱気になってんのさ! 大樹:(M)美桜はいつも笑顔の明るい女の子だ。よく笑い、よくしゃべる子で、男女問わず人気がある。名前の通り、美しい桜のようなその笑顔に俺は一瞬で恋に落ちた。付き合ってから1年間、美桜のそばで過ごしてきたが、彼女から笑顔が消えたところを見たことがない。無理して笑っているのかもしれない、彼氏として何かあったら支えてあげたい、と思い、”悩みとかないの?”と聞いたら、美桜は決まって 美桜:幸せすぎるのが悩み! 大樹:(M)と、元気よく答えて俺にキスをしてくるのだった。その姿は無邪気そのもので、本当に悩みなんてないんだな、と俺は安心してそのまま彼女にキスを返すのだった。 0:間 美桜:うわぁー!今年も桜が綺麗だぁ!ここからの眺め、最高っ!気持ちいいー! 大樹:やっと........登りきった........。 美桜:情けないぞ、大樹!このくらいでへばるんじゃないっ! 大樹:美桜は元気だな........。 美桜:大好きな桜を見るためだもん!このくらい平気平気! 大樹:(M)4月半ば。俺たちはようやく満開になってくれた桜を見に来た。去年も一緒に来た、山の頂きにある展望台。山を登らないといけないので、ここに来るのは苦労するが、この展望台から見る桜はとても綺麗だ。 美桜:見て見て!山一面、桜色だよ! 大樹:おい、あんま乗り出すなって。危ないだろ! 美桜:大丈夫だよ!子どもじゃないんだから!あ!あっちの景色もよさそう! 大樹:........子どもにリードをつけたいっていう親の気持ちが分かる気がする。 美桜:大樹ー!!こっちー! 大樹:はいはい、今行くって! 0:間 美桜:こうやって桜見てるとさ、がんばろーって気持ちになれるね。 大樹:就活? 美桜:それもだけど、いろいろ。 大樹:いろいろ?授業とかバイトとか? 美桜:うん。そーゆーのも含めてぜーんぶ。生きるのを頑張ろう、みたいな? 大樹:生きるのを頑張るって........なに?悩みでもあんの? 美桜:違うってば!そーじゃなくて!あのさ、桜の花って枯れることないじゃん? 大樹:え、そーなの? 美桜:んー、わかんないけど、枯れた桜の花って見たことなくない?桜の花の終わりって散ることだからさ。 大樹:確かに、言われてみればそうだな。 美桜:満開に咲き誇って、綺麗な花のまま散っていく。徐々に枯れてゆっくり終わりを迎えるんじゃなくて、最高の状態で終わりを迎える。衰えることを知らない、凛々しい花........みたいな! 大樹:枯れない花、かぁ。桜についてそんな考えたこと無かったな。 美桜:最期まで綺麗なままでいたいよね。だから、いろいろ生きることを頑張ろうって。 大樹:なるほどな。なんか美桜らしいよ。 美桜:えへへ。.....就活、がんばろうね。 大樹:おう。やる気出た。 美桜:っしゃ!んじゃ、見る桜を充分堪能したことだし、これからは食べる桜を堪能しようと思いますっ! 大樹:花より団子ならぬ、花も団子も、か。欲張りだな。 美桜:私は欲張りだからね!サクララテと、サクラケーキ食べたい!あとサクラチョコ欲しい! 大樹:わかったわかった。 0:間 大樹:(M)桜と共に、俺たちの新学期は始まった。美桜は宣言通り、就活を意識した学生生活を送っていた。俺も美桜を見習い、早い時期からインターンや会社説明会に積極的に参加し、就活を始めた。美桜とは、希望の業種が違ったこともあり、なかなか会えない時期が続いていた。秋を越えた頃からは、連絡の頻度も少なくなっていった。だけど、お互い必死に学生生活を送っていたし、俺も美桜も恋人に依存しないタイプなので、そんなに苦にはならなかった。 : 大樹:(M)そして冬を迎え、雪がとけ、少しずつ暖かくなってきた2月の終わり。ついに俺は内定をもらい、就活に終止符を打ったのであった。 0:間 美桜:今年も桜が綺麗だね!去年よりも早く満開になったし! 大樹:そうだな。3月半ばで咲くとはなぁ。 美桜:ね!今年も大樹と来れてよかったぁ。そだ、大樹、内定おめでと! 大樹:おう。ありがとう。 美桜:先、越されちゃったね。 大樹:まぁ、妥協に妥協を重ねたとこはあるけどな。早く終わらせなきゃ、って焦ってたかも。これから始める人の方がほとんどだし、焦る必要ないのに。 美桜:それでも、内定をもらえたのはすごいじゃん。私もがんばらなきゃ! 大樹:.........。 美桜:桜、綺麗だなぁ。咲いてるのも、散っていくのも、全部。 大樹:........? 美桜:いいなぁ。綺麗なまま散っていくの。みんなの記憶に綺麗なまま残って、終わっていく。そういう風に終わりたい。 大樹:……美桜? 美桜:大樹。私、今が綺麗だと思うの。いちばん綺麗な私のまま、散っていけたら……最高だと思わない? 大樹:………美桜。 美桜:桜の花びらみたいに、高いところから、舞い落ちていけたら……私は桜に、なれるかな? 大樹:美桜! 美桜:……なに? 大樹:就活……うまくいってないのか。 美桜:……うん。 大樹:…そう、か。 美桜:大樹、私ね。生まれてからずっとたくさんの人に愛されて、求められて、必要とされてきたの。家族も、親戚も、友達も、先生も、私のことをかわいがってくれた、必要としてくれた。ずっとずっと恵まれた環境で生きてきた。だから私は、誰かに愛されるために、必要とされるために、生きてきたの。愛されるのが当たり前だと思ってきた。誰もが私を必要としてくれているって思ってきた。 大樹:うん。 美桜:だからね、初めてなの。こんなに、お前は必要ないって言われるのが。たくさん面接受けて、たくさん会社の人たちとお話ししたのに、みんな私のこといらないって。この会社には必要ないって。……それが…ツラくて…っ! 大樹:……。 美桜:このままだと、私は枯れちゃう気がするから。だから、そうなる前に……散っていきたいの。桜の花みたいに。 大樹:……俺は美桜のことを愛してるし、必要としてる。それだけじゃだめなのか? 美桜:大樹が私のこと愛してくれてるのはわかってる。でも……それ以上に、会社の人たちが……私のこと……。私は欲張りだから。たくさんの人に必要とされたいの。否定されたくないの。 大樹:美桜…。 美桜:でも、大丈夫。私はまだ笑えてる。だから、今しかない。このままだと、笑えなくなっていく。散るのは、今しか…。 大樹:美桜。まだ散るときじゃない。 美桜:え…? 大樹:今が、一番綺麗な君なのか?君が言う、一番綺麗な満開の桜なのは、今なの? 美桜:それ…は…。 大樹:就活がうまくいかなくて、そんな暗い表情の美桜は、無理して笑おうとしている美桜は、まだ桜のつぼみなんじゃないかって思うけどな。今はまだ、散るときじゃない。そう思わない? 美桜:……まだ、頑張りが足りないってこと?もっともっと、必要とされる努力をしないといけないってこと? 大樹:そうじゃない。逆だよ。あのな、もっと肩の力抜いて。"必要とされる自分"にばかり、気を取られすぎなんだよ、美桜は。美桜あれだろ?会社の求める人物像にならなきゃ、とか思ってそう振舞っているんじゃない? 美桜:え、それは当然でしょ?会社が求める人物像にならなきゃ、求められないじゃん。 大樹:美桜はそのままでいい。変わらなくていい。俺やみんなが好きになったのは、そのままの美桜なんだから。それはきっと、社会に出ても変わらないよ。 美桜:……うまく、いくかな。 大樹:もう少しだけ頑張ってみよ。もう少しだけでいいから。 美桜:うん……! 大樹:気づけなくてごめんな。なかなか連絡もできてなかった。 美桜:それはお互い忙しかったんだから。私も連絡してなかったし。……大樹、少しだけ泣いていい? 大樹:少しと言わず。思う存分泣いていい。 美桜:うん…うん…。…ぅ。 大樹:(M)美桜が泣いているのを見るのは初めてだった。よっぽど、打ちのめされていたのだろう。しばらくの間、美桜は俺の胸で声を上げて泣いていた。俺は彼女を抱きしめ、散っていく桜の花びらをみながら、桜はやっぱり、咲いているときが一番綺麗だな、と思った。 0:間 大樹:(M)それから、美桜は2週間後に内定をもらってきた。もう少しだけ、とは言ったが、すぐに努力は実ったようだ。美桜は、死を考えるほど悩んでいたとは思えないほど元気になっていた。またあの美しい桜のような笑顔が戻ってきた。だけど、その笑顔の中の瞳は、時たま儚(はかな)さを映すようになった。散っていく桜を見つめているような、そんな瞳。美桜が何を思っているのかはわからない。だから、せめて彼女の悩みを見逃さない様に、と会う頻度も連絡の頻度も増やしていった。 : 大樹:(M)そして、時は流れ、俺と美桜は社会人になった。業種も会社も別々になったが、お互い地元からは離れなかったため、会う頻度はそこまで下がらなかった。毎年桜の開花時期には、必ずあの展望台に桜を見に行った。 美桜:桜って本当に素敵だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく…。桜のような生き方でいたいよね。 大樹:(M)桜を見ながら、美桜は毎年そう言った。散りゆく桜を眺める美桜の瞳は、いつもあの儚さを映していた。 : 大樹:(M)それからさらに時は流れ。社会人になって3年が経った。今年の春も、俺は美桜と、いつもの展望台へ桜を見に来ていた。 美桜:今年の桜も綺麗だー!最高だー! 大樹:元気……だな…。はぁ、はぁ、疲れた……。 美桜:ちょっと、大樹、運動不足なんじゃないの? 大樹:まぁ社会人になってからあんま運動とかしてないからな…。はー、でも登り切った達成感は上がっていってるな! 美桜:もー!ちゃんと運動しなきゃダメだよ! 大樹:そうだな、ちょっと心がけるようにするわ。……桜、綺麗だな。 美桜:うん!今年も一緒に来れてよかった。 大樹:仕事は最近どうだ?順調そうだけど。 美桜:めちゃくちゃ順調!仕事も慣れてきたし、後輩も素直でいい子ばっかりだし!そうそう、来月から始まる、ちょっと大きめのプロジェクトの企画メンバーに選ばれたんだよ! 大樹:おー、それはすごいな。美桜、仕事、一生懸命がんばってるもんな。 美桜:うん!いろいろ資格も増えてきたし、上司の評価も良いし、私この仕事してよかったなぁって。 大樹:あぁ、すごく活き活きしてるよ、美桜。 美桜:えへへ、すごく幸せだなぁ…。 大樹:あぁ。 美桜:……。 大樹:……。 美桜:……桜って本当に素敵だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく。 大樹:うん。 美桜:私、今すごく幸せなの。仕事も評価されてるし、職場の人たちにも恵まれてるし、学生時代の友達ともずっと仲良しだし、大樹もずっと一緒にいてくれるし。 大樹:………。 美桜:私、今が最高に綺麗だと思うの。だから、今散るのが1番綺麗な最期だよね。 大樹:美桜、危ない。落ちるぞ。 美桜:散りたいの。今日、ここで。最高に綺麗な私のまま。 大樹:悩みがあるわけじゃないんだろ?どうして。 美桜:怖いからだよ。 大樹:怖い? 美桜:なにもかもうまくいってて、たくさんの人に愛されてて。最高に幸せなの。……だから、この幸せが終わってしまうのが怖い。いつかくるこの幸せの終わりを待ちながら生きるよりも、最高に幸せなまま、終わりたいの。 大樹:この幸せがずっと続く、とは思わないのか。 美桜:思ってた。私はずっと幸せなまま生きていくんだって思ってた。でもね。就活の時、うまくいき続けることはないんだって思い知らされた。だから、きっとこれからの長い人生も、何度も何度も困難があるんだろうなって思って。普通の人なら、それを乗り越えていけるんだろうけど、私は乗り越えられないと思う。だから、今、終わりたいの。 大樹:美桜。 美桜:大樹、私を幸せにしてくれてありがとう。……さよなら。 大樹:待って。まだ、散るときじゃない。 美桜:……どうして? 大樹:まだだよ。俺はまだ、美桜が最高に綺麗だとは思わない。 美桜:最高に幸せだよ、私は。 大樹:俺はまだ、美桜の最高に綺麗な姿を見ていない。……俺が思う、最高の美桜。 美桜:今、じゃないの? 大樹:……ウェディングドレスを着て笑っている美桜が見たい。 美桜:え…っ。 大樹:結婚しよう、美桜。美桜はまだまだ幸せになれるから。幸せにするから。だから、今はまだ散らないでくれ。 美桜:大樹…。 大樹:受け取って。この桜を見ながら言おうと思っていたんだ。 美桜:……まだ、これ以上の幸せってあるんだね。……どうしよう、大樹、嬉しい。 大樹:よかった。 美桜:すごい、この指輪、桜の指輪だ! 大樹:良いデザインだろ?やっぱり桜が一番似合うよなって。 美桜:うんっ!ありがとう、大樹! 大樹:美桜に影響されて、俺も桜が一番好きになったんだよな。なぁ、結婚式、少し先になるけど、来年の桜が咲く時期にしよう。 美桜:うん!うん!それがいい!桜の咲く時期に式をあげたい! 大樹:そうしよう。これからもよろしくな。愛してるよ、美桜。 : 0:間 : 大樹:(M)1年後。俺と美桜は桜が咲く時期に合わせて、結婚式を挙げた。桜が見える式場で、満開の桜を背にウェディングドレスを身にまとった美桜は最高に美しかった。結婚式を挙げた翌日。俺たちはまた、あの高台へ桜を見に来ていた。 美桜:結婚式、最高だったね。 大樹:あぁ。最高の式だった。 美桜:私、綺麗だった? 大樹:もちろん。 美桜:最高に? 大樹:最高に、と思ってたけどね。 美桜:まだ足りない? 大樹:うん、美桜が散るにはまだ早い。 美桜:ウェディングドレスを着てる私が最高に綺麗だって言ってなかったけ? 大樹:1年前はね。でも、実際ウェディングドレスを着た美桜を見て、綺麗だなって思って。その先も見たくなった。 美桜:その先? 大樹:今度はここに、俺たちの子供も一緒に連れてこよう。家族に囲まれる美桜は、きっとさらに綺麗だ。 美桜:私は欲張りでワガママだと思ってるけど、大樹のほうがどんどん欲張りになっていくね。私を散らせてくれない。 大樹:満開なのは、今じゃない。俺は満開の桜がみたいんだよ。欲張りだからな。 美桜:じゃあ、今年も散るのはやめておく。 大樹:あぁ。さ、帰ろうか。 美桜:帰りにサクララテとサクラケーキ買って帰ろ! 大樹:サクラチョコはいいのか? 美桜:それも! 0;間 大樹:(M)就活での一件があってから、毎年桜を見に来るたびに、散りたがっていた美桜。散る桜を見ながら、見せていたあの儚い瞳は、きっと幸せが終わってしまうことへの恐怖だったのだろう。いつ散ってしまうのかわからない桜の花のような不安定な美桜だったが、子どもが生まれてからは、その不安定さはなくなった。"散りたい"と言わなくなった。子を持つ親として、いろいろと考えが変わったのだろう。愛情をもらっていた立場から、今度は愛情を与える立場になった美桜。その変化は、彼女がずっと抱えていた恐怖を消し去ってくれた。彼女の心境は大きく変わっていったが、最近の美桜の笑顔は、俺が恋に落ちたあの時の笑顔に戻っていた。自分は幸せだと信じて疑わない、強く明るい笑顔。あぁ、君にはその、散ることを恐れず咲き誇る、満開の桜のような笑顔が一番似合うよ。 0:間 大樹:(M)長い長い年月が経った。俺と美桜は幸せな人生を歩んできた。もちろん、ずっと順調だったわけじゃない。時には苦しいこともツラいこともあった。だけど、そんな困難は、俺たちで築き上げてきた幸せの前には、小さなことだったように思う。そして。そんな俺たちの長い人生も、終わりを告げるときがきた。 大樹:先に弱っていったのは美桜だった。桜の木が良く見える美桜の部屋で、彼女は最期の時間を過ごしていた。庭に植えた桜は今年も綺麗に咲いている。風が吹くと、その花びらが窓からふわりと舞ってくる。一枚の花びらが、俺の手の甲へ舞い落ちた。美桜は、優しくほほ笑みながら花びらと俺の手を、しわだらけの弱々しい綺麗な手でそっと握った。 美桜:結局私は、最期まで生きてきたんだね。綺麗なまま何度も何度も散ろうとしたのに。枯れるのが怖くて、綺麗じゃないまま死ぬのが嫌で。綺麗なまま咲いて散る桜にずっとなりたいなって思ってた。 大樹:うん。 美桜:ねぇ、私は桜になれたかしら。綺麗なまま咲いて、綺麗なまま散っていく桜に……。 大樹:うん。君は今、最高に美しい桜だよ。満開の桜だ。 美桜:そっか。私、ようやく散ることができるのね。 大樹:うん。 美桜:あなたにね、ずっと言いたかったことがあるの。 大樹:うん。 美桜:あなたは桜の樹のようだなってずっと思ってた。毎年綺麗な桜の花を咲かせる、大きな樹。あなたがいたから、私はここまで咲き続けられた。ありがとう。 大樹:............うん。 美桜:先に、散るね。美しいままで。愛してるわ。 大樹:あぁ。愛してる。おやすみ。 : 0:間 : 大樹:桜のように散りゆく君へ。君は最期まで最高に綺麗だったよ。俺の隣でずっと満開の桜でいてくれてありがとう。 大樹:君は枯れることを恐れていたね。 大樹:桜を失った樹は、枯れゆく運命だけど。 大樹:君を想いながらゆっくり枯れていくのもね、 大樹:悪くないよ。 : 0:完 :

0:桜のように散りゆく君へ : 美桜:桜って本当に素敵だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく。 大樹:(M)毎年桜を見に来ると、きまって美桜はそう言った。 美桜:私、今が最高に綺麗だと思うの。だから、今散るのが1番綺麗な最期だよね。 大樹:(M)そう言って彼女は展望台の端に進み...........。 0:間 : 大樹:『桜のように散りゆく君へ』 : 美桜:今年は寒さが長引いたから、桜の開花が遅いんだって。 大樹:そーいえば、なかなか暖かくならなかったよね。コートもしまいかけて何度また引っ張り出したことか........。 美桜:4月上旬頃らしいよ、今年の開花は。去年は3月半ばくらいだったのにね。新学期になったばかりの忙しい時期に開花かぁ........。 大樹:新しい授業の準備とか、サークルの勧誘とか、忙しいよなぁ。でもま、無理やりでも予定空けるよ。 美桜:うんっ!ありがとね、大樹(たいき)! 大樹:(M)俺の彼女、美桜(みお)。春に咲く桜が好きで、毎年、開花の時期に合わせて桜を見に行っている。美桜とは大学1年生の時に出会って、俺の半年の片思いを経て........2年生になる前の3月に付き合うことになった。最初のデートで桜を見に行ったこともあり、毎年桜の開花に合わせてお花見だけはしよう、と決めている。 美桜:今年で3年生。就活、始まるの憂鬱だなぁ。 大樹:もう就活のこと考えてるの? 美桜:当たり前じゃん。早めの行動をした者が!就活を制するのだよ! 大樹:意識たけぇ。まぁでもそっか、先輩にも3年生の冬に内定もらってた人いたわ。俺、4年生からでいいかなって思ってたのに。 美桜:ちっちっちっ。企業によっては早くから内定出すところもあるからね。早く内定もらって、4年生は思う存分遊ぶんだ! 大樹:なるほどな。じゃあ俺も、早めに頑張るかなぁ。 美桜:おうよ!じゃあ今年のお花見は、就活頑張るぞ!の決意お花見、来年のお花見は、祝!内定!おめでとうお花見でいこっ! 大樹:おっけ。........あー、俺が内定もらえてなかったら、泣(なき)!難航!就活ファイトお花見にして慰めてくれ。 美桜:あっはは!何弱気になってんのさ! 大樹:(M)美桜はいつも笑顔の明るい女の子だ。よく笑い、よくしゃべる子で、男女問わず人気がある。名前の通り、美しい桜のようなその笑顔に俺は一瞬で恋に落ちた。付き合ってから1年間、美桜のそばで過ごしてきたが、彼女から笑顔が消えたところを見たことがない。無理して笑っているのかもしれない、彼氏として何かあったら支えてあげたい、と思い、”悩みとかないの?”と聞いたら、美桜は決まって 美桜:幸せすぎるのが悩み! 大樹:(M)と、元気よく答えて俺にキスをしてくるのだった。その姿は無邪気そのもので、本当に悩みなんてないんだな、と俺は安心してそのまま彼女にキスを返すのだった。 0:間 美桜:うわぁー!今年も桜が綺麗だぁ!ここからの眺め、最高っ!気持ちいいー! 大樹:やっと........登りきった........。 美桜:情けないぞ、大樹!このくらいでへばるんじゃないっ! 大樹:美桜は元気だな........。 美桜:大好きな桜を見るためだもん!このくらい平気平気! 大樹:(M)4月半ば。俺たちはようやく満開になってくれた桜を見に来た。去年も一緒に来た、山の頂きにある展望台。山を登らないといけないので、ここに来るのは苦労するが、この展望台から見る桜はとても綺麗だ。 美桜:見て見て!山一面、桜色だよ! 大樹:おい、あんま乗り出すなって。危ないだろ! 美桜:大丈夫だよ!子どもじゃないんだから!あ!あっちの景色もよさそう! 大樹:........子どもにリードをつけたいっていう親の気持ちが分かる気がする。 美桜:大樹ー!!こっちー! 大樹:はいはい、今行くって! 0:間 美桜:こうやって桜見てるとさ、がんばろーって気持ちになれるね。 大樹:就活? 美桜:それもだけど、いろいろ。 大樹:いろいろ?授業とかバイトとか? 美桜:うん。そーゆーのも含めてぜーんぶ。生きるのを頑張ろう、みたいな? 大樹:生きるのを頑張るって........なに?悩みでもあんの? 美桜:違うってば!そーじゃなくて!あのさ、桜の花って枯れることないじゃん? 大樹:え、そーなの? 美桜:んー、わかんないけど、枯れた桜の花って見たことなくない?桜の花の終わりって散ることだからさ。 大樹:確かに、言われてみればそうだな。 美桜:満開に咲き誇って、綺麗な花のまま散っていく。徐々に枯れてゆっくり終わりを迎えるんじゃなくて、最高の状態で終わりを迎える。衰えることを知らない、凛々しい花........みたいな! 大樹:枯れない花、かぁ。桜についてそんな考えたこと無かったな。 美桜:最期まで綺麗なままでいたいよね。だから、いろいろ生きることを頑張ろうって。 大樹:なるほどな。なんか美桜らしいよ。 美桜:えへへ。.....就活、がんばろうね。 大樹:おう。やる気出た。 美桜:っしゃ!んじゃ、見る桜を充分堪能したことだし、これからは食べる桜を堪能しようと思いますっ! 大樹:花より団子ならぬ、花も団子も、か。欲張りだな。 美桜:私は欲張りだからね!サクララテと、サクラケーキ食べたい!あとサクラチョコ欲しい! 大樹:わかったわかった。 0:間 大樹:(M)桜と共に、俺たちの新学期は始まった。美桜は宣言通り、就活を意識した学生生活を送っていた。俺も美桜を見習い、早い時期からインターンや会社説明会に積極的に参加し、就活を始めた。美桜とは、希望の業種が違ったこともあり、なかなか会えない時期が続いていた。秋を越えた頃からは、連絡の頻度も少なくなっていった。だけど、お互い必死に学生生活を送っていたし、俺も美桜も恋人に依存しないタイプなので、そんなに苦にはならなかった。 : 大樹:(M)そして冬を迎え、雪がとけ、少しずつ暖かくなってきた2月の終わり。ついに俺は内定をもらい、就活に終止符を打ったのであった。 0:間 美桜:今年も桜が綺麗だね!去年よりも早く満開になったし! 大樹:そうだな。3月半ばで咲くとはなぁ。 美桜:ね!今年も大樹と来れてよかったぁ。そだ、大樹、内定おめでと! 大樹:おう。ありがとう。 美桜:先、越されちゃったね。 大樹:まぁ、妥協に妥協を重ねたとこはあるけどな。早く終わらせなきゃ、って焦ってたかも。これから始める人の方がほとんどだし、焦る必要ないのに。 美桜:それでも、内定をもらえたのはすごいじゃん。私もがんばらなきゃ! 大樹:.........。 美桜:桜、綺麗だなぁ。咲いてるのも、散っていくのも、全部。 大樹:........? 美桜:いいなぁ。綺麗なまま散っていくの。みんなの記憶に綺麗なまま残って、終わっていく。そういう風に終わりたい。 大樹:……美桜? 美桜:大樹。私、今が綺麗だと思うの。いちばん綺麗な私のまま、散っていけたら……最高だと思わない? 大樹:………美桜。 美桜:桜の花びらみたいに、高いところから、舞い落ちていけたら……私は桜に、なれるかな? 大樹:美桜! 美桜:……なに? 大樹:就活……うまくいってないのか。 美桜:……うん。 大樹:…そう、か。 美桜:大樹、私ね。生まれてからずっとたくさんの人に愛されて、求められて、必要とされてきたの。家族も、親戚も、友達も、先生も、私のことをかわいがってくれた、必要としてくれた。ずっとずっと恵まれた環境で生きてきた。だから私は、誰かに愛されるために、必要とされるために、生きてきたの。愛されるのが当たり前だと思ってきた。誰もが私を必要としてくれているって思ってきた。 大樹:うん。 美桜:だからね、初めてなの。こんなに、お前は必要ないって言われるのが。たくさん面接受けて、たくさん会社の人たちとお話ししたのに、みんな私のこといらないって。この会社には必要ないって。……それが…ツラくて…っ! 大樹:……。 美桜:このままだと、私は枯れちゃう気がするから。だから、そうなる前に……散っていきたいの。桜の花みたいに。 大樹:……俺は美桜のことを愛してるし、必要としてる。それだけじゃだめなのか? 美桜:大樹が私のこと愛してくれてるのはわかってる。でも……それ以上に、会社の人たちが……私のこと……。私は欲張りだから。たくさんの人に必要とされたいの。否定されたくないの。 大樹:美桜…。 美桜:でも、大丈夫。私はまだ笑えてる。だから、今しかない。このままだと、笑えなくなっていく。散るのは、今しか…。 大樹:美桜。まだ散るときじゃない。 美桜:え…? 大樹:今が、一番綺麗な君なのか?君が言う、一番綺麗な満開の桜なのは、今なの? 美桜:それ…は…。 大樹:就活がうまくいかなくて、そんな暗い表情の美桜は、無理して笑おうとしている美桜は、まだ桜のつぼみなんじゃないかって思うけどな。今はまだ、散るときじゃない。そう思わない? 美桜:……まだ、頑張りが足りないってこと?もっともっと、必要とされる努力をしないといけないってこと? 大樹:そうじゃない。逆だよ。あのな、もっと肩の力抜いて。"必要とされる自分"にばかり、気を取られすぎなんだよ、美桜は。美桜あれだろ?会社の求める人物像にならなきゃ、とか思ってそう振舞っているんじゃない? 美桜:え、それは当然でしょ?会社が求める人物像にならなきゃ、求められないじゃん。 大樹:美桜はそのままでいい。変わらなくていい。俺やみんなが好きになったのは、そのままの美桜なんだから。それはきっと、社会に出ても変わらないよ。 美桜:……うまく、いくかな。 大樹:もう少しだけ頑張ってみよ。もう少しだけでいいから。 美桜:うん……! 大樹:気づけなくてごめんな。なかなか連絡もできてなかった。 美桜:それはお互い忙しかったんだから。私も連絡してなかったし。……大樹、少しだけ泣いていい? 大樹:少しと言わず。思う存分泣いていい。 美桜:うん…うん…。…ぅ。 大樹:(M)美桜が泣いているのを見るのは初めてだった。よっぽど、打ちのめされていたのだろう。しばらくの間、美桜は俺の胸で声を上げて泣いていた。俺は彼女を抱きしめ、散っていく桜の花びらをみながら、桜はやっぱり、咲いているときが一番綺麗だな、と思った。 0:間 大樹:(M)それから、美桜は2週間後に内定をもらってきた。もう少しだけ、とは言ったが、すぐに努力は実ったようだ。美桜は、死を考えるほど悩んでいたとは思えないほど元気になっていた。またあの美しい桜のような笑顔が戻ってきた。だけど、その笑顔の中の瞳は、時たま儚(はかな)さを映すようになった。散っていく桜を見つめているような、そんな瞳。美桜が何を思っているのかはわからない。だから、せめて彼女の悩みを見逃さない様に、と会う頻度も連絡の頻度も増やしていった。 : 大樹:(M)そして、時は流れ、俺と美桜は社会人になった。業種も会社も別々になったが、お互い地元からは離れなかったため、会う頻度はそこまで下がらなかった。毎年桜の開花時期には、必ずあの展望台に桜を見に行った。 美桜:桜って本当に素敵だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく…。桜のような生き方でいたいよね。 大樹:(M)桜を見ながら、美桜は毎年そう言った。散りゆく桜を眺める美桜の瞳は、いつもあの儚さを映していた。 : 大樹:(M)それからさらに時は流れ。社会人になって3年が経った。今年の春も、俺は美桜と、いつもの展望台へ桜を見に来ていた。 美桜:今年の桜も綺麗だー!最高だー! 大樹:元気……だな…。はぁ、はぁ、疲れた……。 美桜:ちょっと、大樹、運動不足なんじゃないの? 大樹:まぁ社会人になってからあんま運動とかしてないからな…。はー、でも登り切った達成感は上がっていってるな! 美桜:もー!ちゃんと運動しなきゃダメだよ! 大樹:そうだな、ちょっと心がけるようにするわ。……桜、綺麗だな。 美桜:うん!今年も一緒に来れてよかった。 大樹:仕事は最近どうだ?順調そうだけど。 美桜:めちゃくちゃ順調!仕事も慣れてきたし、後輩も素直でいい子ばっかりだし!そうそう、来月から始まる、ちょっと大きめのプロジェクトの企画メンバーに選ばれたんだよ! 大樹:おー、それはすごいな。美桜、仕事、一生懸命がんばってるもんな。 美桜:うん!いろいろ資格も増えてきたし、上司の評価も良いし、私この仕事してよかったなぁって。 大樹:あぁ、すごく活き活きしてるよ、美桜。 美桜:えへへ、すごく幸せだなぁ…。 大樹:あぁ。 美桜:……。 大樹:……。 美桜:……桜って本当に素敵だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく。 大樹:うん。 美桜:私、今すごく幸せなの。仕事も評価されてるし、職場の人たちにも恵まれてるし、学生時代の友達ともずっと仲良しだし、大樹もずっと一緒にいてくれるし。 大樹:………。 美桜:私、今が最高に綺麗だと思うの。だから、今散るのが1番綺麗な最期だよね。 大樹:美桜、危ない。落ちるぞ。 美桜:散りたいの。今日、ここで。最高に綺麗な私のまま。 大樹:悩みがあるわけじゃないんだろ?どうして。 美桜:怖いからだよ。 大樹:怖い? 美桜:なにもかもうまくいってて、たくさんの人に愛されてて。最高に幸せなの。……だから、この幸せが終わってしまうのが怖い。いつかくるこの幸せの終わりを待ちながら生きるよりも、最高に幸せなまま、終わりたいの。 大樹:この幸せがずっと続く、とは思わないのか。 美桜:思ってた。私はずっと幸せなまま生きていくんだって思ってた。でもね。就活の時、うまくいき続けることはないんだって思い知らされた。だから、きっとこれからの長い人生も、何度も何度も困難があるんだろうなって思って。普通の人なら、それを乗り越えていけるんだろうけど、私は乗り越えられないと思う。だから、今、終わりたいの。 大樹:美桜。 美桜:大樹、私を幸せにしてくれてありがとう。……さよなら。 大樹:待って。まだ、散るときじゃない。 美桜:……どうして? 大樹:まだだよ。俺はまだ、美桜が最高に綺麗だとは思わない。 美桜:最高に幸せだよ、私は。 大樹:俺はまだ、美桜の最高に綺麗な姿を見ていない。……俺が思う、最高の美桜。 美桜:今、じゃないの? 大樹:……ウェディングドレスを着て笑っている美桜が見たい。 美桜:え…っ。 大樹:結婚しよう、美桜。美桜はまだまだ幸せになれるから。幸せにするから。だから、今はまだ散らないでくれ。 美桜:大樹…。 大樹:受け取って。この桜を見ながら言おうと思っていたんだ。 美桜:……まだ、これ以上の幸せってあるんだね。……どうしよう、大樹、嬉しい。 大樹:よかった。 美桜:すごい、この指輪、桜の指輪だ! 大樹:良いデザインだろ?やっぱり桜が一番似合うよなって。 美桜:うんっ!ありがとう、大樹! 大樹:美桜に影響されて、俺も桜が一番好きになったんだよな。なぁ、結婚式、少し先になるけど、来年の桜が咲く時期にしよう。 美桜:うん!うん!それがいい!桜の咲く時期に式をあげたい! 大樹:そうしよう。これからもよろしくな。愛してるよ、美桜。 : 0:間 : 大樹:(M)1年後。俺と美桜は桜が咲く時期に合わせて、結婚式を挙げた。桜が見える式場で、満開の桜を背にウェディングドレスを身にまとった美桜は最高に美しかった。結婚式を挙げた翌日。俺たちはまた、あの高台へ桜を見に来ていた。 美桜:結婚式、最高だったね。 大樹:あぁ。最高の式だった。 美桜:私、綺麗だった? 大樹:もちろん。 美桜:最高に? 大樹:最高に、と思ってたけどね。 美桜:まだ足りない? 大樹:うん、美桜が散るにはまだ早い。 美桜:ウェディングドレスを着てる私が最高に綺麗だって言ってなかったけ? 大樹:1年前はね。でも、実際ウェディングドレスを着た美桜を見て、綺麗だなって思って。その先も見たくなった。 美桜:その先? 大樹:今度はここに、俺たちの子供も一緒に連れてこよう。家族に囲まれる美桜は、きっとさらに綺麗だ。 美桜:私は欲張りでワガママだと思ってるけど、大樹のほうがどんどん欲張りになっていくね。私を散らせてくれない。 大樹:満開なのは、今じゃない。俺は満開の桜がみたいんだよ。欲張りだからな。 美桜:じゃあ、今年も散るのはやめておく。 大樹:あぁ。さ、帰ろうか。 美桜:帰りにサクララテとサクラケーキ買って帰ろ! 大樹:サクラチョコはいいのか? 美桜:それも! 0;間 大樹:(M)就活での一件があってから、毎年桜を見に来るたびに、散りたがっていた美桜。散る桜を見ながら、見せていたあの儚い瞳は、きっと幸せが終わってしまうことへの恐怖だったのだろう。いつ散ってしまうのかわからない桜の花のような不安定な美桜だったが、子どもが生まれてからは、その不安定さはなくなった。"散りたい"と言わなくなった。子を持つ親として、いろいろと考えが変わったのだろう。愛情をもらっていた立場から、今度は愛情を与える立場になった美桜。その変化は、彼女がずっと抱えていた恐怖を消し去ってくれた。彼女の心境は大きく変わっていったが、最近の美桜の笑顔は、俺が恋に落ちたあの時の笑顔に戻っていた。自分は幸せだと信じて疑わない、強く明るい笑顔。あぁ、君にはその、散ることを恐れず咲き誇る、満開の桜のような笑顔が一番似合うよ。 0:間 大樹:(M)長い長い年月が経った。俺と美桜は幸せな人生を歩んできた。もちろん、ずっと順調だったわけじゃない。時には苦しいこともツラいこともあった。だけど、そんな困難は、俺たちで築き上げてきた幸せの前には、小さなことだったように思う。そして。そんな俺たちの長い人生も、終わりを告げるときがきた。 大樹:先に弱っていったのは美桜だった。桜の木が良く見える美桜の部屋で、彼女は最期の時間を過ごしていた。庭に植えた桜は今年も綺麗に咲いている。風が吹くと、その花びらが窓からふわりと舞ってくる。一枚の花びらが、俺の手の甲へ舞い落ちた。美桜は、優しくほほ笑みながら花びらと俺の手を、しわだらけの弱々しい綺麗な手でそっと握った。 美桜:結局私は、最期まで生きてきたんだね。綺麗なまま何度も何度も散ろうとしたのに。枯れるのが怖くて、綺麗じゃないまま死ぬのが嫌で。綺麗なまま咲いて散る桜にずっとなりたいなって思ってた。 大樹:うん。 美桜:ねぇ、私は桜になれたかしら。綺麗なまま咲いて、綺麗なまま散っていく桜に……。 大樹:うん。君は今、最高に美しい桜だよ。満開の桜だ。 美桜:そっか。私、ようやく散ることができるのね。 大樹:うん。 美桜:あなたにね、ずっと言いたかったことがあるの。 大樹:うん。 美桜:あなたは桜の樹のようだなってずっと思ってた。毎年綺麗な桜の花を咲かせる、大きな樹。あなたがいたから、私はここまで咲き続けられた。ありがとう。 大樹:............うん。 美桜:先に、散るね。美しいままで。愛してるわ。 大樹:あぁ。愛してる。おやすみ。 : 0:間 : 大樹:桜のように散りゆく君へ。君は最期まで最高に綺麗だったよ。俺の隣でずっと満開の桜でいてくれてありがとう。 大樹:君は枯れることを恐れていたね。 大樹:桜を失った樹は、枯れゆく運命だけど。 大樹:君を想いながらゆっくり枯れていくのもね、 大樹:悪くないよ。 : 0:完 :