台本概要
290 views
タイトル | ラナンキュラスの、咲く頃に。 |
---|---|
作者名 | さくまとかげ |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
最強の主人と最強のメイドが織りなす人間模様。 以前あげていた台本の再編です。ファンタジー。 30~40分程度。 290 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
主人 | 男 | 114 | ヴォルフラム・フォン・アーベントロート公爵。ヴォルフ。 |
メイド | 女 | 121 | エルネスタ・クリューガー。エル。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:登場人物
:
主人:ヴォルフラム・フォン・アーベントロート公爵。ヴォルフ。
メイド:エルネスタ・クリューガー。エル。
:
0:戦地。向かってきた敵将を討ち取るヴォルフ。
:
主人:敵国の将よ!その首、貰い受ける!
:
主人:——ふははは!この程度で己れ(おれ)の首を取ろうなど笑止千万!
主人:己れを誰と心得る!王国最強と名高き男、ヴォルフラム・フォン・アーベントロートぞ!本気で首を取るつもりならば、そちらも"最強"をぶつけてみせよ!
:
メイド:(N)私たちの住む、一つなぎの大陸。その南方領土を支配する王国に、その男はいた。
メイド:(N)ヴォルフラム・フォン・アーベントロート。赤く赤く、燃えるような髪を持つその男は、己を最強であると称し、またその自称に違わぬ実力で戦場を駆け抜けた。
メイド:(N)これは、最強の男と とあるメイドの、よくある話の一端である。
:
:
主人:……おい、そこのお前。
メイド:は、はい。私めに何か、御用でしょうか。
主人:見ない顔だな。新入りか?
メイド:さ、先の戦争の折に、仕事を失いまして、こちらに……
主人:そうか。名はなんという?
メイド:わ、わわ、私のような下仕えの者の名前など……
主人:答えよ。……主命であるぞ。
メイド:……エル、ネスタ。エルネスタ・クリューガーでございます、我が主。
主人:エルネスタ、か。良い名だな。
メイド:は、はい!ありがたきお言葉……!
主人:あー、硬い硬い。そのような態度、己れは好かん。
メイド:え?あ、あの……
主人:そうだな。己れの事はヴォルフとでも呼べ。己れもお前を"エル"と呼ぼう。
メイド:え……えっ?しかし……!
主人:呼べ。
メイド:……ヴォルフ、様。
主人:及第点(きゅうだいてん)だな。では、励めよ。早くこの屋敷に慣れるといい。己れは、働き者の味方だからな。ふはははは!
メイド:は、はい!精進致します!
:
メイド:……あれが、アーベントロート家当主。ヴォルフラム・フォン・アーベントロート……私の……
:
0:場面転換
:
メイド:失礼致します。ヴォルフ様、国王様より書状が届いております。至急、とのことです。
主人:どれだ。
メイド:こちらに。
:
0:書状を渡す。
:
主人:……。エルよ。
メイド:は、はい。いかがなさいましたか、ヴォルフ様。
主人:お前、己れのものになれ。
メイド:……ええっ!?あ、あのっ、えっと!
主人:む、言い方が悪いか。己れの婚約者のふりをしろ。
メイド:ふ、ふり……ですか……?
主人:至急と言うから何かと思えば、何のことはない見合い話ではないか。……己れは女に興味がない。
メイド:で、では男性に……?
主人:戯け(たわけ)!そういうことではない!……恋だの愛だのというものは、剣を鈍らせる。己れには必要ない。
メイド:も、申し訳ございません!……しかし、先代の当主様の御子息たるヴォルフ様がお子を成さなければ、アーベントロート家は途絶えてしまわれるのでは……
主人:そんなもの、養子でもなんでもよい。この剣の腕は血筋ではなく、己れの鍛錬によって得たものだ。名を継ぐだけなら、実子でなくとも構わん。
メイド:なるほど……あの、それで私は、何をすれば?
主人:何も。見合い話を断れればそれでよい。婚約者としてお前の名前を借り受ける。今のところは、それだけだ。
メイド:は、はぁ……畏まりました。そのようなことであればいくらでも。しかし、なぜ私なのでしょうか?
主人:我が家に仕える者の中で、お前が一番若い。それに、新入りであるが故に外にも知られていないからな。
メイド:知られていると、問題があるのですか?
主人:問題も何も、紛い物の婚約者だとバレてしまいかねんだろうが。
メイド:な、なるほど……確かに。
主人:ということで、お前は明日から己れの専属だ。名誉に思えよ。
メイド:……ええっ!?そんな、これまで仕えてくださったみなさんを差し置いて……!
主人:よい。皆も理解してくれるだろう。……下手をすれば喜びかねん。
メイド:よろこ……え?
主人:気にするな。こちらの話だ。今日は通常の作業を行うといい。明日までに屋敷内に通達しておく。
メイド:か、かしこまりました……主命とあらば、仰せのままに。
:
メイド:(M)ヴォルフ様の仰られた通り、翌日には事の詳細が屋敷中に広められていた。
メイド:(M)反応は様々だったが、皆とても好意的だったのを覚えている。
メイド:(M)それから私の景色は、一変した。
:
0:場面転換。少し時間が経つ。
:
主人:おい。何をしている?
メイド:これはヴォルフ様、ご機嫌麗しゅう。見ての通り、お屋敷のお掃除ですよ。
主人:先程もしていなかったか?
メイド:我が主が快適に過ごすための空間を作るのも、私共の仕事ですから。一度だけとは限りません。
主人:そうか。……よく働くのだな、お前は。
メイド:私だけではございませんよ。アーベントロート家に仕えるものは皆、同じ気持ちで貴方様に仕えております。
主人:ふ……そうだな。皆にもっと、感謝せねばならぬな。
主人:手が空いたら茶を淹れてくれ。部屋で待っている。
メイド:は、はい!かしこまりました……きゃっ!
主人:エル!
0:足を踏み外し高所から落ちるエル、受け止めるヴォルフ。
主人:……大事ないか?
メイド:……ヴォルフ様!た、大変申し訳ございません!主を下敷きにしてしまうなど、なんたる無礼を……!
0:慌てて上から退くエル。
主人:構わん。この程度で怪我をするほど脆い作りはしておらぬ。……それより、無事なのだな?
メイド:は、はい!この通り、何事も!
主人:であればよい。……慌てずとも、己れはお前を待っている。ゆっくり、来るがよい。
メイド:有難う、ございます……申し訳ございません。
:
メイド:(M)私の頭を一撫でしたあの人は、笑みを浮かべて立ち去った。
メイド:(M)ああ、どうしよう。この胸の高鳴りの正体に、私はもう気がついている。
メイド:(M)いけない。こんな気持ち、抱いてはならない。
メイド:(M)だって、私は——
:
0:場面転換
:
メイド:……ふふ。
主人:何をしている?
メイド:きゃあっ!?
主人:お、おお。驚かせたか。すまない。
メイド:も、もも、申し訳ございません……!
主人:いや、これは背後から急に声をかけた己れがわるい。……で、何をしていたのだ?
メイド:あ、あの、えっと……花を。
主人:花?
メイド:はい。以前に、辺境伯(へんきょうはく)の御息女(ごそくじょ)より、花の球根をいただきまして。せっかくなので、育ててみようかと……
主人:ヴァルターのところか。……ふむ、芽が出ているな。これはどのくらいで咲くものなのだ?
メイド:この種類の花であれば、今植えて咲くのは萌の季(きざしのとき)でしょうね。
主人:そうか。綺麗に咲かせて、イルゼ嬢にも見せてやらねばならんな。
メイド:そうですね。頑張ってお世話しなければ。うふふ……
主人:……。
:
0:ヴォルフ、エルの横顔を見ている。
0:場面転換。
:
主人:今戻った。
メイド:おかえりなさいませ……っ!?ヴォルフ様、お召し物に血が……!
主人:案ずるな。返り血だ。
メイド:かえり、血。
主人:帝国の送り込んだ刺客(しかく)だろうよ。まったく、余程卑怯なことが好きらしい。どうしようもない国だ。……いや、国に罪はないか。どうしようもない王だ。
メイド:……。
主人:……どうした?
メイド:えっ?あ、いえ、あの、すぐに代わりのお召し物をお持ちします。
主人:そうか、頼む。
:
メイド:……卑怯者、か。
:
0:場面転換。
:
主人:エルよ、居るか?
メイド:ここに。お呼びでしょうか、ヴォルフ様。
主人:ああ、すまないが茶を淹れてくれ。先日ファスベンダー伯爵から送られてきたものがあっただろう。近々会う予定があるものでな。
メイド:かしこまりました。すぐに準備をいたします。
:
メイド:(M)茶器を取り出し、丁寧に茶を淹れる。
メイド:(M)そうして私の茶を口にしたあの人は、決まってこう言うのだ。
:
主人:やはりお前の淹れる茶が一番美味い。
メイド:有り難きお言葉。
主人:……ふむ、お前の敬語は幾月経ってもなくならないな。
メイド:私はヴォルフ様の召使いです、主人相手に不遜(ふそん)な態度を取る召使いなどいてはなりません。
主人:しかしお前、名目上は俺の婚約者なのだぞ。
メイド:あくまで名目上、です。
主人:……ではいっそ、名実共に己れのものになるか?
メイド:ですから……へ?
主人:へ?ではない。こんな言葉を、人生のうちに三度も言わせる気か。
メイド:あの、えっと、それは、どういう。
主人:この言葉に言外の含みなどあるはずがなかろう。
メイド:……でも、ヴォルフ様は、その、妻は娶られ(めとられ)ないと……
主人:気が変わった。……お前と共にいて、お前の姿を隣で見て。お前のためなら、なんでも出来そうだと思った。
メイド:ヴォルフ、さま……
主人:王が、婚約者を連れてこいと言っている。いっそ偽の婚約者としてではなく、生涯の伴侶として、己れと共に来てはくれないか。
メイド:……っ。
主人:知っての通り、己れは剣の道一筋で生きてきた。洒落た言葉は使えぬ。気も利かぬ。
主人:しかし、お前が望むものならなんでもやろう。お前の為なら必ず勝利を掴もう。……こんな形での妻問い(つまどい)は本意ではないが、伝えぬよりはよっぽど良い。
メイド:わた、し……あの……
主人:返事は急がぬ。よくよく考えよ。……ただ。良い返事を、期待している。
主人:今日はもうよい。下がれ。
メイド:……は、い。かしこまりました。
:
メイド:(M)ああ。ああ、とうとう。この時が来てしまったのだと思った。
メイド:(M)歓喜よりも先に私の心を支配したのは、絶望にも似た感情だった。
メイド:(M)覚悟を、決めなければ。その夜は、眠ることが出来なかった。何故なら——
:
0:場面転換。真夜中。
:
メイド:……。
主人:このような夜更けに、何のようだ?誰だかは知らんが、殺気が垂れ流しだぞ。……いや、隠す気もないのか。
メイド:敏い(さとい)ですね。呆気なく気づかれてしまうとは……いやはや、甘く見過ぎましたか。
主人:暗殺者としては二流以下だな。さて、どうする?このまま帰るならば、命までは取らずにおくが。
メイド:ご冗談を。貴方の首を取らなければ、どのみち私は死ぬのです。ですから——死んでくださいッ!
主人:馬鹿め!そのような攻撃、当たるわけがなかろう!
メイド:……っ!
:
0:顔を隠していた布が外れ、姿が露わになる。
:
メイド:……ふ。最期まで、外さない方が良かったのではありませんか?
主人:……お前、まさか、エル?
メイド:よくご存知の顔でしょう?そうです。エルネスタ・クリューガー、その本人です。
主人:何故……何故お前が、己れの命を狙うのだ!お前は己れの……!
メイド:己れの、なんです?まさか、私が本当に貴方に惹かれていたとでも?ふふふ、面白い冗談ですね。
主人:……いつからだ。いつから、お前は己れを裏切っていた!
メイド:おかしなことを聞きますね。いつからも何も、初めからです。
主人:はじめ、から?
メイド:最強を寄越せ、と言っていたでしょう?——私が、その最強です。ご理解いただけますか?
主人:……帝国からの、刺客だというのか?お前が?
メイド:はい。もしや、お気付きでなかったのですか?それはそれは……ふふ、鈍いお方。
主人:これまでの全てが、己れを籠絡(ろうらく)するための演技だったというのか?
メイド:さっきも含めて、はい。全て演技です。上手でしたでしょう?
メイド:あんなわかりやすい殺気に気が付かないのであれば、殺す価値もないかと思いまして……ね。
主人:……そんな。そんな話、信じられるか!お前と過ごした日々が、偽物だったなどと!
主人:お前の花を愛でる目は、慈愛に満ちていた!お前の働く姿は、誰よりも美しかった!己れの目を侮るなよ!あれは本物だった!紛れもなく、あれはお前だ!
メイド:……ふぅ。ですから、そう見えるように振る舞っていたのですよ。お分かりいただけませんか?
主人:分かりたくもない!……なぁ、考え直せエル。己れの首を取らねば死が待っているというのならば、その死からは己れが守ろう!だから……!
メイド:いいえ。……貴方を殺さねば、わたしに幸せなど訪れないのです。
メイド:……シッ!(手に持ったナイフを突き出す)
主人:くっ……!(枕元にあった護身用の武器で受け流す)
:
0:以降、攻撃を繰り出すエルと受け流すヴォルフ。
:
メイド:私は、本気ですよッ!
主人:確かに、強い……!短剣一つでこの重さの攻撃を……!
メイド:死にたくなければ、殺しなさい!
主人:嫌だ!
メイド:であれば、大人しく死になさい!
主人:嫌だ!己れは死ぬつもりもなければ、殺すつもりもない!
メイド:駄々っ子のようなことを……!
主人:己れはお前を、愛している!
メイド:……っ、うるさい!
:
0:より重い一撃。かろうじて受け止める。
:
主人:くぅっ……!
メイド:だから!全て偽物だと言っているでしょう!気持ち悪い!
主人:……エル……
メイド:この数ヶ月、本当に苦痛でしたよ!まさか求愛までされるなんて想定外でしたもの!
主人:……本当に、それが、本心なのか?
メイド:さっきからそう言ってるでしょう!?私は、初めからずーっと、貴方の敵です。敵から向けられる好意なんて、気持ち悪い!
主人:……っ、ああぁぁぁぁぁ!!
メイド:……っ!!
:
0:複雑な感情が幾重にも絡み合う。それらをすべて振り払うような、すべて吐き出すような絶叫。短剣を押し返すヴォルフ。攻防が逆転する。
:
主人:己れは……己れは!真にお前を愛していたのに!
メイド:ふっ、恋愛が剣を鈍らせるというのは本当なのですねぇ!ああ気持ち悪い!仕事といえどもう懲り懲りですよ!
主人:黙れ、黙れ黙れェ!!その顔で、その口で、そのような言葉を紡ぐなァ!!
メイド:無様なものですね!最強の剣、ヴォルフラム・フォン・アーベントロートともあろう者がこのような姿!先代様もさぞ憂いておられることでしょう!
主人:黙れと言っているだろうがぁぁぁぁ!!
:
メイド:(M)絶望、憎悪、悲哀。あの人の声が、瞳が、私の心を突き刺す。
メイド:(M)苦しい。けれど、これでいい。これで、もう。
メイド:(M)だから——終わりにしよう。
:
メイド:そんなものですか、ヴォルフラム・フォン・アーベントロート!
主人:あああああああ!!
メイド:……。
:
0:エル、一瞬笑みを浮かべて 防御の手を止める。
:
メイド:……ぐ、ふっ……!
主人:……!お前……!
メイド:……お見事、です、ヴォルフさま。
0:崩れ落ちるエル。それを抱えるようにずるずると地面へ座り込むヴォルフ。
主人:エル……!おまえ、何故、何故受ける手を緩めた!
メイド:……はて……なんの、ことでしょう……
主人:惚けるな!その程度も分からぬほど鈍麻(どんま)したと思うか!
メイド:……ふふ、取り乱したところを、狙ったつもり、だったのですが……げほっ、ごほっ!
主人:エル……!エル、たのむ、しっかりしてくれ、エル!
メイド:……何故、泣くのですか。わたしは、敵ですよ。あなたの。ころして、しかるべきです。さぁ、とどめを。せめてもの、慈悲を。私をあいして、いたならば。
主人:であれば、何故……お前も泣いているのだ、エル。
メイド:……え。
主人:気づいて、おらんのか。お前の瞳は、涙に濡れているぞ。なぁ、エル、お願いだ。今からでも遅くない。あの言葉は全て嘘だったと、そういってくれないか。……頼む……
メイド:……暗殺者としては、落第点ですね……落とすつもりが、落とされて……
メイド:……ヴォルフ、さま。
主人:なんだ、エル。
メイド:……エルは、しあわせ、でした。
主人:……!
メイド:……ああ。つぎは、あなたの、となりで……
:
0:エル、ヴォルフの頬に手を伸ばすが、触れる前に手が地に落ちる。
:
主人:……おい。
:
主人:おい……おい!エル!待て!そんな言葉を残して、己れを置いて、先に逝くなど!そんなことが、許せるか……!
主人:目を、目を開けてくれ、エル……頼む、気付いてやれなかった己れが、悪かった、だから……!
:
0:騒ぎに気がついたボーイが現れる。
:
主人:……!来るのが遅いぞ、グスタフ!早く、早く医者を呼べ!……状況などはどうでもよい!金に糸目も付けぬ!そんなことよりもこの命を、必ず助けなければ……!
:
主人:……死ぬな、エル、エルネスタ……!ああ……あぁああぁあぁ……!!
:
0:走り去るボーイ。ヴォルフ、エルを強く抱きしめ慟哭。
0:——場面転換。
:
メイド:(M)あれから、数ヶ月。暖かな萌の季のこと。
:
主人:……おい、お前。
メイド:はい。お呼びでしょうか、我が主。
主人:この花の世話は、お前が?
メイド:はい。つぼみをいくつもつけていたので、もうすぐ花開くのではないかと、世話を続けておりました。
主人:……。
メイド:どうなさいましたか、我が主。
主人:いや。綺麗に咲いたなと思って。なぁ、エルよ。
メイド:そうですね、ふふ。……あ。
主人:(何も言わずに抱きしめる)
メイド:わ、我が主……!
主人:やはりな!眼鏡(がんきょう)一つで、己れの目を欺ける(あざむける)と思ったか、この馬鹿者め!
メイド:……まさか、まだこの顔を覚えておいでだとは、思いませんでしたので……
主人:忘れるわけがなかろう!……お前は己れが、この剣に溺れた人生において唯一愛した女だぞ。
メイド:……ヴォルフ様。
主人:無事に戻ってきたのであれば真っ先に声をかけぬか!全く、準備が滞って(とどこおって)仕方ないわ。
メイド:え、え?準備、とは……?
主人:何を惚けて(ほうけて)おる、お前と己れの婚礼の儀に決まっておろう。
メイド:……。ええええっ!?こここ、婚礼!?えっ、そんな、どうしてそんなことに!?
主人:はぁ?お前が言ったのだぞ。「次は貴方の隣で」と。であれば、無事に戻ってきた時が次だ。
メイド:そ、そんな急なこと……!
主人:嫌か?
メイド:あの、その……私、貴方に多くの嘘をつきました。貴方の命も狙いました。しかも、もとは敵国の人間です。今は、あちらでは死んだことになってしまいましたが……そんな私が、貴方と結ばれるだなんて……
主人:よい。過ぎたことだ。……今はただ一つ、最後の言葉が嘘でなければそれで構わん。
メイド:しかし……!
主人:それにな。喜べ!公式な発表はまだ先になるが、帝国との同盟が結ばれる方向で話が進んでいるそうだ。
メイド:同盟……
主人:まぁ、あちらの切り札を己れが斬り伏せたのだ。自然と敵意も失せるというものなのだろう。支配ではないぞ、あちらの国とは対等な関係を築こうという王の意向がある。……お前の嘘も、演技も。無駄ではなかったぞ、エル。
メイド:……っ!
:
0:わっ、と泣き出すエル。
:
メイド:わた、わたし、こんどこそしあわせに、しあわせになっても、よいのでしょうか。こんな、どうしようもない、わたしが……
主人:ふっ、それを誰が咎める(とがめる)と言うのだ。咎める者がいるならば、己れが黙らせようぞ。
主人:改めて、問おう。……エルネスタ。己れの伴侶に、なってくれるか。
:
0:エルにブローチを贈るヴォルフ。
メイド:……不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いいたします。ヴォルフラム様。
主人:相変わらず様はなくならんか。
メイド:……善処いたします。
主人:そうか、ではその時を待とう。
:
0:ヴォルフ、エルの額に口づけを落とす。
:
メイド:……!
主人:……どうした?真っ赤だぞ。愛い奴(ういやつ)め。
メイド:ヴォルフ様、からかわないで……んっ。
主人:……ん、お前が可愛いのが悪い。
0:今度は唇と唇を重ねる。幾度も。
メイド:全く、もう……んん、ん……
主人:……こんな己れは、嫌いか?
メイド:……いいえ。そんな貴方も愛しています、ヴォルフ様。
主人:ふ、ならばよい。ふは、ははは……
メイド:ふ、ふふふ……
:
メイド:(M)穏やかな萌の季に咲いたラナンキュラスが、笑うように揺れる。
メイド:(M)色とりどりの願いを抱えて生きる、私たちを見守るかのように。
メイド:(M)これは、最強の男と 最強のメイドの、よくある話の一端である。
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0:登場人物
:
主人:ヴォルフラム・フォン・アーベントロート公爵。ヴォルフ。
メイド:エルネスタ・クリューガー。エル。
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0:戦地。向かってきた敵将を討ち取るヴォルフ。
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主人:敵国の将よ!その首、貰い受ける!
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主人:——ふははは!この程度で己れ(おれ)の首を取ろうなど笑止千万!
主人:己れを誰と心得る!王国最強と名高き男、ヴォルフラム・フォン・アーベントロートぞ!本気で首を取るつもりならば、そちらも"最強"をぶつけてみせよ!
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メイド:(N)私たちの住む、一つなぎの大陸。その南方領土を支配する王国に、その男はいた。
メイド:(N)ヴォルフラム・フォン・アーベントロート。赤く赤く、燃えるような髪を持つその男は、己を最強であると称し、またその自称に違わぬ実力で戦場を駆け抜けた。
メイド:(N)これは、最強の男と とあるメイドの、よくある話の一端である。
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主人:……おい、そこのお前。
メイド:は、はい。私めに何か、御用でしょうか。
主人:見ない顔だな。新入りか?
メイド:さ、先の戦争の折に、仕事を失いまして、こちらに……
主人:そうか。名はなんという?
メイド:わ、わわ、私のような下仕えの者の名前など……
主人:答えよ。……主命であるぞ。
メイド:……エル、ネスタ。エルネスタ・クリューガーでございます、我が主。
主人:エルネスタ、か。良い名だな。
メイド:は、はい!ありがたきお言葉……!
主人:あー、硬い硬い。そのような態度、己れは好かん。
メイド:え?あ、あの……
主人:そうだな。己れの事はヴォルフとでも呼べ。己れもお前を"エル"と呼ぼう。
メイド:え……えっ?しかし……!
主人:呼べ。
メイド:……ヴォルフ、様。
主人:及第点(きゅうだいてん)だな。では、励めよ。早くこの屋敷に慣れるといい。己れは、働き者の味方だからな。ふはははは!
メイド:は、はい!精進致します!
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メイド:……あれが、アーベントロート家当主。ヴォルフラム・フォン・アーベントロート……私の……
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0:場面転換
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メイド:失礼致します。ヴォルフ様、国王様より書状が届いております。至急、とのことです。
主人:どれだ。
メイド:こちらに。
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0:書状を渡す。
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主人:……。エルよ。
メイド:は、はい。いかがなさいましたか、ヴォルフ様。
主人:お前、己れのものになれ。
メイド:……ええっ!?あ、あのっ、えっと!
主人:む、言い方が悪いか。己れの婚約者のふりをしろ。
メイド:ふ、ふり……ですか……?
主人:至急と言うから何かと思えば、何のことはない見合い話ではないか。……己れは女に興味がない。
メイド:で、では男性に……?
主人:戯け(たわけ)!そういうことではない!……恋だの愛だのというものは、剣を鈍らせる。己れには必要ない。
メイド:も、申し訳ございません!……しかし、先代の当主様の御子息たるヴォルフ様がお子を成さなければ、アーベントロート家は途絶えてしまわれるのでは……
主人:そんなもの、養子でもなんでもよい。この剣の腕は血筋ではなく、己れの鍛錬によって得たものだ。名を継ぐだけなら、実子でなくとも構わん。
メイド:なるほど……あの、それで私は、何をすれば?
主人:何も。見合い話を断れればそれでよい。婚約者としてお前の名前を借り受ける。今のところは、それだけだ。
メイド:は、はぁ……畏まりました。そのようなことであればいくらでも。しかし、なぜ私なのでしょうか?
主人:我が家に仕える者の中で、お前が一番若い。それに、新入りであるが故に外にも知られていないからな。
メイド:知られていると、問題があるのですか?
主人:問題も何も、紛い物の婚約者だとバレてしまいかねんだろうが。
メイド:な、なるほど……確かに。
主人:ということで、お前は明日から己れの専属だ。名誉に思えよ。
メイド:……ええっ!?そんな、これまで仕えてくださったみなさんを差し置いて……!
主人:よい。皆も理解してくれるだろう。……下手をすれば喜びかねん。
メイド:よろこ……え?
主人:気にするな。こちらの話だ。今日は通常の作業を行うといい。明日までに屋敷内に通達しておく。
メイド:か、かしこまりました……主命とあらば、仰せのままに。
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メイド:(M)ヴォルフ様の仰られた通り、翌日には事の詳細が屋敷中に広められていた。
メイド:(M)反応は様々だったが、皆とても好意的だったのを覚えている。
メイド:(M)それから私の景色は、一変した。
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0:場面転換。少し時間が経つ。
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主人:おい。何をしている?
メイド:これはヴォルフ様、ご機嫌麗しゅう。見ての通り、お屋敷のお掃除ですよ。
主人:先程もしていなかったか?
メイド:我が主が快適に過ごすための空間を作るのも、私共の仕事ですから。一度だけとは限りません。
主人:そうか。……よく働くのだな、お前は。
メイド:私だけではございませんよ。アーベントロート家に仕えるものは皆、同じ気持ちで貴方様に仕えております。
主人:ふ……そうだな。皆にもっと、感謝せねばならぬな。
主人:手が空いたら茶を淹れてくれ。部屋で待っている。
メイド:は、はい!かしこまりました……きゃっ!
主人:エル!
0:足を踏み外し高所から落ちるエル、受け止めるヴォルフ。
主人:……大事ないか?
メイド:……ヴォルフ様!た、大変申し訳ございません!主を下敷きにしてしまうなど、なんたる無礼を……!
0:慌てて上から退くエル。
主人:構わん。この程度で怪我をするほど脆い作りはしておらぬ。……それより、無事なのだな?
メイド:は、はい!この通り、何事も!
主人:であればよい。……慌てずとも、己れはお前を待っている。ゆっくり、来るがよい。
メイド:有難う、ございます……申し訳ございません。
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メイド:(M)私の頭を一撫でしたあの人は、笑みを浮かべて立ち去った。
メイド:(M)ああ、どうしよう。この胸の高鳴りの正体に、私はもう気がついている。
メイド:(M)いけない。こんな気持ち、抱いてはならない。
メイド:(M)だって、私は——
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0:場面転換
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メイド:……ふふ。
主人:何をしている?
メイド:きゃあっ!?
主人:お、おお。驚かせたか。すまない。
メイド:も、もも、申し訳ございません……!
主人:いや、これは背後から急に声をかけた己れがわるい。……で、何をしていたのだ?
メイド:あ、あの、えっと……花を。
主人:花?
メイド:はい。以前に、辺境伯(へんきょうはく)の御息女(ごそくじょ)より、花の球根をいただきまして。せっかくなので、育ててみようかと……
主人:ヴァルターのところか。……ふむ、芽が出ているな。これはどのくらいで咲くものなのだ?
メイド:この種類の花であれば、今植えて咲くのは萌の季(きざしのとき)でしょうね。
主人:そうか。綺麗に咲かせて、イルゼ嬢にも見せてやらねばならんな。
メイド:そうですね。頑張ってお世話しなければ。うふふ……
主人:……。
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0:ヴォルフ、エルの横顔を見ている。
0:場面転換。
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主人:今戻った。
メイド:おかえりなさいませ……っ!?ヴォルフ様、お召し物に血が……!
主人:案ずるな。返り血だ。
メイド:かえり、血。
主人:帝国の送り込んだ刺客(しかく)だろうよ。まったく、余程卑怯なことが好きらしい。どうしようもない国だ。……いや、国に罪はないか。どうしようもない王だ。
メイド:……。
主人:……どうした?
メイド:えっ?あ、いえ、あの、すぐに代わりのお召し物をお持ちします。
主人:そうか、頼む。
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メイド:……卑怯者、か。
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0:場面転換。
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主人:エルよ、居るか?
メイド:ここに。お呼びでしょうか、ヴォルフ様。
主人:ああ、すまないが茶を淹れてくれ。先日ファスベンダー伯爵から送られてきたものがあっただろう。近々会う予定があるものでな。
メイド:かしこまりました。すぐに準備をいたします。
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メイド:(M)茶器を取り出し、丁寧に茶を淹れる。
メイド:(M)そうして私の茶を口にしたあの人は、決まってこう言うのだ。
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主人:やはりお前の淹れる茶が一番美味い。
メイド:有り難きお言葉。
主人:……ふむ、お前の敬語は幾月経ってもなくならないな。
メイド:私はヴォルフ様の召使いです、主人相手に不遜(ふそん)な態度を取る召使いなどいてはなりません。
主人:しかしお前、名目上は俺の婚約者なのだぞ。
メイド:あくまで名目上、です。
主人:……ではいっそ、名実共に己れのものになるか?
メイド:ですから……へ?
主人:へ?ではない。こんな言葉を、人生のうちに三度も言わせる気か。
メイド:あの、えっと、それは、どういう。
主人:この言葉に言外の含みなどあるはずがなかろう。
メイド:……でも、ヴォルフ様は、その、妻は娶られ(めとられ)ないと……
主人:気が変わった。……お前と共にいて、お前の姿を隣で見て。お前のためなら、なんでも出来そうだと思った。
メイド:ヴォルフ、さま……
主人:王が、婚約者を連れてこいと言っている。いっそ偽の婚約者としてではなく、生涯の伴侶として、己れと共に来てはくれないか。
メイド:……っ。
主人:知っての通り、己れは剣の道一筋で生きてきた。洒落た言葉は使えぬ。気も利かぬ。
主人:しかし、お前が望むものならなんでもやろう。お前の為なら必ず勝利を掴もう。……こんな形での妻問い(つまどい)は本意ではないが、伝えぬよりはよっぽど良い。
メイド:わた、し……あの……
主人:返事は急がぬ。よくよく考えよ。……ただ。良い返事を、期待している。
主人:今日はもうよい。下がれ。
メイド:……は、い。かしこまりました。
:
メイド:(M)ああ。ああ、とうとう。この時が来てしまったのだと思った。
メイド:(M)歓喜よりも先に私の心を支配したのは、絶望にも似た感情だった。
メイド:(M)覚悟を、決めなければ。その夜は、眠ることが出来なかった。何故なら——
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0:場面転換。真夜中。
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メイド:……。
主人:このような夜更けに、何のようだ?誰だかは知らんが、殺気が垂れ流しだぞ。……いや、隠す気もないのか。
メイド:敏い(さとい)ですね。呆気なく気づかれてしまうとは……いやはや、甘く見過ぎましたか。
主人:暗殺者としては二流以下だな。さて、どうする?このまま帰るならば、命までは取らずにおくが。
メイド:ご冗談を。貴方の首を取らなければ、どのみち私は死ぬのです。ですから——死んでくださいッ!
主人:馬鹿め!そのような攻撃、当たるわけがなかろう!
メイド:……っ!
:
0:顔を隠していた布が外れ、姿が露わになる。
:
メイド:……ふ。最期まで、外さない方が良かったのではありませんか?
主人:……お前、まさか、エル?
メイド:よくご存知の顔でしょう?そうです。エルネスタ・クリューガー、その本人です。
主人:何故……何故お前が、己れの命を狙うのだ!お前は己れの……!
メイド:己れの、なんです?まさか、私が本当に貴方に惹かれていたとでも?ふふふ、面白い冗談ですね。
主人:……いつからだ。いつから、お前は己れを裏切っていた!
メイド:おかしなことを聞きますね。いつからも何も、初めからです。
主人:はじめ、から?
メイド:最強を寄越せ、と言っていたでしょう?——私が、その最強です。ご理解いただけますか?
主人:……帝国からの、刺客だというのか?お前が?
メイド:はい。もしや、お気付きでなかったのですか?それはそれは……ふふ、鈍いお方。
主人:これまでの全てが、己れを籠絡(ろうらく)するための演技だったというのか?
メイド:さっきも含めて、はい。全て演技です。上手でしたでしょう?
メイド:あんなわかりやすい殺気に気が付かないのであれば、殺す価値もないかと思いまして……ね。
主人:……そんな。そんな話、信じられるか!お前と過ごした日々が、偽物だったなどと!
主人:お前の花を愛でる目は、慈愛に満ちていた!お前の働く姿は、誰よりも美しかった!己れの目を侮るなよ!あれは本物だった!紛れもなく、あれはお前だ!
メイド:……ふぅ。ですから、そう見えるように振る舞っていたのですよ。お分かりいただけませんか?
主人:分かりたくもない!……なぁ、考え直せエル。己れの首を取らねば死が待っているというのならば、その死からは己れが守ろう!だから……!
メイド:いいえ。……貴方を殺さねば、わたしに幸せなど訪れないのです。
メイド:……シッ!(手に持ったナイフを突き出す)
主人:くっ……!(枕元にあった護身用の武器で受け流す)
:
0:以降、攻撃を繰り出すエルと受け流すヴォルフ。
:
メイド:私は、本気ですよッ!
主人:確かに、強い……!短剣一つでこの重さの攻撃を……!
メイド:死にたくなければ、殺しなさい!
主人:嫌だ!
メイド:であれば、大人しく死になさい!
主人:嫌だ!己れは死ぬつもりもなければ、殺すつもりもない!
メイド:駄々っ子のようなことを……!
主人:己れはお前を、愛している!
メイド:……っ、うるさい!
:
0:より重い一撃。かろうじて受け止める。
:
主人:くぅっ……!
メイド:だから!全て偽物だと言っているでしょう!気持ち悪い!
主人:……エル……
メイド:この数ヶ月、本当に苦痛でしたよ!まさか求愛までされるなんて想定外でしたもの!
主人:……本当に、それが、本心なのか?
メイド:さっきからそう言ってるでしょう!?私は、初めからずーっと、貴方の敵です。敵から向けられる好意なんて、気持ち悪い!
主人:……っ、ああぁぁぁぁぁ!!
メイド:……っ!!
:
0:複雑な感情が幾重にも絡み合う。それらをすべて振り払うような、すべて吐き出すような絶叫。短剣を押し返すヴォルフ。攻防が逆転する。
:
主人:己れは……己れは!真にお前を愛していたのに!
メイド:ふっ、恋愛が剣を鈍らせるというのは本当なのですねぇ!ああ気持ち悪い!仕事といえどもう懲り懲りですよ!
主人:黙れ、黙れ黙れェ!!その顔で、その口で、そのような言葉を紡ぐなァ!!
メイド:無様なものですね!最強の剣、ヴォルフラム・フォン・アーベントロートともあろう者がこのような姿!先代様もさぞ憂いておられることでしょう!
主人:黙れと言っているだろうがぁぁぁぁ!!
:
メイド:(M)絶望、憎悪、悲哀。あの人の声が、瞳が、私の心を突き刺す。
メイド:(M)苦しい。けれど、これでいい。これで、もう。
メイド:(M)だから——終わりにしよう。
:
メイド:そんなものですか、ヴォルフラム・フォン・アーベントロート!
主人:あああああああ!!
メイド:……。
:
0:エル、一瞬笑みを浮かべて 防御の手を止める。
:
メイド:……ぐ、ふっ……!
主人:……!お前……!
メイド:……お見事、です、ヴォルフさま。
0:崩れ落ちるエル。それを抱えるようにずるずると地面へ座り込むヴォルフ。
主人:エル……!おまえ、何故、何故受ける手を緩めた!
メイド:……はて……なんの、ことでしょう……
主人:惚けるな!その程度も分からぬほど鈍麻(どんま)したと思うか!
メイド:……ふふ、取り乱したところを、狙ったつもり、だったのですが……げほっ、ごほっ!
主人:エル……!エル、たのむ、しっかりしてくれ、エル!
メイド:……何故、泣くのですか。わたしは、敵ですよ。あなたの。ころして、しかるべきです。さぁ、とどめを。せめてもの、慈悲を。私をあいして、いたならば。
主人:であれば、何故……お前も泣いているのだ、エル。
メイド:……え。
主人:気づいて、おらんのか。お前の瞳は、涙に濡れているぞ。なぁ、エル、お願いだ。今からでも遅くない。あの言葉は全て嘘だったと、そういってくれないか。……頼む……
メイド:……暗殺者としては、落第点ですね……落とすつもりが、落とされて……
メイド:……ヴォルフ、さま。
主人:なんだ、エル。
メイド:……エルは、しあわせ、でした。
主人:……!
メイド:……ああ。つぎは、あなたの、となりで……
:
0:エル、ヴォルフの頬に手を伸ばすが、触れる前に手が地に落ちる。
:
主人:……おい。
:
主人:おい……おい!エル!待て!そんな言葉を残して、己れを置いて、先に逝くなど!そんなことが、許せるか……!
主人:目を、目を開けてくれ、エル……頼む、気付いてやれなかった己れが、悪かった、だから……!
:
0:騒ぎに気がついたボーイが現れる。
:
主人:……!来るのが遅いぞ、グスタフ!早く、早く医者を呼べ!……状況などはどうでもよい!金に糸目も付けぬ!そんなことよりもこの命を、必ず助けなければ……!
:
主人:……死ぬな、エル、エルネスタ……!ああ……あぁああぁあぁ……!!
:
0:走り去るボーイ。ヴォルフ、エルを強く抱きしめ慟哭。
0:——場面転換。
:
メイド:(M)あれから、数ヶ月。暖かな萌の季のこと。
:
主人:……おい、お前。
メイド:はい。お呼びでしょうか、我が主。
主人:この花の世話は、お前が?
メイド:はい。つぼみをいくつもつけていたので、もうすぐ花開くのではないかと、世話を続けておりました。
主人:……。
メイド:どうなさいましたか、我が主。
主人:いや。綺麗に咲いたなと思って。なぁ、エルよ。
メイド:そうですね、ふふ。……あ。
主人:(何も言わずに抱きしめる)
メイド:わ、我が主……!
主人:やはりな!眼鏡(がんきょう)一つで、己れの目を欺ける(あざむける)と思ったか、この馬鹿者め!
メイド:……まさか、まだこの顔を覚えておいでだとは、思いませんでしたので……
主人:忘れるわけがなかろう!……お前は己れが、この剣に溺れた人生において唯一愛した女だぞ。
メイド:……ヴォルフ様。
主人:無事に戻ってきたのであれば真っ先に声をかけぬか!全く、準備が滞って(とどこおって)仕方ないわ。
メイド:え、え?準備、とは……?
主人:何を惚けて(ほうけて)おる、お前と己れの婚礼の儀に決まっておろう。
メイド:……。ええええっ!?こここ、婚礼!?えっ、そんな、どうしてそんなことに!?
主人:はぁ?お前が言ったのだぞ。「次は貴方の隣で」と。であれば、無事に戻ってきた時が次だ。
メイド:そ、そんな急なこと……!
主人:嫌か?
メイド:あの、その……私、貴方に多くの嘘をつきました。貴方の命も狙いました。しかも、もとは敵国の人間です。今は、あちらでは死んだことになってしまいましたが……そんな私が、貴方と結ばれるだなんて……
主人:よい。過ぎたことだ。……今はただ一つ、最後の言葉が嘘でなければそれで構わん。
メイド:しかし……!
主人:それにな。喜べ!公式な発表はまだ先になるが、帝国との同盟が結ばれる方向で話が進んでいるそうだ。
メイド:同盟……
主人:まぁ、あちらの切り札を己れが斬り伏せたのだ。自然と敵意も失せるというものなのだろう。支配ではないぞ、あちらの国とは対等な関係を築こうという王の意向がある。……お前の嘘も、演技も。無駄ではなかったぞ、エル。
メイド:……っ!
:
0:わっ、と泣き出すエル。
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メイド:わた、わたし、こんどこそしあわせに、しあわせになっても、よいのでしょうか。こんな、どうしようもない、わたしが……
主人:ふっ、それを誰が咎める(とがめる)と言うのだ。咎める者がいるならば、己れが黙らせようぞ。
主人:改めて、問おう。……エルネスタ。己れの伴侶に、なってくれるか。
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0:エルにブローチを贈るヴォルフ。
メイド:……不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いいたします。ヴォルフラム様。
主人:相変わらず様はなくならんか。
メイド:……善処いたします。
主人:そうか、ではその時を待とう。
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0:ヴォルフ、エルの額に口づけを落とす。
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メイド:……!
主人:……どうした?真っ赤だぞ。愛い奴(ういやつ)め。
メイド:ヴォルフ様、からかわないで……んっ。
主人:……ん、お前が可愛いのが悪い。
0:今度は唇と唇を重ねる。幾度も。
メイド:全く、もう……んん、ん……
主人:……こんな己れは、嫌いか?
メイド:……いいえ。そんな貴方も愛しています、ヴォルフ様。
主人:ふ、ならばよい。ふは、ははは……
メイド:ふ、ふふふ……
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メイド:(M)穏やかな萌の季に咲いたラナンキュラスが、笑うように揺れる。
メイド:(M)色とりどりの願いを抱えて生きる、私たちを見守るかのように。
メイド:(M)これは、最強の男と 最強のメイドの、よくある話の一端である。
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