台本概要
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タイトル | 記憶の回廊 ~奇妙な取調べ~ |
---|---|
作者名 | 柿間朱夏 (@syuka_kakima) |
ジャンル | ミステリー |
演者人数 | 3人用台本(男2、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ある夜、山荘で死体が見つかった。 ほぼ同時刻、近くの森の中をずぶ濡れでさ迷う男がいた。 男は取調室に連行されるが、どうにも様子がおかしい……。 ワンシチュエーションで行う、サスペンスです。 「男はなぜそこに居たのか」という問いを何度も繰り返していくうちに、段々と真相が見えてきます。 ※役の性転換はガナル以外なら成立します 二次配布、自作発言はご遠慮ください。 アドリブご自由にどうぞ。 著作権は放棄しておりませんが、フリー台本としてご自由にお使いください。 その他ご不明な点があれば、お気軽にご連絡くださいませ。 ご使用の際はメンションつけて共有して頂けると嬉しいです!時間が合えば聞きに行きたいです。 1121 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ガナル | 男 | 89 | 主人公。 |
警官 | 女 | 61 | 度々チャチャを入れたり、煽ってくる。性別不問(シナリオでは女性を想定した口調) |
署長 | 男 | 61 | 穏やかな初老の男性。警官とアメとムチの役割。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:取調室のような小部屋。椅子に座った初老の男性が窓の方を向いている。
0:ドアの向こうから複数人の足音が近づいてくる。ほどなくドアが開き、スーツ姿の気の強そうな女性と、その女性に肩を掴まれているずぶ濡れの男がドタドタと部屋に入ってくる。
警官:(苛立ちながら)おとなしくしな!
ガナル:離せっ…離せ!一体私が何をしたっていうんだ、離せ!
警官:あんたの話は今からゆっくり聞いてあげる。とにかく黙って座りな!
0:力づくで座らせられるガナル
ガナル:(忌々しそうに)くそっ
署長:(向き直りながら)やあ、こんばんは。いい夜だね
ガナル:こんな激しい嵐だというのに、何がいい夜だ!あんたは誰だ!
署長:私か?私は所長のピカソだ
ガナル:ピカソだと?ふざけるな!
署長:疑うか?まあどちらでもいいさ。君に私の名を知ってもらう必要などないんでね。…ところで君、名前は?
ガナル:……
警官:早く答えな!
署長:まあまあ。そう声を荒げるな
警官:しかし署長!
署長:まぁ、今は言わなくてもいいさ。そのうち自分から言いたくなる
警官:はっ!
ガナル:私には電話をかける権利があるはずだ
警官:あははっどこの世界の常識よ
署長:あいにくだが、ここに電話はないんだよ。諦めてくれたまえ
ガナル:これは立派な法律違反だぞ!
警官:あーらそう。だけどここでは法は関係ないのよね
ガナル:なんだと?
署長:君はまだ自分の置かれた立場がわかってないようだね。今の君に法など必要ないんだよ
ガナル:…そ、そもそも私はなぜここに連れてこられたんだ!その理由ぐらい教えてくれてもいいだろう!
署長:ふむ、それもそうだな。…おい話してやれ
警官:はい。今夜とある山荘で一人の人間が死んでいるのが発見された。我々はその捜査をしている。これで満足?
ガナル:私がその事件に関与しているとでも?
署長:そう疑われても仕方がないだろう。先程、君は外は激しい嵐だと言ったな?にも関わらず、君は傘もささず雨具も持たず、森の中を一人ずぶ濡れでさまよっていた…。そんなみるからに怪しい人物を疑うなという方が無理な話じゃないのかな?
ガナル:そ、それは……
警官:無関係だと言うなら、こんな夜更けに森の中をずぶ濡れで歩いていた理由を言ってみなさいよ
ガナル:それは!えっと……あれ、何で歩いていたんだ?
署長:覚えてないのかね
ガナル:ちょ、ちょっと待ってくれ!多分この騒ぎで記憶が一部欠如してしまったようだ
警官:あらあら随分と都合がいい脳みそねえ
ガナル:すぐに思い出す!えーと……
署長:先程君は私に名乗らなかったが、もしかして自分の名前を覚えていないのではないのかな?
ガナル:そんなことあるわけないじゃないか!私は…私は…ガ…ガ…ガナル!そう!ガナルだ!
署長:ガナル…どこかで聞いた名前だな
警官:署長、ガナルは今すごく人気のある画家です。私は彼の絵が好きで数枚所持しております!
ガナル:そうだ、私がそのガナルだ!
警官:ハハ、安っぽい嘘つくんじゃないよ!なぜそんな有名な画家がこんな夜更けに、森の中で、そんなずぶ濡れになってんの?嘘をつくならもう少し信ぴょう性があるものにしてよ
ガナル:本当だ!私がガナル本人だ!
署長:なるほど面白い。では証明してもらおうか。聞いたところによると君は身分証も持ってないらしいじゃないか
ガナル:持ち歩いてなかっただけだ
署長:おい紙とペンを渡してやれ
警官:はい!…ほら
署長:何か書いて見せてくれないかね、大先生
ガナル:いいだろう
0:サラサラと慣れた手つきで絵を描くガナル
ガナル:寒さで手が震えてあまりうまく描けなかったが……ほら
0:紙とペンを署長の机に置く
署長:どれどれ……ほう!これはこれは
ガナル:これで信じてくれるだろう
署長:ふむ。私は君の名前は知っているが、作品は見たことがないのでな。おいお前、ちょっと見てみろ。
0:署長の横に警官が行く
署長:本人のものかこれは
警官:そうですね……自分が好きな初期の頃とはタッチが違いますけど、しかし確かに近年のものには似ていると思います
署長:なるほどな。まぁ確かに素人の描いた絵だとは思えない。よかろう、では君のことは画家のガナルだと認めるとしよう。さて、ガナルくん。君が森の中を歩いていた理由、そろそろ思い出したかな
ガナル:ああ。絵を描いているうちに、だんだん気分が落ち着いてきて思い出したよ。私は画商どもから早く次の一枚を描けと急かされることに疲れて、自分の山荘にやってきたんだ。少し休養しようと思ってな
警官:一人で?
ガナル:いや一人で来たかったんだが、どうしても画商の一人がついてくると言って聞かなかった。それで仕方ないから夜に会う約束をしたんだよ
警官:その画商の名前は?
ガナル:ええと……ええと……マリー!マリー・アドワーズだ
署長:そのマリーとやらと会う約束をしていたというのに、なぜ森の中を歩いていたんだね?
ガナル:それは……何でだったか……確か、そう、彼女が約束の時間になっても現れなくて、それで何か事故にでもあったのかと思って探しに行こうと思ったんだ
警官:歩いて?
ガナル:ああそうだ
警官:嵐の中を?
ガナル:そうだ
警官:あはっ!劇作家でも雇った方がいいんじゃないの?話が支離滅裂でまったく意味がわかんない!
署長:おい、そういじめてやるな。…そうだ、熱いコーヒーをいれて差し上げろ。画家様はずいぶんとお疲れのようだ
警官:分かりました
0:部屋の隅にあるティーセットでコーヒーを用意する警官。ふてぶてしい顔でガナルに差し出す。
0:チラリとそれを見るも、手を出さないガナル
署長:飲みたまえ。これでまた少しは頭が冴えてくるんじゃないかな
0:がナルは一瞬躊躇うものの、結局コーヒーを飲む
ガナル:ふぅ……、まるで生き返るようだ
警官:ハハハハ!(爆笑する)
ガナル:(ムッとして)なぜ笑う?
署長:いやいや……たかがコーヒー一杯で大袈裟なことだと思ってな
ガナル:しかし、そのたかがコーヒー一杯で記憶の方も蘇ってきたぞ
署長:では話してもらおうか、マリーと会う約束をしていたにもかかわらず森の中をさまよっていた理由を
ガナル:ああ。…その、実は私は恥ずかしながらマリーに好意を寄せていたんだ。今夜は山荘で彼女を待っている間に、気持ちが高ぶってしまってね。ワインを少々飲み過ぎてしまった。このままの状態でマリーに会うと、理性が効かずに、何か過ちを犯してしまいそうな気がして……自分を抑えきれる自信がなくて、少し酔いを覚まそうと思って、それで森の中に入ったんだ
警官:嵐の中を?
ガナル:確かにマトモな行動ではないさ。まぁしかしそこは私も酔っていたんだろう、分別(ふんべつ)がつかなくなっていたということだ
警官:あんたは捕まった時には完全にシラフだったと思うけどねえ?酔いが覚めた後も山荘に帰らず、森の中を歩いていたってこと?
ガナル:そ、それは!
署長:酔いを覚ますのが目的だったというのなら、目的を達成したのになぜ帰らなかったんだい?それこそ愛しのマリーが君を待っているはずの山荘に
ガナル:そ、それは……
署長:ふむ、まだ記憶が混濁しているようだな。仕方が無い、おい、あれを持ってこい
警官:はい!
0:部屋の棚から、数枚の写真を取ってくる警官
警官:これを見な
ガナル:写真?…これは!私の母親…父親も?これはマリー!なぜこんな写真がここに……
署長:この中に見覚えのない人物はいるかね?
ガナル:いや、全員知っている。私の知り合いだ
警官:本当に?よく見てみなよ
ガナル:…これは……誰だ?
署長:知らない人間が混じっていたかな
ガナル:いや、かすかに覚えている気がする……でもなぜだろう、よく思い出せない…こいつは…
警官:ちょっとしっかりしてよ、あんたはハーバード大学を首席で卒業したんでしょうが
ガナル:ははは……そんなプロフィールは大嘘さ。私はな、この飲んだくれの親父が、私が子供の時に他に女を作って出て行って。打ちひしがれた、この母親は私を捨てて出ていきやがった。それから私は孤児院に引き取られてな、どこにも貰い手がなくとうとう孤児院からも置いだされて、そのまんま浮浪者になったんだよ
警官:公表してるプロフィールとは似ても似つかないじゃない。とんだペテン師野郎ね
ガナル:肩書きがあった方が絵が売れるって画商が言ったんだよ
署長:そんな浮浪者が、なぜ一流の画家になれたのかな?
ガナル:良い師匠を見つけたからさ。あっ!そうだ、これ師匠じゃないか!…なんで今まで忘れていたんだ、私の人生の大恩人を
署長:ほう、彼が君に絵を教えたのかね
ガナル:そうなんだ!
署長:彼は絵画教室でも開いていたのかな?
ガナル:いや……彼も……そうだ。浮浪者…だったんだ……
警官:浮浪者がどうやって絵を教えるっていうの?画材はどこから手に入れたわけ?まさか盗んだんじゃないでしょうね
ガナル:ちがう!そんなことはしていない!
署長:ではどうやって?
ガナル:それは…それは……。くそ!どうして思い出せないんだ!さっきからずっと!なんなんだこれは!まるで頭の中に霧が立ち込めたようだ!なにもハッキリと思い出せない……私はどうしてしまったというんだ……
0:署長は机の一番下の引き出しを開け、ダンボールを取り出すと、机の上で開封し、ガナルの方へ押しやる
署長:これを見たまえ
ガナル:これ、は……?
署長:君の師匠とやらの遺品だ
ガナル:遺品……師匠が死んだということか?
署長:そうだ
ガナル:いつ!なぜ死んだんだ!
警官:あははははっ
ガナル:何がおかしい!
警官:遺品を見りゃ分かるでしょ
ガナル:なん、だと?
警官:ほら、その古ぼけたスケッチブックだよ。中身をよーく見てみなよ
ガナル:……これは……私の作品だ!これも…これも……!どういうことだ?
署長:まだ思い出せないか
ガナル:何を言ってるんだ!あんた達は一体何を知ってるんだ!
警官:師匠が聞いて呆れるわ。あんたは彼から何一つ学んじゃいないでしょうが
ガナル:なに?
警官:あんたはね。盗んだのよ
ガナル:昔から技術は見て盗めというじゃないか!それのどこが悪い!
警官:(それの、くらいから被せて)あんたが盗んだのはスケッチブックだろうが!
ガナル:(三秒ほど間)私が?……スケッチブックを……?
署長:そうだ。しっかり思い出したまえ
ガナル:そう……そうだ……思い…出した……私は彼の寝床に缶切りを借りに行って……そしたら彼は居なくて……
署長:スケッチブックが開いたまま落ちていた
ガナル:そう、それでそれが目に入ったんだ……言葉を失ったよ……こんなに美しいものが世の中にあったのかと、今までの人生で絵なぞマトモに見たことがない私でも、その素晴らしさは理解出来た。私は夢中でスケッチブックをめくった……
警官:そこに彼が戻ってきた
ガナル:ああそうだった……私は彼に懇願した。一枚でいい、絵を貰えないかと!
署長:彼は何と?
ガナル:まったく取り付く島もなかったよ……人に見せるために描いた絵ではないからと……私がどれだけ頼んでも、彼は首を縦には振らなかった……
警官:それであんたはどうしたの?
ガナル:私はどうしてもそのスケッチブックが欲しかった……欲しくて欲しくてたまらなかった!だから…だから、あの台風の日に、私は……彼を、ころ、した……(泣きながら)そうだ、私が、彼を殺したんだ……あ、ああ…!
署長:手に入れたスケッチブックはどうした
ガナル:うぅ…うっ…(嗚咽を署長の「泣き止みたまえ」まで続ける。その後次のセリフまで深呼吸)
警官:ったく。泣きたいのは殺されたそいつの方でしょ
署長:その通りだ。さあ泣き止みたまえ、いい大人がみっともない。私たちが君に話を言って聞かせても意味が無い。君自身が、自らの口で話すんだ
ガナル:……私は来る日も来る日もスケッチブックを眺めて過ごした……どこに行くにも肌身離さず持ち歩いた
署長:そしてマリーに出会った
ガナル:マリー……そうだ、彼女は私がスケッチブックを眺めていたら、急に背後から声を掛けてきたんだ!
警官:やるじゃん!逆ナンってやつ?あんたも隅に置けないねえ。それで、彼女はなんて言ってきたのよ
ガナル:なんて素晴らしい絵なのかと……こんな絵は見たことがない、と……とても興奮していた
署長:他に彼女はなんと?
ガナル:この絵を世間に広めたいと言い出したんだ。自分は画商をしているから、それが可能だと……
警官:それであんたはどうしたの
ガナル:断ったさ!私の絵ではないから。でも彼女は本当にしつこくて
署長:破格の金額を提示してきた
ガナル:そう……スケッチブック一冊に三百万ユーロ出すと
警官:(口笛。もしくは「わーお!」)そりゃまた太っ腹ね。そんであんたは売っぱらったってわけ?
ガナル:仕方がないだろう!当時の私は明日の飯を買う金さえなかった!スケッチブックでは腹は満たされんのだ!
警官:けっ!盗っ人猛々しいとはまさにこの事ね
署長:そうして君は人気の画家へと見事に転身したわけか
ガナル:そうだ……
署長:いきさつはどうあれ、君が億万長者であったことには間違いないさ
ガナル:はは……
警官:んーで?パクリ画家はなぜ森の中を歩いてたのよ。いい加減思い出してよ、夜が明けちゃうじゃない
署長:そもそも山荘に来た本当の目的はなんだ
ガナル:私は……マリーや他の画商から逃げたかったんだ……次の作品はまだかと、毎日のように電話やメールで寝る間もないほど催促されて、それがもう本当に苦痛で仕方がなかったんだ
警官:そりゃそうだろうね。なんせあんたが描いた作品じゃ全く値段がつかなかったんだから
署長:ほう、自分でも絵を描いたのかね
警官:ほら、さっき描いてみせてたじゃないですか。あれですよ。スケッチブックの絵とはてんで比べ物にならない、ただの落書きです
ガナル:そんなことは当然だろう!私に絵の才能などないのだから。それでも何かを描いて渡せば、しばらくは何も言ってこなくなるから…だから必死で絵を描き続けて……
署長:しかしマリーは誤魔化せなかった
ガナル:そうだ……彼女は「スケッチブックの絵と同じように描け」と執拗に私に迫ってきた
警官:でもあんたには逆立ちしても描けやしない
ガナル:ああそうだとも。だから私はマリーにもう引退したいと言ったんだ!
署長:彼女はなんと?
ガナル:絶対に認めないと……自分があのスケッチブックに三百万ユーロを出したのは、その後の作品の販売権もあったからだと……元を取るまでは絶対に引退させないと言ってきたんだ
警官:そんなもん、無視しとけば良かったのに。私が言うのもなんだけど、女の小言をいちいち聞いてたら金玉しぼんじゃうよ?
ガナル:私だって最初は無視していたよ。しかし彼女の執念は私の想像を遥かに超えていたんだ
署長:ほう……どういうことだね
ガナル:彼女はスケッチブックの本当の持ち主が誰か、突き止めてしまったのさ
警官:あちゃー…まるで蛇みたいな女だね。狙った獲物は逃がさない!てやつ?
ガナル:彼は…つまりスケッチブックの持ち主は学生時代にいくつかのコンクールで賞を取っていたらしくてね。ほんの小さな町の小さなコンクールだったよ。よくその記事を見つけたものだと、彼女を賞賛したいくらいだ
署長:彼女は君を強請(ゆす)ってきたのか
ガナル:そうだ……。殺人を犯したことをバラされたくなければ、もうどんな絵でもいい、自分が売ってみせるから、何でもいいから描けと……
警官:あーやだやだ、こういう女とは絶対仲良くなれない!
署長:それで君はどうしたのかな
ガナル:彼の絵を真似しようと必死で描いたさ…この裕福な生活を手放して、今更刑務所に入るなんて真っ平ごめんだ!
警官:こいつもろくでもない男ね。罪を償うつもりなんて、毛頭ないんだ?
ガナル:でも……ある日、キャンバスの前に立つと、彼が真っ白いキャンバスに浮かび上がってきたんだ。そして目から血を流しながら、私をじっと指差して、何かを訴えるように口をパクパクと動かすんだ……
警官:こっわ!なに、怨霊?それともあんたの幻覚?
ガナル:どちらでも一緒だよ、私にとってはね…
署長:それで、絵を描けなくなった…
警官:でもマリーはそれを許さない…
ガナル:だから私は、もう…マリーを殺すしかないと、そう思った…
署長:だからマリーを山荘に呼び出した…
警官:殺すつもりで…
ガナル:しかし、寸前で私は怖くなった…マリーを殺したら、またその殺人から逃げ続けなくてはならない。浮浪者を殺すのとはワケが違う。彼女の家族、同僚達が彼女の不在にすぐに気づく。私の山荘に呼び出された事もおそらく簡単に足がつく。それで私の人生はジ・エンドだ
署長:つまり、君に残された選択肢は…
ガナル:…もう、一つしか残ってなかったんだよ…
警官:そうしてあんたは自ら銃口を咥えた…
ガナル:そうだ……そして、引き金を…そう…引いた…引いたんだ…あ、あ、ああ…うわああああ!
署長:ようやく思い出したようだな
ガナル:私は!私は死んだ!私は死んだんだ!うわああああ!
警官:はいはい、そうですよー。よくできましたっと。これで一丁上がり。
0:警官はドアを開け、遠くの警備員に声を掛ける
警官:おーい、山荘で転がってた死体のやつ、終わったよー!連れてってー!
ガナル:い、いやだ!待ってくれ!私は死にたくない!死にたくない!
0:数人の警備員が無言でがナルを取り囲み、部屋から引きずり出そうとする
ガナル:(必死に抵抗して)うわああああああ!
警官:あーうるさいうるさい。自殺しといてどの口が言ってんのよ。ほら、早く連れて行って!
0:ガナル退場。扉が閉まる。
警官:はぁー。全く自殺者って奴は、どうして自分が死んだ事を覚えてない奴が多いんでしょうかね
署長:まともな精神状態では自殺はできんということだろうさ
警官:おかげでこっちは毎度毎度思い出させるのに苦労するってのに
署長:仕方あるまいよ。それが我々の仕事だ。自分で思い出させねば、地縛霊となって永遠に現世をさまよい続けてしまうのだからな
警官:それは重々承知してますがね…。死んでまで人様に迷惑かけるなって話ですよ、まったく……
署長:今夜はこれで終わりか?
警官:いいえ、あと「たったの」二人です
署長:(大きな溜息)やれやれ…やはり満月の日は忙しいな。妖しくも美しい、あの青白い光が人の心を惑わすのかねえ。…ああ、すまないがコーヒーをいれてくれないか。とびきり濃いヤツを頼むよ
0:取調室のような小部屋。椅子に座った初老の男性が窓の方を向いている。
0:ドアの向こうから複数人の足音が近づいてくる。ほどなくドアが開き、スーツ姿の気の強そうな女性と、その女性に肩を掴まれているずぶ濡れの男がドタドタと部屋に入ってくる。
警官:(苛立ちながら)おとなしくしな!
ガナル:離せっ…離せ!一体私が何をしたっていうんだ、離せ!
警官:あんたの話は今からゆっくり聞いてあげる。とにかく黙って座りな!
0:力づくで座らせられるガナル
ガナル:(忌々しそうに)くそっ
署長:(向き直りながら)やあ、こんばんは。いい夜だね
ガナル:こんな激しい嵐だというのに、何がいい夜だ!あんたは誰だ!
署長:私か?私は所長のピカソだ
ガナル:ピカソだと?ふざけるな!
署長:疑うか?まあどちらでもいいさ。君に私の名を知ってもらう必要などないんでね。…ところで君、名前は?
ガナル:……
警官:早く答えな!
署長:まあまあ。そう声を荒げるな
警官:しかし署長!
署長:まぁ、今は言わなくてもいいさ。そのうち自分から言いたくなる
警官:はっ!
ガナル:私には電話をかける権利があるはずだ
警官:あははっどこの世界の常識よ
署長:あいにくだが、ここに電話はないんだよ。諦めてくれたまえ
ガナル:これは立派な法律違反だぞ!
警官:あーらそう。だけどここでは法は関係ないのよね
ガナル:なんだと?
署長:君はまだ自分の置かれた立場がわかってないようだね。今の君に法など必要ないんだよ
ガナル:…そ、そもそも私はなぜここに連れてこられたんだ!その理由ぐらい教えてくれてもいいだろう!
署長:ふむ、それもそうだな。…おい話してやれ
警官:はい。今夜とある山荘で一人の人間が死んでいるのが発見された。我々はその捜査をしている。これで満足?
ガナル:私がその事件に関与しているとでも?
署長:そう疑われても仕方がないだろう。先程、君は外は激しい嵐だと言ったな?にも関わらず、君は傘もささず雨具も持たず、森の中を一人ずぶ濡れでさまよっていた…。そんなみるからに怪しい人物を疑うなという方が無理な話じゃないのかな?
ガナル:そ、それは……
警官:無関係だと言うなら、こんな夜更けに森の中をずぶ濡れで歩いていた理由を言ってみなさいよ
ガナル:それは!えっと……あれ、何で歩いていたんだ?
署長:覚えてないのかね
ガナル:ちょ、ちょっと待ってくれ!多分この騒ぎで記憶が一部欠如してしまったようだ
警官:あらあら随分と都合がいい脳みそねえ
ガナル:すぐに思い出す!えーと……
署長:先程君は私に名乗らなかったが、もしかして自分の名前を覚えていないのではないのかな?
ガナル:そんなことあるわけないじゃないか!私は…私は…ガ…ガ…ガナル!そう!ガナルだ!
署長:ガナル…どこかで聞いた名前だな
警官:署長、ガナルは今すごく人気のある画家です。私は彼の絵が好きで数枚所持しております!
ガナル:そうだ、私がそのガナルだ!
警官:ハハ、安っぽい嘘つくんじゃないよ!なぜそんな有名な画家がこんな夜更けに、森の中で、そんなずぶ濡れになってんの?嘘をつくならもう少し信ぴょう性があるものにしてよ
ガナル:本当だ!私がガナル本人だ!
署長:なるほど面白い。では証明してもらおうか。聞いたところによると君は身分証も持ってないらしいじゃないか
ガナル:持ち歩いてなかっただけだ
署長:おい紙とペンを渡してやれ
警官:はい!…ほら
署長:何か書いて見せてくれないかね、大先生
ガナル:いいだろう
0:サラサラと慣れた手つきで絵を描くガナル
ガナル:寒さで手が震えてあまりうまく描けなかったが……ほら
0:紙とペンを署長の机に置く
署長:どれどれ……ほう!これはこれは
ガナル:これで信じてくれるだろう
署長:ふむ。私は君の名前は知っているが、作品は見たことがないのでな。おいお前、ちょっと見てみろ。
0:署長の横に警官が行く
署長:本人のものかこれは
警官:そうですね……自分が好きな初期の頃とはタッチが違いますけど、しかし確かに近年のものには似ていると思います
署長:なるほどな。まぁ確かに素人の描いた絵だとは思えない。よかろう、では君のことは画家のガナルだと認めるとしよう。さて、ガナルくん。君が森の中を歩いていた理由、そろそろ思い出したかな
ガナル:ああ。絵を描いているうちに、だんだん気分が落ち着いてきて思い出したよ。私は画商どもから早く次の一枚を描けと急かされることに疲れて、自分の山荘にやってきたんだ。少し休養しようと思ってな
警官:一人で?
ガナル:いや一人で来たかったんだが、どうしても画商の一人がついてくると言って聞かなかった。それで仕方ないから夜に会う約束をしたんだよ
警官:その画商の名前は?
ガナル:ええと……ええと……マリー!マリー・アドワーズだ
署長:そのマリーとやらと会う約束をしていたというのに、なぜ森の中を歩いていたんだね?
ガナル:それは……何でだったか……確か、そう、彼女が約束の時間になっても現れなくて、それで何か事故にでもあったのかと思って探しに行こうと思ったんだ
警官:歩いて?
ガナル:ああそうだ
警官:嵐の中を?
ガナル:そうだ
警官:あはっ!劇作家でも雇った方がいいんじゃないの?話が支離滅裂でまったく意味がわかんない!
署長:おい、そういじめてやるな。…そうだ、熱いコーヒーをいれて差し上げろ。画家様はずいぶんとお疲れのようだ
警官:分かりました
0:部屋の隅にあるティーセットでコーヒーを用意する警官。ふてぶてしい顔でガナルに差し出す。
0:チラリとそれを見るも、手を出さないガナル
署長:飲みたまえ。これでまた少しは頭が冴えてくるんじゃないかな
0:がナルは一瞬躊躇うものの、結局コーヒーを飲む
ガナル:ふぅ……、まるで生き返るようだ
警官:ハハハハ!(爆笑する)
ガナル:(ムッとして)なぜ笑う?
署長:いやいや……たかがコーヒー一杯で大袈裟なことだと思ってな
ガナル:しかし、そのたかがコーヒー一杯で記憶の方も蘇ってきたぞ
署長:では話してもらおうか、マリーと会う約束をしていたにもかかわらず森の中をさまよっていた理由を
ガナル:ああ。…その、実は私は恥ずかしながらマリーに好意を寄せていたんだ。今夜は山荘で彼女を待っている間に、気持ちが高ぶってしまってね。ワインを少々飲み過ぎてしまった。このままの状態でマリーに会うと、理性が効かずに、何か過ちを犯してしまいそうな気がして……自分を抑えきれる自信がなくて、少し酔いを覚まそうと思って、それで森の中に入ったんだ
警官:嵐の中を?
ガナル:確かにマトモな行動ではないさ。まぁしかしそこは私も酔っていたんだろう、分別(ふんべつ)がつかなくなっていたということだ
警官:あんたは捕まった時には完全にシラフだったと思うけどねえ?酔いが覚めた後も山荘に帰らず、森の中を歩いていたってこと?
ガナル:そ、それは!
署長:酔いを覚ますのが目的だったというのなら、目的を達成したのになぜ帰らなかったんだい?それこそ愛しのマリーが君を待っているはずの山荘に
ガナル:そ、それは……
署長:ふむ、まだ記憶が混濁しているようだな。仕方が無い、おい、あれを持ってこい
警官:はい!
0:部屋の棚から、数枚の写真を取ってくる警官
警官:これを見な
ガナル:写真?…これは!私の母親…父親も?これはマリー!なぜこんな写真がここに……
署長:この中に見覚えのない人物はいるかね?
ガナル:いや、全員知っている。私の知り合いだ
警官:本当に?よく見てみなよ
ガナル:…これは……誰だ?
署長:知らない人間が混じっていたかな
ガナル:いや、かすかに覚えている気がする……でもなぜだろう、よく思い出せない…こいつは…
警官:ちょっとしっかりしてよ、あんたはハーバード大学を首席で卒業したんでしょうが
ガナル:ははは……そんなプロフィールは大嘘さ。私はな、この飲んだくれの親父が、私が子供の時に他に女を作って出て行って。打ちひしがれた、この母親は私を捨てて出ていきやがった。それから私は孤児院に引き取られてな、どこにも貰い手がなくとうとう孤児院からも置いだされて、そのまんま浮浪者になったんだよ
警官:公表してるプロフィールとは似ても似つかないじゃない。とんだペテン師野郎ね
ガナル:肩書きがあった方が絵が売れるって画商が言ったんだよ
署長:そんな浮浪者が、なぜ一流の画家になれたのかな?
ガナル:良い師匠を見つけたからさ。あっ!そうだ、これ師匠じゃないか!…なんで今まで忘れていたんだ、私の人生の大恩人を
署長:ほう、彼が君に絵を教えたのかね
ガナル:そうなんだ!
署長:彼は絵画教室でも開いていたのかな?
ガナル:いや……彼も……そうだ。浮浪者…だったんだ……
警官:浮浪者がどうやって絵を教えるっていうの?画材はどこから手に入れたわけ?まさか盗んだんじゃないでしょうね
ガナル:ちがう!そんなことはしていない!
署長:ではどうやって?
ガナル:それは…それは……。くそ!どうして思い出せないんだ!さっきからずっと!なんなんだこれは!まるで頭の中に霧が立ち込めたようだ!なにもハッキリと思い出せない……私はどうしてしまったというんだ……
0:署長は机の一番下の引き出しを開け、ダンボールを取り出すと、机の上で開封し、ガナルの方へ押しやる
署長:これを見たまえ
ガナル:これ、は……?
署長:君の師匠とやらの遺品だ
ガナル:遺品……師匠が死んだということか?
署長:そうだ
ガナル:いつ!なぜ死んだんだ!
警官:あははははっ
ガナル:何がおかしい!
警官:遺品を見りゃ分かるでしょ
ガナル:なん、だと?
警官:ほら、その古ぼけたスケッチブックだよ。中身をよーく見てみなよ
ガナル:……これは……私の作品だ!これも…これも……!どういうことだ?
署長:まだ思い出せないか
ガナル:何を言ってるんだ!あんた達は一体何を知ってるんだ!
警官:師匠が聞いて呆れるわ。あんたは彼から何一つ学んじゃいないでしょうが
ガナル:なに?
警官:あんたはね。盗んだのよ
ガナル:昔から技術は見て盗めというじゃないか!それのどこが悪い!
警官:(それの、くらいから被せて)あんたが盗んだのはスケッチブックだろうが!
ガナル:(三秒ほど間)私が?……スケッチブックを……?
署長:そうだ。しっかり思い出したまえ
ガナル:そう……そうだ……思い…出した……私は彼の寝床に缶切りを借りに行って……そしたら彼は居なくて……
署長:スケッチブックが開いたまま落ちていた
ガナル:そう、それでそれが目に入ったんだ……言葉を失ったよ……こんなに美しいものが世の中にあったのかと、今までの人生で絵なぞマトモに見たことがない私でも、その素晴らしさは理解出来た。私は夢中でスケッチブックをめくった……
警官:そこに彼が戻ってきた
ガナル:ああそうだった……私は彼に懇願した。一枚でいい、絵を貰えないかと!
署長:彼は何と?
ガナル:まったく取り付く島もなかったよ……人に見せるために描いた絵ではないからと……私がどれだけ頼んでも、彼は首を縦には振らなかった……
警官:それであんたはどうしたの?
ガナル:私はどうしてもそのスケッチブックが欲しかった……欲しくて欲しくてたまらなかった!だから…だから、あの台風の日に、私は……彼を、ころ、した……(泣きながら)そうだ、私が、彼を殺したんだ……あ、ああ…!
署長:手に入れたスケッチブックはどうした
ガナル:うぅ…うっ…(嗚咽を署長の「泣き止みたまえ」まで続ける。その後次のセリフまで深呼吸)
警官:ったく。泣きたいのは殺されたそいつの方でしょ
署長:その通りだ。さあ泣き止みたまえ、いい大人がみっともない。私たちが君に話を言って聞かせても意味が無い。君自身が、自らの口で話すんだ
ガナル:……私は来る日も来る日もスケッチブックを眺めて過ごした……どこに行くにも肌身離さず持ち歩いた
署長:そしてマリーに出会った
ガナル:マリー……そうだ、彼女は私がスケッチブックを眺めていたら、急に背後から声を掛けてきたんだ!
警官:やるじゃん!逆ナンってやつ?あんたも隅に置けないねえ。それで、彼女はなんて言ってきたのよ
ガナル:なんて素晴らしい絵なのかと……こんな絵は見たことがない、と……とても興奮していた
署長:他に彼女はなんと?
ガナル:この絵を世間に広めたいと言い出したんだ。自分は画商をしているから、それが可能だと……
警官:それであんたはどうしたの
ガナル:断ったさ!私の絵ではないから。でも彼女は本当にしつこくて
署長:破格の金額を提示してきた
ガナル:そう……スケッチブック一冊に三百万ユーロ出すと
警官:(口笛。もしくは「わーお!」)そりゃまた太っ腹ね。そんであんたは売っぱらったってわけ?
ガナル:仕方がないだろう!当時の私は明日の飯を買う金さえなかった!スケッチブックでは腹は満たされんのだ!
警官:けっ!盗っ人猛々しいとはまさにこの事ね
署長:そうして君は人気の画家へと見事に転身したわけか
ガナル:そうだ……
署長:いきさつはどうあれ、君が億万長者であったことには間違いないさ
ガナル:はは……
警官:んーで?パクリ画家はなぜ森の中を歩いてたのよ。いい加減思い出してよ、夜が明けちゃうじゃない
署長:そもそも山荘に来た本当の目的はなんだ
ガナル:私は……マリーや他の画商から逃げたかったんだ……次の作品はまだかと、毎日のように電話やメールで寝る間もないほど催促されて、それがもう本当に苦痛で仕方がなかったんだ
警官:そりゃそうだろうね。なんせあんたが描いた作品じゃ全く値段がつかなかったんだから
署長:ほう、自分でも絵を描いたのかね
警官:ほら、さっき描いてみせてたじゃないですか。あれですよ。スケッチブックの絵とはてんで比べ物にならない、ただの落書きです
ガナル:そんなことは当然だろう!私に絵の才能などないのだから。それでも何かを描いて渡せば、しばらくは何も言ってこなくなるから…だから必死で絵を描き続けて……
署長:しかしマリーは誤魔化せなかった
ガナル:そうだ……彼女は「スケッチブックの絵と同じように描け」と執拗に私に迫ってきた
警官:でもあんたには逆立ちしても描けやしない
ガナル:ああそうだとも。だから私はマリーにもう引退したいと言ったんだ!
署長:彼女はなんと?
ガナル:絶対に認めないと……自分があのスケッチブックに三百万ユーロを出したのは、その後の作品の販売権もあったからだと……元を取るまでは絶対に引退させないと言ってきたんだ
警官:そんなもん、無視しとけば良かったのに。私が言うのもなんだけど、女の小言をいちいち聞いてたら金玉しぼんじゃうよ?
ガナル:私だって最初は無視していたよ。しかし彼女の執念は私の想像を遥かに超えていたんだ
署長:ほう……どういうことだね
ガナル:彼女はスケッチブックの本当の持ち主が誰か、突き止めてしまったのさ
警官:あちゃー…まるで蛇みたいな女だね。狙った獲物は逃がさない!てやつ?
ガナル:彼は…つまりスケッチブックの持ち主は学生時代にいくつかのコンクールで賞を取っていたらしくてね。ほんの小さな町の小さなコンクールだったよ。よくその記事を見つけたものだと、彼女を賞賛したいくらいだ
署長:彼女は君を強請(ゆす)ってきたのか
ガナル:そうだ……。殺人を犯したことをバラされたくなければ、もうどんな絵でもいい、自分が売ってみせるから、何でもいいから描けと……
警官:あーやだやだ、こういう女とは絶対仲良くなれない!
署長:それで君はどうしたのかな
ガナル:彼の絵を真似しようと必死で描いたさ…この裕福な生活を手放して、今更刑務所に入るなんて真っ平ごめんだ!
警官:こいつもろくでもない男ね。罪を償うつもりなんて、毛頭ないんだ?
ガナル:でも……ある日、キャンバスの前に立つと、彼が真っ白いキャンバスに浮かび上がってきたんだ。そして目から血を流しながら、私をじっと指差して、何かを訴えるように口をパクパクと動かすんだ……
警官:こっわ!なに、怨霊?それともあんたの幻覚?
ガナル:どちらでも一緒だよ、私にとってはね…
署長:それで、絵を描けなくなった…
警官:でもマリーはそれを許さない…
ガナル:だから私は、もう…マリーを殺すしかないと、そう思った…
署長:だからマリーを山荘に呼び出した…
警官:殺すつもりで…
ガナル:しかし、寸前で私は怖くなった…マリーを殺したら、またその殺人から逃げ続けなくてはならない。浮浪者を殺すのとはワケが違う。彼女の家族、同僚達が彼女の不在にすぐに気づく。私の山荘に呼び出された事もおそらく簡単に足がつく。それで私の人生はジ・エンドだ
署長:つまり、君に残された選択肢は…
ガナル:…もう、一つしか残ってなかったんだよ…
警官:そうしてあんたは自ら銃口を咥えた…
ガナル:そうだ……そして、引き金を…そう…引いた…引いたんだ…あ、あ、ああ…うわああああ!
署長:ようやく思い出したようだな
ガナル:私は!私は死んだ!私は死んだんだ!うわああああ!
警官:はいはい、そうですよー。よくできましたっと。これで一丁上がり。
0:警官はドアを開け、遠くの警備員に声を掛ける
警官:おーい、山荘で転がってた死体のやつ、終わったよー!連れてってー!
ガナル:い、いやだ!待ってくれ!私は死にたくない!死にたくない!
0:数人の警備員が無言でがナルを取り囲み、部屋から引きずり出そうとする
ガナル:(必死に抵抗して)うわああああああ!
警官:あーうるさいうるさい。自殺しといてどの口が言ってんのよ。ほら、早く連れて行って!
0:ガナル退場。扉が閉まる。
警官:はぁー。全く自殺者って奴は、どうして自分が死んだ事を覚えてない奴が多いんでしょうかね
署長:まともな精神状態では自殺はできんということだろうさ
警官:おかげでこっちは毎度毎度思い出させるのに苦労するってのに
署長:仕方あるまいよ。それが我々の仕事だ。自分で思い出させねば、地縛霊となって永遠に現世をさまよい続けてしまうのだからな
警官:それは重々承知してますがね…。死んでまで人様に迷惑かけるなって話ですよ、まったく……
署長:今夜はこれで終わりか?
警官:いいえ、あと「たったの」二人です
署長:(大きな溜息)やれやれ…やはり満月の日は忙しいな。妖しくも美しい、あの青白い光が人の心を惑わすのかねえ。…ああ、すまないがコーヒーをいれてくれないか。とびきり濃いヤツを頼むよ