台本概要

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タイトル 『或るコピーライトに関する所感』
作者名 sazanka  (@sazankasarasara)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(女1)
時間 10 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 春のうわごと。

10分から15分程度の、女声用1人読み台本です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
語り手 2 女性。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
語り手:「鏡の自分に嫉妬しよう。」、 語り手:というのは言うまでもなく、 語り手:「きれいなおねえさんは、好きですか。」、 語り手:と並ぶ、我が国の広告業界に燦然(さんぜん)と輝く金字塔、普通に生まれて普通に育ったならどこでとなく、何度となく耳にした事があるだろう、名キャッチコピーな訳だけども。 語り手:「今日、ケンタッキーにしない?」、 語り手:「そうだ 京都、行こう。」、 語り手:「夏の蓮殻(はすがら)、あなたと明日(あす)から。」、等が以下に並ぶ。個人的には。 語り手:「鏡の自分に嫉妬しよう。」。 語り手:希精館(きせいかん)の化粧水&メイクアップコスメシリーズ。 語り手:昭和の終わりからある古いコピーだけど、いつの時代も今をときめく美人、麗人の代名詞を起用し続けて来た事で、黎和(れいわ)の今でも、説得力と影響力を響きに残している。 語り手:リーマン・ショック等の煽りで会社そのものは一時、傾きかけたけれども。 語り手:2010年代に入り、「錠守(じょうがみ)」グループの買収を受けてからは業績もV字回復。 語り手:それまでやや手薄だった、より若い世代、中高生およびローティーン向けのラインナップを一新するなどして不死鳥の如く復活。 語り手:勿論ミドル層、マダム層への求心力は益々以(もっ)て分厚く、今も昔も、日本を代表する化粧品メーカーの一つ。 語り手:……とまあ、こんなぐらいの事は謂(い)わば常識。 語り手:誰だって知ってるし、知らなくったって、日本に生まれて大体毎日化粧して生きてるんなら、必ず一度はお世話になってる筈だ。 語り手:何せ安い。プチプラの一歩先を行く低価格で、なのに質がイイ。一番廉価(れんか)なラインでも十分過ぎるほど使えて……、 語り手:勿論お高いモノはバカ高いけども、 語り手:それはさておき。 語り手:件(くだん)のコピー、「鏡の自分に〜」を目下、テレビ画面の向こうから日本中に言い放っているのは、「巻島(まきしま)エレナ」というタレントだ。 語り手:ファッション雑誌「nicola(ニコラ)」、および「mu'rope(ミュー・ロパ)」の専属モデル出身にして、卒業後もモデル、グラビア、歌にCM、映画にドラマにと何でもござれの、現代最強のモグラ女子。 語り手:……モグラ女子って最初全然わかんなかった。 語り手:てっきりタヌキ顔女子の進化系かと……。 語り手:あとラジオとかでのトークが結構、私は聴いた事無いけど、そこそこ評価されているらしい。 語り手:無論すンごい美人だし、モデルなんだから当たり前だけど抜群のスタイルに、加えて巨乳。 語り手:最早死語だが、黎和の時代のセックス・シンボル。 語り手:小麦の肌のマリリン・モンロー。 語り手:……いや全然そんな風には呼ばれてはナイけども。 語り手:東京24区内で暮らし、働いていると、芸能人を生で見かける事はそんなに珍しくもない。 語り手:彼・彼女らが我々一般人と一線を画すのは、顔よりも何よりもまず、スタイルだ。 語り手:頭、小さ過ぎ。 語り手:足、長過ぎ。 語り手:腰の位置、高過ぎ。 語り手:何より細い。男も女も。 語り手:昔、誰に聞いたんだったか、テレビカメラという物は総じて、人間のシルエットを若干、太目に映してしまうんだそうな。 語り手:画面越しでも十分細長い彼・彼女らはじゃあ、生だとどんだけ細いんじゃい、って思ってたけど。 語り手:上京して1年ぐらい経った頃、新宿でロケ中の「堰本(せきもと)つかさ」を生で目の当たりにした時、疑問は氷塊した。 語り手:彼女らは想像を絶する程に細い。 語り手:折れそうに細い。 語り手:それでいて全てが長く、骨格から全然違う。 語り手:そういう人間が選び抜かれているんだ。 語り手:“オーラ”とか、“雰囲気”とか。 語り手:我々が何となく、そんな風に呼んでいる物の正体はきっと、半分ぐらいはソコなんだと思った。 語り手:堰本つかさというのは女優で、「鏡の自分に嫉妬しよう。」の前任者でもある。 語り手:私は前のバージョンの方が好きだった。 語り手:単純に私が、堰本つかさのファンだっていうのもあるけど。 語り手:ご存知、平成を代表するご長寿青春学園ラブコメディ、「ウォーター・ボーイズ」。 語り手:シリーズ8作目のヒロイン役を射止め、華々しくデビューした頃から、彼女は何となく気になる存在だった。 語り手:演技は大根、なんて未だに言われるけれど、 語り手:当時小学生だった私の眼には、その声や、表情や、佇まいはとても自然に映った。 語り手:検(あらた)める余地もなく、完全無欠の超絶美人ではあるんだけども、 語り手:その存在に1ミリの衒(てら)いも無い、というか、 語り手:隙が無いんじゃなくて、寧ろ隙だらけなんだけど「それが何か? 普通ですけど?」みたいなノリで当たり前にソコに居る感じの、 語り手:「居る」って言ってもテレビの中なんだけど。 語り手:まるで生まれた時からソコに居るような、なのに自分の隣に居たって何一つ、不自然じゃないような……、 語り手:つまらないアクリル画みたいな美人。 語り手:彼女にそういう印象を抱く人は大勢居て。 語り手:それがそのまま、彼女を平成・黎和を通じての「美人」の代名詞足らしめていた。 語り手:オリコンによる「なりたい顔ランキング」、6年連続1位。 語り手:当然の結果でもあるし、だからこそ彼女の口から発せられる「鏡の自分に〜」は説得力があった。 語り手:そりゃ、ある日突然自分が堰本つかさフェイスになったなら、驚くより先に嫉妬する。 語り手:鏡の向こうに、絵に描いたみたいな美人が居たら。 語り手:全部のパーツが寸分の狂いもなく整っていて、減点法でも95点以下には減らせないような美しさ。 語り手:自分の眼が、鼻が、口元が眉毛が顎先があとほんのちょっと、「こんな風」だったなら。 語り手:良い事が増えたかは知らないけれど、嫌な事は一つ二つ、少なかったんじゃないか、なんて思わせる、消極的で究極の美。 語り手:加点法の塊(かたまり)みたいな巻島エレナとは全く違う。 語り手:そもそもハーフ、あ、ミックス、だし、 語り手:「もしも自分がこんな風なら」、なんて、逆立ちしながら口が裂けたって言えないような、 語り手:……どーゆー状況だソレ。拷問? 語り手:ともあれ。 語り手:「もしも自分が」、なんて勘違いを微塵も起こさせないような、暴力的で極端な美。 語り手:巻島エレナはそういうタレントだ。 語り手:それこそ両方、芸能人らし過ぎる芸能人で、我々一般ピーポーとは細胞からしてレベ違(ち)なんだけども、 語り手:例えば思い付く限りの「良い所」をゴテゴテに付け足しまくったのが巻島エレナなら、 語り手:ちょっとでも気に食わない「悪い所」を、全部スッカリ削ぎ落としたのが堰本つかさであって。 語り手:ルッキズムというピラミッドの中で日々足掻く我々の、一番の理想は。 語り手:「なりたかった顔」、「そうであってほしかった顔」のナンバー1は。 語り手:鏡の中に映っていてほしかった顔の第1位はやっぱり、 語り手:「美の最大公約数」こと、堰本つかさの顔なのだ。 語り手:いや、そんなん言われてないし今作ったんだけど……。 語り手:優れたキャッチコピーなんて、我々素人の脳ミソからは生まれない。 語り手:愚にもつかない繰り言を反芻しながら、日々をやり過ごすしかない。 語り手:鏡の自分にも、本当は嫉妬したりなんかしない。 語り手:そこに映っているのは過去と現実、 語り手:優越感と劣等感と、それに折り合いを付けてきた記憶。 語り手:……「戦士のプライド」、なんて呼んだってバチは、 語り手:……当たってほしくはない、せめて。 語り手:嫉妬。 語り手:妬(ねた)み。 語り手:嫉(そね)み。 語り手:僻(ひが)み。 語り手:西洋では人間に七つあるという、大きな罪の一つだそうだけど。 語り手:逃れられる日は来るんだろうか。 語り手:世界一の美人でもないのに、「美しい事は良い事だ」という価値観を内面化するなんて、ネズミが猫を崇(あが)めて拝むようなモノだ、って。 語り手:昔付き合ってたヤツに言われたけど。 語り手:……バカか。知った風なクチききやがって。 語り手:教え込まれ、思い知らされるんだから仕方ない。 語り手:不美人に取っての美人は、時としてネズミに取っての猫よりも恐ろしい。 語り手:ヤツらは猫よりも、虎よりも狼よりも恐ろしく、貪欲に。 語り手:この世の全てを咥(くわ)え去ってしまう。 語り手:身の丈、身の程、分相応。 語り手:ネズミか、イイとこウサギに過ぎない私達は、精々美しい肉食獣どもに脅えながら、秋口に埋めたドングリを掘り起こして、厳しい冬を耐え忍ぶしか無いのだ。 語り手:……リスか、それは。齧歯類は合ってるけど。 語り手:まあ。 語り手:まあ、 語り手:そんな事はさておき、だ。 語り手:役所の事務員の昼休みなんてただでさえ、矢のように過ぎて行くのに。 語り手:遣(や)る瀬も立つ瀬もない世迷い言を、右往左往させている暇は無い。 語り手:……食堂にテレビなんて付いてるから悪いんだ。 語り手:画面の向こうの巻島エレナは相変わらず、我ら一般人の妬みも嫉みも真っ向から弾き飛ばす、若さと、美しさと、ダイナミックなのにどこかコケティッシュで、エキゾチックかつどこまでもスタイリッシュな、育ち切ったヒマワリみたいな輝きに満ち満ちていて。 語り手:……それは、それで。 語り手:なんだか自分の、ちっぽけな卑屈さや、なけなしのコンプレックスを、 語り手:丸ごと根こそぎ平らに均(なら)して、押し流して行ってくれるブルドーザーみたいで。 語り手:嫌いじゃ、なかったけれど。 語り手:…………そう。 語り手:嫌いじゃない。 語り手:嫌いじゃ、ないんだよ。 語り手:私たちはいつだって、 語り手:きれいなおねえさんが、好きなんだから。 語り手:……好きだから。 語り手:好き、だから、 語り手:……きれいじゃない、自分の、事は。 語り手:きらい、 語り手:なんだけど。 女性:「……、……。(微かな溜息)」 語り手:毎年しつこい寒さもすっかりどこかへ行ってしまい。 語り手:明日の土曜は、花見であって。 語り手:公園の桜は見頃を迎えているという。 語り手:誰もが綺麗だという花を観に、 語り手:綺麗でない私は、どんな顔をして行こうか。 語り手:悪い所をあらかた、塗り潰して、 語り手:良い所を程々に、盛り付けて。 語り手:嘘。そこまで卑屈でもないよ、相棒。 語り手:希精館(きせいかん)のオールインワン、乾燥肌用。 語り手:昼休みももうじき終わる。 語り手:明日の、私は。 語り手:明日、ぐらいは。 語り手:鏡の自分に嫉妬でも、してやろうか。 語り手:……なんて。春先の風に吹かれて舞い込んだ花びらが、真ん前で背を向ける課長のハゲ頭に、そっと、くっついたのを見て。 語り手:何の脈絡も感慨もなく、 語り手:そんな事を思った。 語り手:予報では明日は晴れるんだそうな。 0:【終】

語り手:「鏡の自分に嫉妬しよう。」、 語り手:というのは言うまでもなく、 語り手:「きれいなおねえさんは、好きですか。」、 語り手:と並ぶ、我が国の広告業界に燦然(さんぜん)と輝く金字塔、普通に生まれて普通に育ったならどこでとなく、何度となく耳にした事があるだろう、名キャッチコピーな訳だけども。 語り手:「今日、ケンタッキーにしない?」、 語り手:「そうだ 京都、行こう。」、 語り手:「夏の蓮殻(はすがら)、あなたと明日(あす)から。」、等が以下に並ぶ。個人的には。 語り手:「鏡の自分に嫉妬しよう。」。 語り手:希精館(きせいかん)の化粧水&メイクアップコスメシリーズ。 語り手:昭和の終わりからある古いコピーだけど、いつの時代も今をときめく美人、麗人の代名詞を起用し続けて来た事で、黎和(れいわ)の今でも、説得力と影響力を響きに残している。 語り手:リーマン・ショック等の煽りで会社そのものは一時、傾きかけたけれども。 語り手:2010年代に入り、「錠守(じょうがみ)」グループの買収を受けてからは業績もV字回復。 語り手:それまでやや手薄だった、より若い世代、中高生およびローティーン向けのラインナップを一新するなどして不死鳥の如く復活。 語り手:勿論ミドル層、マダム層への求心力は益々以(もっ)て分厚く、今も昔も、日本を代表する化粧品メーカーの一つ。 語り手:……とまあ、こんなぐらいの事は謂(い)わば常識。 語り手:誰だって知ってるし、知らなくったって、日本に生まれて大体毎日化粧して生きてるんなら、必ず一度はお世話になってる筈だ。 語り手:何せ安い。プチプラの一歩先を行く低価格で、なのに質がイイ。一番廉価(れんか)なラインでも十分過ぎるほど使えて……、 語り手:勿論お高いモノはバカ高いけども、 語り手:それはさておき。 語り手:件(くだん)のコピー、「鏡の自分に〜」を目下、テレビ画面の向こうから日本中に言い放っているのは、「巻島(まきしま)エレナ」というタレントだ。 語り手:ファッション雑誌「nicola(ニコラ)」、および「mu'rope(ミュー・ロパ)」の専属モデル出身にして、卒業後もモデル、グラビア、歌にCM、映画にドラマにと何でもござれの、現代最強のモグラ女子。 語り手:……モグラ女子って最初全然わかんなかった。 語り手:てっきりタヌキ顔女子の進化系かと……。 語り手:あとラジオとかでのトークが結構、私は聴いた事無いけど、そこそこ評価されているらしい。 語り手:無論すンごい美人だし、モデルなんだから当たり前だけど抜群のスタイルに、加えて巨乳。 語り手:最早死語だが、黎和の時代のセックス・シンボル。 語り手:小麦の肌のマリリン・モンロー。 語り手:……いや全然そんな風には呼ばれてはナイけども。 語り手:東京24区内で暮らし、働いていると、芸能人を生で見かける事はそんなに珍しくもない。 語り手:彼・彼女らが我々一般人と一線を画すのは、顔よりも何よりもまず、スタイルだ。 語り手:頭、小さ過ぎ。 語り手:足、長過ぎ。 語り手:腰の位置、高過ぎ。 語り手:何より細い。男も女も。 語り手:昔、誰に聞いたんだったか、テレビカメラという物は総じて、人間のシルエットを若干、太目に映してしまうんだそうな。 語り手:画面越しでも十分細長い彼・彼女らはじゃあ、生だとどんだけ細いんじゃい、って思ってたけど。 語り手:上京して1年ぐらい経った頃、新宿でロケ中の「堰本(せきもと)つかさ」を生で目の当たりにした時、疑問は氷塊した。 語り手:彼女らは想像を絶する程に細い。 語り手:折れそうに細い。 語り手:それでいて全てが長く、骨格から全然違う。 語り手:そういう人間が選び抜かれているんだ。 語り手:“オーラ”とか、“雰囲気”とか。 語り手:我々が何となく、そんな風に呼んでいる物の正体はきっと、半分ぐらいはソコなんだと思った。 語り手:堰本つかさというのは女優で、「鏡の自分に嫉妬しよう。」の前任者でもある。 語り手:私は前のバージョンの方が好きだった。 語り手:単純に私が、堰本つかさのファンだっていうのもあるけど。 語り手:ご存知、平成を代表するご長寿青春学園ラブコメディ、「ウォーター・ボーイズ」。 語り手:シリーズ8作目のヒロイン役を射止め、華々しくデビューした頃から、彼女は何となく気になる存在だった。 語り手:演技は大根、なんて未だに言われるけれど、 語り手:当時小学生だった私の眼には、その声や、表情や、佇まいはとても自然に映った。 語り手:検(あらた)める余地もなく、完全無欠の超絶美人ではあるんだけども、 語り手:その存在に1ミリの衒(てら)いも無い、というか、 語り手:隙が無いんじゃなくて、寧ろ隙だらけなんだけど「それが何か? 普通ですけど?」みたいなノリで当たり前にソコに居る感じの、 語り手:「居る」って言ってもテレビの中なんだけど。 語り手:まるで生まれた時からソコに居るような、なのに自分の隣に居たって何一つ、不自然じゃないような……、 語り手:つまらないアクリル画みたいな美人。 語り手:彼女にそういう印象を抱く人は大勢居て。 語り手:それがそのまま、彼女を平成・黎和を通じての「美人」の代名詞足らしめていた。 語り手:オリコンによる「なりたい顔ランキング」、6年連続1位。 語り手:当然の結果でもあるし、だからこそ彼女の口から発せられる「鏡の自分に〜」は説得力があった。 語り手:そりゃ、ある日突然自分が堰本つかさフェイスになったなら、驚くより先に嫉妬する。 語り手:鏡の向こうに、絵に描いたみたいな美人が居たら。 語り手:全部のパーツが寸分の狂いもなく整っていて、減点法でも95点以下には減らせないような美しさ。 語り手:自分の眼が、鼻が、口元が眉毛が顎先があとほんのちょっと、「こんな風」だったなら。 語り手:良い事が増えたかは知らないけれど、嫌な事は一つ二つ、少なかったんじゃないか、なんて思わせる、消極的で究極の美。 語り手:加点法の塊(かたまり)みたいな巻島エレナとは全く違う。 語り手:そもそもハーフ、あ、ミックス、だし、 語り手:「もしも自分がこんな風なら」、なんて、逆立ちしながら口が裂けたって言えないような、 語り手:……どーゆー状況だソレ。拷問? 語り手:ともあれ。 語り手:「もしも自分が」、なんて勘違いを微塵も起こさせないような、暴力的で極端な美。 語り手:巻島エレナはそういうタレントだ。 語り手:それこそ両方、芸能人らし過ぎる芸能人で、我々一般ピーポーとは細胞からしてレベ違(ち)なんだけども、 語り手:例えば思い付く限りの「良い所」をゴテゴテに付け足しまくったのが巻島エレナなら、 語り手:ちょっとでも気に食わない「悪い所」を、全部スッカリ削ぎ落としたのが堰本つかさであって。 語り手:ルッキズムというピラミッドの中で日々足掻く我々の、一番の理想は。 語り手:「なりたかった顔」、「そうであってほしかった顔」のナンバー1は。 語り手:鏡の中に映っていてほしかった顔の第1位はやっぱり、 語り手:「美の最大公約数」こと、堰本つかさの顔なのだ。 語り手:いや、そんなん言われてないし今作ったんだけど……。 語り手:優れたキャッチコピーなんて、我々素人の脳ミソからは生まれない。 語り手:愚にもつかない繰り言を反芻しながら、日々をやり過ごすしかない。 語り手:鏡の自分にも、本当は嫉妬したりなんかしない。 語り手:そこに映っているのは過去と現実、 語り手:優越感と劣等感と、それに折り合いを付けてきた記憶。 語り手:……「戦士のプライド」、なんて呼んだってバチは、 語り手:……当たってほしくはない、せめて。 語り手:嫉妬。 語り手:妬(ねた)み。 語り手:嫉(そね)み。 語り手:僻(ひが)み。 語り手:西洋では人間に七つあるという、大きな罪の一つだそうだけど。 語り手:逃れられる日は来るんだろうか。 語り手:世界一の美人でもないのに、「美しい事は良い事だ」という価値観を内面化するなんて、ネズミが猫を崇(あが)めて拝むようなモノだ、って。 語り手:昔付き合ってたヤツに言われたけど。 語り手:……バカか。知った風なクチききやがって。 語り手:教え込まれ、思い知らされるんだから仕方ない。 語り手:不美人に取っての美人は、時としてネズミに取っての猫よりも恐ろしい。 語り手:ヤツらは猫よりも、虎よりも狼よりも恐ろしく、貪欲に。 語り手:この世の全てを咥(くわ)え去ってしまう。 語り手:身の丈、身の程、分相応。 語り手:ネズミか、イイとこウサギに過ぎない私達は、精々美しい肉食獣どもに脅えながら、秋口に埋めたドングリを掘り起こして、厳しい冬を耐え忍ぶしか無いのだ。 語り手:……リスか、それは。齧歯類は合ってるけど。 語り手:まあ。 語り手:まあ、 語り手:そんな事はさておき、だ。 語り手:役所の事務員の昼休みなんてただでさえ、矢のように過ぎて行くのに。 語り手:遣(や)る瀬も立つ瀬もない世迷い言を、右往左往させている暇は無い。 語り手:……食堂にテレビなんて付いてるから悪いんだ。 語り手:画面の向こうの巻島エレナは相変わらず、我ら一般人の妬みも嫉みも真っ向から弾き飛ばす、若さと、美しさと、ダイナミックなのにどこかコケティッシュで、エキゾチックかつどこまでもスタイリッシュな、育ち切ったヒマワリみたいな輝きに満ち満ちていて。 語り手:……それは、それで。 語り手:なんだか自分の、ちっぽけな卑屈さや、なけなしのコンプレックスを、 語り手:丸ごと根こそぎ平らに均(なら)して、押し流して行ってくれるブルドーザーみたいで。 語り手:嫌いじゃ、なかったけれど。 語り手:…………そう。 語り手:嫌いじゃない。 語り手:嫌いじゃ、ないんだよ。 語り手:私たちはいつだって、 語り手:きれいなおねえさんが、好きなんだから。 語り手:……好きだから。 語り手:好き、だから、 語り手:……きれいじゃない、自分の、事は。 語り手:きらい、 語り手:なんだけど。 女性:「……、……。(微かな溜息)」 語り手:毎年しつこい寒さもすっかりどこかへ行ってしまい。 語り手:明日の土曜は、花見であって。 語り手:公園の桜は見頃を迎えているという。 語り手:誰もが綺麗だという花を観に、 語り手:綺麗でない私は、どんな顔をして行こうか。 語り手:悪い所をあらかた、塗り潰して、 語り手:良い所を程々に、盛り付けて。 語り手:嘘。そこまで卑屈でもないよ、相棒。 語り手:希精館(きせいかん)のオールインワン、乾燥肌用。 語り手:昼休みももうじき終わる。 語り手:明日の、私は。 語り手:明日、ぐらいは。 語り手:鏡の自分に嫉妬でも、してやろうか。 語り手:……なんて。春先の風に吹かれて舞い込んだ花びらが、真ん前で背を向ける課長のハゲ頭に、そっと、くっついたのを見て。 語り手:何の脈絡も感慨もなく、 語り手:そんな事を思った。 語り手:予報では明日は晴れるんだそうな。 0:【終】