台本概要
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タイトル | 善の鬼 第十二章「託す」 |
---|---|
作者名 | Oroるん (@Oro90644720) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 4人用台本(男3、女1) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
善鬼と典膳、二人はついに決戦の日を迎える。 心を引き裂かれそうになる典膳に、善鬼は託すべき想いを語る。 一方、一刀斎は再び穂邑の元を訪ね・・・ ・演者性別不問ですが、設定性別はそのままでお願いします。 ・実在の人物、出来事を元にしていますが、フィクション要素多めです。 ・時代考証はかなり甘いです。ご了承下さい。 ・軽微なアドリブ、言い換え等、可。 114 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
善鬼 | 男 | 146 | 小野善鬼(おのぜんき)かつての名は「ぜん」一刀流の剣士 |
穂邑 | 女 | 49 | (ほむら)かつての名は「とら」女郎。善鬼の幼馴染。 |
典膳 | 男 | 92 | 神子上典膳(みこがみてんぜん)善鬼の弟弟子 |
一刀斎 | 男 | 83 | 伊東一刀斎(いとういっとうさい)一刀流創始者。善鬼、典膳の師 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
一刀斎:よう。
善鬼:『典膳との立ち会い前夜、寝ぐらにしている小屋に帰ってきた俺を、先生が待ち構えていた』
0:一刀斎、小屋の前の岩に腰掛けている
善鬼:先生。
一刀斎:女の所へ行っていたか?別れを言いに。
善鬼:・・・
一刀斎:しかし、結局抱かなかったか。
0:
一刀斎:お前、案外酷い(ひどい)やつだな。
善鬼:典膳は中ですか?
一刀斎:いや、昨日から帰ってきておらん。気が昂って(たかぶって)おるのだろう。
善鬼:・・・少し休みます。日が登ったら、立ち会いですので。
一刀斎:待て。
善鬼:何か?
一刀斎:お前、本当にこれで良いのか?
善鬼:何故そんなことを聞かれます?
一刀斎:さぞかし俺を恨んでいるのだろうな。
善鬼:・・・
0:
善鬼:いいえ。
0:
善鬼:腕力だけが取り柄の百姓上がりを、「小野善鬼」という一人の剣士にして下さったのは、間違いなく貴方です。一刀斎先生。
0:
善鬼:感謝しています。
一刀斎:「剣士」?「剣士」だと?
0:
一刀斎:笑わせるな。そんな「剣士」がどこに居るというのだ。
善鬼:・・・
一刀斎:お前は失敗作だ。
0:
一刀斎:おい、善鬼。
善鬼:はい。
一刀斎:無かったことにしてやっても良いぞ。
善鬼:は?
一刀斎:立ち会いだ。取りやめても良いと言っている。
善鬼:・・・
一刀斎:ただし・・・
0:間
0:善の鬼
0:
0:第十二章 「道標」
0:
0:数時間後 荒野 善鬼が岩に腰を降ろしている所に典膳がやってくる
善鬼:よう、先生はまだか?
典膳:はい。
善鬼:そうか。
典膳:昨日はどちらに?
善鬼:あん?ああ、馴染みの女の所で朝までしっぽりと、な。
典膳:立ち会いの前に女の所、ですか。
善鬼:立ち会いの前だからこそ、だろ。いやあ、後ろ髪引かれたぜ。これで最後だと思うと燃え上がっちまってよ、腰が痛えのなんのって・・・
典膳:・・・
善鬼:何だ?しけたツラしやがって。
典膳:今日の立ち会い、本当にやるんですか?
善鬼:あ?
典膳:私は、まだ納得ができません。いくら先生の命(めい)とは言え、今回はあまりにも・・・
善鬼:(被せて)あまりにも、俺に分が悪過ぎるってか?
典膳:あまりにも、酷(こく)であると言っているのです!兄弟弟子である我らが殺し合うなど!
善鬼:・・・じゃあ辞めるか?
典膳:えっ?
善鬼:先生に逆らって、立ち会いを辞めちまうのかって聞いてんだ。
典膳:・・・
善鬼:どうなんだ?
典膳:(兄者は、見抜いているのだ。私が先生に決して逆らえないことを。私が先生に、心底怯えて(おびえて)いることを)
0:
典膳:(それなのに私は、口先では正論を振りかざし偽善者ぶっている。そうして体面(たいめん)だけを保とうとして・・・なんと浅ましいことか)
0:
典膳:(きっと兄者は、私を軽蔑(けいべつ)しているに違いない)
善鬼:あとよ、俺のことは、もう「兄」なんて呼ぶな。
典膳:そんな・・・
善鬼:もう俺たちは、同門の仲間じゃねえ。これから命を奪い合う間柄だ。
典膳:・・・これが、我らの終着点なのですか?もう、どうすることも、出来ないのですか?
善鬼:・・・
0:間
0:数日前 欅楼
穂邑:いらっしゃ・・・旦那?
一刀斎:久しぶりだな。
穂邑:・・・
一刀斎:どうした?入ってはいかんのか?
穂邑:い、いいえ。どうぞ。
0:一刀斎、部屋に入り座る
一刀斎:注いで(ついで)もらおうか(猪口を差し出す)
穂邑:はい(釈をする)もう、お見えにならないと思っておりました。
一刀斎:(酒を飲む)そうか。
穂邑:だって・・・
一刀斎:お前が、俺の身請けを蹴ったからか?
穂邑:・・・
一刀斎:普通の男ならば、二度と来るまい。恥をかかされたのだからな。
0:
一刀斎:だが俺はな、普通では無いのだ。
穂邑:怒っていらっしゃらないのですか?
一刀斎:・・・どうなった?
穂邑:えっ?
一刀斎:お前の想い人(おもいびと)だ。無事添い遂げ(そいとげ)られそうか?
穂邑:さあ、どうなんでしょう?
一刀斎:無理だ。お前の願いが叶うことはない。
0:
一刀斎:言っただろう。「お前は幸せにはなれない」と。
穂邑:旦那。いつもとご様子が違いますね。
一刀斎:どう違う?
穂邑:いつもより、刺々しい(とげとげしい)です。お言葉も、お心も。
一刀斎:お前は相変わらずはっきりとものを言う。まあ、そこを気に入っておったのだが。
穂邑:今は違うのですか?
一刀斎:ああ。
穂邑:旦那も、はっきりとお言いになりますね。
一刀斎:だから俺たちは気が合った。
穂邑:そうかもしれませんね。
0:間
一刀斎:(酒を飲み干す)もう、お前と酒を飲むことも無いのだろうな。
穂邑:そうですか。
一刀斎:ああ。今度こそ、これが最後だ。
穂邑:・・・
一刀斎:「寂しい」とでも言えばどうだ?
穂邑:そういうの、お嫌いでしょう?
一刀斎:以前はな。
穂邑:寂しがっているのは、旦那の方じゃありませんか?
一刀斎:やり返したつもりか?
穂邑:滅相(めっそう)も無い。
一刀斎:ここも居心地が悪くなったな。
穂邑:お帰りになりますか?
一刀斎:まだだ。肝心の用件を済ませていない。
0:
一刀斎:お前に餞別(せんべつ)をやろう。
穂邑:餞別?
一刀斎:俺の名は、伊東一刀斎だ。
0:間
0:場面転換 荒野
善鬼:おめえは・・・
典膳:?
善鬼:もう俺を超えた。俺より強い。
典膳:・・・
善鬼:おめえも気付いているはずだ。本物の剣士なら、相手との力量の差ぐらい、見抜けるだろ。
0:
善鬼:もちろん、勝負は水物(みずもの)だ。実際のところは、やっでみなけりゃわからねえ。俺だって、むざむざやられるつもりはねえしな。
0:
善鬼:油断してると、あっさり俺が勝っちまうかもしれねえぞ?
典膳:兄者。
善鬼:だからその呼び方は・・・
典膳:兄者は間違っています。
善鬼:は?
典膳:私は、強くなんか無い。
善鬼:何言ってる?おめえは・・・
典膳:(被せて)私は弱い!
善鬼:っ!
典膳:(膝から崩れ落ち)私は、弱い。弱いんです。
0:
典膳:私が強いなど・・・そんなのは偽りです。
0:
典膳:(善鬼の足にすがりつきながら)兄者だって、分かっているはずだ!私は弱虫だと!腰抜けだと!
善鬼:典膳・・・
典膳:心の中では、私のことを蔑んで(さげすんで)いるんでしょう!?
善鬼:良い加減にしろ!(典膳を突き放す)
典膳:(突き飛ばされる)
善鬼:一体どうしたんだ?
0:間
典膳:・・・兄者と、戦いたく無い。斬り合うなんて嫌だ。
善鬼:・・・
典膳:当たり前の様に、そう思う私が確かにいて、それなのに・・・
0:
典膳:逆らいもせず、
0:
典膳:逃げもせず、
0:
典膳:今日を迎えてしまった。
0:
典膳:先生が恐ろしい。先生に逆らうなんてできない。
善鬼:俺だってそうさ。
典膳:私は!何もわかっていなかった。兄者がどんな想いで、先生に仕えておられたのかを。
0:
典膳:兄者がどれほどの苦しみに、耐えておられたのかを。
善鬼:落ち着け。
典膳:そんな兄者を、私は、「弱虫」だなどと・・・
善鬼:間違ってねえだろ。
典膳:何故そうやって、ご自分を卑下(ひげ)なさるのですか?
善鬼:その言葉、そっくりそのまま返すぜ。
0:間
善鬼:おかしなもんだよな。
典膳:えっ?
善鬼:俺たちは武芸者だ。今まで数え切れない程の修羅場(しゅらば)を潜り(くぐり)抜けてきた。たくさんの人間を斬り殺してきた。
0:
善鬼:そんな俺たちがよ、たった一人の男が怖くてたまらねえなんて、笑えるよな。
典膳:・・・
善鬼:「剣士」として、おめえは強いよ、典膳。それは間違いねえ。
0:
善鬼:ただちぃっとばかし、心に弱えとこがあるみてえだな。
典膳:それは私が「弱い人間」だということではないのですか?
善鬼:「弱さ」なんか、誰にだってあるじゃねえか。俺はもちろん、きっと先生にもな。
典膳:先生も?
善鬼:ああ。
典膳:とても信じられません。先生が弱さを見せたことなんて、一度も無いでしょう?
善鬼:確かにな。でも逆に、それが先生の「弱さ」なのかもしれねえぞ?
典膳:どういう意味です?
善鬼:俺にもよく分かんねえ。何となくだよ。
典膳:何ですか、それ。
善鬼:つまり、何だ。その・・・時には人に弱さを見せる様な奴でも、本当に弱いわけじゃねえってことだ。
典膳:ますます分かりません。
善鬼:察しろよ!長い付き合いなんだから!
典膳:無理ですよ!言葉足らずにも程があります!
善鬼:・・・ちょっと元気出てきたじゃねえか。
典膳:えっ?・・・あ。
善鬼:要するに、要するにだ。俺が言いてえのは・・・
0:
善鬼:おめえはいつか、先生にも勝てる!そういうことだ。
典膳:は?それが一番意味が分かりませんよ。
善鬼:俺には分かんだよ!
典膳:ありえませんよ、私ごときが。
善鬼:情けねえこと言うんじゃねえ。自信を持て!何せおめえは、俺が「託す」と決めた男なんだぜ。
典膳:・・・「託す」?
0:間
0:場面転換
0:欅楼
穂邑:(驚き)伊東・・・一刀斎?
一刀斎:そうだ。お前がよく知る善鬼・・・いや、お前には「ぜん」と言った方が馴染みがあるか。俺は、そいつの師匠だ。
穂邑:本当に、伊東一刀斎?
一刀斎:そうだ。
0:間
穂邑:どうしてここに来たんだ?
一刀斎:お前に餞別をやる為だ。
穂邑:それを言ってるんじゃない!どうしてこの女郎屋(じょろうや)に来たんだ?どうして私の所に通ったんだ?
一刀斎:女郎屋に通ってはいかんのか?
穂邑:ふざけるな!アンタの事はぜんに聞いている。アンタがどんな人間なのかを・・・
0:
穂邑:ここに通ったのは、何か魂胆(こんたん)があったからだろう!?
一刀斎:良いぞ、楽しくなってきた。もう少しここに居たくなってきたぞ。
穂邑:答えなよ!
一刀斎:何故ここに通ったか、その答えは簡単だ。お前を気に入ったからだ。
穂邑:嘘・・・
一刀斎:嘘では無い。お前に本気になった。本気で身請けするつもりだった。お前なら分かっているはずだ。
穂邑:分かんないよ・・・旦那の事、何もかも分からなくなっちまったよ!
一刀斎:俺は何も変わっていないぞ。お前と初めて会った時から、何も。
穂邑:私は、ぜんを弄んで(もてあそんで)壊したやつに、惹かれていたって言うのか。
一刀斎:壊していない。壊し損ね(そこね)たんだ。お前のせいでな。
穂邑:あいつを、ぜんを、もう許してやってよ。
一刀斎:駄目だ。
穂邑:私はどうなっても良い!アンタの物になれって言うならそうする!だから、ぜんを(解放してやってくれ!)
一刀斎:(被せて)駄目だ。
穂邑:何でさ!
一刀斎:あいつは俺の物だ。俺の玩具(おもちゃ)だ。だから好きにする。最後までな。
穂邑:最後?
一刀斎:死ぬまで、だ。
穂邑:ひどい。
一刀斎:俺とあいつの問題だ。お前が口を挟めるものではない。
穂邑:アンタ、どうしてぜんを認めないんだ?
0:
穂邑:アンタみたいな孤高の人が、アイツとは長い間一緒に過ごしてきたんだろ?ぜんは特別な存在じゃないのかい?情が湧くことはないのかい?
一刀斎:情、だと(失笑する)
穂邑:周りの人間は、道具に過ぎないって言うのか?アンタを楽しませるだけの、ただの道具だって。
0:
穂邑:アンタが私に本気だったなんて、到底信じられないよ。
0:
穂邑:アンタは私をものにして、それをぜんに見せつけるつもりだったんだろ?
0:
穂邑:私は、ただぜんを苦しめるための道具に過ぎなかった。違うかい?
一刀斎:そうだな。まあ、その方が俺らしいか。
0:
一刀斎:一つ言っておく。俺は鬼だ。
穂邑:鬼?
一刀斎:そうだ。人とは違う化け物だ。だから俺には、「情」とやらは理解できん。そんなもの、俺には存在せんからな。
穂邑:鬼・・・鬼か・・・そう思いたいんだね。
一刀斎:どういう意味だ?
穂邑:さあね。
一刀斎:・・・
穂邑:・・・
一刀斎:そろそろお暇(いとま)するとしようか。これ以上いても無意味そうだ。
穂邑:意味なんて、最初からあったのかねえ。
一刀斎:・・・もし次、あいつに会うことがあれば、それが(言いかけて辞める)
穂邑:・・・何だよ?
一刀斎:何でも無い。ではな。
0:一刀斎、退室
穂邑:・・・
0:間
0:場面転換 荒野
典膳:「託す」とは、一体何をですか?
善鬼:俺にはな、夢があるんだ。
典膳:夢?
善鬼:ああ。
0:
善鬼:おめえが天下に名を知られた剣士になってよ
0:
善鬼:たくさんの門弟(もんてい)を抱えて
0:
善鬼:そいつらも又、弟子を取って
0:
善鬼:そうやって何十年、何百年先の世まで、一刀流が受け継がれていくこと
0:
善鬼:それが、俺の夢だ。
典膳:っ!
善鬼:どうだ、すげえだろ?
典膳:そんなこと、本気で考えていらっしゃるのですか?
善鬼:もちろん。
0:
善鬼:その為に、おめえがこの立ち会いで俺に勝って、先生に認められた正式な一刀流の後継者になる必要があるんだ。
典膳:その為に、命を懸けると?
善鬼:そうだ。
典膳:途方も無さすぎる。
善鬼:そうだな。
典膳:第一、私である必要はないでしょう。兄者が為されれば(なされれば)宜しいじゃ無いですか!
善鬼:いや、これはおめえじゃなきゃ駄目だ。
典膳:何故?
善鬼:おめえは一刀流を・・・いや、流派すら超えて、武芸者の未来を背負う男だからだよ。
典膳:何を言っているのですか?
善鬼:おめえ、前に言ったよな?「戦の無い世に剣を取り、時には命を奪う我らだからこそ、その心は気高く(けだかく)あるべき」ってよ。
0:
善鬼:それ聞いた時はな、ただの綺麗事としか思わなかった。「こいつ、何も分かってねえ」ってな。
0:
善鬼:でもよ、随分経ってからだけど、おめえの言ったことは、俺たちの未来に繋がってるんじゃないか、そう思ったんだ。
典膳:・・・
善鬼:先生はな・・・
0:
善鬼:戦乱の世に生きてりゃ、今以上の大剣豪になってたはずだ。その腕を存分に振るって、数多くの功績を立てただろう。
0:
善鬼:或いは、戦(いくさ)で早死にしてたかもしれねえが。
0:
善鬼:でも何の因果か、戦が終わろうとしている世に生まれちまった。せっかく身に付けた武芸も、活かす場所の無い時代に。
0:
善鬼:先生だけじゃねえ。俺たち武芸者は、必死になって身に付けた技を、結局持て余して(もてあまして)じゃねえか。
0:
善鬼:挙げ句の果てに、武芸者同士で斬り合ってる。大した理由もなく、な。
典膳:兄者、そんな言い方は・・・
善鬼:でも仕方ねえんだ。だってそれ以外生き方知らねえんだもん。
0:
善鬼:このままじゃ、俺たちどうなるんだ。いつか・・・いやもう既に、俺たちはこの世に用済みなのかもな。
典膳:そんな事はない!
善鬼:・・・
典膳:そんな事、無いですよ、兄者。我らが命懸けで会得したものが無意味だなんて、そんなはず無いじゃないですか!
0:
典膳:私は兄者の強さに、先生の剣技に、何度も心を奪われました!お二人のようになりたいと、いつも願っていました!
0:
典膳:剣は、武芸は、ただの人殺しの技術ではない。例え戦う相手がいなくとも、極める価値があるもの、人を育む(はぐくむ)もの、私はそう信じています!
善鬼:そうか・・・
0:
善鬼:じゃ、ここから先は、おめえに任せるわ。
典膳:は?
善鬼:戦が無い時代に、剣がある意味。それを、おめえが見つけるんだ。
0:
善鬼:これから先、武芸者が生きる理由、居場所。それを作るのが、その道標(みちしるべ)となるのが、おめえの役目だ。
典膳:私が?
善鬼:おめえは、鉄砲の弾を斬り落とすなんて神業(かみわざ)を見せながら、人の心を無くさず、負けた相手に手を差し伸べた。
0:
善鬼:あれを見た瞬間に分かった。おめえは、全てを変えられる男だと。
0:
善鬼:俺はもちろん、先生にも出来ないことを、成し遂げられる男だってな。
典膳:・・・
0:間
善鬼:どうだ?
典膳:無理です。
善鬼:無理じゃねえ。
典膳:無理ですよ!私一人では。
善鬼:・・・
典膳:兄者がそばに居てくれなければ、できません。
善鬼:何言ってんだ、俺はずっといるじゃねえか。
典膳:えっ?
善鬼:おめえの剣の中で、俺は生き続ける。そうだろ?
典膳:兄者・・・
善鬼:託すぞ、典膳。
典膳:私は・・・
善鬼:託すぞ。
0:間
典膳:私に拒む権利は?
善鬼:あるわけねえだろ。どっちみちお前は、受けてくれると思ってるぜ。
典膳:・・・(大きく息を吐く)
善鬼:先生への恐れ、抜けたか?
典膳:いえ、そこまでは。
0:
典膳:でも・・・
善鬼:・・・
典膳:もうそんなこと、言ってられないじゃ無いですか。
善鬼:さすが、俺が見込んだ、弟弟子だ。
典膳:後悔、しますよ。
善鬼:しねえよ、バカタレ。
0:間
善鬼:お、先生が来たみたいだな。
典膳:『兄者の言葉通り、先生がこちらに向かって歩を進めているのが遠くに見えた』
善鬼:ありがとな、典膳。
典膳:何がですか?
善鬼:おめえが居たから、俺はここまで来れた。
典膳:私がいたから?
善鬼:そうさ。だから・・・
0:回想 数時間前
0:善鬼たちが逗留している小屋の前
一刀斎:立ち会いだ。取りやめても良いと言っている。
善鬼:・・・
一刀斎:ただし・・・
善鬼:『そう言って、先生は小屋の戸を勢いよく開けた。そこに居たのは・・・』
一刀斎:このガキを、お前が斬ったらな!
善鬼:『いつか山賊退治に行った時、俺と典膳が密かに逃した、確か「やまと」とかいう名前の子供だった』
一刀斎:お前らがこのガキを斬らなかったこと、俺は当然気付いていたわけだな。
善鬼:あなたという人は・・・
一刀斎:一応言っておくが、万一お前が斬らないと言っても、俺が斬る。つまりどの道、このガキは死ぬ。
善鬼:『あの目だ。この世の物とは思えない、恐ろしい目』
一刀斎:だったら、お前が斬っても同じことだろう?
善鬼:・・・
一刀斎:それに、ガキを斬るのは初めてではあるまい?
0:
一刀斎:こいつを斬れば万事解決だ。俺とお前と典膳、三人元通りの生活に戻れる。
0:
一刀斎:なあ善鬼、それで良いじゃないか。
0:間
一刀斎:斬れ。
善鬼:・・・
一刀斎:斬れ。
善鬼:・・・
一刀斎:斬れ!善鬼!
0:間
0:地面に膝をつき、両手をついて頭を下げる善鬼
善鬼:どうか・・・それだけは・・・ご勘弁下さい。
0:少し間
一刀斎:なら、俺が斬る!良いんだな!?
0:善鬼、顔を上げ、一刀斎と視線を合わせる
善鬼:もし、そうなさるなら、俺は止めなくちゃなりません。
0:
善鬼:この命に代えても・・・
0:間
一刀斎:何故だ。見ず知らずのガキの為に、何故そこまでする?
善鬼:『なあんだ』
一刀斎:答えろ、善鬼。
善鬼:それは・・・
0:
善鬼:それは・・・
0:
善鬼:俺が「人」だからです。
0:
善鬼:「鬼」ではなく。
一刀斎:(善鬼を本気で睨み付ける)
善鬼:(まばたきすらせず、一刀斎から視線を逸らさない)
0:間
一刀斎:つまらん。
0:一刀斎、立ち去る。
善鬼:『先生はそう言うと、そのまま行ってしまった』
善鬼:『子供を斬ることなく』
善鬼:(吹き出し、そのまま笑いが大きくなる)
善鬼:(笑いながら)なあんだ、できるじゃねえか。簡単だったじゃねえか。
0:そのまま笑い続ける
善鬼:『気が付いたら、朝日が登っていた。先生が立ち去ってから、ずっとそこに居たらしい』
善鬼:『そして、子供は姿を消していた』
0:間
善鬼:(逃げちまったのか。しまったなあ、今度こそ、ちゃんと世話してやりゃ良かった)
0:
善鬼:『俺は無意識のうちに、朝日に向かって手を合わせていた。神仏(しんぶつ)に祈ったことなど、生まれてから一度もないのに』
0:
善鬼:どうか、あの子をお救い下さい。
0:間
0:回想終わり
0:荒野
善鬼:おめえは、俺を変えてくれたんだ。
典膳:私が・・・
善鬼:おめえは今でも、充分すげえんだぞ。
典膳:兄者!
善鬼:ん?
典膳:私は・・・
0:
典膳:『これだけは伝えなければ!私が先生から、既に秘伝を授けられていることを』
0:
典膳:『しかし・・・』
善鬼:もう良いだろ?もう言葉はいらねえよ。
0:
善鬼:ここから先は・・・剣で語り合おう。
0:間
一刀斎:支度(したく)は良いか?
善鬼:はい!
典膳:・・・
一刀斎:典膳?
典膳:・・・はい!
一刀斎:(二人の様子を見て)つまらん。
善鬼:・・・
典膳:・・・
一刀斎:では・・・始めるがよい。
0:間
善鬼:一刀流、小野善鬼!
典膳:一刀流、神子上典膳!
善鬼:いざ!
典膳:尋常に!
善鬼:(同時に)勝負!
典膳:(同時に)勝負!
0:つづく
一刀斎:よう。
善鬼:『典膳との立ち会い前夜、寝ぐらにしている小屋に帰ってきた俺を、先生が待ち構えていた』
0:一刀斎、小屋の前の岩に腰掛けている
善鬼:先生。
一刀斎:女の所へ行っていたか?別れを言いに。
善鬼:・・・
一刀斎:しかし、結局抱かなかったか。
0:
一刀斎:お前、案外酷い(ひどい)やつだな。
善鬼:典膳は中ですか?
一刀斎:いや、昨日から帰ってきておらん。気が昂って(たかぶって)おるのだろう。
善鬼:・・・少し休みます。日が登ったら、立ち会いですので。
一刀斎:待て。
善鬼:何か?
一刀斎:お前、本当にこれで良いのか?
善鬼:何故そんなことを聞かれます?
一刀斎:さぞかし俺を恨んでいるのだろうな。
善鬼:・・・
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善鬼:いいえ。
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善鬼:腕力だけが取り柄の百姓上がりを、「小野善鬼」という一人の剣士にして下さったのは、間違いなく貴方です。一刀斎先生。
0:
善鬼:感謝しています。
一刀斎:「剣士」?「剣士」だと?
0:
一刀斎:笑わせるな。そんな「剣士」がどこに居るというのだ。
善鬼:・・・
一刀斎:お前は失敗作だ。
0:
一刀斎:おい、善鬼。
善鬼:はい。
一刀斎:無かったことにしてやっても良いぞ。
善鬼:は?
一刀斎:立ち会いだ。取りやめても良いと言っている。
善鬼:・・・
一刀斎:ただし・・・
0:間
0:善の鬼
0:
0:第十二章 「道標」
0:
0:数時間後 荒野 善鬼が岩に腰を降ろしている所に典膳がやってくる
善鬼:よう、先生はまだか?
典膳:はい。
善鬼:そうか。
典膳:昨日はどちらに?
善鬼:あん?ああ、馴染みの女の所で朝までしっぽりと、な。
典膳:立ち会いの前に女の所、ですか。
善鬼:立ち会いの前だからこそ、だろ。いやあ、後ろ髪引かれたぜ。これで最後だと思うと燃え上がっちまってよ、腰が痛えのなんのって・・・
典膳:・・・
善鬼:何だ?しけたツラしやがって。
典膳:今日の立ち会い、本当にやるんですか?
善鬼:あ?
典膳:私は、まだ納得ができません。いくら先生の命(めい)とは言え、今回はあまりにも・・・
善鬼:(被せて)あまりにも、俺に分が悪過ぎるってか?
典膳:あまりにも、酷(こく)であると言っているのです!兄弟弟子である我らが殺し合うなど!
善鬼:・・・じゃあ辞めるか?
典膳:えっ?
善鬼:先生に逆らって、立ち会いを辞めちまうのかって聞いてんだ。
典膳:・・・
善鬼:どうなんだ?
典膳:(兄者は、見抜いているのだ。私が先生に決して逆らえないことを。私が先生に、心底怯えて(おびえて)いることを)
0:
典膳:(それなのに私は、口先では正論を振りかざし偽善者ぶっている。そうして体面(たいめん)だけを保とうとして・・・なんと浅ましいことか)
0:
典膳:(きっと兄者は、私を軽蔑(けいべつ)しているに違いない)
善鬼:あとよ、俺のことは、もう「兄」なんて呼ぶな。
典膳:そんな・・・
善鬼:もう俺たちは、同門の仲間じゃねえ。これから命を奪い合う間柄だ。
典膳:・・・これが、我らの終着点なのですか?もう、どうすることも、出来ないのですか?
善鬼:・・・
0:間
0:数日前 欅楼
穂邑:いらっしゃ・・・旦那?
一刀斎:久しぶりだな。
穂邑:・・・
一刀斎:どうした?入ってはいかんのか?
穂邑:い、いいえ。どうぞ。
0:一刀斎、部屋に入り座る
一刀斎:注いで(ついで)もらおうか(猪口を差し出す)
穂邑:はい(釈をする)もう、お見えにならないと思っておりました。
一刀斎:(酒を飲む)そうか。
穂邑:だって・・・
一刀斎:お前が、俺の身請けを蹴ったからか?
穂邑:・・・
一刀斎:普通の男ならば、二度と来るまい。恥をかかされたのだからな。
0:
一刀斎:だが俺はな、普通では無いのだ。
穂邑:怒っていらっしゃらないのですか?
一刀斎:・・・どうなった?
穂邑:えっ?
一刀斎:お前の想い人(おもいびと)だ。無事添い遂げ(そいとげ)られそうか?
穂邑:さあ、どうなんでしょう?
一刀斎:無理だ。お前の願いが叶うことはない。
0:
一刀斎:言っただろう。「お前は幸せにはなれない」と。
穂邑:旦那。いつもとご様子が違いますね。
一刀斎:どう違う?
穂邑:いつもより、刺々しい(とげとげしい)です。お言葉も、お心も。
一刀斎:お前は相変わらずはっきりとものを言う。まあ、そこを気に入っておったのだが。
穂邑:今は違うのですか?
一刀斎:ああ。
穂邑:旦那も、はっきりとお言いになりますね。
一刀斎:だから俺たちは気が合った。
穂邑:そうかもしれませんね。
0:間
一刀斎:(酒を飲み干す)もう、お前と酒を飲むことも無いのだろうな。
穂邑:そうですか。
一刀斎:ああ。今度こそ、これが最後だ。
穂邑:・・・
一刀斎:「寂しい」とでも言えばどうだ?
穂邑:そういうの、お嫌いでしょう?
一刀斎:以前はな。
穂邑:寂しがっているのは、旦那の方じゃありませんか?
一刀斎:やり返したつもりか?
穂邑:滅相(めっそう)も無い。
一刀斎:ここも居心地が悪くなったな。
穂邑:お帰りになりますか?
一刀斎:まだだ。肝心の用件を済ませていない。
0:
一刀斎:お前に餞別(せんべつ)をやろう。
穂邑:餞別?
一刀斎:俺の名は、伊東一刀斎だ。
0:間
0:場面転換 荒野
善鬼:おめえは・・・
典膳:?
善鬼:もう俺を超えた。俺より強い。
典膳:・・・
善鬼:おめえも気付いているはずだ。本物の剣士なら、相手との力量の差ぐらい、見抜けるだろ。
0:
善鬼:もちろん、勝負は水物(みずもの)だ。実際のところは、やっでみなけりゃわからねえ。俺だって、むざむざやられるつもりはねえしな。
0:
善鬼:油断してると、あっさり俺が勝っちまうかもしれねえぞ?
典膳:兄者。
善鬼:だからその呼び方は・・・
典膳:兄者は間違っています。
善鬼:は?
典膳:私は、強くなんか無い。
善鬼:何言ってる?おめえは・・・
典膳:(被せて)私は弱い!
善鬼:っ!
典膳:(膝から崩れ落ち)私は、弱い。弱いんです。
0:
典膳:私が強いなど・・・そんなのは偽りです。
0:
典膳:(善鬼の足にすがりつきながら)兄者だって、分かっているはずだ!私は弱虫だと!腰抜けだと!
善鬼:典膳・・・
典膳:心の中では、私のことを蔑んで(さげすんで)いるんでしょう!?
善鬼:良い加減にしろ!(典膳を突き放す)
典膳:(突き飛ばされる)
善鬼:一体どうしたんだ?
0:間
典膳:・・・兄者と、戦いたく無い。斬り合うなんて嫌だ。
善鬼:・・・
典膳:当たり前の様に、そう思う私が確かにいて、それなのに・・・
0:
典膳:逆らいもせず、
0:
典膳:逃げもせず、
0:
典膳:今日を迎えてしまった。
0:
典膳:先生が恐ろしい。先生に逆らうなんてできない。
善鬼:俺だってそうさ。
典膳:私は!何もわかっていなかった。兄者がどんな想いで、先生に仕えておられたのかを。
0:
典膳:兄者がどれほどの苦しみに、耐えておられたのかを。
善鬼:落ち着け。
典膳:そんな兄者を、私は、「弱虫」だなどと・・・
善鬼:間違ってねえだろ。
典膳:何故そうやって、ご自分を卑下(ひげ)なさるのですか?
善鬼:その言葉、そっくりそのまま返すぜ。
0:間
善鬼:おかしなもんだよな。
典膳:えっ?
善鬼:俺たちは武芸者だ。今まで数え切れない程の修羅場(しゅらば)を潜り(くぐり)抜けてきた。たくさんの人間を斬り殺してきた。
0:
善鬼:そんな俺たちがよ、たった一人の男が怖くてたまらねえなんて、笑えるよな。
典膳:・・・
善鬼:「剣士」として、おめえは強いよ、典膳。それは間違いねえ。
0:
善鬼:ただちぃっとばかし、心に弱えとこがあるみてえだな。
典膳:それは私が「弱い人間」だということではないのですか?
善鬼:「弱さ」なんか、誰にだってあるじゃねえか。俺はもちろん、きっと先生にもな。
典膳:先生も?
善鬼:ああ。
典膳:とても信じられません。先生が弱さを見せたことなんて、一度も無いでしょう?
善鬼:確かにな。でも逆に、それが先生の「弱さ」なのかもしれねえぞ?
典膳:どういう意味です?
善鬼:俺にもよく分かんねえ。何となくだよ。
典膳:何ですか、それ。
善鬼:つまり、何だ。その・・・時には人に弱さを見せる様な奴でも、本当に弱いわけじゃねえってことだ。
典膳:ますます分かりません。
善鬼:察しろよ!長い付き合いなんだから!
典膳:無理ですよ!言葉足らずにも程があります!
善鬼:・・・ちょっと元気出てきたじゃねえか。
典膳:えっ?・・・あ。
善鬼:要するに、要するにだ。俺が言いてえのは・・・
0:
善鬼:おめえはいつか、先生にも勝てる!そういうことだ。
典膳:は?それが一番意味が分かりませんよ。
善鬼:俺には分かんだよ!
典膳:ありえませんよ、私ごときが。
善鬼:情けねえこと言うんじゃねえ。自信を持て!何せおめえは、俺が「託す」と決めた男なんだぜ。
典膳:・・・「託す」?
0:間
0:場面転換
0:欅楼
穂邑:(驚き)伊東・・・一刀斎?
一刀斎:そうだ。お前がよく知る善鬼・・・いや、お前には「ぜん」と言った方が馴染みがあるか。俺は、そいつの師匠だ。
穂邑:本当に、伊東一刀斎?
一刀斎:そうだ。
0:間
穂邑:どうしてここに来たんだ?
一刀斎:お前に餞別をやる為だ。
穂邑:それを言ってるんじゃない!どうしてこの女郎屋(じょろうや)に来たんだ?どうして私の所に通ったんだ?
一刀斎:女郎屋に通ってはいかんのか?
穂邑:ふざけるな!アンタの事はぜんに聞いている。アンタがどんな人間なのかを・・・
0:
穂邑:ここに通ったのは、何か魂胆(こんたん)があったからだろう!?
一刀斎:良いぞ、楽しくなってきた。もう少しここに居たくなってきたぞ。
穂邑:答えなよ!
一刀斎:何故ここに通ったか、その答えは簡単だ。お前を気に入ったからだ。
穂邑:嘘・・・
一刀斎:嘘では無い。お前に本気になった。本気で身請けするつもりだった。お前なら分かっているはずだ。
穂邑:分かんないよ・・・旦那の事、何もかも分からなくなっちまったよ!
一刀斎:俺は何も変わっていないぞ。お前と初めて会った時から、何も。
穂邑:私は、ぜんを弄んで(もてあそんで)壊したやつに、惹かれていたって言うのか。
一刀斎:壊していない。壊し損ね(そこね)たんだ。お前のせいでな。
穂邑:あいつを、ぜんを、もう許してやってよ。
一刀斎:駄目だ。
穂邑:私はどうなっても良い!アンタの物になれって言うならそうする!だから、ぜんを(解放してやってくれ!)
一刀斎:(被せて)駄目だ。
穂邑:何でさ!
一刀斎:あいつは俺の物だ。俺の玩具(おもちゃ)だ。だから好きにする。最後までな。
穂邑:最後?
一刀斎:死ぬまで、だ。
穂邑:ひどい。
一刀斎:俺とあいつの問題だ。お前が口を挟めるものではない。
穂邑:アンタ、どうしてぜんを認めないんだ?
0:
穂邑:アンタみたいな孤高の人が、アイツとは長い間一緒に過ごしてきたんだろ?ぜんは特別な存在じゃないのかい?情が湧くことはないのかい?
一刀斎:情、だと(失笑する)
穂邑:周りの人間は、道具に過ぎないって言うのか?アンタを楽しませるだけの、ただの道具だって。
0:
穂邑:アンタが私に本気だったなんて、到底信じられないよ。
0:
穂邑:アンタは私をものにして、それをぜんに見せつけるつもりだったんだろ?
0:
穂邑:私は、ただぜんを苦しめるための道具に過ぎなかった。違うかい?
一刀斎:そうだな。まあ、その方が俺らしいか。
0:
一刀斎:一つ言っておく。俺は鬼だ。
穂邑:鬼?
一刀斎:そうだ。人とは違う化け物だ。だから俺には、「情」とやらは理解できん。そんなもの、俺には存在せんからな。
穂邑:鬼・・・鬼か・・・そう思いたいんだね。
一刀斎:どういう意味だ?
穂邑:さあね。
一刀斎:・・・
穂邑:・・・
一刀斎:そろそろお暇(いとま)するとしようか。これ以上いても無意味そうだ。
穂邑:意味なんて、最初からあったのかねえ。
一刀斎:・・・もし次、あいつに会うことがあれば、それが(言いかけて辞める)
穂邑:・・・何だよ?
一刀斎:何でも無い。ではな。
0:一刀斎、退室
穂邑:・・・
0:間
0:場面転換 荒野
典膳:「託す」とは、一体何をですか?
善鬼:俺にはな、夢があるんだ。
典膳:夢?
善鬼:ああ。
0:
善鬼:おめえが天下に名を知られた剣士になってよ
0:
善鬼:たくさんの門弟(もんてい)を抱えて
0:
善鬼:そいつらも又、弟子を取って
0:
善鬼:そうやって何十年、何百年先の世まで、一刀流が受け継がれていくこと
0:
善鬼:それが、俺の夢だ。
典膳:っ!
善鬼:どうだ、すげえだろ?
典膳:そんなこと、本気で考えていらっしゃるのですか?
善鬼:もちろん。
0:
善鬼:その為に、おめえがこの立ち会いで俺に勝って、先生に認められた正式な一刀流の後継者になる必要があるんだ。
典膳:その為に、命を懸けると?
善鬼:そうだ。
典膳:途方も無さすぎる。
善鬼:そうだな。
典膳:第一、私である必要はないでしょう。兄者が為されれば(なされれば)宜しいじゃ無いですか!
善鬼:いや、これはおめえじゃなきゃ駄目だ。
典膳:何故?
善鬼:おめえは一刀流を・・・いや、流派すら超えて、武芸者の未来を背負う男だからだよ。
典膳:何を言っているのですか?
善鬼:おめえ、前に言ったよな?「戦の無い世に剣を取り、時には命を奪う我らだからこそ、その心は気高く(けだかく)あるべき」ってよ。
0:
善鬼:それ聞いた時はな、ただの綺麗事としか思わなかった。「こいつ、何も分かってねえ」ってな。
0:
善鬼:でもよ、随分経ってからだけど、おめえの言ったことは、俺たちの未来に繋がってるんじゃないか、そう思ったんだ。
典膳:・・・
善鬼:先生はな・・・
0:
善鬼:戦乱の世に生きてりゃ、今以上の大剣豪になってたはずだ。その腕を存分に振るって、数多くの功績を立てただろう。
0:
善鬼:或いは、戦(いくさ)で早死にしてたかもしれねえが。
0:
善鬼:でも何の因果か、戦が終わろうとしている世に生まれちまった。せっかく身に付けた武芸も、活かす場所の無い時代に。
0:
善鬼:先生だけじゃねえ。俺たち武芸者は、必死になって身に付けた技を、結局持て余して(もてあまして)じゃねえか。
0:
善鬼:挙げ句の果てに、武芸者同士で斬り合ってる。大した理由もなく、な。
典膳:兄者、そんな言い方は・・・
善鬼:でも仕方ねえんだ。だってそれ以外生き方知らねえんだもん。
0:
善鬼:このままじゃ、俺たちどうなるんだ。いつか・・・いやもう既に、俺たちはこの世に用済みなのかもな。
典膳:そんな事はない!
善鬼:・・・
典膳:そんな事、無いですよ、兄者。我らが命懸けで会得したものが無意味だなんて、そんなはず無いじゃないですか!
0:
典膳:私は兄者の強さに、先生の剣技に、何度も心を奪われました!お二人のようになりたいと、いつも願っていました!
0:
典膳:剣は、武芸は、ただの人殺しの技術ではない。例え戦う相手がいなくとも、極める価値があるもの、人を育む(はぐくむ)もの、私はそう信じています!
善鬼:そうか・・・
0:
善鬼:じゃ、ここから先は、おめえに任せるわ。
典膳:は?
善鬼:戦が無い時代に、剣がある意味。それを、おめえが見つけるんだ。
0:
善鬼:これから先、武芸者が生きる理由、居場所。それを作るのが、その道標(みちしるべ)となるのが、おめえの役目だ。
典膳:私が?
善鬼:おめえは、鉄砲の弾を斬り落とすなんて神業(かみわざ)を見せながら、人の心を無くさず、負けた相手に手を差し伸べた。
0:
善鬼:あれを見た瞬間に分かった。おめえは、全てを変えられる男だと。
0:
善鬼:俺はもちろん、先生にも出来ないことを、成し遂げられる男だってな。
典膳:・・・
0:間
善鬼:どうだ?
典膳:無理です。
善鬼:無理じゃねえ。
典膳:無理ですよ!私一人では。
善鬼:・・・
典膳:兄者がそばに居てくれなければ、できません。
善鬼:何言ってんだ、俺はずっといるじゃねえか。
典膳:えっ?
善鬼:おめえの剣の中で、俺は生き続ける。そうだろ?
典膳:兄者・・・
善鬼:託すぞ、典膳。
典膳:私は・・・
善鬼:託すぞ。
0:間
典膳:私に拒む権利は?
善鬼:あるわけねえだろ。どっちみちお前は、受けてくれると思ってるぜ。
典膳:・・・(大きく息を吐く)
善鬼:先生への恐れ、抜けたか?
典膳:いえ、そこまでは。
0:
典膳:でも・・・
善鬼:・・・
典膳:もうそんなこと、言ってられないじゃ無いですか。
善鬼:さすが、俺が見込んだ、弟弟子だ。
典膳:後悔、しますよ。
善鬼:しねえよ、バカタレ。
0:間
善鬼:お、先生が来たみたいだな。
典膳:『兄者の言葉通り、先生がこちらに向かって歩を進めているのが遠くに見えた』
善鬼:ありがとな、典膳。
典膳:何がですか?
善鬼:おめえが居たから、俺はここまで来れた。
典膳:私がいたから?
善鬼:そうさ。だから・・・
0:回想 数時間前
0:善鬼たちが逗留している小屋の前
一刀斎:立ち会いだ。取りやめても良いと言っている。
善鬼:・・・
一刀斎:ただし・・・
善鬼:『そう言って、先生は小屋の戸を勢いよく開けた。そこに居たのは・・・』
一刀斎:このガキを、お前が斬ったらな!
善鬼:『いつか山賊退治に行った時、俺と典膳が密かに逃した、確か「やまと」とかいう名前の子供だった』
一刀斎:お前らがこのガキを斬らなかったこと、俺は当然気付いていたわけだな。
善鬼:あなたという人は・・・
一刀斎:一応言っておくが、万一お前が斬らないと言っても、俺が斬る。つまりどの道、このガキは死ぬ。
善鬼:『あの目だ。この世の物とは思えない、恐ろしい目』
一刀斎:だったら、お前が斬っても同じことだろう?
善鬼:・・・
一刀斎:それに、ガキを斬るのは初めてではあるまい?
0:
一刀斎:こいつを斬れば万事解決だ。俺とお前と典膳、三人元通りの生活に戻れる。
0:
一刀斎:なあ善鬼、それで良いじゃないか。
0:間
一刀斎:斬れ。
善鬼:・・・
一刀斎:斬れ。
善鬼:・・・
一刀斎:斬れ!善鬼!
0:間
0:地面に膝をつき、両手をついて頭を下げる善鬼
善鬼:どうか・・・それだけは・・・ご勘弁下さい。
0:少し間
一刀斎:なら、俺が斬る!良いんだな!?
0:善鬼、顔を上げ、一刀斎と視線を合わせる
善鬼:もし、そうなさるなら、俺は止めなくちゃなりません。
0:
善鬼:この命に代えても・・・
0:間
一刀斎:何故だ。見ず知らずのガキの為に、何故そこまでする?
善鬼:『なあんだ』
一刀斎:答えろ、善鬼。
善鬼:それは・・・
0:
善鬼:それは・・・
0:
善鬼:俺が「人」だからです。
0:
善鬼:「鬼」ではなく。
一刀斎:(善鬼を本気で睨み付ける)
善鬼:(まばたきすらせず、一刀斎から視線を逸らさない)
0:間
一刀斎:つまらん。
0:一刀斎、立ち去る。
善鬼:『先生はそう言うと、そのまま行ってしまった』
善鬼:『子供を斬ることなく』
善鬼:(吹き出し、そのまま笑いが大きくなる)
善鬼:(笑いながら)なあんだ、できるじゃねえか。簡単だったじゃねえか。
0:そのまま笑い続ける
善鬼:『気が付いたら、朝日が登っていた。先生が立ち去ってから、ずっとそこに居たらしい』
善鬼:『そして、子供は姿を消していた』
0:間
善鬼:(逃げちまったのか。しまったなあ、今度こそ、ちゃんと世話してやりゃ良かった)
0:
善鬼:『俺は無意識のうちに、朝日に向かって手を合わせていた。神仏(しんぶつ)に祈ったことなど、生まれてから一度もないのに』
0:
善鬼:どうか、あの子をお救い下さい。
0:間
0:回想終わり
0:荒野
善鬼:おめえは、俺を変えてくれたんだ。
典膳:私が・・・
善鬼:おめえは今でも、充分すげえんだぞ。
典膳:兄者!
善鬼:ん?
典膳:私は・・・
0:
典膳:『これだけは伝えなければ!私が先生から、既に秘伝を授けられていることを』
0:
典膳:『しかし・・・』
善鬼:もう良いだろ?もう言葉はいらねえよ。
0:
善鬼:ここから先は・・・剣で語り合おう。
0:間
一刀斎:支度(したく)は良いか?
善鬼:はい!
典膳:・・・
一刀斎:典膳?
典膳:・・・はい!
一刀斎:(二人の様子を見て)つまらん。
善鬼:・・・
典膳:・・・
一刀斎:では・・・始めるがよい。
0:間
善鬼:一刀流、小野善鬼!
典膳:一刀流、神子上典膳!
善鬼:いざ!
典膳:尋常に!
善鬼:(同時に)勝負!
典膳:(同時に)勝負!
0:つづく