台本概要
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タイトル | STRAYSHEEP Ⅴ |
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作者名 | 紫音 (@Sion_kyo2) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 5人用台本(男1、女4) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
『正義とは、悪とは、何なのか。答えはきっと、何年経っても出ないのだろう』 新たな依頼へと向かうバウンティハンターの三人。しかし、獲物がいるはずの場所には誰もいない。不審に思う三人の背後に、ゆっくりと足音が近付いていた―― ―――――――――――――――――――――――――――――――― STRAYSHEEPシリーズ五作目になります。 時間は30分~40分を想定しています。 上演の際、お手数でなければお知らせいただけると嬉しいです。※必須ではないです。 163 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
スカーレット | 女 | 27 | バウンティハンター。【女王(クイーン)】の異名で恐れられているほどの実力。 |
ノエル | 女 | 67 | バウンティハンター。無愛想で雑な敬語を話す。 |
ミッシェル | 女 | 73 | バウンティハンター。可愛らしい見た目からは想像もつかないような怪力の持ち主。 |
ヒリス | 女 | 56 | 殺し屋。常に微笑を浮かべていてミステリアス。 |
ロイド | 男 | 44 | 殺し屋。ヒリスの部下。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:某所にて。
0:並んで歩いているスカーレット、ノエル、ミッシェル。
スカーレット:ノエル、ミッシェル。
スカーレット:今回の獲物はそれなりに腕の立つ連中だ。油断は禁物だぞ。
ノエル:わかってますって、手を抜くつもりはないですよ。
ミッシェル:ふふ、楽しめるお相手だと良いのですが。
ノエル:どうせ雑魚の集まりでしょうよ、楽勝だろ。
スカーレット:どうやら、そうでもないらしい。
スカーレット:この辺りで連続強盗事件を起こしているグループだそうだが……逃げ足が速いうえ、トカゲの尻尾切りも平気でやる。
スカーレット:下っ端レベルの人間は既に捕らえられているらしいが、上層部まで手が届いていないようだ。
ノエル:……てことは、今回の獲物はその上層部の人間ってことですか。
スカーレット:その通りだ、理解が早いな。
ミッシェル:下っ端であろうと上位層であろうと、悪い人は捕まえなくてはいけませんね。
ミッシェル:頑張りましょう、ノエルさん、スカーレットさん!
ノエル:ま、私らの獲物になっちまったのが運の尽きでしょうね。さっさと連中とっ捕まえて、報酬金もらいましょう。
スカーレット:そうだな、気を緩めず行くぞ。
スカーレット:上層部連中の主要な拠点は、北と南に一つずつ。ここからは、二手に分かれたい。
スカーレット:私は南へ向かう。お前たちは北を叩け。
スカーレット:なにかあればすぐに連絡しろ。独断での行動は極力避けること。いいな。
ノエル:了解。
ミッシェル:お任せください!
スカーレット:よし……行くぞ。
0:
0:
0:
0:とある路地裏にて。
0:壁にもたれかかり、煙草をふかしているロイド。誰かを待っているのか、退屈そうに虚空を見つめている。
0:そこへやってきたのはヒリス。
ヒリス:ごめんなさいね、待たせちゃったかしら。
ロイド:……俺が待つのが嫌いだってこと、知らなかったかい?
ヒリス:それは知ってるわよ、でも仕方ないじゃない。いろいろと立て込んでて忙しいのよ。そういう子どもみたいなところ、どうにかした方がいいわよ。
ロイド:わざわざ小言を言うために呼んだのかい、俺だって暇じゃないんだけど?
ヒリス:あら嫌だ、機嫌を悪くしないでちょうだい。とっても大事な用件で呼んだんだから。
ロイド:大事な用件、ねぇ……言ってみなよ。
ヒリス:……ノエル。覚えているでしょう?
ロイド:ああ……あの使えない新人か。
ヒリス:あの子の本当の顔が、バウンティハンターだったってことはもう知ってるわね?
ロイド:こっちを崩すつもりで潜り込んできたネズミ……って話だったね、たしか。
ヒリス:私とシルバーはね、ある決断をしたの。
ヒリス:“バウンティハンターを潰す”……っていう決断を。
ロイド:……やられる前にやっちまえってことかい。
ヒリス:自分たちにとって不利益になるものは出来る限り取り除いておくべきでしょう?
ヒリス:この業界じゃ、迷っている時間が命取りになる。だから、動くなら早い方がいい。
ロイド:で、俺にどうしろって?
ヒリス:そんなに難しいことじゃないから安心して。
ヒリス:バウンティハンターは女三人組……そのうちの一人がノエルよ。
ヒリス:ノエルは私が潰す。あなたはその間に、残る二人のうちどちらかを潰してくれればいいわ。
ロイド:最後に残った一人はどうする。
ヒリス:それはまた、別の誰かにお願いするつもり。あなたのように、腕の良い誰かにね。
ヒリス:引き受けてくれるかしら?ロイド。
ヒリス:まあ……拒否権なんて与えるつもりはないのだけれど。
ロイド:……なら最初から疑問形で聞くなよ。
0:ロイドはため息をつき、伸びをしてからヒリスに向き直る。
ロイド:……あんたがそういう顔をしてるときっていうのは、大抵本気のときだからねぇ。
ロイド:別に拒否しようとも思わないしするつもりもないよ。あんたを怒らせたら怖いっていうのは知ってる。
ヒリス:ふふ……助かるわ、よろしくね。
ロイド:潰すって言ったけど、殺していいのかい?
ヒリス:ええ、二度と私たちの懐に潜り込むなんてことができないようにね。
ロイド:ハハッ、怖い怖い。
ヒリス:当然よ、組織のためだもの。
ヒリス:敵に回す相手を間違えたのよ、彼女たちは。……それを、身をもって知るといいわ。
0:
0:
0:
0:歩いているノエルとミッシェル。
ノエル:目的地まで、まだまだ距離ありますね。
ミッシェル:そうですね……スカーレットさんはもう到着したでしょうか?
ノエル:どうでしょうね、あの人歩くの早いから……下手したらもう終わっちゃってるかも。
ノエル:ま、余裕があればこっちに応援に来てくれるでしょ。
0:一度深呼吸をするミッシェル。
ミッシェル:なんだか、緊張してきました……
ノエル:あんたが緊張なんて珍しいですね。
ミッシェル:緊張、というか……何と表現すればいいか、分からないのですが。
ミッシェル:なんだか、少し……嫌な予感がします。
ノエル:嫌な、予感……?
ミッシェル:ええ……何か悪いことが起こりそうな、胸騒ぎというか……
ノエル:……悪いこと、ねぇ……。
ノエル:ま、立ち止まってても仕方ないでしょ。とにかく行きましょう。
ノエル:何かあれば、そのとき考えればいい。
ミッシェル:……そうですね。
0:
0:
0:
0:一方、スカーレット。
0:廃墟の中で、呆然と立ち尽くしている。
0:人影一つ見当たらない、薄暗い空間をぐるりと見回す。
スカーレット:これは……どういうことだ?
スカーレット:聞いていた情報とまるで違う……情報が正しいのであれば、ここは連中のアジトのはずだが……
スカーレット:誰も、いないだと……?
0:廃墟の中を進んでいくスカーレット。
0:床や壁、窓に扉、あらゆるものを確認しながら呟く。
スカーレット:誰かが最近ここに立ち入ったという形跡すらない……情報が間違っていたのか……それとも……
スカーレット:……。
0:しばらく考え込むスカーレット。
スカーレット:……誰の仕業だ、これは。
スカーレット:一体、何が起きている……?
0:
0:
0:
0:一方、ノエルとミッシェル。
ノエル:……おかしいですよね、これ。
ミッシェル:……ええ。
0:廃墟の中に立ち尽くす二人。そこには彼女たち以外には誰もいない。
ノエル:誰もいない……場所はここで間違いないはずなのに。
ミッシェル:逃げられてしまったんでしょうか……それともどこかに身を潜めて……?
ノエル:いや、多分……そもそもここに人なんていなかったと思いますよ。その形跡がない。
ミッシェル:そんな、じゃあどうして……
ノエル:それは分かんないですけど……とにかくスカーレットに連絡してみましょう。
ミッシェル:……。
0:スマートフォンを取り出すノエル。
ノエル:もしかしたら拠点は二つじゃなくて一つだったのかも。
ノエル:だとしたら、スカーレットの方に合流しないと……
ミッシェル:……。
ノエル:……聞いてます?ミッシェル。
ミッシェル:え?あ、すみません……。
ノエル:さっきの……嫌な予感とやら、ですか?
ミッシェル:……ええ、まあ。
ミッシェル:もしかしたら、誰かに嵌められたんじゃないか、とか……。
ノエル:……ま、心配事の九割は、実際には起こらないって聞きますし。
ノエル:あんまり悪い方に考えない方がいいですよ。きっと大丈夫だから。
ミッシェル:……そう、ですね。
ミッシェル:すみません、ありがとうございます。
ノエル:別に……あんたがそれだけ暗いと調子狂いますからね。
ノエル:とりあえず、スカーレットに電話して今の状況を――
0:(ヒリス、ノエルが言い終わる前に被せる)
ヒリス:心配事の九割は起こらない。……ふふ、素敵な言葉ねぇ。
ノエル:……ッ……!?
ミッシェル:え……?
0:いつの間にか二人の背後に立っているヒリス。
0:不敵な笑みを浮かべながら、銃口を向ける。
ヒリス:でも残念ね。そこのお嬢さんの勘が正解だったわ。
ヒリス:私は、その残りの一割だったみたい。
ノエル:伏せろ!!ミッシェル!!
ミッシェル:……きゃっ……!?
0:直後、銃声。
0:ミッシェルを突き飛ばす形でヒリスの前に飛び込んだノエル。左腕に銃弾が命中する。
ノエル:……ぐッ……!
ミッシェル:の、ノエルさん!?
0:倒れるノエルに、駆け寄るミッシェル。
0:そんな二人を、ヒリスは退屈そうに見下ろす。
ヒリス:あら、随分優しいのねぇ、ノエルちゃん。お友達を守れるほど立派に成長したみたいで、新人教育係の私は誇らしいわ。
ノエル:……くそ、が……ふざけんなよ……
ノエル:なんで、あんたに……二回も撃たれなきゃ、いけねぇんだよ……ッ……
ミッシェル:あ、あなた何者なんですか……!?
ミッシェル:どうしてノエルさんを……!
ヒリス:初めましてかしら?お嬢さん。
ヒリス:私が何者なんて、名乗らずともよーく知ってるんじゃなくて?
ミッシェル:え……?
ヒリス:ふふ、自分たちが潰そうとしてる組織の人間の顔くらい覚えておくべきよ。
ノエル:……おいミッシェル、逃げろ。
ミッシェル:で、でも、ノエルさんは……?
ノエル:私のことはいいからさっさと逃げろ。自分のことは自分でどうにかする。
ミッシェル:そんなのダメです!!ノエルさんを置いてなんて……
ノエル:んなこと言ってる場合か!!ここで二人とも死んでどうすんだよ!!
ミッシェル:……ッ……!
ノエル:お前だけでも逃げて、スカーレットと合流しろ……それ以外の選択肢なんてねぇよ、私が与えない……!
ミッシェル:……ノエル、さ……
ノエル:グズグズすんな!!さっさと行け!!
ミッシェル:……は、はい……!!
0:駆けだすミッシェル。ヒリスは横目でそれを見るも、追いかけようとはしない。
ミッシェル:必ず……必ず助けに戻りますからね、ノエルさん……!!
0:ミッシェルの姿が見えなくなったことを確認して、ノエルが笑みを浮かべる。
ノエル:馬鹿かよ……お人好しが過ぎるっての……。
ヒリス:ふふ、逃がしてあげたのねぇ、優しいじゃない?
ヒリス:まあいいわ、これであなたと二人きりになれたから。
ノエル:あんたのその薄気味悪い笑顔、見飽きたんですけどね。
ヒリス:たっぷりお礼をしなくちゃと思っていたのよ、こんな面倒な鬼ごっこに付き合わせてくれたお礼を、ね?
ノエル:ハッ、私が逃げ出したの怒ってるんですか?そもそもあんたの手際が悪いのがいけないんでしょうよ、私のせいにしないでくれます?
ヒリス:口が減らないわねぇ、かわいくない子。
ノエル:かわいさなんて求めてないんで結構ですよ。
ノエル:……ほら、来いよ。ぶっ殺しに来たんでしょ?私のことを。受けて立ってやりますよ。
ヒリス:随分と強気ね。最後に言い残すこと、あとで聞くから考えておいてちょうだい?
ノエル:必要ねぇな。……ほら、行くぞ。
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0:
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0:無我夢中で走っていくミッシェル。
ミッシェル:……ハァッ……ハァッ……
ミッシェル:(どうしよう……どうしようどうしようどうしよう……!)
ミッシェル:(嫌だ、ノエルさんが死んじゃうなんて嫌だ……)
ミッシェル:(早くスカーレットさんに……知らせないと……)
ミッシェル:(早く、早く……!)
ミッシェル:きゃッ……!?
0:小さな石に躓き、ミッシェルは派手に転んだ。
ミッシェル:うぅ……いたた……
ミッシェル:……だめ、こんなところで止まってる暇なんて……
ロイド:そんなに急いでどこ行くんだい?
ミッシェル:……ッ……!?
0:突然、頭上から降ってきた声にミッシェルが顔を上げると、そこには銃を構えたロイドが立っている。
ロイド:なんだよ、子どもじゃないか。もう少し強面の女を想像してたけど。
ミッシェル:だ、誰ですか、あなた……。
ロイド:さあ、誰だろうねぇ。別に知る必要ないよ。
ロイド:悪いけど、黙って死んでもらおうかな。
ミッシェル:……ッ……!
0:ロイドが引き金を引く。しかし素早い動きで銃弾を躱したミッシェルは、体勢を立て直しロイドを睨む。
ロイド:へぇ……こりゃ驚いたな。今のを躱すかい。
ロイド:ただの子どもじゃないってわけだ。
ミッシェル:あなたも、さっきの女性の仲間なんですか?
ロイド:だから、知る必要ないって言ってるだろ。
ロイド:手こずらせるなよ、ただでさえ面倒事に巻き込まれて機嫌が悪いんだ。
ミッシェル:敵、ということですよね……であるならば、倒すのみです。
ミッシェル:こんなところで、止まっていられないんです……道を、開けてください。
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0:その頃、走っているスカーレット。
スカーレット:……一体、何がどうなってる。
スカーレット:拠点はもぬけの殻……それどころか、人がそこにいた形跡すらない。
スカーレット:さっきノエルから一瞬、着信があったが……いくらかけ直しても繋がらない。
スカーレット:何を伝えようとしていたのか……もしかしたら、向こうもこちらと同じだったのか?
スカーレット:連中が逃げ出したわけではないとしたら……そもそも受け取った依頼そのものが、虚偽だとしたら。
スカーレット:これは誰かが、私たちを嵌めるために仕掛けた罠……!
スカーレット:まずい、ノエルとミッシェルが危ない……!
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0:ノエルとヒリス、銃撃戦となっている。
ヒリス:あらあら、往生際が悪いのねぇ、ノエル。
ノエル:うるせぇな、あんたもしつこいんだよ……ッ!
ヒリス:ふふ、いいじゃない。せっかくだし楽しみましょう?
ノエル:ほんと頭いかれてんな……!
ヒリス:口より手を動かしたらどう?隙だらけよ。
ノエル:……くッ……!?
0:ヒリスの撃った弾が、ノエルの手から銃を弾き飛ばす。
0:そのまま膝をつくノエル。ヒリスはノエルの前まで歩いてくると、冷ややかな目でそれを見下ろす。
ヒリス:あら、勝負あったかしら?案外あっさりね。
ノエル:ふ……っざけんな、この……!
ヒリス:無駄よ、やめなさい。あなたの拳が私に届くより、私の銃弾があなたの頭を撃ち抜くほうが早いわ。
ノエル:……うる、さい……ッ!
ヒリス:だから、無駄だと言っているでしょうに。
0:振り上げられたノエルの拳を押さえつけ、冷たく諭すように言うヒリス。
ノエル:……なんで……なんでだよ……なんで私は、何やっても全部ダメなんだよ……
ノエル:いつになったら、私は……ッ!
ヒリス:……ふ、可哀想な子。
ヒリス:最後の最後で、詰めが甘いのね。
ノエル:くっそ……
ヒリス:さて……さっさとあなたを始末して、さっきのお嬢さんを追わないとね。
ヒリス:まあ、もしかしたら既に片付いているかもしれないけれど。
ノエル:……ミッシェルに、手ェ出すなッ……
ヒリス:ふふ、怖いわねぇ。そんなにあの子が大事?
ノエル:……別に私はもう、どうなったっていいんですよ……子どもみたいに意地張って悪あがきしたって、どうせ何も変わらないって、とっくの昔に分かってましたから。
ノエル:けど、あいつは……ミッシェルはただ、馬鹿みたいにお人好しで、純粋で、真っ直ぐなだけなんだよ。
ノエル:この計画にだって、私らが引きずり込んだようなもんで……あいつにあんたらを憎む理由なんてなくて、ただ私たちの背中を追っかけてきてるだけで。
ノエル:あいつはただ……誰かを守るために強くなりたいなんて、そんな綺麗事言いながら……必死に前向いて生きてるだけ。
ノエル:あれは……あんたらなんかが摘み取っていい花じゃないんだよ。
ヒリス:……だから、彼女だけは見逃してほしいって、そう言いたいのかしら。
ヒリス:そんな勝手な条件、私が了承するとでも?
ノエル:どうしてもミッシェルを殺るっていうなら……ここであんたも道連れにする。
ヒリス:……できると思う?
ノエル:……できなくても、やるよ。
ヒリス:ふふ……良い目をしてるわ。
ヒリス:なら来なさい。……徹底的に潰してあげる。
0:
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0:
0:一方その頃。
0:膝をつくミッシェルの額に、ロイドが銃口を突き付けている。
ロイド:……は、随分粘ったね。銃弾相手に素手でここまで頑張るなんて……さすがにビビったよ。
ロイド:けど、まあ……ここまでが限界かな?
ミッシェル:……はぁ……はぁ……
ロイド:安心しなよ、一瞬で終わらせてやる。
ミッシェル:……嫌、です……
ロイド:……あ?
ミッシェル:私は……こんなところで……止まるわけには……
ロイド:……諦めが悪いな、もう終わりだって言ってるだろ。
0:引き金に指をかけるロイド。ミッシェルはそんなロイドを睨みつける。
ミッシェル:ノエルさんを……助けなくちゃいけないんです……
ミッシェル:だから、こんなところで死んだらダメなんですっ……!
0:次の瞬間、ミッシェルが立ち上がり、思い切り回し蹴りを叩き込もうとするも、ロイドは間一髪で躱す。
ロイド:おっ……と、危ない危ない……
ロイド:なんだ、まだ全然余裕なのか。……本当に恐ろしいねぇ、何者だよ、お前。
ミッシェル:……できることなら、争いたくありません。道を開けてくれませんか……!
ロイド:争いたくないって……先にケンカを売ってきたのはそっちだろうに。
ミッシェル:それ、は……
ロイド:悪いけどこっちも上の命令で動いてるんでね、子どもだから許してやろうってわけにもいかないんだよ。
ロイド:というわけだから、大人しく――
0:そのときロイドは、ミッシェルの首元で光る何かに気付いた。
0:それは、小さな宝石のあしらわれたネックレスだった。
ロイド:……ッ!?
0:それに気付いた途端、ロイドの顔色が変わる。
ロイド:……お前、そのネックレス……
ミッシェル:……え?
ミッシェル:これ……ですか?
ロイド:それ、どこで……ていうか、なんでお前が持って……
ミッシェル:これは……私が昔、兄に貰ったもの、ですが……
ロイド:……は、……噓、だろ……
ロイド:じゃあ……お前……
ミッシェル:あ、あの……?
ロイド:…………ミッシェル……?
ミッシェル:……え?
0:少しの沈黙の後、ミッシェルが呟くように言う。
ミッシェル:うそ……
ミッシェル:まさか……お兄、様……?
0:
0:
0:
0:(少し間を置いてから、スカーレット、ナレーション)
スカーレット:(N)何が正義で、何が悪か。
スカーレット:(N)それはもしかしたら、一概には言えないのかもしれない。
スカーレット:(N)誰かにとっての救済は、別の誰かにとっての地獄であり……その誰かにとっての慈しみは、また別の誰かにとっての憎しみになり得るのかもしれない。
スカーレット:(N)そうであるとしたら、万人にとっての正義など、どこにも存在しないのかもしれない。
スカーレット:(N)なら、何を信じればいいというのか。なにをもって大義などと呼べばいいのか。
スカーレット:(N)……そんなものの答えは、おそらく何年経っても出ないのだろう。
スカーレット:(N)自分の尺度で世界をはかって、正義と悪を勝手に振り分ける。人間なんてそんなものだ。
スカーレット:(N)そうやって選別して、挙句に自分が正しいと信じて疑わなかったものが崩れたとき、人間はこれ以上ないほどに絶望する。
スカーレット:(N)そしてまた新しい正義を見つけて、それに縋って、自分を正当化する。……きっと、それの繰り返しなのだ。
スカーレット:(N)だとすれば……正義とはなんなのだろう。何かを信じることになど、意味はあるのだろうか。
スカーレット:(N)……きっとそんなことは、さして重要ではないのだ。
スカーレット:(N)どうせ最初から正解などないのなら、どうせ最初から裏切られるかもしれないのなら……自分が、唯一信じられるものを、大切に抱え込んで、振りかざしていくしかないのだ。
スカーレット:(N)真っ暗闇の中で、迷ってしまわないように。
0:
0:
0:
0:その頃。
ヒリス:……諦めたらどう?ノエル。あなたと私じゃ雲泥の差よ。あなたに勝ち目なんてないわ。
ノエル:……うる……さい……。
ヒリス:もう終わりにしてあげないとね。私も、あなたにばかり時間をかけていられないのよ。
0:ノエルに銃口を向けるヒリス。
ノエル:……やれるもんなら、やれよ……ただし、あんたも道連れだけどな。
0:睨み合う両者。
0:しばらくおいて、ヒリスが重いため息をつく。
ヒリス:……やっぱり、ダメね。時間をかけずにさっさと殺せば良かったのに……グズグズするから情が湧いちゃう。
ノエル:……え?
0:ヒリスが銃を下ろす。
ヒリス:本当にあなた、彼女にそっくり。
ヒリス:見てると重なるわ……顔も声も、性格も。
ノエル:……何の話だよ。そっくりって誰に――
ヒリス:カミラ。
ノエル:……え……?
ヒリス:カミラ・ハーストン。
ヒリス:……知っているわよね?
ノエル:……、……。
ノエル:……なんで。
ノエル:なんであんたが、私の母親の名前を……。
ヒリス:……最初に会ったときはね、気付かなかったの。あなたが、彼女の娘だなんて。逃げたあなたを追うために、いろいろと素性を調べる中で……偶然知った。
ノエル:……。
ヒリス:カミラは私の同期だった。
ヒリス:少し一匹狼みたいなところがあったけど、それでも私にだけは、よくいろんな話をしてくれたわ。
ヒリス:あなたの話も、たくさん聞いた。
ノエル:……嘘だ、あの人が、私の話なんてするわけないじゃないですか。
ノエル:だってあの人にとっては……私なんて……。
ヒリス:カミラは、よく言ってたわ。……『私は母親失格だ』って。
ノエル:……え?
ヒリス:周囲の期待に精一杯応えようと、必死にもがいているあなたが……その重圧に押しつぶされそうになって、理不尽にぶつけられる罵詈雑言に耐えられなくなって、カミラに助けを求めたとき。
ヒリス:カミラはあなたを突き放した。……あなたに、強くなってほしかったから。
ヒリス:理不尽で溢れかえっているこの世界でも、強く生きていけるようになってほしかったから……わざとカミラは、あなたに冷たくした。
ヒリス:でも、おそらくその選択は間違っていたと……私の前で彼女、泣いていたわ。
ノエル:……あの人が……泣いて……?
ヒリス:あなたの目には、自分のことを一切振り返ってくれない、冷たい母親に映っていたのでしょう。それは仕方のないことだわ。
ヒリス:でもカミラは……間違いなく、あなたのことを愛していたの。
ヒリス:あなたのことを想って流す彼女の涙を……私は何度見たか分からない。
ノエル:……そんなの、あんたの口から聞いたって仕方ないだろ……
ノエル:大事にしてたなんて言葉だけ聞かされたって……どうせそんなこと言いながら、今だってどこかで、私のことなんか忘れて仕事に明け暮れてるんでしょうよ……!
ノエル:私のこと探しにだって来なかったくせに……今更都合良すぎるんだよ。
ヒリス:……それは。
ノエル:あの人が今どこで何してるかなんて興味ないですけど……あんた同僚だったっていうなら伝えといてくださいよ、私はいつか、自分の力であんたをぶっ潰しに――
0:(ヒリス、ノエルの言葉を途中で遮る)
ヒリス:彼女、死んだわ。
ノエル:……え、……?
ヒリス:あなたが家を出て行ったすぐ後に、仕事でミスをして、その隙を敵に突かれて命を落とした。
ノエル:……う、そ……
ヒリス:……知らなかったのね。
ヒリス:普段の彼女なら絶対にしないようなミスだったわ。……きっと、精神的に不安定だったんでしょうね。
ノエル:……嘘……だ……そん、なの……
ヒリス:……嘘じゃないわ。
ヒリス:あなたが家を出て行った日。……あの日は、あなたの誕生日だったそうね。
ノエル:……。
ヒリス:あの日にね、カミラは……あなたのために、誕生日ケーキを買っていたのよ。
ヒリス:あなたと一緒に食べようと、小さなショートケーキをね。
ノエル:……え?
ヒリス:今まで、誕生日をきちんと祝ってあげられたことがなかったからって。
ヒリス:ノエルは甘いものが好きだから、きっと喜んでくれるって……喜んでほしいって。
ヒリス:今までの罪滅ぼしだって……許してくれるか分からないけど、でも謝らなくちゃいけない、このまますれ違ったままじゃだめだって言って。
ヒリス:でも……家に帰ったら、あなたはもうそこにいなかった。
ノエル:……嘘、だ……。
ヒリス:だからいつか、もう一度あなたに会えたら……もし、こんな自分を許してくれるなら。
ヒリス:二人で一緒に、今までの分も誕生日を祝いたいって……私にそう話してくれた、次の日に、亡くなったわ。
ノエル:……嘘だ、噓だそんなの……
ノエル:だって、だって私は……私は……ずっと……
ノエル:……ずっと……母さんを……
ヒリス:……。
0:そのまま背を向けるヒリス。
ノエル:……待てよヒリス、まだ……
ヒリス:いいえ……もう必要ない。
ノエル:勝手に決めんな!私は……!
ヒリス:あなたは……本当にカミラに似てる。負けず嫌いで、不器用で、でも優しくて。
ヒリス:……だから、今は殺さない。
ノエル:……なんで。
ヒリス:やっと真実を知ったのだから、やるべきことがあるでしょう。
ヒリス:自分の心ときちんと話し合って、それでもあなたがこの勝負の続きをまだ望むなら……母親と同じところに、いきたいと思うなら。
ヒリス:そのときに、また来なさい。
0:そのまま立ち去っていくヒリス。
0:座り込むノエルは、立ち上がれない。
ノエル:……なんでだよ……意味わかんねぇよ……
ノエル:……なんで……なんでなんで、なんで……
ノエル:…………母、さん…………
0:
0:
0:
0:その頃。
ロイド:そのネックレス……母さんの、形見だろ。
ミッシェル:……ええ。
ミッシェル:お母様が亡くなったときに、お兄様が私に、持っていていいからと……。
ロイド:ずっと、持ってたのか。
ミッシェル:……。
ロイド:……今まで、どこにいたんだよ。本当に心配してたんだぞ……。
ミッシェル:……お兄、様……
ミッシェル:ごめんなさ――
0:ミッシェルの言葉の途中で、銃声が響いた。
ロイド:……ッ……!?
0:直後、ロイドの身体が崩れ落ちる。
ミッシェル:……え、……?
スカーレット:……ミッシェル。
ミッシェル:……ッ!
0:ミッシェルの背後から、スカーレットが現れる。
0:その手には、煙の上がる銃が握られていた。
スカーレット:この男……殺し屋の一人だな。お手柄だった。お前のおかげで手間が省けたぞ。
ミッシェル:……あ……嘘……
ロイド:……ミッ……シェル……
ミッシェル:……う、そ……私……
スカーレット:今回の依頼はおそらく、こいつらが私たちを嵌めるために仕掛けた罠だ。
スカーレット:連続強盗グループなどそもそもいなかった。拠点といいながら私たちをおびきだして、始末するつもりだったんだろう。……だが、私たちの方が上手だったな。
ミッシェル:……だって、私……知らなくて……
スカーレット:お前はよくやった、ミッシェル。全部、お前のおかげだ。
ミッシェル:……ち、がう……
ミッシェル:違う……違う、私は……私は……!
ロイド:……ミッ、シェル……
ミッシェル:お兄、様……
ロイド:ごめん、な……ミッシェル……
ミッシェル:……え、?……
ロイド:お前に……ずっと、謝らなきゃいけないと思ってた……
ロイド:父親を……お前から奪ったこと……お前の目の前で……人を殺したこと……
ミッシェル:……だって……あれは……
ロイド:お前に……恨まれても、仕方ないようなことばっかりで……だから今更……命乞いなんて、するつもりも、ないし……
ロイド:お前の、やりたいようにすればいい……
ミッシェル:……嫌……
ロイド:……こんな兄貴で、ごめんな、ミッシェル……
ミッシェル:……嫌……!
スカーレット:ミッシェル、もう聞かなくていい。
スカーレット:……口を噤め。
0:銃を構えるスカーレット。引き金に指をかける。
ミッシェル:……待ってください!!スカーレットさん!!
スカーレット:……!
ミッシェル:お願いです、やめてください……!
スカーレット:なぜだ、ミッシェル……そいつは……
ミッシェル:分かってます……この人は殺し屋で、スカーレットさんの敵です……だから殺したい気持ちも分かります……!
ミッシェル:だけど……だけど私にとっては……!
ミッシェル:たった一人の、兄なんです……大好きな家族なんです……!!
スカーレット:……。
ロイド:……ミッ……シェル……
ミッシェル:だからお願いします……この人だけは……殺さないでください……!
ミッシェル:お願いします……!
0:しばらく沈黙。
0:考えるように少し間をおいてから、スカーレットが話し始める。
スカーレット:……お前の父を、殺した人間だぞ。もう既にたくさんの人間を手にかけて……その手はどす黒く汚れている。
スカーレット:そんな男を、兄だと、家族だと言うのか、お前は。
ミッシェル:……。
ミッシェル:……はい。
スカーレット:……。
ミッシェル:……。
0:(また少し間を置く)
スカーレット:……そうか、分かった。
スカーレット:それがお前の答えなら……
0:スカーレット、ミッシェルに銃口を向ける。
スカーレット:今からお前は、私の敵だ。
ミッシェル:……ッ……!
スカーレット:私は、自分の正義を曲げるわけにいかない。邪魔をするというなら、そちら側に加担するというなら……お前にも、手加減などしない。
ミッシェル:スカーレットさん……
スカーレット:……最後のチャンスだ、選べ、ミッシェル。
スカーレット:私と共に来るか、その男と一緒に死ぬか。
ミッシェル:……どちらも、選べません。
ミッシェル:もちろん、スカーレットさんには感謝してもしきれません。できることならあなたと敵対したくなんてない。
ミッシェル:でも……私はもう二度と、お兄様を裏切りたくない……!
スカーレット:……そうか、残念だ。
スカーレット:ならば……兄妹仲良く、地獄に送ってやろう。
0:
0:
0:
0:(間を置いてから、スカーレット、ナレーション)
スカーレット:(N)私は、何を舞い上がっていたんだろう。
スカーレット:(N)仲間がいる、私を信じてついてきてくれる人がいるなどと。
スカーレット:(N)こんなにも弱くて脆くて、あっさりと壊れてしまうものを……どうして私は、心の底から信じようとしてしまっていたんだろう。
スカーレット:(N)私は私の正義に縋って、私が悪だと思うものにその正義を振りかざす。そこに、他に何もいらなかったはずなのに。
スカーレット:(N)私は……何を期待したんだろう。
スカーレット:(N)私を選んでくれるんじゃないかと……いや、選んでほしいと……そんな、らしくもないことを……どうして考えてしまったんだろう。
スカーレット:(N)どうせ壊れてしまうくせに、どうせ長続きなどしないくせに。
スカーレット:(N)一人でいいと……その覚悟を決めていたはずなのに。
スカーレット:(N)どうして私は今……こんなにも、寂しいのだろう。
0:
0:
0:
0:倒れるミッシェルとロイドを見下すスカーレット。
スカーレット:……本当に残念だ、ミッシェル。
スカーレット:お前には期待していたのに……こんな形で、別れなくてはいけないとはな。
スカーレット:……せめて、安らかに眠れ。
0:そのまま立ち去っていくスカーレット。
0:
0:(少し間を置いて、ミッシェルが立ち上がる)
ミッシェル:……う、……
ミッシェル:おにい……さま……しっかり、してください……
0:ロイドの身体を支えながら、ゆっくり歩いていくミッシェル。
ミッシェル:とにかく……病院に……早く、手当てしないと……
ロイド:……ミッシェル……なんで……
ミッシェル:……え……?
ロイド:俺のこと……恨んでるんじゃ、ないのかい……こんな……人殺しの、俺なんて……
ミッシェル:……いいえ……恨んでなんて……だってお兄様は……私のことを、たくさん守ってくれて……
ミッシェル:でも私……お兄様に、迷惑をかけたくないからって……勝手にいなくなって……心配、かけて……
ミッシェル:私の方こそ……ダメな妹です……
ロイド:そんなこと……ないよ……
ロイド:お前……強くなったな、ミッシェル……昔はあんなに、泣き虫だったのに。
ミッシェル:……ふふ。
ミッシェル:私、もう……子どもじゃありませんから。
0:
0:
0:
0:(充分間を置いてから、ロイド、ナレーション)
ロイド:(N)赦しなんて、もらえないと思っていた。こんなどす黒く汚れきった俺に、そんな資格はない。
ロイド:(N)綺麗な世界になんて戻れない……そんなことは許されない。闇の中を這いつくばって、そのまま死んでいくのが……自分への罰だ。
ロイド:(N)そう、思ってたのに。
ロイド:(N)記憶の中に刻まれていた温かい光は、今でも眩しく輝いていた。こんな俺に、まだ、手を差し伸べてくれた。
ロイド:(N)……我ながら、本当に馬鹿だ。
ロイド:(N)赦してもらえたのかも、なんて……ほんの少しだけ、自分を赦してもいいのかも、なんて。
ロイド:(N)甘えてる。……分かってる。
ロイド:(N)中途半端なのは……俺も、同じだったのかもしれない。
0:
0:某所にて。
0:並んで歩いているスカーレット、ノエル、ミッシェル。
スカーレット:ノエル、ミッシェル。
スカーレット:今回の獲物はそれなりに腕の立つ連中だ。油断は禁物だぞ。
ノエル:わかってますって、手を抜くつもりはないですよ。
ミッシェル:ふふ、楽しめるお相手だと良いのですが。
ノエル:どうせ雑魚の集まりでしょうよ、楽勝だろ。
スカーレット:どうやら、そうでもないらしい。
スカーレット:この辺りで連続強盗事件を起こしているグループだそうだが……逃げ足が速いうえ、トカゲの尻尾切りも平気でやる。
スカーレット:下っ端レベルの人間は既に捕らえられているらしいが、上層部まで手が届いていないようだ。
ノエル:……てことは、今回の獲物はその上層部の人間ってことですか。
スカーレット:その通りだ、理解が早いな。
ミッシェル:下っ端であろうと上位層であろうと、悪い人は捕まえなくてはいけませんね。
ミッシェル:頑張りましょう、ノエルさん、スカーレットさん!
ノエル:ま、私らの獲物になっちまったのが運の尽きでしょうね。さっさと連中とっ捕まえて、報酬金もらいましょう。
スカーレット:そうだな、気を緩めず行くぞ。
スカーレット:上層部連中の主要な拠点は、北と南に一つずつ。ここからは、二手に分かれたい。
スカーレット:私は南へ向かう。お前たちは北を叩け。
スカーレット:なにかあればすぐに連絡しろ。独断での行動は極力避けること。いいな。
ノエル:了解。
ミッシェル:お任せください!
スカーレット:よし……行くぞ。
0:
0:
0:
0:とある路地裏にて。
0:壁にもたれかかり、煙草をふかしているロイド。誰かを待っているのか、退屈そうに虚空を見つめている。
0:そこへやってきたのはヒリス。
ヒリス:ごめんなさいね、待たせちゃったかしら。
ロイド:……俺が待つのが嫌いだってこと、知らなかったかい?
ヒリス:それは知ってるわよ、でも仕方ないじゃない。いろいろと立て込んでて忙しいのよ。そういう子どもみたいなところ、どうにかした方がいいわよ。
ロイド:わざわざ小言を言うために呼んだのかい、俺だって暇じゃないんだけど?
ヒリス:あら嫌だ、機嫌を悪くしないでちょうだい。とっても大事な用件で呼んだんだから。
ロイド:大事な用件、ねぇ……言ってみなよ。
ヒリス:……ノエル。覚えているでしょう?
ロイド:ああ……あの使えない新人か。
ヒリス:あの子の本当の顔が、バウンティハンターだったってことはもう知ってるわね?
ロイド:こっちを崩すつもりで潜り込んできたネズミ……って話だったね、たしか。
ヒリス:私とシルバーはね、ある決断をしたの。
ヒリス:“バウンティハンターを潰す”……っていう決断を。
ロイド:……やられる前にやっちまえってことかい。
ヒリス:自分たちにとって不利益になるものは出来る限り取り除いておくべきでしょう?
ヒリス:この業界じゃ、迷っている時間が命取りになる。だから、動くなら早い方がいい。
ロイド:で、俺にどうしろって?
ヒリス:そんなに難しいことじゃないから安心して。
ヒリス:バウンティハンターは女三人組……そのうちの一人がノエルよ。
ヒリス:ノエルは私が潰す。あなたはその間に、残る二人のうちどちらかを潰してくれればいいわ。
ロイド:最後に残った一人はどうする。
ヒリス:それはまた、別の誰かにお願いするつもり。あなたのように、腕の良い誰かにね。
ヒリス:引き受けてくれるかしら?ロイド。
ヒリス:まあ……拒否権なんて与えるつもりはないのだけれど。
ロイド:……なら最初から疑問形で聞くなよ。
0:ロイドはため息をつき、伸びをしてからヒリスに向き直る。
ロイド:……あんたがそういう顔をしてるときっていうのは、大抵本気のときだからねぇ。
ロイド:別に拒否しようとも思わないしするつもりもないよ。あんたを怒らせたら怖いっていうのは知ってる。
ヒリス:ふふ……助かるわ、よろしくね。
ロイド:潰すって言ったけど、殺していいのかい?
ヒリス:ええ、二度と私たちの懐に潜り込むなんてことができないようにね。
ロイド:ハハッ、怖い怖い。
ヒリス:当然よ、組織のためだもの。
ヒリス:敵に回す相手を間違えたのよ、彼女たちは。……それを、身をもって知るといいわ。
0:
0:
0:
0:歩いているノエルとミッシェル。
ノエル:目的地まで、まだまだ距離ありますね。
ミッシェル:そうですね……スカーレットさんはもう到着したでしょうか?
ノエル:どうでしょうね、あの人歩くの早いから……下手したらもう終わっちゃってるかも。
ノエル:ま、余裕があればこっちに応援に来てくれるでしょ。
0:一度深呼吸をするミッシェル。
ミッシェル:なんだか、緊張してきました……
ノエル:あんたが緊張なんて珍しいですね。
ミッシェル:緊張、というか……何と表現すればいいか、分からないのですが。
ミッシェル:なんだか、少し……嫌な予感がします。
ノエル:嫌な、予感……?
ミッシェル:ええ……何か悪いことが起こりそうな、胸騒ぎというか……
ノエル:……悪いこと、ねぇ……。
ノエル:ま、立ち止まってても仕方ないでしょ。とにかく行きましょう。
ノエル:何かあれば、そのとき考えればいい。
ミッシェル:……そうですね。
0:
0:
0:
0:一方、スカーレット。
0:廃墟の中で、呆然と立ち尽くしている。
0:人影一つ見当たらない、薄暗い空間をぐるりと見回す。
スカーレット:これは……どういうことだ?
スカーレット:聞いていた情報とまるで違う……情報が正しいのであれば、ここは連中のアジトのはずだが……
スカーレット:誰も、いないだと……?
0:廃墟の中を進んでいくスカーレット。
0:床や壁、窓に扉、あらゆるものを確認しながら呟く。
スカーレット:誰かが最近ここに立ち入ったという形跡すらない……情報が間違っていたのか……それとも……
スカーレット:……。
0:しばらく考え込むスカーレット。
スカーレット:……誰の仕業だ、これは。
スカーレット:一体、何が起きている……?
0:
0:
0:
0:一方、ノエルとミッシェル。
ノエル:……おかしいですよね、これ。
ミッシェル:……ええ。
0:廃墟の中に立ち尽くす二人。そこには彼女たち以外には誰もいない。
ノエル:誰もいない……場所はここで間違いないはずなのに。
ミッシェル:逃げられてしまったんでしょうか……それともどこかに身を潜めて……?
ノエル:いや、多分……そもそもここに人なんていなかったと思いますよ。その形跡がない。
ミッシェル:そんな、じゃあどうして……
ノエル:それは分かんないですけど……とにかくスカーレットに連絡してみましょう。
ミッシェル:……。
0:スマートフォンを取り出すノエル。
ノエル:もしかしたら拠点は二つじゃなくて一つだったのかも。
ノエル:だとしたら、スカーレットの方に合流しないと……
ミッシェル:……。
ノエル:……聞いてます?ミッシェル。
ミッシェル:え?あ、すみません……。
ノエル:さっきの……嫌な予感とやら、ですか?
ミッシェル:……ええ、まあ。
ミッシェル:もしかしたら、誰かに嵌められたんじゃないか、とか……。
ノエル:……ま、心配事の九割は、実際には起こらないって聞きますし。
ノエル:あんまり悪い方に考えない方がいいですよ。きっと大丈夫だから。
ミッシェル:……そう、ですね。
ミッシェル:すみません、ありがとうございます。
ノエル:別に……あんたがそれだけ暗いと調子狂いますからね。
ノエル:とりあえず、スカーレットに電話して今の状況を――
0:(ヒリス、ノエルが言い終わる前に被せる)
ヒリス:心配事の九割は起こらない。……ふふ、素敵な言葉ねぇ。
ノエル:……ッ……!?
ミッシェル:え……?
0:いつの間にか二人の背後に立っているヒリス。
0:不敵な笑みを浮かべながら、銃口を向ける。
ヒリス:でも残念ね。そこのお嬢さんの勘が正解だったわ。
ヒリス:私は、その残りの一割だったみたい。
ノエル:伏せろ!!ミッシェル!!
ミッシェル:……きゃっ……!?
0:直後、銃声。
0:ミッシェルを突き飛ばす形でヒリスの前に飛び込んだノエル。左腕に銃弾が命中する。
ノエル:……ぐッ……!
ミッシェル:の、ノエルさん!?
0:倒れるノエルに、駆け寄るミッシェル。
0:そんな二人を、ヒリスは退屈そうに見下ろす。
ヒリス:あら、随分優しいのねぇ、ノエルちゃん。お友達を守れるほど立派に成長したみたいで、新人教育係の私は誇らしいわ。
ノエル:……くそ、が……ふざけんなよ……
ノエル:なんで、あんたに……二回も撃たれなきゃ、いけねぇんだよ……ッ……
ミッシェル:あ、あなた何者なんですか……!?
ミッシェル:どうしてノエルさんを……!
ヒリス:初めましてかしら?お嬢さん。
ヒリス:私が何者なんて、名乗らずともよーく知ってるんじゃなくて?
ミッシェル:え……?
ヒリス:ふふ、自分たちが潰そうとしてる組織の人間の顔くらい覚えておくべきよ。
ノエル:……おいミッシェル、逃げろ。
ミッシェル:で、でも、ノエルさんは……?
ノエル:私のことはいいからさっさと逃げろ。自分のことは自分でどうにかする。
ミッシェル:そんなのダメです!!ノエルさんを置いてなんて……
ノエル:んなこと言ってる場合か!!ここで二人とも死んでどうすんだよ!!
ミッシェル:……ッ……!
ノエル:お前だけでも逃げて、スカーレットと合流しろ……それ以外の選択肢なんてねぇよ、私が与えない……!
ミッシェル:……ノエル、さ……
ノエル:グズグズすんな!!さっさと行け!!
ミッシェル:……は、はい……!!
0:駆けだすミッシェル。ヒリスは横目でそれを見るも、追いかけようとはしない。
ミッシェル:必ず……必ず助けに戻りますからね、ノエルさん……!!
0:ミッシェルの姿が見えなくなったことを確認して、ノエルが笑みを浮かべる。
ノエル:馬鹿かよ……お人好しが過ぎるっての……。
ヒリス:ふふ、逃がしてあげたのねぇ、優しいじゃない?
ヒリス:まあいいわ、これであなたと二人きりになれたから。
ノエル:あんたのその薄気味悪い笑顔、見飽きたんですけどね。
ヒリス:たっぷりお礼をしなくちゃと思っていたのよ、こんな面倒な鬼ごっこに付き合わせてくれたお礼を、ね?
ノエル:ハッ、私が逃げ出したの怒ってるんですか?そもそもあんたの手際が悪いのがいけないんでしょうよ、私のせいにしないでくれます?
ヒリス:口が減らないわねぇ、かわいくない子。
ノエル:かわいさなんて求めてないんで結構ですよ。
ノエル:……ほら、来いよ。ぶっ殺しに来たんでしょ?私のことを。受けて立ってやりますよ。
ヒリス:随分と強気ね。最後に言い残すこと、あとで聞くから考えておいてちょうだい?
ノエル:必要ねぇな。……ほら、行くぞ。
0:
0:
0:
0:無我夢中で走っていくミッシェル。
ミッシェル:……ハァッ……ハァッ……
ミッシェル:(どうしよう……どうしようどうしようどうしよう……!)
ミッシェル:(嫌だ、ノエルさんが死んじゃうなんて嫌だ……)
ミッシェル:(早くスカーレットさんに……知らせないと……)
ミッシェル:(早く、早く……!)
ミッシェル:きゃッ……!?
0:小さな石に躓き、ミッシェルは派手に転んだ。
ミッシェル:うぅ……いたた……
ミッシェル:……だめ、こんなところで止まってる暇なんて……
ロイド:そんなに急いでどこ行くんだい?
ミッシェル:……ッ……!?
0:突然、頭上から降ってきた声にミッシェルが顔を上げると、そこには銃を構えたロイドが立っている。
ロイド:なんだよ、子どもじゃないか。もう少し強面の女を想像してたけど。
ミッシェル:だ、誰ですか、あなた……。
ロイド:さあ、誰だろうねぇ。別に知る必要ないよ。
ロイド:悪いけど、黙って死んでもらおうかな。
ミッシェル:……ッ……!
0:ロイドが引き金を引く。しかし素早い動きで銃弾を躱したミッシェルは、体勢を立て直しロイドを睨む。
ロイド:へぇ……こりゃ驚いたな。今のを躱すかい。
ロイド:ただの子どもじゃないってわけだ。
ミッシェル:あなたも、さっきの女性の仲間なんですか?
ロイド:だから、知る必要ないって言ってるだろ。
ロイド:手こずらせるなよ、ただでさえ面倒事に巻き込まれて機嫌が悪いんだ。
ミッシェル:敵、ということですよね……であるならば、倒すのみです。
ミッシェル:こんなところで、止まっていられないんです……道を、開けてください。
0:
0:
0:
0:その頃、走っているスカーレット。
スカーレット:……一体、何がどうなってる。
スカーレット:拠点はもぬけの殻……それどころか、人がそこにいた形跡すらない。
スカーレット:さっきノエルから一瞬、着信があったが……いくらかけ直しても繋がらない。
スカーレット:何を伝えようとしていたのか……もしかしたら、向こうもこちらと同じだったのか?
スカーレット:連中が逃げ出したわけではないとしたら……そもそも受け取った依頼そのものが、虚偽だとしたら。
スカーレット:これは誰かが、私たちを嵌めるために仕掛けた罠……!
スカーレット:まずい、ノエルとミッシェルが危ない……!
0:
0:
0:
0:ノエルとヒリス、銃撃戦となっている。
ヒリス:あらあら、往生際が悪いのねぇ、ノエル。
ノエル:うるせぇな、あんたもしつこいんだよ……ッ!
ヒリス:ふふ、いいじゃない。せっかくだし楽しみましょう?
ノエル:ほんと頭いかれてんな……!
ヒリス:口より手を動かしたらどう?隙だらけよ。
ノエル:……くッ……!?
0:ヒリスの撃った弾が、ノエルの手から銃を弾き飛ばす。
0:そのまま膝をつくノエル。ヒリスはノエルの前まで歩いてくると、冷ややかな目でそれを見下ろす。
ヒリス:あら、勝負あったかしら?案外あっさりね。
ノエル:ふ……っざけんな、この……!
ヒリス:無駄よ、やめなさい。あなたの拳が私に届くより、私の銃弾があなたの頭を撃ち抜くほうが早いわ。
ノエル:……うる、さい……ッ!
ヒリス:だから、無駄だと言っているでしょうに。
0:振り上げられたノエルの拳を押さえつけ、冷たく諭すように言うヒリス。
ノエル:……なんで……なんでだよ……なんで私は、何やっても全部ダメなんだよ……
ノエル:いつになったら、私は……ッ!
ヒリス:……ふ、可哀想な子。
ヒリス:最後の最後で、詰めが甘いのね。
ノエル:くっそ……
ヒリス:さて……さっさとあなたを始末して、さっきのお嬢さんを追わないとね。
ヒリス:まあ、もしかしたら既に片付いているかもしれないけれど。
ノエル:……ミッシェルに、手ェ出すなッ……
ヒリス:ふふ、怖いわねぇ。そんなにあの子が大事?
ノエル:……別に私はもう、どうなったっていいんですよ……子どもみたいに意地張って悪あがきしたって、どうせ何も変わらないって、とっくの昔に分かってましたから。
ノエル:けど、あいつは……ミッシェルはただ、馬鹿みたいにお人好しで、純粋で、真っ直ぐなだけなんだよ。
ノエル:この計画にだって、私らが引きずり込んだようなもんで……あいつにあんたらを憎む理由なんてなくて、ただ私たちの背中を追っかけてきてるだけで。
ノエル:あいつはただ……誰かを守るために強くなりたいなんて、そんな綺麗事言いながら……必死に前向いて生きてるだけ。
ノエル:あれは……あんたらなんかが摘み取っていい花じゃないんだよ。
ヒリス:……だから、彼女だけは見逃してほしいって、そう言いたいのかしら。
ヒリス:そんな勝手な条件、私が了承するとでも?
ノエル:どうしてもミッシェルを殺るっていうなら……ここであんたも道連れにする。
ヒリス:……できると思う?
ノエル:……できなくても、やるよ。
ヒリス:ふふ……良い目をしてるわ。
ヒリス:なら来なさい。……徹底的に潰してあげる。
0:
0:
0:
0:一方その頃。
0:膝をつくミッシェルの額に、ロイドが銃口を突き付けている。
ロイド:……は、随分粘ったね。銃弾相手に素手でここまで頑張るなんて……さすがにビビったよ。
ロイド:けど、まあ……ここまでが限界かな?
ミッシェル:……はぁ……はぁ……
ロイド:安心しなよ、一瞬で終わらせてやる。
ミッシェル:……嫌、です……
ロイド:……あ?
ミッシェル:私は……こんなところで……止まるわけには……
ロイド:……諦めが悪いな、もう終わりだって言ってるだろ。
0:引き金に指をかけるロイド。ミッシェルはそんなロイドを睨みつける。
ミッシェル:ノエルさんを……助けなくちゃいけないんです……
ミッシェル:だから、こんなところで死んだらダメなんですっ……!
0:次の瞬間、ミッシェルが立ち上がり、思い切り回し蹴りを叩き込もうとするも、ロイドは間一髪で躱す。
ロイド:おっ……と、危ない危ない……
ロイド:なんだ、まだ全然余裕なのか。……本当に恐ろしいねぇ、何者だよ、お前。
ミッシェル:……できることなら、争いたくありません。道を開けてくれませんか……!
ロイド:争いたくないって……先にケンカを売ってきたのはそっちだろうに。
ミッシェル:それ、は……
ロイド:悪いけどこっちも上の命令で動いてるんでね、子どもだから許してやろうってわけにもいかないんだよ。
ロイド:というわけだから、大人しく――
0:そのときロイドは、ミッシェルの首元で光る何かに気付いた。
0:それは、小さな宝石のあしらわれたネックレスだった。
ロイド:……ッ!?
0:それに気付いた途端、ロイドの顔色が変わる。
ロイド:……お前、そのネックレス……
ミッシェル:……え?
ミッシェル:これ……ですか?
ロイド:それ、どこで……ていうか、なんでお前が持って……
ミッシェル:これは……私が昔、兄に貰ったもの、ですが……
ロイド:……は、……噓、だろ……
ロイド:じゃあ……お前……
ミッシェル:あ、あの……?
ロイド:…………ミッシェル……?
ミッシェル:……え?
0:少しの沈黙の後、ミッシェルが呟くように言う。
ミッシェル:うそ……
ミッシェル:まさか……お兄、様……?
0:
0:
0:
0:(少し間を置いてから、スカーレット、ナレーション)
スカーレット:(N)何が正義で、何が悪か。
スカーレット:(N)それはもしかしたら、一概には言えないのかもしれない。
スカーレット:(N)誰かにとっての救済は、別の誰かにとっての地獄であり……その誰かにとっての慈しみは、また別の誰かにとっての憎しみになり得るのかもしれない。
スカーレット:(N)そうであるとしたら、万人にとっての正義など、どこにも存在しないのかもしれない。
スカーレット:(N)なら、何を信じればいいというのか。なにをもって大義などと呼べばいいのか。
スカーレット:(N)……そんなものの答えは、おそらく何年経っても出ないのだろう。
スカーレット:(N)自分の尺度で世界をはかって、正義と悪を勝手に振り分ける。人間なんてそんなものだ。
スカーレット:(N)そうやって選別して、挙句に自分が正しいと信じて疑わなかったものが崩れたとき、人間はこれ以上ないほどに絶望する。
スカーレット:(N)そしてまた新しい正義を見つけて、それに縋って、自分を正当化する。……きっと、それの繰り返しなのだ。
スカーレット:(N)だとすれば……正義とはなんなのだろう。何かを信じることになど、意味はあるのだろうか。
スカーレット:(N)……きっとそんなことは、さして重要ではないのだ。
スカーレット:(N)どうせ最初から正解などないのなら、どうせ最初から裏切られるかもしれないのなら……自分が、唯一信じられるものを、大切に抱え込んで、振りかざしていくしかないのだ。
スカーレット:(N)真っ暗闇の中で、迷ってしまわないように。
0:
0:
0:
0:その頃。
ヒリス:……諦めたらどう?ノエル。あなたと私じゃ雲泥の差よ。あなたに勝ち目なんてないわ。
ノエル:……うる……さい……。
ヒリス:もう終わりにしてあげないとね。私も、あなたにばかり時間をかけていられないのよ。
0:ノエルに銃口を向けるヒリス。
ノエル:……やれるもんなら、やれよ……ただし、あんたも道連れだけどな。
0:睨み合う両者。
0:しばらくおいて、ヒリスが重いため息をつく。
ヒリス:……やっぱり、ダメね。時間をかけずにさっさと殺せば良かったのに……グズグズするから情が湧いちゃう。
ノエル:……え?
0:ヒリスが銃を下ろす。
ヒリス:本当にあなた、彼女にそっくり。
ヒリス:見てると重なるわ……顔も声も、性格も。
ノエル:……何の話だよ。そっくりって誰に――
ヒリス:カミラ。
ノエル:……え……?
ヒリス:カミラ・ハーストン。
ヒリス:……知っているわよね?
ノエル:……、……。
ノエル:……なんで。
ノエル:なんであんたが、私の母親の名前を……。
ヒリス:……最初に会ったときはね、気付かなかったの。あなたが、彼女の娘だなんて。逃げたあなたを追うために、いろいろと素性を調べる中で……偶然知った。
ノエル:……。
ヒリス:カミラは私の同期だった。
ヒリス:少し一匹狼みたいなところがあったけど、それでも私にだけは、よくいろんな話をしてくれたわ。
ヒリス:あなたの話も、たくさん聞いた。
ノエル:……嘘だ、あの人が、私の話なんてするわけないじゃないですか。
ノエル:だってあの人にとっては……私なんて……。
ヒリス:カミラは、よく言ってたわ。……『私は母親失格だ』って。
ノエル:……え?
ヒリス:周囲の期待に精一杯応えようと、必死にもがいているあなたが……その重圧に押しつぶされそうになって、理不尽にぶつけられる罵詈雑言に耐えられなくなって、カミラに助けを求めたとき。
ヒリス:カミラはあなたを突き放した。……あなたに、強くなってほしかったから。
ヒリス:理不尽で溢れかえっているこの世界でも、強く生きていけるようになってほしかったから……わざとカミラは、あなたに冷たくした。
ヒリス:でも、おそらくその選択は間違っていたと……私の前で彼女、泣いていたわ。
ノエル:……あの人が……泣いて……?
ヒリス:あなたの目には、自分のことを一切振り返ってくれない、冷たい母親に映っていたのでしょう。それは仕方のないことだわ。
ヒリス:でもカミラは……間違いなく、あなたのことを愛していたの。
ヒリス:あなたのことを想って流す彼女の涙を……私は何度見たか分からない。
ノエル:……そんなの、あんたの口から聞いたって仕方ないだろ……
ノエル:大事にしてたなんて言葉だけ聞かされたって……どうせそんなこと言いながら、今だってどこかで、私のことなんか忘れて仕事に明け暮れてるんでしょうよ……!
ノエル:私のこと探しにだって来なかったくせに……今更都合良すぎるんだよ。
ヒリス:……それは。
ノエル:あの人が今どこで何してるかなんて興味ないですけど……あんた同僚だったっていうなら伝えといてくださいよ、私はいつか、自分の力であんたをぶっ潰しに――
0:(ヒリス、ノエルの言葉を途中で遮る)
ヒリス:彼女、死んだわ。
ノエル:……え、……?
ヒリス:あなたが家を出て行ったすぐ後に、仕事でミスをして、その隙を敵に突かれて命を落とした。
ノエル:……う、そ……
ヒリス:……知らなかったのね。
ヒリス:普段の彼女なら絶対にしないようなミスだったわ。……きっと、精神的に不安定だったんでしょうね。
ノエル:……嘘……だ……そん、なの……
ヒリス:……嘘じゃないわ。
ヒリス:あなたが家を出て行った日。……あの日は、あなたの誕生日だったそうね。
ノエル:……。
ヒリス:あの日にね、カミラは……あなたのために、誕生日ケーキを買っていたのよ。
ヒリス:あなたと一緒に食べようと、小さなショートケーキをね。
ノエル:……え?
ヒリス:今まで、誕生日をきちんと祝ってあげられたことがなかったからって。
ヒリス:ノエルは甘いものが好きだから、きっと喜んでくれるって……喜んでほしいって。
ヒリス:今までの罪滅ぼしだって……許してくれるか分からないけど、でも謝らなくちゃいけない、このまますれ違ったままじゃだめだって言って。
ヒリス:でも……家に帰ったら、あなたはもうそこにいなかった。
ノエル:……嘘、だ……。
ヒリス:だからいつか、もう一度あなたに会えたら……もし、こんな自分を許してくれるなら。
ヒリス:二人で一緒に、今までの分も誕生日を祝いたいって……私にそう話してくれた、次の日に、亡くなったわ。
ノエル:……嘘だ、噓だそんなの……
ノエル:だって、だって私は……私は……ずっと……
ノエル:……ずっと……母さんを……
ヒリス:……。
0:そのまま背を向けるヒリス。
ノエル:……待てよヒリス、まだ……
ヒリス:いいえ……もう必要ない。
ノエル:勝手に決めんな!私は……!
ヒリス:あなたは……本当にカミラに似てる。負けず嫌いで、不器用で、でも優しくて。
ヒリス:……だから、今は殺さない。
ノエル:……なんで。
ヒリス:やっと真実を知ったのだから、やるべきことがあるでしょう。
ヒリス:自分の心ときちんと話し合って、それでもあなたがこの勝負の続きをまだ望むなら……母親と同じところに、いきたいと思うなら。
ヒリス:そのときに、また来なさい。
0:そのまま立ち去っていくヒリス。
0:座り込むノエルは、立ち上がれない。
ノエル:……なんでだよ……意味わかんねぇよ……
ノエル:……なんで……なんでなんで、なんで……
ノエル:…………母、さん…………
0:
0:
0:
0:その頃。
ロイド:そのネックレス……母さんの、形見だろ。
ミッシェル:……ええ。
ミッシェル:お母様が亡くなったときに、お兄様が私に、持っていていいからと……。
ロイド:ずっと、持ってたのか。
ミッシェル:……。
ロイド:……今まで、どこにいたんだよ。本当に心配してたんだぞ……。
ミッシェル:……お兄、様……
ミッシェル:ごめんなさ――
0:ミッシェルの言葉の途中で、銃声が響いた。
ロイド:……ッ……!?
0:直後、ロイドの身体が崩れ落ちる。
ミッシェル:……え、……?
スカーレット:……ミッシェル。
ミッシェル:……ッ!
0:ミッシェルの背後から、スカーレットが現れる。
0:その手には、煙の上がる銃が握られていた。
スカーレット:この男……殺し屋の一人だな。お手柄だった。お前のおかげで手間が省けたぞ。
ミッシェル:……あ……嘘……
ロイド:……ミッ……シェル……
ミッシェル:……う、そ……私……
スカーレット:今回の依頼はおそらく、こいつらが私たちを嵌めるために仕掛けた罠だ。
スカーレット:連続強盗グループなどそもそもいなかった。拠点といいながら私たちをおびきだして、始末するつもりだったんだろう。……だが、私たちの方が上手だったな。
ミッシェル:……だって、私……知らなくて……
スカーレット:お前はよくやった、ミッシェル。全部、お前のおかげだ。
ミッシェル:……ち、がう……
ミッシェル:違う……違う、私は……私は……!
ロイド:……ミッ、シェル……
ミッシェル:お兄、様……
ロイド:ごめん、な……ミッシェル……
ミッシェル:……え、?……
ロイド:お前に……ずっと、謝らなきゃいけないと思ってた……
ロイド:父親を……お前から奪ったこと……お前の目の前で……人を殺したこと……
ミッシェル:……だって……あれは……
ロイド:お前に……恨まれても、仕方ないようなことばっかりで……だから今更……命乞いなんて、するつもりも、ないし……
ロイド:お前の、やりたいようにすればいい……
ミッシェル:……嫌……
ロイド:……こんな兄貴で、ごめんな、ミッシェル……
ミッシェル:……嫌……!
スカーレット:ミッシェル、もう聞かなくていい。
スカーレット:……口を噤め。
0:銃を構えるスカーレット。引き金に指をかける。
ミッシェル:……待ってください!!スカーレットさん!!
スカーレット:……!
ミッシェル:お願いです、やめてください……!
スカーレット:なぜだ、ミッシェル……そいつは……
ミッシェル:分かってます……この人は殺し屋で、スカーレットさんの敵です……だから殺したい気持ちも分かります……!
ミッシェル:だけど……だけど私にとっては……!
ミッシェル:たった一人の、兄なんです……大好きな家族なんです……!!
スカーレット:……。
ロイド:……ミッ……シェル……
ミッシェル:だからお願いします……この人だけは……殺さないでください……!
ミッシェル:お願いします……!
0:しばらく沈黙。
0:考えるように少し間をおいてから、スカーレットが話し始める。
スカーレット:……お前の父を、殺した人間だぞ。もう既にたくさんの人間を手にかけて……その手はどす黒く汚れている。
スカーレット:そんな男を、兄だと、家族だと言うのか、お前は。
ミッシェル:……。
ミッシェル:……はい。
スカーレット:……。
ミッシェル:……。
0:(また少し間を置く)
スカーレット:……そうか、分かった。
スカーレット:それがお前の答えなら……
0:スカーレット、ミッシェルに銃口を向ける。
スカーレット:今からお前は、私の敵だ。
ミッシェル:……ッ……!
スカーレット:私は、自分の正義を曲げるわけにいかない。邪魔をするというなら、そちら側に加担するというなら……お前にも、手加減などしない。
ミッシェル:スカーレットさん……
スカーレット:……最後のチャンスだ、選べ、ミッシェル。
スカーレット:私と共に来るか、その男と一緒に死ぬか。
ミッシェル:……どちらも、選べません。
ミッシェル:もちろん、スカーレットさんには感謝してもしきれません。できることならあなたと敵対したくなんてない。
ミッシェル:でも……私はもう二度と、お兄様を裏切りたくない……!
スカーレット:……そうか、残念だ。
スカーレット:ならば……兄妹仲良く、地獄に送ってやろう。
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0:(間を置いてから、スカーレット、ナレーション)
スカーレット:(N)私は、何を舞い上がっていたんだろう。
スカーレット:(N)仲間がいる、私を信じてついてきてくれる人がいるなどと。
スカーレット:(N)こんなにも弱くて脆くて、あっさりと壊れてしまうものを……どうして私は、心の底から信じようとしてしまっていたんだろう。
スカーレット:(N)私は私の正義に縋って、私が悪だと思うものにその正義を振りかざす。そこに、他に何もいらなかったはずなのに。
スカーレット:(N)私は……何を期待したんだろう。
スカーレット:(N)私を選んでくれるんじゃないかと……いや、選んでほしいと……そんな、らしくもないことを……どうして考えてしまったんだろう。
スカーレット:(N)どうせ壊れてしまうくせに、どうせ長続きなどしないくせに。
スカーレット:(N)一人でいいと……その覚悟を決めていたはずなのに。
スカーレット:(N)どうして私は今……こんなにも、寂しいのだろう。
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0:倒れるミッシェルとロイドを見下すスカーレット。
スカーレット:……本当に残念だ、ミッシェル。
スカーレット:お前には期待していたのに……こんな形で、別れなくてはいけないとはな。
スカーレット:……せめて、安らかに眠れ。
0:そのまま立ち去っていくスカーレット。
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0:(少し間を置いて、ミッシェルが立ち上がる)
ミッシェル:……う、……
ミッシェル:おにい……さま……しっかり、してください……
0:ロイドの身体を支えながら、ゆっくり歩いていくミッシェル。
ミッシェル:とにかく……病院に……早く、手当てしないと……
ロイド:……ミッシェル……なんで……
ミッシェル:……え……?
ロイド:俺のこと……恨んでるんじゃ、ないのかい……こんな……人殺しの、俺なんて……
ミッシェル:……いいえ……恨んでなんて……だってお兄様は……私のことを、たくさん守ってくれて……
ミッシェル:でも私……お兄様に、迷惑をかけたくないからって……勝手にいなくなって……心配、かけて……
ミッシェル:私の方こそ……ダメな妹です……
ロイド:そんなこと……ないよ……
ロイド:お前……強くなったな、ミッシェル……昔はあんなに、泣き虫だったのに。
ミッシェル:……ふふ。
ミッシェル:私、もう……子どもじゃありませんから。
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0:(充分間を置いてから、ロイド、ナレーション)
ロイド:(N)赦しなんて、もらえないと思っていた。こんなどす黒く汚れきった俺に、そんな資格はない。
ロイド:(N)綺麗な世界になんて戻れない……そんなことは許されない。闇の中を這いつくばって、そのまま死んでいくのが……自分への罰だ。
ロイド:(N)そう、思ってたのに。
ロイド:(N)記憶の中に刻まれていた温かい光は、今でも眩しく輝いていた。こんな俺に、まだ、手を差し伸べてくれた。
ロイド:(N)……我ながら、本当に馬鹿だ。
ロイド:(N)赦してもらえたのかも、なんて……ほんの少しだけ、自分を赦してもいいのかも、なんて。
ロイド:(N)甘えてる。……分かってる。
ロイド:(N)中途半端なのは……俺も、同じだったのかもしれない。
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