台本概要
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タイトル | ツクガミ-刀剣伝説- |
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作者名 | るでぃあ (@Rdia_JPN) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 5人用台本(男3、女1、不問1) ※兼役あり |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
昔々あるところに、”月姫”と呼ばれる それは大層、美しい姫が居ったそうな… 透き通るような白く柔らかな肌、 流れるような黒い艶のある髪、 民を慈しむ、淑やかな性格… まさに、天下に轟く”絶世の美女”であった しかし、その美貌を妬んでか、 成人の儀の折、何者かが持ち込んだ 妖刀三日月の"呪い"によって、 姫はその身を蝕まれてしもうたのだという 『かの呪い祓いし者、望みの富を与えん』 "伝説"が今、此処に集う――― 【掲載元サイト】 https://rdiajp.wixsite.com/the-hideaway/tukugami 155 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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安綱 | 男 | 157 | (やすつな) 一人称は拙者(せっしゃ) |
国綱 | 男 | 93 | (くにつな) 一人称は某(それがし) |
恒次 | 男 | 92 | (つねつぐ) 一人称は僕(ぼく) ※女性演者でも可 |
光世 | 不問 | 69 | (みつよ) 一人称は私(わたし) ナレーション兼任 |
月姫 | 女 | 106 | (つきひめ) 一人称は妾(わらわ) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
光世:(N)『時は、江戸前期
光世:戦の世を生き抜いた日ノ國(くに)は
光世:それでも尚、鳴り止まぬ怒号と
光世:怨嗟(えんさ)の炎に炙(あぶ)られていた…
光世:
光世:やがて民草も枯れ果てた頃…
光世:國を救わんと声を上げた者が現れた
光世:
光世:名を、”月姫”――――――
光世:
光世:穏やかで、慈悲深く、
光世:身分問わず接するその温かな手は
光世:疲弊した民等にとって”救い”であった
光世:
光世:しかし、束の間の安らぎも虚しく、
光世:滴る血も乾かぬ内に”悲劇”は起きる
光世:
光世:成人の儀の前夜…
光世:供物に紛れた呪物
光世:妖刀、三日月の”邪氣”に触れた月姫は
光世:精神を蝕(むしば)まれ、乱心
光世:最果ての城へと幽閉されるのであった
光世:
光世:そして、一年と数カ月の時が流れる―――』
光世:
0:【場面転換】最果ての城 月見櫓
0:男は片膝を着き、
0:女は外の景色を眺めている
月姫:「…のぉ、光世(みつよ)」
光世:「如何(いかが)なされましたか、姫様」
月姫:「今宵は静かじゃ…月明かりに、
月姫:枝垂桜(しだれざくら)も良く映える」
光世:「…明日の夜は満月でございますれば
光世:さぞ、美しく咲きましょう」
月姫:「お主はとんと、隠し事が苦手よの?
月姫:…何を躊躇うておる」
光世:「…恐れながらこの光世、
光世:姫様の御意向に背(そむ)くご無礼
光世:何卒(なにとぞ)、御容赦賜(たまわ)りたく…」
月姫:「良い…申してみよ」
光世:「…触書(ふれがき)の件にございます
光世:此度(こたび)謁見を申し出た者は三名…
光世:配下によれば、いずれも流浪との事、
光世:しかしながら斯様(かよう)な者達を
光世:姫様の御前に招き入れるなど…」
月姫:「そう案ずるでない…連れて参れ」
光世:「ですが姫様―――」
月姫:「光世」
光世:「…は」
月姫:「二度は、言わぬぞ…?」
光世:「…御意(ぎょい)」
月姫:「全ては、”余興”…何者であろうと、
月姫:妾(わらわ)の邪魔はさせぬ…」
0:暗く静かな星空を
0:夜風に揺れる枝垂桜が
0:その儚げな色で彩っていた
0:
0:【場面転換】果ての都 表通り
0:町の大通り、喧騒の中
0:腰に太刀を佩いた男達が話している
国綱:「ここが果ての都(みやこ)か…
国綱:噂では”例の物”があると聞くが、
国綱:誠なのか恒次(つねつぐ)?」
恒次:「ええ、御二人が到着する前日に
恒次:謁見を申し出ておきましたよ
恒次:国綱(くにつな)さん」
国綱:「そうか…む?
国綱:安綱(やすつな)はどこだ」
恒次:「先程までいらしたのですが…
恒次:はぐれてしまったようですね?」
国綱:「”また”か…」
恒次:「ふふ…そう心配なさらずとも、
恒次:安綱さんなら大丈夫ですよ」
国綱:「心配などしておらん…あ奴の事だ、
国綱:どこぞで食うておるのだろう
国綱:まったく、”目的”を前に人捜しとはな…」
恒次:「おや…どうやら、
恒次:その必要はなさそうですよ?」
安綱:「国綱~!恒次~!
安綱:待つでござるよ~!」
0:何やら包みを持った男が
0:二人に駆け寄って来る
国綱:「はしゃぎ過ぎだぞ、
国綱:なんだ手の”ソレ”は」
安綱:「団子でござるよ!!」
恒次:「この香り…甘味(かんみ)ですか」
安綱:「さすが恒次!良く分かったでござるな!
安綱:食べるでござろう?」
0:包みを広げ、中から串団子を取り出す
0:ほんのりと漂う、優しく甘い香り
恒次:「ええ、頂きます」
国綱:「恒次…お前は安綱を甘やかせ過ぎだ」
安綱:「?甘いのは良い物でござるよ?」
国綱:「そうではない…」
恒次:「良いじゃないですか、国綱さん
恒次:美味しいですよコレ」
安綱:「腹が減っては戦はできぬでござる!
安綱:食べながら行くでござるよ!国綱!」
国綱:「…仕方のない」
0:串団子を国綱に渡す安綱
0:それを渋々受け取る国綱
0:微笑ましく見ている恒次
0:三人は歩き出す
恒次:「でも珍しいですね、この御時世に…
恒次:滅多にないですよ?」
安綱:「祝い事でもあるのでござろう
安綱:町中が活気に満ちてるでござる
安綱:良い事でござるよ」
国綱:「…”毎度”の事だが、不気味だな」
安綱:「およ?何がでござる?」
国綱:「とぼけるな、その喋り方だ」
安綱:「ナンノハナシデゴザッタカ」
国綱:「いつまで続ける」
安綱:「国綱は不満でござるか?
安綱:子供受けは良いでござるよ?」
国綱:「…茶番だ」
安綱:「およよっ!よもやお怒りでござるか?
安綱:シワを寄せると、老けるでござるよ~?」
国綱:「もういい」
恒次:「ふふ…国綱さんは真面目ですからね」
安綱:「国綱はいつも怒ってるでござるな
安綱:女子にモテぬでござるよ~?」
国綱:「余計だ…大体、恒次にならまだしも
国綱:いつも弛(たる)んでいるお前にだけは
国綱:言われたくもない」
安綱:「恒次は良いでござるか!?」
国綱:「恒次はそんな事を言わぬ」
安綱:「差別でござる!」
国綱:「区別だ」
安綱:「…団子を返すでござるよ」
国綱:「フン(団子を食らう)」
安綱:「ああああ!」
0:無慈悲な国綱を
0:ポカポカと叩く安綱
恒次:「御二人とも、見えてきましたよ」
国綱:「む?」
安綱:「およ?」
0:二人をよそに進んでいた恒次が
0:前方の建物を指差す
恒次:「あの桜の向こうにあるのが、
恒次:”最果ての城”です」
国綱:「ほぉ…ここからでも見える程とは」
安綱:「立派な桜でござるな~」
0:恒次の指差す方向、その先に
0:城の塀すら優に超えるであろう巨大な枝垂桜が
0:この世の物とは思えぬ程に美しく咲き誇っていた
恒次:「枝垂桜…でしょうね
恒次:あそこまで大きな物はそうありません
恒次:樹齢はおよそ数十…いえ、数百でしょうか」
安綱:「およ?誰か出て来たでござるよ?」
0:城の堀に架かる橋から
0:位の高そうな人物が歩いて来る
光世:「…触書に応じた者は、
光世:その方等で相違ないか」
安綱:「いかにも!拙者は安綱でござる!
安綱:この二人は拙者の連れ故、
安綱:どうか安心するでござるよ!」
国綱:「国綱と申す」
恒次:「恒次です」
光世:「良くぞ参られた、私は光世…
光世:此度の案内役を務めさせて頂く
光世:ついて参られよ…」
安綱:「お頼み申すでござる、光世殿
安綱:さぁ二人とも、
安綱:いざ参るでござるよ~!」
0:光世に案内されて進む安綱
国綱:「…」
恒次:「…国綱さん」
国綱:「”見られている”な」
恒次:「どうします?」
国綱:「…気にするな恒次
国綱:問題ない」
恒次:「…わかりました」
安綱:「早く来るでござるよ~!」
0:三人は門を潜り、中へ入って行く
0:只ならぬ雰囲気を纏った
0:最果ての城へと…
0:
0:【場面転換】最果ての城 内部
0:昼だというのに薄暗い渡櫓の廊下を経て
0:光世に大天守へと連れられる三人
光世:「姫様は天守の上階に居られます
光世:ただし注意されよ、客人と言えども
光世:無礼を働く者は市中引き回しの上、
光世:打ち首獄門に処される…
光世:努々(ゆめゆめ)お忘れ為されるな」
安綱:「気を付けるでござるよ?
安綱:国綱、恒次」
国綱:「お前が言うな」
恒次:「ふふ、気を付けますね?」
安綱:「ときに光世殿?
安綱:姫殿の容体は如何でござるか
安綱:何せ御触れまで出す深刻な事態、
安綱:よほどの病と見受けるでござるが」
光世:「”アレ”は病ではございませぬ
光世:…触書の通り
光世:”呪い”にございます」
国綱:「病ではない…か」
恒次:「呪い…と言うのは
恒次:具体的にどの様なものでしょう」
光世:「まずは…お会い頂きたい」
恒次:「…そうですか」
国綱:「危険はないのか」
光世:「…」
0:苦い顔をし、立ち止まる光世
安綱:「まぁまぁ国綱、落ち着くでござる
安綱:言いにくい事もあるでござろう
安綱:ここは光世殿を立てるでござるよ」
光世:「…かたじけない」
安綱:「良いでござるよ
安綱:引き続き、案内を頼むでござる」
0:顔だけ振り返り、ゆっくり頷く光世
0:硬い表情が少し緩んだように見えたが
0:すぐ緊張した面持ちに戻り、歩き出す
0:部屋の前に来ると、三人を中に通した
光世:「…此方(こちら)でしばし待たれよ」
安綱:「おお、広いでござるな~」
恒次:「さすが最果ての城
恒次:この広さと高さなら、
恒次:町が一望できますね」
国綱:「…姫はどこだ」
光世:「お呼び致す…」
月姫:「それには及ばぬ」
0:まるで凍て付きそうな程冷たく、
0:しかしハッキリと聞こえる声が響いた
光世:「ッ―――姫様!?」
月姫:「…この者等か、
月姫:妾に会いたいと申すのは」
0:音もなく現れた人物…月姫は
0:跪く光世を一瞥もせずに尋ねる
光世:「…は
光世:然様(さよう)でございます」
安綱:「おぉ…」
恒次:「この方が…」
国綱:「姫…」
0:鼻筋の通った幼い顔立ちに
0:美しい二重の切れ長目
0:柔らかで白い肌と
0:花弁のように染まる唇
0:そこから洩れた言葉は
0:甘く、しかし冷たさを秘め
月姫:「何をしておる…
月姫:”頭(ず)”が高いぞ」
0:小さく、か細い身体から放たれる
0:想像もつかぬ程の”威圧感”に
0:声を出す事ができず立ち尽くす
国綱:「…」
恒次:「…」
安綱:「これはご無礼仕(つかまつ)った!
安綱:姫殿のあまりの美しさに
安綱:心を奪われてしまったでござるよ!
安綱:ささ、国綱?恒次?座るでござる」
0:ただ一人を除いて
国綱:「…ああ」
恒次:「済みません…ご無礼を、月姫様」
0:月姫の前に並んで座る三人
月姫:「ほぉ…震えて声も出せぬ童(わっぱ)と
月姫:思うておったわ…」
光世:「その方等、姫様の御前である
名を―――」
月姫:「名など、どうでも良い…
月姫:して…其方等(そなたら)はどうする?
月姫:所詮は流浪、取柄があるとも思えぬが
月姫:ただ見に来たという訳でもあるまい…」
0:部屋の最奥、一段高い壇上に座る姫
0:静かな瞳がゆっくりと三人を見据える
安綱:「拙者達はただの流浪ではござらぬ
安綱:地方を巡り、その土地に伝わる
安綱:”変わった品”を求めて
安綱:旅をしているでござるよ」
月姫:「変わった品…とな」
国綱:「俗に言う曰く付き…
国綱:某(それがし)達は便宜上、
国綱:”呪物(じゅぶつ)”と呼んでおります」
月姫:「なるほどのぉ…呪物か
月姫:…しかし毒やもしれぬぞ?
月姫:それはどう判断するのじゃ」
恒次:「病や毒に関しては心得がございます
恒次:僕達は旅の中で、呪いに苦しむ人達から
恒次:危険な呪物を回収しているのです
恒次:そんな折、月姫様の噂を耳にしまして」
安綱:「拙者達は此度の一件が
安綱:呪物によるものであると踏み、
安綱:馳せ参じた次第でござる」
月姫:「面白い考えじゃな…のぉ光世?」
光世:「…は」
恒次:「何か心当たりはお有りですか?」
月姫:「そう急くでない…
月姫:其方等の望みは良ぉ解った」
光世:「姫様…では、”アレ”を?」
月姫:「うむ、持って参れ」
光世:「御意」
恒次:「僕も同行して宜しいでしょうか?」
光世:「…姫様?」
月姫:「構わぬ、好きにせぃ」
国綱:「某も行こう…お前はどうする」
安綱:「拙者はここに残るでござるよ」
国綱:「…粗相はするなよ」
安綱:「信用するでござる」
国綱:「お前だからだ」
安綱:「およ~?」
光世:「では御二方、こちらへ…」
0:光世は月姫に頭を下げると
0:国綱と恒次を連れて部屋を出る
月姫:「其方は行かぬのか?」
安綱:「万が一に備え、
安綱:拙者は姫殿の傍に居るでござるよ」
月姫:「…ますます面白い男じゃのぉ?」
0:月姫はゆっくりそう言うと
0:安綱を見据え、怪しく微笑む
0:
0:【場面転換】宝物の間 通路
0:光世に同行する国綱と恒次
0:手燭によって照らされる廊下は
0:薄暗く、不気味な雰囲気が漂う
恒次:「…光世さん、
恒次:無礼を承知でお伺いするのですが…」
光世:「姫様の事、ですかな…恒次殿」
恒次:「えぇ…お噂の月姫様は
恒次:民衆にも笑顔を振りまいて下さる
恒次:誰よりも優しく、温かいお人だと…」
国綱:「だがあの”気配”…
国綱:尋常ではないな」
0:訝しむ二人に、重い口を開く光世
光世:「姫様は…
光世:とても穏やかな方でございました…
光世:お若くして姫という立場でありながら
光世:その優しさと憂いに満ちた眼差しで、
光世:我々を導いて下さいました…」
0:光世は振り返らず、
0:言い淀みつつも話を続ける
光世:「…しかし”あの日”から、
光世:以前とはまるで別人のようになられた…」
恒次:「あの日?」
国綱:「何があった」
0:一拍置いて、光世は
0:どこか懐かしむように語り始める
光世:「あれは…姫様が十二の頃―――
光世:姫様は父君、母君と共に
光世:多くの者に慕われながら、
光世:清らかで美しく御心を育まれ、
光世:健やかに日々を過ごされておられました…
光世:そして、成人の日が迫ろうという時です
光世:ある御方から求婚の申し出がございました
光世:当時は戦国の時代から脱した直後…
光世:財ある者に娶(めと)られるというのは
光世:大変な誉(ほまれ)でもありました…
光世:ところが…」
0:非常に苦しい顔になる光世
恒次:「ところが…?」
光世:「御相手は四十となる御高齢だったのです…
光世:あまりの年齢差にはじめは誰もが驚き、
光世:戸惑いと落胆の声があがりました
光世:ですが…
光世:戦の世をなんとか耐えはしたものの、
光世:病や飢えを凌ぐ場所すら満足に補えぬ
光世:弱い立場であったが故に…結局、
光世:その申し出を断る事ができなかったのです
光世:姫様は…大変苦しんでおいででした…
光世:毎夜月を見上げては涙を流される姫様を
光世:黙って見ている事しかできず
光世:ひたすらに襲い来る怒りと、無力さに、
光世:この身を裂かれる思いでございました…
光世:それでも、
光世:家臣である私ではどうする事もできず
光世:ただ時を待つばかりとなったのです…」
国綱:「それが乱心の原因か?」
0:切り込む国綱に対して
0:首を横に振る光世
光世:「…いえ、”事”が起きたのは
光世:その後でございます…」
0:押し黙る光世
恒次:「聞かせて下さい」
国綱:「…頼む」
0:”札”が貼られた戸の前で立ち止まり
0:それを睨み付けながらも、
0:覚悟を決めて口を開く光世
光世:「いよいよ、成人の儀を目前に控えた
光世:赤い月が昇る祝言前夜の事でございます
光世:御殿(ごてん)に”とある刀”が、
光世:祝いの品として贈られたのです…
光世:地色青く焼刃(やきば)白し、
光世:三日月の打除けを持った
光世:かくも美しい刀身の太刀…
光世:名は…”三日月刀”」
恒次:「!…国綱さん」
国綱:「ああ…」
0:札を外し、戸を開ける光世
0:その部屋の最奥、祭壇に飾られた
0:湖に映る三日月の如く美しい太刀が、
0:妖艶な輝きを放っている
0:傍にあった燭台に火を灯し、
0:三日月刀の前に立つ三人
光世:「三日月刀は、
光世:異様な存在でございました
光世:何も知らぬ姫様も純粋さ故に、
光世:惹きつけられたのでございましょう…
光世:そして姫様が刀に触れた途端、
光世:不思議な光が放たれ…
光世:その場に居た者達は私を含め
光世:皆が気を失い、気が付いた時には…
光世:御二人の反応を見るに、
光世:やはりこの刀は…
光世:”妖刀”だったのでございますね」
恒次:「それは―――!」
国綱:「恒次、話を聞こう
国綱:失敬、光世殿…続きを」
光世:「…それからと言うもの、
光世:姫様はお変りになられました…
光世:時折見せる眼差しや、
光世:配下の者達への扱いも…
光世:刺すような、
光世:冷たい物言いをなされるように…
光世:あのお優しかった…姫様が―――」
恒次:「そう…だったのですね」
国綱:「…それが、今の姫か」
光世:「姫様は今、ご自身の御心を
光世:”呪い”に支配されておられる…
光世:全てを焦がさんとするような
光世:激しい感情…憎悪という呪いに…」
国綱:「憎悪…か、当然だな」
恒次:「御相手はどうしたのです?
恒次:月姫様を愛しておられるなら、
恒次:寄り添ったはずでは?」
光世:「…御相手様はこの件を知るや否や
光世:奇病が治るまで祝言は挙げぬと、
光世:姫様を幽閉なさったのです
光世:この城…最果ての城に…」
恒次:「病でない事は一目瞭然です!
恒次:なんて身勝手な…」
国綱:「呪いなど…信じる者の方が少ない」
光世:「然様…我々もはじめは病の類と思い、
光世:町の医師等を招き入れては
光世:あらゆる手法を用い、
光世:姫様の回復を試みました…
光世:されどかなわず、
光世:招いた医師の方が倒れる始末…
光世:そんな折、ある日一人の医師が
光世:悪霊の仕業ではないか、と…」
恒次:「それを聞いて、
恒次:月姫様は何も仰らなかったのですか?
恒次:聞く限りでは世迷言と一蹴されそうで…」
光世:「当然、切腹も辞さぬ覚悟…
光世:しかし姫様は寛容にもお許しになり、
光世:その後この町ではあのような触書が
光世:出されるようになったのです…」
国綱:「それで、何か変化はあったのか」
光世:「ございませぬ…
光世:事態は悪くなる一方でございます…」
恒次:「まったく…?
恒次:診療した人達はどうされたんです?
恒次:何の資料も残っていないんですか?」
光世:「姫様の御前に立って無事であった者は
光世:一人として居りませぬ…
光世:著名な医師も、名のある武人も
光世:皆一様に畏(おそ)れ、気を失い…
光世:そのまま、事切れてしまうのです…」
恒次:「無事な方は居ますよ
恒次:あなたと、安綱さんです」
光世:「恒次殿、それは…
光世:ただ運が良かっただけにございます
光世:この刀を”桜の間”へ持ち帰った時には、
光世:安綱殿は恐らく……ん?」
国綱:「む!」
恒次:「危ない光世さん!」
0:光世の手の中で震えたかと思うと、
0:鞘から刀身が勢い良く抜かれ、
0:そのまま宝物庫から飛び出して行く
光世:「そ、そんな…三日月刀が飛んで…!」
恒次:「刀が独りでに…国綱さん!」
国綱:「”妖術”か…追いかけるぞ」
恒次:「はい!」
光世:「あの方角はまさしく桜の間…!
光世:あぁ安綱殿…
光世:どうかご無事であられよ…!」
国綱:「心配には及ばぬ」
光世:「国綱殿…?」
国綱:「あ奴は…”最強”だからな」
0:国綱の力強さに息を呑む光世
0:燭台の灯りが静かに揺らめていた
0:
0:【場面転換】桜の間
0:時は少し遡り、先程の部屋
0:月姫と話す安綱
安綱:「―――でござるよぉ~!
安綱:あの時、国綱が居なかったらと思うと…
安綱:今考えても大変でござったぁ
安綱:恒次の機転が効いたでござるな~」
月姫:「ほぉ…外にはそのような物があるのか
月姫:興味深いのぉ…実に愉快じゃ」
安綱:「カラクリ屋敷の話はお気に召されたか!
安綱:それは何よりでござる~」
月姫:「この城にそのような仕掛けは無い…
月姫:誠、つまらぬ所よ…」
安綱:「いやはや、この城も立派でござるよ
安綱:ここから見える枝垂桜の
安綱:なんと優美な事でござろう…
安綱:夜空に輝く満月もとても美しいでござる」
月姫:「…城は好ましく思わぬが、
月姫:月は…良い物よの」
安綱:「そうでござる、そうでござるよ~
安綱:町の人々も特に祝いの雰囲気で、
安綱:活気付いて賑やかでござった…」
月姫:「…祝い…のぉ」
安綱:「およ…」
月姫:「其方は知らぬか…
月姫:あの行事が何なのか
月姫:何を祝っている物か…」
安綱:「是非…聞きたいでござるよ」
0:月姫はゆっくりと立ち上がると
0:安綱の傍までやってくる
月姫:「アレは…妾がこの城へとやって来た
月姫:その時からある呪(まじな)いじゃ
月姫:望まぬ婚礼のな…」
安綱:「なんと…酷い話でござるな…」
月姫:「妾は憂(うれ)いておる…
月姫:図々しくも富を貪(むさぼ)る民等を…
月姫:いっそ、燃やしてしまえば楽というもの」
安綱:「…それは、誤解でござるよ」
月姫:「違うと申すか」
安綱:「拙者が見た人々は笑顔でござった…
安綱:皆、姫殿を称えていると思うでござる」
月姫:「そんな物では、妾は癒されぬ」
安綱:「では、姫殿は…
安綱:何をお望みでござるか?」
月姫:「…其方は、妾を癒してくれるか?」
0:驚くほど静かに、
0:手を安綱の頬に添える月姫
安綱:「な…姫殿…」
月姫:「動くでない…近う寄れ」
0:静かな月夜、二つの影が落ちる
0:男女にとって甘美なる一時…
0:しかし―――
安綱:「…ッ!」
0:痛みを感じ咄嗟に離れる安綱
0:その首筋から血が少し流れる
月姫:「ほぉ…躱(かわ)すか」
安綱:「…爪?」
月姫:「鈍い男と思うておったが…
月姫:存外…侮れんのぉ?」
0:爪に付着した血を舐める月姫
安綱:「いくら美しい姫殿であっても、
安綱:そのような殺気が漏れていては
安綱:警戒せずに居れぬでござろう…」
0:首を抑えつつ間合いを取る安綱
月姫:「いつから気付いておった…?」
安綱:「妾…と言った時からでござる」
月姫:「なに?」
安綱:「妾と言うのは元来、
安綱:武家の女がへりくだって用いるもの…
安綱:姫の身分で使うものではござらぬ」
月姫:「ならば何故、無駄話をしていたのじゃ
月姫:有無を言わず斬り伏せる事もできよう?」
安綱:「”匂い”が人の物だったから、でござるよ」
月姫:「匂いじゃと…?」
安綱:「化けているのであれば
安綱:淀(よど)みも生じるでござるが…
安綱:抱き寄せた時、それは無かった
安綱:身体は本物…となれば、
安綱:奪ったのでござろう?」
月姫:「…良くぞ見破ったのぉ?
月姫:褒美じゃ…」
0:安綱の背後から鋭い殺気が迫る
0:ソレは桜の間の戸を突き破り
0:月姫の手元に収まった
安綱:「ッ!?…あの”太刀”は―――」
0:やって来た太刀…
0:三日月刀を撫ぜる月姫
月姫:「妾が直々に、其方の血を…
月姫:一滴残らず搾り取ってくれようぞ?」
0:月明かりに照らされて、
0:その刀身が怪しく光る
0:切っ先が目の前の安綱を捕らえた
安綱:「これはちと、厄介でござるな…」
0:太刀を抜き、構える安綱
0:戦いの幕が、あがる―――
0:打ち合う二人
0:刃が交差し、火花が散る
月姫:「そぉら…!そらそら!」
安綱:「クッ…細腕からは想像もできぬ程
安綱:重い剣撃でござる…」
月姫:「カッカッカッ(笑い声)
月姫:その程度の力で
月姫:妾をどうにかできると思うたのか」
安綱:「そしてなんと冷たき太刀筋でござろう…
安綱:嫉妬や怒り、憎悪に満ちた
安綱:深い哀しみを感じるでござるよ」
月姫:「ほぉ、感じるか…妾の哀しみを、
月姫:この怒りを、憎しみを…
月姫:それを癒し、満たせる物は
月姫:其方の”魂”に他ならぬ」
安綱:「この命、簡単にはやれぬでござるな」
月姫:「大人しく贄(にえ)となれば良いものを…
月姫:惜しいのぉ?」
0:月姫の身体を青白い”何か”が纏う
安綱:「ッ!”青い炎”…?」
月姫:「平伏せ…
月姫:―――『不知火・神楽(しらぬいかぐら)』」
安綱:「ぐ…!うぁあああ!!」
0:青い炎の濁流に押し流される安綱
0:立ち昇る煙に辺りは包まれた
月姫:「なんじゃもう終わりか?
月姫:吠えた割に、呆気ないものよのぉ…」
0:余韻で静まり返る中、
0:駆け付けた光世が訴える
光世:「これは…なんという…
光世:姫様…正気にお戻り下され…
光世:もうこれ以上の無益な殺生は…!」
月姫:「黙れ光世
月姫:もはや、お主とて同罪じゃ…
月姫:この場で諸共処分してくれようぞ」
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
安綱:「面白れぇ…
安綱:じゃじゃ馬ってのも
安綱:嫌いじゃねぇぜ…?」
0:煙が徐々に薄くなり、
0:三つの人影が露になる
月姫:「無傷じゃと…?
月姫:其方等、何者じゃ」
0:太刀を抜いた三人は
0:それぞれ名乗りを上げる
恒次:「討滅隊(とうめつたい)が一人…
恒次:"数珠丸"恒次(じゅずまる つねつぐ)
恒次:推参(すいさん)…」
国綱:「討滅隊が一人
国綱:"鬼丸"国綱(おにまる くにつな)
国綱:見参」
安綱:「討滅隊が一人!
安綱:"童子切"安綱(どうじぎり やすつな)
安綱:参上!!」
光世:「討滅…隊…」
安綱:「ったく…やべぇやべぇ
安綱:助かったぜ?国綱、恒次」
0:先程の飄々とした雰囲気は無くなり、
0:荒々しい口調になった安綱が
0:歯を見せながらニヤリと笑う
恒次:「僕は何も…国綱さんが咄嗟(とっさ)に
恒次:”空蝉(うつせみ)”で
恒次:衝撃を和らげたんですよ」
0:その左側、恒次は
0:数珠を巻きつけた太刀を構え、
0:謙虚さはそのままに隙の無い姿勢
国綱:「…来るぞ
国綱:気を付けろ」
0:右側、国綱は静かに、
0:しかし力強く敵を真っ直ぐ目で捉え、
0:握られている太刀をギラリと光らせる
恒次:「ええ、油断なく」
安綱:「俺達なら余裕よぉ…さぁ!
安綱:どっからでもかかってきやがれ!!」
月姫:「ほぉ…その自信、大した物じゃ
月姫:妾を失望させてはくれるなよ…?
月姫:者共!出あえ出あえい!!」
0:その呼び掛けに応じ、
0:青黒い袴の男達が出てくる
0:打刀を差した月姫直属の護衛集団
光世:「御庭番(おにわばん)…!
光世:しかし様子が…!?」
恒次:「まさか、この人達…操られて!?」
国綱:「…傀儡(くぐつ)の術…この数をか」
安綱:「ったく…食いたくなる程可愛い面して、
安綱:えげつねぇ事しやがるぜ…」
月姫:「妾の方こそ、其方等を喰らいとうて
月姫:かなわんのじゃ…」
安綱:「そうかよ」
光世:「姫様…
光世:どうか!どうか姫様をお助け下さい!」
安綱:「わかってる、下がってな?
安綱:…”峰”でやるぞ、良いな!」
恒次:「わかりました」
国綱:「ああ」
月姫:「妾に仇(あだ)なす不届き者じゃ…
月姫:斬れ!斬り捨てい!!」
0:一斉に刀を抜き、構える御庭番達
0:三人は背中合わせとなり、陣形を取る
安綱:「…行くぞ!ハァアッ!」
恒次:「タァッ!テヤァ!」
国綱:「フン!ハッ!」
月姫:「カカッ…さぁて、
月姫:いつまで持つかのぉ…?」
0:御庭番達と斬り合う三人
0:数人を打倒した後、違和感に気付く
安綱:「く…コイツ等…!」
恒次:「まずいですね…」
国綱:「むぅ…」
安綱:「動きは鈍いがキリがねぇ…!
安綱:何度倒しても起き上がって来やがる」
恒次:「痛覚を遮断しているみたいです…」
国綱:「どうする」
月姫:「無駄じゃ無駄じゃ…
月姫:其方等如きでは、妾の兵は倒せぬわ」
安綱:「こいつぁ一筋縄じゃ行かねぇな…」
恒次:「僕に良い考えがあります」
国綱:「何だ」
恒次:「操られていても、
恒次:”気絶”は狙えるはずです
恒次:一撃で昏倒させる事ができれば…」
国綱:「良案だ」
安綱:「よっしゃ!やってやるぜ!」
恒次:「ッ!来ます!」
0:御庭番の一人が襲い掛かって来る
国綱:「安綱、背中を貸せ」
安綱:「おう!」
0:安綱の背中を駆け登り、
0:より高く跳び上がる国綱
0:相手の背後に回り込み、一閃
国綱:「―――忍法・『霧烏(きりがらす)』」
0:全体重を乗せた一撃にたまらず昏倒する
安綱:「お見事」
恒次:「さすがです、国綱さん」
安綱:「ッ!後ろだ恒次!」
0:安綱が吠えるが、
0:恒次は既に気付いていたように
0:背後の敵を”目視せず”対処する
恒次:「一刀流…壱の太刀
恒次:―――『神隠し(かみかくし)』」
0:一瞬で鳩尾を打ち抜く恒次
0:相手は糸が切れたように倒れ伏す
安綱:「ヘッ!お前もやるな!」
恒次:「安綱さん、そちらをお願いします」
0:通路から二人の御庭番が駆け寄る
安綱:「任せろ…!
安綱:旭光流(きょっこうりゅう)剣術―――」
0:太刀を鞘に納める安綱
0:次の瞬間、打ち出される剣技
安綱:「『赤風(あかかぜ)』!!」
0:目にも止まらぬ神速の横薙ぎ
0:その斬撃で二人の御庭番が吹き飛び
0:転がってそのまま昏倒する
月姫:「やるのぉ…よもやこれ程とは…」
安綱:「テメェみてぇにコソコソしてるだけの
安綱:腰抜けとは違うのさ!」
月姫:「ならば…”コレ”ならどうじゃ?」
光世:「安綱殿!避けて下され!!」
安綱:「なに!ぐ…ッ!?」
0:突然安綱に襲い掛かる光世
0:刃がぶつかり、鍔迫り合いとなる
国綱:「む!?」
恒次:「光世さん!?」
安綱:「どうして…!」
光世:「私の意志では…
光世:体が…勝手に…!」
国綱:「”妖術”か…」
恒次:「なんて事を…」
月姫:「カカカ…さぁどうする、討滅隊」
安綱:「…光世殿…少し、痛むぜ?」
光世:「かたじけない…」
安綱:「国綱ッ!」
国綱:「―――忍法・『影狼(かげろう)』…」
0:低姿勢から放たれる逆袈裟
0:鍔迫り合いの二人を引き離す
安綱:「旭光流剣術―――
安綱:『断空斬(だんくうざん)』!」
0:顎を掠めるように打ち上げる逆風
0:後ろに吹き飛び昏倒する光世
0:苦虫を噛み潰したような顔の三人
安綱:「…済まねぇ…光世殿…」
月姫:「隙ありじゃ」
国綱:「避けろ!」
安綱:「ッ!?」
0:国綱に突き飛ばされる安綱
恒次:「弐の太刀―――
恒次:『燕返し(つばめがえし)』!」
0:袈裟斬りと左切り上げの返し二連
0:弾かれ床に落ちたのは
0:何かが塗られた”得物”
恒次:「これは…苦無(くない)?」
安綱:「悪ぃ、助かったぜ国綱…」
国綱:「ッ…不覚」
恒次:「国綱さん!」
安綱:「どうした国綱!?」
国綱:「問題ない…動ける」
0:肩を抑え蹲り目が虚ろになる国綱
0:肩には先程の苦無が刺さっている
恒次:「まさか神経毒…!?
恒次:どこまでも卑劣な…覚悟!
恒次:一刀流、奥義―――!!」
安綱:「よせ恒次!」
恒次:「『三途渡し(さんずわたし)』!」
0:手首の腱、腿の内側、首筋に刃を振るう
0:恒次の流れるような一連の太刀捌き
月姫:「”青い”わ」
0:その必殺剣を容易くいなす月姫
恒次:「く…!」
月姫:「…踏み込みが甘いのぉ?
月姫:臆したか」
恒次:「何故止めたんですか…安綱さん!
恒次:この人は!!」
安綱:「殺すな!
安綱:姫さんは操られてるだけだ!」
恒次:「誰に操られていると言うのです!
恒次:三日月刀は妖刀では”ない”んですよ!?」
国綱:「安綱の…言う通りだ…
国綱:冷静になれ、恒次…」
恒次:「国綱さんまで!
恒次:では”本体”はどこなんですか!?」
安綱:「打ち合った時に解った…本体は、
安綱:三日月刀に取り憑いた”怨念”だ!」
恒次:「怨念…まさか!?」
月姫:「ほぉ…」
安綱:「このきなくせぇ臭い…
安綱:間違いねぇ”妖狐”だ!妖狐の怨念が、
安綱:その太刀に取り憑いてやがったんだ!」
恒次:「確かに…この感じ、”あの時”と似て?
恒次:では噂は―――」
月姫:「そこまで気付いておったか
月姫:ならば…どうする?」
恒次:「そうです安綱さん…
恒次:怨念は今、月姫様に取り憑いている
恒次:それを祓(はら)えなければ…!」
安綱:「状況は最悪だ…つまり―――」
国綱:「姫すら人質であった…
国綱:そういう事だ…」
月姫:「カカッようやく理解したか…
月姫:”氣”の弱い其方等では、
月姫:この妾に触れる事もできぬのじゃ」
安綱:「抜かせ、外道!
安綱:逃げ隠れするしか
安綱:能が無ぇだけだろうが!」
0:その一言に、
0:月姫から笑みが消える
月姫:「吠えるな…駄犬…」
0:月姫の纏っている氣が紫色を帯びる
安綱:「ッ!なんだ!?」
恒次:「何か来ます!」
国綱:「構えろ!」
月姫:「乱れ咲け…
月姫:―――『瑠璃色・椿(るりいろつばき)』」
国綱:「ぬ!?ぐわぁ!」
恒次:「わぁああ!」
安綱:「うぁあああ!ガハッ」
0:青紫の炎の花弁が三人を襲い
0:成す術無く吹き飛び転がる
0:安綱は支柱に背中を強打、
0:その衝撃で柱が折れ曲がり
0:支えられた天井の一部が崩れ落ちる
月姫:「其方等なぞ、塵にも等しい…
月姫:妾が手を下すまでもないと言う、
月姫:ただそれだけの事…」
安綱:「ゴホッ…ハァ…ハァ…
安綱:お前等…大丈夫か!」
国綱:「問題…ない…しかし…」
恒次:「加勢には…行けなくなりましたね…」
0:崩れ落ちた瓦礫に炎が燃え移り
0:部屋を分断さると同時に
0:退路が無くなる安綱
安綱:「お前等が無事なら…それで良いさ
安綱:…後は、俺に任せろ」
0:ボロボロの状態で立つ安綱
月姫:「脆いのぉ…
月姫:人間とはなんと脆い生き物か
月姫:そうまでして何故立ち上がる
月姫:何故、立ち向かう…?」
安綱:「守りたい”モノ”が…あるからだ…」
月姫:「”ソレ”のせいで其方は苦しむのじゃ…
月姫:守べきモノがあると、人間は弱いものよの」
安綱:「…違うねぇ」
月姫:「なんじゃと?」
安綱:「それは”弱さ”じゃねぇ…
安綱:守る事のできる…”強さ”だ!」
月姫:「戯言を…もう良い
月姫:灰となりて消え失せよ」
0:狐火が再び月姫の全身に纏う
0:それは炎となり、地獄の色に染まる
安綱:「ォオオオ!旭光流奥義―――!!」
0:真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに駆ける安綱
月姫:「舞い散れ…
月姫:―――『常闇桜(とこやみざくら)』」
0:禍々しい妖気が、
0:赤紫の炎となって安綱に襲い掛かる
安綱:「『鳳凰(ほうおう)!
安綱:天(てん)!
安綱:翔(しょう)!
安綱:剣(けぇえええん)』!!」
0:吹き荒ぶ桜のような炎の渦を
0:剣圧で巻き込みながら一直線に斬り進む
月姫:「馬鹿な…妾の炎が!?クッ!」
0:激しい鍔迫り合いで火花を散らす
安綱:「うぉおおおおお!!」
月姫:「チィッ!じゃが無駄な事よ…
月姫:其方にこの身体は切れまい!」
安綱:「…姫さん!聞こえてんだろ!?」
月姫:「何を―――」
安綱:「目を覚ませ…!アンタは弱くねぇ!
安綱:闘え!負けるな!自分自身に!!」
月姫:「小癪な…!」
安綱:「目を覚ませぇえええ!!」
0:月姫の三日月を持つ手が
0:徐々に押し上げられる
月姫:「この妾が…人間如きに負ける…?
月姫:まさか力が吸われ…ッ!
月姫:こんな事が…!?」
安綱:「いっけぇえええ!!」
月姫:「ぐわぁあああああッ!」
0:安綱の太刀が
0:月姫の太刀を跳ね除ける
0:そのまま後方へ吹き飛び
0:仰向けに倒れる月姫
0:息も絶え絶えに切っ先を向ける安綱
安綱:「俺の…勝ちだ…!
安綱:さぁ!姫さんの身体を返せ!!」
月姫:「…カカッ」
安綱:「何がおかしい!」
月姫:「其方は勝ってなどおらぬわ…必ず死ぬ
月姫:そういう運命(さだめ)じゃ…」
安綱:「そんな成りで、まだやろうってのか?
安綱:さっさと姫さんを解放しろ!!」
月姫:「殺すのは妾ではない…」
安綱:「なんだと」
月姫:「理解したとて、どうする事もできぬ…
月姫:じゃが其方ならば…或(ある)いは…」
安綱:「どういうことだ!?」
月姫:「いずれ、この"日ノ國"に…
月姫:百鬼を統べる御方…
月姫:"皇(すめらぎ)様"が降臨なされる…」
安綱:「スメラギ…?」
月姫:「それまで精々…足掻くが良い…
月姫:愚かで、矮小(わいしょう)な…
月姫:人間共…」
安綱:「ッ待て!!」
0:取り憑いた妖狐はそっと目を閉じる
0:そうして月姫の身体から邪氣は消え去った
安綱:「…百鬼を統べる…皇…」
0:反芻するように呟く安綱
0:部屋の外から声が響く
国綱:「無事か!安綱!」
恒次:「安綱さん!」
0:壁の向こうから声が聞こえる
安綱:「国綱…!恒次…!
安綱:ああ!どうにかな!!
安綱:そっちはどうだ!?」
恒次:「国綱さんの応急処置は終えました
恒次:もう安心です…でも―――!」
国綱:「火の回りが早い…
国綱:猶予も残されてはおらぬだろう」
安綱:「そうか…頼みがある!」
国綱:「なんだ」
安綱:「光世殿と御庭番達を連れて、
安綱:安全な場所へ避難してくれ!」
恒次:「安綱さん…」
国綱:「お前はどうする」
安綱:「さぁな、なんとかするさ」
国綱:「なんだそれは?はっきり答えろ!」
恒次:「崩れます!国綱さん!!」
国綱:「わかっている!おい、安綱!!」
安綱:「大丈夫だ!姫さんは任せろ!
安綱:そっちは、頼んだぞ!!」
0:力強い返事に黙る国綱
国綱:「…死ぬなよ、安綱」
恒次:「どうか、ご無事で…」
安綱:「当たりめぇだろ!行け!!」
0:二人が去るのを音で感じる安綱
0:太刀を鞘に納め、周りを見渡す
0:火の手は部屋全体を覆いはじめる
0:すると、月姫が意識を取り戻した
月姫:「ぅ…ッ…」
安綱:「!?おい姫さん!しっかりしろ!」
月姫:「全て…”視て”おりました…
月姫:この城は持ちません…
月姫:せめて、アナタ様だけでも…」
安綱:「諦めるな!」
月姫:「私(わたくし)はもう戻れません…
月姫:国にも、町にも、民等の元にも…
月姫:取り返しのつかぬ事をしたこの身では…」
安綱:「後戻りできなくても
安綱:新しくはじめる事は、いつだってできる!」
月姫:「一寸先は闇だと…
月姫:解っていてもでございましょうか…?」
0:月姫の震える手を握る安綱
安綱:「明るい未来を目指すんだ
安綱:例え今、闇の中だったとしても
安綱:いや!闇の中だからこそ!
安綱:"光"ってやつぁ、輝いて見える!」
月姫:「安綱…様…」
安綱:「跳ぶぞ…しっかり掴まれ」
月姫:「はい…」
0:安綱は三日月刀と月姫を背に抱え、
0:勢いよく駆け出した
安綱:「道は、必ず俺が切り拓く…!」
0:燃え盛る見晴らし台の窓へと
安綱:「うぉおおおおおおおおおお!!」
0:窓を打ち破り、外へ跳び出す
0:目を瞑り、しがみ付く月姫
0:地上の国綱と恒次はそれを見上げる
月姫:「安綱様…」
安綱:「届け…」
恒次:「安綱さん…」
安綱:「届け…!」
国綱:「安綱…」
安綱:「とぉ・どぉ・けぇえええええ!!」
0:跳び出す慣性のまま落下した先、
0:庭で咲き誇る巨大な枝垂桜に突っ込む
0:太い幹から伸びる幾重にも重なった枝が
0:衝撃を受けて拉げ折れ、勢いを殺す
0:舞い降りた薄紅色の花びらが
0:一面に散らばり、辺りを染め上げて
0:二人を優しく包み込んだ
恒次:「ッ!枝垂桜に落ちました!」
国綱:「安綱!おい安綱!
国綱:今死ぬ事は許さんぞ!!」
安綱:「痛てて…生きてるよ…」
恒次:「安綱さん…!」
国綱:「まったく…お前と言う奴は…」
安綱:「ほぉら…なんとか成ったろ?
安綱:姫さんは…寝ちまったみてぇだな…
安綱:怪我はなさそうだ」
恒次:「無茶しすぎです…安綱さんは」
国綱:「この大馬鹿者め…」
安綱:「ヘヘ…」
0:微笑む三人、戦いは終わったのだ
0:
0:【場面転換】最果ての城 枝垂桜前
0:暫くして、月姫と共に
0:幹に寝かされていた光世が目を覚ます
光世:「―――ここは…?姫様!」
安綱:「目覚めたか、光世殿」
光世:「安綱殿…姫様は!?」
恒次:「大丈夫ですよ、光世さん」
安綱:「姫さんは無事だ」
国綱:「大事には至らぬ」
月姫:「光世…」
0:目覚めた月姫は
0:とても穏やかな優しい声色
光世:「おぉ姫様…そのお声、その眼差し…
光世:戻られたのでございますね…?
光世:やはり、原因はあの妖刀に―――」
国綱:「三日月刀は妖刀などではない」
光世:「な、なんと…?」
恒次:「三日月刀は美しさだけではなく、
恒次:その昔、妖狐を狩った伝説の刀として
恒次:ある場所に保管されていたんです
恒次:僕達の”今回の目的”は
恒次:何者かによって盗まれた
恒次:三日月刀の回収…ですから、
恒次:はじめからあの刀が
恒次:妖刀でない事は解っていました」
安綱:「姫さんはあの三日月刀に封印された
安綱:妖狐の怨念に取り憑かれていたのさ?」
光世:「妖狐の…怨念?」
国綱:「討伐された妖狐の
国綱:いわば残滓(ざんし)…
国綱:斬られた際、力の一部を使い、
国綱:三日月刀に憑依したのだろう…」
安綱:「だが、その怨念は俺が祓った
安綱:もう姫さんは大丈夫だ」
光世:「然様でございましたか…では
光世:此度の件は全て、妖狐の仕業
光世:であったのでございますね…?」
安綱:「ああ、姫さんは無実だ」
光世:「良かった…
光世:姫様の御意志による物でなくて…
光世:本当に…良かった…」
月姫:「ッ!」
0:距離を取り、土下座をする月姫
安綱:「な…姫さん!?」
恒次:「月姫様?」
国綱:「姫…?」
光世:「姫様…一体―――」
月姫:「私は…
月姫:"妖狐"に取り憑かれたのではありません…
月姫:進んで、この身を捧げたのです」
安綱:「なに…?」
0:唖然とする一同に月姫は語る
月姫:「当時の私はたかが一介の貴族、
月姫:帝(みかど)の直系に当たる人物が相手では
月姫:弱い立場の身…婚姻を断る事など、
月姫:到底許されるものではありません…
月姫:そんな折、三日月刀に取り憑いた妖狐が
月姫:取引を申し出てきたのです…
月姫:身を委ねる事を条件に、自由を与える…と」
光世:「姫様…そのような事が…」
月姫:「お頼み申し上げます…
月姫:どうか、その刀で私を御斬り下さい
月姫:この牢獄より開放して下さい…」
光世:「姫様…!」
安綱:「そんなに死にてぇか?」
月姫:「…ここは、地の獄でございます」
光世:「成りませぬ!姫様!」
月姫:「黙りなさい…!
月姫:いくら頭を下げようと、
月姫:取り憑かせたのは事実
月姫:奪われた魂は還りません…」
光世:「それは…ですが姫様…」
月姫:「これは…私が選んだ”道”なのです」
恒次:「月姫様…」
国綱:「姫…」
安綱:「…気に食わねぇ」
月姫:「ぇ?」
0:月姫の決断に皆が押し黙る中、
0:一人腑に落ちない顔をする安綱
光世:「安綱殿…?」
恒次:「安綱さん…」
国綱:「安綱…」
安綱:「逃げる事は悪くねぇ…だがな、
安綱:アンタは本当に何もできなかったのか
安綱:無駄と解っていても行動したか?
安綱:死ぬ程嫌なら本気でぶつかったのか?
安綱:生半可に生きてんじゃねぇぞ…!
安綱:涙を流すくれぇなら、
安綱:心の中から叫んでみせろ!
安綱:自分で"自分"を、否定するな!!」
月姫:「安綱…様?」
安綱:「いいか、良く聞きやがれ!
安綱:確かに俺はアンタに惚れてる!
安綱:ああ!好きで好きで堪んねえのさ!!」
月姫:「!」
安綱:「けどな…それでアンタが
安綱:涙を流すハメになんのは我慢ならねぇ!
安綱:俺達は!惚れた女に命を懸けるんだ…!
安綱:それが男の"誇り"なんだ!
安綱:舐めんじゃねぇ!!」
月姫:「私は…許されるのですか…?
月姫:消せぬ過去を、罪を背負って…
月姫:それでも…それでも、
月姫:生きて…良いのですか…?」
0:目に涙を浮かべる月姫
安綱:「俺が許す…
安綱:だから生きろ、何よりも強く
安綱:そして…思いっきり笑え」
月姫:「…はい…」
0:涙を流し、ようやく心から解放される月姫
光世:「安綱殿…ありがとうございまする…!」
0:月姫の傍に寄り、
0:共に深々と土下座をする光世
国綱:「だがどうする、安綱」
恒次:「三日月刀は回収しました…
恒次:ですが、このままでは御二人が…」
安綱:「”策”は…ある」
0:顎に手を添えると少し考え、口を開く
安綱:「今宵、城は襲撃にあった
安綱:賊は三人、俺達だ…目的は城の財宝
安綱:宝物庫に忍び込んだ賊は愚かにも、
安綱:保管されていた妖刀に手を出した…
安綱:呪いを受けた賊は発狂、城に火を放つ…
安綱:家来と共に脱出した姫さんは
安綱:心身に深い傷を負い、
安綱:療養を余儀なくされた…
安綱:っとまぁ…こんなところさ?あとは、
安綱:町の連中に事の顛末(てんまつ)を説明して
安綱:故郷で前のように両親と暮らせば良い…」
恒次:「なるほど…
恒次:呪いに関しては周知の事実、
恒次:月姫様がお身体を崩されたとしても
恒次:祝言を挙げていない以上、
恒次:帝側へ赴(おもむ)く必要はない…
恒次:問題となった刀は我々が持ち去る…
恒次:証拠も残らない…名案ですね」
国綱:「…それしかあるまい」
月姫:「そんな…安綱様それでは…!」
安綱:「御上(おかみ)に言われてんのは、
安綱:”百八つの呪物の回収”だ
安綱:お尋ね者に成ろうが成るまいが
安綱:今更知ったこっちゃねぇのさ?」
光世:「安綱殿…すまぬ…すまぬ…」
国綱:「む…この足音…
国綱:安綱、町の者達が来るぞ」
恒次:「行きましょう、安綱さん」
安綱:「”コレ”も縁(えにし)…か」
0:二人に背を向け、
0:足早に立ち去ろうとする安綱
月姫:「安綱様…!」
光世:「姫様!?」
0:追い駆けようとする月姫
0:身体が縺れ、倒れる
0:月姫を支える光世
安綱:「…行くぞ、お前等」
月姫:「いつまでも!
月姫:お慕い…申しております…」
光世:「姫様…」
0:一瞬立ち止まるが、
0:振り返らず歩き出す安綱
安綱:「達者でな…姫さん」
月姫:「…安綱様
月姫:この御恩、いつか…いつか…」
0:泣き崩れる月姫
0:その背を支え見送る光世
0:三人は燃え盛る城を後にする
安綱:「………(深呼吸のような悲しい溜息)」
恒次:「…好きになる事は簡単かもしれません
恒次:ですが…
恒次:好きで居続ける事は難しいものです…」
国綱:「…おい」
安綱:「んだよ」
国綱:「本当に、良いのか?」
安綱:「何を言う…(息を吸って)
安綱:最良でござるよ!」
国綱:「フ…そうか」
恒次:「あなたと言う人は…本当にもう」
安綱:「さぁ!今宵は満月でござる
安綱:団子を食べるでござるよ~!」
0:男達は、旅を続ける
0:待ち受ける試練と未来に向かって
光世:(N)『一つの出逢いと、一つの別れ…
光世:一期一会のこの世で生きる
光世:気高き志士(しし)の花道に、
光世:今宵の月は何を想うか…
光世:ススキ草、風に靡(なび)く星空と
光世:月明かり、優しく照らす道筋は
光世:ただただ何より美しく、
光世:穏やかな静寂に
光世:包まれていたのであった…
光世:
光世:ツクガミ刀剣伝説
光世:これにて、一件落着』
0:終
光世:(N)『時は、江戸前期
光世:戦の世を生き抜いた日ノ國(くに)は
光世:それでも尚、鳴り止まぬ怒号と
光世:怨嗟(えんさ)の炎に炙(あぶ)られていた…
光世:
光世:やがて民草も枯れ果てた頃…
光世:國を救わんと声を上げた者が現れた
光世:
光世:名を、”月姫”――――――
光世:
光世:穏やかで、慈悲深く、
光世:身分問わず接するその温かな手は
光世:疲弊した民等にとって”救い”であった
光世:
光世:しかし、束の間の安らぎも虚しく、
光世:滴る血も乾かぬ内に”悲劇”は起きる
光世:
光世:成人の儀の前夜…
光世:供物に紛れた呪物
光世:妖刀、三日月の”邪氣”に触れた月姫は
光世:精神を蝕(むしば)まれ、乱心
光世:最果ての城へと幽閉されるのであった
光世:
光世:そして、一年と数カ月の時が流れる―――』
光世:
0:【場面転換】最果ての城 月見櫓
0:男は片膝を着き、
0:女は外の景色を眺めている
月姫:「…のぉ、光世(みつよ)」
光世:「如何(いかが)なされましたか、姫様」
月姫:「今宵は静かじゃ…月明かりに、
月姫:枝垂桜(しだれざくら)も良く映える」
光世:「…明日の夜は満月でございますれば
光世:さぞ、美しく咲きましょう」
月姫:「お主はとんと、隠し事が苦手よの?
月姫:…何を躊躇うておる」
光世:「…恐れながらこの光世、
光世:姫様の御意向に背(そむ)くご無礼
光世:何卒(なにとぞ)、御容赦賜(たまわ)りたく…」
月姫:「良い…申してみよ」
光世:「…触書(ふれがき)の件にございます
光世:此度(こたび)謁見を申し出た者は三名…
光世:配下によれば、いずれも流浪との事、
光世:しかしながら斯様(かよう)な者達を
光世:姫様の御前に招き入れるなど…」
月姫:「そう案ずるでない…連れて参れ」
光世:「ですが姫様―――」
月姫:「光世」
光世:「…は」
月姫:「二度は、言わぬぞ…?」
光世:「…御意(ぎょい)」
月姫:「全ては、”余興”…何者であろうと、
月姫:妾(わらわ)の邪魔はさせぬ…」
0:暗く静かな星空を
0:夜風に揺れる枝垂桜が
0:その儚げな色で彩っていた
0:
0:【場面転換】果ての都 表通り
0:町の大通り、喧騒の中
0:腰に太刀を佩いた男達が話している
国綱:「ここが果ての都(みやこ)か…
国綱:噂では”例の物”があると聞くが、
国綱:誠なのか恒次(つねつぐ)?」
恒次:「ええ、御二人が到着する前日に
恒次:謁見を申し出ておきましたよ
恒次:国綱(くにつな)さん」
国綱:「そうか…む?
国綱:安綱(やすつな)はどこだ」
恒次:「先程までいらしたのですが…
恒次:はぐれてしまったようですね?」
国綱:「”また”か…」
恒次:「ふふ…そう心配なさらずとも、
恒次:安綱さんなら大丈夫ですよ」
国綱:「心配などしておらん…あ奴の事だ、
国綱:どこぞで食うておるのだろう
国綱:まったく、”目的”を前に人捜しとはな…」
恒次:「おや…どうやら、
恒次:その必要はなさそうですよ?」
安綱:「国綱~!恒次~!
安綱:待つでござるよ~!」
0:何やら包みを持った男が
0:二人に駆け寄って来る
国綱:「はしゃぎ過ぎだぞ、
国綱:なんだ手の”ソレ”は」
安綱:「団子でござるよ!!」
恒次:「この香り…甘味(かんみ)ですか」
安綱:「さすが恒次!良く分かったでござるな!
安綱:食べるでござろう?」
0:包みを広げ、中から串団子を取り出す
0:ほんのりと漂う、優しく甘い香り
恒次:「ええ、頂きます」
国綱:「恒次…お前は安綱を甘やかせ過ぎだ」
安綱:「?甘いのは良い物でござるよ?」
国綱:「そうではない…」
恒次:「良いじゃないですか、国綱さん
恒次:美味しいですよコレ」
安綱:「腹が減っては戦はできぬでござる!
安綱:食べながら行くでござるよ!国綱!」
国綱:「…仕方のない」
0:串団子を国綱に渡す安綱
0:それを渋々受け取る国綱
0:微笑ましく見ている恒次
0:三人は歩き出す
恒次:「でも珍しいですね、この御時世に…
恒次:滅多にないですよ?」
安綱:「祝い事でもあるのでござろう
安綱:町中が活気に満ちてるでござる
安綱:良い事でござるよ」
国綱:「…”毎度”の事だが、不気味だな」
安綱:「およ?何がでござる?」
国綱:「とぼけるな、その喋り方だ」
安綱:「ナンノハナシデゴザッタカ」
国綱:「いつまで続ける」
安綱:「国綱は不満でござるか?
安綱:子供受けは良いでござるよ?」
国綱:「…茶番だ」
安綱:「およよっ!よもやお怒りでござるか?
安綱:シワを寄せると、老けるでござるよ~?」
国綱:「もういい」
恒次:「ふふ…国綱さんは真面目ですからね」
安綱:「国綱はいつも怒ってるでござるな
安綱:女子にモテぬでござるよ~?」
国綱:「余計だ…大体、恒次にならまだしも
国綱:いつも弛(たる)んでいるお前にだけは
国綱:言われたくもない」
安綱:「恒次は良いでござるか!?」
国綱:「恒次はそんな事を言わぬ」
安綱:「差別でござる!」
国綱:「区別だ」
安綱:「…団子を返すでござるよ」
国綱:「フン(団子を食らう)」
安綱:「ああああ!」
0:無慈悲な国綱を
0:ポカポカと叩く安綱
恒次:「御二人とも、見えてきましたよ」
国綱:「む?」
安綱:「およ?」
0:二人をよそに進んでいた恒次が
0:前方の建物を指差す
恒次:「あの桜の向こうにあるのが、
恒次:”最果ての城”です」
国綱:「ほぉ…ここからでも見える程とは」
安綱:「立派な桜でござるな~」
0:恒次の指差す方向、その先に
0:城の塀すら優に超えるであろう巨大な枝垂桜が
0:この世の物とは思えぬ程に美しく咲き誇っていた
恒次:「枝垂桜…でしょうね
恒次:あそこまで大きな物はそうありません
恒次:樹齢はおよそ数十…いえ、数百でしょうか」
安綱:「およ?誰か出て来たでござるよ?」
0:城の堀に架かる橋から
0:位の高そうな人物が歩いて来る
光世:「…触書に応じた者は、
光世:その方等で相違ないか」
安綱:「いかにも!拙者は安綱でござる!
安綱:この二人は拙者の連れ故、
安綱:どうか安心するでござるよ!」
国綱:「国綱と申す」
恒次:「恒次です」
光世:「良くぞ参られた、私は光世…
光世:此度の案内役を務めさせて頂く
光世:ついて参られよ…」
安綱:「お頼み申すでござる、光世殿
安綱:さぁ二人とも、
安綱:いざ参るでござるよ~!」
0:光世に案内されて進む安綱
国綱:「…」
恒次:「…国綱さん」
国綱:「”見られている”な」
恒次:「どうします?」
国綱:「…気にするな恒次
国綱:問題ない」
恒次:「…わかりました」
安綱:「早く来るでござるよ~!」
0:三人は門を潜り、中へ入って行く
0:只ならぬ雰囲気を纏った
0:最果ての城へと…
0:
0:【場面転換】最果ての城 内部
0:昼だというのに薄暗い渡櫓の廊下を経て
0:光世に大天守へと連れられる三人
光世:「姫様は天守の上階に居られます
光世:ただし注意されよ、客人と言えども
光世:無礼を働く者は市中引き回しの上、
光世:打ち首獄門に処される…
光世:努々(ゆめゆめ)お忘れ為されるな」
安綱:「気を付けるでござるよ?
安綱:国綱、恒次」
国綱:「お前が言うな」
恒次:「ふふ、気を付けますね?」
安綱:「ときに光世殿?
安綱:姫殿の容体は如何でござるか
安綱:何せ御触れまで出す深刻な事態、
安綱:よほどの病と見受けるでござるが」
光世:「”アレ”は病ではございませぬ
光世:…触書の通り
光世:”呪い”にございます」
国綱:「病ではない…か」
恒次:「呪い…と言うのは
恒次:具体的にどの様なものでしょう」
光世:「まずは…お会い頂きたい」
恒次:「…そうですか」
国綱:「危険はないのか」
光世:「…」
0:苦い顔をし、立ち止まる光世
安綱:「まぁまぁ国綱、落ち着くでござる
安綱:言いにくい事もあるでござろう
安綱:ここは光世殿を立てるでござるよ」
光世:「…かたじけない」
安綱:「良いでござるよ
安綱:引き続き、案内を頼むでござる」
0:顔だけ振り返り、ゆっくり頷く光世
0:硬い表情が少し緩んだように見えたが
0:すぐ緊張した面持ちに戻り、歩き出す
0:部屋の前に来ると、三人を中に通した
光世:「…此方(こちら)でしばし待たれよ」
安綱:「おお、広いでござるな~」
恒次:「さすが最果ての城
恒次:この広さと高さなら、
恒次:町が一望できますね」
国綱:「…姫はどこだ」
光世:「お呼び致す…」
月姫:「それには及ばぬ」
0:まるで凍て付きそうな程冷たく、
0:しかしハッキリと聞こえる声が響いた
光世:「ッ―――姫様!?」
月姫:「…この者等か、
月姫:妾に会いたいと申すのは」
0:音もなく現れた人物…月姫は
0:跪く光世を一瞥もせずに尋ねる
光世:「…は
光世:然様(さよう)でございます」
安綱:「おぉ…」
恒次:「この方が…」
国綱:「姫…」
0:鼻筋の通った幼い顔立ちに
0:美しい二重の切れ長目
0:柔らかで白い肌と
0:花弁のように染まる唇
0:そこから洩れた言葉は
0:甘く、しかし冷たさを秘め
月姫:「何をしておる…
月姫:”頭(ず)”が高いぞ」
0:小さく、か細い身体から放たれる
0:想像もつかぬ程の”威圧感”に
0:声を出す事ができず立ち尽くす
国綱:「…」
恒次:「…」
安綱:「これはご無礼仕(つかまつ)った!
安綱:姫殿のあまりの美しさに
安綱:心を奪われてしまったでござるよ!
安綱:ささ、国綱?恒次?座るでござる」
0:ただ一人を除いて
国綱:「…ああ」
恒次:「済みません…ご無礼を、月姫様」
0:月姫の前に並んで座る三人
月姫:「ほぉ…震えて声も出せぬ童(わっぱ)と
月姫:思うておったわ…」
光世:「その方等、姫様の御前である
名を―――」
月姫:「名など、どうでも良い…
月姫:して…其方等(そなたら)はどうする?
月姫:所詮は流浪、取柄があるとも思えぬが
月姫:ただ見に来たという訳でもあるまい…」
0:部屋の最奥、一段高い壇上に座る姫
0:静かな瞳がゆっくりと三人を見据える
安綱:「拙者達はただの流浪ではござらぬ
安綱:地方を巡り、その土地に伝わる
安綱:”変わった品”を求めて
安綱:旅をしているでござるよ」
月姫:「変わった品…とな」
国綱:「俗に言う曰く付き…
国綱:某(それがし)達は便宜上、
国綱:”呪物(じゅぶつ)”と呼んでおります」
月姫:「なるほどのぉ…呪物か
月姫:…しかし毒やもしれぬぞ?
月姫:それはどう判断するのじゃ」
恒次:「病や毒に関しては心得がございます
恒次:僕達は旅の中で、呪いに苦しむ人達から
恒次:危険な呪物を回収しているのです
恒次:そんな折、月姫様の噂を耳にしまして」
安綱:「拙者達は此度の一件が
安綱:呪物によるものであると踏み、
安綱:馳せ参じた次第でござる」
月姫:「面白い考えじゃな…のぉ光世?」
光世:「…は」
恒次:「何か心当たりはお有りですか?」
月姫:「そう急くでない…
月姫:其方等の望みは良ぉ解った」
光世:「姫様…では、”アレ”を?」
月姫:「うむ、持って参れ」
光世:「御意」
恒次:「僕も同行して宜しいでしょうか?」
光世:「…姫様?」
月姫:「構わぬ、好きにせぃ」
国綱:「某も行こう…お前はどうする」
安綱:「拙者はここに残るでござるよ」
国綱:「…粗相はするなよ」
安綱:「信用するでござる」
国綱:「お前だからだ」
安綱:「およ~?」
光世:「では御二方、こちらへ…」
0:光世は月姫に頭を下げると
0:国綱と恒次を連れて部屋を出る
月姫:「其方は行かぬのか?」
安綱:「万が一に備え、
安綱:拙者は姫殿の傍に居るでござるよ」
月姫:「…ますます面白い男じゃのぉ?」
0:月姫はゆっくりそう言うと
0:安綱を見据え、怪しく微笑む
0:
0:【場面転換】宝物の間 通路
0:光世に同行する国綱と恒次
0:手燭によって照らされる廊下は
0:薄暗く、不気味な雰囲気が漂う
恒次:「…光世さん、
恒次:無礼を承知でお伺いするのですが…」
光世:「姫様の事、ですかな…恒次殿」
恒次:「えぇ…お噂の月姫様は
恒次:民衆にも笑顔を振りまいて下さる
恒次:誰よりも優しく、温かいお人だと…」
国綱:「だがあの”気配”…
国綱:尋常ではないな」
0:訝しむ二人に、重い口を開く光世
光世:「姫様は…
光世:とても穏やかな方でございました…
光世:お若くして姫という立場でありながら
光世:その優しさと憂いに満ちた眼差しで、
光世:我々を導いて下さいました…」
0:光世は振り返らず、
0:言い淀みつつも話を続ける
光世:「…しかし”あの日”から、
光世:以前とはまるで別人のようになられた…」
恒次:「あの日?」
国綱:「何があった」
0:一拍置いて、光世は
0:どこか懐かしむように語り始める
光世:「あれは…姫様が十二の頃―――
光世:姫様は父君、母君と共に
光世:多くの者に慕われながら、
光世:清らかで美しく御心を育まれ、
光世:健やかに日々を過ごされておられました…
光世:そして、成人の日が迫ろうという時です
光世:ある御方から求婚の申し出がございました
光世:当時は戦国の時代から脱した直後…
光世:財ある者に娶(めと)られるというのは
光世:大変な誉(ほまれ)でもありました…
光世:ところが…」
0:非常に苦しい顔になる光世
恒次:「ところが…?」
光世:「御相手は四十となる御高齢だったのです…
光世:あまりの年齢差にはじめは誰もが驚き、
光世:戸惑いと落胆の声があがりました
光世:ですが…
光世:戦の世をなんとか耐えはしたものの、
光世:病や飢えを凌ぐ場所すら満足に補えぬ
光世:弱い立場であったが故に…結局、
光世:その申し出を断る事ができなかったのです
光世:姫様は…大変苦しんでおいででした…
光世:毎夜月を見上げては涙を流される姫様を
光世:黙って見ている事しかできず
光世:ひたすらに襲い来る怒りと、無力さに、
光世:この身を裂かれる思いでございました…
光世:それでも、
光世:家臣である私ではどうする事もできず
光世:ただ時を待つばかりとなったのです…」
国綱:「それが乱心の原因か?」
0:切り込む国綱に対して
0:首を横に振る光世
光世:「…いえ、”事”が起きたのは
光世:その後でございます…」
0:押し黙る光世
恒次:「聞かせて下さい」
国綱:「…頼む」
0:”札”が貼られた戸の前で立ち止まり
0:それを睨み付けながらも、
0:覚悟を決めて口を開く光世
光世:「いよいよ、成人の儀を目前に控えた
光世:赤い月が昇る祝言前夜の事でございます
光世:御殿(ごてん)に”とある刀”が、
光世:祝いの品として贈られたのです…
光世:地色青く焼刃(やきば)白し、
光世:三日月の打除けを持った
光世:かくも美しい刀身の太刀…
光世:名は…”三日月刀”」
恒次:「!…国綱さん」
国綱:「ああ…」
0:札を外し、戸を開ける光世
0:その部屋の最奥、祭壇に飾られた
0:湖に映る三日月の如く美しい太刀が、
0:妖艶な輝きを放っている
0:傍にあった燭台に火を灯し、
0:三日月刀の前に立つ三人
光世:「三日月刀は、
光世:異様な存在でございました
光世:何も知らぬ姫様も純粋さ故に、
光世:惹きつけられたのでございましょう…
光世:そして姫様が刀に触れた途端、
光世:不思議な光が放たれ…
光世:その場に居た者達は私を含め
光世:皆が気を失い、気が付いた時には…
光世:御二人の反応を見るに、
光世:やはりこの刀は…
光世:”妖刀”だったのでございますね」
恒次:「それは―――!」
国綱:「恒次、話を聞こう
国綱:失敬、光世殿…続きを」
光世:「…それからと言うもの、
光世:姫様はお変りになられました…
光世:時折見せる眼差しや、
光世:配下の者達への扱いも…
光世:刺すような、
光世:冷たい物言いをなされるように…
光世:あのお優しかった…姫様が―――」
恒次:「そう…だったのですね」
国綱:「…それが、今の姫か」
光世:「姫様は今、ご自身の御心を
光世:”呪い”に支配されておられる…
光世:全てを焦がさんとするような
光世:激しい感情…憎悪という呪いに…」
国綱:「憎悪…か、当然だな」
恒次:「御相手はどうしたのです?
恒次:月姫様を愛しておられるなら、
恒次:寄り添ったはずでは?」
光世:「…御相手様はこの件を知るや否や
光世:奇病が治るまで祝言は挙げぬと、
光世:姫様を幽閉なさったのです
光世:この城…最果ての城に…」
恒次:「病でない事は一目瞭然です!
恒次:なんて身勝手な…」
国綱:「呪いなど…信じる者の方が少ない」
光世:「然様…我々もはじめは病の類と思い、
光世:町の医師等を招き入れては
光世:あらゆる手法を用い、
光世:姫様の回復を試みました…
光世:されどかなわず、
光世:招いた医師の方が倒れる始末…
光世:そんな折、ある日一人の医師が
光世:悪霊の仕業ではないか、と…」
恒次:「それを聞いて、
恒次:月姫様は何も仰らなかったのですか?
恒次:聞く限りでは世迷言と一蹴されそうで…」
光世:「当然、切腹も辞さぬ覚悟…
光世:しかし姫様は寛容にもお許しになり、
光世:その後この町ではあのような触書が
光世:出されるようになったのです…」
国綱:「それで、何か変化はあったのか」
光世:「ございませぬ…
光世:事態は悪くなる一方でございます…」
恒次:「まったく…?
恒次:診療した人達はどうされたんです?
恒次:何の資料も残っていないんですか?」
光世:「姫様の御前に立って無事であった者は
光世:一人として居りませぬ…
光世:著名な医師も、名のある武人も
光世:皆一様に畏(おそ)れ、気を失い…
光世:そのまま、事切れてしまうのです…」
恒次:「無事な方は居ますよ
恒次:あなたと、安綱さんです」
光世:「恒次殿、それは…
光世:ただ運が良かっただけにございます
光世:この刀を”桜の間”へ持ち帰った時には、
光世:安綱殿は恐らく……ん?」
国綱:「む!」
恒次:「危ない光世さん!」
0:光世の手の中で震えたかと思うと、
0:鞘から刀身が勢い良く抜かれ、
0:そのまま宝物庫から飛び出して行く
光世:「そ、そんな…三日月刀が飛んで…!」
恒次:「刀が独りでに…国綱さん!」
国綱:「”妖術”か…追いかけるぞ」
恒次:「はい!」
光世:「あの方角はまさしく桜の間…!
光世:あぁ安綱殿…
光世:どうかご無事であられよ…!」
国綱:「心配には及ばぬ」
光世:「国綱殿…?」
国綱:「あ奴は…”最強”だからな」
0:国綱の力強さに息を呑む光世
0:燭台の灯りが静かに揺らめていた
0:
0:【場面転換】桜の間
0:時は少し遡り、先程の部屋
0:月姫と話す安綱
安綱:「―――でござるよぉ~!
安綱:あの時、国綱が居なかったらと思うと…
安綱:今考えても大変でござったぁ
安綱:恒次の機転が効いたでござるな~」
月姫:「ほぉ…外にはそのような物があるのか
月姫:興味深いのぉ…実に愉快じゃ」
安綱:「カラクリ屋敷の話はお気に召されたか!
安綱:それは何よりでござる~」
月姫:「この城にそのような仕掛けは無い…
月姫:誠、つまらぬ所よ…」
安綱:「いやはや、この城も立派でござるよ
安綱:ここから見える枝垂桜の
安綱:なんと優美な事でござろう…
安綱:夜空に輝く満月もとても美しいでござる」
月姫:「…城は好ましく思わぬが、
月姫:月は…良い物よの」
安綱:「そうでござる、そうでござるよ~
安綱:町の人々も特に祝いの雰囲気で、
安綱:活気付いて賑やかでござった…」
月姫:「…祝い…のぉ」
安綱:「およ…」
月姫:「其方は知らぬか…
月姫:あの行事が何なのか
月姫:何を祝っている物か…」
安綱:「是非…聞きたいでござるよ」
0:月姫はゆっくりと立ち上がると
0:安綱の傍までやってくる
月姫:「アレは…妾がこの城へとやって来た
月姫:その時からある呪(まじな)いじゃ
月姫:望まぬ婚礼のな…」
安綱:「なんと…酷い話でござるな…」
月姫:「妾は憂(うれ)いておる…
月姫:図々しくも富を貪(むさぼ)る民等を…
月姫:いっそ、燃やしてしまえば楽というもの」
安綱:「…それは、誤解でござるよ」
月姫:「違うと申すか」
安綱:「拙者が見た人々は笑顔でござった…
安綱:皆、姫殿を称えていると思うでござる」
月姫:「そんな物では、妾は癒されぬ」
安綱:「では、姫殿は…
安綱:何をお望みでござるか?」
月姫:「…其方は、妾を癒してくれるか?」
0:驚くほど静かに、
0:手を安綱の頬に添える月姫
安綱:「な…姫殿…」
月姫:「動くでない…近う寄れ」
0:静かな月夜、二つの影が落ちる
0:男女にとって甘美なる一時…
0:しかし―――
安綱:「…ッ!」
0:痛みを感じ咄嗟に離れる安綱
0:その首筋から血が少し流れる
月姫:「ほぉ…躱(かわ)すか」
安綱:「…爪?」
月姫:「鈍い男と思うておったが…
月姫:存外…侮れんのぉ?」
0:爪に付着した血を舐める月姫
安綱:「いくら美しい姫殿であっても、
安綱:そのような殺気が漏れていては
安綱:警戒せずに居れぬでござろう…」
0:首を抑えつつ間合いを取る安綱
月姫:「いつから気付いておった…?」
安綱:「妾…と言った時からでござる」
月姫:「なに?」
安綱:「妾と言うのは元来、
安綱:武家の女がへりくだって用いるもの…
安綱:姫の身分で使うものではござらぬ」
月姫:「ならば何故、無駄話をしていたのじゃ
月姫:有無を言わず斬り伏せる事もできよう?」
安綱:「”匂い”が人の物だったから、でござるよ」
月姫:「匂いじゃと…?」
安綱:「化けているのであれば
安綱:淀(よど)みも生じるでござるが…
安綱:抱き寄せた時、それは無かった
安綱:身体は本物…となれば、
安綱:奪ったのでござろう?」
月姫:「…良くぞ見破ったのぉ?
月姫:褒美じゃ…」
0:安綱の背後から鋭い殺気が迫る
0:ソレは桜の間の戸を突き破り
0:月姫の手元に収まった
安綱:「ッ!?…あの”太刀”は―――」
0:やって来た太刀…
0:三日月刀を撫ぜる月姫
月姫:「妾が直々に、其方の血を…
月姫:一滴残らず搾り取ってくれようぞ?」
0:月明かりに照らされて、
0:その刀身が怪しく光る
0:切っ先が目の前の安綱を捕らえた
安綱:「これはちと、厄介でござるな…」
0:太刀を抜き、構える安綱
0:戦いの幕が、あがる―――
0:打ち合う二人
0:刃が交差し、火花が散る
月姫:「そぉら…!そらそら!」
安綱:「クッ…細腕からは想像もできぬ程
安綱:重い剣撃でござる…」
月姫:「カッカッカッ(笑い声)
月姫:その程度の力で
月姫:妾をどうにかできると思うたのか」
安綱:「そしてなんと冷たき太刀筋でござろう…
安綱:嫉妬や怒り、憎悪に満ちた
安綱:深い哀しみを感じるでござるよ」
月姫:「ほぉ、感じるか…妾の哀しみを、
月姫:この怒りを、憎しみを…
月姫:それを癒し、満たせる物は
月姫:其方の”魂”に他ならぬ」
安綱:「この命、簡単にはやれぬでござるな」
月姫:「大人しく贄(にえ)となれば良いものを…
月姫:惜しいのぉ?」
0:月姫の身体を青白い”何か”が纏う
安綱:「ッ!”青い炎”…?」
月姫:「平伏せ…
月姫:―――『不知火・神楽(しらぬいかぐら)』」
安綱:「ぐ…!うぁあああ!!」
0:青い炎の濁流に押し流される安綱
0:立ち昇る煙に辺りは包まれた
月姫:「なんじゃもう終わりか?
月姫:吠えた割に、呆気ないものよのぉ…」
0:余韻で静まり返る中、
0:駆け付けた光世が訴える
光世:「これは…なんという…
光世:姫様…正気にお戻り下され…
光世:もうこれ以上の無益な殺生は…!」
月姫:「黙れ光世
月姫:もはや、お主とて同罪じゃ…
月姫:この場で諸共処分してくれようぞ」
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
安綱:「面白れぇ…
安綱:じゃじゃ馬ってのも
安綱:嫌いじゃねぇぜ…?」
0:煙が徐々に薄くなり、
0:三つの人影が露になる
月姫:「無傷じゃと…?
月姫:其方等、何者じゃ」
0:太刀を抜いた三人は
0:それぞれ名乗りを上げる
恒次:「討滅隊(とうめつたい)が一人…
恒次:"数珠丸"恒次(じゅずまる つねつぐ)
恒次:推参(すいさん)…」
国綱:「討滅隊が一人
国綱:"鬼丸"国綱(おにまる くにつな)
国綱:見参」
安綱:「討滅隊が一人!
安綱:"童子切"安綱(どうじぎり やすつな)
安綱:参上!!」
光世:「討滅…隊…」
安綱:「ったく…やべぇやべぇ
安綱:助かったぜ?国綱、恒次」
0:先程の飄々とした雰囲気は無くなり、
0:荒々しい口調になった安綱が
0:歯を見せながらニヤリと笑う
恒次:「僕は何も…国綱さんが咄嗟(とっさ)に
恒次:”空蝉(うつせみ)”で
恒次:衝撃を和らげたんですよ」
0:その左側、恒次は
0:数珠を巻きつけた太刀を構え、
0:謙虚さはそのままに隙の無い姿勢
国綱:「…来るぞ
国綱:気を付けろ」
0:右側、国綱は静かに、
0:しかし力強く敵を真っ直ぐ目で捉え、
0:握られている太刀をギラリと光らせる
恒次:「ええ、油断なく」
安綱:「俺達なら余裕よぉ…さぁ!
安綱:どっからでもかかってきやがれ!!」
月姫:「ほぉ…その自信、大した物じゃ
月姫:妾を失望させてはくれるなよ…?
月姫:者共!出あえ出あえい!!」
0:その呼び掛けに応じ、
0:青黒い袴の男達が出てくる
0:打刀を差した月姫直属の護衛集団
光世:「御庭番(おにわばん)…!
光世:しかし様子が…!?」
恒次:「まさか、この人達…操られて!?」
国綱:「…傀儡(くぐつ)の術…この数をか」
安綱:「ったく…食いたくなる程可愛い面して、
安綱:えげつねぇ事しやがるぜ…」
月姫:「妾の方こそ、其方等を喰らいとうて
月姫:かなわんのじゃ…」
安綱:「そうかよ」
光世:「姫様…
光世:どうか!どうか姫様をお助け下さい!」
安綱:「わかってる、下がってな?
安綱:…”峰”でやるぞ、良いな!」
恒次:「わかりました」
国綱:「ああ」
月姫:「妾に仇(あだ)なす不届き者じゃ…
月姫:斬れ!斬り捨てい!!」
0:一斉に刀を抜き、構える御庭番達
0:三人は背中合わせとなり、陣形を取る
安綱:「…行くぞ!ハァアッ!」
恒次:「タァッ!テヤァ!」
国綱:「フン!ハッ!」
月姫:「カカッ…さぁて、
月姫:いつまで持つかのぉ…?」
0:御庭番達と斬り合う三人
0:数人を打倒した後、違和感に気付く
安綱:「く…コイツ等…!」
恒次:「まずいですね…」
国綱:「むぅ…」
安綱:「動きは鈍いがキリがねぇ…!
安綱:何度倒しても起き上がって来やがる」
恒次:「痛覚を遮断しているみたいです…」
国綱:「どうする」
月姫:「無駄じゃ無駄じゃ…
月姫:其方等如きでは、妾の兵は倒せぬわ」
安綱:「こいつぁ一筋縄じゃ行かねぇな…」
恒次:「僕に良い考えがあります」
国綱:「何だ」
恒次:「操られていても、
恒次:”気絶”は狙えるはずです
恒次:一撃で昏倒させる事ができれば…」
国綱:「良案だ」
安綱:「よっしゃ!やってやるぜ!」
恒次:「ッ!来ます!」
0:御庭番の一人が襲い掛かって来る
国綱:「安綱、背中を貸せ」
安綱:「おう!」
0:安綱の背中を駆け登り、
0:より高く跳び上がる国綱
0:相手の背後に回り込み、一閃
国綱:「―――忍法・『霧烏(きりがらす)』」
0:全体重を乗せた一撃にたまらず昏倒する
安綱:「お見事」
恒次:「さすがです、国綱さん」
安綱:「ッ!後ろだ恒次!」
0:安綱が吠えるが、
0:恒次は既に気付いていたように
0:背後の敵を”目視せず”対処する
恒次:「一刀流…壱の太刀
恒次:―――『神隠し(かみかくし)』」
0:一瞬で鳩尾を打ち抜く恒次
0:相手は糸が切れたように倒れ伏す
安綱:「ヘッ!お前もやるな!」
恒次:「安綱さん、そちらをお願いします」
0:通路から二人の御庭番が駆け寄る
安綱:「任せろ…!
安綱:旭光流(きょっこうりゅう)剣術―――」
0:太刀を鞘に納める安綱
0:次の瞬間、打ち出される剣技
安綱:「『赤風(あかかぜ)』!!」
0:目にも止まらぬ神速の横薙ぎ
0:その斬撃で二人の御庭番が吹き飛び
0:転がってそのまま昏倒する
月姫:「やるのぉ…よもやこれ程とは…」
安綱:「テメェみてぇにコソコソしてるだけの
安綱:腰抜けとは違うのさ!」
月姫:「ならば…”コレ”ならどうじゃ?」
光世:「安綱殿!避けて下され!!」
安綱:「なに!ぐ…ッ!?」
0:突然安綱に襲い掛かる光世
0:刃がぶつかり、鍔迫り合いとなる
国綱:「む!?」
恒次:「光世さん!?」
安綱:「どうして…!」
光世:「私の意志では…
光世:体が…勝手に…!」
国綱:「”妖術”か…」
恒次:「なんて事を…」
月姫:「カカカ…さぁどうする、討滅隊」
安綱:「…光世殿…少し、痛むぜ?」
光世:「かたじけない…」
安綱:「国綱ッ!」
国綱:「―――忍法・『影狼(かげろう)』…」
0:低姿勢から放たれる逆袈裟
0:鍔迫り合いの二人を引き離す
安綱:「旭光流剣術―――
安綱:『断空斬(だんくうざん)』!」
0:顎を掠めるように打ち上げる逆風
0:後ろに吹き飛び昏倒する光世
0:苦虫を噛み潰したような顔の三人
安綱:「…済まねぇ…光世殿…」
月姫:「隙ありじゃ」
国綱:「避けろ!」
安綱:「ッ!?」
0:国綱に突き飛ばされる安綱
恒次:「弐の太刀―――
恒次:『燕返し(つばめがえし)』!」
0:袈裟斬りと左切り上げの返し二連
0:弾かれ床に落ちたのは
0:何かが塗られた”得物”
恒次:「これは…苦無(くない)?」
安綱:「悪ぃ、助かったぜ国綱…」
国綱:「ッ…不覚」
恒次:「国綱さん!」
安綱:「どうした国綱!?」
国綱:「問題ない…動ける」
0:肩を抑え蹲り目が虚ろになる国綱
0:肩には先程の苦無が刺さっている
恒次:「まさか神経毒…!?
恒次:どこまでも卑劣な…覚悟!
恒次:一刀流、奥義―――!!」
安綱:「よせ恒次!」
恒次:「『三途渡し(さんずわたし)』!」
0:手首の腱、腿の内側、首筋に刃を振るう
0:恒次の流れるような一連の太刀捌き
月姫:「”青い”わ」
0:その必殺剣を容易くいなす月姫
恒次:「く…!」
月姫:「…踏み込みが甘いのぉ?
月姫:臆したか」
恒次:「何故止めたんですか…安綱さん!
恒次:この人は!!」
安綱:「殺すな!
安綱:姫さんは操られてるだけだ!」
恒次:「誰に操られていると言うのです!
恒次:三日月刀は妖刀では”ない”んですよ!?」
国綱:「安綱の…言う通りだ…
国綱:冷静になれ、恒次…」
恒次:「国綱さんまで!
恒次:では”本体”はどこなんですか!?」
安綱:「打ち合った時に解った…本体は、
安綱:三日月刀に取り憑いた”怨念”だ!」
恒次:「怨念…まさか!?」
月姫:「ほぉ…」
安綱:「このきなくせぇ臭い…
安綱:間違いねぇ”妖狐”だ!妖狐の怨念が、
安綱:その太刀に取り憑いてやがったんだ!」
恒次:「確かに…この感じ、”あの時”と似て?
恒次:では噂は―――」
月姫:「そこまで気付いておったか
月姫:ならば…どうする?」
恒次:「そうです安綱さん…
恒次:怨念は今、月姫様に取り憑いている
恒次:それを祓(はら)えなければ…!」
安綱:「状況は最悪だ…つまり―――」
国綱:「姫すら人質であった…
国綱:そういう事だ…」
月姫:「カカッようやく理解したか…
月姫:”氣”の弱い其方等では、
月姫:この妾に触れる事もできぬのじゃ」
安綱:「抜かせ、外道!
安綱:逃げ隠れするしか
安綱:能が無ぇだけだろうが!」
0:その一言に、
0:月姫から笑みが消える
月姫:「吠えるな…駄犬…」
0:月姫の纏っている氣が紫色を帯びる
安綱:「ッ!なんだ!?」
恒次:「何か来ます!」
国綱:「構えろ!」
月姫:「乱れ咲け…
月姫:―――『瑠璃色・椿(るりいろつばき)』」
国綱:「ぬ!?ぐわぁ!」
恒次:「わぁああ!」
安綱:「うぁあああ!ガハッ」
0:青紫の炎の花弁が三人を襲い
0:成す術無く吹き飛び転がる
0:安綱は支柱に背中を強打、
0:その衝撃で柱が折れ曲がり
0:支えられた天井の一部が崩れ落ちる
月姫:「其方等なぞ、塵にも等しい…
月姫:妾が手を下すまでもないと言う、
月姫:ただそれだけの事…」
安綱:「ゴホッ…ハァ…ハァ…
安綱:お前等…大丈夫か!」
国綱:「問題…ない…しかし…」
恒次:「加勢には…行けなくなりましたね…」
0:崩れ落ちた瓦礫に炎が燃え移り
0:部屋を分断さると同時に
0:退路が無くなる安綱
安綱:「お前等が無事なら…それで良いさ
安綱:…後は、俺に任せろ」
0:ボロボロの状態で立つ安綱
月姫:「脆いのぉ…
月姫:人間とはなんと脆い生き物か
月姫:そうまでして何故立ち上がる
月姫:何故、立ち向かう…?」
安綱:「守りたい”モノ”が…あるからだ…」
月姫:「”ソレ”のせいで其方は苦しむのじゃ…
月姫:守べきモノがあると、人間は弱いものよの」
安綱:「…違うねぇ」
月姫:「なんじゃと?」
安綱:「それは”弱さ”じゃねぇ…
安綱:守る事のできる…”強さ”だ!」
月姫:「戯言を…もう良い
月姫:灰となりて消え失せよ」
0:狐火が再び月姫の全身に纏う
0:それは炎となり、地獄の色に染まる
安綱:「ォオオオ!旭光流奥義―――!!」
0:真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに駆ける安綱
月姫:「舞い散れ…
月姫:―――『常闇桜(とこやみざくら)』」
0:禍々しい妖気が、
0:赤紫の炎となって安綱に襲い掛かる
安綱:「『鳳凰(ほうおう)!
安綱:天(てん)!
安綱:翔(しょう)!
安綱:剣(けぇえええん)』!!」
0:吹き荒ぶ桜のような炎の渦を
0:剣圧で巻き込みながら一直線に斬り進む
月姫:「馬鹿な…妾の炎が!?クッ!」
0:激しい鍔迫り合いで火花を散らす
安綱:「うぉおおおおお!!」
月姫:「チィッ!じゃが無駄な事よ…
月姫:其方にこの身体は切れまい!」
安綱:「…姫さん!聞こえてんだろ!?」
月姫:「何を―――」
安綱:「目を覚ませ…!アンタは弱くねぇ!
安綱:闘え!負けるな!自分自身に!!」
月姫:「小癪な…!」
安綱:「目を覚ませぇえええ!!」
0:月姫の三日月を持つ手が
0:徐々に押し上げられる
月姫:「この妾が…人間如きに負ける…?
月姫:まさか力が吸われ…ッ!
月姫:こんな事が…!?」
安綱:「いっけぇえええ!!」
月姫:「ぐわぁあああああッ!」
0:安綱の太刀が
0:月姫の太刀を跳ね除ける
0:そのまま後方へ吹き飛び
0:仰向けに倒れる月姫
0:息も絶え絶えに切っ先を向ける安綱
安綱:「俺の…勝ちだ…!
安綱:さぁ!姫さんの身体を返せ!!」
月姫:「…カカッ」
安綱:「何がおかしい!」
月姫:「其方は勝ってなどおらぬわ…必ず死ぬ
月姫:そういう運命(さだめ)じゃ…」
安綱:「そんな成りで、まだやろうってのか?
安綱:さっさと姫さんを解放しろ!!」
月姫:「殺すのは妾ではない…」
安綱:「なんだと」
月姫:「理解したとて、どうする事もできぬ…
月姫:じゃが其方ならば…或(ある)いは…」
安綱:「どういうことだ!?」
月姫:「いずれ、この"日ノ國"に…
月姫:百鬼を統べる御方…
月姫:"皇(すめらぎ)様"が降臨なされる…」
安綱:「スメラギ…?」
月姫:「それまで精々…足掻くが良い…
月姫:愚かで、矮小(わいしょう)な…
月姫:人間共…」
安綱:「ッ待て!!」
0:取り憑いた妖狐はそっと目を閉じる
0:そうして月姫の身体から邪氣は消え去った
安綱:「…百鬼を統べる…皇…」
0:反芻するように呟く安綱
0:部屋の外から声が響く
国綱:「無事か!安綱!」
恒次:「安綱さん!」
0:壁の向こうから声が聞こえる
安綱:「国綱…!恒次…!
安綱:ああ!どうにかな!!
安綱:そっちはどうだ!?」
恒次:「国綱さんの応急処置は終えました
恒次:もう安心です…でも―――!」
国綱:「火の回りが早い…
国綱:猶予も残されてはおらぬだろう」
安綱:「そうか…頼みがある!」
国綱:「なんだ」
安綱:「光世殿と御庭番達を連れて、
安綱:安全な場所へ避難してくれ!」
恒次:「安綱さん…」
国綱:「お前はどうする」
安綱:「さぁな、なんとかするさ」
国綱:「なんだそれは?はっきり答えろ!」
恒次:「崩れます!国綱さん!!」
国綱:「わかっている!おい、安綱!!」
安綱:「大丈夫だ!姫さんは任せろ!
安綱:そっちは、頼んだぞ!!」
0:力強い返事に黙る国綱
国綱:「…死ぬなよ、安綱」
恒次:「どうか、ご無事で…」
安綱:「当たりめぇだろ!行け!!」
0:二人が去るのを音で感じる安綱
0:太刀を鞘に納め、周りを見渡す
0:火の手は部屋全体を覆いはじめる
0:すると、月姫が意識を取り戻した
月姫:「ぅ…ッ…」
安綱:「!?おい姫さん!しっかりしろ!」
月姫:「全て…”視て”おりました…
月姫:この城は持ちません…
月姫:せめて、アナタ様だけでも…」
安綱:「諦めるな!」
月姫:「私(わたくし)はもう戻れません…
月姫:国にも、町にも、民等の元にも…
月姫:取り返しのつかぬ事をしたこの身では…」
安綱:「後戻りできなくても
安綱:新しくはじめる事は、いつだってできる!」
月姫:「一寸先は闇だと…
月姫:解っていてもでございましょうか…?」
0:月姫の震える手を握る安綱
安綱:「明るい未来を目指すんだ
安綱:例え今、闇の中だったとしても
安綱:いや!闇の中だからこそ!
安綱:"光"ってやつぁ、輝いて見える!」
月姫:「安綱…様…」
安綱:「跳ぶぞ…しっかり掴まれ」
月姫:「はい…」
0:安綱は三日月刀と月姫を背に抱え、
0:勢いよく駆け出した
安綱:「道は、必ず俺が切り拓く…!」
0:燃え盛る見晴らし台の窓へと
安綱:「うぉおおおおおおおおおお!!」
0:窓を打ち破り、外へ跳び出す
0:目を瞑り、しがみ付く月姫
0:地上の国綱と恒次はそれを見上げる
月姫:「安綱様…」
安綱:「届け…」
恒次:「安綱さん…」
安綱:「届け…!」
国綱:「安綱…」
安綱:「とぉ・どぉ・けぇえええええ!!」
0:跳び出す慣性のまま落下した先、
0:庭で咲き誇る巨大な枝垂桜に突っ込む
0:太い幹から伸びる幾重にも重なった枝が
0:衝撃を受けて拉げ折れ、勢いを殺す
0:舞い降りた薄紅色の花びらが
0:一面に散らばり、辺りを染め上げて
0:二人を優しく包み込んだ
恒次:「ッ!枝垂桜に落ちました!」
国綱:「安綱!おい安綱!
国綱:今死ぬ事は許さんぞ!!」
安綱:「痛てて…生きてるよ…」
恒次:「安綱さん…!」
国綱:「まったく…お前と言う奴は…」
安綱:「ほぉら…なんとか成ったろ?
安綱:姫さんは…寝ちまったみてぇだな…
安綱:怪我はなさそうだ」
恒次:「無茶しすぎです…安綱さんは」
国綱:「この大馬鹿者め…」
安綱:「ヘヘ…」
0:微笑む三人、戦いは終わったのだ
0:
0:【場面転換】最果ての城 枝垂桜前
0:暫くして、月姫と共に
0:幹に寝かされていた光世が目を覚ます
光世:「―――ここは…?姫様!」
安綱:「目覚めたか、光世殿」
光世:「安綱殿…姫様は!?」
恒次:「大丈夫ですよ、光世さん」
安綱:「姫さんは無事だ」
国綱:「大事には至らぬ」
月姫:「光世…」
0:目覚めた月姫は
0:とても穏やかな優しい声色
光世:「おぉ姫様…そのお声、その眼差し…
光世:戻られたのでございますね…?
光世:やはり、原因はあの妖刀に―――」
国綱:「三日月刀は妖刀などではない」
光世:「な、なんと…?」
恒次:「三日月刀は美しさだけではなく、
恒次:その昔、妖狐を狩った伝説の刀として
恒次:ある場所に保管されていたんです
恒次:僕達の”今回の目的”は
恒次:何者かによって盗まれた
恒次:三日月刀の回収…ですから、
恒次:はじめからあの刀が
恒次:妖刀でない事は解っていました」
安綱:「姫さんはあの三日月刀に封印された
安綱:妖狐の怨念に取り憑かれていたのさ?」
光世:「妖狐の…怨念?」
国綱:「討伐された妖狐の
国綱:いわば残滓(ざんし)…
国綱:斬られた際、力の一部を使い、
国綱:三日月刀に憑依したのだろう…」
安綱:「だが、その怨念は俺が祓った
安綱:もう姫さんは大丈夫だ」
光世:「然様でございましたか…では
光世:此度の件は全て、妖狐の仕業
光世:であったのでございますね…?」
安綱:「ああ、姫さんは無実だ」
光世:「良かった…
光世:姫様の御意志による物でなくて…
光世:本当に…良かった…」
月姫:「ッ!」
0:距離を取り、土下座をする月姫
安綱:「な…姫さん!?」
恒次:「月姫様?」
国綱:「姫…?」
光世:「姫様…一体―――」
月姫:「私は…
月姫:"妖狐"に取り憑かれたのではありません…
月姫:進んで、この身を捧げたのです」
安綱:「なに…?」
0:唖然とする一同に月姫は語る
月姫:「当時の私はたかが一介の貴族、
月姫:帝(みかど)の直系に当たる人物が相手では
月姫:弱い立場の身…婚姻を断る事など、
月姫:到底許されるものではありません…
月姫:そんな折、三日月刀に取り憑いた妖狐が
月姫:取引を申し出てきたのです…
月姫:身を委ねる事を条件に、自由を与える…と」
光世:「姫様…そのような事が…」
月姫:「お頼み申し上げます…
月姫:どうか、その刀で私を御斬り下さい
月姫:この牢獄より開放して下さい…」
光世:「姫様…!」
安綱:「そんなに死にてぇか?」
月姫:「…ここは、地の獄でございます」
光世:「成りませぬ!姫様!」
月姫:「黙りなさい…!
月姫:いくら頭を下げようと、
月姫:取り憑かせたのは事実
月姫:奪われた魂は還りません…」
光世:「それは…ですが姫様…」
月姫:「これは…私が選んだ”道”なのです」
恒次:「月姫様…」
国綱:「姫…」
安綱:「…気に食わねぇ」
月姫:「ぇ?」
0:月姫の決断に皆が押し黙る中、
0:一人腑に落ちない顔をする安綱
光世:「安綱殿…?」
恒次:「安綱さん…」
国綱:「安綱…」
安綱:「逃げる事は悪くねぇ…だがな、
安綱:アンタは本当に何もできなかったのか
安綱:無駄と解っていても行動したか?
安綱:死ぬ程嫌なら本気でぶつかったのか?
安綱:生半可に生きてんじゃねぇぞ…!
安綱:涙を流すくれぇなら、
安綱:心の中から叫んでみせろ!
安綱:自分で"自分"を、否定するな!!」
月姫:「安綱…様?」
安綱:「いいか、良く聞きやがれ!
安綱:確かに俺はアンタに惚れてる!
安綱:ああ!好きで好きで堪んねえのさ!!」
月姫:「!」
安綱:「けどな…それでアンタが
安綱:涙を流すハメになんのは我慢ならねぇ!
安綱:俺達は!惚れた女に命を懸けるんだ…!
安綱:それが男の"誇り"なんだ!
安綱:舐めんじゃねぇ!!」
月姫:「私は…許されるのですか…?
月姫:消せぬ過去を、罪を背負って…
月姫:それでも…それでも、
月姫:生きて…良いのですか…?」
0:目に涙を浮かべる月姫
安綱:「俺が許す…
安綱:だから生きろ、何よりも強く
安綱:そして…思いっきり笑え」
月姫:「…はい…」
0:涙を流し、ようやく心から解放される月姫
光世:「安綱殿…ありがとうございまする…!」
0:月姫の傍に寄り、
0:共に深々と土下座をする光世
国綱:「だがどうする、安綱」
恒次:「三日月刀は回収しました…
恒次:ですが、このままでは御二人が…」
安綱:「”策”は…ある」
0:顎に手を添えると少し考え、口を開く
安綱:「今宵、城は襲撃にあった
安綱:賊は三人、俺達だ…目的は城の財宝
安綱:宝物庫に忍び込んだ賊は愚かにも、
安綱:保管されていた妖刀に手を出した…
安綱:呪いを受けた賊は発狂、城に火を放つ…
安綱:家来と共に脱出した姫さんは
安綱:心身に深い傷を負い、
安綱:療養を余儀なくされた…
安綱:っとまぁ…こんなところさ?あとは、
安綱:町の連中に事の顛末(てんまつ)を説明して
安綱:故郷で前のように両親と暮らせば良い…」
恒次:「なるほど…
恒次:呪いに関しては周知の事実、
恒次:月姫様がお身体を崩されたとしても
恒次:祝言を挙げていない以上、
恒次:帝側へ赴(おもむ)く必要はない…
恒次:問題となった刀は我々が持ち去る…
恒次:証拠も残らない…名案ですね」
国綱:「…それしかあるまい」
月姫:「そんな…安綱様それでは…!」
安綱:「御上(おかみ)に言われてんのは、
安綱:”百八つの呪物の回収”だ
安綱:お尋ね者に成ろうが成るまいが
安綱:今更知ったこっちゃねぇのさ?」
光世:「安綱殿…すまぬ…すまぬ…」
国綱:「む…この足音…
国綱:安綱、町の者達が来るぞ」
恒次:「行きましょう、安綱さん」
安綱:「”コレ”も縁(えにし)…か」
0:二人に背を向け、
0:足早に立ち去ろうとする安綱
月姫:「安綱様…!」
光世:「姫様!?」
0:追い駆けようとする月姫
0:身体が縺れ、倒れる
0:月姫を支える光世
安綱:「…行くぞ、お前等」
月姫:「いつまでも!
月姫:お慕い…申しております…」
光世:「姫様…」
0:一瞬立ち止まるが、
0:振り返らず歩き出す安綱
安綱:「達者でな…姫さん」
月姫:「…安綱様
月姫:この御恩、いつか…いつか…」
0:泣き崩れる月姫
0:その背を支え見送る光世
0:三人は燃え盛る城を後にする
安綱:「………(深呼吸のような悲しい溜息)」
恒次:「…好きになる事は簡単かもしれません
恒次:ですが…
恒次:好きで居続ける事は難しいものです…」
国綱:「…おい」
安綱:「んだよ」
国綱:「本当に、良いのか?」
安綱:「何を言う…(息を吸って)
安綱:最良でござるよ!」
国綱:「フ…そうか」
恒次:「あなたと言う人は…本当にもう」
安綱:「さぁ!今宵は満月でござる
安綱:団子を食べるでござるよ~!」
0:男達は、旅を続ける
0:待ち受ける試練と未来に向かって
光世:(N)『一つの出逢いと、一つの別れ…
光世:一期一会のこの世で生きる
光世:気高き志士(しし)の花道に、
光世:今宵の月は何を想うか…
光世:ススキ草、風に靡(なび)く星空と
光世:月明かり、優しく照らす道筋は
光世:ただただ何より美しく、
光世:穏やかな静寂に
光世:包まれていたのであった…
光世:
光世:ツクガミ刀剣伝説
光世:これにて、一件落着』
0:終