台本概要

 219 views 

タイトル 魔法詠唱学講義。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(不問2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 あるファンタジー世界に於ける魔法詠唱に関する学問。その講義。教授と学生の一幕。

 219 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
教授 不問 77 アルバート・ヒノクス・セルベリオ教授。魔法詠唱学の権威。
学生 不問 70 ラヴィ・スレイン。魔法詠唱学の受講生。勇者のファンでクソ長詠唱の申し子。性別問わず。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:『魔法詠唱学講義。』 : 0:◇あらすじ◆ 0:魔法が存在する世界における、魔法詠唱の歴史と意義についての講義における教授と学生の一幕。 0:※ 終盤、途中クソ長詠唱があります(端折り可) : 0:◆登場人物◇ 教授:アルバート・ヒノクス・セルベリオ教授。魔法詠唱学の権威。 学生:ラヴィ・スレイン。魔法詠唱学の受講生。勇者のファンでクソ長詠唱の申し子。性別問わず。 : 0:◇◆◇ : 0:教壇にアルバート教授。 : 教授:ごきげんよう、諸君。 学生:ごきげんよう、アルバート教授。 教授:うむ、ごきげんよう。アルバート・ヒノクス・セルベリオだ。 教授:魔法詠唱学の講義へようこそ。 教授:早速だが、諸君。 教授:魔法詠唱とは何か。分かる者はいるか? 学生:はい! 教授:君は? 学生:ラヴィ・スレインです。 教授:ではスレイン君。魔法詠唱とは何かね? 学生:魔法を発動する際、言語により魔法現象の固定化とルーティーンによる発動効果の増幅を行う技術です。 教授:巷にはそのような説もあるが、違うな。 : 教授:さて、これは魔法詠唱学の前提であるが、 教授:今日我々が魔法を発動する際に行う大小様々な詠唱及び儀式的ジェスチャーに――特に意味は無い。 学生:そうなのですか?! 教授:ああ、不要だ。 学生:詠唱を行わずとも望んだ結果を得ることが可能ということですか? 教授:少なくとも、魔法発動の理論と感覚を理解していれば魔法の発動はできるし、それらを理解していなければ発動は難しい。 学生:しかしアルバート教授。詠唱で効果が増大したり、精度や展開速度が速まるというようなことはないのですか? 幼少期に詠唱練習をさせる親は多く、冒険者である私の両親も私に滑舌のトレーニングをさせていましたが、無意味なのですか? 教授:厳密には、詠唱することで高揚感や独特の集中力を生み出し、僅かに魔法効果が向上するといった例もあるにはある。ちなみに私も詠唱の稽古はしていたがね。 学生:では、効果があるのでは? 教授:そうとも言えぬな。これは精神状態や集中力の問題であり逆に詠唱を途中で失敗したことにより発動がめんどくさくなったり、意識が途切れて魔法そのものが失敗するケースさえある。諸君も経験があるのではないかな? 学生:それは、まぁ……。 教授:酷い例では舌が七枚あると言われるエルダードラゴンになぞらえた、エルダードラゴン級と呼ばれる超絶高難度の長文高速詠唱に失敗した者が舌を噛み切って落命したという例もある。 学生:痛そう。 教授:何か付与効果を狙いたいのなら、黙って瞑想を行うか、逆に雄叫びでも上げる方が手っ取り早いだろう。 学生:そういうものですか……。 : 教授:では、何故我々が魔法を行使するにあたり、言葉を用いた詠唱を必要としたのか。 教授:それを今から諸君に講義しよう。 : 教授:さて、魔法詠唱の起源は今から1500年前にあった『勇魔大戦』まで遡るのだが、スレイン君。 学生:私ですか。 教授:スレイン君。勇魔大戦とは何かね? 学生:勇魔大戦は、『魔王』と呼ばれた魔人族の頭目と、人間族の代表だた『勇者』の戦いを主とした一連の戦争です。 教授:そうだね。そして魔法詠唱学会では、その勇者を魔法詠唱の起源とする説がもっとも有力だ。 学生:それ以前に詠唱は無かったのですか? 例えばエルフェリオ詩集とか。 教授:ほう、君はよく勉強しているな、スレイン君。続けたまえ。 学生:27000年前の古エルフ族の文献、エルフェリオ詩集は魔法を使用する際に唱えた文言が記載された書物とされています。魔法と言葉の結びつきは古来よりあったと考えられるのではありませんか? 教授:そうだな。そうとする学派もある。しかしこのエルフェリオ詩集における文言は、詠唱では無く彼ら古エルフ族特有の奇祭に用いられていたことは知っているかね? 学生:奇祭? 神事ということですか? 教授:元々はそうなのかも知れんが、それについては古エルフ学の領域なので詳しくは、ナンカ・エモイ教授の講義を受けると良い。 学生:はぁ。それで、その奇祭とは何なのですか? 教授:良い質問だ。古エルフの祭は歌いながら強力な魔法を思う存分ぶっ放すというものだそうだ。 学生:は? 教授:詩集は歌詞集であり、祭のためだけに特別に使われたものということだな。 学生:つまり彼らの普段の営みでは、使われなかったと? 教授:そういうことだ。メルフィ教授曰く、彼らの営みにおける魔法は祭の派手さに反してごく淡々としていたとする向きが強い。 学生:そうなんですね……。 教授:余談だが、この歌詞や魔法というのもかなり出鱈目なもので、想いを寄せる人への愛を唄いながら魔法で森を吹き飛ばしたり、未来を憂いながら大洪水を引き起こす魔法を放ったりしていたそうだ。 学生:どんな祭ですか!?  教授:古エルフ族の社会はかなり厳格な階級社会でな、こうした祭の日にのみそうした垣根を越えて羽目を外せるというので、 学生:ガス抜きをしていた訳ですね。 教授:うむ。そういうことだな。ちなみにこれは古エルフ族が滅んだ遠因とも言われるがさておき。 学生:優れた魔法文明を築いた古エルフってそんなしょぼい理由で滅んでたんですね。 教授:ある意味愛の果てに文明を破壊するというのは壮大とも言えるが。 学生:……そうですね。 教授:とにかくこの風習は遙か古代に途絶している為、今日の詠唱文化に大きな繋がりは無い。 : 教授:さて、今から1500年前のにあった勇魔大戦と、魔法詠唱を決定づけた勇者に話を戻すとしよう。 教授:勇者についてはお伽噺でほとんどの者が知っていることだろうが、凄まじい魔法の使い手だったとされている。 学生:それこそ、お話の中にも魔法詠唱や必殺技を叫ぶ描写が見られますよね。 教授:ああ。実際の勇者も、魔法を行使する際には、どんな些細な魔法現象でさえ全て口に出す人物だったと当時の魔王・ゼディオロヴァルメギウス氏が証言している。 学生:勇者のことを魔王が証言しているんですか?! 絵本では永遠の宿敵みたいに描かれてるのに! 教授:ああ。余談だが氏は健在で、今はニシュリオテ霊山でヒメクラテス草を発酵させたヒメクラ茶農家をされているそうで、氏のお茶はとても美味だ。 学生:魔王、農家やってるんですか……、夢が壊れますね。 教授:ある意味破壊の権化と恐れられた魔王が、生産者というのは夢があるとも言えるがね。 学生:……そうですね。 : 教授:ところで、勇者なのだが元々はこの世界の住人でなかったとの記録があり、これが詠唱文化が始まる切っ掛けともなっている。 学生:ああ、勇者はこの世界を救うために女神様に異世界より導かれた存在なんですよね。教科書にもそう書いてありました。 教授:うむ。しかしこれについては訂正が必要だな。 学生:訂正? 教授:手違いにより異世界から転移させられてきた青年を、巧みな言葉で勇者にまつり上げることで、女神様が不祥事の隠蔽を謀ったという汚職が、大戦後の内部告発によって明らかになったのだ。 学生:え?! そうなんですか! 教授:近頃の学生はニュースを見てないのか? 女神様による拉致及び不当な戦争従事に事件性が認められ、先日47代に渡る不屈の裁判の末に見事勇者子孫側が勝利したというのは記憶に新しいだろう。 学生:そういえば。 教授:勉強だけで無く時事問題にも関心を持ちなさい。 学生:でも、どんどんロマンがなくなっていきますね……。 教授:ある意味、何世紀もの時間をかけて神に勝つという先祖の悲願を達成するのはロマンだがな。 学生:……そうですね。 : 教授:さておき、勇者は異邦人であり、魔法ネイティブでは無かった。 学生:詠唱はその為に必要ということですか? 教授:うむ。魔法理論を一度口に出して言語に置換することでしか魔法現象の発動が叶わなかったとの記録がある。 : 教授:冒頭に話した魔法詠唱学の前提「魔法詠唱は不要」という話に戻るが、我々魔法ネイティブは魔法を呼吸のように自然に出来る。 学生:でも私は詠唱しながらじゃ無いと魔法発動できませんが? 教授:それは思い込みだな。感覚さえ間違えていなければ詠唱無しでも抵抗なく発動できるだろう。 学生:少なくとも大戦以前はそれが一般的だった? 教授:うむ。その為、わざわざ口に出すという発想すら無く、寧ろ彼の行為は新鮮に映った訳だな。 学生:違和感あるでしょうね。 教授:それは喩えるなら呼吸しますと宣言しながら呼吸していたようなものなのだが、 学生:めっちゃ変な人だったんですね、勇者……。 教授:だが、これが存外民衆にウケたと、当時最も勢いのあった国家、ミスディオールの王国史にも記述されている程だ。 学生:反響は推して知るべしですね。 教授:面白がられたことは言うに及ばずなのだが、それを差し引いても勇者は段違いに高い魔法適正や戦闘技能を持ち、地図を書き換えるほどの絶大な魔法を行使できた為、同時に憧れや畏敬を集めたとされている。 学生:他にも四字熟語や故事成語、シェイクスピア―とかいう異界の劇作などから引用決め台詞なんかは、彼によってこの世界に持ち込まれた文化と言われてますね。 教授:その中でもごく一般的に大衆に広く受け入れられているものがある。何かね? : 学生:……必殺技。 : 教授:そうだ。魔法詠唱と同様に勇者によって普及したのが必殺技だ。 学生:戦いの最中、事前に考えておいた技名或いは突発的に思いついた技名を叫ぶ、アレですね。 教授:これも勇者来訪以前の価値観には存在せず、当時の人々が信じられ無いほどの衝撃を受けたことは想像に難くない。 学生:ということはやはり技名を叫ぶことにもまた、特に意味は無いのでしょうか? 教授:私の知る限り無いな。 学生:無いんですね。 教授:むしろ勢い余って舌を噛み千切るリスクや、必要なときに食いしばれず力が出ないといったデメリットも生じる。 学生:それでも当たり前のように定着している糸言うことは。 教授:うむ。なんだかんだで評判となった。 教授:例えば、彼が得意としたとされる雷撃魔法と十字斬りを掛け合わせた奥義。 学生:サンダークロスですね! 教授:サンダークロスは当時の剣士のトレンドになり、サンダークロスを軸とした剣技、サンダークロス道の人気は未だ根強く、かの雷帝が治めた西レーザンガルド帝国において国技となっているのは諸君も知っての通りだ。 教授:こちらは、文化必殺技学の分野なので、詳しく知りたい者はソレ・エモイ教授の講義を受講すると良いだろう。なかなかに興味深いぞ。 学生:受講しなきゃ……! : 教授:さて、そうした勇者の力強さや格好良さにあやかろうと、真似をする者が現れるのに然程時間はかからなかった。 学生:気持ちは分かります。 教授:勇者の堂々とした振るまいが「魔法を詠唱するのは不自然」「攻撃を行う際に自分で考えた技名を叫ぶのは恥ずかしい」という既存の概念を覆し、それはクールで力強い様であると信じさせた。 : 教授:これが俗に言う『勇者△効果(ゆうしゃさんかっけーこうか)』だ。 : 学生:勇者△効果……! まとめると、勇者へのリスペクトとして、この詠唱文化は浸透したということですね。 教授:その通り。ちなみに魔王・ゼディオロヴァルメギウス氏もこの動きを推進した一人で、魔人族に魔法詠唱の文化が定着したのは氏の活動の影響が大きいとされている。 学生:流石魔王……! 教授:氏は、世界の命運をかけた一騎打ちにおいて、如何にも真面目な顔で約5分間にも及ぶ絶大な魔法詠唱を一言一句噛むこと無く行った勇者に感銘を受けたと当時のことを語っている。 学生:あの有名な終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』ですね! 教授:……詳しいな。詠唱してみるか? なんて…… 学生:良いんですか! 教授:君、覚えているのか……? 学生:はい! 全部そらで言えます。それではいきますね…… 教授:いや……。 : 学生:我は無垢、終末をかける雷神の錫杖。大気切り裂く獅子の産声、こだまするは淵源より差し延べる紫の腕。星無き夜空渡る一条の矢をつがえ、空席の天の座において代行者を名乗り、昏き黎明に押し黙る虚無を穿とう。二十三対、未だ眼醒めぬ瞳に輝き灯さんと彷徨する見目麗しき乙女に宣誓。忘れ得ぬ遠き約束の日、いずれ来たる輪廻に喝采、綻びもたらす始まりの破壊者と七日七晩躍り明かす愚昧なる汝の望みは、形無くした死神達の宴となろう。混沌の霹靂、鳴り止まぬ万雷によりて磨き上げた時計の針の向こうより続く月下の葬列。掲げる旗に記す王の遺言を色硝子で飾り、失われた時の欠片を透かす道標。やがて巡りて流るる風の声に耳を傾けよ。それは永劫。真理ひた隠し、営みの足場となる暗渠。崩落する世界の片隅を舞う黒き不死鳥、悠然たる啼き声の旋律。呼び醒まされし乙女は微笑む。降り注ぐは黄金の祝福と白銀の災禍。天より賜りし静かなる熾火と賑わいし慈雨を携え邂逅するは運命。断ち得ぬ絹糸を鎖に代えて、憐れなる隻眼の蛇の群れはその白き肌に食らいつく。恐れるなかれ。惑うことなく天の火を辿り、絢爛に灼かれし瞼に口づけを施そう。或いは一輪の枯れゆく花に声を授けて捧ぐ祈りは、星の砂漠で力尽きた旅人に姿を変えて語り継がれる神秘の系譜。歪んだ水晶、映る精霊の追憶、流す涙は碧瑠璃に染まり、深き海の底を揺蕩いながら、穢れた大地より妄執を切り取り浄化する。彼の者、大いなる意思に従って刻まれる流転の七芒星。点と点を結び象る宿命に嗚咽を潜ませ、渇いた大河を誰に知られることも無く潤す豊穣の契約。捧げしは、荒れ果てた楽園を満たす一滴の血。毒となり、薬となり、水となり、鉄となる。孤独に震える獣にひとときの安寧を与え、命を奪う狩人の爪。栄光と退廃を飾る都の鐘は、幾千幾万の民草から屈辱を奪い快楽を与える狂乱の揺り籠。重なる鼓動に耳を澄まし、凍える冬を越えたならば、未だ誰も見たことの無い故郷の春に足を踏み入れ、黄昏の果てに沈むこともやむなし。欠けて薄れた悲劇の底に、今沸き立つは審判の焔。黒く爛れて溶け落ちた青銅の汗を浮かべ、恐怖のままに足を止めることも叶わぬ聖者の行軍。先へ、前へ、向こうへ、果てへ、終焉へ。征服し、蹂躙し、陵辱し、侵犯し、逸脱し、越境し、飛躍し、超克する。抜き放たれた一振りの剣が誘う終わりなき終わりの待つ場所へ我を導け。 学生:終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』! : 教授:(適当なところで遮る)一旦止めようか、ラヴィ・スレイン君。 学生:どうして! まだ途中ですよ!? 教授:こちらも講義の途中なのでな! 終わったら聞いてやる。 学生:約束ですよ教授! 教授:今スレイン君が披露してくれたように、勇者の魔法詠唱は極めて繊細にしてかっこいい。それは魔人族の命運という重責を負った頑なな氏の心を動かし、終わり無き勇魔大戦に幕を下ろすに至った。 教授:その結果として今日の平和があり、魔法を行使する際に囁かれる魔法詠唱とはつまるところ、平和の祝詞でもあるのだ。 : 学生:泣けますね。 教授:うむ。それと、これはあくまで私見だが。 学生:何ですか? 教授:強力な魔法の名手である勇者の行使した真の魔法とは何だと思う? 学生:終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』では無く? 教授:終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』では無くだ。 学生:……っは! 創世級天雷魔法『雷火・オブ・ジェネシス』ですか? 教授:そんな魔法があるのか……? 学生:はい! 勇者が魔王第三形態と戦った時に使ったとされる魔法で、その一撃は新たな世界を創り出すエネルギーに相当する程の威力なのです! 詠唱もばっちり暗唱できますよ! 教授:ゼディオロヴァルメギウス氏に第三形態など無いと思うのだが……。違うな。 学生:まさかそれ以上の魔法が?! 教授:ある意味、それ以上とも言える。 学生:教えて下さい! 教授:良いだろう。かの勇者が使った真の魔法とは。本来彼にしか意味のなかった詠唱という行為によって、人々の心、そして世界を変革し、平和に導いた『魔法詠唱』そのものなのだ。それは決して力による救済では無いのだ。 : 教授:と、魔法詠唱学の起源については以上だ。 学生:あっ、はい。 教授:何だね、その反応は。 学生:肩透かしだなんて全然思ってませんよ。 教授:大体君が変なこと語り出したせいだと思うのだが、さておき。 教授:こうして魔法詠唱学の門を叩いた諸君には、その歴史と文化と実践的な詠唱を学ぶと共に、ぜひとも、かの勇者のように平和を愛する心を持ってもらいたい。 : 教授:本日の講義はこれまで。 学生:ありがとうございました。アルバート教授! 教授:うむ。では、来週までに本講義の感想と諸君の考えた最強の魔法詠唱についてのレポートを提出するように。ごきげんよう 学生:……あ! 教授! 私の、 教授:我は親とはぐれた影法師。あるべきものをあるべき場所へ。揺らげ泡沫、グランド・エスケープ! さらば! : 0:教授、魔法により去る。 : 学生:ひどい! 私の詠唱を! 私の詠唱を聞いてくれるって言ったのに!? : 0:◆◇幕◇◆

0:『魔法詠唱学講義。』 : 0:◇あらすじ◆ 0:魔法が存在する世界における、魔法詠唱の歴史と意義についての講義における教授と学生の一幕。 0:※ 終盤、途中クソ長詠唱があります(端折り可) : 0:◆登場人物◇ 教授:アルバート・ヒノクス・セルベリオ教授。魔法詠唱学の権威。 学生:ラヴィ・スレイン。魔法詠唱学の受講生。勇者のファンでクソ長詠唱の申し子。性別問わず。 : 0:◇◆◇ : 0:教壇にアルバート教授。 : 教授:ごきげんよう、諸君。 学生:ごきげんよう、アルバート教授。 教授:うむ、ごきげんよう。アルバート・ヒノクス・セルベリオだ。 教授:魔法詠唱学の講義へようこそ。 教授:早速だが、諸君。 教授:魔法詠唱とは何か。分かる者はいるか? 学生:はい! 教授:君は? 学生:ラヴィ・スレインです。 教授:ではスレイン君。魔法詠唱とは何かね? 学生:魔法を発動する際、言語により魔法現象の固定化とルーティーンによる発動効果の増幅を行う技術です。 教授:巷にはそのような説もあるが、違うな。 : 教授:さて、これは魔法詠唱学の前提であるが、 教授:今日我々が魔法を発動する際に行う大小様々な詠唱及び儀式的ジェスチャーに――特に意味は無い。 学生:そうなのですか?! 教授:ああ、不要だ。 学生:詠唱を行わずとも望んだ結果を得ることが可能ということですか? 教授:少なくとも、魔法発動の理論と感覚を理解していれば魔法の発動はできるし、それらを理解していなければ発動は難しい。 学生:しかしアルバート教授。詠唱で効果が増大したり、精度や展開速度が速まるというようなことはないのですか? 幼少期に詠唱練習をさせる親は多く、冒険者である私の両親も私に滑舌のトレーニングをさせていましたが、無意味なのですか? 教授:厳密には、詠唱することで高揚感や独特の集中力を生み出し、僅かに魔法効果が向上するといった例もあるにはある。ちなみに私も詠唱の稽古はしていたがね。 学生:では、効果があるのでは? 教授:そうとも言えぬな。これは精神状態や集中力の問題であり逆に詠唱を途中で失敗したことにより発動がめんどくさくなったり、意識が途切れて魔法そのものが失敗するケースさえある。諸君も経験があるのではないかな? 学生:それは、まぁ……。 教授:酷い例では舌が七枚あると言われるエルダードラゴンになぞらえた、エルダードラゴン級と呼ばれる超絶高難度の長文高速詠唱に失敗した者が舌を噛み切って落命したという例もある。 学生:痛そう。 教授:何か付与効果を狙いたいのなら、黙って瞑想を行うか、逆に雄叫びでも上げる方が手っ取り早いだろう。 学生:そういうものですか……。 : 教授:では、何故我々が魔法を行使するにあたり、言葉を用いた詠唱を必要としたのか。 教授:それを今から諸君に講義しよう。 : 教授:さて、魔法詠唱の起源は今から1500年前にあった『勇魔大戦』まで遡るのだが、スレイン君。 学生:私ですか。 教授:スレイン君。勇魔大戦とは何かね? 学生:勇魔大戦は、『魔王』と呼ばれた魔人族の頭目と、人間族の代表だた『勇者』の戦いを主とした一連の戦争です。 教授:そうだね。そして魔法詠唱学会では、その勇者を魔法詠唱の起源とする説がもっとも有力だ。 学生:それ以前に詠唱は無かったのですか? 例えばエルフェリオ詩集とか。 教授:ほう、君はよく勉強しているな、スレイン君。続けたまえ。 学生:27000年前の古エルフ族の文献、エルフェリオ詩集は魔法を使用する際に唱えた文言が記載された書物とされています。魔法と言葉の結びつきは古来よりあったと考えられるのではありませんか? 教授:そうだな。そうとする学派もある。しかしこのエルフェリオ詩集における文言は、詠唱では無く彼ら古エルフ族特有の奇祭に用いられていたことは知っているかね? 学生:奇祭? 神事ということですか? 教授:元々はそうなのかも知れんが、それについては古エルフ学の領域なので詳しくは、ナンカ・エモイ教授の講義を受けると良い。 学生:はぁ。それで、その奇祭とは何なのですか? 教授:良い質問だ。古エルフの祭は歌いながら強力な魔法を思う存分ぶっ放すというものだそうだ。 学生:は? 教授:詩集は歌詞集であり、祭のためだけに特別に使われたものということだな。 学生:つまり彼らの普段の営みでは、使われなかったと? 教授:そういうことだ。メルフィ教授曰く、彼らの営みにおける魔法は祭の派手さに反してごく淡々としていたとする向きが強い。 学生:そうなんですね……。 教授:余談だが、この歌詞や魔法というのもかなり出鱈目なもので、想いを寄せる人への愛を唄いながら魔法で森を吹き飛ばしたり、未来を憂いながら大洪水を引き起こす魔法を放ったりしていたそうだ。 学生:どんな祭ですか!?  教授:古エルフ族の社会はかなり厳格な階級社会でな、こうした祭の日にのみそうした垣根を越えて羽目を外せるというので、 学生:ガス抜きをしていた訳ですね。 教授:うむ。そういうことだな。ちなみにこれは古エルフ族が滅んだ遠因とも言われるがさておき。 学生:優れた魔法文明を築いた古エルフってそんなしょぼい理由で滅んでたんですね。 教授:ある意味愛の果てに文明を破壊するというのは壮大とも言えるが。 学生:……そうですね。 教授:とにかくこの風習は遙か古代に途絶している為、今日の詠唱文化に大きな繋がりは無い。 : 教授:さて、今から1500年前のにあった勇魔大戦と、魔法詠唱を決定づけた勇者に話を戻すとしよう。 教授:勇者についてはお伽噺でほとんどの者が知っていることだろうが、凄まじい魔法の使い手だったとされている。 学生:それこそ、お話の中にも魔法詠唱や必殺技を叫ぶ描写が見られますよね。 教授:ああ。実際の勇者も、魔法を行使する際には、どんな些細な魔法現象でさえ全て口に出す人物だったと当時の魔王・ゼディオロヴァルメギウス氏が証言している。 学生:勇者のことを魔王が証言しているんですか?! 絵本では永遠の宿敵みたいに描かれてるのに! 教授:ああ。余談だが氏は健在で、今はニシュリオテ霊山でヒメクラテス草を発酵させたヒメクラ茶農家をされているそうで、氏のお茶はとても美味だ。 学生:魔王、農家やってるんですか……、夢が壊れますね。 教授:ある意味破壊の権化と恐れられた魔王が、生産者というのは夢があるとも言えるがね。 学生:……そうですね。 : 教授:ところで、勇者なのだが元々はこの世界の住人でなかったとの記録があり、これが詠唱文化が始まる切っ掛けともなっている。 学生:ああ、勇者はこの世界を救うために女神様に異世界より導かれた存在なんですよね。教科書にもそう書いてありました。 教授:うむ。しかしこれについては訂正が必要だな。 学生:訂正? 教授:手違いにより異世界から転移させられてきた青年を、巧みな言葉で勇者にまつり上げることで、女神様が不祥事の隠蔽を謀ったという汚職が、大戦後の内部告発によって明らかになったのだ。 学生:え?! そうなんですか! 教授:近頃の学生はニュースを見てないのか? 女神様による拉致及び不当な戦争従事に事件性が認められ、先日47代に渡る不屈の裁判の末に見事勇者子孫側が勝利したというのは記憶に新しいだろう。 学生:そういえば。 教授:勉強だけで無く時事問題にも関心を持ちなさい。 学生:でも、どんどんロマンがなくなっていきますね……。 教授:ある意味、何世紀もの時間をかけて神に勝つという先祖の悲願を達成するのはロマンだがな。 学生:……そうですね。 : 教授:さておき、勇者は異邦人であり、魔法ネイティブでは無かった。 学生:詠唱はその為に必要ということですか? 教授:うむ。魔法理論を一度口に出して言語に置換することでしか魔法現象の発動が叶わなかったとの記録がある。 : 教授:冒頭に話した魔法詠唱学の前提「魔法詠唱は不要」という話に戻るが、我々魔法ネイティブは魔法を呼吸のように自然に出来る。 学生:でも私は詠唱しながらじゃ無いと魔法発動できませんが? 教授:それは思い込みだな。感覚さえ間違えていなければ詠唱無しでも抵抗なく発動できるだろう。 学生:少なくとも大戦以前はそれが一般的だった? 教授:うむ。その為、わざわざ口に出すという発想すら無く、寧ろ彼の行為は新鮮に映った訳だな。 学生:違和感あるでしょうね。 教授:それは喩えるなら呼吸しますと宣言しながら呼吸していたようなものなのだが、 学生:めっちゃ変な人だったんですね、勇者……。 教授:だが、これが存外民衆にウケたと、当時最も勢いのあった国家、ミスディオールの王国史にも記述されている程だ。 学生:反響は推して知るべしですね。 教授:面白がられたことは言うに及ばずなのだが、それを差し引いても勇者は段違いに高い魔法適正や戦闘技能を持ち、地図を書き換えるほどの絶大な魔法を行使できた為、同時に憧れや畏敬を集めたとされている。 学生:他にも四字熟語や故事成語、シェイクスピア―とかいう異界の劇作などから引用決め台詞なんかは、彼によってこの世界に持ち込まれた文化と言われてますね。 教授:その中でもごく一般的に大衆に広く受け入れられているものがある。何かね? : 学生:……必殺技。 : 教授:そうだ。魔法詠唱と同様に勇者によって普及したのが必殺技だ。 学生:戦いの最中、事前に考えておいた技名或いは突発的に思いついた技名を叫ぶ、アレですね。 教授:これも勇者来訪以前の価値観には存在せず、当時の人々が信じられ無いほどの衝撃を受けたことは想像に難くない。 学生:ということはやはり技名を叫ぶことにもまた、特に意味は無いのでしょうか? 教授:私の知る限り無いな。 学生:無いんですね。 教授:むしろ勢い余って舌を噛み千切るリスクや、必要なときに食いしばれず力が出ないといったデメリットも生じる。 学生:それでも当たり前のように定着している糸言うことは。 教授:うむ。なんだかんだで評判となった。 教授:例えば、彼が得意としたとされる雷撃魔法と十字斬りを掛け合わせた奥義。 学生:サンダークロスですね! 教授:サンダークロスは当時の剣士のトレンドになり、サンダークロスを軸とした剣技、サンダークロス道の人気は未だ根強く、かの雷帝が治めた西レーザンガルド帝国において国技となっているのは諸君も知っての通りだ。 教授:こちらは、文化必殺技学の分野なので、詳しく知りたい者はソレ・エモイ教授の講義を受講すると良いだろう。なかなかに興味深いぞ。 学生:受講しなきゃ……! : 教授:さて、そうした勇者の力強さや格好良さにあやかろうと、真似をする者が現れるのに然程時間はかからなかった。 学生:気持ちは分かります。 教授:勇者の堂々とした振るまいが「魔法を詠唱するのは不自然」「攻撃を行う際に自分で考えた技名を叫ぶのは恥ずかしい」という既存の概念を覆し、それはクールで力強い様であると信じさせた。 : 教授:これが俗に言う『勇者△効果(ゆうしゃさんかっけーこうか)』だ。 : 学生:勇者△効果……! まとめると、勇者へのリスペクトとして、この詠唱文化は浸透したということですね。 教授:その通り。ちなみに魔王・ゼディオロヴァルメギウス氏もこの動きを推進した一人で、魔人族に魔法詠唱の文化が定着したのは氏の活動の影響が大きいとされている。 学生:流石魔王……! 教授:氏は、世界の命運をかけた一騎打ちにおいて、如何にも真面目な顔で約5分間にも及ぶ絶大な魔法詠唱を一言一句噛むこと無く行った勇者に感銘を受けたと当時のことを語っている。 学生:あの有名な終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』ですね! 教授:……詳しいな。詠唱してみるか? なんて…… 学生:良いんですか! 教授:君、覚えているのか……? 学生:はい! 全部そらで言えます。それではいきますね…… 教授:いや……。 : 学生:我は無垢、終末をかける雷神の錫杖。大気切り裂く獅子の産声、こだまするは淵源より差し延べる紫の腕。星無き夜空渡る一条の矢をつがえ、空席の天の座において代行者を名乗り、昏き黎明に押し黙る虚無を穿とう。二十三対、未だ眼醒めぬ瞳に輝き灯さんと彷徨する見目麗しき乙女に宣誓。忘れ得ぬ遠き約束の日、いずれ来たる輪廻に喝采、綻びもたらす始まりの破壊者と七日七晩躍り明かす愚昧なる汝の望みは、形無くした死神達の宴となろう。混沌の霹靂、鳴り止まぬ万雷によりて磨き上げた時計の針の向こうより続く月下の葬列。掲げる旗に記す王の遺言を色硝子で飾り、失われた時の欠片を透かす道標。やがて巡りて流るる風の声に耳を傾けよ。それは永劫。真理ひた隠し、営みの足場となる暗渠。崩落する世界の片隅を舞う黒き不死鳥、悠然たる啼き声の旋律。呼び醒まされし乙女は微笑む。降り注ぐは黄金の祝福と白銀の災禍。天より賜りし静かなる熾火と賑わいし慈雨を携え邂逅するは運命。断ち得ぬ絹糸を鎖に代えて、憐れなる隻眼の蛇の群れはその白き肌に食らいつく。恐れるなかれ。惑うことなく天の火を辿り、絢爛に灼かれし瞼に口づけを施そう。或いは一輪の枯れゆく花に声を授けて捧ぐ祈りは、星の砂漠で力尽きた旅人に姿を変えて語り継がれる神秘の系譜。歪んだ水晶、映る精霊の追憶、流す涙は碧瑠璃に染まり、深き海の底を揺蕩いながら、穢れた大地より妄執を切り取り浄化する。彼の者、大いなる意思に従って刻まれる流転の七芒星。点と点を結び象る宿命に嗚咽を潜ませ、渇いた大河を誰に知られることも無く潤す豊穣の契約。捧げしは、荒れ果てた楽園を満たす一滴の血。毒となり、薬となり、水となり、鉄となる。孤独に震える獣にひとときの安寧を与え、命を奪う狩人の爪。栄光と退廃を飾る都の鐘は、幾千幾万の民草から屈辱を奪い快楽を与える狂乱の揺り籠。重なる鼓動に耳を澄まし、凍える冬を越えたならば、未だ誰も見たことの無い故郷の春に足を踏み入れ、黄昏の果てに沈むこともやむなし。欠けて薄れた悲劇の底に、今沸き立つは審判の焔。黒く爛れて溶け落ちた青銅の汗を浮かべ、恐怖のままに足を止めることも叶わぬ聖者の行軍。先へ、前へ、向こうへ、果てへ、終焉へ。征服し、蹂躙し、陵辱し、侵犯し、逸脱し、越境し、飛躍し、超克する。抜き放たれた一振りの剣が誘う終わりなき終わりの待つ場所へ我を導け。 学生:終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』! : 教授:(適当なところで遮る)一旦止めようか、ラヴィ・スレイン君。 学生:どうして! まだ途中ですよ!? 教授:こちらも講義の途中なのでな! 終わったら聞いてやる。 学生:約束ですよ教授! 教授:今スレイン君が披露してくれたように、勇者の魔法詠唱は極めて繊細にしてかっこいい。それは魔人族の命運という重責を負った頑なな氏の心を動かし、終わり無き勇魔大戦に幕を下ろすに至った。 教授:その結果として今日の平和があり、魔法を行使する際に囁かれる魔法詠唱とはつまるところ、平和の祝詞でもあるのだ。 : 学生:泣けますね。 教授:うむ。それと、これはあくまで私見だが。 学生:何ですか? 教授:強力な魔法の名手である勇者の行使した真の魔法とは何だと思う? 学生:終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』では無く? 教授:終末級究極雷撃魔法『紫電・オブ・アポカリプス』では無くだ。 学生:……っは! 創世級天雷魔法『雷火・オブ・ジェネシス』ですか? 教授:そんな魔法があるのか……? 学生:はい! 勇者が魔王第三形態と戦った時に使ったとされる魔法で、その一撃は新たな世界を創り出すエネルギーに相当する程の威力なのです! 詠唱もばっちり暗唱できますよ! 教授:ゼディオロヴァルメギウス氏に第三形態など無いと思うのだが……。違うな。 学生:まさかそれ以上の魔法が?! 教授:ある意味、それ以上とも言える。 学生:教えて下さい! 教授:良いだろう。かの勇者が使った真の魔法とは。本来彼にしか意味のなかった詠唱という行為によって、人々の心、そして世界を変革し、平和に導いた『魔法詠唱』そのものなのだ。それは決して力による救済では無いのだ。 : 教授:と、魔法詠唱学の起源については以上だ。 学生:あっ、はい。 教授:何だね、その反応は。 学生:肩透かしだなんて全然思ってませんよ。 教授:大体君が変なこと語り出したせいだと思うのだが、さておき。 教授:こうして魔法詠唱学の門を叩いた諸君には、その歴史と文化と実践的な詠唱を学ぶと共に、ぜひとも、かの勇者のように平和を愛する心を持ってもらいたい。 : 教授:本日の講義はこれまで。 学生:ありがとうございました。アルバート教授! 教授:うむ。では、来週までに本講義の感想と諸君の考えた最強の魔法詠唱についてのレポートを提出するように。ごきげんよう 学生:……あ! 教授! 私の、 教授:我は親とはぐれた影法師。あるべきものをあるべき場所へ。揺らげ泡沫、グランド・エスケープ! さらば! : 0:教授、魔法により去る。 : 学生:ひどい! 私の詠唱を! 私の詠唱を聞いてくれるって言ったのに!? : 0:◆◇幕◇◆