台本概要

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タイトル 朝日が桜を包む日に
作者名 桜蛇あねり(おうじゃあねり)  (@aneri_writer)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 とある展望台で、二人の男女が自分の価値観について語り合う、そんなお話。

※世界観を壊さないアドリブ等はOKです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
若菜 115 わかな。高校2年生の女の子。
晴雪 112 はるゆき。大学生の男の子。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:『朝日が桜を包む日に』 : 若菜:(M)冬が終わり、春の訪れが感じられるような暖かさになってきた3月。まだ少し寒さは残っているけど、過ごしやすい季節になって、いろんな花が咲き始めたり、蝶々が飛び始めたりと、春の準備をしている。私、春日井 若菜(かすがい わかな)も、春の準備をするために、ずっと片思いをしてきた一つ上の先輩に、今日ついに告白をした。高校生になって、陸上部に入り、そこで一緒に頑張ってきた先輩。彼の走る姿がとてもかっこよくて、それでいて普段の先輩はちょっと抜けてるとこがあってかわいくて。穏やかで優しくてかっこいい先輩。そんな先輩に私は一瞬で恋に落ち、片思いして約2年。今日、卒業してしまう先輩に、ちゃんと想いを伝えなきゃ、と勇気を出して告白し……。 : 若菜:フラれたー!ちくしょおー!ずっとずっと積極的にアピールしてきたのに!玉砕!春が来ると思ったのに―! 晴雪:……。 若菜:里奈(りな)先輩に負けるなんて!私の方がいっぱいいっぱい尽くしてきたのにー! 晴雪:……ねぇ。 若菜:見てろ!絶対にいい女になって、いい男捕まえて、見返してやるんだからー! 晴雪:ねぇって。 若菜:ふぅ、すっきりした。やっぱ人のいないこの展望台で叫ぶのが一番の発散になるや! 晴雪:ねぇ、僕のこと見えてる? 若菜:あ、見えてます見えてます!ごめんなさい、うるさかったですよね! 晴雪:あー、よかった、僕のこと見えてないわけじゃなかったんだね。うん、うるさい自覚あるならよかった。 若菜:まさかこんなところに人がいるなんて思わなくて。叫ぶつもりでここに来たらあなたがいて驚いたんですけど、とりあえず叫んどこうと思いまして。 晴雪:うん、君のその図太さすごいね。恥じらいとかないの? 若菜:いいじゃないですかぁ、叫ばしてくださいよー。フラれたんですよ、今日、私。ずっと片思いしていた人に。 晴雪:だろうね。叫んでる内容からわかるよ。普通さ、見ず知らずの人がいる空間で叫ぶ?それもフラれたってことを。 若菜:見ず知らずだからこそですよ。知ってる人がいたら逆に叫んでないですよ、私。っていうかあなたこそ、見ず知らずの女の子に対してそんな冷たい態度はどうなんですか。私フラれて傷心中なんですよ?ほら、傷心中の女の子が悲しそうにしてるんですから優しくしてくださいよ。 晴雪:うーわ、思ってた以上に図太いぞこの子。ますます優しくする気失せるんだけど。 若菜:なんでですかぁ。2年間の片思いを経て、やっとの想いで告白したんですよ。同じ部活でとても仲良くしてくれて、先輩も少し私のこと気になってるのかな、って確信持ってたのに、フラれたんですよ。めちゃくちゃ落ち込んでるんですよ、私。優しくしてくださいよぉ。 晴雪:あんなに元気よく叫んでたのに、落ち込んでるなんて思わないよ。 若菜:落ち込んでますよ!ほら、先輩のことを思い出すだけでまた涙が……。 晴雪:………。 若菜:涙が……。 晴雪:………。 若菜:………でないわ。 晴雪:でないのか。 若菜:おかしいな、ここに来るまでは割と涙ぐんでたんだけどな。枯れたかな、この山道で。 晴雪:枯れるの早いね。 若菜:まぁ、学校からここまでそこそこ距離ありますからねー。この展望台、山道険しくて登るの大変だから、そっちに気を取られて泣いてなんかいられなかったのかも。 晴雪:全然傷心してないじゃん。 若菜:でも人がいるなんて思わなかった。ここ、今まで何度も家族と来てますけど、人がいたことなかったんで。お兄さん、ここよく来るんですか? 晴雪:うん、しょっちゅう来てるよ。僕も正直、ここに人が来ることほとんどないからびっくりしたよ。それも急に来たかと思ったら叫びだすし。 若菜:あれ?ホントに?私もよく来てますけど…あー、でもこの時期に一人で来たのは初めてかも。いつもは桜が満開の時期に家族とここに花見にくるんですよね。 晴雪:あー、じゃあタイミングが違うね。僕が来るのは秋と冬だからね。春と夏はここには来ない。 若菜:そーなんですね。……お兄さん、それは絵? 晴雪:そ。ここは人もいないし、景色もいいから、絵を描くのにもってこいなんだよね。 若菜:めちゃくちゃうまいですね、色遣いがとても。美術部とかです? 晴雪:ありがとう。ただの趣味だよ。大学行くとね、割と時間できるんだよね。 若菜:おお、大学生のお兄さんでしたか。いいなぁ、大学生。私も早く大学生になりたい。……あと1年したら大学生だけど。 晴雪:別にそんな楽しいところでもないけどね。 若菜:そうなんです?大学生って、いろんな仲間と授業やサークル、バイトに飲み会とか、華やかで楽しいイメージありますけどね。 晴雪:……友達ができればね。 若菜:お兄さん、友達いないの? 晴雪:君ホント、容赦なく聞いてくるね。なんなの、その図太さ。 若菜:え?いや、その、すみません?でも、友達いないことって悪い事なんですか? 晴雪:悪い事…ではないんだろうけど、友達いないやつって問題あるやつ、みたいに思わない? 若菜:うーん、友達がいない人に出会ったことないから何とも…。 晴雪:君、人を無意識に傷つけるタイプの人間だね。……はぁ。そうだよ、こんな傷心している女の子に気の利いた一言もかけれない、ひねくれものだからね。友達なんてできないし、いらない。僕は絵が描ければそれでいい。 若菜:確かに、お兄さんひねくれてそうですね。なんかこう、何言っても論破されそうで怖いとか言われません? 晴雪:よくわかるね、君。そしてそれを容赦なく言うんだね。 若菜:なんとなく、言葉の端々からそう感じまして。 晴雪:君はあれだな。距離のつめ方がおかしい、とか言われない? 若菜:言われますね。距離感おかしい、馴れ馴れしいって。 晴雪:だよね。 若菜:お兄さん、名前聞いてもいい?せっかくここで出会ったんだし、私お兄さんともっと仲良くしたい。 晴雪:別にいいけど、今のところお互いディスり合ってしかないよ?それでも仲良くしたいとか思うの?この僕と。 若菜:うん。一つの恋が終わっちゃったから、いつまでもくよくよしてないで、新しい恋を探したいし。お兄さんのこともっともっと知りたいなって思うの。 晴雪:……その言い方だと、僕のことを好きになる前提みたいに聞こえるんだけど。 若菜:え?うーん、好きになるかならないかは、まだわからないし、お兄さんに好きになってもらえるかも全然わからないけど、仲良くはなりたいなって思うよ。お兄さんみたいなタイプ、私初めて出会ったし。どんな人か興味あるよ。たくさん知って、それで好きになる可能性だってあるじゃん、お互い。 晴雪:………晴雪。春山 晴雪(はるやま はるゆき)。 若菜:春山晴雪?いい名前だね!ハルハルじゃん!ハルハルって呼んでいい? 晴雪:距離のつめ方おかしい。 若菜:よく言われる。私は春日井 若菜(かすがい わかな)。春に、日付けの日に、井戸の井、で春日井。あれだね、お互い名前に春がついてるね。 晴雪:だから運命だね、とかチープなこと言わないでよ。 若菜:え、言おうとしてた。 晴雪:だと思った。イタいロマンチストなとこありそうだなって。 若菜:え、酷い。いいじゃん、ロマンチストでいいじゃん。 晴雪:春日井、って呼べばいい? 若菜:えー、せっかくだから若菜って呼んでよ。 晴雪:初対面で女の子の下の名前呼ぶの、だいぶ恥ずかしいんだけど。 若菜:じゃあ練習だ。若菜って呼んで。 晴雪:強引だなぁ。わかったよ、若菜。 若菜:……初対面の男の人に下の名前で呼ばれるの、なんか恥ずかしいね。 晴雪:なぐっていい?ここなら人いないから見られる心配ないし。 若菜:あはは、ごめんって!……ハルハル、明日はここ来るの? 晴雪:若菜が来るなら来ない、うるさいから。 若菜:ふふ、ひどい。じゃあ明日は来ないから、ここに来てよ。 晴雪:わけのわからない言葉だね。 若菜:それじゃ、明日は来ないけど、また明日ね、ハルハル。 晴雪:おかしいやつ。またね。 0:間 若菜:それでさー、その友達に、私がフラれた話を聞いてもらったんだけど、返ってきたのがさ、『若菜ならもっといい人がいるよ!次の恋愛さがそ!』って言われたのね。まぁくよくよしても仕方ないし、次の恋愛探そうとは思ってるんだけど、『もっといい人がいるよ』ってのは、私が好きになった先輩のことディスってることになるんじゃないかなって思ったのよね。まぁそりゃさ、人それぞれ好みはあるわけだし、人の優劣って、その人の基準でしかないから、そこにとやかく言うつもりはないんだけどね? 晴雪:……。 若菜:だけど、私の中ではその先輩が好きで一番だったわけだから、そこに対して『もっといい人がいるよ』ってのは私に対しても、先輩に対しても失礼なんじゃないかなー、と思ったのよ。言わないけどね。でも、確かに私も友達の相談に乗ったときに似たようなこと言った記憶あるから、これからはそういう発言しないようにしよって今日気づいたの。 晴雪:『もっといい人がいる』ねぇ。 若菜:ハルハルもそう思わない?その言葉、結構失礼だなーって。 晴雪:その一言が正解だってこともあるでしょ。例えば、若菜がフラれたのが僕だったとしたら、確かに『もっといい人がいる』って思うよ。僕よりも気配りもできて、優れている人はたくさんいるわけだからさ。 若菜:うーん、それは世間一般的に、ハルハルよりも優れている人がいるってことでしょ? 晴雪:世間一般でも、若菜の中でもだよ。僕は人づきあいという面において底辺だと思ってるから。 若菜:いやいや、私の中のことはわかんなくない?私はハルハルのこと底辺だと思ってないし、こうしておしゃべりしてても楽しいって思うし。私の中の知り合いランキングの中でも、ハルハルは上位にいるよ?先輩にはおよばないけど。 晴雪:一言よけいだな、君は。………僕といてもつまんなくない?話してても、基本否定から入る人間だよ、僕は。だから人に話しかけられなくなっていく。 若菜:否定って、人の話ちゃんと聞いて、考えないとできないことじゃん?人の話を聞かないで、とりあえず同意だけしておこう、って人よりも私はいいと思うけど。それに、そういう考えもあるのかー、って考えが広がったりもするわけだし。 晴雪:ふぅん。そっか。まぁ確かに、人の話を聞いてるようで聞いていない、ただ同意・同情するだけの人は僕も好かないな。 若菜:でしょ?なんかさ、私的には、言葉でいろんなバトルがしたいのよ。考えなんて人それぞれなわけだし、全部が全部同じ意見でまとまるわけないんだからさ。たまにはとことん論争したいなって思うの。 晴雪:好戦的だね。それで気まずくなるのが怖い、とかないの?普通、そういうのが怖いから自分の意見を押し込めて、したくもない同意するんでしょ。 若菜:それはあんまり考えてないかな。それで気まずくなるような関係なら、切っちゃったらいいって思っちゃうの。思う存分、お互いの意見を戦わせたらさ、相手のことをよりよく理解できる気がするし、それで自分の意見が丸め込まれたとしても、それは納得できた先のことだと思うからさ。納得できなければ私も譲らないし。 晴雪:その考えでよくここまでやってこれたね…。嫌われたりしなかったの? 若菜:私のこと嫌いな人ももちろんいると思うよ。私だって、嫌いだなって思う人いるし。でも、それでも私のことを好いてくれてる人の方が多い気がするし、私のそういうところカッコいいって言ってくれる人もいるから、これでいいのかなって。私は今、たくさんに人に愛されてる自覚あるし、幸せだなって思うし、だったら今の私を変える必要はないかなって。 晴雪:自分に自信があるんだね、うらやましい。 若菜:自分に自信がある、って言うのはちょっと違うかな。 晴雪:違うの? 若菜:私の性格は、いろんな人が好きだって言ってくれてるけど、その反面、うるさい、とか馴れ馴れしい、とか思う人もいるわけで。万人受けする性格じゃないんだよね。誰にでも愛されるわけじゃない。だけど、それを自分でもちゃんとわかってるから、自分に自信を持つというよりかは、私の性格を受け入れてくれる人と仲良くする、って感じかな。 晴雪:なるほどね。恵まれた環境にいるんじゃなくて、恵まれた環境をつくってるってことか。 若菜:そうそう。環境は作れるんだよ、自分次第で。幸せな環境を、私は作ってるから今が幸せなの。 晴雪:君、本当に高校生?話してて思うんだけど、かなり卓越した考え方してるよね。人生2回目? 若菜:そう?普通だと思うけど…。あー、じゃあ人生2回目なのかもしれない。実は前世の記憶があります、的な! 晴雪:ふっ。前世の記憶、ね。 若菜:あ、笑ったな。じゃあ意地でも私は前世の記憶があることにしてやる。 晴雪:いやどんな意地なの、それ。じゃあ若菜の前世は何してたのさ。 若菜:おっけー、今から前世の設定考えるからちょっと待って。 晴雪:今、設定って言った。 若菜:前世の記憶を思い出すからちょっと待って。 晴雪:言い直しても無駄だからね。 若菜:よし!思い出した! 晴雪:はいはい、聞いてあげるよ。 若菜:前世の私はね、たくさんの友達に囲まれてて、クラスの人気者だったの。 晴雪:クラスって、え?現代? 若菜:私の前世ってなると、もう平成とかじゃない?前世は中世ヨーロッパの貴族ですー、なんてのは古いかなって。 晴雪:前世が平成ってなんか新しいな。いいよ、続けて。 若菜:それでね、私は学生最後の思い出作りに、特に仲良くしていた友達数人と一緒に廃墟に探検に行くの。 晴雪:めちゃくちゃ具体的な前世の記憶だな。 若菜:学生生活をずっと仲良くしていたその友達と、卒業してバラバラになってしまう前に、大切な思い出をつくりたかった。そう言って私はみんなを廃墟に連れて行くんだけど、それは建前で、本当の目的は別にあった。 晴雪:………。 若菜:そう、何を隠そう、仲良くしてきた私の友達は、実は昔、私の好きな人を死に追いやった奴らだったのだ!好きな人を殺された私は、その復讐をすべく!彼らに近づき、復讐の舞台を長年かけて整え、ついにこの日!その復讐は決行されるのであった! 晴雪:………。 若菜:完全に私のことを信じ切っていた彼らはまんまと騙され、私の手によって、殺されてしまう!……しかし、彼らを殺した後で、私は気づく。本当は彼らのことをすごく大事に思っていたことに。復讐として近づいたはずなのに、いつの間にかかけがえのない存在になっていたことに。私は取り返しのつかないことをしてしまったことに後悔の念を抱き、最後に自ら命を絶つのであった…。 晴雪:………。 若菜:どう?私の前世。 晴雪:30点。 若菜:点数低っ!なんで?よくできた物語だったでしょ!? 晴雪:バットエンド嫌いなの、僕。だけど、世間的にはそういうバッドエンドも好きな人いるだろうから、その人たちぶんおまけして30点。 若菜:えー!じゃあハルハル的には0点ってこと!? 晴雪:そういうことになるね。 若菜:えー!一生懸命考えたのに!じゃなかった、一生懸命思い出したのにー! 晴雪:後悔してんなら、最初からやんなよ…。 若菜:……ぶー。ダメだったかぁ。 晴雪:まぁでも、創作物としてはいいんじゃない?僕の好みじゃなかっただけで。割と面白そうな話ができそうだな、とは思ったよ。僕の好みじゃないけど。 若菜:好みじゃないのはわかったから!……そっか、創作、ねぇ。 晴雪:漫画とか描いたりしないの? 若菜:絵が壊滅的に下手だからなぁ。 晴雪:じゃあ小説。今の話、ハッピーエンドにして作ってよ。 若菜:ハッピーエンド、ねぇ……。 晴雪:ハッピーエンドなら見てあげるから。 若菜:えへへ、じゃあ考えとこ。 晴雪:……そろそろ日没かな。暗くなる前に帰りなよ。 若菜:うん。……夕日、綺麗だなぁ。 晴雪:そうだね。 若菜:夕日っていいよね、綺麗だし、1日の終わりって感じがして。 晴雪:夕日は綺麗だと思うけど、あまり好きじゃないな。 若菜:そーなの?なんで? 晴雪:明るかった世界が暗くなっていくからね。まるでバッドエンドみたい。 若菜:どんだけバッドエンド嫌いなの…。じゃあ朝日は?朝日は好きなの? 晴雪:あぁ。明るくなっていくからね。朝早くここに来ることもある。 若菜:そーなんだ!朝日に照らされるこの景色も綺麗だろうなぁ。 晴雪:絶景だよ。いつか来てみなよ。 若菜:うん。……さて、帰りますかぁ。ハルハル、明日は? 晴雪:……もうしばらくは来ないかな。 若菜:え?………あー、春夏は来ないって言ってたやつ? 晴雪:うん。そろそろ桜が咲く時期だから。 若菜:桜、嫌いなの? 晴雪:いーや。好きだよ。だからこそだよ。 若菜:どうして?桜が好きなら見に来ればいいじゃん。一緒に見ようよ。朝日に照らされる桜とか、めちゃくちゃ綺麗だと思う。 晴雪:……桜って、咲いたらすぐ散ってしまうから。あんなに美しく咲いていたのに、次の日にはあっけなく散ってしまっている。それを見るのが、なんだか嫌なんだよね。なんかこう、言い過ぎかもしれないけど、裏切られたような気分になる。 若菜:裏切られるって、なんか新しいね。さくらに裏切られるってこと? 晴雪:そ。綺麗な桜をいつまでも見ていたかったのに、ってね。悲しくなるから、春は来ない。 若菜:そっかぁ。じゃあ夏は?夏は何で来ないの? 晴雪:夏は単純に暑いから……あ、いや、っていうのは嘘で、夏はあれだよ、僕の前世の記憶がよみがえるから、だよ。 若菜:おぉ、前世の設定出してきた。 晴雪:せっかくだから若菜に合わせてやろうかと思ってね。 若菜:そんでそんで?どんな記憶がよみがえるの? 晴雪:………。そこまで考えてなかった。 若菜:0点。 晴雪:うるさいな、君みたいに想像力豊かじゃないんだよ、僕は。 若菜:しばらく、会えないのかぁ。寂しいなぁ。 晴雪:言っとくけど、僕と若菜、話して2日目だからね?そんな寂しいとかいう感情ある? 若菜:量より質、だよ。この2日でたくさん話して、ハルハルのことたくさん知れた気がするから。 晴雪:僕、あんまりしゃべってない気がするけど。 若菜:だから、量より質だって。その少ない言葉の中で、ハルハルの考えとかわかった気がするからってこと。 晴雪:そっか。君は良くしゃべるから、僕は君のこと十分に知れたけどね。 若菜:それはよかった。次は秋? 晴雪:そうだね。涼しくなってきたころ、かな。……別に遠くに行くわけじゃないし、連絡手段も作ればあるわけだし、秋まで待つこともない気はするけど。 若菜:確かに、それはそう。SNSとか教え合って、ここじゃないところで合うことはできると思うけど…。 晴雪:若菜はそれはしない、ってことだね。 若菜:うん。もしもね、春が過ぎて夏が来て、そして秋になってここに来て。そこでまたハルハルに会えたら、そっちの方がなんかロマンチックじゃない? 晴雪:でた、ロマンチスト。 若菜:会えないこの期間、ハルハルのことを考えて、ハルハルも私のことを思い出してもらって、それでいて秋になって会いたいって思えるのなら、たぶんそれはきっと、恋心なんじゃないかなって。 晴雪:恋心かどうかを確かめるために、半年近く費やすってことね。その間、僕が他の人と恋に落ちて、ここに来なくなる、とは考えないの? 若菜:その時は、また失恋するってことよ。そしたら次の新しい恋を探す。 晴雪:ポジティブだね。 若菜:それが私の取り柄だからね。それに、人生はまだまだ長いし! 晴雪:ふふ、そうだね。……じゃあ若菜、これあげるよ。 若菜:これは…スノードーム?春の始まりにスノードーム、ね。 晴雪:父さんからもらったスノードームなんだ。大切に思う人に渡す特別なものなんだって、父さんが言ってて。 若菜:そんな大切なもの、私がもらっていいの? 晴雪:そのスノードームを見るたびに、僕のこと思い出してくれたらいいなって。 若菜:あはは、ハルハルもロマンチストだね。それだと、僕のこと忘れないでねって言ってるようなものだよ? 晴雪:そうだよ。僕よりも、若菜の方が、他の人と恋に落ちてここに来なくなる可能性高いでしょ。 若菜:だから、少しでも自分の存在をアピールしておこうってことかな?なかなか積極的じゃん。 晴雪:チャンスは掴めるときに積極的に、貪欲に掴みなさいってのがうちの教えでね。知ってる?チャンスの女神さまは後ろ髪がないって話。 若菜:え?女神様、後ろはげてんの? 晴雪:そ。チャンスの女神さまが来たとき、掴もうかどうしようかって迷ってる間に自分の横を通り過ぎていき…掴もうと思った時には、後ろ髪がないからもう掴めないってね。だから、掴めるときに、前髪引っ張ってでも掴みなさいっていう教えだよ。 若菜:酷いね。 晴雪:そういうもんでしょ。結局は自分勝手で、貪欲に求めた者がチャンスをつかめるってこと。 若菜:なるほどね、だからこうして、会えない時期でも、私の意識に無理やり入り込もうとしているわけね。 晴雪:そういうこと。なんだかんだ、君とのおしゃべりは嫌いじゃないし、もっとしゃべってみたいとは思った。でも、君と会うためだけに自分の春と夏はここに来ない、っていう信念を曲げるのも癪だと思った。 若菜:あはは、ハルハルらしいね。それでいいよ、いや、それがいいよ。……じゃあ、私も一つだけ自分勝手なお願い。 晴雪:なに? 若菜:やっぱね、今年の秋と冬は、私がここに来れないかもしれない。 晴雪:そうなの? 若菜:時間を取ろうと思えば取れるのかもだけど、今年は私、大学受験の年だから。 晴雪:あー、なるほどね。 若菜:受験勉強の合間に来ることはできると思う。でも、せっかくだから、志望校に受かって、最高に輝いてる私で会いたいの。 晴雪:そうなると1年後、か。長いな。 若菜:長い人生の中の1年だよ。 晴雪:じゃあ来年のこの時期? 若菜:ううん。ハルハルさえよければ、だけど……。 晴雪:うん。 若菜:3月の終わり。桜が咲く時期の朝。 晴雪:桜を見るのが嫌だって言ってるのに。 若菜:大丈夫だって。さくらは裏切らないよ。散る前の、八分咲きごろに見ようよ。あさひとさくらを一緒にさ。 晴雪:ま、若菜と見られるならいいか。わかった。じゃあ、約束。 若菜:うん!あ、私が来なかったら、大学受験失敗してるってことだろうから、次の年に期待しといて。 晴雪:2年は待たないからね。ちゃんと合格してきてよね。 若菜:わかったよー!全力で頑張りますー! 晴雪:はいはい。それじゃ、ここで解散だ。 若菜:またね。ハルハル。 晴雪:あぁ。またね、若菜。 0:間 若菜:(M)一年後。まだ寒さの残る、3月の朝。私はあの展望台に続く、険しい山道を登っていた。あの日と同じ、険しい山道。でも、気持ちはあの日と全然違っていた。今は期待と幸せでいっぱいだ。きっと、今日は特別な日になる。新しい何かが始まる、そんな日だ。私は、この先に待っている景色に期待を寄せ、軽やかな足取りであの場所へと向かうのだった。 : 若菜:『朝日が桜を包む日に』 : 0:完

0:『朝日が桜を包む日に』 : 若菜:(M)冬が終わり、春の訪れが感じられるような暖かさになってきた3月。まだ少し寒さは残っているけど、過ごしやすい季節になって、いろんな花が咲き始めたり、蝶々が飛び始めたりと、春の準備をしている。私、春日井 若菜(かすがい わかな)も、春の準備をするために、ずっと片思いをしてきた一つ上の先輩に、今日ついに告白をした。高校生になって、陸上部に入り、そこで一緒に頑張ってきた先輩。彼の走る姿がとてもかっこよくて、それでいて普段の先輩はちょっと抜けてるとこがあってかわいくて。穏やかで優しくてかっこいい先輩。そんな先輩に私は一瞬で恋に落ち、片思いして約2年。今日、卒業してしまう先輩に、ちゃんと想いを伝えなきゃ、と勇気を出して告白し……。 : 若菜:フラれたー!ちくしょおー!ずっとずっと積極的にアピールしてきたのに!玉砕!春が来ると思ったのに―! 晴雪:……。 若菜:里奈(りな)先輩に負けるなんて!私の方がいっぱいいっぱい尽くしてきたのにー! 晴雪:……ねぇ。 若菜:見てろ!絶対にいい女になって、いい男捕まえて、見返してやるんだからー! 晴雪:ねぇって。 若菜:ふぅ、すっきりした。やっぱ人のいないこの展望台で叫ぶのが一番の発散になるや! 晴雪:ねぇ、僕のこと見えてる? 若菜:あ、見えてます見えてます!ごめんなさい、うるさかったですよね! 晴雪:あー、よかった、僕のこと見えてないわけじゃなかったんだね。うん、うるさい自覚あるならよかった。 若菜:まさかこんなところに人がいるなんて思わなくて。叫ぶつもりでここに来たらあなたがいて驚いたんですけど、とりあえず叫んどこうと思いまして。 晴雪:うん、君のその図太さすごいね。恥じらいとかないの? 若菜:いいじゃないですかぁ、叫ばしてくださいよー。フラれたんですよ、今日、私。ずっと片思いしていた人に。 晴雪:だろうね。叫んでる内容からわかるよ。普通さ、見ず知らずの人がいる空間で叫ぶ?それもフラれたってことを。 若菜:見ず知らずだからこそですよ。知ってる人がいたら逆に叫んでないですよ、私。っていうかあなたこそ、見ず知らずの女の子に対してそんな冷たい態度はどうなんですか。私フラれて傷心中なんですよ?ほら、傷心中の女の子が悲しそうにしてるんですから優しくしてくださいよ。 晴雪:うーわ、思ってた以上に図太いぞこの子。ますます優しくする気失せるんだけど。 若菜:なんでですかぁ。2年間の片思いを経て、やっとの想いで告白したんですよ。同じ部活でとても仲良くしてくれて、先輩も少し私のこと気になってるのかな、って確信持ってたのに、フラれたんですよ。めちゃくちゃ落ち込んでるんですよ、私。優しくしてくださいよぉ。 晴雪:あんなに元気よく叫んでたのに、落ち込んでるなんて思わないよ。 若菜:落ち込んでますよ!ほら、先輩のことを思い出すだけでまた涙が……。 晴雪:………。 若菜:涙が……。 晴雪:………。 若菜:………でないわ。 晴雪:でないのか。 若菜:おかしいな、ここに来るまでは割と涙ぐんでたんだけどな。枯れたかな、この山道で。 晴雪:枯れるの早いね。 若菜:まぁ、学校からここまでそこそこ距離ありますからねー。この展望台、山道険しくて登るの大変だから、そっちに気を取られて泣いてなんかいられなかったのかも。 晴雪:全然傷心してないじゃん。 若菜:でも人がいるなんて思わなかった。ここ、今まで何度も家族と来てますけど、人がいたことなかったんで。お兄さん、ここよく来るんですか? 晴雪:うん、しょっちゅう来てるよ。僕も正直、ここに人が来ることほとんどないからびっくりしたよ。それも急に来たかと思ったら叫びだすし。 若菜:あれ?ホントに?私もよく来てますけど…あー、でもこの時期に一人で来たのは初めてかも。いつもは桜が満開の時期に家族とここに花見にくるんですよね。 晴雪:あー、じゃあタイミングが違うね。僕が来るのは秋と冬だからね。春と夏はここには来ない。 若菜:そーなんですね。……お兄さん、それは絵? 晴雪:そ。ここは人もいないし、景色もいいから、絵を描くのにもってこいなんだよね。 若菜:めちゃくちゃうまいですね、色遣いがとても。美術部とかです? 晴雪:ありがとう。ただの趣味だよ。大学行くとね、割と時間できるんだよね。 若菜:おお、大学生のお兄さんでしたか。いいなぁ、大学生。私も早く大学生になりたい。……あと1年したら大学生だけど。 晴雪:別にそんな楽しいところでもないけどね。 若菜:そうなんです?大学生って、いろんな仲間と授業やサークル、バイトに飲み会とか、華やかで楽しいイメージありますけどね。 晴雪:……友達ができればね。 若菜:お兄さん、友達いないの? 晴雪:君ホント、容赦なく聞いてくるね。なんなの、その図太さ。 若菜:え?いや、その、すみません?でも、友達いないことって悪い事なんですか? 晴雪:悪い事…ではないんだろうけど、友達いないやつって問題あるやつ、みたいに思わない? 若菜:うーん、友達がいない人に出会ったことないから何とも…。 晴雪:君、人を無意識に傷つけるタイプの人間だね。……はぁ。そうだよ、こんな傷心している女の子に気の利いた一言もかけれない、ひねくれものだからね。友達なんてできないし、いらない。僕は絵が描ければそれでいい。 若菜:確かに、お兄さんひねくれてそうですね。なんかこう、何言っても論破されそうで怖いとか言われません? 晴雪:よくわかるね、君。そしてそれを容赦なく言うんだね。 若菜:なんとなく、言葉の端々からそう感じまして。 晴雪:君はあれだな。距離のつめ方がおかしい、とか言われない? 若菜:言われますね。距離感おかしい、馴れ馴れしいって。 晴雪:だよね。 若菜:お兄さん、名前聞いてもいい?せっかくここで出会ったんだし、私お兄さんともっと仲良くしたい。 晴雪:別にいいけど、今のところお互いディスり合ってしかないよ?それでも仲良くしたいとか思うの?この僕と。 若菜:うん。一つの恋が終わっちゃったから、いつまでもくよくよしてないで、新しい恋を探したいし。お兄さんのこともっともっと知りたいなって思うの。 晴雪:……その言い方だと、僕のことを好きになる前提みたいに聞こえるんだけど。 若菜:え?うーん、好きになるかならないかは、まだわからないし、お兄さんに好きになってもらえるかも全然わからないけど、仲良くはなりたいなって思うよ。お兄さんみたいなタイプ、私初めて出会ったし。どんな人か興味あるよ。たくさん知って、それで好きになる可能性だってあるじゃん、お互い。 晴雪:………晴雪。春山 晴雪(はるやま はるゆき)。 若菜:春山晴雪?いい名前だね!ハルハルじゃん!ハルハルって呼んでいい? 晴雪:距離のつめ方おかしい。 若菜:よく言われる。私は春日井 若菜(かすがい わかな)。春に、日付けの日に、井戸の井、で春日井。あれだね、お互い名前に春がついてるね。 晴雪:だから運命だね、とかチープなこと言わないでよ。 若菜:え、言おうとしてた。 晴雪:だと思った。イタいロマンチストなとこありそうだなって。 若菜:え、酷い。いいじゃん、ロマンチストでいいじゃん。 晴雪:春日井、って呼べばいい? 若菜:えー、せっかくだから若菜って呼んでよ。 晴雪:初対面で女の子の下の名前呼ぶの、だいぶ恥ずかしいんだけど。 若菜:じゃあ練習だ。若菜って呼んで。 晴雪:強引だなぁ。わかったよ、若菜。 若菜:……初対面の男の人に下の名前で呼ばれるの、なんか恥ずかしいね。 晴雪:なぐっていい?ここなら人いないから見られる心配ないし。 若菜:あはは、ごめんって!……ハルハル、明日はここ来るの? 晴雪:若菜が来るなら来ない、うるさいから。 若菜:ふふ、ひどい。じゃあ明日は来ないから、ここに来てよ。 晴雪:わけのわからない言葉だね。 若菜:それじゃ、明日は来ないけど、また明日ね、ハルハル。 晴雪:おかしいやつ。またね。 0:間 若菜:それでさー、その友達に、私がフラれた話を聞いてもらったんだけど、返ってきたのがさ、『若菜ならもっといい人がいるよ!次の恋愛さがそ!』って言われたのね。まぁくよくよしても仕方ないし、次の恋愛探そうとは思ってるんだけど、『もっといい人がいるよ』ってのは、私が好きになった先輩のことディスってることになるんじゃないかなって思ったのよね。まぁそりゃさ、人それぞれ好みはあるわけだし、人の優劣って、その人の基準でしかないから、そこにとやかく言うつもりはないんだけどね? 晴雪:……。 若菜:だけど、私の中ではその先輩が好きで一番だったわけだから、そこに対して『もっといい人がいるよ』ってのは私に対しても、先輩に対しても失礼なんじゃないかなー、と思ったのよ。言わないけどね。でも、確かに私も友達の相談に乗ったときに似たようなこと言った記憶あるから、これからはそういう発言しないようにしよって今日気づいたの。 晴雪:『もっといい人がいる』ねぇ。 若菜:ハルハルもそう思わない?その言葉、結構失礼だなーって。 晴雪:その一言が正解だってこともあるでしょ。例えば、若菜がフラれたのが僕だったとしたら、確かに『もっといい人がいる』って思うよ。僕よりも気配りもできて、優れている人はたくさんいるわけだからさ。 若菜:うーん、それは世間一般的に、ハルハルよりも優れている人がいるってことでしょ? 晴雪:世間一般でも、若菜の中でもだよ。僕は人づきあいという面において底辺だと思ってるから。 若菜:いやいや、私の中のことはわかんなくない?私はハルハルのこと底辺だと思ってないし、こうしておしゃべりしてても楽しいって思うし。私の中の知り合いランキングの中でも、ハルハルは上位にいるよ?先輩にはおよばないけど。 晴雪:一言よけいだな、君は。………僕といてもつまんなくない?話してても、基本否定から入る人間だよ、僕は。だから人に話しかけられなくなっていく。 若菜:否定って、人の話ちゃんと聞いて、考えないとできないことじゃん?人の話を聞かないで、とりあえず同意だけしておこう、って人よりも私はいいと思うけど。それに、そういう考えもあるのかー、って考えが広がったりもするわけだし。 晴雪:ふぅん。そっか。まぁ確かに、人の話を聞いてるようで聞いていない、ただ同意・同情するだけの人は僕も好かないな。 若菜:でしょ?なんかさ、私的には、言葉でいろんなバトルがしたいのよ。考えなんて人それぞれなわけだし、全部が全部同じ意見でまとまるわけないんだからさ。たまにはとことん論争したいなって思うの。 晴雪:好戦的だね。それで気まずくなるのが怖い、とかないの?普通、そういうのが怖いから自分の意見を押し込めて、したくもない同意するんでしょ。 若菜:それはあんまり考えてないかな。それで気まずくなるような関係なら、切っちゃったらいいって思っちゃうの。思う存分、お互いの意見を戦わせたらさ、相手のことをよりよく理解できる気がするし、それで自分の意見が丸め込まれたとしても、それは納得できた先のことだと思うからさ。納得できなければ私も譲らないし。 晴雪:その考えでよくここまでやってこれたね…。嫌われたりしなかったの? 若菜:私のこと嫌いな人ももちろんいると思うよ。私だって、嫌いだなって思う人いるし。でも、それでも私のことを好いてくれてる人の方が多い気がするし、私のそういうところカッコいいって言ってくれる人もいるから、これでいいのかなって。私は今、たくさんに人に愛されてる自覚あるし、幸せだなって思うし、だったら今の私を変える必要はないかなって。 晴雪:自分に自信があるんだね、うらやましい。 若菜:自分に自信がある、って言うのはちょっと違うかな。 晴雪:違うの? 若菜:私の性格は、いろんな人が好きだって言ってくれてるけど、その反面、うるさい、とか馴れ馴れしい、とか思う人もいるわけで。万人受けする性格じゃないんだよね。誰にでも愛されるわけじゃない。だけど、それを自分でもちゃんとわかってるから、自分に自信を持つというよりかは、私の性格を受け入れてくれる人と仲良くする、って感じかな。 晴雪:なるほどね。恵まれた環境にいるんじゃなくて、恵まれた環境をつくってるってことか。 若菜:そうそう。環境は作れるんだよ、自分次第で。幸せな環境を、私は作ってるから今が幸せなの。 晴雪:君、本当に高校生?話してて思うんだけど、かなり卓越した考え方してるよね。人生2回目? 若菜:そう?普通だと思うけど…。あー、じゃあ人生2回目なのかもしれない。実は前世の記憶があります、的な! 晴雪:ふっ。前世の記憶、ね。 若菜:あ、笑ったな。じゃあ意地でも私は前世の記憶があることにしてやる。 晴雪:いやどんな意地なの、それ。じゃあ若菜の前世は何してたのさ。 若菜:おっけー、今から前世の設定考えるからちょっと待って。 晴雪:今、設定って言った。 若菜:前世の記憶を思い出すからちょっと待って。 晴雪:言い直しても無駄だからね。 若菜:よし!思い出した! 晴雪:はいはい、聞いてあげるよ。 若菜:前世の私はね、たくさんの友達に囲まれてて、クラスの人気者だったの。 晴雪:クラスって、え?現代? 若菜:私の前世ってなると、もう平成とかじゃない?前世は中世ヨーロッパの貴族ですー、なんてのは古いかなって。 晴雪:前世が平成ってなんか新しいな。いいよ、続けて。 若菜:それでね、私は学生最後の思い出作りに、特に仲良くしていた友達数人と一緒に廃墟に探検に行くの。 晴雪:めちゃくちゃ具体的な前世の記憶だな。 若菜:学生生活をずっと仲良くしていたその友達と、卒業してバラバラになってしまう前に、大切な思い出をつくりたかった。そう言って私はみんなを廃墟に連れて行くんだけど、それは建前で、本当の目的は別にあった。 晴雪:………。 若菜:そう、何を隠そう、仲良くしてきた私の友達は、実は昔、私の好きな人を死に追いやった奴らだったのだ!好きな人を殺された私は、その復讐をすべく!彼らに近づき、復讐の舞台を長年かけて整え、ついにこの日!その復讐は決行されるのであった! 晴雪:………。 若菜:完全に私のことを信じ切っていた彼らはまんまと騙され、私の手によって、殺されてしまう!……しかし、彼らを殺した後で、私は気づく。本当は彼らのことをすごく大事に思っていたことに。復讐として近づいたはずなのに、いつの間にかかけがえのない存在になっていたことに。私は取り返しのつかないことをしてしまったことに後悔の念を抱き、最後に自ら命を絶つのであった…。 晴雪:………。 若菜:どう?私の前世。 晴雪:30点。 若菜:点数低っ!なんで?よくできた物語だったでしょ!? 晴雪:バットエンド嫌いなの、僕。だけど、世間的にはそういうバッドエンドも好きな人いるだろうから、その人たちぶんおまけして30点。 若菜:えー!じゃあハルハル的には0点ってこと!? 晴雪:そういうことになるね。 若菜:えー!一生懸命考えたのに!じゃなかった、一生懸命思い出したのにー! 晴雪:後悔してんなら、最初からやんなよ…。 若菜:……ぶー。ダメだったかぁ。 晴雪:まぁでも、創作物としてはいいんじゃない?僕の好みじゃなかっただけで。割と面白そうな話ができそうだな、とは思ったよ。僕の好みじゃないけど。 若菜:好みじゃないのはわかったから!……そっか、創作、ねぇ。 晴雪:漫画とか描いたりしないの? 若菜:絵が壊滅的に下手だからなぁ。 晴雪:じゃあ小説。今の話、ハッピーエンドにして作ってよ。 若菜:ハッピーエンド、ねぇ……。 晴雪:ハッピーエンドなら見てあげるから。 若菜:えへへ、じゃあ考えとこ。 晴雪:……そろそろ日没かな。暗くなる前に帰りなよ。 若菜:うん。……夕日、綺麗だなぁ。 晴雪:そうだね。 若菜:夕日っていいよね、綺麗だし、1日の終わりって感じがして。 晴雪:夕日は綺麗だと思うけど、あまり好きじゃないな。 若菜:そーなの?なんで? 晴雪:明るかった世界が暗くなっていくからね。まるでバッドエンドみたい。 若菜:どんだけバッドエンド嫌いなの…。じゃあ朝日は?朝日は好きなの? 晴雪:あぁ。明るくなっていくからね。朝早くここに来ることもある。 若菜:そーなんだ!朝日に照らされるこの景色も綺麗だろうなぁ。 晴雪:絶景だよ。いつか来てみなよ。 若菜:うん。……さて、帰りますかぁ。ハルハル、明日は? 晴雪:……もうしばらくは来ないかな。 若菜:え?………あー、春夏は来ないって言ってたやつ? 晴雪:うん。そろそろ桜が咲く時期だから。 若菜:桜、嫌いなの? 晴雪:いーや。好きだよ。だからこそだよ。 若菜:どうして?桜が好きなら見に来ればいいじゃん。一緒に見ようよ。朝日に照らされる桜とか、めちゃくちゃ綺麗だと思う。 晴雪:……桜って、咲いたらすぐ散ってしまうから。あんなに美しく咲いていたのに、次の日にはあっけなく散ってしまっている。それを見るのが、なんだか嫌なんだよね。なんかこう、言い過ぎかもしれないけど、裏切られたような気分になる。 若菜:裏切られるって、なんか新しいね。さくらに裏切られるってこと? 晴雪:そ。綺麗な桜をいつまでも見ていたかったのに、ってね。悲しくなるから、春は来ない。 若菜:そっかぁ。じゃあ夏は?夏は何で来ないの? 晴雪:夏は単純に暑いから……あ、いや、っていうのは嘘で、夏はあれだよ、僕の前世の記憶がよみがえるから、だよ。 若菜:おぉ、前世の設定出してきた。 晴雪:せっかくだから若菜に合わせてやろうかと思ってね。 若菜:そんでそんで?どんな記憶がよみがえるの? 晴雪:………。そこまで考えてなかった。 若菜:0点。 晴雪:うるさいな、君みたいに想像力豊かじゃないんだよ、僕は。 若菜:しばらく、会えないのかぁ。寂しいなぁ。 晴雪:言っとくけど、僕と若菜、話して2日目だからね?そんな寂しいとかいう感情ある? 若菜:量より質、だよ。この2日でたくさん話して、ハルハルのことたくさん知れた気がするから。 晴雪:僕、あんまりしゃべってない気がするけど。 若菜:だから、量より質だって。その少ない言葉の中で、ハルハルの考えとかわかった気がするからってこと。 晴雪:そっか。君は良くしゃべるから、僕は君のこと十分に知れたけどね。 若菜:それはよかった。次は秋? 晴雪:そうだね。涼しくなってきたころ、かな。……別に遠くに行くわけじゃないし、連絡手段も作ればあるわけだし、秋まで待つこともない気はするけど。 若菜:確かに、それはそう。SNSとか教え合って、ここじゃないところで合うことはできると思うけど…。 晴雪:若菜はそれはしない、ってことだね。 若菜:うん。もしもね、春が過ぎて夏が来て、そして秋になってここに来て。そこでまたハルハルに会えたら、そっちの方がなんかロマンチックじゃない? 晴雪:でた、ロマンチスト。 若菜:会えないこの期間、ハルハルのことを考えて、ハルハルも私のことを思い出してもらって、それでいて秋になって会いたいって思えるのなら、たぶんそれはきっと、恋心なんじゃないかなって。 晴雪:恋心かどうかを確かめるために、半年近く費やすってことね。その間、僕が他の人と恋に落ちて、ここに来なくなる、とは考えないの? 若菜:その時は、また失恋するってことよ。そしたら次の新しい恋を探す。 晴雪:ポジティブだね。 若菜:それが私の取り柄だからね。それに、人生はまだまだ長いし! 晴雪:ふふ、そうだね。……じゃあ若菜、これあげるよ。 若菜:これは…スノードーム?春の始まりにスノードーム、ね。 晴雪:父さんからもらったスノードームなんだ。大切に思う人に渡す特別なものなんだって、父さんが言ってて。 若菜:そんな大切なもの、私がもらっていいの? 晴雪:そのスノードームを見るたびに、僕のこと思い出してくれたらいいなって。 若菜:あはは、ハルハルもロマンチストだね。それだと、僕のこと忘れないでねって言ってるようなものだよ? 晴雪:そうだよ。僕よりも、若菜の方が、他の人と恋に落ちてここに来なくなる可能性高いでしょ。 若菜:だから、少しでも自分の存在をアピールしておこうってことかな?なかなか積極的じゃん。 晴雪:チャンスは掴めるときに積極的に、貪欲に掴みなさいってのがうちの教えでね。知ってる?チャンスの女神さまは後ろ髪がないって話。 若菜:え?女神様、後ろはげてんの? 晴雪:そ。チャンスの女神さまが来たとき、掴もうかどうしようかって迷ってる間に自分の横を通り過ぎていき…掴もうと思った時には、後ろ髪がないからもう掴めないってね。だから、掴めるときに、前髪引っ張ってでも掴みなさいっていう教えだよ。 若菜:酷いね。 晴雪:そういうもんでしょ。結局は自分勝手で、貪欲に求めた者がチャンスをつかめるってこと。 若菜:なるほどね、だからこうして、会えない時期でも、私の意識に無理やり入り込もうとしているわけね。 晴雪:そういうこと。なんだかんだ、君とのおしゃべりは嫌いじゃないし、もっとしゃべってみたいとは思った。でも、君と会うためだけに自分の春と夏はここに来ない、っていう信念を曲げるのも癪だと思った。 若菜:あはは、ハルハルらしいね。それでいいよ、いや、それがいいよ。……じゃあ、私も一つだけ自分勝手なお願い。 晴雪:なに? 若菜:やっぱね、今年の秋と冬は、私がここに来れないかもしれない。 晴雪:そうなの? 若菜:時間を取ろうと思えば取れるのかもだけど、今年は私、大学受験の年だから。 晴雪:あー、なるほどね。 若菜:受験勉強の合間に来ることはできると思う。でも、せっかくだから、志望校に受かって、最高に輝いてる私で会いたいの。 晴雪:そうなると1年後、か。長いな。 若菜:長い人生の中の1年だよ。 晴雪:じゃあ来年のこの時期? 若菜:ううん。ハルハルさえよければ、だけど……。 晴雪:うん。 若菜:3月の終わり。桜が咲く時期の朝。 晴雪:桜を見るのが嫌だって言ってるのに。 若菜:大丈夫だって。さくらは裏切らないよ。散る前の、八分咲きごろに見ようよ。あさひとさくらを一緒にさ。 晴雪:ま、若菜と見られるならいいか。わかった。じゃあ、約束。 若菜:うん!あ、私が来なかったら、大学受験失敗してるってことだろうから、次の年に期待しといて。 晴雪:2年は待たないからね。ちゃんと合格してきてよね。 若菜:わかったよー!全力で頑張りますー! 晴雪:はいはい。それじゃ、ここで解散だ。 若菜:またね。ハルハル。 晴雪:あぁ。またね、若菜。 0:間 若菜:(M)一年後。まだ寒さの残る、3月の朝。私はあの展望台に続く、険しい山道を登っていた。あの日と同じ、険しい山道。でも、気持ちはあの日と全然違っていた。今は期待と幸せでいっぱいだ。きっと、今日は特別な日になる。新しい何かが始まる、そんな日だ。私は、この先に待っている景色に期待を寄せ、軽やかな足取りであの場所へと向かうのだった。 : 若菜:『朝日が桜を包む日に』 : 0:完