台本概要
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タイトル | STRAYSHEEP Ⅸ |
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作者名 | 紫音 (@Sion_kyo2) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 5人用台本(男2、女3) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
『罪を受け入れ続けるために――私は、貴女の断罪を拒みます』 正義と悪。愛と憎しみ。贖罪と断罪――。何が正解なのかなんて分からない。それでも、これ以上自分の罪から目を背けないために。そして、自分の信じるものを、守るために……今、最終決戦の火蓋は切られた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― STRAYSHEEPシリーズ九作目になります。 時間は30分~40分を想定しています。 上演の際、お手数でなければお知らせいただけると嬉しいです。※必須ではないです。 205 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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アデル | 男 | 57 | 何でも屋。元殺し屋“デュアルバレット”。 |
シルバー | 男 | 22 | 殺し屋組織のトップ。ルシアからは「ボス」と呼ばれている。 |
ルシア | 女 | 67 | 殺し屋。シルバーのことを父親のように慕っている。 |
スカーレット | 女 | 46 | バウンティハンター。父親を殺したシルバーを憎んでいる。 |
ヒリス | 女 | 25 | 殺し屋。シルバーの同僚であり、ルシアの上司。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:某所にて。
0:歩いていくルシアの背後に、ヒリスが声をかける。
ヒリス:待ちなさい、ルシア。
ルシア:……ヒリス。
ヒリス:あなた、まだ怪我から完全に回復したわけじゃないでしょう?少し休んでいた方がいいわ。
ルシア:……いえ、大丈夫です。大したことはありませんから。
ルシア:それよりも……私のいない間、ボスのことをお願いします。
ヒリス:……どこに行くつもり?
ルシア:それは……あなたには、関係ありません。
ヒリス:……どうせ、スカーレットのところでしょう?
ルシア:……。
ヒリス:行ってどうするつもりかしら。彼女を殺すの?それとも……彼女の過去に、同情でもする?
ルシア:……同情など、あり得ません。彼女の狙いは、ボスの命です。私がボスを守らなければ。
ヒリス:シルバーを守るって……まだ、そんなことが言えるの?
ルシア:何の話でしょうか。
ヒリス:……知ったんでしょう、シルバーがあなたの両親を殺したっていう、真実を。
ヒリス:あなたにとってシルバーは、憎い相手のはずじゃない。なのに、どうして……
ルシア:私は……自分の気持ちに、嘘はついていませんよ。
ヒリス:ルシア……
ルシア:貴女が言ったんじゃないですか、ヒリス。
ルシア:『心を信じられないほどに抉られていくような、辛いことがあったとしても、その相手を憎まないでほしい』。
ルシア:『その人はあなたのことを裏切るかもしれないけれど、きっと誰よりも、あなたのことを愛している人だから』……と。
ヒリス:……ちゃんと覚えていたのね、私の言葉。
ルシア:当たり前です。……貴女、最初から全部知っていたんでしょう。だから私に、あんな言葉をかけた。
ルシア:……私は、貴女の言葉と自分の気持ちを、信じます。だから行かなくては。……今度こそ、終わらせてきます。
ヒリス:……そう……。
ヒリス:ふ、そうね……あなたらしいわ、ルシア。
ヒリス:シルバーのことは任せてちょうだい。……そっちは、頼んだわよ。
ルシア:はい。……行ってきます。
ヒリス:……行ってらっしゃい。
0:
0:
0:
0:その頃。
0:とある路地裏にて。
0:壁にもたれかかり、ぼんやりと足元を見ているスカーレット。その手には包帯が巻かれている。
スカーレット:……(ゆっくり、重いため息)。
スカーレット:さて……どうしたものか。
スカーレット:シルバーへの、復讐……何もかもを失う苦痛を、奴に味わわせるためには……
スカーレット:……あのルシアという女、相当シルバーを慕う気持ちが強いように見えた。あの女を真っ先に消すか……いや、利用するという手もある。……どの方法が奴にとって最も苦痛となるか、だな。
スカーレット:……!
0:独り言のように呟いていたスカーレットは、近づいてくる足音に気が付いて顔を上げる。
0:奥の暗闇から現れたのは――
アデル:……よぉ。こんなところで何してんだ、スカーレット。
スカーレット:……。
スカーレット:……ふ、誰かと思えば……私の名を覚えていたか、アデル・クロウリー。
アデル:まぁな。一度撃ち合った相手の名前を、そう簡単には忘れねぇよ。
スカーレット:……なぜここに来た。
アデル:……なんでだろうな。もう一度、お前に会わないといけないような気がしたんだよ。……俺にだってよくわからねぇ。
スカーレット:自分自身すら見失うのか。……哀れだな。
アデル:そうなのかもな。
アデル:……あの時のお前の言葉を、俺は否定できなかったから。
アデル:「過去から逃げてる」っていうお前の言葉を……俺は、否定できなかった。
アデル:きっと、心の中では分かってるんだよ、お前の言う通りだって。俺が、今までの俺が……それを見て見ぬふりをしてきただけだ。
スカーレット:……随分と、情けない顔だ。
スカーレット:今のお前はまるで、雨の中に放り出されて震えている子犬のような……殺し屋だった頃のお前がどんな表情だったのかなど私は知らないが、当時の面影などきっと、今のお前のどこにもないのだろうな。
アデル:それくらい弱くなっちまったってことだろうな。……否定はしねぇよ。
0:アデルに向けて銃を構えるスカーレット。
スカーレット:再び私の前に現れたということは……私に殺される覚悟ができたということか?
アデル:……いいや、違うな。
0:アデルも銃を構える。
アデル:俺は、俺自身の答えを出さなきゃいけない。中途半端なままでいちゃいけないんだ。……俺はどうしたいのか、どうしなきゃいけないのか。いい加減、逃げたままじゃいられねぇんだよ。
スカーレット:……ふ、なるほどな。少しは目つきが変わったらしい。
スカーレット:だが……そんなもの、私がお前たちを赦す理由にはならん。私のやることは変わらない。……ここがお前の墓場だ、アデル・クロウリー。
アデル:……来いよ。お前との決着は、ここでつける。
0:
0:
0:
0:回想。
0:シルバーと幼いルシアが並んで歩いている。
シルバー:……ルシア。
ルシア:はい、ボス。
シルバー:一つ、覚えておきなさい。
シルバー:人間は、みんなうわべだけの生き物だ。本当の自分を隠して、嘘で塗り固めている生き物だ。
ルシア:……嘘?
シルバー:だから、ルシア。誰のことも、信じるな。信じていいのは……本当の自分だけだ。
シルバー:周りの人間を、信用するな。……この俺でさえも。
シルバー:約束だ。
ルシア:……。
ルシア:……はい、ボス。
0:わずかな沈黙の後、ルシアがシルバーを見上げて口を開く。
ルシア:でも、ボス。
シルバー:なんだ。
ルシア:私は……信じちゃいけないって言われても、ボスのこと信じてます。
シルバー:……。
ルシア:ボスは私にとって……本当のお父さんみたいな存在なんです。
ルシア:私が今こうして生きていられるのは、ボスのおかげ。……だから、他の誰のことも信じなくても、ボスのことだけは信じていてもいいですか。
シルバー:……俺は、お前の父親ではない。
シルバー:俺は…………
シルバー:……、……。
ルシア:……ボス?
シルバー:なんでもない。……行くぞ。
ルシア:はい。
0:(間)
シルバー:(N)やめてくれ。
シルバー:(N)俺を、父親のようなどと……俺のおかげなどと、言わないでくれ。
シルバー:(N)お前が俺に笑いかけるたびに、俺に手を伸ばすたびに……俺は、お前の両親を奪った自分自身の罪から、目を背けたくなってしまう。
シルバー:(N)そんなことは許されない。そんなことは、決して…………
シルバー:(N)一生、背負うと決めたのだ。この罪を抱いたまま、いつか……お前の手で終わらせてもらおうと。
シルバー:(N)それなのに……どうして、俺はこんなにも弱いのか。いつから俺は、こんなにも脆弱になったのだろう。
シルバー:(N)あの日……小さく震える十歳の少女を、両親と一緒に殺してしまえば良かったのだろうか。そうしていれば……こんなにも苦しむことなどせずに……
シルバー:(N)……だが、頭の中であの日の景色を何度思い返しても、そこに佇む俺にはどうしてもその選択が出来ない。引き金を引くことを……怖いと感じてしまう。
シルバー:(N)お前も、同じだったのか。……アデル。
シルバー:(N)お前の感じた恐怖感は……お前の抱いた絶望と、喪失感は……こんなにも冷たく、真っ暗で、重たい、底知れぬ闇だったのか。
0:
0:
0:
0:その頃。
0:アデルとスカーレットの銃撃戦。
スカーレット:……なるほどな。
アデル:なんだよ。
スカーレット:前回会った時とは、お前の動き方がまるで違う。……何が変わった?その根底に滾らせているものはなんだ?
アデル:……知りてぇか?
アデル:多分それは……“怒り”だよ。
スカーレット:……怒り、だと?
アデル:ジェイドを傷付けたお前らへの怒り、二度と銃なんて握らないと決めたはずなのに、こうしてまた引き金に指をかけている自分への怒り。
アデル:……そして、贖罪だのなんだのそれっぽい言葉を並べ立てて、自己満足に浸るだけで……結局、本当の意味での償いはなんなのかってことに気付けていなかったことへの怒りだ。
スカーレット:自己嫌悪……といったところか。
アデル:ああそうだろうな。……そうだよ、これは自己嫌悪だ。
アデル:けどきっと、俺にはそんな資格はない。……嫌うべき本当の自分を、そもそも最初から見て見ぬふりをしてたんだから。
アデル:認めてないものを、受け入れないままでいるものを……嫌えるはずも、ましてや好きになれるはずもない。
アデル:俺は多分、自分の過去に……あの頃の自分自身にずっと蓋をして、見ないようにして、そうやって葬ろうとしてた。過去ごと全部、消そうとしてた。
アデル:血塗れの過去を忘れて、なかったことにして……今の幸せに逃げようとしてただけだったんだ。
アデル:贖罪なんて、口だけだった。その言葉を盾にして、平穏な日常に溶け込んでる自分を正当化してただけだったんだよ。
スカーレット:……おこがましいにも、程があるな。平気な顔をして他人の人生を壊しておきながら、自分はそれをなかったことにして幸せを掴もうなどと……
アデル:……そんなの、許されるようなことじゃない。口では分かってるって言いながら、きっと分かってなかった。心のどこかで、誰かに赦してほしいと思ってた。……だからこんなに、苦しかったんだろうな。
スカーレット:お前に……苦しいなどと言う資格があると思っているのか?
スカーレット:お前が引き金を引いたことによって命を奪われた人間は、もっと苦しみながら死んでいったぞ。お前の手によって大切な存在を奪われた人間は、終わりのない苦しみを今も抱えながら、まるで地獄のような日々を送っているぞ……!
スカーレット:きっとお前に残るのは、引き金を引いたその感触だけなんだろう。……だがな、それが生む悲しみは、絶望は、怒りや憎しみは、お前の想像をはるかに超える。苦しむ資格も、赦しを請う資格も、お前にはない。そんなものは私が、私たちが与えない。
アデル:……ああ、そうだよ……全部お前の言う通りだ。
アデル:俺が奪ってきたものは、きっと俺が軽々しく背負えるようなものじゃない。……それだけのことを俺はしてきた。
アデル:なのに俺は、いつも自分のことしか考えてなかった。……自分の側から見た世界だけで、自分がどうやったら苦しまずに生きていけるかってことばっかり考えて……そんなの、贖罪でもなんでもない。ただの独り善がりだ。
スカーレット:……それで、どうする。アデル・クロウリー。
スカーレット:ここまで来たら、お前に残されている道は……ここで私に裁かれること。それのみだろう。よもや、赦しなど望むわけではないだろうな。
アデル:そんなもんを望める立場にいないってことは……もう十分、分かってる。
アデル:……だけど、俺には死ねない理由があるんだよ。
スカーレット:死ねない、理由だと?
アデル:約束したんだ。……ユリアの分まで生きるって。
スカーレット:……誰の話だ。
アデル:俺が昔、この手で殺した……友達の話さ。
スカーレット:……、……。
アデル:生きなくちゃいけないんだ、俺は。
アデル:自分のためじゃない。俺が奪ってきた命を、終わらせないために……ここで死ぬわけには、いかねぇんだよ。
スカーレット:……大層なことを言っているつもりだろうが、結局は死にたくないだけだろう。そんな言葉で、私の怒りが収まるはずもない。……ここで死ね、アデル・クロウリー!
0:アデルに向け銃を構えるスカーレット。
0:しかし直後、銃声。――スカーレットの手中にあったはずの銃が、宙を舞った。
アデル:……!
スカーレット:……!?
0:驚いて銃弾の飛んできた方を見る二人。
0:そこには銃を構えるルシアが、二人を睨みながら立っていた。
ルシア:……なぜ貴方がここにいるんですか、アデルさん。
アデル:お前、あの時の……!
ルシア:出来ることなら、もう会いたくないと思っていたのですが……運が悪い、とでも言うのでしょうかね。
スカーレット:……ルシア、か。
ルシア:貴女に軽々しく名を呼ばれる筋合いはありません。
0:スカーレットに向けて銃を構えるルシア。
ルシア:……私はここで、貴女を止めます。ボスを守るために。
スカーレット:シルバーを守る、か。……どこまでも哀れで愚かな娘だな。
ルシア:なんとでも。
アデル:おい、どういうことだよ。お前、この女と知り合いなのか?
ルシア:……貴方には関係ありません。どいていてくれませんか、邪魔ですから。
アデル:悪いがそういうわけにもいかねぇんだよ。最初にこいつと話してたのは俺だ。
ルシア:貴方の事情など知ったことではありませんので。私の邪魔をするなら貴方にも容赦はしません。
アデル:俺の話も少しは聞けよ……。
0:ルシアの横に並び、銃を構えるアデル。
アデル:……とにかく、目的は同じなんだろ。だったら揉めてる場合じゃねぇよ。
アデル:お前の邪魔をしたいわけじゃねぇが、俺にも俺なりの理由があってここに来てる。引き下がるわけにいかねぇんだよ。
ルシア:……(ため息)。
ルシア:ご自分の身はご自分で守ってくださいね。貴方のことにまで気を配る余裕はありませんので。
アデル:ああ、そこは心配すんな。
スカーレット:……ふ、共闘か?面白い。
アデル:……行くぞ。
ルシア:はい。
0:
0:
0:
0:某所にて。
0:ベッドに横たわり、ぼんやりと天井を眺めているシルバー。
0:ノック音に続いて、ヒリスが部屋の中に入ってくる。
ヒリス:入るわよ、シルバー。
シルバー:……ヒリスか。
ヒリス:どう?体の具合は。
シルバー:ああ……問題ない。
ヒリス:そう、なら良かった。
シルバー:……ルシアは、どこへ?
ヒリス:さぁ、私は知らないわ。
ヒリス:少なくとも今のあなたに、あの子の心配をする資格なんてないんじゃなくて?……どれだけあの子を裏切ったと思っているのよ。
シルバー:……。
ヒリス:私、あなたに失望したわよ、シルバー。
ヒリス:自分の罪をルシアに裁いてもらおうだなんて、そんなもの、あなたの自己満足でしかないじゃない。
ヒリス:散々あの子に嘘をつき続けて、騙してきたくせに。……中途半端なのよ、騙すなら騙し続ければ良かった、真実を告げるならもっと早く告げれば良かった。……そのどちらも選べなかったのは、あなたが弱かったから。
ヒリス:騙し続ける覚悟も、真実を告げる勇気も、あなたにはなかった。だからこんな中途半端な形になった。本当に、どうしようもない馬鹿よ、あなたは。
シルバー:……分かって、いるさ……。
シルバー:ルシアを苦しめておきながら……自分は償いという言葉に逃げて、死んで楽になろうなどと……
ヒリス:……あの子はあなたのことを、本当の父親のように慕っていた。
ヒリス:あの子のためだなんて言ってあなたは……もう一度あの子から“親”という存在を奪おうとしていたのよ。
ヒリス:それがどれだけ、あの子の心を傷付けるか。……自分勝手なあなたには分からないかもしれないけれど。
シルバー:……返す言葉もない。……弱いんだ、俺は。お前の言う通り、覚悟も勇気も俺にはなかった。
シルバー:真実を告げるのが怖かった。だが同時に……こんな俺を慕ってくれるルシアを、これ以上騙し続けることにも耐えきれなかった。
シルバー:……楽に、なりたかったんだ、俺は。……自分の罪から、解放されたかった。
シルバー:どこまでも、俺は自分のことばかりだな。
ヒリス:ええそうよ、あなたは本当に自分勝手。
ヒリス:あなたが望んだのは償いじゃない。あなたは『赦してほしかった』だけ。
ヒリス:本当にあなたが償いを望むのなら……これ以上あの子を苦しめるようなことをしないで。あの子が許しても、私が絶対に許さないから。
シルバー:ああ……分かっている……。
0:お互いに黙り込み、しばらくの静寂が訪れる。
0:やがてヒリスが、小さく息を吐いてから話し始める。
ヒリス:……それにしても。
ヒリス:いつの間に、あんなに強くなったのかしらねぇ、あの子。
シルバー:……。
ヒリス:私の知らないうちに、どんどん大人になっていく。心配して先回りをしていた私が、ちょっと馬鹿みたいだわ。
シルバー:……ヒリス。
ヒリス:なぁに、シルバー。
シルバー:俺はこれから……どうすればいいんだろうか。
シルバー:何も、見えないんだ……真っ暗な、底知れない闇なんだ。道標など、何も……
ヒリス:……ふ、やっぱりあなたは大馬鹿者ね、シルバー。なんにも分かってない。
ヒリス:道標なら……あなたのすぐそばに、ずっといるでしょうに。
0:
0:
0:
0:その頃。
スカーレット:……ルシア、一つ問いたい。
ルシア:……なんでしょうか。
スカーレット:お前はなぜここに来た。
ルシア:なぜ?……聞かなければ分かりませんか?
ルシア:先ほども言いましたが、貴女を止めるためです。スカーレット。私は、何があってもボスを守ると誓っていますから。
スカーレット:……それはお前の本当の心か?
ルシア:……何が、言いたいんですか。
スカーレット:本当は……憎くて憎くて仕方ないのだろう?両親を殺し、自分の平穏な日常を壊し奪った、シルバーのことが。
アデル:……なんだと?
ルシア:……。
スカーレット:シルバーさえいなければ、今頃お前はきっと、優しい両親と一緒に、平穏な暮らしをしていただろう。
スカーレット:殺しに手を染めることなどせず、返り血に塗れて暗闇を這いずることもなく……当たり前の幸せを、当たり前に手にすることができていたはずだ。
スカーレット:日の当たる世界を、堂々と歩いていける普通の少女。……一度は憧れ、夢見たことがあるだろう。
スカーレット:それを奪ったのは誰だ?壊したのは誰だ?……殺し屋として生きる道を当然のように押し付けたのは、紛れもなくシルバーだ。そんな男を、守る理由がどこにある?
スカーレット:……お前と私は似ている。私にはお前の気持ちが理解できる。大切な人を奪われた痛み。そして奪った相手への憎悪。……それを、お前が今握っているその銃に込めればいい。
スカーレット:お前が銃口を向ける相手は――
0:(ルシア、スカーレットの言葉に被せるように)
ルシア:……無駄ですよ、スカーレット。
ルシア:私に、ボスへの復讐をけしかけるつもりでしょうが……私はもう、自分の選択を変えるつもりはありません。
スカーレット:……。
ルシア:確かに貴女の言う通り……両親が生きていたら、私が殺し屋になることはなかったでしょう。どこにでもいる普通の少女として、おしゃれをしたり趣味を楽しんだりしていたかもしれません。
ルシア:だけど……今さら何をしたって、過去は変えられない。今私が生きている現実を、受け入れるしかない。……私はそう思います。
ルシア:ボスへの怒り、憎しみ。それが一ミリもないと言えば嘘になる。だけど、私をここまで育ててくれた。導いてくれた。……それだって紛れもない真実です。
スカーレット:……赦すというのか、シルバーを。
ルシア:赦し、ではないのかもしれません。ボスにとっての赦しはきっと……私に人生を終わらせてもらうことなのでしょうから。
ルシア:だけど私は、それを認めません。……“死”に逃げることなんて、許さない。私から両親を奪ったという罪を一生背負って、これから生き続けること。それが……私が彼に求めた“贖罪”です。
スカーレット:そんなものが……贖罪、だと……?
ルシア:これは、私の甘えた考えかもしれませんが……死をもって償うことだけが全てではないと思います。
ルシア:死んでしまえばもう何もできません。自分が奪ってきた命を思い出すことも、謝罪することも、罪を悔やむこともできない。……それこそ“逃げ”なのではないでしょうか。
スカーレット:……、……。
スカーレット:……駄目だ、そんな温い罰は。
スカーレット:私は、お前たちのような人間を必ずこの手で裁くと決めてきた。他人の人生を奪い、壊しておきながら、誰にも裁かれることなく平然と生きている、お前たちのような汚れた血に塗れた人間を……声を上げられずに絶望の中泣いている、かつての私のような者たちに代わって、絶対に私が裁いてやるのだと。
スカーレット:だから私は……シルバーを、ひいてはお前たちのような血に塗れた存在をこの世から消すまで、止まらない。私は、自分の信じる断罪という正義を、全うする。
アデル:……お前の怒りは、理解できる。当然だとも思う。自分の大切な人を奪われるって……そういうことだ。
スカーレット:奪った側のお前に、何が分かる。
アデル:……分かるよ。
アデル:言ったろ、昔友達を殺したって。
ルシア:……え、……?
アデル:そいつは、日の当たる場所で生きてるやつだった。……俺が殺し屋だってことを知っても、俺を『友達』と呼んでくれた。
アデル:心配になるくらいなお人好しで、誰にでも優しくて、花が好きで、笑顔が眩しくて……でも、周囲の誰からも愛されなくて、裏切られてばかりで。……似ていないようで、俺と似てた。
スカーレット:……ならば、なぜ殺した。
アデル:……仕事だったんだ。
アデル:俺の心は、殺したくないって叫んでた。……でも、殺し屋としての俺は、ただ目の前の獲物を殺せって、銃を構えてた。……苦しかった。
ルシア:まさか、貴方が殺し屋をやめたのは……
アデル:そう……その時から怖くなったんだよ、引き金を引くのが。銃を握ると、手が震えるようになっちまった。だから、もう二度と殺しはしないと決めた。殺し屋としての俺を……葬ろうとした。
アデル:今思えば……思い出したくなかったから、思い出さないように蓋をしてただけだったんだ。そんなの、あいつが生きていた過去までなかったことにしてしまうようなものなのに……自分勝手な俺は、それに気付いてなかった。
アデル:だから俺は今度こそ、償いを選ばなくちゃいけない。自分が苦しまないように生きるんじゃない、自分が奪ってきた命を背負うために生きなくちゃいけないんだ。
アデル:もう目を逸らさない。見ないふりはしない。逃げもしない。……殺し屋だった俺を、デュアルバレットだった俺を、一生抱えて生きていく。それが俺の答えだ。
スカーレット:……認めない……私は認めない、そんなことは……
スカーレット:お前たちのような悪が生き続けることなど……私は絶対に……!
ルシア:……そうですね。
ルシア:どんな理由を並べようと、私たちが“悪”であることは覆せないのでしょう。……ならば認めます。受け入れます。自分が、赦されない人間であることを。
ルシア:でもせめて、私にとっての光を、大切なものを、守るために……そして、罪を受け入れ続けるために、私は貴女の“断罪”を拒みます!
スカーレット:……ぐッ……!?
0:ルシアの銃弾がスカーレットの腕を貫き、その手から銃が零れ落ちる。
0:膝をつくスカーレット。アデルとルシアが歩み寄る。
アデル:……俺の罪は、俺が背負う。俺なりの償い方で……今度こそ、必ず。
スカーレット:……く、……そ……。
ルシア:赦される日は来ないかもしれません。……いえ、来るはずもないでしょう。それでも私は、自分の選択を変えるつもりはありません。
スカーレット:……殺せ。
スカーレット:もう、いい…………ここで殺せ。
アデル:……。
ルシア:……。
スカーレット:容赦などするな……早く殺せ……!!
ルシア:……断ります。
スカーレット:なぜだ、お前は私を殺すためにここに来たはずだろう!?
ルシア:私がここに来たのは……貴女を『止める』ためです。貴女を、殺すためではありません。
スカーレット:な、……。
ルシア:私は、ボスを傷付けた貴女を許せない。でも私には、貴女を裁くことはできない。……そんな資格は私にはない。
ルシア:だから私は、悪として、己の罪と一生向き合いながら歩いていきます。……貴女も同じように、己と向き合いながら生きてください。
スカーレット:……、……。
アデル:……それにな、スカーレット。俺たちだってこれ以上、背負う命を増やすわけにいかねぇよ。
アデル:俺が言えたことじゃないかもしれないが……お前の親父さんだって、お前が生きていてくれた方が嬉しいと思うぞ。
アデル:だからもう、これで終わりにしよう。このまま続けたって、お互い傷が増えてくだけだ。
スカーレット:ふざ、けるな…………
スカーレット:……同情など……いらない……ッ……
アデル:同情じゃねぇよ。俺は自分の覚悟を貫きたいだけだ。……もう二度と殺さない。そう決めたから。
ルシア:……私も同じです。同情などではない。
ルシア:ただ、私は思います。貴女は、ここで死ぬべき人間ではない。……貴女は『正しい道』を歩かなければ。これ以上、私たちのように汚れてはいけない。
スカーレット:……正しい、道……だと……
スカーレット:そんなもの……どこに……
アデル:……それはお前が見つけるしかねぇよ。
スカーレット:……、……。
ルシア:……それでは、私たちはこれで。
ルシア:行きましょう。
アデル:……ああ。
0:スカーレットに背を向け、歩き出す二人。
0:立ち止まらない二人の背に向かって、スカーレットが弱々しく手を伸ばす。
スカーレット:……待て……私は、まだ……
スカーレット:私の、正義は…………正義、は…………
スカーレット:…………もう、分から、ない…………
0:
0:
0:
0:(十分間を置いてから)
スカーレット:(N)何が正義で、何が悪か。……それはもしかしたら、一概には言えないのかもしれない。
スカーレット:(N)誰かにとっての救済は、別の誰かにとっての地獄であり、その誰かにとっての慈しみは、また別の誰かにとっての憎しみになり得るのかもしれない。
スカーレット:(N)そうであるとしたら、万人にとっての正義など、どこにも存在しないのかもしれない。
スカーレット:(N)……かつて私にそう語ったのは父だった。
スカーレット:(N)なぜ父は、あの男に殺されなければならなかったのだろう。あんなに優しくて、大好きだった父がどうして……と、何度もそう思った。
スカーレット:(N)理由らしい理由なんて見つけられなかったが、もしかしたら……どこかの誰かにとって、父は悪だったのかもしれない。
スカーレット:(N)私の知らない父の顔が、あったのかもしれない。
スカーレット:(N)父の仇を取ること……悪を、裁くことこそ、私の正義だと思っていた。それだけが、私が唯一信じていられる『正しい道』だったから。
スカーレット:(N)でも……私にとっての悪が、誰かにとっての正義なら。私にとっての正義が、誰かにとっての悪であるのなら。
スカーレット:(N)これが私の『正しい道』だったはずなのに……気付けば私は一人ぼっちで、暗闇の中をもがいていた。
スカーレット:(N)……父さん。
スカーレット:(N)私は……どこで、間違えたんだろう。
スカーレット:(N)これからどうしたらいい。何を目指せばいい。何も見えない。何も分からない。
スカーレット:(N)やっぱり私は…………昔から変わらず、弱いままだったよ、父さん。
0:
0:
0:
アデル:……お前、怪我はしてないか。
ルシア:心配無用です。
アデル:そうか……良かった。
アデル:……まさか、こんな形でお前と再会するとはな。一時はどうなるかと思ったが、最終的にはお前がいてくれて助かった。……ありがとうな。
ルシア:……お気楽、ですね。
アデル:あ?
ルシア:忘れたんですか?私は過去に一度、貴方の命を狙った人間ですよ。
0:突然、アデルに向け銃口を向けるルシア。
ルシア:……私に殺されるかもしれない、とは考えないのですか?
アデル:お前、俺を殺そうなんて思ってないだろ。……殺気なんて欠片も感じねぇぞ。
ルシア:……私を、信用するということですか?
アデル:簡単に人を信用できるタイプじゃねぇよ、俺は。
アデル:けど……前に会った時と今とじゃ、お前の目が違う。それだけは分かるよ。
ルシア:……(ため息)。
0:銃をしまうルシア。
ルシア:……貴方も、同じですよ。
ルシア:以前会った時とは違う。何がどう変わったのか私には分かりませんが……でも今の貴方を撃つことは、きっと私にはできません。
アデル:ならいいだろ、それで。もうやめようぜ、血生臭い殺し合いなんて。
ルシア:……これから、どうするんですか。
アデル:さあな。まだはっきりと分からねぇが……過去に蓋をして見ないふりをするのは、もうやめる。
ルシア:……そうですか。
0:(少し間を置いて)
ルシア:……貴方も、大きすぎるものを、抱えていたんですね。
アデル:……お前もだろ。
アデル:誰だって何かしら抱えてるもんだよ、人間なんて。
ルシア:……そうかもしれませんね。
アデル:なあ、そういえば……シルバーに何かあったのか。
アデル:さっき、ボスを傷付けたとかなんとかって言ってただろ。
ルシア:……ボスの、知り合いですか?
アデル:知り合いっていうか……昔の、俺の師匠だよ。
ルシア:……師匠……。
アデル:無事、なのか。シルバーは。
ルシア:ええ、大丈夫ですよ。
ルシア:銃弾を受けましたが……手当が早かったこともあって、命に別状はありませんでした。
アデル:そうか……良かった。
ルシア:私がいる限り……ボスは死なせませんから。何があっても、絶対に。
0:二手に分かれる道にぶつかる二人。
ルシア:……では、私はこれで。
ルシア:できれば、今度こそもう二度と、貴方とは会いたくありません。
アデル:ハハ、そりゃあどうだろうな。二度あることは三度あるって言うだろ。
ルシア:……考えたくないですね。
0:立ち去っていこうとするルシアの背中に、アデルが声をかける。
アデル:なあ、ルシア。
ルシア:……なんでしょうか。
アデル:一つ、頼みたいことがあるんだ。
アデル:シルバーに、伝えてくれ。今度こそ、覚悟は決めた。俺はもう逃げない。……って。
ルシア:……覚悟……ですか。
ルシア:分かりました。……伝えます、必ず。
アデル:……ありがとう。
アデル:じゃあ、元気でな。
ルシア:あの……アデルさん。
アデル:ん?
ルシア:私からも一つ、いいですか。
ルシア:貴方がいたから少し、心強かったです。……ありがとうございました。
アデル:……こちらこそだ。
ルシア:では……お元気で。
アデル:……ああ、じゃあな。
0:
0:
0:
シルバー:道標が、俺の……そばに……?
シルバー:どういう、ことだ?
ヒリス:それは……私が教えてあげるんじゃ意味がないわ。あなたが自分で気付かなきゃ。
シルバー:……。
ヒリス:じゃあ、私はそろそろ行くわね。ゆっくり休んでちょうだい。
シルバー:……ああ。
0:
0:
0:
シルバー:(N)赦しではなく、償い。
シルバー:(N)忘却ではなく、記憶。
シルバー:(N)……口で言うほど、簡単なことではない。分かっている。それでも、それが俺の背負うべきものだ。引き金を引いた、責任だ。
シルバー:(N)俺は決して強い人間ではない。それも分かっている。だが、弱さに逃げてはいけないことも……もう、痛いほどに分かっている。
シルバー:(N)目を背けるな。耳を塞ぐな。歩みを止めるな。
シルバー:(N)己の罪と向き合う責任が……俺には、あるのだから。
0:
0:
0:
ヒリス:(N)人間なんて、弱くて脆くてちっぽけな生き物。……この、私でさえも。
ヒリス:(N)だから誰かを愛してしまう。だから誰かを憎んでしまう。信じて裏切られて、奪われて傷付いて……愛して愛されて壊れていく。
ヒリス:(N)傷付かずに生きていくにはあまりにも、この世界は複雑で、残酷すぎる。
ヒリス:(N)すべてを失えば、目の前に広がるのは底なしの暗闇。怖いでしょう、恐ろしいでしょう。きっと足がすくんでしまうのでしょう。
ヒリス:(N)でも……きっと、大丈夫。道標なら、すぐそばで、手を差し伸べてくれているから。
ヒリス:(N)ルシア。……その名は『光』。
ヒリス:(N)あなたが望めば、何度でも。……それは、暗闇を照らす光になるのだから。
0:
0:某所にて。
0:歩いていくルシアの背後に、ヒリスが声をかける。
ヒリス:待ちなさい、ルシア。
ルシア:……ヒリス。
ヒリス:あなた、まだ怪我から完全に回復したわけじゃないでしょう?少し休んでいた方がいいわ。
ルシア:……いえ、大丈夫です。大したことはありませんから。
ルシア:それよりも……私のいない間、ボスのことをお願いします。
ヒリス:……どこに行くつもり?
ルシア:それは……あなたには、関係ありません。
ヒリス:……どうせ、スカーレットのところでしょう?
ルシア:……。
ヒリス:行ってどうするつもりかしら。彼女を殺すの?それとも……彼女の過去に、同情でもする?
ルシア:……同情など、あり得ません。彼女の狙いは、ボスの命です。私がボスを守らなければ。
ヒリス:シルバーを守るって……まだ、そんなことが言えるの?
ルシア:何の話でしょうか。
ヒリス:……知ったんでしょう、シルバーがあなたの両親を殺したっていう、真実を。
ヒリス:あなたにとってシルバーは、憎い相手のはずじゃない。なのに、どうして……
ルシア:私は……自分の気持ちに、嘘はついていませんよ。
ヒリス:ルシア……
ルシア:貴女が言ったんじゃないですか、ヒリス。
ルシア:『心を信じられないほどに抉られていくような、辛いことがあったとしても、その相手を憎まないでほしい』。
ルシア:『その人はあなたのことを裏切るかもしれないけれど、きっと誰よりも、あなたのことを愛している人だから』……と。
ヒリス:……ちゃんと覚えていたのね、私の言葉。
ルシア:当たり前です。……貴女、最初から全部知っていたんでしょう。だから私に、あんな言葉をかけた。
ルシア:……私は、貴女の言葉と自分の気持ちを、信じます。だから行かなくては。……今度こそ、終わらせてきます。
ヒリス:……そう……。
ヒリス:ふ、そうね……あなたらしいわ、ルシア。
ヒリス:シルバーのことは任せてちょうだい。……そっちは、頼んだわよ。
ルシア:はい。……行ってきます。
ヒリス:……行ってらっしゃい。
0:
0:
0:
0:その頃。
0:とある路地裏にて。
0:壁にもたれかかり、ぼんやりと足元を見ているスカーレット。その手には包帯が巻かれている。
スカーレット:……(ゆっくり、重いため息)。
スカーレット:さて……どうしたものか。
スカーレット:シルバーへの、復讐……何もかもを失う苦痛を、奴に味わわせるためには……
スカーレット:……あのルシアという女、相当シルバーを慕う気持ちが強いように見えた。あの女を真っ先に消すか……いや、利用するという手もある。……どの方法が奴にとって最も苦痛となるか、だな。
スカーレット:……!
0:独り言のように呟いていたスカーレットは、近づいてくる足音に気が付いて顔を上げる。
0:奥の暗闇から現れたのは――
アデル:……よぉ。こんなところで何してんだ、スカーレット。
スカーレット:……。
スカーレット:……ふ、誰かと思えば……私の名を覚えていたか、アデル・クロウリー。
アデル:まぁな。一度撃ち合った相手の名前を、そう簡単には忘れねぇよ。
スカーレット:……なぜここに来た。
アデル:……なんでだろうな。もう一度、お前に会わないといけないような気がしたんだよ。……俺にだってよくわからねぇ。
スカーレット:自分自身すら見失うのか。……哀れだな。
アデル:そうなのかもな。
アデル:……あの時のお前の言葉を、俺は否定できなかったから。
アデル:「過去から逃げてる」っていうお前の言葉を……俺は、否定できなかった。
アデル:きっと、心の中では分かってるんだよ、お前の言う通りだって。俺が、今までの俺が……それを見て見ぬふりをしてきただけだ。
スカーレット:……随分と、情けない顔だ。
スカーレット:今のお前はまるで、雨の中に放り出されて震えている子犬のような……殺し屋だった頃のお前がどんな表情だったのかなど私は知らないが、当時の面影などきっと、今のお前のどこにもないのだろうな。
アデル:それくらい弱くなっちまったってことだろうな。……否定はしねぇよ。
0:アデルに向けて銃を構えるスカーレット。
スカーレット:再び私の前に現れたということは……私に殺される覚悟ができたということか?
アデル:……いいや、違うな。
0:アデルも銃を構える。
アデル:俺は、俺自身の答えを出さなきゃいけない。中途半端なままでいちゃいけないんだ。……俺はどうしたいのか、どうしなきゃいけないのか。いい加減、逃げたままじゃいられねぇんだよ。
スカーレット:……ふ、なるほどな。少しは目つきが変わったらしい。
スカーレット:だが……そんなもの、私がお前たちを赦す理由にはならん。私のやることは変わらない。……ここがお前の墓場だ、アデル・クロウリー。
アデル:……来いよ。お前との決着は、ここでつける。
0:
0:
0:
0:回想。
0:シルバーと幼いルシアが並んで歩いている。
シルバー:……ルシア。
ルシア:はい、ボス。
シルバー:一つ、覚えておきなさい。
シルバー:人間は、みんなうわべだけの生き物だ。本当の自分を隠して、嘘で塗り固めている生き物だ。
ルシア:……嘘?
シルバー:だから、ルシア。誰のことも、信じるな。信じていいのは……本当の自分だけだ。
シルバー:周りの人間を、信用するな。……この俺でさえも。
シルバー:約束だ。
ルシア:……。
ルシア:……はい、ボス。
0:わずかな沈黙の後、ルシアがシルバーを見上げて口を開く。
ルシア:でも、ボス。
シルバー:なんだ。
ルシア:私は……信じちゃいけないって言われても、ボスのこと信じてます。
シルバー:……。
ルシア:ボスは私にとって……本当のお父さんみたいな存在なんです。
ルシア:私が今こうして生きていられるのは、ボスのおかげ。……だから、他の誰のことも信じなくても、ボスのことだけは信じていてもいいですか。
シルバー:……俺は、お前の父親ではない。
シルバー:俺は…………
シルバー:……、……。
ルシア:……ボス?
シルバー:なんでもない。……行くぞ。
ルシア:はい。
0:(間)
シルバー:(N)やめてくれ。
シルバー:(N)俺を、父親のようなどと……俺のおかげなどと、言わないでくれ。
シルバー:(N)お前が俺に笑いかけるたびに、俺に手を伸ばすたびに……俺は、お前の両親を奪った自分自身の罪から、目を背けたくなってしまう。
シルバー:(N)そんなことは許されない。そんなことは、決して…………
シルバー:(N)一生、背負うと決めたのだ。この罪を抱いたまま、いつか……お前の手で終わらせてもらおうと。
シルバー:(N)それなのに……どうして、俺はこんなにも弱いのか。いつから俺は、こんなにも脆弱になったのだろう。
シルバー:(N)あの日……小さく震える十歳の少女を、両親と一緒に殺してしまえば良かったのだろうか。そうしていれば……こんなにも苦しむことなどせずに……
シルバー:(N)……だが、頭の中であの日の景色を何度思い返しても、そこに佇む俺にはどうしてもその選択が出来ない。引き金を引くことを……怖いと感じてしまう。
シルバー:(N)お前も、同じだったのか。……アデル。
シルバー:(N)お前の感じた恐怖感は……お前の抱いた絶望と、喪失感は……こんなにも冷たく、真っ暗で、重たい、底知れぬ闇だったのか。
0:
0:
0:
0:その頃。
0:アデルとスカーレットの銃撃戦。
スカーレット:……なるほどな。
アデル:なんだよ。
スカーレット:前回会った時とは、お前の動き方がまるで違う。……何が変わった?その根底に滾らせているものはなんだ?
アデル:……知りてぇか?
アデル:多分それは……“怒り”だよ。
スカーレット:……怒り、だと?
アデル:ジェイドを傷付けたお前らへの怒り、二度と銃なんて握らないと決めたはずなのに、こうしてまた引き金に指をかけている自分への怒り。
アデル:……そして、贖罪だのなんだのそれっぽい言葉を並べ立てて、自己満足に浸るだけで……結局、本当の意味での償いはなんなのかってことに気付けていなかったことへの怒りだ。
スカーレット:自己嫌悪……といったところか。
アデル:ああそうだろうな。……そうだよ、これは自己嫌悪だ。
アデル:けどきっと、俺にはそんな資格はない。……嫌うべき本当の自分を、そもそも最初から見て見ぬふりをしてたんだから。
アデル:認めてないものを、受け入れないままでいるものを……嫌えるはずも、ましてや好きになれるはずもない。
アデル:俺は多分、自分の過去に……あの頃の自分自身にずっと蓋をして、見ないようにして、そうやって葬ろうとしてた。過去ごと全部、消そうとしてた。
アデル:血塗れの過去を忘れて、なかったことにして……今の幸せに逃げようとしてただけだったんだ。
アデル:贖罪なんて、口だけだった。その言葉を盾にして、平穏な日常に溶け込んでる自分を正当化してただけだったんだよ。
スカーレット:……おこがましいにも、程があるな。平気な顔をして他人の人生を壊しておきながら、自分はそれをなかったことにして幸せを掴もうなどと……
アデル:……そんなの、許されるようなことじゃない。口では分かってるって言いながら、きっと分かってなかった。心のどこかで、誰かに赦してほしいと思ってた。……だからこんなに、苦しかったんだろうな。
スカーレット:お前に……苦しいなどと言う資格があると思っているのか?
スカーレット:お前が引き金を引いたことによって命を奪われた人間は、もっと苦しみながら死んでいったぞ。お前の手によって大切な存在を奪われた人間は、終わりのない苦しみを今も抱えながら、まるで地獄のような日々を送っているぞ……!
スカーレット:きっとお前に残るのは、引き金を引いたその感触だけなんだろう。……だがな、それが生む悲しみは、絶望は、怒りや憎しみは、お前の想像をはるかに超える。苦しむ資格も、赦しを請う資格も、お前にはない。そんなものは私が、私たちが与えない。
アデル:……ああ、そうだよ……全部お前の言う通りだ。
アデル:俺が奪ってきたものは、きっと俺が軽々しく背負えるようなものじゃない。……それだけのことを俺はしてきた。
アデル:なのに俺は、いつも自分のことしか考えてなかった。……自分の側から見た世界だけで、自分がどうやったら苦しまずに生きていけるかってことばっかり考えて……そんなの、贖罪でもなんでもない。ただの独り善がりだ。
スカーレット:……それで、どうする。アデル・クロウリー。
スカーレット:ここまで来たら、お前に残されている道は……ここで私に裁かれること。それのみだろう。よもや、赦しなど望むわけではないだろうな。
アデル:そんなもんを望める立場にいないってことは……もう十分、分かってる。
アデル:……だけど、俺には死ねない理由があるんだよ。
スカーレット:死ねない、理由だと?
アデル:約束したんだ。……ユリアの分まで生きるって。
スカーレット:……誰の話だ。
アデル:俺が昔、この手で殺した……友達の話さ。
スカーレット:……、……。
アデル:生きなくちゃいけないんだ、俺は。
アデル:自分のためじゃない。俺が奪ってきた命を、終わらせないために……ここで死ぬわけには、いかねぇんだよ。
スカーレット:……大層なことを言っているつもりだろうが、結局は死にたくないだけだろう。そんな言葉で、私の怒りが収まるはずもない。……ここで死ね、アデル・クロウリー!
0:アデルに向け銃を構えるスカーレット。
0:しかし直後、銃声。――スカーレットの手中にあったはずの銃が、宙を舞った。
アデル:……!
スカーレット:……!?
0:驚いて銃弾の飛んできた方を見る二人。
0:そこには銃を構えるルシアが、二人を睨みながら立っていた。
ルシア:……なぜ貴方がここにいるんですか、アデルさん。
アデル:お前、あの時の……!
ルシア:出来ることなら、もう会いたくないと思っていたのですが……運が悪い、とでも言うのでしょうかね。
スカーレット:……ルシア、か。
ルシア:貴女に軽々しく名を呼ばれる筋合いはありません。
0:スカーレットに向けて銃を構えるルシア。
ルシア:……私はここで、貴女を止めます。ボスを守るために。
スカーレット:シルバーを守る、か。……どこまでも哀れで愚かな娘だな。
ルシア:なんとでも。
アデル:おい、どういうことだよ。お前、この女と知り合いなのか?
ルシア:……貴方には関係ありません。どいていてくれませんか、邪魔ですから。
アデル:悪いがそういうわけにもいかねぇんだよ。最初にこいつと話してたのは俺だ。
ルシア:貴方の事情など知ったことではありませんので。私の邪魔をするなら貴方にも容赦はしません。
アデル:俺の話も少しは聞けよ……。
0:ルシアの横に並び、銃を構えるアデル。
アデル:……とにかく、目的は同じなんだろ。だったら揉めてる場合じゃねぇよ。
アデル:お前の邪魔をしたいわけじゃねぇが、俺にも俺なりの理由があってここに来てる。引き下がるわけにいかねぇんだよ。
ルシア:……(ため息)。
ルシア:ご自分の身はご自分で守ってくださいね。貴方のことにまで気を配る余裕はありませんので。
アデル:ああ、そこは心配すんな。
スカーレット:……ふ、共闘か?面白い。
アデル:……行くぞ。
ルシア:はい。
0:
0:
0:
0:某所にて。
0:ベッドに横たわり、ぼんやりと天井を眺めているシルバー。
0:ノック音に続いて、ヒリスが部屋の中に入ってくる。
ヒリス:入るわよ、シルバー。
シルバー:……ヒリスか。
ヒリス:どう?体の具合は。
シルバー:ああ……問題ない。
ヒリス:そう、なら良かった。
シルバー:……ルシアは、どこへ?
ヒリス:さぁ、私は知らないわ。
ヒリス:少なくとも今のあなたに、あの子の心配をする資格なんてないんじゃなくて?……どれだけあの子を裏切ったと思っているのよ。
シルバー:……。
ヒリス:私、あなたに失望したわよ、シルバー。
ヒリス:自分の罪をルシアに裁いてもらおうだなんて、そんなもの、あなたの自己満足でしかないじゃない。
ヒリス:散々あの子に嘘をつき続けて、騙してきたくせに。……中途半端なのよ、騙すなら騙し続ければ良かった、真実を告げるならもっと早く告げれば良かった。……そのどちらも選べなかったのは、あなたが弱かったから。
ヒリス:騙し続ける覚悟も、真実を告げる勇気も、あなたにはなかった。だからこんな中途半端な形になった。本当に、どうしようもない馬鹿よ、あなたは。
シルバー:……分かって、いるさ……。
シルバー:ルシアを苦しめておきながら……自分は償いという言葉に逃げて、死んで楽になろうなどと……
ヒリス:……あの子はあなたのことを、本当の父親のように慕っていた。
ヒリス:あの子のためだなんて言ってあなたは……もう一度あの子から“親”という存在を奪おうとしていたのよ。
ヒリス:それがどれだけ、あの子の心を傷付けるか。……自分勝手なあなたには分からないかもしれないけれど。
シルバー:……返す言葉もない。……弱いんだ、俺は。お前の言う通り、覚悟も勇気も俺にはなかった。
シルバー:真実を告げるのが怖かった。だが同時に……こんな俺を慕ってくれるルシアを、これ以上騙し続けることにも耐えきれなかった。
シルバー:……楽に、なりたかったんだ、俺は。……自分の罪から、解放されたかった。
シルバー:どこまでも、俺は自分のことばかりだな。
ヒリス:ええそうよ、あなたは本当に自分勝手。
ヒリス:あなたが望んだのは償いじゃない。あなたは『赦してほしかった』だけ。
ヒリス:本当にあなたが償いを望むのなら……これ以上あの子を苦しめるようなことをしないで。あの子が許しても、私が絶対に許さないから。
シルバー:ああ……分かっている……。
0:お互いに黙り込み、しばらくの静寂が訪れる。
0:やがてヒリスが、小さく息を吐いてから話し始める。
ヒリス:……それにしても。
ヒリス:いつの間に、あんなに強くなったのかしらねぇ、あの子。
シルバー:……。
ヒリス:私の知らないうちに、どんどん大人になっていく。心配して先回りをしていた私が、ちょっと馬鹿みたいだわ。
シルバー:……ヒリス。
ヒリス:なぁに、シルバー。
シルバー:俺はこれから……どうすればいいんだろうか。
シルバー:何も、見えないんだ……真っ暗な、底知れない闇なんだ。道標など、何も……
ヒリス:……ふ、やっぱりあなたは大馬鹿者ね、シルバー。なんにも分かってない。
ヒリス:道標なら……あなたのすぐそばに、ずっといるでしょうに。
0:
0:
0:
0:その頃。
スカーレット:……ルシア、一つ問いたい。
ルシア:……なんでしょうか。
スカーレット:お前はなぜここに来た。
ルシア:なぜ?……聞かなければ分かりませんか?
ルシア:先ほども言いましたが、貴女を止めるためです。スカーレット。私は、何があってもボスを守ると誓っていますから。
スカーレット:……それはお前の本当の心か?
ルシア:……何が、言いたいんですか。
スカーレット:本当は……憎くて憎くて仕方ないのだろう?両親を殺し、自分の平穏な日常を壊し奪った、シルバーのことが。
アデル:……なんだと?
ルシア:……。
スカーレット:シルバーさえいなければ、今頃お前はきっと、優しい両親と一緒に、平穏な暮らしをしていただろう。
スカーレット:殺しに手を染めることなどせず、返り血に塗れて暗闇を這いずることもなく……当たり前の幸せを、当たり前に手にすることができていたはずだ。
スカーレット:日の当たる世界を、堂々と歩いていける普通の少女。……一度は憧れ、夢見たことがあるだろう。
スカーレット:それを奪ったのは誰だ?壊したのは誰だ?……殺し屋として生きる道を当然のように押し付けたのは、紛れもなくシルバーだ。そんな男を、守る理由がどこにある?
スカーレット:……お前と私は似ている。私にはお前の気持ちが理解できる。大切な人を奪われた痛み。そして奪った相手への憎悪。……それを、お前が今握っているその銃に込めればいい。
スカーレット:お前が銃口を向ける相手は――
0:(ルシア、スカーレットの言葉に被せるように)
ルシア:……無駄ですよ、スカーレット。
ルシア:私に、ボスへの復讐をけしかけるつもりでしょうが……私はもう、自分の選択を変えるつもりはありません。
スカーレット:……。
ルシア:確かに貴女の言う通り……両親が生きていたら、私が殺し屋になることはなかったでしょう。どこにでもいる普通の少女として、おしゃれをしたり趣味を楽しんだりしていたかもしれません。
ルシア:だけど……今さら何をしたって、過去は変えられない。今私が生きている現実を、受け入れるしかない。……私はそう思います。
ルシア:ボスへの怒り、憎しみ。それが一ミリもないと言えば嘘になる。だけど、私をここまで育ててくれた。導いてくれた。……それだって紛れもない真実です。
スカーレット:……赦すというのか、シルバーを。
ルシア:赦し、ではないのかもしれません。ボスにとっての赦しはきっと……私に人生を終わらせてもらうことなのでしょうから。
ルシア:だけど私は、それを認めません。……“死”に逃げることなんて、許さない。私から両親を奪ったという罪を一生背負って、これから生き続けること。それが……私が彼に求めた“贖罪”です。
スカーレット:そんなものが……贖罪、だと……?
ルシア:これは、私の甘えた考えかもしれませんが……死をもって償うことだけが全てではないと思います。
ルシア:死んでしまえばもう何もできません。自分が奪ってきた命を思い出すことも、謝罪することも、罪を悔やむこともできない。……それこそ“逃げ”なのではないでしょうか。
スカーレット:……、……。
スカーレット:……駄目だ、そんな温い罰は。
スカーレット:私は、お前たちのような人間を必ずこの手で裁くと決めてきた。他人の人生を奪い、壊しておきながら、誰にも裁かれることなく平然と生きている、お前たちのような汚れた血に塗れた人間を……声を上げられずに絶望の中泣いている、かつての私のような者たちに代わって、絶対に私が裁いてやるのだと。
スカーレット:だから私は……シルバーを、ひいてはお前たちのような血に塗れた存在をこの世から消すまで、止まらない。私は、自分の信じる断罪という正義を、全うする。
アデル:……お前の怒りは、理解できる。当然だとも思う。自分の大切な人を奪われるって……そういうことだ。
スカーレット:奪った側のお前に、何が分かる。
アデル:……分かるよ。
アデル:言ったろ、昔友達を殺したって。
ルシア:……え、……?
アデル:そいつは、日の当たる場所で生きてるやつだった。……俺が殺し屋だってことを知っても、俺を『友達』と呼んでくれた。
アデル:心配になるくらいなお人好しで、誰にでも優しくて、花が好きで、笑顔が眩しくて……でも、周囲の誰からも愛されなくて、裏切られてばかりで。……似ていないようで、俺と似てた。
スカーレット:……ならば、なぜ殺した。
アデル:……仕事だったんだ。
アデル:俺の心は、殺したくないって叫んでた。……でも、殺し屋としての俺は、ただ目の前の獲物を殺せって、銃を構えてた。……苦しかった。
ルシア:まさか、貴方が殺し屋をやめたのは……
アデル:そう……その時から怖くなったんだよ、引き金を引くのが。銃を握ると、手が震えるようになっちまった。だから、もう二度と殺しはしないと決めた。殺し屋としての俺を……葬ろうとした。
アデル:今思えば……思い出したくなかったから、思い出さないように蓋をしてただけだったんだ。そんなの、あいつが生きていた過去までなかったことにしてしまうようなものなのに……自分勝手な俺は、それに気付いてなかった。
アデル:だから俺は今度こそ、償いを選ばなくちゃいけない。自分が苦しまないように生きるんじゃない、自分が奪ってきた命を背負うために生きなくちゃいけないんだ。
アデル:もう目を逸らさない。見ないふりはしない。逃げもしない。……殺し屋だった俺を、デュアルバレットだった俺を、一生抱えて生きていく。それが俺の答えだ。
スカーレット:……認めない……私は認めない、そんなことは……
スカーレット:お前たちのような悪が生き続けることなど……私は絶対に……!
ルシア:……そうですね。
ルシア:どんな理由を並べようと、私たちが“悪”であることは覆せないのでしょう。……ならば認めます。受け入れます。自分が、赦されない人間であることを。
ルシア:でもせめて、私にとっての光を、大切なものを、守るために……そして、罪を受け入れ続けるために、私は貴女の“断罪”を拒みます!
スカーレット:……ぐッ……!?
0:ルシアの銃弾がスカーレットの腕を貫き、その手から銃が零れ落ちる。
0:膝をつくスカーレット。アデルとルシアが歩み寄る。
アデル:……俺の罪は、俺が背負う。俺なりの償い方で……今度こそ、必ず。
スカーレット:……く、……そ……。
ルシア:赦される日は来ないかもしれません。……いえ、来るはずもないでしょう。それでも私は、自分の選択を変えるつもりはありません。
スカーレット:……殺せ。
スカーレット:もう、いい…………ここで殺せ。
アデル:……。
ルシア:……。
スカーレット:容赦などするな……早く殺せ……!!
ルシア:……断ります。
スカーレット:なぜだ、お前は私を殺すためにここに来たはずだろう!?
ルシア:私がここに来たのは……貴女を『止める』ためです。貴女を、殺すためではありません。
スカーレット:な、……。
ルシア:私は、ボスを傷付けた貴女を許せない。でも私には、貴女を裁くことはできない。……そんな資格は私にはない。
ルシア:だから私は、悪として、己の罪と一生向き合いながら歩いていきます。……貴女も同じように、己と向き合いながら生きてください。
スカーレット:……、……。
アデル:……それにな、スカーレット。俺たちだってこれ以上、背負う命を増やすわけにいかねぇよ。
アデル:俺が言えたことじゃないかもしれないが……お前の親父さんだって、お前が生きていてくれた方が嬉しいと思うぞ。
アデル:だからもう、これで終わりにしよう。このまま続けたって、お互い傷が増えてくだけだ。
スカーレット:ふざ、けるな…………
スカーレット:……同情など……いらない……ッ……
アデル:同情じゃねぇよ。俺は自分の覚悟を貫きたいだけだ。……もう二度と殺さない。そう決めたから。
ルシア:……私も同じです。同情などではない。
ルシア:ただ、私は思います。貴女は、ここで死ぬべき人間ではない。……貴女は『正しい道』を歩かなければ。これ以上、私たちのように汚れてはいけない。
スカーレット:……正しい、道……だと……
スカーレット:そんなもの……どこに……
アデル:……それはお前が見つけるしかねぇよ。
スカーレット:……、……。
ルシア:……それでは、私たちはこれで。
ルシア:行きましょう。
アデル:……ああ。
0:スカーレットに背を向け、歩き出す二人。
0:立ち止まらない二人の背に向かって、スカーレットが弱々しく手を伸ばす。
スカーレット:……待て……私は、まだ……
スカーレット:私の、正義は…………正義、は…………
スカーレット:…………もう、分から、ない…………
0:
0:
0:
0:(十分間を置いてから)
スカーレット:(N)何が正義で、何が悪か。……それはもしかしたら、一概には言えないのかもしれない。
スカーレット:(N)誰かにとっての救済は、別の誰かにとっての地獄であり、その誰かにとっての慈しみは、また別の誰かにとっての憎しみになり得るのかもしれない。
スカーレット:(N)そうであるとしたら、万人にとっての正義など、どこにも存在しないのかもしれない。
スカーレット:(N)……かつて私にそう語ったのは父だった。
スカーレット:(N)なぜ父は、あの男に殺されなければならなかったのだろう。あんなに優しくて、大好きだった父がどうして……と、何度もそう思った。
スカーレット:(N)理由らしい理由なんて見つけられなかったが、もしかしたら……どこかの誰かにとって、父は悪だったのかもしれない。
スカーレット:(N)私の知らない父の顔が、あったのかもしれない。
スカーレット:(N)父の仇を取ること……悪を、裁くことこそ、私の正義だと思っていた。それだけが、私が唯一信じていられる『正しい道』だったから。
スカーレット:(N)でも……私にとっての悪が、誰かにとっての正義なら。私にとっての正義が、誰かにとっての悪であるのなら。
スカーレット:(N)これが私の『正しい道』だったはずなのに……気付けば私は一人ぼっちで、暗闇の中をもがいていた。
スカーレット:(N)……父さん。
スカーレット:(N)私は……どこで、間違えたんだろう。
スカーレット:(N)これからどうしたらいい。何を目指せばいい。何も見えない。何も分からない。
スカーレット:(N)やっぱり私は…………昔から変わらず、弱いままだったよ、父さん。
0:
0:
0:
アデル:……お前、怪我はしてないか。
ルシア:心配無用です。
アデル:そうか……良かった。
アデル:……まさか、こんな形でお前と再会するとはな。一時はどうなるかと思ったが、最終的にはお前がいてくれて助かった。……ありがとうな。
ルシア:……お気楽、ですね。
アデル:あ?
ルシア:忘れたんですか?私は過去に一度、貴方の命を狙った人間ですよ。
0:突然、アデルに向け銃口を向けるルシア。
ルシア:……私に殺されるかもしれない、とは考えないのですか?
アデル:お前、俺を殺そうなんて思ってないだろ。……殺気なんて欠片も感じねぇぞ。
ルシア:……私を、信用するということですか?
アデル:簡単に人を信用できるタイプじゃねぇよ、俺は。
アデル:けど……前に会った時と今とじゃ、お前の目が違う。それだけは分かるよ。
ルシア:……(ため息)。
0:銃をしまうルシア。
ルシア:……貴方も、同じですよ。
ルシア:以前会った時とは違う。何がどう変わったのか私には分かりませんが……でも今の貴方を撃つことは、きっと私にはできません。
アデル:ならいいだろ、それで。もうやめようぜ、血生臭い殺し合いなんて。
ルシア:……これから、どうするんですか。
アデル:さあな。まだはっきりと分からねぇが……過去に蓋をして見ないふりをするのは、もうやめる。
ルシア:……そうですか。
0:(少し間を置いて)
ルシア:……貴方も、大きすぎるものを、抱えていたんですね。
アデル:……お前もだろ。
アデル:誰だって何かしら抱えてるもんだよ、人間なんて。
ルシア:……そうかもしれませんね。
アデル:なあ、そういえば……シルバーに何かあったのか。
アデル:さっき、ボスを傷付けたとかなんとかって言ってただろ。
ルシア:……ボスの、知り合いですか?
アデル:知り合いっていうか……昔の、俺の師匠だよ。
ルシア:……師匠……。
アデル:無事、なのか。シルバーは。
ルシア:ええ、大丈夫ですよ。
ルシア:銃弾を受けましたが……手当が早かったこともあって、命に別状はありませんでした。
アデル:そうか……良かった。
ルシア:私がいる限り……ボスは死なせませんから。何があっても、絶対に。
0:二手に分かれる道にぶつかる二人。
ルシア:……では、私はこれで。
ルシア:できれば、今度こそもう二度と、貴方とは会いたくありません。
アデル:ハハ、そりゃあどうだろうな。二度あることは三度あるって言うだろ。
ルシア:……考えたくないですね。
0:立ち去っていこうとするルシアの背中に、アデルが声をかける。
アデル:なあ、ルシア。
ルシア:……なんでしょうか。
アデル:一つ、頼みたいことがあるんだ。
アデル:シルバーに、伝えてくれ。今度こそ、覚悟は決めた。俺はもう逃げない。……って。
ルシア:……覚悟……ですか。
ルシア:分かりました。……伝えます、必ず。
アデル:……ありがとう。
アデル:じゃあ、元気でな。
ルシア:あの……アデルさん。
アデル:ん?
ルシア:私からも一つ、いいですか。
ルシア:貴方がいたから少し、心強かったです。……ありがとうございました。
アデル:……こちらこそだ。
ルシア:では……お元気で。
アデル:……ああ、じゃあな。
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シルバー:道標が、俺の……そばに……?
シルバー:どういう、ことだ?
ヒリス:それは……私が教えてあげるんじゃ意味がないわ。あなたが自分で気付かなきゃ。
シルバー:……。
ヒリス:じゃあ、私はそろそろ行くわね。ゆっくり休んでちょうだい。
シルバー:……ああ。
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シルバー:(N)赦しではなく、償い。
シルバー:(N)忘却ではなく、記憶。
シルバー:(N)……口で言うほど、簡単なことではない。分かっている。それでも、それが俺の背負うべきものだ。引き金を引いた、責任だ。
シルバー:(N)俺は決して強い人間ではない。それも分かっている。だが、弱さに逃げてはいけないことも……もう、痛いほどに分かっている。
シルバー:(N)目を背けるな。耳を塞ぐな。歩みを止めるな。
シルバー:(N)己の罪と向き合う責任が……俺には、あるのだから。
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ヒリス:(N)人間なんて、弱くて脆くてちっぽけな生き物。……この、私でさえも。
ヒリス:(N)だから誰かを愛してしまう。だから誰かを憎んでしまう。信じて裏切られて、奪われて傷付いて……愛して愛されて壊れていく。
ヒリス:(N)傷付かずに生きていくにはあまりにも、この世界は複雑で、残酷すぎる。
ヒリス:(N)すべてを失えば、目の前に広がるのは底なしの暗闇。怖いでしょう、恐ろしいでしょう。きっと足がすくんでしまうのでしょう。
ヒリス:(N)でも……きっと、大丈夫。道標なら、すぐそばで、手を差し伸べてくれているから。
ヒリス:(N)ルシア。……その名は『光』。
ヒリス:(N)あなたが望めば、何度でも。……それは、暗闇を照らす光になるのだから。
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