台本概要
147 views
タイトル | 霜月長屋の連中 |
---|---|
作者名 | 大輝宇宙@ひろきうちゅう (@hiro55308671) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 4人用台本(男1、女3) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
古い町並みが残る住宅地 その中でも一際目を引く木造建築「霜月荘」 そこでは変わり者の大家、しっかりものの管理人、 訳アリの様々な住人たちが暮らしている。 亡き祖母から 「何かあったら霜月長屋を頼れ」と言われた麻衣子は その古い門の前に立つ。 霜月長屋シリーズとして進めたい第一弾です。 ★ご利用に関しまして★ 上演時、予告時共にタイトルと作者名(共作者含む)は必ず明記下さい。 突発の野良枠などでの使用時もコメント欄などでリスナーに周知して下さい。 作者名→大輝宇宙・濁花ネオン その他の注意事項や利用規約は私のXの固定ポストを必ずお読みの上 ご理解いただき、ご使用下さいますようお願い申し上げます。 147 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
麻衣子 | 女 | 79 | 九十九麻衣子(つくもまいこ)この春から大学に通う。幼い頃から祖母と二人暮らしだったが、先日祖母を亡くし霜月荘へとやってくる。どちらかというと地味なタイプだが芯はしっかりしていて思いやりのある娘。外出以外はメガネをかけており、肩甲骨付近まで伸びてしまった黒髪を「邪魔だな・・」と耳の下からふたつに束ねている。 |
霜月 | 男 | 74 | 霜月岳(しもつきがく)霜月荘の絶対権力者である大家。年齢は50代以降を想定していますが、若年寄風でも可。実は金持ちなのでは?という噂もあるが、古い共同アパートである霜月荘を「長屋」と呼び、とても大切にしている。古めかしい口調の人物。普段から着物を着ている。地方の土産物などをコレクションしていそう。 |
みふゆ | 女 | 60 | 加藤みふゆ(かとうみふゆ)霜月荘の管理人。年齢は不詳なのでお好きに。着物に割烹着というスタイルは大家からのリクエストに従っている。やさしく、しっかり者で霜月長屋のお姉さん、お母さん的存在。恐らく年上であろう大家と対等に話をするし説教も時にはする。 |
七夜 | 女 | 50 | 瓜生七夜(うりゅうななよ)。人気漫画家「イザベル織姫子(おりひめこ)」。40代想定ですが、見た目や口調から年齢不詳のちびっ子。なのだ!という特殊口調を持つ。大家とオカズの取り合いをするなど住人歴は長い。少し横柄な物の言い方をしてしまうが、言い過ぎてしまったと部屋で反省するタイプ(謝れない) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:3月の乾いた晴れた日。霜月荘の前にスーツケースひとつを引いて立つ麻衣子。木造二階建ての築何十年だろうかという古めかしい霜月荘に圧倒される。
麻衣子:ここが…霜月長屋…。あれ?でも、霜月荘って書いてある…。玄関から入って、中で部屋が別れるタイプなんだ・・・。
みふゆ:(後ろから声をかける)あなた・・九十九麻衣子(つくもまいこ)さん?
麻衣子:え、は・・はい!そうです。あのっ・・・
みふゆ:良かったわ。来るって聞いてた時間より遅れていたから、道に迷ってるんじゃないかって心配してたところだったの。
麻衣子:すみません。
みふゆ:ううん。お留守番を先生に頼んでお買い物にも出られたし
麻衣子:先生?
みふゆ:あ、そうだわっ・・見てっ!(紙袋からたい焼きを取り出して見せる)
麻衣子:?た、たい焼き?ほかほか…
みふゆ:管理人室でお茶にしましょう(にっこり微笑む)
0:和室の管理人室。こたつに入る麻衣子。こたつに電気は入っていない。
みふゆ:はい、お茶どーぞー
麻衣子:ありがとうございます
みふゆ:あんこと、カスタードどっちがお好き?
麻衣子:あ…あんこでお願いします…。
霜月:ほう。案外渋好みな女子(おなご)だな(こたつの反対側からむくっと身体を起こす)
麻衣子:わっ(驚く)
みふゆ:あら、大家さん。いらしてたんですね。
霜月:おかえり、みふゆさん。先生から、たい焼きを買いに出たと聞いたからね。ここで待たせて貰うことにしたんだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
みふゆ:今、大家さんのお茶もお入れしますね。
霜月:ありがとう。
麻衣子:えと…おばあちゃんから、何かあったらこの霜月長屋を頼れって言われて来たんですけど…
霜月:ああ、キヨさんは、苦しまずに逝ったか?
麻衣子:はい…眠るように。
霜月:それは良かった。
みふゆ:はい大家さん、お茶どうぞ。麻衣子さん、こちらは大家さんの霜月岳(しもつき がく)さんです。
麻衣子:九十九麻衣子(つくもまいこ)です…。お世話になります。
霜月:ああ。よろしく。
みふゆ:来月から通う大学も、ここからなら歩いて行けるでしょう?
麻衣子:あ、はい。とても助かります。
みふゆ:良かったわ。あ、わたしは管理人の加藤みふゆです。困ったことがあったら何でも言ってくださいね。
霜月:ここは、朝と夜に食事がつくが、みふゆさんの作るご飯は最高だ。期待していいぞ。
麻衣子:あ、はい…助かります。あ、あの…霜月さんが大家さんで、みふ…ゆさんが、管理人さんなんですよね?…どう違うんですか?
霜月:ふははは!最近の女子(おなご)は無知なんだな。
みふゆ:大家さん!そんな言い方!
霜月:これは失礼。大家はこの霜月長屋の持ち主、つまりオーナー、絶対権力者という意味だ。
麻衣子:絶対権力者…
霜月:管理人さんというのは、その名の通りこの霜月長屋の管理を任されている人ということだ。
みふゆ:みなさんのお部屋の電灯を交換したり、毎日のお食事をお支度したり、共用部のお掃除をしたり、お庭の手入れをしたり…そんなことをしています。
霜月:さらには住人が病に伏せば看病し、住人にかわってその息子の授業参観にまで顔を出す。
麻衣子:そんなことまで…!?
みふゆ:あれは、私が見てみたくて行かせてもらったんですっ!
霜月:ほぅ。子供の大勢集う部屋など、想像しただけで気味が悪い!
みふゆ:もぉ…大家さんは。
麻衣子:どうして、長屋って呼んでるんですか?おばあちゃんも、大家さんも。
霜月:長屋の方がいいだろう?
麻衣子:……(霜月が続けて何か言わないか待つたっぷりめの間をとって)え?…それは何故?
霜月:いいからだ。
麻衣子:…そうですか。
0:管理人室の木製ドアがバンッと大きく開かれる音がする。
七夜:おいっ!!管理人!たい焼きを買ってもどったなら、なぜ私に声をかけぬのだっ!
みふゆ:あら!いけないっ!私ったら…
七夜:まったくお前はそそっかしいにも程があるからな…。
みふゆ:ごめんなさい、先生。お留守番ありがとうございました。
七夜:うむ。私はカスタードにするぞ。飲み物はホットココアにしてくれ。(どかっと空いている面に座る)
霜月:糖尿になっても知らんぞ先生。
七夜:大家…!余計なお世話なのだ。私は貴様らのように、のほほんと生きておらぬからな。糖分を体が欲しておるのだ。
みふゆ:その小さい体のどこに入っていくのかしら…?
七夜:うるさいっ!小さいと言うな!…ん?…そやつが新しい住人か?
麻衣子:え、あ!九十九麻衣子(つくもまいこ)です!
七夜:ふむ。瓜生七夜(うりゅうななよ)なのだ。1階の端に居を構えておる。気軽にイザベル先生と呼んでくれたまえ。
麻衣子:イザ…ベル先生?
霜月:先生は、割と名の知れた少女漫画家だ。知っているか?女子(おなご)。
麻衣子:いえ…、私漫画をあまり読まないので。
七夜:なんだとっ!?お前…私の描いたものを知らないのか!?月刊「リンボー」で巻頭カラーも任されているこの…イザベル織姫子(おりひめこ)を…知らない…。
麻衣子:織姫子…
七夜:誕生日が七夕なのでな。ぴったりであろう?
麻衣子:あ、はい。素敵です。
七夜:ふふん、まぁよい!後で私の漫画を貸してやろう。年頃の女子ならば胸きゅん間違いなしなのだ!
麻衣子:ありがとうございます…。
みふゆ:若い人がうちに入ってくれて嬉しいわ。フレッシュな感じがするものね。
麻衣子:こちらこそ、渡りに船でした。おばぁちゃんが死んじゃって、これからどう暮らしていこうって思ってたので…
霜月:学費は大丈夫なのか?
麻衣子:はい。おばぁちゃんが残してくれた貯金を使わせてもらおうと思っています。生活費は、アルバイトして…。
みふゆ:まぁ!勉強との両立が大変そう…。
麻衣子:…少し不安ではありますが、もともと定食屋でバイトをしていたこともありましたし、なんとか…。それに、一日2食付くのは有り難いです。
みふゆ:そう?喜んでもらえるように腕を奮うわ!
霜月:心配いらんだろう。
みふゆ:あ、そうだ。女の子だし、ちょっと気になるかな…って心配なんだけど・・ここは、お風呂とトイレが共用です。
麻衣子:承知してます・・・!
みふゆ:トイレは男女それぞれ分かれているけど、お風呂が一箇所しかないの。だから使う時は、必ず「使用中」の札をかけておいてね。
麻衣子:分かりました。
霜月:終わったら「入ってよし」の札に戻すのを忘れるなよ。
七夜:ここの風呂は普通の家の普通の風呂だが、いつも管理人が掃除をしておるし、24時間入りたい放題で家賃も変わらん。最高なのだ。
霜月:おい、先生。だからってお湯を出しっぱなしにされては家賃に響くと言っておこうか?
七夜:なっ…!!き…気をつけるのだ…。
みふゆ:ふふっ…じゃあ、私はお夕飯のお支度しようかしら。今日はお魚だけど…麻衣子さん、食べられないものはある?
麻衣子:特には…アレルギーとかも別段…。
みふゆ:そう。好き嫌いしないの偉いわ。おばぁ様の躾の賜物(たまもの)ね。
麻衣子:あ、そうかも…しれません。
霜月:ふむ
みふゆ:お夕飯ができるまで、荷物を置いて、お部屋でゆっくりしていたら?案内もせず管理人室に直行させてごめんなさいね。
麻衣子:あ、いえ。
霜月:女子(おなご)の部屋は、2階の一番手前、洗面台はその向かい、1階の突き当りがトイレで、その向かいが風呂だ。
麻衣子:じゃあ、トイレに寄ってから荷物を持って上がります。
みふゆ:はい。いってらっしゃい。
0:トイレの後、荷物を持ち2階へと上がる麻衣子。自室の扉を開け、中に入る。
麻衣子:あ・・てっきり畳だと思ったけど。
0:木縁の窓を開け、外を眺める
麻衣子:あれが大学か。自転車じゃなくても余裕そう。良かった・・・。
0:備え付けの小机に、祖母の写真、愛読書など手際よく取り出し並べていく。
麻衣子:おばぁちゃん・・。私、霜月長屋にお世話になることにしたよ?管理人さん、すっごく美味しいごはんを作るんだって。たまには・・おばぁちゃんの大根の煮物・・食べたくなりそうだけど。大学も頑張って行くからね。
0:階下から管理人の声がする
みふゆ:麻衣子さん!良かったら一番風呂入ってくださいなーっ
麻衣子:あっ・・ありがとうございます〜!
0:一番風呂を堪能し、廊下を歩く麻衣子。管理人室の前に通りかかる。
霜月:というわけだ。女子もおなごなりの事情があって越してきている。面倒をみてやってくれ。
七夜:では、かなり小さいときからおばぁさんと二人暮らしだったということか。
みふゆ:ご家族をあの歳でみんな亡くしてしまうなんて…かわいそうに。
七夜:まぁ、家賃をおおまけにまけてやったら良い。
霜月:おい先生。それは私に死ねと言っているのか?ただでさえ破格の家賃でやっとるんだぞここは。
七夜:助かっておる!(キリッ)
霜月:そういうことを言っておるのではない!
みふゆ:まぁまぁ二人共。
霜月:先生は、「巻頭カーラー」などという重要な役を担っておるのだろう?なにもこのような破格の家賃のところに住まずとも、高級マンションにアシスタントと一緒に暮らしたらいいだろうに!
七夜:「巻頭カラー」なのだ!そんな頭巻き巻きな名前ではない!
七夜:漫画家というのは、ある意味水商売!読者にいつ離れられるか分からぬのだ!備えあれば憂い無し!私はここの破格家賃でしっかりと銭を溜め込んでおくのだ!
霜月:このごうつくばりが!
七夜:なんだと!?大家だって六本木に高級マンションを一棟持っておろうが!そこの家賃だって得ているというのにこんなオンボロアパートの経営を喜んでしているおかしな奴であろうが!
霜月:なんだと!
みふゆ:もういい加減になさってください!私はご飯を作ります!喧嘩するなら管理人室から出ていってくださいね?おふたりともっ!
霜月:…うっ…!
七夜:す…すまなかったのだ…
みふゆ:分かればよろしい。ここは私が丹精込めてお世話しているアパートです。オンボロだとか言わないで下さい。
みふゆ:みんながいて、笑いが自然とこぼれる。優しい気持ちになれる場所です。先生は、どんなにお金持ちになっても出ていかないで下さい。大家さんもここの経営をやめないでください。以上!
霜月:…はい
七夜:分かりました…
0:数時間後管理人室隣のダイニングに集まる面々。少し遅れて麻衣子が入ってくる。
みふゆ:あ、麻衣子さん、空いてるところ座ってくださいな。
麻衣子:は、はい。
霜月:今日は赤魚(あかうお)の煮付けだ。管理人さんの和食はとにかく旨い。おかわりはあるのか?
みふゆ:いちおう少しは余裕がありますけど…
七夜:うまいっ!管理人!ご飯と赤魚をおかわりだっ!
みふゆ:はいはーい。もしかすると大家さんまで行き届かないかもしれませんわ。
霜月:なんだと!取り置きだ!
みふゆ:……おかわりは?
霜月:ぐっ…!食べきってから…です
みふゆ:味わって召し上がってくださいね?
霜月:はい…。
麻衣子:ふふ
みふゆ:はい、どぉぞ。ご飯は、おかわりできるから、まずはこのくらいで良かったかしら?
麻衣子:あ、はい。
七夜:なんだ、それだけしか食べないのか!そんなんだから今にも倒れそうなんじゃないのか!?
麻衣子:そんなに食べられなくて…
七夜:ふーむ…それは良くないのだ。何をするにも体力が必要だからな、ほれ、わたしのナスの漬物をやろう!
霜月:それは、先生が嫌いだからだろう!ナスなどでは体力はつかんぞ。赤魚をやったらどうだ?
七夜:これはダメなのだ!わたしの好物であるからな!
霜月:やはりナスは嫌いだから譲ろうとしているではないか!
七夜:うるさい!わたしは小娘のためを思ってだな!
みふゆ:2人とも!いい加減になさって下さい!!あと…先生?おかわりは?
七夜:はっ…!た、食べきってから…
みふゆ:よくできました。おかわりのお魚は没収です(お皿を下げる)
七夜:ああっ!管理人!そんな…そんな殺生なぁぁぁ!
霜月:くっくっく…わたしは漬物も汁物も食べきった!みふゆさん!おかわりだ!
七夜:貴様!それはわたしの赤魚だ!
みふゆ:もぉ…まだありますから、喧嘩しないで下さい!
0:3人のやりとりを横目に黙々と食事をする麻衣子
みふゆ:美味しいですか?麻衣子さん
麻衣子:あ、はい…。美味しいです。
七夜:おい!むすめ!お主「いただきます」は言ったか!?
麻衣子:え…?
七夜:私たちが魚の取り合いをしている間に、きちんと言ったのか?
麻衣子:言った…と…思います…。
七夜:私には聞こえなかったのだ!
みふゆ:先生、麻衣子さんは言ったと言ってますし、そんなに責めなくても…
七夜:いただきますは、作ってくれた様々な人への感謝の言葉なのだ!それを軽んずるのはいけないのだ!
麻衣子:軽く見てなんて…
七夜:農家の人や、死んだ魚にまで感謝しろとは言わないが、せめて作ってくれた管理人に向けて「いただきます」と「ごちそうさま」は、しっかり言ってもらいたいものだな。
麻衣子:……(反論したいが、七夜の勢いに押され反論できない)
七夜:それが、この霜月荘のルールなのだ!
霜月:初めて聞くルールだな
みふゆ:私も
七夜:ここの住人たるもの、住人たるマナーを守って、みなと仲良く協力してやっていかねばな!。そもそも霜月荘のルールと言うより人として当たり前のことなのだ!おばぁ様はお前にそんなことも教えてなかったのか?
麻衣子:…でした。
みふゆ:え?
麻衣子:ごちそうさまでした…。
0:そのままフラフラと立ち上がり、階段の方へ向かう麻衣子
みふゆ:麻衣子さん?もういいの?まだこんなに残って…
麻衣子:ごめんなさい。荷物の整理とかでちょっと疲れたみたいです…
みふゆ:そう…。ゆっくり休んでね
麻衣子:はい
0:麻衣子が階段を上がる音が聞こえる。
みふゆ:…(ため息)
霜月:先生…。
七夜:わっ…わたしは悪くないぞ!?
みふゆ:きっと麻衣子さん、本当に言ってたんだと思います。
霜月:先生が大声を出すから聞こえなかったんだろう。
七夜:なんだ!私が悪いのか!?私は、霜月荘に来た限りは、家族同然!仲良くしようとだなぁ・・!
霜月:家族同然仲良くするのは私も賛成だが、あの女子(おなご)は、今日ここへ来たばかりだ。
みふゆ:びっくりしてしまって、逆効果・・だったかもしれません。
七夜:う・・うむ。
みふゆ:明日になれば、きっとまた普通にお話できますよ。センセイも元気だして下さい。
霜月:だといいがな。
0:
0:
0:洗面所で鉢合わせする七夜と麻衣子。
七夜:あ・・。お、おはようなのだ。昨日はよく眠れたか?
麻衣子:おはようございます。(そのまま廊下へと出ていってしまう)
七夜:あぁっ・・・・
0:ダイニングで食事をする麻衣子、遅れて七夜が来る。
七夜:う〜ん。味噌汁のいい匂いだ。管理人、私にも朝食を頼む!あ、むすめもいたのか。おはようございますなのだっ!
みふゆ:おはようございます。今ご用意しますね。
麻衣子:・・ごちそうさまでした。(席を立って2階へ向かう)
みふゆ:あら、お口に合わなかったかしら・・?
0:食事を終えた七夜、玄関で麻衣子と遭遇
七夜:お・・出かけるのか?そうだ気分転換がてらこの町を案内してやろうか?
麻衣子:結構です・・行ってきます・・・。
七夜:おいっ・・・(麻衣子はそのまま出ていく)
霜月:(七夜の背後から現れ)嫌われたものだな。
七夜:何で・・何でなのだ!この私が我慢して折れて話しかけてやっているというのに!あの小娘は!
霜月:まぁ、落ち着け先生。自ら話しかけたことは偉かったぞ。
七夜:ま、まぁな!私は大人だからな!経験というやつが違うのだ。
霜月:ああ、流石人気漫画家は違う。そうだ、みふゆさんがデザートにみつ豆を用意していたな。食べてきてはどうかな?
七夜:うむ!私は偉いからな!頂戴してくるとしよう!(去る)
霜月:(七夜の背中を見送って)ふむ。先生は単純で助かる。さて、女子(おなご)の方はどうかな?
0:霜月荘からほど近い小さな公園のベンチに麻衣子は座っている。脇に立つ桜の花が満開で、時折風が花びらを散らし眼の前を過ぎていく。
麻衣子:・・・・どうしよう。
霜月:どうしたいんだ。
麻衣子:!・・い、いつからそこに!?
霜月:女子(おなご)が切なげに「ああ、無視してしまった・・」と心の底から後悔を呟いた時にはもうおった。
麻衣子:そんな前から・・・。
霜月:ベンチの隣だ。とっくに気づいておるのかと思っておった。
麻衣子:メガネの縁(ふち)にちょうど隠れていたんですよ。
霜月:ほお。成程な。
麻衣子:叱りに来たんですか?
霜月:私が?女子を?何故だ?
麻衣子:私が、イザベル先生に失礼なことをしたから・・。
霜月:・・・(空を見上げて考える)
麻衣子:あんなことに、こだわるの・・子供っぽいって分かってるんです。
霜月:先生が、「いただきます」にこだわることか?
麻衣子:いいえ・・私が、言われたことにこだわることです。
霜月:ああ・・それは、女子(おなご)がそれだけキヨさんを大切に思っているということだろう。
麻衣子:・・気づいてたんですか?
霜月:私を見くびるな。霜月荘の絶対権力者、大家だぞ。
麻衣子:・・・最初は「いただきます」って言ったのに言ってないって言われたのが嫌でした。
麻衣子:正直、うるさいなぁって思ってしまって・・。でも、すみませんってもう一回言い直すつもりで話を聞いてたんです。
霜月:ああ。
麻衣子:でも、イザベル先生はおばぁちゃんに、こんなことも教えてもらってないのかって・・。おばぁちゃんのこと・・・私のせいで、おばぁちゃんが悪く言われるのが、たまらなく嫌で。
麻衣子:おばぁちゃんは、挨拶とか、礼儀はちゃんとしてて・・いつも優しかったけど、そういうところは厳しかった。そんなおばぁちゃんに私は育ててもらった。だから・・
霜月:ふむ。先生が少し・・いや、かなり人を不愉快にするのは事実だ。だが、悪い人間では無い。少し度を越してしまうんだ。
麻衣子:・・話しかけてくれたのに無視してしまって・・とても失礼なことをしました。
霜月:それはそうだな。
麻衣子:こういうこと、おばあちゃん・・きっと一番悲しく思う・・・。
霜月:・・・ふむ。(ベンチから立ち上がり、前へ数歩歩き出す。背中越しに話し始める)
霜月:女子(おなご)、昨日私に聞いたな。
麻衣子:え?
霜月:何故ここが霜月長屋と呼ばれているのか。
麻衣子:はい
霜月:長屋を知っておるか?
麻衣子:昔の人の・・家ってことくらいしか。
霜月:今で言うメゾネット・・が近いのかもしれん。玄関や家屋(かおく)としては別だが、壁を共有して連なっている集合住宅だ。
麻衣子:壁を・・アパートみたいな?
霜月:まぁ、そうだな。
麻衣子:あ、でも霜月荘は玄関は1つですよね?その定義には当てはまってません。
霜月:細かいことを言うな。霜月長屋は、昔の長屋のように、隣のかかぁが隣の子供の飯を食わせてやったり、看病してやったり・・隣近所の雨樋(あまどい)を直してやる奴がいたり、顔を合わせれば挨拶し、話をする。そんな小さな家族のような空間なんだ。血の繋がりはないし、生きてきた環境も年齢もバラバラだが、私は住人を家族だと思っている。
麻衣子:家族・・
霜月:誰かの喜びは共に喜び、まぁ、悲しみは分け合ったりなぐさめてやったり、一緒に怒るのもいいな。
麻衣子:・・・。
霜月:無理にそれに付き合えとは言わん。だが、先生は言い方は悪かったにせよ、お前を長屋の家族に迎え入れたつもりで、ああ言ったんだ。
麻衣子:分かってます。ふふ・・おばあちゃんが何で霜月長屋を頼れって言ったか、分かる気がします。
霜月:さて、土産を買って帰るか。
麻衣子:はい!
0:夜。霜月荘玄関。帰宅する霜月と麻衣子、物音に気づいて管理人室からみふゆと七夜が出てくる。
みふゆ:大家さん!お夕飯になっても帰らないので心配してたんですよ!まぁ・・麻衣子さんも一緒だったんですね、良かった・・。
霜月:いや、すまなかった。満天堂(まんてんどう)の桜餅が急に食べたくなって、隣町まで女子(おなご)と行ってしまった。
七夜:あの桜餅は最高だからな!いい選択なのだ。
みふゆ:それでも、連絡はしてくださいね。お夕飯のお支度も、片付けもありますし、何より心配だわ。
七夜:そうだぞ!大家がルールを破ってどうす・・ま、まぁルールなんてあってないようなものか。こ、小娘も気にするなよ?
麻衣子:あのっ・・違います・・。ルールは守ります・・だって私、この霜月長屋の家族になりたい・・です。イザベル先生、失礼なことをして申し訳ありませんでした!
七夜:!そ、そうであったか!ま、まぁ許してやらんことはない!私は器がでかいからなっ!
霜月:先生。
七夜:あぅ・・!(咳払いをして)わ、私も・・おばぁ様の躾について失礼なことを言ってしまったのだ・・悪かった・・。
麻衣子:(ふふっと笑み返す)
みふゆ:うふふ。さぁさ、大家さん、麻衣子さん夕飯は食べて来られたんですか?
霜月:いや、まだだ。
七夜:早く食べてしまえ。そして食後の桜餅を楽しもうではないか!
霜月:ああ、そうしよう。
みふゆ:着替えていらっしゃいます?
霜月:いや、ダイニングに直行しよう。
みふゆ:手は洗って下さいね?
霜月:ふむ
0:食堂へと向かう3人。玄関に立ったままの麻衣子が背中から声をかける。
麻衣子:たっ・・ただいま!
三人:!(振り返り笑う)
みふゆ:おかえりなさいっ
七夜:おかえりなのだ!
霜月:おかえり。・・さ、夕飯だ。手を洗って来い。
麻衣子:・・はいっ。
0:ダイニングから、大根の煮物の匂いがふんわりと香る。
0:おわり
0:3月の乾いた晴れた日。霜月荘の前にスーツケースひとつを引いて立つ麻衣子。木造二階建ての築何十年だろうかという古めかしい霜月荘に圧倒される。
麻衣子:ここが…霜月長屋…。あれ?でも、霜月荘って書いてある…。玄関から入って、中で部屋が別れるタイプなんだ・・・。
みふゆ:(後ろから声をかける)あなた・・九十九麻衣子(つくもまいこ)さん?
麻衣子:え、は・・はい!そうです。あのっ・・・
みふゆ:良かったわ。来るって聞いてた時間より遅れていたから、道に迷ってるんじゃないかって心配してたところだったの。
麻衣子:すみません。
みふゆ:ううん。お留守番を先生に頼んでお買い物にも出られたし
麻衣子:先生?
みふゆ:あ、そうだわっ・・見てっ!(紙袋からたい焼きを取り出して見せる)
麻衣子:?た、たい焼き?ほかほか…
みふゆ:管理人室でお茶にしましょう(にっこり微笑む)
0:和室の管理人室。こたつに入る麻衣子。こたつに電気は入っていない。
みふゆ:はい、お茶どーぞー
麻衣子:ありがとうございます
みふゆ:あんこと、カスタードどっちがお好き?
麻衣子:あ…あんこでお願いします…。
霜月:ほう。案外渋好みな女子(おなご)だな(こたつの反対側からむくっと身体を起こす)
麻衣子:わっ(驚く)
みふゆ:あら、大家さん。いらしてたんですね。
霜月:おかえり、みふゆさん。先生から、たい焼きを買いに出たと聞いたからね。ここで待たせて貰うことにしたんだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
みふゆ:今、大家さんのお茶もお入れしますね。
霜月:ありがとう。
麻衣子:えと…おばあちゃんから、何かあったらこの霜月長屋を頼れって言われて来たんですけど…
霜月:ああ、キヨさんは、苦しまずに逝ったか?
麻衣子:はい…眠るように。
霜月:それは良かった。
みふゆ:はい大家さん、お茶どうぞ。麻衣子さん、こちらは大家さんの霜月岳(しもつき がく)さんです。
麻衣子:九十九麻衣子(つくもまいこ)です…。お世話になります。
霜月:ああ。よろしく。
みふゆ:来月から通う大学も、ここからなら歩いて行けるでしょう?
麻衣子:あ、はい。とても助かります。
みふゆ:良かったわ。あ、わたしは管理人の加藤みふゆです。困ったことがあったら何でも言ってくださいね。
霜月:ここは、朝と夜に食事がつくが、みふゆさんの作るご飯は最高だ。期待していいぞ。
麻衣子:あ、はい…助かります。あ、あの…霜月さんが大家さんで、みふ…ゆさんが、管理人さんなんですよね?…どう違うんですか?
霜月:ふははは!最近の女子(おなご)は無知なんだな。
みふゆ:大家さん!そんな言い方!
霜月:これは失礼。大家はこの霜月長屋の持ち主、つまりオーナー、絶対権力者という意味だ。
麻衣子:絶対権力者…
霜月:管理人さんというのは、その名の通りこの霜月長屋の管理を任されている人ということだ。
みふゆ:みなさんのお部屋の電灯を交換したり、毎日のお食事をお支度したり、共用部のお掃除をしたり、お庭の手入れをしたり…そんなことをしています。
霜月:さらには住人が病に伏せば看病し、住人にかわってその息子の授業参観にまで顔を出す。
麻衣子:そんなことまで…!?
みふゆ:あれは、私が見てみたくて行かせてもらったんですっ!
霜月:ほぅ。子供の大勢集う部屋など、想像しただけで気味が悪い!
みふゆ:もぉ…大家さんは。
麻衣子:どうして、長屋って呼んでるんですか?おばあちゃんも、大家さんも。
霜月:長屋の方がいいだろう?
麻衣子:……(霜月が続けて何か言わないか待つたっぷりめの間をとって)え?…それは何故?
霜月:いいからだ。
麻衣子:…そうですか。
0:管理人室の木製ドアがバンッと大きく開かれる音がする。
七夜:おいっ!!管理人!たい焼きを買ってもどったなら、なぜ私に声をかけぬのだっ!
みふゆ:あら!いけないっ!私ったら…
七夜:まったくお前はそそっかしいにも程があるからな…。
みふゆ:ごめんなさい、先生。お留守番ありがとうございました。
七夜:うむ。私はカスタードにするぞ。飲み物はホットココアにしてくれ。(どかっと空いている面に座る)
霜月:糖尿になっても知らんぞ先生。
七夜:大家…!余計なお世話なのだ。私は貴様らのように、のほほんと生きておらぬからな。糖分を体が欲しておるのだ。
みふゆ:その小さい体のどこに入っていくのかしら…?
七夜:うるさいっ!小さいと言うな!…ん?…そやつが新しい住人か?
麻衣子:え、あ!九十九麻衣子(つくもまいこ)です!
七夜:ふむ。瓜生七夜(うりゅうななよ)なのだ。1階の端に居を構えておる。気軽にイザベル先生と呼んでくれたまえ。
麻衣子:イザ…ベル先生?
霜月:先生は、割と名の知れた少女漫画家だ。知っているか?女子(おなご)。
麻衣子:いえ…、私漫画をあまり読まないので。
七夜:なんだとっ!?お前…私の描いたものを知らないのか!?月刊「リンボー」で巻頭カラーも任されているこの…イザベル織姫子(おりひめこ)を…知らない…。
麻衣子:織姫子…
七夜:誕生日が七夕なのでな。ぴったりであろう?
麻衣子:あ、はい。素敵です。
七夜:ふふん、まぁよい!後で私の漫画を貸してやろう。年頃の女子ならば胸きゅん間違いなしなのだ!
麻衣子:ありがとうございます…。
みふゆ:若い人がうちに入ってくれて嬉しいわ。フレッシュな感じがするものね。
麻衣子:こちらこそ、渡りに船でした。おばぁちゃんが死んじゃって、これからどう暮らしていこうって思ってたので…
霜月:学費は大丈夫なのか?
麻衣子:はい。おばぁちゃんが残してくれた貯金を使わせてもらおうと思っています。生活費は、アルバイトして…。
みふゆ:まぁ!勉強との両立が大変そう…。
麻衣子:…少し不安ではありますが、もともと定食屋でバイトをしていたこともありましたし、なんとか…。それに、一日2食付くのは有り難いです。
みふゆ:そう?喜んでもらえるように腕を奮うわ!
霜月:心配いらんだろう。
みふゆ:あ、そうだ。女の子だし、ちょっと気になるかな…って心配なんだけど・・ここは、お風呂とトイレが共用です。
麻衣子:承知してます・・・!
みふゆ:トイレは男女それぞれ分かれているけど、お風呂が一箇所しかないの。だから使う時は、必ず「使用中」の札をかけておいてね。
麻衣子:分かりました。
霜月:終わったら「入ってよし」の札に戻すのを忘れるなよ。
七夜:ここの風呂は普通の家の普通の風呂だが、いつも管理人が掃除をしておるし、24時間入りたい放題で家賃も変わらん。最高なのだ。
霜月:おい、先生。だからってお湯を出しっぱなしにされては家賃に響くと言っておこうか?
七夜:なっ…!!き…気をつけるのだ…。
みふゆ:ふふっ…じゃあ、私はお夕飯のお支度しようかしら。今日はお魚だけど…麻衣子さん、食べられないものはある?
麻衣子:特には…アレルギーとかも別段…。
みふゆ:そう。好き嫌いしないの偉いわ。おばぁ様の躾の賜物(たまもの)ね。
麻衣子:あ、そうかも…しれません。
霜月:ふむ
みふゆ:お夕飯ができるまで、荷物を置いて、お部屋でゆっくりしていたら?案内もせず管理人室に直行させてごめんなさいね。
麻衣子:あ、いえ。
霜月:女子(おなご)の部屋は、2階の一番手前、洗面台はその向かい、1階の突き当りがトイレで、その向かいが風呂だ。
麻衣子:じゃあ、トイレに寄ってから荷物を持って上がります。
みふゆ:はい。いってらっしゃい。
0:トイレの後、荷物を持ち2階へと上がる麻衣子。自室の扉を開け、中に入る。
麻衣子:あ・・てっきり畳だと思ったけど。
0:木縁の窓を開け、外を眺める
麻衣子:あれが大学か。自転車じゃなくても余裕そう。良かった・・・。
0:備え付けの小机に、祖母の写真、愛読書など手際よく取り出し並べていく。
麻衣子:おばぁちゃん・・。私、霜月長屋にお世話になることにしたよ?管理人さん、すっごく美味しいごはんを作るんだって。たまには・・おばぁちゃんの大根の煮物・・食べたくなりそうだけど。大学も頑張って行くからね。
0:階下から管理人の声がする
みふゆ:麻衣子さん!良かったら一番風呂入ってくださいなーっ
麻衣子:あっ・・ありがとうございます〜!
0:一番風呂を堪能し、廊下を歩く麻衣子。管理人室の前に通りかかる。
霜月:というわけだ。女子もおなごなりの事情があって越してきている。面倒をみてやってくれ。
七夜:では、かなり小さいときからおばぁさんと二人暮らしだったということか。
みふゆ:ご家族をあの歳でみんな亡くしてしまうなんて…かわいそうに。
七夜:まぁ、家賃をおおまけにまけてやったら良い。
霜月:おい先生。それは私に死ねと言っているのか?ただでさえ破格の家賃でやっとるんだぞここは。
七夜:助かっておる!(キリッ)
霜月:そういうことを言っておるのではない!
みふゆ:まぁまぁ二人共。
霜月:先生は、「巻頭カーラー」などという重要な役を担っておるのだろう?なにもこのような破格の家賃のところに住まずとも、高級マンションにアシスタントと一緒に暮らしたらいいだろうに!
七夜:「巻頭カラー」なのだ!そんな頭巻き巻きな名前ではない!
七夜:漫画家というのは、ある意味水商売!読者にいつ離れられるか分からぬのだ!備えあれば憂い無し!私はここの破格家賃でしっかりと銭を溜め込んでおくのだ!
霜月:このごうつくばりが!
七夜:なんだと!?大家だって六本木に高級マンションを一棟持っておろうが!そこの家賃だって得ているというのにこんなオンボロアパートの経営を喜んでしているおかしな奴であろうが!
霜月:なんだと!
みふゆ:もういい加減になさってください!私はご飯を作ります!喧嘩するなら管理人室から出ていってくださいね?おふたりともっ!
霜月:…うっ…!
七夜:す…すまなかったのだ…
みふゆ:分かればよろしい。ここは私が丹精込めてお世話しているアパートです。オンボロだとか言わないで下さい。
みふゆ:みんながいて、笑いが自然とこぼれる。優しい気持ちになれる場所です。先生は、どんなにお金持ちになっても出ていかないで下さい。大家さんもここの経営をやめないでください。以上!
霜月:…はい
七夜:分かりました…
0:数時間後管理人室隣のダイニングに集まる面々。少し遅れて麻衣子が入ってくる。
みふゆ:あ、麻衣子さん、空いてるところ座ってくださいな。
麻衣子:は、はい。
霜月:今日は赤魚(あかうお)の煮付けだ。管理人さんの和食はとにかく旨い。おかわりはあるのか?
みふゆ:いちおう少しは余裕がありますけど…
七夜:うまいっ!管理人!ご飯と赤魚をおかわりだっ!
みふゆ:はいはーい。もしかすると大家さんまで行き届かないかもしれませんわ。
霜月:なんだと!取り置きだ!
みふゆ:……おかわりは?
霜月:ぐっ…!食べきってから…です
みふゆ:味わって召し上がってくださいね?
霜月:はい…。
麻衣子:ふふ
みふゆ:はい、どぉぞ。ご飯は、おかわりできるから、まずはこのくらいで良かったかしら?
麻衣子:あ、はい。
七夜:なんだ、それだけしか食べないのか!そんなんだから今にも倒れそうなんじゃないのか!?
麻衣子:そんなに食べられなくて…
七夜:ふーむ…それは良くないのだ。何をするにも体力が必要だからな、ほれ、わたしのナスの漬物をやろう!
霜月:それは、先生が嫌いだからだろう!ナスなどでは体力はつかんぞ。赤魚をやったらどうだ?
七夜:これはダメなのだ!わたしの好物であるからな!
霜月:やはりナスは嫌いだから譲ろうとしているではないか!
七夜:うるさい!わたしは小娘のためを思ってだな!
みふゆ:2人とも!いい加減になさって下さい!!あと…先生?おかわりは?
七夜:はっ…!た、食べきってから…
みふゆ:よくできました。おかわりのお魚は没収です(お皿を下げる)
七夜:ああっ!管理人!そんな…そんな殺生なぁぁぁ!
霜月:くっくっく…わたしは漬物も汁物も食べきった!みふゆさん!おかわりだ!
七夜:貴様!それはわたしの赤魚だ!
みふゆ:もぉ…まだありますから、喧嘩しないで下さい!
0:3人のやりとりを横目に黙々と食事をする麻衣子
みふゆ:美味しいですか?麻衣子さん
麻衣子:あ、はい…。美味しいです。
七夜:おい!むすめ!お主「いただきます」は言ったか!?
麻衣子:え…?
七夜:私たちが魚の取り合いをしている間に、きちんと言ったのか?
麻衣子:言った…と…思います…。
七夜:私には聞こえなかったのだ!
みふゆ:先生、麻衣子さんは言ったと言ってますし、そんなに責めなくても…
七夜:いただきますは、作ってくれた様々な人への感謝の言葉なのだ!それを軽んずるのはいけないのだ!
麻衣子:軽く見てなんて…
七夜:農家の人や、死んだ魚にまで感謝しろとは言わないが、せめて作ってくれた管理人に向けて「いただきます」と「ごちそうさま」は、しっかり言ってもらいたいものだな。
麻衣子:……(反論したいが、七夜の勢いに押され反論できない)
七夜:それが、この霜月荘のルールなのだ!
霜月:初めて聞くルールだな
みふゆ:私も
七夜:ここの住人たるもの、住人たるマナーを守って、みなと仲良く協力してやっていかねばな!。そもそも霜月荘のルールと言うより人として当たり前のことなのだ!おばぁ様はお前にそんなことも教えてなかったのか?
麻衣子:…でした。
みふゆ:え?
麻衣子:ごちそうさまでした…。
0:そのままフラフラと立ち上がり、階段の方へ向かう麻衣子
みふゆ:麻衣子さん?もういいの?まだこんなに残って…
麻衣子:ごめんなさい。荷物の整理とかでちょっと疲れたみたいです…
みふゆ:そう…。ゆっくり休んでね
麻衣子:はい
0:麻衣子が階段を上がる音が聞こえる。
みふゆ:…(ため息)
霜月:先生…。
七夜:わっ…わたしは悪くないぞ!?
みふゆ:きっと麻衣子さん、本当に言ってたんだと思います。
霜月:先生が大声を出すから聞こえなかったんだろう。
七夜:なんだ!私が悪いのか!?私は、霜月荘に来た限りは、家族同然!仲良くしようとだなぁ・・!
霜月:家族同然仲良くするのは私も賛成だが、あの女子(おなご)は、今日ここへ来たばかりだ。
みふゆ:びっくりしてしまって、逆効果・・だったかもしれません。
七夜:う・・うむ。
みふゆ:明日になれば、きっとまた普通にお話できますよ。センセイも元気だして下さい。
霜月:だといいがな。
0:
0:
0:洗面所で鉢合わせする七夜と麻衣子。
七夜:あ・・。お、おはようなのだ。昨日はよく眠れたか?
麻衣子:おはようございます。(そのまま廊下へと出ていってしまう)
七夜:あぁっ・・・・
0:ダイニングで食事をする麻衣子、遅れて七夜が来る。
七夜:う〜ん。味噌汁のいい匂いだ。管理人、私にも朝食を頼む!あ、むすめもいたのか。おはようございますなのだっ!
みふゆ:おはようございます。今ご用意しますね。
麻衣子:・・ごちそうさまでした。(席を立って2階へ向かう)
みふゆ:あら、お口に合わなかったかしら・・?
0:食事を終えた七夜、玄関で麻衣子と遭遇
七夜:お・・出かけるのか?そうだ気分転換がてらこの町を案内してやろうか?
麻衣子:結構です・・行ってきます・・・。
七夜:おいっ・・・(麻衣子はそのまま出ていく)
霜月:(七夜の背後から現れ)嫌われたものだな。
七夜:何で・・何でなのだ!この私が我慢して折れて話しかけてやっているというのに!あの小娘は!
霜月:まぁ、落ち着け先生。自ら話しかけたことは偉かったぞ。
七夜:ま、まぁな!私は大人だからな!経験というやつが違うのだ。
霜月:ああ、流石人気漫画家は違う。そうだ、みふゆさんがデザートにみつ豆を用意していたな。食べてきてはどうかな?
七夜:うむ!私は偉いからな!頂戴してくるとしよう!(去る)
霜月:(七夜の背中を見送って)ふむ。先生は単純で助かる。さて、女子(おなご)の方はどうかな?
0:霜月荘からほど近い小さな公園のベンチに麻衣子は座っている。脇に立つ桜の花が満開で、時折風が花びらを散らし眼の前を過ぎていく。
麻衣子:・・・・どうしよう。
霜月:どうしたいんだ。
麻衣子:!・・い、いつからそこに!?
霜月:女子(おなご)が切なげに「ああ、無視してしまった・・」と心の底から後悔を呟いた時にはもうおった。
麻衣子:そんな前から・・・。
霜月:ベンチの隣だ。とっくに気づいておるのかと思っておった。
麻衣子:メガネの縁(ふち)にちょうど隠れていたんですよ。
霜月:ほお。成程な。
麻衣子:叱りに来たんですか?
霜月:私が?女子を?何故だ?
麻衣子:私が、イザベル先生に失礼なことをしたから・・。
霜月:・・・(空を見上げて考える)
麻衣子:あんなことに、こだわるの・・子供っぽいって分かってるんです。
霜月:先生が、「いただきます」にこだわることか?
麻衣子:いいえ・・私が、言われたことにこだわることです。
霜月:ああ・・それは、女子(おなご)がそれだけキヨさんを大切に思っているということだろう。
麻衣子:・・気づいてたんですか?
霜月:私を見くびるな。霜月荘の絶対権力者、大家だぞ。
麻衣子:・・・最初は「いただきます」って言ったのに言ってないって言われたのが嫌でした。
麻衣子:正直、うるさいなぁって思ってしまって・・。でも、すみませんってもう一回言い直すつもりで話を聞いてたんです。
霜月:ああ。
麻衣子:でも、イザベル先生はおばぁちゃんに、こんなことも教えてもらってないのかって・・。おばぁちゃんのこと・・・私のせいで、おばぁちゃんが悪く言われるのが、たまらなく嫌で。
麻衣子:おばぁちゃんは、挨拶とか、礼儀はちゃんとしてて・・いつも優しかったけど、そういうところは厳しかった。そんなおばぁちゃんに私は育ててもらった。だから・・
霜月:ふむ。先生が少し・・いや、かなり人を不愉快にするのは事実だ。だが、悪い人間では無い。少し度を越してしまうんだ。
麻衣子:・・話しかけてくれたのに無視してしまって・・とても失礼なことをしました。
霜月:それはそうだな。
麻衣子:こういうこと、おばあちゃん・・きっと一番悲しく思う・・・。
霜月:・・・ふむ。(ベンチから立ち上がり、前へ数歩歩き出す。背中越しに話し始める)
霜月:女子(おなご)、昨日私に聞いたな。
麻衣子:え?
霜月:何故ここが霜月長屋と呼ばれているのか。
麻衣子:はい
霜月:長屋を知っておるか?
麻衣子:昔の人の・・家ってことくらいしか。
霜月:今で言うメゾネット・・が近いのかもしれん。玄関や家屋(かおく)としては別だが、壁を共有して連なっている集合住宅だ。
麻衣子:壁を・・アパートみたいな?
霜月:まぁ、そうだな。
麻衣子:あ、でも霜月荘は玄関は1つですよね?その定義には当てはまってません。
霜月:細かいことを言うな。霜月長屋は、昔の長屋のように、隣のかかぁが隣の子供の飯を食わせてやったり、看病してやったり・・隣近所の雨樋(あまどい)を直してやる奴がいたり、顔を合わせれば挨拶し、話をする。そんな小さな家族のような空間なんだ。血の繋がりはないし、生きてきた環境も年齢もバラバラだが、私は住人を家族だと思っている。
麻衣子:家族・・
霜月:誰かの喜びは共に喜び、まぁ、悲しみは分け合ったりなぐさめてやったり、一緒に怒るのもいいな。
麻衣子:・・・。
霜月:無理にそれに付き合えとは言わん。だが、先生は言い方は悪かったにせよ、お前を長屋の家族に迎え入れたつもりで、ああ言ったんだ。
麻衣子:分かってます。ふふ・・おばあちゃんが何で霜月長屋を頼れって言ったか、分かる気がします。
霜月:さて、土産を買って帰るか。
麻衣子:はい!
0:夜。霜月荘玄関。帰宅する霜月と麻衣子、物音に気づいて管理人室からみふゆと七夜が出てくる。
みふゆ:大家さん!お夕飯になっても帰らないので心配してたんですよ!まぁ・・麻衣子さんも一緒だったんですね、良かった・・。
霜月:いや、すまなかった。満天堂(まんてんどう)の桜餅が急に食べたくなって、隣町まで女子(おなご)と行ってしまった。
七夜:あの桜餅は最高だからな!いい選択なのだ。
みふゆ:それでも、連絡はしてくださいね。お夕飯のお支度も、片付けもありますし、何より心配だわ。
七夜:そうだぞ!大家がルールを破ってどうす・・ま、まぁルールなんてあってないようなものか。こ、小娘も気にするなよ?
麻衣子:あのっ・・違います・・。ルールは守ります・・だって私、この霜月長屋の家族になりたい・・です。イザベル先生、失礼なことをして申し訳ありませんでした!
七夜:!そ、そうであったか!ま、まぁ許してやらんことはない!私は器がでかいからなっ!
霜月:先生。
七夜:あぅ・・!(咳払いをして)わ、私も・・おばぁ様の躾について失礼なことを言ってしまったのだ・・悪かった・・。
麻衣子:(ふふっと笑み返す)
みふゆ:うふふ。さぁさ、大家さん、麻衣子さん夕飯は食べて来られたんですか?
霜月:いや、まだだ。
七夜:早く食べてしまえ。そして食後の桜餅を楽しもうではないか!
霜月:ああ、そうしよう。
みふゆ:着替えていらっしゃいます?
霜月:いや、ダイニングに直行しよう。
みふゆ:手は洗って下さいね?
霜月:ふむ
0:食堂へと向かう3人。玄関に立ったままの麻衣子が背中から声をかける。
麻衣子:たっ・・ただいま!
三人:!(振り返り笑う)
みふゆ:おかえりなさいっ
七夜:おかえりなのだ!
霜月:おかえり。・・さ、夕飯だ。手を洗って来い。
麻衣子:・・はいっ。
0:ダイニングから、大根の煮物の匂いがふんわりと香る。
0:おわり