台本概要

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タイトル 『マグノリア・ブロッサムと籠の鳥』【後編】/BAR「猫町」“出奔者篇”#1
作者名 sazanka  (@sazankasarasara)
ジャンル その他
演者人数 3人用台本(男1、女2)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 とある一つの慟哭の、続き。
出来れば【前編】からご使用ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
タニマチ 107 店員。薄暗い男。
アンリ 112 常連客。時に嵐のような女。
ヨウコ 162 一見客。溢れやすい女。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:ブザー音。 0:【再開】 タニマチ:フラッシュ・バック。 0:(以下、矢継ぎ早に、【前編】の回想) ヨウコ:「ああ このひとつのまずしき心はなにものの生命(いのち)をもとめ なにものの影をみつめて泣いているのか」 アンリ:「タニマチくん知ってる? 日本最大の砂丘は鳥取砂丘じゃなくて、青森県の「猿ヶ森(さるがもり)砂丘」なんだって」 タニマチ:「ポ……、ポ……、「ポーチュラカ」!!(裏声)」 ヨウコ:「出来ればお酒、を、注文させて頂ければと思って……っ」 アンリ:「ウンクッ!(ドイツ語風の発音)」 タニマチ:「じゃ、ホントにアルコール初体験なんですね。おー。」 アンリ:「うおあああ眩しさで溶けるーーっ!!」 タニマチ:「初めての酒場、初めてのカクテル体験、初めて尽くしのこの夜を、えーー、祝しまして!」 ヨウコ:「頑迷で、冷酷で、受け入れる事を知らない、……まるで、大きな子どもっ……!」 アンリ:「つーか、家出ろ! 今スグにっっっ!」 ヨウコ:「ただいちめんに酢えくされたる美しい世界のはてで 遠く花見の憂鬱なる横笛のひびきをきく。」 0:タイトルコール。 タニマチ:『マグノリア・ブロッサムと籠の鳥』、 タニマチ:只今より、【後編】をお送り致します。 0:とあるバーの店内。カウンターには男性店員と、常連客の女性が1人。一見客の女性は、トイレに行っている。 0:足早に、一見客が帰還。着席する。 ヨウコ:すみません、お待たせ致しました……。 アンリ:おっかえりーぃ。ここのトイレさー、暗くて怖くなかった? なんかキモいポスター貼ってあるしさー。 ヨウコ:あ、いえ……、大丈夫、でした。 タニマチ:あのポスター類ね、オーナーの趣味で……。俺も1人の時ちょっと怖いス。 タニマチ:あー、で、どうですか、 タニマチ:お酒ってお酒を、初めて実際、飲んでみて。 アンリ:抵抗あった割には、結局3口ぐらいでほとんど飲んじゃったねー。 ヨウコ:あの、本当に美味しく、飲みやすくしてくださって……。 ヨウコ:好みに、合わせて頂けるものとも、思っていなかったですし……、 タニマチ:うんうん。 ヨウコ:お店の雰囲気にしても、具体的な予想があった訳でもないんですが、お二人に、大変良くして頂いて…。 ヨウコ:その、勝手な想像だけで身構えていた自分が、申し訳ないような、気恥ずかしいような……。 アンリ:色んな店あるからね、最初ある程度構えとくのは、間違ってもないけども。 アンリ:でもおっけーおっけー。とりまイイ傾向じゃーん。 アンリ:まー、私はカラんでただけだけど。 タニマチ:ひとまずじゃあ、居辛くもない感じなら、良かったっスわ。 タニマチ:シンドさ来てないです? お酒回ってる感じとか。 ヨウコ:不快な感じはなくて、今は、何だか少し、暑いというか、ぽおっとして、フワフワする感じ、ですかねぇ。 アンリ:キミいま絶妙にエロいなー。お持ち帰りされちゃうぜ、危険危険ーー。 タニマチ:ここらはまだそんな、危ない感じでも無いですけど……、帰る時はちょっと、気をつけた方が良いかもっスね。 ヨウコ:ご心配頂いて、ありがとうございます……。帰りは迎えが来ますので、今日は大丈夫なんです。 アンリ:お! 「爺や」!? 「爺や」!? ヨウコ:いえ、その、そういう感じではないのですが、家の事をお手伝い頂いている方、というか……。 アンリ:爺やじゃないのかー。あれっしょ、メイドさん。お帰りなさいませー、つって。 ヨウコ:ええ、と……。 ヨウコ:実はその、去年の暮れから、母が、入院をしていまして……。 ヨウコ:あの、そこの、大学病院なんですが、 タニマチ:あー、陽光(ようこう)大のとこの? あっこなんか最近、綺麗になったらしいスね。 ヨウコ:そうですね、改装工事が終わって、今、立派な藤棚が出来ているんですよ。春先は満開で、とっても綺麗でした。 アンリ:藤棚かー、あったなー高校のトキ……。 アンリ:てかさ、ママ、体壊しちゃったんだ。 ヨウコ:元々、あまり……、体が強い方では無かったんですが。 ヨウコ:一度、きちんと時間をかけて、その、心身の、療養に専念しなければいけない、という風に、先生の方からご提案頂いて……。 アンリ:ふーん……。そっかー。 タニマチ:大変でしょ、色々と。 ヨウコ:お見舞いに顔を出すくらいですから、わたしは何も……。 ヨウコ:ただ大学がありますので、家の事にはちょっと手が回らなくて、 ヨウコ:そう、それで、お手伝いの方を1人、雇う事になったんです。 アンリ:あ、それまではいなかったんだ? ヨウコ:父が、人嫌いというか、外部の人間を入れたがらなかったので……。でも流石に、ということで、 タニマチ:ふんふん。今日のお迎えもじゃあ、その人が、 ヨウコ:はい。とっても優しい方で、お仕事の枠を越えて、何かと親身になってくださっています。 ヨウコ:父が、母の入院以降、特に近頃、その、バランスを、崩してしまっていて……、 アンリ:情緒? ヨウコ:ん、はい、 ヨウコ:……そう、ですね。 アンリ:ヨウコりんに、来る感じ? ヨウコ:……。……その、ちょっと、その方にも様々、フォローに回って頂く場面が多くて、 ヨウコ:業務の範囲を越えて、苦しい思いをさせてしまうような……、 アンリ:(遮り気味に) アンリ:苦しいのはヨウコりんだよ。 ヨウコ:…………。 アンリ:何にも悪くないのにさ。 ヨウコ:……、悪く……、 アンリ:(ぐい、と一口呷る) アンリ:まーー、そのメイドさんもきっと、色々見てらんないんだろうねー。 タニマチ:メイドさんとは違うっしょ。 アンリ:うるせー駄(だ)パーマ。 タニマチ:駄(だ)っ!? 0:グラスに僅かに残った酒を、すっと飲み切る一見客。 アンリ:おっ。空いた空いたー。 アンリ:(パチパチパチ、と拍手) アンリ:ちゃんと1杯飲みきったんだから、キミも今日から立派な酒飲みだっ。 タニマチ:BARデビュー、おめでとうございます。 タニマチ:慣れるまではゆっくり、美味しく飲めるペースでね。 ヨウコ:ごちそう、さまでした……。 ヨウコ:……あの、本当に、本当に美味しかったです。味も、ですし、お花に因んだものを、選んで頂いたり……、 ヨウコ:その、お心遣いも含めて、なんだか今、とっても、とっても、胸が、いっぱいというか……。 0:やにわに、大粒の涙が溢れ。 ヨウコ:お二人、とも、初対面のわたしの、たどたどしい、上に、面白くもない、家庭の事情なんかを、優しく、親身になって、聞いてくださってっ……。 ヨウコ:わたし……、お店に入るまで、なんなら、正直、や、自棄(やけ)になっていたぐらい、なのに……っ。 0:追って涙が零れ続ける。 アンリ:おうおう、どしたどしたー、今度は泣き上戸かー。(背に手を回し、抱き寄せながら) タニマチ:取り敢えず、お水どーぞ。 0:グラスに満たしたミネラルウォーターを差し出し、常連客にティッシュを受け渡す。 アンリ:ささ、ぐいーっと。 アンリ:あと涙拭こーねー。鼻もかむ? ヨウコ:あ、ありがとう、ございます……。ぐすっ、大丈夫、です……。 0:一口、二口と冷水を含み、ごくりと流し込む。 ヨウコ:……はぁ……。 ヨウコ:本当、本当に、申し訳ありません。 ヨウコ:わたし、おかしいですよねさっきから……。 ヨウコ:バランスがどうのと、父のこと言えないくらい、思い詰めたり、昂ったり……。 アンリ:お酒飲んでんだもん、普通よフツー。 タニマチ:他所じゃ出来ない話してる時って、そんなもんスよ。 アンリ:ヤバいヤツらはもー、こんなもんじゃ全然ナイから。 タニマチ:まあね。でもそんなんも全部込み込みで、飲み屋じゃ普通なんで。 ヨウコ:……、ありがとう、ございます……。 0:もう一口、冷水を呷る。 ヨウコ:あの、わたし、普段は本当に、どちらかと言うとこんな事、無いほうなんです。 ヨウコ:でも、実は、というか……。今日、その、こちらに寄せて頂いたのは、えっと……、 アンリ:自分を変える為に、冒険してみたかった、とか? ヨウコ:……、 ヨウコ:そういう事を、頭では思っていたつもり、だったんですが。 アンリ:うん。 ヨウコ:元々……、その、お手伝いの方が、勧めてくださっていたんです。二十歳のお誕生日を過ぎたら、一度、お酒を飲みに行ってみたらどうか、って、 アンリ:言ってくれたんだ。 ヨウコ:はい。気晴らしと、社会見学を兼ねて。きっと、何でもない事だってわかるから、って。 ヨウコ:一緒に、とお願いしたら、1人で行くことに意味があるから、と。 タニマチ:こー、その人、 アンリ:なんかお姉ちゃんみたいだね。 アンリ:あ、女の人? ヨウコ:女性です。歳もちょうど、姉妹ぐらいの離れ方で……。 ヨウコ:わたしの世間知らずを見兼ねて、そのようにして頂いているんだと、思いますが。 アンリ:ほっとけない人なのかもね。 タニマチ:んで、じゃあ今日、と。 ヨウコ:実は今日、夕方に母のお見舞いに行く日だったので、その帰りに、と計画して……。 ヨウコ:普段は門限があるんですが、今日ならお目付役の自分が、上手く父に口裏を合わせられるから、と。 アンリ:ちなみに門限て? ヨウコ:7時半です。 アンリ:うげぇー、マジか。 ヨウコ:何かあったらすぐに飛んで来れるように、近くで時間を潰しておくから、と……。もう、本当に……、 タニマチ:イタレリツクセリっスね。 ヨウコ:はい……。お店の事も、レビューサイトを見て、候補を選ぶところから付き合ってくださいました。女性1人でも入りやすいような、と。 タニマチ:あー、この辺の飲み屋を。最近は調べれますもんね。 タニマチ:……ウチ、どんなん書いてあんだろ……。 アンリ:(スマートフォンを操作しつつ、無機質なトーンで) アンリ:えっと、「金髪の女のコの日は良いけど、パーマのバーテンは接客が無味無臭すぎ。月曜水曜のリピートは無いかも」 アンリ:「あとパーマがウザい。星1つ」、だってさ。 タニマチ:ちょおー。 アンリ:「普段はテンション低空飛行の割りに、カクテルの時だけドヤ顔で出してきて不快。パーマも不自然で星1つ」。 タニマチ:へっ。うるせェわっ。 タニマチ:……、……。 タニマチ:……え? マジのヤツじゃないスよね? アンリ:(無の顔で) アンリ:え? タニマチ:えっ? 0:噴き出す一見客。 ヨウコ:うふふっ、ふふ………っ。 アンリ:おっ、ウケた。 ヨウコ:タ、タニマチさん、大丈夫です、パーマ不自然じゃないです、お似合いだと思い、ます……。 ヨウコ:お酒の出し方も、颯爽とされてましたよ、うふ、ふっ……。 タニマチ:ちょっとイジってるじゃないスか! タニマチ:や、全然イーんスけども……。 アンリ:(スワイプしながら) アンリ:イヒヒ。あのねー、見たとこレビューログの中に、タニマチくんへの言及はゼロだねェ。シイナとカスミちゃんの事しか書いてない。 タニマチ:マジで……? それはそれでどーなん……。 アンリ:色々見て、ここにしようって決めたの? ヨウコ:いえ、最後は、お店の雰囲気を見て決めようと思い、通りを歩いていたんですが、 ヨウコ:その、サボテンが、あったので……、 タニマチ:あー、店の前の? アンリ:ライトアップされてるアイツか。 アンリ:何でサボテン?? ヨウコ:サボテン、好きなので、その、 アンリ:好きなんだ!? ヨウコ:え、えっと、わたしは、可愛い、と、思っているんですが……、 アンリ:や、んーん、全然、オカシいとかじゃないからダイジョブよ。 アンリ:ちなみにどの辺が好きなのかな、サボの。 タニマチ:サボ。 ヨウコ:そう、ですねえ……、 ヨウコ:まず形が可愛いですよね、ムクムクの質感と言いますか、ぷっくりしているのが、何とも言えず……、 アンリ:あー、ね。あと花がちっちゃいのとかね、 ヨウコ:(語気が強まり、早口に) ヨウコ:あと、温室や花壇ではなく、砂漠や荒野などの悪環境下であっても逞しく生き抜いている姿が、高潔というか凛々しいですよね。カワイイだけでなくカッコいい一面もあるという。また一方で、一口にサボテンと言っても様々な種類がありますよね、他の植物のイメージに囚われない、多様な植生を持つ点も興味を唆るポイントの1つですが。そう、あの、ご存知でしょうか、アメリカはアリゾナ州の砂漠に自生するある種のサボテンは、驚くべき事に、風や、近くを通った動物が起こす空気の微細な振動などに反応して、細く鋭い針を自切(じせつ)、あ、自ら切り離すんです。それがまるで、獲物に向かって針が飛び跳ねているように見える事から「ジャンピング・カクタス」とも呼ばれていて。すごいですよね植物なのに、外部刺激に対して自発的・能動的に行動を起こして、結果として分布範囲を拡げるという。まあ、ただですね、そもそもにしてからがですよ、植物というのは人間等が及びもつかないようなレベルの、高度なセンサーの塊であって。感覚を持たず自分からは動かない、動けない、と、そういう視点というか評価軸そのものが、実は動物の側から見た一面的な、固定観念的な思い込みに過ぎないのであって、実際には植物たちというのは日々、 アンリ:うん……、う、うん。 ヨウコ:(我に帰り) ヨウコ:す……、すみませんごめんなさいっ。 ヨウコ:わたし、これ……。悪い癖なんです、止まらなくなってしまって……、 タニマチ:全然ダイジョーブっスよ。あれスね、ポーチュラカにせよ、地面とかで強く生きてる系のやつが好きなんスね。 アンリ:マジでめっっっちゃ、好きなんだねー。サボペディアちゃんじゃん。 ヨウコ:植物の事となると、本当に……、 すみません、自重しますっ。 タニマチ:ホントにイイんスよ、ガンガン喋ってもらって。そーゆー場所なんで。 アンリ:お客は好きなように振る舞うのがシゴトだからねー。 タニマチ:でもまあ、そうそう、そのサボテン、店前のやつを見つけて、 ヨウコ:そう、そうでした……。 ヨウコ:立派なサボテンくん、夜でもLEDライトで光合成させてもらっていますねぇ、可愛いですねぇ、等と思って、見させて頂いていたら、あの……、 アンリ:あ、ポーチュラカ!? ヨウコ:はい、その、中から聞こえてきて、それで、気になってしまって……。 アンリ:うははははっ。役に立ってんじゃんオモシロ横文字ー。 タニマチ:あー……。そうスか。なんか逆にハズいな、そーゆーつもりでやったヤツじゃなかっただけに……。 アンリ:録音して表でポーチュラカ連呼させよーよ。客増えるよ。 タニマチ:鸚鵡(おうむ)かな? てか怖ェわっ。 ヨウコ:…………。ふふっ。 0:一見客は椅子に座り直し、居住まいをあらためる。 ヨウコ:あの、わたし、今とっても、楽しい、いえ、楽しませて頂いています。 ヨウコ:こんなに楽しいの、凄く久しぶりで……。 タニマチ:マジすかあー? 大丈夫スかこんなんで? ヨウコ:初めて会った方たちなのに、お話を聞いて貰ったり、他愛の無い事で、心から笑ったり……、今さっきは、喋りすぎちゃいましたけど。 タニマチ:やー、全然っスよ。 ヨウコ:……。 ヨウコ:だから今、 ヨウコ:同時にすごく、怖い、です。 タニマチ:こわい?? ヨウコ:ごめんなさい、また変な事を、口走りますが……。 ヨウコ:人と人とが出会って、お喋りする事ぐらい、何てことない、普通の事だって判っているんです。 ヨウコ:ここでも、どんな場所でも、当たり前に起こっている事であって……、 ヨウコ:だけど、わたしには、無いと思っていました。 ヨウコ:自分の人生には、暖かなことは何も、起こらないんだって。 タニマチ:……、ふむ、 ヨウコ:初めから何か、大切な物を、奪われたまま……、 ヨウコ:枯れ果てた世界を、今日も明日も、死んだように、生きて行かなければならないような気がして。 ヨウコ:……こんな物言い、周りの、お友達付き合いをしてくださる方に失礼ですし、ありがちな悩みを大袈裟に、って、自分でも判っています。二十歳にもなって。 ヨウコ:でも、だけど本当にいつでも、わたし……、 アンリ:大袈裟じゃないよ。 ヨウコ:……。わたし、怖いんです。 ヨウコ:人と笑い合ったり、楽しいと感じられる場所にいる事が。 ヨウコ:自分を、喜ばせてしまうことが。 アンリ:うん。 ヨウコ:温かなよろこびに、触れすぎて、しまえば……、 ヨウコ:途端に、自分の中にこびり着いている、父の罵声や……、嫌悪の眼差し、その、冷たさによって、それらが、 アンリ:…………。 ヨウコ:否定されて、しまいそうで。 0:一見客は泣いていた。 アンリ:それこそ、君の「籠(かご)」なんだね。 ヨウコ:これは父の冷たさであり、そして、わたし自身の冷たさでもあると、知っています。 ヨウコ:幼いわたしの目と耳と縛り、母の身も心も擦り減らした父の冷たさを、わたしは、憎んでいるのに。 ヨウコ:思考や理性では断ち切れないほど奥深くに、苔のように、錆のように根を張って、時折顔を出す。 ヨウコ:心惹かれる賑やかさや、自分を気にかけてくれる人々の温かみを、焦がれると同時に忌み嫌う、歪(いびつ)で、ちぐはぐな、臆病さ……。 アンリ:君が今説明してるものをね。 アンリ:「呪い」って、呼ぶんだよ。 ヨウコ:知っています。 ヨウコ:でも……、 ヨウコ:頭でいくら判っていたって、心が、怯えていては、何にもならない。 ヨウコ:たくさん本を読んで、世の中を知って、論理でいくら思考しても。幼い頃の心の澱(おり)さえ、征服出来ない……、弱い、自分が、情けなくて、嫌で、嫌で……、堪らなかった。 ヨウコ:だから……、 タニマチ:(唐突に) タニマチ:あー……、 タニマチ:そっか、だからか。 アンリ:あん?? タニマチ:だからヨウコさんは、BARで酒飲んでみようと、思ったんスね。 アンリ:おいー、茶々入れんなや店員ー。 タニマチ:や、すんません。なるほどなーと思って。ここまで聞いてようやくわかったっス。 ヨウコ:あ、の……、 タニマチ:自分を変える為、とか見識を拡げる為、とかじゃなくて……、それも無くは無いかもだし、お手伝いの人は実際そういう意図で勧めてくれたんでしょうけど。 タニマチ:要は……、 タニマチ:自分ごと、お父さんを否定したかったんスね、ヨウコさんは。 ヨウコ:……、…………。 タニマチ:お父さんの影響を、今んトコ自分では払拭出来なくて、んじゃあ、いっそのこと、お父さんルール的に1番NGな行動を取ることによって……、 ヨウコ:(言葉を継ぎ) ヨウコ:自分もろとも父を貶(おとし)めて、復讐しようとしたんです。 アンリ:…………。 ヨウコ:……最低、ですよね。本当に、浅はかで、下らない。 ヨウコ:父が1番忌み嫌っていた、飲酒という文化に自ら浴することで……、わたしの中の父を、否定出来るような、気になって。 タニマチ:イケないトコだって、抵抗感あったのは本当なんスよね? ヨウコ:お陰様で、今は、もう、和らぎました。 ヨウコ:最初は……、そうです、忌避(きひ)と、自責に、耐えながら、自分を引っ張って。 ヨウコ:でも、だからこそ、意味があったんですよ。 タニマチ:それはじゃあ、 ヨウコ:判っています。子供じみた当て付けの、 タニマチ:自傷っスよね。 ヨウコ:…………っ! アンリ:お。言った。 0:暫しの沈黙。 ヨウコ:…………。 ヨウコ:……仰る、通り、です。 タニマチ:や、それが悪いとか悪くないとかは、マジで何も思わないスけど、 ヨウコ:わたしにも、わかりません。 タニマチ:ただ、ホントはそれ、する必要も無かったやつっていうか……。少なくとも日本では、二十歳越えれば飲酒は合法なんだし。成人も何か、来年から18になるとかだし……、 タニマチ:やったことがどうとかの前に、そもそもお父さんのせいっていうか、 タニマチ:思い詰めてる事自体、ヨウコさんは何も、 ヨウコ:(遮り) ヨウコ:わからないんです!!! 0:静寂。 ヨウコ:……どうすれば、いいのか。 ヨウコ:どんな方法があるのか、 ヨウコ:わからないんです……。 タニマチ:……、 ヨウコ:来てみれば、お店も、お酒も、わたしが、思っていたようなものではありませんでした。 ヨウコ:だから尚更、わたしの自己満足に利用してしまって、お二人にも、厚意で勧めてくださった方にも、申し訳、なくて……。 0:再び、涙が溢れ。 ヨウコ:だけどやっぱりわからない……。 ヨウコ:どうすればバランスが取れるのか。 ヨウコ:どうすれば、 ヨウコ:母を、救うことが出来たのか。 ヨウコ:わたしが、大きくなっても父の教えに、疑いを持たなければ、良かったのか。 ヨウコ:父が言うように、わたしの冒(おか)し始めた悪徳や虚栄が、母の身に、移ってしまったのか。 ヨウコ:理性でそれを否定すれば良いのか、それとも世界を、否定すれば良いのか。 ヨウコ:なにも、わからないまま、人より恵まれている癖に、何も持っていないような顔をして……。 ヨウコ:父の嫌う自分になれば、得る筈だった何かを、取り戻せる、とでも、思っていたのか……、 0:ぐすん、と啜り上げ。 ヨウコ:わたし、 ヨウコ:おかしい、でしょうか。 アンリ:おかしくないよ。 0:一口、グラスを傾ける。 アンリ:……わかるよー、とか、簡単に云うやつ嫌いだし。 アンリ:実際なーんにも、わかんないんだけどさ、他人だし。 0:一見客は常連客を見つめる。 アンリ:でもこーやってさァ。ちょっと間(ま)でも一緒に飲んで、喋って、隣でウダウダゆってるとさー……。 アンリ:何かわかったような気に、なるトキあんだよね。偶に、さ。 0:もう一口。グラスの氷がカランと鳴る。 アンリ:お酒マジィーック、ってねー。あはは。 ヨウコ:…………。 アンリ:親とか家がクソだとさァ。ホント、マァージで、子どもはそーゆー気分になるよねー。 アンリ:自分は悪くないって、別にわかってんのに、それでもさ。 アンリ:誰と喋ってても、何やってても……、なんかイイもん見つけて、うひょーって飛びついてもさ、途端にこう、しゅぅーーって……、上のほーォにつまみ上げられてっちゃって、邪魔ばっかされてさ。 アンリ:ええーー、って。 アンリ:結局自分の手の中にはなーんにも残んないんかーい、みたいな。 アンリ:ムカつくけど、でももー咬み付くのもメンド臭ェわ、何なのマジでー、って。 アンリ:……やってらんないなー、やってけんのかなー、って。ボンヤリ思ってる時の、クソみたいな気分。 ヨウコ:…………。 アンリ:ホント、損ばっかだよね、子供は、さ。 ヨウコ:わたし、は、 アンリ:(遮り)ま、私はなーんもわかんないけどねー。何があったかも知んないし。 ヨウコ:…………。 アンリ:でもヨウコりんはさー。二十歳になって、コワかったのに、1人でBARとか入ってさー。 アンリ:ちゃんとしたカクテル飲んで、知らないヒトとも喋ってさァ、好きな物の事とかもあァーんな、超語れてさ。 アンリ:めーっちゃめちゃ、大人じゃんね。 ヨウコ:アンリ、さん……。 アンリ:大っきなコドモには、とても真似出来ないね? ヨウコ:…………。 ヨウコ:……そう、なんでしょうか……。 ヨウコ:…………。 0:冷水を一口。 ヨウコ:……大きな声を出して、申し訳ありませんでした。 タニマチ:や、こちらこそ、差し出がましい感じに……。 アンリ:ふいーーーーっ。なんかもーさー、もっとカジュアルな感じで喋ろーぜーー。 タニマチ:話題が話題なだけに、むしろね。 アンリ:ローに入っちゃったら、闘えるモンも闘えないぜ。 ヨウコ:たたかう……。 ヨウコ:あの、わたしその、ああ言って頂きましたけど、まだ、とても大人だなんて……、 アンリ:そりゃー、まだ二十歳だし。若いよね。 アンリ:若い、大人。 アンリ:……例えばさ、 0:一口呷る。 アンリ:さっき自分で言ってたじゃん? アンリ:今はクソ親父や家の事、ぶっちゃけ異常だって思ってるんだよね、ヨウコりんは。 ヨウコ:あの、はい、普通に考えれば、と……、 アンリ:その視点、大事だよ。今はまだ、見通し切れなかったとしても。 ヨウコ:……、はい。 アンリ:大っきなコドモとかは洒落でさ。ホントはおっさんで、親なワケじゃんか。断片的にしか聞いてないけども……、 アンリ:実際、割りかし、ヤバい方の親だと思っといた方がイイよ。 ヨウコ:……、お手伝いの方にも、同じように言われました。自覚は、あった方が良い、と。 アンリ:そーね。 タニマチ:まー、この際、思想や信条にイイワルイ言っても仕方ナイし、だから全部駄目、って訳じゃないスけど……。 タニマチ:ヨウコさんがリアルにシンドくなった時に、ケアとかフォローが充分じゃない感じだったんなら、その時点で、家庭って単位で考えると、 ヨウコ:機能不全、なのは、確かだと思います……。 タニマチ:ん、まあ。はっきり言っちゃうとね。 タニマチ:ただなんか……、問題を軽く考えるワケじゃ決して無いんスけど、例えば、もう二十歳なら、 アンリ:なんぼでもやりようはあるんじゃないの? タニマチ:……とか、外野としては、思っちゃうスけどね。 ヨウコ:それ、は……、 アンリ:ま、私ら責任ナイからね。何とでも言えちゃうわな。 アンリ:だからあのさ、無責任ついでの、酔っぱらいのタワゴトだけどさー、 タニマチ:なんで、さらっと聞いてくださいねー。 アンリ:シンプルに、家出ちゃえばイーんでないの? ヨウコ:……えっ……、 アンリ:一人暮らしでもなんでもしてさ。 アンリ:大学、何回? ヨウコ:に、2回生、です。でも、そんな……、 アンリ:例えば、の話ね。心の問題はさ、どうせ長引くんだし後回しでイイとして。 アンリ:取り敢えず今、親と距離取れたら、何かは変わるかもよ。 ヨウコ:そんな、あまりにも、大それた、というか……、 アンリ:何で?? 二十歳で大学生だったら部屋も借りれるし、何か問題ある? ヨウコ:それは、そうなんですが……。 ヨウコ:父が、そんな申し出を……、許すとは、とても、 アンリ:そんな権利、パパには無いじゃん。 ヨウコ:しかし、学費を出してもらっている身で、 アンリ:それはそれだよ。「出してやんない」、ってんなら、働く事だって出来るよ。 アンリ:バイトじゃ無理な額なら、あるじゃんあの、借金するやつ。 タニマチ:奨学金、って途中からでもいけんのかな。なんか、支援機構の方は、イケるみたいな話を聞いたような……、 アンリ:アレはアレでヤバいとかも聞くけどさ。背に腹代えらんない時には、 ヨウコ:い、いえあのっ……、制度的な問題ではなくて……、 アンリ:んじゃあ、ナニ的な問題なん? ヨウコ:そ……、れ、は……、 アンリ:ホントは、無いんじゃないの。 アンリ:気持ち以外には。 ヨウコ:……っ、……、 タニマチ:ま、例えば卒業まで我慢するって手もありますし、 タニマチ:どころじゃないぐらい本気で無理なら、シェルターとか保護系の施設とかに連絡取って……、 ヨウコ:シェルター……? そ、そんな、流石に大袈裟な、 アンリ:大袈裟じゃーないって。別に、そのぐらいになったって全然オカシクない事なんだってば。 タニマチ:シェルターとかで保護してもらいながら、大学通って資格取って、みたいな人普通にいますしね。お母さんが退院した後が気になるなら、母娘(おやこ)で入れるとこも、探せばある筈だから……、 ヨウコ:…………、…………、 アンリ:まーー! まあさ、勿論、そうしなきゃ駄目とかじゃないんだよヨウコりん。 アンリ:ただ、思考を止めなきゃ、世の中には意外と、色んな手段や方法があるってこと。 アンリ:オトナの先輩のオネーサンからの、ビッグなお世話でしたー。 ヨウコ:…………、そんな、こと……、 ヨウコ:考えたことも、ありませんでした……。 タニマチ:考えたこともないようなこと聞けるのも、BARのいいトコ……、なのかな? アンリ:考えたこともないよーな、しょーもない話の時もあるけどねー。楽でイイけど。 ヨウコ:…………。なんだか、思考や感情が、まとまらない、ですが……、 タニマチ:いっぱい話したし、いっぱい聞いたから、ちょい情報酔いじゃないスかね。 アンリ:感情のシーソーぎっこぎこだったしね。 アンリ:はあい、お水飲もーねー。 ヨウコ:あ、ありがとうございます……。 タニマチ:何かもう一杯いきます? アンリ:んや、もうイイわー。あんま出来上がってから会うのもワルいしねーん。 アンリ:あ、ていうか……、通知、通知、 0:LINE受信を思い出し、スマートフォンを開く常連客。 ヨウコ:わたしも、今日は……。また失礼があってはいけませんので。 タニマチ:オッケーっス。んじゃ、また次回ありましたら、何か作らしてもらいますね。 ヨウコ:次回……、 ヨウコ:あ、はい、是非……。 アンリ:(画面を操作しながら) アンリ:そーそー、そーだよ。どーせ次が来るんだよ アンリ:店は定時で閉まるし、私はデートだし、生きてりゃ次の時間に進んでくんだよ。何があったって、その日の事はその日で終わって、続きは明日。 アンリ:ヨウコりんも来年には21になってるしー、10年したら三十路だよー。 ヨウコ:そう……、なんですよね……。想像も、つきませんが……。 アンリ:私らはまだ皆(みんな)さー、多分「これから」の方が長いんだからさ。「いままで」に足引っ張られてんのもアホらしいよね。どーせ、イー事もヤな事ももーっといっぱい、起こるんだから。 ヨウコ:…………。 アンリ:自分ってヤツと、ずーーっと付き合ってくのはさ。 アンリ:自分だよ。 ヨウコ:……、 ヨウコ:自分……。 0:パタン、とスマートフォンを畳む常連客。 タニマチ:LINE、彼氏さんスか? アンリ:んー、そー。ちょい早く終わったんだって。 アンリ:ロータリーんとこ来るってさ。前の道路(みち)ってまだ一通だっけ? タニマチ:っスねー、10時までは。 アンリ:おけー。 タニマチ:んじゃ、チェックっスね。えっと……、 0:伝票を計算し、合計金額を書き込み、渡す。 タニマチ:うい、3500円なります。 アンリ:あーいよー。(財布を探る) アンリ:……お、ちょーどあった。 アンリ:タニマチくんファミマのレシート要る? タニマチ:要らん要らん。 0:紙幣と硬貨が手渡され、清算。 タニマチ:あい、毎度ありがとうございますー。 アンリ:(立ち上がりつつ) アンリ:ちょい、出る前にもっかいトイレ貸してね。 アンリ:ウンクじゃなーいよーっとー。 0:足取り軽やかに、トイレへ去る常連客。残るのは、店員と一見客。 タニマチ:なんか、すみません。知った風なこといっぱい言っちゃって。 ヨウコ:いえ……。わたしが何かと、不見識、不勉強で……。 ヨウコ:今日は、とっても楽しかったです。 タニマチ:マグノリア、気に入りました? ヨウコ:はいっ、酸っぱくてまろやかなのが、不思議なお味で……。ごちそうさまでした。 タニマチ:どうも。 タニマチ:てか間違えた、ブロッサムの方スね。 タニマチ:『マグノリア』ってだけだと、別のカクテルになるんで。 ヨウコ:へえ……、似た系統の、ものなんですか? タニマチ:や、また全然違う系っスね。 ヨウコ:花や、植物に因んだカクテルは、たくさんあるんでしょうか、 タニマチ:いーっぱい、ありますよ。何々ブロッサム、って付くのだけでも無数にあるし、カクテル名って基本言ったもん勝ちなんで、世界中でどんどん増えてくんです。 タニマチ:一応クラシックな、レシピ本とかに乗ってるやつは大体決まってきますけど。 ヨウコ:なるほど……。あ、すみません、調べればわかる事を、質問してしまって……、 タニマチ:ちょっとでも語れたら嬉しがるバーテン多いんで。 俺なんかは、知識まだまだ全然スけど。好きってだけで。 ヨウコ:やはり、というか、お酒やカクテルがお好きな方が、こういったBAR等で、働かれるものなんですか? タニマチ:そこは割りかし、人によりけりで。昔ほど多くないけど憧れてなる人もいるし、色々転々として、しゃーなしでやってる人もいるし。 タニマチ:そーいう人のが接客上手かったりね。 ヨウコ:タニマチさんは? タニマチ:俺はまあ……、1番は酒自体ってより、瓶が並んでるのが好きなんスけどね。 タニマチ:こういう、リキュールとか。 0:何本かをカウンターに並べる。 ヨウコ:色が深くて、綺麗……。色んな形があるというのも、面白いですねぇ。 タニマチ:そーなんスよ。コレとかシェーカーの形してたり。 ヨウコ:可愛いですねこれ……、あ、こっちは、これ、スローベリーのお酒なんてあるんですか。 タニマチ:「スロージン」スね。リキュールの中ではポピュラーですけど、原料はマイナーな。 ヨウコ:ベリーと言いますけど、プラムの一種なんですよね。セイヨウスモモ。 タニマチ:そっそ。海外って結構、ネーミング適当な時ありますよね。あのー、「ブッシュアップル」っていう、 ヨウコ:オーストラリアの! 全然リンゴと関係無いんですよね、あれはアボリジニ特有の「ブッシュ・フルーツ」というものの一種と、何かで……、 0:常連客、トイレから戻りざまに、 アンリ:酒並べて女口説いてんのかァー、エロパーマおい! タニマチ:雑な悪口だけはやめてくださいよ! ヨウコ:うふふっ……。フルーツのお話を、して頂いていたんです。 アンリ:フルーツぅーー?? 柄にもなくよぉーー? タニマチ:何でスか、リキュール好きなの知ってるっしょ。 アンリ:興味ねー。 タニマチ:おーい。 アンリ:(バッグを肩にかけつつ) アンリ:んっしょ。んじゃ、私はお先にー。ヨウコりんはどうすんの? ヨウコ:わたしも、あまりその、お手伝いの方を、待たせてもいけないので……、もうそろそろ、 アンリ:次は一緒に来たらイイじゃんね。 ヨウコ:あ……。 ヨウコ:そう……、そう、ですよね。 ヨウコ:お誘い、してみます。 アンリ:シンドーくなったらさ、お酒飲みに来たらいいよ。もう大丈夫っしょ? ヨウコ:はい……。ありがとうございます。 アンリ:いっぱいカラんでごめんねー。どっかで会ったら、また遊ぼーね。 0:常連客はひらひらと手を振り、出入り口へと向かう。 ヨウコ:あっ、あのっ……、本当に、本当にありがとうございました。本当に、とっても……、 アンリ:私も楽しかったよー。元気でね、ヨウコりん。 アンリ:タニマチくんもまったねー。 タニマチ:あざっしたー。 アンリ:ばーいばぁーい。 0:ドアベルの響きを残し、常連客は退店。 ヨウコ:……、 ヨウコ:春の嵐のような、暖かだけれど、それでいてどこか、もう、二度と会えないような……。 タニマチ:不思議とそーゆー印象を与えがちな人っスね。いつも全力だからかな。 ヨウコ:また、お会い出来るでしょうか……、 タニマチ:いつもふらっと来るんでね、まあ、そのうち……、 0:唐突に勢いよく、出入り口のドアが開かれ。 アンリ:(開け放ちざま) アンリ:1個言い忘れた事あったわ! あのねーっ……、 ヨウコ:あっ……! アンリ:ポーチュラカって日本語ではさ、「スベリヒユ」ってゆーんだね! さっきトイレでスマホで見た! タニマチ:言いたかったんスか、それ……。 アンリ:言っとけばよかったー、って、後悔すんのヤじゃーん。 アンリ:ねっ! ヨウコりん知ってた!? ヨウコ:……うふふっ。 ヨウコ:勿論……、知っていましたよ! ヨウコ:……、変な名前、ですよねっ! 0:心からの笑顔が、咲く。 アンリ:おっしゃーー! すぐ人に言いたくる豆知識っ! アンリ:今度こそ、まったねー! スベリヒュー、ヒュー! 0:言いながら、再度退店。 タニマチ:自由か……。 ヨウコ:うふふっ……。 アンリ:(勢いよく戻りざま) アンリ:ごめんも1個っ!! タニマチ:ってオイっ! アンリ:これ忘れたらダメだわ。ヨウコりーん、 ヨウコ:は、はい……、 アンリ:成人、おめでとう。 ヨウコ:…………っ! アンリ:んじゃー、おやすみっ。良い夜をーっ。 0:退店。勢いよくドアベルが鳴り、次第、本当の静寂。 タニマチ:……居なくなったら一気に気温が下がったような……。 タニマチ:……あ、ヨウコさん、ティッシュ要ります? ヨウコ:(止めどなく涙を流しつつ) ヨウコ:ぐすっ……い、いいえ……っ、だい、じょうぶ、ですっ。ハンカチ、が、あります、のでっ……、 0:鞄を探るうち、スマートフォンへの不在着信に気づく。 ヨウコ:あ、着信……、気付きません、でした……。あの、ごめんなさい、ちょっと隅の方で……、 タニマチ:全然大丈夫っスよー、他お客さん居ないし。 ヨウコ:どうも……。 0:ハンカチで涙を拭いつつ、コール。通話。 ヨウコ:あ、もしもし……。すみません、着信に気付かなくて、 ヨウコ:えっ? あ、はい、大丈夫ですよ、何も、危険な事は……。はい……、うん、本当に、大丈夫。ええ、そう、1杯だけしか……。 ヨウコ:言って頂いた通り……、はい、入ってみたら、案外、平気でした。え? ヨウコ:……、うん。楽しかった、です。本当に。ええ。うん、そう、とっても良くして頂いて……。 ヨウコ:あの……、 ヨウコ:今度良かったら、一緒に来ませんか。 ヨウコ:……え? どうもしませんよ? ……ただ、そうですね、頂いたカクテルが美味しくて、少し開放的には……。ふふっ、はい、本当に、本当に平気ですから。心配おかけして、すみません……。 ヨウコ:あの、もう、あ、はい、近くなんですね、駅側の……、あ、あの、10時までは一方通行だそうなので、大丈夫ですわたし、ロータリーまで行きます。 ヨウコ:うん。いえ……、まだ街灯も明るいですから。それになんだか、歩きたい気分なんです。車の中で詳しく話しますが、わたし、近々、父に……、はい、申し出たい、事があって。作戦を立てたいんです。え? はい……。 ヨウコ:もちろん、そうです一緒に、あの、サクラコさんにも、お手伝い頂きたくて。 ヨウコ:でも本当に何も、はい、何もかも、これからなんです。 ヨウコ:その事を考えながら、歩きたいんですわたしっ。 ヨウコ:はい、はい……、このあとお会計をして、すぐに出ますので。ええ、はい、判っています、電話はすぐ、かけられるように。 ヨウコ:はい、はい、わかりました。すみません、お待たせします、はいっ。 0:通話を終え、席に戻る一見客。 タニマチ:そろそろ行かれます? ヨウコ:はい、では、お会計を……、 ヨウコ:っ、ああっ!! タニマチ:どうしましたっ? ヨウコ:わ、わたし、カクテルのお代金……、出して頂いたのに、お礼を、すっかり……っ。 タニマチ:ああー、そういや。 ヨウコ:戻って来られた時に、言えたのに……っ、 タニマチ:全然、ダイジョブっスよ。そんなん気にしない人だし、本人忘れてるかもしんないし。 ヨウコ:それでは、あの、お会計は……、 タニマチ:あのー、うち、初回はチャージ無料なんで、今日は、もうこれで。 ヨウコ:でも一銭も、 タニマチ:カクテル代は、もう頂いてますんで。 ヨウコ:…………っ。 ヨウコ:これは、きっとまたお会いして、お礼を、しなければ……。 ヨウコ:……なので、タニマチさん。 タニマチ:はい? ヨウコ:(笑顔が咲き) ヨウコ:わたし、必ず、また来ますね。 ヨウコ:次は、また……、違ったお花のカクテルを、頂きます。 ヨウコ:今度は自分で、頼んでみます。 タニマチ:あー……。 タニマチ:(破顔し)是非ゼヒ、お待ちしてます。 ヨウコ:……、それでは、もう、車が着く頃だと思うので、お暇させて頂きます。今日は、本当に、長々と……、 タニマチ:こちらこそ、1軒目に選んで頂いて、ありがとうございました。サボテン様々っスけど。 ヨウコ:オーナーの方の、ご趣味ですか? タニマチ:や、火・木に入ってるスタッフの……、 タニマチ:ま、なんか、変なヤツなんで、話が合うかはわかんないスけど。 タニマチ:良かったら他の曜日にでも、どこでも。取り敢えず、開いてはいるんで。 ヨウコ:あの……、本当にわたし、必ずまた、来ますから。 ヨウコ:どうなっていても、変わらなくっても。 タニマチ:イイんスよ。そのトキ喋りたい事、聞きますから。 ヨウコ:本当に……、 ヨウコ:ありがとうございました。 タニマチ:こちらこそ。 タニマチ:またのご来店まで、お元気で。 ヨウコ:……、はい! タニマチ:お気をつけて。おやすみなさい。 ヨウコ:さようなら……、 ヨウコ:また……、また! タニマチ:ありがとうございましたー。 0:名残惜し気に、しかし晴れがましく、一見客が退店。ドアベルは福音の如く響く。 0:店員、1人。 タニマチ:……、ふいーっ……。 0:空きグラスとコースターを引いた後、ダスターを取り、カウンターの水滴等を拭う。 タニマチ:(しげしげと髪を触りながら) タニマチ:……、パーマ……、不自然じゃないよな……? 0:暗転。 : 0:タニマチにスポット。 タニマチ:【本日のカクテルレシピ】 タニマチ:『マグノリア・ブロッサム』。 タニマチ:■ドライジン 25ml タニマチ:■レモン果汁(ジュース) 15ml タニマチ:■フレッシュクリーム 20ml タニマチ:■グレナデン・シロップ 2tsp(ティースプーン) タニマチ:以上を強めにシェーク。 タニマチ:ショートグラスにて、サーブ。 0:【終】 : 0:【空白】/【空白】/【空白】 : 0:【ボーナス・トラック】 0:数十分後、車内。運転手はヨウコ宅のハウスキーパー、サクラコ。 0:(サクラコ役はアンリ役の方に兼ねて頂くか、個別に演者をあてて頂いて構いません) サクラコ:なるほど……。 サクラコ:まあ……、ひとまず。 サクラコ:おつかれさまでした。 ヨウコ:何も、疲れるような事は……。 ヨウコ:サクラコさんこそ、本当に、 サクラコ:疲れた顔してるよ。 サクラコ:……失礼。してますよ。 ヨウコ:あ……、そう、でしょうか。 サクラコ:というか……、 サクラコ:疲れてる事に気が付いた、って顔。 ヨウコ:気が、ついた……? サクラコ:押し込めて、我慢して、苦しいのに気付かないフリをしてたのを。 サクラコ:他人(ひと)に、喋った事で。 ヨウコ:…………、 サクラコ:自分にも痛覚あるんだー、って、ようやく知った、みたいな。 ヨウコ:何だか、不思議な……、ふんわりした、心地です。 サクラコ:ソレがねー、お酒の、アルコールの力なんですよ。 サクラコ:愚痴でも何でも、吐き出したら、ちょっとスッキリ。 ヨウコ:……、これが……、 サクラコ:とか、とか。 サクラコ:知った風なクチきいて申し訳ありません。 ヨウコ:いえ、違うんです、 ヨウコ:むしろ、もっと……、 サクラコ:あ、次のコンビニ寄りますね。 サクラコ:私、煙草と……、ヨウコさんお水、か、ポカリ的なヤツ、買って飲んだ方が良い。 ヨウコ:わたし、お酒、飲んでるってわかりますか……? サクラコ:ほっぺ、赤いですね。 サクラコ:てか飲んだ後は、水分いっぱい摂った方が良いんですよ。 サクラコ:旦那様はもう、寝てらっしゃると思うんで……、大丈夫だと思いますけど。 ヨウコ:ありがとう、ございます……。 0:すれ違う車の走行音。夜の市街の光が流れるように過ぎる。 ヨウコ:あの……、サクラコさんは、 サクラコ:ん、はい? ヨウコ:お酒、飲まれるんですか? よく。 サクラコ:あー。んんーー……、 サクラコ:最近はあんまり、行ってないですかねー……。 サクラコ:よく飲んでた時期もありますけど、 ヨウコ:今度……、 ヨウコ:本当に、一緒に、 サクラコ:……、 ヨウコ:今日のお店に、限らず……、 ヨウコ:わたし、何も知らないので、サクラコさんの、良い所へ、なんて……、 ヨウコ:ご迷惑で、なければ、 サクラコ:……、ね。とかも、ね。機会あれば。 サクラコ:まずは、作戦練って、ね。 ヨウコ:わたし……、上手く、言えないんですけど。 ヨウコ:自分が……、生きて、動いてるんだ、って。 ヨウコ:初めて、感じているような、気がします。 サクラコ:それは……、 サクラコ:しんどい、感じですか。 ヨウコ:わかりません……、 ヨウコ:わからない事、だらけです。 サクラコ:……、じゃ……、ひとまず。 サクラコ:行って良かったんじゃー、ないかなァ。ね? ヨウコ:……、……、 サクラコ:あ……、あのローソン寄りまーす。 ヨウコ:は、い……、 0:微睡みのヨウコ。濃い緑の車体はコンビニの駐車場へと、滑るように停車。 サクラコ:(シートベルトを外しつつ) サクラコ:乗っててください。 サクラコ:飲み物、買って来ます。 ヨウコ:すみま、せん……。 ヨウコ:……あの、 サクラコ:何か他に欲しい物、 ヨウコ:本当に……、ありがとう、ございます。 ヨウコ:今日、勧めて、くださって……。 サクラコ:あー……、いや全然、 ヨウコ:感謝、します。 ヨウコ:心から……。 サクラコ:…………、いえ。 サクラコ:おせっかいなダケ、です。昔から変に。 サクラコ:ちょい、行って来ますね。 0:静かにドアを閉め、ボタン式キーにより施錠。ヨウコを残し、店内へと向かう。 サクラコ:…………。 サクラコ:(独り言)いやホロ酔いクソ可愛(かわい)スギか……。 サクラコ:……このままどっか連れてったらヤバいよな、マジで……。 0:【終】

0:ブザー音。 0:【再開】 タニマチ:フラッシュ・バック。 0:(以下、矢継ぎ早に、【前編】の回想) ヨウコ:「ああ このひとつのまずしき心はなにものの生命(いのち)をもとめ なにものの影をみつめて泣いているのか」 アンリ:「タニマチくん知ってる? 日本最大の砂丘は鳥取砂丘じゃなくて、青森県の「猿ヶ森(さるがもり)砂丘」なんだって」 タニマチ:「ポ……、ポ……、「ポーチュラカ」!!(裏声)」 ヨウコ:「出来ればお酒、を、注文させて頂ければと思って……っ」 アンリ:「ウンクッ!(ドイツ語風の発音)」 タニマチ:「じゃ、ホントにアルコール初体験なんですね。おー。」 アンリ:「うおあああ眩しさで溶けるーーっ!!」 タニマチ:「初めての酒場、初めてのカクテル体験、初めて尽くしのこの夜を、えーー、祝しまして!」 ヨウコ:「頑迷で、冷酷で、受け入れる事を知らない、……まるで、大きな子どもっ……!」 アンリ:「つーか、家出ろ! 今スグにっっっ!」 ヨウコ:「ただいちめんに酢えくされたる美しい世界のはてで 遠く花見の憂鬱なる横笛のひびきをきく。」 0:タイトルコール。 タニマチ:『マグノリア・ブロッサムと籠の鳥』、 タニマチ:只今より、【後編】をお送り致します。 0:とあるバーの店内。カウンターには男性店員と、常連客の女性が1人。一見客の女性は、トイレに行っている。 0:足早に、一見客が帰還。着席する。 ヨウコ:すみません、お待たせ致しました……。 アンリ:おっかえりーぃ。ここのトイレさー、暗くて怖くなかった? なんかキモいポスター貼ってあるしさー。 ヨウコ:あ、いえ……、大丈夫、でした。 タニマチ:あのポスター類ね、オーナーの趣味で……。俺も1人の時ちょっと怖いス。 タニマチ:あー、で、どうですか、 タニマチ:お酒ってお酒を、初めて実際、飲んでみて。 アンリ:抵抗あった割には、結局3口ぐらいでほとんど飲んじゃったねー。 ヨウコ:あの、本当に美味しく、飲みやすくしてくださって……。 ヨウコ:好みに、合わせて頂けるものとも、思っていなかったですし……、 タニマチ:うんうん。 ヨウコ:お店の雰囲気にしても、具体的な予想があった訳でもないんですが、お二人に、大変良くして頂いて…。 ヨウコ:その、勝手な想像だけで身構えていた自分が、申し訳ないような、気恥ずかしいような……。 アンリ:色んな店あるからね、最初ある程度構えとくのは、間違ってもないけども。 アンリ:でもおっけーおっけー。とりまイイ傾向じゃーん。 アンリ:まー、私はカラんでただけだけど。 タニマチ:ひとまずじゃあ、居辛くもない感じなら、良かったっスわ。 タニマチ:シンドさ来てないです? お酒回ってる感じとか。 ヨウコ:不快な感じはなくて、今は、何だか少し、暑いというか、ぽおっとして、フワフワする感じ、ですかねぇ。 アンリ:キミいま絶妙にエロいなー。お持ち帰りされちゃうぜ、危険危険ーー。 タニマチ:ここらはまだそんな、危ない感じでも無いですけど……、帰る時はちょっと、気をつけた方が良いかもっスね。 ヨウコ:ご心配頂いて、ありがとうございます……。帰りは迎えが来ますので、今日は大丈夫なんです。 アンリ:お! 「爺や」!? 「爺や」!? ヨウコ:いえ、その、そういう感じではないのですが、家の事をお手伝い頂いている方、というか……。 アンリ:爺やじゃないのかー。あれっしょ、メイドさん。お帰りなさいませー、つって。 ヨウコ:ええ、と……。 ヨウコ:実はその、去年の暮れから、母が、入院をしていまして……。 ヨウコ:あの、そこの、大学病院なんですが、 タニマチ:あー、陽光(ようこう)大のとこの? あっこなんか最近、綺麗になったらしいスね。 ヨウコ:そうですね、改装工事が終わって、今、立派な藤棚が出来ているんですよ。春先は満開で、とっても綺麗でした。 アンリ:藤棚かー、あったなー高校のトキ……。 アンリ:てかさ、ママ、体壊しちゃったんだ。 ヨウコ:元々、あまり……、体が強い方では無かったんですが。 ヨウコ:一度、きちんと時間をかけて、その、心身の、療養に専念しなければいけない、という風に、先生の方からご提案頂いて……。 アンリ:ふーん……。そっかー。 タニマチ:大変でしょ、色々と。 ヨウコ:お見舞いに顔を出すくらいですから、わたしは何も……。 ヨウコ:ただ大学がありますので、家の事にはちょっと手が回らなくて、 ヨウコ:そう、それで、お手伝いの方を1人、雇う事になったんです。 アンリ:あ、それまではいなかったんだ? ヨウコ:父が、人嫌いというか、外部の人間を入れたがらなかったので……。でも流石に、ということで、 タニマチ:ふんふん。今日のお迎えもじゃあ、その人が、 ヨウコ:はい。とっても優しい方で、お仕事の枠を越えて、何かと親身になってくださっています。 ヨウコ:父が、母の入院以降、特に近頃、その、バランスを、崩してしまっていて……、 アンリ:情緒? ヨウコ:ん、はい、 ヨウコ:……そう、ですね。 アンリ:ヨウコりんに、来る感じ? ヨウコ:……。……その、ちょっと、その方にも様々、フォローに回って頂く場面が多くて、 ヨウコ:業務の範囲を越えて、苦しい思いをさせてしまうような……、 アンリ:(遮り気味に) アンリ:苦しいのはヨウコりんだよ。 ヨウコ:…………。 アンリ:何にも悪くないのにさ。 ヨウコ:……、悪く……、 アンリ:(ぐい、と一口呷る) アンリ:まーー、そのメイドさんもきっと、色々見てらんないんだろうねー。 タニマチ:メイドさんとは違うっしょ。 アンリ:うるせー駄(だ)パーマ。 タニマチ:駄(だ)っ!? 0:グラスに僅かに残った酒を、すっと飲み切る一見客。 アンリ:おっ。空いた空いたー。 アンリ:(パチパチパチ、と拍手) アンリ:ちゃんと1杯飲みきったんだから、キミも今日から立派な酒飲みだっ。 タニマチ:BARデビュー、おめでとうございます。 タニマチ:慣れるまではゆっくり、美味しく飲めるペースでね。 ヨウコ:ごちそう、さまでした……。 ヨウコ:……あの、本当に、本当に美味しかったです。味も、ですし、お花に因んだものを、選んで頂いたり……、 ヨウコ:その、お心遣いも含めて、なんだか今、とっても、とっても、胸が、いっぱいというか……。 0:やにわに、大粒の涙が溢れ。 ヨウコ:お二人、とも、初対面のわたしの、たどたどしい、上に、面白くもない、家庭の事情なんかを、優しく、親身になって、聞いてくださってっ……。 ヨウコ:わたし……、お店に入るまで、なんなら、正直、や、自棄(やけ)になっていたぐらい、なのに……っ。 0:追って涙が零れ続ける。 アンリ:おうおう、どしたどしたー、今度は泣き上戸かー。(背に手を回し、抱き寄せながら) タニマチ:取り敢えず、お水どーぞ。 0:グラスに満たしたミネラルウォーターを差し出し、常連客にティッシュを受け渡す。 アンリ:ささ、ぐいーっと。 アンリ:あと涙拭こーねー。鼻もかむ? ヨウコ:あ、ありがとう、ございます……。ぐすっ、大丈夫、です……。 0:一口、二口と冷水を含み、ごくりと流し込む。 ヨウコ:……はぁ……。 ヨウコ:本当、本当に、申し訳ありません。 ヨウコ:わたし、おかしいですよねさっきから……。 ヨウコ:バランスがどうのと、父のこと言えないくらい、思い詰めたり、昂ったり……。 アンリ:お酒飲んでんだもん、普通よフツー。 タニマチ:他所じゃ出来ない話してる時って、そんなもんスよ。 アンリ:ヤバいヤツらはもー、こんなもんじゃ全然ナイから。 タニマチ:まあね。でもそんなんも全部込み込みで、飲み屋じゃ普通なんで。 ヨウコ:……、ありがとう、ございます……。 0:もう一口、冷水を呷る。 ヨウコ:あの、わたし、普段は本当に、どちらかと言うとこんな事、無いほうなんです。 ヨウコ:でも、実は、というか……。今日、その、こちらに寄せて頂いたのは、えっと……、 アンリ:自分を変える為に、冒険してみたかった、とか? ヨウコ:……、 ヨウコ:そういう事を、頭では思っていたつもり、だったんですが。 アンリ:うん。 ヨウコ:元々……、その、お手伝いの方が、勧めてくださっていたんです。二十歳のお誕生日を過ぎたら、一度、お酒を飲みに行ってみたらどうか、って、 アンリ:言ってくれたんだ。 ヨウコ:はい。気晴らしと、社会見学を兼ねて。きっと、何でもない事だってわかるから、って。 ヨウコ:一緒に、とお願いしたら、1人で行くことに意味があるから、と。 タニマチ:こー、その人、 アンリ:なんかお姉ちゃんみたいだね。 アンリ:あ、女の人? ヨウコ:女性です。歳もちょうど、姉妹ぐらいの離れ方で……。 ヨウコ:わたしの世間知らずを見兼ねて、そのようにして頂いているんだと、思いますが。 アンリ:ほっとけない人なのかもね。 タニマチ:んで、じゃあ今日、と。 ヨウコ:実は今日、夕方に母のお見舞いに行く日だったので、その帰りに、と計画して……。 ヨウコ:普段は門限があるんですが、今日ならお目付役の自分が、上手く父に口裏を合わせられるから、と。 アンリ:ちなみに門限て? ヨウコ:7時半です。 アンリ:うげぇー、マジか。 ヨウコ:何かあったらすぐに飛んで来れるように、近くで時間を潰しておくから、と……。もう、本当に……、 タニマチ:イタレリツクセリっスね。 ヨウコ:はい……。お店の事も、レビューサイトを見て、候補を選ぶところから付き合ってくださいました。女性1人でも入りやすいような、と。 タニマチ:あー、この辺の飲み屋を。最近は調べれますもんね。 タニマチ:……ウチ、どんなん書いてあんだろ……。 アンリ:(スマートフォンを操作しつつ、無機質なトーンで) アンリ:えっと、「金髪の女のコの日は良いけど、パーマのバーテンは接客が無味無臭すぎ。月曜水曜のリピートは無いかも」 アンリ:「あとパーマがウザい。星1つ」、だってさ。 タニマチ:ちょおー。 アンリ:「普段はテンション低空飛行の割りに、カクテルの時だけドヤ顔で出してきて不快。パーマも不自然で星1つ」。 タニマチ:へっ。うるせェわっ。 タニマチ:……、……。 タニマチ:……え? マジのヤツじゃないスよね? アンリ:(無の顔で) アンリ:え? タニマチ:えっ? 0:噴き出す一見客。 ヨウコ:うふふっ、ふふ………っ。 アンリ:おっ、ウケた。 ヨウコ:タ、タニマチさん、大丈夫です、パーマ不自然じゃないです、お似合いだと思い、ます……。 ヨウコ:お酒の出し方も、颯爽とされてましたよ、うふ、ふっ……。 タニマチ:ちょっとイジってるじゃないスか! タニマチ:や、全然イーんスけども……。 アンリ:(スワイプしながら) アンリ:イヒヒ。あのねー、見たとこレビューログの中に、タニマチくんへの言及はゼロだねェ。シイナとカスミちゃんの事しか書いてない。 タニマチ:マジで……? それはそれでどーなん……。 アンリ:色々見て、ここにしようって決めたの? ヨウコ:いえ、最後は、お店の雰囲気を見て決めようと思い、通りを歩いていたんですが、 ヨウコ:その、サボテンが、あったので……、 タニマチ:あー、店の前の? アンリ:ライトアップされてるアイツか。 アンリ:何でサボテン?? ヨウコ:サボテン、好きなので、その、 アンリ:好きなんだ!? ヨウコ:え、えっと、わたしは、可愛い、と、思っているんですが……、 アンリ:や、んーん、全然、オカシいとかじゃないからダイジョブよ。 アンリ:ちなみにどの辺が好きなのかな、サボの。 タニマチ:サボ。 ヨウコ:そう、ですねえ……、 ヨウコ:まず形が可愛いですよね、ムクムクの質感と言いますか、ぷっくりしているのが、何とも言えず……、 アンリ:あー、ね。あと花がちっちゃいのとかね、 ヨウコ:(語気が強まり、早口に) ヨウコ:あと、温室や花壇ではなく、砂漠や荒野などの悪環境下であっても逞しく生き抜いている姿が、高潔というか凛々しいですよね。カワイイだけでなくカッコいい一面もあるという。また一方で、一口にサボテンと言っても様々な種類がありますよね、他の植物のイメージに囚われない、多様な植生を持つ点も興味を唆るポイントの1つですが。そう、あの、ご存知でしょうか、アメリカはアリゾナ州の砂漠に自生するある種のサボテンは、驚くべき事に、風や、近くを通った動物が起こす空気の微細な振動などに反応して、細く鋭い針を自切(じせつ)、あ、自ら切り離すんです。それがまるで、獲物に向かって針が飛び跳ねているように見える事から「ジャンピング・カクタス」とも呼ばれていて。すごいですよね植物なのに、外部刺激に対して自発的・能動的に行動を起こして、結果として分布範囲を拡げるという。まあ、ただですね、そもそもにしてからがですよ、植物というのは人間等が及びもつかないようなレベルの、高度なセンサーの塊であって。感覚を持たず自分からは動かない、動けない、と、そういう視点というか評価軸そのものが、実は動物の側から見た一面的な、固定観念的な思い込みに過ぎないのであって、実際には植物たちというのは日々、 アンリ:うん……、う、うん。 ヨウコ:(我に帰り) ヨウコ:す……、すみませんごめんなさいっ。 ヨウコ:わたし、これ……。悪い癖なんです、止まらなくなってしまって……、 タニマチ:全然ダイジョーブっスよ。あれスね、ポーチュラカにせよ、地面とかで強く生きてる系のやつが好きなんスね。 アンリ:マジでめっっっちゃ、好きなんだねー。サボペディアちゃんじゃん。 ヨウコ:植物の事となると、本当に……、 すみません、自重しますっ。 タニマチ:ホントにイイんスよ、ガンガン喋ってもらって。そーゆー場所なんで。 アンリ:お客は好きなように振る舞うのがシゴトだからねー。 タニマチ:でもまあ、そうそう、そのサボテン、店前のやつを見つけて、 ヨウコ:そう、そうでした……。 ヨウコ:立派なサボテンくん、夜でもLEDライトで光合成させてもらっていますねぇ、可愛いですねぇ、等と思って、見させて頂いていたら、あの……、 アンリ:あ、ポーチュラカ!? ヨウコ:はい、その、中から聞こえてきて、それで、気になってしまって……。 アンリ:うははははっ。役に立ってんじゃんオモシロ横文字ー。 タニマチ:あー……。そうスか。なんか逆にハズいな、そーゆーつもりでやったヤツじゃなかっただけに……。 アンリ:録音して表でポーチュラカ連呼させよーよ。客増えるよ。 タニマチ:鸚鵡(おうむ)かな? てか怖ェわっ。 ヨウコ:…………。ふふっ。 0:一見客は椅子に座り直し、居住まいをあらためる。 ヨウコ:あの、わたし、今とっても、楽しい、いえ、楽しませて頂いています。 ヨウコ:こんなに楽しいの、凄く久しぶりで……。 タニマチ:マジすかあー? 大丈夫スかこんなんで? ヨウコ:初めて会った方たちなのに、お話を聞いて貰ったり、他愛の無い事で、心から笑ったり……、今さっきは、喋りすぎちゃいましたけど。 タニマチ:やー、全然っスよ。 ヨウコ:……。 ヨウコ:だから今、 ヨウコ:同時にすごく、怖い、です。 タニマチ:こわい?? ヨウコ:ごめんなさい、また変な事を、口走りますが……。 ヨウコ:人と人とが出会って、お喋りする事ぐらい、何てことない、普通の事だって判っているんです。 ヨウコ:ここでも、どんな場所でも、当たり前に起こっている事であって……、 ヨウコ:だけど、わたしには、無いと思っていました。 ヨウコ:自分の人生には、暖かなことは何も、起こらないんだって。 タニマチ:……、ふむ、 ヨウコ:初めから何か、大切な物を、奪われたまま……、 ヨウコ:枯れ果てた世界を、今日も明日も、死んだように、生きて行かなければならないような気がして。 ヨウコ:……こんな物言い、周りの、お友達付き合いをしてくださる方に失礼ですし、ありがちな悩みを大袈裟に、って、自分でも判っています。二十歳にもなって。 ヨウコ:でも、だけど本当にいつでも、わたし……、 アンリ:大袈裟じゃないよ。 ヨウコ:……。わたし、怖いんです。 ヨウコ:人と笑い合ったり、楽しいと感じられる場所にいる事が。 ヨウコ:自分を、喜ばせてしまうことが。 アンリ:うん。 ヨウコ:温かなよろこびに、触れすぎて、しまえば……、 ヨウコ:途端に、自分の中にこびり着いている、父の罵声や……、嫌悪の眼差し、その、冷たさによって、それらが、 アンリ:…………。 ヨウコ:否定されて、しまいそうで。 0:一見客は泣いていた。 アンリ:それこそ、君の「籠(かご)」なんだね。 ヨウコ:これは父の冷たさであり、そして、わたし自身の冷たさでもあると、知っています。 ヨウコ:幼いわたしの目と耳と縛り、母の身も心も擦り減らした父の冷たさを、わたしは、憎んでいるのに。 ヨウコ:思考や理性では断ち切れないほど奥深くに、苔のように、錆のように根を張って、時折顔を出す。 ヨウコ:心惹かれる賑やかさや、自分を気にかけてくれる人々の温かみを、焦がれると同時に忌み嫌う、歪(いびつ)で、ちぐはぐな、臆病さ……。 アンリ:君が今説明してるものをね。 アンリ:「呪い」って、呼ぶんだよ。 ヨウコ:知っています。 ヨウコ:でも……、 ヨウコ:頭でいくら判っていたって、心が、怯えていては、何にもならない。 ヨウコ:たくさん本を読んで、世の中を知って、論理でいくら思考しても。幼い頃の心の澱(おり)さえ、征服出来ない……、弱い、自分が、情けなくて、嫌で、嫌で……、堪らなかった。 ヨウコ:だから……、 タニマチ:(唐突に) タニマチ:あー……、 タニマチ:そっか、だからか。 アンリ:あん?? タニマチ:だからヨウコさんは、BARで酒飲んでみようと、思ったんスね。 アンリ:おいー、茶々入れんなや店員ー。 タニマチ:や、すんません。なるほどなーと思って。ここまで聞いてようやくわかったっス。 ヨウコ:あ、の……、 タニマチ:自分を変える為、とか見識を拡げる為、とかじゃなくて……、それも無くは無いかもだし、お手伝いの人は実際そういう意図で勧めてくれたんでしょうけど。 タニマチ:要は……、 タニマチ:自分ごと、お父さんを否定したかったんスね、ヨウコさんは。 ヨウコ:……、…………。 タニマチ:お父さんの影響を、今んトコ自分では払拭出来なくて、んじゃあ、いっそのこと、お父さんルール的に1番NGな行動を取ることによって……、 ヨウコ:(言葉を継ぎ) ヨウコ:自分もろとも父を貶(おとし)めて、復讐しようとしたんです。 アンリ:…………。 ヨウコ:……最低、ですよね。本当に、浅はかで、下らない。 ヨウコ:父が1番忌み嫌っていた、飲酒という文化に自ら浴することで……、わたしの中の父を、否定出来るような、気になって。 タニマチ:イケないトコだって、抵抗感あったのは本当なんスよね? ヨウコ:お陰様で、今は、もう、和らぎました。 ヨウコ:最初は……、そうです、忌避(きひ)と、自責に、耐えながら、自分を引っ張って。 ヨウコ:でも、だからこそ、意味があったんですよ。 タニマチ:それはじゃあ、 ヨウコ:判っています。子供じみた当て付けの、 タニマチ:自傷っスよね。 ヨウコ:…………っ! アンリ:お。言った。 0:暫しの沈黙。 ヨウコ:…………。 ヨウコ:……仰る、通り、です。 タニマチ:や、それが悪いとか悪くないとかは、マジで何も思わないスけど、 ヨウコ:わたしにも、わかりません。 タニマチ:ただ、ホントはそれ、する必要も無かったやつっていうか……。少なくとも日本では、二十歳越えれば飲酒は合法なんだし。成人も何か、来年から18になるとかだし……、 タニマチ:やったことがどうとかの前に、そもそもお父さんのせいっていうか、 タニマチ:思い詰めてる事自体、ヨウコさんは何も、 ヨウコ:(遮り) ヨウコ:わからないんです!!! 0:静寂。 ヨウコ:……どうすれば、いいのか。 ヨウコ:どんな方法があるのか、 ヨウコ:わからないんです……。 タニマチ:……、 ヨウコ:来てみれば、お店も、お酒も、わたしが、思っていたようなものではありませんでした。 ヨウコ:だから尚更、わたしの自己満足に利用してしまって、お二人にも、厚意で勧めてくださった方にも、申し訳、なくて……。 0:再び、涙が溢れ。 ヨウコ:だけどやっぱりわからない……。 ヨウコ:どうすればバランスが取れるのか。 ヨウコ:どうすれば、 ヨウコ:母を、救うことが出来たのか。 ヨウコ:わたしが、大きくなっても父の教えに、疑いを持たなければ、良かったのか。 ヨウコ:父が言うように、わたしの冒(おか)し始めた悪徳や虚栄が、母の身に、移ってしまったのか。 ヨウコ:理性でそれを否定すれば良いのか、それとも世界を、否定すれば良いのか。 ヨウコ:なにも、わからないまま、人より恵まれている癖に、何も持っていないような顔をして……。 ヨウコ:父の嫌う自分になれば、得る筈だった何かを、取り戻せる、とでも、思っていたのか……、 0:ぐすん、と啜り上げ。 ヨウコ:わたし、 ヨウコ:おかしい、でしょうか。 アンリ:おかしくないよ。 0:一口、グラスを傾ける。 アンリ:……わかるよー、とか、簡単に云うやつ嫌いだし。 アンリ:実際なーんにも、わかんないんだけどさ、他人だし。 0:一見客は常連客を見つめる。 アンリ:でもこーやってさァ。ちょっと間(ま)でも一緒に飲んで、喋って、隣でウダウダゆってるとさー……。 アンリ:何かわかったような気に、なるトキあんだよね。偶に、さ。 0:もう一口。グラスの氷がカランと鳴る。 アンリ:お酒マジィーック、ってねー。あはは。 ヨウコ:…………。 アンリ:親とか家がクソだとさァ。ホント、マァージで、子どもはそーゆー気分になるよねー。 アンリ:自分は悪くないって、別にわかってんのに、それでもさ。 アンリ:誰と喋ってても、何やってても……、なんかイイもん見つけて、うひょーって飛びついてもさ、途端にこう、しゅぅーーって……、上のほーォにつまみ上げられてっちゃって、邪魔ばっかされてさ。 アンリ:ええーー、って。 アンリ:結局自分の手の中にはなーんにも残んないんかーい、みたいな。 アンリ:ムカつくけど、でももー咬み付くのもメンド臭ェわ、何なのマジでー、って。 アンリ:……やってらんないなー、やってけんのかなー、って。ボンヤリ思ってる時の、クソみたいな気分。 ヨウコ:…………。 アンリ:ホント、損ばっかだよね、子供は、さ。 ヨウコ:わたし、は、 アンリ:(遮り)ま、私はなーんもわかんないけどねー。何があったかも知んないし。 ヨウコ:…………。 アンリ:でもヨウコりんはさー。二十歳になって、コワかったのに、1人でBARとか入ってさー。 アンリ:ちゃんとしたカクテル飲んで、知らないヒトとも喋ってさァ、好きな物の事とかもあァーんな、超語れてさ。 アンリ:めーっちゃめちゃ、大人じゃんね。 ヨウコ:アンリ、さん……。 アンリ:大っきなコドモには、とても真似出来ないね? ヨウコ:…………。 ヨウコ:……そう、なんでしょうか……。 ヨウコ:…………。 0:冷水を一口。 ヨウコ:……大きな声を出して、申し訳ありませんでした。 タニマチ:や、こちらこそ、差し出がましい感じに……。 アンリ:ふいーーーーっ。なんかもーさー、もっとカジュアルな感じで喋ろーぜーー。 タニマチ:話題が話題なだけに、むしろね。 アンリ:ローに入っちゃったら、闘えるモンも闘えないぜ。 ヨウコ:たたかう……。 ヨウコ:あの、わたしその、ああ言って頂きましたけど、まだ、とても大人だなんて……、 アンリ:そりゃー、まだ二十歳だし。若いよね。 アンリ:若い、大人。 アンリ:……例えばさ、 0:一口呷る。 アンリ:さっき自分で言ってたじゃん? アンリ:今はクソ親父や家の事、ぶっちゃけ異常だって思ってるんだよね、ヨウコりんは。 ヨウコ:あの、はい、普通に考えれば、と……、 アンリ:その視点、大事だよ。今はまだ、見通し切れなかったとしても。 ヨウコ:……、はい。 アンリ:大っきなコドモとかは洒落でさ。ホントはおっさんで、親なワケじゃんか。断片的にしか聞いてないけども……、 アンリ:実際、割りかし、ヤバい方の親だと思っといた方がイイよ。 ヨウコ:……、お手伝いの方にも、同じように言われました。自覚は、あった方が良い、と。 アンリ:そーね。 タニマチ:まー、この際、思想や信条にイイワルイ言っても仕方ナイし、だから全部駄目、って訳じゃないスけど……。 タニマチ:ヨウコさんがリアルにシンドくなった時に、ケアとかフォローが充分じゃない感じだったんなら、その時点で、家庭って単位で考えると、 ヨウコ:機能不全、なのは、確かだと思います……。 タニマチ:ん、まあ。はっきり言っちゃうとね。 タニマチ:ただなんか……、問題を軽く考えるワケじゃ決して無いんスけど、例えば、もう二十歳なら、 アンリ:なんぼでもやりようはあるんじゃないの? タニマチ:……とか、外野としては、思っちゃうスけどね。 ヨウコ:それ、は……、 アンリ:ま、私ら責任ナイからね。何とでも言えちゃうわな。 アンリ:だからあのさ、無責任ついでの、酔っぱらいのタワゴトだけどさー、 タニマチ:なんで、さらっと聞いてくださいねー。 アンリ:シンプルに、家出ちゃえばイーんでないの? ヨウコ:……えっ……、 アンリ:一人暮らしでもなんでもしてさ。 アンリ:大学、何回? ヨウコ:に、2回生、です。でも、そんな……、 アンリ:例えば、の話ね。心の問題はさ、どうせ長引くんだし後回しでイイとして。 アンリ:取り敢えず今、親と距離取れたら、何かは変わるかもよ。 ヨウコ:そんな、あまりにも、大それた、というか……、 アンリ:何で?? 二十歳で大学生だったら部屋も借りれるし、何か問題ある? ヨウコ:それは、そうなんですが……。 ヨウコ:父が、そんな申し出を……、許すとは、とても、 アンリ:そんな権利、パパには無いじゃん。 ヨウコ:しかし、学費を出してもらっている身で、 アンリ:それはそれだよ。「出してやんない」、ってんなら、働く事だって出来るよ。 アンリ:バイトじゃ無理な額なら、あるじゃんあの、借金するやつ。 タニマチ:奨学金、って途中からでもいけんのかな。なんか、支援機構の方は、イケるみたいな話を聞いたような……、 アンリ:アレはアレでヤバいとかも聞くけどさ。背に腹代えらんない時には、 ヨウコ:い、いえあのっ……、制度的な問題ではなくて……、 アンリ:んじゃあ、ナニ的な問題なん? ヨウコ:そ……、れ、は……、 アンリ:ホントは、無いんじゃないの。 アンリ:気持ち以外には。 ヨウコ:……っ、……、 タニマチ:ま、例えば卒業まで我慢するって手もありますし、 タニマチ:どころじゃないぐらい本気で無理なら、シェルターとか保護系の施設とかに連絡取って……、 ヨウコ:シェルター……? そ、そんな、流石に大袈裟な、 アンリ:大袈裟じゃーないって。別に、そのぐらいになったって全然オカシクない事なんだってば。 タニマチ:シェルターとかで保護してもらいながら、大学通って資格取って、みたいな人普通にいますしね。お母さんが退院した後が気になるなら、母娘(おやこ)で入れるとこも、探せばある筈だから……、 ヨウコ:…………、…………、 アンリ:まーー! まあさ、勿論、そうしなきゃ駄目とかじゃないんだよヨウコりん。 アンリ:ただ、思考を止めなきゃ、世の中には意外と、色んな手段や方法があるってこと。 アンリ:オトナの先輩のオネーサンからの、ビッグなお世話でしたー。 ヨウコ:…………、そんな、こと……、 ヨウコ:考えたことも、ありませんでした……。 タニマチ:考えたこともないようなこと聞けるのも、BARのいいトコ……、なのかな? アンリ:考えたこともないよーな、しょーもない話の時もあるけどねー。楽でイイけど。 ヨウコ:…………。なんだか、思考や感情が、まとまらない、ですが……、 タニマチ:いっぱい話したし、いっぱい聞いたから、ちょい情報酔いじゃないスかね。 アンリ:感情のシーソーぎっこぎこだったしね。 アンリ:はあい、お水飲もーねー。 ヨウコ:あ、ありがとうございます……。 タニマチ:何かもう一杯いきます? アンリ:んや、もうイイわー。あんま出来上がってから会うのもワルいしねーん。 アンリ:あ、ていうか……、通知、通知、 0:LINE受信を思い出し、スマートフォンを開く常連客。 ヨウコ:わたしも、今日は……。また失礼があってはいけませんので。 タニマチ:オッケーっス。んじゃ、また次回ありましたら、何か作らしてもらいますね。 ヨウコ:次回……、 ヨウコ:あ、はい、是非……。 アンリ:(画面を操作しながら) アンリ:そーそー、そーだよ。どーせ次が来るんだよ アンリ:店は定時で閉まるし、私はデートだし、生きてりゃ次の時間に進んでくんだよ。何があったって、その日の事はその日で終わって、続きは明日。 アンリ:ヨウコりんも来年には21になってるしー、10年したら三十路だよー。 ヨウコ:そう……、なんですよね……。想像も、つきませんが……。 アンリ:私らはまだ皆(みんな)さー、多分「これから」の方が長いんだからさ。「いままで」に足引っ張られてんのもアホらしいよね。どーせ、イー事もヤな事ももーっといっぱい、起こるんだから。 ヨウコ:…………。 アンリ:自分ってヤツと、ずーーっと付き合ってくのはさ。 アンリ:自分だよ。 ヨウコ:……、 ヨウコ:自分……。 0:パタン、とスマートフォンを畳む常連客。 タニマチ:LINE、彼氏さんスか? アンリ:んー、そー。ちょい早く終わったんだって。 アンリ:ロータリーんとこ来るってさ。前の道路(みち)ってまだ一通だっけ? タニマチ:っスねー、10時までは。 アンリ:おけー。 タニマチ:んじゃ、チェックっスね。えっと……、 0:伝票を計算し、合計金額を書き込み、渡す。 タニマチ:うい、3500円なります。 アンリ:あーいよー。(財布を探る) アンリ:……お、ちょーどあった。 アンリ:タニマチくんファミマのレシート要る? タニマチ:要らん要らん。 0:紙幣と硬貨が手渡され、清算。 タニマチ:あい、毎度ありがとうございますー。 アンリ:(立ち上がりつつ) アンリ:ちょい、出る前にもっかいトイレ貸してね。 アンリ:ウンクじゃなーいよーっとー。 0:足取り軽やかに、トイレへ去る常連客。残るのは、店員と一見客。 タニマチ:なんか、すみません。知った風なこといっぱい言っちゃって。 ヨウコ:いえ……。わたしが何かと、不見識、不勉強で……。 ヨウコ:今日は、とっても楽しかったです。 タニマチ:マグノリア、気に入りました? ヨウコ:はいっ、酸っぱくてまろやかなのが、不思議なお味で……。ごちそうさまでした。 タニマチ:どうも。 タニマチ:てか間違えた、ブロッサムの方スね。 タニマチ:『マグノリア』ってだけだと、別のカクテルになるんで。 ヨウコ:へえ……、似た系統の、ものなんですか? タニマチ:や、また全然違う系っスね。 ヨウコ:花や、植物に因んだカクテルは、たくさんあるんでしょうか、 タニマチ:いーっぱい、ありますよ。何々ブロッサム、って付くのだけでも無数にあるし、カクテル名って基本言ったもん勝ちなんで、世界中でどんどん増えてくんです。 タニマチ:一応クラシックな、レシピ本とかに乗ってるやつは大体決まってきますけど。 ヨウコ:なるほど……。あ、すみません、調べればわかる事を、質問してしまって……、 タニマチ:ちょっとでも語れたら嬉しがるバーテン多いんで。 俺なんかは、知識まだまだ全然スけど。好きってだけで。 ヨウコ:やはり、というか、お酒やカクテルがお好きな方が、こういったBAR等で、働かれるものなんですか? タニマチ:そこは割りかし、人によりけりで。昔ほど多くないけど憧れてなる人もいるし、色々転々として、しゃーなしでやってる人もいるし。 タニマチ:そーいう人のが接客上手かったりね。 ヨウコ:タニマチさんは? タニマチ:俺はまあ……、1番は酒自体ってより、瓶が並んでるのが好きなんスけどね。 タニマチ:こういう、リキュールとか。 0:何本かをカウンターに並べる。 ヨウコ:色が深くて、綺麗……。色んな形があるというのも、面白いですねぇ。 タニマチ:そーなんスよ。コレとかシェーカーの形してたり。 ヨウコ:可愛いですねこれ……、あ、こっちは、これ、スローベリーのお酒なんてあるんですか。 タニマチ:「スロージン」スね。リキュールの中ではポピュラーですけど、原料はマイナーな。 ヨウコ:ベリーと言いますけど、プラムの一種なんですよね。セイヨウスモモ。 タニマチ:そっそ。海外って結構、ネーミング適当な時ありますよね。あのー、「ブッシュアップル」っていう、 ヨウコ:オーストラリアの! 全然リンゴと関係無いんですよね、あれはアボリジニ特有の「ブッシュ・フルーツ」というものの一種と、何かで……、 0:常連客、トイレから戻りざまに、 アンリ:酒並べて女口説いてんのかァー、エロパーマおい! タニマチ:雑な悪口だけはやめてくださいよ! ヨウコ:うふふっ……。フルーツのお話を、して頂いていたんです。 アンリ:フルーツぅーー?? 柄にもなくよぉーー? タニマチ:何でスか、リキュール好きなの知ってるっしょ。 アンリ:興味ねー。 タニマチ:おーい。 アンリ:(バッグを肩にかけつつ) アンリ:んっしょ。んじゃ、私はお先にー。ヨウコりんはどうすんの? ヨウコ:わたしも、あまりその、お手伝いの方を、待たせてもいけないので……、もうそろそろ、 アンリ:次は一緒に来たらイイじゃんね。 ヨウコ:あ……。 ヨウコ:そう……、そう、ですよね。 ヨウコ:お誘い、してみます。 アンリ:シンドーくなったらさ、お酒飲みに来たらいいよ。もう大丈夫っしょ? ヨウコ:はい……。ありがとうございます。 アンリ:いっぱいカラんでごめんねー。どっかで会ったら、また遊ぼーね。 0:常連客はひらひらと手を振り、出入り口へと向かう。 ヨウコ:あっ、あのっ……、本当に、本当にありがとうございました。本当に、とっても……、 アンリ:私も楽しかったよー。元気でね、ヨウコりん。 アンリ:タニマチくんもまったねー。 タニマチ:あざっしたー。 アンリ:ばーいばぁーい。 0:ドアベルの響きを残し、常連客は退店。 ヨウコ:……、 ヨウコ:春の嵐のような、暖かだけれど、それでいてどこか、もう、二度と会えないような……。 タニマチ:不思議とそーゆー印象を与えがちな人っスね。いつも全力だからかな。 ヨウコ:また、お会い出来るでしょうか……、 タニマチ:いつもふらっと来るんでね、まあ、そのうち……、 0:唐突に勢いよく、出入り口のドアが開かれ。 アンリ:(開け放ちざま) アンリ:1個言い忘れた事あったわ! あのねーっ……、 ヨウコ:あっ……! アンリ:ポーチュラカって日本語ではさ、「スベリヒユ」ってゆーんだね! さっきトイレでスマホで見た! タニマチ:言いたかったんスか、それ……。 アンリ:言っとけばよかったー、って、後悔すんのヤじゃーん。 アンリ:ねっ! ヨウコりん知ってた!? ヨウコ:……うふふっ。 ヨウコ:勿論……、知っていましたよ! ヨウコ:……、変な名前、ですよねっ! 0:心からの笑顔が、咲く。 アンリ:おっしゃーー! すぐ人に言いたくる豆知識っ! アンリ:今度こそ、まったねー! スベリヒュー、ヒュー! 0:言いながら、再度退店。 タニマチ:自由か……。 ヨウコ:うふふっ……。 アンリ:(勢いよく戻りざま) アンリ:ごめんも1個っ!! タニマチ:ってオイっ! アンリ:これ忘れたらダメだわ。ヨウコりーん、 ヨウコ:は、はい……、 アンリ:成人、おめでとう。 ヨウコ:…………っ! アンリ:んじゃー、おやすみっ。良い夜をーっ。 0:退店。勢いよくドアベルが鳴り、次第、本当の静寂。 タニマチ:……居なくなったら一気に気温が下がったような……。 タニマチ:……あ、ヨウコさん、ティッシュ要ります? ヨウコ:(止めどなく涙を流しつつ) ヨウコ:ぐすっ……い、いいえ……っ、だい、じょうぶ、ですっ。ハンカチ、が、あります、のでっ……、 0:鞄を探るうち、スマートフォンへの不在着信に気づく。 ヨウコ:あ、着信……、気付きません、でした……。あの、ごめんなさい、ちょっと隅の方で……、 タニマチ:全然大丈夫っスよー、他お客さん居ないし。 ヨウコ:どうも……。 0:ハンカチで涙を拭いつつ、コール。通話。 ヨウコ:あ、もしもし……。すみません、着信に気付かなくて、 ヨウコ:えっ? あ、はい、大丈夫ですよ、何も、危険な事は……。はい……、うん、本当に、大丈夫。ええ、そう、1杯だけしか……。 ヨウコ:言って頂いた通り……、はい、入ってみたら、案外、平気でした。え? ヨウコ:……、うん。楽しかった、です。本当に。ええ。うん、そう、とっても良くして頂いて……。 ヨウコ:あの……、 ヨウコ:今度良かったら、一緒に来ませんか。 ヨウコ:……え? どうもしませんよ? ……ただ、そうですね、頂いたカクテルが美味しくて、少し開放的には……。ふふっ、はい、本当に、本当に平気ですから。心配おかけして、すみません……。 ヨウコ:あの、もう、あ、はい、近くなんですね、駅側の……、あ、あの、10時までは一方通行だそうなので、大丈夫ですわたし、ロータリーまで行きます。 ヨウコ:うん。いえ……、まだ街灯も明るいですから。それになんだか、歩きたい気分なんです。車の中で詳しく話しますが、わたし、近々、父に……、はい、申し出たい、事があって。作戦を立てたいんです。え? はい……。 ヨウコ:もちろん、そうです一緒に、あの、サクラコさんにも、お手伝い頂きたくて。 ヨウコ:でも本当に何も、はい、何もかも、これからなんです。 ヨウコ:その事を考えながら、歩きたいんですわたしっ。 ヨウコ:はい、はい……、このあとお会計をして、すぐに出ますので。ええ、はい、判っています、電話はすぐ、かけられるように。 ヨウコ:はい、はい、わかりました。すみません、お待たせします、はいっ。 0:通話を終え、席に戻る一見客。 タニマチ:そろそろ行かれます? ヨウコ:はい、では、お会計を……、 ヨウコ:っ、ああっ!! タニマチ:どうしましたっ? ヨウコ:わ、わたし、カクテルのお代金……、出して頂いたのに、お礼を、すっかり……っ。 タニマチ:ああー、そういや。 ヨウコ:戻って来られた時に、言えたのに……っ、 タニマチ:全然、ダイジョブっスよ。そんなん気にしない人だし、本人忘れてるかもしんないし。 ヨウコ:それでは、あの、お会計は……、 タニマチ:あのー、うち、初回はチャージ無料なんで、今日は、もうこれで。 ヨウコ:でも一銭も、 タニマチ:カクテル代は、もう頂いてますんで。 ヨウコ:…………っ。 ヨウコ:これは、きっとまたお会いして、お礼を、しなければ……。 ヨウコ:……なので、タニマチさん。 タニマチ:はい? ヨウコ:(笑顔が咲き) ヨウコ:わたし、必ず、また来ますね。 ヨウコ:次は、また……、違ったお花のカクテルを、頂きます。 ヨウコ:今度は自分で、頼んでみます。 タニマチ:あー……。 タニマチ:(破顔し)是非ゼヒ、お待ちしてます。 ヨウコ:……、それでは、もう、車が着く頃だと思うので、お暇させて頂きます。今日は、本当に、長々と……、 タニマチ:こちらこそ、1軒目に選んで頂いて、ありがとうございました。サボテン様々っスけど。 ヨウコ:オーナーの方の、ご趣味ですか? タニマチ:や、火・木に入ってるスタッフの……、 タニマチ:ま、なんか、変なヤツなんで、話が合うかはわかんないスけど。 タニマチ:良かったら他の曜日にでも、どこでも。取り敢えず、開いてはいるんで。 ヨウコ:あの……、本当にわたし、必ずまた、来ますから。 ヨウコ:どうなっていても、変わらなくっても。 タニマチ:イイんスよ。そのトキ喋りたい事、聞きますから。 ヨウコ:本当に……、 ヨウコ:ありがとうございました。 タニマチ:こちらこそ。 タニマチ:またのご来店まで、お元気で。 ヨウコ:……、はい! タニマチ:お気をつけて。おやすみなさい。 ヨウコ:さようなら……、 ヨウコ:また……、また! タニマチ:ありがとうございましたー。 0:名残惜し気に、しかし晴れがましく、一見客が退店。ドアベルは福音の如く響く。 0:店員、1人。 タニマチ:……、ふいーっ……。 0:空きグラスとコースターを引いた後、ダスターを取り、カウンターの水滴等を拭う。 タニマチ:(しげしげと髪を触りながら) タニマチ:……、パーマ……、不自然じゃないよな……? 0:暗転。 : 0:タニマチにスポット。 タニマチ:【本日のカクテルレシピ】 タニマチ:『マグノリア・ブロッサム』。 タニマチ:■ドライジン 25ml タニマチ:■レモン果汁(ジュース) 15ml タニマチ:■フレッシュクリーム 20ml タニマチ:■グレナデン・シロップ 2tsp(ティースプーン) タニマチ:以上を強めにシェーク。 タニマチ:ショートグラスにて、サーブ。 0:【終】 : 0:【空白】/【空白】/【空白】 : 0:【ボーナス・トラック】 0:数十分後、車内。運転手はヨウコ宅のハウスキーパー、サクラコ。 0:(サクラコ役はアンリ役の方に兼ねて頂くか、個別に演者をあてて頂いて構いません) サクラコ:なるほど……。 サクラコ:まあ……、ひとまず。 サクラコ:おつかれさまでした。 ヨウコ:何も、疲れるような事は……。 ヨウコ:サクラコさんこそ、本当に、 サクラコ:疲れた顔してるよ。 サクラコ:……失礼。してますよ。 ヨウコ:あ……、そう、でしょうか。 サクラコ:というか……、 サクラコ:疲れてる事に気が付いた、って顔。 ヨウコ:気が、ついた……? サクラコ:押し込めて、我慢して、苦しいのに気付かないフリをしてたのを。 サクラコ:他人(ひと)に、喋った事で。 ヨウコ:…………、 サクラコ:自分にも痛覚あるんだー、って、ようやく知った、みたいな。 ヨウコ:何だか、不思議な……、ふんわりした、心地です。 サクラコ:ソレがねー、お酒の、アルコールの力なんですよ。 サクラコ:愚痴でも何でも、吐き出したら、ちょっとスッキリ。 ヨウコ:……、これが……、 サクラコ:とか、とか。 サクラコ:知った風なクチきいて申し訳ありません。 ヨウコ:いえ、違うんです、 ヨウコ:むしろ、もっと……、 サクラコ:あ、次のコンビニ寄りますね。 サクラコ:私、煙草と……、ヨウコさんお水、か、ポカリ的なヤツ、買って飲んだ方が良い。 ヨウコ:わたし、お酒、飲んでるってわかりますか……? サクラコ:ほっぺ、赤いですね。 サクラコ:てか飲んだ後は、水分いっぱい摂った方が良いんですよ。 サクラコ:旦那様はもう、寝てらっしゃると思うんで……、大丈夫だと思いますけど。 ヨウコ:ありがとう、ございます……。 0:すれ違う車の走行音。夜の市街の光が流れるように過ぎる。 ヨウコ:あの……、サクラコさんは、 サクラコ:ん、はい? ヨウコ:お酒、飲まれるんですか? よく。 サクラコ:あー。んんーー……、 サクラコ:最近はあんまり、行ってないですかねー……。 サクラコ:よく飲んでた時期もありますけど、 ヨウコ:今度……、 ヨウコ:本当に、一緒に、 サクラコ:……、 ヨウコ:今日のお店に、限らず……、 ヨウコ:わたし、何も知らないので、サクラコさんの、良い所へ、なんて……、 ヨウコ:ご迷惑で、なければ、 サクラコ:……、ね。とかも、ね。機会あれば。 サクラコ:まずは、作戦練って、ね。 ヨウコ:わたし……、上手く、言えないんですけど。 ヨウコ:自分が……、生きて、動いてるんだ、って。 ヨウコ:初めて、感じているような、気がします。 サクラコ:それは……、 サクラコ:しんどい、感じですか。 ヨウコ:わかりません……、 ヨウコ:わからない事、だらけです。 サクラコ:……、じゃ……、ひとまず。 サクラコ:行って良かったんじゃー、ないかなァ。ね? ヨウコ:……、……、 サクラコ:あ……、あのローソン寄りまーす。 ヨウコ:は、い……、 0:微睡みのヨウコ。濃い緑の車体はコンビニの駐車場へと、滑るように停車。 サクラコ:(シートベルトを外しつつ) サクラコ:乗っててください。 サクラコ:飲み物、買って来ます。 ヨウコ:すみま、せん……。 ヨウコ:……あの、 サクラコ:何か他に欲しい物、 ヨウコ:本当に……、ありがとう、ございます。 ヨウコ:今日、勧めて、くださって……。 サクラコ:あー……、いや全然、 ヨウコ:感謝、します。 ヨウコ:心から……。 サクラコ:…………、いえ。 サクラコ:おせっかいなダケ、です。昔から変に。 サクラコ:ちょい、行って来ますね。 0:静かにドアを閉め、ボタン式キーにより施錠。ヨウコを残し、店内へと向かう。 サクラコ:…………。 サクラコ:(独り言)いやホロ酔いクソ可愛(かわい)スギか……。 サクラコ:……このままどっか連れてったらヤバいよな、マジで……。 0:【終】