台本概要
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タイトル | つばめちゃん |
---|---|
作者名 | 鹿野月彦 (@kanokeimegu) |
ジャンル | ホラー |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 商用、非商用問わず連絡不要 |
説明 |
「クッキー……一緒に食べようね」 古びたアパートで小学生の女の子が新しいお友達とお話する台本です。 ちょっぴりホラー。 ◎作品詳細 タイトル:「つばめちゃん」 キャスト:女性2名 所要時間:15~20分前後 二人の掛け合いを楽しめる声劇の台本です。 商用・非商用問わずご利用いただけます。 朗読の練習や配信等にぜひご活用くださいませ。 配信・投稿の際は著者名と著者X(旧Twitter @kanokeimegu)、もしくはこちらのページのURLの表記を頂ければ特に利用報告等は不要ですが、ご報告いただければ作者の励みになります。 266 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
すみれ |
女 ![]() |
33 | 語り手。小学生の女の子。お姉さんにちょっぴり憧れている。 今作はすみれの一人語りメインで進行します。 |
つばめ |
女 ![]() |
35 | すみれがお化けアパートで出会った女の子。 すみれよりちょっと年上に見える。 一緒にクッキーを食べたらお友達。永遠に、お友達。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:子供部屋。ベッドの中で少女(すみれ)がぬいぐるみに向かって話している。
すみれ語り:ねえ、うさぎさん。わたしね、新しいお友達が出来たの。でもね、その子がないしょだよって言ったから、まだ誰にもお話してないんだ。
すみれ語り:だけど、すっごくうれしくて、誰かにお話したくてしょうがなかったの。
すみれ語り:だからね、うさぎさんにはこっそり教えてあげる。うさぎさんはぬいぐるみだもん、誰にもばらしたりしないよね。もしお話したくなっちゃっても、誰にも言わないでね。約束だよ。
0:すみれの回想
すみれ語り: あのね、学校の帰りにね、雨が降ってたの。急に雨が降ってきたから、わたしすっごく困っちゃって。置き傘もなかったから、学校から走って帰ることにしたんだ。
すみれ語り:最初はランドセルを頭にのせて傘のかわりにしてたんだけど、でも、学校からおうちまでは結構遠いでしょ。だから、わたし途中で疲れちゃって。それで、おばけアパート雨宿りしようと思ったんだ。
すみれ語り:あ、えっとね、お化けアパートっていうのは、南公園の横にあるアパートのことだよ。だぁれも住んでないボロボロのアパートなんだけど、暗くて静かでおばけが出そうに見えるから皆おばけアパートって呼んでるの。
すみれ語り:(内緒話をするように)おばけなんて出るわけないのにね。
すみれ語り:わたしが近くまで行ったら、おばけアパートの入り口は開いてて、ひゅーひゅー風が吹いてた。誰も住んでないって聞いてたけど、
すみれ語り:もし誰かがいて怒られたらいやだから、「ごめんください、雨宿りさせてください」って言ってから入ったの。
すみれ語り:屋根の下にはたくさんドアが並んでたんだけど、一つ目のドアと三つ目のドアは壊れてて、外れかけてグラグラしてた。
すみれ語り:間から誰かが覗いてる気がしちゃってすっごく怖かったけど、わたし気にしないように頑張ったよ。もう二年生のおねえさんだもんね。泣かないよ。
すみれ語り:それでね、しばらくそこで立ってたら、どこかからピアノの音が聞こえたの。曲の名前は忘れちゃったんだけど、学校で聴いたことある曲だって思った。
すみれ語り:それで、ちょっとびっくりしたけど、わたしはすぐにその音がどこから聞こえてくるのか調べようとしたんだ。耳を澄ましながら歩いて行ったら、ピアノの音が一番奥のドアから聞こえてくるってわかった。
すみれ語り:すごくドキドキしたけど、わたしはドアをコンコンして、「しつれいします」って言った。学校でも職員室とかに入るときはこうやって挨拶するんだよ。
すみれ語り:ドアをゆっくり開けたら、中は普通のアパートとおんなじだった。大きいピアノがあるのは珍しいなって思ったんだけど、あとは普通のおうちと一緒の感じ。電気がついてなかったから、ちょっと暗かったけど。
すみれ語り:部屋の中では、女の子が座ってピアノを弾いてた。ずうっと聞こえてたピアノの音はこの女の子だったんだ。「あの」って声をかけたら、ピアノの音が止まった。そして女の子が振り返って「あなただれ」って言ったの。
すみれ:「わ、わたし、すみれ。雨が降ってきたから雨宿りしようと思ったの。勝手に入ってごめんなさい」
すみれ語り:ってわたしが言ったら、女の子はピアノのいすから降りてこっちに歩いてきたんだ。
すみれ語り:女の子は、白いブラウス以外は全身黒い服を着ていて、なんだかお金持ちのおうちのおじょうさまみたいに見えた。ピアノの発表会とかに着るお洋服みたいな感じかなぁ。
すみれ語り:あと、その子はわたしよりも背が高くてお姉さんに見えたから、3年生か4年生かなって思った。それからその子はわたしの目をじぃっと見てそれからこんな風に言った。
つばめ:「あなた、どうしてここに来られたの?」
すみれ語り:わたし、その子の言ってる意味がよく分かんなかったから、わかんないって言ったんだ。そしたらその子はそっか、って小さい声で言って、またわたしの目をじぃっと見たの。
すみれ語り:わたしもどうしていいのかわかんなくなっちゃって、その子の目を見返したんだ。紅茶みたいな色の目できれいだなって思ったけど、ちょっと怖かった。
つばめ:「……。」
すみれ語り:しばらくの間、わたしも女の子もなんにも言わなかった。でも、なんだか静かすぎてそわそわしてきちゃって。だから、ちょっと怖かったけど、女の子に話しかけてみたんだ。
すみれ:「な、なに?どうしたの?」
すみれ語り:そう話しかけたらね、女の子は、あ……って何かに気づいたみたいに言った。それから、やっと思い出したみたいな感じで喋りはじめたんだ。
つばめ:「……ううん、何でもないです。えーと、すみれちゃん、だっけ」
すみれ:「うん」
つばめ:「私、つばめ。つばめっていいます。よろしく」
すみれ語り:急にそう言われて、わたしびっくりしちゃった。そういえば、まだ名前も聞いてなかったんだって気付いて。
すみれ:「えと、つばめちゃん。よろしく」
つばめ:「うん、よろしく。さっきはごめんなさい、変な反応しちゃって。ここに人が来ることなんて全然ないから、ちょっと驚きました」
すみれ語り:つばめちゃんは、そう言ってにっこり笑った。その顔がとっても優しかったから、ちょっとでも怖いだなんて思っちゃってごめんなさいって思った。わたしがそうやって落ち込んでたら、つばめちゃん、今度はこう言ったの。
つばめ:「でも、せっかくお客さんが来たんだから、カンゲイします。麦茶とクッキーくらいしかないけど」
すみれ語り:つばめちゃんがまた笑ったから、わたしもつられて笑っちゃった。
0:すみれ、つばめに案内されてつばめの部屋に向かう。
すみれ語り:そのあと、わたしは奥の部屋に案内されたの。真ん中に小さい机があって、そこで待ってて、って言われた。
すみれ語り:お部屋の中はちょっとだけ薄暗くて、ひんやり寒かった。あ、でも、ふわふわの白いカーペットがあったから、そこに座ったら、そんなに寒くなくなったよ。
すみれ語り:つばめちゃんのお部屋はあんまりものが無くって、ちょっとさみしい感じがした。なんか、色がないって感じ。白いものと黒いものしかないの。
すみれ語り:わたしのお部屋とか、友達のおうちはもっといろんなものがあってカラフルだから、ちょっとびっくりした。
すみれ語り:カーペットと机とベッド。あとは小さい本棚と金魚鉢。それだけ。金魚鉢の中には小さくて赤い金魚が一匹だけ泳いでた。
すみれ語り:しばらくして、つばめちゃんがお部屋に戻ってきた。つばめちゃんは机にクッキーの缶とお茶を置いて、わたしの隣に座ったんだ。
すみれ語り:クッキーの缶はきれいな青色で、そこに英語で何か書いてあった。すごーくかっこよかったんだよ。なんて書いてあったのかはわかんないけど。
つばめ:「ここに他の子が来るなんて初めてです」
すみれ語り:つばめちゃんはそんな風に言ってた。でも、そんなことあるのかな。お友達とか、誰も来たことないのかなって。わたし、ちょっと気になっちゃった。
すみれ:「えっと、誰も来たことないの?」
つばめ:「そう、小さい子は、ここにはあんまり来ないです」
すみれ:「どうして?」
つばめ:「ここはおばけアパートだから。子供は、ほとんど来ません」
すみれ:「そうなんだ……」
すみれ語り:わたし、わかっちゃった。おばけアパートだからみんな怖くって入ってこないんだ。わ、わたしだって、最初は、ちょっとだけ怖かったけど。でも、入ってみたら全然怖くなかった。それに、怖いより、素敵って思ったの。
すみれ語り:外から見たらボロボロだったけど、中はすっごく綺麗だったし。つばめちゃんのお部屋は絵本みたいにかわいいお部屋だった。
すみれ語り:白と黒なのがちょっぴり気になるけど……でも、そういうのって、『おとなっぽい』ってやつだよね。
すみれ:「なんか、もったいないね」
つばめ:「もったいない……?」
すみれ:「うん。こんなに素敵なところなのに。一人くらいお友達が来てくれてもいいのにね」
すみれ語り:そう言ったら、つばめちゃんはちょっとだけ驚いた顔をして、それからちょっとだけ笑ってくれた。
つばめ:「来てくれた」
すみれ:「え?」
つばめ:「あなたが……ううん。すみれちゃんが、来てくれた。お友達?が、来てくれたのは、すみれちゃんが初めて」
すみれ:「そ、そうなんだ!」
つばめ:「うん」
すみれ語り:そう言ってつばめちゃんは、今度はにっこりと笑ってくれた。つばめちゃんのこと、最初は綺麗な子だなって思ったけど、笑った顔はかわいい子だなって思った。
すみれ:「わたしが、初めてなの?」
つばめ:「そう、初めて。嬉しいです」
すみれ:「そっか。そうだよね。お友達が来るのって嬉しいよね」
つばめ:「……初めてがすみれちゃんで嬉しいです」
すみれ:「そっか、えへへ。わたしも嬉しいよ。新しいお友達ができた」
つばめ:「そう、ですか」
すみれ語り:つばめちゃんはそのまま、開けようとしたクッキーの缶を閉めちゃった。
すみれ:「あれ、どこか行くの?」
つばめ:「クッキーはあとにしましょう。宝物、見せてあげます」
すみれ語り:そう言って、つばめちゃんはすぐ近くにあった棚から小さな箱を持ってきてくれたの。中に入ってたの、何だったと思う?
すみれ語り:あのね、石なの。小さい石がたくさん。でもね、公園とかにあるゴツゴツしたのじゃなくってね。白くって、まあるくって、つやつやしててすっごく綺麗だったの。
すみれ:「これ、なぁに?」
つばめ:「石ですよ。私が集めました。綺麗でしょう?」
すみれ:「うん、すっごく綺麗!石、好きなの?」
つばめ:「石が好き、ではないです。でも、これは綺麗だと思います。白くて、丸くて、見ていると落ち着きます」
すみれ:「そっかぁ。つばめちゃんって、おとな、なんだね」
つばめ:「……いいえ。大人ではありませんよ。ずっと、子供です」
すみれ:「そうかなぁ。すっごくお姉さんに見えるけど」
つばめ:「そう見えますか?」
すみれ:「うん。落ち着いてる、っていうのかなー。クラスの子たちはぜんぜんそんな感じじゃないよ。あと、ケイゴでお話するの上手ね!お友達とお話するときもそうなんだね」
つばめ:「そう、ですね。いつもそうです」
すみれ:「わたし、先生とお話するときくらいしかできないよ。まだうまくできなくて間違っちゃうし」
つばめ:「変、ですか?」
すみれ:「ううん。変じゃないよ。すごいなって思ったの」
つばめ:「そう。なら、よかったです」
すみれ語り:そうやって、つばめちゃんといろいろお話したの。好きな事とか、好きな食べ物とか!つばめちゃんはね、ピアノと、クッキーが好きなんだって!わたしはお絵かきとグミが好きって言った!
すみれ語り:それでね、そうやってお話していたら、遠くで音が聞こえたの。帰りましょうのチャイムの時間になっちゃってたんだ。だからね、わたし、つばめちゃんに『かえるね』って言ったの。
すみれ語り:……そしたらつばめちゃん、ちょっと寂しそうな顔しちゃったんだ。
すみれ:「ごめんね、そろそろおうちに帰らないといけないんだ」
つばめ:「どうして?」
すみれ:「どうしてって、もう暗くなっちゃうから」
つばめ:「暗くなったら、帰らないといけないの?」
すみれ:「うん」
つばめ:「どうして?」
すみれ:「だって、お母さんもお父さんも心配しちゃうでしょ?」
つばめ:「……そっか」
すみれ:つばめちゃんはそう言うと、さっきの丸い石を私にくれた。
つばめ:「あげます」
すみれ:「いいの?」
つばめ:「うん。お友達のしるしです」
すみれ:「そっか、えへへ、ありがと!」
すみれ語り:小さくって丸い石。手に持ってみたら、見せてもらった時よりもずっとつやつやしててすっごく綺麗だった。
つばめ:「……ほら、そろそろ帰るのでしょう」
すみれ:「そうだった。つばめちゃん、おみやげありがとう!」
つばめ:「いえ、私があげたかったので」
すみれ:「そっか、大事にするね」
つばめ:「……クッキー、食べなくてよかったですね」
すみれ:「え? なあに?」
つばめ:「いいえ、なんでもありません。ほら、このまま出れば帰れますから」
すみれ:「うん? わかった、ありがとう」
0:帰り支度を始める。
すみれ語り:ランドセルをしょって、石をポッケに入れて、つばめちゃんにまたね、って言った。つばめちゃんはうんって言って手を振ってくれた。おうちの外には出られないんだって。だから、つばめちゃんのお部屋でバイバイしたの。
すみれ語り:ドアを出て、暗いとこを歩いてく。来た時よりももっと暗くなってて、すっごく怖かった。雨宿りしてたのに、もっと雨も強くなってた。雷が鳴って、びっくりしちゃった。
すみれ語り:怖くて、おなか隠さなきゃって思って。しゃがんで動けなくなっちゃった。早く終わんないかなって思って、目をぎゅってつぶって待ってたの。
すみれ語り:そしたら、そしたらね、気が付いたらおうちの前にいたの。おうちの前の小さい階段あるでしょ?そこに座ってたの。雨が降っててびしょびしょで、ちょっと寒かった。
すみれ語り:でもね、おうちに帰ってきたんだって思ってすっごくほっとしたんだ。それから、すぐお母さんが帰ってきたの。お母さん、なんだかすごく怒ってた。わたしが帰ってこないから、ずっと探してたんだって。
すみれ語り:ずっとって、どれくらい?って聞いたらね、びっくりしちゃった。夜の八時だって。いつもならごはんもお風呂も終わってる時間だよ。何でだろうね、ちょっと前までチャイムの時間だったのにね。なんでだろう。
すみれ語り:でも、おかあさんにごめんなさいしたら、すぐぎゅってしてくれたんだ。おかあさん、本当は怒ってなかったんだね。
すみれ語り:それから、その日はおかあさんといっしょに寝たの。おかあさんにもつばめちゃんのお話したんだけどね、おかあさん、あんまりよくわかってないみたいだった。
すみれ語り:あそこには誰も住んでないのよ、って言ってたけどそんなわけないよね。だって、ちゃんとつばめちゃんのお部屋もあったし、ほら、見て。机の上のとこに置いてあるでしょ、つばめちゃんの石。
すみれ語り:ちゃんといたのに、なんでいないっていうんだろ。不思議だね……。んー、そろそろ眠くなっちゃった。また、あえるかな、つばめちゃん……。
0:つばめの声がどこかから聞こえる。
つばめ:「また会いましょう。また、またいつか。あなたがほんとうに、また来てくれたら。その時は、クッキー……一緒に食べようね」
0:子供部屋。ベッドの中で少女(すみれ)がぬいぐるみに向かって話している。
すみれ語り:ねえ、うさぎさん。わたしね、新しいお友達が出来たの。でもね、その子がないしょだよって言ったから、まだ誰にもお話してないんだ。
すみれ語り:だけど、すっごくうれしくて、誰かにお話したくてしょうがなかったの。
すみれ語り:だからね、うさぎさんにはこっそり教えてあげる。うさぎさんはぬいぐるみだもん、誰にもばらしたりしないよね。もしお話したくなっちゃっても、誰にも言わないでね。約束だよ。
0:すみれの回想
すみれ語り: あのね、学校の帰りにね、雨が降ってたの。急に雨が降ってきたから、わたしすっごく困っちゃって。置き傘もなかったから、学校から走って帰ることにしたんだ。
すみれ語り:最初はランドセルを頭にのせて傘のかわりにしてたんだけど、でも、学校からおうちまでは結構遠いでしょ。だから、わたし途中で疲れちゃって。それで、おばけアパート雨宿りしようと思ったんだ。
すみれ語り:あ、えっとね、お化けアパートっていうのは、南公園の横にあるアパートのことだよ。だぁれも住んでないボロボロのアパートなんだけど、暗くて静かでおばけが出そうに見えるから皆おばけアパートって呼んでるの。
すみれ語り:(内緒話をするように)おばけなんて出るわけないのにね。
すみれ語り:わたしが近くまで行ったら、おばけアパートの入り口は開いてて、ひゅーひゅー風が吹いてた。誰も住んでないって聞いてたけど、
すみれ語り:もし誰かがいて怒られたらいやだから、「ごめんください、雨宿りさせてください」って言ってから入ったの。
すみれ語り:屋根の下にはたくさんドアが並んでたんだけど、一つ目のドアと三つ目のドアは壊れてて、外れかけてグラグラしてた。
すみれ語り:間から誰かが覗いてる気がしちゃってすっごく怖かったけど、わたし気にしないように頑張ったよ。もう二年生のおねえさんだもんね。泣かないよ。
すみれ語り:それでね、しばらくそこで立ってたら、どこかからピアノの音が聞こえたの。曲の名前は忘れちゃったんだけど、学校で聴いたことある曲だって思った。
すみれ語り:それで、ちょっとびっくりしたけど、わたしはすぐにその音がどこから聞こえてくるのか調べようとしたんだ。耳を澄ましながら歩いて行ったら、ピアノの音が一番奥のドアから聞こえてくるってわかった。
すみれ語り:すごくドキドキしたけど、わたしはドアをコンコンして、「しつれいします」って言った。学校でも職員室とかに入るときはこうやって挨拶するんだよ。
すみれ語り:ドアをゆっくり開けたら、中は普通のアパートとおんなじだった。大きいピアノがあるのは珍しいなって思ったんだけど、あとは普通のおうちと一緒の感じ。電気がついてなかったから、ちょっと暗かったけど。
すみれ語り:部屋の中では、女の子が座ってピアノを弾いてた。ずうっと聞こえてたピアノの音はこの女の子だったんだ。「あの」って声をかけたら、ピアノの音が止まった。そして女の子が振り返って「あなただれ」って言ったの。
すみれ:「わ、わたし、すみれ。雨が降ってきたから雨宿りしようと思ったの。勝手に入ってごめんなさい」
すみれ語り:ってわたしが言ったら、女の子はピアノのいすから降りてこっちに歩いてきたんだ。
すみれ語り:女の子は、白いブラウス以外は全身黒い服を着ていて、なんだかお金持ちのおうちのおじょうさまみたいに見えた。ピアノの発表会とかに着るお洋服みたいな感じかなぁ。
すみれ語り:あと、その子はわたしよりも背が高くてお姉さんに見えたから、3年生か4年生かなって思った。それからその子はわたしの目をじぃっと見てそれからこんな風に言った。
つばめ:「あなた、どうしてここに来られたの?」
すみれ語り:わたし、その子の言ってる意味がよく分かんなかったから、わかんないって言ったんだ。そしたらその子はそっか、って小さい声で言って、またわたしの目をじぃっと見たの。
すみれ語り:わたしもどうしていいのかわかんなくなっちゃって、その子の目を見返したんだ。紅茶みたいな色の目できれいだなって思ったけど、ちょっと怖かった。
つばめ:「……。」
すみれ語り:しばらくの間、わたしも女の子もなんにも言わなかった。でも、なんだか静かすぎてそわそわしてきちゃって。だから、ちょっと怖かったけど、女の子に話しかけてみたんだ。
すみれ:「な、なに?どうしたの?」
すみれ語り:そう話しかけたらね、女の子は、あ……って何かに気づいたみたいに言った。それから、やっと思い出したみたいな感じで喋りはじめたんだ。
つばめ:「……ううん、何でもないです。えーと、すみれちゃん、だっけ」
すみれ:「うん」
つばめ:「私、つばめ。つばめっていいます。よろしく」
すみれ語り:急にそう言われて、わたしびっくりしちゃった。そういえば、まだ名前も聞いてなかったんだって気付いて。
すみれ:「えと、つばめちゃん。よろしく」
つばめ:「うん、よろしく。さっきはごめんなさい、変な反応しちゃって。ここに人が来ることなんて全然ないから、ちょっと驚きました」
すみれ語り:つばめちゃんは、そう言ってにっこり笑った。その顔がとっても優しかったから、ちょっとでも怖いだなんて思っちゃってごめんなさいって思った。わたしがそうやって落ち込んでたら、つばめちゃん、今度はこう言ったの。
つばめ:「でも、せっかくお客さんが来たんだから、カンゲイします。麦茶とクッキーくらいしかないけど」
すみれ語り:つばめちゃんがまた笑ったから、わたしもつられて笑っちゃった。
0:すみれ、つばめに案内されてつばめの部屋に向かう。
すみれ語り:そのあと、わたしは奥の部屋に案内されたの。真ん中に小さい机があって、そこで待ってて、って言われた。
すみれ語り:お部屋の中はちょっとだけ薄暗くて、ひんやり寒かった。あ、でも、ふわふわの白いカーペットがあったから、そこに座ったら、そんなに寒くなくなったよ。
すみれ語り:つばめちゃんのお部屋はあんまりものが無くって、ちょっとさみしい感じがした。なんか、色がないって感じ。白いものと黒いものしかないの。
すみれ語り:わたしのお部屋とか、友達のおうちはもっといろんなものがあってカラフルだから、ちょっとびっくりした。
すみれ語り:カーペットと机とベッド。あとは小さい本棚と金魚鉢。それだけ。金魚鉢の中には小さくて赤い金魚が一匹だけ泳いでた。
すみれ語り:しばらくして、つばめちゃんがお部屋に戻ってきた。つばめちゃんは机にクッキーの缶とお茶を置いて、わたしの隣に座ったんだ。
すみれ語り:クッキーの缶はきれいな青色で、そこに英語で何か書いてあった。すごーくかっこよかったんだよ。なんて書いてあったのかはわかんないけど。
つばめ:「ここに他の子が来るなんて初めてです」
すみれ語り:つばめちゃんはそんな風に言ってた。でも、そんなことあるのかな。お友達とか、誰も来たことないのかなって。わたし、ちょっと気になっちゃった。
すみれ:「えっと、誰も来たことないの?」
つばめ:「そう、小さい子は、ここにはあんまり来ないです」
すみれ:「どうして?」
つばめ:「ここはおばけアパートだから。子供は、ほとんど来ません」
すみれ:「そうなんだ……」
すみれ語り:わたし、わかっちゃった。おばけアパートだからみんな怖くって入ってこないんだ。わ、わたしだって、最初は、ちょっとだけ怖かったけど。でも、入ってみたら全然怖くなかった。それに、怖いより、素敵って思ったの。
すみれ語り:外から見たらボロボロだったけど、中はすっごく綺麗だったし。つばめちゃんのお部屋は絵本みたいにかわいいお部屋だった。
すみれ語り:白と黒なのがちょっぴり気になるけど……でも、そういうのって、『おとなっぽい』ってやつだよね。
すみれ:「なんか、もったいないね」
つばめ:「もったいない……?」
すみれ:「うん。こんなに素敵なところなのに。一人くらいお友達が来てくれてもいいのにね」
すみれ語り:そう言ったら、つばめちゃんはちょっとだけ驚いた顔をして、それからちょっとだけ笑ってくれた。
つばめ:「来てくれた」
すみれ:「え?」
つばめ:「あなたが……ううん。すみれちゃんが、来てくれた。お友達?が、来てくれたのは、すみれちゃんが初めて」
すみれ:「そ、そうなんだ!」
つばめ:「うん」
すみれ語り:そう言ってつばめちゃんは、今度はにっこりと笑ってくれた。つばめちゃんのこと、最初は綺麗な子だなって思ったけど、笑った顔はかわいい子だなって思った。
すみれ:「わたしが、初めてなの?」
つばめ:「そう、初めて。嬉しいです」
すみれ:「そっか。そうだよね。お友達が来るのって嬉しいよね」
つばめ:「……初めてがすみれちゃんで嬉しいです」
すみれ:「そっか、えへへ。わたしも嬉しいよ。新しいお友達ができた」
つばめ:「そう、ですか」
すみれ語り:つばめちゃんはそのまま、開けようとしたクッキーの缶を閉めちゃった。
すみれ:「あれ、どこか行くの?」
つばめ:「クッキーはあとにしましょう。宝物、見せてあげます」
すみれ語り:そう言って、つばめちゃんはすぐ近くにあった棚から小さな箱を持ってきてくれたの。中に入ってたの、何だったと思う?
すみれ語り:あのね、石なの。小さい石がたくさん。でもね、公園とかにあるゴツゴツしたのじゃなくってね。白くって、まあるくって、つやつやしててすっごく綺麗だったの。
すみれ:「これ、なぁに?」
つばめ:「石ですよ。私が集めました。綺麗でしょう?」
すみれ:「うん、すっごく綺麗!石、好きなの?」
つばめ:「石が好き、ではないです。でも、これは綺麗だと思います。白くて、丸くて、見ていると落ち着きます」
すみれ:「そっかぁ。つばめちゃんって、おとな、なんだね」
つばめ:「……いいえ。大人ではありませんよ。ずっと、子供です」
すみれ:「そうかなぁ。すっごくお姉さんに見えるけど」
つばめ:「そう見えますか?」
すみれ:「うん。落ち着いてる、っていうのかなー。クラスの子たちはぜんぜんそんな感じじゃないよ。あと、ケイゴでお話するの上手ね!お友達とお話するときもそうなんだね」
つばめ:「そう、ですね。いつもそうです」
すみれ:「わたし、先生とお話するときくらいしかできないよ。まだうまくできなくて間違っちゃうし」
つばめ:「変、ですか?」
すみれ:「ううん。変じゃないよ。すごいなって思ったの」
つばめ:「そう。なら、よかったです」
すみれ語り:そうやって、つばめちゃんといろいろお話したの。好きな事とか、好きな食べ物とか!つばめちゃんはね、ピアノと、クッキーが好きなんだって!わたしはお絵かきとグミが好きって言った!
すみれ語り:それでね、そうやってお話していたら、遠くで音が聞こえたの。帰りましょうのチャイムの時間になっちゃってたんだ。だからね、わたし、つばめちゃんに『かえるね』って言ったの。
すみれ語り:……そしたらつばめちゃん、ちょっと寂しそうな顔しちゃったんだ。
すみれ:「ごめんね、そろそろおうちに帰らないといけないんだ」
つばめ:「どうして?」
すみれ:「どうしてって、もう暗くなっちゃうから」
つばめ:「暗くなったら、帰らないといけないの?」
すみれ:「うん」
つばめ:「どうして?」
すみれ:「だって、お母さんもお父さんも心配しちゃうでしょ?」
つばめ:「……そっか」
すみれ:つばめちゃんはそう言うと、さっきの丸い石を私にくれた。
つばめ:「あげます」
すみれ:「いいの?」
つばめ:「うん。お友達のしるしです」
すみれ:「そっか、えへへ、ありがと!」
すみれ語り:小さくって丸い石。手に持ってみたら、見せてもらった時よりもずっとつやつやしててすっごく綺麗だった。
つばめ:「……ほら、そろそろ帰るのでしょう」
すみれ:「そうだった。つばめちゃん、おみやげありがとう!」
つばめ:「いえ、私があげたかったので」
すみれ:「そっか、大事にするね」
つばめ:「……クッキー、食べなくてよかったですね」
すみれ:「え? なあに?」
つばめ:「いいえ、なんでもありません。ほら、このまま出れば帰れますから」
すみれ:「うん? わかった、ありがとう」
0:帰り支度を始める。
すみれ語り:ランドセルをしょって、石をポッケに入れて、つばめちゃんにまたね、って言った。つばめちゃんはうんって言って手を振ってくれた。おうちの外には出られないんだって。だから、つばめちゃんのお部屋でバイバイしたの。
すみれ語り:ドアを出て、暗いとこを歩いてく。来た時よりももっと暗くなってて、すっごく怖かった。雨宿りしてたのに、もっと雨も強くなってた。雷が鳴って、びっくりしちゃった。
すみれ語り:怖くて、おなか隠さなきゃって思って。しゃがんで動けなくなっちゃった。早く終わんないかなって思って、目をぎゅってつぶって待ってたの。
すみれ語り:そしたら、そしたらね、気が付いたらおうちの前にいたの。おうちの前の小さい階段あるでしょ?そこに座ってたの。雨が降っててびしょびしょで、ちょっと寒かった。
すみれ語り:でもね、おうちに帰ってきたんだって思ってすっごくほっとしたんだ。それから、すぐお母さんが帰ってきたの。お母さん、なんだかすごく怒ってた。わたしが帰ってこないから、ずっと探してたんだって。
すみれ語り:ずっとって、どれくらい?って聞いたらね、びっくりしちゃった。夜の八時だって。いつもならごはんもお風呂も終わってる時間だよ。何でだろうね、ちょっと前までチャイムの時間だったのにね。なんでだろう。
すみれ語り:でも、おかあさんにごめんなさいしたら、すぐぎゅってしてくれたんだ。おかあさん、本当は怒ってなかったんだね。
すみれ語り:それから、その日はおかあさんといっしょに寝たの。おかあさんにもつばめちゃんのお話したんだけどね、おかあさん、あんまりよくわかってないみたいだった。
すみれ語り:あそこには誰も住んでないのよ、って言ってたけどそんなわけないよね。だって、ちゃんとつばめちゃんのお部屋もあったし、ほら、見て。机の上のとこに置いてあるでしょ、つばめちゃんの石。
すみれ語り:ちゃんといたのに、なんでいないっていうんだろ。不思議だね……。んー、そろそろ眠くなっちゃった。また、あえるかな、つばめちゃん……。
0:つばめの声がどこかから聞こえる。
つばめ:「また会いましょう。また、またいつか。あなたがほんとうに、また来てくれたら。その時は、クッキー……一緒に食べようね」