台本概要

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タイトル 無機質な世界より、アイをこめて。 ②Time(女性版)
作者名 常波 静  (@nami_voiconne)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(不問1) ※兼役あり
時間 10 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ある日、世界は私だけを残して、止まってしまった。
これは決して比喩ではない。文字通り、止まったのだ。
当たり前のように、目を覚ますと止まっていたのだ。
これは、そんな世界で生きた、一人の愚かな人間の手記である。

『時の流れというのは残酷だ。出会ったと思ったら、すぐに別れを運んでくる。』

※このシナリオはシリーズ台本です。単体でもお楽しみいただけますが、シリーズを通してご覧いただいた方が、より楽しめるかと思います。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
24 この手記の書き手。時間が泊まった世界に生きている。 ※性別変更不可
患者 18 患者。人に甘えるのが上手だがその分人に与えることもする。※性別変更不可
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0: 0:『無機質な世界より、アイをこめて。』 0: 0:《2》Time 0: 0: 私:世界が私を残して止まってしまってから、4日が経った。 私:時間が止まるというのは、不思議な感覚だ。 私:人もその他の生物も動かない。全てが無機質に成り果ててしまった。 私:常に淀んだ空が広がっており、夜は訪れない。 私:こうして手記でも付けていないと、何日経ったのかさえ分からなくなりそうだ。 0: 私:思えば、私たちは時間という概念に囚われているのかもしれない。 私:私たちは常に時間を気にして生きていた。そして、少しでも時間を節約し、効率よくすることが求められた。 私:そうして、無駄だ、無意味だと思われる時間は忌み嫌われた。 私:いつしか私たちは、時間を楽しむのではなく、時間に追われるようになってしまった。 私:友人とバカな話をする時間も、恋人に愚痴を言う時間も、独りで何も考えずにぼーっとしている時間も。形には残らないが、どれも必要なものだ。かけがえのないものだ。無駄な時間などないはずなのだ。 私:それに、そんな無駄な時間が欲しくても手に入れられない人だって、きっとたくさんいるはずなのだ。無駄な時間は、当たり前に手に入るものではない。 私:私が生きているこの時間は、果たして無駄な時間なのだろうか…?それとも…… 0: 0: 私:じっと家の中にこもってばかりだと、息が詰まる。 私:そう思って外出しようと玄関に行くと、小さな鍵があることに気が付いた。 私:もしやと思い、アパートの下にある駐輪場へ行く。いくつか試すと、錆びた自転車の鍵が開いた。この世界で徒歩以外の移動手段が出来たのは大きい。さっそく使うとしよう。 私:行き先を思案した結果、病院を探すことにした。体調不良に陥って、行く必要が出てくるだろうと考えてのことだ。 私:スーパーを探し回った経験から、場所を探すためにスマホを操作する。しかし、通信は出来ない状態で使い物にならない。 私:書店でこのあたりが掲載された地図を入手する。紙の地図を触ったのはいつ以来だろうか。少々苦戦するも、病院を見つける。自転車で二十分といったところか。 私:自転車を漕ぐ。風を感じる。爽やかで気持ちがいい。こちらが動いているからか、止まっている人々にも動きがあるように見える。もちろんそう見えるだけであって、実際に動いている人はいないのだが。 0: 私:病院に着く。運動らしいことをしたのは久しぶりだからか、疲れが出る。喉も乾いた。 私:自動ドアは人が通り開いた状態で止まっていたため、そのまま中へ入る。規模はさほど大きくないが、このあたりには医療施設があまりないからか、患者はそれなりにいるようだった。 私:診察室なども確認し、簡単な消毒薬や治療器具を確認する。病院の雰囲気は苦手だ。生と死が混じり合う世界。何人(なんぴと)も平等な世界。弱者が、いることを許される世界。非日常的だ。 私:居心地が悪くなり、早々に外へ出る。ふと、視界の隅(すみ)でなにかが動く。すぐに視線を移したが、それは建物の影に隠れてしまったのか、もう見えなかった。きっと見間違いだろうと思いながらも、その動くなにかが消えた方へと向かう。 私:向かった先にあったのは、病院の小さな庭。そこで車椅子に座り、黄昏(たそが)れている一人の青年。四肢(しし)は細く、頬は痩せこけていたが、それでもなおその顔立ちは整っていた。 私:思わず黙って見つめていると、不意に、その青年がこちらを見る。これは…あの時と同じだ。ということは、彼も… 患者:――そろそろ、来てくれるんじゃないかと思っていたんだ。 私:青年は嬉しそうな声色でそう言った。 私:――君は、勘が鋭いんだね。 私:冗談めかしてそう言ってみる。 患者:――ああ、そうなんだ。鋭すぎて、困っているよ。 私:ははは、と彼は苦笑いをする。決して辛い顔は見せない。この人はとても強い。 私:――こんなとことろで、何をしてるんだい? 私:その言葉に、青年は「よくぞ聞いてくれました!」とでもいうようにニヤッと笑った。 患者:――実はね、見たいものがあるんだ。 私:――見たいものって? 私:完全に彼のペースに乗せられていると感じながらも、私は先を促した。 患者:――きれいな夕日さ! 私:なんだそんなものか。そう思ったが、口に出さずに飲み込んだ。彼の真剣な眼差しがこちらを見つめてきたからだ。それに見たところ、この青年は患者のようだ。自由に動くことは難しいのだろう。 患者:――手伝って…くれないかな? 私:黙り込んでいたからか、彼は少しだけ遠慮がちに聞いてくる。 私:――…分かったよ。じゃあ、行こうか。 私:彼女に巻き込まれることを、私は自然に受け入れていた。そして、このように巻き込まれることは初めてではない、そう思った。 私:私は車椅子を押してエレベーターへと向かう。だが、エレベーターの前まで来て、思い出した。この世界は、時間が止まっているのだ。それはエレベーターも例外ではない。ボタンを押してみるが、もちろんエレベーターは動く気配がない。 私:――ダメだ。動かないよ。 私:私は青年に向けて首を横に振った。 患者:――そっか…。…ごめんね、ありがとう。 私:彼の落胆ぶりに私も気分が沈んでしまう。なんとかして彼の力になれないものか。そう思って見つめた先には、階段があった。 私:――よし、階段で屋上まで登ろう。 私:私の言葉に、青年は驚いたようだった。 患者:――え、でも、僕は車椅子だよ…?どうやって屋上まで登るの? 私:――大丈夫。松葉杖を持ってくるし、それに…あたしが肩を貸すから。 私:体力に自信があるわけではないが、やるしかない。なんとかしてあげたい。その気持ちだけが私にそう言わせた。 患者:――え、でも流石に女性にそんなことさせるわけには… 私:――いいから!あたしがいいって言ってるんだよ! 患者:――ありがとう。じゃあ、お願いしようかな。 私:かなり迷った様子だったが。そう言って彼は嬉しそうに、少し恥ずかしそうに言った。 私:青年に肩を貸す。改めて、彼の身体の細さを実感する。ただ、私にとってはそれでも十分な重さがあった。 私:――そういえば、この病院は何階建てだったっけ? 私:不安になって、何気なく尋ねる。 患者:――たしか、六階建てだったと思うよ。 私:私はその刹那(せつな)、安請(やすう)け合いしてしまったことを後悔した。 0: 私:――はぁ……はぁっ…!……つ、着い…った! 私:私は息も絶え絶えに屋上の扉を開けた。 患者:――うわー!広いなあ。風が気持ちいい! 私:子どものようにはしゃぐ彼の声を聞きながら、私は周囲を見渡す。幸運にもベンチが備え付けられていたので、そこに彼を降ろす。 私:――それにしても、残念だね。曇(くも)っていて夕日は見えそうにない。 私:私も青年の隣に腰を下ろし、空を見上げる。ひょっとしたら、奇跡的に夕日が見えたりしないか、とわずかに期待していた。が、案の定、空はどんよりと曇っていて、夕日など見えそうになかった。 患者:――ううん、見えるよ。 私:青年は自信ありげに、当たり前のように言った。思わず耳を疑う。 私:――だって、どんより曇っているだけで、夕日なんてどこにも… 患者:――僕の目を、覗き込んでみて。 私:私の言葉を遮(さえぎ)って、彼ははっきりとそう言った。意味が分からず、私は困惑する。 私:――え?どうして? 患者:――いいから! 私:彼はそれなりに頑固らしい。私は立ち上がると、青年の前にしゃがみ込んだ。恐る恐る顔を近づけ、彼の瞳を覗き込んだ。 私:――あっ…!これは…! 私:青年の瞳には、たしかにオレンジ色の綺麗な夕日が映っていた。 患者:――ね?ちゃんと夕日が見れたでしょ? 私:彼は満足そうにそう言った。 私:――あ、ああ……。 私:その鮮やかな色は彼の笑顔をも表しているようだった。 患者:――最後に君とこんなに素敵な景色を見ることができて、もう思い残すことはないな。夢が叶ったみたいだ。 私:青年の「最後」という言葉に私は引っかかった。 私:――もう、会えないのか? 患者:――…うん、もう会えない。 私:少しの間を置いて、寂しそうに彼は言った。 私:――そうか…。 私:それ以上、私は何も聞くことは出来なかった。短い。あまりにも、短すぎやしないか。 私:私が顔を離して立ち上がろうとすると、青年は私の肩を掴んだ。 患者:――そんな顔しないで。大丈夫。僕にとっては十分楽しくて充実した時間だったから。それに、きっとまた会えるよ。忘れずにずっと待ってるから。…じゃあね。(そっとキスをする) 私:――…っ! 私:頬に彼の唇が触れる。恥ずかしさと、涙から、自然に目を閉じる。 私:その時間は数秒だったはずだが、私にとってはとても長く感じた。 私:目を開けると、そこにもう青年の姿はなかった。 0: 0: 私:時の流れというのは残酷だ。出会ったと思ったら、すぐに別れを運んでくる。 私:時間の止まったままの世界で彼とずっと過ごせたなら、どれほど幸せだったろう。 私:いや、それよりも。いっそのこと私も時間が止まってしまって、彼の温かさも、声も、顔も、瞳に映った夕日の色も。記憶が薄れることなく、忘れることもなくなったなら、どれだけ幸せだったろう。 私:私にはあとどれだけの時間が残されているのだろう。 私:どれだけの孤独と不安に脅(おびや)かされることになるのだろう。 私:どれだけの後悔を抱えることになるのだろう。 私:どれだけのものを、残すことができるのだろう。 私:その時は、誰かが教えてくれるのだろうか。 私:私の生きた時間が意味のあるものだったのか。それとも、無駄なものだったのか。 0: 0: 0:                           《続く》 0: 0:

0: 0:『無機質な世界より、アイをこめて。』 0: 0:《2》Time 0: 0: 私:世界が私を残して止まってしまってから、4日が経った。 私:時間が止まるというのは、不思議な感覚だ。 私:人もその他の生物も動かない。全てが無機質に成り果ててしまった。 私:常に淀んだ空が広がっており、夜は訪れない。 私:こうして手記でも付けていないと、何日経ったのかさえ分からなくなりそうだ。 0: 私:思えば、私たちは時間という概念に囚われているのかもしれない。 私:私たちは常に時間を気にして生きていた。そして、少しでも時間を節約し、効率よくすることが求められた。 私:そうして、無駄だ、無意味だと思われる時間は忌み嫌われた。 私:いつしか私たちは、時間を楽しむのではなく、時間に追われるようになってしまった。 私:友人とバカな話をする時間も、恋人に愚痴を言う時間も、独りで何も考えずにぼーっとしている時間も。形には残らないが、どれも必要なものだ。かけがえのないものだ。無駄な時間などないはずなのだ。 私:それに、そんな無駄な時間が欲しくても手に入れられない人だって、きっとたくさんいるはずなのだ。無駄な時間は、当たり前に手に入るものではない。 私:私が生きているこの時間は、果たして無駄な時間なのだろうか…?それとも…… 0: 0: 私:じっと家の中にこもってばかりだと、息が詰まる。 私:そう思って外出しようと玄関に行くと、小さな鍵があることに気が付いた。 私:もしやと思い、アパートの下にある駐輪場へ行く。いくつか試すと、錆びた自転車の鍵が開いた。この世界で徒歩以外の移動手段が出来たのは大きい。さっそく使うとしよう。 私:行き先を思案した結果、病院を探すことにした。体調不良に陥って、行く必要が出てくるだろうと考えてのことだ。 私:スーパーを探し回った経験から、場所を探すためにスマホを操作する。しかし、通信は出来ない状態で使い物にならない。 私:書店でこのあたりが掲載された地図を入手する。紙の地図を触ったのはいつ以来だろうか。少々苦戦するも、病院を見つける。自転車で二十分といったところか。 私:自転車を漕ぐ。風を感じる。爽やかで気持ちがいい。こちらが動いているからか、止まっている人々にも動きがあるように見える。もちろんそう見えるだけであって、実際に動いている人はいないのだが。 0: 私:病院に着く。運動らしいことをしたのは久しぶりだからか、疲れが出る。喉も乾いた。 私:自動ドアは人が通り開いた状態で止まっていたため、そのまま中へ入る。規模はさほど大きくないが、このあたりには医療施設があまりないからか、患者はそれなりにいるようだった。 私:診察室なども確認し、簡単な消毒薬や治療器具を確認する。病院の雰囲気は苦手だ。生と死が混じり合う世界。何人(なんぴと)も平等な世界。弱者が、いることを許される世界。非日常的だ。 私:居心地が悪くなり、早々に外へ出る。ふと、視界の隅(すみ)でなにかが動く。すぐに視線を移したが、それは建物の影に隠れてしまったのか、もう見えなかった。きっと見間違いだろうと思いながらも、その動くなにかが消えた方へと向かう。 私:向かった先にあったのは、病院の小さな庭。そこで車椅子に座り、黄昏(たそが)れている一人の青年。四肢(しし)は細く、頬は痩せこけていたが、それでもなおその顔立ちは整っていた。 私:思わず黙って見つめていると、不意に、その青年がこちらを見る。これは…あの時と同じだ。ということは、彼も… 患者:――そろそろ、来てくれるんじゃないかと思っていたんだ。 私:青年は嬉しそうな声色でそう言った。 私:――君は、勘が鋭いんだね。 私:冗談めかしてそう言ってみる。 患者:――ああ、そうなんだ。鋭すぎて、困っているよ。 私:ははは、と彼は苦笑いをする。決して辛い顔は見せない。この人はとても強い。 私:――こんなとことろで、何をしてるんだい? 私:その言葉に、青年は「よくぞ聞いてくれました!」とでもいうようにニヤッと笑った。 患者:――実はね、見たいものがあるんだ。 私:――見たいものって? 私:完全に彼のペースに乗せられていると感じながらも、私は先を促した。 患者:――きれいな夕日さ! 私:なんだそんなものか。そう思ったが、口に出さずに飲み込んだ。彼の真剣な眼差しがこちらを見つめてきたからだ。それに見たところ、この青年は患者のようだ。自由に動くことは難しいのだろう。 患者:――手伝って…くれないかな? 私:黙り込んでいたからか、彼は少しだけ遠慮がちに聞いてくる。 私:――…分かったよ。じゃあ、行こうか。 私:彼女に巻き込まれることを、私は自然に受け入れていた。そして、このように巻き込まれることは初めてではない、そう思った。 私:私は車椅子を押してエレベーターへと向かう。だが、エレベーターの前まで来て、思い出した。この世界は、時間が止まっているのだ。それはエレベーターも例外ではない。ボタンを押してみるが、もちろんエレベーターは動く気配がない。 私:――ダメだ。動かないよ。 私:私は青年に向けて首を横に振った。 患者:――そっか…。…ごめんね、ありがとう。 私:彼の落胆ぶりに私も気分が沈んでしまう。なんとかして彼の力になれないものか。そう思って見つめた先には、階段があった。 私:――よし、階段で屋上まで登ろう。 私:私の言葉に、青年は驚いたようだった。 患者:――え、でも、僕は車椅子だよ…?どうやって屋上まで登るの? 私:――大丈夫。松葉杖を持ってくるし、それに…あたしが肩を貸すから。 私:体力に自信があるわけではないが、やるしかない。なんとかしてあげたい。その気持ちだけが私にそう言わせた。 患者:――え、でも流石に女性にそんなことさせるわけには… 私:――いいから!あたしがいいって言ってるんだよ! 患者:――ありがとう。じゃあ、お願いしようかな。 私:かなり迷った様子だったが。そう言って彼は嬉しそうに、少し恥ずかしそうに言った。 私:青年に肩を貸す。改めて、彼の身体の細さを実感する。ただ、私にとってはそれでも十分な重さがあった。 私:――そういえば、この病院は何階建てだったっけ? 私:不安になって、何気なく尋ねる。 患者:――たしか、六階建てだったと思うよ。 私:私はその刹那(せつな)、安請(やすう)け合いしてしまったことを後悔した。 0: 私:――はぁ……はぁっ…!……つ、着い…った! 私:私は息も絶え絶えに屋上の扉を開けた。 患者:――うわー!広いなあ。風が気持ちいい! 私:子どものようにはしゃぐ彼の声を聞きながら、私は周囲を見渡す。幸運にもベンチが備え付けられていたので、そこに彼を降ろす。 私:――それにしても、残念だね。曇(くも)っていて夕日は見えそうにない。 私:私も青年の隣に腰を下ろし、空を見上げる。ひょっとしたら、奇跡的に夕日が見えたりしないか、とわずかに期待していた。が、案の定、空はどんよりと曇っていて、夕日など見えそうになかった。 患者:――ううん、見えるよ。 私:青年は自信ありげに、当たり前のように言った。思わず耳を疑う。 私:――だって、どんより曇っているだけで、夕日なんてどこにも… 患者:――僕の目を、覗き込んでみて。 私:私の言葉を遮(さえぎ)って、彼ははっきりとそう言った。意味が分からず、私は困惑する。 私:――え?どうして? 患者:――いいから! 私:彼はそれなりに頑固らしい。私は立ち上がると、青年の前にしゃがみ込んだ。恐る恐る顔を近づけ、彼の瞳を覗き込んだ。 私:――あっ…!これは…! 私:青年の瞳には、たしかにオレンジ色の綺麗な夕日が映っていた。 患者:――ね?ちゃんと夕日が見れたでしょ? 私:彼は満足そうにそう言った。 私:――あ、ああ……。 私:その鮮やかな色は彼の笑顔をも表しているようだった。 患者:――最後に君とこんなに素敵な景色を見ることができて、もう思い残すことはないな。夢が叶ったみたいだ。 私:青年の「最後」という言葉に私は引っかかった。 私:――もう、会えないのか? 患者:――…うん、もう会えない。 私:少しの間を置いて、寂しそうに彼は言った。 私:――そうか…。 私:それ以上、私は何も聞くことは出来なかった。短い。あまりにも、短すぎやしないか。 私:私が顔を離して立ち上がろうとすると、青年は私の肩を掴んだ。 患者:――そんな顔しないで。大丈夫。僕にとっては十分楽しくて充実した時間だったから。それに、きっとまた会えるよ。忘れずにずっと待ってるから。…じゃあね。(そっとキスをする) 私:――…っ! 私:頬に彼の唇が触れる。恥ずかしさと、涙から、自然に目を閉じる。 私:その時間は数秒だったはずだが、私にとってはとても長く感じた。 私:目を開けると、そこにもう青年の姿はなかった。 0: 0: 私:時の流れというのは残酷だ。出会ったと思ったら、すぐに別れを運んでくる。 私:時間の止まったままの世界で彼とずっと過ごせたなら、どれほど幸せだったろう。 私:いや、それよりも。いっそのこと私も時間が止まってしまって、彼の温かさも、声も、顔も、瞳に映った夕日の色も。記憶が薄れることなく、忘れることもなくなったなら、どれだけ幸せだったろう。 私:私にはあとどれだけの時間が残されているのだろう。 私:どれだけの孤独と不安に脅(おびや)かされることになるのだろう。 私:どれだけの後悔を抱えることになるのだろう。 私:どれだけのものを、残すことができるのだろう。 私:その時は、誰かが教えてくれるのだろうか。 私:私の生きた時間が意味のあるものだったのか。それとも、無駄なものだったのか。 0: 0: 0:                           《続く》 0: 0: