台本概要

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タイトル 善の鬼 第十三章「ぜん」
作者名 Oroるん  (@Oro90644720)
ジャンル 時代劇
演者人数 4人用台本(男3、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 「ぜん」・・・それが俺の、本当の名前だ

・演者性別不問ですが、役性別変えずにお願いします
・時代考証かなり甘いです。ご了承下さい
・実在の人物・出来事を基にしていますが、フィクション要素強めです
・軽微なアドリブ可

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
善鬼 170 小野善鬼(おのぜんき)かつての名は「ぜん」一刀流の剣士
穂邑 99 ほむら。かつての名は「とら」女郎。善鬼の幼馴染
典膳 57 神子上典膳(みこがみてんぜん)善鬼の弟弟子
一刀斎 53 伊東一刀斎(いとういっとうさい)善鬼、典膳の師
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:立ち会い前夜 欅楼 善鬼:よう。 穂邑:あら、いらっしゃい。 善鬼:ほい、土産。 穂邑:どうも(饅頭の箱を受け取る)またここの饅頭かい?アンタの土産は、毎度変わり映えしないねえ(饅頭食べる) 善鬼:良いじゃねえか。好物だろ? 穂邑:そりゃそうだけどさ、たまには(簪(かんざし)の一本でも) 善鬼:(被せて)「たまには簪の一本でも持って来てくれたらどうなんだい?」ってか?そりゃもう聞き飽きたぜ。 穂邑:う・・・ 善鬼:大体、簪ならもう何本も持ってるじゃねえか。 穂邑:新しいのが欲しいんだよ!馴染み客ってのは、遊女にそういう気の利いたもんを贈ってくれるもんなんだけどねえ。 善鬼:ただの髪飾りだろ?なんでそんなもん集めたがるんだか。 穂邑:アンタ、なんにも分かってないねえ。 善鬼:(同時に)これだから女ってやつは。 穂邑:(同時に)これだから男ってやつは。 0:一瞬間の後、お互いに笑い合う 0: 0:適当な所まで笑い合い続ける(フェードアウト出来たら尚良い) 0: 0:善の鬼 0: 0:第十三章 0: 0:「ぜん」 0: 0:荒野 立ち会い 善鬼:はあああああ! 典膳:おおおおおお! 0:二人の斬撃が激しく交差する 善鬼:典膳! 典膳:兄者! 善鬼:その呼び方は辞めろ! 典膳:兄者は兄者ですから! 善鬼:(笑う) 典膳:(笑う) 一刀斎:・・・ 善鬼:これならどうだ! 典膳:くっ!やる! 一刀斎:『二人の剣が交差し、火花が舞い散る』 0: 善鬼:おらあっ!(斬撃を放つ) 典膳:何の!(斬撃をいなす)そんなもの、私に通用するはずが無いでしょう! 善鬼:そうか?なら、これならどうだ!(砂をかける) 典膳:ぶあっ!砂っ!? 善鬼:もらった! 典膳:・・・なんてね。 善鬼:はあっ!? 典膳:せやっ!(斬撃をはなつ) 善鬼:(斬撃をかわしながら)うおっ!あぶね! 典膳:この大事な立ち会いで砂をかけてくるとは。まったく、兄者らしい。 善鬼:(こいつ・・・わざと食らった振りして俺を誘いやがった) 0: 善鬼:(・・・やるじゃねえか) 典膳:今度はこちらの番です! 善鬼:おう、来いやっ! 典膳:やあっ!(斬撃を放つ) 善鬼:(打ち込みを受け止めながら)ふん、相変わらずお行儀の良い剣だな。簡単に見切れちまうぞ? 典膳:ならば・・・これはどうですか!(逆手で持った脇差しで斬りつける) 善鬼:二刀!?・・・(かわそうとしたが頬を斬りつけられ)ぐっ! 一刀斎:『善鬼の頬(ほお)が裂ける。典膳は、右手に長刀を、左手に脇差(わきざし)を構えていた』 善鬼:(いつ脇差を抜いたんだ?全然分からなかったぞ) 典膳:さすが兄者、その程度の傷で済むとは。 善鬼:へっ!一刀流が二刀を使うのかよ!不意を突いて脇差で斬りかかるなんざ、卑怯者のすることじゃねえのか? 典膳:戦いに卑怯などという言葉は存在しないいっ!(斬撃を放つ) 善鬼:そりゃそうだっ!(斬撃を放つ) 0:二人の剣が衝突する 0:少し間 一刀斎:『通常、腕が立つ者同士の立ち会いならば、激しい斬撃の応酬(おうしゅう)は起きないものだ』 0: 一刀斎:『剣を振り続ければ、手や腕にはいずれ力が入らなくなり、ぶつかり合わせれば刀身も傷む(いたむ)』 0: 一刀斎:『相手の隙(すき)を窺い(うかがい)、ここぞという時に渾身の一太刀(ひとたち)を見舞う、達人の戦いとはそういうものだ』 善鬼:ふんっ!・・・いやっ!・・・せやあっ! 典膳:はあっ!・・・せいっ!・・・てやっ! 一刀斎:『しかし今、俺の眼前で繰り広げられているのは、それとはまるで違う。刃(やいば)と刃が何度も衝突し、剣戟(けんげき)の声が絶えることはない』 0: 一刀斎:『それは二人の腕が未熟だからか?』 0: 一刀斎:『この立ち会いは、粗野(そや)で不細工なものなのか?』 0: 一刀斎:『否、それは違う』 善鬼:はあっ! 典膳:ふんっ! 一刀斎:『その斬撃一つ一つは、間違いなく相手を絶命たらしめるものだ。全ての太刀筋は鋭く、重く、正確だった』 0: 一刀斎:『そんな必殺の斬撃を、この二人は互いに惜しげもなく振るい合い、また凌いで(しのいで)いる』 0: 一刀斎:『しかも、幾度振るえども、その鋭さが失われることは無い』 善鬼:(激しい息遣い) 典膳:(激しい息遣い) 一刀斎:『この二人は、もはや達人すら超えた域にいる、ということだ』 善鬼:せやあああ! 典膳:いやあああ! 一刀斎:しかし、何かが違う。 善鬼:(苦しそうな息遣い) 典膳:(苦しそうな息遣い) 一刀斎:『これは、この上無い死闘のはずだ。互いに魂を燃やし尽くすような、極上の立ち会いであるはずなのだ』 0: 一刀斎:『だが・・・』 善鬼:(ははっ!殺す気で打ち込んでんのに、まるで届かねえ。おめえはやっぱり、本物の天才だ!) 典膳:(強い!強い強い強い!今まで戦ったどんな相手よりも、兄者は強い!兄者は、こんなにも強いんだ!!) 一刀斎:俺が見たかったのは、こんなものではない。 0:間 0: 0:回想 欅楼 善鬼:なあ、昔のことって覚えてるか? 穂邑:昔? 善鬼:俺たちが生まれ育った、村のことだよ。 穂邑:ああ。 善鬼:ひでえ所だったよな。 穂邑:そうだね。まあ、貧しい百姓の家なんて、どこもあんなだったろうさね。 善鬼:いやあ、俺らの家なんかは特にひどかったと思うぜ。よく働いたよなあ、お互いガキだったのによ。 穂邑:本当にねえ。子供なんて、家畜の一匹ぐらいにしか思ってなかったんだろうさ。 善鬼:違いねえな。 穂邑:懐かしいね・・・懐かしむようなもんでも無いけど。 0: 穂邑:毎日毎日、辛くて、退屈だった。 善鬼:・・・帰りてえって、思うことはあるか? 穂邑:は?そんなわけないだろ。あの村には、良い思い出なんか一つも無いよ。 善鬼:・・・ 穂邑:何でそんなこと聞くんだ? 善鬼:帰ったんだ。 穂邑:えっ? 善鬼:あの村にさ。 穂邑:・・・本当に? 善鬼:ああ。 穂邑:今更どうして? 善鬼:別に・・・理由なんかねえよ。ただの気まぐれだ。 穂邑:・・・ 善鬼:思ったより良いもんだったぜ、里帰りってやつはよ。何もかも変わっちまってたけど、やっぱり懐かしいんだよなあ。 穂邑:親に、会ったのかい? 善鬼:親父にはな。と言っても、向こうは俺のこと分かっちゃいなかったけどよ。 0: 善鬼:親父のこと、大嫌いだったはずなのに、歳とった姿見たら、何かこう哀れ(あわれ)でよ。 穂邑:・・・ 善鬼:「親らしいことなんて何一つしてもらえなかった」そう思って恨んでだけど、親父は親父で、色々しんどかったのかもしれねえ・・・そう思えてな。 穂邑:・・・そうかい。私は一生かかっても、そんな心境にはなれないだろうけどね。 善鬼:そう言わずによ。おめえの親も健在なんだ。今は山向こうで暮らしてるらしい。機会があったら、一度帰ってみても良いんじゃねえか? 穂邑:何で私が・・・ 善鬼:後悔する前によ。 穂邑:後悔なんかするわけないだろ。 0: 穂邑:第一、私は滅多なことで、この女郎屋から外には出られないんだ。知ってるだろ? 善鬼:それはそうだけどよ。いつか、この女郎屋からおさらばする日が来るかもしれねえだろ? 穂邑:どうやって? 善鬼:それは・・・分かんねえけどよ。 0:少し間 穂邑:一つ、方法があるよ。 善鬼:あ? 穂邑:アンタが、私を身請けすりゃ良いのさ。 善鬼:・・・ 穂邑:そしたらここを出られるし、里帰りでもなんでも好きな所に行けるじゃないか。 善鬼:そんな銭、持っちゃいねえよ。 穂邑:約束、破るのかい? 善鬼:・・・ 穂邑:ぜん。前に言ってくれたよね。「いつか私を身請けする」って。 善鬼:ああ。 穂邑:その約束はどうなったんだい? 善鬼:・・・無理だ。 穂邑:なんで? 善鬼:無理なもんは無理だ。 穂邑:だからなんで? 善鬼:・・・わかんだろ? 穂邑:分かんないよ!! 善鬼:・・・ 穂邑:・・・何だよ、どいつもこいつも。私は賢くて、物分かりの良い女じゃなきゃいけないのか?ふざけんな! 善鬼:とら・・・ 穂邑:嬉しかったのに。ようやく、アンタと一緒になれるって。 善鬼:そうだよな・・・ 穂邑:それしか言うことないのか、バカタレ・・・ 0:間 善鬼:もし今も、あの村に残っていたら、俺たちどうなってたんだろうな? 穂邑:・・・ 善鬼:俺たち夫婦(めおと)になってよ、ガキ作ってよ・・・あ、もちろん俺たちのガキはこき使ったりしねえぞ。うんと可愛がってやるんだ。 穂邑:・・・辞めてよ。 善鬼:どんなに貧しくてもよ、きっと幸せだったんだろうなあ。 穂邑:だから・・・辞めてって。 0:少し間 善鬼:すまなかったな、とら。 0: 善鬼:おめえを・・・守ってやれなくて。 0: 善鬼:おめえを・・・女郎にしちまって。 穂邑:それはアンタのせいじゃないだろう。 善鬼:おめえを・・・幸せにできなくて。 穂邑:・・・今の私は、不幸だってのか。 善鬼:俺は、おめえに何もしてやれなかった。 0: 善鬼:本当に、すまねえ。 0:少し間 穂邑:どうして今、そんな事言うんだ。 0: 穂邑:どうして、里帰りなんかしたんだ。 善鬼:とら、俺は・・・ 穂邑:アンタ、私に・・・ 0: 穂邑:別れを告げにきたのかい? 善鬼:・・・ 0:間 0:荒野 立ち会い 一刀斎:典膳、何をやっている。 善鬼:はあっ! 典膳:ぐあっ! 一刀斎:『善鬼の剣が、典膳の肩口(かたぐち)に食い込む。典膳もすぐに身を引いたが、傷は浅く無い』 典膳:(荒い息遣い) 0: 典膳:(かわしきれなかった。まだ動くが、いつまで保(も)つか・・・) 0: 典膳:(しかし、傷を庇いながら(かばいながら)戦える相手じゃない!) 0: 典膳:(私は斬られてなどいない。痛みなど感じない) 0: 典膳:(分かっているだろう、神子上典膳(みこがみてんぜん)。肉体の限界など、精神で凌駕(りょうが)できる。真の武芸者なら、心で剣を振るえ!) 善鬼:(来いよ、典膳。まだまだこんなもんじゃねえだろ?) 0:少し間 一刀斎:『俺にとって予想外だったのは、善鬼が健闘していることだ』 0: 一刀斎:『今のところほぼ互角・・・いや、わずかだが善鬼が勝って(まさって)いる』 善鬼:(斬撃を打ち込みながら)でやああ! 典膳:(かろうじて防ぎながら)くっ! 一刀斎:『秘伝の有無に関わらず、腕はとうに典膳が上だと思っていた』 0: 一刀斎:『善鬼は、これ以上強くなることは無いと思っていた』 0: 一刀斎:『俺に背いた以上、当然そうなるはずだった。そうなるべきだった』 0: 一刀斎:『しかし、いま俺の前で剣を振るうこの男は、確かに強者に見える』 善鬼:(息を荒くしながら)どうした典膳!この程度か!おめえはこんなもんなのか! 典膳:(息を荒くしながら)まだ・・・まだ・・・ 善鬼:まだまだいけんだろ! 一刀斎:『鬼にならなかった善鬼が、人であることを選んだ善鬼が・・・』 0: 一刀斎:『何故まだ剣を手にしている』 0: 一刀斎:『何故まだ立っている』 0: 一刀斎:『俺が間違っていた、とでも言うのか』 0:少し間 一刀斎:『否、そんなはずはない』 0: 一刀斎:『道の果て・・・そこに至る為には、人であることを捨てねばならない』 0: 一刀斎:『鬼にならなければならない』 0: 一刀斎:『そのはずだ』 善鬼:超えろ典膳!俺を!先生を!何もかもを! 典膳:くおおおおお!! 0: 一刀斎:『お前は何故、俺の視界に留まり続ける』 0: 一刀斎:お前はもう、用済みだ。 善鬼:うおおおおお! 一刀斎:いや、最初から何の役にも立たなかった。 善鬼:はあああああ! 一刀斎:俺の傍ら(かたわら)に立つ資格など、お前にありはしなかった。 0: 一刀斎:俺はこのままで良い。 0: 一刀斎:一人きりで良い。 0: 一刀斎:だからもう・・・俺の前から消えろ。 善鬼:(荒い息遣いで)典膳・・・ 典膳:(荒い息遣いで)兄者・・・ 一刀斎:『血の匂いが立ち込める。二人の体は斬り傷にまみれ、血が滴り(したたり)落ちていた』 0:少し間 一刀斎:『決着の刻(とき)は近い』 0:間 0:回想 欅楼 穂邑:答えておくれよ。 善鬼:・・・ 0: 善鬼:・・・そうだ。 穂邑:・・・ 善鬼:俺は明日、立ち会いをする。相手は俺より強い。だから、俺は明日・・・死ぬかもしれねえ。 0: 善鬼:いや、多分死ぬ。 穂邑:・・・ 善鬼:それで、最後に、おめえに会いに来たんだ。 0:間 穂邑:どうしても、行かないと駄目なのかい? 善鬼:ああ。行かないと駄目なんだ。 穂邑:命よりも大切なのかい?その立ち会いが? 善鬼:ああ。俺にとってはな。 穂邑:私が、「行かないで」って言ってもかい? 善鬼:・・・ 穂邑:さっき言ったよね。「私を幸せに出来なかった」って。 善鬼:ああ・・・ 穂邑:アンタ、何も分かってないよ。 0: 穂邑:百姓でも、女郎でも・・・何をしていたって・・・ 0: 穂邑:私は、アンタが側にいなくちゃ、幸せになんてなれない。 0: 穂邑:だから私は、これからもずっと、ぜんと一緒にいたいんだよ! 0: 穂邑:そんな事も分かんないのか、このバカタレ! 善鬼:そうだな、俺はバカタレだ。 穂邑:私より、剣を選ぶのかい? 善鬼:おめえより大切なもんなんて、この世にあるはずねえよ。 穂邑:だったら! 善鬼:でもな、俺にはやらなきゃならねえことがあるんだ。 0: 善鬼:この命に替えても、果たさなきゃいけねえもんがあるんだよ。 穂邑:・・・結局、私は選ばれないんじゃないか。 善鬼:・・・そうだな。 穂邑:っ! 善鬼:そうなっちまうよな・・・ 0:少し間 穂邑:せめて・・・せめてさ・・・ 善鬼:ん? 穂邑:私を・・・抱いてくれないかい? 善鬼:とら・・・ 穂邑:アンタ、女を知らないまんまなんだろ?私のせいで。 善鬼:違う。それは違うよ。 0: 善鬼:それはただの・・・俺のわがままだ。 0: 善鬼:おめえが気にすることじゃねえよ。 穂邑:私は気にするよ。それは私のわがままだ。 0: 穂邑:アンタが女を抱かなかったのは、私にこだわっているから、私を大切に想っているから。勝手にそう思うんだ。 善鬼:・・・ 穂邑:でも、もう良いだろ? 0: 穂邑:せめて最後にさ、アンタの証(あかし)を、私に刻んでおくれよ。 0: 穂邑:今まで沢山の男に体を許してきた。でも、心はまだ、汚れちゃいないつもりだよ。 善鬼:当たり前だ。おめえは汚れてなんかいねえ。ずっと綺麗なまんまだ。 穂邑:一度で良い。この心ごと、ぜんの物にして欲しいんだ。 0:間 善鬼:・・・やっぱりできねえ。 穂邑:・・・どうして? 善鬼:女を・・・いや、おめえを抱いたら、俺は変わっちまう。きっと弱くなる。それじゃ駄目なんだ。 0: 善鬼:明日の立ち会いは、今の俺のままじゃなきゃ、駄目なんだ。 穂邑:・・・ひどい。 善鬼:そうだ。 穂邑:・・・最低だ。 善鬼:本当だな。 穂邑:・・・鬼畜(きちく)の所業(しょぎょう)だよ。 善鬼:間違いねえよ。 穂邑:絶対に許さない。 善鬼:・・・ 0:少し間 穂邑:・・・でも 0: 穂邑:見つけたんだね。 善鬼:・・・何を? 穂邑:あの日、一緒に村を飛び出した時には、持ってなかった、「何か」をさ。 善鬼:・・・ああ。多分、そうなんだろうな。 0:長めの間 善鬼:じゃあ、行くわ。 穂邑:・・・うん。 善鬼:達者でな。 穂邑:・・・ぜん! 善鬼:ん? 穂邑:もう、自分を責めるんじゃないよ。 善鬼:・・・ 穂邑:アンタは精一杯頑張った。立派だった。アンタの人生に、恥じる所なんて一つも無い。 0: 穂邑:だから、胸を張りな! 0: 穂邑:何せアンタは、私が生涯でただ一人、惚れた男なんだ! 0:少し間 善鬼:・・・そうか。 穂邑:・・・そうさ。 0:少し間 善鬼:ありがとな、とら。 穂邑:何がだい? 善鬼:何もかもさ。 0: 善鬼:俺の人生に、居てくれて、ありがとう。 穂邑:・・・「すまねえ」より、そっちの方が良いね。 善鬼:そうだな。 0:少しだけ笑い合う 0:間 0:荒野 立ち会い 一刀斎:『激しい斬り合いが止み(やみ)、一定の間合いを取ったまま、二人は対峙している』 善鬼:(呼吸を整える) 典膳:(呼吸を整える) 一刀斎:『互いに、最強の一太刀を見舞うつもりだ。その機をうかがっている』 善鬼:・・・ 一刀斎:『先に動いたのは善鬼だった。ゆっくりと刀身を持ち上げ、大上段に構える』 善鬼:(さあ、典膳。見せてみろ!) 一刀斎:『対する典膳は・・・』 典膳:・・・・・・ 善鬼:(・・・なんだ?何かがおかしい) 典膳:・・・ 善鬼:(構えを、解いた?) 一刀斎:・・・ 善鬼:(殺気まで、消えやがった?) 典膳:・・・ 善鬼:(殺気どころじゃねえ。気配自体が消えていく。一体どうなってやがる?) 0: 善鬼:『俺は不思議な感覚に襲われていった。そこにいるはずの典膳が、まるでそこに居ないような・・・』 0: 善鬼:(・・・・・・先生?) 一刀斎:・・・ 善鬼:『俺は確信した。先に動いたらやられる。間違いなく』 0: 善鬼:『だが・・・』 0:間 0:回想 欅楼 善鬼:なあ、とら。 穂邑:何だい? 善鬼:・・・もし、百に一つ、命を拾うことができたらよ。 穂邑:うん・・・ 善鬼:その時は、今度こそ、俺を男にしてくれるかい? 穂邑:っ! 0: 穂邑:もちろんだよ・・・ 善鬼:・・・ありがとよ。 穂邑:約束、だよ? 善鬼:ああ、約束だ。 穂邑:絶対、諦めちゃ駄目だよ!生きて・・・私のところに、帰ってこい! 善鬼:おう! 0:間 0:荒野 善鬼:とら 0: 善鬼:ゴメンな 0:少し間 善鬼:『だが俺は、剣を振り下ろさずには、いられなかった』 0:少し間 善鬼:(剣を振り下ろしながら)いやあああああああ!!! 典膳:っ! 0:典膳、善鬼の斬撃を掻い潜り、胴払いを放つ。 善鬼:・・・ 典膳:・・・ 善鬼:『剣を振り下ろした先に典膳の姿はなく、ふと下を見ると、俺の腹が、真一文字(まいちもんじ)に、斬り裂かれていた』 0: 善鬼:(吐血し、倒れ込む) 典膳:兄者! 0:典膳、剣を投げ捨て駆け寄り、善鬼を抱き起こす。 善鬼:(終わったのか。ようやく・・・) 典膳:兄者、兄者! 善鬼:典膳・・・ 0: 善鬼:今のは・・・無想剣(むそうけん)か?おめえ、いつの間に一刀流の秘伝を? 典膳:・・・ 善鬼:すげえなあ。太刀筋が、まるで見えなかった。 0: 善鬼:見事だったぞ、典膳。 典膳:兄者・・・ 0:一刀斎、二人に近付く 一刀斎:済んだか?典膳、骸(むくろ)は片付けておけよ。 典膳:っ! 0: 典膳:・・・・・・一刀斎!!! 善鬼:よせ。 典膳:え? 善鬼:もう、良いじゃねえか。 0: 善鬼:これで、一刀流は、おめえのもんだ。な? 典膳:・・・ 一刀斎:・・・ 善鬼:なあ・・・ 典膳:はい。 善鬼:(腰から脇差を抜き)これ、もらってくれねえか? 典膳:これは、兄者の脇差(わきざし)? 善鬼:これな、昔・・・(少し笑いながら)先生に、もらったんだ。 一刀斎:・・・ 善鬼:受け取ってくれ。俺の、形見(かたみ)だ。 典膳:・・・(脇差を受け取り)はい、兄者。 善鬼:「ぜん」だ。 典膳:えっ? 善鬼:「ぜん」・・・それが俺の、本当の名前だ。 0: 善鬼:覚えていてくれ・・・俺はもう、「鬼」じゃねえ。 一刀斎:っ! 典膳:はい・・・はい! 善鬼:ありがとな、典膳。 典膳:『兄者の目から、光が消えた』 善鬼:・・・ 典膳:『しかし、生気(せいき)を失ってもなお、その眼(まなこ)は、何者かの姿を捉えているようだった』 善鬼:よお・・・見届けにきてくれたのかい? 0: 善鬼:・・・ザマァねえだろ? 0: 善鬼:たくさん、斬ってきたんだなあ・・・ 0: 善鬼:さぞかし、俺を恨んでるだろうが・・・ 0: 善鬼:これから、地獄行ってよ・・・閻魔大王様(えんまだいおうさま)に、きっちり締め上げられてくるから・・・ 0: 善鬼:それで・・・堪忍(かんにん)してくれや。 0:少し間 典膳:『兄者が腕を伸ばす』 善鬼:・・・ 0: 典膳:『その手は、残りわずかな力で、必死に何かを掴み取ろうとしているようだった』 0: 典膳:『何か・・・とても大切なものを』 善鬼:とら・・・ 典膳:『だが、やがて力を失い・・・』 0: 典膳:『・・・地に堕(お)ちた』 0:間 0:欅楼 穂邑:ぜん? 0: 穂邑:『誰かに呼ばれたような気がした』 0: 穂邑:『だが、振り向いた先には誰の姿も無く、代わりに、木の葉(このは)が一枚、風にもて遊ばれるように刹那漂った後・・・私の前に、ふわりと堕ちた』 0: 穂邑:ああ・・・逝(い)っちまったのかい。 0:つづく

0:立ち会い前夜 欅楼 善鬼:よう。 穂邑:あら、いらっしゃい。 善鬼:ほい、土産。 穂邑:どうも(饅頭の箱を受け取る)またここの饅頭かい?アンタの土産は、毎度変わり映えしないねえ(饅頭食べる) 善鬼:良いじゃねえか。好物だろ? 穂邑:そりゃそうだけどさ、たまには(簪(かんざし)の一本でも) 善鬼:(被せて)「たまには簪の一本でも持って来てくれたらどうなんだい?」ってか?そりゃもう聞き飽きたぜ。 穂邑:う・・・ 善鬼:大体、簪ならもう何本も持ってるじゃねえか。 穂邑:新しいのが欲しいんだよ!馴染み客ってのは、遊女にそういう気の利いたもんを贈ってくれるもんなんだけどねえ。 善鬼:ただの髪飾りだろ?なんでそんなもん集めたがるんだか。 穂邑:アンタ、なんにも分かってないねえ。 善鬼:(同時に)これだから女ってやつは。 穂邑:(同時に)これだから男ってやつは。 0:一瞬間の後、お互いに笑い合う 0: 0:適当な所まで笑い合い続ける(フェードアウト出来たら尚良い) 0: 0:善の鬼 0: 0:第十三章 0: 0:「ぜん」 0: 0:荒野 立ち会い 善鬼:はあああああ! 典膳:おおおおおお! 0:二人の斬撃が激しく交差する 善鬼:典膳! 典膳:兄者! 善鬼:その呼び方は辞めろ! 典膳:兄者は兄者ですから! 善鬼:(笑う) 典膳:(笑う) 一刀斎:・・・ 善鬼:これならどうだ! 典膳:くっ!やる! 一刀斎:『二人の剣が交差し、火花が舞い散る』 0: 善鬼:おらあっ!(斬撃を放つ) 典膳:何の!(斬撃をいなす)そんなもの、私に通用するはずが無いでしょう! 善鬼:そうか?なら、これならどうだ!(砂をかける) 典膳:ぶあっ!砂っ!? 善鬼:もらった! 典膳:・・・なんてね。 善鬼:はあっ!? 典膳:せやっ!(斬撃をはなつ) 善鬼:(斬撃をかわしながら)うおっ!あぶね! 典膳:この大事な立ち会いで砂をかけてくるとは。まったく、兄者らしい。 善鬼:(こいつ・・・わざと食らった振りして俺を誘いやがった) 0: 善鬼:(・・・やるじゃねえか) 典膳:今度はこちらの番です! 善鬼:おう、来いやっ! 典膳:やあっ!(斬撃を放つ) 善鬼:(打ち込みを受け止めながら)ふん、相変わらずお行儀の良い剣だな。簡単に見切れちまうぞ? 典膳:ならば・・・これはどうですか!(逆手で持った脇差しで斬りつける) 善鬼:二刀!?・・・(かわそうとしたが頬を斬りつけられ)ぐっ! 一刀斎:『善鬼の頬(ほお)が裂ける。典膳は、右手に長刀を、左手に脇差(わきざし)を構えていた』 善鬼:(いつ脇差を抜いたんだ?全然分からなかったぞ) 典膳:さすが兄者、その程度の傷で済むとは。 善鬼:へっ!一刀流が二刀を使うのかよ!不意を突いて脇差で斬りかかるなんざ、卑怯者のすることじゃねえのか? 典膳:戦いに卑怯などという言葉は存在しないいっ!(斬撃を放つ) 善鬼:そりゃそうだっ!(斬撃を放つ) 0:二人の剣が衝突する 0:少し間 一刀斎:『通常、腕が立つ者同士の立ち会いならば、激しい斬撃の応酬(おうしゅう)は起きないものだ』 0: 一刀斎:『剣を振り続ければ、手や腕にはいずれ力が入らなくなり、ぶつかり合わせれば刀身も傷む(いたむ)』 0: 一刀斎:『相手の隙(すき)を窺い(うかがい)、ここぞという時に渾身の一太刀(ひとたち)を見舞う、達人の戦いとはそういうものだ』 善鬼:ふんっ!・・・いやっ!・・・せやあっ! 典膳:はあっ!・・・せいっ!・・・てやっ! 一刀斎:『しかし今、俺の眼前で繰り広げられているのは、それとはまるで違う。刃(やいば)と刃が何度も衝突し、剣戟(けんげき)の声が絶えることはない』 0: 一刀斎:『それは二人の腕が未熟だからか?』 0: 一刀斎:『この立ち会いは、粗野(そや)で不細工なものなのか?』 0: 一刀斎:『否、それは違う』 善鬼:はあっ! 典膳:ふんっ! 一刀斎:『その斬撃一つ一つは、間違いなく相手を絶命たらしめるものだ。全ての太刀筋は鋭く、重く、正確だった』 0: 一刀斎:『そんな必殺の斬撃を、この二人は互いに惜しげもなく振るい合い、また凌いで(しのいで)いる』 0: 一刀斎:『しかも、幾度振るえども、その鋭さが失われることは無い』 善鬼:(激しい息遣い) 典膳:(激しい息遣い) 一刀斎:『この二人は、もはや達人すら超えた域にいる、ということだ』 善鬼:せやあああ! 典膳:いやあああ! 一刀斎:しかし、何かが違う。 善鬼:(苦しそうな息遣い) 典膳:(苦しそうな息遣い) 一刀斎:『これは、この上無い死闘のはずだ。互いに魂を燃やし尽くすような、極上の立ち会いであるはずなのだ』 0: 一刀斎:『だが・・・』 善鬼:(ははっ!殺す気で打ち込んでんのに、まるで届かねえ。おめえはやっぱり、本物の天才だ!) 典膳:(強い!強い強い強い!今まで戦ったどんな相手よりも、兄者は強い!兄者は、こんなにも強いんだ!!) 一刀斎:俺が見たかったのは、こんなものではない。 0:間 0: 0:回想 欅楼 善鬼:なあ、昔のことって覚えてるか? 穂邑:昔? 善鬼:俺たちが生まれ育った、村のことだよ。 穂邑:ああ。 善鬼:ひでえ所だったよな。 穂邑:そうだね。まあ、貧しい百姓の家なんて、どこもあんなだったろうさね。 善鬼:いやあ、俺らの家なんかは特にひどかったと思うぜ。よく働いたよなあ、お互いガキだったのによ。 穂邑:本当にねえ。子供なんて、家畜の一匹ぐらいにしか思ってなかったんだろうさ。 善鬼:違いねえな。 穂邑:懐かしいね・・・懐かしむようなもんでも無いけど。 0: 穂邑:毎日毎日、辛くて、退屈だった。 善鬼:・・・帰りてえって、思うことはあるか? 穂邑:は?そんなわけないだろ。あの村には、良い思い出なんか一つも無いよ。 善鬼:・・・ 穂邑:何でそんなこと聞くんだ? 善鬼:帰ったんだ。 穂邑:えっ? 善鬼:あの村にさ。 穂邑:・・・本当に? 善鬼:ああ。 穂邑:今更どうして? 善鬼:別に・・・理由なんかねえよ。ただの気まぐれだ。 穂邑:・・・ 善鬼:思ったより良いもんだったぜ、里帰りってやつはよ。何もかも変わっちまってたけど、やっぱり懐かしいんだよなあ。 穂邑:親に、会ったのかい? 善鬼:親父にはな。と言っても、向こうは俺のこと分かっちゃいなかったけどよ。 0: 善鬼:親父のこと、大嫌いだったはずなのに、歳とった姿見たら、何かこう哀れ(あわれ)でよ。 穂邑:・・・ 善鬼:「親らしいことなんて何一つしてもらえなかった」そう思って恨んでだけど、親父は親父で、色々しんどかったのかもしれねえ・・・そう思えてな。 穂邑:・・・そうかい。私は一生かかっても、そんな心境にはなれないだろうけどね。 善鬼:そう言わずによ。おめえの親も健在なんだ。今は山向こうで暮らしてるらしい。機会があったら、一度帰ってみても良いんじゃねえか? 穂邑:何で私が・・・ 善鬼:後悔する前によ。 穂邑:後悔なんかするわけないだろ。 0: 穂邑:第一、私は滅多なことで、この女郎屋から外には出られないんだ。知ってるだろ? 善鬼:それはそうだけどよ。いつか、この女郎屋からおさらばする日が来るかもしれねえだろ? 穂邑:どうやって? 善鬼:それは・・・分かんねえけどよ。 0:少し間 穂邑:一つ、方法があるよ。 善鬼:あ? 穂邑:アンタが、私を身請けすりゃ良いのさ。 善鬼:・・・ 穂邑:そしたらここを出られるし、里帰りでもなんでも好きな所に行けるじゃないか。 善鬼:そんな銭、持っちゃいねえよ。 穂邑:約束、破るのかい? 善鬼:・・・ 穂邑:ぜん。前に言ってくれたよね。「いつか私を身請けする」って。 善鬼:ああ。 穂邑:その約束はどうなったんだい? 善鬼:・・・無理だ。 穂邑:なんで? 善鬼:無理なもんは無理だ。 穂邑:だからなんで? 善鬼:・・・わかんだろ? 穂邑:分かんないよ!! 善鬼:・・・ 穂邑:・・・何だよ、どいつもこいつも。私は賢くて、物分かりの良い女じゃなきゃいけないのか?ふざけんな! 善鬼:とら・・・ 穂邑:嬉しかったのに。ようやく、アンタと一緒になれるって。 善鬼:そうだよな・・・ 穂邑:それしか言うことないのか、バカタレ・・・ 0:間 善鬼:もし今も、あの村に残っていたら、俺たちどうなってたんだろうな? 穂邑:・・・ 善鬼:俺たち夫婦(めおと)になってよ、ガキ作ってよ・・・あ、もちろん俺たちのガキはこき使ったりしねえぞ。うんと可愛がってやるんだ。 穂邑:・・・辞めてよ。 善鬼:どんなに貧しくてもよ、きっと幸せだったんだろうなあ。 穂邑:だから・・・辞めてって。 0:少し間 善鬼:すまなかったな、とら。 0: 善鬼:おめえを・・・守ってやれなくて。 0: 善鬼:おめえを・・・女郎にしちまって。 穂邑:それはアンタのせいじゃないだろう。 善鬼:おめえを・・・幸せにできなくて。 穂邑:・・・今の私は、不幸だってのか。 善鬼:俺は、おめえに何もしてやれなかった。 0: 善鬼:本当に、すまねえ。 0:少し間 穂邑:どうして今、そんな事言うんだ。 0: 穂邑:どうして、里帰りなんかしたんだ。 善鬼:とら、俺は・・・ 穂邑:アンタ、私に・・・ 0: 穂邑:別れを告げにきたのかい? 善鬼:・・・ 0:間 0:荒野 立ち会い 一刀斎:典膳、何をやっている。 善鬼:はあっ! 典膳:ぐあっ! 一刀斎:『善鬼の剣が、典膳の肩口(かたぐち)に食い込む。典膳もすぐに身を引いたが、傷は浅く無い』 典膳:(荒い息遣い) 0: 典膳:(かわしきれなかった。まだ動くが、いつまで保(も)つか・・・) 0: 典膳:(しかし、傷を庇いながら(かばいながら)戦える相手じゃない!) 0: 典膳:(私は斬られてなどいない。痛みなど感じない) 0: 典膳:(分かっているだろう、神子上典膳(みこがみてんぜん)。肉体の限界など、精神で凌駕(りょうが)できる。真の武芸者なら、心で剣を振るえ!) 善鬼:(来いよ、典膳。まだまだこんなもんじゃねえだろ?) 0:少し間 一刀斎:『俺にとって予想外だったのは、善鬼が健闘していることだ』 0: 一刀斎:『今のところほぼ互角・・・いや、わずかだが善鬼が勝って(まさって)いる』 善鬼:(斬撃を打ち込みながら)でやああ! 典膳:(かろうじて防ぎながら)くっ! 一刀斎:『秘伝の有無に関わらず、腕はとうに典膳が上だと思っていた』 0: 一刀斎:『善鬼は、これ以上強くなることは無いと思っていた』 0: 一刀斎:『俺に背いた以上、当然そうなるはずだった。そうなるべきだった』 0: 一刀斎:『しかし、いま俺の前で剣を振るうこの男は、確かに強者に見える』 善鬼:(息を荒くしながら)どうした典膳!この程度か!おめえはこんなもんなのか! 典膳:(息を荒くしながら)まだ・・・まだ・・・ 善鬼:まだまだいけんだろ! 一刀斎:『鬼にならなかった善鬼が、人であることを選んだ善鬼が・・・』 0: 一刀斎:『何故まだ剣を手にしている』 0: 一刀斎:『何故まだ立っている』 0: 一刀斎:『俺が間違っていた、とでも言うのか』 0:少し間 一刀斎:『否、そんなはずはない』 0: 一刀斎:『道の果て・・・そこに至る為には、人であることを捨てねばならない』 0: 一刀斎:『鬼にならなければならない』 0: 一刀斎:『そのはずだ』 善鬼:超えろ典膳!俺を!先生を!何もかもを! 典膳:くおおおおお!! 0: 一刀斎:『お前は何故、俺の視界に留まり続ける』 0: 一刀斎:お前はもう、用済みだ。 善鬼:うおおおおお! 一刀斎:いや、最初から何の役にも立たなかった。 善鬼:はあああああ! 一刀斎:俺の傍ら(かたわら)に立つ資格など、お前にありはしなかった。 0: 一刀斎:俺はこのままで良い。 0: 一刀斎:一人きりで良い。 0: 一刀斎:だからもう・・・俺の前から消えろ。 善鬼:(荒い息遣いで)典膳・・・ 典膳:(荒い息遣いで)兄者・・・ 一刀斎:『血の匂いが立ち込める。二人の体は斬り傷にまみれ、血が滴り(したたり)落ちていた』 0:少し間 一刀斎:『決着の刻(とき)は近い』 0:間 0:回想 欅楼 穂邑:答えておくれよ。 善鬼:・・・ 0: 善鬼:・・・そうだ。 穂邑:・・・ 善鬼:俺は明日、立ち会いをする。相手は俺より強い。だから、俺は明日・・・死ぬかもしれねえ。 0: 善鬼:いや、多分死ぬ。 穂邑:・・・ 善鬼:それで、最後に、おめえに会いに来たんだ。 0:間 穂邑:どうしても、行かないと駄目なのかい? 善鬼:ああ。行かないと駄目なんだ。 穂邑:命よりも大切なのかい?その立ち会いが? 善鬼:ああ。俺にとってはな。 穂邑:私が、「行かないで」って言ってもかい? 善鬼:・・・ 穂邑:さっき言ったよね。「私を幸せに出来なかった」って。 善鬼:ああ・・・ 穂邑:アンタ、何も分かってないよ。 0: 穂邑:百姓でも、女郎でも・・・何をしていたって・・・ 0: 穂邑:私は、アンタが側にいなくちゃ、幸せになんてなれない。 0: 穂邑:だから私は、これからもずっと、ぜんと一緒にいたいんだよ! 0: 穂邑:そんな事も分かんないのか、このバカタレ! 善鬼:そうだな、俺はバカタレだ。 穂邑:私より、剣を選ぶのかい? 善鬼:おめえより大切なもんなんて、この世にあるはずねえよ。 穂邑:だったら! 善鬼:でもな、俺にはやらなきゃならねえことがあるんだ。 0: 善鬼:この命に替えても、果たさなきゃいけねえもんがあるんだよ。 穂邑:・・・結局、私は選ばれないんじゃないか。 善鬼:・・・そうだな。 穂邑:っ! 善鬼:そうなっちまうよな・・・ 0:少し間 穂邑:せめて・・・せめてさ・・・ 善鬼:ん? 穂邑:私を・・・抱いてくれないかい? 善鬼:とら・・・ 穂邑:アンタ、女を知らないまんまなんだろ?私のせいで。 善鬼:違う。それは違うよ。 0: 善鬼:それはただの・・・俺のわがままだ。 0: 善鬼:おめえが気にすることじゃねえよ。 穂邑:私は気にするよ。それは私のわがままだ。 0: 穂邑:アンタが女を抱かなかったのは、私にこだわっているから、私を大切に想っているから。勝手にそう思うんだ。 善鬼:・・・ 穂邑:でも、もう良いだろ? 0: 穂邑:せめて最後にさ、アンタの証(あかし)を、私に刻んでおくれよ。 0: 穂邑:今まで沢山の男に体を許してきた。でも、心はまだ、汚れちゃいないつもりだよ。 善鬼:当たり前だ。おめえは汚れてなんかいねえ。ずっと綺麗なまんまだ。 穂邑:一度で良い。この心ごと、ぜんの物にして欲しいんだ。 0:間 善鬼:・・・やっぱりできねえ。 穂邑:・・・どうして? 善鬼:女を・・・いや、おめえを抱いたら、俺は変わっちまう。きっと弱くなる。それじゃ駄目なんだ。 0: 善鬼:明日の立ち会いは、今の俺のままじゃなきゃ、駄目なんだ。 穂邑:・・・ひどい。 善鬼:そうだ。 穂邑:・・・最低だ。 善鬼:本当だな。 穂邑:・・・鬼畜(きちく)の所業(しょぎょう)だよ。 善鬼:間違いねえよ。 穂邑:絶対に許さない。 善鬼:・・・ 0:少し間 穂邑:・・・でも 0: 穂邑:見つけたんだね。 善鬼:・・・何を? 穂邑:あの日、一緒に村を飛び出した時には、持ってなかった、「何か」をさ。 善鬼:・・・ああ。多分、そうなんだろうな。 0:長めの間 善鬼:じゃあ、行くわ。 穂邑:・・・うん。 善鬼:達者でな。 穂邑:・・・ぜん! 善鬼:ん? 穂邑:もう、自分を責めるんじゃないよ。 善鬼:・・・ 穂邑:アンタは精一杯頑張った。立派だった。アンタの人生に、恥じる所なんて一つも無い。 0: 穂邑:だから、胸を張りな! 0: 穂邑:何せアンタは、私が生涯でただ一人、惚れた男なんだ! 0:少し間 善鬼:・・・そうか。 穂邑:・・・そうさ。 0:少し間 善鬼:ありがとな、とら。 穂邑:何がだい? 善鬼:何もかもさ。 0: 善鬼:俺の人生に、居てくれて、ありがとう。 穂邑:・・・「すまねえ」より、そっちの方が良いね。 善鬼:そうだな。 0:少しだけ笑い合う 0:間 0:荒野 立ち会い 一刀斎:『激しい斬り合いが止み(やみ)、一定の間合いを取ったまま、二人は対峙している』 善鬼:(呼吸を整える) 典膳:(呼吸を整える) 一刀斎:『互いに、最強の一太刀を見舞うつもりだ。その機をうかがっている』 善鬼:・・・ 一刀斎:『先に動いたのは善鬼だった。ゆっくりと刀身を持ち上げ、大上段に構える』 善鬼:(さあ、典膳。見せてみろ!) 一刀斎:『対する典膳は・・・』 典膳:・・・・・・ 善鬼:(・・・なんだ?何かがおかしい) 典膳:・・・ 善鬼:(構えを、解いた?) 一刀斎:・・・ 善鬼:(殺気まで、消えやがった?) 典膳:・・・ 善鬼:(殺気どころじゃねえ。気配自体が消えていく。一体どうなってやがる?) 0: 善鬼:『俺は不思議な感覚に襲われていった。そこにいるはずの典膳が、まるでそこに居ないような・・・』 0: 善鬼:(・・・・・・先生?) 一刀斎:・・・ 善鬼:『俺は確信した。先に動いたらやられる。間違いなく』 0: 善鬼:『だが・・・』 0:間 0:回想 欅楼 善鬼:なあ、とら。 穂邑:何だい? 善鬼:・・・もし、百に一つ、命を拾うことができたらよ。 穂邑:うん・・・ 善鬼:その時は、今度こそ、俺を男にしてくれるかい? 穂邑:っ! 0: 穂邑:もちろんだよ・・・ 善鬼:・・・ありがとよ。 穂邑:約束、だよ? 善鬼:ああ、約束だ。 穂邑:絶対、諦めちゃ駄目だよ!生きて・・・私のところに、帰ってこい! 善鬼:おう! 0:間 0:荒野 善鬼:とら 0: 善鬼:ゴメンな 0:少し間 善鬼:『だが俺は、剣を振り下ろさずには、いられなかった』 0:少し間 善鬼:(剣を振り下ろしながら)いやあああああああ!!! 典膳:っ! 0:典膳、善鬼の斬撃を掻い潜り、胴払いを放つ。 善鬼:・・・ 典膳:・・・ 善鬼:『剣を振り下ろした先に典膳の姿はなく、ふと下を見ると、俺の腹が、真一文字(まいちもんじ)に、斬り裂かれていた』 0: 善鬼:(吐血し、倒れ込む) 典膳:兄者! 0:典膳、剣を投げ捨て駆け寄り、善鬼を抱き起こす。 善鬼:(終わったのか。ようやく・・・) 典膳:兄者、兄者! 善鬼:典膳・・・ 0: 善鬼:今のは・・・無想剣(むそうけん)か?おめえ、いつの間に一刀流の秘伝を? 典膳:・・・ 善鬼:すげえなあ。太刀筋が、まるで見えなかった。 0: 善鬼:見事だったぞ、典膳。 典膳:兄者・・・ 0:一刀斎、二人に近付く 一刀斎:済んだか?典膳、骸(むくろ)は片付けておけよ。 典膳:っ! 0: 典膳:・・・・・・一刀斎!!! 善鬼:よせ。 典膳:え? 善鬼:もう、良いじゃねえか。 0: 善鬼:これで、一刀流は、おめえのもんだ。な? 典膳:・・・ 一刀斎:・・・ 善鬼:なあ・・・ 典膳:はい。 善鬼:(腰から脇差を抜き)これ、もらってくれねえか? 典膳:これは、兄者の脇差(わきざし)? 善鬼:これな、昔・・・(少し笑いながら)先生に、もらったんだ。 一刀斎:・・・ 善鬼:受け取ってくれ。俺の、形見(かたみ)だ。 典膳:・・・(脇差を受け取り)はい、兄者。 善鬼:「ぜん」だ。 典膳:えっ? 善鬼:「ぜん」・・・それが俺の、本当の名前だ。 0: 善鬼:覚えていてくれ・・・俺はもう、「鬼」じゃねえ。 一刀斎:っ! 典膳:はい・・・はい! 善鬼:ありがとな、典膳。 典膳:『兄者の目から、光が消えた』 善鬼:・・・ 典膳:『しかし、生気(せいき)を失ってもなお、その眼(まなこ)は、何者かの姿を捉えているようだった』 善鬼:よお・・・見届けにきてくれたのかい? 0: 善鬼:・・・ザマァねえだろ? 0: 善鬼:たくさん、斬ってきたんだなあ・・・ 0: 善鬼:さぞかし、俺を恨んでるだろうが・・・ 0: 善鬼:これから、地獄行ってよ・・・閻魔大王様(えんまだいおうさま)に、きっちり締め上げられてくるから・・・ 0: 善鬼:それで・・・堪忍(かんにん)してくれや。 0:少し間 典膳:『兄者が腕を伸ばす』 善鬼:・・・ 0: 典膳:『その手は、残りわずかな力で、必死に何かを掴み取ろうとしているようだった』 0: 典膳:『何か・・・とても大切なものを』 善鬼:とら・・・ 典膳:『だが、やがて力を失い・・・』 0: 典膳:『・・・地に堕(お)ちた』 0:間 0:欅楼 穂邑:ぜん? 0: 穂邑:『誰かに呼ばれたような気がした』 0: 穂邑:『だが、振り向いた先には誰の姿も無く、代わりに、木の葉(このは)が一枚、風にもて遊ばれるように刹那漂った後・・・私の前に、ふわりと堕ちた』 0: 穂邑:ああ・・・逝(い)っちまったのかい。 0:つづく