台本概要
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タイトル | 【きっとフリージアは、彼女の傍で咲いていたかったのよ。】 |
---|---|
作者名 | 瀬川こゆ (@hiina_segawa) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
彼女は独りで死んでいった。 何もかもを背負って黙って逝った。 魔王軍に寝返った彼女を人々は裏切り者だと呼んだけれど、傷付く事も貶される事も慣れていたから平気だった。 彼女にはたった1人だけ、友と呼べるあの子が居た。 あの子は彼女が傷付く事も貶される事も許せなかった。 彼女は思う、あの子は太陽みたいだと。 そうするとあの子はこう言うのだ。 「私がお日様なら、あなたはお月様だわ」と。 これはあの子が見ていた彼女の話。 ※ ファンタジーですが世界観がファンタジーなだけで、中身はどの付くシリアス祭りです。 基本(N)と(M)で進行する朗読の掛け合いのような台本です。 (N)→ナレーション。 (M)→モノローグ。 女サシ劇ですが(N)部分を他の方が演り、3人台本にしても大丈夫です。 サシ台本 【ライラックはいつまでも、彼と彼女を見守りたかった。】 の、対台本になります。 オムニバス形式なので目を通さなくても問題ないですが、↑を読んだ方が若干分かりやすいです。 非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で音声記録が残る場合はX等に連絡頂けますと幸いです。 過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。 511 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
娘 |
女 ![]() |
100 | フルネーム〈プラーミア・シャムス〉こと〈プティ〉。メイン属性、火に違わない明るい性格をした人間の娘。 |
彼女 |
女 ![]() |
96 | フルネーム〈ウゥ・ヴァルティメント〉こと〈ウゥ〉。亜人差別主義により、迫害を受けて来たエルフの娘。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
彼女:(N)
彼女:薄暗い部屋の中で、蝋燭の灯りだけが不規則に揺れていた。
彼女:石造りの天井を見上げるのにも飽きた。
彼女:背中が冷たい事にも慣れた。
彼女:ここは何もかもが寂しいと感じる。
彼女:それは恐らく、彼女自身が孤独だからに他ならないのだろう。
彼女:不意に浮かぶ思い出は、いつだって同じ光景ばかりだった。
彼女:まるでそれだけしか、持っていきたいと思わなかったように。
彼女:
彼女:それとなくでも言いたい事があった。
彼女:何気なく、吐き出せるだけで充分だった。
彼女:終ぞ叶わないまま、彼女の幕は下りる。
彼女:
彼女:無事だろうか?
彼女:怪我はしていないだろうか?
彼女:誰か優しい人が傍に居て欲しい。
彼女:
彼女:それから少しは、心に残してくれるといい。
彼女:
彼女:願望は叶えなければ、願うだけだ。
彼女:つまりきっと自分は、自他共に認める愚か者なのだ。
彼女:それでいい、それでいい。
彼女:
彼女:悪足掻きとでも言うように、口を開いた彼女はポツリと零す。
彼女:
彼女:「きっとアナタが私の生涯で、唯一の最愛でした。」
彼女:
彼女:そうして彼女はその翠色の瞳を、瞼の裏に閉じ込めたのだ。
0:一拍。
娘:(M)
娘:ここは王国が認可する魔法学校。
娘:魔法の才能を認められた青少年達が各地から集められ、日々勉強をしながら暮らす学び舎だ。
娘:一定数の魔力さえあれば入学を認められる為、過半数は人間だが、他にも様々な種族の者達が居る。
娘:そんな由緒正しき学校の廊下を渡りながら、私は怒り混じりに声を荒らげていた。
0:一拍。
娘:あぁ、もうっっ!!信じられない!
娘:なんて卑怯なのかしら!
娘:あと1年で卒業だって言うのに、やる事も言う事も幼稚過ぎて耐えられないわ!
彼女:そう怒らないで、プティ。
彼女:可愛い顔が台無しよ。
娘:これが怒らないでいられるものですか!
娘:何が亜人よ!
娘:人間様がそこまで偉いって言うのなら、今頃この世界は衰退しているに決まっているわ!
彼女:でも、あなただって人間じゃないの。
娘:えぇ、そうよ。
娘:だからこそ同じ人間のくせに、偉ぶってる人達が許せないのよ。
彼女:ふふふ。
彼女:あのね、本当に怒らなくていいんだよ?
彼女:私は対して気にもしていないし。
彼女:こんなの日常茶飯事なんだから。
0:一拍。
娘:(M)
娘:お馬鹿な学友達が寄って集って私の友人を虐めたせいで、その日一日の私の気分は最悪以外の何ものでもなかった。
娘:
娘:私はただのありふれた人間でしか無いけれど、私の親愛なる友人はそうではない。
娘:所謂、精霊族に分類される、もっと分かりやすく言えば、彼女はエルフだった。
娘:
娘:森の番人、或いは高潔なる種族。
娘:私は昔から絵本が大好きで、中でもエルフが出てくる話が大のお気に入りだった。
娘:だから彼女に初めて出会った時、
娘:「ああもう絶対に何としてでも、この子の最高の友人になってみせるのよ!」
娘:と、1人で勝手に息を巻いていたのだ。
0:一拍。
彼女:ほら、腕を少し溶かされただけだし……。
彼女:それに私は回復魔法が得意だから、こんな傷はすぐに自分で治せるの。
娘:溶かされただけですってっっ?!
娘:少なくとも私の世界では、わざと薬品を掛けられて腕に大火傷を負わされた事を、"少し"だとも"だけ"だとも言わないのよ!
彼女:大変よ、プティ。
彼女:私とあなたが今居る世界は、同じようで全然別物みたいなの。
娘:なら私の所まで来て頂戴、ウゥ・ヴァルティメント!ええ、今すぐによ!
娘:そして私と同じように怒るのが懸命だわ!
娘:だってあなたが何も言わないのをいい事に、あの人達は図に乗ってやりたい放題なんですもの!
娘:私はちっとも納得出来ないし、そもそも納得するつもりも無いのよ!
彼女:でも私はわざわざ怒る理由が無いし、あってもすぐに無くなっちゃうのよ、プティ。
娘:あら、どうして?
彼女:だって私の親愛なる心優しき友人が、自分の事のように怒ってくれちゃうの。
彼女:それが嬉しいって喜ぶのに夢中で、他の事に手も頭も回す余裕なんて無いのよ。
娘:……。
彼女:ああ勿論、心もよ?
彼女:残念ながら心だって、傷付いた傍から誰かさんが包帯でぐるぐる巻きにしようとしてくるの。
彼女:ほら偶然にも、まるで今の私の腕みたいにね。
娘:もうっっ。
娘:そんな事を言われちゃったら、これ以上怒れなんて言えなくなっちゃうじゃないの!
娘:あなたは本当にずるいわ!
彼女:ふふふ。
娘:この学校は遅れているのよ。
娘:亜人差別なんて遠い昔の話になりつつあるのに。
娘:そもそも私、亜人って言葉が嫌いだわ、ええ大嫌いよ。
彼女:自分と違う事は怖いものなのよ、きっと。
彼女:私は違う事だらけで、むしろ当たり前が怖い方だけれど……。
娘:あら私の耳はパッとしないけれど、だからあなたの長い耳が好きだし、私の瞳の色と同じ人なんて沢山居るけれど、だからあなたの宝石みたいな瞳が好きだわ。
娘:違うから怖いなんて、そんなのただその人が臆病なだけよ。
彼女:なんだか昔を思い出すなぁ。
娘:いつの事?
彼女:あなたが私に初めて話しかけてくれた日の事。
娘:嫌だわ恥ずかしい!
娘:あの時は混乱してたのよ!
娘:それでなんだか、
彼女:「あなたはずっと雨に打たれてるわ。だから私はあなたに傘を差すチャンスが欲しいのよ」
娘:もう、忘れてよ!
彼女:あの日の空は晴れていたのに。
娘:でもあなたは泣いていたわ。
彼女:雨に降られる事なんて慣れているのに。
娘:でも私が嫌だったんだもの。
彼女:だから絶対に忘れてあげないの。
娘:まぁ意地悪だわ!
彼女:この記憶を忘れろって言う方が意地悪よ、プティ。
娘:結局私はいつだって、あなたには適わないのよ。
娘:あなたの後ろ姿を追いかけてばかりだわ。
彼女:そんな事ないよ。
彼女:追いかけているのは、むしろ私の方じゃないのかな?
0:一拍。
娘:(M)
娘:6年間は長いようであっという間だった。
娘:私達は普段、ほとんど一緒には居なかった。
娘:私はお昼ご飯だって授業だって自習だって、勿論、休日だって一緒に居たかったけれど、彼女がそれを良しとしなかったからだ。
彼女:「私と仲良くしていると、あなたまで嫌な思いをするわ」
娘:そんな事を口癖のように彼女が言うものだから、私は5年間、渋々言う事を聞いていたのだ。
娘:
娘:けれど6年目、最後の年だけは、私は譲るつもりが無かった。
娘:だってどう足掻いたって、別の道を歩かなくちゃいけなかったから。
娘:「全然煮え切らなかった5年分、たったの1年くらいは私に譲ってくれても良いじゃない!」
娘:そんな事を口癖のように私が言うものだから、
彼女:「分かった、分かったからもう拗ねないで?プティ。最後の1年だけは全部あなたに捧げる事にするよ」
娘:と、今度は彼女が渋々折れたのだった。
0:一拍。
彼女:……卒業先は決まったの?
娘:え?
娘:ああ私はね、王立魔法騎士団に入る事になったわ。
彼女:王立魔法騎士団に?
娘:そう。
娘:たまたまスカウトしてもらったの。
娘:ほら、去年の夏の、
彼女:ああ、学年対抗戦?
彼女:5年生の中で、あなた3位だったものね。
彼女:それも男女混合試合で。
娘:そう、それをたまたま観てくださっていたみたいなのよ。
娘:まぁ来なくたって自分から試験を受けただろうから、結果は同じだったと思うけれど。
彼女:それでも良かったじゃない。
彼女:望むよりも望まれる方がなんだかんだ幸福なのよ。
彼女:それにあなたずっと言ってたじゃない?
彼女:「絶対に王立魔法騎士団に入ってやるわ!」って。
娘:あら、そうだったかしら?
彼女:うん、1年目から言ってたと思うよ。
彼女:その為に魔法も馬術も剣も全て、プティが努力したからこその結果なの。
彼女:ただ魔法だけを練習してたら、どうしたって無理な話だったと思うから。
娘:ありがとう。
彼女:ふふふ。
彼女:プラーミア・シャムス風に言うとこうかな?
彼女:「どうしてあなたはお礼なんて言うのかしら?私はただ、当たり前の事を言っただけなのに!」
娘:もう!
娘:……ウゥはどうするの?
彼女:私?
娘:そう。
彼女:……まだ何にも決まってないよ。
娘:スカウトは?
彼女:全然。
彼女:ほら、私は後衛でしょ?
彼女:属性もスキルもサポートメインだし。
娘:でもサポーターが居なきゃ、私達みたいなアタッカーは前には行けないわ。
娘:花形だから目立つかもしれないけれど、
娘:でももし私が偉い人だったら、まずは真っ先にあなたみたいなサポーターから捕まえるわよ。
彼女:捕まえるって。
娘:あながち間違いじゃないでしょう?
娘:あなたはすぐ逃げちゃうし隠れちゃうから、捕まえて置かなきゃ探し出すのが大変なのよ。
彼女:その割にはいつも来てくれるような?
娘:あら、私を見くびらないで欲しいわ!
娘:ことヴァルティメント家の娘さんに関しては、私はとっても物知りなのよ?
娘:何故ならば私の親愛なる心優しき友人は、我慢強くて何でもかんでも耐えようとしちゃう子だから、誰かが時々発散させないといけないのよ。
彼女:どうしよう、何にも反論出来ないの。
娘:……でも本当は、出来るだけ傷付かないでほしいわ?ウゥ。
娘:私はあなたの事に気が付けるけれど、生憎と回復魔法は使えないのよ。
娘:だってあなたが完璧に治してくれちゃうから、勉強する必要が無かったんですもの。
彼女:そもそもプティの属性は、メインが火でサブは風。
彼女:属性外の魔法はいくら学んだところで意味が無いって、この6年間で私達は嫌と言う程教えられてきた筈よ。
娘:でもあなたは自力で雷を取ったわ!
娘:聖属性は基本的にメインしか無いものなのに。
彼女:たまたま素質があっただけだし、それだって結局サブ止まりよ。
娘:あなたは時々卑屈になるわ。
娘:そう言うところは私、悲しくなっちゃうから好きじゃないの。
彼女:私はプティの全部が大好きだよ。
彼女:片思いだったみたいだけれど……。
娘:あら、私だってあなたの全部が大好きだわ!
娘:でもだからこそ私が大好きなあなたを、あなた自身に否定してほしくはないのよ。
彼女:……頑張れたら頑張るよ。
娘:そうしてくれると嬉しいわ。
彼女:……プティはこれからもずっと変わらないんだろうね。
彼女:この先もずっとお日様みたいなの、きっと。
彼女:だから私は少し寂しくなるのよ……これからはお日様を独り占め出来ないから。
娘:あら私がお日様なら、あなたはお月様だわ。
娘:離れていても切り離される事は決して無いし、同じように回るのよ。
彼女:(小声)
彼女:……でも隣を歩く事は出来ないじゃない。
0:一拍。
娘:(M)
娘:私は予定通り、王立魔法騎士団に入団した。
娘:彼女はギリギリまで、進路に悩んでいた。
彼女:やりたい事が無いの。
彼女:胸を張れる事だって無いし。
娘:(M)
娘:理解し難い話だけれどエルフってだけで難航してしまうようで、彼女は日に日に元気を失くしていった。
娘:けれど最終的には、
彼女:王都からかなり離れた所にある小さいギルドなんだけれど、そこのマスターがもし良ければ来ないかって……。
娘:迷っているのかしら?
彼女:私でいいのかなぁって。
彼女:それに……。
娘:そこでも虐めれたらどうしよう?
彼女:……うん。
娘:私は良いと思うわ。
娘:案外小さい所の方が、王都よりも自由かもしれないし。
彼女:うん。
娘:それに行くだけ行ってみて、それでやっぱり難しいのなら、帰ってきちゃえばいいのよ。
彼女:……どこに?
娘:あらそんなの決まっているわ!
娘:勿論、私の所によ。
彼女:ふふふ、何それ?
娘:私意外と心が狭いみたいだから、それ以外の選択肢なんてあげないわ。
彼女:うん……ありがとう。
娘:……でもあなたが本当に行きたい場所があるのなら、そこには行ってしまったっていいのよ。
彼女:例えばそこが、プティが絶対に行けないような場所だとしても?
娘:寂しくて堪らなくなると思うけれど、それでもいいわ。
彼女:……どうして?
娘:私はね、ウゥ。
娘:あなたが生きてさえいてくれるのなら、本当はね?それだけで良かったりするのよ。
彼女:……落ち着いたら手紙を書くね。
彼女:王立魔法騎士団に送ればいいのかな?
娘:ええ、絶対よ。
娘:私も送るわ。
娘:どんなに些細でくだらない事だって、全部書いて送り付けてしまうんだから。
彼女:なんだか分厚くなりそうだね。
娘:だからあなたも、どんなに小さな事でも書いてくれると嬉しいわ。
彼女:分かった。
0:一拍。
娘:(M)
娘:私と彼女はしばらくの間、何でもない事を文字にしては送り合っていた。
娘:彼女が思っていたよりも、小さなギルドは彼女の居場所になってくれたらしい。
娘:私は密かに、当たり前だと思っていた。
娘:だって他ならぬ彼女を見付けて選ぶだけの、センスがあったんですもの。
彼女:〈こんにちは、親愛なる心優しき友人プラーミア・シャムス。今日はあなたにだけ伝えたい事があるのよ。〉
娘:(M)
娘:そんな始まりで彼女からいつもの手紙が来たのは、2年くらい経った頃だった。
0:一拍。
娘:こんにちは!親愛なる心優しき友人ウゥ・ヴァルティメント。私に伝えたい事っていったい何かしら?
彼女:〈私最近ね、結婚したの。〉
娘:なんですって!
娘:私の中で素敵な日が1日増えたわ!
娘:お相手は誰かしら?
娘:ねぇ教えて頂戴な、ウゥ。
彼女:〈その人は私がこのギルドに来てから、ずっと良くしてくれた人なのよ。〉
娘:あなたが頻繁に話してくれた人ね!
娘:勿論、覚えているわ。
彼女:〈でもね、プティ。これは黙っていて欲しいのだけれど……。〉
娘:何かしら?
娘:でも何であったって、あなたが望むのなら誰にも言わないわ。
0:一拍。
彼女:〈実はこの結婚はね、契約なのよ。つまり、偽物って事なの。〉
娘:……なんですって?
娘:私の親愛なる心優しき友人、ウゥ・ヴァルティメント。
娘:どうしてそんな事になってしまったの?
彼女:〈詳しくは残念だけれど言えないの。
彼女: でもきっと突発的で非現実的で、
彼女: それからほんの少しだけ……暖かいのよ。
彼女: だから安心して、私は大丈夫。〉
娘:そう……。
娘:ちょっぴり寂しいけれど、でも何でもかんでも知りたがってはダメね?
娘:あなたが生きていてくれるだけで、他に望む事なんて無いのだもの。
彼女:〈ねぇプティ?
彼女: もう聞いているのかもしれないけれど、
彼女: 念の為に伝えておくわ。
彼女: 最近、魔物が出始めているの。
彼女: それも色んな所で。
彼女: まだ王都にまでは出現していなくても、
彼女: きっと時間の問題だろうって。
彼女: 何か良くない事が起こりそうだって、
彼女: ギルドの人が言っていたの。
彼女: だからどうか気を付けてね。
彼女: 親愛なる心優しき友人プラーミア・シャムス。
彼女: また手紙を書くわ。〉
0:一拍。
娘:(M)
娘:各地に出現し始めた魔物達は、やがて王都にまでその姿を現すようになった。
娘:そのあたりからまことしやかに囁かれ始めたある噂は、すぐに実体を持って現実としてこの世界に君臨した。
彼女:〈親愛なる心優しき友人プラーミア・シャムス。
彼女: ごめんなさい、
彼女: 時間が無いから要件だけ手短に書くね。
彼女: "魔王"が、蘇ったの……。〉
0:一拍。
娘:(M)
娘:すっかり気が抜けてしまっていたこの国、否、この世界にとって、魔王の復活は致命傷だった。
娘:魔王軍は徐々に勢力を伸ばしていき、人々はほとんど為す術もないままに支配されていった。
娘:
娘:勇者と呼ばれる者さえ存在しない中、けれど代わりのように立ち上がったのは、彼女が所属していた小さなギルドだった。
娘:
娘:やがて彼女達は、"討伐軍"もしくは"革命軍"と呼び名を変えて、魔王に対抗する唯一の組織となる。
0:間。
彼女:あなたも私に何か用があるの?
彼女:どうせ同じような事だろうけれど……。
彼女:でも今日は見逃してくれないかしら?
彼女:生憎と疲れちゃって魔力も残っていないから、攻撃されても治すのに時間が掛かるの。
娘:……。
彼女:まぁそんな事言ったところでね、聞いて貰えた試しなんて無いし……。
彼女:でも私だってね、治せるだけで痛いのは嫌なのよ。
彼女:少しでも良心があるのなら、
娘:(被せる)
娘:ごめんなさい。
娘:私、あなたの言っている意味が分からないわ。
彼女:(ため息)
娘:だって特に用なんて無いんですもの。
娘:だからあなたが言う"同じような事"も、"何を"見逃せばいいのかも、生憎と覚えが無いのよ。
彼女:用も無いのに来るような所じゃ無いと思うのだけれど?
娘:「空が見たかった」は用になるのかしら?
彼女:いいえ。
娘:ならそうねぇ……。
娘:ごめんなさい私、多分未だかつて無いくらいに緊張しているのよ。
彼女:緊張?
娘:(咳払い)
娘:あなたはずっと雨に打たれてるわ。
娘:だから私はあなたに傘を差すチャンスが欲しいのよ。
彼女:……何それ?
0:一拍。
娘:(M)
娘:魔王軍は強くて、彼女達でさえも苦戦していた。
娘:魔族は聖なるものに弱い。
娘:だから聖属性が主となる回復魔法なんて効かない。
娘:その大前提すら、ある日を境に崩されてしまった。
娘:大分遅れてしまったけれど、私も革命軍に入ったの。
娘:例え悪い事の延長戦だとしても、もう一度あなたと一緒に居たかったのよ。
娘:……悪い予感は、当たってしまうものなのね。
0:一拍。
彼女:(N)
彼女:不意に呼ばれような気がして、彼女は目だけを動かした。
彼女:一際懐かしい顔が此方を見ていて、彼女はほんの少しだけ眉根を寄せた。
彼女:知らないふりをしようと思う。
彼女:大丈夫。
彼女:人も自分も、騙すのには慣れている。
娘:「どうしてなの?」
彼女:(N)
彼女:あの子はそう言った。
娘:「どうしてあなたがそっちに居るのよ?」
彼女:(N)
彼女:あの子の表情が歪んだ。
娘:「こんな形で会いたくなんてなかったわ。」
彼女:(N)
彼女:思えば泣いてばかりいたのは彼女の方で、あの子の泣きそうな口元を彼女は初めて見たけれど、到底、好きになれそうにはなかった。
彼女:彼女を責め立てる声が聞こえる。
彼女:或いは言葉すら出せない人が、無意識に飲み込んだ喉の音。
彼女:すぐ近くに居たどうにもいけ好かない人間の、愉快そうに彼らを煽る腐った羅列。
彼女:その中に紛れて、俯いたあの子の口から小さく零れて埋もれた文字が、彼女の耳にだけ届いてしまった。
娘:「でもいいの……いいのよ。あなたは生きていてくれたのだから、それだけで充分だわ。」
彼女:(N)
彼女:もう後戻りなんて出来ない事は分かっていて、覚悟以外は全てあの場所に置いて来た。
彼女:それなのに「帰りたい」と叫びたくなって、彼女は掌に爪を立てた。
彼女:途端に呼吸がしづらくなったけれど、幸いな事に誰にも気付かれはしなかった。
彼女:
彼女:あの子は昔から馬鹿だ、大馬鹿なのだ。
彼女:だって彼女自身すらほとんど捨ててしまった生命が、渋とく残っているだけのただの偶然を、一際望んで喜ぶのだから。
彼女:
彼女:振り返る寸前に形だけ作った一言を、「どうかあの子が見ていませんように」と、彼女は願うだけが精一杯だった。
0:一拍。
娘:(M)
娘:私、あなたの事は何でも分かっているつもりだったけれど、そうじゃなかったみたいなの。
娘:あなたの髪の色も瞳の色もそんな色じゃなかった筈だし、誰かを傷付けるのだって不得意な筈だった。
娘:けれど私、何となく気付いてはいたのよ。
娘:だって急にあなたからの手紙が途切れてしまったから。
娘:革命軍と合流した日、あなたの姿が無かった事にも一抹の不安を覚えていたし、
娘:その後、急に魔族が回復するようになったって聞いて、嫌な予感がずっと纏わりついていたの。
娘:だから当たり前のように、魔王の側近の横に居るあなたを見た時も、
娘:「ああ、やっぱりそこに居てしまったのね」
娘:って思って、もしかしたら口にも出してしまってて、それで哀しくなったのよ。
彼女:「あなたなんて知らないわ。」
娘:(M)
娘:私と言う存在が、あなたの中で無いものになったとしても構わない。
彼女:「どこかで会ったかしら?生憎と覚えが無いのだけれど……。」
娘:(M)
娘:ちょっぴり哀しい、いいえ凄く哀しいけれど、私が覚えているからいいのよ。
彼女:「……もう行こう。今日は偵察なだけで魔王様は今すぐ殺せとは言ってないから。」
娘:(M)
娘:ねぇ、お願い。
娘:泣きそうなのを誤魔化さないで。
娘:あなたは昔から、自分を騙してばかりなの。
娘:私はあなたが生きていてくれた事だけで、それだけで充分なのよ。
娘:
娘:だから、ねぇ?ウゥ。
彼女:(小声)
彼女:「……ごめんなさい。」
娘:(M)
娘:謝らなくたっていいのよ……。
0:間。
彼女:(N)
彼女:もう、潮時だ。
彼女:彼女は胸元に手を当てながら、一つ息を落とした。
彼女:魔王を倒そうとする側に居た筈なのに、気が付けば魔王軍の中に居た。
彼女:傍から見ればそれは"裏切り"で、端から彼女もそのつもりではあった。
彼女:
彼女:予想だにしていなかったのは、魔王の側近が人間だった事くらいだ。
彼女:アダムとイヴの子供は実から得た知恵を存分に使って、愉しげに憎々しげに人々を蹂躙している。
彼女:
彼女:厄介だ、厄介だからこそ確信した。
彼女:このままでは"彼ら"は負けてしまう、と。
彼女:そうして"彼ら"が敗北してしまえば、次には"あの子"が傷付くのだろう。
娘:「あなたはずっと雨に打たれてるわ。だから私はあなたに傘を差すチャンスが欲しいのよ。」
彼女:(N)
彼女:随分突拍子もない事を言いながら、あの子は彼女の雨雲の中に飛び込んで来た。
娘:「嬉しいわ!だってやっとあなたとお昼ご飯を堂々と食べられるんですもの!」
彼女:(N)
彼女:誰も虐げるばかりで寄り付かない彼女へ、あの子は唯一、傘を差し出してきた。
娘:「あなたが本当に行きたい場所があるのなら、そこには行ってしまったっていいのよ。」
彼女:ねぇ、プティ。
彼女:本当は行きたくない所に行くしかなかったとしても……あなたは許してくれる?
娘:「寂しくて堪らなくなると思うけれど、それでもいいわ。」
彼女:もう二度と会えなくなったって……それでもいいって言ってくれる?
娘:「なら私の所まで来て頂戴、ウゥ・ヴァルティメント!ええ、今すぐによ!
娘:そして私と同じように怒るのが懸命だわ!
娘:だってあなたが何も言わないのをいい事に、あの人達は図に乗ってやりたい放題なんですもの!」
彼女:私、好きな人が出来たのよ。
彼女:いつかあなたに会わせたかったけれど、驚いたの。
彼女:だってあなたってば、私が紹介するよりも先にあの人に会ってしまっていたから。
娘:「あら、私を見くびらないで欲しいわ!
娘:ことヴァルティメント家の娘さんに関しては、私はとっても物知りなのよ?」
彼女:あの日の空は晴れていたのに。
娘:「でもあなたは泣いていたわ。」
彼女:雨に降られる事なんて慣れているのに。
娘:「でも私が嫌だったんだもの。」
彼女:……だから絶対に忘れてあげないの。
娘:「私はね、ウゥ。
娘:あなたが生きてさえいてくれるのなら、本当はね?それだけで良かったりするのよ。」
彼女:奇遇ね、プティ。
彼女:…………私もよ。
0:間。
娘:(M)
娘:私達は、呆気なく捕まってしまった。
娘:魔王城の地下牢に閉じ込められて、武器を取られて、全員魔力封じを掛けられた。
娘:ただ過ぎる時間を、焦りながら待つしかなかった時、魔王の側近がやってきた。
娘:後ろにあなたを連れて。
彼女:「一際懐かしい顔が居るじゃないの。何?そんなに睨んで?」
娘:(M)
娘:あなたは酷く辛そうに顔を歪めていた。
娘:馬鹿ね。
娘:この間、私なんて知らないものにしたじゃない。
娘:そう言うところは詰めが甘いのね?
娘:私、初めて知ったわ。
彼女:(小声)
彼女:「あなたの魔力封じは解いたから、側近が居なくなったら錠前だけ溶かせる?」
娘:(M)
娘:私の胸倉を掴んでまるで脅すような体勢になったあなたは、まつ毛が数えられちゃうくらいの距離でそう言い放つ。
彼女:(小声)
彼女:「時間稼いでくるから、その間に逃げて。私は大丈夫、だって……裏切り者だから」
0:一拍。
娘:(M)
娘:そうして、あなたは行ってしまった。
娘:
娘:あなたは二度と振り返らなかった。
娘:
娘:それが…………あなたと私の最後だった。
0:間。
娘:(M)
娘:ああ、この世にはこんなにも哀しい事があるのね……。
娘:こんなもの、私、知りたくなんてなかったわ。
娘:ねぇ、どうして独りを選んだのよ?
娘:私、ここに居たじゃない。
娘:あなたの後ろに居たじゃない。
娘:どうして私を忘れて置いて行くのよ?
娘:私には忘れさせてくれないくせに。
彼女:「この記憶を忘れろって言う方が意地悪よ、プティ。」
娘:あなたの方がよっぽど意地悪だわ、ウゥ。
彼女:「そう怒らないで、プティ。
彼女:可愛い顔が台無しよ。」
娘:これが怒らないでいられるものですか!
娘:どうしてなのよっっ?!
娘:私、言ったわ……何度も何度もあなたに言ったじゃない……。
彼女:「私はプティの全部が大好きだよ。
彼女:片思いだったみたいだけれど……。」
娘:あなたなんて好きじゃないわ……。
娘:とっくに好きじゃなかったわよ……。
娘:だから一生片想いで居るといいわ。
娘:……これから先の私のようにね。
彼女:「……ごめんなさい。」
0:一拍。
娘:(M)
娘:例えば冷たく横たわる身体が、伸ばした手の先に何を求めていたのか。
娘:
娘:閉じたその瞳が、最期に何を映したのか。
娘:
娘:自ら独りを選んだあなたが、何を望んで歩いていたのか。
娘:
娘:ただその光景がひたすらに哀しいと、そう思ってしまったことですら、数秒後には罪だと思うくらいには溢れる物も全部落ち切ってしまった。
娘:
娘:私にはこの先に何があるのか、知る由もないし分かる事も出来ないけれど……。
娘:
娘:ただ1つだけ言えることがあるとすれば、
娘:きっとこの瞬間は、一生掛かってだって忘れられないのだろう。
0:一拍。
彼女:「プティはこれからもずっと変わらないんだろうね。
彼女:この先もずっとお日様みたいなの、きっと。
彼女:だから私は少し寂しくなるのよ……これからはお日様を独り占め出来ないから。」
娘:(M)
娘:ねぇ、私はあなたが生きているのなら、それだけでいいの。
娘:それだけで、良かったの。
娘:………………それだけで。
0:一拍。
彼女:〈こんにちは、親愛なる心優しき友人プラーミア・シャムス。今日はあなたにだけ伝えたい事があるのよ。〉
娘:こんにちは、親愛なる心優しき友人ウゥ・ヴァルティメント。私に伝えたい事っていったい何かしら?
彼女:〈大好きよ……いつまでも。〉
娘:それなら私は、愛しているわ。
0:一拍。
娘:【きっとフリージアは、彼女の傍で咲いていたかったのよ。】
彼女:(N)
彼女:薄暗い部屋の中で、蝋燭の灯りだけが不規則に揺れていた。
彼女:石造りの天井を見上げるのにも飽きた。
彼女:背中が冷たい事にも慣れた。
彼女:ここは何もかもが寂しいと感じる。
彼女:それは恐らく、彼女自身が孤独だからに他ならないのだろう。
彼女:不意に浮かぶ思い出は、いつだって同じ光景ばかりだった。
彼女:まるでそれだけしか、持っていきたいと思わなかったように。
彼女:
彼女:それとなくでも言いたい事があった。
彼女:何気なく、吐き出せるだけで充分だった。
彼女:終ぞ叶わないまま、彼女の幕は下りる。
彼女:
彼女:無事だろうか?
彼女:怪我はしていないだろうか?
彼女:誰か優しい人が傍に居て欲しい。
彼女:
彼女:それから少しは、心に残してくれるといい。
彼女:
彼女:願望は叶えなければ、願うだけだ。
彼女:つまりきっと自分は、自他共に認める愚か者なのだ。
彼女:それでいい、それでいい。
彼女:
彼女:悪足掻きとでも言うように、口を開いた彼女はポツリと零す。
彼女:
彼女:「きっとアナタが私の生涯で、唯一の最愛でした。」
彼女:
彼女:そうして彼女はその翠色の瞳を、瞼の裏に閉じ込めたのだ。
0:一拍。
娘:(M)
娘:ここは王国が認可する魔法学校。
娘:魔法の才能を認められた青少年達が各地から集められ、日々勉強をしながら暮らす学び舎だ。
娘:一定数の魔力さえあれば入学を認められる為、過半数は人間だが、他にも様々な種族の者達が居る。
娘:そんな由緒正しき学校の廊下を渡りながら、私は怒り混じりに声を荒らげていた。
0:一拍。
娘:あぁ、もうっっ!!信じられない!
娘:なんて卑怯なのかしら!
娘:あと1年で卒業だって言うのに、やる事も言う事も幼稚過ぎて耐えられないわ!
彼女:そう怒らないで、プティ。
彼女:可愛い顔が台無しよ。
娘:これが怒らないでいられるものですか!
娘:何が亜人よ!
娘:人間様がそこまで偉いって言うのなら、今頃この世界は衰退しているに決まっているわ!
彼女:でも、あなただって人間じゃないの。
娘:えぇ、そうよ。
娘:だからこそ同じ人間のくせに、偉ぶってる人達が許せないのよ。
彼女:ふふふ。
彼女:あのね、本当に怒らなくていいんだよ?
彼女:私は対して気にもしていないし。
彼女:こんなの日常茶飯事なんだから。
0:一拍。
娘:(M)
娘:お馬鹿な学友達が寄って集って私の友人を虐めたせいで、その日一日の私の気分は最悪以外の何ものでもなかった。
娘:
娘:私はただのありふれた人間でしか無いけれど、私の親愛なる友人はそうではない。
娘:所謂、精霊族に分類される、もっと分かりやすく言えば、彼女はエルフだった。
娘:
娘:森の番人、或いは高潔なる種族。
娘:私は昔から絵本が大好きで、中でもエルフが出てくる話が大のお気に入りだった。
娘:だから彼女に初めて出会った時、
娘:「ああもう絶対に何としてでも、この子の最高の友人になってみせるのよ!」
娘:と、1人で勝手に息を巻いていたのだ。
0:一拍。
彼女:ほら、腕を少し溶かされただけだし……。
彼女:それに私は回復魔法が得意だから、こんな傷はすぐに自分で治せるの。
娘:溶かされただけですってっっ?!
娘:少なくとも私の世界では、わざと薬品を掛けられて腕に大火傷を負わされた事を、"少し"だとも"だけ"だとも言わないのよ!
彼女:大変よ、プティ。
彼女:私とあなたが今居る世界は、同じようで全然別物みたいなの。
娘:なら私の所まで来て頂戴、ウゥ・ヴァルティメント!ええ、今すぐによ!
娘:そして私と同じように怒るのが懸命だわ!
娘:だってあなたが何も言わないのをいい事に、あの人達は図に乗ってやりたい放題なんですもの!
娘:私はちっとも納得出来ないし、そもそも納得するつもりも無いのよ!
彼女:でも私はわざわざ怒る理由が無いし、あってもすぐに無くなっちゃうのよ、プティ。
娘:あら、どうして?
彼女:だって私の親愛なる心優しき友人が、自分の事のように怒ってくれちゃうの。
彼女:それが嬉しいって喜ぶのに夢中で、他の事に手も頭も回す余裕なんて無いのよ。
娘:……。
彼女:ああ勿論、心もよ?
彼女:残念ながら心だって、傷付いた傍から誰かさんが包帯でぐるぐる巻きにしようとしてくるの。
彼女:ほら偶然にも、まるで今の私の腕みたいにね。
娘:もうっっ。
娘:そんな事を言われちゃったら、これ以上怒れなんて言えなくなっちゃうじゃないの!
娘:あなたは本当にずるいわ!
彼女:ふふふ。
娘:この学校は遅れているのよ。
娘:亜人差別なんて遠い昔の話になりつつあるのに。
娘:そもそも私、亜人って言葉が嫌いだわ、ええ大嫌いよ。
彼女:自分と違う事は怖いものなのよ、きっと。
彼女:私は違う事だらけで、むしろ当たり前が怖い方だけれど……。
娘:あら私の耳はパッとしないけれど、だからあなたの長い耳が好きだし、私の瞳の色と同じ人なんて沢山居るけれど、だからあなたの宝石みたいな瞳が好きだわ。
娘:違うから怖いなんて、そんなのただその人が臆病なだけよ。
彼女:なんだか昔を思い出すなぁ。
娘:いつの事?
彼女:あなたが私に初めて話しかけてくれた日の事。
娘:嫌だわ恥ずかしい!
娘:あの時は混乱してたのよ!
娘:それでなんだか、
彼女:「あなたはずっと雨に打たれてるわ。だから私はあなたに傘を差すチャンスが欲しいのよ」
娘:もう、忘れてよ!
彼女:あの日の空は晴れていたのに。
娘:でもあなたは泣いていたわ。
彼女:雨に降られる事なんて慣れているのに。
娘:でも私が嫌だったんだもの。
彼女:だから絶対に忘れてあげないの。
娘:まぁ意地悪だわ!
彼女:この記憶を忘れろって言う方が意地悪よ、プティ。
娘:結局私はいつだって、あなたには適わないのよ。
娘:あなたの後ろ姿を追いかけてばかりだわ。
彼女:そんな事ないよ。
彼女:追いかけているのは、むしろ私の方じゃないのかな?
0:一拍。
娘:(M)
娘:6年間は長いようであっという間だった。
娘:私達は普段、ほとんど一緒には居なかった。
娘:私はお昼ご飯だって授業だって自習だって、勿論、休日だって一緒に居たかったけれど、彼女がそれを良しとしなかったからだ。
彼女:「私と仲良くしていると、あなたまで嫌な思いをするわ」
娘:そんな事を口癖のように彼女が言うものだから、私は5年間、渋々言う事を聞いていたのだ。
娘:
娘:けれど6年目、最後の年だけは、私は譲るつもりが無かった。
娘:だってどう足掻いたって、別の道を歩かなくちゃいけなかったから。
娘:「全然煮え切らなかった5年分、たったの1年くらいは私に譲ってくれても良いじゃない!」
娘:そんな事を口癖のように私が言うものだから、
彼女:「分かった、分かったからもう拗ねないで?プティ。最後の1年だけは全部あなたに捧げる事にするよ」
娘:と、今度は彼女が渋々折れたのだった。
0:一拍。
彼女:……卒業先は決まったの?
娘:え?
娘:ああ私はね、王立魔法騎士団に入る事になったわ。
彼女:王立魔法騎士団に?
娘:そう。
娘:たまたまスカウトしてもらったの。
娘:ほら、去年の夏の、
彼女:ああ、学年対抗戦?
彼女:5年生の中で、あなた3位だったものね。
彼女:それも男女混合試合で。
娘:そう、それをたまたま観てくださっていたみたいなのよ。
娘:まぁ来なくたって自分から試験を受けただろうから、結果は同じだったと思うけれど。
彼女:それでも良かったじゃない。
彼女:望むよりも望まれる方がなんだかんだ幸福なのよ。
彼女:それにあなたずっと言ってたじゃない?
彼女:「絶対に王立魔法騎士団に入ってやるわ!」って。
娘:あら、そうだったかしら?
彼女:うん、1年目から言ってたと思うよ。
彼女:その為に魔法も馬術も剣も全て、プティが努力したからこその結果なの。
彼女:ただ魔法だけを練習してたら、どうしたって無理な話だったと思うから。
娘:ありがとう。
彼女:ふふふ。
彼女:プラーミア・シャムス風に言うとこうかな?
彼女:「どうしてあなたはお礼なんて言うのかしら?私はただ、当たり前の事を言っただけなのに!」
娘:もう!
娘:……ウゥはどうするの?
彼女:私?
娘:そう。
彼女:……まだ何にも決まってないよ。
娘:スカウトは?
彼女:全然。
彼女:ほら、私は後衛でしょ?
彼女:属性もスキルもサポートメインだし。
娘:でもサポーターが居なきゃ、私達みたいなアタッカーは前には行けないわ。
娘:花形だから目立つかもしれないけれど、
娘:でももし私が偉い人だったら、まずは真っ先にあなたみたいなサポーターから捕まえるわよ。
彼女:捕まえるって。
娘:あながち間違いじゃないでしょう?
娘:あなたはすぐ逃げちゃうし隠れちゃうから、捕まえて置かなきゃ探し出すのが大変なのよ。
彼女:その割にはいつも来てくれるような?
娘:あら、私を見くびらないで欲しいわ!
娘:ことヴァルティメント家の娘さんに関しては、私はとっても物知りなのよ?
娘:何故ならば私の親愛なる心優しき友人は、我慢強くて何でもかんでも耐えようとしちゃう子だから、誰かが時々発散させないといけないのよ。
彼女:どうしよう、何にも反論出来ないの。
娘:……でも本当は、出来るだけ傷付かないでほしいわ?ウゥ。
娘:私はあなたの事に気が付けるけれど、生憎と回復魔法は使えないのよ。
娘:だってあなたが完璧に治してくれちゃうから、勉強する必要が無かったんですもの。
彼女:そもそもプティの属性は、メインが火でサブは風。
彼女:属性外の魔法はいくら学んだところで意味が無いって、この6年間で私達は嫌と言う程教えられてきた筈よ。
娘:でもあなたは自力で雷を取ったわ!
娘:聖属性は基本的にメインしか無いものなのに。
彼女:たまたま素質があっただけだし、それだって結局サブ止まりよ。
娘:あなたは時々卑屈になるわ。
娘:そう言うところは私、悲しくなっちゃうから好きじゃないの。
彼女:私はプティの全部が大好きだよ。
彼女:片思いだったみたいだけれど……。
娘:あら、私だってあなたの全部が大好きだわ!
娘:でもだからこそ私が大好きなあなたを、あなた自身に否定してほしくはないのよ。
彼女:……頑張れたら頑張るよ。
娘:そうしてくれると嬉しいわ。
彼女:……プティはこれからもずっと変わらないんだろうね。
彼女:この先もずっとお日様みたいなの、きっと。
彼女:だから私は少し寂しくなるのよ……これからはお日様を独り占め出来ないから。
娘:あら私がお日様なら、あなたはお月様だわ。
娘:離れていても切り離される事は決して無いし、同じように回るのよ。
彼女:(小声)
彼女:……でも隣を歩く事は出来ないじゃない。
0:一拍。
娘:(M)
娘:私は予定通り、王立魔法騎士団に入団した。
娘:彼女はギリギリまで、進路に悩んでいた。
彼女:やりたい事が無いの。
彼女:胸を張れる事だって無いし。
娘:(M)
娘:理解し難い話だけれどエルフってだけで難航してしまうようで、彼女は日に日に元気を失くしていった。
娘:けれど最終的には、
彼女:王都からかなり離れた所にある小さいギルドなんだけれど、そこのマスターがもし良ければ来ないかって……。
娘:迷っているのかしら?
彼女:私でいいのかなぁって。
彼女:それに……。
娘:そこでも虐めれたらどうしよう?
彼女:……うん。
娘:私は良いと思うわ。
娘:案外小さい所の方が、王都よりも自由かもしれないし。
彼女:うん。
娘:それに行くだけ行ってみて、それでやっぱり難しいのなら、帰ってきちゃえばいいのよ。
彼女:……どこに?
娘:あらそんなの決まっているわ!
娘:勿論、私の所によ。
彼女:ふふふ、何それ?
娘:私意外と心が狭いみたいだから、それ以外の選択肢なんてあげないわ。
彼女:うん……ありがとう。
娘:……でもあなたが本当に行きたい場所があるのなら、そこには行ってしまったっていいのよ。
彼女:例えばそこが、プティが絶対に行けないような場所だとしても?
娘:寂しくて堪らなくなると思うけれど、それでもいいわ。
彼女:……どうして?
娘:私はね、ウゥ。
娘:あなたが生きてさえいてくれるのなら、本当はね?それだけで良かったりするのよ。
彼女:……落ち着いたら手紙を書くね。
彼女:王立魔法騎士団に送ればいいのかな?
娘:ええ、絶対よ。
娘:私も送るわ。
娘:どんなに些細でくだらない事だって、全部書いて送り付けてしまうんだから。
彼女:なんだか分厚くなりそうだね。
娘:だからあなたも、どんなに小さな事でも書いてくれると嬉しいわ。
彼女:分かった。
0:一拍。
娘:(M)
娘:私と彼女はしばらくの間、何でもない事を文字にしては送り合っていた。
娘:彼女が思っていたよりも、小さなギルドは彼女の居場所になってくれたらしい。
娘:私は密かに、当たり前だと思っていた。
娘:だって他ならぬ彼女を見付けて選ぶだけの、センスがあったんですもの。
彼女:〈こんにちは、親愛なる心優しき友人プラーミア・シャムス。今日はあなたにだけ伝えたい事があるのよ。〉
娘:(M)
娘:そんな始まりで彼女からいつもの手紙が来たのは、2年くらい経った頃だった。
0:一拍。
娘:こんにちは!親愛なる心優しき友人ウゥ・ヴァルティメント。私に伝えたい事っていったい何かしら?
彼女:〈私最近ね、結婚したの。〉
娘:なんですって!
娘:私の中で素敵な日が1日増えたわ!
娘:お相手は誰かしら?
娘:ねぇ教えて頂戴な、ウゥ。
彼女:〈その人は私がこのギルドに来てから、ずっと良くしてくれた人なのよ。〉
娘:あなたが頻繁に話してくれた人ね!
娘:勿論、覚えているわ。
彼女:〈でもね、プティ。これは黙っていて欲しいのだけれど……。〉
娘:何かしら?
娘:でも何であったって、あなたが望むのなら誰にも言わないわ。
0:一拍。
彼女:〈実はこの結婚はね、契約なのよ。つまり、偽物って事なの。〉
娘:……なんですって?
娘:私の親愛なる心優しき友人、ウゥ・ヴァルティメント。
娘:どうしてそんな事になってしまったの?
彼女:〈詳しくは残念だけれど言えないの。
彼女: でもきっと突発的で非現実的で、
彼女: それからほんの少しだけ……暖かいのよ。
彼女: だから安心して、私は大丈夫。〉
娘:そう……。
娘:ちょっぴり寂しいけれど、でも何でもかんでも知りたがってはダメね?
娘:あなたが生きていてくれるだけで、他に望む事なんて無いのだもの。
彼女:〈ねぇプティ?
彼女: もう聞いているのかもしれないけれど、
彼女: 念の為に伝えておくわ。
彼女: 最近、魔物が出始めているの。
彼女: それも色んな所で。
彼女: まだ王都にまでは出現していなくても、
彼女: きっと時間の問題だろうって。
彼女: 何か良くない事が起こりそうだって、
彼女: ギルドの人が言っていたの。
彼女: だからどうか気を付けてね。
彼女: 親愛なる心優しき友人プラーミア・シャムス。
彼女: また手紙を書くわ。〉
0:一拍。
娘:(M)
娘:各地に出現し始めた魔物達は、やがて王都にまでその姿を現すようになった。
娘:そのあたりからまことしやかに囁かれ始めたある噂は、すぐに実体を持って現実としてこの世界に君臨した。
彼女:〈親愛なる心優しき友人プラーミア・シャムス。
彼女: ごめんなさい、
彼女: 時間が無いから要件だけ手短に書くね。
彼女: "魔王"が、蘇ったの……。〉
0:一拍。
娘:(M)
娘:すっかり気が抜けてしまっていたこの国、否、この世界にとって、魔王の復活は致命傷だった。
娘:魔王軍は徐々に勢力を伸ばしていき、人々はほとんど為す術もないままに支配されていった。
娘:
娘:勇者と呼ばれる者さえ存在しない中、けれど代わりのように立ち上がったのは、彼女が所属していた小さなギルドだった。
娘:
娘:やがて彼女達は、"討伐軍"もしくは"革命軍"と呼び名を変えて、魔王に対抗する唯一の組織となる。
0:間。
彼女:あなたも私に何か用があるの?
彼女:どうせ同じような事だろうけれど……。
彼女:でも今日は見逃してくれないかしら?
彼女:生憎と疲れちゃって魔力も残っていないから、攻撃されても治すのに時間が掛かるの。
娘:……。
彼女:まぁそんな事言ったところでね、聞いて貰えた試しなんて無いし……。
彼女:でも私だってね、治せるだけで痛いのは嫌なのよ。
彼女:少しでも良心があるのなら、
娘:(被せる)
娘:ごめんなさい。
娘:私、あなたの言っている意味が分からないわ。
彼女:(ため息)
娘:だって特に用なんて無いんですもの。
娘:だからあなたが言う"同じような事"も、"何を"見逃せばいいのかも、生憎と覚えが無いのよ。
彼女:用も無いのに来るような所じゃ無いと思うのだけれど?
娘:「空が見たかった」は用になるのかしら?
彼女:いいえ。
娘:ならそうねぇ……。
娘:ごめんなさい私、多分未だかつて無いくらいに緊張しているのよ。
彼女:緊張?
娘:(咳払い)
娘:あなたはずっと雨に打たれてるわ。
娘:だから私はあなたに傘を差すチャンスが欲しいのよ。
彼女:……何それ?
0:一拍。
娘:(M)
娘:魔王軍は強くて、彼女達でさえも苦戦していた。
娘:魔族は聖なるものに弱い。
娘:だから聖属性が主となる回復魔法なんて効かない。
娘:その大前提すら、ある日を境に崩されてしまった。
娘:大分遅れてしまったけれど、私も革命軍に入ったの。
娘:例え悪い事の延長戦だとしても、もう一度あなたと一緒に居たかったのよ。
娘:……悪い予感は、当たってしまうものなのね。
0:一拍。
彼女:(N)
彼女:不意に呼ばれような気がして、彼女は目だけを動かした。
彼女:一際懐かしい顔が此方を見ていて、彼女はほんの少しだけ眉根を寄せた。
彼女:知らないふりをしようと思う。
彼女:大丈夫。
彼女:人も自分も、騙すのには慣れている。
娘:「どうしてなの?」
彼女:(N)
彼女:あの子はそう言った。
娘:「どうしてあなたがそっちに居るのよ?」
彼女:(N)
彼女:あの子の表情が歪んだ。
娘:「こんな形で会いたくなんてなかったわ。」
彼女:(N)
彼女:思えば泣いてばかりいたのは彼女の方で、あの子の泣きそうな口元を彼女は初めて見たけれど、到底、好きになれそうにはなかった。
彼女:彼女を責め立てる声が聞こえる。
彼女:或いは言葉すら出せない人が、無意識に飲み込んだ喉の音。
彼女:すぐ近くに居たどうにもいけ好かない人間の、愉快そうに彼らを煽る腐った羅列。
彼女:その中に紛れて、俯いたあの子の口から小さく零れて埋もれた文字が、彼女の耳にだけ届いてしまった。
娘:「でもいいの……いいのよ。あなたは生きていてくれたのだから、それだけで充分だわ。」
彼女:(N)
彼女:もう後戻りなんて出来ない事は分かっていて、覚悟以外は全てあの場所に置いて来た。
彼女:それなのに「帰りたい」と叫びたくなって、彼女は掌に爪を立てた。
彼女:途端に呼吸がしづらくなったけれど、幸いな事に誰にも気付かれはしなかった。
彼女:
彼女:あの子は昔から馬鹿だ、大馬鹿なのだ。
彼女:だって彼女自身すらほとんど捨ててしまった生命が、渋とく残っているだけのただの偶然を、一際望んで喜ぶのだから。
彼女:
彼女:振り返る寸前に形だけ作った一言を、「どうかあの子が見ていませんように」と、彼女は願うだけが精一杯だった。
0:一拍。
娘:(M)
娘:私、あなたの事は何でも分かっているつもりだったけれど、そうじゃなかったみたいなの。
娘:あなたの髪の色も瞳の色もそんな色じゃなかった筈だし、誰かを傷付けるのだって不得意な筈だった。
娘:けれど私、何となく気付いてはいたのよ。
娘:だって急にあなたからの手紙が途切れてしまったから。
娘:革命軍と合流した日、あなたの姿が無かった事にも一抹の不安を覚えていたし、
娘:その後、急に魔族が回復するようになったって聞いて、嫌な予感がずっと纏わりついていたの。
娘:だから当たり前のように、魔王の側近の横に居るあなたを見た時も、
娘:「ああ、やっぱりそこに居てしまったのね」
娘:って思って、もしかしたら口にも出してしまってて、それで哀しくなったのよ。
彼女:「あなたなんて知らないわ。」
娘:(M)
娘:私と言う存在が、あなたの中で無いものになったとしても構わない。
彼女:「どこかで会ったかしら?生憎と覚えが無いのだけれど……。」
娘:(M)
娘:ちょっぴり哀しい、いいえ凄く哀しいけれど、私が覚えているからいいのよ。
彼女:「……もう行こう。今日は偵察なだけで魔王様は今すぐ殺せとは言ってないから。」
娘:(M)
娘:ねぇ、お願い。
娘:泣きそうなのを誤魔化さないで。
娘:あなたは昔から、自分を騙してばかりなの。
娘:私はあなたが生きていてくれた事だけで、それだけで充分なのよ。
娘:
娘:だから、ねぇ?ウゥ。
彼女:(小声)
彼女:「……ごめんなさい。」
娘:(M)
娘:謝らなくたっていいのよ……。
0:間。
彼女:(N)
彼女:もう、潮時だ。
彼女:彼女は胸元に手を当てながら、一つ息を落とした。
彼女:魔王を倒そうとする側に居た筈なのに、気が付けば魔王軍の中に居た。
彼女:傍から見ればそれは"裏切り"で、端から彼女もそのつもりではあった。
彼女:
彼女:予想だにしていなかったのは、魔王の側近が人間だった事くらいだ。
彼女:アダムとイヴの子供は実から得た知恵を存分に使って、愉しげに憎々しげに人々を蹂躙している。
彼女:
彼女:厄介だ、厄介だからこそ確信した。
彼女:このままでは"彼ら"は負けてしまう、と。
彼女:そうして"彼ら"が敗北してしまえば、次には"あの子"が傷付くのだろう。
娘:「あなたはずっと雨に打たれてるわ。だから私はあなたに傘を差すチャンスが欲しいのよ。」
彼女:(N)
彼女:随分突拍子もない事を言いながら、あの子は彼女の雨雲の中に飛び込んで来た。
娘:「嬉しいわ!だってやっとあなたとお昼ご飯を堂々と食べられるんですもの!」
彼女:(N)
彼女:誰も虐げるばかりで寄り付かない彼女へ、あの子は唯一、傘を差し出してきた。
娘:「あなたが本当に行きたい場所があるのなら、そこには行ってしまったっていいのよ。」
彼女:ねぇ、プティ。
彼女:本当は行きたくない所に行くしかなかったとしても……あなたは許してくれる?
娘:「寂しくて堪らなくなると思うけれど、それでもいいわ。」
彼女:もう二度と会えなくなったって……それでもいいって言ってくれる?
娘:「なら私の所まで来て頂戴、ウゥ・ヴァルティメント!ええ、今すぐによ!
娘:そして私と同じように怒るのが懸命だわ!
娘:だってあなたが何も言わないのをいい事に、あの人達は図に乗ってやりたい放題なんですもの!」
彼女:私、好きな人が出来たのよ。
彼女:いつかあなたに会わせたかったけれど、驚いたの。
彼女:だってあなたってば、私が紹介するよりも先にあの人に会ってしまっていたから。
娘:「あら、私を見くびらないで欲しいわ!
娘:ことヴァルティメント家の娘さんに関しては、私はとっても物知りなのよ?」
彼女:あの日の空は晴れていたのに。
娘:「でもあなたは泣いていたわ。」
彼女:雨に降られる事なんて慣れているのに。
娘:「でも私が嫌だったんだもの。」
彼女:……だから絶対に忘れてあげないの。
娘:「私はね、ウゥ。
娘:あなたが生きてさえいてくれるのなら、本当はね?それだけで良かったりするのよ。」
彼女:奇遇ね、プティ。
彼女:…………私もよ。
0:間。
娘:(M)
娘:私達は、呆気なく捕まってしまった。
娘:魔王城の地下牢に閉じ込められて、武器を取られて、全員魔力封じを掛けられた。
娘:ただ過ぎる時間を、焦りながら待つしかなかった時、魔王の側近がやってきた。
娘:後ろにあなたを連れて。
彼女:「一際懐かしい顔が居るじゃないの。何?そんなに睨んで?」
娘:(M)
娘:あなたは酷く辛そうに顔を歪めていた。
娘:馬鹿ね。
娘:この間、私なんて知らないものにしたじゃない。
娘:そう言うところは詰めが甘いのね?
娘:私、初めて知ったわ。
彼女:(小声)
彼女:「あなたの魔力封じは解いたから、側近が居なくなったら錠前だけ溶かせる?」
娘:(M)
娘:私の胸倉を掴んでまるで脅すような体勢になったあなたは、まつ毛が数えられちゃうくらいの距離でそう言い放つ。
彼女:(小声)
彼女:「時間稼いでくるから、その間に逃げて。私は大丈夫、だって……裏切り者だから」
0:一拍。
娘:(M)
娘:そうして、あなたは行ってしまった。
娘:
娘:あなたは二度と振り返らなかった。
娘:
娘:それが…………あなたと私の最後だった。
0:間。
娘:(M)
娘:ああ、この世にはこんなにも哀しい事があるのね……。
娘:こんなもの、私、知りたくなんてなかったわ。
娘:ねぇ、どうして独りを選んだのよ?
娘:私、ここに居たじゃない。
娘:あなたの後ろに居たじゃない。
娘:どうして私を忘れて置いて行くのよ?
娘:私には忘れさせてくれないくせに。
彼女:「この記憶を忘れろって言う方が意地悪よ、プティ。」
娘:あなたの方がよっぽど意地悪だわ、ウゥ。
彼女:「そう怒らないで、プティ。
彼女:可愛い顔が台無しよ。」
娘:これが怒らないでいられるものですか!
娘:どうしてなのよっっ?!
娘:私、言ったわ……何度も何度もあなたに言ったじゃない……。
彼女:「私はプティの全部が大好きだよ。
彼女:片思いだったみたいだけれど……。」
娘:あなたなんて好きじゃないわ……。
娘:とっくに好きじゃなかったわよ……。
娘:だから一生片想いで居るといいわ。
娘:……これから先の私のようにね。
彼女:「……ごめんなさい。」
0:一拍。
娘:(M)
娘:例えば冷たく横たわる身体が、伸ばした手の先に何を求めていたのか。
娘:
娘:閉じたその瞳が、最期に何を映したのか。
娘:
娘:自ら独りを選んだあなたが、何を望んで歩いていたのか。
娘:
娘:ただその光景がひたすらに哀しいと、そう思ってしまったことですら、数秒後には罪だと思うくらいには溢れる物も全部落ち切ってしまった。
娘:
娘:私にはこの先に何があるのか、知る由もないし分かる事も出来ないけれど……。
娘:
娘:ただ1つだけ言えることがあるとすれば、
娘:きっとこの瞬間は、一生掛かってだって忘れられないのだろう。
0:一拍。
彼女:「プティはこれからもずっと変わらないんだろうね。
彼女:この先もずっとお日様みたいなの、きっと。
彼女:だから私は少し寂しくなるのよ……これからはお日様を独り占め出来ないから。」
娘:(M)
娘:ねぇ、私はあなたが生きているのなら、それだけでいいの。
娘:それだけで、良かったの。
娘:………………それだけで。
0:一拍。
彼女:〈こんにちは、親愛なる心優しき友人プラーミア・シャムス。今日はあなたにだけ伝えたい事があるのよ。〉
娘:こんにちは、親愛なる心優しき友人ウゥ・ヴァルティメント。私に伝えたい事っていったい何かしら?
彼女:〈大好きよ……いつまでも。〉
娘:それなら私は、愛しているわ。
0:一拍。
娘:【きっとフリージアは、彼女の傍で咲いていたかったのよ。】