台本概要

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タイトル レイニーブルー
作者名 もずくの藻屑  (@mozuku_mkz)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(女2)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 27歳のイラストレーターと17歳の高校生。
10歳差のちぐはぐ青春風味友情ストーリー。

・物語の本筋を変えない程度のアドリブ:〇
・男女比率変更:×
・語尾などの軽微な台詞変更:〇

梨花のセリフの前に(MO)とついているものはモノローグ(独白・心の声)です。
基本的には通常のセリフと同様に読み上げていただいて問題ありません。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
梨花 111 宮野梨花(みやの りか)。二十七歳。職業:イラストレーター。落ち着いていてクールな性格。他人と交流を持つことに消極的。
日向 105 椎名日向(しいな ひなた)。十七歳。高校生。物怖じせず人懐っこい性格だが、精神的に脆い一面がある。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
梨花:(MO) 梨花:眠ったままの意識で雨音を聞いていた。部屋の外壁へ不規則に打ち付けられる、雨粒のリズムが心地よかった。 梨花:そこへ不意に乱暴な音が混じる。地面を蹴るような音、水をかき乱すような音。 梨花:気になって窓を開ける。 梨花:マンションの前の公園に制服姿の女の子がひとり立っていた。 梨花:傘も差さず、雨に濡れるままになっている。 梨花:足元に溜まっている水溜まりをつま先で*弄《もてあそ》んでいる。 : 梨花:ちょっと、あなた。大丈夫!? : 梨花:(MO) 梨花:私は無意識に声を上げていた。 梨花:女の子がこちらへ向き直り、目が合う。 梨花:私は彼女に手招きした。 0:梨花の部屋。マンションの一室。 日向:ごめんなさい。突然お*家《うち》に上げてもらっただけでなく、着替えまで借りちゃって。 梨花:気にしないで。私の方から声かけたんだから。 梨花:ただ、あなたに安眠を邪魔されたせいで、ちょっと気分が悪いんだけど。 日向:本当にごめんなさい。……って、もうお昼前だよ。こんな時間まで寝てたの? だらしないなぁ。 梨花:なんであなたに生活習慣を注意されなきゃいけないの。昨日は徹夜で仕事してたの。 日向:徹夜? 夜のお仕事なの? 梨花:そういうわけじゃないんだけどね。締め切りが近くなると、追い込むためにどうしてもこうなっちゃうの。 日向:締め切り? お姉さん、もしかして作家さん? 梨花:イラストレーターよ。 日向:へぇー、カッコいい! ちょっと仕事場見せてもらってもいい? 梨花:あ、ちょっと、勝手に入るんじゃない。 日向:すごーい、パソコンが二台もある。大きい本もいっぱい。これ全部資料ってやつ? 日向:それに……、すごく散らかってる。 梨花:うるさいわね。忙しかったの。 日向:ふぅん……。それなら、私が掃除するよ。着替えを借りたお礼。 梨花:えっ!? いいわよ。 日向:いいから、いいから。ほら、お姉さんはゆっくりしてて。 日向:あ、そうだ。朝ごはんもまだなんじゃない? 私、何か作るよ。 梨花:(MO) 梨花:彼女に押されて、リビングのテーブルに着くと、すぐにトーストと目玉焼きの朝食が並べられた。 梨花:それを食べている間に、仕事部屋の床に無造作に積まれていた資料は整理され、本棚に収まっていた。 梨花:どうしてこんなことになっているんだろう。 梨花:私は突然の来訪者が再びキッチンに戻り、お湯を沸かしている姿をぼんやりと眺めていた。 日向:はい、コーヒー。 梨花:ありがと。ずいぶん手際がよかったじゃない。 日向:意外? 私、こう見えて家事とか結構自分でやってるんだ。お母さん、仕事で帰りが遅いし。 梨花:ふうん。 日向:私、*椎名日向《しいなひなた》。お姉さんは? 梨花:*宮野梨花《みやのりか》よ。 日向:ねぇ、梨花さんってどんな絵を描いてるの? 梨花:あなたって遠慮がないわねぇ。近頃の若い子って、みんなこんな感じなの? 日向:どうかな。近頃の若い子っていうけど、梨花さんっていくつなの? おばさんには見えないよ。 梨花:二十七だけど。 日向:ふーん。私は十七だから、ちょうど十歳違いだね。 梨花:十歳か……。はぁ、ホント遠慮がないわねぇ。 梨花:ほらこれ。営業の時に使ってるサンプル集。見せてあげるから年齢の話はもうやめて。 日向:うわっ、きれー。こんなのどうやって描くの。 日向:この女の子、可愛い! 梨花さんって、もしかしてすごい人? 梨花:バカね。これくらい描ける奴なんてごろごろいるわよ。残念ながらね。 日向:そうかなぁ。 梨花:あの制服。あなた、近所にある高校の生徒でしょ。まだこの時間、授業じゃないの? 日向:ああ、今日は早退なの。 梨花:早退? どこも悪そうには見えないけど。 日向:うん、どこも悪くないよ。 梨花:じゃあ、どうして? 日向:つまんなかったから。 梨花:ようするに、サボったわけね。 日向:まぁ、そういうことになるかな。 梨花:それで、雨の中、公園で突っ立ってたのは理由があるの? 日向:別に……なんとなくだよ。 梨花:何となくで、あんなにずぶ濡れになる? 日向:もういいじゃん。そんなことより、梨花さん。私の絵を描いてよ。 梨花:はあ? 何でよ。 日向:だめ? 梨花:だめ。これでも、プロなの。絵を描くのは仕事なのよ。 日向:じゃあ、お金を払えば描いてくれるの? 梨花:いくら必要かわかってる? 日向:私、今四百三十円しか持ってないけど。 梨花:せめてもう少し持っておきないさいよ。 梨花:もちろん、その金額では受け付けておりません。 日向:ケチー。 梨花:ケチじゃない。当たり前のことです。 日向:ちぇー。 梨花:さ、私は仕事始めるから、もう帰りなさい。 日向:うん、今日はホントにありがとう。借りた服は洗って返すね。 梨花:いつでもいいわよ。 日向:わかった。それじゃ、またね。バイバイ。 0:玄関から出ていく日向。 梨花:またね、って……。友達の家に遊びに来たんじゃないんだから。 : 梨花:(MO) 梨花:翌日、同じ時間に再び日向はやってきた。 : 日向:梨花さーん、こんにちはー。 梨花:なによ、あなた、また来たの? 日向:うん! 梨花さんに借りた服、早く返さないと悪いし。 梨花:だからって、こんな時間に来なくてもいいじゃない。また、学校サボったのね。 日向:いや、ちゃんと学校には行ってるんだよ。ただ、今日はちょっと疲れちゃったから早退。 梨花:昨日も同じようなことを言ってなかった? 日向:あのね、昨日のお礼にお菓子を持ってきたんだ。 日向:ほら、これ、駅前に新しくできたケーキ屋さんのシュークリーム。動画とかで紹介してる人も多いんだよ。 梨花:気を遣わなくていいから。それは友達と食べたら? 日向:別に気を遣ってるわけじゃないよ。私たぶん、そういうのわかんないし。 日向:コーヒー淹れてあげるから、一緒に食べない? お仕事、休憩にしようよ。 梨花:……わかった。でも、私も仕事の方がのんびりしてられる状況じゃないの。食べたらすぐに帰るのよ。 日向:うん。 0:リビングのテーブルの前に座る梨花。コーヒーを淹れたカップを両手に持ってきて日向も席につく。 日向:はぁー、何だか梨花さんの家って落ち着く。 梨花:あまり落ち着かれても困るんだけど。 日向:なんでだろう、不思議。 日向:それじゃ、食べよっか。いただきまーす。 梨花:いただきます。 日向:うわっ、これ、クリームたっぷり! おいしい! 梨花:……うん、おいしい。たしかにレベル高いわ。 日向:これ、帰りにもう一個買って帰ろうかな。 日向:あ……、もうおこづかい全然ないんだった。えー、どうしよ。 梨花:学生は気楽でいいわねぇ。 日向:えー、梨花さんが思ってるほど気楽じゃないよ。 日向:私にだって、いろいろあるんだよ。 梨花:シュークリーム以外の悩みがあるっていうの? 日向:当たり前でしょ。 梨花:本当かしら? 日向:ねぇ、ここは梨花さんだけのセカイって感じでいいね。 梨花:セカイ? 変わった言い方するのね。……そりゃ、ここは私の家だもの。一人暮らしだし、私の世界っていうのは間違ってないけど。 日向:学校は人がたくさんいて、みんなのセカイがぶつかり合ってギュウギュウしちゃってて、なんだか疲れるんだよ。 梨花:人付き合いの難しさはわかるけど、だからといってサボっていい理由にはならないでしょ。 日向:そうだね……、ごめんなさい。 梨花:あなたも大人になったら、一人暮らしをすればいいじゃない。 日向:うん、そうだね。絶対したい。 梨花:でも、あなたの話を聞いてたら少し思い出してきた。たしかにあの頃、そんなに気楽じゃなかったわ。 日向:そうでしょ。梨花さんって高校生の頃、どんな感じだった? 梨花:別に普通よ。 日向:それじゃ、何もわかんないよ。彼氏はいた? 梨花:質問には答えません。 梨花:ごちそうさま。さ、私は仕事に戻るから。 日向:あ、逃げた。 梨花:忙しいって言ったでしょう。 日向:わかったよ、ごめん。 日向:お話してくれてありがとう、お仕事がんばって。 梨花:うん。 日向:じゃ、また来るね。 梨花:もう来なくていいって。 日向:バイバイ。 : 梨花:(MO) 梨花:それからも、日向はたびたび遊びにくるようになった。 : 日向:こんにちはー。梨花さん、起きてた? コーヒー淹れるね。 梨花:今日はこれから寝るのよ。午前中が締め切りの挿絵をついさっき送ったところ。 日向:昨日からずっと寝てないの!? 死ぬよ! 梨花:これくらいで死ぬわけないでしょ。 日向:それじゃ、コーヒーはやめといた方がいいね。 梨花:ううん、飲みたい。*淹《い》れて。 日向:ホントに大丈夫? ちょっと顔色悪いよ。 梨花:それより、またサボったの? 日向:梨花さん、元気にしてるかなー、って気になっちゃって。 梨花:私をダシに使うんじゃないの。 日向:へへ~。 日向:梨花さんのお仕事って、いっつも大変そうだけど、お休みは*土日《どにち》なの? 梨花:ううん、*土日《どにち》は普通に仕事してる。 日向:じゃあ、何曜日が休みなの? 梨花:決まった曜日があるわけじゃないのよ。フリーランスだから。 梨花:その気になったら、ずっと休めるし。 日向:へぇー、いいなぁ。 梨花:もしくはずっと仕事をすることもできる。どっちかというと、そっちの時が多いかも……。 日向:マジ? よく続けられるね。 梨花:まぁ、いちおう好きでやってるから……。楽しいわよ、……たぶん。 日向:そこは断言してよ。 梨花:トレンドとかクライアント受けとか、そういうこと何も考えずに絵を書いたのって、最後はいつだったかしら。……思い出せない。 日向:私は将来、もっと気楽な仕事がしたいなー。 梨花:ねぇ、あなたって何か得意なものはあるの? 部活動とかやってる? 日向:え……? 日向:なんでそんなこと……聞くの? 梨花:別にたいした理由はないけど。聞いたらまずかった? 日向:ううん……、大丈夫。 日向:私、テニス部なんだ。 梨花:へぇー、運動部じゃない。あなたって集団行動苦手なタイプかと思ってたけど、違ったのね。 日向:なにそれ。たしかにちょっと苦手だけど。 日向:言っておくけど、私、けっこう運動神経いいんだよ。梨花さんこそ、高校生の頃、何部に入ってたの? 梨花:そうねぇ。じゃあ、当ててみなさいよ。 日向:美術部? 梨花:正解。 日向:意外性ゼロでクイズにならないんだけど。 日向:さっき私に言ってたけど、梨花さんだって集団行動苦手なタイプじゃない? 梨花:そうね。まぁ、こんな職業についている理由のひとつよ。 日向:やっぱり。ねぇ、わたしたちって結構似たもの同士じゃない? 梨花:ないない。私とあなたとじゃ全然違う生き物。 日向:えー、ひどくない。 日向:はい、コーヒー。淹れてあげて損した。 梨花:ありがと。 梨花:あー、やっぱ仕事上がりのコーヒーは格別だわ。 梨花:もしも、あなたと同級生だったとしたら、絶対同じグループにはならなかったと思う。会話もしたことのないクラスメイトって感じ。 日向:そんなことないと思うけどな。 日向:だって、現にこうして今友達になってるわけだし。 梨花:友達なわけないでしょう。十歳も離れてるっていうのに。 日向:そんなの関係あるかな。ま、いいや。それじゃあ、他の理由も聞かせてよ? 梨花:理由? 日向:イラストレーターになった理由だよ。さっき、理由のひとつって言ったじゃない? っていうことは他にもまだあるんでしょ。 梨花:ああ、そのこと。えーとねぇ……。 日向:ん? 梨花さん? あれ、もしかして寝ちゃった? 日向:梨花さん、お布団で寝た方がいいよー。 : 梨花:(MO) 梨花:それからも日向は私の家へやってきた。 梨花:いつもお昼頃にやってくると、私に目覚めのコーヒーを淹れて、他愛のない話をして、イラストをねだって帰っていく。 梨花:思えば、仕事抜きでこんなにたくさん会話をしたのは久しぶりだった。 梨花:正直言って楽しかった。 梨花:けれども、このままではよくないこともわかっていた。私の方から切り出さなければならないことも。 梨花:私は彼女より十歳も年上で大人なのだから。 : 0:玄関が開いて日向が部屋に入ってくる。 日向:梨花さん、きたよー。 梨花:いらっしゃい。 日向:外、今にも雨が降りだしそう。傘を持ってなかったから、降ってくる前に来れてよかったよ。 梨花:そう。 日向:仕事、はかどってる? 梨花:まぁ、それなりにね。 日向:そっか。コーヒー淹れるね。 梨花:ねぇ、日向。 日向:なに? どうしたの、そんな怖い顔して。 梨花:ちゃんと学校行きなさいよ。 日向:行ってるよ。午前中は。 梨花:そこは疑ってない。でも、それじゃ、ちゃんと学校へ行ってるとは言わないでしょ。 日向:そうかなぁ。 梨花:別に私はあなたの保護者でも何でもないから、あなたがサボろうが何をしようがかまわない。好きにすればいいと思ってる。 日向:うん、だったら……。 梨花:それでも、あなたがやるべきことをできずに足踏みしてるのを見るのは、もうたくさんなの。 日向:梨花さん……。 梨花:私は学校が嫌いだった。 日向:え? 梨花:勉強も運動も人並み以下だったし、友達もいなかった。ただ、毎日教室の隅で絵を描いてた。 梨花:でもね。忘れられない思い出もあるんだ。誰もいない教室で見た夕焼けとか、クラスメイトの男の子が絵を褒めてくれたこととかさ。 日向:ふふっ、なにそれ。 梨花:なんで笑うのよ。 日向:梨花さんがイラストレーターになったもうひとつの理由がわかったから。 梨花:話をそらさないの。 日向:ごめん。 梨花:ねぇ、どうして毎日学校を早退するの? 日向:梨花さん、私いつもダメなの。 日向:本当に頑張らないといけないときに限って、何もできなくなる。 日向:試験の前の晩は、他のことに気を取られて、いっつも勉強ができないし。中学の頃、クラスで劇をやったときも、メインの役をもらっていたのに、当日の朝、熱が出たって嘘ついてサボっちゃった。 日向:テニス部で今度の試合のレギュラーに選ばれたのに、私、怖くなって……。部活に行けなくなって、逃げちゃった。試合なんて絶対できないよ。 梨花:それでこの間、部活の話をした時に、様子がおかしかったのね。 日向:うん。一緒にダブルスを組んでた子がいるんだけど、たぶんその子にも迷惑かけちゃってる。 日向:謝りたいけどできなくて。でも、どうしていいかわからなくて。公園で雨に打たれてたの。あの時、梨花さんに声をかけてもらえて、よかったって思ってる。 梨花:日向、どうして逃げちゃうのか、自分でわかる? 日向:わからないけど。たぶん、なんかああいうのって自分の価値を決められるみたいで……、怖いんだよ。 梨花:誰だって、いつだって、他人に自分の価値を測られているのは当然のことよ。 日向:そんなの……つらいよ……。 梨花:よく人生を表す例えで「止まない雨はない」なんて言うけど、私は信じてない。 梨花:雨はずっと降り続いてる。壊れかけの傘で何とか身を守りながら、時にはずぶ濡れになって、それでも顔を拭きながら前を向いて歩いていくの。それが生きるってことだと思う。 梨花:そうやって大人になっていくの。 日向:わかんないよ! そういう「大人になればわかる」みたいなのってずるくない? 梨花:うん、ずるいね。でも、日向にならできると思ってる。 日向:なんでそんなことが言えるの? 友達でもないくせに! 梨花:そうね。だからもう、ここへは来ないで。ここはあなたの避難所じゃない。 梨花:仕事の邪魔なのよ。 日向:……わかった。もう来ない。 日向:バイバイ。 0:日向が立ち去る。 梨花:バイバイ、か……。あの子、雨に濡れないで帰れるかしら。 : 梨花:(MO) 梨花:平穏で平坦な日々が戻ってきた。物足りなさを感じないと言えば嘘になる。 梨花:仕事中、去り際にあの子が見せた傷ついたような表情を思い出して、手を止めることが何度もあった。 梨花:それでも、時間が経てば忘れることができるはずだ。私も、あの子も。 梨花:私は日向の連絡先も知らなかった。もう謝ることもできない。 : 梨花:(MO) 梨花:それから、一か月が経った頃、突然チャイムが鳴った。 : 梨花:もう、何なのよ。人が気持ちよく寝てるって時に。 0:梨花が玄関のドアを開ける。 日向:やっ、元気? 梨花:ちょっ、あなた、どうして……? 日向:あれから、ちゃんと毎日早退せずに学校へ行ってる。今日だって……、ほら時計。 梨花:四時半……。 梨花:もう授業が終わってる時間か……。私、ちょっと寝すぎたみたいね。 梨花:でも、部活はどうなってるのよ? 日向:今日は試合の翌日だから休み。 梨花:試合には出れたの? 日向:うん、あれからダブルスの相手の子に謝った。めちゃくちゃキレられたし、他の部員にも冷たい目で見られたけどね。 日向:その日から、地獄ような練習メニューだったよ。 梨花:試合の結果は? 日向:一回戦目は勝てたけど、二回戦目で負けた。 日向:どしゃ降りの中で、もがいてるみたいな一日だったけど……、たぶん、がんばれたと思う。 梨花:そう……、よかったわね。 日向:それで、何か文句ある? 梨花:ふふっ、ないない。文句ありません。 日向:コーヒー淹れるね。 0:部屋でくつろぐ二人。 梨花:スマホ、アドレス教えて。 日向:えっ、いいけど。急にどうしたの? 梨花:別にあなたとメル友になろうってわけじゃないのよ。 日向:どういうこと? それに『メル友』なんて言葉、今時使わないよ。 0:スマートフォンを操作する梨花。 梨花:ほら、送ったわよ。 日向:えっ、画像? 雨の風景と……、あ、これって私? 私の絵を描いてくれたの? 日向:すごく、きれい……。 梨花:なかなかの出来でしょ。 日向:ありがとう、宝物にする。 日向:でも、いいの? 私、二百五十円しか持ってないよ。 梨花:前より少なくなってるじゃない。 日向:どうしよう……。 梨花:いらないわよ。遊びで描いたやつだから。 梨花:あーあ、久しぶりに仕事以外で絵を描いたけど……。 梨花:友達の絵を描くのって楽しいわね。

梨花:(MO) 梨花:眠ったままの意識で雨音を聞いていた。部屋の外壁へ不規則に打ち付けられる、雨粒のリズムが心地よかった。 梨花:そこへ不意に乱暴な音が混じる。地面を蹴るような音、水をかき乱すような音。 梨花:気になって窓を開ける。 梨花:マンションの前の公園に制服姿の女の子がひとり立っていた。 梨花:傘も差さず、雨に濡れるままになっている。 梨花:足元に溜まっている水溜まりをつま先で*弄《もてあそ》んでいる。 : 梨花:ちょっと、あなた。大丈夫!? : 梨花:(MO) 梨花:私は無意識に声を上げていた。 梨花:女の子がこちらへ向き直り、目が合う。 梨花:私は彼女に手招きした。 0:梨花の部屋。マンションの一室。 日向:ごめんなさい。突然お*家《うち》に上げてもらっただけでなく、着替えまで借りちゃって。 梨花:気にしないで。私の方から声かけたんだから。 梨花:ただ、あなたに安眠を邪魔されたせいで、ちょっと気分が悪いんだけど。 日向:本当にごめんなさい。……って、もうお昼前だよ。こんな時間まで寝てたの? だらしないなぁ。 梨花:なんであなたに生活習慣を注意されなきゃいけないの。昨日は徹夜で仕事してたの。 日向:徹夜? 夜のお仕事なの? 梨花:そういうわけじゃないんだけどね。締め切りが近くなると、追い込むためにどうしてもこうなっちゃうの。 日向:締め切り? お姉さん、もしかして作家さん? 梨花:イラストレーターよ。 日向:へぇー、カッコいい! ちょっと仕事場見せてもらってもいい? 梨花:あ、ちょっと、勝手に入るんじゃない。 日向:すごーい、パソコンが二台もある。大きい本もいっぱい。これ全部資料ってやつ? 日向:それに……、すごく散らかってる。 梨花:うるさいわね。忙しかったの。 日向:ふぅん……。それなら、私が掃除するよ。着替えを借りたお礼。 梨花:えっ!? いいわよ。 日向:いいから、いいから。ほら、お姉さんはゆっくりしてて。 日向:あ、そうだ。朝ごはんもまだなんじゃない? 私、何か作るよ。 梨花:(MO) 梨花:彼女に押されて、リビングのテーブルに着くと、すぐにトーストと目玉焼きの朝食が並べられた。 梨花:それを食べている間に、仕事部屋の床に無造作に積まれていた資料は整理され、本棚に収まっていた。 梨花:どうしてこんなことになっているんだろう。 梨花:私は突然の来訪者が再びキッチンに戻り、お湯を沸かしている姿をぼんやりと眺めていた。 日向:はい、コーヒー。 梨花:ありがと。ずいぶん手際がよかったじゃない。 日向:意外? 私、こう見えて家事とか結構自分でやってるんだ。お母さん、仕事で帰りが遅いし。 梨花:ふうん。 日向:私、*椎名日向《しいなひなた》。お姉さんは? 梨花:*宮野梨花《みやのりか》よ。 日向:ねぇ、梨花さんってどんな絵を描いてるの? 梨花:あなたって遠慮がないわねぇ。近頃の若い子って、みんなこんな感じなの? 日向:どうかな。近頃の若い子っていうけど、梨花さんっていくつなの? おばさんには見えないよ。 梨花:二十七だけど。 日向:ふーん。私は十七だから、ちょうど十歳違いだね。 梨花:十歳か……。はぁ、ホント遠慮がないわねぇ。 梨花:ほらこれ。営業の時に使ってるサンプル集。見せてあげるから年齢の話はもうやめて。 日向:うわっ、きれー。こんなのどうやって描くの。 日向:この女の子、可愛い! 梨花さんって、もしかしてすごい人? 梨花:バカね。これくらい描ける奴なんてごろごろいるわよ。残念ながらね。 日向:そうかなぁ。 梨花:あの制服。あなた、近所にある高校の生徒でしょ。まだこの時間、授業じゃないの? 日向:ああ、今日は早退なの。 梨花:早退? どこも悪そうには見えないけど。 日向:うん、どこも悪くないよ。 梨花:じゃあ、どうして? 日向:つまんなかったから。 梨花:ようするに、サボったわけね。 日向:まぁ、そういうことになるかな。 梨花:それで、雨の中、公園で突っ立ってたのは理由があるの? 日向:別に……なんとなくだよ。 梨花:何となくで、あんなにずぶ濡れになる? 日向:もういいじゃん。そんなことより、梨花さん。私の絵を描いてよ。 梨花:はあ? 何でよ。 日向:だめ? 梨花:だめ。これでも、プロなの。絵を描くのは仕事なのよ。 日向:じゃあ、お金を払えば描いてくれるの? 梨花:いくら必要かわかってる? 日向:私、今四百三十円しか持ってないけど。 梨花:せめてもう少し持っておきないさいよ。 梨花:もちろん、その金額では受け付けておりません。 日向:ケチー。 梨花:ケチじゃない。当たり前のことです。 日向:ちぇー。 梨花:さ、私は仕事始めるから、もう帰りなさい。 日向:うん、今日はホントにありがとう。借りた服は洗って返すね。 梨花:いつでもいいわよ。 日向:わかった。それじゃ、またね。バイバイ。 0:玄関から出ていく日向。 梨花:またね、って……。友達の家に遊びに来たんじゃないんだから。 : 梨花:(MO) 梨花:翌日、同じ時間に再び日向はやってきた。 : 日向:梨花さーん、こんにちはー。 梨花:なによ、あなた、また来たの? 日向:うん! 梨花さんに借りた服、早く返さないと悪いし。 梨花:だからって、こんな時間に来なくてもいいじゃない。また、学校サボったのね。 日向:いや、ちゃんと学校には行ってるんだよ。ただ、今日はちょっと疲れちゃったから早退。 梨花:昨日も同じようなことを言ってなかった? 日向:あのね、昨日のお礼にお菓子を持ってきたんだ。 日向:ほら、これ、駅前に新しくできたケーキ屋さんのシュークリーム。動画とかで紹介してる人も多いんだよ。 梨花:気を遣わなくていいから。それは友達と食べたら? 日向:別に気を遣ってるわけじゃないよ。私たぶん、そういうのわかんないし。 日向:コーヒー淹れてあげるから、一緒に食べない? お仕事、休憩にしようよ。 梨花:……わかった。でも、私も仕事の方がのんびりしてられる状況じゃないの。食べたらすぐに帰るのよ。 日向:うん。 0:リビングのテーブルの前に座る梨花。コーヒーを淹れたカップを両手に持ってきて日向も席につく。 日向:はぁー、何だか梨花さんの家って落ち着く。 梨花:あまり落ち着かれても困るんだけど。 日向:なんでだろう、不思議。 日向:それじゃ、食べよっか。いただきまーす。 梨花:いただきます。 日向:うわっ、これ、クリームたっぷり! おいしい! 梨花:……うん、おいしい。たしかにレベル高いわ。 日向:これ、帰りにもう一個買って帰ろうかな。 日向:あ……、もうおこづかい全然ないんだった。えー、どうしよ。 梨花:学生は気楽でいいわねぇ。 日向:えー、梨花さんが思ってるほど気楽じゃないよ。 日向:私にだって、いろいろあるんだよ。 梨花:シュークリーム以外の悩みがあるっていうの? 日向:当たり前でしょ。 梨花:本当かしら? 日向:ねぇ、ここは梨花さんだけのセカイって感じでいいね。 梨花:セカイ? 変わった言い方するのね。……そりゃ、ここは私の家だもの。一人暮らしだし、私の世界っていうのは間違ってないけど。 日向:学校は人がたくさんいて、みんなのセカイがぶつかり合ってギュウギュウしちゃってて、なんだか疲れるんだよ。 梨花:人付き合いの難しさはわかるけど、だからといってサボっていい理由にはならないでしょ。 日向:そうだね……、ごめんなさい。 梨花:あなたも大人になったら、一人暮らしをすればいいじゃない。 日向:うん、そうだね。絶対したい。 梨花:でも、あなたの話を聞いてたら少し思い出してきた。たしかにあの頃、そんなに気楽じゃなかったわ。 日向:そうでしょ。梨花さんって高校生の頃、どんな感じだった? 梨花:別に普通よ。 日向:それじゃ、何もわかんないよ。彼氏はいた? 梨花:質問には答えません。 梨花:ごちそうさま。さ、私は仕事に戻るから。 日向:あ、逃げた。 梨花:忙しいって言ったでしょう。 日向:わかったよ、ごめん。 日向:お話してくれてありがとう、お仕事がんばって。 梨花:うん。 日向:じゃ、また来るね。 梨花:もう来なくていいって。 日向:バイバイ。 : 梨花:(MO) 梨花:それからも、日向はたびたび遊びにくるようになった。 : 日向:こんにちはー。梨花さん、起きてた? コーヒー淹れるね。 梨花:今日はこれから寝るのよ。午前中が締め切りの挿絵をついさっき送ったところ。 日向:昨日からずっと寝てないの!? 死ぬよ! 梨花:これくらいで死ぬわけないでしょ。 日向:それじゃ、コーヒーはやめといた方がいいね。 梨花:ううん、飲みたい。*淹《い》れて。 日向:ホントに大丈夫? ちょっと顔色悪いよ。 梨花:それより、またサボったの? 日向:梨花さん、元気にしてるかなー、って気になっちゃって。 梨花:私をダシに使うんじゃないの。 日向:へへ~。 日向:梨花さんのお仕事って、いっつも大変そうだけど、お休みは*土日《どにち》なの? 梨花:ううん、*土日《どにち》は普通に仕事してる。 日向:じゃあ、何曜日が休みなの? 梨花:決まった曜日があるわけじゃないのよ。フリーランスだから。 梨花:その気になったら、ずっと休めるし。 日向:へぇー、いいなぁ。 梨花:もしくはずっと仕事をすることもできる。どっちかというと、そっちの時が多いかも……。 日向:マジ? よく続けられるね。 梨花:まぁ、いちおう好きでやってるから……。楽しいわよ、……たぶん。 日向:そこは断言してよ。 梨花:トレンドとかクライアント受けとか、そういうこと何も考えずに絵を書いたのって、最後はいつだったかしら。……思い出せない。 日向:私は将来、もっと気楽な仕事がしたいなー。 梨花:ねぇ、あなたって何か得意なものはあるの? 部活動とかやってる? 日向:え……? 日向:なんでそんなこと……聞くの? 梨花:別にたいした理由はないけど。聞いたらまずかった? 日向:ううん……、大丈夫。 日向:私、テニス部なんだ。 梨花:へぇー、運動部じゃない。あなたって集団行動苦手なタイプかと思ってたけど、違ったのね。 日向:なにそれ。たしかにちょっと苦手だけど。 日向:言っておくけど、私、けっこう運動神経いいんだよ。梨花さんこそ、高校生の頃、何部に入ってたの? 梨花:そうねぇ。じゃあ、当ててみなさいよ。 日向:美術部? 梨花:正解。 日向:意外性ゼロでクイズにならないんだけど。 日向:さっき私に言ってたけど、梨花さんだって集団行動苦手なタイプじゃない? 梨花:そうね。まぁ、こんな職業についている理由のひとつよ。 日向:やっぱり。ねぇ、わたしたちって結構似たもの同士じゃない? 梨花:ないない。私とあなたとじゃ全然違う生き物。 日向:えー、ひどくない。 日向:はい、コーヒー。淹れてあげて損した。 梨花:ありがと。 梨花:あー、やっぱ仕事上がりのコーヒーは格別だわ。 梨花:もしも、あなたと同級生だったとしたら、絶対同じグループにはならなかったと思う。会話もしたことのないクラスメイトって感じ。 日向:そんなことないと思うけどな。 日向:だって、現にこうして今友達になってるわけだし。 梨花:友達なわけないでしょう。十歳も離れてるっていうのに。 日向:そんなの関係あるかな。ま、いいや。それじゃあ、他の理由も聞かせてよ? 梨花:理由? 日向:イラストレーターになった理由だよ。さっき、理由のひとつって言ったじゃない? っていうことは他にもまだあるんでしょ。 梨花:ああ、そのこと。えーとねぇ……。 日向:ん? 梨花さん? あれ、もしかして寝ちゃった? 日向:梨花さん、お布団で寝た方がいいよー。 : 梨花:(MO) 梨花:それからも日向は私の家へやってきた。 梨花:いつもお昼頃にやってくると、私に目覚めのコーヒーを淹れて、他愛のない話をして、イラストをねだって帰っていく。 梨花:思えば、仕事抜きでこんなにたくさん会話をしたのは久しぶりだった。 梨花:正直言って楽しかった。 梨花:けれども、このままではよくないこともわかっていた。私の方から切り出さなければならないことも。 梨花:私は彼女より十歳も年上で大人なのだから。 : 0:玄関が開いて日向が部屋に入ってくる。 日向:梨花さん、きたよー。 梨花:いらっしゃい。 日向:外、今にも雨が降りだしそう。傘を持ってなかったから、降ってくる前に来れてよかったよ。 梨花:そう。 日向:仕事、はかどってる? 梨花:まぁ、それなりにね。 日向:そっか。コーヒー淹れるね。 梨花:ねぇ、日向。 日向:なに? どうしたの、そんな怖い顔して。 梨花:ちゃんと学校行きなさいよ。 日向:行ってるよ。午前中は。 梨花:そこは疑ってない。でも、それじゃ、ちゃんと学校へ行ってるとは言わないでしょ。 日向:そうかなぁ。 梨花:別に私はあなたの保護者でも何でもないから、あなたがサボろうが何をしようがかまわない。好きにすればいいと思ってる。 日向:うん、だったら……。 梨花:それでも、あなたがやるべきことをできずに足踏みしてるのを見るのは、もうたくさんなの。 日向:梨花さん……。 梨花:私は学校が嫌いだった。 日向:え? 梨花:勉強も運動も人並み以下だったし、友達もいなかった。ただ、毎日教室の隅で絵を描いてた。 梨花:でもね。忘れられない思い出もあるんだ。誰もいない教室で見た夕焼けとか、クラスメイトの男の子が絵を褒めてくれたこととかさ。 日向:ふふっ、なにそれ。 梨花:なんで笑うのよ。 日向:梨花さんがイラストレーターになったもうひとつの理由がわかったから。 梨花:話をそらさないの。 日向:ごめん。 梨花:ねぇ、どうして毎日学校を早退するの? 日向:梨花さん、私いつもダメなの。 日向:本当に頑張らないといけないときに限って、何もできなくなる。 日向:試験の前の晩は、他のことに気を取られて、いっつも勉強ができないし。中学の頃、クラスで劇をやったときも、メインの役をもらっていたのに、当日の朝、熱が出たって嘘ついてサボっちゃった。 日向:テニス部で今度の試合のレギュラーに選ばれたのに、私、怖くなって……。部活に行けなくなって、逃げちゃった。試合なんて絶対できないよ。 梨花:それでこの間、部活の話をした時に、様子がおかしかったのね。 日向:うん。一緒にダブルスを組んでた子がいるんだけど、たぶんその子にも迷惑かけちゃってる。 日向:謝りたいけどできなくて。でも、どうしていいかわからなくて。公園で雨に打たれてたの。あの時、梨花さんに声をかけてもらえて、よかったって思ってる。 梨花:日向、どうして逃げちゃうのか、自分でわかる? 日向:わからないけど。たぶん、なんかああいうのって自分の価値を決められるみたいで……、怖いんだよ。 梨花:誰だって、いつだって、他人に自分の価値を測られているのは当然のことよ。 日向:そんなの……つらいよ……。 梨花:よく人生を表す例えで「止まない雨はない」なんて言うけど、私は信じてない。 梨花:雨はずっと降り続いてる。壊れかけの傘で何とか身を守りながら、時にはずぶ濡れになって、それでも顔を拭きながら前を向いて歩いていくの。それが生きるってことだと思う。 梨花:そうやって大人になっていくの。 日向:わかんないよ! そういう「大人になればわかる」みたいなのってずるくない? 梨花:うん、ずるいね。でも、日向にならできると思ってる。 日向:なんでそんなことが言えるの? 友達でもないくせに! 梨花:そうね。だからもう、ここへは来ないで。ここはあなたの避難所じゃない。 梨花:仕事の邪魔なのよ。 日向:……わかった。もう来ない。 日向:バイバイ。 0:日向が立ち去る。 梨花:バイバイ、か……。あの子、雨に濡れないで帰れるかしら。 : 梨花:(MO) 梨花:平穏で平坦な日々が戻ってきた。物足りなさを感じないと言えば嘘になる。 梨花:仕事中、去り際にあの子が見せた傷ついたような表情を思い出して、手を止めることが何度もあった。 梨花:それでも、時間が経てば忘れることができるはずだ。私も、あの子も。 梨花:私は日向の連絡先も知らなかった。もう謝ることもできない。 : 梨花:(MO) 梨花:それから、一か月が経った頃、突然チャイムが鳴った。 : 梨花:もう、何なのよ。人が気持ちよく寝てるって時に。 0:梨花が玄関のドアを開ける。 日向:やっ、元気? 梨花:ちょっ、あなた、どうして……? 日向:あれから、ちゃんと毎日早退せずに学校へ行ってる。今日だって……、ほら時計。 梨花:四時半……。 梨花:もう授業が終わってる時間か……。私、ちょっと寝すぎたみたいね。 梨花:でも、部活はどうなってるのよ? 日向:今日は試合の翌日だから休み。 梨花:試合には出れたの? 日向:うん、あれからダブルスの相手の子に謝った。めちゃくちゃキレられたし、他の部員にも冷たい目で見られたけどね。 日向:その日から、地獄ような練習メニューだったよ。 梨花:試合の結果は? 日向:一回戦目は勝てたけど、二回戦目で負けた。 日向:どしゃ降りの中で、もがいてるみたいな一日だったけど……、たぶん、がんばれたと思う。 梨花:そう……、よかったわね。 日向:それで、何か文句ある? 梨花:ふふっ、ないない。文句ありません。 日向:コーヒー淹れるね。 0:部屋でくつろぐ二人。 梨花:スマホ、アドレス教えて。 日向:えっ、いいけど。急にどうしたの? 梨花:別にあなたとメル友になろうってわけじゃないのよ。 日向:どういうこと? それに『メル友』なんて言葉、今時使わないよ。 0:スマートフォンを操作する梨花。 梨花:ほら、送ったわよ。 日向:えっ、画像? 雨の風景と……、あ、これって私? 私の絵を描いてくれたの? 日向:すごく、きれい……。 梨花:なかなかの出来でしょ。 日向:ありがとう、宝物にする。 日向:でも、いいの? 私、二百五十円しか持ってないよ。 梨花:前より少なくなってるじゃない。 日向:どうしよう……。 梨花:いらないわよ。遊びで描いたやつだから。 梨花:あーあ、久しぶりに仕事以外で絵を描いたけど……。 梨花:友達の絵を描くのって楽しいわね。