台本概要
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タイトル | Eclipse ーエクリプスー |
---|---|
作者名 | 紫音 (@Sion_kyo2) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
『ねえアリス、あなたは何者?』 とある刑務所内の特別面会室。向かい合って座る殺人犯とその友人。 彼女はなぜ罪もない人間を手にかけたのか。――見つめ続ければきっと見えてくる。さあ、答え合わせの時間だ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 時間は20分~30分を想定しています。 上演の際、お手数でなければお知らせいただけると嬉しいです。※必須ではないです。 788 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
アリス | 女 | 73 | どこにでもいる普通の「良い人」。 |
レイシー | 女 | 73 | 殺人犯。アリス曰く「優しくて、頭が良くて、思いやりに溢れた、素敵な女性」。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:
0:とある刑務所内、特別面会室にて。
0:二人の女が向かい合って座っている。
0:
レイシー:……今日も来たのね、アリス。
アリス:当然よ、レイシー。あなたが望むなら、毎日だって会いに来るわ。
レイシー:へぇ、毎日?
レイシー:こんな刑務所の、特別面会室に、毎日?
アリス:ええ、そうよ。
アリス:だって私は、あなたのことを大切な『友達』だと思っているから。
レイシー:……ふふふッ、そうね、そうよね。
レイシー:私、あなたが『友達』で良かったわ、アリス。……ずっと一緒にいてくれて、本当に良かった。
アリス:……ねえ、レイシー。どうしてなの。
レイシー:どうしてって?
アリス:どうしてこんなことをしたのよ、レイシー。
レイシー:こんなこと?……こんなことって?
アリス:おふざけじゃないのよ、レイシー。
アリス:答えてちょうだい。
レイシー:だから、こんなことってどんなこと?
アリス:……殺人。
レイシー:……。
アリス:何人も、殺したのでしょう?……どうしてなのよ、レイシー。
アリス:あなたはそんなことするような人じゃないわ。一体……一体どんな理由があって、こんなこと……
レイシー:……うふふッ。
レイシー:ふふふッ、あはははッ!
アリス:な、なにが可笑しいの……?
レイシー:うふふふ、ごめんなさい。
レイシー:あなたのその必死な顔が、あまりに可愛らしかったものだから、つい。
アリス:……真面目に答えて、レイシー。
アリス:私、もう何度ここに面会に来たか分からないけれど……まだあなたから、きちんとした理由を聞けていないわ。
アリス:どうしてこんなことをしたの。そして……どうしてそんな風に笑っていられるの。
アリス:私には、分からないのよ。レイシー……。
レイシー:理由なんて必要?
レイシー:今、あなたこう思っているでしょう、アリス。『自分の目の前にいるこの女は、異常だ』……って。
アリス:……。
レイシー:ふふ、黙り込むってことは図星かしらね?
アリス:……友達のあなたに対して、そんな風には思いたくはないけれど。
アリス:そう言わざるを得ないわ、レイシー。……あなたは『異常』よ……。
レイシー:どうして?
アリス:だってそうでしょう、何の罪もない人たちを何人も殺したというのに……そうやって笑っていられるなんて……
アリス:一体、何があったのよ……どうしてそんな風になっちゃったのよ、レイシー!
レイシー:……ふふふッ……ふふッ、あははッ……!
アリス:ちゃんと答えて!
レイシー:あなた本当に面白いわ、アリス!……最高よ。
レイシー:可哀そうなほどに愚かで、無知で、純粋で、健気で。
レイシー:そうよね、それがあなたよね、アリス。それならそれでいいわ。
アリス:……どういう、こと?意味が分からないわ、レイシー。
レイシー:“まだ”、分からなくても仕方ない。でもどうせ、すぐ分かるわ。
アリス:……まだ……?
レイシー:話を戻しましょう。
レイシー:そう、おそらくあなたから見れば『私は異常』。……『正常な』あなたから見ればね。
レイシー:『正しいあなた』が、『間違っている私』の行動の理由を、果たしてどこまで理解できるのかしら?
アリス:……それは。
レイシー:無理なのよ、あなたが私を理解するのは。だって、あなたがそうしようとしないんだから。
アリス:私は……あなたを理解したいと思うわ、レイシー。最初からそれを諦めたりなんてしていない。
レイシー:いいえ、あなたは最初から目を背けてる。
レイシー:この現実を受け入れたくない、正面から向き合いたくない。だから何か『理由』を見つけたいのよ。自分が納得できる『理由』を。
レイシー:……でもね、アリス。いらないのよ、理由なんて。必要ないの。
レイシー:だって、私がどんな理由を並べたところで、あなたはそれを拒絶するでしょう、否定するでしょう。……私が『異常』だから。
レイシー:どうせ『正常な』あなたには理解できない理由なら、最初から受け入れる選択肢なんて存在しないのなら……わざわざ聞く必要なんてないんじゃなくて?
アリス:……そうかも、しれないわね。
アリス:私はおそらく、あなたの『理由』を受け入れられない。拒絶するわ。
アリス:それでも、どうしてあなたがそこに至ったのか……あなたが辿った道筋だけでも、知りたいの。
アリス:あなたを、理解したいと思うから。……『納得』はできなくても、『理解』はできるかもしれないでしょう?
レイシー:……ふふッ。
レイシー:そう……それがあなたの答えね、アリス。
レイシー:なら、いいわ。……一緒に辿りましょう、その『プロセス』。
レイシー:あなたになら、理解できるはず。
アリス:……さっきとは、まるで真逆のことを言うのね。私には『理解できない』と言ったくせに。
レイシー:それは……この先のあなた次第。
アリス:……あなた、さっきから何が言いたいの、レイシー。
レイシー:自分の胸に手を当てて、考えてみたら?
アリス:……え?
レイシー:ふふ、それがヒントよ、アリス。
レイシー:……さぁ、答え合わせの時間。
アリス:答え、合わせ……?
0:レイシーは一呼吸おいてから話し始める。
レイシー:……始まりは、どこだったかしら。
レイシー:ねぇ、アリス。あなたはさっき私に、こう言ったわね。「どうしてそんな風になってしまったのか」と。
レイシー:こうも言ったわ。「あなたはそんなことをするような人じゃない」。
レイシー:じゃあ、アリス。
レイシー:あなたの知っている『私』は、一体、どんな人間だったというのかしら?
アリス:……あなたは、とても優しい人よ、レイシー。
アリス:優しくて、頭が良くて、思いやりに溢れた、素敵な女性。……私の憧れだったわ。
アリス:あなたのようになれたら……って。何度そう思ったか分からない。
レイシー:『とても優しい人』。
レイシー:『優しくて、頭が良くて、思いやりに溢れた、素敵な女性』。
レイシー:……ふふッ、典型的ね。
アリス:私、あなたのことを本当に良い人だと思っていたわ。
アリス:だから分からないのよ……どうしてあなたが、こんなふうに……
レイシー:ええそうね、分かるはずがないわ、アリス。
レイシー:だってあなたは最初から……『私』のことをまるっきり分かっていないんだから。
アリス:……え?
レイシー:『私』に限った話ではないわね。
レイシー:アリス……あなたはいつも、相手の「うわべ」しか見ないのよ。その人の本質を、見ようとしない。
アリス:どういうこと?
レイシー:最初に殺したのは、ドロシーだったわ。
レイシー:彼女のこと、覚えている?
アリス:……当然よ。
アリス:ドロシーはいつも明るくて、誰にでも優しくて……みんなの人気者だった。
レイシー:そうね……そう。
レイシー:『いつも明るくて、誰にでも優しい、みんなの人気者だった彼女』。
レイシー:考えてみて、アリス。どうして彼女は殺されたんだと思う?
アリス:どうしてって、そんなの……こっちが聞きたいくらいよ、レイシー。
アリス:あなたがやったことでしょう、理由なんてあなたに聞かなきゃ分からないわ。
レイシー:考えて。ドロシーに殺されるような理由はあった?
アリス:……そんなもの、思いつかないわ。本当に良い人だったもの。
レイシー:良い人。……どうしてそう思うの?
アリス:……ドロシーは、悩んでいた私を励ましてくれたことがあったわ。
アリス:上手くいかないことばかりで落ち込んでいた私に……「次はきっと大丈夫、自信をもって」って。
アリス:私、彼女の言葉に本当に救われたわ。
レイシー:……ふふふッ。
アリス:……今度は何が可笑しいのかしら。
レイシー:『救われた』?本当に?
アリス:……どういうことよ。
レイシー:ねえアリス、ドロシーにその言葉をかけられたとき……こうは思わなかった?
レイシー:『あんたに何が分かるのよ』って。
アリス:……そんな風になんて、思わなかったわ。
レイシー:そうね、アリス。あなたは『良い子』だから。人の気遣いや好意は素直に受け取るもの……それが『正しい』考え方ですものね。
アリス:……言っている意味がよく分からない。
レイシー:でもね……言葉は簡単に人の心を、無神経に抉るわ。
レイシー:そしてそれは、言葉で人の心を救うことよりも簡単。
アリス:あなたは……ドロシーの言葉で、私が傷付いたとでも言いたいの?
レイシー:違うわ。傷付いたんじゃない。『腹が立った』。
レイシー:でもそんな感情は歪んでいる、間違っている。……だからあなたは、そんな腹立たしさをお腹の奥に押し込んで閉じ込める。
アリス:いいえ、私はそんな――
レイシー:でもそれは当然の心理だわ、アリス。何も間違ってはいない。
レイシー:だってそうでしょう、何も知らない人に「あなたの気持ちは分かるわ」なんて言われたって……所詮当事者でないその人には何も分かるはずがない。
レイシー:「次はきっと大丈夫」?どうして無責任にそんなことが言えるのかしら。未来なんて誰にも分からないのに。……そう思ったって間違いではないでしょう?
レイシー:でもそんな風に受け取るのは『間違っている』から。……だからあなたは否定する。
アリス:待ってレイシー、論点がずれているんじゃないかしら。
アリス:今は私の話じゃなくて、あなたの話をしているのよ、レイシー。
レイシー:……。
アリス:……レイシー?
レイシー:……ふふ、そうね。話を戻しましょうか。
アリス:……ええ。
レイシー:でもこれで、少し思い当たったんじゃないかしら?アリス。
レイシー:なぜ、ドロシーは殺されなければならなかったのか。
アリス:私には……やっぱり、よく……
レイシー:分からない?……じゃあ、解説してあげるわ。
レイシー:ドロシーは良い人という顔をしながら、平気で人の心を抉っていった。無責任に、軽い言葉で……「私はあなたのことを想っているわ」というポーズを決めて。
レイシー:そう、それこそ……『誰にでも』。それを八方美人と呼ばずして、なんと呼ぶのかしらね?
アリス:……ひねくれているわ。
レイシー:そうね、そうかもしれないわ。
レイシー:『ひねくれている私』は思ったの。……「そんな彼女は“狂っている”私にすら、『優しく』してくれるのかしら?」って。
アリス:じゃあ、あなたは……
レイシー:ふふッ……彼女、ナイフを向ける私を見て、まるで化け物でも見るような顔で、口汚く罵ったわ。
レイシー:「あなたは異常だ、頭がおかしい」って。
レイシー:結局彼女は「誰にでも優しかった」というわけではなかったということ。……『私』は、彼女には受け入れてもらえなかったわ。
アリス:……そんな理由で、殺したっていうの?
アリス:そんな……ドロシーの優しさに腹が立ったからって……八方美人なのが許せないからって、そんな理由で……
レイシー:ちょっと違うわ、アリス。……ドロシーに腹が立ったからじゃない。『ドロシーで試したくなったからよ』。
アリス:……え?
レイシー:私はただ、理由もなく『誰かを殺めてみたかった』。……そこに、ちょうどよくドロシーがいて、ちょうどよくナイフを向ける理由があっただけなのよ。
アリス:そ、そんなのって……
レイシー:だから『狂っている』、『異常だ』と言われるのでしょう?『私』は。
アリス:……、……。
レイシー:ドロシー以外の「優しい」人にも試してみたくなった。自分を殺そうとする人間にも優しくできる人間っているのかしらって。
レイシー:……ジェーン、アラン、キャロル、エンジェル、ブライアン。
レイシー:「誰にでも優しい」と言われる人みんな……結局ドロシーと同じだった。
アリス:レイシー……あなた……
レイシー:ねえアリス。
レイシー:どこまでが正常で、どこからが異常なの?
レイシー:“狂っている”って、何?
アリス:……それは……
アリス:私には……分から、ないわ。
レイシー:誰しも一度は、思ったことがあるはずよ。『ルールを、破ってみたい』って。
アリス:……それは許されないことだわ。ルールは……社会の秩序を、守るためにあるのだから。
レイシー:でも「してはいけない」と言われると、してみたくなる。……それってそもそも人間の性よ。
アリス:……だから、人を……殺めてみたいと……
レイシー:そう。だけどそう感じる『私』を認めてくれる人は、受け入れてくれる人は、どこにもいない。
レイシー:『異常な私』は存在することすら許されない。……だから人って、隠すのでしょう。
アリス:……隠すって、なにを。
レイシー:その『異常な自分』を。
アリス:……異常な、自分……?
レイシー:正常と異常って、紙一重でしょう。誰もがその内側に、黒くどんよりとした『何か』を孕んでいる。でもそれを表に出せば、排除されてしまうから。だから隠して、正常でいようとする。
レイシー:だけど……他人とうまく付き合うがために、“本当の自分”を隠して、押し殺して生きるなんて、愚かじゃないかしら?
アリス:……私は……
レイシー:ねえアリス。
レイシー:『あなたは、何者?』
アリス:……え?
レイシー:「優しくて、頭が良くて、思いやりに溢れた、素敵な女性」。
レイシー:それがあなたよね、アリス。
レイシー:……それが『周りから見たあなた』よね?
アリス:周りから見た……私……?
レイシー:……『じゃあ本当のあなた』は?
アリス:……やめて。
レイシー:私は知っている。『本当のあなた』を。
アリス:……やめて、レイシー。
レイシー:本当のあなたは……すごく『我儘』で『ひねくれて』いて。
レイシー:でも『臆病』だから、拒絶されてしまうことが怖くて……周囲に合わせて『良い子を演じてる』。
アリス:やめてよレイシー……!
レイシー:いい加減気付きなさいよ、アリス。
レイシー:もっとよく、自分を見つめて。
アリス:いやよ、違う……私は違う……!
レイシー:本当はもう分かっているはず。
レイシー:『アリス、あなたは何者?』
アリス:やめてよ、やめてったら……!
レイシー:耳を塞いではいけないわ。目を閉じてはいけない。
レイシー:私の言葉を聞きなさい、私の目を見なさい、アリス。
レイシー:夢を見るのはもう終わり。……ちゃんと現実を見て。
アリス:……嫌よ……!
レイシー:あなたは最初から目を背けてる。
レイシー:この現実を受け入れたくない、正面から向き合いたくない。だから何か『理由』を見つけたい。自分が納得できる『理由』を。
レイシー:……その理由はもう、私が明かしたわ。
レイシー:パズルは既に完成しているの。……きちんと正面から見つめて。そこに、どんな絵が描かれているのか。それが答えになるはずなんだから。
アリス:違う、私は……私は何も……!
レイシー:最初から何一つ『私の話ではないのよ』。
レイシー:ねえ、アリス。……最初から全部『あなたの話でしょう?』。
アリス:違う……!!
レイシー:『ドロシーの言葉に腹が立ったのも』。
レイシー:『理由もなく誰かを殺めてみたいと思ったのも』。
レイシー:『ドロシー以外の優しい人で試したのも』。
レイシー:……『正常な“あなた”の殻を破って、異常な“私”を最初に認めたのは……紛れもなく、あなた自身だったでしょう?』
アリス:やめてよ……嘘を言わないで!
レイシー:嘘じゃないわ、アリス。
レイシー:分かるでしょう?……『私はあなた』よ。
アリス:違う……違う、私は……ッ!
レイシー:周囲に見せている「普通の人間の顔」。それがアリス、あなた。
レイシー:でも、内側に押し込めている「本当の自分」……それが、私。
レイシー:私たちは、二人で一人の人間。……そうでしょ?
アリス:……違う、そんなの……あなたの妄想よ、レイシー……
アリス:私はドロシーを殺してない……ジェーンもアランもキャロルもエンジェルもブライアンも殺してない!
アリス:全部あなたがやったことでしょう、レイシー!!
レイシー:……そう。
レイシー:『あなたの中の私』がね。
アリス:ちが……
レイシー:妄想をしているのはあなたでしょう、アリス。
レイシー:ほら、目を覚まして。……ここはどこ?
アリス:ここは……特別面会室……
レイシー:いいえ違うわ。
レイシー:最初から私たちは……あなたの頭の中で話しているでしょう?
レイシー:『私』という『異常な自分』を認めないあなたが、何度もこの特別面会室を作り上げて、私をここに呼び出すの。『私』を否定するために。
レイシー:ねえアリス。あなたに自覚してもらうために何度も説明するのは、私も疲れたわ。
アリス:……私が……
レイシー:そう、あなたが。
アリス:私がみんな……
レイシー:そうよ、気付いて。
レイシー:『一人二役』は、もうおしまいよ、アリス。
アリス:……。
アリス:……ああ、そうだわ。
アリス:私たち……『友達』なんかじゃなかった。
レイシー:そうよ、アリス。
レイシー:『私』を押し殺し続けるのは、もうやめにしましょう?
アリス:……そう、ね。
アリス:だって私……疲れちゃったのよ。
アリス:ずっと良い子で居続けるなんて……もう……
アリス:……何が悪いの?自分の心に正直でいることの……何が……
レイシー:さあ、アリス。
レイシー:……目を、覚ます時間よ。
0:
0:(間)
0:
0:刑務所内にて。
0:暗い部屋の中、光のない目で虚空を見つめるアリス。
アリス:……。
アリス:そうよね……目を、覚まさなきゃ。
アリス:『良い子ちゃん』のアリスは……もういないんだから……。
アリス:これが本当の……私……なんだから……。
アリス:……うふふッ。
アリス:ふふふッ……ふふッ、あははッ……!
0:
0:
0:とある刑務所内、特別面会室にて。
0:二人の女が向かい合って座っている。
0:
レイシー:……今日も来たのね、アリス。
アリス:当然よ、レイシー。あなたが望むなら、毎日だって会いに来るわ。
レイシー:へぇ、毎日?
レイシー:こんな刑務所の、特別面会室に、毎日?
アリス:ええ、そうよ。
アリス:だって私は、あなたのことを大切な『友達』だと思っているから。
レイシー:……ふふふッ、そうね、そうよね。
レイシー:私、あなたが『友達』で良かったわ、アリス。……ずっと一緒にいてくれて、本当に良かった。
アリス:……ねえ、レイシー。どうしてなの。
レイシー:どうしてって?
アリス:どうしてこんなことをしたのよ、レイシー。
レイシー:こんなこと?……こんなことって?
アリス:おふざけじゃないのよ、レイシー。
アリス:答えてちょうだい。
レイシー:だから、こんなことってどんなこと?
アリス:……殺人。
レイシー:……。
アリス:何人も、殺したのでしょう?……どうしてなのよ、レイシー。
アリス:あなたはそんなことするような人じゃないわ。一体……一体どんな理由があって、こんなこと……
レイシー:……うふふッ。
レイシー:ふふふッ、あはははッ!
アリス:な、なにが可笑しいの……?
レイシー:うふふふ、ごめんなさい。
レイシー:あなたのその必死な顔が、あまりに可愛らしかったものだから、つい。
アリス:……真面目に答えて、レイシー。
アリス:私、もう何度ここに面会に来たか分からないけれど……まだあなたから、きちんとした理由を聞けていないわ。
アリス:どうしてこんなことをしたの。そして……どうしてそんな風に笑っていられるの。
アリス:私には、分からないのよ。レイシー……。
レイシー:理由なんて必要?
レイシー:今、あなたこう思っているでしょう、アリス。『自分の目の前にいるこの女は、異常だ』……って。
アリス:……。
レイシー:ふふ、黙り込むってことは図星かしらね?
アリス:……友達のあなたに対して、そんな風には思いたくはないけれど。
アリス:そう言わざるを得ないわ、レイシー。……あなたは『異常』よ……。
レイシー:どうして?
アリス:だってそうでしょう、何の罪もない人たちを何人も殺したというのに……そうやって笑っていられるなんて……
アリス:一体、何があったのよ……どうしてそんな風になっちゃったのよ、レイシー!
レイシー:……ふふふッ……ふふッ、あははッ……!
アリス:ちゃんと答えて!
レイシー:あなた本当に面白いわ、アリス!……最高よ。
レイシー:可哀そうなほどに愚かで、無知で、純粋で、健気で。
レイシー:そうよね、それがあなたよね、アリス。それならそれでいいわ。
アリス:……どういう、こと?意味が分からないわ、レイシー。
レイシー:“まだ”、分からなくても仕方ない。でもどうせ、すぐ分かるわ。
アリス:……まだ……?
レイシー:話を戻しましょう。
レイシー:そう、おそらくあなたから見れば『私は異常』。……『正常な』あなたから見ればね。
レイシー:『正しいあなた』が、『間違っている私』の行動の理由を、果たしてどこまで理解できるのかしら?
アリス:……それは。
レイシー:無理なのよ、あなたが私を理解するのは。だって、あなたがそうしようとしないんだから。
アリス:私は……あなたを理解したいと思うわ、レイシー。最初からそれを諦めたりなんてしていない。
レイシー:いいえ、あなたは最初から目を背けてる。
レイシー:この現実を受け入れたくない、正面から向き合いたくない。だから何か『理由』を見つけたいのよ。自分が納得できる『理由』を。
レイシー:……でもね、アリス。いらないのよ、理由なんて。必要ないの。
レイシー:だって、私がどんな理由を並べたところで、あなたはそれを拒絶するでしょう、否定するでしょう。……私が『異常』だから。
レイシー:どうせ『正常な』あなたには理解できない理由なら、最初から受け入れる選択肢なんて存在しないのなら……わざわざ聞く必要なんてないんじゃなくて?
アリス:……そうかも、しれないわね。
アリス:私はおそらく、あなたの『理由』を受け入れられない。拒絶するわ。
アリス:それでも、どうしてあなたがそこに至ったのか……あなたが辿った道筋だけでも、知りたいの。
アリス:あなたを、理解したいと思うから。……『納得』はできなくても、『理解』はできるかもしれないでしょう?
レイシー:……ふふッ。
レイシー:そう……それがあなたの答えね、アリス。
レイシー:なら、いいわ。……一緒に辿りましょう、その『プロセス』。
レイシー:あなたになら、理解できるはず。
アリス:……さっきとは、まるで真逆のことを言うのね。私には『理解できない』と言ったくせに。
レイシー:それは……この先のあなた次第。
アリス:……あなた、さっきから何が言いたいの、レイシー。
レイシー:自分の胸に手を当てて、考えてみたら?
アリス:……え?
レイシー:ふふ、それがヒントよ、アリス。
レイシー:……さぁ、答え合わせの時間。
アリス:答え、合わせ……?
0:レイシーは一呼吸おいてから話し始める。
レイシー:……始まりは、どこだったかしら。
レイシー:ねぇ、アリス。あなたはさっき私に、こう言ったわね。「どうしてそんな風になってしまったのか」と。
レイシー:こうも言ったわ。「あなたはそんなことをするような人じゃない」。
レイシー:じゃあ、アリス。
レイシー:あなたの知っている『私』は、一体、どんな人間だったというのかしら?
アリス:……あなたは、とても優しい人よ、レイシー。
アリス:優しくて、頭が良くて、思いやりに溢れた、素敵な女性。……私の憧れだったわ。
アリス:あなたのようになれたら……って。何度そう思ったか分からない。
レイシー:『とても優しい人』。
レイシー:『優しくて、頭が良くて、思いやりに溢れた、素敵な女性』。
レイシー:……ふふッ、典型的ね。
アリス:私、あなたのことを本当に良い人だと思っていたわ。
アリス:だから分からないのよ……どうしてあなたが、こんなふうに……
レイシー:ええそうね、分かるはずがないわ、アリス。
レイシー:だってあなたは最初から……『私』のことをまるっきり分かっていないんだから。
アリス:……え?
レイシー:『私』に限った話ではないわね。
レイシー:アリス……あなたはいつも、相手の「うわべ」しか見ないのよ。その人の本質を、見ようとしない。
アリス:どういうこと?
レイシー:最初に殺したのは、ドロシーだったわ。
レイシー:彼女のこと、覚えている?
アリス:……当然よ。
アリス:ドロシーはいつも明るくて、誰にでも優しくて……みんなの人気者だった。
レイシー:そうね……そう。
レイシー:『いつも明るくて、誰にでも優しい、みんなの人気者だった彼女』。
レイシー:考えてみて、アリス。どうして彼女は殺されたんだと思う?
アリス:どうしてって、そんなの……こっちが聞きたいくらいよ、レイシー。
アリス:あなたがやったことでしょう、理由なんてあなたに聞かなきゃ分からないわ。
レイシー:考えて。ドロシーに殺されるような理由はあった?
アリス:……そんなもの、思いつかないわ。本当に良い人だったもの。
レイシー:良い人。……どうしてそう思うの?
アリス:……ドロシーは、悩んでいた私を励ましてくれたことがあったわ。
アリス:上手くいかないことばかりで落ち込んでいた私に……「次はきっと大丈夫、自信をもって」って。
アリス:私、彼女の言葉に本当に救われたわ。
レイシー:……ふふふッ。
アリス:……今度は何が可笑しいのかしら。
レイシー:『救われた』?本当に?
アリス:……どういうことよ。
レイシー:ねえアリス、ドロシーにその言葉をかけられたとき……こうは思わなかった?
レイシー:『あんたに何が分かるのよ』って。
アリス:……そんな風になんて、思わなかったわ。
レイシー:そうね、アリス。あなたは『良い子』だから。人の気遣いや好意は素直に受け取るもの……それが『正しい』考え方ですものね。
アリス:……言っている意味がよく分からない。
レイシー:でもね……言葉は簡単に人の心を、無神経に抉るわ。
レイシー:そしてそれは、言葉で人の心を救うことよりも簡単。
アリス:あなたは……ドロシーの言葉で、私が傷付いたとでも言いたいの?
レイシー:違うわ。傷付いたんじゃない。『腹が立った』。
レイシー:でもそんな感情は歪んでいる、間違っている。……だからあなたは、そんな腹立たしさをお腹の奥に押し込んで閉じ込める。
アリス:いいえ、私はそんな――
レイシー:でもそれは当然の心理だわ、アリス。何も間違ってはいない。
レイシー:だってそうでしょう、何も知らない人に「あなたの気持ちは分かるわ」なんて言われたって……所詮当事者でないその人には何も分かるはずがない。
レイシー:「次はきっと大丈夫」?どうして無責任にそんなことが言えるのかしら。未来なんて誰にも分からないのに。……そう思ったって間違いではないでしょう?
レイシー:でもそんな風に受け取るのは『間違っている』から。……だからあなたは否定する。
アリス:待ってレイシー、論点がずれているんじゃないかしら。
アリス:今は私の話じゃなくて、あなたの話をしているのよ、レイシー。
レイシー:……。
アリス:……レイシー?
レイシー:……ふふ、そうね。話を戻しましょうか。
アリス:……ええ。
レイシー:でもこれで、少し思い当たったんじゃないかしら?アリス。
レイシー:なぜ、ドロシーは殺されなければならなかったのか。
アリス:私には……やっぱり、よく……
レイシー:分からない?……じゃあ、解説してあげるわ。
レイシー:ドロシーは良い人という顔をしながら、平気で人の心を抉っていった。無責任に、軽い言葉で……「私はあなたのことを想っているわ」というポーズを決めて。
レイシー:そう、それこそ……『誰にでも』。それを八方美人と呼ばずして、なんと呼ぶのかしらね?
アリス:……ひねくれているわ。
レイシー:そうね、そうかもしれないわ。
レイシー:『ひねくれている私』は思ったの。……「そんな彼女は“狂っている”私にすら、『優しく』してくれるのかしら?」って。
アリス:じゃあ、あなたは……
レイシー:ふふッ……彼女、ナイフを向ける私を見て、まるで化け物でも見るような顔で、口汚く罵ったわ。
レイシー:「あなたは異常だ、頭がおかしい」って。
レイシー:結局彼女は「誰にでも優しかった」というわけではなかったということ。……『私』は、彼女には受け入れてもらえなかったわ。
アリス:……そんな理由で、殺したっていうの?
アリス:そんな……ドロシーの優しさに腹が立ったからって……八方美人なのが許せないからって、そんな理由で……
レイシー:ちょっと違うわ、アリス。……ドロシーに腹が立ったからじゃない。『ドロシーで試したくなったからよ』。
アリス:……え?
レイシー:私はただ、理由もなく『誰かを殺めてみたかった』。……そこに、ちょうどよくドロシーがいて、ちょうどよくナイフを向ける理由があっただけなのよ。
アリス:そ、そんなのって……
レイシー:だから『狂っている』、『異常だ』と言われるのでしょう?『私』は。
アリス:……、……。
レイシー:ドロシー以外の「優しい」人にも試してみたくなった。自分を殺そうとする人間にも優しくできる人間っているのかしらって。
レイシー:……ジェーン、アラン、キャロル、エンジェル、ブライアン。
レイシー:「誰にでも優しい」と言われる人みんな……結局ドロシーと同じだった。
アリス:レイシー……あなた……
レイシー:ねえアリス。
レイシー:どこまでが正常で、どこからが異常なの?
レイシー:“狂っている”って、何?
アリス:……それは……
アリス:私には……分から、ないわ。
レイシー:誰しも一度は、思ったことがあるはずよ。『ルールを、破ってみたい』って。
アリス:……それは許されないことだわ。ルールは……社会の秩序を、守るためにあるのだから。
レイシー:でも「してはいけない」と言われると、してみたくなる。……それってそもそも人間の性よ。
アリス:……だから、人を……殺めてみたいと……
レイシー:そう。だけどそう感じる『私』を認めてくれる人は、受け入れてくれる人は、どこにもいない。
レイシー:『異常な私』は存在することすら許されない。……だから人って、隠すのでしょう。
アリス:……隠すって、なにを。
レイシー:その『異常な自分』を。
アリス:……異常な、自分……?
レイシー:正常と異常って、紙一重でしょう。誰もがその内側に、黒くどんよりとした『何か』を孕んでいる。でもそれを表に出せば、排除されてしまうから。だから隠して、正常でいようとする。
レイシー:だけど……他人とうまく付き合うがために、“本当の自分”を隠して、押し殺して生きるなんて、愚かじゃないかしら?
アリス:……私は……
レイシー:ねえアリス。
レイシー:『あなたは、何者?』
アリス:……え?
レイシー:「優しくて、頭が良くて、思いやりに溢れた、素敵な女性」。
レイシー:それがあなたよね、アリス。
レイシー:……それが『周りから見たあなた』よね?
アリス:周りから見た……私……?
レイシー:……『じゃあ本当のあなた』は?
アリス:……やめて。
レイシー:私は知っている。『本当のあなた』を。
アリス:……やめて、レイシー。
レイシー:本当のあなたは……すごく『我儘』で『ひねくれて』いて。
レイシー:でも『臆病』だから、拒絶されてしまうことが怖くて……周囲に合わせて『良い子を演じてる』。
アリス:やめてよレイシー……!
レイシー:いい加減気付きなさいよ、アリス。
レイシー:もっとよく、自分を見つめて。
アリス:いやよ、違う……私は違う……!
レイシー:本当はもう分かっているはず。
レイシー:『アリス、あなたは何者?』
アリス:やめてよ、やめてったら……!
レイシー:耳を塞いではいけないわ。目を閉じてはいけない。
レイシー:私の言葉を聞きなさい、私の目を見なさい、アリス。
レイシー:夢を見るのはもう終わり。……ちゃんと現実を見て。
アリス:……嫌よ……!
レイシー:あなたは最初から目を背けてる。
レイシー:この現実を受け入れたくない、正面から向き合いたくない。だから何か『理由』を見つけたい。自分が納得できる『理由』を。
レイシー:……その理由はもう、私が明かしたわ。
レイシー:パズルは既に完成しているの。……きちんと正面から見つめて。そこに、どんな絵が描かれているのか。それが答えになるはずなんだから。
アリス:違う、私は……私は何も……!
レイシー:最初から何一つ『私の話ではないのよ』。
レイシー:ねえ、アリス。……最初から全部『あなたの話でしょう?』。
アリス:違う……!!
レイシー:『ドロシーの言葉に腹が立ったのも』。
レイシー:『理由もなく誰かを殺めてみたいと思ったのも』。
レイシー:『ドロシー以外の優しい人で試したのも』。
レイシー:……『正常な“あなた”の殻を破って、異常な“私”を最初に認めたのは……紛れもなく、あなた自身だったでしょう?』
アリス:やめてよ……嘘を言わないで!
レイシー:嘘じゃないわ、アリス。
レイシー:分かるでしょう?……『私はあなた』よ。
アリス:違う……違う、私は……ッ!
レイシー:周囲に見せている「普通の人間の顔」。それがアリス、あなた。
レイシー:でも、内側に押し込めている「本当の自分」……それが、私。
レイシー:私たちは、二人で一人の人間。……そうでしょ?
アリス:……違う、そんなの……あなたの妄想よ、レイシー……
アリス:私はドロシーを殺してない……ジェーンもアランもキャロルもエンジェルもブライアンも殺してない!
アリス:全部あなたがやったことでしょう、レイシー!!
レイシー:……そう。
レイシー:『あなたの中の私』がね。
アリス:ちが……
レイシー:妄想をしているのはあなたでしょう、アリス。
レイシー:ほら、目を覚まして。……ここはどこ?
アリス:ここは……特別面会室……
レイシー:いいえ違うわ。
レイシー:最初から私たちは……あなたの頭の中で話しているでしょう?
レイシー:『私』という『異常な自分』を認めないあなたが、何度もこの特別面会室を作り上げて、私をここに呼び出すの。『私』を否定するために。
レイシー:ねえアリス。あなたに自覚してもらうために何度も説明するのは、私も疲れたわ。
アリス:……私が……
レイシー:そう、あなたが。
アリス:私がみんな……
レイシー:そうよ、気付いて。
レイシー:『一人二役』は、もうおしまいよ、アリス。
アリス:……。
アリス:……ああ、そうだわ。
アリス:私たち……『友達』なんかじゃなかった。
レイシー:そうよ、アリス。
レイシー:『私』を押し殺し続けるのは、もうやめにしましょう?
アリス:……そう、ね。
アリス:だって私……疲れちゃったのよ。
アリス:ずっと良い子で居続けるなんて……もう……
アリス:……何が悪いの?自分の心に正直でいることの……何が……
レイシー:さあ、アリス。
レイシー:……目を、覚ます時間よ。
0:
0:(間)
0:
0:刑務所内にて。
0:暗い部屋の中、光のない目で虚空を見つめるアリス。
アリス:……。
アリス:そうよね……目を、覚まさなきゃ。
アリス:『良い子ちゃん』のアリスは……もういないんだから……。
アリス:これが本当の……私……なんだから……。
アリス:……うふふッ。
アリス:ふふふッ……ふふッ、あははッ……!
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