台本概要
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タイトル | 世界最後の忘れ物 |
---|---|
作者名 | 神澤ゆうき (@yukingod) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) ※兼役あり |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 商用、非商用問わず連絡不要 |
説明 |
世界最後の忘れ物は、最後まででてきませんでした。なんて、そんな陳腐な物語があってもいいじゃないか。 ディストピア風の物語。 669 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
チカゲ |
男 ![]() |
124 | シイから忘れ物、もとい記憶を届けてもらったうちの一人。帰る場所も、生きる意味も失ったあの日から、少しの希望を抱いてシイとともに彷徨い続けている。 |
シイ |
女 ![]() |
127 | 忘れ物配達屋。強い想いを遺した人から記憶を辿り、その人の最後の望みを叶えることを趣味にしている変わり者。 |
男 |
男 ![]() |
6 | チカゲと兼ね役。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
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シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。
チカゲM:そう言って、少女は歩き出した。まるで、自分が世界にとっての忘れ物だと、死神に自分を差し出すように。だから、俺は───。
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0:───建物が全て崩壊し、緑が侵食を始めている世界
0:───海面の水位が上がり、足元はほぼ水で満たされている。歩く度に、ちゃぷちゃぷと音が鳴る。
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シイ:~♪
チカゲ:シイ、落ちるぞ。そっち側は随分水位が上がってんだ。
シイ:おっ…とと。…ふう、危なかったぁ。助かりましたよぉ。
チカゲ:……気をつけろよ。
シイ:すみません。そうですよね、こんな世の中じゃ医者もロクにやってませんし。
チカゲ:おっまえ……。
シイ:チカの言いたいことは分かりますよ。でも言わせてあげません。
チカゲ:はっ、どうだか。
シイ:ふふー。何せシイちゃんは忘れられた記憶を読めちゃうんですから。チカの心を読むことくらい朝飯前です!
チカゲ:…読んだのか?
シイ:どう思います?
チカゲ:それは卑怯だろ。俺はお前の心なんて読めないのに。
シイ:っふふ!心配しないでください、読んでません。ついでに言うなら、さっきの「チカが言いたいこと」は憶測です。ほぼ正解の確信を持ってはいますが。
チカゲ:ほう、言ってみろよ。正解か答え合わせをしてやる。
シイ:「お前が死んだら、この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」、ですかね。
チカゲ:………。50点。
シイ:お、半分も当たってましたね。
チカゲ:半分だけだ。続きがある。
シイ:気になります!
チカゲ:言うか、馬鹿。
シイ:えぇー。
チカゲ:それよりさっさと歩け。もう忘れられた記憶を預かってんだろ?
シイ:ええ、勿論です!
チカゲ:なら、届けに行ってやらないと。
シイ:……。ふふ、何だかんだチカは優しいですねぇ。私は趣味で忘れ物配達屋をやってるだけですよ。
チカゲ:それでも、お前の奇行に救われるヤツもいる。だったら、少しでも届けてやるべきだろ。
シイ:……。チカは、優しくて真面目です。生きづらそう。
チカゲ:……っ。(無言で殴り)
シイ:いったー!よくないです、よくないです!女の子の頭殴るのほんとよくないです!
チカゲ:俺は優しくも、真面目でもねぇ。くだらないこと言ってないで、行くぞ。
シイ:あ、待ってくださいよぉ!
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シイM:あれは、そう。少し暖かくなってきた春の日のこと。
チカゲM:太陽が降ってきた。──そう錯覚するほどの、隕石だった。
シイM:空を覆い尽くした赤、赤、赤…。
チカゲM:大地は粉々に砕けて、沈んだ。
シイM:後に聞くと、地球の人口の7割は、この時に居なくなったのだという。
チカゲM:混乱の中、食料もまともに確保できず、一度病に倒れればまともな治療も受けられず…。
シイM:人々は、ばたばたと。そう、文字通り言葉通りばたばたと倒れ、亡くなっていった。
チカゲM:かくして、かつては地球上を我がもののように歩き回っていた人類は、人口を最盛期の千分の一程度まで減らし…。
シイM:生きている人類に会うのは、非常に稀なことになってしまった。
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チカゲ:で、今回はどんな記憶だったんだ。
シイ:幸せな記憶でした。あの隕石の日、ちょうど結婚式を挙げられていたようで。幸せなうちに終われたと、喜んでいらっしゃいました。
チカゲ:ふうん。なら、なんでわざわざ忘れられた記憶なんて落ちてんだ。
シイ:離れてしまったみたいです。
チカゲ:離れた?
シイ:お二人共、建物の倒壊で亡くなられているのですが、運良くというか、運悪くというか…花嫁さんのご遺体だけは、後日遺体回収業者さんに回収されてしまったみたいで。
チカゲ:じゃあ、お前が拾った記憶は、新郎の方の。
シイ:はい。せめて二人で居たいと、そんな願いを受け取ってしまったものですから。
チカゲ:でも、花嫁の遺体はもう火葬されてんだろ。どうやって傍に行かせる気だ?
シイ:今の日本では、火葬した後遺骨も全て灰にしてしまって、海に撒くんです。だから、彼の遺体も同様にして…海に撒きます。
チカゲ:新郎の遺体は今どこに?
シイ:回収しました。でも……あの日から随分経っていますから、回収できたのは僅かだけです。
チカゲ:…もう残って無かったのか。
シイ:そうですね。随分野ざらしにされてしまいましたし……でも、彼は笑っていましたから。それでいいと思います。
チカゲ:………。ほらな。お前の奇行は、人の役に立つじゃないか。
シイ:(静かな声で)いいえ。……自分のためですよ。
チカゲ:何の意地だか知らないが、そいつ笑ってたんだろ。なら、それは(役に立ってるってことじゃないか)
シイ:(被せて)チカ。………そんな、いいもんじゃないです。そんないいもんじゃないですよ、私の趣味は。例え私の趣味にチカが救われてくれたのだとしても。
チカゲ:…………。はぁーあ………。バカだな、ホントに。
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0:───回想
0:───夜、辺りに人の気配がない街をひたすら彷徨うチカゲ
チカゲ:おい………。誰か………いないのか…?誰でもいい……誰か……。誰か………っ!
チカゲ:俺の声に……いい加減っ…誰か応えてくれよ…っ!!!
0:───しばらく蹲るチカゲ
チカゲ:…世界に生きているのが俺だけになったらどうしよう。
チカゲ:もし、…もし。このまま誰とも会えないで、一生の暗闇に独りだったら?一生の無音に、独り立ち向かわなければならなかったら?
チカゲ:怖い。……怖い、怖い……。
チカゲ:(恐怖から無理やり目を逸らすように)っおい、おい……!!誰か、誰でもいい!何でもいい!!!!俺の、俺の声に応えてくれよ!!!なあ、……なぁ!!!!!
チカゲ:(弱々しく)……なぁ。俺、独りになったのか?世界に、この世界に独り?
チカゲ:………っ。
チカゲ:(耐えられず、声を殺しながら泣く)…っ、う、う……っ!ふ、…ぅ……っ。
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シイ:…おーい。生きてますかぁ?
チカゲ:…だ、れだ…?
シイ:…こんばんは。シイ、といいます。
チカゲ:………っ。生きてる…人間……?
シイ:…うん、そうです。シイは、生きています。
チカゲ:…俺、は……。
シイ:……あなたも、生きてます。
チカゲ:……俺も……お前も、生きてる…?
シイ:はい、私は、生きてる…。生きてます。
チカゲ:……っ。(静かに泣く)
シイ:あなたが生きててくれて、…よかったぁ。
チカゲ:……?
シイ:あなた、チカゲさん…ですよね。
チカゲ:何で、俺の名前…?
シイ:はい。あなたの……お父様とお母様から、…最後の忘れ物を届けにきました。
チカゲ:父さんと…母さんから…?何を…。
シイ:「誕生日おめでとう」、と…。
チカゲ:……は?
シイ:最近顔を見せないからと、心配してました。ご実家に帰られてなかったんですね。
チカゲ:いや、……そう、だけど。
シイ:でもあの日は、久しぶりに帰省する日だった。お父様、普段は顔に出さないタイプのようですが、チカゲさんとお酒が飲めるの、楽しみにしていらっしゃいました。
チカゲ:…………。
シイ:これ。
チカゲ:っ!
シイ:お父様からです。
チカゲ:っ……それ、は……。
シイ:覚えて、いらっしゃるんですね。
チカゲ:………当たり、前……だろ。だって、これは……約束の。あの日、次家帰って来た時にって、父さんが…っ……!
シイ:良かった。安心しました。
チカゲ:……っ、ぅ、ああ………あああぁっ!!
シイ:お父様とお母様……あの日、玄関であなたの帰りを待っておられたのですよ。だから……。苦しまずに、逝かれました。
チカゲ:父さん…!!母さん……!!!ぅ、あ、ああぁっ……ぅ、う…っ!
シイ:…とても、いい写真ですね。
チカゲ:………っ……っう、!!
シイ:……………。
チカゲ:(静かに泣き続ける)
シイ:良かった。……。忘れ物を届けられて、良かった。
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0:───歩きながら
シイ:あと少し歩けば海です。
チカゲ:もうそんなに歩いたのか。
シイ:花嫁さんにもうすぐ会えますよ~。
チカゲ:…人間は灰になりゃ、こんなに小さくなるんだな。
シイ:ですねぇ。回収出来た部分が少なかったとはいえ、小瓶1杯にも満たないんですから。
チカゲ:…無事会えるといいな。
シイ:会えなくても探すんでしょう。ここまで来たら執念ですよ。…大丈夫、きっと会えます。
チカゲ:ああ。…そうだな。
シイ:あ、ほら、……海です。
0:───海が見える
0:───足元から水が広がって、海と陸の境目がない
チカゲ:………っ。これ、どこからが、海…?
シイ:……綺麗ですよね。ここからなら……世界のどこへでも行けそう。
チカゲ:……もう、繋がっていないところなんてないのかもな。
シイ:……?
チカゲ:元々繋がっていたけど、あの日までは目の前のことに必死で、見えてなくて…。でも、あの日全部が壊れたから……今までより色々なものが見える、というか。
シイ:そう、かもしれませんね。あの日まで気付かなかったものに、今なら気づける。そんな気がします。
チカゲ:見えなかったものが見えるようになる。…案外、いいこともあったんだな。
シイ:…ふふ、そうかもしれません。知らなくていいものまで知ってしまう、ということもあるかもしれませんが。
チカゲ:知らないよりはマシだ。選択権が増えるんだからな。
シイ:なるほど…。捉え方次第ですね…。
0:───そう言ってシイは海に入って行く
チカゲ:おい?
シイ:なるべくなら、波で遠くまで運んでくれるようなところまで行きましょう。
チカゲ:はあ?
シイ:おやおんや?チカちゃんは怖いです?ならシイちゃんだけで行くので大丈夫ですよ。
チカゲ:遺灰持ってんの俺なのに?お前1人で行ってどうするつもりなんだよ。
シイ:ふふ。せめてどこへでも行けそうな海にちゃんと撒いてあげましょう。
チカゲ:ッくそ……あーあー、入りゃいいんだろ、入りゃ!
0:───足がほとんど水に入り
シイ:そろそろいいかもしれませんね。
チカゲ:……ほら、……これで……。
シイ:会いたい人に、会えますように。……あなたの忘れ物、届けましょう。
チカゲ:………。
0:───小瓶の蓋を開け、中の灰を海に撒く
0:───灰は直ぐに波に飲まれ、消えていった
チカゲ:……!
シイ:?チカ、どうしました?
チカゲ:あ、いや…。何か…声が…。
0:───小さな声が聴こえる
男:…会える。
シイ:チカ?
男:やっと、会える。
シイ:おーい。おーーいチカ〜?
男:あの日から、待ち続けてた…。
シイ:チカー?チカー?チカチカチーカー?
チカゲ:この、声…!
シイ:……。チカ?ほんと、どうしちゃったんです?
チカゲ:…新郎の声だ。
シイ:え?
男:やっと……、会える。長かった…。よかった…。
シイ:……。
男:でも……本当は……。生きて、いたかった。生きて、君と一緒にいたかった……。
チカゲ:生きて…いたかった…。
シイ:…。
男:生きて、思い出を、作って、それで……死にたかった。
男:でも、最後に……また会えるなら……それでいいや……。ありがとう……。
チカゲ:……!あ、待っ……!
0:───声が聞こえなくなる
シイ:……行っちゃいました?
チカゲ:……ああ。ありがとう、だってよ。
シイ:っ。あはは、やめてくださいよ、単なる趣味だっていってるじゃないですか。
チカゲ:(間を取って)…お前さ、何でそんなに否定すんの。
シイ:動機が不純だからです。
チカゲ:動機?…あー、そういや何で忘れ物配達屋、なんて訳わかんないことしてるのか聞いてなかった。隕石の日から、起こること全部が訳わかんないのに慣れちまったから…。
シイ:そーいう純粋なところはチカの長所ですねぇ。
チカゲ:で、何でやってんの。
シイ:あれぇ、聞いてました?「不純だから」って言ったじゃないですか。あれは遠回しに言いたくないって意味ですよ。
チカゲ:関係ない。
シイ:まさかの王様理論!
チカゲ:あの日、倫理もルールも崩壊したんだ。そんな中で不純も何もあるかよ。
シイ:そんで暴論。
チカゲ:うるさい。さっさと吐け。楽になっから。
シイ:………ま、ここまできたら仕方ないですねぇ。………記憶を遺してくれてる人は、私の生きる意味になってもらってるんです。
チカゲ:生きる、意味…?
シイ:チカだって、憶えがあるでしょ?あの写真を渡すまでのチカ、幽霊みたいでした。だけど、今は違う。あの写真がチカの支えなんですね。
チカゲ:………うん。
シイ:私は、元々何も持ってなかったのです。あの日まで、こんな「記憶を読み取る」なんて能力、絶対受け入れて貰えなかったから。誰も傍に居ませんでした。……何のために生きてるか分かりませんでした。
チカゲ:友達作れなかったんだな…。
シイ:うっさいです。でも、……ま、そうですね。だから、あの隕石が降ってきたときは喜びました!死ねる、って。
チカゲ:………。
シイ:…死ねませんでした。生き残っちゃった。どうしたらいいか、……分からなかった。でも…その時チカのご両親から記憶を受け取って。
チカゲ:じゃあ、あの時の「忘れ物を届けられて良かった」ってのは…。
シイ:初めてだったんです。この力が、人の役に立ったの。だから…初めて、私は私の力に意味を見い出せた。…生きているって思えたんです。だから、忘れられた記憶を預かって叶えることが、私の生きる…意味。
チカゲ:お前、それ。
シイ:チカ、あのね。元々決めてました。生きる理由が無くなったら、私もいらないって。あの日からもう随分経って、辿れる記憶も無くなってきた。……この忘れ物が、最後になるだろうなって。
チカゲ:まさか、おい、お前…!
シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。「私が」世界最後の忘れ物です。
チカゲ:……!
シイ:ここまで一緒に来てくれて、ありがとう。チカがここまで一緒に生きてくれると思ってなかったです。
チカゲ:は?
シイ:ふふ。海で、終わらせたかったんです。来たことなかったから。
チカゲ:(シイの手を掴み)っ……!お前、じゃあ、…海に撒くって言ったのは…!
シイ:……半分ホントで、半分ウソです。私の事情も込みの、…ね。
チカゲ:……っ。
シイ:お世話になりました。最後の忘れ物、届けて来ますね。
チカゲ:っ…。
シイ:………痛い、です。チカ。
チカゲ:……。
シイ:チカ?手を離してください、チカ。これじゃ向こうへ(行けませんから)
チカゲ:(息をたっぷり吸い込んで)お前、ほんとに、バカだな!!
シイ:───っ。バ、バカ…?
チカゲ:バカ。ほんとバーカ!自分の気持ちにすら気付けないバカ。
シイ:そ、そこまで言わなくても…。
チカゲ:なら何でお前は海に入る時、一人で行かなかったんだ。わざわざ俺に煽るような言葉掛けて、入って来るよう仕向けて。
シイ:………。何で…。
チカゲ:あれは、怖かったんじゃないのか。独りで死ぬのが。あわよくば……止めて欲しいと、思ったんじゃないのか。
シイ:…………。
チカゲ:バカだな。……だから、俺の言葉を言わせなかったんだな?「お前が死んだら、この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」……この続きを、シイは分かってた。でも、わざと言わなかった。
シイ:あ、…あれは……。
チカゲ:今この場で言ってやる。
シイ:!やめて……!
チカゲ:「お前が死んだら、」
シイ:(被せて)やめてってば!
チカゲ:「この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」
シイ:(被せて)ねえ、チカ、ねえ…!!
チカゲ:(間を取って)「死ぬなよ、シイ」
シイ:………っ!!チカ……!
チカゲ:死ぬなよ。
シイ:(泣きながら)………っ。
チカゲ:シイ…。
シイ:無理です…!
チカゲ:いなくなるなって。
シイ:無理ですってば…。
チカゲ:独りで死ぬのが怖くて、無意識に止めて欲しいと思いながら、……いなくなるなって。
シイ:嫌です…!
チカゲ:意地になってんのか?
シイ:嫌ったら嫌ですぅ!
チカゲ:はぁ……めんどくせぇな。
シイ:…めんどくせぇとか、思ってんじゃないですかぁ…!
チカゲ:めんどくせぇよ。こんだけ止めてんのに。なら、そうだな。独りで死ぬのが怖けりゃ一緒に行ってやるか?
シイ:は!?それこそ馬鹿です!
チカゲ:何で。
シイ:ど、どうしてそこまでしちゃうんです?!たった一度、たった一度だけです!たった一度だけ…あなたのもとに忘れ物を届けただけで!
チカゲ:たった一度……でもかけがえの無い一度を貰った。あれがなきゃ、俺が先に死んでいたんだろうな。
シイ:ち、チカ…。
チカゲ:ほら、一度お前に救われた命だ。お前が好きに使えよ。
シイ:そ、そんな風にチカを見れません。チカには生きてて欲しいです…!
チカゲ:俺だってシイには生きて欲しいですけどね?
シイ:だから、私は生きてる意味がない人間ですから…!
チカゲ:じゃあ俺も一緒に行くって。
シイ:ど、堂々巡りじゃないですか…!どうしたら生きてくれるんですか!
チカゲ:お前が生きてくれたら。
シイ:だから…っ!(泣きながら)……チカは、……どうしたら……。
チカゲ:……(ため息)。諦めろ、死ぬことを。
シイ:……く、ぅ…うぅ…。
チカゲ:あの日から、なにもかも変わっちまって、不安で、…誰一人居なくなって……縋るものも無くなった。でも…だからこそ見えるものだってあるって、言っただろ。
シイ:…っ、う、…っ…。
チカゲ:繋がってない場所なんてないって、言っただろ。
シイ:っ………。
チカゲ:生きる理由なんて、生きてる価値なんて……無いんだ。みんな、…きっと。だけど、…自分で見つけることは出来る。…ああ、クソ…ありきたりな言葉しか出て来ないけど……俺は、お前にいなくなってほしくない。
シイ:……それぇ、っ……!
チカゲ:ん?
シイ:その言葉っ……もっと、前に…聞きたかったなぁ……。
チカゲ:あの日があったから、俺達は出会えた。……だから、俺がこの言葉を言うのも、……今しかないんだ。今しか言えなかったんだと思う。
シイ:……っ!ふふ。……うん、チカ……確かに、あの日があったから……。あの日、生きたから……私達は会えた……。
チカゲ:そうだ。あの日があったから。逆を言えば、あの日がなきゃ、俺達は出会えなかったっつーことだ。
シイ:……それは、やだなぁ……。ふふ、っあはは……!
チカゲ:上手く、言えないけど……多分、消えちゃいたいって思う日が…これから何度も来ると思うけど……!でも、積み重ねの先でしか、幸せにもなれないと、思う。
シイ:…ふふ。不器用なチカがたくさん言葉を紡ぐと、そういうことを言ってくれるんですね。
チカゲ:(ふい、と横を向きながら)…っこれだって、お前が居なくなってたら、…知らなかったことだろ。
シイ:うん、……うん……!見えなかったものが見える。……そうだね、チカ…。
チカゲ:……海から出るぞ。それで、火を炊いて、服を乾かして。
シイ:…ご飯を食べて、寝て…明日になって。
チカゲ:(頷いて)きっと今日とは違う明日が来る。不意に全部無くすかもしれない。……でも、……また……ゆっくり手に入れていけばいい…と、思う。
シイ:……ふ、ふふ。頼りないですねぇ。
チカゲ:俺だって!分からないことしかないから…不安なことも多いけどさ。ま、…世界から居なくなれって言われる日までは、生きようと思う。それが、多分、忘れ物達の生き方でいいんじゃないか。
シイ:世界最後の忘れ物は、二度と見つかりませんでした。…なんて、オチですか?ふふ……最悪ですね。物語にすらならないじゃないですか!
チカゲ:忘れられて、放って置かれるならありがたい。そっから好きに物語が始められるじゃないか。
シイ:……。ねえ、チカ。もう少しだけ、海にいてもいいですか。
チカゲ:ん?
シイ:どこにでも繋がっていそうな海に、もうちょっとだけ。あの日無くしたものにも、まだ未練がありますから。
チカゲ:……いいけど。最後は選べよ。
シイ:もちろん、ですよ。生きます。忘れ物は、自分からは出てきませんからね。
チカゲ:…………。
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シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。
チカゲM:そう言って、少女は歩き出した。まるで、自分が世界にとっての忘れ物だと、死神に自分を差し出すように。だから、俺は───。
チカゲM:あいつの手を取った。積み重ねの先の幸せを知るために。今まで見えなかったものを見るために。……生きてる理由を、探すために。
チカゲM:世界最後の忘れ物は、二度と見つかりませんでした、なんて。陳腐な物語も…この世にあっていいじゃないか。
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シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。
チカゲM:そう言って、少女は歩き出した。まるで、自分が世界にとっての忘れ物だと、死神に自分を差し出すように。だから、俺は───。
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0:───建物が全て崩壊し、緑が侵食を始めている世界
0:───海面の水位が上がり、足元はほぼ水で満たされている。歩く度に、ちゃぷちゃぷと音が鳴る。
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シイ:~♪
チカゲ:シイ、落ちるぞ。そっち側は随分水位が上がってんだ。
シイ:おっ…とと。…ふう、危なかったぁ。助かりましたよぉ。
チカゲ:……気をつけろよ。
シイ:すみません。そうですよね、こんな世の中じゃ医者もロクにやってませんし。
チカゲ:おっまえ……。
シイ:チカの言いたいことは分かりますよ。でも言わせてあげません。
チカゲ:はっ、どうだか。
シイ:ふふー。何せシイちゃんは忘れられた記憶を読めちゃうんですから。チカの心を読むことくらい朝飯前です!
チカゲ:…読んだのか?
シイ:どう思います?
チカゲ:それは卑怯だろ。俺はお前の心なんて読めないのに。
シイ:っふふ!心配しないでください、読んでません。ついでに言うなら、さっきの「チカが言いたいこと」は憶測です。ほぼ正解の確信を持ってはいますが。
チカゲ:ほう、言ってみろよ。正解か答え合わせをしてやる。
シイ:「お前が死んだら、この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」、ですかね。
チカゲ:………。50点。
シイ:お、半分も当たってましたね。
チカゲ:半分だけだ。続きがある。
シイ:気になります!
チカゲ:言うか、馬鹿。
シイ:えぇー。
チカゲ:それよりさっさと歩け。もう忘れられた記憶を預かってんだろ?
シイ:ええ、勿論です!
チカゲ:なら、届けに行ってやらないと。
シイ:……。ふふ、何だかんだチカは優しいですねぇ。私は趣味で忘れ物配達屋をやってるだけですよ。
チカゲ:それでも、お前の奇行に救われるヤツもいる。だったら、少しでも届けてやるべきだろ。
シイ:……。チカは、優しくて真面目です。生きづらそう。
チカゲ:……っ。(無言で殴り)
シイ:いったー!よくないです、よくないです!女の子の頭殴るのほんとよくないです!
チカゲ:俺は優しくも、真面目でもねぇ。くだらないこと言ってないで、行くぞ。
シイ:あ、待ってくださいよぉ!
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シイM:あれは、そう。少し暖かくなってきた春の日のこと。
チカゲM:太陽が降ってきた。──そう錯覚するほどの、隕石だった。
シイM:空を覆い尽くした赤、赤、赤…。
チカゲM:大地は粉々に砕けて、沈んだ。
シイM:後に聞くと、地球の人口の7割は、この時に居なくなったのだという。
チカゲM:混乱の中、食料もまともに確保できず、一度病に倒れればまともな治療も受けられず…。
シイM:人々は、ばたばたと。そう、文字通り言葉通りばたばたと倒れ、亡くなっていった。
チカゲM:かくして、かつては地球上を我がもののように歩き回っていた人類は、人口を最盛期の千分の一程度まで減らし…。
シイM:生きている人類に会うのは、非常に稀なことになってしまった。
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チカゲ:で、今回はどんな記憶だったんだ。
シイ:幸せな記憶でした。あの隕石の日、ちょうど結婚式を挙げられていたようで。幸せなうちに終われたと、喜んでいらっしゃいました。
チカゲ:ふうん。なら、なんでわざわざ忘れられた記憶なんて落ちてんだ。
シイ:離れてしまったみたいです。
チカゲ:離れた?
シイ:お二人共、建物の倒壊で亡くなられているのですが、運良くというか、運悪くというか…花嫁さんのご遺体だけは、後日遺体回収業者さんに回収されてしまったみたいで。
チカゲ:じゃあ、お前が拾った記憶は、新郎の方の。
シイ:はい。せめて二人で居たいと、そんな願いを受け取ってしまったものですから。
チカゲ:でも、花嫁の遺体はもう火葬されてんだろ。どうやって傍に行かせる気だ?
シイ:今の日本では、火葬した後遺骨も全て灰にしてしまって、海に撒くんです。だから、彼の遺体も同様にして…海に撒きます。
チカゲ:新郎の遺体は今どこに?
シイ:回収しました。でも……あの日から随分経っていますから、回収できたのは僅かだけです。
チカゲ:…もう残って無かったのか。
シイ:そうですね。随分野ざらしにされてしまいましたし……でも、彼は笑っていましたから。それでいいと思います。
チカゲ:………。ほらな。お前の奇行は、人の役に立つじゃないか。
シイ:(静かな声で)いいえ。……自分のためですよ。
チカゲ:何の意地だか知らないが、そいつ笑ってたんだろ。なら、それは(役に立ってるってことじゃないか)
シイ:(被せて)チカ。………そんな、いいもんじゃないです。そんないいもんじゃないですよ、私の趣味は。例え私の趣味にチカが救われてくれたのだとしても。
チカゲ:…………。はぁーあ………。バカだな、ホントに。
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0:───回想
0:───夜、辺りに人の気配がない街をひたすら彷徨うチカゲ
チカゲ:おい………。誰か………いないのか…?誰でもいい……誰か……。誰か………っ!
チカゲ:俺の声に……いい加減っ…誰か応えてくれよ…っ!!!
0:───しばらく蹲るチカゲ
チカゲ:…世界に生きているのが俺だけになったらどうしよう。
チカゲ:もし、…もし。このまま誰とも会えないで、一生の暗闇に独りだったら?一生の無音に、独り立ち向かわなければならなかったら?
チカゲ:怖い。……怖い、怖い……。
チカゲ:(恐怖から無理やり目を逸らすように)っおい、おい……!!誰か、誰でもいい!何でもいい!!!!俺の、俺の声に応えてくれよ!!!なあ、……なぁ!!!!!
チカゲ:(弱々しく)……なぁ。俺、独りになったのか?世界に、この世界に独り?
チカゲ:………っ。
チカゲ:(耐えられず、声を殺しながら泣く)…っ、う、う……っ!ふ、…ぅ……っ。
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チカゲ:…だ、れだ…?
シイ:…こんばんは。シイ、といいます。
チカゲ:………っ。生きてる…人間……?
シイ:…うん、そうです。シイは、生きています。
チカゲ:…俺、は……。
シイ:……あなたも、生きてます。
チカゲ:……俺も……お前も、生きてる…?
シイ:はい、私は、生きてる…。生きてます。
チカゲ:……っ。(静かに泣く)
シイ:あなたが生きててくれて、…よかったぁ。
チカゲ:……?
シイ:あなた、チカゲさん…ですよね。
チカゲ:何で、俺の名前…?
シイ:はい。あなたの……お父様とお母様から、…最後の忘れ物を届けにきました。
チカゲ:父さんと…母さんから…?何を…。
シイ:「誕生日おめでとう」、と…。
チカゲ:……は?
シイ:最近顔を見せないからと、心配してました。ご実家に帰られてなかったんですね。
チカゲ:いや、……そう、だけど。
シイ:でもあの日は、久しぶりに帰省する日だった。お父様、普段は顔に出さないタイプのようですが、チカゲさんとお酒が飲めるの、楽しみにしていらっしゃいました。
チカゲ:…………。
シイ:これ。
チカゲ:っ!
シイ:お父様からです。
チカゲ:っ……それ、は……。
シイ:覚えて、いらっしゃるんですね。
チカゲ:………当たり、前……だろ。だって、これは……約束の。あの日、次家帰って来た時にって、父さんが…っ……!
シイ:良かった。安心しました。
チカゲ:……っ、ぅ、ああ………あああぁっ!!
シイ:お父様とお母様……あの日、玄関であなたの帰りを待っておられたのですよ。だから……。苦しまずに、逝かれました。
チカゲ:父さん…!!母さん……!!!ぅ、あ、ああぁっ……ぅ、う…っ!
シイ:…とても、いい写真ですね。
チカゲ:………っ……っう、!!
シイ:……………。
チカゲ:(静かに泣き続ける)
シイ:良かった。……。忘れ物を届けられて、良かった。
0:*
0:*
0:*
0:───歩きながら
シイ:あと少し歩けば海です。
チカゲ:もうそんなに歩いたのか。
シイ:花嫁さんにもうすぐ会えますよ~。
チカゲ:…人間は灰になりゃ、こんなに小さくなるんだな。
シイ:ですねぇ。回収出来た部分が少なかったとはいえ、小瓶1杯にも満たないんですから。
チカゲ:…無事会えるといいな。
シイ:会えなくても探すんでしょう。ここまで来たら執念ですよ。…大丈夫、きっと会えます。
チカゲ:ああ。…そうだな。
シイ:あ、ほら、……海です。
0:───海が見える
0:───足元から水が広がって、海と陸の境目がない
チカゲ:………っ。これ、どこからが、海…?
シイ:……綺麗ですよね。ここからなら……世界のどこへでも行けそう。
チカゲ:……もう、繋がっていないところなんてないのかもな。
シイ:……?
チカゲ:元々繋がっていたけど、あの日までは目の前のことに必死で、見えてなくて…。でも、あの日全部が壊れたから……今までより色々なものが見える、というか。
シイ:そう、かもしれませんね。あの日まで気付かなかったものに、今なら気づける。そんな気がします。
チカゲ:見えなかったものが見えるようになる。…案外、いいこともあったんだな。
シイ:…ふふ、そうかもしれません。知らなくていいものまで知ってしまう、ということもあるかもしれませんが。
チカゲ:知らないよりはマシだ。選択権が増えるんだからな。
シイ:なるほど…。捉え方次第ですね…。
0:───そう言ってシイは海に入って行く
チカゲ:おい?
シイ:なるべくなら、波で遠くまで運んでくれるようなところまで行きましょう。
チカゲ:はあ?
シイ:おやおんや?チカちゃんは怖いです?ならシイちゃんだけで行くので大丈夫ですよ。
チカゲ:遺灰持ってんの俺なのに?お前1人で行ってどうするつもりなんだよ。
シイ:ふふ。せめてどこへでも行けそうな海にちゃんと撒いてあげましょう。
チカゲ:ッくそ……あーあー、入りゃいいんだろ、入りゃ!
0:───足がほとんど水に入り
シイ:そろそろいいかもしれませんね。
チカゲ:……ほら、……これで……。
シイ:会いたい人に、会えますように。……あなたの忘れ物、届けましょう。
チカゲ:………。
0:───小瓶の蓋を開け、中の灰を海に撒く
0:───灰は直ぐに波に飲まれ、消えていった
チカゲ:……!
シイ:?チカ、どうしました?
チカゲ:あ、いや…。何か…声が…。
0:───小さな声が聴こえる
男:…会える。
シイ:チカ?
男:やっと、会える。
シイ:おーい。おーーいチカ〜?
男:あの日から、待ち続けてた…。
シイ:チカー?チカー?チカチカチーカー?
チカゲ:この、声…!
シイ:……。チカ?ほんと、どうしちゃったんです?
チカゲ:…新郎の声だ。
シイ:え?
男:やっと……、会える。長かった…。よかった…。
シイ:……。
男:でも……本当は……。生きて、いたかった。生きて、君と一緒にいたかった……。
チカゲ:生きて…いたかった…。
シイ:…。
男:生きて、思い出を、作って、それで……死にたかった。
男:でも、最後に……また会えるなら……それでいいや……。ありがとう……。
チカゲ:……!あ、待っ……!
0:───声が聞こえなくなる
シイ:……行っちゃいました?
チカゲ:……ああ。ありがとう、だってよ。
シイ:っ。あはは、やめてくださいよ、単なる趣味だっていってるじゃないですか。
チカゲ:(間を取って)…お前さ、何でそんなに否定すんの。
シイ:動機が不純だからです。
チカゲ:動機?…あー、そういや何で忘れ物配達屋、なんて訳わかんないことしてるのか聞いてなかった。隕石の日から、起こること全部が訳わかんないのに慣れちまったから…。
シイ:そーいう純粋なところはチカの長所ですねぇ。
チカゲ:で、何でやってんの。
シイ:あれぇ、聞いてました?「不純だから」って言ったじゃないですか。あれは遠回しに言いたくないって意味ですよ。
チカゲ:関係ない。
シイ:まさかの王様理論!
チカゲ:あの日、倫理もルールも崩壊したんだ。そんな中で不純も何もあるかよ。
シイ:そんで暴論。
チカゲ:うるさい。さっさと吐け。楽になっから。
シイ:………ま、ここまできたら仕方ないですねぇ。………記憶を遺してくれてる人は、私の生きる意味になってもらってるんです。
チカゲ:生きる、意味…?
シイ:チカだって、憶えがあるでしょ?あの写真を渡すまでのチカ、幽霊みたいでした。だけど、今は違う。あの写真がチカの支えなんですね。
チカゲ:………うん。
シイ:私は、元々何も持ってなかったのです。あの日まで、こんな「記憶を読み取る」なんて能力、絶対受け入れて貰えなかったから。誰も傍に居ませんでした。……何のために生きてるか分かりませんでした。
チカゲ:友達作れなかったんだな…。
シイ:うっさいです。でも、……ま、そうですね。だから、あの隕石が降ってきたときは喜びました!死ねる、って。
チカゲ:………。
シイ:…死ねませんでした。生き残っちゃった。どうしたらいいか、……分からなかった。でも…その時チカのご両親から記憶を受け取って。
チカゲ:じゃあ、あの時の「忘れ物を届けられて良かった」ってのは…。
シイ:初めてだったんです。この力が、人の役に立ったの。だから…初めて、私は私の力に意味を見い出せた。…生きているって思えたんです。だから、忘れられた記憶を預かって叶えることが、私の生きる…意味。
チカゲ:お前、それ。
シイ:チカ、あのね。元々決めてました。生きる理由が無くなったら、私もいらないって。あの日からもう随分経って、辿れる記憶も無くなってきた。……この忘れ物が、最後になるだろうなって。
チカゲ:まさか、おい、お前…!
シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。「私が」世界最後の忘れ物です。
チカゲ:……!
シイ:ここまで一緒に来てくれて、ありがとう。チカがここまで一緒に生きてくれると思ってなかったです。
チカゲ:は?
シイ:ふふ。海で、終わらせたかったんです。来たことなかったから。
チカゲ:(シイの手を掴み)っ……!お前、じゃあ、…海に撒くって言ったのは…!
シイ:……半分ホントで、半分ウソです。私の事情も込みの、…ね。
チカゲ:……っ。
シイ:お世話になりました。最後の忘れ物、届けて来ますね。
チカゲ:っ…。
シイ:………痛い、です。チカ。
チカゲ:……。
シイ:チカ?手を離してください、チカ。これじゃ向こうへ(行けませんから)
チカゲ:(息をたっぷり吸い込んで)お前、ほんとに、バカだな!!
シイ:───っ。バ、バカ…?
チカゲ:バカ。ほんとバーカ!自分の気持ちにすら気付けないバカ。
シイ:そ、そこまで言わなくても…。
チカゲ:なら何でお前は海に入る時、一人で行かなかったんだ。わざわざ俺に煽るような言葉掛けて、入って来るよう仕向けて。
シイ:………。何で…。
チカゲ:あれは、怖かったんじゃないのか。独りで死ぬのが。あわよくば……止めて欲しいと、思ったんじゃないのか。
シイ:…………。
チカゲ:バカだな。……だから、俺の言葉を言わせなかったんだな?「お前が死んだら、この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」……この続きを、シイは分かってた。でも、わざと言わなかった。
シイ:あ、…あれは……。
チカゲ:今この場で言ってやる。
シイ:!やめて……!
チカゲ:「お前が死んだら、」
シイ:(被せて)やめてってば!
チカゲ:「この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」
シイ:(被せて)ねえ、チカ、ねえ…!!
チカゲ:(間を取って)「死ぬなよ、シイ」
シイ:………っ!!チカ……!
チカゲ:死ぬなよ。
シイ:(泣きながら)………っ。
チカゲ:シイ…。
シイ:無理です…!
チカゲ:いなくなるなって。
シイ:無理ですってば…。
チカゲ:独りで死ぬのが怖くて、無意識に止めて欲しいと思いながら、……いなくなるなって。
シイ:嫌です…!
チカゲ:意地になってんのか?
シイ:嫌ったら嫌ですぅ!
チカゲ:はぁ……めんどくせぇな。
シイ:…めんどくせぇとか、思ってんじゃないですかぁ…!
チカゲ:めんどくせぇよ。こんだけ止めてんのに。なら、そうだな。独りで死ぬのが怖けりゃ一緒に行ってやるか?
シイ:は!?それこそ馬鹿です!
チカゲ:何で。
シイ:ど、どうしてそこまでしちゃうんです?!たった一度、たった一度だけです!たった一度だけ…あなたのもとに忘れ物を届けただけで!
チカゲ:たった一度……でもかけがえの無い一度を貰った。あれがなきゃ、俺が先に死んでいたんだろうな。
シイ:ち、チカ…。
チカゲ:ほら、一度お前に救われた命だ。お前が好きに使えよ。
シイ:そ、そんな風にチカを見れません。チカには生きてて欲しいです…!
チカゲ:俺だってシイには生きて欲しいですけどね?
シイ:だから、私は生きてる意味がない人間ですから…!
チカゲ:じゃあ俺も一緒に行くって。
シイ:ど、堂々巡りじゃないですか…!どうしたら生きてくれるんですか!
チカゲ:お前が生きてくれたら。
シイ:だから…っ!(泣きながら)……チカは、……どうしたら……。
チカゲ:……(ため息)。諦めろ、死ぬことを。
シイ:……く、ぅ…うぅ…。
チカゲ:あの日から、なにもかも変わっちまって、不安で、…誰一人居なくなって……縋るものも無くなった。でも…だからこそ見えるものだってあるって、言っただろ。
シイ:…っ、う、…っ…。
チカゲ:繋がってない場所なんてないって、言っただろ。
シイ:っ………。
チカゲ:生きる理由なんて、生きてる価値なんて……無いんだ。みんな、…きっと。だけど、…自分で見つけることは出来る。…ああ、クソ…ありきたりな言葉しか出て来ないけど……俺は、お前にいなくなってほしくない。
シイ:……それぇ、っ……!
チカゲ:ん?
シイ:その言葉っ……もっと、前に…聞きたかったなぁ……。
チカゲ:あの日があったから、俺達は出会えた。……だから、俺がこの言葉を言うのも、……今しかないんだ。今しか言えなかったんだと思う。
シイ:……っ!ふふ。……うん、チカ……確かに、あの日があったから……。あの日、生きたから……私達は会えた……。
チカゲ:そうだ。あの日があったから。逆を言えば、あの日がなきゃ、俺達は出会えなかったっつーことだ。
シイ:……それは、やだなぁ……。ふふ、っあはは……!
チカゲ:上手く、言えないけど……多分、消えちゃいたいって思う日が…これから何度も来ると思うけど……!でも、積み重ねの先でしか、幸せにもなれないと、思う。
シイ:…ふふ。不器用なチカがたくさん言葉を紡ぐと、そういうことを言ってくれるんですね。
チカゲ:(ふい、と横を向きながら)…っこれだって、お前が居なくなってたら、…知らなかったことだろ。
シイ:うん、……うん……!見えなかったものが見える。……そうだね、チカ…。
チカゲ:……海から出るぞ。それで、火を炊いて、服を乾かして。
シイ:…ご飯を食べて、寝て…明日になって。
チカゲ:(頷いて)きっと今日とは違う明日が来る。不意に全部無くすかもしれない。……でも、……また……ゆっくり手に入れていけばいい…と、思う。
シイ:……ふ、ふふ。頼りないですねぇ。
チカゲ:俺だって!分からないことしかないから…不安なことも多いけどさ。ま、…世界から居なくなれって言われる日までは、生きようと思う。それが、多分、忘れ物達の生き方でいいんじゃないか。
シイ:世界最後の忘れ物は、二度と見つかりませんでした。…なんて、オチですか?ふふ……最悪ですね。物語にすらならないじゃないですか!
チカゲ:忘れられて、放って置かれるならありがたい。そっから好きに物語が始められるじゃないか。
シイ:……。ねえ、チカ。もう少しだけ、海にいてもいいですか。
チカゲ:ん?
シイ:どこにでも繋がっていそうな海に、もうちょっとだけ。あの日無くしたものにも、まだ未練がありますから。
チカゲ:……いいけど。最後は選べよ。
シイ:もちろん、ですよ。生きます。忘れ物は、自分からは出てきませんからね。
チカゲ:…………。
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シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。
チカゲM:そう言って、少女は歩き出した。まるで、自分が世界にとっての忘れ物だと、死神に自分を差し出すように。だから、俺は───。
チカゲM:あいつの手を取った。積み重ねの先の幸せを知るために。今まで見えなかったものを見るために。……生きてる理由を、探すために。
チカゲM:世界最後の忘れ物は、二度と見つかりませんでした、なんて。陳腐な物語も…この世にあっていいじゃないか。