台本概要

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タイトル 世界最後の忘れ物
作者名 神澤ゆうき  (@yukingod)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、女1) ※兼役あり
時間 30 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 世界最後の忘れ物は、最後まででてきませんでした。なんて、そんな陳腐な物語があってもいいじゃないか。
ディストピア風の物語。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
チカゲ 124 シイから忘れ物、もとい記憶を届けてもらったうちの一人。帰る場所も、生きる意味も失ったあの日から、少しの希望を抱いてシイとともに彷徨い続けている。
シイ 127 忘れ物配達屋。強い想いを遺した人から記憶を辿り、その人の最後の望みを叶えることを趣味にしている変わり者。
6 チカゲと兼ね役。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:* 0:* 0:* シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。 チカゲM:そう言って、少女は歩き出した。まるで、自分が世界にとっての忘れ物だと、死神に自分を差し出すように。だから、俺は───。 0:* 0:* 0:* 0:───建物が全て崩壊し、緑が侵食を始めている世界 0:───海面の水位が上がり、足元はほぼ水で満たされている。歩く度に、ちゃぷちゃぷと音が鳴る。 0:* 0:* 0:* シイ:~♪ チカゲ:シイ、落ちるぞ。そっち側は随分水位が上がってんだ。 シイ:おっ…とと。…ふう、危なかったぁ。助かりましたよぉ。 チカゲ:……気をつけろよ。 シイ:すみません。そうですよね、こんな世の中じゃ医者もロクにやってませんし。 チカゲ:おっまえ……。 シイ:チカの言いたいことは分かりますよ。でも言わせてあげません。 チカゲ:はっ、どうだか。 シイ:ふふー。何せシイちゃんは忘れられた記憶を読めちゃうんですから。チカの心を読むことくらい朝飯前です! チカゲ:…読んだのか? シイ:どう思います? チカゲ:それは卑怯だろ。俺はお前の心なんて読めないのに。 シイ:っふふ!心配しないでください、読んでません。ついでに言うなら、さっきの「チカが言いたいこと」は憶測です。ほぼ正解の確信を持ってはいますが。 チカゲ:ほう、言ってみろよ。正解か答え合わせをしてやる。 シイ:「お前が死んだら、この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」、ですかね。 チカゲ:………。50点。 シイ:お、半分も当たってましたね。 チカゲ:半分だけだ。続きがある。 シイ:気になります! チカゲ:言うか、馬鹿。 シイ:えぇー。 チカゲ:それよりさっさと歩け。もう忘れられた記憶を預かってんだろ? シイ:ええ、勿論です! チカゲ:なら、届けに行ってやらないと。 シイ:……。ふふ、何だかんだチカは優しいですねぇ。私は趣味で忘れ物配達屋をやってるだけですよ。 チカゲ:それでも、お前の奇行に救われるヤツもいる。だったら、少しでも届けてやるべきだろ。 シイ:……。チカは、優しくて真面目です。生きづらそう。 チカゲ:……っ。(無言で殴り) シイ:いったー!よくないです、よくないです!女の子の頭殴るのほんとよくないです! チカゲ:俺は優しくも、真面目でもねぇ。くだらないこと言ってないで、行くぞ。 シイ:あ、待ってくださいよぉ! 0:* 0:* 0:* シイM:あれは、そう。少し暖かくなってきた春の日のこと。 チカゲM:太陽が降ってきた。──そう錯覚するほどの、隕石だった。 シイM:空を覆い尽くした赤、赤、赤…。 チカゲM:大地は粉々に砕けて、沈んだ。 シイM:後に聞くと、地球の人口の7割は、この時に居なくなったのだという。 チカゲM:混乱の中、食料もまともに確保できず、一度病に倒れればまともな治療も受けられず…。 シイM:人々は、ばたばたと。そう、文字通り言葉通りばたばたと倒れ、亡くなっていった。 チカゲM:かくして、かつては地球上を我がもののように歩き回っていた人類は、人口を最盛期の千分の一程度まで減らし…。 シイM:生きている人類に会うのは、非常に稀なことになってしまった。 0:* 0:* 0:* チカゲ:で、今回はどんな記憶だったんだ。 シイ:幸せな記憶でした。あの隕石の日、ちょうど結婚式を挙げられていたようで。幸せなうちに終われたと、喜んでいらっしゃいました。 チカゲ:ふうん。なら、なんでわざわざ忘れられた記憶なんて落ちてんだ。 シイ:離れてしまったみたいです。 チカゲ:離れた? シイ:お二人共、建物の倒壊で亡くなられているのですが、運良くというか、運悪くというか…花嫁さんのご遺体だけは、後日遺体回収業者さんに回収されてしまったみたいで。 チカゲ:じゃあ、お前が拾った記憶は、新郎の方の。 シイ:はい。せめて二人で居たいと、そんな願いを受け取ってしまったものですから。 チカゲ:でも、花嫁の遺体はもう火葬されてんだろ。どうやって傍に行かせる気だ? シイ:今の日本では、火葬した後遺骨も全て灰にしてしまって、海に撒くんです。だから、彼の遺体も同様にして…海に撒きます。 チカゲ:新郎の遺体は今どこに? シイ:回収しました。でも……あの日から随分経っていますから、回収できたのは僅かだけです。 チカゲ:…もう残って無かったのか。 シイ:そうですね。随分野ざらしにされてしまいましたし……でも、彼は笑っていましたから。それでいいと思います。 チカゲ:………。ほらな。お前の奇行は、人の役に立つじゃないか。 シイ:(静かな声で)いいえ。……自分のためですよ。 チカゲ:何の意地だか知らないが、そいつ笑ってたんだろ。なら、それは(役に立ってるってことじゃないか) シイ:(被せて)チカ。………そんな、いいもんじゃないです。そんないいもんじゃないですよ、私の趣味は。例え私の趣味にチカが救われてくれたのだとしても。 チカゲ:…………。はぁーあ………。バカだな、ホントに。 0:* 0:* 0:* 0:───回想 0:───夜、辺りに人の気配がない街をひたすら彷徨うチカゲ チカゲ:おい………。誰か………いないのか…?誰でもいい……誰か……。誰か………っ! チカゲ:俺の声に……いい加減っ…誰か応えてくれよ…っ!!! 0:───しばらく蹲るチカゲ チカゲ:…世界に生きているのが俺だけになったらどうしよう。 チカゲ:もし、…もし。このまま誰とも会えないで、一生の暗闇に独りだったら?一生の無音に、独り立ち向かわなければならなかったら? チカゲ:怖い。……怖い、怖い……。 チカゲ:(恐怖から無理やり目を逸らすように)っおい、おい……!!誰か、誰でもいい!何でもいい!!!!俺の、俺の声に応えてくれよ!!!なあ、……なぁ!!!!! チカゲ:(弱々しく)……なぁ。俺、独りになったのか?世界に、この世界に独り? チカゲ:………っ。 チカゲ:(耐えられず、声を殺しながら泣く)…っ、う、う……っ!ふ、…ぅ……っ。 0:* シイ:…おーい。生きてますかぁ? チカゲ:…だ、れだ…? シイ:…こんばんは。シイ、といいます。 チカゲ:………っ。生きてる…人間……? シイ:…うん、そうです。シイは、生きています。 チカゲ:…俺、は……。 シイ:……あなたも、生きてます。 チカゲ:……俺も……お前も、生きてる…? シイ:はい、私は、生きてる…。生きてます。 チカゲ:……っ。(静かに泣く) シイ:あなたが生きててくれて、…よかったぁ。 チカゲ:……? シイ:あなた、チカゲさん…ですよね。 チカゲ:何で、俺の名前…? シイ:はい。あなたの……お父様とお母様から、…最後の忘れ物を届けにきました。 チカゲ:父さんと…母さんから…?何を…。 シイ:「誕生日おめでとう」、と…。 チカゲ:……は? シイ:最近顔を見せないからと、心配してました。ご実家に帰られてなかったんですね。 チカゲ:いや、……そう、だけど。 シイ:でもあの日は、久しぶりに帰省する日だった。お父様、普段は顔に出さないタイプのようですが、チカゲさんとお酒が飲めるの、楽しみにしていらっしゃいました。 チカゲ:…………。 シイ:これ。 チカゲ:っ! シイ:お父様からです。 チカゲ:っ……それ、は……。 シイ:覚えて、いらっしゃるんですね。 チカゲ:………当たり、前……だろ。だって、これは……約束の。あの日、次家帰って来た時にって、父さんが…っ……! シイ:良かった。安心しました。 チカゲ:……っ、ぅ、ああ………あああぁっ!! シイ:お父様とお母様……あの日、玄関であなたの帰りを待っておられたのですよ。だから……。苦しまずに、逝かれました。 チカゲ:父さん…!!母さん……!!!ぅ、あ、ああぁっ……ぅ、う…っ! シイ:…とても、いい写真ですね。 チカゲ:………っ……っう、!! シイ:……………。 チカゲ:(静かに泣き続ける) シイ:良かった。……。忘れ物を届けられて、良かった。 0:* 0:* 0:* 0:───歩きながら シイ:あと少し歩けば海です。 チカゲ:もうそんなに歩いたのか。 シイ:花嫁さんにもうすぐ会えますよ~。 チカゲ:…人間は灰になりゃ、こんなに小さくなるんだな。 シイ:ですねぇ。回収出来た部分が少なかったとはいえ、小瓶1杯にも満たないんですから。 チカゲ:…無事会えるといいな。 シイ:会えなくても探すんでしょう。ここまで来たら執念ですよ。…大丈夫、きっと会えます。 チカゲ:ああ。…そうだな。 シイ:あ、ほら、……海です。 0:───海が見える 0:───足元から水が広がって、海と陸の境目がない チカゲ:………っ。これ、どこからが、海…? シイ:……綺麗ですよね。ここからなら……世界のどこへでも行けそう。 チカゲ:……もう、繋がっていないところなんてないのかもな。 シイ:……? チカゲ:元々繋がっていたけど、あの日までは目の前のことに必死で、見えてなくて…。でも、あの日全部が壊れたから……今までより色々なものが見える、というか。 シイ:そう、かもしれませんね。あの日まで気付かなかったものに、今なら気づける。そんな気がします。 チカゲ:見えなかったものが見えるようになる。…案外、いいこともあったんだな。 シイ:…ふふ、そうかもしれません。知らなくていいものまで知ってしまう、ということもあるかもしれませんが。 チカゲ:知らないよりはマシだ。選択権が増えるんだからな。 シイ:なるほど…。捉え方次第ですね…。 0:───そう言ってシイは海に入って行く チカゲ:おい? シイ:なるべくなら、波で遠くまで運んでくれるようなところまで行きましょう。 チカゲ:はあ? シイ:おやおんや?チカちゃんは怖いです?ならシイちゃんだけで行くので大丈夫ですよ。 チカゲ:遺灰持ってんの俺なのに?お前1人で行ってどうするつもりなんだよ。 シイ:ふふ。せめてどこへでも行けそうな海にちゃんと撒いてあげましょう。 チカゲ:ッくそ……あーあー、入りゃいいんだろ、入りゃ! 0:───足がほとんど水に入り シイ:そろそろいいかもしれませんね。 チカゲ:……ほら、……これで……。 シイ:会いたい人に、会えますように。……あなたの忘れ物、届けましょう。 チカゲ:………。 0:───小瓶の蓋を開け、中の灰を海に撒く 0:───灰は直ぐに波に飲まれ、消えていった チカゲ:……! シイ:?チカ、どうしました? チカゲ:あ、いや…。何か…声が…。 0:───小さな声が聴こえる 男:…会える。 シイ:チカ? 男:やっと、会える。 シイ:おーい。おーーいチカ〜? 男:あの日から、待ち続けてた…。 シイ:チカー?チカー?チカチカチーカー? チカゲ:この、声…! シイ:……。チカ?ほんと、どうしちゃったんです? チカゲ:…新郎の声だ。 シイ:え? 男:やっと……、会える。長かった…。よかった…。 シイ:……。 男:でも……本当は……。生きて、いたかった。生きて、君と一緒にいたかった……。 チカゲ:生きて…いたかった…。 シイ:…。 男:生きて、思い出を、作って、それで……死にたかった。 男:でも、最後に……また会えるなら……それでいいや……。ありがとう……。 チカゲ:……!あ、待っ……! 0:───声が聞こえなくなる シイ:……行っちゃいました? チカゲ:……ああ。ありがとう、だってよ。 シイ:っ。あはは、やめてくださいよ、単なる趣味だっていってるじゃないですか。 チカゲ:(間を取って)…お前さ、何でそんなに否定すんの。 シイ:動機が不純だからです。 チカゲ:動機?…あー、そういや何で忘れ物配達屋、なんて訳わかんないことしてるのか聞いてなかった。隕石の日から、起こること全部が訳わかんないのに慣れちまったから…。 シイ:そーいう純粋なところはチカの長所ですねぇ。 チカゲ:で、何でやってんの。 シイ:あれぇ、聞いてました?「不純だから」って言ったじゃないですか。あれは遠回しに言いたくないって意味ですよ。 チカゲ:関係ない。 シイ:まさかの王様理論! チカゲ:あの日、倫理もルールも崩壊したんだ。そんな中で不純も何もあるかよ。 シイ:そんで暴論。 チカゲ:うるさい。さっさと吐け。楽になっから。 シイ:………ま、ここまできたら仕方ないですねぇ。………記憶を遺してくれてる人は、私の生きる意味になってもらってるんです。 チカゲ:生きる、意味…? シイ:チカだって、憶えがあるでしょ?あの写真を渡すまでのチカ、幽霊みたいでした。だけど、今は違う。あの写真がチカの支えなんですね。 チカゲ:………うん。 シイ:私は、元々何も持ってなかったのです。あの日まで、こんな「記憶を読み取る」なんて能力、絶対受け入れて貰えなかったから。誰も傍に居ませんでした。……何のために生きてるか分かりませんでした。 チカゲ:友達作れなかったんだな…。 シイ:うっさいです。でも、……ま、そうですね。だから、あの隕石が降ってきたときは喜びました!死ねる、って。 チカゲ:………。 シイ:…死ねませんでした。生き残っちゃった。どうしたらいいか、……分からなかった。でも…その時チカのご両親から記憶を受け取って。 チカゲ:じゃあ、あの時の「忘れ物を届けられて良かった」ってのは…。 シイ:初めてだったんです。この力が、人の役に立ったの。だから…初めて、私は私の力に意味を見い出せた。…生きているって思えたんです。だから、忘れられた記憶を預かって叶えることが、私の生きる…意味。 チカゲ:お前、それ。 シイ:チカ、あのね。元々決めてました。生きる理由が無くなったら、私もいらないって。あの日からもう随分経って、辿れる記憶も無くなってきた。……この忘れ物が、最後になるだろうなって。 チカゲ:まさか、おい、お前…! シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。「私が」世界最後の忘れ物です。 チカゲ:……! シイ:ここまで一緒に来てくれて、ありがとう。チカがここまで一緒に生きてくれると思ってなかったです。 チカゲ:は? シイ:ふふ。海で、終わらせたかったんです。来たことなかったから。 チカゲ:(シイの手を掴み)っ……!お前、じゃあ、…海に撒くって言ったのは…! シイ:……半分ホントで、半分ウソです。私の事情も込みの、…ね。 チカゲ:……っ。 シイ:お世話になりました。最後の忘れ物、届けて来ますね。 チカゲ:っ…。 シイ:………痛い、です。チカ。 チカゲ:……。 シイ:チカ?手を離してください、チカ。これじゃ向こうへ(行けませんから) チカゲ:(息をたっぷり吸い込んで)お前、ほんとに、バカだな!! シイ:───っ。バ、バカ…? チカゲ:バカ。ほんとバーカ!自分の気持ちにすら気付けないバカ。 シイ:そ、そこまで言わなくても…。 チカゲ:なら何でお前は海に入る時、一人で行かなかったんだ。わざわざ俺に煽るような言葉掛けて、入って来るよう仕向けて。 シイ:………。何で…。 チカゲ:あれは、怖かったんじゃないのか。独りで死ぬのが。あわよくば……止めて欲しいと、思ったんじゃないのか。 シイ:…………。 チカゲ:バカだな。……だから、俺の言葉を言わせなかったんだな?「お前が死んだら、この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」……この続きを、シイは分かってた。でも、わざと言わなかった。 シイ:あ、…あれは……。 チカゲ:今この場で言ってやる。 シイ:!やめて……! チカゲ:「お前が死んだら、」 シイ:(被せて)やめてってば! チカゲ:「この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」 シイ:(被せて)ねえ、チカ、ねえ…!! チカゲ:(間を取って)「死ぬなよ、シイ」 シイ:………っ!!チカ……! チカゲ:死ぬなよ。 シイ:(泣きながら)………っ。 チカゲ:シイ…。 シイ:無理です…! チカゲ:いなくなるなって。 シイ:無理ですってば…。 チカゲ:独りで死ぬのが怖くて、無意識に止めて欲しいと思いながら、……いなくなるなって。 シイ:嫌です…! チカゲ:意地になってんのか? シイ:嫌ったら嫌ですぅ! チカゲ:はぁ……めんどくせぇな。 シイ:…めんどくせぇとか、思ってんじゃないですかぁ…! チカゲ:めんどくせぇよ。こんだけ止めてんのに。なら、そうだな。独りで死ぬのが怖けりゃ一緒に行ってやるか? シイ:は!?それこそ馬鹿です! チカゲ:何で。 シイ:ど、どうしてそこまでしちゃうんです?!たった一度、たった一度だけです!たった一度だけ…あなたのもとに忘れ物を届けただけで! チカゲ:たった一度……でもかけがえの無い一度を貰った。あれがなきゃ、俺が先に死んでいたんだろうな。 シイ:ち、チカ…。 チカゲ:ほら、一度お前に救われた命だ。お前が好きに使えよ。 シイ:そ、そんな風にチカを見れません。チカには生きてて欲しいです…! チカゲ:俺だってシイには生きて欲しいですけどね? シイ:だから、私は生きてる意味がない人間ですから…! チカゲ:じゃあ俺も一緒に行くって。 シイ:ど、堂々巡りじゃないですか…!どうしたら生きてくれるんですか! チカゲ:お前が生きてくれたら。 シイ:だから…っ!(泣きながら)……チカは、……どうしたら……。 チカゲ:……(ため息)。諦めろ、死ぬことを。 シイ:……く、ぅ…うぅ…。 チカゲ:あの日から、なにもかも変わっちまって、不安で、…誰一人居なくなって……縋るものも無くなった。でも…だからこそ見えるものだってあるって、言っただろ。 シイ:…っ、う、…っ…。 チカゲ:繋がってない場所なんてないって、言っただろ。 シイ:っ………。 チカゲ:生きる理由なんて、生きてる価値なんて……無いんだ。みんな、…きっと。だけど、…自分で見つけることは出来る。…ああ、クソ…ありきたりな言葉しか出て来ないけど……俺は、お前にいなくなってほしくない。 シイ:……それぇ、っ……! チカゲ:ん? シイ:その言葉っ……もっと、前に…聞きたかったなぁ……。 チカゲ:あの日があったから、俺達は出会えた。……だから、俺がこの言葉を言うのも、……今しかないんだ。今しか言えなかったんだと思う。 シイ:……っ!ふふ。……うん、チカ……確かに、あの日があったから……。あの日、生きたから……私達は会えた……。 チカゲ:そうだ。あの日があったから。逆を言えば、あの日がなきゃ、俺達は出会えなかったっつーことだ。 シイ:……それは、やだなぁ……。ふふ、っあはは……! チカゲ:上手く、言えないけど……多分、消えちゃいたいって思う日が…これから何度も来ると思うけど……!でも、積み重ねの先でしか、幸せにもなれないと、思う。 シイ:…ふふ。不器用なチカがたくさん言葉を紡ぐと、そういうことを言ってくれるんですね。 チカゲ:(ふい、と横を向きながら)…っこれだって、お前が居なくなってたら、…知らなかったことだろ。 シイ:うん、……うん……!見えなかったものが見える。……そうだね、チカ…。 チカゲ:……海から出るぞ。それで、火を炊いて、服を乾かして。 シイ:…ご飯を食べて、寝て…明日になって。 チカゲ:(頷いて)きっと今日とは違う明日が来る。不意に全部無くすかもしれない。……でも、……また……ゆっくり手に入れていけばいい…と、思う。 シイ:……ふ、ふふ。頼りないですねぇ。 チカゲ:俺だって!分からないことしかないから…不安なことも多いけどさ。ま、…世界から居なくなれって言われる日までは、生きようと思う。それが、多分、忘れ物達の生き方でいいんじゃないか。 シイ:世界最後の忘れ物は、二度と見つかりませんでした。…なんて、オチですか?ふふ……最悪ですね。物語にすらならないじゃないですか! チカゲ:忘れられて、放って置かれるならありがたい。そっから好きに物語が始められるじゃないか。 シイ:……。ねえ、チカ。もう少しだけ、海にいてもいいですか。 チカゲ:ん? シイ:どこにでも繋がっていそうな海に、もうちょっとだけ。あの日無くしたものにも、まだ未練がありますから。 チカゲ:……いいけど。最後は選べよ。 シイ:もちろん、ですよ。生きます。忘れ物は、自分からは出てきませんからね。 チカゲ:…………。 0:* 0:* 0:* シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。 チカゲM:そう言って、少女は歩き出した。まるで、自分が世界にとっての忘れ物だと、死神に自分を差し出すように。だから、俺は───。 チカゲM:あいつの手を取った。積み重ねの先の幸せを知るために。今まで見えなかったものを見るために。……生きてる理由を、探すために。 チカゲM:世界最後の忘れ物は、二度と見つかりませんでした、なんて。陳腐な物語も…この世にあっていいじゃないか。

0:* 0:* 0:* シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。 チカゲM:そう言って、少女は歩き出した。まるで、自分が世界にとっての忘れ物だと、死神に自分を差し出すように。だから、俺は───。 0:* 0:* 0:* 0:───建物が全て崩壊し、緑が侵食を始めている世界 0:───海面の水位が上がり、足元はほぼ水で満たされている。歩く度に、ちゃぷちゃぷと音が鳴る。 0:* 0:* 0:* シイ:~♪ チカゲ:シイ、落ちるぞ。そっち側は随分水位が上がってんだ。 シイ:おっ…とと。…ふう、危なかったぁ。助かりましたよぉ。 チカゲ:……気をつけろよ。 シイ:すみません。そうですよね、こんな世の中じゃ医者もロクにやってませんし。 チカゲ:おっまえ……。 シイ:チカの言いたいことは分かりますよ。でも言わせてあげません。 チカゲ:はっ、どうだか。 シイ:ふふー。何せシイちゃんは忘れられた記憶を読めちゃうんですから。チカの心を読むことくらい朝飯前です! チカゲ:…読んだのか? シイ:どう思います? チカゲ:それは卑怯だろ。俺はお前の心なんて読めないのに。 シイ:っふふ!心配しないでください、読んでません。ついでに言うなら、さっきの「チカが言いたいこと」は憶測です。ほぼ正解の確信を持ってはいますが。 チカゲ:ほう、言ってみろよ。正解か答え合わせをしてやる。 シイ:「お前が死んだら、この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」、ですかね。 チカゲ:………。50点。 シイ:お、半分も当たってましたね。 チカゲ:半分だけだ。続きがある。 シイ:気になります! チカゲ:言うか、馬鹿。 シイ:えぇー。 チカゲ:それよりさっさと歩け。もう忘れられた記憶を預かってんだろ? シイ:ええ、勿論です! チカゲ:なら、届けに行ってやらないと。 シイ:……。ふふ、何だかんだチカは優しいですねぇ。私は趣味で忘れ物配達屋をやってるだけですよ。 チカゲ:それでも、お前の奇行に救われるヤツもいる。だったら、少しでも届けてやるべきだろ。 シイ:……。チカは、優しくて真面目です。生きづらそう。 チカゲ:……っ。(無言で殴り) シイ:いったー!よくないです、よくないです!女の子の頭殴るのほんとよくないです! チカゲ:俺は優しくも、真面目でもねぇ。くだらないこと言ってないで、行くぞ。 シイ:あ、待ってくださいよぉ! 0:* 0:* 0:* シイM:あれは、そう。少し暖かくなってきた春の日のこと。 チカゲM:太陽が降ってきた。──そう錯覚するほどの、隕石だった。 シイM:空を覆い尽くした赤、赤、赤…。 チカゲM:大地は粉々に砕けて、沈んだ。 シイM:後に聞くと、地球の人口の7割は、この時に居なくなったのだという。 チカゲM:混乱の中、食料もまともに確保できず、一度病に倒れればまともな治療も受けられず…。 シイM:人々は、ばたばたと。そう、文字通り言葉通りばたばたと倒れ、亡くなっていった。 チカゲM:かくして、かつては地球上を我がもののように歩き回っていた人類は、人口を最盛期の千分の一程度まで減らし…。 シイM:生きている人類に会うのは、非常に稀なことになってしまった。 0:* 0:* 0:* チカゲ:で、今回はどんな記憶だったんだ。 シイ:幸せな記憶でした。あの隕石の日、ちょうど結婚式を挙げられていたようで。幸せなうちに終われたと、喜んでいらっしゃいました。 チカゲ:ふうん。なら、なんでわざわざ忘れられた記憶なんて落ちてんだ。 シイ:離れてしまったみたいです。 チカゲ:離れた? シイ:お二人共、建物の倒壊で亡くなられているのですが、運良くというか、運悪くというか…花嫁さんのご遺体だけは、後日遺体回収業者さんに回収されてしまったみたいで。 チカゲ:じゃあ、お前が拾った記憶は、新郎の方の。 シイ:はい。せめて二人で居たいと、そんな願いを受け取ってしまったものですから。 チカゲ:でも、花嫁の遺体はもう火葬されてんだろ。どうやって傍に行かせる気だ? シイ:今の日本では、火葬した後遺骨も全て灰にしてしまって、海に撒くんです。だから、彼の遺体も同様にして…海に撒きます。 チカゲ:新郎の遺体は今どこに? シイ:回収しました。でも……あの日から随分経っていますから、回収できたのは僅かだけです。 チカゲ:…もう残って無かったのか。 シイ:そうですね。随分野ざらしにされてしまいましたし……でも、彼は笑っていましたから。それでいいと思います。 チカゲ:………。ほらな。お前の奇行は、人の役に立つじゃないか。 シイ:(静かな声で)いいえ。……自分のためですよ。 チカゲ:何の意地だか知らないが、そいつ笑ってたんだろ。なら、それは(役に立ってるってことじゃないか) シイ:(被せて)チカ。………そんな、いいもんじゃないです。そんないいもんじゃないですよ、私の趣味は。例え私の趣味にチカが救われてくれたのだとしても。 チカゲ:…………。はぁーあ………。バカだな、ホントに。 0:* 0:* 0:* 0:───回想 0:───夜、辺りに人の気配がない街をひたすら彷徨うチカゲ チカゲ:おい………。誰か………いないのか…?誰でもいい……誰か……。誰か………っ! チカゲ:俺の声に……いい加減っ…誰か応えてくれよ…っ!!! 0:───しばらく蹲るチカゲ チカゲ:…世界に生きているのが俺だけになったらどうしよう。 チカゲ:もし、…もし。このまま誰とも会えないで、一生の暗闇に独りだったら?一生の無音に、独り立ち向かわなければならなかったら? チカゲ:怖い。……怖い、怖い……。 チカゲ:(恐怖から無理やり目を逸らすように)っおい、おい……!!誰か、誰でもいい!何でもいい!!!!俺の、俺の声に応えてくれよ!!!なあ、……なぁ!!!!! チカゲ:(弱々しく)……なぁ。俺、独りになったのか?世界に、この世界に独り? チカゲ:………っ。 チカゲ:(耐えられず、声を殺しながら泣く)…っ、う、う……っ!ふ、…ぅ……っ。 0:* シイ:…おーい。生きてますかぁ? チカゲ:…だ、れだ…? シイ:…こんばんは。シイ、といいます。 チカゲ:………っ。生きてる…人間……? シイ:…うん、そうです。シイは、生きています。 チカゲ:…俺、は……。 シイ:……あなたも、生きてます。 チカゲ:……俺も……お前も、生きてる…? シイ:はい、私は、生きてる…。生きてます。 チカゲ:……っ。(静かに泣く) シイ:あなたが生きててくれて、…よかったぁ。 チカゲ:……? シイ:あなた、チカゲさん…ですよね。 チカゲ:何で、俺の名前…? シイ:はい。あなたの……お父様とお母様から、…最後の忘れ物を届けにきました。 チカゲ:父さんと…母さんから…?何を…。 シイ:「誕生日おめでとう」、と…。 チカゲ:……は? シイ:最近顔を見せないからと、心配してました。ご実家に帰られてなかったんですね。 チカゲ:いや、……そう、だけど。 シイ:でもあの日は、久しぶりに帰省する日だった。お父様、普段は顔に出さないタイプのようですが、チカゲさんとお酒が飲めるの、楽しみにしていらっしゃいました。 チカゲ:…………。 シイ:これ。 チカゲ:っ! シイ:お父様からです。 チカゲ:っ……それ、は……。 シイ:覚えて、いらっしゃるんですね。 チカゲ:………当たり、前……だろ。だって、これは……約束の。あの日、次家帰って来た時にって、父さんが…っ……! シイ:良かった。安心しました。 チカゲ:……っ、ぅ、ああ………あああぁっ!! シイ:お父様とお母様……あの日、玄関であなたの帰りを待っておられたのですよ。だから……。苦しまずに、逝かれました。 チカゲ:父さん…!!母さん……!!!ぅ、あ、ああぁっ……ぅ、う…っ! シイ:…とても、いい写真ですね。 チカゲ:………っ……っう、!! シイ:……………。 チカゲ:(静かに泣き続ける) シイ:良かった。……。忘れ物を届けられて、良かった。 0:* 0:* 0:* 0:───歩きながら シイ:あと少し歩けば海です。 チカゲ:もうそんなに歩いたのか。 シイ:花嫁さんにもうすぐ会えますよ~。 チカゲ:…人間は灰になりゃ、こんなに小さくなるんだな。 シイ:ですねぇ。回収出来た部分が少なかったとはいえ、小瓶1杯にも満たないんですから。 チカゲ:…無事会えるといいな。 シイ:会えなくても探すんでしょう。ここまで来たら執念ですよ。…大丈夫、きっと会えます。 チカゲ:ああ。…そうだな。 シイ:あ、ほら、……海です。 0:───海が見える 0:───足元から水が広がって、海と陸の境目がない チカゲ:………っ。これ、どこからが、海…? シイ:……綺麗ですよね。ここからなら……世界のどこへでも行けそう。 チカゲ:……もう、繋がっていないところなんてないのかもな。 シイ:……? チカゲ:元々繋がっていたけど、あの日までは目の前のことに必死で、見えてなくて…。でも、あの日全部が壊れたから……今までより色々なものが見える、というか。 シイ:そう、かもしれませんね。あの日まで気付かなかったものに、今なら気づける。そんな気がします。 チカゲ:見えなかったものが見えるようになる。…案外、いいこともあったんだな。 シイ:…ふふ、そうかもしれません。知らなくていいものまで知ってしまう、ということもあるかもしれませんが。 チカゲ:知らないよりはマシだ。選択権が増えるんだからな。 シイ:なるほど…。捉え方次第ですね…。 0:───そう言ってシイは海に入って行く チカゲ:おい? シイ:なるべくなら、波で遠くまで運んでくれるようなところまで行きましょう。 チカゲ:はあ? シイ:おやおんや?チカちゃんは怖いです?ならシイちゃんだけで行くので大丈夫ですよ。 チカゲ:遺灰持ってんの俺なのに?お前1人で行ってどうするつもりなんだよ。 シイ:ふふ。せめてどこへでも行けそうな海にちゃんと撒いてあげましょう。 チカゲ:ッくそ……あーあー、入りゃいいんだろ、入りゃ! 0:───足がほとんど水に入り シイ:そろそろいいかもしれませんね。 チカゲ:……ほら、……これで……。 シイ:会いたい人に、会えますように。……あなたの忘れ物、届けましょう。 チカゲ:………。 0:───小瓶の蓋を開け、中の灰を海に撒く 0:───灰は直ぐに波に飲まれ、消えていった チカゲ:……! シイ:?チカ、どうしました? チカゲ:あ、いや…。何か…声が…。 0:───小さな声が聴こえる 男:…会える。 シイ:チカ? 男:やっと、会える。 シイ:おーい。おーーいチカ〜? 男:あの日から、待ち続けてた…。 シイ:チカー?チカー?チカチカチーカー? チカゲ:この、声…! シイ:……。チカ?ほんと、どうしちゃったんです? チカゲ:…新郎の声だ。 シイ:え? 男:やっと……、会える。長かった…。よかった…。 シイ:……。 男:でも……本当は……。生きて、いたかった。生きて、君と一緒にいたかった……。 チカゲ:生きて…いたかった…。 シイ:…。 男:生きて、思い出を、作って、それで……死にたかった。 男:でも、最後に……また会えるなら……それでいいや……。ありがとう……。 チカゲ:……!あ、待っ……! 0:───声が聞こえなくなる シイ:……行っちゃいました? チカゲ:……ああ。ありがとう、だってよ。 シイ:っ。あはは、やめてくださいよ、単なる趣味だっていってるじゃないですか。 チカゲ:(間を取って)…お前さ、何でそんなに否定すんの。 シイ:動機が不純だからです。 チカゲ:動機?…あー、そういや何で忘れ物配達屋、なんて訳わかんないことしてるのか聞いてなかった。隕石の日から、起こること全部が訳わかんないのに慣れちまったから…。 シイ:そーいう純粋なところはチカの長所ですねぇ。 チカゲ:で、何でやってんの。 シイ:あれぇ、聞いてました?「不純だから」って言ったじゃないですか。あれは遠回しに言いたくないって意味ですよ。 チカゲ:関係ない。 シイ:まさかの王様理論! チカゲ:あの日、倫理もルールも崩壊したんだ。そんな中で不純も何もあるかよ。 シイ:そんで暴論。 チカゲ:うるさい。さっさと吐け。楽になっから。 シイ:………ま、ここまできたら仕方ないですねぇ。………記憶を遺してくれてる人は、私の生きる意味になってもらってるんです。 チカゲ:生きる、意味…? シイ:チカだって、憶えがあるでしょ?あの写真を渡すまでのチカ、幽霊みたいでした。だけど、今は違う。あの写真がチカの支えなんですね。 チカゲ:………うん。 シイ:私は、元々何も持ってなかったのです。あの日まで、こんな「記憶を読み取る」なんて能力、絶対受け入れて貰えなかったから。誰も傍に居ませんでした。……何のために生きてるか分かりませんでした。 チカゲ:友達作れなかったんだな…。 シイ:うっさいです。でも、……ま、そうですね。だから、あの隕石が降ってきたときは喜びました!死ねる、って。 チカゲ:………。 シイ:…死ねませんでした。生き残っちゃった。どうしたらいいか、……分からなかった。でも…その時チカのご両親から記憶を受け取って。 チカゲ:じゃあ、あの時の「忘れ物を届けられて良かった」ってのは…。 シイ:初めてだったんです。この力が、人の役に立ったの。だから…初めて、私は私の力に意味を見い出せた。…生きているって思えたんです。だから、忘れられた記憶を預かって叶えることが、私の生きる…意味。 チカゲ:お前、それ。 シイ:チカ、あのね。元々決めてました。生きる理由が無くなったら、私もいらないって。あの日からもう随分経って、辿れる記憶も無くなってきた。……この忘れ物が、最後になるだろうなって。 チカゲ:まさか、おい、お前…! シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。「私が」世界最後の忘れ物です。 チカゲ:……! シイ:ここまで一緒に来てくれて、ありがとう。チカがここまで一緒に生きてくれると思ってなかったです。 チカゲ:は? シイ:ふふ。海で、終わらせたかったんです。来たことなかったから。 チカゲ:(シイの手を掴み)っ……!お前、じゃあ、…海に撒くって言ったのは…! シイ:……半分ホントで、半分ウソです。私の事情も込みの、…ね。 チカゲ:……っ。 シイ:お世話になりました。最後の忘れ物、届けて来ますね。 チカゲ:っ…。 シイ:………痛い、です。チカ。 チカゲ:……。 シイ:チカ?手を離してください、チカ。これじゃ向こうへ(行けませんから) チカゲ:(息をたっぷり吸い込んで)お前、ほんとに、バカだな!! シイ:───っ。バ、バカ…? チカゲ:バカ。ほんとバーカ!自分の気持ちにすら気付けないバカ。 シイ:そ、そこまで言わなくても…。 チカゲ:なら何でお前は海に入る時、一人で行かなかったんだ。わざわざ俺に煽るような言葉掛けて、入って来るよう仕向けて。 シイ:………。何で…。 チカゲ:あれは、怖かったんじゃないのか。独りで死ぬのが。あわよくば……止めて欲しいと、思ったんじゃないのか。 シイ:…………。 チカゲ:バカだな。……だから、俺の言葉を言わせなかったんだな?「お前が死んだら、この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」……この続きを、シイは分かってた。でも、わざと言わなかった。 シイ:あ、…あれは……。 チカゲ:今この場で言ってやる。 シイ:!やめて……! チカゲ:「お前が死んだら、」 シイ:(被せて)やめてってば! チカゲ:「この世界で生きてる人間が俺だけになるだろ」 シイ:(被せて)ねえ、チカ、ねえ…!! チカゲ:(間を取って)「死ぬなよ、シイ」 シイ:………っ!!チカ……! チカゲ:死ぬなよ。 シイ:(泣きながら)………っ。 チカゲ:シイ…。 シイ:無理です…! チカゲ:いなくなるなって。 シイ:無理ですってば…。 チカゲ:独りで死ぬのが怖くて、無意識に止めて欲しいと思いながら、……いなくなるなって。 シイ:嫌です…! チカゲ:意地になってんのか? シイ:嫌ったら嫌ですぅ! チカゲ:はぁ……めんどくせぇな。 シイ:…めんどくせぇとか、思ってんじゃないですかぁ…! チカゲ:めんどくせぇよ。こんだけ止めてんのに。なら、そうだな。独りで死ぬのが怖けりゃ一緒に行ってやるか? シイ:は!?それこそ馬鹿です! チカゲ:何で。 シイ:ど、どうしてそこまでしちゃうんです?!たった一度、たった一度だけです!たった一度だけ…あなたのもとに忘れ物を届けただけで! チカゲ:たった一度……でもかけがえの無い一度を貰った。あれがなきゃ、俺が先に死んでいたんだろうな。 シイ:ち、チカ…。 チカゲ:ほら、一度お前に救われた命だ。お前が好きに使えよ。 シイ:そ、そんな風にチカを見れません。チカには生きてて欲しいです…! チカゲ:俺だってシイには生きて欲しいですけどね? シイ:だから、私は生きてる意味がない人間ですから…! チカゲ:じゃあ俺も一緒に行くって。 シイ:ど、堂々巡りじゃないですか…!どうしたら生きてくれるんですか! チカゲ:お前が生きてくれたら。 シイ:だから…っ!(泣きながら)……チカは、……どうしたら……。 チカゲ:……(ため息)。諦めろ、死ぬことを。 シイ:……く、ぅ…うぅ…。 チカゲ:あの日から、なにもかも変わっちまって、不安で、…誰一人居なくなって……縋るものも無くなった。でも…だからこそ見えるものだってあるって、言っただろ。 シイ:…っ、う、…っ…。 チカゲ:繋がってない場所なんてないって、言っただろ。 シイ:っ………。 チカゲ:生きる理由なんて、生きてる価値なんて……無いんだ。みんな、…きっと。だけど、…自分で見つけることは出来る。…ああ、クソ…ありきたりな言葉しか出て来ないけど……俺は、お前にいなくなってほしくない。 シイ:……それぇ、っ……! チカゲ:ん? シイ:その言葉っ……もっと、前に…聞きたかったなぁ……。 チカゲ:あの日があったから、俺達は出会えた。……だから、俺がこの言葉を言うのも、……今しかないんだ。今しか言えなかったんだと思う。 シイ:……っ!ふふ。……うん、チカ……確かに、あの日があったから……。あの日、生きたから……私達は会えた……。 チカゲ:そうだ。あの日があったから。逆を言えば、あの日がなきゃ、俺達は出会えなかったっつーことだ。 シイ:……それは、やだなぁ……。ふふ、っあはは……! チカゲ:上手く、言えないけど……多分、消えちゃいたいって思う日が…これから何度も来ると思うけど……!でも、積み重ねの先でしか、幸せにもなれないと、思う。 シイ:…ふふ。不器用なチカがたくさん言葉を紡ぐと、そういうことを言ってくれるんですね。 チカゲ:(ふい、と横を向きながら)…っこれだって、お前が居なくなってたら、…知らなかったことだろ。 シイ:うん、……うん……!見えなかったものが見える。……そうだね、チカ…。 チカゲ:……海から出るぞ。それで、火を炊いて、服を乾かして。 シイ:…ご飯を食べて、寝て…明日になって。 チカゲ:(頷いて)きっと今日とは違う明日が来る。不意に全部無くすかもしれない。……でも、……また……ゆっくり手に入れていけばいい…と、思う。 シイ:……ふ、ふふ。頼りないですねぇ。 チカゲ:俺だって!分からないことしかないから…不安なことも多いけどさ。ま、…世界から居なくなれって言われる日までは、生きようと思う。それが、多分、忘れ物達の生き方でいいんじゃないか。 シイ:世界最後の忘れ物は、二度と見つかりませんでした。…なんて、オチですか?ふふ……最悪ですね。物語にすらならないじゃないですか! チカゲ:忘れられて、放って置かれるならありがたい。そっから好きに物語が始められるじゃないか。 シイ:……。ねえ、チカ。もう少しだけ、海にいてもいいですか。 チカゲ:ん? シイ:どこにでも繋がっていそうな海に、もうちょっとだけ。あの日無くしたものにも、まだ未練がありますから。 チカゲ:……いいけど。最後は選べよ。 シイ:もちろん、ですよ。生きます。忘れ物は、自分からは出てきませんからね。 チカゲ:…………。 0:* 0:* 0:* シイ:私たちは忘れられたんです。世界から、神さまから、【死】から。だから、最後の忘れ物を届けに行きましょう、チカ。 チカゲM:そう言って、少女は歩き出した。まるで、自分が世界にとっての忘れ物だと、死神に自分を差し出すように。だから、俺は───。 チカゲM:あいつの手を取った。積み重ねの先の幸せを知るために。今まで見えなかったものを見るために。……生きてる理由を、探すために。 チカゲM:世界最後の忘れ物は、二度と見つかりませんでした、なんて。陳腐な物語も…この世にあっていいじゃないか。