台本概要
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タイトル | ソクラテスの思考実験-caseエリーゼ- |
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作者名 | レンga (@renganovel) |
ジャンル | ミステリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
『――君の記憶を巡る、旅に出かけよう。』 【アドリブ:〇 性別変更:× 人数変更:× 重大な改変×】 ◆◆あらすじ◆◆ ソクラテスに拾われた、記憶を失った女性「エリーゼ」は 記憶を取り戻すため、ソクラテスの話す「思考実験」に耳を傾ける。 自分の思考、自分の考えと向き合ううちに 彼女は、ソクラテスとの「ある関係」を思い出していく……。 『始まりのテセウスの船から、すべての部品が取り換えられてしまったとき、その船は同じテセウスの船と言えるのだろうか』 ――彼女は、どんな答えを導くのだろうか。 ◆◆合作情報◆◆ ▼猫One~様 代表作:「ラルクド物語」「池田屋襲撃」……etc 【コメント】 初めての方も、そうでない方も、お世話になります♪ 猫One〜と言います。 今回レンga。さんとこの合同企画でご一緒させてもらい… とても素敵なお話となったと自負しています! 手に取ってくださった皆様がこの世界でどんな答えを導くのか とても楽しみで仕方ありません♪ どうか、この世界を楽しんでいただけたら、幸いです!┏○ペコッ ◆◆執筆方法◆◆ TSW「テーブルトークシナリオライティング」 と言う手法を用い、レンgaと猫One~様で執筆しました。 執筆の際、レンgaが「ソクラテス」のセリフを 猫One~様が「エリーゼ」のセリフを担当しています。 ◆◆シナリオ情報◆◆ 「ソクラテスの思考実験」[case.エリーゼ] ソクラテス:レンga執筆担当 エリーゼ:猫One〜様執筆担当 ◆◆シリーズ補足◆◆ 「ソクラテスの思考実験」シリーズは、合作台本シリーズになっています。 ボイコネで活躍されている、様々なライター様と、僕、レンgaが思考実験をテーマに物語を紡ぐシリーズです。 どのお話も 「謎の青年ソクラテス」:レンga担当 「記憶を失ったキャラクター」:ゲストライター様担当 で、物語を紡いでいきます。 各話のソクラテスは、すべてお相手様のキャラクターに応じて別の性格、人生、考え方をする全く違う人物となっています。 絶対同じ話になることのない、素敵な様々な世界を ぜひ、お楽しみくださいませ。 220 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ソクラテス |
男 ![]() |
101 | エリーゼを助けた、不思議な雰囲気の男性 |
エリーゼ |
女 ![]() |
96 | 記憶を失っている女性 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:タイトル『ソクラテスの思考実験-case.エリーゼ』
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エリーゼ:ん…、ここは?…ぇっ…待って…私は…誰…。
エリーゼ:怖い…、誰か…いないの?…
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ソクラテス:よかった、目が覚めたようだね。
ソクラテス:珈琲は、飲めるかな?
エリーゼ:…はっ、あ…なたは…誰?
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ソクラテス:僕は、そうだな。ソクラテスと呼んでくれ。
ソクラテス:屋敷の側で、君が倒れていたものだから、部屋で休んでもらっていた。
ソクラテス:どこか痛いところはないかい?
ソクラテス:君はどうして、あんなところで倒れていたんだい?
:
エリーゼ:ソクラ…テスさん…。初めまして…
エリーゼ:私…珈琲…というものが何か…さえ、分からない…のだけれど…
エリーゼ:それに…一度にたくさん問われても…答えられないわ?
:
ソクラテス:すまない、事を急いてしまうのが僕の悪い癖でね。順番に話をしていこう。
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エリーゼ:ソクラテスさん…私…は倒れていたの?
エリーゼ:どうして、私は倒れていたのか…
エリーゼ:それすら…わからない…
:
ソクラテス:なるほど……なにも、覚えていないと。
:
エリーゼ:えぇ…考えても…頭に靄がかかってるみたいで…
エリーゼ:思い出せないわ…ごめんなさい…
ソクラテス:そう……か。
ソクラテス:君は昨晩
ソクラテス:僕の屋敷の前で倒れていたんだ。
ソクラテス:近くに病院もないもので、そのままにしておくわけにもいかず、
ソクラテス:先ほども言ったように、屋敷で休んでもらっていた。
:
エリーゼ:…そう、なのね…
エリーゼ:助けてくださり…ありがとうございます…
エリーゼ:それなのに、何も覚えていなくて…ごめんなさい…
:
エリーゼ:ところであの、ソクラテスさん…
エリーゼ:さっきおっしゃっていた珈琲とは、飲み物か何かかしら?
ソクラテス:ああ、そうだ。飲み物だよ。
エリーゼ:私、とても喉が渇いてて…
エリーゼ:もし良ければ、珈琲をいただけるかしら?
:
ソクラテス:もちろん、飲むといい。
ソクラテス:熱いから気を付けてくれ。
ソクラテス:苦ければ、砂糖もある。
ソクラテス:心を落ち着かせるのに、珈琲は最適だろう。
ソクラテス:……口に合えばいいが。
:
エリーゼ:いただきます…
エリーゼ:えっ!?何、なんだかとても苦い…
エリーゼ:お砂糖…、それ以外は何も入れないのかしら…
エリーゼ:…だけど、この香り…、どこかで嗅いだことがある、ような…
:
ソクラテス:……これを。
ソクラテス:ミルクも入れれば、だいぶ苦みも薄まるだろう。
エリーゼ:…ありがとうございます。
エリーゼ:あ、とても優しい色になった…
エリーゼ:うん、甘くて素敵…
エリーゼ:とても美味しいわ…!
エリーゼ:でも…香りは…薄まってしまった…
エリーゼ:なんだろう…この感じ…
ソクラテス:消えてしまった記憶が、珈琲の香りで呼び出されているのかもしれない。
ソクラテス:何かきっかけがあれば
ソクラテス:存外、簡単に思い出すかもしれないね。
エリーゼ:…そう、ね…
エリーゼ:だといいのだけれど…
エリーゼ:貴方にとっても、気味が悪いでしょう…
エリーゼ:自分が誰かもわからない者を、側に置いておくなんて…
:
ソクラテス:そんなことはないさ。
ソクラテス:気にする必要はない。
エリーゼ:早く、記憶を取り戻せたらいいのだけど…
エリーゼ:それから、私…この珈琲の香り…とても好きみたい…
エリーゼ:この香りから…誰かの姿が記憶の後ろに思い浮かぶ様な…?
エリーゼ:だけどそれが誰だか…、思い出せない…
エリーゼ:でもそれは…大切な記憶なんだと…
エリーゼ:そう思うの…
エリーゼ:早く…、その誰かを思いだしてあげたい…!
:
ソクラテス:……!
ソクラテス:そ……そうか。
ソクラテス:君の記憶の中のその人が、君にとってどういう人なのか、僕も少し気になるな。
ソクラテス:少し待っていてくれ、ゆっくり話をしよう
ソクラテス:僕の分の珈琲も、持ってくることにする。
エリーゼ:…えぇ、私は私がわからない、だから貴方の言葉から…
エリーゼ:私の中の記憶を巡る旅をするわ…
エリーゼ:いってらっしゃい。
:
ソクラテス:…………待たせたね。
エリーゼ:お帰りなさい、とても素敵な香り…
エリーゼ:貴方は、そのままでその珈琲を飲むの?
ソクラテス:心を落ち着かせるには
ソクラテス:この香りでないと、僕はダメみたいでね。
ソクラテス:あと、甘いものはあまり好きではないんだ。
エリーゼ:そう、なのね…
エリーゼ:褐色な飲み物なのに…どこか優しく包みこむ香り…
エリーゼ:苦いのがいいんだって…貴方はいつもはにかんで笑っていたわ…
エリーゼ:え?
エリーゼ:これは…一体誰…のことなの?
:
ソクラテス:僕が、君の記憶の中の誰かと重なっているのかな
エリーゼ:…ごめんなさい。
エリーゼ:貴方の言葉から…自然と…想い出?が…
エリーゼ:溢れてきたみたい…
エリーゼ:貴方の声…とても、聞き覚えがあるような…
エリーゼ:気がするからかしら…
エリーゼ:貴方の言葉が、記憶の紐に結び付いていく…
エリーゼ:そんな気がする
ソクラテス:僕は……
エリーゼ:…どうして、そんな…悲しい色を、瞳に浮かべるの?
ソクラテス:なに、なんでもないさ
ソクラテス:君が、僕の顔をそんなにまじまじと見るから
ソクラテス:少し照れてしまっただけだよ。
:
ソクラテス:ささ、話をしよう。話だ。
ソクラテス:僕ならきっと、君の思い出を取り戻す手助けができる。
エリーゼ:えぇ、わかったわ
ソクラテス:どうにも、そうだな。
ソクラテス:まずは
ソクラテス:君の名前がどうにか思い出せれば、よいのだけれど。
エリーゼ:名前…
エリーゼ:私の名前…
エリーゼ:思い出せない…
エリーゼ:頭の中で…音色が聞こえるような気がするのだけど…
エリーゼ:それが何なのかわからない…
:
エリーゼ:ねぇ、ソクラテスさん?
エリーゼ:もし、嫌じゃなければ、私に記憶が戻るまで…
エリーゼ:なにか名前を…付けていただけないかしら?
エリーゼ:ダメ…かしら…
:
ソクラテス:……エリーゼ。
:
ソクラテス:君のことは、エリーゼと呼ぶことにするよ。
エリーゼ:エリーゼ…とても素敵な名前ね!
エリーゼ:嬉しいわ、ありがとう!
ソクラテス:じゃあ……エリーゼ。
ソクラテス:――君の記憶を巡る、旅に出かけよう。
ソクラテス:少し難しい問いを、君に投げかける。
ソクラテス:それに対する君の答えを、僕は聞きたい。
ソクラテス:……いいかい?
エリーゼ:…わかったわ。
エリーゼ:記憶がないままの答えになっても、怒らないでもらえるかしら…?
ソクラテス:もちろんさ
ソクラテス:記憶がないからこそ、君本来の答えが導き出されるだろう。
ソクラテス:そうすれば、思い出も戻ってくるはずさ。
エリーゼ:そうね…
エリーゼ:貴方ならきっと導いてくれる…
エリーゼ:何故だかそう思うから…
エリーゼ:よろしくお願いします。
:
:
ソクラテス:エリーゼ、君は『テセウスの船』と言う話を知っているかな?
エリーゼ:…いいえ、わからないわ?
エリーゼ:それは一体どんな船、なの?
ソクラテス:テセウスという人物が乗っていた船さ。
ソクラテス:それは長い長い航海をしていた船でね、いつしか所々の部品が、壊れていってしまったんだ。
エリーゼ:…部品が壊れる。
エリーゼ:そうなると、交換しなければ…旅は続けられない…
ソクラテス:……そう、エリーゼ。君の言う通り、壊れてしまったら、別の部品に取り換えていく。旅を続けるには、そうするしかないんだ。
ソクラテス:いつしか、すべての船の部品が取り換えられてしまって……もともとのテセウスの船についていた部品は、すべて外されてしまったんだ。
ソクラテス:そこでふと、
ソクラテス:テセウスは疑問に思う。
:
ソクラテス:『すべての部品が取り換えられてしまったとき、その船は同じテセウスの船と言えるのだろうか』
ソクラテス:とね。
:
ソクラテス:これが、『テセウスの船』という問いだ。
ソクラテス:――エリーゼ、君はどう考える?
:
エリーゼ:…
エリーゼ:とても、難しい問いね…
ソクラテス:……難しいだろうとも、答えのない問いだからね。
ソクラテス:だから、ゆっくり考えてくれてかまわない。
ソクラテス:思考の中で、君は自分を見つけるんだ。
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エリーゼ:もし、全ての部品が変わっても…
エリーゼ:そのテセウスが旅をする為に乗り込んだ船なのだと…
エリーゼ:そう思えば、目的として、選んだその船は母体として変わらない意味を持っている…
エリーゼ:だけど、時を共にしたものが…
エリーゼ:一つずつ新しい部品に全てが変わった船を見て、テセウスが…
エリーゼ:どこか違う気持ちを…本人が感じてしまえば…
エリーゼ:それは違うものとなるのではないかしら…
エリーゼ:物としての感情は、物からは発する事はない…
エリーゼ:だからこそ…そこに必要なのは…
エリーゼ:人の気持ち、かしら?
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ソクラテス:君は『その持ち主がどう思うか』で、変わってくると言いたいんだね。
ソクラテス:テセウスの船そのものがどうか、ではなく。それを持つものが、それを元の船と違うと思えば、それはもう、別のものになってしまっていると。
エリーゼ:えぇ。
エリーゼ:だって…物に気持ちなどありえない…
エリーゼ:だからこそ、人の気持ちが…愛着という思いに変えて、記憶として紐づける…
エリーゼ:そう思うの
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ソクラテス:……そうか。
ソクラテス:人の気持ち……記憶、思い出が、それが何か、どういうものかを決定づけると。
ソクラテス:だからこそ、たとえ見た目が全く同じテセウスの船でも、テセウス自身が、今までの旅の思い出の中にいた船と、違うものだと思ってしまえば、それは違う船だと言う事だね。
エリーゼ:えぇ、そうね。
エリーゼ:だって不思議だと思わない?
エリーゼ:目を覚ましたばかりの私は…
エリーゼ:名前がなかった…
エリーゼ:でも、今、エリーゼという名前をあなたにつけてもらったの…
エリーゼ:私が、船ならば、新しい部品と交換したのよ…?
エリーゼ:そこにすでに…違いがあると感じるの。
:
ソクラテス:確かに、エリーゼ、君の言うとおりだ。
ソクラテス:僕は君に名前を付けた。
ソクラテス:『名前』と言う部品を取り替えた……ことになる。
ソクラテス:それじゃあ……もう一つ。
ソクラテス:少し意地悪な質問をしてもいいかな?
:
エリーゼ:えぇ、構わないわ…?
ソクラテス:ありがとう。
ソクラテス:一つ、思いついてしまってね。
ソクラテス:その答えを君に聞いてみたくなったんだ。
エリーゼ:…何かしら。
エリーゼ:ソクラテスさんはとても、人の心の真髄を奥底から引っ張り出してしまいそうで…
エリーゼ:とても答えに迷ってしまいそう…
ソクラテス:君の考えは……とても、温かい。
ソクラテス:だからこそ、この問いを思いついてしまったんだろう。君の考えが、知りたくなった。
:
エリーゼ:ねぇ、その前に…
エリーゼ:もう一杯、珈琲をいただけるかしら?
エリーゼ:今度は、砂糖もミルクもいらないわ。
エリーゼ:構わない?
ソクラテス:あ、ああ。
ソクラテス:……構わないよ、待っていてくれ。
エリーゼ:ありがとう…
:
ソクラテス:……待たせてしまって悪いね。
ソクラテス:挽いた豆を切らしていたんだ。
ソクラテス:これを。
ソクラテス:熱いから気を付けて。
エリーゼ:あぁ、この香り…
エリーゼ:私は…、貴方を知りたくて…
エリーゼ:ミルクも砂糖も…入れなくなった…
エリーゼ:だけど、それは…
エリーゼ:貴方には告げる事はなかった…
エリーゼ:なぜなのかしら…でも…えぇ…
エリーゼ:私なりの貴方への問いであり、答えだったのだと思う…
エリーゼ:あ、ごめんなさい…
エリーゼ:どうしても…今の気持ちのまま、このブラックの珈琲を飲みたかったの…
エリーゼ:ありがとう…
エリーゼ:お話を続けて…?
:
ソクラテス:……
ソクラテス:……ああ。
ソクラテス:つづけよう。
:
ソクラテス:……もし、テセウス自身が、今の船は今までの船とは違うと感じていたとしよう。
ソクラテス:君が言っていた通り、その場合、その船はテセウスの船ではなくなってしまっている。
ソクラテス:しかし、だ。
ソクラテス:テセウス以外のすべての乗組員が
ソクラテス:『あの船は変わらず、部品が変わっても自分たちが旅をしたテセウスの船だ』
ソクラテス:と、言ったら。
ソクラテス:その船は『テセウスの船』か『別の新しい船』か。
ソクラテス:――君は、どう考える?
:
エリーゼ:…それは、とても難しい問題ね…。
エリーゼ:でも単純に考えて答えてしまえば…
エリーゼ:テセウスにとって、その船は、テセウスの船ではない。
エリーゼ:大切なのは、その船が同じか
エリーゼ:ではなくて…
エリーゼ:旅が終わった時、その目の前の船を見て、この船で良かったと…思えるか、じゃないかしら?
:
ソクラテス:旅をし終わったときに、どう思うか……か。
:
エリーゼ:テセウスが最初の船じゃなきゃダメと感じるなら、旅自体の意味を無くすわ?
エリーゼ:だけど、旅はしたい。
エリーゼ:でも部品を変えなければ、旅は続けられなかった。
エリーゼ:だからテセウスは部品を変えながら、旅を続けたのでしょう?
エリーゼ:そのせいで船そのものは変貌を遂げ、最初とは全く違う姿となった。
エリーゼ:でもそれに対して、お前は違う船だ!と言うなら、旅をしなければ良かっただけ。
エリーゼ:結局、たどり着いた旅の終わりに感じる気持ち…
エリーゼ:それが本心で、答えじゃないかしら?
エリーゼ:他の船員達は、きっと。
エリーゼ:旅の終わりに、この船自体の意味を理解して、テセウスの船だと…言ったのだと思う。
エリーゼ:姿は全く別のものになった船…。
エリーゼ:だけど、その船に乗せた最初の想いは旅の中で積み重なり、たどり着いた答えは、愛着…
エリーゼ:だから「テセウスの船」と言わしめたのではないかしら…
エリーゼ:結局…
エリーゼ:どの答えも間違えではなくて…
エリーゼ:導く答えそのものは…
エリーゼ:人の想い…なんだと私は思う。
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エリーゼ:私が珈琲は甘いのが好きだったのに…
エリーゼ:たどり着いた答えは…
エリーゼ:ブラックで…飲む事…そういう事なのね…
:
ソクラテス:エリーゼ。
ソクラテス:僕は君に、とても酷な質問をしてしまったのかもしれない。
:
ソクラテス:僕は、君に『名前』と言う部品を与えたと比喩をしたね。
ソクラテス:名前を忘れていた、甘い珈琲を飲んでいた君も。
ソクラテス:エリーゼと言う名前を与えられた、今、苦い珈琲を飲んでいる君も……
ソクラテス:僕から見たら、同じ女性だ。
:
エリーゼ:そう…ね…確かにそうかも知れない…
エリーゼ:でも、同じ女性だという視点には
エリーゼ:愛着がないから…じゃないかしら。
エリーゼ:それがもし、あなたにとって。
エリーゼ:愛している女性なら。
エリーゼ:名前、仕草、飲み方、普段なら気にも留めないことが…
エリーゼ:特別なものに映るかもしれない。
エリーゼ:それが、違いに見えるのではないかしら…?
エリーゼ:知らなくても、気に留めなかったものが…
エリーゼ:感情が入れば…違いさえ…許せなくなったりする…
エリーゼ:それが…思いなのかも知れない。
:
ソクラテス:……僕は、
ソクラテス:……まだ、君のことを理解していないから
ソクラテス:名前のない君も、今の君も、同じだと感じていると。
ソクラテス:つまりは君は、そう言っているんだね。
:
ソクラテス:……
ソクラテス:なるほど、これは痛いところを突かれたかもしれない。
:
エリーゼ:それは…私も同じかも知れないわ…?
エリーゼ:ソクラテスさんの事、私もよく分かっていないもの…
エリーゼ:だから、どこか、本当の自分とは違うままで、答えているかも知れない…
:
ソクラテス:……いいや、君は変わらないさ。
:
エリーゼ:…?
エリーゼ:そうかしら…?
エリーゼ:もしこの先にあなたをたくさん知れた時…
エリーゼ:同じ質問の答えを…あなたに聞いてみたいわ?
エリーゼ:ねえ、堅苦しいお話は少し休憩して、…お散歩でもご一緒しない?
ソクラテス:……ああ、構わないよ。
ソクラテス:もう、体は動けるのかい?
エリーゼ:えぇ、怪我はあるみたいだけれど…
エリーゼ:あなたが処置してくださったのがとても適切だったのね…
エリーゼ:ありがとう
ソクラテス:よかった、安心したよ。
:
エリーゼ:どうしてか、わからないのだけど…
エリーゼ:じっとしていると…
エリーゼ:何かをし忘れている…そんな気持ちが込み上げてくるの…
エリーゼ:何かをしていなければいけなかった…
エリーゼ:どこかそれは…強迫観念にも似ていて…
エリーゼ:とても不安な気持ちに襲われるわ…
エリーゼ:だから少しだけでいい、気分転換したいの…
エリーゼ:わがままかしら…?
:
ソクラテス:大丈夫かい?
ソクラテス:顔色が、あまりよくないみたいだけれど。
ソクラテス:……君が、そうしたいというのであれば
ソクラテス:僕は、付き合うよ。
ソクラテス:立てるかい?
:
エリーゼ:嬉しい…ありがとう!
エリーゼ:私、少し風にあたりたい!
エリーゼ:歩き回るのは…無理そうだから…
エリーゼ:何か補助するものがあれば…、なんてあるわけないわね…
ソクラテス:それなら、車いすの用意がある。
ソクラテス:昔……知り合いが使っていたものでね。
ソクラテス:彼女は少し前に亡くなってしまったから、若干埃をかぶってしまっているが。
ソクラテス:……それでも、よければ。
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エリーゼ:まぁ、とてもありがたい…!
エリーゼ:あなたに押させてしまうけれど、よかったら案内も兼ねて、お願い出来るかしら?
ソクラテス:ああ……任せて。
ソクラテス:この辺りは、緑が豊かだからね。
ソクラテス:良い気分転換になるだろう。
エリーゼ:嬉しい!
エリーゼ:とても楽しみだわ!
エリーゼ:じゃあ…いきましょう!
:
0:間
:
ソクラテス:『――後悔があった
ソクラテス:君は、どうだろう
ソクラテス:後悔は、あっただろうか。
ソクラテス:けれども、もうそれを知るすべはない。
ソクラテス:僕は、自分の後悔を消し去るために
ソクラテス:ただただ、未だ動かない、君に向き合う。
ソクラテス:「君」が目を覚ます、その瞬間まで。
:
ソクラテス:――心が、そこにあると信じながら。
:
0:間
:
エリーゼ:「貴方は私のどこが好きなの?」
ソクラテス:「君がピアノを弾く、その表情が好きだ」
ソクラテス:「鍵盤しか見ていない、僕を映さない瞳が好きだ」
エリーゼ:「ピアノを弾く私…面白い答えだわ。
エリーゼ:でも、それは、私を好きとは言わないのよ」
ソクラテス:「君がピアノを弾くたびに、僕は君に恋をする。一体それの、どこが間違っているというんだ?」
エリーゼ:「わからないなら、それでいい…」
:
エリーゼ:「あなたは、この空を飛ぶ鳥を見てどう感じるの?」
ソクラテス:「またそういう質問か」
ソクラテス:「鳥は椅子に座って、のんびりできずにかわいそうだと思うね」
エリーゼ:「そう…。私は鳥が羨ましいわ。
エリーゼ:自由に思う場所へ飛んでいける…
エリーゼ:その羽が私にあれば…もっと自由だったのかも知れない…」
:
ソクラテス:「僕はそうは思わない」
ソクラテス:「羽根も足もあるなんて、贅沢だよ」
エリーゼ:「贅沢…、そうかしら。
エリーゼ:貴方は足も問題なく使うことができるから、そう思うのかも知れないわ。
エリーゼ:貴方は、自分が変わりたいなんて…
エリーゼ:思ったことなんてないのでしょうね」
:
エリーゼ:「私の姿・形を愛してくれてありがとう。
エリーゼ:でも、それが貴方の答え。
エリーゼ:だから私の答えを貴方に送るわ」
:
ソクラテス:「……」
ソクラテス:「待ち、くたびれたよ」
ソクラテス:「教えてくれ……君の答えを」
:
エリーゼ:「私は、ピアノしかなかった。
エリーゼ:足も不自由で、だからピアノだけが私の生きている術だった。
エリーゼ:そんな必死な私の姿を貴方は、愛してると言ってくれた。
エリーゼ:私は…貴方にとって、一つの形。
エリーゼ:だけど私は…!
エリーゼ:ピアノを弾けなくても、足が自由だったとしても…
エリーゼ:私という自分の中にある、本質を愛して欲しかった!
エリーゼ:貴方のために変わりたかった…私。
エリーゼ:変わる事を望まない貴方。
エリーゼ:そんな貴方を私は愛せない。
エリーゼ:だから、これでお別れよ。」
:
0:間
:
ソクラテス:――どうした、味が濃かったか?
エリーゼ:いいえ、そんな事はないわ
ソクラテス:さっきから、手が止まっているように感じてね。
ソクラテス:口に合わなかったなら、そう言ってくれればいい
エリーゼ:そう…ね、あまりこの味は好きじゃないかな…
エリーゼ:でも、ちゃんと食べるわ。
エリーゼ:気にしてくれてありがとう
ソクラテス:……そう、か。
ソクラテス:いや、いいんだ。作り直してこよう。
ソクラテス:少し、待っていてくれ。
ソクラテス:それは、僕が食べる。
:
エリーゼ:?!
エリーゼ:どうしたの?
エリーゼ:私が口をつけたものなのに…
エリーゼ:いつもなら、食べるなんて言葉…言わないあなたが…
エリーゼ:でも…それってなんだか嬉しいわ…!
エリーゼ:だけど大丈夫、ちゃんと食べるから!
エリーゼ:その代わり、今度は私もあなたと一緒に作るわね?
エリーゼ:私の好きな味をあなたにも知って欲しいから♪
:
ソクラテス:君は…………いや。
ソクラテス:わかった、今度、一緒に作ろうか。
エリーゼ:ええ!約束ね!
:
0:間
:
エリーゼ:今日はすごく空が青くて綺麗!
エリーゼ:みてみて!鳥が飛んでいるわ!
ソクラテス:鳥……か。
ソクラテス:本当だ、たくさん飛んでるね。
エリーゼ:えぇ!でも、自由に飛ぶ鳥達は…
エリーゼ:何を求めて飛ぶのかしら…
エリーゼ:生きるため、かしら…
:
ソクラテス:僕たちが、何を求めて歩くのかと
ソクラテス:もし鳥に聞かれたら、何と答えるかな。
ソクラテス:……きっと、その答えと同じ言葉が
ソクラテス:鳥からも、返ってくると思うよ
:
エリーゼ:そうね…
エリーゼ:私ならきっと、一緒に同じ世界を見ることができる…仲間や、愛するものと出会う為…かしら
エリーゼ:一羽なら…きっと寂しくて
エリーゼ:飛ぶ事をやめてしまうかも知れない
:
ソクラテス:そうだね。
ソクラテス:僕は、一人で歩くことは、きっとできない。
エリーゼ:そっか…良かった…
エリーゼ:あなたも、私も、気持ちを分かち合いたいと…願ってるのね
エリーゼ:あなたが時折みせる、寂しそうな瞳…気になっていたの
エリーゼ:あなたはあまり、感情を表に出さないけれど…
エリーゼ:あなたの優しさは…私には届いているわ
ソクラテス:……!
:
エリーゼ:私を助けてくれたのが…あなたで…良かった…
:
ソクラテス:それは……!
ソクラテス:……そう、言ってもらえて、嬉しいよ。
:
0:間
:
エリーゼ:気になっていたのだけど…
エリーゼ:あなたの周りにあるものは、どこか、誰かの為のものみたいな…
エリーゼ:気のせいならごめんなさい…
エリーゼ:この…埃被った…ピアノ…とか…
:
エリーゼ:あなたは一度も奏でた事はない…
エリーゼ:調べてみたの、これが何なのかを…
エリーゼ:演奏するものでしょ?
エリーゼ:なのに、もう長い間、開けられた様子もない…
エリーゼ:でも、大切な物のように感じるの…
:
ソクラテス:そのピアノの音色は、僕のものじゃないから
ソクラテス:もう、ずいぶんと長い間、弾いていないんだ。
エリーゼ:…
ソクラテス:大切なもの、そう……だね。
ソクラテス:とても大切なものだよ、その音色は。
:
エリーゼ:…音色。
エリーゼ:弾いていた誰か、ではなくて…?
ソクラテス:――ああ。
ソクラテス:きっと僕は、勘違いをしていたんだ。
ソクラテス:でも、もうその音色を奏でる人はいないからね。
ソクラテス:君は、気にしなくてもいいさ。
ソクラテス:それとも……気になるかい?
:
エリーゼ:…えぇ。
エリーゼ:あなたがそこまで、想いを寄せる音色…
エリーゼ:勘違い、というその理由…
エリーゼ:あなたを知りたいから…
エリーゼ:教えてほしい
:
ソクラテス:そのピアノを、弾く女性がいたんだ。
ソクラテス:ひどく儚げでね、でも、強い人だった
エリーゼ:…
ソクラテス:彼女は僕から、ピアノを奪ったんだ。
ソクラテス:その音色が、それまでの僕の全てだったピアノを奪い
ソクラテス:僕の人生を、台無しにした。
ソクラテス:憎かったけれどね、同時に、憧れたんだ。
:
エリーゼ:…愛して、いたのね…その人を。
:
ソクラテス:いいや、違うさ、エリーゼ。
ソクラテス:その人の指先から奏でられる音色に
ソクラテス:その旋律に恋をした。
:
ソクラテス:僕はそれを
ソクラテス:彼女に恋をしているのだと、勘違いをしていた。
ソクラテス:でも、全部彼女は、わかってたんだ。
ソクラテス:僕は……今の今まで、わからなかったのに。
:
エリーゼ:…でも、あなたは…今でも…その音色を愛しているのね…
:
ソクラテス:――そうだ、そのはずなんだ!
ソクラテス:それなのに、そのはずなのに、どうして!
ソクラテス:「君」を目の前にして、「君」と過ごして
ソクラテス:どうしてこんなに、胸が張り裂けそうなんだ!!
:
エリーゼ:…あなたは
エリーゼ:不器用で優しい人なのね
エリーゼ:本当は…音色に恋をしたんじゃないわ、ソクラテス。
エリーゼ:あなたは間違いなく、その彼女を愛していた…
エリーゼ:だから、彼女が紡ぐ音そのものを、彼女として…愛していたのよ
:
ソクラテス:――エリーゼ。
:
エリーゼ:彼女が、もし…
エリーゼ:彼女じゃない人が、同じものを弾いた音色に、あなたは恋をしたかしら?
エリーゼ:きっと…違うわね…
エリーゼ:だってあなたは…とても一途な人だもの…
エリーゼ:哀しそうな瞳の色は…忘れられない想いを映した影…だったのね…
:
ソクラテス:――エリーゼ!
エリーゼ:…いいのよ、ソクラテス。
ソクラテス:その瞳に、僕を映さないでくれ!
エリーゼ:一つだけ、私が言える事は…
ソクラテス:僕は、僕は……君のために……!
エリーゼ:その影を背負うあなたごと…愛しているわ…
:
ソクラテス:――一度死んでしまった君を、エリーゼ、君を!!
ソクラテス:……この手で、生き返らせたんだ!!
:
エリーゼ:?!
:
0:間
:
ソクラテス:『――後悔は、消えなかった。
ソクラテス:「君」は、「君」であるはずなのに
ソクラテス:目を覚ました「君」は、僕が知らない「君」だった
ソクラテス:今、僕は、僕を知り、「君」に向き合う。
ソクラテス:「僕」の答えが目を覚ます、その瞬間まで』
:
0:間
:
エリーゼ:いや…何…を…言っている…の?
エリーゼ:聞きたくない…怖い…
エリーゼ:私を…生き、かえ、らせた…?
エリーゼ:そんな…バカげた話を…私が信じるとでも…?!
:
ソクラテス:……聞いてほしい。
ソクラテス:君が、君でいるために。
ソクラテス:本当のことを、君は知るべきだ。
:
エリーゼ:…私が…私でいるため…
ソクラテス:……そう。
ソクラテス:今の君が、君でいるために。
エリーゼ:今の私のままでも…私なの…
エリーゼ:記憶が全て取り戻せなくても…
エリーゼ:それごと…今の私なの!
:
ソクラテス:エリーゼ。
ソクラテス:君がそう言うのであれば、言い方を変えさせてくれ
ソクラテス:僕のために、知ってほしいんだ。
ソクラテス:僕が、今の君に、ちゃんと向き合うために
エリーゼ:…向き合う
エリーゼ:あなたが、私と…
エリーゼ:そう言われたら…拒否できないじゃない…
エリーゼ:ズルい言い方ね…
:
ソクラテス:ズルい……か。
ソクラテス:確かにその通りだ。
エリーゼ:…ごめんなさい
エリーゼ:わかったわ。あなたの話を聞かせて…
ソクラテス:ありがとう。
:
ソクラテス:『テセウスの船』の話を、覚えているかい?
エリーゼ:…えぇ、覚えている。
エリーゼ:とても…心に残る問いかけだったから
:
ソクラテス:君は一度、命を落とした。
ソクラテス:ひどい事故で、体はもう使いようのない状態になってしまったんだ。
エリーゼ:…?!
ソクラテス:僕は、君を失うことを受け入れられなかった
ソクラテス:だから、君の代わりの体を用意して、その体に君の脳を移植した。
ソクラテス:……信じられないかも知れないけれど、そういう技術を持つ友人がいてね、僕の願いを叶えてもらったのさ。
:
エリーゼ:どうして…?!
エリーゼ:…そこまでして、叶えたかった願いは…なんなの?!
エリーゼ:失いたくない…それだけで…?
エリーゼ:違うわよね…
エリーゼ:神の領域を超える世界を見たかった理由は…なんなの?!
:
ソクラテス:――また、君に会いたかった。
:
ソクラテス:いいや、ちがうな
ソクラテス:――後悔が、あったんだ。
ソクラテス:どうしても、君に伝えないといけない事があった!
ソクラテス:僕は……
ソクラテス:だから、だから僕は……!!……君を!!!
ソクラテス:…………それなのに。
ソクラテス:……
:
ソクラテス:――君は、君じゃなかった。
:
エリーゼ:…私じゃなかった…
エリーゼ:じゃあ…あなたの目の前にいる…
エリーゼ:ここで息をして、あなたに恋をしている私は…
エリーゼ:一体…なんなの?!
エリーゼ:ねぇ!!!教えてよ!!!
:
ソクラテス:でも……
ソクラテス:――君は、「君」だよ。
:
ソクラテス:君は、言ったね
ソクラテス:それ自身の本質を決めるのは、「想い出」だって。
ソクラテス:「愛着」だって。
:
ソクラテス:僕は、今の君と過ごした「思い出」を持っている。
ソクラテス:君が僕を知るために飲んでくれた、苦い珈琲の香り。
ソクラテス:君の好きな味を僕が知るために、一緒に料理だってした。
ソクラテス:青空を羽ばたく鳥を、あれほど綺麗な瞳で追った君は、まぎれもない「君」自身だ。
:
エリーゼ:…あなたが。
エリーゼ:愛した、過去の私…。
エリーゼ:そして、今を生きる過去とは違う私…。
エリーゼ:あなたにとって、私は…
エリーゼ:同じものなの?
:
ソクラテス:……エリーゼ。
ソクラテス:今の君は、間違いなく、過去の君とは違う。
ソクラテス:そして僕も、過去の僕とは違う。
エリーゼ:…ソクラテス
ソクラテス:僕は今の君を、愛してしまった。
ソクラテス:ピアノに一度も触れる事のない、僕をまっすぐに見つめる君が、愛おしくて仕方がないんだ。
:
エリーゼ:あなたが愛した音色を…頭の中で…
エリーゼ:奏でる事が出来るのに…
エリーゼ:私は…この身体で…奏でる事は出来ない…
エリーゼ:あなたが愛した想い出を…今の私は…思い出にはしてあげられない
エリーゼ:だけど、あなたを知りたいと思って、あなたが好きなブラックの珈琲を…同じ形で飲んだ私は…
エリーゼ:記憶の中にある私の過去は…
エリーゼ:間違いなく…あなたを愛していた想い出。
エリーゼ:でも、それ以上に…
エリーゼ:今の私の好きな味を、美味しそうに食べてくれるあなたを…私は失いたくないの…
:
エリーゼ:あなたが望んだ…過去の私ではなく…
エリーゼ:もう一度…あなたと時を過ごす事を許された…
エリーゼ:今の私自身を…
エリーゼ:あなたは、同じとしてではなく…
エリーゼ:今の一人の私として…
エリーゼ:求めてくれますか?
:
ソクラテス:僕は、今、僕の瞳に映る君を
ソクラテス:過去の君ではない、今の君を、愛している。
:
エリーゼ:実はね…
エリーゼ:あなたのそばに…いたくて…
エリーゼ:あなたを突き放した…過去の記憶を…
エリーゼ:本当は想い出していた事を…打ち明けられなかったの…
エリーゼ:過去の私は、あなたを突き放した。
エリーゼ:その時の想い、そして今のあなたと過ごして感じる思い…
エリーゼ:それは…同じようで、同じではない事…
エリーゼ:過去の記憶を取り戻した事を、あなたに告げたら…
エリーゼ:ここにいられない気がした。
:
エリーゼ:でも…今のあなたを見ている私も…
エリーゼ:過去にあなたを愛していた、私も…
エリーゼ:本質は…変わらない想い…
エリーゼ:私は、あなたに…私の心を愛して欲しかった…
エリーゼ:私という中身を…あなたに知って欲しかった…
:
エリーゼ:私は…生まれ変わる前から…
エリーゼ:あなたに…恋をしていた…
:
ソクラテス:……!
ソクラテス:君を……君を、生き返らせたこと
ソクラテス:僕の勝手で、君をもう一度目覚めさせたこと
ソクラテス:間違いだと、思っていた。
ソクラテス:でも、君の、その言葉で……
ソクラテス:うまく、言葉に、できないけれど……
0:
ソクラテス:――救われたよ。
:
エリーゼ:ソクラテス…
エリーゼ:私を生き返らせてくれた事に…感謝は、しないわ…
エリーゼ:だけど…もう一度…あなたを愛せた事…、そして。
エリーゼ:今の私を、本当のあなたの気持ちのまま…向き合ってくれた事に…感謝します…
:
エリーゼ:愛しているわ…ありのままのあなたを…
:
0:間
:
ソクラテス:『――航海が終わった。
ソクラテス:その時、君は「君」のまま
ソクラテス:僕を瞳に映して、笑ってくれた。
ソクラテス:「僕」は、「君」に、伝えないといけないことがある』
:
:
ソクラテス:――僕も、君を、愛している。
:
:
0:間
:
:
エリーゼ:この物語を読んでいる、聴いている、「あなた」に問います。
ソクラテス:『始まりのテセウスの船から、すべての部品が取り換えられてしまったとき、その船は同じテセウスの船と言えるのだろうか』
:
エリーゼ:あなたは、どう感じ、
ソクラテス:――どう……答えますか?
:
:
0:――FIN――
:
:
:
0:タイトル『ソクラテスの思考実験-case.エリーゼ』
:
:
エリーゼ:ん…、ここは?…ぇっ…待って…私は…誰…。
エリーゼ:怖い…、誰か…いないの?…
:
ソクラテス:よかった、目が覚めたようだね。
ソクラテス:珈琲は、飲めるかな?
エリーゼ:…はっ、あ…なたは…誰?
:
ソクラテス:僕は、そうだな。ソクラテスと呼んでくれ。
ソクラテス:屋敷の側で、君が倒れていたものだから、部屋で休んでもらっていた。
ソクラテス:どこか痛いところはないかい?
ソクラテス:君はどうして、あんなところで倒れていたんだい?
:
エリーゼ:ソクラ…テスさん…。初めまして…
エリーゼ:私…珈琲…というものが何か…さえ、分からない…のだけれど…
エリーゼ:それに…一度にたくさん問われても…答えられないわ?
:
ソクラテス:すまない、事を急いてしまうのが僕の悪い癖でね。順番に話をしていこう。
:
エリーゼ:ソクラテスさん…私…は倒れていたの?
エリーゼ:どうして、私は倒れていたのか…
エリーゼ:それすら…わからない…
:
ソクラテス:なるほど……なにも、覚えていないと。
:
エリーゼ:えぇ…考えても…頭に靄がかかってるみたいで…
エリーゼ:思い出せないわ…ごめんなさい…
ソクラテス:そう……か。
ソクラテス:君は昨晩
ソクラテス:僕の屋敷の前で倒れていたんだ。
ソクラテス:近くに病院もないもので、そのままにしておくわけにもいかず、
ソクラテス:先ほども言ったように、屋敷で休んでもらっていた。
:
エリーゼ:…そう、なのね…
エリーゼ:助けてくださり…ありがとうございます…
エリーゼ:それなのに、何も覚えていなくて…ごめんなさい…
:
エリーゼ:ところであの、ソクラテスさん…
エリーゼ:さっきおっしゃっていた珈琲とは、飲み物か何かかしら?
ソクラテス:ああ、そうだ。飲み物だよ。
エリーゼ:私、とても喉が渇いてて…
エリーゼ:もし良ければ、珈琲をいただけるかしら?
:
ソクラテス:もちろん、飲むといい。
ソクラテス:熱いから気を付けてくれ。
ソクラテス:苦ければ、砂糖もある。
ソクラテス:心を落ち着かせるのに、珈琲は最適だろう。
ソクラテス:……口に合えばいいが。
:
エリーゼ:いただきます…
エリーゼ:えっ!?何、なんだかとても苦い…
エリーゼ:お砂糖…、それ以外は何も入れないのかしら…
エリーゼ:…だけど、この香り…、どこかで嗅いだことがある、ような…
:
ソクラテス:……これを。
ソクラテス:ミルクも入れれば、だいぶ苦みも薄まるだろう。
エリーゼ:…ありがとうございます。
エリーゼ:あ、とても優しい色になった…
エリーゼ:うん、甘くて素敵…
エリーゼ:とても美味しいわ…!
エリーゼ:でも…香りは…薄まってしまった…
エリーゼ:なんだろう…この感じ…
ソクラテス:消えてしまった記憶が、珈琲の香りで呼び出されているのかもしれない。
ソクラテス:何かきっかけがあれば
ソクラテス:存外、簡単に思い出すかもしれないね。
エリーゼ:…そう、ね…
エリーゼ:だといいのだけれど…
エリーゼ:貴方にとっても、気味が悪いでしょう…
エリーゼ:自分が誰かもわからない者を、側に置いておくなんて…
:
ソクラテス:そんなことはないさ。
ソクラテス:気にする必要はない。
エリーゼ:早く、記憶を取り戻せたらいいのだけど…
エリーゼ:それから、私…この珈琲の香り…とても好きみたい…
エリーゼ:この香りから…誰かの姿が記憶の後ろに思い浮かぶ様な…?
エリーゼ:だけどそれが誰だか…、思い出せない…
エリーゼ:でもそれは…大切な記憶なんだと…
エリーゼ:そう思うの…
エリーゼ:早く…、その誰かを思いだしてあげたい…!
:
ソクラテス:……!
ソクラテス:そ……そうか。
ソクラテス:君の記憶の中のその人が、君にとってどういう人なのか、僕も少し気になるな。
ソクラテス:少し待っていてくれ、ゆっくり話をしよう
ソクラテス:僕の分の珈琲も、持ってくることにする。
エリーゼ:…えぇ、私は私がわからない、だから貴方の言葉から…
エリーゼ:私の中の記憶を巡る旅をするわ…
エリーゼ:いってらっしゃい。
:
ソクラテス:…………待たせたね。
エリーゼ:お帰りなさい、とても素敵な香り…
エリーゼ:貴方は、そのままでその珈琲を飲むの?
ソクラテス:心を落ち着かせるには
ソクラテス:この香りでないと、僕はダメみたいでね。
ソクラテス:あと、甘いものはあまり好きではないんだ。
エリーゼ:そう、なのね…
エリーゼ:褐色な飲み物なのに…どこか優しく包みこむ香り…
エリーゼ:苦いのがいいんだって…貴方はいつもはにかんで笑っていたわ…
エリーゼ:え?
エリーゼ:これは…一体誰…のことなの?
:
ソクラテス:僕が、君の記憶の中の誰かと重なっているのかな
エリーゼ:…ごめんなさい。
エリーゼ:貴方の言葉から…自然と…想い出?が…
エリーゼ:溢れてきたみたい…
エリーゼ:貴方の声…とても、聞き覚えがあるような…
エリーゼ:気がするからかしら…
エリーゼ:貴方の言葉が、記憶の紐に結び付いていく…
エリーゼ:そんな気がする
ソクラテス:僕は……
エリーゼ:…どうして、そんな…悲しい色を、瞳に浮かべるの?
ソクラテス:なに、なんでもないさ
ソクラテス:君が、僕の顔をそんなにまじまじと見るから
ソクラテス:少し照れてしまっただけだよ。
:
ソクラテス:ささ、話をしよう。話だ。
ソクラテス:僕ならきっと、君の思い出を取り戻す手助けができる。
エリーゼ:えぇ、わかったわ
ソクラテス:どうにも、そうだな。
ソクラテス:まずは
ソクラテス:君の名前がどうにか思い出せれば、よいのだけれど。
エリーゼ:名前…
エリーゼ:私の名前…
エリーゼ:思い出せない…
エリーゼ:頭の中で…音色が聞こえるような気がするのだけど…
エリーゼ:それが何なのかわからない…
:
エリーゼ:ねぇ、ソクラテスさん?
エリーゼ:もし、嫌じゃなければ、私に記憶が戻るまで…
エリーゼ:なにか名前を…付けていただけないかしら?
エリーゼ:ダメ…かしら…
:
ソクラテス:……エリーゼ。
:
ソクラテス:君のことは、エリーゼと呼ぶことにするよ。
エリーゼ:エリーゼ…とても素敵な名前ね!
エリーゼ:嬉しいわ、ありがとう!
ソクラテス:じゃあ……エリーゼ。
ソクラテス:――君の記憶を巡る、旅に出かけよう。
ソクラテス:少し難しい問いを、君に投げかける。
ソクラテス:それに対する君の答えを、僕は聞きたい。
ソクラテス:……いいかい?
エリーゼ:…わかったわ。
エリーゼ:記憶がないままの答えになっても、怒らないでもらえるかしら…?
ソクラテス:もちろんさ
ソクラテス:記憶がないからこそ、君本来の答えが導き出されるだろう。
ソクラテス:そうすれば、思い出も戻ってくるはずさ。
エリーゼ:そうね…
エリーゼ:貴方ならきっと導いてくれる…
エリーゼ:何故だかそう思うから…
エリーゼ:よろしくお願いします。
:
:
ソクラテス:エリーゼ、君は『テセウスの船』と言う話を知っているかな?
エリーゼ:…いいえ、わからないわ?
エリーゼ:それは一体どんな船、なの?
ソクラテス:テセウスという人物が乗っていた船さ。
ソクラテス:それは長い長い航海をしていた船でね、いつしか所々の部品が、壊れていってしまったんだ。
エリーゼ:…部品が壊れる。
エリーゼ:そうなると、交換しなければ…旅は続けられない…
ソクラテス:……そう、エリーゼ。君の言う通り、壊れてしまったら、別の部品に取り換えていく。旅を続けるには、そうするしかないんだ。
ソクラテス:いつしか、すべての船の部品が取り換えられてしまって……もともとのテセウスの船についていた部品は、すべて外されてしまったんだ。
ソクラテス:そこでふと、
ソクラテス:テセウスは疑問に思う。
:
ソクラテス:『すべての部品が取り換えられてしまったとき、その船は同じテセウスの船と言えるのだろうか』
ソクラテス:とね。
:
ソクラテス:これが、『テセウスの船』という問いだ。
ソクラテス:――エリーゼ、君はどう考える?
:
エリーゼ:…
エリーゼ:とても、難しい問いね…
ソクラテス:……難しいだろうとも、答えのない問いだからね。
ソクラテス:だから、ゆっくり考えてくれてかまわない。
ソクラテス:思考の中で、君は自分を見つけるんだ。
:
エリーゼ:もし、全ての部品が変わっても…
エリーゼ:そのテセウスが旅をする為に乗り込んだ船なのだと…
エリーゼ:そう思えば、目的として、選んだその船は母体として変わらない意味を持っている…
エリーゼ:だけど、時を共にしたものが…
エリーゼ:一つずつ新しい部品に全てが変わった船を見て、テセウスが…
エリーゼ:どこか違う気持ちを…本人が感じてしまえば…
エリーゼ:それは違うものとなるのではないかしら…
エリーゼ:物としての感情は、物からは発する事はない…
エリーゼ:だからこそ…そこに必要なのは…
エリーゼ:人の気持ち、かしら?
:
ソクラテス:君は『その持ち主がどう思うか』で、変わってくると言いたいんだね。
ソクラテス:テセウスの船そのものがどうか、ではなく。それを持つものが、それを元の船と違うと思えば、それはもう、別のものになってしまっていると。
エリーゼ:えぇ。
エリーゼ:だって…物に気持ちなどありえない…
エリーゼ:だからこそ、人の気持ちが…愛着という思いに変えて、記憶として紐づける…
エリーゼ:そう思うの
:
ソクラテス:……そうか。
ソクラテス:人の気持ち……記憶、思い出が、それが何か、どういうものかを決定づけると。
ソクラテス:だからこそ、たとえ見た目が全く同じテセウスの船でも、テセウス自身が、今までの旅の思い出の中にいた船と、違うものだと思ってしまえば、それは違う船だと言う事だね。
エリーゼ:えぇ、そうね。
エリーゼ:だって不思議だと思わない?
エリーゼ:目を覚ましたばかりの私は…
エリーゼ:名前がなかった…
エリーゼ:でも、今、エリーゼという名前をあなたにつけてもらったの…
エリーゼ:私が、船ならば、新しい部品と交換したのよ…?
エリーゼ:そこにすでに…違いがあると感じるの。
:
ソクラテス:確かに、エリーゼ、君の言うとおりだ。
ソクラテス:僕は君に名前を付けた。
ソクラテス:『名前』と言う部品を取り替えた……ことになる。
ソクラテス:それじゃあ……もう一つ。
ソクラテス:少し意地悪な質問をしてもいいかな?
:
エリーゼ:えぇ、構わないわ…?
ソクラテス:ありがとう。
ソクラテス:一つ、思いついてしまってね。
ソクラテス:その答えを君に聞いてみたくなったんだ。
エリーゼ:…何かしら。
エリーゼ:ソクラテスさんはとても、人の心の真髄を奥底から引っ張り出してしまいそうで…
エリーゼ:とても答えに迷ってしまいそう…
ソクラテス:君の考えは……とても、温かい。
ソクラテス:だからこそ、この問いを思いついてしまったんだろう。君の考えが、知りたくなった。
:
エリーゼ:ねぇ、その前に…
エリーゼ:もう一杯、珈琲をいただけるかしら?
エリーゼ:今度は、砂糖もミルクもいらないわ。
エリーゼ:構わない?
ソクラテス:あ、ああ。
ソクラテス:……構わないよ、待っていてくれ。
エリーゼ:ありがとう…
:
ソクラテス:……待たせてしまって悪いね。
ソクラテス:挽いた豆を切らしていたんだ。
ソクラテス:これを。
ソクラテス:熱いから気を付けて。
エリーゼ:あぁ、この香り…
エリーゼ:私は…、貴方を知りたくて…
エリーゼ:ミルクも砂糖も…入れなくなった…
エリーゼ:だけど、それは…
エリーゼ:貴方には告げる事はなかった…
エリーゼ:なぜなのかしら…でも…えぇ…
エリーゼ:私なりの貴方への問いであり、答えだったのだと思う…
エリーゼ:あ、ごめんなさい…
エリーゼ:どうしても…今の気持ちのまま、このブラックの珈琲を飲みたかったの…
エリーゼ:ありがとう…
エリーゼ:お話を続けて…?
:
ソクラテス:……
ソクラテス:……ああ。
ソクラテス:つづけよう。
:
ソクラテス:……もし、テセウス自身が、今の船は今までの船とは違うと感じていたとしよう。
ソクラテス:君が言っていた通り、その場合、その船はテセウスの船ではなくなってしまっている。
ソクラテス:しかし、だ。
ソクラテス:テセウス以外のすべての乗組員が
ソクラテス:『あの船は変わらず、部品が変わっても自分たちが旅をしたテセウスの船だ』
ソクラテス:と、言ったら。
ソクラテス:その船は『テセウスの船』か『別の新しい船』か。
ソクラテス:――君は、どう考える?
:
エリーゼ:…それは、とても難しい問題ね…。
エリーゼ:でも単純に考えて答えてしまえば…
エリーゼ:テセウスにとって、その船は、テセウスの船ではない。
エリーゼ:大切なのは、その船が同じか
エリーゼ:ではなくて…
エリーゼ:旅が終わった時、その目の前の船を見て、この船で良かったと…思えるか、じゃないかしら?
:
ソクラテス:旅をし終わったときに、どう思うか……か。
:
エリーゼ:テセウスが最初の船じゃなきゃダメと感じるなら、旅自体の意味を無くすわ?
エリーゼ:だけど、旅はしたい。
エリーゼ:でも部品を変えなければ、旅は続けられなかった。
エリーゼ:だからテセウスは部品を変えながら、旅を続けたのでしょう?
エリーゼ:そのせいで船そのものは変貌を遂げ、最初とは全く違う姿となった。
エリーゼ:でもそれに対して、お前は違う船だ!と言うなら、旅をしなければ良かっただけ。
エリーゼ:結局、たどり着いた旅の終わりに感じる気持ち…
エリーゼ:それが本心で、答えじゃないかしら?
エリーゼ:他の船員達は、きっと。
エリーゼ:旅の終わりに、この船自体の意味を理解して、テセウスの船だと…言ったのだと思う。
エリーゼ:姿は全く別のものになった船…。
エリーゼ:だけど、その船に乗せた最初の想いは旅の中で積み重なり、たどり着いた答えは、愛着…
エリーゼ:だから「テセウスの船」と言わしめたのではないかしら…
エリーゼ:結局…
エリーゼ:どの答えも間違えではなくて…
エリーゼ:導く答えそのものは…
エリーゼ:人の想い…なんだと私は思う。
:
エリーゼ:私が珈琲は甘いのが好きだったのに…
エリーゼ:たどり着いた答えは…
エリーゼ:ブラックで…飲む事…そういう事なのね…
:
ソクラテス:エリーゼ。
ソクラテス:僕は君に、とても酷な質問をしてしまったのかもしれない。
:
ソクラテス:僕は、君に『名前』と言う部品を与えたと比喩をしたね。
ソクラテス:名前を忘れていた、甘い珈琲を飲んでいた君も。
ソクラテス:エリーゼと言う名前を与えられた、今、苦い珈琲を飲んでいる君も……
ソクラテス:僕から見たら、同じ女性だ。
:
エリーゼ:そう…ね…確かにそうかも知れない…
エリーゼ:でも、同じ女性だという視点には
エリーゼ:愛着がないから…じゃないかしら。
エリーゼ:それがもし、あなたにとって。
エリーゼ:愛している女性なら。
エリーゼ:名前、仕草、飲み方、普段なら気にも留めないことが…
エリーゼ:特別なものに映るかもしれない。
エリーゼ:それが、違いに見えるのではないかしら…?
エリーゼ:知らなくても、気に留めなかったものが…
エリーゼ:感情が入れば…違いさえ…許せなくなったりする…
エリーゼ:それが…思いなのかも知れない。
:
ソクラテス:……僕は、
ソクラテス:……まだ、君のことを理解していないから
ソクラテス:名前のない君も、今の君も、同じだと感じていると。
ソクラテス:つまりは君は、そう言っているんだね。
:
ソクラテス:……
ソクラテス:なるほど、これは痛いところを突かれたかもしれない。
:
エリーゼ:それは…私も同じかも知れないわ…?
エリーゼ:ソクラテスさんの事、私もよく分かっていないもの…
エリーゼ:だから、どこか、本当の自分とは違うままで、答えているかも知れない…
:
ソクラテス:……いいや、君は変わらないさ。
:
エリーゼ:…?
エリーゼ:そうかしら…?
エリーゼ:もしこの先にあなたをたくさん知れた時…
エリーゼ:同じ質問の答えを…あなたに聞いてみたいわ?
エリーゼ:ねえ、堅苦しいお話は少し休憩して、…お散歩でもご一緒しない?
ソクラテス:……ああ、構わないよ。
ソクラテス:もう、体は動けるのかい?
エリーゼ:えぇ、怪我はあるみたいだけれど…
エリーゼ:あなたが処置してくださったのがとても適切だったのね…
エリーゼ:ありがとう
ソクラテス:よかった、安心したよ。
:
エリーゼ:どうしてか、わからないのだけど…
エリーゼ:じっとしていると…
エリーゼ:何かをし忘れている…そんな気持ちが込み上げてくるの…
エリーゼ:何かをしていなければいけなかった…
エリーゼ:どこかそれは…強迫観念にも似ていて…
エリーゼ:とても不安な気持ちに襲われるわ…
エリーゼ:だから少しだけでいい、気分転換したいの…
エリーゼ:わがままかしら…?
:
ソクラテス:大丈夫かい?
ソクラテス:顔色が、あまりよくないみたいだけれど。
ソクラテス:……君が、そうしたいというのであれば
ソクラテス:僕は、付き合うよ。
ソクラテス:立てるかい?
:
エリーゼ:嬉しい…ありがとう!
エリーゼ:私、少し風にあたりたい!
エリーゼ:歩き回るのは…無理そうだから…
エリーゼ:何か補助するものがあれば…、なんてあるわけないわね…
ソクラテス:それなら、車いすの用意がある。
ソクラテス:昔……知り合いが使っていたものでね。
ソクラテス:彼女は少し前に亡くなってしまったから、若干埃をかぶってしまっているが。
ソクラテス:……それでも、よければ。
:
エリーゼ:まぁ、とてもありがたい…!
エリーゼ:あなたに押させてしまうけれど、よかったら案内も兼ねて、お願い出来るかしら?
ソクラテス:ああ……任せて。
ソクラテス:この辺りは、緑が豊かだからね。
ソクラテス:良い気分転換になるだろう。
エリーゼ:嬉しい!
エリーゼ:とても楽しみだわ!
エリーゼ:じゃあ…いきましょう!
:
0:間
:
ソクラテス:『――後悔があった
ソクラテス:君は、どうだろう
ソクラテス:後悔は、あっただろうか。
ソクラテス:けれども、もうそれを知るすべはない。
ソクラテス:僕は、自分の後悔を消し去るために
ソクラテス:ただただ、未だ動かない、君に向き合う。
ソクラテス:「君」が目を覚ます、その瞬間まで。
:
ソクラテス:――心が、そこにあると信じながら。
:
0:間
:
エリーゼ:「貴方は私のどこが好きなの?」
ソクラテス:「君がピアノを弾く、その表情が好きだ」
ソクラテス:「鍵盤しか見ていない、僕を映さない瞳が好きだ」
エリーゼ:「ピアノを弾く私…面白い答えだわ。
エリーゼ:でも、それは、私を好きとは言わないのよ」
ソクラテス:「君がピアノを弾くたびに、僕は君に恋をする。一体それの、どこが間違っているというんだ?」
エリーゼ:「わからないなら、それでいい…」
:
エリーゼ:「あなたは、この空を飛ぶ鳥を見てどう感じるの?」
ソクラテス:「またそういう質問か」
ソクラテス:「鳥は椅子に座って、のんびりできずにかわいそうだと思うね」
エリーゼ:「そう…。私は鳥が羨ましいわ。
エリーゼ:自由に思う場所へ飛んでいける…
エリーゼ:その羽が私にあれば…もっと自由だったのかも知れない…」
:
ソクラテス:「僕はそうは思わない」
ソクラテス:「羽根も足もあるなんて、贅沢だよ」
エリーゼ:「贅沢…、そうかしら。
エリーゼ:貴方は足も問題なく使うことができるから、そう思うのかも知れないわ。
エリーゼ:貴方は、自分が変わりたいなんて…
エリーゼ:思ったことなんてないのでしょうね」
:
エリーゼ:「私の姿・形を愛してくれてありがとう。
エリーゼ:でも、それが貴方の答え。
エリーゼ:だから私の答えを貴方に送るわ」
:
ソクラテス:「……」
ソクラテス:「待ち、くたびれたよ」
ソクラテス:「教えてくれ……君の答えを」
:
エリーゼ:「私は、ピアノしかなかった。
エリーゼ:足も不自由で、だからピアノだけが私の生きている術だった。
エリーゼ:そんな必死な私の姿を貴方は、愛してると言ってくれた。
エリーゼ:私は…貴方にとって、一つの形。
エリーゼ:だけど私は…!
エリーゼ:ピアノを弾けなくても、足が自由だったとしても…
エリーゼ:私という自分の中にある、本質を愛して欲しかった!
エリーゼ:貴方のために変わりたかった…私。
エリーゼ:変わる事を望まない貴方。
エリーゼ:そんな貴方を私は愛せない。
エリーゼ:だから、これでお別れよ。」
:
0:間
:
ソクラテス:――どうした、味が濃かったか?
エリーゼ:いいえ、そんな事はないわ
ソクラテス:さっきから、手が止まっているように感じてね。
ソクラテス:口に合わなかったなら、そう言ってくれればいい
エリーゼ:そう…ね、あまりこの味は好きじゃないかな…
エリーゼ:でも、ちゃんと食べるわ。
エリーゼ:気にしてくれてありがとう
ソクラテス:……そう、か。
ソクラテス:いや、いいんだ。作り直してこよう。
ソクラテス:少し、待っていてくれ。
ソクラテス:それは、僕が食べる。
:
エリーゼ:?!
エリーゼ:どうしたの?
エリーゼ:私が口をつけたものなのに…
エリーゼ:いつもなら、食べるなんて言葉…言わないあなたが…
エリーゼ:でも…それってなんだか嬉しいわ…!
エリーゼ:だけど大丈夫、ちゃんと食べるから!
エリーゼ:その代わり、今度は私もあなたと一緒に作るわね?
エリーゼ:私の好きな味をあなたにも知って欲しいから♪
:
ソクラテス:君は…………いや。
ソクラテス:わかった、今度、一緒に作ろうか。
エリーゼ:ええ!約束ね!
:
0:間
:
エリーゼ:今日はすごく空が青くて綺麗!
エリーゼ:みてみて!鳥が飛んでいるわ!
ソクラテス:鳥……か。
ソクラテス:本当だ、たくさん飛んでるね。
エリーゼ:えぇ!でも、自由に飛ぶ鳥達は…
エリーゼ:何を求めて飛ぶのかしら…
エリーゼ:生きるため、かしら…
:
ソクラテス:僕たちが、何を求めて歩くのかと
ソクラテス:もし鳥に聞かれたら、何と答えるかな。
ソクラテス:……きっと、その答えと同じ言葉が
ソクラテス:鳥からも、返ってくると思うよ
:
エリーゼ:そうね…
エリーゼ:私ならきっと、一緒に同じ世界を見ることができる…仲間や、愛するものと出会う為…かしら
エリーゼ:一羽なら…きっと寂しくて
エリーゼ:飛ぶ事をやめてしまうかも知れない
:
ソクラテス:そうだね。
ソクラテス:僕は、一人で歩くことは、きっとできない。
エリーゼ:そっか…良かった…
エリーゼ:あなたも、私も、気持ちを分かち合いたいと…願ってるのね
エリーゼ:あなたが時折みせる、寂しそうな瞳…気になっていたの
エリーゼ:あなたはあまり、感情を表に出さないけれど…
エリーゼ:あなたの優しさは…私には届いているわ
ソクラテス:……!
:
エリーゼ:私を助けてくれたのが…あなたで…良かった…
:
ソクラテス:それは……!
ソクラテス:……そう、言ってもらえて、嬉しいよ。
:
0:間
:
エリーゼ:気になっていたのだけど…
エリーゼ:あなたの周りにあるものは、どこか、誰かの為のものみたいな…
エリーゼ:気のせいならごめんなさい…
エリーゼ:この…埃被った…ピアノ…とか…
:
エリーゼ:あなたは一度も奏でた事はない…
エリーゼ:調べてみたの、これが何なのかを…
エリーゼ:演奏するものでしょ?
エリーゼ:なのに、もう長い間、開けられた様子もない…
エリーゼ:でも、大切な物のように感じるの…
:
ソクラテス:そのピアノの音色は、僕のものじゃないから
ソクラテス:もう、ずいぶんと長い間、弾いていないんだ。
エリーゼ:…
ソクラテス:大切なもの、そう……だね。
ソクラテス:とても大切なものだよ、その音色は。
:
エリーゼ:…音色。
エリーゼ:弾いていた誰か、ではなくて…?
ソクラテス:――ああ。
ソクラテス:きっと僕は、勘違いをしていたんだ。
ソクラテス:でも、もうその音色を奏でる人はいないからね。
ソクラテス:君は、気にしなくてもいいさ。
ソクラテス:それとも……気になるかい?
:
エリーゼ:…えぇ。
エリーゼ:あなたがそこまで、想いを寄せる音色…
エリーゼ:勘違い、というその理由…
エリーゼ:あなたを知りたいから…
エリーゼ:教えてほしい
:
ソクラテス:そのピアノを、弾く女性がいたんだ。
ソクラテス:ひどく儚げでね、でも、強い人だった
エリーゼ:…
ソクラテス:彼女は僕から、ピアノを奪ったんだ。
ソクラテス:その音色が、それまでの僕の全てだったピアノを奪い
ソクラテス:僕の人生を、台無しにした。
ソクラテス:憎かったけれどね、同時に、憧れたんだ。
:
エリーゼ:…愛して、いたのね…その人を。
:
ソクラテス:いいや、違うさ、エリーゼ。
ソクラテス:その人の指先から奏でられる音色に
ソクラテス:その旋律に恋をした。
:
ソクラテス:僕はそれを
ソクラテス:彼女に恋をしているのだと、勘違いをしていた。
ソクラテス:でも、全部彼女は、わかってたんだ。
ソクラテス:僕は……今の今まで、わからなかったのに。
:
エリーゼ:…でも、あなたは…今でも…その音色を愛しているのね…
:
ソクラテス:――そうだ、そのはずなんだ!
ソクラテス:それなのに、そのはずなのに、どうして!
ソクラテス:「君」を目の前にして、「君」と過ごして
ソクラテス:どうしてこんなに、胸が張り裂けそうなんだ!!
:
エリーゼ:…あなたは
エリーゼ:不器用で優しい人なのね
エリーゼ:本当は…音色に恋をしたんじゃないわ、ソクラテス。
エリーゼ:あなたは間違いなく、その彼女を愛していた…
エリーゼ:だから、彼女が紡ぐ音そのものを、彼女として…愛していたのよ
:
ソクラテス:――エリーゼ。
:
エリーゼ:彼女が、もし…
エリーゼ:彼女じゃない人が、同じものを弾いた音色に、あなたは恋をしたかしら?
エリーゼ:きっと…違うわね…
エリーゼ:だってあなたは…とても一途な人だもの…
エリーゼ:哀しそうな瞳の色は…忘れられない想いを映した影…だったのね…
:
ソクラテス:――エリーゼ!
エリーゼ:…いいのよ、ソクラテス。
ソクラテス:その瞳に、僕を映さないでくれ!
エリーゼ:一つだけ、私が言える事は…
ソクラテス:僕は、僕は……君のために……!
エリーゼ:その影を背負うあなたごと…愛しているわ…
:
ソクラテス:――一度死んでしまった君を、エリーゼ、君を!!
ソクラテス:……この手で、生き返らせたんだ!!
:
エリーゼ:?!
:
0:間
:
ソクラテス:『――後悔は、消えなかった。
ソクラテス:「君」は、「君」であるはずなのに
ソクラテス:目を覚ました「君」は、僕が知らない「君」だった
ソクラテス:今、僕は、僕を知り、「君」に向き合う。
ソクラテス:「僕」の答えが目を覚ます、その瞬間まで』
:
0:間
:
エリーゼ:いや…何…を…言っている…の?
エリーゼ:聞きたくない…怖い…
エリーゼ:私を…生き、かえ、らせた…?
エリーゼ:そんな…バカげた話を…私が信じるとでも…?!
:
ソクラテス:……聞いてほしい。
ソクラテス:君が、君でいるために。
ソクラテス:本当のことを、君は知るべきだ。
:
エリーゼ:…私が…私でいるため…
ソクラテス:……そう。
ソクラテス:今の君が、君でいるために。
エリーゼ:今の私のままでも…私なの…
エリーゼ:記憶が全て取り戻せなくても…
エリーゼ:それごと…今の私なの!
:
ソクラテス:エリーゼ。
ソクラテス:君がそう言うのであれば、言い方を変えさせてくれ
ソクラテス:僕のために、知ってほしいんだ。
ソクラテス:僕が、今の君に、ちゃんと向き合うために
エリーゼ:…向き合う
エリーゼ:あなたが、私と…
エリーゼ:そう言われたら…拒否できないじゃない…
エリーゼ:ズルい言い方ね…
:
ソクラテス:ズルい……か。
ソクラテス:確かにその通りだ。
エリーゼ:…ごめんなさい
エリーゼ:わかったわ。あなたの話を聞かせて…
ソクラテス:ありがとう。
:
ソクラテス:『テセウスの船』の話を、覚えているかい?
エリーゼ:…えぇ、覚えている。
エリーゼ:とても…心に残る問いかけだったから
:
ソクラテス:君は一度、命を落とした。
ソクラテス:ひどい事故で、体はもう使いようのない状態になってしまったんだ。
エリーゼ:…?!
ソクラテス:僕は、君を失うことを受け入れられなかった
ソクラテス:だから、君の代わりの体を用意して、その体に君の脳を移植した。
ソクラテス:……信じられないかも知れないけれど、そういう技術を持つ友人がいてね、僕の願いを叶えてもらったのさ。
:
エリーゼ:どうして…?!
エリーゼ:…そこまでして、叶えたかった願いは…なんなの?!
エリーゼ:失いたくない…それだけで…?
エリーゼ:違うわよね…
エリーゼ:神の領域を超える世界を見たかった理由は…なんなの?!
:
ソクラテス:――また、君に会いたかった。
:
ソクラテス:いいや、ちがうな
ソクラテス:――後悔が、あったんだ。
ソクラテス:どうしても、君に伝えないといけない事があった!
ソクラテス:僕は……
ソクラテス:だから、だから僕は……!!……君を!!!
ソクラテス:…………それなのに。
ソクラテス:……
:
ソクラテス:――君は、君じゃなかった。
:
エリーゼ:…私じゃなかった…
エリーゼ:じゃあ…あなたの目の前にいる…
エリーゼ:ここで息をして、あなたに恋をしている私は…
エリーゼ:一体…なんなの?!
エリーゼ:ねぇ!!!教えてよ!!!
:
ソクラテス:でも……
ソクラテス:――君は、「君」だよ。
:
ソクラテス:君は、言ったね
ソクラテス:それ自身の本質を決めるのは、「想い出」だって。
ソクラテス:「愛着」だって。
:
ソクラテス:僕は、今の君と過ごした「思い出」を持っている。
ソクラテス:君が僕を知るために飲んでくれた、苦い珈琲の香り。
ソクラテス:君の好きな味を僕が知るために、一緒に料理だってした。
ソクラテス:青空を羽ばたく鳥を、あれほど綺麗な瞳で追った君は、まぎれもない「君」自身だ。
:
エリーゼ:…あなたが。
エリーゼ:愛した、過去の私…。
エリーゼ:そして、今を生きる過去とは違う私…。
エリーゼ:あなたにとって、私は…
エリーゼ:同じものなの?
:
ソクラテス:……エリーゼ。
ソクラテス:今の君は、間違いなく、過去の君とは違う。
ソクラテス:そして僕も、過去の僕とは違う。
エリーゼ:…ソクラテス
ソクラテス:僕は今の君を、愛してしまった。
ソクラテス:ピアノに一度も触れる事のない、僕をまっすぐに見つめる君が、愛おしくて仕方がないんだ。
:
エリーゼ:あなたが愛した音色を…頭の中で…
エリーゼ:奏でる事が出来るのに…
エリーゼ:私は…この身体で…奏でる事は出来ない…
エリーゼ:あなたが愛した想い出を…今の私は…思い出にはしてあげられない
エリーゼ:だけど、あなたを知りたいと思って、あなたが好きなブラックの珈琲を…同じ形で飲んだ私は…
エリーゼ:記憶の中にある私の過去は…
エリーゼ:間違いなく…あなたを愛していた想い出。
エリーゼ:でも、それ以上に…
エリーゼ:今の私の好きな味を、美味しそうに食べてくれるあなたを…私は失いたくないの…
:
エリーゼ:あなたが望んだ…過去の私ではなく…
エリーゼ:もう一度…あなたと時を過ごす事を許された…
エリーゼ:今の私自身を…
エリーゼ:あなたは、同じとしてではなく…
エリーゼ:今の一人の私として…
エリーゼ:求めてくれますか?
:
ソクラテス:僕は、今、僕の瞳に映る君を
ソクラテス:過去の君ではない、今の君を、愛している。
:
エリーゼ:実はね…
エリーゼ:あなたのそばに…いたくて…
エリーゼ:あなたを突き放した…過去の記憶を…
エリーゼ:本当は想い出していた事を…打ち明けられなかったの…
エリーゼ:過去の私は、あなたを突き放した。
エリーゼ:その時の想い、そして今のあなたと過ごして感じる思い…
エリーゼ:それは…同じようで、同じではない事…
エリーゼ:過去の記憶を取り戻した事を、あなたに告げたら…
エリーゼ:ここにいられない気がした。
:
エリーゼ:でも…今のあなたを見ている私も…
エリーゼ:過去にあなたを愛していた、私も…
エリーゼ:本質は…変わらない想い…
エリーゼ:私は、あなたに…私の心を愛して欲しかった…
エリーゼ:私という中身を…あなたに知って欲しかった…
:
エリーゼ:私は…生まれ変わる前から…
エリーゼ:あなたに…恋をしていた…
:
ソクラテス:……!
ソクラテス:君を……君を、生き返らせたこと
ソクラテス:僕の勝手で、君をもう一度目覚めさせたこと
ソクラテス:間違いだと、思っていた。
ソクラテス:でも、君の、その言葉で……
ソクラテス:うまく、言葉に、できないけれど……
0:
ソクラテス:――救われたよ。
:
エリーゼ:ソクラテス…
エリーゼ:私を生き返らせてくれた事に…感謝は、しないわ…
エリーゼ:だけど…もう一度…あなたを愛せた事…、そして。
エリーゼ:今の私を、本当のあなたの気持ちのまま…向き合ってくれた事に…感謝します…
:
エリーゼ:愛しているわ…ありのままのあなたを…
:
0:間
:
ソクラテス:『――航海が終わった。
ソクラテス:その時、君は「君」のまま
ソクラテス:僕を瞳に映して、笑ってくれた。
ソクラテス:「僕」は、「君」に、伝えないといけないことがある』
:
:
ソクラテス:――僕も、君を、愛している。
:
:
0:間
:
:
エリーゼ:この物語を読んでいる、聴いている、「あなた」に問います。
ソクラテス:『始まりのテセウスの船から、すべての部品が取り換えられてしまったとき、その船は同じテセウスの船と言えるのだろうか』
:
エリーゼ:あなたは、どう感じ、
ソクラテス:――どう……答えますか?
:
:
0:――FIN――
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