台本概要
358 views
タイトル | マッシュルームゴースト |
---|---|
作者名 | レンga (@renganovel) |
ジャンル | ホラー |
演者人数 | 2人用台本(女1、不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
『――やあ、おはよう!ハル!』 ◆◆あらすじ◆◆ ハルが朝、目を覚ますと 左手に、キノコが生えていました。 キノコは言います。 「自分を引き抜いたら、ハルも死んでしまう」と その日から、女子高生と、しゃべるキノコの 奇妙な共同生活が始まりました。 『マッシュルームゴースト』 ――奇妙で、ホラーな、物語。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ ★ゴースト役は、男女不問です。 ホラー要素が序盤に含まれます。 怖いのが苦手な方は注意してください。 ◆◆許可範囲◆◆ ①アドリブ可 ②男女比率変更可 ③語尾などの軽微な台詞変更可 358 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ハル |
女 ![]() |
91 | きのこが生えてきた女子高生 |
ゴースト | 不問 | 103 | ハルから生えてきたしゃべるキノコ |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
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:
:
0:タイトル
0:『マッシュルームゴースト』
0:作・★レンga★
:
:
:
ゴースト:やあ!おはよう。早い朝だね。
:
ハル(M):朝、目が覚めると
ハル(M):左手の甲から、白いキノコが生えていた。
:
ハル:え……!?
ハル:う、うわああああ!!!
:
ゴースト:おっと!
ゴースト:ひどいよー!
ゴースト:突然壁にぶつけるなんて!
ハル:痛っ!!
:
ハル(M):声が、脳に直接響いてくる。
ハル(M):まるで神経が、このキノコと繋がってるみたいな感覚。
ハル(M):ひどく気持ちが悪く、体中から嫌な汗が噴き出した。
:
ゴースト:おはようって言ったら、ちゃんと返してよ
ゴースト:挨拶は大事だって、教えてもらわなかった?
ゴースト:ほら、ちゃんと挨拶しよ?
ハル:え……手にいない。
ハル:ど、どこにいるの……?
ゴースト:わからないの?
ゴースト:まったく、鈍いなあ……!
ゴースト:あっはは!
ハル:どこにいるのって言ってるの!!
ゴースト:ここだよ
:
ハル(M):首の中ごろから生えていたキノコが、視界の端に映りこんだ。
ハル(M):その白い傘のてっぺんにある
ハル(M):ナイフの切れ込みを入れたような、細い裂け目をガパっと開くと
ハル(M):ぎょろりとした眼球を、こちらに向ける。
:
ゴースト:早く気づいてよぉ
ゴースト:いけずぅ!
ハル:わ、あ、いや!いやあああああ!!!
ゴースト:え、そんなに嫌がらないでよ傷つくなあ。
:
ハル(M):私がそのキノコを引き抜こうと手を持っていくと
ハル(M):それは勢いよく引っ込んで
ハル(M):体中の別のところから、にょきっと顔を出す。
ハル(M):それを何度も、何度も繰り返す。
:
ハル:嫌だ!いやだ!
ハル:違う!こんなのおかしい!
ハル:なんで!なんで引っ込むの!
ゴースト:そりゃあ、引っこ抜かれたくないからね。
ゴースト:そんなに必死に引っこ抜こうとしても無駄だし
ゴースト:引っこ抜けたとしても、キミ、ものすごく痛い思いをするよ。
ハル:あなた何!なんなの!どうして私の体に!
ゴースト:ボクはそうだなあ、何と言ったらいいんだろうか。
ゴースト:キミから見たらキノコのオバケだからね
ゴースト:そうだ!ボクの事は「ゴースト」と呼んでくれ。
ハル:ちがう!名前を聞いたんじゃない!
ハル:な、なんで私の体に!
ハル:え、ああそうか、夢?もしかして。
ゴースト:夢だと良いねえ。
:
ゴースト:あ、なに、あきらめて二度寝しようとしてる?
ゴースト:やめた方がいいと思うなあ、ボク。
ゴースト:おーい!
ゴースト:現実なんだから、寝たって意味ないぞー!
ハル:うるさい!!!!
ゴースト:なんだい、ひどいなあ。
ゴースト:ボクはキミのためを思って言ってあげているというのに!
ゴースト:少しは心当たりがあるんじゃない?
ゴースト:ボクが君の体から生えてきた理由に。
ゴースト:ちょっと、聞いてる?
ゴースト:さみしいなあ。もう。
ゴースト:おーい!
ハル:だから!うるさいって!!
ゴースト:聞く耳持ってくれないと、きっと後悔するよ?
ハル:やめて、何も言わないで。
ハル:こんなの、現実なわけがない。おかしい。
ハル:私、風邪気味なのかも。
ハル:風邪なら、こういう夢、見ても不思議じゃないし。
ゴースト:夢じゃないよ。
ゴースト:目を開けてごらん。
ゴースト:ボクはこんなところからでも生えられるんだ。
:
ハル(M):少しして、怖くなってゆっくり目を開けると
ハル(M):そこでようやく、右目しか動かないことに気が付いた。
ハル(M):左目から生えたキノコが、ぐにゃりと曲がって
ハル(M):私の右目をのぞき込んでいたのだ。
:
ハル:きゃあああぁっ……!!!!(驚きすぎて声になり切れてない叫び)
ゴースト:……ぐえ
:
ハル:つ、つかまえた。
ゴースト:ぐえ、苦しいよハルぅ
ハル:うるさい!気持ち悪いところから生えやがって!
ハル:それに、なんで私の名前知ってるの!
ゴースト:ボクは君の脳みそと繋がってるからね。
ゴースト:君の考えてることは何でも知ってるよ。
ゴースト:だから、ボクを引っこ抜いたら
ゴースト:すごく痛いし、きっと死ぬよ。
ハル:な、なによ……それ。
ゴースト:だから離しておくれ。
ゴースト:もう、意地悪しないからさ。
ゴースト:ハル。キミが全然ボクの話を聞いてくれないから
ゴースト:しかたなく驚かせたんだ。
ゴースト:許しておくれよ。
ゴースト:ボクはキミの味方さ。
ゴースト:ハルぅ、苦しいってば。
:
ハル(M):恐ろしいことに
ハル(M):キノコを抜こうと少し引っ張ると
ハル(M):まるで脳から雑草を抜こうとしているような
ハル(M):異常な違和感を含んだ痛みを感じ
ハル(M):このキノコが、脳と繋がっている感覚が
ハル(M):直接伝わってきてしまった。
ハル(M):本能で死を感じ、とっさに手を放してしまう。
:
ゴースト:あ、苦しくなくなった。
ゴースト:ボクの事、信じてくれる気になったの?
ハル:お前を引っこ抜けないことが分かっただけ。
ハル:ちょっと、そこ気持ち悪いから
ハル:生えるところ変えて。
ゴースト:どこがお好みだった?
ゴースト:首?……ほっぺた?……それとも、ひざとか。
ゴースト:二の腕の生え心地もよかったなあ。
ハル:にょきにょきしないで。
ゴースト:どこがいいか言ってくれなきゃわかんないよ
ハル:考えてることが分かるんじゃないの?
ゴースト:はいはい、左手の甲ね。
ゴースト:つまんないのー。
ハル:……本当に分かるのね。
ゴースト:本当に分かるよ。
:
ハル:それで、お前はいったい何なんだ?
ゴースト:キノコだよ。
ハル:それは見ればわかる。
ゴースト:あっはは!やっぱりハルはおもしろいね!
ゴースト:見てわかること聞くなんて!
ハル:気が変わった。
ハル:死んでもいいから引っこ抜いてやる。
ゴースト:ぎゃー!やめてってば!
ゴースト:掴まれるのは苦しいんだってば!
ゴースト:ちゃんと話するから離して!
:
ハル(M):それから少し小さくなったキノコ……ゴーストは
ハル(M):私の左手の甲で茎の部分を器用に折りたたんで
ハル(M):まるで正座するみたいにして、私を申し訳なさそうに見上げてきた。
:
ゴースト:調子に乗ってごめんなさい。
ゴースト:引っこ抜かれるとボクもキミも死んじゃうので
ゴースト:引っこ抜かないでください。
ハル:とりあえず
ハル:お前がどうして私から生えてきたのか教えて。
ゴースト:ハル。
ゴースト:きっとキミに、少しは心当たりがあるはずだよ。
:
ハル:……昨日の、あのバス停?
ハル:でも、そんなことって……!
ゴースト:そ、あの時にボクはキミの体の中に入った。
:
ハル(M):昨日の夕方、学校からの帰り道。
ハル(M):部活で疲れた私は、いつものバス停で、ベンチに座ろうとした。
ハル(M):その時、ベンチに白く小さなキノコがいくつか生えていて
ハル(M):座る場所に合ったそれを、軽く手で払いのけたのだ。
:
ゴースト:キノコは胞子で増殖する。
ゴースト:ハルはボクの幼体の胞子を吸ったのさ。
ハル:あんなことで、こんな……気味の悪い状況に?
ハル:うそ、信じられない。
ゴースト:信じてよー
ゴースト:ボクみたいな愉快でプリティなキノコでハルは幸運だったと思うよ!
ゴースト:もしかしたら、暴力的でDV気質なキノコもいたかもしれないからね!
ハル:え、なにそれ。
ハル:私以外にも、同じようなことになってる人がいるの?
ゴースト:いや、ボクは知らないけどね。
ゴースト:でも、ボクがいるってことは
ゴースト:他にも同じようなことがあってもおかしくないよね?
ゴースト:宇宙原理ってやつさ。
ゴースト:宇宙には、どこにも特別な所はない……ってね。
:
ハル:なんで、そんなこと知ってるの。
ゴースト:そりゃあ知ってるさ
ゴースト:ハルが知ってることは、全部知ってる。
ゴースト:裏を返せば、ハルが知らないことは、何も知らないよ。
ゴースト:だから、ボクが本当は何者かなんて、さっぱりわからない。
ゴースト:もしかしたら、ハルの養分を吸って、ボクはどんどん大きくなるかもしれないし
ゴースト:勝手にしおれて死んじゃうかもしれない。
ゴースト:死にたくはないなあ。
ゴースト:でも、ハルの養分を吸って、ハルが死んじゃうのもイヤだなあ。
:
ハル:……
ゴースト:どうしたの、だまっちゃってさ。
ハル:どうして。
ハル:……どうして、私にそんな、好意的なの?
ゴースト:好意的に感じる?
ハル:少なくとも敵意は感じない。
ゴースト:ハルは運命共同体だからだよ。
ゴースト:さっきも言ったように、ボクはハルに根付いてしまったから
ゴースト:ハルが死んだら、きっとボクも死んじゃうんだ。
ゴースト:それで、ボクは死にたくはない。
ゴースト:だからできれば、ボクはハルに
ゴースト:ボクの事を好きになってもらいたいんだ。
ハル:それは無理。
ゴースト:えー!冷たい!
ハル:……でも、しばらく引っこ抜くのは勘弁してあげる。
ゴースト:それは良かった。
ゴースト:あ、病院もやめて欲しいし
ゴースト:切って今晩の食材にするのもやめてね。
ハル:あ、そうか、病院。
ハル:お医者さんなら、処理してくれるかも。
ゴースト:やめてってば……!
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ハル:ゴースト、だっけ。
ゴースト:……なにが?
ハル:なまえ。
ゴースト:ああ、そういえばボク、そんなこと言ってたね!
ゴースト:そもそもボクに名前なんかないからさ!
ゴースト:好きに呼んでよ!
ハル:じゃ、ゴーストで。
ハル:キノコだと、いろいろ紛らわしいし。
ゴースト:良い考えだね!
ゴースト:じゃあ、今日からボクはゴーストってことで!
ゴースト:改めてよろしくね、ハル。
ハル:よろしくするつもりはないケド。
ゴースト:冷たい!冷たいよハル!
:
0:間
:
ハル(M):私はしばらく、様子を見ることにした。
ハル(M):引っこ抜こうとした時の、脳が物理的に引っ張られるような感覚
ハル(M):死を感じたあの瞬間に、ずっとおびえているのかもしれない。
ハル(M):ゴーストを引っこ抜くことができないなら
ハル(M):別の方法で、体から引き離すことはできないか
ハル(M):そんなことばかりを考えていた。
:
ハル(M):日常生活は、服の中のどこかにいてもらうことにした。
ハル(M):時々どこかしらから外を眺めては
ゴースト:わあ!!すごい!今日は青空がすごくきれい!
ゴースト:ハル!みて!ツバメ!!
ハル(M):とか
ゴースト:ハルも見たでしょう?
ゴースト:あの数学の先生、絶対保健室の先生の事好きだって
ゴースト:目で追ってたもん、絶対そう。
ハル(M):とか
ゴースト:ショートケーキじゃなくてマスカットのタルトにしなよー
ゴースト:せっかくのスイパラなんだから、いつも食べないのを食べなきゃ
ハル(M):とか
ハル(M):とにかくうるさい。
:
ハル(M):これが、家に帰ってくるとさらにひどい。
ハル(M):私が勉強のために机に向かっていると……
ゴースト:あ、ハルまた間違えてる。
ゴースト:もう何回目?ここ今日先生言ってたじゃん、公式の使い方が違うんだって。
ゴースト:あ、そういえばあの先生、告白したって噂知ってる?
ゴースト:ほら、保健室の先生にさ!
ゴースト:もう!だーかーらー!ここの公式は、当てはめる順番が通常と逆で!
ゴースト:そうそう!逆と言えば、聞いてよハル!
ゴースト:アキとこの前遊んでた時さ、アキの来てた服!
ゴースト:前と後ろ逆だったよね!
ゴースト:あっはは!おかしーの!
ゴースト:確かにおしゃれな服ってわかりずらいけどさ!
ゴースト:気づいてたなら言ってあげないと!親友でしょう!?
ゴースト:……ハル?
ゴースト:おーい!きいてる?ハル?
ゴースト:ハーーーーールーーーーーーーー!!
:
ハル:うるせーーーー!!!!
ハル:こちとら勉強中じゃ!話しかけんな!!!!
ゴースト:……あ。
ゴースト:ごめんなさい。
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0:間
:
ハル(M):と、まあこんな感じ。
ハル(M):慣れと言うのは怖いもので
ハル(M):こんな異常な状況でも、なんだかんだ受け入れてしまっている。
ハル(M):二か月ほど、ゴーストと共に過ごし、わかった事がいくつかあった。
ハル(M):まず、ゴーストは死ぬほどおせっかいだ。
ハル(M):気になったら口を挟まずにはいられないし
ハル(M):良かれと思って余計なことを言う。
ハル(M):あと、ゴーストは寝ない。
ハル(M):夜もどこかから顔を出して、暇をしているらしい。
ハル(M):最近は、寝る前にアニメでも流してやっている
ハル(M):ずいぶんと気に入っているみたいで、アニメの話題が格段に増えた。
ハル(M):私は見ていないので、ついてはいけない。
ハル(M):ゴーストは、育ちも衰えもしない。
ハル(M):私の食欲が増えるわけでもなければ、体力が減るでも増えるでもない。
ハル(M):今までと、体に関しての変化はない。
ハル(M):だからこそ、異常な生活を送れてしまっているのだろう。
:
0:間
:
ハル(M):その朝は、突然訪れた。
:
ゴースト:ハル。
ハル:……んぅ(寝てる)
ゴースト:おーい、ハルー
ハル:なに(寝てる)
ゴースト:ええと、ボクもよくわかんないんだけど
ゴースト:たぶん大変なことになった。
ハル:私を起こすための嘘も
ハル:七回目じゃ誰も信じない(寝返りを打つ)
ゴースト:えー
ハル:構って欲しいのはわかった
ハル:……でも
ハル:今日は休みだからまだ寝させて
ゴースト:えっと
ゴースト:嘘じゃないんだってば
ゴースト:ハルー?
ハル:んー?
ゴースト:じゃあ、耳だけで聞いてて
ハル:んー。
ゴースト:えっと
ゴースト:……立ってる。
ハル:なにが
ゴースト:ボクが
ハル:どこに?
ゴースト:ハルの隣に
ハル:どうやって
ゴースト:えっと
ゴースト:二本の、足で?
ハル:……え?
ゴースト:ほら、眠いのはわかったから、目を開けて。
ゴースト:一目見たらすぐに分かるから。
:
ハル(M):私は、半信半疑で目を開ける。
ハル(M):ゴーストの声が、耳から聞こえていたことに
ハル(M):そこでようやく違和感を持った。
:
ハル:……!
ゴースト:……じゃ、じゃーん。(戸惑いながら)
:
ハル(M):白い髪の、少年が立っていた。
ハル(M):はだかで。
ハル(M):両手を広げて、戸惑ったような表情で笑っている。
:
ハル:だれ?
ゴースト:ひどいなあ。
ゴースト:ゴーストちゃんです。
:
ハル(M):私は左手の甲を見た。
ハル:……いない。
ハル(M):二の腕を見て、膝を見て、鏡で左目と、服の中も見た
ハル(M):背中もまさぐって、お尻も胸も触った。
ハル:……いない。
:
ゴースト:ここだよー
ハル(M):目元が白い髪に隠れた少年が
ハル(M):ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
ハル(M):弾みで髪が跳ね、目元が見えると
ハル(M):その目が、ゴーストの眼球と同じ色をしていることに、すぐに気が付いた。
:
ハル:うそ。
ゴースト:……たぶんほんと。
ハル:な、なんで?
ゴースト:知らない。
ゴースト:気が付いたらこうなってた。
ゴースト:いやー!ボクがあまりにいい子にしてたから
ゴースト:キノコの神様がボクを人間にしてくれたんじゃないかなー!
ハル:そんなこと、ある?
ゴースト:ええと……
ゴースト:たぶん、ないんじゃないかな。
ゴースト:ボクもよくわからないけど
ゴースト:ハルとお別れってことだと思う。
ハル:そりゃ、私の体からはお別れしたけど。
ゴースト:そうじゃなくて
ゴースト:たぶん、帰らないといけない。
ハル:え、まって。
ハル:ちょっとまだ寝ぼけてるだけかも
ハル:顔洗ってくるからそこで待ってて。
ハル:あ……そうだ。
ハル:Tシャツと短パン、私のやつ着てていいから。
ハル:場所分かるでしょ?
ゴースト:うん、わかるよ。
ハル:着て、まってて。
ゴースト:わかったー
:
ハル(M):考えを巡らせても
ハル(M):わからないし
ハル(M):別に顔を洗ったところで
ハル(M):何かが明らかになるわけでもなかった。
ハル(M):部屋に戻ると
ハル(M):サイズが合わずぶかぶかのTシャツを着た
ハル(M):ゴーストがベッドにちょこんと座っているのだ。
:
ゴースト:おかえり
ゴースト:これちょっと大きくない?
ゴースト:まあ、ハルが大きいって言うより、ボクが小さいんだけどさ
ハル:着れないこともなかったでしょ。
ゴースト:ギリセーフって感じ。
ハル:よかった。
:
ハル:それで
ハル:帰るとかなんとか言ってたよね。
ゴースト:……うん。
ゴースト:その話なんだけどね。
ゴースト:ボクを呼ぶ声が聞こえるんだ。
ハル:声?
ゴースト:ハルならわかるでしょ?
ゴースト:頭に響くような、そんな声。
ハル:あー、あのうるさいやつね。
ゴースト:うるさくて悪かったな!
ハル:ふふふ
ハル:それで、その声がなんて言ってるの?
ゴースト:戻っておいでーって。
ハル:……ふうん。
ゴースト:反応薄いね。
ハル:そう?
ゴースト:もっと喜ぶか、悲しむかするかなって。
ハル:うーん
ハル:まだ理解が追い付いてないだけじゃない?
ハル:飼ってたハムスターが、突然人間になって声かけてきた気分。
ゴースト:ハルはボクの事
ゴースト:ペットか何かだと思ってたの?
ハル:気色悪いペットだと思ってたよ
ゴースト:ひどい!
ハル:わかってたくせに
ゴースト:わかってても直接言うのはいじわるだ!
ゴースト:このー!
:
ハル(M):ゴーストが隣に座る私のふとももを
ハル(M):ぽかぽかと叩いてきた。
ハル(M):なんだかおかしくて、ちょっとだけ不覚にも可愛く思えてしまい
ハル(M):反射的に頭をなでてしまう。
:
ゴースト:……なに、ボク怒ってるのに
ハル:いやあ、なんとなくかわいくてね。
ゴースト:気色悪いだのなんだの言っておきながら
ゴースト:勝手だね!
ハル:ほら
ハル:今の見た目はキノコじゃないし
ゴースト:結局見た目で判断するんだよなあ
ハル:ごめんって。
:
ゴースト:じゃ、ボクは帰らないといけないから。
ゴースト:いろいろお世話になったね。
ゴースト:服はもらってくよ。
ゴースト:裸で外を歩くわけにはいかないし、助かった。
ハル:え、ちょっと待ってよ。
ハル:帰るって、どこに。
ゴースト:たぶん、あのバス停まで。
ハル:わかった。
ハル:私もついてく。
ハル:着替えるから待ってて
ゴースト:いいよ、ひとりで行けるし。
ハル:すぐ着替えるから。
ゴースト:まったく
ゴースト:ハルは死ぬほどおせっかいだなあ。
ゴースト:ボクは見た目はこんなちんちくりんだけど
ゴースト:頭の中はハルと同じくらい大人なのに
ゴースト:まるでボクを子ども扱いだ。
ハル:ゴーストがいなくなるのが寂しいのよ。
ゴースト:嘘だね。
ハル:四六時中声をかけてきてた存在が
ハル:覚悟する間もなくいなくなったら
ハル:あまりに静かで、不覚にも寂しくなっちゃうじゃない。
ハル:それがムカつくの
ゴースト:ひどい理由だ。
ゴースト:でも、ハルらしいや。
ハル:さ、準備できたよ。
ゴースト:行こうか。
ハル:行こう。
:
0:間
:
ハル(M):外に出たゴーストは
ハル(M):自分の足で大地を歩くのが楽しいみたいで
ハル(M):ぶかぶかの服をなびかせながら、スキップしながら歩いている。
ハル(M):その少し後ろから
ハル(M):そんなゴーストを眺めつつ、私は複雑な気持ちを抱いていた。
:
ゴースト:なに、ボクがこんなに楽しい気分なのに
ゴースト:ハルはしかめっ面だね。
ハル:内心で葛藤してるのよ
ゴースト:葛藤?
ハル:そう。
ゴースト:ま、いいや!
ゴースト:空気ってこんなに気持ちがいいんだねえ!
ゴースト:スーーーーー
ゴースト:ハーーーーーー!!!
ハル:天気も良くてよかったね。
:
ハル(M):あんなに気持ち悪くて
ハル(M):あんなにおぞましいキノコが
ハル(M):やっと自分の中から出て行ったというのに
ハル(M):なんでこんなに、理不尽な喪失感が芽生えるのだろう。
ハル(M):心のどこかで、あの頭に響く
ハル(M):おせっかいな声が、心地よく感じていたなんてことがあるのだろうか。
ハル(M):体から生えていて、抜けたら自分も死んでしまう、気色の悪いキノコ
ハル(M):それがようやく、体から離れたというのに
ハル(M):私は今、間違いなく
ハル(M):ゴーストに、帰って欲しくないと思っている。
ハル(M):この矛盾に、私は答えが出せないままでいた。
:
0:間
:
ゴースト:ここ、だね。
ハル:……誰か、ベンチに座ってるよ。
ゴースト:あの人が、ボクを呼んでるみたい。
:
ハル(M):ベンチには、背の高い女性が座っていた。
ハル(M):白いドレスのような服と、真っ白で、腰くらいまで伸びた美しい髪。
ハル(M):そして、真っ赤な瞳が、特に印象的だ。
ハル(M):晴れているのに、大きな白い傘を差し
ハル(M):ほほえみを携えて、隣に座る少女と話している。
ハル(M):不思議と、声は聞こえなかった。
:
ゴースト:ねえ、ハル。
ハル:なに、ゴースト。
ゴースト:あの女の子、ボクと同じ顔。
ハル:とても似てるね。
:
ハル(M):私は、知らず知らずのうちに
ハル(M):ゴーストと手をつないでいた。
ハル(M):私の方から握ったのか、ゴーストから繋いできたかは覚えていない。
ハル(M):ひんやりとした手の温度が、妙に心地よく感じた。
:
ゴースト:ねえ、ハル。
ハル:なに、ゴースト。
ゴースト:あの女の子の服
ゴースト:前と後ろ、逆じゃない?
ハル:……え?
ハル:あれ、本当だ。
ハル:あの服……アキの来てた服と同じ。
ハル:それに、サイズもあってない。
ゴースト:教えてきてあげよ。
ハル:あ、待って!
:
ハル(M):私との手をほどいて
ハル(M):ゴーストは、二人の方へ走って行ってしまった。
ハル(M):私はとっさに、ゴーストの後を追う。
:
ゴースト:ねえ、キミ。
ゴースト:服、前と後ろ逆だよ!
ゴースト:あっはは!おかしいの!
ゴースト:え、ボクの服?
ゴースト:そりゃあ女の子の服だよ!
ゴースト:だって、ハルにもらった服だし。
ゴースト:ハルはほら、あそこにいるかわいい子だよ!
ゴースト:ボクの友達!バカだけど悪い子じゃないよ!
:
ハル(M):誰がバカだ。
:
ゴースト:え?キミの友達、アキだったの?
ゴースト:服の前後ろ、間違えて着せてもらってるのおもしろすぎ!
ゴースト:あっはは!変なのー!
ゴースト:あ、ええと
ゴースト:……ただいま、お母さん。
ゴースト:ちゃんといい子にしてたよ。
ゴースト:ハルが面倒見てくれたんだ!
ゴースト:知ってる?アニメってすごいんだよ!
ゴースト:ものすごく面白くてさ、帰ったら色々聞かせてあげるね!
:
ハル(M):確かに、三人で話をしているのに
ハル(M):私は、ゴーストの声しか聞こえなかった。
ハル(M):少女が、ゴーストにバカにされてほっぺたを膨らまし
ハル(M):女性が、こちらに笑顔で会釈をしてきた。
:
ハル(M):私が入る余地もなく、しばらくそうして
ハル(M):三人の時間が過ぎていく。
ハル(M):女性は、もう一度私の方を見て
ハル(M):おそらく『ありがとう』と口を動かした。
ハル(M):そうして、二人と手をつなぐと
ハル(M):そよ風になびくように、その姿が揺らめいていき
ハル(M):朝日のやわらかな木漏れ日の中
ハル(M):緩やかに、ぼんやりと、煙のようになっていき、
ハル(M):あっさりと、消えてしまった。
:
ハル:え、ちょっと待ってよ
ハル:まだ、私何も……
ハル:……ごほっ!
:
ハル(M):その煙を吸って、少しむせたあと
ハル(M):その場には、私以外のなにも、残っていなかった。
:
0:間
:
ハル:さよならくらい、言わせろよな……
:
ハル(M):その日私は、せっかくの休みなのになんのやる気も出せず
ハル(M):部屋でゴロゴロしてばかりだった。
ハル(M):クローゼットからは、ゴーストに貸した服がちゃんと消えていて
ハル(M):あの夢のような出来事が
ハル(M):夢ではなかったのだと実感してしまう。
ハル(M):アキに連絡をしようと、何度かスマホを手に取るも
ハル(M):明日学校で直接聞こうと、スマホをカバンに戻す。
ハル(M):そうしているうちに、いつの間にか
ハル(M):私は、眠ってしまっていた。
:
0:間
:
ゴースト:やあ!おはよう!ハル!
:
ハル(M):そして、聞き覚えのある声で
ハル(M):……目を覚ました。
:
ハル:ふふ。
ハル:……おはよう。
ゴースト:ちゃんと挨拶できてえらい!
:
ハル(M):やかましい日々は
ハル(M):もうしばらく、続きそうだ。
:
:
0:おしまい?
:
:
:
:
:
0:タイトル
0:『マッシュルームゴースト』
0:作・★レンga★
:
:
:
ゴースト:やあ!おはよう。早い朝だね。
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ハル(M):朝、目が覚めると
ハル(M):左手の甲から、白いキノコが生えていた。
:
ハル:え……!?
ハル:う、うわああああ!!!
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ゴースト:おっと!
ゴースト:ひどいよー!
ゴースト:突然壁にぶつけるなんて!
ハル:痛っ!!
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ハル(M):声が、脳に直接響いてくる。
ハル(M):まるで神経が、このキノコと繋がってるみたいな感覚。
ハル(M):ひどく気持ちが悪く、体中から嫌な汗が噴き出した。
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ゴースト:おはようって言ったら、ちゃんと返してよ
ゴースト:挨拶は大事だって、教えてもらわなかった?
ゴースト:ほら、ちゃんと挨拶しよ?
ハル:え……手にいない。
ハル:ど、どこにいるの……?
ゴースト:わからないの?
ゴースト:まったく、鈍いなあ……!
ゴースト:あっはは!
ハル:どこにいるのって言ってるの!!
ゴースト:ここだよ
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ハル(M):首の中ごろから生えていたキノコが、視界の端に映りこんだ。
ハル(M):その白い傘のてっぺんにある
ハル(M):ナイフの切れ込みを入れたような、細い裂け目をガパっと開くと
ハル(M):ぎょろりとした眼球を、こちらに向ける。
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ゴースト:早く気づいてよぉ
ゴースト:いけずぅ!
ハル:わ、あ、いや!いやあああああ!!!
ゴースト:え、そんなに嫌がらないでよ傷つくなあ。
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ハル(M):私がそのキノコを引き抜こうと手を持っていくと
ハル(M):それは勢いよく引っ込んで
ハル(M):体中の別のところから、にょきっと顔を出す。
ハル(M):それを何度も、何度も繰り返す。
:
ハル:嫌だ!いやだ!
ハル:違う!こんなのおかしい!
ハル:なんで!なんで引っ込むの!
ゴースト:そりゃあ、引っこ抜かれたくないからね。
ゴースト:そんなに必死に引っこ抜こうとしても無駄だし
ゴースト:引っこ抜けたとしても、キミ、ものすごく痛い思いをするよ。
ハル:あなた何!なんなの!どうして私の体に!
ゴースト:ボクはそうだなあ、何と言ったらいいんだろうか。
ゴースト:キミから見たらキノコのオバケだからね
ゴースト:そうだ!ボクの事は「ゴースト」と呼んでくれ。
ハル:ちがう!名前を聞いたんじゃない!
ハル:な、なんで私の体に!
ハル:え、ああそうか、夢?もしかして。
ゴースト:夢だと良いねえ。
:
ゴースト:あ、なに、あきらめて二度寝しようとしてる?
ゴースト:やめた方がいいと思うなあ、ボク。
ゴースト:おーい!
ゴースト:現実なんだから、寝たって意味ないぞー!
ハル:うるさい!!!!
ゴースト:なんだい、ひどいなあ。
ゴースト:ボクはキミのためを思って言ってあげているというのに!
ゴースト:少しは心当たりがあるんじゃない?
ゴースト:ボクが君の体から生えてきた理由に。
ゴースト:ちょっと、聞いてる?
ゴースト:さみしいなあ。もう。
ゴースト:おーい!
ハル:だから!うるさいって!!
ゴースト:聞く耳持ってくれないと、きっと後悔するよ?
ハル:やめて、何も言わないで。
ハル:こんなの、現実なわけがない。おかしい。
ハル:私、風邪気味なのかも。
ハル:風邪なら、こういう夢、見ても不思議じゃないし。
ゴースト:夢じゃないよ。
ゴースト:目を開けてごらん。
ゴースト:ボクはこんなところからでも生えられるんだ。
:
ハル(M):少しして、怖くなってゆっくり目を開けると
ハル(M):そこでようやく、右目しか動かないことに気が付いた。
ハル(M):左目から生えたキノコが、ぐにゃりと曲がって
ハル(M):私の右目をのぞき込んでいたのだ。
:
ハル:きゃあああぁっ……!!!!(驚きすぎて声になり切れてない叫び)
ゴースト:……ぐえ
:
ハル:つ、つかまえた。
ゴースト:ぐえ、苦しいよハルぅ
ハル:うるさい!気持ち悪いところから生えやがって!
ハル:それに、なんで私の名前知ってるの!
ゴースト:ボクは君の脳みそと繋がってるからね。
ゴースト:君の考えてることは何でも知ってるよ。
ゴースト:だから、ボクを引っこ抜いたら
ゴースト:すごく痛いし、きっと死ぬよ。
ハル:な、なによ……それ。
ゴースト:だから離しておくれ。
ゴースト:もう、意地悪しないからさ。
ゴースト:ハル。キミが全然ボクの話を聞いてくれないから
ゴースト:しかたなく驚かせたんだ。
ゴースト:許しておくれよ。
ゴースト:ボクはキミの味方さ。
ゴースト:ハルぅ、苦しいってば。
:
ハル(M):恐ろしいことに
ハル(M):キノコを抜こうと少し引っ張ると
ハル(M):まるで脳から雑草を抜こうとしているような
ハル(M):異常な違和感を含んだ痛みを感じ
ハル(M):このキノコが、脳と繋がっている感覚が
ハル(M):直接伝わってきてしまった。
ハル(M):本能で死を感じ、とっさに手を放してしまう。
:
ゴースト:あ、苦しくなくなった。
ゴースト:ボクの事、信じてくれる気になったの?
ハル:お前を引っこ抜けないことが分かっただけ。
ハル:ちょっと、そこ気持ち悪いから
ハル:生えるところ変えて。
ゴースト:どこがお好みだった?
ゴースト:首?……ほっぺた?……それとも、ひざとか。
ゴースト:二の腕の生え心地もよかったなあ。
ハル:にょきにょきしないで。
ゴースト:どこがいいか言ってくれなきゃわかんないよ
ハル:考えてることが分かるんじゃないの?
ゴースト:はいはい、左手の甲ね。
ゴースト:つまんないのー。
ハル:……本当に分かるのね。
ゴースト:本当に分かるよ。
:
ハル:それで、お前はいったい何なんだ?
ゴースト:キノコだよ。
ハル:それは見ればわかる。
ゴースト:あっはは!やっぱりハルはおもしろいね!
ゴースト:見てわかること聞くなんて!
ハル:気が変わった。
ハル:死んでもいいから引っこ抜いてやる。
ゴースト:ぎゃー!やめてってば!
ゴースト:掴まれるのは苦しいんだってば!
ゴースト:ちゃんと話するから離して!
:
ハル(M):それから少し小さくなったキノコ……ゴーストは
ハル(M):私の左手の甲で茎の部分を器用に折りたたんで
ハル(M):まるで正座するみたいにして、私を申し訳なさそうに見上げてきた。
:
ゴースト:調子に乗ってごめんなさい。
ゴースト:引っこ抜かれるとボクもキミも死んじゃうので
ゴースト:引っこ抜かないでください。
ハル:とりあえず
ハル:お前がどうして私から生えてきたのか教えて。
ゴースト:ハル。
ゴースト:きっとキミに、少しは心当たりがあるはずだよ。
:
ハル:……昨日の、あのバス停?
ハル:でも、そんなことって……!
ゴースト:そ、あの時にボクはキミの体の中に入った。
:
ハル(M):昨日の夕方、学校からの帰り道。
ハル(M):部活で疲れた私は、いつものバス停で、ベンチに座ろうとした。
ハル(M):その時、ベンチに白く小さなキノコがいくつか生えていて
ハル(M):座る場所に合ったそれを、軽く手で払いのけたのだ。
:
ゴースト:キノコは胞子で増殖する。
ゴースト:ハルはボクの幼体の胞子を吸ったのさ。
ハル:あんなことで、こんな……気味の悪い状況に?
ハル:うそ、信じられない。
ゴースト:信じてよー
ゴースト:ボクみたいな愉快でプリティなキノコでハルは幸運だったと思うよ!
ゴースト:もしかしたら、暴力的でDV気質なキノコもいたかもしれないからね!
ハル:え、なにそれ。
ハル:私以外にも、同じようなことになってる人がいるの?
ゴースト:いや、ボクは知らないけどね。
ゴースト:でも、ボクがいるってことは
ゴースト:他にも同じようなことがあってもおかしくないよね?
ゴースト:宇宙原理ってやつさ。
ゴースト:宇宙には、どこにも特別な所はない……ってね。
:
ハル:なんで、そんなこと知ってるの。
ゴースト:そりゃあ知ってるさ
ゴースト:ハルが知ってることは、全部知ってる。
ゴースト:裏を返せば、ハルが知らないことは、何も知らないよ。
ゴースト:だから、ボクが本当は何者かなんて、さっぱりわからない。
ゴースト:もしかしたら、ハルの養分を吸って、ボクはどんどん大きくなるかもしれないし
ゴースト:勝手にしおれて死んじゃうかもしれない。
ゴースト:死にたくはないなあ。
ゴースト:でも、ハルの養分を吸って、ハルが死んじゃうのもイヤだなあ。
:
ハル:……
ゴースト:どうしたの、だまっちゃってさ。
ハル:どうして。
ハル:……どうして、私にそんな、好意的なの?
ゴースト:好意的に感じる?
ハル:少なくとも敵意は感じない。
ゴースト:ハルは運命共同体だからだよ。
ゴースト:さっきも言ったように、ボクはハルに根付いてしまったから
ゴースト:ハルが死んだら、きっとボクも死んじゃうんだ。
ゴースト:それで、ボクは死にたくはない。
ゴースト:だからできれば、ボクはハルに
ゴースト:ボクの事を好きになってもらいたいんだ。
ハル:それは無理。
ゴースト:えー!冷たい!
ハル:……でも、しばらく引っこ抜くのは勘弁してあげる。
ゴースト:それは良かった。
ゴースト:あ、病院もやめて欲しいし
ゴースト:切って今晩の食材にするのもやめてね。
ハル:あ、そうか、病院。
ハル:お医者さんなら、処理してくれるかも。
ゴースト:やめてってば……!
:
ハル:ゴースト、だっけ。
ゴースト:……なにが?
ハル:なまえ。
ゴースト:ああ、そういえばボク、そんなこと言ってたね!
ゴースト:そもそもボクに名前なんかないからさ!
ゴースト:好きに呼んでよ!
ハル:じゃ、ゴーストで。
ハル:キノコだと、いろいろ紛らわしいし。
ゴースト:良い考えだね!
ゴースト:じゃあ、今日からボクはゴーストってことで!
ゴースト:改めてよろしくね、ハル。
ハル:よろしくするつもりはないケド。
ゴースト:冷たい!冷たいよハル!
:
0:間
:
ハル(M):私はしばらく、様子を見ることにした。
ハル(M):引っこ抜こうとした時の、脳が物理的に引っ張られるような感覚
ハル(M):死を感じたあの瞬間に、ずっとおびえているのかもしれない。
ハル(M):ゴーストを引っこ抜くことができないなら
ハル(M):別の方法で、体から引き離すことはできないか
ハル(M):そんなことばかりを考えていた。
:
ハル(M):日常生活は、服の中のどこかにいてもらうことにした。
ハル(M):時々どこかしらから外を眺めては
ゴースト:わあ!!すごい!今日は青空がすごくきれい!
ゴースト:ハル!みて!ツバメ!!
ハル(M):とか
ゴースト:ハルも見たでしょう?
ゴースト:あの数学の先生、絶対保健室の先生の事好きだって
ゴースト:目で追ってたもん、絶対そう。
ハル(M):とか
ゴースト:ショートケーキじゃなくてマスカットのタルトにしなよー
ゴースト:せっかくのスイパラなんだから、いつも食べないのを食べなきゃ
ハル(M):とか
ハル(M):とにかくうるさい。
:
ハル(M):これが、家に帰ってくるとさらにひどい。
ハル(M):私が勉強のために机に向かっていると……
ゴースト:あ、ハルまた間違えてる。
ゴースト:もう何回目?ここ今日先生言ってたじゃん、公式の使い方が違うんだって。
ゴースト:あ、そういえばあの先生、告白したって噂知ってる?
ゴースト:ほら、保健室の先生にさ!
ゴースト:もう!だーかーらー!ここの公式は、当てはめる順番が通常と逆で!
ゴースト:そうそう!逆と言えば、聞いてよハル!
ゴースト:アキとこの前遊んでた時さ、アキの来てた服!
ゴースト:前と後ろ逆だったよね!
ゴースト:あっはは!おかしーの!
ゴースト:確かにおしゃれな服ってわかりずらいけどさ!
ゴースト:気づいてたなら言ってあげないと!親友でしょう!?
ゴースト:……ハル?
ゴースト:おーい!きいてる?ハル?
ゴースト:ハーーーーールーーーーーーーー!!
:
ハル:うるせーーーー!!!!
ハル:こちとら勉強中じゃ!話しかけんな!!!!
ゴースト:……あ。
ゴースト:ごめんなさい。
:
0:間
:
ハル(M):と、まあこんな感じ。
ハル(M):慣れと言うのは怖いもので
ハル(M):こんな異常な状況でも、なんだかんだ受け入れてしまっている。
ハル(M):二か月ほど、ゴーストと共に過ごし、わかった事がいくつかあった。
ハル(M):まず、ゴーストは死ぬほどおせっかいだ。
ハル(M):気になったら口を挟まずにはいられないし
ハル(M):良かれと思って余計なことを言う。
ハル(M):あと、ゴーストは寝ない。
ハル(M):夜もどこかから顔を出して、暇をしているらしい。
ハル(M):最近は、寝る前にアニメでも流してやっている
ハル(M):ずいぶんと気に入っているみたいで、アニメの話題が格段に増えた。
ハル(M):私は見ていないので、ついてはいけない。
ハル(M):ゴーストは、育ちも衰えもしない。
ハル(M):私の食欲が増えるわけでもなければ、体力が減るでも増えるでもない。
ハル(M):今までと、体に関しての変化はない。
ハル(M):だからこそ、異常な生活を送れてしまっているのだろう。
:
0:間
:
ハル(M):その朝は、突然訪れた。
:
ゴースト:ハル。
ハル:……んぅ(寝てる)
ゴースト:おーい、ハルー
ハル:なに(寝てる)
ゴースト:ええと、ボクもよくわかんないんだけど
ゴースト:たぶん大変なことになった。
ハル:私を起こすための嘘も
ハル:七回目じゃ誰も信じない(寝返りを打つ)
ゴースト:えー
ハル:構って欲しいのはわかった
ハル:……でも
ハル:今日は休みだからまだ寝させて
ゴースト:えっと
ゴースト:嘘じゃないんだってば
ゴースト:ハルー?
ハル:んー?
ゴースト:じゃあ、耳だけで聞いてて
ハル:んー。
ゴースト:えっと
ゴースト:……立ってる。
ハル:なにが
ゴースト:ボクが
ハル:どこに?
ゴースト:ハルの隣に
ハル:どうやって
ゴースト:えっと
ゴースト:二本の、足で?
ハル:……え?
ゴースト:ほら、眠いのはわかったから、目を開けて。
ゴースト:一目見たらすぐに分かるから。
:
ハル(M):私は、半信半疑で目を開ける。
ハル(M):ゴーストの声が、耳から聞こえていたことに
ハル(M):そこでようやく違和感を持った。
:
ハル:……!
ゴースト:……じゃ、じゃーん。(戸惑いながら)
:
ハル(M):白い髪の、少年が立っていた。
ハル(M):はだかで。
ハル(M):両手を広げて、戸惑ったような表情で笑っている。
:
ハル:だれ?
ゴースト:ひどいなあ。
ゴースト:ゴーストちゃんです。
:
ハル(M):私は左手の甲を見た。
ハル:……いない。
ハル(M):二の腕を見て、膝を見て、鏡で左目と、服の中も見た
ハル(M):背中もまさぐって、お尻も胸も触った。
ハル:……いない。
:
ゴースト:ここだよー
ハル(M):目元が白い髪に隠れた少年が
ハル(M):ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
ハル(M):弾みで髪が跳ね、目元が見えると
ハル(M):その目が、ゴーストの眼球と同じ色をしていることに、すぐに気が付いた。
:
ハル:うそ。
ゴースト:……たぶんほんと。
ハル:な、なんで?
ゴースト:知らない。
ゴースト:気が付いたらこうなってた。
ゴースト:いやー!ボクがあまりにいい子にしてたから
ゴースト:キノコの神様がボクを人間にしてくれたんじゃないかなー!
ハル:そんなこと、ある?
ゴースト:ええと……
ゴースト:たぶん、ないんじゃないかな。
ゴースト:ボクもよくわからないけど
ゴースト:ハルとお別れってことだと思う。
ハル:そりゃ、私の体からはお別れしたけど。
ゴースト:そうじゃなくて
ゴースト:たぶん、帰らないといけない。
ハル:え、まって。
ハル:ちょっとまだ寝ぼけてるだけかも
ハル:顔洗ってくるからそこで待ってて。
ハル:あ……そうだ。
ハル:Tシャツと短パン、私のやつ着てていいから。
ハル:場所分かるでしょ?
ゴースト:うん、わかるよ。
ハル:着て、まってて。
ゴースト:わかったー
:
ハル(M):考えを巡らせても
ハル(M):わからないし
ハル(M):別に顔を洗ったところで
ハル(M):何かが明らかになるわけでもなかった。
ハル(M):部屋に戻ると
ハル(M):サイズが合わずぶかぶかのTシャツを着た
ハル(M):ゴーストがベッドにちょこんと座っているのだ。
:
ゴースト:おかえり
ゴースト:これちょっと大きくない?
ゴースト:まあ、ハルが大きいって言うより、ボクが小さいんだけどさ
ハル:着れないこともなかったでしょ。
ゴースト:ギリセーフって感じ。
ハル:よかった。
:
ハル:それで
ハル:帰るとかなんとか言ってたよね。
ゴースト:……うん。
ゴースト:その話なんだけどね。
ゴースト:ボクを呼ぶ声が聞こえるんだ。
ハル:声?
ゴースト:ハルならわかるでしょ?
ゴースト:頭に響くような、そんな声。
ハル:あー、あのうるさいやつね。
ゴースト:うるさくて悪かったな!
ハル:ふふふ
ハル:それで、その声がなんて言ってるの?
ゴースト:戻っておいでーって。
ハル:……ふうん。
ゴースト:反応薄いね。
ハル:そう?
ゴースト:もっと喜ぶか、悲しむかするかなって。
ハル:うーん
ハル:まだ理解が追い付いてないだけじゃない?
ハル:飼ってたハムスターが、突然人間になって声かけてきた気分。
ゴースト:ハルはボクの事
ゴースト:ペットか何かだと思ってたの?
ハル:気色悪いペットだと思ってたよ
ゴースト:ひどい!
ハル:わかってたくせに
ゴースト:わかってても直接言うのはいじわるだ!
ゴースト:このー!
:
ハル(M):ゴーストが隣に座る私のふとももを
ハル(M):ぽかぽかと叩いてきた。
ハル(M):なんだかおかしくて、ちょっとだけ不覚にも可愛く思えてしまい
ハル(M):反射的に頭をなでてしまう。
:
ゴースト:……なに、ボク怒ってるのに
ハル:いやあ、なんとなくかわいくてね。
ゴースト:気色悪いだのなんだの言っておきながら
ゴースト:勝手だね!
ハル:ほら
ハル:今の見た目はキノコじゃないし
ゴースト:結局見た目で判断するんだよなあ
ハル:ごめんって。
:
ゴースト:じゃ、ボクは帰らないといけないから。
ゴースト:いろいろお世話になったね。
ゴースト:服はもらってくよ。
ゴースト:裸で外を歩くわけにはいかないし、助かった。
ハル:え、ちょっと待ってよ。
ハル:帰るって、どこに。
ゴースト:たぶん、あのバス停まで。
ハル:わかった。
ハル:私もついてく。
ハル:着替えるから待ってて
ゴースト:いいよ、ひとりで行けるし。
ハル:すぐ着替えるから。
ゴースト:まったく
ゴースト:ハルは死ぬほどおせっかいだなあ。
ゴースト:ボクは見た目はこんなちんちくりんだけど
ゴースト:頭の中はハルと同じくらい大人なのに
ゴースト:まるでボクを子ども扱いだ。
ハル:ゴーストがいなくなるのが寂しいのよ。
ゴースト:嘘だね。
ハル:四六時中声をかけてきてた存在が
ハル:覚悟する間もなくいなくなったら
ハル:あまりに静かで、不覚にも寂しくなっちゃうじゃない。
ハル:それがムカつくの
ゴースト:ひどい理由だ。
ゴースト:でも、ハルらしいや。
ハル:さ、準備できたよ。
ゴースト:行こうか。
ハル:行こう。
:
0:間
:
ハル(M):外に出たゴーストは
ハル(M):自分の足で大地を歩くのが楽しいみたいで
ハル(M):ぶかぶかの服をなびかせながら、スキップしながら歩いている。
ハル(M):その少し後ろから
ハル(M):そんなゴーストを眺めつつ、私は複雑な気持ちを抱いていた。
:
ゴースト:なに、ボクがこんなに楽しい気分なのに
ゴースト:ハルはしかめっ面だね。
ハル:内心で葛藤してるのよ
ゴースト:葛藤?
ハル:そう。
ゴースト:ま、いいや!
ゴースト:空気ってこんなに気持ちがいいんだねえ!
ゴースト:スーーーーー
ゴースト:ハーーーーーー!!!
ハル:天気も良くてよかったね。
:
ハル(M):あんなに気持ち悪くて
ハル(M):あんなにおぞましいキノコが
ハル(M):やっと自分の中から出て行ったというのに
ハル(M):なんでこんなに、理不尽な喪失感が芽生えるのだろう。
ハル(M):心のどこかで、あの頭に響く
ハル(M):おせっかいな声が、心地よく感じていたなんてことがあるのだろうか。
ハル(M):体から生えていて、抜けたら自分も死んでしまう、気色の悪いキノコ
ハル(M):それがようやく、体から離れたというのに
ハル(M):私は今、間違いなく
ハル(M):ゴーストに、帰って欲しくないと思っている。
ハル(M):この矛盾に、私は答えが出せないままでいた。
:
0:間
:
ゴースト:ここ、だね。
ハル:……誰か、ベンチに座ってるよ。
ゴースト:あの人が、ボクを呼んでるみたい。
:
ハル(M):ベンチには、背の高い女性が座っていた。
ハル(M):白いドレスのような服と、真っ白で、腰くらいまで伸びた美しい髪。
ハル(M):そして、真っ赤な瞳が、特に印象的だ。
ハル(M):晴れているのに、大きな白い傘を差し
ハル(M):ほほえみを携えて、隣に座る少女と話している。
ハル(M):不思議と、声は聞こえなかった。
:
ゴースト:ねえ、ハル。
ハル:なに、ゴースト。
ゴースト:あの女の子、ボクと同じ顔。
ハル:とても似てるね。
:
ハル(M):私は、知らず知らずのうちに
ハル(M):ゴーストと手をつないでいた。
ハル(M):私の方から握ったのか、ゴーストから繋いできたかは覚えていない。
ハル(M):ひんやりとした手の温度が、妙に心地よく感じた。
:
ゴースト:ねえ、ハル。
ハル:なに、ゴースト。
ゴースト:あの女の子の服
ゴースト:前と後ろ、逆じゃない?
ハル:……え?
ハル:あれ、本当だ。
ハル:あの服……アキの来てた服と同じ。
ハル:それに、サイズもあってない。
ゴースト:教えてきてあげよ。
ハル:あ、待って!
:
ハル(M):私との手をほどいて
ハル(M):ゴーストは、二人の方へ走って行ってしまった。
ハル(M):私はとっさに、ゴーストの後を追う。
:
ゴースト:ねえ、キミ。
ゴースト:服、前と後ろ逆だよ!
ゴースト:あっはは!おかしいの!
ゴースト:え、ボクの服?
ゴースト:そりゃあ女の子の服だよ!
ゴースト:だって、ハルにもらった服だし。
ゴースト:ハルはほら、あそこにいるかわいい子だよ!
ゴースト:ボクの友達!バカだけど悪い子じゃないよ!
:
ハル(M):誰がバカだ。
:
ゴースト:え?キミの友達、アキだったの?
ゴースト:服の前後ろ、間違えて着せてもらってるのおもしろすぎ!
ゴースト:あっはは!変なのー!
ゴースト:あ、ええと
ゴースト:……ただいま、お母さん。
ゴースト:ちゃんといい子にしてたよ。
ゴースト:ハルが面倒見てくれたんだ!
ゴースト:知ってる?アニメってすごいんだよ!
ゴースト:ものすごく面白くてさ、帰ったら色々聞かせてあげるね!
:
ハル(M):確かに、三人で話をしているのに
ハル(M):私は、ゴーストの声しか聞こえなかった。
ハル(M):少女が、ゴーストにバカにされてほっぺたを膨らまし
ハル(M):女性が、こちらに笑顔で会釈をしてきた。
:
ハル(M):私が入る余地もなく、しばらくそうして
ハル(M):三人の時間が過ぎていく。
ハル(M):女性は、もう一度私の方を見て
ハル(M):おそらく『ありがとう』と口を動かした。
ハル(M):そうして、二人と手をつなぐと
ハル(M):そよ風になびくように、その姿が揺らめいていき
ハル(M):朝日のやわらかな木漏れ日の中
ハル(M):緩やかに、ぼんやりと、煙のようになっていき、
ハル(M):あっさりと、消えてしまった。
:
ハル:え、ちょっと待ってよ
ハル:まだ、私何も……
ハル:……ごほっ!
:
ハル(M):その煙を吸って、少しむせたあと
ハル(M):その場には、私以外のなにも、残っていなかった。
:
0:間
:
ハル:さよならくらい、言わせろよな……
:
ハル(M):その日私は、せっかくの休みなのになんのやる気も出せず
ハル(M):部屋でゴロゴロしてばかりだった。
ハル(M):クローゼットからは、ゴーストに貸した服がちゃんと消えていて
ハル(M):あの夢のような出来事が
ハル(M):夢ではなかったのだと実感してしまう。
ハル(M):アキに連絡をしようと、何度かスマホを手に取るも
ハル(M):明日学校で直接聞こうと、スマホをカバンに戻す。
ハル(M):そうしているうちに、いつの間にか
ハル(M):私は、眠ってしまっていた。
:
0:間
:
ゴースト:やあ!おはよう!ハル!
:
ハル(M):そして、聞き覚えのある声で
ハル(M):……目を覚ました。
:
ハル:ふふ。
ハル:……おはよう。
ゴースト:ちゃんと挨拶できてえらい!
:
ハル(M):やかましい日々は
ハル(M):もうしばらく、続きそうだ。
:
:
0:おしまい?
:
: