台本概要
567 views
タイトル | 月を見て |
---|---|
作者名 | よぉげるとサマー (@gerutohoukai) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
女性2人台本ですが、お好きに性別は変更してください。 劇の音声が残るようにしてくれる場合は、ご共有下されば幸いです。是非、聴きたいです。 あと、感想もくれると喜びます。 567 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
わたこ | 女 | 125 | 夢がない後輩 |
ちさと | 女 | 107 | 夢がある先輩 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
タイトル:月を見て
タイトル:
■登場人物:
わたこ:女/改変すれば男 高校二年。 夢なんて無い。
ちさと:女/改変すれば男 高校三年。 夢しか見てない。
ちさと:
0: ~Mとついてるところは、モノローグです。
0:
■本編:
0: テニスコート、わたこがネット越しの誰かと打ち合いをしている。誰かは見えない。
0: スローな映像。
0:
わたこM:もう、いっそ。と。
わたこM:ラケットでボールを打ち返しながら。
わたこM:何度も思った。
わたこM:その度に、私は、ボールを打ち返すのに夢中になって。
わたこM:
わたこ:馬鹿みたいに忘れるんだ。
わたこ:
0: 夜の始まりくらいの時間帯に、歩道橋から。
0: 気だるそうに電車が通り過ぎていくのを見ている、制服姿のわたこ。
0: 重そうなラケットバッグを背負っている。
0:
わたこ:はぁ……疲れた。
わたこ:夜風は何で冷たいんだろな。
わたこ:
0: ふいに、わたこの頭に何かが当たる。
0:
わたこ:いたっ、えっ、はっ?
わたこ:
0: 何かが緩やかに頭にヒットし、目の前を遮っている。
0: そして、聞き覚えのある声。
0:
ちさと:ははっ、不注意だなぁ。後輩ちゃん。
わたこ:いや、不注意とかじゃないから……ラケット入れで叩かないでください。
わたこ:
0: それをどかすと、わたこの前には同じ部活の先輩である、ちさとがいた。
0: 部活のジャージ姿だった。
0:
ちさと:ごめんごめん。変な顔してたから、ついね。
わたこ:は? 可愛い顔しかしたことないけど。
ちさと:おっと、マジか。可愛い顔でしたか。
ちさと:
0: わたこがにらみつけると、ちさとは面白そうに笑った。
0:
ちさと:確かに、その顔は可愛い。
わたこ:馬鹿にしやがって。
ちさと:褒めたつもりだよ。
わたこ:うざー。
わたこ:
0: ちさとは笑いながら、ラケット入れでわたこをぐいっと押す。
0: 押されてわたこはちさとと並び、歩き出す。
0:
ちさと:何してたの、あそこで。
わたこ:べつに、涼んでただけですよ。
ちさと:えー? はたから見たら飛び降りるみたいに見えたよ?
ちさと:
0: 笑い混じりに、わたこは言った。
0:
わたこ:なんでだよ。
わたこ:
0: 少し前に出ていたちさとは、顔だけ少し振り向き。
0:
ちさと:ワンチャンあるかな、ってね。
ちさと:
0: と少し笑った。
0:
わたこ:いやいや。そういうのだったとしても、電車止めるの嫌だから無理。
ちさと:あはは、わかるー。死んだ後で迷惑かけたくないよね。
わたこ:そうそう。良い子だから私。
ちさと:おー、可愛いし、良い子だし、最強だねぇ。
わたこ:そーなのー。
ちさと:ははは。そーですねー。
わたこ:馬鹿にしやがって。
ちさと:してないしてない。
わたこ:ほんとにー?
わたこ:
0: ちさとは、振り向いて言う。わたこには、その仕草が、ゆっくり見えた。
0:
ちさと:ほんとだよ。
ちさと:
0: 場面転換
0: 夕方の色がうっすら見えて来た頃。
0: わたこはちさとの返答を聞いて、テニスコートに立ち尽くしていた。
0:
ちさと:ほんとだよ。
ちさと:卒業したら、海外の大学に行くって、ずっと前から決めてたんだ。
わたこ:えっと……なんで?
ちさと:いやー、ふふっ、えーとね。
わたこ:な、何照れてんすか。
ちさと:あはは、割とね、人に言うと驚かれるからさ。恥ずかしくなっちゃってね。
ちさと:
0: 深呼吸を一度して、ちさとは語る。
0:
ちさと:ずっと、夢でさ。宇宙飛行士になりたくて。
ちさと:
わたこM:恥ずかしいって、何だったんだ。
わたこM:全然、誇らしげじゃんか。
わたこ:……ずるいなぁ。
ちさと:え、なにが?
わたこ:なーんか……ひとりだけ大人じゃんって。
ちさと:えー、そんなことないって。むしろ逆じゃない?
わたこ:どこが?
ちさと:だってさ……なんか子供っぽい夢じゃない?
わたこ:……たしかに。
ちさと:あー、ひどい奴だよ! 否定してよ! 先輩だぞ!
わたこ:はー? 自分で言ったんじゃん。
ちさと:そうだけどさー。でもね、応援して欲しいんだ。私は。
わたこ:めんどくさーい。
ちさと:ひっどー!
わたこ:あははは。
わたこ:
0: ネットに近寄って話すちさと。
0: 笑いながら、その反対を向いて、わたこはつぶやく。
0:
わたこ:……馬鹿にしやがって。
わたこ:
0: 場面転換
0: 電気を消した部屋で、ベッドに寝転びながらスマホをいじる、わたこ。
0:
わたこ:……馬鹿にしやがって。
ちさとM:卒業したら、海外の大学に行くって、ずっと前から決めてたんだ。
わたこ:もっと早く言えよ。
ちさとM:ずっと、夢でさ。宇宙飛行士になりたくて。
わたこ:なに夢って。しかもなんで宇宙飛行士。
ちさとM:でもね、応援して欲しいんだ。私は。
わたこ:うざ…………するわけないじゃん。
わたこM:私は夢なんて無いよ。
わたこ:毎日ちょっとだけでも楽しかったら、それで良いじゃん。
わたこM:私の夢は、寝た時に見るのだけ。
わたこ:……寝よ。
わたこM:目をつぶると。いつもと同じ変な感じのくらやみ。
わたこ:……うざ。
わたこM:宇宙ってこんな感じかなとか、くだらないことを思ってしまった。
わたこM:気になって、スマホで見た宇宙の画像は、わりとキレイで。
わたこM:
わたこ:……全然、似てない。
わたこ:
0: 場面転換
0: 土曜日の昼間。
0: わたこはテニスボールを持つちさとをジト目で見た。
0:
わたこ:……全然、似てない。
ちさと:え? いや、結構ぽいと思うんだけどなー。ほら、丸いし。
わたこ:丸いだけじゃん。
ちさと:いや、黄色っぽいし。
わたこ:どっちかってと、緑だから。
ちさと:ねー、違いばっか探さないでよ!
わたこ:月とスッポンって言葉と同じだから。月とボールは似てませーん。
ちさと:もー、わかりました。すみませんでしたー。
わたこ:……宇宙行きた過ぎて、何でもそういうのに見えちゃうんですか?
ちさと:えぇ? いや、そういうのじゃないと思うけど。
わたこ:じゃあ美的センスの問題か。
ちさと:おい、私のセンスをバカにするんじゃないよ。
わたこ:えー、なんでも丸ければ月に見えるんでしょ?
ちさと:そんなこと言ってないから!
わたこ:えー?
ちさと:あのさ、こうやっ、て。
ちさと:
0: ボールを真上に放る。
0:
ちさと:サーブする時に見ると。
わたこM:空に浮かぶボールは、もっと高くにある、白い月と同じくらいの大きさに見えた。
ちさと:小さくなってさ、月みたいに見えるじゃん。
ちさと:
0: 言うと、ちさとは、落ちてくるボールを打った。
0:
わたこ:うわっ! ちょっと、打つなら言ってよ!
ちさと:はっはっは、ちょっとした仕返しだ。
わたこ:ボール当たってたら、シャレにならなかったですって。
ちさと:ははは。
ちさと:
0: 笑いながら、ちさとは、頭上の白い月を見上げた。
0: ボールをポケットから取り出して、月に向けて、かかげて見せる。
0:
ちさと:ほら、似てない?
ちさと:
わたこ:……まぁ、そういうことにしておきます。
わたこM:どうでもよかった。そんなことより、ボールをかかげた白い腕のほうが。
わたこM:ずっと気になった。
ちさと:やっと、わかってくれたか。
わたこ:もう、めんどくさいんで。
ちさと:えっ。
わたこ:てか、お腹すきません?
ちさと:えー……まあ、そうだね。
ちさと:
わたこ:片付けますか。
わたこ:
0: 場面転換
0: 窓の外は、まだ雨が降っている。
0: 図書室で、二人。雨宿りがてら、勉強会をしていた。
0:
わたこ:片付けますか。
ちさと:そうだね、もう、やまないだろうし。
わたこ:にわか雨だと思ったけど、思いのほか、しぶとかったですね。
ちさと:まあ、勉強もはかどったし、良しとしよう。
わたこ:……もうそろそろ、あれですね。
ちさと:うん?
わたこ:あれ……センター試験。
ちさと:あー、そうだね。来月だ。
わたこ:……なのに、私と遊んでばっかでいいんですか?
ちさと:えぇ? 勉強してたじゃんか。
わたこ:いや、今日はね。
ちさと:大丈夫だよ、普段からきちんとやっているからね私は。
わたこ:うわっ、よゆ~、嫌み~。
ちさと:そんなつもりないって。ただ、目指してる目標が高いからねー、どうしてもねー。
わたこ:……そうっすか。
ちさと:ははっ。まあ、息抜きも大事だから、後輩ちゃんと遊ぶのは、こっちとしても助けになっております。
わたこ:えー、そうなの?
ちさと:そうそう、ストレス発散に効果的です。
わたこ:なんか、都合のいい女的な言い方。
ちさと:あれ? 違うの?
わたこ:マジか。サイテーやん、さよなら。
ちさと:ちょっと、ごめんて!
わたこ:うるさいうるさい、図書室では静かに。
ちさと:わかったわかった、片して早く出よう。
わたこ:……大学は、大丈夫そうなの?
ちさと:え、あぁ……まあ、大丈夫じゃないかな。
わたこ:なんか頼りない返事。
ちさと:いやー、さすがにそこでイキれないわ。やっぱ不安だよね。
わたこ:不安なんだ。
ちさと:うん、海外だし、それなりに難しいよ、いろいろと。
わたこ:……へー。
ちさと:一応、滑り止めは、日本の大学だけどね。まあ、そっちならそっちで頑張るけど。
わたこ:浪人はしないんだ?
ちさと:そうだねー、時間がもったいない気がしてね。
わたこ:日本なら、まだ、あれですね。
ちさと:なに?
わたこ:……遊べるかなって。
ちさと:……そうだねぇ、いや、海外でも遊べるでしょ。帰省するし。
わたこ:まあ、それはそう。
ちさと:でしょー。いや、どれくらい忙しいかはわかんないけど。
わたこ:やっぱ、忙しくて会えないかもね。
ちさと:そうかも。でもそれは、日本でも同じだからさ。多分。
わたこ:……夢を追うって大変だ。
ちさと:うん、楽しいけどね。やっぱ、同じくらいは……ツライね。
わたこ:……そういうもんかぁ。
ちさと:後輩ちゃんは、夢無いの? 将来なりたいもの。
わたこ:……ないなぁ。
ちさと:そっか、いいね。
わたこ:は? なにが?
ちさと:いや、だって、まだなんでも選べるじゃない。なんにでもなれるし、なんでも目指せるよ。
わたこ:えー、嫌みにしか聞こえないけど。
ちさと:いやいや。本当に思ってるから。
ちさと:
ちさと:夢をずっと目指してるとさ。
ちさと:わりと、重荷になって、他の道に行こうって戻ることが、難しくなっちゃうんだよ。
ちさと:今までやってきたことって、簡単にゼロに戻せないじゃん。
ちさと:全部私だけでやってきたことでもないし、ね。
ちさと:もう、この道だけしかないっていうのは。
ちさと:ちょっと、しんどい時もあるんだよね。
ちさと:……だから、嫌みかもしんないけどさ。
ちさと:
ちさと:ちょっと、羨ましいんだ。
ちさと:
0: 場面転換
0: 雨が雪に変わっていた。
0: 自分の部屋で、わたこは窓を見ていた。
0:
わたこ:なごり雪か……。
わたこM:今日は、先輩の合格発表の日だそうだ。
わたこM:雨から雪へ変わって、外出なんて絶対したくない。
わたこM:元から、そんな予定も別になかったけれど。
わたこ:まぁ、どうせ大丈夫なんだろうな。
わたこM:滑り止めは問題なく合格が出ているそうだ。
わたこM:本命の大学も、大丈夫だろう。
わたこM:勝手にそう思うんだ。先輩のことだから、どうせ。
わたこ:大丈夫。
わたこ:
0: 目をつむる。
0:
ちさとM:……夢を追うって大変だ。
わたこ:見つけるのも、大変なんだ。
ちさとM:……そういうもんかぁ。
わたこ:そうなんだよ。見つかってる人には、わかんないかもだけど。
ちさとM:……ないなぁ。
わたこ:そっか、いいね。
ちさとM:は? なにが?
わたこ:全部。いいね。羨ましい。夢なんてないから。あれば、良かったのに。
ちさとM:えー、嫌みにしか聞こえないけど。
わたこ:嫌みだよ。
わたこ:なんで、私には夢がないんだろう。
わたこ:何かになりたいって思えなかったんだろう。
わたこ:
わたこ:……宇宙飛行士になりたいって、思えなかったんだろう。
わたこ:
0: スマホが振動して、ちさとからの知らせが届く。
0:
わたこM:やっぱり、大丈夫だった。
わたこM:
わたこ:……おめでとう。
わたこ:
0: 場面転換
0: 桜がうっすらとつぼみを開いてきた頃。
0: テニスコートに、二人はいた。
0:
わたこ:この度は、おめでとうございます。
ちさと:ありがとう。無事に卒業もでき、大学にも合格できたのは、後輩ちゃんのおかげです。
わたこ:いえいえ、こちらこそ楽しい高校生活をありがとうございました。
ちさと:あはは、まだそっちは一年あるけどね。
わたこ:そうですよー。対して、先輩はJKブランドを失ってしまいますね。
ちさと:そーなんだよね。突然歳をとった気分だよ。
わたこ:お腰には気を付けてくださいね。
ちさと:待て、そんな急に老化しないって。
わたこ:あら、そうでしたか。まだ私、若いのでイメージがつかなくて。
ちさと:このやろう、最後にボコボコにしてやるから、準備しな。
わたこ:よーし、返り討ちにしてやるぞー。
0: 二人は、最後の試合を始めた。
0:
わたこM:もう、いっそ。と。
わたこM:ラケットでボールを打ち返しながら。
わたこM:何度も思った。
わたこM:その度に、私は、ボールを打ち返すのに夢中になって。
わたこM:馬鹿みたいに忘れるんだ。
わたこM:言いたいこと。
わたこM:夢のこと。
わたこM:これまでのこと。
わたこM:これからのこと。
わたこM:全部。
わたこM:ボールと共に、飛んでいき……返ってくる。
わたこM:忘れるなと。私を叱るみたいに。
ちさと:なかなか決着がつかないな!
わたこM:ラリーが続く。普段よりずっと長く。
わたこ:……最後くらい、負けたくないですから、ね!
わたこM:いっそ、終わらなければいい。
ちさとM:忘れられるから?
わたこM:ずっと今が続けばいい。
ちさとM:離れずにいられるから?
わたこM:時が止まってしまえばいい。
ちさと:このまま、何も変わらなければいいのに。
わたこ:え?
わたこ:
0: 高い、ロブが上がった。
0:
ちさと:遠く、離れてもさ。私たち、変わらないでいれるかな。
わたこ:……何が?
ちさと:……全部。
ちさと:
0: 白い月は、今日はボールとは違う形をしていた。
0: ボールはそのまま地面に落ちて、二回弾んだ。
0:
ちさと:私の勝ちだ。
わたこ:……ずるい。
ちさと:はっはっはっ、いつもと変わらず、後輩ちゃんの負けだ。
わたこ:……馬鹿にしやがって。
ちさと:してないよ。
わたこ:うそだ。
ちさと:してない。
わたこ:馬鹿にしやがって……馬鹿に、しやがって!
ちさと:……。
わたこ:……変わらないはず、ない。
ちさと:……うん。
わたこM:月の形が変わるように。
ちさとM:夢が現実に近づくように。
ちさと:きっと、私たちは、少しづつ変わっていくんだろうな。
ちさとM:でも違うんだ、本当は。
わたこM:嘘でもいいから。変わらないって。
ちさとM:言ってほしいだけなんだ。
わたこ:どうして……おいていくんですか。
わたこM:夢を叶える為だから。
わたこ:なりたいものも、やりたいことも……どうして持ってるんですか!
わたこM:夢も何もない私だから、仕方がない、と。
わたこ:どうしたらいいんですか、私は……教えてくださいよ。
わたこM:夢が、あなたを連れて行ってしまう。
ちさと:……どうしたい?
わたこ:……わからない。
ちさと:じゃあ、私もわからないよ。
0: ちさとはわたこを見つめていた。
0:
わたこ:……考えて、よ。
ちさと:なんてやつだ、人まかせだな後輩ちゃんは。
わたこ:ずっと、考えても、わからないんですよ……どうすればいいのか。
ちさと:うん。
わたこ:先輩は、夢があるから……どうしようもないことは、わかってるから。
ちさと:うん。
わたこ:……もう、会えないかも、しれないのも。仕方ない、から。
ちさと:なに、もう会ってくれないの?
わたこ:……会いたいけど、頻繁には会えないし、この先どんどん忙しくなるだろうし。
ちさと:まあ、そうなるかもしれないねぇ。
わたこ:……きっと、そうなる。
ちさと:けどね。私は、これからも会いたいし、話したいし、一緒にいたいよ。
わたこ:そんなの……。
わたこM:私だって同じだ。
わたこ:…….忘れちゃいますよ。
ちさと:ははっ、信用されてないなぁ、私。
0: ちさとは大きく空を指さした。
0:
ちさと:私さ、宇宙を……月を目指すよ。
わたこ:……知ってる。
ちさと:うん。だから、月を見るたび、私のことを思い出して。
わたこ:……意味わかんない。
ちさと:そうしてくれればさ。私も思い出せるから。
0: ちさとは笑う。
0:
ちさと:わたこが、月を見て、私を思い出してくれてるって。だからさ。私も同じように、わたこを思い出すよ。
わたこM:先輩の指さした先に、白い月が浮かんでいた。
ちさと:離れて。会えなくても、話せなくても……私とわたこが、ずっと一緒にいられるように。
わたこM:あの月に、先輩は……。
ちさと:約束しよう。絶対に月に行く。そして、わたこを必ず忘れない。
わたこM:メールでも電話でもLINEでもなく。宇宙でのつながりを約束するなんて。馬鹿みたいだ。
わたこ:……わかりました。
わたこM:馬鹿みたいだけど、ちさと先輩らしい。
わたこ:忘れないでくださいよ。私も、忘れませんから。
わたこM:何もない私だけど。
ちさと:うん、もちろん。
わたこM:これだけは、無くさずにいよう。
ちさと:いっそ、月について来たらいいのに。
わたこ:それは、嫌です。
ちさと:えー!
ちさと:
0: 場面転換
0:
わたこ:えー!
わたこ:
ちさと:うおーっと、大きいよ声が。
ちさと:
わたこ:なんで、突然そんな!
わたこ:
ちさと:仕方ないでしょ、それも大事なことなんだから。
ちさと:
わたこ:でも、間に合わないですって流石に。今からだと、えーっと……。
わたこ:
ちさと:二時間は、かかるかなって感じ?
ちさと:
わたこ:もう! ほんと最悪! 無理ですやっぱり!
わたこ:
ちさと:だよねー、でもね、やらないといけないわけです。
ちさと:
わたこ:はぁ……承知です。
わたこ:
ちさと:はい、では行きますか。楽しい楽しい訓練だー!
ちさと:
0: 宇宙服を着て、仲間と共に訓練へ向かう、ちさと。
0: スマホの通話を切り、げんなりとした顔でパソコンに向かう、わたこ。
0:
わたこ:馬鹿にしやがって……。あーあ、もう真っ暗だ……。
わたこM:ここの所、突発の案件対応やら納期変更やらで、すっかり残業続きだ。
わたこM:休みも疲れて何もやる気が出ず、趣味のテニスもしばらくやっていない。
わたこM:高校、大学、社会人。
わたこM:夢も何も無くたって、案外なんとかなってしまうんだなと思わされた十年であり、
わたこM:それ以前までに生きた十数年よりも、断然濃厚な気がした。
わたこM:目まぐるしく過ぎる時間の中で、たどり着いた今が、
わたこM:半分ブラックな企業勤めの社畜という点では、夢があれば違ったのだろうかと、少し思ってしまう。
わたこ:夢、かぁ。
わたこM:そういえば、最近の夢は、遅刻したり、資料なくしたり、仕事に関する嫌な物しかみてない。
わたこM:それほど、ストレスなんだろうか。そろそろ転職もきちんと考えるべきなんだろうな。
わたこ:あっ。
わたこM:ふと、窓の外に、大きな月が見えた。
わたこ:丸いなぁ。
わたこM:少しだけフチが欠けているので、明日くらいには満月だろうか。
わたこ:……あー。そうだね。
わたこM:うん。大丈夫。覚えてる。
わたこ:また、忙しくて。馬鹿みたいに忘れるんだろうけど。
わたこ:
0: 訓練後のちさと。
0:
ちさと:ふぅ……お疲れー。お、ちょっと、見て見て、月がでっかいよ!
ちさと:
ちさとM:月を見ると、思い出すことがある。
わたこM:いつからか、連絡も途絶えがちになってしまったけれど。
ちさとM:まったく違う所で、全然違う生き方をしてる、あなた。
わたこM:すごい遠い所で、もっと遠くへ行こうしてる、あなた。
ちさとM:サーブを打つように、手を伸ばす。
わたこM:テニスボールみたいに見えて、打つ仕草をしてみる。
ちさとM:あの日のラリーは。ちゃんと続いている。
わたこM:忘れずに、思い続けている。
わたこM:
ちさと:もうすぐ、行けるよ。
わたこ:うん。私も頑張る。
わたこ:
ちさとM:あなたが。
わたこM:月を見てくれるから。
わたこM:
0: 終
タイトル:月を見て
タイトル:
■登場人物:
わたこ:女/改変すれば男 高校二年。 夢なんて無い。
ちさと:女/改変すれば男 高校三年。 夢しか見てない。
ちさと:
0: ~Mとついてるところは、モノローグです。
0:
■本編:
0: テニスコート、わたこがネット越しの誰かと打ち合いをしている。誰かは見えない。
0: スローな映像。
0:
わたこM:もう、いっそ。と。
わたこM:ラケットでボールを打ち返しながら。
わたこM:何度も思った。
わたこM:その度に、私は、ボールを打ち返すのに夢中になって。
わたこM:
わたこ:馬鹿みたいに忘れるんだ。
わたこ:
0: 夜の始まりくらいの時間帯に、歩道橋から。
0: 気だるそうに電車が通り過ぎていくのを見ている、制服姿のわたこ。
0: 重そうなラケットバッグを背負っている。
0:
わたこ:はぁ……疲れた。
わたこ:夜風は何で冷たいんだろな。
わたこ:
0: ふいに、わたこの頭に何かが当たる。
0:
わたこ:いたっ、えっ、はっ?
わたこ:
0: 何かが緩やかに頭にヒットし、目の前を遮っている。
0: そして、聞き覚えのある声。
0:
ちさと:ははっ、不注意だなぁ。後輩ちゃん。
わたこ:いや、不注意とかじゃないから……ラケット入れで叩かないでください。
わたこ:
0: それをどかすと、わたこの前には同じ部活の先輩である、ちさとがいた。
0: 部活のジャージ姿だった。
0:
ちさと:ごめんごめん。変な顔してたから、ついね。
わたこ:は? 可愛い顔しかしたことないけど。
ちさと:おっと、マジか。可愛い顔でしたか。
ちさと:
0: わたこがにらみつけると、ちさとは面白そうに笑った。
0:
ちさと:確かに、その顔は可愛い。
わたこ:馬鹿にしやがって。
ちさと:褒めたつもりだよ。
わたこ:うざー。
わたこ:
0: ちさとは笑いながら、ラケット入れでわたこをぐいっと押す。
0: 押されてわたこはちさとと並び、歩き出す。
0:
ちさと:何してたの、あそこで。
わたこ:べつに、涼んでただけですよ。
ちさと:えー? はたから見たら飛び降りるみたいに見えたよ?
ちさと:
0: 笑い混じりに、わたこは言った。
0:
わたこ:なんでだよ。
わたこ:
0: 少し前に出ていたちさとは、顔だけ少し振り向き。
0:
ちさと:ワンチャンあるかな、ってね。
ちさと:
0: と少し笑った。
0:
わたこ:いやいや。そういうのだったとしても、電車止めるの嫌だから無理。
ちさと:あはは、わかるー。死んだ後で迷惑かけたくないよね。
わたこ:そうそう。良い子だから私。
ちさと:おー、可愛いし、良い子だし、最強だねぇ。
わたこ:そーなのー。
ちさと:ははは。そーですねー。
わたこ:馬鹿にしやがって。
ちさと:してないしてない。
わたこ:ほんとにー?
わたこ:
0: ちさとは、振り向いて言う。わたこには、その仕草が、ゆっくり見えた。
0:
ちさと:ほんとだよ。
ちさと:
0: 場面転換
0: 夕方の色がうっすら見えて来た頃。
0: わたこはちさとの返答を聞いて、テニスコートに立ち尽くしていた。
0:
ちさと:ほんとだよ。
ちさと:卒業したら、海外の大学に行くって、ずっと前から決めてたんだ。
わたこ:えっと……なんで?
ちさと:いやー、ふふっ、えーとね。
わたこ:な、何照れてんすか。
ちさと:あはは、割とね、人に言うと驚かれるからさ。恥ずかしくなっちゃってね。
ちさと:
0: 深呼吸を一度して、ちさとは語る。
0:
ちさと:ずっと、夢でさ。宇宙飛行士になりたくて。
ちさと:
わたこM:恥ずかしいって、何だったんだ。
わたこM:全然、誇らしげじゃんか。
わたこ:……ずるいなぁ。
ちさと:え、なにが?
わたこ:なーんか……ひとりだけ大人じゃんって。
ちさと:えー、そんなことないって。むしろ逆じゃない?
わたこ:どこが?
ちさと:だってさ……なんか子供っぽい夢じゃない?
わたこ:……たしかに。
ちさと:あー、ひどい奴だよ! 否定してよ! 先輩だぞ!
わたこ:はー? 自分で言ったんじゃん。
ちさと:そうだけどさー。でもね、応援して欲しいんだ。私は。
わたこ:めんどくさーい。
ちさと:ひっどー!
わたこ:あははは。
わたこ:
0: ネットに近寄って話すちさと。
0: 笑いながら、その反対を向いて、わたこはつぶやく。
0:
わたこ:……馬鹿にしやがって。
わたこ:
0: 場面転換
0: 電気を消した部屋で、ベッドに寝転びながらスマホをいじる、わたこ。
0:
わたこ:……馬鹿にしやがって。
ちさとM:卒業したら、海外の大学に行くって、ずっと前から決めてたんだ。
わたこ:もっと早く言えよ。
ちさとM:ずっと、夢でさ。宇宙飛行士になりたくて。
わたこ:なに夢って。しかもなんで宇宙飛行士。
ちさとM:でもね、応援して欲しいんだ。私は。
わたこ:うざ…………するわけないじゃん。
わたこM:私は夢なんて無いよ。
わたこ:毎日ちょっとだけでも楽しかったら、それで良いじゃん。
わたこM:私の夢は、寝た時に見るのだけ。
わたこ:……寝よ。
わたこM:目をつぶると。いつもと同じ変な感じのくらやみ。
わたこ:……うざ。
わたこM:宇宙ってこんな感じかなとか、くだらないことを思ってしまった。
わたこM:気になって、スマホで見た宇宙の画像は、わりとキレイで。
わたこM:
わたこ:……全然、似てない。
わたこ:
0: 場面転換
0: 土曜日の昼間。
0: わたこはテニスボールを持つちさとをジト目で見た。
0:
わたこ:……全然、似てない。
ちさと:え? いや、結構ぽいと思うんだけどなー。ほら、丸いし。
わたこ:丸いだけじゃん。
ちさと:いや、黄色っぽいし。
わたこ:どっちかってと、緑だから。
ちさと:ねー、違いばっか探さないでよ!
わたこ:月とスッポンって言葉と同じだから。月とボールは似てませーん。
ちさと:もー、わかりました。すみませんでしたー。
わたこ:……宇宙行きた過ぎて、何でもそういうのに見えちゃうんですか?
ちさと:えぇ? いや、そういうのじゃないと思うけど。
わたこ:じゃあ美的センスの問題か。
ちさと:おい、私のセンスをバカにするんじゃないよ。
わたこ:えー、なんでも丸ければ月に見えるんでしょ?
ちさと:そんなこと言ってないから!
わたこ:えー?
ちさと:あのさ、こうやっ、て。
ちさと:
0: ボールを真上に放る。
0:
ちさと:サーブする時に見ると。
わたこM:空に浮かぶボールは、もっと高くにある、白い月と同じくらいの大きさに見えた。
ちさと:小さくなってさ、月みたいに見えるじゃん。
ちさと:
0: 言うと、ちさとは、落ちてくるボールを打った。
0:
わたこ:うわっ! ちょっと、打つなら言ってよ!
ちさと:はっはっは、ちょっとした仕返しだ。
わたこ:ボール当たってたら、シャレにならなかったですって。
ちさと:ははは。
ちさと:
0: 笑いながら、ちさとは、頭上の白い月を見上げた。
0: ボールをポケットから取り出して、月に向けて、かかげて見せる。
0:
ちさと:ほら、似てない?
ちさと:
わたこ:……まぁ、そういうことにしておきます。
わたこM:どうでもよかった。そんなことより、ボールをかかげた白い腕のほうが。
わたこM:ずっと気になった。
ちさと:やっと、わかってくれたか。
わたこ:もう、めんどくさいんで。
ちさと:えっ。
わたこ:てか、お腹すきません?
ちさと:えー……まあ、そうだね。
ちさと:
わたこ:片付けますか。
わたこ:
0: 場面転換
0: 窓の外は、まだ雨が降っている。
0: 図書室で、二人。雨宿りがてら、勉強会をしていた。
0:
わたこ:片付けますか。
ちさと:そうだね、もう、やまないだろうし。
わたこ:にわか雨だと思ったけど、思いのほか、しぶとかったですね。
ちさと:まあ、勉強もはかどったし、良しとしよう。
わたこ:……もうそろそろ、あれですね。
ちさと:うん?
わたこ:あれ……センター試験。
ちさと:あー、そうだね。来月だ。
わたこ:……なのに、私と遊んでばっかでいいんですか?
ちさと:えぇ? 勉強してたじゃんか。
わたこ:いや、今日はね。
ちさと:大丈夫だよ、普段からきちんとやっているからね私は。
わたこ:うわっ、よゆ~、嫌み~。
ちさと:そんなつもりないって。ただ、目指してる目標が高いからねー、どうしてもねー。
わたこ:……そうっすか。
ちさと:ははっ。まあ、息抜きも大事だから、後輩ちゃんと遊ぶのは、こっちとしても助けになっております。
わたこ:えー、そうなの?
ちさと:そうそう、ストレス発散に効果的です。
わたこ:なんか、都合のいい女的な言い方。
ちさと:あれ? 違うの?
わたこ:マジか。サイテーやん、さよなら。
ちさと:ちょっと、ごめんて!
わたこ:うるさいうるさい、図書室では静かに。
ちさと:わかったわかった、片して早く出よう。
わたこ:……大学は、大丈夫そうなの?
ちさと:え、あぁ……まあ、大丈夫じゃないかな。
わたこ:なんか頼りない返事。
ちさと:いやー、さすがにそこでイキれないわ。やっぱ不安だよね。
わたこ:不安なんだ。
ちさと:うん、海外だし、それなりに難しいよ、いろいろと。
わたこ:……へー。
ちさと:一応、滑り止めは、日本の大学だけどね。まあ、そっちならそっちで頑張るけど。
わたこ:浪人はしないんだ?
ちさと:そうだねー、時間がもったいない気がしてね。
わたこ:日本なら、まだ、あれですね。
ちさと:なに?
わたこ:……遊べるかなって。
ちさと:……そうだねぇ、いや、海外でも遊べるでしょ。帰省するし。
わたこ:まあ、それはそう。
ちさと:でしょー。いや、どれくらい忙しいかはわかんないけど。
わたこ:やっぱ、忙しくて会えないかもね。
ちさと:そうかも。でもそれは、日本でも同じだからさ。多分。
わたこ:……夢を追うって大変だ。
ちさと:うん、楽しいけどね。やっぱ、同じくらいは……ツライね。
わたこ:……そういうもんかぁ。
ちさと:後輩ちゃんは、夢無いの? 将来なりたいもの。
わたこ:……ないなぁ。
ちさと:そっか、いいね。
わたこ:は? なにが?
ちさと:いや、だって、まだなんでも選べるじゃない。なんにでもなれるし、なんでも目指せるよ。
わたこ:えー、嫌みにしか聞こえないけど。
ちさと:いやいや。本当に思ってるから。
ちさと:
ちさと:夢をずっと目指してるとさ。
ちさと:わりと、重荷になって、他の道に行こうって戻ることが、難しくなっちゃうんだよ。
ちさと:今までやってきたことって、簡単にゼロに戻せないじゃん。
ちさと:全部私だけでやってきたことでもないし、ね。
ちさと:もう、この道だけしかないっていうのは。
ちさと:ちょっと、しんどい時もあるんだよね。
ちさと:……だから、嫌みかもしんないけどさ。
ちさと:
ちさと:ちょっと、羨ましいんだ。
ちさと:
0: 場面転換
0: 雨が雪に変わっていた。
0: 自分の部屋で、わたこは窓を見ていた。
0:
わたこ:なごり雪か……。
わたこM:今日は、先輩の合格発表の日だそうだ。
わたこM:雨から雪へ変わって、外出なんて絶対したくない。
わたこM:元から、そんな予定も別になかったけれど。
わたこ:まぁ、どうせ大丈夫なんだろうな。
わたこM:滑り止めは問題なく合格が出ているそうだ。
わたこM:本命の大学も、大丈夫だろう。
わたこM:勝手にそう思うんだ。先輩のことだから、どうせ。
わたこ:大丈夫。
わたこ:
0: 目をつむる。
0:
ちさとM:……夢を追うって大変だ。
わたこ:見つけるのも、大変なんだ。
ちさとM:……そういうもんかぁ。
わたこ:そうなんだよ。見つかってる人には、わかんないかもだけど。
ちさとM:……ないなぁ。
わたこ:そっか、いいね。
ちさとM:は? なにが?
わたこ:全部。いいね。羨ましい。夢なんてないから。あれば、良かったのに。
ちさとM:えー、嫌みにしか聞こえないけど。
わたこ:嫌みだよ。
わたこ:なんで、私には夢がないんだろう。
わたこ:何かになりたいって思えなかったんだろう。
わたこ:
わたこ:……宇宙飛行士になりたいって、思えなかったんだろう。
わたこ:
0: スマホが振動して、ちさとからの知らせが届く。
0:
わたこM:やっぱり、大丈夫だった。
わたこM:
わたこ:……おめでとう。
わたこ:
0: 場面転換
0: 桜がうっすらとつぼみを開いてきた頃。
0: テニスコートに、二人はいた。
0:
わたこ:この度は、おめでとうございます。
ちさと:ありがとう。無事に卒業もでき、大学にも合格できたのは、後輩ちゃんのおかげです。
わたこ:いえいえ、こちらこそ楽しい高校生活をありがとうございました。
ちさと:あはは、まだそっちは一年あるけどね。
わたこ:そうですよー。対して、先輩はJKブランドを失ってしまいますね。
ちさと:そーなんだよね。突然歳をとった気分だよ。
わたこ:お腰には気を付けてくださいね。
ちさと:待て、そんな急に老化しないって。
わたこ:あら、そうでしたか。まだ私、若いのでイメージがつかなくて。
ちさと:このやろう、最後にボコボコにしてやるから、準備しな。
わたこ:よーし、返り討ちにしてやるぞー。
0: 二人は、最後の試合を始めた。
0:
わたこM:もう、いっそ。と。
わたこM:ラケットでボールを打ち返しながら。
わたこM:何度も思った。
わたこM:その度に、私は、ボールを打ち返すのに夢中になって。
わたこM:馬鹿みたいに忘れるんだ。
わたこM:言いたいこと。
わたこM:夢のこと。
わたこM:これまでのこと。
わたこM:これからのこと。
わたこM:全部。
わたこM:ボールと共に、飛んでいき……返ってくる。
わたこM:忘れるなと。私を叱るみたいに。
ちさと:なかなか決着がつかないな!
わたこM:ラリーが続く。普段よりずっと長く。
わたこ:……最後くらい、負けたくないですから、ね!
わたこM:いっそ、終わらなければいい。
ちさとM:忘れられるから?
わたこM:ずっと今が続けばいい。
ちさとM:離れずにいられるから?
わたこM:時が止まってしまえばいい。
ちさと:このまま、何も変わらなければいいのに。
わたこ:え?
わたこ:
0: 高い、ロブが上がった。
0:
ちさと:遠く、離れてもさ。私たち、変わらないでいれるかな。
わたこ:……何が?
ちさと:……全部。
ちさと:
0: 白い月は、今日はボールとは違う形をしていた。
0: ボールはそのまま地面に落ちて、二回弾んだ。
0:
ちさと:私の勝ちだ。
わたこ:……ずるい。
ちさと:はっはっはっ、いつもと変わらず、後輩ちゃんの負けだ。
わたこ:……馬鹿にしやがって。
ちさと:してないよ。
わたこ:うそだ。
ちさと:してない。
わたこ:馬鹿にしやがって……馬鹿に、しやがって!
ちさと:……。
わたこ:……変わらないはず、ない。
ちさと:……うん。
わたこM:月の形が変わるように。
ちさとM:夢が現実に近づくように。
ちさと:きっと、私たちは、少しづつ変わっていくんだろうな。
ちさとM:でも違うんだ、本当は。
わたこM:嘘でもいいから。変わらないって。
ちさとM:言ってほしいだけなんだ。
わたこ:どうして……おいていくんですか。
わたこM:夢を叶える為だから。
わたこ:なりたいものも、やりたいことも……どうして持ってるんですか!
わたこM:夢も何もない私だから、仕方がない、と。
わたこ:どうしたらいいんですか、私は……教えてくださいよ。
わたこM:夢が、あなたを連れて行ってしまう。
ちさと:……どうしたい?
わたこ:……わからない。
ちさと:じゃあ、私もわからないよ。
0: ちさとはわたこを見つめていた。
0:
わたこ:……考えて、よ。
ちさと:なんてやつだ、人まかせだな後輩ちゃんは。
わたこ:ずっと、考えても、わからないんですよ……どうすればいいのか。
ちさと:うん。
わたこ:先輩は、夢があるから……どうしようもないことは、わかってるから。
ちさと:うん。
わたこ:……もう、会えないかも、しれないのも。仕方ない、から。
ちさと:なに、もう会ってくれないの?
わたこ:……会いたいけど、頻繁には会えないし、この先どんどん忙しくなるだろうし。
ちさと:まあ、そうなるかもしれないねぇ。
わたこ:……きっと、そうなる。
ちさと:けどね。私は、これからも会いたいし、話したいし、一緒にいたいよ。
わたこ:そんなの……。
わたこM:私だって同じだ。
わたこ:…….忘れちゃいますよ。
ちさと:ははっ、信用されてないなぁ、私。
0: ちさとは大きく空を指さした。
0:
ちさと:私さ、宇宙を……月を目指すよ。
わたこ:……知ってる。
ちさと:うん。だから、月を見るたび、私のことを思い出して。
わたこ:……意味わかんない。
ちさと:そうしてくれればさ。私も思い出せるから。
0: ちさとは笑う。
0:
ちさと:わたこが、月を見て、私を思い出してくれてるって。だからさ。私も同じように、わたこを思い出すよ。
わたこM:先輩の指さした先に、白い月が浮かんでいた。
ちさと:離れて。会えなくても、話せなくても……私とわたこが、ずっと一緒にいられるように。
わたこM:あの月に、先輩は……。
ちさと:約束しよう。絶対に月に行く。そして、わたこを必ず忘れない。
わたこM:メールでも電話でもLINEでもなく。宇宙でのつながりを約束するなんて。馬鹿みたいだ。
わたこ:……わかりました。
わたこM:馬鹿みたいだけど、ちさと先輩らしい。
わたこ:忘れないでくださいよ。私も、忘れませんから。
わたこM:何もない私だけど。
ちさと:うん、もちろん。
わたこM:これだけは、無くさずにいよう。
ちさと:いっそ、月について来たらいいのに。
わたこ:それは、嫌です。
ちさと:えー!
ちさと:
0: 場面転換
0:
わたこ:えー!
わたこ:
ちさと:うおーっと、大きいよ声が。
ちさと:
わたこ:なんで、突然そんな!
わたこ:
ちさと:仕方ないでしょ、それも大事なことなんだから。
ちさと:
わたこ:でも、間に合わないですって流石に。今からだと、えーっと……。
わたこ:
ちさと:二時間は、かかるかなって感じ?
ちさと:
わたこ:もう! ほんと最悪! 無理ですやっぱり!
わたこ:
ちさと:だよねー、でもね、やらないといけないわけです。
ちさと:
わたこ:はぁ……承知です。
わたこ:
ちさと:はい、では行きますか。楽しい楽しい訓練だー!
ちさと:
0: 宇宙服を着て、仲間と共に訓練へ向かう、ちさと。
0: スマホの通話を切り、げんなりとした顔でパソコンに向かう、わたこ。
0:
わたこ:馬鹿にしやがって……。あーあ、もう真っ暗だ……。
わたこM:ここの所、突発の案件対応やら納期変更やらで、すっかり残業続きだ。
わたこM:休みも疲れて何もやる気が出ず、趣味のテニスもしばらくやっていない。
わたこM:高校、大学、社会人。
わたこM:夢も何も無くたって、案外なんとかなってしまうんだなと思わされた十年であり、
わたこM:それ以前までに生きた十数年よりも、断然濃厚な気がした。
わたこM:目まぐるしく過ぎる時間の中で、たどり着いた今が、
わたこM:半分ブラックな企業勤めの社畜という点では、夢があれば違ったのだろうかと、少し思ってしまう。
わたこ:夢、かぁ。
わたこM:そういえば、最近の夢は、遅刻したり、資料なくしたり、仕事に関する嫌な物しかみてない。
わたこM:それほど、ストレスなんだろうか。そろそろ転職もきちんと考えるべきなんだろうな。
わたこ:あっ。
わたこM:ふと、窓の外に、大きな月が見えた。
わたこ:丸いなぁ。
わたこM:少しだけフチが欠けているので、明日くらいには満月だろうか。
わたこ:……あー。そうだね。
わたこM:うん。大丈夫。覚えてる。
わたこ:また、忙しくて。馬鹿みたいに忘れるんだろうけど。
わたこ:
0: 訓練後のちさと。
0:
ちさと:ふぅ……お疲れー。お、ちょっと、見て見て、月がでっかいよ!
ちさと:
ちさとM:月を見ると、思い出すことがある。
わたこM:いつからか、連絡も途絶えがちになってしまったけれど。
ちさとM:まったく違う所で、全然違う生き方をしてる、あなた。
わたこM:すごい遠い所で、もっと遠くへ行こうしてる、あなた。
ちさとM:サーブを打つように、手を伸ばす。
わたこM:テニスボールみたいに見えて、打つ仕草をしてみる。
ちさとM:あの日のラリーは。ちゃんと続いている。
わたこM:忘れずに、思い続けている。
わたこM:
ちさと:もうすぐ、行けるよ。
わたこ:うん。私も頑張る。
わたこ:
ちさとM:あなたが。
わたこM:月を見てくれるから。
わたこM:
0: 終