台本概要

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タイトル 月を見て
作者名 よぉげるとサマー  (@gerutohoukai)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(女2)
時間 30 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 女性2人台本ですが、お好きに性別は変更してください。
劇の音声が残るようにしてくれる場合は、ご共有下されば幸いです。是非、聴きたいです。
あと、感想もくれると喜びます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
わたこ 125 夢がない後輩
ちさと 107 夢がある先輩
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
タイトル:月を見て タイトル: ■登場人物: わたこ:女/改変すれば男 高校二年。 夢なんて無い。 ちさと:女/改変すれば男 高校三年。 夢しか見てない。 ちさと:  0: ~Mとついてるところは、モノローグです。 0:  ■本編:  0: テニスコート、わたこがネット越しの誰かと打ち合いをしている。誰かは見えない。 0: スローな映像。 0:  わたこM:もう、いっそ。と。 わたこM:ラケットでボールを打ち返しながら。 わたこM:何度も思った。 わたこM:その度に、私は、ボールを打ち返すのに夢中になって。 わたこM:  わたこ:馬鹿みたいに忘れるんだ。 わたこ:  0: 夜の始まりくらいの時間帯に、歩道橋から。 0: 気だるそうに電車が通り過ぎていくのを見ている、制服姿のわたこ。 0: 重そうなラケットバッグを背負っている。 0:  わたこ:はぁ……疲れた。 わたこ:夜風は何で冷たいんだろな。 わたこ:  0: ふいに、わたこの頭に何かが当たる。 0:  わたこ:いたっ、えっ、はっ? わたこ:  0: 何かが緩やかに頭にヒットし、目の前を遮っている。 0: そして、聞き覚えのある声。 0:  ちさと:ははっ、不注意だなぁ。後輩ちゃん。 わたこ:いや、不注意とかじゃないから……ラケット入れで叩かないでください。 わたこ:  0: それをどかすと、わたこの前には同じ部活の先輩である、ちさとがいた。 0: 部活のジャージ姿だった。 0:  ちさと:ごめんごめん。変な顔してたから、ついね。 わたこ:は? 可愛い顔しかしたことないけど。 ちさと:おっと、マジか。可愛い顔でしたか。 ちさと:  0: わたこがにらみつけると、ちさとは面白そうに笑った。 0:  ちさと:確かに、その顔は可愛い。 わたこ:馬鹿にしやがって。 ちさと:褒めたつもりだよ。 わたこ:うざー。 わたこ:  0: ちさとは笑いながら、ラケット入れでわたこをぐいっと押す。 0: 押されてわたこはちさとと並び、歩き出す。 0:  ちさと:何してたの、あそこで。 わたこ:べつに、涼んでただけですよ。 ちさと:えー? はたから見たら飛び降りるみたいに見えたよ? ちさと:  0: 笑い混じりに、わたこは言った。 0:  わたこ:なんでだよ。 わたこ:  0: 少し前に出ていたちさとは、顔だけ少し振り向き。 0:  ちさと:ワンチャンあるかな、ってね。 ちさと:  0: と少し笑った。 0:  わたこ:いやいや。そういうのだったとしても、電車止めるの嫌だから無理。 ちさと:あはは、わかるー。死んだ後で迷惑かけたくないよね。 わたこ:そうそう。良い子だから私。 ちさと:おー、可愛いし、良い子だし、最強だねぇ。 わたこ:そーなのー。 ちさと:ははは。そーですねー。 わたこ:馬鹿にしやがって。 ちさと:してないしてない。 わたこ:ほんとにー? わたこ:  0: ちさとは、振り向いて言う。わたこには、その仕草が、ゆっくり見えた。 0:  ちさと:ほんとだよ。 ちさと:  0: 場面転換 0: 夕方の色がうっすら見えて来た頃。 0: わたこはちさとの返答を聞いて、テニスコートに立ち尽くしていた。 0:  ちさと:ほんとだよ。 ちさと:卒業したら、海外の大学に行くって、ずっと前から決めてたんだ。 わたこ:えっと……なんで? ちさと:いやー、ふふっ、えーとね。 わたこ:な、何照れてんすか。 ちさと:あはは、割とね、人に言うと驚かれるからさ。恥ずかしくなっちゃってね。 ちさと:  0: 深呼吸を一度して、ちさとは語る。 0:  ちさと:ずっと、夢でさ。宇宙飛行士になりたくて。 ちさと:  わたこM:恥ずかしいって、何だったんだ。 わたこM:全然、誇らしげじゃんか。 わたこ:……ずるいなぁ。 ちさと:え、なにが? わたこ:なーんか……ひとりだけ大人じゃんって。 ちさと:えー、そんなことないって。むしろ逆じゃない? わたこ:どこが? ちさと:だってさ……なんか子供っぽい夢じゃない? わたこ:……たしかに。 ちさと:あー、ひどい奴だよ! 否定してよ! 先輩だぞ! わたこ:はー? 自分で言ったんじゃん。 ちさと:そうだけどさー。でもね、応援して欲しいんだ。私は。 わたこ:めんどくさーい。 ちさと:ひっどー! わたこ:あははは。 わたこ:  0: ネットに近寄って話すちさと。 0: 笑いながら、その反対を向いて、わたこはつぶやく。 0:  わたこ:……馬鹿にしやがって。 わたこ:  0: 場面転換 0: 電気を消した部屋で、ベッドに寝転びながらスマホをいじる、わたこ。 0:  わたこ:……馬鹿にしやがって。 ちさとM:卒業したら、海外の大学に行くって、ずっと前から決めてたんだ。 わたこ:もっと早く言えよ。 ちさとM:ずっと、夢でさ。宇宙飛行士になりたくて。 わたこ:なに夢って。しかもなんで宇宙飛行士。 ちさとM:でもね、応援して欲しいんだ。私は。 わたこ:うざ…………するわけないじゃん。 わたこM:私は夢なんて無いよ。 わたこ:毎日ちょっとだけでも楽しかったら、それで良いじゃん。 わたこM:私の夢は、寝た時に見るのだけ。 わたこ:……寝よ。 わたこM:目をつぶると。いつもと同じ変な感じのくらやみ。 わたこ:……うざ。 わたこM:宇宙ってこんな感じかなとか、くだらないことを思ってしまった。 わたこM:気になって、スマホで見た宇宙の画像は、わりとキレイで。 わたこM:  わたこ:……全然、似てない。 わたこ:  0: 場面転換 0: 土曜日の昼間。 0: わたこはテニスボールを持つちさとをジト目で見た。 0:  わたこ:……全然、似てない。 ちさと:え? いや、結構ぽいと思うんだけどなー。ほら、丸いし。 わたこ:丸いだけじゃん。 ちさと:いや、黄色っぽいし。 わたこ:どっちかってと、緑だから。 ちさと:ねー、違いばっか探さないでよ! わたこ:月とスッポンって言葉と同じだから。月とボールは似てませーん。 ちさと:もー、わかりました。すみませんでしたー。 わたこ:……宇宙行きた過ぎて、何でもそういうのに見えちゃうんですか? ちさと:えぇ? いや、そういうのじゃないと思うけど。 わたこ:じゃあ美的センスの問題か。 ちさと:おい、私のセンスをバカにするんじゃないよ。 わたこ:えー、なんでも丸ければ月に見えるんでしょ? ちさと:そんなこと言ってないから! わたこ:えー? ちさと:あのさ、こうやっ、て。 ちさと: 0: ボールを真上に放る。 0:  ちさと:サーブする時に見ると。 わたこM:空に浮かぶボールは、もっと高くにある、白い月と同じくらいの大きさに見えた。 ちさと:小さくなってさ、月みたいに見えるじゃん。 ちさと:  0: 言うと、ちさとは、落ちてくるボールを打った。 0:  わたこ:うわっ! ちょっと、打つなら言ってよ! ちさと:はっはっは、ちょっとした仕返しだ。 わたこ:ボール当たってたら、シャレにならなかったですって。 ちさと:ははは。 ちさと:  0: 笑いながら、ちさとは、頭上の白い月を見上げた。 0: ボールをポケットから取り出して、月に向けて、かかげて見せる。 0:  ちさと:ほら、似てない? ちさと:  わたこ:……まぁ、そういうことにしておきます。 わたこM:どうでもよかった。そんなことより、ボールをかかげた白い腕のほうが。 わたこM:ずっと気になった。 ちさと:やっと、わかってくれたか。 わたこ:もう、めんどくさいんで。 ちさと:えっ。 わたこ:てか、お腹すきません? ちさと:えー……まあ、そうだね。 ちさと:  わたこ:片付けますか。 わたこ:  0: 場面転換 0: 窓の外は、まだ雨が降っている。 0: 図書室で、二人。雨宿りがてら、勉強会をしていた。 0:  わたこ:片付けますか。 ちさと:そうだね、もう、やまないだろうし。 わたこ:にわか雨だと思ったけど、思いのほか、しぶとかったですね。 ちさと:まあ、勉強もはかどったし、良しとしよう。 わたこ:……もうそろそろ、あれですね。 ちさと:うん? わたこ:あれ……センター試験。 ちさと:あー、そうだね。来月だ。 わたこ:……なのに、私と遊んでばっかでいいんですか? ちさと:えぇ? 勉強してたじゃんか。 わたこ:いや、今日はね。 ちさと:大丈夫だよ、普段からきちんとやっているからね私は。 わたこ:うわっ、よゆ~、嫌み~。 ちさと:そんなつもりないって。ただ、目指してる目標が高いからねー、どうしてもねー。 わたこ:……そうっすか。 ちさと:ははっ。まあ、息抜きも大事だから、後輩ちゃんと遊ぶのは、こっちとしても助けになっております。 わたこ:えー、そうなの? ちさと:そうそう、ストレス発散に効果的です。 わたこ:なんか、都合のいい女的な言い方。 ちさと:あれ? 違うの? わたこ:マジか。サイテーやん、さよなら。 ちさと:ちょっと、ごめんて! わたこ:うるさいうるさい、図書室では静かに。 ちさと:わかったわかった、片して早く出よう。 わたこ:……大学は、大丈夫そうなの? ちさと:え、あぁ……まあ、大丈夫じゃないかな。 わたこ:なんか頼りない返事。 ちさと:いやー、さすがにそこでイキれないわ。やっぱ不安だよね。 わたこ:不安なんだ。 ちさと:うん、海外だし、それなりに難しいよ、いろいろと。 わたこ:……へー。 ちさと:一応、滑り止めは、日本の大学だけどね。まあ、そっちならそっちで頑張るけど。 わたこ:浪人はしないんだ? ちさと:そうだねー、時間がもったいない気がしてね。 わたこ:日本なら、まだ、あれですね。 ちさと:なに? わたこ:……遊べるかなって。 ちさと:……そうだねぇ、いや、海外でも遊べるでしょ。帰省するし。 わたこ:まあ、それはそう。 ちさと:でしょー。いや、どれくらい忙しいかはわかんないけど。 わたこ:やっぱ、忙しくて会えないかもね。 ちさと:そうかも。でもそれは、日本でも同じだからさ。多分。 わたこ:……夢を追うって大変だ。 ちさと:うん、楽しいけどね。やっぱ、同じくらいは……ツライね。 わたこ:……そういうもんかぁ。 ちさと:後輩ちゃんは、夢無いの? 将来なりたいもの。 わたこ:……ないなぁ。 ちさと:そっか、いいね。 わたこ:は? なにが? ちさと:いや、だって、まだなんでも選べるじゃない。なんにでもなれるし、なんでも目指せるよ。 わたこ:えー、嫌みにしか聞こえないけど。 ちさと:いやいや。本当に思ってるから。 ちさと:  ちさと:夢をずっと目指してるとさ。 ちさと:わりと、重荷になって、他の道に行こうって戻ることが、難しくなっちゃうんだよ。 ちさと:今までやってきたことって、簡単にゼロに戻せないじゃん。 ちさと:全部私だけでやってきたことでもないし、ね。 ちさと:もう、この道だけしかないっていうのは。 ちさと:ちょっと、しんどい時もあるんだよね。 ちさと:……だから、嫌みかもしんないけどさ。 ちさと:  ちさと:ちょっと、羨ましいんだ。 ちさと:  0: 場面転換 0: 雨が雪に変わっていた。 0: 自分の部屋で、わたこは窓を見ていた。 0:  わたこ:なごり雪か……。 わたこM:今日は、先輩の合格発表の日だそうだ。 わたこM:雨から雪へ変わって、外出なんて絶対したくない。 わたこM:元から、そんな予定も別になかったけれど。 わたこ:まぁ、どうせ大丈夫なんだろうな。 わたこM:滑り止めは問題なく合格が出ているそうだ。 わたこM:本命の大学も、大丈夫だろう。 わたこM:勝手にそう思うんだ。先輩のことだから、どうせ。 わたこ:大丈夫。 わたこ:  0: 目をつむる。 0:  ちさとM:……夢を追うって大変だ。 わたこ:見つけるのも、大変なんだ。 ちさとM:……そういうもんかぁ。 わたこ:そうなんだよ。見つかってる人には、わかんないかもだけど。 ちさとM:……ないなぁ。 わたこ:そっか、いいね。 ちさとM:は? なにが? わたこ:全部。いいね。羨ましい。夢なんてないから。あれば、良かったのに。 ちさとM:えー、嫌みにしか聞こえないけど。 わたこ:嫌みだよ。 わたこ:なんで、私には夢がないんだろう。 わたこ:何かになりたいって思えなかったんだろう。 わたこ:  わたこ:……宇宙飛行士になりたいって、思えなかったんだろう。 わたこ:  0: スマホが振動して、ちさとからの知らせが届く。 0:  わたこM:やっぱり、大丈夫だった。 わたこM:  わたこ:……おめでとう。 わたこ:  0: 場面転換 0: 桜がうっすらとつぼみを開いてきた頃。 0: テニスコートに、二人はいた。 0:  わたこ:この度は、おめでとうございます。 ちさと:ありがとう。無事に卒業もでき、大学にも合格できたのは、後輩ちゃんのおかげです。 わたこ:いえいえ、こちらこそ楽しい高校生活をありがとうございました。 ちさと:あはは、まだそっちは一年あるけどね。 わたこ:そうですよー。対して、先輩はJKブランドを失ってしまいますね。 ちさと:そーなんだよね。突然歳をとった気分だよ。 わたこ:お腰には気を付けてくださいね。 ちさと:待て、そんな急に老化しないって。 わたこ:あら、そうでしたか。まだ私、若いのでイメージがつかなくて。 ちさと:このやろう、最後にボコボコにしてやるから、準備しな。 わたこ:よーし、返り討ちにしてやるぞー。 0: 二人は、最後の試合を始めた。 0:  わたこM:もう、いっそ。と。 わたこM:ラケットでボールを打ち返しながら。 わたこM:何度も思った。 わたこM:その度に、私は、ボールを打ち返すのに夢中になって。 わたこM:馬鹿みたいに忘れるんだ。 わたこM:言いたいこと。 わたこM:夢のこと。 わたこM:これまでのこと。 わたこM:これからのこと。 わたこM:全部。 わたこM:ボールと共に、飛んでいき……返ってくる。 わたこM:忘れるなと。私を叱るみたいに。 ちさと:なかなか決着がつかないな! わたこM:ラリーが続く。普段よりずっと長く。 わたこ:……最後くらい、負けたくないですから、ね! わたこM:いっそ、終わらなければいい。 ちさとM:忘れられるから? わたこM:ずっと今が続けばいい。 ちさとM:離れずにいられるから? わたこM:時が止まってしまえばいい。 ちさと:このまま、何も変わらなければいいのに。 わたこ:え? わたこ:  0: 高い、ロブが上がった。 0:  ちさと:遠く、離れてもさ。私たち、変わらないでいれるかな。 わたこ:……何が? ちさと:……全部。 ちさと:  0: 白い月は、今日はボールとは違う形をしていた。 0: ボールはそのまま地面に落ちて、二回弾んだ。 0:  ちさと:私の勝ちだ。 わたこ:……ずるい。 ちさと:はっはっはっ、いつもと変わらず、後輩ちゃんの負けだ。 わたこ:……馬鹿にしやがって。 ちさと:してないよ。 わたこ:うそだ。 ちさと:してない。 わたこ:馬鹿にしやがって……馬鹿に、しやがって! ちさと:……。 わたこ:……変わらないはず、ない。 ちさと:……うん。 わたこM:月の形が変わるように。 ちさとM:夢が現実に近づくように。 ちさと:きっと、私たちは、少しづつ変わっていくんだろうな。 ちさとM:でも違うんだ、本当は。 わたこM:嘘でもいいから。変わらないって。 ちさとM:言ってほしいだけなんだ。 わたこ:どうして……おいていくんですか。 わたこM:夢を叶える為だから。 わたこ:なりたいものも、やりたいことも……どうして持ってるんですか! わたこM:夢も何もない私だから、仕方がない、と。 わたこ:どうしたらいいんですか、私は……教えてくださいよ。 わたこM:夢が、あなたを連れて行ってしまう。 ちさと:……どうしたい? わたこ:……わからない。 ちさと:じゃあ、私もわからないよ。 0: ちさとはわたこを見つめていた。 0:  わたこ:……考えて、よ。 ちさと:なんてやつだ、人まかせだな後輩ちゃんは。 わたこ:ずっと、考えても、わからないんですよ……どうすればいいのか。 ちさと:うん。 わたこ:先輩は、夢があるから……どうしようもないことは、わかってるから。 ちさと:うん。 わたこ:……もう、会えないかも、しれないのも。仕方ない、から。 ちさと:なに、もう会ってくれないの? わたこ:……会いたいけど、頻繁には会えないし、この先どんどん忙しくなるだろうし。 ちさと:まあ、そうなるかもしれないねぇ。 わたこ:……きっと、そうなる。 ちさと:けどね。私は、これからも会いたいし、話したいし、一緒にいたいよ。 わたこ:そんなの……。 わたこM:私だって同じだ。 わたこ:…….忘れちゃいますよ。 ちさと:ははっ、信用されてないなぁ、私。 0: ちさとは大きく空を指さした。 0:  ちさと:私さ、宇宙を……月を目指すよ。 わたこ:……知ってる。 ちさと:うん。だから、月を見るたび、私のことを思い出して。 わたこ:……意味わかんない。 ちさと:そうしてくれればさ。私も思い出せるから。 0: ちさとは笑う。 0:  ちさと:わたこが、月を見て、私を思い出してくれてるって。だからさ。私も同じように、わたこを思い出すよ。 わたこM:先輩の指さした先に、白い月が浮かんでいた。 ちさと:離れて。会えなくても、話せなくても……私とわたこが、ずっと一緒にいられるように。 わたこM:あの月に、先輩は……。 ちさと:約束しよう。絶対に月に行く。そして、わたこを必ず忘れない。 わたこM:メールでも電話でもLINEでもなく。宇宙でのつながりを約束するなんて。馬鹿みたいだ。 わたこ:……わかりました。 わたこM:馬鹿みたいだけど、ちさと先輩らしい。 わたこ:忘れないでくださいよ。私も、忘れませんから。 わたこM:何もない私だけど。 ちさと:うん、もちろん。 わたこM:これだけは、無くさずにいよう。 ちさと:いっそ、月について来たらいいのに。 わたこ:それは、嫌です。 ちさと:えー! ちさと:  0: 場面転換 0:  わたこ:えー! わたこ:  ちさと:うおーっと、大きいよ声が。 ちさと:  わたこ:なんで、突然そんな! わたこ:  ちさと:仕方ないでしょ、それも大事なことなんだから。 ちさと:  わたこ:でも、間に合わないですって流石に。今からだと、えーっと……。 わたこ:  ちさと:二時間は、かかるかなって感じ? ちさと:  わたこ:もう! ほんと最悪! 無理ですやっぱり! わたこ:  ちさと:だよねー、でもね、やらないといけないわけです。 ちさと:  わたこ:はぁ……承知です。 わたこ:  ちさと:はい、では行きますか。楽しい楽しい訓練だー! ちさと:  0: 宇宙服を着て、仲間と共に訓練へ向かう、ちさと。 0: スマホの通話を切り、げんなりとした顔でパソコンに向かう、わたこ。 0:  わたこ:馬鹿にしやがって……。あーあ、もう真っ暗だ……。 わたこM:ここの所、突発の案件対応やら納期変更やらで、すっかり残業続きだ。 わたこM:休みも疲れて何もやる気が出ず、趣味のテニスもしばらくやっていない。 わたこM:高校、大学、社会人。 わたこM:夢も何も無くたって、案外なんとかなってしまうんだなと思わされた十年であり、 わたこM:それ以前までに生きた十数年よりも、断然濃厚な気がした。 わたこM:目まぐるしく過ぎる時間の中で、たどり着いた今が、 わたこM:半分ブラックな企業勤めの社畜という点では、夢があれば違ったのだろうかと、少し思ってしまう。 わたこ:夢、かぁ。 わたこM:そういえば、最近の夢は、遅刻したり、資料なくしたり、仕事に関する嫌な物しかみてない。 わたこM:それほど、ストレスなんだろうか。そろそろ転職もきちんと考えるべきなんだろうな。 わたこ:あっ。 わたこM:ふと、窓の外に、大きな月が見えた。 わたこ:丸いなぁ。 わたこM:少しだけフチが欠けているので、明日くらいには満月だろうか。 わたこ:……あー。そうだね。 わたこM:うん。大丈夫。覚えてる。 わたこ:また、忙しくて。馬鹿みたいに忘れるんだろうけど。 わたこ: 0: 訓練後のちさと。 0:  ちさと:ふぅ……お疲れー。お、ちょっと、見て見て、月がでっかいよ! ちさと:  ちさとM:月を見ると、思い出すことがある。 わたこM:いつからか、連絡も途絶えがちになってしまったけれど。 ちさとM:まったく違う所で、全然違う生き方をしてる、あなた。 わたこM:すごい遠い所で、もっと遠くへ行こうしてる、あなた。 ちさとM:サーブを打つように、手を伸ばす。 わたこM:テニスボールみたいに見えて、打つ仕草をしてみる。 ちさとM:あの日のラリーは。ちゃんと続いている。 わたこM:忘れずに、思い続けている。 わたこM:  ちさと:もうすぐ、行けるよ。 わたこ:うん。私も頑張る。 わたこ:  ちさとM:あなたが。 わたこM:月を見てくれるから。 わたこM:  0:   終

タイトル:月を見て タイトル: ■登場人物: わたこ:女/改変すれば男 高校二年。 夢なんて無い。 ちさと:女/改変すれば男 高校三年。 夢しか見てない。 ちさと:  0: ~Mとついてるところは、モノローグです。 0:  ■本編:  0: テニスコート、わたこがネット越しの誰かと打ち合いをしている。誰かは見えない。 0: スローな映像。 0:  わたこM:もう、いっそ。と。 わたこM:ラケットでボールを打ち返しながら。 わたこM:何度も思った。 わたこM:その度に、私は、ボールを打ち返すのに夢中になって。 わたこM:  わたこ:馬鹿みたいに忘れるんだ。 わたこ:  0: 夜の始まりくらいの時間帯に、歩道橋から。 0: 気だるそうに電車が通り過ぎていくのを見ている、制服姿のわたこ。 0: 重そうなラケットバッグを背負っている。 0:  わたこ:はぁ……疲れた。 わたこ:夜風は何で冷たいんだろな。 わたこ:  0: ふいに、わたこの頭に何かが当たる。 0:  わたこ:いたっ、えっ、はっ? わたこ:  0: 何かが緩やかに頭にヒットし、目の前を遮っている。 0: そして、聞き覚えのある声。 0:  ちさと:ははっ、不注意だなぁ。後輩ちゃん。 わたこ:いや、不注意とかじゃないから……ラケット入れで叩かないでください。 わたこ:  0: それをどかすと、わたこの前には同じ部活の先輩である、ちさとがいた。 0: 部活のジャージ姿だった。 0:  ちさと:ごめんごめん。変な顔してたから、ついね。 わたこ:は? 可愛い顔しかしたことないけど。 ちさと:おっと、マジか。可愛い顔でしたか。 ちさと:  0: わたこがにらみつけると、ちさとは面白そうに笑った。 0:  ちさと:確かに、その顔は可愛い。 わたこ:馬鹿にしやがって。 ちさと:褒めたつもりだよ。 わたこ:うざー。 わたこ:  0: ちさとは笑いながら、ラケット入れでわたこをぐいっと押す。 0: 押されてわたこはちさとと並び、歩き出す。 0:  ちさと:何してたの、あそこで。 わたこ:べつに、涼んでただけですよ。 ちさと:えー? はたから見たら飛び降りるみたいに見えたよ? ちさと:  0: 笑い混じりに、わたこは言った。 0:  わたこ:なんでだよ。 わたこ:  0: 少し前に出ていたちさとは、顔だけ少し振り向き。 0:  ちさと:ワンチャンあるかな、ってね。 ちさと:  0: と少し笑った。 0:  わたこ:いやいや。そういうのだったとしても、電車止めるの嫌だから無理。 ちさと:あはは、わかるー。死んだ後で迷惑かけたくないよね。 わたこ:そうそう。良い子だから私。 ちさと:おー、可愛いし、良い子だし、最強だねぇ。 わたこ:そーなのー。 ちさと:ははは。そーですねー。 わたこ:馬鹿にしやがって。 ちさと:してないしてない。 わたこ:ほんとにー? わたこ:  0: ちさとは、振り向いて言う。わたこには、その仕草が、ゆっくり見えた。 0:  ちさと:ほんとだよ。 ちさと:  0: 場面転換 0: 夕方の色がうっすら見えて来た頃。 0: わたこはちさとの返答を聞いて、テニスコートに立ち尽くしていた。 0:  ちさと:ほんとだよ。 ちさと:卒業したら、海外の大学に行くって、ずっと前から決めてたんだ。 わたこ:えっと……なんで? ちさと:いやー、ふふっ、えーとね。 わたこ:な、何照れてんすか。 ちさと:あはは、割とね、人に言うと驚かれるからさ。恥ずかしくなっちゃってね。 ちさと:  0: 深呼吸を一度して、ちさとは語る。 0:  ちさと:ずっと、夢でさ。宇宙飛行士になりたくて。 ちさと:  わたこM:恥ずかしいって、何だったんだ。 わたこM:全然、誇らしげじゃんか。 わたこ:……ずるいなぁ。 ちさと:え、なにが? わたこ:なーんか……ひとりだけ大人じゃんって。 ちさと:えー、そんなことないって。むしろ逆じゃない? わたこ:どこが? ちさと:だってさ……なんか子供っぽい夢じゃない? わたこ:……たしかに。 ちさと:あー、ひどい奴だよ! 否定してよ! 先輩だぞ! わたこ:はー? 自分で言ったんじゃん。 ちさと:そうだけどさー。でもね、応援して欲しいんだ。私は。 わたこ:めんどくさーい。 ちさと:ひっどー! わたこ:あははは。 わたこ:  0: ネットに近寄って話すちさと。 0: 笑いながら、その反対を向いて、わたこはつぶやく。 0:  わたこ:……馬鹿にしやがって。 わたこ:  0: 場面転換 0: 電気を消した部屋で、ベッドに寝転びながらスマホをいじる、わたこ。 0:  わたこ:……馬鹿にしやがって。 ちさとM:卒業したら、海外の大学に行くって、ずっと前から決めてたんだ。 わたこ:もっと早く言えよ。 ちさとM:ずっと、夢でさ。宇宙飛行士になりたくて。 わたこ:なに夢って。しかもなんで宇宙飛行士。 ちさとM:でもね、応援して欲しいんだ。私は。 わたこ:うざ…………するわけないじゃん。 わたこM:私は夢なんて無いよ。 わたこ:毎日ちょっとだけでも楽しかったら、それで良いじゃん。 わたこM:私の夢は、寝た時に見るのだけ。 わたこ:……寝よ。 わたこM:目をつぶると。いつもと同じ変な感じのくらやみ。 わたこ:……うざ。 わたこM:宇宙ってこんな感じかなとか、くだらないことを思ってしまった。 わたこM:気になって、スマホで見た宇宙の画像は、わりとキレイで。 わたこM:  わたこ:……全然、似てない。 わたこ:  0: 場面転換 0: 土曜日の昼間。 0: わたこはテニスボールを持つちさとをジト目で見た。 0:  わたこ:……全然、似てない。 ちさと:え? いや、結構ぽいと思うんだけどなー。ほら、丸いし。 わたこ:丸いだけじゃん。 ちさと:いや、黄色っぽいし。 わたこ:どっちかってと、緑だから。 ちさと:ねー、違いばっか探さないでよ! わたこ:月とスッポンって言葉と同じだから。月とボールは似てませーん。 ちさと:もー、わかりました。すみませんでしたー。 わたこ:……宇宙行きた過ぎて、何でもそういうのに見えちゃうんですか? ちさと:えぇ? いや、そういうのじゃないと思うけど。 わたこ:じゃあ美的センスの問題か。 ちさと:おい、私のセンスをバカにするんじゃないよ。 わたこ:えー、なんでも丸ければ月に見えるんでしょ? ちさと:そんなこと言ってないから! わたこ:えー? ちさと:あのさ、こうやっ、て。 ちさと: 0: ボールを真上に放る。 0:  ちさと:サーブする時に見ると。 わたこM:空に浮かぶボールは、もっと高くにある、白い月と同じくらいの大きさに見えた。 ちさと:小さくなってさ、月みたいに見えるじゃん。 ちさと:  0: 言うと、ちさとは、落ちてくるボールを打った。 0:  わたこ:うわっ! ちょっと、打つなら言ってよ! ちさと:はっはっは、ちょっとした仕返しだ。 わたこ:ボール当たってたら、シャレにならなかったですって。 ちさと:ははは。 ちさと:  0: 笑いながら、ちさとは、頭上の白い月を見上げた。 0: ボールをポケットから取り出して、月に向けて、かかげて見せる。 0:  ちさと:ほら、似てない? ちさと:  わたこ:……まぁ、そういうことにしておきます。 わたこM:どうでもよかった。そんなことより、ボールをかかげた白い腕のほうが。 わたこM:ずっと気になった。 ちさと:やっと、わかってくれたか。 わたこ:もう、めんどくさいんで。 ちさと:えっ。 わたこ:てか、お腹すきません? ちさと:えー……まあ、そうだね。 ちさと:  わたこ:片付けますか。 わたこ:  0: 場面転換 0: 窓の外は、まだ雨が降っている。 0: 図書室で、二人。雨宿りがてら、勉強会をしていた。 0:  わたこ:片付けますか。 ちさと:そうだね、もう、やまないだろうし。 わたこ:にわか雨だと思ったけど、思いのほか、しぶとかったですね。 ちさと:まあ、勉強もはかどったし、良しとしよう。 わたこ:……もうそろそろ、あれですね。 ちさと:うん? わたこ:あれ……センター試験。 ちさと:あー、そうだね。来月だ。 わたこ:……なのに、私と遊んでばっかでいいんですか? ちさと:えぇ? 勉強してたじゃんか。 わたこ:いや、今日はね。 ちさと:大丈夫だよ、普段からきちんとやっているからね私は。 わたこ:うわっ、よゆ~、嫌み~。 ちさと:そんなつもりないって。ただ、目指してる目標が高いからねー、どうしてもねー。 わたこ:……そうっすか。 ちさと:ははっ。まあ、息抜きも大事だから、後輩ちゃんと遊ぶのは、こっちとしても助けになっております。 わたこ:えー、そうなの? ちさと:そうそう、ストレス発散に効果的です。 わたこ:なんか、都合のいい女的な言い方。 ちさと:あれ? 違うの? わたこ:マジか。サイテーやん、さよなら。 ちさと:ちょっと、ごめんて! わたこ:うるさいうるさい、図書室では静かに。 ちさと:わかったわかった、片して早く出よう。 わたこ:……大学は、大丈夫そうなの? ちさと:え、あぁ……まあ、大丈夫じゃないかな。 わたこ:なんか頼りない返事。 ちさと:いやー、さすがにそこでイキれないわ。やっぱ不安だよね。 わたこ:不安なんだ。 ちさと:うん、海外だし、それなりに難しいよ、いろいろと。 わたこ:……へー。 ちさと:一応、滑り止めは、日本の大学だけどね。まあ、そっちならそっちで頑張るけど。 わたこ:浪人はしないんだ? ちさと:そうだねー、時間がもったいない気がしてね。 わたこ:日本なら、まだ、あれですね。 ちさと:なに? わたこ:……遊べるかなって。 ちさと:……そうだねぇ、いや、海外でも遊べるでしょ。帰省するし。 わたこ:まあ、それはそう。 ちさと:でしょー。いや、どれくらい忙しいかはわかんないけど。 わたこ:やっぱ、忙しくて会えないかもね。 ちさと:そうかも。でもそれは、日本でも同じだからさ。多分。 わたこ:……夢を追うって大変だ。 ちさと:うん、楽しいけどね。やっぱ、同じくらいは……ツライね。 わたこ:……そういうもんかぁ。 ちさと:後輩ちゃんは、夢無いの? 将来なりたいもの。 わたこ:……ないなぁ。 ちさと:そっか、いいね。 わたこ:は? なにが? ちさと:いや、だって、まだなんでも選べるじゃない。なんにでもなれるし、なんでも目指せるよ。 わたこ:えー、嫌みにしか聞こえないけど。 ちさと:いやいや。本当に思ってるから。 ちさと:  ちさと:夢をずっと目指してるとさ。 ちさと:わりと、重荷になって、他の道に行こうって戻ることが、難しくなっちゃうんだよ。 ちさと:今までやってきたことって、簡単にゼロに戻せないじゃん。 ちさと:全部私だけでやってきたことでもないし、ね。 ちさと:もう、この道だけしかないっていうのは。 ちさと:ちょっと、しんどい時もあるんだよね。 ちさと:……だから、嫌みかもしんないけどさ。 ちさと:  ちさと:ちょっと、羨ましいんだ。 ちさと:  0: 場面転換 0: 雨が雪に変わっていた。 0: 自分の部屋で、わたこは窓を見ていた。 0:  わたこ:なごり雪か……。 わたこM:今日は、先輩の合格発表の日だそうだ。 わたこM:雨から雪へ変わって、外出なんて絶対したくない。 わたこM:元から、そんな予定も別になかったけれど。 わたこ:まぁ、どうせ大丈夫なんだろうな。 わたこM:滑り止めは問題なく合格が出ているそうだ。 わたこM:本命の大学も、大丈夫だろう。 わたこM:勝手にそう思うんだ。先輩のことだから、どうせ。 わたこ:大丈夫。 わたこ:  0: 目をつむる。 0:  ちさとM:……夢を追うって大変だ。 わたこ:見つけるのも、大変なんだ。 ちさとM:……そういうもんかぁ。 わたこ:そうなんだよ。見つかってる人には、わかんないかもだけど。 ちさとM:……ないなぁ。 わたこ:そっか、いいね。 ちさとM:は? なにが? わたこ:全部。いいね。羨ましい。夢なんてないから。あれば、良かったのに。 ちさとM:えー、嫌みにしか聞こえないけど。 わたこ:嫌みだよ。 わたこ:なんで、私には夢がないんだろう。 わたこ:何かになりたいって思えなかったんだろう。 わたこ:  わたこ:……宇宙飛行士になりたいって、思えなかったんだろう。 わたこ:  0: スマホが振動して、ちさとからの知らせが届く。 0:  わたこM:やっぱり、大丈夫だった。 わたこM:  わたこ:……おめでとう。 わたこ:  0: 場面転換 0: 桜がうっすらとつぼみを開いてきた頃。 0: テニスコートに、二人はいた。 0:  わたこ:この度は、おめでとうございます。 ちさと:ありがとう。無事に卒業もでき、大学にも合格できたのは、後輩ちゃんのおかげです。 わたこ:いえいえ、こちらこそ楽しい高校生活をありがとうございました。 ちさと:あはは、まだそっちは一年あるけどね。 わたこ:そうですよー。対して、先輩はJKブランドを失ってしまいますね。 ちさと:そーなんだよね。突然歳をとった気分だよ。 わたこ:お腰には気を付けてくださいね。 ちさと:待て、そんな急に老化しないって。 わたこ:あら、そうでしたか。まだ私、若いのでイメージがつかなくて。 ちさと:このやろう、最後にボコボコにしてやるから、準備しな。 わたこ:よーし、返り討ちにしてやるぞー。 0: 二人は、最後の試合を始めた。 0:  わたこM:もう、いっそ。と。 わたこM:ラケットでボールを打ち返しながら。 わたこM:何度も思った。 わたこM:その度に、私は、ボールを打ち返すのに夢中になって。 わたこM:馬鹿みたいに忘れるんだ。 わたこM:言いたいこと。 わたこM:夢のこと。 わたこM:これまでのこと。 わたこM:これからのこと。 わたこM:全部。 わたこM:ボールと共に、飛んでいき……返ってくる。 わたこM:忘れるなと。私を叱るみたいに。 ちさと:なかなか決着がつかないな! わたこM:ラリーが続く。普段よりずっと長く。 わたこ:……最後くらい、負けたくないですから、ね! わたこM:いっそ、終わらなければいい。 ちさとM:忘れられるから? わたこM:ずっと今が続けばいい。 ちさとM:離れずにいられるから? わたこM:時が止まってしまえばいい。 ちさと:このまま、何も変わらなければいいのに。 わたこ:え? わたこ:  0: 高い、ロブが上がった。 0:  ちさと:遠く、離れてもさ。私たち、変わらないでいれるかな。 わたこ:……何が? ちさと:……全部。 ちさと:  0: 白い月は、今日はボールとは違う形をしていた。 0: ボールはそのまま地面に落ちて、二回弾んだ。 0:  ちさと:私の勝ちだ。 わたこ:……ずるい。 ちさと:はっはっはっ、いつもと変わらず、後輩ちゃんの負けだ。 わたこ:……馬鹿にしやがって。 ちさと:してないよ。 わたこ:うそだ。 ちさと:してない。 わたこ:馬鹿にしやがって……馬鹿に、しやがって! ちさと:……。 わたこ:……変わらないはず、ない。 ちさと:……うん。 わたこM:月の形が変わるように。 ちさとM:夢が現実に近づくように。 ちさと:きっと、私たちは、少しづつ変わっていくんだろうな。 ちさとM:でも違うんだ、本当は。 わたこM:嘘でもいいから。変わらないって。 ちさとM:言ってほしいだけなんだ。 わたこ:どうして……おいていくんですか。 わたこM:夢を叶える為だから。 わたこ:なりたいものも、やりたいことも……どうして持ってるんですか! わたこM:夢も何もない私だから、仕方がない、と。 わたこ:どうしたらいいんですか、私は……教えてくださいよ。 わたこM:夢が、あなたを連れて行ってしまう。 ちさと:……どうしたい? わたこ:……わからない。 ちさと:じゃあ、私もわからないよ。 0: ちさとはわたこを見つめていた。 0:  わたこ:……考えて、よ。 ちさと:なんてやつだ、人まかせだな後輩ちゃんは。 わたこ:ずっと、考えても、わからないんですよ……どうすればいいのか。 ちさと:うん。 わたこ:先輩は、夢があるから……どうしようもないことは、わかってるから。 ちさと:うん。 わたこ:……もう、会えないかも、しれないのも。仕方ない、から。 ちさと:なに、もう会ってくれないの? わたこ:……会いたいけど、頻繁には会えないし、この先どんどん忙しくなるだろうし。 ちさと:まあ、そうなるかもしれないねぇ。 わたこ:……きっと、そうなる。 ちさと:けどね。私は、これからも会いたいし、話したいし、一緒にいたいよ。 わたこ:そんなの……。 わたこM:私だって同じだ。 わたこ:…….忘れちゃいますよ。 ちさと:ははっ、信用されてないなぁ、私。 0: ちさとは大きく空を指さした。 0:  ちさと:私さ、宇宙を……月を目指すよ。 わたこ:……知ってる。 ちさと:うん。だから、月を見るたび、私のことを思い出して。 わたこ:……意味わかんない。 ちさと:そうしてくれればさ。私も思い出せるから。 0: ちさとは笑う。 0:  ちさと:わたこが、月を見て、私を思い出してくれてるって。だからさ。私も同じように、わたこを思い出すよ。 わたこM:先輩の指さした先に、白い月が浮かんでいた。 ちさと:離れて。会えなくても、話せなくても……私とわたこが、ずっと一緒にいられるように。 わたこM:あの月に、先輩は……。 ちさと:約束しよう。絶対に月に行く。そして、わたこを必ず忘れない。 わたこM:メールでも電話でもLINEでもなく。宇宙でのつながりを約束するなんて。馬鹿みたいだ。 わたこ:……わかりました。 わたこM:馬鹿みたいだけど、ちさと先輩らしい。 わたこ:忘れないでくださいよ。私も、忘れませんから。 わたこM:何もない私だけど。 ちさと:うん、もちろん。 わたこM:これだけは、無くさずにいよう。 ちさと:いっそ、月について来たらいいのに。 わたこ:それは、嫌です。 ちさと:えー! ちさと:  0: 場面転換 0:  わたこ:えー! わたこ:  ちさと:うおーっと、大きいよ声が。 ちさと:  わたこ:なんで、突然そんな! わたこ:  ちさと:仕方ないでしょ、それも大事なことなんだから。 ちさと:  わたこ:でも、間に合わないですって流石に。今からだと、えーっと……。 わたこ:  ちさと:二時間は、かかるかなって感じ? ちさと:  わたこ:もう! ほんと最悪! 無理ですやっぱり! わたこ:  ちさと:だよねー、でもね、やらないといけないわけです。 ちさと:  わたこ:はぁ……承知です。 わたこ:  ちさと:はい、では行きますか。楽しい楽しい訓練だー! ちさと:  0: 宇宙服を着て、仲間と共に訓練へ向かう、ちさと。 0: スマホの通話を切り、げんなりとした顔でパソコンに向かう、わたこ。 0:  わたこ:馬鹿にしやがって……。あーあ、もう真っ暗だ……。 わたこM:ここの所、突発の案件対応やら納期変更やらで、すっかり残業続きだ。 わたこM:休みも疲れて何もやる気が出ず、趣味のテニスもしばらくやっていない。 わたこM:高校、大学、社会人。 わたこM:夢も何も無くたって、案外なんとかなってしまうんだなと思わされた十年であり、 わたこM:それ以前までに生きた十数年よりも、断然濃厚な気がした。 わたこM:目まぐるしく過ぎる時間の中で、たどり着いた今が、 わたこM:半分ブラックな企業勤めの社畜という点では、夢があれば違ったのだろうかと、少し思ってしまう。 わたこ:夢、かぁ。 わたこM:そういえば、最近の夢は、遅刻したり、資料なくしたり、仕事に関する嫌な物しかみてない。 わたこM:それほど、ストレスなんだろうか。そろそろ転職もきちんと考えるべきなんだろうな。 わたこ:あっ。 わたこM:ふと、窓の外に、大きな月が見えた。 わたこ:丸いなぁ。 わたこM:少しだけフチが欠けているので、明日くらいには満月だろうか。 わたこ:……あー。そうだね。 わたこM:うん。大丈夫。覚えてる。 わたこ:また、忙しくて。馬鹿みたいに忘れるんだろうけど。 わたこ: 0: 訓練後のちさと。 0:  ちさと:ふぅ……お疲れー。お、ちょっと、見て見て、月がでっかいよ! ちさと:  ちさとM:月を見ると、思い出すことがある。 わたこM:いつからか、連絡も途絶えがちになってしまったけれど。 ちさとM:まったく違う所で、全然違う生き方をしてる、あなた。 わたこM:すごい遠い所で、もっと遠くへ行こうしてる、あなた。 ちさとM:サーブを打つように、手を伸ばす。 わたこM:テニスボールみたいに見えて、打つ仕草をしてみる。 ちさとM:あの日のラリーは。ちゃんと続いている。 わたこM:忘れずに、思い続けている。 わたこM:  ちさと:もうすぐ、行けるよ。 わたこ:うん。私も頑張る。 わたこ:  ちさとM:あなたが。 わたこM:月を見てくれるから。 わたこM:  0:   終