台本概要
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タイトル | 悋気の雁首3~神双子~ |
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作者名 | あかおう (@akaouwaikasuki) |
ジャンル | ホラー |
演者人数 | 2人用台本(不問2) ※兼役あり |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
|°ω°ᔨ嫉妬は怖いね。 悋気の雁首シリーズ初の長編です。 初めて書いた長編なので諸々変な箇所は突っ込まないでいてくれるとうれちぃたん。 悋気=江戸時代の言葉で嫉妬の意味です。 【声劇・配信での使用/連絡不要】 ★配信での投げ銭が発生する場合でも連絡不要です。 ★あなたの気が向いたら・・・(励みになるのでいずれかしてくれたら嬉しいな♪しなくてもOK) →シナリオタイトル横の「つぶやく」を押してご自身のTwitterでツイートする。 →赤王(@akaouwaikasuki)メンションでご自身のTwitterでツイートする。 →赤王のツイッターの該当するシナリオのツイートにいいねする。 →赤王のツイッターの該当するシナリオのツイートをRT。 →その他思いやりある行動で大切にしてくださったら嬉しいです。 【禁止事項】 ★ライターの呼び捨て表記。 ★盗作・自分が書きましたと言う行為。 ★無断で一部分を切り取っての使用や投稿。 ★上記以外で赤王が非常識と判断した行動・表記。 以上をされた方は即ブロックさせて頂き、以降赤王のシナリオ使用を禁止とさせて頂きます。 【YouTube・舞台・朗読等入場料を取る場合】 連絡必須:許可が下りるまで使用しないでください。 200 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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男 | 不問 | 259 | 双子の兄(強気だが卑怯な部分がある)兼役:男語りべ、翁、叔父。 |
女 | 不問 | 254 | 双子の弟(弱気だが強気な部分がある)兼役:女語りべ、男児、叔母、四季美(シキミ)。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:【登場人物】
0:男・・・双子の兄(強気だが卑怯な部分がある)兼役:男語りべ、翁、叔父。
0:女・・・双子の弟(弱気だが強気な部分がある)兼役:女語りべ、男児、叔母、四季美(シキミ)。
0:※演じる方の性別不問。作中の性別変更不可。
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0:【その他注意事項】
0:(ゆたご・・・この世界の地方の方言で双子を指します。)
0:(M・・・モノローグ)
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0:タイトル「悋気の雁首3~神双子~」(りんきのがんくびすりー。かみゆたご。)
0:作:あかおう
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女:【語りべ】黄昏時(たそがれどき)より少し前。夕暮れの気配漂う曇り空の中。一人の翁(おきな)が、近くの神社へ歩いていた。
男:【語りべ】遠くからゆっくりと歩く翁(おきな)。ついている杖に付けられた鈴が、ゆっくりと。ゆっくりと鳴る。
女:変わらぬ景色を見渡し。件(くだん)の神社へと差し掛かった道の手前に、一人の男の子が泣いて座っていた。
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男:【翁】(かすかに歌うように歩く翁)ゆたご。ゆたご。紅葉手手(もみじていて)を結びくる。ゆたごはあるく。ゆたご。ゆたご・・・・
男:【翁】お・・・ほっほ。おやおや。おやおや。童子(わらし)じゃ。
女:【男児】(幼い男の子が泣いている)ひっく・・・ひっく・・・・
男:おお、どうしなすった。そんなに泣いて。
女:うう・・・うわぁーーん!!
男:おお、おお、元気な声じゃ元気な声じゃ。ほっほ・・ほっほ・・・
女:あにしゃ・・・(兄者)
男:ん?兄がどうかなすったか?
女:あにしゃが・・・怒った。
男:ほうほう、お前さんの兄者(あにしゃ)が怒りなすったか。ほっほ、ほっほ。
女:・・・たい。痛いたいの。あにしゃ、てんてん(頭の事)、痛い痛いしたの。
男:ほうほう、兄者(あにしゃ)に頭をぶたれたか。可哀そうに可哀そうに。(頭を優しくなでる)
女:・・・ぐすっ。あにしゃ、きあい(嫌い)
男:ほっほ、嫌いか。そうかそうか、そんにぶたれりゃ嫌いにもなるわのう・・・
女:うん。ぐすっ。
男:しかしの、坊(ぼん)や。
女:うん?
男:兄はずっと兄じゃ。息が絶えるまで。ずっと兄じゃ。仲良ぅせねばならん。
女:・・・あんな「あにしゃ」いらないっ
男:いかんいかん。兄者(あにしゃ)をいらぬとは、ここでは口が裂けても言うてはならん。
女:なんでぇ・・?
男:ほぅれ。坊(ぼん)が座っておるその礎(いしずえ)はの。「神双子(かみゆたご)さま」の礎(いしずえ)じゃぁ。
女:かみ・・ゆたご・・・?
男:そうじゃ。そうじゃ。うんうん。神双子様は兄弟の双子の神様じゃ。仲良くせねば、罰があたるんじゃぞ。
女:うぃ・・怖い。
男:そうじゃ。そうじゃ。でもの、仲良くしとれば、ずーっと護ってくださる、優しい優しい神さんじゃ。
女:・・・優しい?
男:そうじゃ。
女:怖く・・・ない?
男:ああ、怖くなんてないさ。神双子様はの・・・・・
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女:(語りべ)翁はゆっくりと。温かい声色で男の子に語りかけた。
男:(語りべ)それはそれは、とても悲しい話。
女:恐ろしい恐ろしい、「夜叉狼(やしゃおおかみ)」の話。
男:時は今よりもっと昔。何度も続く作物の不作による飢饉(ききん)にあえぐ時代だった。
女:粗末な着物を着た男女二人が、夜の帳(とばり)の降りた真っ暗な山に登っていた。
男:男も女も瘦せ細り、着物はボロボロに裂けていた。
女:何かを決心したような目をした男は、双子の二人を真冬の山の神社の柱に縛り付けていた。
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男:【叔父】(乱暴そうな男)まぁったく、とんだ貧乏クジだぜぇ・・・
女:【叔母】(下品な女)あー寒い。凍えちまうよ・・・ちょっとアンタ、早くしておくれよ!早くしないと人が来ちまう!
男:うるせぇ!ここを、こう縛っておきゃぁ・・・と。クソッ!指が「かじかん」で結べねぇ!
女:ねぇ、本当に早くしておくれよぉ!早くしないと「夜叉狼(やしゃおおかみ)」に食われちまう!
男:ぶはは!なぁに「寝言」言ってんだ。夜叉狼(やしゃおおかみ)なんざ、ガキをしつける為の作り話じゃねぇか
女:そうかもしれないけどさ、こうも不気味な山の中じゃ、そんな気もしてくるじゃないか。
男:やれやれ・・・よし。これで手足は動けんだろう。・・・悪く思うなよ。悪く思うなら、先におっ死んじまった自分達の両親を恨むんだな。っと。
女:ちょっと、あんまり声出すとこの子ら起きちまうよ!さっさと山を下りようよ!
男:おや・・・雪だ。初雪だな。
女:ああ、やけに冷えると思ったら・・・
男:冷えて死ぬも良し。ここいらの、化けモンみてぇにデカいカラスに目玉ほじくりだされて死ぬもよし。
男:どっちにしろ、これで穀潰し(ごくつぶし)は減るんだ。・・・少しは楽にならぁ・・・
女:・・・(拝む)頼むよ。恨まないでおくれよ。世間体の手前アンタ達を引き取ったが・・・・もうダメなんだ。
男:おい!!やめろ!!!
女:だって・・・・
男:自分の子供と俺の兄貴の子供、どっちを飢え死にさしてぇんだ!!!
女:わかってる!!・・・わかってるよ・・・
男:さっさとズラかるぞ
女:・・・(小さな声で)生きるんだよ・・!
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0:(足音が遠のく。十歳前後の双子の男の子達が目を覚ます)
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女:【双子弟】・・・ん・・・寒い・・・くしゃん!(くしゃみ)
女:あれ?ここ、どこ・・・?ぐっ・・痛い!!なんだこれ?手足を麻紐(あさひも)で縛られてる・・・食い込んでる・・痛い・・・
女:兄(にい)ちゃん・・・兄ちゃん!?
男:【双子兄】んあ・・・なんだ?うるさいな・・・
女:兄ちゃん!起きて!!
男:んあ、もう朝かい?
女:何寝ぼけてるんだ。起きて!見てよ!僕ら手足を縛られてるよ!
男:はぁ・・!?何って・・・痛ってぇ!!何だこれ・・・おい、オジサンとオバサンはどこだ?
女:あ、そっか!オジサーン!オバサーン!!
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0:・・・・・・(静まり返る)
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女:誰もいない・・・?
男:・・・なんだ?なんだよこれ!!(不安になる)
女:兄ちゃん・・・(泣きそうになる)
男:泣くな!男だろ!
女:うう・・・
男:今、兄ちゃんが外してやるからな、待ってろ!
女:兄ちゃん・・・
男:大丈夫だ、何だかわからないが、とにかくこの紐を・・・よし、俺の足の紐は緩(ゆる)かったみたいだ!
女:やった!
男:これで・・・なんとか・・・・くっ。
女:兄ちゃん!頑張って!
男:だぁっ!!・・・はぁ、はぁ・・・びくともしねぇ・・・
女:もう少し・・・!
男:せめて、この片手だけでも・・・
女:頑張れ!
男:うらぁっ!!(抜けた)・・・っふーー。よし、右腕は取れたぞ。次は・・・よし、左腕の紐をほどいて・・・
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0:(人間とも狼とも言えない獣の唸り声がかすかに聞こえる。)
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女:・・・!!!ヒッ!!!!兄ちゃん!!!
男:待ってろ。今お前の紐もほどいて・・・どうした?
女:・・・あ・・・う・・・後ろ・・・!!!誰かいる・・・
男:え・・・?
女:違う・・・人・・・じゃない・・・
男:・・・!!うわぁ!!!お、おお狼!!!!
女:銀色の毛に赤い目・・・夜叉狼(やしゃおおかみ)だ!!!
男:こ、こっちへ来るな!!来るなぁ!!!
女:兄ちゃん!!
男:うう、ちきしょう、紐が取れねぇ!!
女:兄ちゃん!!逃げて!!
男:お前を置いて逃げられるか!!
女:兄ちゃん!!
男:なにか・・・何か武器になるもの・・・くそっ!
女:兄ちゃん!そこ!石がある!
男:(石を拾う)くそっ!!!このやろう!!(投げる)
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0:(石が当たる)
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女:当たった!!
男:・・・待て・・なんだあの光
女:え?
男:・・・・夜叉狼の後ろ・・・おい・・・何匹いるんだ
女:あっ・・・あんなに・・沢山・・・おおかみ・・・
男:よし、お前の紐あと一つほどけば・・・!
女:怖い・・足がすくんで動けないよ・・・・兄ちゃんいいから逃げてよ!僕なんて放っておいて!!狼達に食われちゃうよ!!
男:何言ってんだ!!・・・よし、ほどけたぞ!これで逃げられ・・・ぐっ!!!
女:は・・・(息をのむ)
男:(肩に食いつかれる)あああああ!!!!!
女:兄ちゃん!!!!
男:うわぁ!!うわぁあ!!(肩に喰らい付いたまま離れない夜叉狼)
女:やめろお!!やめろお!!兄ちゃんを離せ!!!!
男:痛てぇ!!!あああ!!!離せ!!離せこのやろう!!!
女:なにか・・・何か武器・・・!!!あ・・・!御神体(ごしんたい)・・・!
男:(夜叉狼から逃げる)っだぁ!!!はぁ・・・はぁ・・・くっそ・・・痛てぇ・・・!肩食いちぎりやがった・・・
女:兄ちゃん!!こ、これ・・・見て!!
男:!!おい!!お前何してんだ!!それは、この神社の御神体だぞ!!!
女:今はそんな事言ってられないよ!!一応、刀(かたな)だからこれで追い払えるよ!
男:・・・そ、そうだな・・・貸せ。身体が弱いお前じゃ無理だ。
女:何言ってんだよ!兄ちゃんのその肩じゃ振り回せないだろ!僕がやる!!
男:バカ!!良いから貸せ・・・
女:(刀を振り回して狼に向かっていく)うわぁぁぁぁ!!
男:おいバカ野郎!!待て・・・ぐっ・・痛ぇ(肩が痛む)
女:(他の狼に真横から首を噛まれる)ぐうっ・・・・あ・・・が・・・・
男:ああっ!!!やめろおーー!!!!
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男:(双子兄M)一瞬だった。重い飾り刀をひきずって、夜叉狼に向かっていった弟。
男:その弟の右側から、稲妻のように飛んできた狼の一匹が、弟の細い首に一瞬で喰らい付いた。
男:まるで仇花(あだばな)のように、弟は血飛沫(ちしぶき)を散らしてその場に倒れた。
男:弟の上に覆いかぶさるように、次々に狼たちが喰らい付く。
男:血生臭い臭いを漂わせながら、クチャクチャと咀嚼音(そしゃくおん)が響く。
男:降り積もり始めた雪は紅色(くれないいろ)に染まっていく。
男:獣達の四つ足の隙間から、弟の小さな手のひらが見えた。
男:手のひらはゆっくりと下から上へ何度も払うように動いた。
男:「兄ちゃん、今のうちに逃げて」
男:そんな仕草に見えた。でも今思い返すと
男:「兄ちゃん、助けて」だったのかもしれない。
男:幼かった俺には、どうする事も出来なかった。
男:ただただ怖くて、泣きながら森の中を裸足で駆け下り、狼が居ない方へ。狼が居ない方へ・・・
男:その時、走り疲れて大きな岩で足を滑らせた。
男:宙を舞った瞬間に目の中に入って来たものは、登り始めた、焼け付くように痛い朝日だった。
男:「ああ。お天道様は見ているんだ。俺は弟を見捨てたから、バチが当たったんだ。」
男:吸い込まれるように崖の闇に落ちて、俺は気を失った。
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女:(語りべ)それから、八年と七か月が経っていた。
男:(語りべ)幼かった双子の兄も充分に大人へと成長していた。
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女:【四季美(シキミ)】兄様(あにさま)。兄様ったら。
男:(眠っている)ん・・・
女:もう、兄様ったら一体いつまで寝てらっしゃるの?(嫌味っぽく)もうあんなにお日様が高くなっておいでですよ?
男:んん・・・四季美。もう少し寝かせてくれ。昨日は番頭と遅くまで帳簿の話をしていたから・・・ふぁ(あくび)眠いんだ
女:もうっ!いつもそうやって寝てばかりなんだから!少しは可愛い妹の相手をしてくださっても良いんじゃありません!?
男:妹・・・
女:あっ・・・
男:・・・ふふ。もう妹では無くなっただろう?
女:いやだ私ったら。
男:まぁ無理もないさ。まだ夫婦(めおと)になって数日しかたっていないんだ。
女:だって。私が七つの時から兄様は兄様でしたもの。たった八年と七か月で「旦那様」だなんて切り替えられるものですか。
男:・・・まぁ。祝言(しゅうげん)も形ばかりだったからな。
女:仕方ありません。こんなご時世ですもの。派手に執り行えば使用人達の反感を買います。
男:それでも・・・君は綺麗だったよ。
女:!!なっ・・・!ね・・・寝ぼけてらっしゃるのかしら!?
男:ふふ・・・可愛いな四季美は。
女:もうっ!知りません!朝餉(あさげ)出来てますから。早くいらしてくださいな!
男:はいはい・・・(優しく笑う)
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男:(M)この家に来てもう八年になる。夜叉狼に襲われたあの日。俺は高い崖から落ちた。
男:バチが当たって死んだと思った。しかし目を覚ますと、あたたかな部屋、触れた事もない柔らかな寝床に寝かされていた。
男:俺は通りかかったこの反物屋(たんものや)の使用人に助けられたのだ。
男:この家は跡継ぎの長男を亡くしたばかりの家だった。
男:俺は「この男の子は天からの贈り物」とばかりに手厚く看病された。
男:しかし俺は、狼に肩を食われ片腕の感覚を失った。
男:更に崖から落ちた際に、片足を引きずる状態になった。歩けないわけじゃないが、とてもじゃないが馬には乗れない。
男:しかし飢餓が続くこのご時世。男子であるだけでありがたいらしい。
男:俺は先日、兄妹(けいまい)のように育ったこの家の長女、四季美の婿養子になったのだ。
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0:朝餉(あさげ)
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女:おかわり召し上がりますか?
男:いやいい。ありがとう。それより義父上(ちちうえ)と義母上(ははうえ)は?
女:ああ・・・。
男:どうした?
女:いえ、朝からする話ではないんですけど
男:何かあったのか?
女:河原に、男の人が気を失って倒れているって聞いて。そちらへ。
男:え?
女:いえ、恐らくもう息は無いだろうって話なんですけど。父上は神職でもありますから。
男:ああ、そうだったな。慈悲深いものな。
女:ええ。「もしもう天に召されているのなら、手厚くしてやりたい。」と。
男:そうか。
女:・・・もう何人目でしょうね。
男:そうだな。一体いつまでこの飢饉(ききん)は続くのだろう。
女:私も父上に付いて行って、せめて手を合わせてあげたかった。
男:やめておけ。また心を壊すぞ。
女:だって・・・
男:君は父上に似て慈悲深い。でも父上ほど強くはない。
女:私がもっと強ければ。
男:・・・気に病むんじゃない。四季美の兄を無くした傷はそう簡単に癒えるものじゃない。ほら。こっちへおいで。
女:はい・・・
男:(抱きしめる)辛かったね。
女:はい・・・
男:君のお兄さんには及ばないが、俺は君を守っていくからね。だから安心して。
女:はい・・・
男:・・・片手でしか君を抱きしめてあげられなくて申し訳ない。
女:・・・暖かい手です。充分です。それに
男:それに?
女:この静かな手も私は好きです。(兄の動かない方の手を取る)
男:もう動かないけどな。
女:私があなた様の動かない手の代わりになります。
男:・・・ありがとう。・・・愛しているよ。
女:・・・!いやだ。
男:いや?
女:あっ。ごめんなさい。いやでは・・・ありませんが・・そんな。外国の男性のような・・・
男:・・・愛しているよ?
女:やめ・・やめてください。
男:本当に?
女:・・・やめないでください。
男:(頭をなでる)ふふ。そろそろ義父上(ちちうえ)達が帰ってくるからな。続きは夜だ。
女:・・!!ん!!もうっ!いじわる!!
男:あはは。
女:知りませんっ!食器、片づけて参ります!(去る)
男:・・・あはは・・・・ふぅ。・・・春だな・・・さて。仕事に取り掛かるか・・・っ・・・と。(よろける)
男:痛てて・・・季節の変わり目だな。足の節々がまだ痛む。冬程ではないが。・・・嫌な痛みだ。
男:・・・・少し縁側で休むか。・・・よいしょ(座る)
男:・・・・今日は良い天気になるな・・・
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0:(草の葉がざわざわと揺れる)
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男:・・・ん・・・誰だ!?
女:【双子弟】・・・・兄(にい)ちゃん・・・
男:・・・・!!!!っ!!??お前・・・!!
女:・・・・兄ちゃん・・・兄ちゃん!!!
男:お前・・・お前・・・!!?どうして・・・!??
女:兄ちゃん・・・兄ちゃん!!
男:春の夢じゃないよな・・・おい。よく・・・よく顔を見せてくれ。本当にお前なのか?
女:兄ちゃん・・・兄ちゃん!!!僕だよ・・・僕だよ!!
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男:(M)俺の顔と瓜二つ。痩せ細っているが間違いない。間違えるものか。弟だ。あの日狼に食われたはずの弟だ。
男:義理の父は神職。亡骸(なきがら)を弔う(とむらう)為に向かった河原で見たのは。
男:俺の顔と全く同じ男。しかも息がある。気絶しているだけだった。
男:看病しようと病院に向かう途中、写真館の店頭に飾られた、俺と四季美の祝言の写真を見たそうだ。
男:「お願いだ。僕の兄ちゃんかもしれない。確かめさせてくれ。家は。家はどこだ」
男:喚き散らし、丘の上の一軒家に走り出したそうだ。
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女:・・・兄ちゃん・・・会えた・・・やっと会えた・・・!
男:お前、八年も一体どうしていたんだ?
女:・・・・・・・山奥の村の老夫婦に助けられたんだ。
男:そうなのか・・・
女:うん!
男:運が良かったな。
女:いや。そうでもないよ。
男:どうして?
女:僕、逃げて来たんだ
男:・・・育てて貰ってたんじゃ?
女:老夫婦はすぐに死んじゃったんだ。だから街へ降りてさ・・・僕は男だから陰間(かげま)をしてたんだ・・・
男:・・・!!?陰間(かげま)・・・
女:へへ。別に減るもんじゃないしさ。
男:・・・お前・・・
女:最初は痛かったけどさ、慣れてきたら何かもういいかなって。
男:・・・お前・・・!!
女:やだなぁ。そんな憐れむような目で見ないでよ。みじめになるだろ?今時は陰間(かげま)なんて珍しくもないだろ?
男:(泣く)
女:もう!兄ちゃんの泣き虫!・・・そりゃ次から次へと男を取るのは楽しいモンじゃないけど。優しい人もいたし。
男:(泣く)
女:ねぇ兄ちゃん泣き止んでよ!感動の兄弟の再会じゃないか。
男:・・・すまない・・・すまない・・・!!俺が・・・助けられなかったばかりに
女:何言ってんのさ。命さえあれば十分。・・・それより兄ちゃんの方が。
男:ああ。
女:・・・あの時、狼に噛まれたせい?片腕。力が入らないのかい?
男:ああ。仕方ないさ。・・・・お前を見殺しにしたバチだろう。
女:・・・死んでないからバチじゃないだろ?・・・触っていい?
男:ああ。
女:・・・・ゴツゴツしてるね。細い僕とは大違いだ。
男:もう十八だからな。子供の頃とは違うさ。
女:・・・・兄ちゃんだ。間違いなく僕の兄ちゃんの手だ。
男:ふふ・・そうだな。違いない。
女:あったかい・・・・
男:まだ花冷え(はなびえ)だ。手も冷えてるぞ。
女:うん・・・あう。(兄の指をくわえる)
男:!!!ちょ・・!!何指咥えてんだ!
女:・・・やだなぁ。ちょっとしたオフザケじゃないか。本当に兄ちゃんか確かめてるんだ。
男:ちょ・・バカ!なんて・・ちょ・・・やめろ!
女:・・・それが感動の再会を果たした弟に言う言葉?
男:変な・・・事を・・する・・・な
女:・・・(吐き出す)。ふふ。兄ちゃん、見た目は立派なのに随分と「ネンネ」だなぁ。
男:何言ってんだ。俺はこれでも立派にこの家の跡継ぎだぞ!
女:・・・え?
男:この家の人に拾われて。あ、お前と別れてから崖から落ちて気を失ってる所を。
女:・・・へぇ。そっか。片足は?片足もその時に?
男:ああ。歩けないほどじゃないが。もう治らないらしい。
女:・・・そうなんだ
男:あ、そうだ。後で紹介するよ。俺に嫁さんが出来たんだ!お前の義理の姉だぞ!
女:・・・(棒読み)へぇ。そうなんだ。嬉しいなぁ。
男:待ってろ。きっともうすぐ帰ってくるから。
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女:(M)そう言って兄ちゃんは玄関の方へ走っていった。
女:その後、兄ちゃんの奥さんになったばかりの四季美さん。義理の父上。義理の母上。
女:家中(かちゅう)の使用人。厩(うまや)の使用人。商い(あきない)の下働き。まるでお殿様みたいな生活を見せられた。
女:「僕とは大違いだな」
女:ふいにそんな言葉が口をついたが、すぐにやめた。
女:双子なのに違う身体つき。兄はガッシリとしているのに僕はまるで枯れた木の枝のようだ。
女:自分の辿って来た道と比べてはいけない。いけないとわかっているのに。
女:胸の奥がザワザワと音を立てた。
女:兄をどんな目で見ていいか分からなくなる。
女:そんな時に、自分以外の目線を見つけてしまった。
女:ああ。同じだ。同じ「悋気(りんき)」の目だ。
女:兄は気が付かない。僕はもう一つのその視線から、目を離さなかった。
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男:本当か・・・?四季美。間違いないのか?
女:【四季美】ええ。今日お医者様に診て頂きました。
男:はぁ・・・できたのか。
女:ええ。
男:(四季美を抱きしめる)っ・・・!
女:きゃ!
男:四季美・・・!ありがとう・・・っと。すまん。嬉しくてつい。痛かったか?
女:大丈夫です。このくらい。
男:俺も・・父親になるのか。
女:ええ。
男:ああそうだ!アイツにも知らせないと!
女:え?
男:俺の大切な弟に!
女:ああ・・・
男:ちょっと行ってくる・・・
女:今日は朝から出かけるっておっしゃってましたよ?
男:ああ。そうだった。
女:馬で行きましたから、夕刻にはお戻りになりますでしょう?
男:ああ、ああ。だけどなぁ。
女:そんなに慌てなくても
男:いや、早く知らせたいじゃないか!家族が。家族が増えるんだぞ!こんな嬉しい事はないよ!
女:まぁ。ふふ。
男:少しでも早くアイツに知らせたい。ちょっと出てくる!
女:お気をつけて!
男:いってくるよ!
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男:(息を切らしている)はぁはぁ・・・おーい!
女:【双子弟】兄ちゃん!・・・じゃなかった。旦那様!
男:二人の時は兄ちゃんでいいよ
女:そんな訳にはいかないよ。置いて貰ってる身だ。そこはちゃんとしないと。
男:ったくもう。何度言っても聞かないんだな。お前は働く必要はないだろう?
女:違うよ。僕が兄ちゃんの役に立ちたいだけだよ。ったく、そっちこそ何回言ったら気が済むんだい?
男:わかった、わかったよ。
女:所でどうしたの?そんなに慌てて。
男:ああ!聞いて驚け!四季美に赤ん坊が出来たんだ!
女:え・・・?
男:お前に甥っ子か姪っ子が出来るんだぞ!
女:・・・・へぇ。
男:家族が増えるんだ!どうだ!嬉しいよなぁ!
女:・・・・・・・
男:おい?どうした?
女:ううん!ごめん。ビックリしただけ。
男:そうか?
女:兄ちゃん、やることやってたんだな。ってきり僕、兄ちゃんはまだ貞潔(ていけつ)なんだとばかり。
男:て、てい・・
女:だって奥手だし。
男:一応ちゃんとした夫婦だからな。それに子を成す事は俺の責務でもある。
女:ふーん。兄ちゃんが父親かぁ。
男:ああ!楽しみだなぁ
女:それを伝えたくてワザワザ来たの?
男:ああ!
女:・・・兄ちゃん可愛い。
男:かわ・・・なんだよ!さっきから!
女:・・・別にぃ。良かったね。
男:なぁ、今日はいつ仕事終わるんだ?酒を用意するから一緒に呑もう!
女:さぁねぇ。今日は遅くなるよ。
男:なんでだよ!
女:あのね。兄ちゃんと違って僕は忙しいんだ。馬の世話だって夜帰ってからやる事沢山あるんだ。
男:いいじゃねぇか今日くらい。な?
女:うるさいなぁもう。浮かれ過ぎだよ。それに、まだ大っぴらにあの家で騒げるような立場じゃないから肩身が狭いよ。
男:うーん・・気にしなくてもいいのに。そうだ!俺の書斎で二人で飲もう!ならいいだろ?久しぶりに昔の話もしたい。
女:・・・わかった。それならいいよ。
男:やった!
女:・・・・(意味深に)「諸々終わりにした」ら。行くよ。
男:?ああ!わかった!じゃあまた夜にな!(去る)
女:またね・・・
女:・・・
女:・・・・・今夜だな。
0:
0:
0:(夢を見ている兄)
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男:【幼い頃の兄】おーい。あんまり遠くへ行くなよ?
女:【幼い頃の弟】大丈夫だよぉ!それより、早く沢山摘んで帰ろう?
男:本当にこんな山奥に花畑なんかあるのか?
女:あるよぉ。それに薬草も。
男:・・・父ちゃんと母ちゃんの流行り病、本当に薬草なんかで治るのかな。
女:お寺の住職さんが言うんだからきっと大丈夫だよ。
男:薬草なんかより、食うもんのが良い気もするけどな。
女:・・・仕方ないよ。ずっと作物が育たないんだもの。
男:父ちゃんも母ちゃんも、俺たちばっかりに食わせるから病気になんてなっちまうんだ。バカだよ。
女:兄ちゃん!
男:・・・だってそうだろ?・・・それに、どうせ死んじまうんだ。無駄だよ。薬草なんて。
女:兄ちゃんたら!(叩く)
男:痛てぇ!
女:全く!一体誰に似たんだか!すーぐ暗い話ばっかり。
男:だってよ・・・
女:人間はいつか死ぬ。それが病なのか自分でなのか野犬に食われるのかー。の違いさ。
男:そうかもしれないけど。
女:僕はそうだなー。兄ちゃんが大変な目に合ってたら、こう・・・カッコよく助けて死にたいな!
男:何言ってんだ!お前は弟だろ!守るなら俺が守る!
女:卑怯者のくせに
男:なっ・・・!
女:間違ってないでしょ?
男:・・・卑怯者じゃない。ずる賢いって言え。
女:賢いからみんな卑怯者な部分に気が付かないよねぇ
男:うるさいな
女:はいはい
男:・・・嫌か?
女:ん?
男:・・・卑怯者な兄貴は。嫌か?
女:嫌な訳ないじゃん
男:え?
女:卑怯者だろうと人殺しだろうと、兄ちゃんは兄ちゃんじゃない。
男:うん・・・
女:僕の大好きな、ただ一人の兄ちゃんだ。
男:・・・うん
女:なんて顔してんのさ!さ。これくらいの量なら足りるかな!帰ろう!
男:うん・・・ごめん。
女:え?
男:ごめんな・・・!!
女:(籠った声で何か言う)
男:え?なに?
女:(籠った声で何か言う)
男:聞こえない・・・何て・・・
0:
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0:
女:【四季美】嫌ーー!!(悲鳴)
0:
0:(目が覚める兄)
0:
男:!!!??四季美・・・??
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男:(M)弟を書斎で待っている間にうたた寝をしていた。
男:耳をつんざくような妻の悲鳴。夫婦の寝室に俺は駆け付けた。
男:・・・目を疑った。
男:愛する身重(みおも)の妻の首を絞めている弟の姿がそこにあった。
男:しかし弟の姿は、昼間の華奢な姿とは程遠い。
男:銀色の髪に赤い目。・・・・人の形をしているが。紛れもなくそれは夜叉狼だった。
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男:おい!!!・・・どうしたんだ・・・どういう・・・事だ・・
女:【双子弟】兄ちゃん。
男:四季美・・・四季美!!!!おい!おい!!
女:・・・もう遅いよ。その女は死んだ。
男:!!!!お前・・・お前ええええ!!!!!
女:なに?(睨みつける)
男:ぐっ・・・動け・・・ない
女:兄ちゃん。僕が本当にあの時、生き残れたと思ってたの?
男:どういう・・事だ
女:僕ね、狼に襲われてグッチャグチャになったんだぁ。見てたでしょ?
男:っ!!
女:手招きしたよね?「助けて兄ちゃん」って。もうその時には口も喉も食われてたからさ。
男:っ・・・!!
女:兄ちゃん・・・・助けてくれなかったね・・・・
男:それ・・・は・・・
女:ふふふ・・・いいんだよ。気にしないで。お陰で僕は握りしめてた御神体と一体になれたんだ。
男:どういう事だ
女:グッチャグチャになった体の中にね、ご神体の刀を自分で入れたんだ。喉の奥から足の先へ。ぎゅーって。痛かったなぁ。
男:・・・ぐっ(吐きそうになる)
女:なんでそうしたのかわからない。でもね。そしたら夜叉狼が僕ごと飲み込んじゃったんだ
男:がっ・・・はぁ・・はぁ・・・(少し吐く)
女:仕組みはわからないよ。でもね。僕は夜叉狼に助けられた。今こうして生きてる。
男:・・・それで俺に復讐しに来たのか
女:・・・復讐?違うよ。
男:お前を見殺しにして逃げた俺を殺しに来たんだろう!!!
女:・・・ふふ・・・あはは!!
男:なんだ!!
女:卑怯者なのは変わらないねぇ兄ちゃん?いつも自分の事ばっかり。
男:・・・っ・・・
女:僕は兄ちゃんの事今でも大好きだよ
男:・・・ならどうして!どうして四季美を殺した!!子供が居たんだぞ!!!
女:さぁ?
男:・・・さぁ?・・・お前・・・お前えええ!!(馬乗りになり弟を殴り続ける)
女:あっ・・・ぐっ・・・(殴られる)
男:お前!!お前に!!何がわかる!!!(殴る)
女:ぐっ・・・ぐっ・・・(殴られる)
男:父ちゃんも!母ちゃんも!死んだ!お前も!死んだと!思ってた!!(殴る)
女:ぐう・・・あっ・・・(殴られる)
男:四季美は・・・俺の・・・俺のたった一人の家族だったのに!!家族だったのに!!!(殴る)
女:(吐血)ぐぁっ・・あ・・・・
男:はぁ・・・はぁ・・・お前・・・お前・・・許さない・・・許さない!!
女:・・・・兄ちゃん
男:兄ちゃんなんて呼ぶな!!!
女:・・・・兄ちゃん
男:あああああ!!!!やめろ!!!!
女:・・・・兄ちゃん・・・僕も・・・家族・・だよ?
男:お前なんか家族じゃない!!!
女:え・・・・
男:(はっとする)・・・あっ・・・
女:・・・兄ちゃん・・・
男:あ・・・
女:・・・(にっこり笑う)兄ちゃん。さようなら。
男:あ・・・!待っ・・・・
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女:【四季美】・・・・ん
男:・・!!四季美?四季美!!
女:・・・ん・・・
男:大丈夫か?あ・・・あ、良かった・・・生きてたのか。
女:・・・
男:?どうした?どこが痛い?あ、水。水を・・・
女:・・・なぜ生きているの?
男:・・・え?
女:おかしいわ。ちゃんと毒躑躅(どくつつじ)を毎日朝餉(あさげ)に入れていたのに。
男:・・・四季美・・・?
女:おかしいわ・・・?この村だけに自生する毒躑躅(どくつつじ)を八年八か月飲ませれば、死者が蘇るはずなの。今日がその日だったのに。
男:ど、どうしたんだ四季美?
女:私ね。兄様。兄様を愛しているわ。
男:お、おお。俺も愛して・・・
女:あなたじゃない!!!!
男:え・・・
女:あなたじゃないわ!!
男:四季美?
女:あなたじゃない!あなたじゃない!あなたじゃない!!!
女:私の愛しているのは兄様。そう兄様だけ。兄様ただ一人だけ。
男:落ち着け。落ち着け四季美。
女:触らないで!!
男:・・・子供に障る(さわる)だろう。落ち着くんだ。
女:ねぇ。死んで?
男:四季美・・・?
女:あなたが死なないと私の兄様が蘇らない!!ねぇ死んでよ!!
男:(首をしめられる)あっ・・・ぐっ・・
女:死んで!死んで!死んでよぉ!!!でなきゃ私の兄様が死んでしまう!!
男:お前の兄貴はとっくに死んでいるだろうが!!
女:へ・・・・
男:落ち着くんだ。お前の兄貴は死んでるんだ!
女:・・・違う。違うわ。
男:違わない!・・・頼む。正気に戻ってくれよ・・・
女:兄様は・・・蘇るの。そして私と家族になるの。本当の家族に。
男:四季美・・しっかりしろ!
女:いや・・・いやぁ!!いやぁ!!!
男:おい待て!!
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男:【双子兄】取り乱した四季美が寝室の窓から飛び出した。
男:硬い地面に頭から叩きつけられ、耳から血を垂れ流してあっけなく死んだ。
男:「嘘だ・・・嘘だ」
男:俺は二階の窓から動けなかった。
男:「子供が・・・居たんだぞ・・・」
男:俺はもう、温度も匂いも、何も感じなくなっていった。
男:浮かれていた俺が悪いのか?弟を見殺しにしたからか?
男:わからない。わからない。もう、何も考えたくない。
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女:【双子弟】死んだんだ?
男:お前!!(掴みかかる)
女:おや。殺すのかい?今度は自分の手で。
男:お前・・・・どうして・・・どうしてこんな・・・
女:僕のせいじゃない。最初からあの女が狂っていたんだ。
男:そんな訳がない!四季美は・・四季美は・・・
女:・・・馬鹿だね兄ちゃん。毎日毒を盛られて呪詛(じゅそ)を掛けられていたのに。まだ愛しているの?
男:俺は・・・
女:うん?
男:俺は・・・四季美の兄の代わりでも良かったんだ・・・
女:・・・兄ちゃん。
男:俺は!代わりでも何でも良かった!!死んだって・・・四季美が望むなら死んだって良かったのに!!!
女:やめてよ!!
男:・・・穏やかだったんだ・・・四季美と居ると。幸せだったんだ・・・それなのに・・・それなのに・・・
女:兄ちゃん・・・やめてよ・・・聞きたくないよ!!
男:夫婦だったんだぞ!!お前に何がわかるんだ!!
女:わかんないよ!!兄ちゃんは・・・俺の兄ちゃんだろ・・・?
男:・・・もういい。
女:(首を絞められる)ぐっ・・・あ・・・
男:そうだな。俺はお前の兄ちゃんだ。
女:に・・ちゃ・・・
男:よくも俺の妻と子供を殺してくれたな
女:あっ・・・あ・・・
男:俺はお前の兄ちゃんだから、責任を持ってコロシテヤルヨ!!!!
女:あっ・・・が・・・・
男:!!おい・・・なんだ。やめろ。よせ。目が赤いぞ。髪も・・・おい・・・
女:・・・兄ちゃん・・・逃げて・・・・
男:え・・・・
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女:(語りべ)それは一瞬の出来事でした。
女:夜叉狼に変わっていく弟は、最後の力を振り絞って自分の爪を、自分の目に突き立てた。
女:突き立てた爪はそのまま弟の頭の後ろまで貫通した。
女:銀色の髪は元の黒髪に戻り、ずるりと抜けた指の爪も元に戻っていた。
女:兄は、ほどなくして自害した。
女:最後の最後まで叫び続けていたのは、妻の名前でも、弟の名前でもなかった。
女:卑怯な卑怯な、卑怯な言葉。
女:それを知る者は、誰一人としていない。
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0:(元の神社)
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男:【翁】神双子(かみゆたご)様はの。仲良しの双子の神様なんじゃ。
女:【男児】でも、ふたりとも死んじゃったね。悲しいね。
男:ただ一人の、大切な大切な兄と弟だったのにな。
女:なんで?
男:悋気(りんき)じゃ。
女:りん・・き?
男:ああ。そうじゃ。小さいものから、大きいもの。自分への悋気。相手への悋気。
女:ふーん。
男:ほっほ・・・坊(ぼん)にはちと、難しかったかのう・・
女:うん、わかんない。
男:ほれほれ。泣き止んだようじゃの。
女:うん!
男:兄者(あにしゃ)と仲直り。出来るか?
女:うん!兄者にごめんしゃい言えるよ!
男:ほっほ・・・良かった良かった。
女:えへへ
男:坊(ぼん)や。
女:うん?
男:兄者は好きか?
女:だいすき!
男:ほっほ・・・
女:またね!じーちゃんも気を付けて帰ってね!
男:ほっほ・・・・
男:・・・・
男:・・・・
男:・・・・・・
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女:(語りべ)悋気(りんき)っていうのはね、主に女が男にするヤキモチの事さね。
女:ことわざにもあるんだ。「徒(あだ)の悋気(りんき)」って言ってね、自分とは何の関わりもない他人に妬く事。
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男:(語りべ)雁首(がんくび)ってぇのはな、キセルの火皿(ひざら)の頭んとこ。
男:ここに刻みタバコを詰めて火ぃつけるんだ。わかるか?
男:同じような顔揃えて、並んでる事を言う事もある。「雁首揃えて」なんてな。
男:集まり立ち並び。汚ねぇ雁首揃えて、恥ずかしげもなく、よく生きていられる。
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女:躰(からだ)の外側と内側が入れ替わる程の苦しみを。
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男:永遠に味わいながら。
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女:淀(よど)む腕(かいな)に、ありったけの肉片を詰めて
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男:ああ、反吐(へど)が出る。もう見たかねぇよ。お前のそんな姿。
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女:ああ、手に入らない。思い通りにならない。
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男:ああ、なんて美しいんだ。
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女:男も生きている。
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男:女は生きている。
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男:そして気が付かぬまま、
女:消えていくがいい。
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0:了
0:【登場人物】
0:男・・・双子の兄(強気だが卑怯な部分がある)兼役:男語りべ、翁、叔父。
0:女・・・双子の弟(弱気だが強気な部分がある)兼役:女語りべ、男児、叔母、四季美(シキミ)。
0:※演じる方の性別不問。作中の性別変更不可。
0:
0:【その他注意事項】
0:(ゆたご・・・この世界の地方の方言で双子を指します。)
0:(M・・・モノローグ)
0:
0:タイトル「悋気の雁首3~神双子~」(りんきのがんくびすりー。かみゆたご。)
0:作:あかおう
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女:【語りべ】黄昏時(たそがれどき)より少し前。夕暮れの気配漂う曇り空の中。一人の翁(おきな)が、近くの神社へ歩いていた。
男:【語りべ】遠くからゆっくりと歩く翁(おきな)。ついている杖に付けられた鈴が、ゆっくりと。ゆっくりと鳴る。
女:変わらぬ景色を見渡し。件(くだん)の神社へと差し掛かった道の手前に、一人の男の子が泣いて座っていた。
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男:【翁】(かすかに歌うように歩く翁)ゆたご。ゆたご。紅葉手手(もみじていて)を結びくる。ゆたごはあるく。ゆたご。ゆたご・・・・
男:【翁】お・・・ほっほ。おやおや。おやおや。童子(わらし)じゃ。
女:【男児】(幼い男の子が泣いている)ひっく・・・ひっく・・・・
男:おお、どうしなすった。そんなに泣いて。
女:うう・・・うわぁーーん!!
男:おお、おお、元気な声じゃ元気な声じゃ。ほっほ・・ほっほ・・・
女:あにしゃ・・・(兄者)
男:ん?兄がどうかなすったか?
女:あにしゃが・・・怒った。
男:ほうほう、お前さんの兄者(あにしゃ)が怒りなすったか。ほっほ、ほっほ。
女:・・・たい。痛いたいの。あにしゃ、てんてん(頭の事)、痛い痛いしたの。
男:ほうほう、兄者(あにしゃ)に頭をぶたれたか。可哀そうに可哀そうに。(頭を優しくなでる)
女:・・・ぐすっ。あにしゃ、きあい(嫌い)
男:ほっほ、嫌いか。そうかそうか、そんにぶたれりゃ嫌いにもなるわのう・・・
女:うん。ぐすっ。
男:しかしの、坊(ぼん)や。
女:うん?
男:兄はずっと兄じゃ。息が絶えるまで。ずっと兄じゃ。仲良ぅせねばならん。
女:・・・あんな「あにしゃ」いらないっ
男:いかんいかん。兄者(あにしゃ)をいらぬとは、ここでは口が裂けても言うてはならん。
女:なんでぇ・・?
男:ほぅれ。坊(ぼん)が座っておるその礎(いしずえ)はの。「神双子(かみゆたご)さま」の礎(いしずえ)じゃぁ。
女:かみ・・ゆたご・・・?
男:そうじゃ。そうじゃ。うんうん。神双子様は兄弟の双子の神様じゃ。仲良くせねば、罰があたるんじゃぞ。
女:うぃ・・怖い。
男:そうじゃ。そうじゃ。でもの、仲良くしとれば、ずーっと護ってくださる、優しい優しい神さんじゃ。
女:・・・優しい?
男:そうじゃ。
女:怖く・・・ない?
男:ああ、怖くなんてないさ。神双子様はの・・・・・
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女:(語りべ)翁はゆっくりと。温かい声色で男の子に語りかけた。
男:(語りべ)それはそれは、とても悲しい話。
女:恐ろしい恐ろしい、「夜叉狼(やしゃおおかみ)」の話。
男:時は今よりもっと昔。何度も続く作物の不作による飢饉(ききん)にあえぐ時代だった。
女:粗末な着物を着た男女二人が、夜の帳(とばり)の降りた真っ暗な山に登っていた。
男:男も女も瘦せ細り、着物はボロボロに裂けていた。
女:何かを決心したような目をした男は、双子の二人を真冬の山の神社の柱に縛り付けていた。
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男:【叔父】(乱暴そうな男)まぁったく、とんだ貧乏クジだぜぇ・・・
女:【叔母】(下品な女)あー寒い。凍えちまうよ・・・ちょっとアンタ、早くしておくれよ!早くしないと人が来ちまう!
男:うるせぇ!ここを、こう縛っておきゃぁ・・・と。クソッ!指が「かじかん」で結べねぇ!
女:ねぇ、本当に早くしておくれよぉ!早くしないと「夜叉狼(やしゃおおかみ)」に食われちまう!
男:ぶはは!なぁに「寝言」言ってんだ。夜叉狼(やしゃおおかみ)なんざ、ガキをしつける為の作り話じゃねぇか
女:そうかもしれないけどさ、こうも不気味な山の中じゃ、そんな気もしてくるじゃないか。
男:やれやれ・・・よし。これで手足は動けんだろう。・・・悪く思うなよ。悪く思うなら、先におっ死んじまった自分達の両親を恨むんだな。っと。
女:ちょっと、あんまり声出すとこの子ら起きちまうよ!さっさと山を下りようよ!
男:おや・・・雪だ。初雪だな。
女:ああ、やけに冷えると思ったら・・・
男:冷えて死ぬも良し。ここいらの、化けモンみてぇにデカいカラスに目玉ほじくりだされて死ぬもよし。
男:どっちにしろ、これで穀潰し(ごくつぶし)は減るんだ。・・・少しは楽にならぁ・・・
女:・・・(拝む)頼むよ。恨まないでおくれよ。世間体の手前アンタ達を引き取ったが・・・・もうダメなんだ。
男:おい!!やめろ!!!
女:だって・・・・
男:自分の子供と俺の兄貴の子供、どっちを飢え死にさしてぇんだ!!!
女:わかってる!!・・・わかってるよ・・・
男:さっさとズラかるぞ
女:・・・(小さな声で)生きるんだよ・・!
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0:(足音が遠のく。十歳前後の双子の男の子達が目を覚ます)
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女:【双子弟】・・・ん・・・寒い・・・くしゃん!(くしゃみ)
女:あれ?ここ、どこ・・・?ぐっ・・痛い!!なんだこれ?手足を麻紐(あさひも)で縛られてる・・・食い込んでる・・痛い・・・
女:兄(にい)ちゃん・・・兄ちゃん!?
男:【双子兄】んあ・・・なんだ?うるさいな・・・
女:兄ちゃん!起きて!!
男:んあ、もう朝かい?
女:何寝ぼけてるんだ。起きて!見てよ!僕ら手足を縛られてるよ!
男:はぁ・・!?何って・・・痛ってぇ!!何だこれ・・・おい、オジサンとオバサンはどこだ?
女:あ、そっか!オジサーン!オバサーン!!
0:
0:・・・・・・(静まり返る)
0:
女:誰もいない・・・?
男:・・・なんだ?なんだよこれ!!(不安になる)
女:兄ちゃん・・・(泣きそうになる)
男:泣くな!男だろ!
女:うう・・・
男:今、兄ちゃんが外してやるからな、待ってろ!
女:兄ちゃん・・・
男:大丈夫だ、何だかわからないが、とにかくこの紐を・・・よし、俺の足の紐は緩(ゆる)かったみたいだ!
女:やった!
男:これで・・・なんとか・・・・くっ。
女:兄ちゃん!頑張って!
男:だぁっ!!・・・はぁ、はぁ・・・びくともしねぇ・・・
女:もう少し・・・!
男:せめて、この片手だけでも・・・
女:頑張れ!
男:うらぁっ!!(抜けた)・・・っふーー。よし、右腕は取れたぞ。次は・・・よし、左腕の紐をほどいて・・・
0:
0:
0:(人間とも狼とも言えない獣の唸り声がかすかに聞こえる。)
0:
0:
女:・・・!!!ヒッ!!!!兄ちゃん!!!
男:待ってろ。今お前の紐もほどいて・・・どうした?
女:・・・あ・・・う・・・後ろ・・・!!!誰かいる・・・
男:え・・・?
女:違う・・・人・・・じゃない・・・
男:・・・!!うわぁ!!!お、おお狼!!!!
女:銀色の毛に赤い目・・・夜叉狼(やしゃおおかみ)だ!!!
男:こ、こっちへ来るな!!来るなぁ!!!
女:兄ちゃん!!
男:うう、ちきしょう、紐が取れねぇ!!
女:兄ちゃん!!逃げて!!
男:お前を置いて逃げられるか!!
女:兄ちゃん!!
男:なにか・・・何か武器になるもの・・・くそっ!
女:兄ちゃん!そこ!石がある!
男:(石を拾う)くそっ!!!このやろう!!(投げる)
0:
0:(石が当たる)
0:
女:当たった!!
男:・・・待て・・なんだあの光
女:え?
男:・・・・夜叉狼の後ろ・・・おい・・・何匹いるんだ
女:あっ・・・あんなに・・沢山・・・おおかみ・・・
男:よし、お前の紐あと一つほどけば・・・!
女:怖い・・足がすくんで動けないよ・・・・兄ちゃんいいから逃げてよ!僕なんて放っておいて!!狼達に食われちゃうよ!!
男:何言ってんだ!!・・・よし、ほどけたぞ!これで逃げられ・・・ぐっ!!!
女:は・・・(息をのむ)
男:(肩に食いつかれる)あああああ!!!!!
女:兄ちゃん!!!!
男:うわぁ!!うわぁあ!!(肩に喰らい付いたまま離れない夜叉狼)
女:やめろお!!やめろお!!兄ちゃんを離せ!!!!
男:痛てぇ!!!あああ!!!離せ!!離せこのやろう!!!
女:なにか・・・何か武器・・・!!!あ・・・!御神体(ごしんたい)・・・!
男:(夜叉狼から逃げる)っだぁ!!!はぁ・・・はぁ・・・くっそ・・・痛てぇ・・・!肩食いちぎりやがった・・・
女:兄ちゃん!!こ、これ・・・見て!!
男:!!おい!!お前何してんだ!!それは、この神社の御神体だぞ!!!
女:今はそんな事言ってられないよ!!一応、刀(かたな)だからこれで追い払えるよ!
男:・・・そ、そうだな・・・貸せ。身体が弱いお前じゃ無理だ。
女:何言ってんだよ!兄ちゃんのその肩じゃ振り回せないだろ!僕がやる!!
男:バカ!!良いから貸せ・・・
女:(刀を振り回して狼に向かっていく)うわぁぁぁぁ!!
男:おいバカ野郎!!待て・・・ぐっ・・痛ぇ(肩が痛む)
女:(他の狼に真横から首を噛まれる)ぐうっ・・・・あ・・・が・・・・
男:ああっ!!!やめろおーー!!!!
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男:(双子兄M)一瞬だった。重い飾り刀をひきずって、夜叉狼に向かっていった弟。
男:その弟の右側から、稲妻のように飛んできた狼の一匹が、弟の細い首に一瞬で喰らい付いた。
男:まるで仇花(あだばな)のように、弟は血飛沫(ちしぶき)を散らしてその場に倒れた。
男:弟の上に覆いかぶさるように、次々に狼たちが喰らい付く。
男:血生臭い臭いを漂わせながら、クチャクチャと咀嚼音(そしゃくおん)が響く。
男:降り積もり始めた雪は紅色(くれないいろ)に染まっていく。
男:獣達の四つ足の隙間から、弟の小さな手のひらが見えた。
男:手のひらはゆっくりと下から上へ何度も払うように動いた。
男:「兄ちゃん、今のうちに逃げて」
男:そんな仕草に見えた。でも今思い返すと
男:「兄ちゃん、助けて」だったのかもしれない。
男:幼かった俺には、どうする事も出来なかった。
男:ただただ怖くて、泣きながら森の中を裸足で駆け下り、狼が居ない方へ。狼が居ない方へ・・・
男:その時、走り疲れて大きな岩で足を滑らせた。
男:宙を舞った瞬間に目の中に入って来たものは、登り始めた、焼け付くように痛い朝日だった。
男:「ああ。お天道様は見ているんだ。俺は弟を見捨てたから、バチが当たったんだ。」
男:吸い込まれるように崖の闇に落ちて、俺は気を失った。
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女:(語りべ)それから、八年と七か月が経っていた。
男:(語りべ)幼かった双子の兄も充分に大人へと成長していた。
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女:【四季美(シキミ)】兄様(あにさま)。兄様ったら。
男:(眠っている)ん・・・
女:もう、兄様ったら一体いつまで寝てらっしゃるの?(嫌味っぽく)もうあんなにお日様が高くなっておいでですよ?
男:んん・・・四季美。もう少し寝かせてくれ。昨日は番頭と遅くまで帳簿の話をしていたから・・・ふぁ(あくび)眠いんだ
女:もうっ!いつもそうやって寝てばかりなんだから!少しは可愛い妹の相手をしてくださっても良いんじゃありません!?
男:妹・・・
女:あっ・・・
男:・・・ふふ。もう妹では無くなっただろう?
女:いやだ私ったら。
男:まぁ無理もないさ。まだ夫婦(めおと)になって数日しかたっていないんだ。
女:だって。私が七つの時から兄様は兄様でしたもの。たった八年と七か月で「旦那様」だなんて切り替えられるものですか。
男:・・・まぁ。祝言(しゅうげん)も形ばかりだったからな。
女:仕方ありません。こんなご時世ですもの。派手に執り行えば使用人達の反感を買います。
男:それでも・・・君は綺麗だったよ。
女:!!なっ・・・!ね・・・寝ぼけてらっしゃるのかしら!?
男:ふふ・・・可愛いな四季美は。
女:もうっ!知りません!朝餉(あさげ)出来てますから。早くいらしてくださいな!
男:はいはい・・・(優しく笑う)
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男:(M)この家に来てもう八年になる。夜叉狼に襲われたあの日。俺は高い崖から落ちた。
男:バチが当たって死んだと思った。しかし目を覚ますと、あたたかな部屋、触れた事もない柔らかな寝床に寝かされていた。
男:俺は通りかかったこの反物屋(たんものや)の使用人に助けられたのだ。
男:この家は跡継ぎの長男を亡くしたばかりの家だった。
男:俺は「この男の子は天からの贈り物」とばかりに手厚く看病された。
男:しかし俺は、狼に肩を食われ片腕の感覚を失った。
男:更に崖から落ちた際に、片足を引きずる状態になった。歩けないわけじゃないが、とてもじゃないが馬には乗れない。
男:しかし飢餓が続くこのご時世。男子であるだけでありがたいらしい。
男:俺は先日、兄妹(けいまい)のように育ったこの家の長女、四季美の婿養子になったのだ。
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0:朝餉(あさげ)
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女:おかわり召し上がりますか?
男:いやいい。ありがとう。それより義父上(ちちうえ)と義母上(ははうえ)は?
女:ああ・・・。
男:どうした?
女:いえ、朝からする話ではないんですけど
男:何かあったのか?
女:河原に、男の人が気を失って倒れているって聞いて。そちらへ。
男:え?
女:いえ、恐らくもう息は無いだろうって話なんですけど。父上は神職でもありますから。
男:ああ、そうだったな。慈悲深いものな。
女:ええ。「もしもう天に召されているのなら、手厚くしてやりたい。」と。
男:そうか。
女:・・・もう何人目でしょうね。
男:そうだな。一体いつまでこの飢饉(ききん)は続くのだろう。
女:私も父上に付いて行って、せめて手を合わせてあげたかった。
男:やめておけ。また心を壊すぞ。
女:だって・・・
男:君は父上に似て慈悲深い。でも父上ほど強くはない。
女:私がもっと強ければ。
男:・・・気に病むんじゃない。四季美の兄を無くした傷はそう簡単に癒えるものじゃない。ほら。こっちへおいで。
女:はい・・・
男:(抱きしめる)辛かったね。
女:はい・・・
男:君のお兄さんには及ばないが、俺は君を守っていくからね。だから安心して。
女:はい・・・
男:・・・片手でしか君を抱きしめてあげられなくて申し訳ない。
女:・・・暖かい手です。充分です。それに
男:それに?
女:この静かな手も私は好きです。(兄の動かない方の手を取る)
男:もう動かないけどな。
女:私があなた様の動かない手の代わりになります。
男:・・・ありがとう。・・・愛しているよ。
女:・・・!いやだ。
男:いや?
女:あっ。ごめんなさい。いやでは・・・ありませんが・・そんな。外国の男性のような・・・
男:・・・愛しているよ?
女:やめ・・やめてください。
男:本当に?
女:・・・やめないでください。
男:(頭をなでる)ふふ。そろそろ義父上(ちちうえ)達が帰ってくるからな。続きは夜だ。
女:・・!!ん!!もうっ!いじわる!!
男:あはは。
女:知りませんっ!食器、片づけて参ります!(去る)
男:・・・あはは・・・・ふぅ。・・・春だな・・・さて。仕事に取り掛かるか・・・っ・・・と。(よろける)
男:痛てて・・・季節の変わり目だな。足の節々がまだ痛む。冬程ではないが。・・・嫌な痛みだ。
男:・・・・少し縁側で休むか。・・・よいしょ(座る)
男:・・・・今日は良い天気になるな・・・
0:
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0:(草の葉がざわざわと揺れる)
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男:・・・ん・・・誰だ!?
女:【双子弟】・・・・兄(にい)ちゃん・・・
男:・・・・!!!!っ!!??お前・・・!!
女:・・・・兄ちゃん・・・兄ちゃん!!!
男:お前・・・お前・・・!!?どうして・・・!??
女:兄ちゃん・・・兄ちゃん!!
男:春の夢じゃないよな・・・おい。よく・・・よく顔を見せてくれ。本当にお前なのか?
女:兄ちゃん・・・兄ちゃん!!!僕だよ・・・僕だよ!!
0:
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男:(M)俺の顔と瓜二つ。痩せ細っているが間違いない。間違えるものか。弟だ。あの日狼に食われたはずの弟だ。
男:義理の父は神職。亡骸(なきがら)を弔う(とむらう)為に向かった河原で見たのは。
男:俺の顔と全く同じ男。しかも息がある。気絶しているだけだった。
男:看病しようと病院に向かう途中、写真館の店頭に飾られた、俺と四季美の祝言の写真を見たそうだ。
男:「お願いだ。僕の兄ちゃんかもしれない。確かめさせてくれ。家は。家はどこだ」
男:喚き散らし、丘の上の一軒家に走り出したそうだ。
0:
0:
女:・・・兄ちゃん・・・会えた・・・やっと会えた・・・!
男:お前、八年も一体どうしていたんだ?
女:・・・・・・・山奥の村の老夫婦に助けられたんだ。
男:そうなのか・・・
女:うん!
男:運が良かったな。
女:いや。そうでもないよ。
男:どうして?
女:僕、逃げて来たんだ
男:・・・育てて貰ってたんじゃ?
女:老夫婦はすぐに死んじゃったんだ。だから街へ降りてさ・・・僕は男だから陰間(かげま)をしてたんだ・・・
男:・・・!!?陰間(かげま)・・・
女:へへ。別に減るもんじゃないしさ。
男:・・・お前・・・
女:最初は痛かったけどさ、慣れてきたら何かもういいかなって。
男:・・・お前・・・!!
女:やだなぁ。そんな憐れむような目で見ないでよ。みじめになるだろ?今時は陰間(かげま)なんて珍しくもないだろ?
男:(泣く)
女:もう!兄ちゃんの泣き虫!・・・そりゃ次から次へと男を取るのは楽しいモンじゃないけど。優しい人もいたし。
男:(泣く)
女:ねぇ兄ちゃん泣き止んでよ!感動の兄弟の再会じゃないか。
男:・・・すまない・・・すまない・・・!!俺が・・・助けられなかったばかりに
女:何言ってんのさ。命さえあれば十分。・・・それより兄ちゃんの方が。
男:ああ。
女:・・・あの時、狼に噛まれたせい?片腕。力が入らないのかい?
男:ああ。仕方ないさ。・・・・お前を見殺しにしたバチだろう。
女:・・・死んでないからバチじゃないだろ?・・・触っていい?
男:ああ。
女:・・・・ゴツゴツしてるね。細い僕とは大違いだ。
男:もう十八だからな。子供の頃とは違うさ。
女:・・・・兄ちゃんだ。間違いなく僕の兄ちゃんの手だ。
男:ふふ・・そうだな。違いない。
女:あったかい・・・・
男:まだ花冷え(はなびえ)だ。手も冷えてるぞ。
女:うん・・・あう。(兄の指をくわえる)
男:!!!ちょ・・!!何指咥えてんだ!
女:・・・やだなぁ。ちょっとしたオフザケじゃないか。本当に兄ちゃんか確かめてるんだ。
男:ちょ・・バカ!なんて・・ちょ・・・やめろ!
女:・・・それが感動の再会を果たした弟に言う言葉?
男:変な・・・事を・・する・・・な
女:・・・(吐き出す)。ふふ。兄ちゃん、見た目は立派なのに随分と「ネンネ」だなぁ。
男:何言ってんだ。俺はこれでも立派にこの家の跡継ぎだぞ!
女:・・・え?
男:この家の人に拾われて。あ、お前と別れてから崖から落ちて気を失ってる所を。
女:・・・へぇ。そっか。片足は?片足もその時に?
男:ああ。歩けないほどじゃないが。もう治らないらしい。
女:・・・そうなんだ
男:あ、そうだ。後で紹介するよ。俺に嫁さんが出来たんだ!お前の義理の姉だぞ!
女:・・・(棒読み)へぇ。そうなんだ。嬉しいなぁ。
男:待ってろ。きっともうすぐ帰ってくるから。
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女:(M)そう言って兄ちゃんは玄関の方へ走っていった。
女:その後、兄ちゃんの奥さんになったばかりの四季美さん。義理の父上。義理の母上。
女:家中(かちゅう)の使用人。厩(うまや)の使用人。商い(あきない)の下働き。まるでお殿様みたいな生活を見せられた。
女:「僕とは大違いだな」
女:ふいにそんな言葉が口をついたが、すぐにやめた。
女:双子なのに違う身体つき。兄はガッシリとしているのに僕はまるで枯れた木の枝のようだ。
女:自分の辿って来た道と比べてはいけない。いけないとわかっているのに。
女:胸の奥がザワザワと音を立てた。
女:兄をどんな目で見ていいか分からなくなる。
女:そんな時に、自分以外の目線を見つけてしまった。
女:ああ。同じだ。同じ「悋気(りんき)」の目だ。
女:兄は気が付かない。僕はもう一つのその視線から、目を離さなかった。
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男:本当か・・・?四季美。間違いないのか?
女:【四季美】ええ。今日お医者様に診て頂きました。
男:はぁ・・・できたのか。
女:ええ。
男:(四季美を抱きしめる)っ・・・!
女:きゃ!
男:四季美・・・!ありがとう・・・っと。すまん。嬉しくてつい。痛かったか?
女:大丈夫です。このくらい。
男:俺も・・父親になるのか。
女:ええ。
男:ああそうだ!アイツにも知らせないと!
女:え?
男:俺の大切な弟に!
女:ああ・・・
男:ちょっと行ってくる・・・
女:今日は朝から出かけるっておっしゃってましたよ?
男:ああ。そうだった。
女:馬で行きましたから、夕刻にはお戻りになりますでしょう?
男:ああ、ああ。だけどなぁ。
女:そんなに慌てなくても
男:いや、早く知らせたいじゃないか!家族が。家族が増えるんだぞ!こんな嬉しい事はないよ!
女:まぁ。ふふ。
男:少しでも早くアイツに知らせたい。ちょっと出てくる!
女:お気をつけて!
男:いってくるよ!
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男:(息を切らしている)はぁはぁ・・・おーい!
女:【双子弟】兄ちゃん!・・・じゃなかった。旦那様!
男:二人の時は兄ちゃんでいいよ
女:そんな訳にはいかないよ。置いて貰ってる身だ。そこはちゃんとしないと。
男:ったくもう。何度言っても聞かないんだな。お前は働く必要はないだろう?
女:違うよ。僕が兄ちゃんの役に立ちたいだけだよ。ったく、そっちこそ何回言ったら気が済むんだい?
男:わかった、わかったよ。
女:所でどうしたの?そんなに慌てて。
男:ああ!聞いて驚け!四季美に赤ん坊が出来たんだ!
女:え・・・?
男:お前に甥っ子か姪っ子が出来るんだぞ!
女:・・・・へぇ。
男:家族が増えるんだ!どうだ!嬉しいよなぁ!
女:・・・・・・・
男:おい?どうした?
女:ううん!ごめん。ビックリしただけ。
男:そうか?
女:兄ちゃん、やることやってたんだな。ってきり僕、兄ちゃんはまだ貞潔(ていけつ)なんだとばかり。
男:て、てい・・
女:だって奥手だし。
男:一応ちゃんとした夫婦だからな。それに子を成す事は俺の責務でもある。
女:ふーん。兄ちゃんが父親かぁ。
男:ああ!楽しみだなぁ
女:それを伝えたくてワザワザ来たの?
男:ああ!
女:・・・兄ちゃん可愛い。
男:かわ・・・なんだよ!さっきから!
女:・・・別にぃ。良かったね。
男:なぁ、今日はいつ仕事終わるんだ?酒を用意するから一緒に呑もう!
女:さぁねぇ。今日は遅くなるよ。
男:なんでだよ!
女:あのね。兄ちゃんと違って僕は忙しいんだ。馬の世話だって夜帰ってからやる事沢山あるんだ。
男:いいじゃねぇか今日くらい。な?
女:うるさいなぁもう。浮かれ過ぎだよ。それに、まだ大っぴらにあの家で騒げるような立場じゃないから肩身が狭いよ。
男:うーん・・気にしなくてもいいのに。そうだ!俺の書斎で二人で飲もう!ならいいだろ?久しぶりに昔の話もしたい。
女:・・・わかった。それならいいよ。
男:やった!
女:・・・・(意味深に)「諸々終わりにした」ら。行くよ。
男:?ああ!わかった!じゃあまた夜にな!(去る)
女:またね・・・
女:・・・
女:・・・・・今夜だな。
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0:(夢を見ている兄)
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男:【幼い頃の兄】おーい。あんまり遠くへ行くなよ?
女:【幼い頃の弟】大丈夫だよぉ!それより、早く沢山摘んで帰ろう?
男:本当にこんな山奥に花畑なんかあるのか?
女:あるよぉ。それに薬草も。
男:・・・父ちゃんと母ちゃんの流行り病、本当に薬草なんかで治るのかな。
女:お寺の住職さんが言うんだからきっと大丈夫だよ。
男:薬草なんかより、食うもんのが良い気もするけどな。
女:・・・仕方ないよ。ずっと作物が育たないんだもの。
男:父ちゃんも母ちゃんも、俺たちばっかりに食わせるから病気になんてなっちまうんだ。バカだよ。
女:兄ちゃん!
男:・・・だってそうだろ?・・・それに、どうせ死んじまうんだ。無駄だよ。薬草なんて。
女:兄ちゃんたら!(叩く)
男:痛てぇ!
女:全く!一体誰に似たんだか!すーぐ暗い話ばっかり。
男:だってよ・・・
女:人間はいつか死ぬ。それが病なのか自分でなのか野犬に食われるのかー。の違いさ。
男:そうかもしれないけど。
女:僕はそうだなー。兄ちゃんが大変な目に合ってたら、こう・・・カッコよく助けて死にたいな!
男:何言ってんだ!お前は弟だろ!守るなら俺が守る!
女:卑怯者のくせに
男:なっ・・・!
女:間違ってないでしょ?
男:・・・卑怯者じゃない。ずる賢いって言え。
女:賢いからみんな卑怯者な部分に気が付かないよねぇ
男:うるさいな
女:はいはい
男:・・・嫌か?
女:ん?
男:・・・卑怯者な兄貴は。嫌か?
女:嫌な訳ないじゃん
男:え?
女:卑怯者だろうと人殺しだろうと、兄ちゃんは兄ちゃんじゃない。
男:うん・・・
女:僕の大好きな、ただ一人の兄ちゃんだ。
男:・・・うん
女:なんて顔してんのさ!さ。これくらいの量なら足りるかな!帰ろう!
男:うん・・・ごめん。
女:え?
男:ごめんな・・・!!
女:(籠った声で何か言う)
男:え?なに?
女:(籠った声で何か言う)
男:聞こえない・・・何て・・・
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女:【四季美】嫌ーー!!(悲鳴)
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0:(目が覚める兄)
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男:!!!??四季美・・・??
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男:(M)弟を書斎で待っている間にうたた寝をしていた。
男:耳をつんざくような妻の悲鳴。夫婦の寝室に俺は駆け付けた。
男:・・・目を疑った。
男:愛する身重(みおも)の妻の首を絞めている弟の姿がそこにあった。
男:しかし弟の姿は、昼間の華奢な姿とは程遠い。
男:銀色の髪に赤い目。・・・・人の形をしているが。紛れもなくそれは夜叉狼だった。
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男:おい!!!・・・どうしたんだ・・・どういう・・・事だ・・
女:【双子弟】兄ちゃん。
男:四季美・・・四季美!!!!おい!おい!!
女:・・・もう遅いよ。その女は死んだ。
男:!!!!お前・・・お前ええええ!!!!!
女:なに?(睨みつける)
男:ぐっ・・・動け・・・ない
女:兄ちゃん。僕が本当にあの時、生き残れたと思ってたの?
男:どういう・・事だ
女:僕ね、狼に襲われてグッチャグチャになったんだぁ。見てたでしょ?
男:っ!!
女:手招きしたよね?「助けて兄ちゃん」って。もうその時には口も喉も食われてたからさ。
男:っ・・・!!
女:兄ちゃん・・・・助けてくれなかったね・・・・
男:それ・・・は・・・
女:ふふふ・・・いいんだよ。気にしないで。お陰で僕は握りしめてた御神体と一体になれたんだ。
男:どういう事だ
女:グッチャグチャになった体の中にね、ご神体の刀を自分で入れたんだ。喉の奥から足の先へ。ぎゅーって。痛かったなぁ。
男:・・・ぐっ(吐きそうになる)
女:なんでそうしたのかわからない。でもね。そしたら夜叉狼が僕ごと飲み込んじゃったんだ
男:がっ・・・はぁ・・はぁ・・・(少し吐く)
女:仕組みはわからないよ。でもね。僕は夜叉狼に助けられた。今こうして生きてる。
男:・・・それで俺に復讐しに来たのか
女:・・・復讐?違うよ。
男:お前を見殺しにして逃げた俺を殺しに来たんだろう!!!
女:・・・ふふ・・・あはは!!
男:なんだ!!
女:卑怯者なのは変わらないねぇ兄ちゃん?いつも自分の事ばっかり。
男:・・・っ・・・
女:僕は兄ちゃんの事今でも大好きだよ
男:・・・ならどうして!どうして四季美を殺した!!子供が居たんだぞ!!!
女:さぁ?
男:・・・さぁ?・・・お前・・・お前えええ!!(馬乗りになり弟を殴り続ける)
女:あっ・・・ぐっ・・・(殴られる)
男:お前!!お前に!!何がわかる!!!(殴る)
女:ぐっ・・・ぐっ・・・(殴られる)
男:父ちゃんも!母ちゃんも!死んだ!お前も!死んだと!思ってた!!(殴る)
女:ぐう・・・あっ・・・(殴られる)
男:四季美は・・・俺の・・・俺のたった一人の家族だったのに!!家族だったのに!!!(殴る)
女:(吐血)ぐぁっ・・あ・・・・
男:はぁ・・・はぁ・・・お前・・・お前・・・許さない・・・許さない!!
女:・・・・兄ちゃん
男:兄ちゃんなんて呼ぶな!!!
女:・・・・兄ちゃん
男:あああああ!!!!やめろ!!!!
女:・・・・兄ちゃん・・・僕も・・・家族・・だよ?
男:お前なんか家族じゃない!!!
女:え・・・・
男:(はっとする)・・・あっ・・・
女:・・・兄ちゃん・・・
男:あ・・・
女:・・・(にっこり笑う)兄ちゃん。さようなら。
男:あ・・・!待っ・・・・
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女:【四季美】・・・・ん
男:・・!!四季美?四季美!!
女:・・・ん・・・
男:大丈夫か?あ・・・あ、良かった・・・生きてたのか。
女:・・・
男:?どうした?どこが痛い?あ、水。水を・・・
女:・・・なぜ生きているの?
男:・・・え?
女:おかしいわ。ちゃんと毒躑躅(どくつつじ)を毎日朝餉(あさげ)に入れていたのに。
男:・・・四季美・・・?
女:おかしいわ・・・?この村だけに自生する毒躑躅(どくつつじ)を八年八か月飲ませれば、死者が蘇るはずなの。今日がその日だったのに。
男:ど、どうしたんだ四季美?
女:私ね。兄様。兄様を愛しているわ。
男:お、おお。俺も愛して・・・
女:あなたじゃない!!!!
男:え・・・
女:あなたじゃないわ!!
男:四季美?
女:あなたじゃない!あなたじゃない!あなたじゃない!!!
女:私の愛しているのは兄様。そう兄様だけ。兄様ただ一人だけ。
男:落ち着け。落ち着け四季美。
女:触らないで!!
男:・・・子供に障る(さわる)だろう。落ち着くんだ。
女:ねぇ。死んで?
男:四季美・・・?
女:あなたが死なないと私の兄様が蘇らない!!ねぇ死んでよ!!
男:(首をしめられる)あっ・・・ぐっ・・
女:死んで!死んで!死んでよぉ!!!でなきゃ私の兄様が死んでしまう!!
男:お前の兄貴はとっくに死んでいるだろうが!!
女:へ・・・・
男:落ち着くんだ。お前の兄貴は死んでるんだ!
女:・・・違う。違うわ。
男:違わない!・・・頼む。正気に戻ってくれよ・・・
女:兄様は・・・蘇るの。そして私と家族になるの。本当の家族に。
男:四季美・・しっかりしろ!
女:いや・・・いやぁ!!いやぁ!!!
男:おい待て!!
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男:【双子兄】取り乱した四季美が寝室の窓から飛び出した。
男:硬い地面に頭から叩きつけられ、耳から血を垂れ流してあっけなく死んだ。
男:「嘘だ・・・嘘だ」
男:俺は二階の窓から動けなかった。
男:「子供が・・・居たんだぞ・・・」
男:俺はもう、温度も匂いも、何も感じなくなっていった。
男:浮かれていた俺が悪いのか?弟を見殺しにしたからか?
男:わからない。わからない。もう、何も考えたくない。
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女:【双子弟】死んだんだ?
男:お前!!(掴みかかる)
女:おや。殺すのかい?今度は自分の手で。
男:お前・・・・どうして・・・どうしてこんな・・・
女:僕のせいじゃない。最初からあの女が狂っていたんだ。
男:そんな訳がない!四季美は・・四季美は・・・
女:・・・馬鹿だね兄ちゃん。毎日毒を盛られて呪詛(じゅそ)を掛けられていたのに。まだ愛しているの?
男:俺は・・・
女:うん?
男:俺は・・・四季美の兄の代わりでも良かったんだ・・・
女:・・・兄ちゃん。
男:俺は!代わりでも何でも良かった!!死んだって・・・四季美が望むなら死んだって良かったのに!!!
女:やめてよ!!
男:・・・穏やかだったんだ・・・四季美と居ると。幸せだったんだ・・・それなのに・・・それなのに・・・
女:兄ちゃん・・・やめてよ・・・聞きたくないよ!!
男:夫婦だったんだぞ!!お前に何がわかるんだ!!
女:わかんないよ!!兄ちゃんは・・・俺の兄ちゃんだろ・・・?
男:・・・もういい。
女:(首を絞められる)ぐっ・・・あ・・・
男:そうだな。俺はお前の兄ちゃんだ。
女:に・・ちゃ・・・
男:よくも俺の妻と子供を殺してくれたな
女:あっ・・・あ・・・
男:俺はお前の兄ちゃんだから、責任を持ってコロシテヤルヨ!!!!
女:あっ・・・が・・・・
男:!!おい・・・なんだ。やめろ。よせ。目が赤いぞ。髪も・・・おい・・・
女:・・・兄ちゃん・・・逃げて・・・・
男:え・・・・
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女:(語りべ)それは一瞬の出来事でした。
女:夜叉狼に変わっていく弟は、最後の力を振り絞って自分の爪を、自分の目に突き立てた。
女:突き立てた爪はそのまま弟の頭の後ろまで貫通した。
女:銀色の髪は元の黒髪に戻り、ずるりと抜けた指の爪も元に戻っていた。
女:兄は、ほどなくして自害した。
女:最後の最後まで叫び続けていたのは、妻の名前でも、弟の名前でもなかった。
女:卑怯な卑怯な、卑怯な言葉。
女:それを知る者は、誰一人としていない。
0:
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0:(元の神社)
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男:【翁】神双子(かみゆたご)様はの。仲良しの双子の神様なんじゃ。
女:【男児】でも、ふたりとも死んじゃったね。悲しいね。
男:ただ一人の、大切な大切な兄と弟だったのにな。
女:なんで?
男:悋気(りんき)じゃ。
女:りん・・き?
男:ああ。そうじゃ。小さいものから、大きいもの。自分への悋気。相手への悋気。
女:ふーん。
男:ほっほ・・・坊(ぼん)にはちと、難しかったかのう・・
女:うん、わかんない。
男:ほれほれ。泣き止んだようじゃの。
女:うん!
男:兄者(あにしゃ)と仲直り。出来るか?
女:うん!兄者にごめんしゃい言えるよ!
男:ほっほ・・・良かった良かった。
女:えへへ
男:坊(ぼん)や。
女:うん?
男:兄者は好きか?
女:だいすき!
男:ほっほ・・・
女:またね!じーちゃんも気を付けて帰ってね!
男:ほっほ・・・・
男:・・・・
男:・・・・
男:・・・・・・
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女:(語りべ)悋気(りんき)っていうのはね、主に女が男にするヤキモチの事さね。
女:ことわざにもあるんだ。「徒(あだ)の悋気(りんき)」って言ってね、自分とは何の関わりもない他人に妬く事。
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男:(語りべ)雁首(がんくび)ってぇのはな、キセルの火皿(ひざら)の頭んとこ。
男:ここに刻みタバコを詰めて火ぃつけるんだ。わかるか?
男:同じような顔揃えて、並んでる事を言う事もある。「雁首揃えて」なんてな。
男:集まり立ち並び。汚ねぇ雁首揃えて、恥ずかしげもなく、よく生きていられる。
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女:躰(からだ)の外側と内側が入れ替わる程の苦しみを。
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男:永遠に味わいながら。
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女:淀(よど)む腕(かいな)に、ありったけの肉片を詰めて
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男:ああ、反吐(へど)が出る。もう見たかねぇよ。お前のそんな姿。
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女:ああ、手に入らない。思い通りにならない。
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男:ああ、なんて美しいんだ。
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女:男も生きている。
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男:女は生きている。
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男:そして気が付かぬまま、
女:消えていくがいい。
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