台本概要
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タイトル | ロミオがジュリエット!?(4〜6人台本) |
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作者名 | akodon (@akodon1) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 6人用台本(男3、女3) ※兼役あり |
時間 | 90 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
つまり、ジュリエットは・・・? 男女逆転転生系ラブコメ! ふわっと軽いラブコメのつもりが、気付いたらものすごく長尺になりました。 アドリブはお好きにどうぞ。 ただし、共演者の方に迷惑をかけるのだけは無しだぞ! 6人台本ですが、4人や5人でもできます。 兼役をする場合は 〇「ナレ/パリス」 〇「女神/鈴佳」 でお願いします。 755 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
美緒 |
女 ![]() |
241 | 門田 美緒(かどた・みお)。 女子高生。 前世の名はロミオ。 |
樹里 |
男 ![]() |
235 | 赤戸 樹里(あかと・じゅり)。 男子高校生。 前世の名はジュリエット。 |
パリス |
男 ![]() |
64 | 美緒と樹里の同級生。 前世はロミオの恋敵・パリス。 前世の名はパリス。 |
鈴佳 |
女 ![]() |
70 | 安西 鈴佳(あんざい・すずか)。 美緒と樹里の同級生。 いたって普通の女の子。 |
ナレ |
男 ![]() |
40 | ナレーション。 語り部。 ただひたすらに語る人。 (4人の場合はパリスと兼役) |
女神 |
女 ![]() |
52 | 美の女神アフロディーテ。 ギャル。 ちゃんと服は着ている。 (4人の場合は鈴佳と兼役) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
美緒:「ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの?
美緒:どうして、私たちは出会ってしまったの?
美緒:・・・どうして・・・愛しあってしまったの・・・?」
樹里:「ジュリエット、キミさえ居れば、俺は荒れ狂う嵐の中だろうと、日の光すら届かない暗闇の森だろうと、燃え盛る炎の中だろうと、飛び込んでみせる!」
美緒:そんな風にたくさんの愛の言葉を交わし、私たちは刹那の恋をした。
樹里:そして、互いの生まれや家名に翻弄されながら、俺たちは若い命を散らした。
美緒:「ロミオ、ロミオ、ロミオ・・・!
美緒:さあ、ひと息に、あなたの為に・・・!(仮死状態になる薬を飲む)」
樹里:「さぁ、愛するジュリエットの為に・・・!(毒薬を飲む)
樹里:ぐっ・・・!・・・ふふ、嘘はつかなかったようだな、薬屋・・・薬の効き目は早いぞ・・・。
樹里:こうして口づけをしながら・・・俺は死ぬ・・・」
美緒:「意地悪ね・・・すっかり毒を飲みほして、一滴も残してくれなかったの?
美緒:・・・まだそこに毒が残っているかもしれない。
美緒:ねぇ、お願い。私を殺して・・・あなたのキスで」
美緒:
美緒:(キスをする)
美緒:
美緒:「・・・ああ、あなたの唇・・・まだ温かい・・・」
樹里:こうして、俺たちの物語は幕を降ろした。
美緒:けれど、心のどこかで願っていた。
0:(同時でも別々でもOK)
樹里:「来世こそはキミと幸せになりたい」
美緒:「来世こそはあなたと幸せになりたい」
樹里:決められた筋書きの中でしか生きられない、俺たちの願い。
美緒:決して叶うことはないと、そう思っていたのに。
女神:「・・・オッケ〜☆」
樹里:俺たちの脳裏に響いた、気の抜けるような声。
美緒:思わず目を覚ますと、そこにはーーー
0:(以下、ロミオとジュリエットが性別逆転する)
樹里:「・・・ロミオ?」
美緒:「・・・ジュリエット?」
0:
樹里:「(同時に)えええええええええ!?」
美緒:「(同時に)えええええええええ!?」
樹里:・・・生まれ変わったキミがいた。
0:『ロミオがジュリエット!?』
ナレ:ワンス・アポン・ア・タイーム!・・・と語り出すには、かなり最近のーーー本当に最近のお話。
ナレ:
ナレ:ここはどこにでもある、ごく普通の公立高校。
ナレ:ごく普通に緑に囲まれ、ごく普通にのびのびとした校風の、ごく普通よりもちょっと高めの偏差値をしたこの高校に、とある二人の若者が通っていた。
美緒:「やああああ!!」
パリス:「(男子生徒)きまったー!一本!門田(かどた)、必殺の突き!」
女神:「(女子生徒)きゃー!美緒センパーイ!カッコイイー!」
ナレ:一人目は門田美緒(かどた・みお)。
ナレ:剣道部に所属し、県内でもそこそこの実力を持つ、凛々しい17歳の少女。
樹里:「紅茶を淹れる前には、ポットとカップを温めて・・・お湯を注ぐ時は、少し高めから、と・・・はい、どうぞ〜」
鈴佳:「(女子生徒)わぁ、赤戸(あかと)くんの淹れてくれた紅茶、ホントに美味しい〜」
パリス:「(男子生徒)あ、居た!樹里(じゅり)〜!
パリス:部活中悪いんだけど、ここの文法教えてくれ〜!」
ナレ:もう一人は赤戸樹里(あかと・じゅり)。
ナレ:お菓子研究会に所属し、誰からも慕われる柔らかな物腰の、心優しい17歳の青年。
ナレ:
ナレ:二人はごく普通に日本で生まれ、ごく普通に優しい両親の元で育ち、ごく普通にこの高校に進学した。
ナレ:だが、二人には普通とは違うことが一つだけあった。
美緒:「・・・おし、今日も部活終わったし、帰るかぁ」
樹里:「・・・あらっ?」
美緒:「げ・・・」
樹里:「みーお〜!(抱き着く)」
美緒:「うわっ、抱き着くな!重い!潰れる!」
樹里:「うふふ、会いたかったわぁ〜。私の愛しい人」
美緒:「苦しい!苦しい!離れろって!樹里!」
樹里:「ああん、二人きりの時はホントの名前で呼んでよォ」
美緒:「そういうお前こそ、さっき俺のこと美緒って呼んだじゃねぇか!」
樹里:「あらぁ、お気に召さなかった?
樹里:誰かに見られてたら困るかなー、って思ったから、あえてこっちの名前で呼んだんだけど・・・」
美緒:「今の状況の方が見られたら困るだろ!いい加減はーなーれーろー!」
樹里:「じゃあ、ホントの名前で呼んで?」
美緒:「ぐっ・・・」
樹里:「ねーぇ?愛しい人」
美緒:「・・・あー!もう、分かったよ!(樹里を振りほどく)」
0:
美緒:「・・・帰るぞ、ジュリエット」
樹里:「はーい、ロミオ♡」
ナレ:・・・そう、彼らのもうひとつの名はロミオとジュリエット。
ナレ:二人はかの有名な悲劇の主人公の魂と記憶をそのまま宿し、生まれてきたのである。
ナレ:ただし、何の手違いか性別は逆なのだが・・・。
樹里:「(鼻歌)」
美緒:「なんだよ。ご機嫌だな」
樹里:「だってぇ、久々じゃない?ロミオと一緒に帰るのって」
美緒:「あー・・・まぁな。最近、大会前で遅くまで練習してたし」
樹里:「そ、だから嬉しいの。
樹里:二年生になってクラスも変わっちゃったから、なんだか寂しくって」
美緒:「寂しいって・・・別に家が隣同士なんだから、会おうと思えばいくらでも会えるだろ」
樹里:「そんなこと言って〜!
樹里:ロミオったら、朝も剣道、夜も剣道、休みの日も剣道!
樹里:忙しい、って全然相手してくれないじゃない!」
美緒:「仕方ないだろ。本当に忙しいんだから」
樹里:「・・・ぷぅ(頬を膨らます)」
美緒:「うわ・・・男子高校生の拗ね顔きっつ・・・」
樹里:「もー!酷い!恋人に対して『きっつ・・・』とか普通言う!?」
美緒:「恋人ぉ?それは前世での話だろ?今の俺たちは、その・・・まだ告白もしてねぇし」
樹里:「じゃあして!今して!すぐして!」
美緒:「あー!そういうのは順序とか、準備とか、シチュエーションってモンがなぁ!」
樹里:「・・・冷たい」
美緒:「は?」
樹里:「冷たい、冷たい、冷たーい!
樹里:昔はあんなに情熱的に告白してくれたじゃない!今のロミオは冷たーい!」
美緒:「おま、こんな路上で叫ぶなって・・・」
樹里:「かつてのあなたは嵐のように激しくて・・・それでいてそよ風のように優しかったわ。
樹里:皆が寝静まった夜・・・バルコニーの上と下、決して触れることのできない距離・・・それでもお互い必死に求め合うように手を伸ばして、愛の言葉を交わして・・・!」
美緒:「・・・今考えると、あんなデカイ声で喋ってて、よく誰にもバレなかったな」
樹里:「『ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの!どうして私たちは出会ってしまったの・・・?』」
女神:「(幼児)ぱぱー。あのお兄さん、何してるの?」
ナレ:「(父親)シッ!見ちゃいけません!!」
美緒:「あーーー!そうだな!そうだったな!思い出したから、往来で小芝居するのはやめてくれ!恥ずかしい!」
樹里:「小芝居じゃないわ。思い出の再現よ」
美緒:「そうだったな・・・若気の至りってやつかな・・・」
樹里:「今だって若いわ!なんてったって、ピチピチの17歳☆」
美緒:「まぁ、確かにそうなんだけど・・・こう人生二回目だしさ・・・。あんまりはしゃぐのはちょっと・・・」
樹里:「でもでも!少しくらい昔みたいにイチャイチャしたって良いじゃない!
樹里:例えば、手を繋いだりとか〜。
樹里:こう・・・抱きついちゃったりとかぁ〜!」
美緒:「ぐ・・・やめろって・・・!」
パリス:「(老人)おやおや、若い子は元気でええのぉ。なぁ、ばあさんや」
鈴佳:「(老婆)ええ、私たちも負けていられませんねぇ、じいさんや」
パリス:「(老人)ほほほ・・・」
鈴佳:「(老婆)うふふ・・・」
美緒:「・・・あ、どうもー・・・って、あぁああ!」
樹里:「もう、何よ急に大声出して」
美緒:「ついて行けん!」
樹里:「何に?」
美緒:「恋愛に関するお前のノリに!とてもじゃないけど、俺には無理だ!」
樹里:「無理じゃないわよ。かつてあんなに愛し合ったんだから・・・」
美緒:「それは前世の話なんだって!てか、そもそもよく考えてみろよ!
美緒:俺たちって実際は物語の登場人物なんだぞ?
美緒:恋人だったって設定も、交わした言葉も、全て脚本の中で決められてたわけ!」
樹里:「それがどうしたのよ?」
美緒:「今の俺はお前に恋をしていない!」
樹里:「・・・え?」
美緒:「そう、今の!生まれ変わってからの俺は、そもそもお前に恋してないんだ!
美緒:だから、恋人とか、愛の言葉とか言われてもどうにも・・・」
樹里:「・・・ぐすっ」
美緒:「・・・え?」
樹里:「ひどい・・・ひどいわ、ロミオ・・・。あんまりよ・・・私はこんなにも、あなたの事を愛しているのに・・・」
美緒:「いやその・・・だからな・・・」
女神:「(小学生)あー!あのお姉ちゃん、お兄ちゃんを泣かしてるー!」
ナレ:「(小学生)いーけないんだ、いけないんだー♪」
女神:「(小学生)これが『ちわげんか』ってやつだー!
女神:明日、学校でみんなに言っちゃおー!」
ナレ:「(小学生)言ーっちゃお、言っちゃーお♪」
美緒:「あー!だー!もー!わかったよ!」
樹里:「ぐすっ・・・何が・・・?」
美緒:「・・・どうすればいいんだ?」
樹里:「・・・どうって?」
美緒:「だーかーら!俺が冷たくて、恋人っぽく接してくれないのが不満なんだろ!
美緒:だったら、とりあえず付き合ってやるって言ってんの!」
樹里:「・・・ホントに?」
美緒:「ああ、男に二言は無い」
樹里:「・・・今は女の子の姿だけど?」
美緒:「見た目は女!頭脳は男!・・・あれ?こんな台詞どこかで聞いたな・・・」
樹里:「・・・嬉しいーーー!(抱きつく)」
美緒:「ぐえっ」
樹里:「嬉しいわ、ロミオ!恋人になったなら私、あなたとしたいことが沢山あるの!」
美緒:「・・・わかった・・・ちょっとずつ・・・難易度低めなやつからな・・・」
樹里:「ああん、もう大好き!ロミオ、ロミオ、ロミオ〜!」
ナレ:・・・こうして、なんやかんやあって二人の恋人(仮)生活は幕を開けたのである。
0:(しばらくの間)
ナレ:その日から、樹里の熱烈なアプローチが始まった。
樹里:「みーお〜!今日からテスト休みよね?一緒に帰りましょ〜!」
0:
樹里:「みーお〜!今日はお天気が良いから、二人っきりでご飯食べましょうよ〜!」
0:
樹里:「みーお〜!昨日、美味しいケーキをもらったのー!紅茶を淹れるから、今日はお家デートしましょ?」
0:
樹里:「みーお♡」
0:
樹里:「ねぇ、美緒ってばぁ〜♡」
ナレ:晴れの日も、雨の日も風の日も、嵐で学校が休校になり、学生たちが小躍りする日も、それは続いた。
ナレ:来る日も来る日も、樹里は美緒にコバンザメよろしくベッタリ引っ付いて、ひたすたアプローチをした。
ナレ:かつて引き裂かれた過去を、無かったことにするかのように。
ナレ:幸せそうな樹里・・・もとい、ジュリエット。
ナレ:だが、その陰で一人。着実にストレスを溜め込んでいる人間の存在に、彼・・・いや、彼女は気付けなかった。
0:(しばらくの間)
パリス:「・・・へぇ。それは良かったじゃないか」
美緒:「良かった、って・・・お前、他人事だと思って・・・」
パリス:「他人事じゃないよ。そもそも、彼女は僕のかつての婚約者だったわけだし」
美緒:「ああ・・・そういえば。
美緒:てか、そんなこと言うなら、恋敵として悔しいとか無いわけ?」
パリス:「生憎、僕は過去を引き摺らない男なんだ」
美緒:「けっ・・・スカしやがって・・・」
パリス:「ははは」
ナレ:現在、午後12時過ぎ。
ナレ:雲ひとつない青空の下、二人の男女が屋上の柵にもたれ掛かって並んでいた。
ナレ:一人はお馴染み、ロミオの生まれ変わりである門田美緒。
ナレ:もう一人は爽やかな好青年を絵に描いたような金髪碧眼の留学生。
ナレ:かの悲劇をご存知ならば知らない人は居ないであろうパリスの生まれ変わり、その名もパリスである。
ナレ:
ナレ:ちなみに彼だけ名前が変わらないのは、考えるのが面倒だったというわけではないので許してほしい。
美緒:「・・・というか、何でお前も屋上にいるんだよ」
パリス:「僕かい?そりゃあ、もちろん二人を冷やかしに・・・」
美緒:「はぁ?」
パリス:「はは、冗談だよ。僕も樹里に呼ばれてね・・・ほら、来た来た」
樹里:「ごめんねー!お待たせしちゃって!生徒会に顔出してたら遅くなっちゃった」
パリス:「大丈夫、少しも待ってないよ」
樹里:「やだぁ〜!パリスったら、やさし〜!」
パリス:「英国紳士なら当たり前だよ。ねぇ、美緒?」
鈴佳:「えっと・・・何で門田さんに振るの?」
パリス:「実は美緒は昔、英国紳士でね・・・」
美緒:「おい!」
樹里:「まぁまぁ、パリスの冗談は置いておいて・・・。鈴佳もお弁当作ってきたんでしょ?」
鈴佳:「あ・・・うん。大したものじゃないんだけど・・・」
ナレ:そうやって、もじもじと可愛らしい仕草でお弁当を広げるのは、安西鈴佳(あんざい・すずか)。
ナレ:ちなみに、このメンバーの中で唯一転生していない、純現代人である。
鈴佳:「・・・というか、樹里くん。門田さんたちと仲良かったんだね・・・。
鈴佳:一緒にご飯食べよ、って言われてビックリしちゃった・・・」
樹里:「あら?言ってなかったかしら?私と美緒はお隣さんで〜」
美緒:「ちなみにコイツとは、去年たまたまクラスが一緒だっただけ」
パリス:「ちょっと、酷いなぁ。美緒とは今年も同じクラスじゃないか」
美緒:「たまたま、な。た・ま・た・ま」
鈴佳:「そうなんだ。私、ほら・・・一年生の時は皆とあんまり関わりがなかったから・・・」
樹里:「生徒会で一緒になって、初めてお話したんだっけ?
樹里:今ではこんなに仲良しなのにね〜」
鈴佳:「そうだね。樹里くん、すごく気さくで優しいし・・・その、女の子みたいで話しやすいから・・・」
美緒:「女だからな」
パリス:「女の子だからね」
鈴佳:「・・・え?」
樹里:「まぁまぁ、そんなことより、早く食べないとお昼休み終わっちゃうわよ〜!」
パリス:「そうだね。じゃあ皆、それぞれ持ち寄ったものを広げようか」
鈴佳:「は〜い!」
パリス:「え・・・美緒、それは・・・?」
美緒:「なんだよ。焼肉屋『門田牛(もんたぎゅう)』特製、焼肉大盛り弁当に何か文句あるか?」
パリス:「いや・・・なんか、それだけ大盛りだと四人でも胃もたれ起こしそうというか・・・」
美緒:「は?何言ってんだよ。どう考えたってこの量、一人前だろ?」
パリス:「ええっ・・・本気かい・・・?」
美緒:「てか、お前こそなんだよ。そのスカスカのスカし弁当は」
パリス:「スカし弁当って・・・サンドイッチはお弁当の定番じゃないか」
美緒:「いやいやいや、パンじゃ全然足りないって!日本人なら米食え!米!」
パリス:「キミ、すっかり日本に染まっているね・・・」
樹里:「うわぁ!鈴佳のおかず、可愛い〜!」
鈴佳:「そ、そうかな・・・」
樹里:「ええ、タコさんウィンナーもゴマの目が付いてて可愛いし、煮物の人参もお花の形で素敵だわぁ〜!」
パリス:「本当だ。すごく可愛いね」
美緒:「へぇ〜。安西って器用なんだな。どれ、味は・・・ん!美味い!」
鈴佳:「ホントに?美味しい?」
美緒:「美味いよ!下手すると、うちの母さんの煮物より美味いかも!」
鈴佳:「そ、そうかな?そう言ってもらえると・・・嬉しいなぁ・・・」
美緒:「いやいや、ホントだって!うちに嫁に来てほしいくらい美味い!」
パリス:「嫁って・・・美緒、キミねぇ・・・」
鈴佳:「えへへ・・・」
樹里:「・・・わ、私も作って来たのよ!さぁ美緒、食べてちょうだい!」
美緒:「ん?おう、それじゃ遠慮なく・・・って・・・え?」
樹里:「どう?どう?可愛いでしょ?」
美緒:「可愛いでしょ?って・・・お前、コレ・・・」
鈴佳:「すっごい・・・ピンクだね・・・」
樹里:「そう!すごいでしょ!ピンク色の卵焼き♡」
パリス:「・・・うーん、通常の卵焼きは黄色なのに、それをここまでピンクに染めるとは・・・樹里、相当頑張ったね」
美緒:「いや、褒めちゃうんだ・・・」
鈴佳:「も、問題は味だよー!ね、樹里くん!」
美緒:「あー・・・確かにそうだな。見た目に騙されちゃいけな・・・って生臭っ!!」
パリス:「ん・・・?樹里、もしかして、この卵焼きの上に乗ってる赤いつぶつぶは・・・」
樹里:「え?見ての通り、イクラよ?」
美緒:「まさかの卵オンザ卵!!」
樹里:「ビーズみたいで可愛いでしょ?」
パリス:「まぁ・・・すごく斬新だけど・・・」
鈴佳:「樹里くん、その・・・大丈夫?イクラってほら、ナマモノだから・・・」
樹里:「平気よ〜!ちゃんと直射日光は避けてたし」
パリス:「いや・・・だとしても、この夏の終わりに常温で放置はマズいんじゃ・・・」
樹里:「はい、美緒。あーん」
美緒:「え?」
樹里:「折角だから食べさせてあげる。ほら、あーん」
美緒:「いや、普通に考えて無理・・・」
樹里:「もう、恥ずかしがってるの?大丈夫よォ。
樹里:パリスも鈴佳も冷やかすような人たちじゃないから、ね?」
美緒:「な、生臭っ・・・」
樹里:「だから、美緒。怖がらないで。
樹里:力を抜いて・・・私のこと受け入れて・・・はい、あーん・・・」
美緒:「いや・・・無理だって言ってんだろ!!」
樹里:「きゃっ!ちょっと、何するの・・・」
美緒:「何するの、じゃねぇよ!お前・・・よく考えろ!
美緒:こんなモン食べたら腹下すことくらいわかるだろ!」
樹里:「・・・あ」
パリス:「美緒、落ち着いて。樹里も悪気があったわけじゃ・・・」
美緒:「悪気が無かったとしても、ダメだろ!
美緒:俺やパリスはともかく、もし、安西が食べて食中毒でも起こしたら、お前どう責任とるつもりだったんだよ!」
パリス:「あ、僕はいいんだ・・・」
鈴佳:「でもほら、結局みんなまだ食べてなかったし・・・」
美緒:「いや、今回は俺が止めたから何も無かっただけだ。
美緒:止めなかったらコイツは今頃、無理やり誰かに食べさせていたかもしれない」
樹里:「そんなこと・・・」
美緒:「あっただろ?お前、昔からちょっと強引なところがあったもんな?
美緒:俺が嫌がらなきゃ、きっと止まんなかったよな?」
樹里:「・・・」
美緒:「やっぱ、無理だわ」
樹里:「え・・・?」
美緒:「やっぱ無理だわ。俺、お前とは付き合えない」
樹里:「嘘・・・だって、男に二言はないって・・・」
美緒:「ああ、言った。けど残念ながら、今の俺は女だ」
樹里:「・・・っ」
美緒:「だから、ホントに悪いけど、今回は・・・」
樹里:「・・・わかった」
美緒:「え?」
樹里:「わかったわ。私が強引すぎた。迷惑かけてごめんなさい」
鈴佳:「じゅ、樹里くん・・・」
樹里:「謝っても、もうダメかもしれない。
樹里:けど、少しの間でも楽しかったわ。
樹里:・・・ありがとう、美緒」
0:
樹里:「そして・・・さよなら(走り去る)」
「樹里くん!」
パリス:「・・・美緒、ちょっと今の言い方はキツすぎたね」
美緒:「・・・」
パリス:「樹里はキミに喜んで欲しくて必死だったんだ。
パリス:だけど、それが空回ってしまっただけで・・・」
美緒:「・・・わかってる。けど、言わなきゃダメなこともあるだろ」
パリス:「それは、そうだけど・・・」
美緒:「良いんだよ。今回の俺たちは縁が無かった。それだけだ」
パリス:「・・・」
美緒:「安西もごめんな。変な空気にしちゃって。
美緒:俺、部室借りて一人で飯食ってくるわ。
美緒:・・・それじゃ」
パリス:「美緒!・・・全く、あの二人は・・・ごめん、安西さん。
パリス:良かったら、コレ食べて。・・・じゃあね」
鈴佳:「あっ・・・」
0:
鈴佳:「良かったら、って言われても・・・こんなに食べられないよ・・・」
0:
鈴佳:「・・・樹里くん」
0:(しばらくの間)
ナレ:その日の夜のことだった。
女神:「・・・なさい」
美緒:「ん・・・」
女神:「・・・ざめなさい」
美緒:「んー・・・なんだよ、母さん・・・」
女神:「・・・目覚めなさい。ロミオ・・・」
美緒:「あー・・・もうちょっと寝かせてくれよ・・・今日は色々と疲れて・・・」
女神:「(息を吸い込んで)・・・いいから目覚めろって言ってんでしょーーーがッッ!!」
美緒:「(同時に)うわあああ!」
樹里:「(同時に)きゃあああ!」
女神:「・・・ったく、人が折角合コン断ってまで来てやってんのに、なかなか目覚めないとかどゆことー?
女神:温厚なアタシもブチ切れ案件なんですけどー!」
美緒:「え・・・あんた、誰?
美緒:っていうかジュリエット、何でお前が俺の部屋に居るんだよ」
樹里:「それはこっちのセリフよぉ!どうして私の部屋にロミオが・・・」
女神:「はいはいはい!何でも良いからコッチにちゅうもーく!
女神:静かになるまで何秒かかるかなー?」
ナレ:・・・と、腕を組んで偉そうに二人を見下ろしているのは、白い衣装に身を包んだギャルーーーもとい、一柱の女神だった。
女神:「・・・さーん、しー。うん、四秒くらいなら、とりまギリギリ合格ってことにしてあげるかー。
女神:ちなみに、これが十秒とかかかってたんなら、アタシ、マジで激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだったからね!」
樹里:「・・・えーと、あの・・・」
女神:「ん?どしたー?」
樹里:「その、えっと・・・ごめんなさい。
樹里:状況についていけてないんですけど、あの・・・あなたは一体・・・」
女神:「えー!?アタシのこと知らないとかマ!?
女神:超ショックー!あーん、ガン萎えなんですけどー!」
美緒:「・・・うっわ・・・めんどくさ・・・」
樹里:「わー!わー!わー!ごめんなさいごめんなさい!
樹里:今度はしっかり勉強しておくので、今回はその!申し訳ないんですけど、お名前教えていただいていいですか!?」
女神:「もー仕方ないなぁ・・・一度しか言わないから、よーく耳の穴かっぽじって聞いとけよ〜!」
0:(シャランラ〜という感じの効果音的な何かが流れる)
女神:「アタシの名前はアフロディーテ!泣く子も黙る美と愛の女神様だぞッ☆」
樹里:「アフロディーテ・・・って、あのギリシャ神話に出てくる有名な女神様!?」
美緒:「え・・・マジかよ。こんなケバケバしいギャルみたいなヤツが?」
樹里:「ロミオ!シッ!思ってても口に出しちゃいけないことだってあるのよォ!」
女神:「・・・んー?なんかすごーく失礼なことを言われてる気がするんだけどぉ・・・まっ、いっか〜。
女神:もしかしたら二人とも、あと少しで死んじゃうかもしれないしぃ〜」
美緒:「死ぬ・・・?おい今、俺たちが死ぬって言ったか!?」
女神:「そ、このままだ死んじゃうんだよねぇ、二人とも。
女神:残念ながら、ポックリ昇天あの世行き〜」
樹里:「そんな・・・どうして?」
女神:「どうして?うーん、それはねぇ・・・あんたたち二人が前世での願いを叶えられそうも無いって、アタシが判断したから」
美緒:「え?」
樹里:「前世での・・・願い?」
女神:「そ、実はね、あんたらの願いを聞き入れて、この時代に転生させてあげたのは、何を隠そうこのアタシ、アフロディーテ様なんですぅ〜!イエーイ!」
美緒:「あ・・・もしかして、あの時聞こえた『オッケ〜☆』っていう軽い返事は・・・」
女神:「そ、アタシの声でしたー!
女神:・・・ん?今軽いとか言わなかった?」
樹里:「そ、それは本当にありがとうございました!
樹里:でも、何で願いを叶えられなかったからって、私たちが死ぬことになるんですか?」
女神:「えー?なんていうかぁ・・・エモじゃなくなっちゃったから?」
樹里:「・・・エモ?」
女神:「そ、エモだよエモー!決して結ばれることの無い二人・・・周囲に翻弄されながら、それでもお互い手を取り合って、幸せになれるかと思ったのに・・・最後は死ぬことでしか一緒になれないとか超悲劇じゃん!
女神:やーん!エモ中のエモって感じー!
女神:・・・だからね、可哀想だと思った優しい女神のこのアタシが、もう一回チャンスを与えてあげちゃったのです〜!
女神:キャー!マジ優女(やさめ)じゃーん!イェイイェイ!」
美緒:「お前・・・人の人生を何だと思って・・・!」
女神:「え?ちょ、おま言う?って感じなんですけど〜。
女神:そんなこと言うならさ。あんたたちだって、相当周りの人生狂わせちゃってるよね?」
美緒:「・・・え?」
女神:「親友のマキューシオでしょー。
女神:あとはジュリエットの従兄弟ティボルト、それにパリスと・・・あっ、モンタギュー夫人も!
女神:みんなみんな、あんたたちが後先考えずに行動しちゃったせいで、死んじゃったんだよね?」
樹里:「そ、それは・・・」
美緒:「違う!俺たちはただ、お互いのことが好きだっただけで・・・!」
女神:「じゃあ、その意志を貫かなきゃダメじゃね?
女神:周囲の人に迷惑かける覚悟で恋したのに、やっぱり無理でしたーはナシでしょ?」
美緒:「・・・」
樹里:「・・・」
女神:「・・・と、いうわけで、残念ながら女神様チャンスはあえなく終了〜!
女神:二人は再び冷たい霊廟(れいびょう)で一生を終える、悲劇の主人公に逆戻りしてもらいまー・・・」
美緒:「待ってくれ!」
女神:「・・・ん?」
美緒:「そ、その・・・もう一度だけ、チャンスを貰えないか・・・?」
樹里:「ロミオ・・・?」
美緒:「俺たちが前世で悪いことをしたとは思っていない。
美緒:けど、確かに周囲で不幸になった人間がいることも事実だ」
女神:「へぇ・・・認めるんだ。案外殊勝じゃーん。
女神:良いと思うよ〜。そーいう素直に人の言葉を受け入れる姿勢」
樹里:「なら・・・!」
女神:「そうね〜。じゃーあー・・・証明してみせてよ!」
美緒:「・・・は?」
女神:「証明して、って言ってんの。
女神:二人が今世で幸せになれるってこと、アタシにちゃんと見せつけて」
樹里:「幸せにって・・・具体的にはどんな風に・・・?」
女神:「そーんなの自分で考えなよォ!
女神:短い間とはいえ、恋人だったんだし。
女神:ま、言わなくたってわかるっしょ?」
樹里:「えっ、えっ・・・それって・・・」
女神:「あっ!ちょい待ち!セレネっちからKAMINE(カミン)来てる!
女神:合コン・・・二次会!?マジー!行く行くー!」
樹里:「え!?あの、アフロディーテ様ァ!?」
女神:「ちな、期間は一ヶ月ね〜!
女神:あ、言っておくけど、うわべだけの幸せアピールはナシだから!
女神:良い報告を期待してるよんっ☆それじゃ!」
美緒:「あっ、おい!!」
樹里:「・・・行っちゃった」
美緒:「・・・」
樹里:「・・・ねぇ、ロミオ。これから、どうする?」
美緒:「どうするもこうするも・・・証明するしかねぇだろ・・・俺たち二人が幸せになれるってこと・・・」
樹里:「でも、どうやって?」
美緒:「それは・・・」
ナレ:頭を抱え込んだ二人。
ナレ:結局その夜は答えが出ないまま、朝を迎えたのだった。
0:(しばらくの間)
パリス:「なるほど、幸せになれるという証明か・・・」
美緒:「そうなんだよ。なぁ、パリス。どうすれば良いと思う?」
パリス:「まぁ、一般的に恋人同士の幸せって言ったら・・・結婚じゃない?」
樹里:「結婚!?」
ナレ:翌日、生憎の曇り空の下。
ナレ:転生者たちは、寄れば文殊の知恵を体現するために、屋上で額を付き合わせていた。
樹里:「けけけけ、結婚って!?そそそ、そんな!まだ(今世では)キスもしたことないのに!?」
美緒:「いや・・・まず年齢的に無理だろ」
パリス:「うーん・・・確かに法律は無視できないか・・・」
美緒:「人智を超えた存在に、人間の法は関係ないかもしれないけどな」
パリス:「・・・というか、そもそもロミオ。キミはジュリエットに今現在恋をしていないんだろ?」
美緒:「・・・残念ながら」
パリス:「じゃあ、そもそも無理な話じゃないか」
樹里:「ちょっとぉ!無理とか言わないでよ!
樹里:嘘でも好きって言ってよぉおおお!」
パリス:「前世では僕を殺してしまうほど、盲目的に愛しあっていたのになぁ・・・。
パリス:どうして今は心変わりしてしまったんだい?」
美緒:「あー・・・それは・・・」
パリス:「それは?」
美緒:「その・・・アレだよ、アレ・・・」
樹里:「アレ?この前の件なら謝るから・・・!」
美緒:「いや、それもあるけど、それ以上になんて言うか・・・」
樹里:「何?他にもあるの?お願いだから、この際全部言ってよ!」
美緒:「・・・えっと・・・なんていうか・・・手に入らないものがあると欲しくなる心理というか・・・。
美緒:ダメと言われるほど反抗したくなる、思春期の子どもというか・・・」
パリス:「つまり?」
美緒:「・・・燃えないんだよ」
樹里:「え?」
美緒:「燃えないんだよ!
美緒:スリルやサスペンスの無い恋なんかじゃ、俺はドキドキできないんだよ!」
パリス:「・・・要約すると、前世のような障害のある恋じゃなければ、キミはジュリエットを好きになれないということだね」
美緒:「・・・そういうこと」
樹里:「なんでなのよぉ!」
美緒:「仕方ないだろ!?生まれつき、そういう性分なんだよ!
美緒:親同士が毎日のようにお互いの家でお茶会して、恋敵もかつての恨みを水に流すような平和な世界じゃ、俺の恋愛センサーは働かないんだ!」
樹里:「働かせてよォ!馬車馬のように!
樹里:どうするのよ!?このままじゃ私たち、悲劇の主人公に逆戻りだわ!」
パリス:「・・・逆戻り・・・そうか、その手があったか」
美緒:「え?」
パリス:「・・・二人とも。僕に良い考えがあるんだけど」
0:(しばらくの間)
女神:「(女子生徒)・・・というわけで、二年生が文化祭で行うの演目は『ロミオとジュリエット』に決まりました!
女神:ロミオ役は赤戸樹里さん。ジュリエット役は門田美緒さん。頑張ってください!」
ナレ:数日後、大勢の同級生の拍手に二人は包まれていた。
ナレ:『ドキッ☆前世の記憶で恋心を呼び覚まそう大作戦!俺がお前でアイツが俺でバージョン』と、やたら長ったらしい作戦名を付けた本人がニコニコと見守る中、二人の存亡をかけた一ヶ月が始まった・・・のだが、すぐに問題は起こった。
美緒:「(棒読み)・・・あら、なあに、お母様」
ナレ:そう、残念ながら美緒は壊滅的にお芝居が下手だったのである。
0:(しばらくの間)
美緒:「(棒読み)・・・ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの!」
樹里:「違う。もう一回」
美緒:「(ちょっとムッとしてから)・・・ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの・・・!」
樹里:「・・・違う。もっと感情込めて」
美緒:「(さらにムッとしてから)・・・ああ、ロミオ・・・!あなたはどうして・・・って、だああああ!!」
樹里:「ああん!ちょっとぉ!なんで止めるのよォ!」
美緒:「いや、やってられるか!同じ台詞を何回も何回も!」
樹里:「仕方ないでしょ!あなたのお芝居が大根すぎるから・・・!」
鈴佳:「まぁまぁ、落ち着いて・・・。二人とも、はいお水」
樹里:「あっ、ありがと、鈴佳」
鈴佳:「頑張りすぎると疲れちゃうよ。適度に休憩しないと・・・」
樹里:「ううん、休んでいられないわ・・・本番まであと一週間を切ったのよ。
樹里:それなのに、主役がコレじゃ・・・」
ナレ:そう、樹里の言うとおり、あっという間に時は過ぎた。
ナレ:だが、残念なことに、何度練習しても美緒の演技は棒読みのまま、一向に改善が見られなかったのである。
鈴佳:「それでも、最初よりはずっと良くなったじゃない。
鈴佳:二人とも台詞はほぼ完璧に覚えてるし。きっと大丈夫だよ」
美緒:「安西・・・」
鈴佳:「それにあくまで高校生のお芝居だもん。
鈴佳:そこまで上手じゃなくたって、みんな気にしないよ!」
美緒:「そ、そうか・・・?」
鈴佳:「うん!幼稚園のお遊戯会だと思えば、微笑ましく見てられる・・・あっ」
美緒:「安西・・・本心ではそんな風に・・・」
鈴佳:「あっ、あの!本当に良くなったのは事実だから!
鈴佳:一番は、最後まで演じ切ることだから、ねっ・・・」
樹里:「・・・それじゃダメなのよ」
鈴佳:「え?」
樹里:「確かに、皆は私たちのお芝居が下手だろうと気にしないかもしれない。
樹里:でも、それじゃダメなの。
樹里:特に今回は・・・この演目だけはどうしても大事にしなきゃダメなの・・・!」
鈴佳:「樹里くん・・・?」
美緒:「・・・悪い、今日はちょっと部活行ってくるわ」
樹里:「え!?ちょっと、どこ行くの、美緒!こんな時に部活なんて・・・」
美緒:「気分転換ぐらい良いだろ?最近、全然竹刀握ってないから、感覚鈍っちゃいそうでさ。
美緒:ストレス発散がてら、行ってくる。・・・じゃあな」
樹里:「待って!待ってよ!本番までもうすぐなのに・・・!」
鈴佳:「・・・行っちゃったね」
樹里:「・・・」
鈴佳:「だ、大丈夫だよ。門田さん、ストイックな人だもん。
鈴佳:きっと本番までには仕上げてくれるって!」
樹里:「・・・でも、このままじゃ・・・」
鈴佳:「樹里くん・・・(抱きしめる)」
樹里:「鈴佳・・・?」
鈴佳:「・・・ちょっと最近の樹里くん、頑張りすぎだよ。少し力抜こう?ね?」
樹里:「・・・でも・・・」
鈴佳:「でも、は一旦無しにしよ。今はちょっと休憩」
樹里:「・・・うん」
鈴佳:「落ち着いた?」
樹里:「・・・だいぶ」
鈴佳:「良かった・・・。
鈴佳:あ、ごめんね、急に抱きついちゃって。離れるね」
樹里:「・・・」
鈴佳:「・・・あのさ、樹里くんがもし良ければなんだけど・・・」
樹里:「なあに?」
鈴佳:「・・・えっと、その・・・私も一緒に練習付き合うよ。
鈴佳:実は中学では演劇部だったの。
鈴佳:だから、門田さんにも色々アドバイスできるかもだし。
鈴佳:つまり、えっと・・・えっと・・・」
樹里:「ふふっ」
鈴佳:「樹里くん?」
樹里:「ありがと、鈴佳。嬉しいわ、こうして色々と私たちのこと、心配してくれて」
鈴佳:「それは・・・だって、好きだから。
鈴佳:樹里くんのこと・・・その、友達として・・・」
樹里:「ええ、私も大好きよ。
樹里:パリスのことも、皆のことも・・・もちろん・・・美緒のことも」
0:
樹里:「・・・だからこそ、頑張らなくちゃいけないの。今度は失わない為に」
鈴佳:「・・・え?」
樹里:「ごめんなさい!くよくよしちゃって!
樹里:私、後でもう一回美緒と話してみる!
樹里:一緒に頑張ろうってお願いしてみるわ!」
鈴佳:「・・・そうだね。門田さんなら、きっとわかってくれるよ」
樹里:「ええ!私もそう思う!だから・・・行くわ!」
鈴佳:「・・・あ」
樹里:「本当にありがとう!
樹里:あなたと友達になれてよかった!
樹里:じゃあ、また明日ね!」
鈴佳:「うん・・・じゃあ、また明日」
0:
鈴佳:「・・・友達、かぁ・・・」
0:(しばらくの間)
ナレ:それは、美しい月が浮かぶ夜のことだった。
美緒:「・・・ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの・・・?・・・違うな」
0:
美緒:「・・・ああ、ロミオ・・・。あなたはどうして・・・ああもう、そうじゃなくて・・・!」
樹里:「・・・何してるの?」
美緒:「うわぁっ!」
樹里:「シッ!ちょっと!大きな声出さないでよ!近所迷惑になるでしょ!」
美緒:「お前がいきなり話しかけるからだろうが!
美緒:てか、なんでこんな時間にベランダに出てるんだよ!」
樹里:「良いじゃない別に。
樹里:今夜は月が綺麗だったから、外に出てみようと思ったの。それだけよ」
美緒:「へぇ・・・相変わらずロマンチストだな」
樹里:「あなたこそ、こんな時間に外で台詞の練習?」
美緒:「うっ・・・お前、聞いてたのかよ・・・」
樹里:「聞こえるわよ。お隣さんだもの。棒読みの台詞が丸聞こえ」
美緒:「ふん・・・どうせ、大根だってまた言うんだろ?」
樹里:「・・・ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの・・・」
美緒:「え?」
樹里:「どうして、私たちは出会ってしまったの?」
美緒:(ジュリエットとして演じる)
美緒:「・・・どうして・・・愛しあってしまったの・・・?ねぇ、お願い。
美緒:お父様と縁を切り、その名を捨てて。それが無理なら、せめて私を愛すると誓って。
美緒:そうすれば、私はキュピレットの名を捨てると約束しましょう」
樹里:(以下、ロミオとして演じる)
樹里:「・・・ああ、そうしよう。美しい音楽に誘われて、優しく口付けを交わした時から、俺はキミのものだ」
樹里:
樹里:「死ぬ時は一緒だ。
樹里:ジュリエット、キミさえ居れば、俺は荒れ狂う嵐の中だろうと、日の光すら届かない暗闇の森だろうと、燃え盛る炎の中だろうと、飛び込んでみせる!」
0:(以下、再び性別逆転する)
樹里:「・・・なんだ。やればできるんじゃない」
美緒:「違う。今のは演技じゃない。あの時、交わした言葉をそのまま言っただけで・・・」
樹里:「私だってそうよ。
樹里:あの時交わした言葉の一つ一つを、そのまま、あの日のように繰り返しているだけ」
美緒:「・・・よく覚えてるな」
樹里:「当たり前でしょ。あなたと交わした言葉を忘れるわけがない」
美緒:「そっか・・・そうだよな。忘れるわけないよな・・・」
0:
美緒:「・・・なぁ、ジュリエット。俺は正直まだ、あの時の気持ちを取り戻せていない」
樹里:「ええ、わかってるわ」
美緒:「でも、多分失くしたわけじゃない。そう思うんだ」
樹里:「ええ、わかってる」
美緒:「だから・・・その、自分勝手なことばっか言って申し訳ないんだけど、もう一度、俺と一緒に頑張ってくれるか・・・?」
樹里:「・・・あなたって案外、自分勝手ね」
美緒:「え・・・?」
樹里:「情熱的に愛してくれたと思ったら、今度は無理って突っぱねて・・・自分勝手よ、本当に」
美緒:「・・・」
樹里:「でも、私も同じ。
樹里:自分勝手に気持ちを押し付けて、あなたを困らせてしまった」
0:
樹里:「・・・好きよ。どんなに嫌がられても、怒られても。
樹里:私はずっとあなたのことが大好き」
美緒:「ジュリエット・・・」
樹里:「だから、思い出させてみせるわ。この先もあなたと生きるために」
美緒:「・・・もし思い出せなかったら?」
樹里:「その時はまた、毒でも何でも飲んでやるわよ。
樹里:だって、死ぬ時は一緒、でしょ?」
美緒:「(呟くように)・・・お前、強いんだな。やっぱ羨ましいよ、全く」
樹里:「何か言った?」
美緒:「いや・・・何でもない」
樹里:「もう、なあに?言いたいことはハッキリ言って・・・(クシャミ)へくしゅ!」
美緒:「あーあー・・・ほら、風邪ひくぞ。さっさと部屋入れよ」
樹里:「(鼻をすすって)・・・うん。そうするわ。じゃあね、ロミオ。また・・・」
美緒:「ジュリエット」
樹里:「なあに?」
美緒:「・・・その、ありがとな。俺のこと、好きでいてくれて」
樹里:「・・・ふふっ、どういたしまして」
0:(しばらくの間)
ナレ:その日から、二人は練習に明け暮れた。
ナレ:時間が許す限りただ、ひたすら。
ナレ:言葉を交わし、時にはぶつかり合いながら、運命の日を待った。
ナレ:何かを取り戻せそうな、けど何も取り戻せなさそうな、揺れ動く気持ちを抱えながら、あっという間に日々は過ぎ。
ナレ:そして、当日を迎えた。
樹里:「・・・おはよ」
美緒:「・・・おう」
樹里:「いよいよ、本番ね」
美緒:「そうだな」
樹里:「やるだけのことはやったもの・・・あとはやり切るだけ」
美緒:「そうだな」
樹里:「何?緊張してるの?」
美緒:「してねぇよ」
樹里:「嘘。してるわよ」
美緒:「してない」
樹里:「嘘。わかるもの。あなたが緊張してることくらい」
美緒:「・・・なんだよそれ」
樹里:「ふふっ、行きましょうか」
ナレ:そんなやりとりをしながら、学校へと向かう。
ナレ:歩調を合わせ、前へ進む。
ナレ:他愛のない話をしたり、不意に無言になったり。
ナレ:胸中に様々な想いを秘めながら、歩いていたその時だった。
鈴佳:「(猫)・・・にゃぁん」
樹里:「やだ、猫が道路に・・・!」
美緒:「・・・危ないっ!!」
ナレ:急ブレーキの音が、朝の静寂をひき裂いた。
0:(しばらくの間)
パリス:「車に轢かれた!?」
樹里:「ええ・・・飛び出した猫を助けるために・・・」
美緒:「・・・いや、轢かれてねぇし」
ナレ:そう言って、渋い顔でパイプ椅子に座る美緒の足には、真っ白な包帯がしっかりと巻かれていた。
美緒:「全治一週間だってさ。今日に限って足捻っちまうとか・・・はは、タイミング悪くて笑えてきた」
鈴佳:「そうなんだ・・・でも、無事で良かった・・・」
美緒:「ああ、猫もバッチリ助けたし。朝から大活躍だったんだぜ」
パリス:「・・・それは素晴らしいね、と言いたいところだけど・・・」
樹里:「・・・」
美緒:「何暗い顔してんだよ。今日のことなら大丈夫だって。
美緒:衣装は裾が長いから足は隠れるし、歩くのも・・・ほら、このとおり!・・・痛っ」
鈴佳:「門田さん・・・!無理しちゃだめだよ!」
美緒:「いけるいける!これくらいの痛み、スポーツやってりゃ日常茶飯事だし!
美緒:今日一日くらい無茶したって・・・」
樹里:「・・・ダメよ」
美緒:「ダメって・・・そんなわけにはいかないだろ。
美緒:ここまで来たら、代役を頼むわけにもいかないし。そもそも、俺が出ないと・・・」
樹里:「わかってるわ。それでもダメ」
美緒:「なんでだよ。俺なら大丈夫だって言ってんだろ。こんな怪我、どうってことないって・・・」
樹里:「あなたに無理させたくないの!
樹里:・・・言われたでしょ?今日は絶対安静だって」
美緒:「でも、折角ここまでやってきたじゃないか!
美緒:もう少しで取り戻せそうな気がするんだ・・・。だから・・・」
樹里:「嫌よ!・・・嫌なのよ、私。
樹里:あなたを大切にしたいの。苦しい思いはさせたくないの。
樹里:・・・あの時みたいに、もう二度と・・・」
美緒:「樹里・・・」
樹里:「大丈夫!なんとかなるわ。まだ一ヶ月までもう少しあるじゃない。
樹里:今回は残念だけど、皆に事情を話して、諦めて・・・」
鈴佳:「・・・だったら、私に代役をやらせて!」
パリス:「安西さん・・・!?」
鈴佳:「私、ずっと二人の練習に付き合ってたし、台詞も全部覚えてる!
鈴佳:それに元演劇部だったから、ある程度お芝居もできると思う!」
美緒:「けど・・・」
鈴佳:「折角みんなで頑張ってきたじゃない!
鈴佳:ここで諦めるのは勿体ないよ!
鈴佳:だから、お願い!私にやらせて!」
樹里:「・・・良いと思う」
美緒:「え?」
樹里:「鈴佳ならできると思う。
樹里:確かに簡単に諦めちゃダメよね。みんなで一生懸命準備したものを・・・。
樹里:だったら・・・」
0:
樹里:「鈴佳、お願いしても良いかしら?」
鈴佳:「うんっ・・・!私、頑張るね!」
美緒:「・・・」
ナレ:ーーーこうして、舞台の幕は上がった。
ナレ:ただ一人、舞台袖で複雑な気持ちを抱えたまま。
ナレ:煌びやかな音楽と、華やかな衣装。
ナレ:手作り感溢れる中世ヨーロッパの世界で、物語は進む。
ナレ:対立する二つの名家。
ナレ:そんな中、ロザラインに熱を上げるロミオ。
ナレ:叶わぬ恋に身を焦がしつつ、誘われた舞踏会で二人は出会う。
樹里:「・・・踊ってくださいますか?」
鈴佳:「・・・はい。喜んで」
ナレ:まるで、引き寄せられるかのように、二人は互いに手を取り、踊り出す。
ナレ:その出会いに運命を感じたロミオは、ジュリエットを抱き寄せーーー
美緒:「・・・っ」
パリス:「二人とも上手いな。
パリス:急拵え(きゅうごしらえ)とは思えないくらい、息も合ってる」
美緒:「・・・そうだな」
パリス:「複雑そうだね。自分があの場に立てないのが悔しいかい?」
美緒:「・・・仕方ないだろ。あいつにあんな風に言われたら、俺はここで見ているしか・・・」
ナレ:物語は進む。
ナレ:袖で見守る美緒の心情をよそに、舞台上の二人は恋に溺れていく。
鈴佳:「ああ、ロミオ・・・!あなたはどうしてロミオなの・・・!」
樹里:「ジュリエット・・・!」
ナレ:運命に翻弄される二人。
ナレ:次第に物語は悲劇へと向かっていく。
美緒:「・・・嫌になるよな」
パリス:「何がだい?」
美緒:「まさか、こうして自分の人生を俯瞰することになるとは思わなかった。今更だけど、自分の青さが恥ずかしくなる」
パリス:「そんなこと言ったって、仕方がないじゃないか。あの時は誰もが夢中だったんだ」
美緒:「わかってるよ。けど・・・」
ナレ:その時、視界が暗転した。
ナレ:舞台袖に近付いてくる足音。
ナレ:場面はちょうど終盤。ジュリエットが毒を煽るシーンだった。
鈴佳:「ああ、緊張した・・・」
パリス:「安西さん・・・。おつかれ。あと少しだね」
鈴佳:「うん。できるかどうかちょっと心配だったけど、何とか最後までいけそう」
パリス:「でも流石、元演劇部だね。ぶっつけ本番でも、ここまで演じられるなんて」
鈴佳:「樹里くんがすごく上手だからだよ。私なんて全然・・・」
0:
鈴佳:「・・・でも、やっぱり悲しいよね」
パリス:「何が?」
鈴佳:「このお話。結局、二人は死んじゃうんだもん。
鈴佳:運命は変えられないってわかってるけど、やっぱりつらくなっちゃう」
美緒:「変えられない、運命・・・」
鈴佳:「・・・って、やだ。私、役に入り込みすぎてるね。
鈴佳:・・・あ、もうそろそろ出番だ。あと少し、頑張らなくちゃ・・・」
美緒:「・・・安西!」
鈴佳:「え、どうしたの?門田さん・・・」
美緒:「その・・・」
0:
美緒:「頼みが、あるんだ・・・!」
0:(しばらくの間)
樹里:「やめておけ。
樹里:お前が手を下さずとも、俺は自ら終止符をうちにきたのだ・・・!」
ナレ:キュピレットの霊廟を前に、ロミオは嘆く。
ナレ:なりふり構わず、目の前の恋敵に乞い願う。
樹里:「頼む、少しの間でいい・・・ジュリエットに会わせてくれ!」
ナレ:だが、その願いも虚しく、激昂したパリスが剣を抜く。
ナレ:ロミオも自らの剣を抜き、閃く白刃を受け止めた。
樹里:「くっ・・・」
ナレ:剣と剣がぶつかり合い、舞台上に鋭い金属音が響く。
ナレ:互いに一歩も引かぬ死闘。
ナレ:均衡が保たれていたのは、ほんの数秒だった。
樹里:「やあっ!・・・はあっ!」
ナレ:裂帛(れっぱく)の気合いとともに、剣が弾かれる。
ナレ:その一瞬を逃さず、ロミオはその刃を振り下ろしーーー
美緒:「・・・隙ありーーー!!」
ナレ:突如、舞台上に響き渡る声。
ナレ:刃は振り下ろされることはなかった。
ナレ:代わりに風を切ったのは、西洋の世界観とは程遠い竹刀の一閃。
樹里:「・・・えっ、美緒・・・?」
ナレ:唖然とする樹里の前で、道着姿の美緒はくるりと振り返った。
美緒:「大丈夫ですか!?ロミオ!」
樹里:「えっ」
美緒:「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
樹里:「あ・・・うん、大丈夫」
美緒:「それは良かった。でも危ないところでしたね・・・もう少しであなたはパリスの命を奪うところだった・・・。
美緒:ジャパニーズ・ケンドーを習っていて良かった」
樹里:「でも、その・・・パリス倒れて・・・」
美緒:「ミネウチです!」
樹里:「えっ・・・?」
美緒:「ミネウチです!だからパリスは生きています!」
樹里:「いや、竹刀で峰打ちって・・・ええっ・・・?」
ナレ:その一言に、空気を読んで倒れたパリス役のクラスメイトが小さく親指を立てる。
ナレ:状況が読めず戸惑う樹里。
ナレ:そんなことお構い無しに美緒は続ける。
美緒:「ロミオ!逃げましょう!今なら立ちはだかる者はいないわ!」
樹里:「いや・・・でも・・・」
美緒:「心配しないで!私、意外と健脚なの!あなたとなら、どこまでだって行ける!」
樹里:「ちょ、ちょっと待って・・・」
美緒:「いつ逃げるの?今でしょ!さぁ、早く!私の手を取って・・・」
樹里:「いや、待ってってば!」
美緒:「どうしたの?」
樹里:「どうしたの?じゃないでしょ!
樹里:こんなの聞いてないわ・・・じゃなくて、聞いてないよ!」
美緒:「だって言ってないもの」
樹里:「そうでしょうね・・・。
樹里:いや、だとしても逃げることなんて無理だ!
樹里:だって俺たちは、これから一緒に死ぬ運命で・・・」
美緒:「運命?そんなの、誰が決めたの?」
樹里:「誰って・・・そうやって台本で決まってて・・・」
美緒:「・・・ハァ〜〜〜〜〜」
0:
美緒:「ロミオ。あなたって、マニュアル人間なのね」
樹里:「え・・・?」
美緒:「いい?世の中、予測不可能なことばかりなの!
美緒:想定の範囲内でしか動けなかったら、社会人としてやっていけないわよ!」
樹里:「いや、俺たちまだ高校生・・・」
美緒:「何か?」
樹里:「いいえ・・・何も・・・」
美緒:「そう!今求められているのは自由な発想!
美緒:自分で考え、より良い選択を導き出す力!
美緒:だからこそ、私たちも縛られてはいけないの!
美緒:運命から・・・決められた筋書きから!」
0:
美緒:「逃げるのよ!ロミオ!どこまでも!
美緒:私たちは共に死ぬために出会ったんじゃない。生きていくために出会ったの!
美緒:だから・・・お願い、この手を取って!さあ!」
樹里:「でも・・・」
樹里:
樹里:「でも・・・っ・・・俺は怖いよ・・・。万が一、キミを失ったらと思うと・・・」
美緒:「・・・平気よ。こんなこともあろうかと、この日の為に身体を鍛えておいたの。
美緒:私、たとえ地の果てだろうと辿り着く自信があるわ」
樹里:「もし・・・逃げきれなかったらどうするの?」
美緒:「その時は真正面から打ち倒す。ジャパニーズ・免許皆伝の力舐めんな」
樹里:「それでも・・・それでも、ダメだったら?
樹里:幸せになれるって証明できなきゃ、私たち・・・」
美緒:「あー・・・もう!ごちゃごちゃうるせー!」
樹里:「・・・えっ?」
美緒:「この先、幸せになれるかなんて、わかるわけ無いだろうが!
美緒:人生なんて博打(ばくち)みたいなモンだ!
美緒:良い時もあれば悪い時だってある!
美緒:どんなに誠実に生きたって、不幸になるやつだっているんだ!
美緒:そうならない為に、みんな必死に生きてんだよ!
美緒:生きて生きて生き抜いて、苦しい思いや、つらい思いも山ほどして・・・その中で『あっ、今幸せだ〜』ってハッと気付くモンなんだよ!
美緒:だから今は無理!現状、俺には証明できない!」
樹里:「できないって・・・!だったらやっぱり、私たち死ぬしか・・・!」
美緒:「だーかーら!そこで諦めてどうすんだ!
美緒:しぶとく生きるんだよ!足掻くんだよ!
美緒:死んだらそこで終わりじゃないか!だったら、俺はそれこそ、あの女神の顔面殴ってでも・・・」
女神:「ふぅーん・・・誰の顔面を殴るって?」
美緒:「・・・えっ?」
ナレ:気付くと、二人は舞台上ではなく白い空間にいた。
ナレ:目の前には頬杖をつく、一柱のギャル・・・もとい女神の姿。
女神:「ねぇ教えてよ。誰が、誰の顔面殴るってー?」
美緒:「あ、いや、それは・・・」
樹里:「ご、ごめんなさい!さっきのは・・・そう!言葉の綾で・・・!」
女神:「へぇ〜。その割にはマジ顔してたけど」
美緒:「・・・」
女神:「まっ、いいわー。何か楽しそうなことになってるから様子見にきたら、ちょうど色々話してたみたいだしー?
女神:折角だから、ちょこっと付き合ってあげよっかなー?」
0:
女神:「・・・とりま、単刀直入に聞くけど、大体結論は出た?」
樹里:「それは・・・」
美緒:「・・・ああ、さっき話してたとおりだ。
美緒:今の俺たちにはこの先、幸せになれる証明はできない」
樹里:「ちょっと!ロミオ!そんなハッキリと・・・」
女神:「ふぅ〜ん・・・じゃあ、つまりそれは死んじゃっても良いよ☆って解釈でオケ?」
美緒:「いや、死にたくもない。
美緒:ただでさえ一回経験してるんだ。あんな思いはしばらくしたくない」
女神:「なるほどぉ?死にたくもない。けど、証明もできない。
女神:じゃあ、一体アンタたち、どうするつもり?」
美緒:「ああ・・・だからもう少し待ってくれ」
女神:「待つ?」
美緒:「そう、時間が欲しいんだ。一ヶ月とは言わず、もっと長く」
女神:「はぁ〜ん?じゃあ何?この先、結論が出るまで、アタシに待ってろって、そう言いたいんだ?」
美緒:「そういうこと。てか、アンタどうせ若作りしてるけど、何千年も生きてるし、これからも永遠に生き続けるんだろ?
美緒:だったら、その間の一年や十年や二十年、広い心で見守ってくれてもいいじゃないか、なんてな」
女神:「・・・さりげにアタシをババア扱いした?」
美緒:「あっ、やべ・・・」
樹里:「ああああ!ごめんなさいごめんなさい!ロミオ!ほら、謝って〜!」
女神:「・・・ぷっ」
樹里:「へ?」
女神:「あはははは!こんな土壇場で失礼発言しちゃうとか、マジうっかりすぎじゃね?
女神:ウケるんだけど〜!あはははは!」
樹里:「あああ・・・どうしよ、ロミオ。怒らせすぎてアフロディーテ様、おかしくなっちゃったんじゃ・・・」
美緒:「元々おめでたい格好してたから、大丈夫だろ」
樹里:「ちょっとぉ!!」
女神:「・・・あー面白かった。
女神:さてさて、ひとしきり笑ったところで・・・アンタたち?」
樹里:「は、はい・・・」
女神:「覚悟はできてるんでしょーね?
女神:女神様に対してこれだけ無礼な発言をした上、図々しくもお願いごとまでしちゃってさぁ・・・」
樹里:「えっと・・・それは・・・」
女神:「もうマジ許さん!!
女神:・・・と言いたいところだけど、その度胸に免じてもう一回だけ、チャンスをあげる」
樹里:「ほ、ホントですか・・・?」
女神:「女神、嘘つかな〜い!
女神:ま、アンタたちなんか見てて面白そうだし。
女神:アタシも一度手を貸した以上は面倒見てやんないとね。
女神:ヤダー!やっぱりアタシって、超優女〜!!」
美緒:「自分で言うなよ、自分で・・・」
樹里:「ロミオ!!」
女神:「さーて!これが最後の女神ボーナスでーっす!
女神:アンタたちはこのチャンス、どう活かす〜!?」
美緒:「・・・ああ、そういうことなら、俺たちはーーー」
0:(しばらくの間)
ナレ:誰も居なくなった教室。
ナレ:祭りの余韻から少し離れた夕暮れの窓辺に、二人は並んで立っていた。
パリス:「いやぁ〜。一時はどうなることかと思ったけど、舞台、無事に終わってよかったね」
鈴佳:「・・・そうだね」
パリス:「最後は滅茶苦茶だったけど、案外ウケたみたいだよ。
パリス:意外性があって面白かった。ジュリエットかっこいい〜!ってさ」
鈴佳:「・・・」
パリス:「後悔してる?」
鈴佳:「何を?」
パリス:「役を譲ったこと。本当は最後までやりたかったんじゃないのかな、って思って」
鈴佳:「そうだね・・・後悔してないって言ったら嘘になる。
鈴佳:けど・・・けどさ・・・あんな必死な顔見ちゃったら、引くしかないよ・・・」
パリス:「・・・優しいんだね」
鈴佳:「え・・・?」
パリス:「本当は強引にでも舞台上に飛び出せば良かったのに、キミはそれをしなかった」
鈴佳:「飛び出せなかっただけだよ、私。
鈴佳:勇気が出なかったの。
鈴佳:だって知ってたから、彼がずっと、あの人のことしか見てないって知ってたから・・・」
パリス:「・・・ああ、やっぱり生まれ変わっても罪深いなぁ、あの二人は」
鈴佳:「え?」
パリス:「あのさ、安西さん。一つ、提案があるんだ」
鈴佳:「なあに?」
パリス:「そうだな。まず、ここに今度こそ幸せになりたい男が一人居る、って話から始めたいんだけど・・・」
0:(しばらくの間)
ナレ:同じく、夕暮れに染まった屋上。
ナレ:互いに背を預け、ぐったりと座り込む二人がいた。
美緒:「あー・・・疲れたぁ・・・」
樹里:「ホント・・・色んな意味で疲れたわ・・・。
樹里:紅茶飲みたーい。甘いものが食べたーい。薔薇のお風呂に入りたーい!」
美緒:「ま、でも良かったんじゃないか?全部丸く収まって」
樹里:「ええ・・・ホントに。
樹里:女神様に対してあんな口の利き方をした時は、霊廟の冷たさを思い出してヒヤリとしたけど・・・」
美緒:「場合によっては本気で殴るつもりだった」
樹里:「ちょっと!やめてちょうだい!
樹里:もうあの場所には当分戻りたくないのに!」
美緒:「冗談だよ、冗談・・・ははは・・・」
樹里:「・・・ねぇ」
美緒:「ん?」
樹里:「その・・・やっぱり今でもまだ思い出せてないの?あの頃の気持ち」
美緒:「あー・・・うん。そうだなぁ・・・。思い出せたような、思い出せないような・・・」
樹里:「あーんもう!ハッキリしてよぉ!」
美緒:「わからん!」
樹里:「え・・・?」
美緒:「正直に言うとわからん!
美緒:確かにお前のことは大事に思ってる。一緒にいて、落ち着くのも事実だ。
美緒:けど、昔みたいに愛しているかと言えば、そこまでではない。
美緒:だからといって、離れたいわけでもない・・・つまり・・・」
樹里:「つまり?」
美緒:「その・・・保留だ」
樹里:「・・・保留?」
美緒:「ああ、前は周りが見えなくなる程、盲目的に恋をしてたからな。
美緒:今回はゆっくり、落ち着いて決めたいんだ。
美緒:次こそは誰かを傷付けないように」
樹里:「確かに・・・そうよね。
樹里:私だって、あんな思いはもうこりごり」
美緒:「だろ?それに今度は人生長いんだ。
美緒:少しくらい、のんびりしたって良いじゃないか」
樹里:「ええ・・・そうね。
樹里:・・・って、でも待って。
樹里:それって、あと何年経てば返事がもらえるの?」
美緒:「あー・・・それは・・・」
樹里:「まさか、本当に十年とか二十年とか言わないわよね!?
樹里:そんなに待ってたら私、お肌にシワやシミが・・・そんなのイヤーーー!」
美緒:「うわ、声デカ」
樹里:「ねぇ、あとどれくらい!?」
美緒:「え?」
樹里:「返事よ返事!どれくらい待てばいいの!?」
美緒:「えー・・・そうだな・・・ちょっと待って・・・」
樹里:「ちょっと、ってどれくらい!?」
美緒:「だから、その・・・ちょっとはちょっとだよ!」
樹里:「そんなの人によって違うじゃない!一ヶ月?二ヶ月?三ヶ月?
樹里:あーんもう!教えてよーーー!」
美緒:「あー!うるせぇな!ちょっと待ってくれって!
美緒:せめてお前を抱き抱えられるくらいまで鍛えてから・・・あっ」
樹里:「私を、抱き抱える・・・?」
美緒:「いや、その・・・」
樹里:「ねぇ、もしかして、あなたが返事を待ってほしい理由って・・・」
美緒:「・・・」
樹里:「やだ・・・かわいい♡」
美緒:「・・・帰る!」
樹里:「あっ、ちょっと!」
美緒:「くそっ!なんだよ!生まれ変わったら、にょきにょきでっかくなりやがって!
美緒:俺だってその気になれば、すぐお前の身長くらい越せるんだからな!」
樹里:「もー!そんなの気にしないわ!
樹里:私はどんなあなたでも構わないのよー!
樹里:ねぇ、ロミオ!ロミオってばぁー!」
ナレ:・・・こうして、二人の物語は一旦幕を降ろした。
ナレ:だが、これからも彼らの人生は続いていく。
ナレ:この先の未来はわからない。
ナレ:今度は喜劇になるかもしれない。
ナレ:もしかしたら、前と同じく悲劇に終わるかもしれない。
ナレ:けれど、そんなこと、気にする必要などないのだ。
ナレ:筋書き通りの人生はもう、彼らの中でピリオドを打った。
ナレ:これからは、白紙のノートに好き勝手に、自由に未来を書き連ねていけばいいのだ。
ナレ:
ナレ:ワン・モア・タイム。
ナレ:
ナレ:今日も騒がしい日々は続く。
ナレ:彼らの新しい物語は、まだ始まったばかりなのである。
0:〜FIN〜�
0:〜FIN〜
美緒:「ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの?
美緒:どうして、私たちは出会ってしまったの?
美緒:・・・どうして・・・愛しあってしまったの・・・?」
樹里:「ジュリエット、キミさえ居れば、俺は荒れ狂う嵐の中だろうと、日の光すら届かない暗闇の森だろうと、燃え盛る炎の中だろうと、飛び込んでみせる!」
美緒:そんな風にたくさんの愛の言葉を交わし、私たちは刹那の恋をした。
樹里:そして、互いの生まれや家名に翻弄されながら、俺たちは若い命を散らした。
美緒:「ロミオ、ロミオ、ロミオ・・・!
美緒:さあ、ひと息に、あなたの為に・・・!(仮死状態になる薬を飲む)」
樹里:「さぁ、愛するジュリエットの為に・・・!(毒薬を飲む)
樹里:ぐっ・・・!・・・ふふ、嘘はつかなかったようだな、薬屋・・・薬の効き目は早いぞ・・・。
樹里:こうして口づけをしながら・・・俺は死ぬ・・・」
美緒:「意地悪ね・・・すっかり毒を飲みほして、一滴も残してくれなかったの?
美緒:・・・まだそこに毒が残っているかもしれない。
美緒:ねぇ、お願い。私を殺して・・・あなたのキスで」
美緒:
美緒:(キスをする)
美緒:
美緒:「・・・ああ、あなたの唇・・・まだ温かい・・・」
樹里:こうして、俺たちの物語は幕を降ろした。
美緒:けれど、心のどこかで願っていた。
0:(同時でも別々でもOK)
樹里:「来世こそはキミと幸せになりたい」
美緒:「来世こそはあなたと幸せになりたい」
樹里:決められた筋書きの中でしか生きられない、俺たちの願い。
美緒:決して叶うことはないと、そう思っていたのに。
女神:「・・・オッケ〜☆」
樹里:俺たちの脳裏に響いた、気の抜けるような声。
美緒:思わず目を覚ますと、そこにはーーー
0:(以下、ロミオとジュリエットが性別逆転する)
樹里:「・・・ロミオ?」
美緒:「・・・ジュリエット?」
0:
樹里:「(同時に)えええええええええ!?」
美緒:「(同時に)えええええええええ!?」
樹里:・・・生まれ変わったキミがいた。
0:『ロミオがジュリエット!?』
ナレ:ワンス・アポン・ア・タイーム!・・・と語り出すには、かなり最近のーーー本当に最近のお話。
ナレ:
ナレ:ここはどこにでもある、ごく普通の公立高校。
ナレ:ごく普通に緑に囲まれ、ごく普通にのびのびとした校風の、ごく普通よりもちょっと高めの偏差値をしたこの高校に、とある二人の若者が通っていた。
美緒:「やああああ!!」
パリス:「(男子生徒)きまったー!一本!門田(かどた)、必殺の突き!」
女神:「(女子生徒)きゃー!美緒センパーイ!カッコイイー!」
ナレ:一人目は門田美緒(かどた・みお)。
ナレ:剣道部に所属し、県内でもそこそこの実力を持つ、凛々しい17歳の少女。
樹里:「紅茶を淹れる前には、ポットとカップを温めて・・・お湯を注ぐ時は、少し高めから、と・・・はい、どうぞ〜」
鈴佳:「(女子生徒)わぁ、赤戸(あかと)くんの淹れてくれた紅茶、ホントに美味しい〜」
パリス:「(男子生徒)あ、居た!樹里(じゅり)〜!
パリス:部活中悪いんだけど、ここの文法教えてくれ〜!」
ナレ:もう一人は赤戸樹里(あかと・じゅり)。
ナレ:お菓子研究会に所属し、誰からも慕われる柔らかな物腰の、心優しい17歳の青年。
ナレ:
ナレ:二人はごく普通に日本で生まれ、ごく普通に優しい両親の元で育ち、ごく普通にこの高校に進学した。
ナレ:だが、二人には普通とは違うことが一つだけあった。
美緒:「・・・おし、今日も部活終わったし、帰るかぁ」
樹里:「・・・あらっ?」
美緒:「げ・・・」
樹里:「みーお〜!(抱き着く)」
美緒:「うわっ、抱き着くな!重い!潰れる!」
樹里:「うふふ、会いたかったわぁ〜。私の愛しい人」
美緒:「苦しい!苦しい!離れろって!樹里!」
樹里:「ああん、二人きりの時はホントの名前で呼んでよォ」
美緒:「そういうお前こそ、さっき俺のこと美緒って呼んだじゃねぇか!」
樹里:「あらぁ、お気に召さなかった?
樹里:誰かに見られてたら困るかなー、って思ったから、あえてこっちの名前で呼んだんだけど・・・」
美緒:「今の状況の方が見られたら困るだろ!いい加減はーなーれーろー!」
樹里:「じゃあ、ホントの名前で呼んで?」
美緒:「ぐっ・・・」
樹里:「ねーぇ?愛しい人」
美緒:「・・・あー!もう、分かったよ!(樹里を振りほどく)」
0:
美緒:「・・・帰るぞ、ジュリエット」
樹里:「はーい、ロミオ♡」
ナレ:・・・そう、彼らのもうひとつの名はロミオとジュリエット。
ナレ:二人はかの有名な悲劇の主人公の魂と記憶をそのまま宿し、生まれてきたのである。
ナレ:ただし、何の手違いか性別は逆なのだが・・・。
樹里:「(鼻歌)」
美緒:「なんだよ。ご機嫌だな」
樹里:「だってぇ、久々じゃない?ロミオと一緒に帰るのって」
美緒:「あー・・・まぁな。最近、大会前で遅くまで練習してたし」
樹里:「そ、だから嬉しいの。
樹里:二年生になってクラスも変わっちゃったから、なんだか寂しくって」
美緒:「寂しいって・・・別に家が隣同士なんだから、会おうと思えばいくらでも会えるだろ」
樹里:「そんなこと言って〜!
樹里:ロミオったら、朝も剣道、夜も剣道、休みの日も剣道!
樹里:忙しい、って全然相手してくれないじゃない!」
美緒:「仕方ないだろ。本当に忙しいんだから」
樹里:「・・・ぷぅ(頬を膨らます)」
美緒:「うわ・・・男子高校生の拗ね顔きっつ・・・」
樹里:「もー!酷い!恋人に対して『きっつ・・・』とか普通言う!?」
美緒:「恋人ぉ?それは前世での話だろ?今の俺たちは、その・・・まだ告白もしてねぇし」
樹里:「じゃあして!今して!すぐして!」
美緒:「あー!そういうのは順序とか、準備とか、シチュエーションってモンがなぁ!」
樹里:「・・・冷たい」
美緒:「は?」
樹里:「冷たい、冷たい、冷たーい!
樹里:昔はあんなに情熱的に告白してくれたじゃない!今のロミオは冷たーい!」
美緒:「おま、こんな路上で叫ぶなって・・・」
樹里:「かつてのあなたは嵐のように激しくて・・・それでいてそよ風のように優しかったわ。
樹里:皆が寝静まった夜・・・バルコニーの上と下、決して触れることのできない距離・・・それでもお互い必死に求め合うように手を伸ばして、愛の言葉を交わして・・・!」
美緒:「・・・今考えると、あんなデカイ声で喋ってて、よく誰にもバレなかったな」
樹里:「『ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの!どうして私たちは出会ってしまったの・・・?』」
女神:「(幼児)ぱぱー。あのお兄さん、何してるの?」
ナレ:「(父親)シッ!見ちゃいけません!!」
美緒:「あーーー!そうだな!そうだったな!思い出したから、往来で小芝居するのはやめてくれ!恥ずかしい!」
樹里:「小芝居じゃないわ。思い出の再現よ」
美緒:「そうだったな・・・若気の至りってやつかな・・・」
樹里:「今だって若いわ!なんてったって、ピチピチの17歳☆」
美緒:「まぁ、確かにそうなんだけど・・・こう人生二回目だしさ・・・。あんまりはしゃぐのはちょっと・・・」
樹里:「でもでも!少しくらい昔みたいにイチャイチャしたって良いじゃない!
樹里:例えば、手を繋いだりとか〜。
樹里:こう・・・抱きついちゃったりとかぁ〜!」
美緒:「ぐ・・・やめろって・・・!」
パリス:「(老人)おやおや、若い子は元気でええのぉ。なぁ、ばあさんや」
鈴佳:「(老婆)ええ、私たちも負けていられませんねぇ、じいさんや」
パリス:「(老人)ほほほ・・・」
鈴佳:「(老婆)うふふ・・・」
美緒:「・・・あ、どうもー・・・って、あぁああ!」
樹里:「もう、何よ急に大声出して」
美緒:「ついて行けん!」
樹里:「何に?」
美緒:「恋愛に関するお前のノリに!とてもじゃないけど、俺には無理だ!」
樹里:「無理じゃないわよ。かつてあんなに愛し合ったんだから・・・」
美緒:「それは前世の話なんだって!てか、そもそもよく考えてみろよ!
美緒:俺たちって実際は物語の登場人物なんだぞ?
美緒:恋人だったって設定も、交わした言葉も、全て脚本の中で決められてたわけ!」
樹里:「それがどうしたのよ?」
美緒:「今の俺はお前に恋をしていない!」
樹里:「・・・え?」
美緒:「そう、今の!生まれ変わってからの俺は、そもそもお前に恋してないんだ!
美緒:だから、恋人とか、愛の言葉とか言われてもどうにも・・・」
樹里:「・・・ぐすっ」
美緒:「・・・え?」
樹里:「ひどい・・・ひどいわ、ロミオ・・・。あんまりよ・・・私はこんなにも、あなたの事を愛しているのに・・・」
美緒:「いやその・・・だからな・・・」
女神:「(小学生)あー!あのお姉ちゃん、お兄ちゃんを泣かしてるー!」
ナレ:「(小学生)いーけないんだ、いけないんだー♪」
女神:「(小学生)これが『ちわげんか』ってやつだー!
女神:明日、学校でみんなに言っちゃおー!」
ナレ:「(小学生)言ーっちゃお、言っちゃーお♪」
美緒:「あー!だー!もー!わかったよ!」
樹里:「ぐすっ・・・何が・・・?」
美緒:「・・・どうすればいいんだ?」
樹里:「・・・どうって?」
美緒:「だーかーら!俺が冷たくて、恋人っぽく接してくれないのが不満なんだろ!
美緒:だったら、とりあえず付き合ってやるって言ってんの!」
樹里:「・・・ホントに?」
美緒:「ああ、男に二言は無い」
樹里:「・・・今は女の子の姿だけど?」
美緒:「見た目は女!頭脳は男!・・・あれ?こんな台詞どこかで聞いたな・・・」
樹里:「・・・嬉しいーーー!(抱きつく)」
美緒:「ぐえっ」
樹里:「嬉しいわ、ロミオ!恋人になったなら私、あなたとしたいことが沢山あるの!」
美緒:「・・・わかった・・・ちょっとずつ・・・難易度低めなやつからな・・・」
樹里:「ああん、もう大好き!ロミオ、ロミオ、ロミオ〜!」
ナレ:・・・こうして、なんやかんやあって二人の恋人(仮)生活は幕を開けたのである。
0:(しばらくの間)
ナレ:その日から、樹里の熱烈なアプローチが始まった。
樹里:「みーお〜!今日からテスト休みよね?一緒に帰りましょ〜!」
0:
樹里:「みーお〜!今日はお天気が良いから、二人っきりでご飯食べましょうよ〜!」
0:
樹里:「みーお〜!昨日、美味しいケーキをもらったのー!紅茶を淹れるから、今日はお家デートしましょ?」
0:
樹里:「みーお♡」
0:
樹里:「ねぇ、美緒ってばぁ〜♡」
ナレ:晴れの日も、雨の日も風の日も、嵐で学校が休校になり、学生たちが小躍りする日も、それは続いた。
ナレ:来る日も来る日も、樹里は美緒にコバンザメよろしくベッタリ引っ付いて、ひたすたアプローチをした。
ナレ:かつて引き裂かれた過去を、無かったことにするかのように。
ナレ:幸せそうな樹里・・・もとい、ジュリエット。
ナレ:だが、その陰で一人。着実にストレスを溜め込んでいる人間の存在に、彼・・・いや、彼女は気付けなかった。
0:(しばらくの間)
パリス:「・・・へぇ。それは良かったじゃないか」
美緒:「良かった、って・・・お前、他人事だと思って・・・」
パリス:「他人事じゃないよ。そもそも、彼女は僕のかつての婚約者だったわけだし」
美緒:「ああ・・・そういえば。
美緒:てか、そんなこと言うなら、恋敵として悔しいとか無いわけ?」
パリス:「生憎、僕は過去を引き摺らない男なんだ」
美緒:「けっ・・・スカしやがって・・・」
パリス:「ははは」
ナレ:現在、午後12時過ぎ。
ナレ:雲ひとつない青空の下、二人の男女が屋上の柵にもたれ掛かって並んでいた。
ナレ:一人はお馴染み、ロミオの生まれ変わりである門田美緒。
ナレ:もう一人は爽やかな好青年を絵に描いたような金髪碧眼の留学生。
ナレ:かの悲劇をご存知ならば知らない人は居ないであろうパリスの生まれ変わり、その名もパリスである。
ナレ:
ナレ:ちなみに彼だけ名前が変わらないのは、考えるのが面倒だったというわけではないので許してほしい。
美緒:「・・・というか、何でお前も屋上にいるんだよ」
パリス:「僕かい?そりゃあ、もちろん二人を冷やかしに・・・」
美緒:「はぁ?」
パリス:「はは、冗談だよ。僕も樹里に呼ばれてね・・・ほら、来た来た」
樹里:「ごめんねー!お待たせしちゃって!生徒会に顔出してたら遅くなっちゃった」
パリス:「大丈夫、少しも待ってないよ」
樹里:「やだぁ〜!パリスったら、やさし〜!」
パリス:「英国紳士なら当たり前だよ。ねぇ、美緒?」
鈴佳:「えっと・・・何で門田さんに振るの?」
パリス:「実は美緒は昔、英国紳士でね・・・」
美緒:「おい!」
樹里:「まぁまぁ、パリスの冗談は置いておいて・・・。鈴佳もお弁当作ってきたんでしょ?」
鈴佳:「あ・・・うん。大したものじゃないんだけど・・・」
ナレ:そうやって、もじもじと可愛らしい仕草でお弁当を広げるのは、安西鈴佳(あんざい・すずか)。
ナレ:ちなみに、このメンバーの中で唯一転生していない、純現代人である。
鈴佳:「・・・というか、樹里くん。門田さんたちと仲良かったんだね・・・。
鈴佳:一緒にご飯食べよ、って言われてビックリしちゃった・・・」
樹里:「あら?言ってなかったかしら?私と美緒はお隣さんで〜」
美緒:「ちなみにコイツとは、去年たまたまクラスが一緒だっただけ」
パリス:「ちょっと、酷いなぁ。美緒とは今年も同じクラスじゃないか」
美緒:「たまたま、な。た・ま・た・ま」
鈴佳:「そうなんだ。私、ほら・・・一年生の時は皆とあんまり関わりがなかったから・・・」
樹里:「生徒会で一緒になって、初めてお話したんだっけ?
樹里:今ではこんなに仲良しなのにね〜」
鈴佳:「そうだね。樹里くん、すごく気さくで優しいし・・・その、女の子みたいで話しやすいから・・・」
美緒:「女だからな」
パリス:「女の子だからね」
鈴佳:「・・・え?」
樹里:「まぁまぁ、そんなことより、早く食べないとお昼休み終わっちゃうわよ〜!」
パリス:「そうだね。じゃあ皆、それぞれ持ち寄ったものを広げようか」
鈴佳:「は〜い!」
パリス:「え・・・美緒、それは・・・?」
美緒:「なんだよ。焼肉屋『門田牛(もんたぎゅう)』特製、焼肉大盛り弁当に何か文句あるか?」
パリス:「いや・・・なんか、それだけ大盛りだと四人でも胃もたれ起こしそうというか・・・」
美緒:「は?何言ってんだよ。どう考えたってこの量、一人前だろ?」
パリス:「ええっ・・・本気かい・・・?」
美緒:「てか、お前こそなんだよ。そのスカスカのスカし弁当は」
パリス:「スカし弁当って・・・サンドイッチはお弁当の定番じゃないか」
美緒:「いやいやいや、パンじゃ全然足りないって!日本人なら米食え!米!」
パリス:「キミ、すっかり日本に染まっているね・・・」
樹里:「うわぁ!鈴佳のおかず、可愛い〜!」
鈴佳:「そ、そうかな・・・」
樹里:「ええ、タコさんウィンナーもゴマの目が付いてて可愛いし、煮物の人参もお花の形で素敵だわぁ〜!」
パリス:「本当だ。すごく可愛いね」
美緒:「へぇ〜。安西って器用なんだな。どれ、味は・・・ん!美味い!」
鈴佳:「ホントに?美味しい?」
美緒:「美味いよ!下手すると、うちの母さんの煮物より美味いかも!」
鈴佳:「そ、そうかな?そう言ってもらえると・・・嬉しいなぁ・・・」
美緒:「いやいや、ホントだって!うちに嫁に来てほしいくらい美味い!」
パリス:「嫁って・・・美緒、キミねぇ・・・」
鈴佳:「えへへ・・・」
樹里:「・・・わ、私も作って来たのよ!さぁ美緒、食べてちょうだい!」
美緒:「ん?おう、それじゃ遠慮なく・・・って・・・え?」
樹里:「どう?どう?可愛いでしょ?」
美緒:「可愛いでしょ?って・・・お前、コレ・・・」
鈴佳:「すっごい・・・ピンクだね・・・」
樹里:「そう!すごいでしょ!ピンク色の卵焼き♡」
パリス:「・・・うーん、通常の卵焼きは黄色なのに、それをここまでピンクに染めるとは・・・樹里、相当頑張ったね」
美緒:「いや、褒めちゃうんだ・・・」
鈴佳:「も、問題は味だよー!ね、樹里くん!」
美緒:「あー・・・確かにそうだな。見た目に騙されちゃいけな・・・って生臭っ!!」
パリス:「ん・・・?樹里、もしかして、この卵焼きの上に乗ってる赤いつぶつぶは・・・」
樹里:「え?見ての通り、イクラよ?」
美緒:「まさかの卵オンザ卵!!」
樹里:「ビーズみたいで可愛いでしょ?」
パリス:「まぁ・・・すごく斬新だけど・・・」
鈴佳:「樹里くん、その・・・大丈夫?イクラってほら、ナマモノだから・・・」
樹里:「平気よ〜!ちゃんと直射日光は避けてたし」
パリス:「いや・・・だとしても、この夏の終わりに常温で放置はマズいんじゃ・・・」
樹里:「はい、美緒。あーん」
美緒:「え?」
樹里:「折角だから食べさせてあげる。ほら、あーん」
美緒:「いや、普通に考えて無理・・・」
樹里:「もう、恥ずかしがってるの?大丈夫よォ。
樹里:パリスも鈴佳も冷やかすような人たちじゃないから、ね?」
美緒:「な、生臭っ・・・」
樹里:「だから、美緒。怖がらないで。
樹里:力を抜いて・・・私のこと受け入れて・・・はい、あーん・・・」
美緒:「いや・・・無理だって言ってんだろ!!」
樹里:「きゃっ!ちょっと、何するの・・・」
美緒:「何するの、じゃねぇよ!お前・・・よく考えろ!
美緒:こんなモン食べたら腹下すことくらいわかるだろ!」
樹里:「・・・あ」
パリス:「美緒、落ち着いて。樹里も悪気があったわけじゃ・・・」
美緒:「悪気が無かったとしても、ダメだろ!
美緒:俺やパリスはともかく、もし、安西が食べて食中毒でも起こしたら、お前どう責任とるつもりだったんだよ!」
パリス:「あ、僕はいいんだ・・・」
鈴佳:「でもほら、結局みんなまだ食べてなかったし・・・」
美緒:「いや、今回は俺が止めたから何も無かっただけだ。
美緒:止めなかったらコイツは今頃、無理やり誰かに食べさせていたかもしれない」
樹里:「そんなこと・・・」
美緒:「あっただろ?お前、昔からちょっと強引なところがあったもんな?
美緒:俺が嫌がらなきゃ、きっと止まんなかったよな?」
樹里:「・・・」
美緒:「やっぱ、無理だわ」
樹里:「え・・・?」
美緒:「やっぱ無理だわ。俺、お前とは付き合えない」
樹里:「嘘・・・だって、男に二言はないって・・・」
美緒:「ああ、言った。けど残念ながら、今の俺は女だ」
樹里:「・・・っ」
美緒:「だから、ホントに悪いけど、今回は・・・」
樹里:「・・・わかった」
美緒:「え?」
樹里:「わかったわ。私が強引すぎた。迷惑かけてごめんなさい」
鈴佳:「じゅ、樹里くん・・・」
樹里:「謝っても、もうダメかもしれない。
樹里:けど、少しの間でも楽しかったわ。
樹里:・・・ありがとう、美緒」
0:
樹里:「そして・・・さよなら(走り去る)」
「樹里くん!」
パリス:「・・・美緒、ちょっと今の言い方はキツすぎたね」
美緒:「・・・」
パリス:「樹里はキミに喜んで欲しくて必死だったんだ。
パリス:だけど、それが空回ってしまっただけで・・・」
美緒:「・・・わかってる。けど、言わなきゃダメなこともあるだろ」
パリス:「それは、そうだけど・・・」
美緒:「良いんだよ。今回の俺たちは縁が無かった。それだけだ」
パリス:「・・・」
美緒:「安西もごめんな。変な空気にしちゃって。
美緒:俺、部室借りて一人で飯食ってくるわ。
美緒:・・・それじゃ」
パリス:「美緒!・・・全く、あの二人は・・・ごめん、安西さん。
パリス:良かったら、コレ食べて。・・・じゃあね」
鈴佳:「あっ・・・」
0:
鈴佳:「良かったら、って言われても・・・こんなに食べられないよ・・・」
0:
鈴佳:「・・・樹里くん」
0:(しばらくの間)
ナレ:その日の夜のことだった。
女神:「・・・なさい」
美緒:「ん・・・」
女神:「・・・ざめなさい」
美緒:「んー・・・なんだよ、母さん・・・」
女神:「・・・目覚めなさい。ロミオ・・・」
美緒:「あー・・・もうちょっと寝かせてくれよ・・・今日は色々と疲れて・・・」
女神:「(息を吸い込んで)・・・いいから目覚めろって言ってんでしょーーーがッッ!!」
美緒:「(同時に)うわあああ!」
樹里:「(同時に)きゃあああ!」
女神:「・・・ったく、人が折角合コン断ってまで来てやってんのに、なかなか目覚めないとかどゆことー?
女神:温厚なアタシもブチ切れ案件なんですけどー!」
美緒:「え・・・あんた、誰?
美緒:っていうかジュリエット、何でお前が俺の部屋に居るんだよ」
樹里:「それはこっちのセリフよぉ!どうして私の部屋にロミオが・・・」
女神:「はいはいはい!何でも良いからコッチにちゅうもーく!
女神:静かになるまで何秒かかるかなー?」
ナレ:・・・と、腕を組んで偉そうに二人を見下ろしているのは、白い衣装に身を包んだギャルーーーもとい、一柱の女神だった。
女神:「・・・さーん、しー。うん、四秒くらいなら、とりまギリギリ合格ってことにしてあげるかー。
女神:ちなみに、これが十秒とかかかってたんなら、アタシ、マジで激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだったからね!」
樹里:「・・・えーと、あの・・・」
女神:「ん?どしたー?」
樹里:「その、えっと・・・ごめんなさい。
樹里:状況についていけてないんですけど、あの・・・あなたは一体・・・」
女神:「えー!?アタシのこと知らないとかマ!?
女神:超ショックー!あーん、ガン萎えなんですけどー!」
美緒:「・・・うっわ・・・めんどくさ・・・」
樹里:「わー!わー!わー!ごめんなさいごめんなさい!
樹里:今度はしっかり勉強しておくので、今回はその!申し訳ないんですけど、お名前教えていただいていいですか!?」
女神:「もー仕方ないなぁ・・・一度しか言わないから、よーく耳の穴かっぽじって聞いとけよ〜!」
0:(シャランラ〜という感じの効果音的な何かが流れる)
女神:「アタシの名前はアフロディーテ!泣く子も黙る美と愛の女神様だぞッ☆」
樹里:「アフロディーテ・・・って、あのギリシャ神話に出てくる有名な女神様!?」
美緒:「え・・・マジかよ。こんなケバケバしいギャルみたいなヤツが?」
樹里:「ロミオ!シッ!思ってても口に出しちゃいけないことだってあるのよォ!」
女神:「・・・んー?なんかすごーく失礼なことを言われてる気がするんだけどぉ・・・まっ、いっか〜。
女神:もしかしたら二人とも、あと少しで死んじゃうかもしれないしぃ〜」
美緒:「死ぬ・・・?おい今、俺たちが死ぬって言ったか!?」
女神:「そ、このままだ死んじゃうんだよねぇ、二人とも。
女神:残念ながら、ポックリ昇天あの世行き〜」
樹里:「そんな・・・どうして?」
女神:「どうして?うーん、それはねぇ・・・あんたたち二人が前世での願いを叶えられそうも無いって、アタシが判断したから」
美緒:「え?」
樹里:「前世での・・・願い?」
女神:「そ、実はね、あんたらの願いを聞き入れて、この時代に転生させてあげたのは、何を隠そうこのアタシ、アフロディーテ様なんですぅ〜!イエーイ!」
美緒:「あ・・・もしかして、あの時聞こえた『オッケ〜☆』っていう軽い返事は・・・」
女神:「そ、アタシの声でしたー!
女神:・・・ん?今軽いとか言わなかった?」
樹里:「そ、それは本当にありがとうございました!
樹里:でも、何で願いを叶えられなかったからって、私たちが死ぬことになるんですか?」
女神:「えー?なんていうかぁ・・・エモじゃなくなっちゃったから?」
樹里:「・・・エモ?」
女神:「そ、エモだよエモー!決して結ばれることの無い二人・・・周囲に翻弄されながら、それでもお互い手を取り合って、幸せになれるかと思ったのに・・・最後は死ぬことでしか一緒になれないとか超悲劇じゃん!
女神:やーん!エモ中のエモって感じー!
女神:・・・だからね、可哀想だと思った優しい女神のこのアタシが、もう一回チャンスを与えてあげちゃったのです〜!
女神:キャー!マジ優女(やさめ)じゃーん!イェイイェイ!」
美緒:「お前・・・人の人生を何だと思って・・・!」
女神:「え?ちょ、おま言う?って感じなんですけど〜。
女神:そんなこと言うならさ。あんたたちだって、相当周りの人生狂わせちゃってるよね?」
美緒:「・・・え?」
女神:「親友のマキューシオでしょー。
女神:あとはジュリエットの従兄弟ティボルト、それにパリスと・・・あっ、モンタギュー夫人も!
女神:みんなみんな、あんたたちが後先考えずに行動しちゃったせいで、死んじゃったんだよね?」
樹里:「そ、それは・・・」
美緒:「違う!俺たちはただ、お互いのことが好きだっただけで・・・!」
女神:「じゃあ、その意志を貫かなきゃダメじゃね?
女神:周囲の人に迷惑かける覚悟で恋したのに、やっぱり無理でしたーはナシでしょ?」
美緒:「・・・」
樹里:「・・・」
女神:「・・・と、いうわけで、残念ながら女神様チャンスはあえなく終了〜!
女神:二人は再び冷たい霊廟(れいびょう)で一生を終える、悲劇の主人公に逆戻りしてもらいまー・・・」
美緒:「待ってくれ!」
女神:「・・・ん?」
美緒:「そ、その・・・もう一度だけ、チャンスを貰えないか・・・?」
樹里:「ロミオ・・・?」
美緒:「俺たちが前世で悪いことをしたとは思っていない。
美緒:けど、確かに周囲で不幸になった人間がいることも事実だ」
女神:「へぇ・・・認めるんだ。案外殊勝じゃーん。
女神:良いと思うよ〜。そーいう素直に人の言葉を受け入れる姿勢」
樹里:「なら・・・!」
女神:「そうね〜。じゃーあー・・・証明してみせてよ!」
美緒:「・・・は?」
女神:「証明して、って言ってんの。
女神:二人が今世で幸せになれるってこと、アタシにちゃんと見せつけて」
樹里:「幸せにって・・・具体的にはどんな風に・・・?」
女神:「そーんなの自分で考えなよォ!
女神:短い間とはいえ、恋人だったんだし。
女神:ま、言わなくたってわかるっしょ?」
樹里:「えっ、えっ・・・それって・・・」
女神:「あっ!ちょい待ち!セレネっちからKAMINE(カミン)来てる!
女神:合コン・・・二次会!?マジー!行く行くー!」
樹里:「え!?あの、アフロディーテ様ァ!?」
女神:「ちな、期間は一ヶ月ね〜!
女神:あ、言っておくけど、うわべだけの幸せアピールはナシだから!
女神:良い報告を期待してるよんっ☆それじゃ!」
美緒:「あっ、おい!!」
樹里:「・・・行っちゃった」
美緒:「・・・」
樹里:「・・・ねぇ、ロミオ。これから、どうする?」
美緒:「どうするもこうするも・・・証明するしかねぇだろ・・・俺たち二人が幸せになれるってこと・・・」
樹里:「でも、どうやって?」
美緒:「それは・・・」
ナレ:頭を抱え込んだ二人。
ナレ:結局その夜は答えが出ないまま、朝を迎えたのだった。
0:(しばらくの間)
パリス:「なるほど、幸せになれるという証明か・・・」
美緒:「そうなんだよ。なぁ、パリス。どうすれば良いと思う?」
パリス:「まぁ、一般的に恋人同士の幸せって言ったら・・・結婚じゃない?」
樹里:「結婚!?」
ナレ:翌日、生憎の曇り空の下。
ナレ:転生者たちは、寄れば文殊の知恵を体現するために、屋上で額を付き合わせていた。
樹里:「けけけけ、結婚って!?そそそ、そんな!まだ(今世では)キスもしたことないのに!?」
美緒:「いや・・・まず年齢的に無理だろ」
パリス:「うーん・・・確かに法律は無視できないか・・・」
美緒:「人智を超えた存在に、人間の法は関係ないかもしれないけどな」
パリス:「・・・というか、そもそもロミオ。キミはジュリエットに今現在恋をしていないんだろ?」
美緒:「・・・残念ながら」
パリス:「じゃあ、そもそも無理な話じゃないか」
樹里:「ちょっとぉ!無理とか言わないでよ!
樹里:嘘でも好きって言ってよぉおおお!」
パリス:「前世では僕を殺してしまうほど、盲目的に愛しあっていたのになぁ・・・。
パリス:どうして今は心変わりしてしまったんだい?」
美緒:「あー・・・それは・・・」
パリス:「それは?」
美緒:「その・・・アレだよ、アレ・・・」
樹里:「アレ?この前の件なら謝るから・・・!」
美緒:「いや、それもあるけど、それ以上になんて言うか・・・」
樹里:「何?他にもあるの?お願いだから、この際全部言ってよ!」
美緒:「・・・えっと・・・なんていうか・・・手に入らないものがあると欲しくなる心理というか・・・。
美緒:ダメと言われるほど反抗したくなる、思春期の子どもというか・・・」
パリス:「つまり?」
美緒:「・・・燃えないんだよ」
樹里:「え?」
美緒:「燃えないんだよ!
美緒:スリルやサスペンスの無い恋なんかじゃ、俺はドキドキできないんだよ!」
パリス:「・・・要約すると、前世のような障害のある恋じゃなければ、キミはジュリエットを好きになれないということだね」
美緒:「・・・そういうこと」
樹里:「なんでなのよぉ!」
美緒:「仕方ないだろ!?生まれつき、そういう性分なんだよ!
美緒:親同士が毎日のようにお互いの家でお茶会して、恋敵もかつての恨みを水に流すような平和な世界じゃ、俺の恋愛センサーは働かないんだ!」
樹里:「働かせてよォ!馬車馬のように!
樹里:どうするのよ!?このままじゃ私たち、悲劇の主人公に逆戻りだわ!」
パリス:「・・・逆戻り・・・そうか、その手があったか」
美緒:「え?」
パリス:「・・・二人とも。僕に良い考えがあるんだけど」
0:(しばらくの間)
女神:「(女子生徒)・・・というわけで、二年生が文化祭で行うの演目は『ロミオとジュリエット』に決まりました!
女神:ロミオ役は赤戸樹里さん。ジュリエット役は門田美緒さん。頑張ってください!」
ナレ:数日後、大勢の同級生の拍手に二人は包まれていた。
ナレ:『ドキッ☆前世の記憶で恋心を呼び覚まそう大作戦!俺がお前でアイツが俺でバージョン』と、やたら長ったらしい作戦名を付けた本人がニコニコと見守る中、二人の存亡をかけた一ヶ月が始まった・・・のだが、すぐに問題は起こった。
美緒:「(棒読み)・・・あら、なあに、お母様」
ナレ:そう、残念ながら美緒は壊滅的にお芝居が下手だったのである。
0:(しばらくの間)
美緒:「(棒読み)・・・ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの!」
樹里:「違う。もう一回」
美緒:「(ちょっとムッとしてから)・・・ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの・・・!」
樹里:「・・・違う。もっと感情込めて」
美緒:「(さらにムッとしてから)・・・ああ、ロミオ・・・!あなたはどうして・・・って、だああああ!!」
樹里:「ああん!ちょっとぉ!なんで止めるのよォ!」
美緒:「いや、やってられるか!同じ台詞を何回も何回も!」
樹里:「仕方ないでしょ!あなたのお芝居が大根すぎるから・・・!」
鈴佳:「まぁまぁ、落ち着いて・・・。二人とも、はいお水」
樹里:「あっ、ありがと、鈴佳」
鈴佳:「頑張りすぎると疲れちゃうよ。適度に休憩しないと・・・」
樹里:「ううん、休んでいられないわ・・・本番まであと一週間を切ったのよ。
樹里:それなのに、主役がコレじゃ・・・」
ナレ:そう、樹里の言うとおり、あっという間に時は過ぎた。
ナレ:だが、残念なことに、何度練習しても美緒の演技は棒読みのまま、一向に改善が見られなかったのである。
鈴佳:「それでも、最初よりはずっと良くなったじゃない。
鈴佳:二人とも台詞はほぼ完璧に覚えてるし。きっと大丈夫だよ」
美緒:「安西・・・」
鈴佳:「それにあくまで高校生のお芝居だもん。
鈴佳:そこまで上手じゃなくたって、みんな気にしないよ!」
美緒:「そ、そうか・・・?」
鈴佳:「うん!幼稚園のお遊戯会だと思えば、微笑ましく見てられる・・・あっ」
美緒:「安西・・・本心ではそんな風に・・・」
鈴佳:「あっ、あの!本当に良くなったのは事実だから!
鈴佳:一番は、最後まで演じ切ることだから、ねっ・・・」
樹里:「・・・それじゃダメなのよ」
鈴佳:「え?」
樹里:「確かに、皆は私たちのお芝居が下手だろうと気にしないかもしれない。
樹里:でも、それじゃダメなの。
樹里:特に今回は・・・この演目だけはどうしても大事にしなきゃダメなの・・・!」
鈴佳:「樹里くん・・・?」
美緒:「・・・悪い、今日はちょっと部活行ってくるわ」
樹里:「え!?ちょっと、どこ行くの、美緒!こんな時に部活なんて・・・」
美緒:「気分転換ぐらい良いだろ?最近、全然竹刀握ってないから、感覚鈍っちゃいそうでさ。
美緒:ストレス発散がてら、行ってくる。・・・じゃあな」
樹里:「待って!待ってよ!本番までもうすぐなのに・・・!」
鈴佳:「・・・行っちゃったね」
樹里:「・・・」
鈴佳:「だ、大丈夫だよ。門田さん、ストイックな人だもん。
鈴佳:きっと本番までには仕上げてくれるって!」
樹里:「・・・でも、このままじゃ・・・」
鈴佳:「樹里くん・・・(抱きしめる)」
樹里:「鈴佳・・・?」
鈴佳:「・・・ちょっと最近の樹里くん、頑張りすぎだよ。少し力抜こう?ね?」
樹里:「・・・でも・・・」
鈴佳:「でも、は一旦無しにしよ。今はちょっと休憩」
樹里:「・・・うん」
鈴佳:「落ち着いた?」
樹里:「・・・だいぶ」
鈴佳:「良かった・・・。
鈴佳:あ、ごめんね、急に抱きついちゃって。離れるね」
樹里:「・・・」
鈴佳:「・・・あのさ、樹里くんがもし良ければなんだけど・・・」
樹里:「なあに?」
鈴佳:「・・・えっと、その・・・私も一緒に練習付き合うよ。
鈴佳:実は中学では演劇部だったの。
鈴佳:だから、門田さんにも色々アドバイスできるかもだし。
鈴佳:つまり、えっと・・・えっと・・・」
樹里:「ふふっ」
鈴佳:「樹里くん?」
樹里:「ありがと、鈴佳。嬉しいわ、こうして色々と私たちのこと、心配してくれて」
鈴佳:「それは・・・だって、好きだから。
鈴佳:樹里くんのこと・・・その、友達として・・・」
樹里:「ええ、私も大好きよ。
樹里:パリスのことも、皆のことも・・・もちろん・・・美緒のことも」
0:
樹里:「・・・だからこそ、頑張らなくちゃいけないの。今度は失わない為に」
鈴佳:「・・・え?」
樹里:「ごめんなさい!くよくよしちゃって!
樹里:私、後でもう一回美緒と話してみる!
樹里:一緒に頑張ろうってお願いしてみるわ!」
鈴佳:「・・・そうだね。門田さんなら、きっとわかってくれるよ」
樹里:「ええ!私もそう思う!だから・・・行くわ!」
鈴佳:「・・・あ」
樹里:「本当にありがとう!
樹里:あなたと友達になれてよかった!
樹里:じゃあ、また明日ね!」
鈴佳:「うん・・・じゃあ、また明日」
0:
鈴佳:「・・・友達、かぁ・・・」
0:(しばらくの間)
ナレ:それは、美しい月が浮かぶ夜のことだった。
美緒:「・・・ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの・・・?・・・違うな」
0:
美緒:「・・・ああ、ロミオ・・・。あなたはどうして・・・ああもう、そうじゃなくて・・・!」
樹里:「・・・何してるの?」
美緒:「うわぁっ!」
樹里:「シッ!ちょっと!大きな声出さないでよ!近所迷惑になるでしょ!」
美緒:「お前がいきなり話しかけるからだろうが!
美緒:てか、なんでこんな時間にベランダに出てるんだよ!」
樹里:「良いじゃない別に。
樹里:今夜は月が綺麗だったから、外に出てみようと思ったの。それだけよ」
美緒:「へぇ・・・相変わらずロマンチストだな」
樹里:「あなたこそ、こんな時間に外で台詞の練習?」
美緒:「うっ・・・お前、聞いてたのかよ・・・」
樹里:「聞こえるわよ。お隣さんだもの。棒読みの台詞が丸聞こえ」
美緒:「ふん・・・どうせ、大根だってまた言うんだろ?」
樹里:「・・・ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの・・・」
美緒:「え?」
樹里:「どうして、私たちは出会ってしまったの?」
美緒:(ジュリエットとして演じる)
美緒:「・・・どうして・・・愛しあってしまったの・・・?ねぇ、お願い。
美緒:お父様と縁を切り、その名を捨てて。それが無理なら、せめて私を愛すると誓って。
美緒:そうすれば、私はキュピレットの名を捨てると約束しましょう」
樹里:(以下、ロミオとして演じる)
樹里:「・・・ああ、そうしよう。美しい音楽に誘われて、優しく口付けを交わした時から、俺はキミのものだ」
樹里:
樹里:「死ぬ時は一緒だ。
樹里:ジュリエット、キミさえ居れば、俺は荒れ狂う嵐の中だろうと、日の光すら届かない暗闇の森だろうと、燃え盛る炎の中だろうと、飛び込んでみせる!」
0:(以下、再び性別逆転する)
樹里:「・・・なんだ。やればできるんじゃない」
美緒:「違う。今のは演技じゃない。あの時、交わした言葉をそのまま言っただけで・・・」
樹里:「私だってそうよ。
樹里:あの時交わした言葉の一つ一つを、そのまま、あの日のように繰り返しているだけ」
美緒:「・・・よく覚えてるな」
樹里:「当たり前でしょ。あなたと交わした言葉を忘れるわけがない」
美緒:「そっか・・・そうだよな。忘れるわけないよな・・・」
0:
美緒:「・・・なぁ、ジュリエット。俺は正直まだ、あの時の気持ちを取り戻せていない」
樹里:「ええ、わかってるわ」
美緒:「でも、多分失くしたわけじゃない。そう思うんだ」
樹里:「ええ、わかってる」
美緒:「だから・・・その、自分勝手なことばっか言って申し訳ないんだけど、もう一度、俺と一緒に頑張ってくれるか・・・?」
樹里:「・・・あなたって案外、自分勝手ね」
美緒:「え・・・?」
樹里:「情熱的に愛してくれたと思ったら、今度は無理って突っぱねて・・・自分勝手よ、本当に」
美緒:「・・・」
樹里:「でも、私も同じ。
樹里:自分勝手に気持ちを押し付けて、あなたを困らせてしまった」
0:
樹里:「・・・好きよ。どんなに嫌がられても、怒られても。
樹里:私はずっとあなたのことが大好き」
美緒:「ジュリエット・・・」
樹里:「だから、思い出させてみせるわ。この先もあなたと生きるために」
美緒:「・・・もし思い出せなかったら?」
樹里:「その時はまた、毒でも何でも飲んでやるわよ。
樹里:だって、死ぬ時は一緒、でしょ?」
美緒:「(呟くように)・・・お前、強いんだな。やっぱ羨ましいよ、全く」
樹里:「何か言った?」
美緒:「いや・・・何でもない」
樹里:「もう、なあに?言いたいことはハッキリ言って・・・(クシャミ)へくしゅ!」
美緒:「あーあー・・・ほら、風邪ひくぞ。さっさと部屋入れよ」
樹里:「(鼻をすすって)・・・うん。そうするわ。じゃあね、ロミオ。また・・・」
美緒:「ジュリエット」
樹里:「なあに?」
美緒:「・・・その、ありがとな。俺のこと、好きでいてくれて」
樹里:「・・・ふふっ、どういたしまして」
0:(しばらくの間)
ナレ:その日から、二人は練習に明け暮れた。
ナレ:時間が許す限りただ、ひたすら。
ナレ:言葉を交わし、時にはぶつかり合いながら、運命の日を待った。
ナレ:何かを取り戻せそうな、けど何も取り戻せなさそうな、揺れ動く気持ちを抱えながら、あっという間に日々は過ぎ。
ナレ:そして、当日を迎えた。
樹里:「・・・おはよ」
美緒:「・・・おう」
樹里:「いよいよ、本番ね」
美緒:「そうだな」
樹里:「やるだけのことはやったもの・・・あとはやり切るだけ」
美緒:「そうだな」
樹里:「何?緊張してるの?」
美緒:「してねぇよ」
樹里:「嘘。してるわよ」
美緒:「してない」
樹里:「嘘。わかるもの。あなたが緊張してることくらい」
美緒:「・・・なんだよそれ」
樹里:「ふふっ、行きましょうか」
ナレ:そんなやりとりをしながら、学校へと向かう。
ナレ:歩調を合わせ、前へ進む。
ナレ:他愛のない話をしたり、不意に無言になったり。
ナレ:胸中に様々な想いを秘めながら、歩いていたその時だった。
鈴佳:「(猫)・・・にゃぁん」
樹里:「やだ、猫が道路に・・・!」
美緒:「・・・危ないっ!!」
ナレ:急ブレーキの音が、朝の静寂をひき裂いた。
0:(しばらくの間)
パリス:「車に轢かれた!?」
樹里:「ええ・・・飛び出した猫を助けるために・・・」
美緒:「・・・いや、轢かれてねぇし」
ナレ:そう言って、渋い顔でパイプ椅子に座る美緒の足には、真っ白な包帯がしっかりと巻かれていた。
美緒:「全治一週間だってさ。今日に限って足捻っちまうとか・・・はは、タイミング悪くて笑えてきた」
鈴佳:「そうなんだ・・・でも、無事で良かった・・・」
美緒:「ああ、猫もバッチリ助けたし。朝から大活躍だったんだぜ」
パリス:「・・・それは素晴らしいね、と言いたいところだけど・・・」
樹里:「・・・」
美緒:「何暗い顔してんだよ。今日のことなら大丈夫だって。
美緒:衣装は裾が長いから足は隠れるし、歩くのも・・・ほら、このとおり!・・・痛っ」
鈴佳:「門田さん・・・!無理しちゃだめだよ!」
美緒:「いけるいける!これくらいの痛み、スポーツやってりゃ日常茶飯事だし!
美緒:今日一日くらい無茶したって・・・」
樹里:「・・・ダメよ」
美緒:「ダメって・・・そんなわけにはいかないだろ。
美緒:ここまで来たら、代役を頼むわけにもいかないし。そもそも、俺が出ないと・・・」
樹里:「わかってるわ。それでもダメ」
美緒:「なんでだよ。俺なら大丈夫だって言ってんだろ。こんな怪我、どうってことないって・・・」
樹里:「あなたに無理させたくないの!
樹里:・・・言われたでしょ?今日は絶対安静だって」
美緒:「でも、折角ここまでやってきたじゃないか!
美緒:もう少しで取り戻せそうな気がするんだ・・・。だから・・・」
樹里:「嫌よ!・・・嫌なのよ、私。
樹里:あなたを大切にしたいの。苦しい思いはさせたくないの。
樹里:・・・あの時みたいに、もう二度と・・・」
美緒:「樹里・・・」
樹里:「大丈夫!なんとかなるわ。まだ一ヶ月までもう少しあるじゃない。
樹里:今回は残念だけど、皆に事情を話して、諦めて・・・」
鈴佳:「・・・だったら、私に代役をやらせて!」
パリス:「安西さん・・・!?」
鈴佳:「私、ずっと二人の練習に付き合ってたし、台詞も全部覚えてる!
鈴佳:それに元演劇部だったから、ある程度お芝居もできると思う!」
美緒:「けど・・・」
鈴佳:「折角みんなで頑張ってきたじゃない!
鈴佳:ここで諦めるのは勿体ないよ!
鈴佳:だから、お願い!私にやらせて!」
樹里:「・・・良いと思う」
美緒:「え?」
樹里:「鈴佳ならできると思う。
樹里:確かに簡単に諦めちゃダメよね。みんなで一生懸命準備したものを・・・。
樹里:だったら・・・」
0:
樹里:「鈴佳、お願いしても良いかしら?」
鈴佳:「うんっ・・・!私、頑張るね!」
美緒:「・・・」
ナレ:ーーーこうして、舞台の幕は上がった。
ナレ:ただ一人、舞台袖で複雑な気持ちを抱えたまま。
ナレ:煌びやかな音楽と、華やかな衣装。
ナレ:手作り感溢れる中世ヨーロッパの世界で、物語は進む。
ナレ:対立する二つの名家。
ナレ:そんな中、ロザラインに熱を上げるロミオ。
ナレ:叶わぬ恋に身を焦がしつつ、誘われた舞踏会で二人は出会う。
樹里:「・・・踊ってくださいますか?」
鈴佳:「・・・はい。喜んで」
ナレ:まるで、引き寄せられるかのように、二人は互いに手を取り、踊り出す。
ナレ:その出会いに運命を感じたロミオは、ジュリエットを抱き寄せーーー
美緒:「・・・っ」
パリス:「二人とも上手いな。
パリス:急拵え(きゅうごしらえ)とは思えないくらい、息も合ってる」
美緒:「・・・そうだな」
パリス:「複雑そうだね。自分があの場に立てないのが悔しいかい?」
美緒:「・・・仕方ないだろ。あいつにあんな風に言われたら、俺はここで見ているしか・・・」
ナレ:物語は進む。
ナレ:袖で見守る美緒の心情をよそに、舞台上の二人は恋に溺れていく。
鈴佳:「ああ、ロミオ・・・!あなたはどうしてロミオなの・・・!」
樹里:「ジュリエット・・・!」
ナレ:運命に翻弄される二人。
ナレ:次第に物語は悲劇へと向かっていく。
美緒:「・・・嫌になるよな」
パリス:「何がだい?」
美緒:「まさか、こうして自分の人生を俯瞰することになるとは思わなかった。今更だけど、自分の青さが恥ずかしくなる」
パリス:「そんなこと言ったって、仕方がないじゃないか。あの時は誰もが夢中だったんだ」
美緒:「わかってるよ。けど・・・」
ナレ:その時、視界が暗転した。
ナレ:舞台袖に近付いてくる足音。
ナレ:場面はちょうど終盤。ジュリエットが毒を煽るシーンだった。
鈴佳:「ああ、緊張した・・・」
パリス:「安西さん・・・。おつかれ。あと少しだね」
鈴佳:「うん。できるかどうかちょっと心配だったけど、何とか最後までいけそう」
パリス:「でも流石、元演劇部だね。ぶっつけ本番でも、ここまで演じられるなんて」
鈴佳:「樹里くんがすごく上手だからだよ。私なんて全然・・・」
0:
鈴佳:「・・・でも、やっぱり悲しいよね」
パリス:「何が?」
鈴佳:「このお話。結局、二人は死んじゃうんだもん。
鈴佳:運命は変えられないってわかってるけど、やっぱりつらくなっちゃう」
美緒:「変えられない、運命・・・」
鈴佳:「・・・って、やだ。私、役に入り込みすぎてるね。
鈴佳:・・・あ、もうそろそろ出番だ。あと少し、頑張らなくちゃ・・・」
美緒:「・・・安西!」
鈴佳:「え、どうしたの?門田さん・・・」
美緒:「その・・・」
0:
美緒:「頼みが、あるんだ・・・!」
0:(しばらくの間)
樹里:「やめておけ。
樹里:お前が手を下さずとも、俺は自ら終止符をうちにきたのだ・・・!」
ナレ:キュピレットの霊廟を前に、ロミオは嘆く。
ナレ:なりふり構わず、目の前の恋敵に乞い願う。
樹里:「頼む、少しの間でいい・・・ジュリエットに会わせてくれ!」
ナレ:だが、その願いも虚しく、激昂したパリスが剣を抜く。
ナレ:ロミオも自らの剣を抜き、閃く白刃を受け止めた。
樹里:「くっ・・・」
ナレ:剣と剣がぶつかり合い、舞台上に鋭い金属音が響く。
ナレ:互いに一歩も引かぬ死闘。
ナレ:均衡が保たれていたのは、ほんの数秒だった。
樹里:「やあっ!・・・はあっ!」
ナレ:裂帛(れっぱく)の気合いとともに、剣が弾かれる。
ナレ:その一瞬を逃さず、ロミオはその刃を振り下ろしーーー
美緒:「・・・隙ありーーー!!」
ナレ:突如、舞台上に響き渡る声。
ナレ:刃は振り下ろされることはなかった。
ナレ:代わりに風を切ったのは、西洋の世界観とは程遠い竹刀の一閃。
樹里:「・・・えっ、美緒・・・?」
ナレ:唖然とする樹里の前で、道着姿の美緒はくるりと振り返った。
美緒:「大丈夫ですか!?ロミオ!」
樹里:「えっ」
美緒:「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
樹里:「あ・・・うん、大丈夫」
美緒:「それは良かった。でも危ないところでしたね・・・もう少しであなたはパリスの命を奪うところだった・・・。
美緒:ジャパニーズ・ケンドーを習っていて良かった」
樹里:「でも、その・・・パリス倒れて・・・」
美緒:「ミネウチです!」
樹里:「えっ・・・?」
美緒:「ミネウチです!だからパリスは生きています!」
樹里:「いや、竹刀で峰打ちって・・・ええっ・・・?」
ナレ:その一言に、空気を読んで倒れたパリス役のクラスメイトが小さく親指を立てる。
ナレ:状況が読めず戸惑う樹里。
ナレ:そんなことお構い無しに美緒は続ける。
美緒:「ロミオ!逃げましょう!今なら立ちはだかる者はいないわ!」
樹里:「いや・・・でも・・・」
美緒:「心配しないで!私、意外と健脚なの!あなたとなら、どこまでだって行ける!」
樹里:「ちょ、ちょっと待って・・・」
美緒:「いつ逃げるの?今でしょ!さぁ、早く!私の手を取って・・・」
樹里:「いや、待ってってば!」
美緒:「どうしたの?」
樹里:「どうしたの?じゃないでしょ!
樹里:こんなの聞いてないわ・・・じゃなくて、聞いてないよ!」
美緒:「だって言ってないもの」
樹里:「そうでしょうね・・・。
樹里:いや、だとしても逃げることなんて無理だ!
樹里:だって俺たちは、これから一緒に死ぬ運命で・・・」
美緒:「運命?そんなの、誰が決めたの?」
樹里:「誰って・・・そうやって台本で決まってて・・・」
美緒:「・・・ハァ〜〜〜〜〜」
0:
美緒:「ロミオ。あなたって、マニュアル人間なのね」
樹里:「え・・・?」
美緒:「いい?世の中、予測不可能なことばかりなの!
美緒:想定の範囲内でしか動けなかったら、社会人としてやっていけないわよ!」
樹里:「いや、俺たちまだ高校生・・・」
美緒:「何か?」
樹里:「いいえ・・・何も・・・」
美緒:「そう!今求められているのは自由な発想!
美緒:自分で考え、より良い選択を導き出す力!
美緒:だからこそ、私たちも縛られてはいけないの!
美緒:運命から・・・決められた筋書きから!」
0:
美緒:「逃げるのよ!ロミオ!どこまでも!
美緒:私たちは共に死ぬために出会ったんじゃない。生きていくために出会ったの!
美緒:だから・・・お願い、この手を取って!さあ!」
樹里:「でも・・・」
樹里:
樹里:「でも・・・っ・・・俺は怖いよ・・・。万が一、キミを失ったらと思うと・・・」
美緒:「・・・平気よ。こんなこともあろうかと、この日の為に身体を鍛えておいたの。
美緒:私、たとえ地の果てだろうと辿り着く自信があるわ」
樹里:「もし・・・逃げきれなかったらどうするの?」
美緒:「その時は真正面から打ち倒す。ジャパニーズ・免許皆伝の力舐めんな」
樹里:「それでも・・・それでも、ダメだったら?
樹里:幸せになれるって証明できなきゃ、私たち・・・」
美緒:「あー・・・もう!ごちゃごちゃうるせー!」
樹里:「・・・えっ?」
美緒:「この先、幸せになれるかなんて、わかるわけ無いだろうが!
美緒:人生なんて博打(ばくち)みたいなモンだ!
美緒:良い時もあれば悪い時だってある!
美緒:どんなに誠実に生きたって、不幸になるやつだっているんだ!
美緒:そうならない為に、みんな必死に生きてんだよ!
美緒:生きて生きて生き抜いて、苦しい思いや、つらい思いも山ほどして・・・その中で『あっ、今幸せだ〜』ってハッと気付くモンなんだよ!
美緒:だから今は無理!現状、俺には証明できない!」
樹里:「できないって・・・!だったらやっぱり、私たち死ぬしか・・・!」
美緒:「だーかーら!そこで諦めてどうすんだ!
美緒:しぶとく生きるんだよ!足掻くんだよ!
美緒:死んだらそこで終わりじゃないか!だったら、俺はそれこそ、あの女神の顔面殴ってでも・・・」
女神:「ふぅーん・・・誰の顔面を殴るって?」
美緒:「・・・えっ?」
ナレ:気付くと、二人は舞台上ではなく白い空間にいた。
ナレ:目の前には頬杖をつく、一柱のギャル・・・もとい女神の姿。
女神:「ねぇ教えてよ。誰が、誰の顔面殴るってー?」
美緒:「あ、いや、それは・・・」
樹里:「ご、ごめんなさい!さっきのは・・・そう!言葉の綾で・・・!」
女神:「へぇ〜。その割にはマジ顔してたけど」
美緒:「・・・」
女神:「まっ、いいわー。何か楽しそうなことになってるから様子見にきたら、ちょうど色々話してたみたいだしー?
女神:折角だから、ちょこっと付き合ってあげよっかなー?」
0:
女神:「・・・とりま、単刀直入に聞くけど、大体結論は出た?」
樹里:「それは・・・」
美緒:「・・・ああ、さっき話してたとおりだ。
美緒:今の俺たちにはこの先、幸せになれる証明はできない」
樹里:「ちょっと!ロミオ!そんなハッキリと・・・」
女神:「ふぅ〜ん・・・じゃあ、つまりそれは死んじゃっても良いよ☆って解釈でオケ?」
美緒:「いや、死にたくもない。
美緒:ただでさえ一回経験してるんだ。あんな思いはしばらくしたくない」
女神:「なるほどぉ?死にたくもない。けど、証明もできない。
女神:じゃあ、一体アンタたち、どうするつもり?」
美緒:「ああ・・・だからもう少し待ってくれ」
女神:「待つ?」
美緒:「そう、時間が欲しいんだ。一ヶ月とは言わず、もっと長く」
女神:「はぁ〜ん?じゃあ何?この先、結論が出るまで、アタシに待ってろって、そう言いたいんだ?」
美緒:「そういうこと。てか、アンタどうせ若作りしてるけど、何千年も生きてるし、これからも永遠に生き続けるんだろ?
美緒:だったら、その間の一年や十年や二十年、広い心で見守ってくれてもいいじゃないか、なんてな」
女神:「・・・さりげにアタシをババア扱いした?」
美緒:「あっ、やべ・・・」
樹里:「ああああ!ごめんなさいごめんなさい!ロミオ!ほら、謝って〜!」
女神:「・・・ぷっ」
樹里:「へ?」
女神:「あはははは!こんな土壇場で失礼発言しちゃうとか、マジうっかりすぎじゃね?
女神:ウケるんだけど〜!あはははは!」
樹里:「あああ・・・どうしよ、ロミオ。怒らせすぎてアフロディーテ様、おかしくなっちゃったんじゃ・・・」
美緒:「元々おめでたい格好してたから、大丈夫だろ」
樹里:「ちょっとぉ!!」
女神:「・・・あー面白かった。
女神:さてさて、ひとしきり笑ったところで・・・アンタたち?」
樹里:「は、はい・・・」
女神:「覚悟はできてるんでしょーね?
女神:女神様に対してこれだけ無礼な発言をした上、図々しくもお願いごとまでしちゃってさぁ・・・」
樹里:「えっと・・・それは・・・」
女神:「もうマジ許さん!!
女神:・・・と言いたいところだけど、その度胸に免じてもう一回だけ、チャンスをあげる」
樹里:「ほ、ホントですか・・・?」
女神:「女神、嘘つかな〜い!
女神:ま、アンタたちなんか見てて面白そうだし。
女神:アタシも一度手を貸した以上は面倒見てやんないとね。
女神:ヤダー!やっぱりアタシって、超優女〜!!」
美緒:「自分で言うなよ、自分で・・・」
樹里:「ロミオ!!」
女神:「さーて!これが最後の女神ボーナスでーっす!
女神:アンタたちはこのチャンス、どう活かす〜!?」
美緒:「・・・ああ、そういうことなら、俺たちはーーー」
0:(しばらくの間)
ナレ:誰も居なくなった教室。
ナレ:祭りの余韻から少し離れた夕暮れの窓辺に、二人は並んで立っていた。
パリス:「いやぁ〜。一時はどうなることかと思ったけど、舞台、無事に終わってよかったね」
鈴佳:「・・・そうだね」
パリス:「最後は滅茶苦茶だったけど、案外ウケたみたいだよ。
パリス:意外性があって面白かった。ジュリエットかっこいい〜!ってさ」
鈴佳:「・・・」
パリス:「後悔してる?」
鈴佳:「何を?」
パリス:「役を譲ったこと。本当は最後までやりたかったんじゃないのかな、って思って」
鈴佳:「そうだね・・・後悔してないって言ったら嘘になる。
鈴佳:けど・・・けどさ・・・あんな必死な顔見ちゃったら、引くしかないよ・・・」
パリス:「・・・優しいんだね」
鈴佳:「え・・・?」
パリス:「本当は強引にでも舞台上に飛び出せば良かったのに、キミはそれをしなかった」
鈴佳:「飛び出せなかっただけだよ、私。
鈴佳:勇気が出なかったの。
鈴佳:だって知ってたから、彼がずっと、あの人のことしか見てないって知ってたから・・・」
パリス:「・・・ああ、やっぱり生まれ変わっても罪深いなぁ、あの二人は」
鈴佳:「え?」
パリス:「あのさ、安西さん。一つ、提案があるんだ」
鈴佳:「なあに?」
パリス:「そうだな。まず、ここに今度こそ幸せになりたい男が一人居る、って話から始めたいんだけど・・・」
0:(しばらくの間)
ナレ:同じく、夕暮れに染まった屋上。
ナレ:互いに背を預け、ぐったりと座り込む二人がいた。
美緒:「あー・・・疲れたぁ・・・」
樹里:「ホント・・・色んな意味で疲れたわ・・・。
樹里:紅茶飲みたーい。甘いものが食べたーい。薔薇のお風呂に入りたーい!」
美緒:「ま、でも良かったんじゃないか?全部丸く収まって」
樹里:「ええ・・・ホントに。
樹里:女神様に対してあんな口の利き方をした時は、霊廟の冷たさを思い出してヒヤリとしたけど・・・」
美緒:「場合によっては本気で殴るつもりだった」
樹里:「ちょっと!やめてちょうだい!
樹里:もうあの場所には当分戻りたくないのに!」
美緒:「冗談だよ、冗談・・・ははは・・・」
樹里:「・・・ねぇ」
美緒:「ん?」
樹里:「その・・・やっぱり今でもまだ思い出せてないの?あの頃の気持ち」
美緒:「あー・・・うん。そうだなぁ・・・。思い出せたような、思い出せないような・・・」
樹里:「あーんもう!ハッキリしてよぉ!」
美緒:「わからん!」
樹里:「え・・・?」
美緒:「正直に言うとわからん!
美緒:確かにお前のことは大事に思ってる。一緒にいて、落ち着くのも事実だ。
美緒:けど、昔みたいに愛しているかと言えば、そこまでではない。
美緒:だからといって、離れたいわけでもない・・・つまり・・・」
樹里:「つまり?」
美緒:「その・・・保留だ」
樹里:「・・・保留?」
美緒:「ああ、前は周りが見えなくなる程、盲目的に恋をしてたからな。
美緒:今回はゆっくり、落ち着いて決めたいんだ。
美緒:次こそは誰かを傷付けないように」
樹里:「確かに・・・そうよね。
樹里:私だって、あんな思いはもうこりごり」
美緒:「だろ?それに今度は人生長いんだ。
美緒:少しくらい、のんびりしたって良いじゃないか」
樹里:「ええ・・・そうね。
樹里:・・・って、でも待って。
樹里:それって、あと何年経てば返事がもらえるの?」
美緒:「あー・・・それは・・・」
樹里:「まさか、本当に十年とか二十年とか言わないわよね!?
樹里:そんなに待ってたら私、お肌にシワやシミが・・・そんなのイヤーーー!」
美緒:「うわ、声デカ」
樹里:「ねぇ、あとどれくらい!?」
美緒:「え?」
樹里:「返事よ返事!どれくらい待てばいいの!?」
美緒:「えー・・・そうだな・・・ちょっと待って・・・」
樹里:「ちょっと、ってどれくらい!?」
美緒:「だから、その・・・ちょっとはちょっとだよ!」
樹里:「そんなの人によって違うじゃない!一ヶ月?二ヶ月?三ヶ月?
樹里:あーんもう!教えてよーーー!」
美緒:「あー!うるせぇな!ちょっと待ってくれって!
美緒:せめてお前を抱き抱えられるくらいまで鍛えてから・・・あっ」
樹里:「私を、抱き抱える・・・?」
美緒:「いや、その・・・」
樹里:「ねぇ、もしかして、あなたが返事を待ってほしい理由って・・・」
美緒:「・・・」
樹里:「やだ・・・かわいい♡」
美緒:「・・・帰る!」
樹里:「あっ、ちょっと!」
美緒:「くそっ!なんだよ!生まれ変わったら、にょきにょきでっかくなりやがって!
美緒:俺だってその気になれば、すぐお前の身長くらい越せるんだからな!」
樹里:「もー!そんなの気にしないわ!
樹里:私はどんなあなたでも構わないのよー!
樹里:ねぇ、ロミオ!ロミオってばぁー!」
ナレ:・・・こうして、二人の物語は一旦幕を降ろした。
ナレ:だが、これからも彼らの人生は続いていく。
ナレ:この先の未来はわからない。
ナレ:今度は喜劇になるかもしれない。
ナレ:もしかしたら、前と同じく悲劇に終わるかもしれない。
ナレ:けれど、そんなこと、気にする必要などないのだ。
ナレ:筋書き通りの人生はもう、彼らの中でピリオドを打った。
ナレ:これからは、白紙のノートに好き勝手に、自由に未来を書き連ねていけばいいのだ。
ナレ:
ナレ:ワン・モア・タイム。
ナレ:
ナレ:今日も騒がしい日々は続く。
ナレ:彼らの新しい物語は、まだ始まったばかりなのである。
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