台本概要
826 views
タイトル | 鏡合わせ |
---|---|
作者名 | よぉげるとサマー (@gerutohoukai) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
女性2人台本ですが、お好きに性別は変更してください。 劇の音声が残るようにしてくれる場合は、ご共有下されば幸いです。是非、聴きたいです。 あと、感想もくれると喜びます。 826 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
はるか | 女 | 179 | 不器用な妹 |
かなた | 女 | 183 | 器用じゃない姉 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
はるか:ねぇ、この服どう?
かなた:んー……まぁまぁ。
はるか:なにそれ、1番困る。
かなた:別に良いんじゃん? 変じゃ無いよ。
はるか:じゃあ最初から似合ってるとかで良くない? まぁまぁ微妙ってことっしょ?
かなた:はぁ……よく分からんもん。趣味違うし。
はるか:だよねー、お姉ちゃんに可愛い系は無理だもんね。
かなた:……そうそう。ガキくさいのは似合わないーの。大人の女だから。
はるか:うへー、だるっ。別に年増だー、なんて言ってないのに。
かなた:黙れ黙れ。殴んぞ。
はるか:はいはい、殴れないくせに。
かなた:うざー…………どっか出かけんの?
はるか:えー? うん、ちょいとプレゼント選びとか、なんやかんや買い物にね。
かなた:ふぅーん。プレゼントかぁ……彼氏?
はるか:おい、それは嫌味か?
かなた:あははー……突然出来るわけないか。
はるか:そりゃそうよ。あー……突然金持ちのイケメンが無条件で私のこと好きになってくんないかなー。
かなた:突然そうなったら怖いわ。
はるか:それはそう……よし、これで行こ。見て見て、どうよ、これ。
かなた:はいはい……あー、良さげ。
はるか:でしょ? じゃあ、行ってきまーす。
かなた:はーい、気をつけて、行ってら。
はるか:…………おっと、いけない。布かけまーす。
かなた:ん? はーい。
はるか:じゃ、いってき。
かなた:…………さて、今日はどうしよっかな。
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はるか:だいまー。
かなた:ん? あぁ、おか。
はるか:やーばい。買いすぎた、金額的に。
かなた:まあ、セールの時期だしねぇ。良いもん買えたん?
はるか:そう、めっちゃ良い。高いやつが1万くらい安くなっててさ。どうしようもなかった。
かなた:買わざるを得なかったのね。
はるか:そー! あー……バイト頑張ろ。
かなた:がんばー。
はるか:そだ、これ。ほら。
かなた:ん? え、待ってそれ、めっちゃ良いじゃん。
はるか:ね、好きでしょこれ。
かなた:え、どこで売ってた?
はるか:ちょっと待ってね……えーと、はい、ここ。
かなた:写メるわ……おっけ。あー……ここか、こっちであるかな。
はるか:あ、そうか。そもそも無いかもね。
かなた:店はある気がした……あ、あるある。
はるか:良かったじゃん。まあ、じゃあ、これは供えておきますか。売ってますようにって願掛けも込めて。
かなた:効果あるかなそれ。
はるか:この前プリン供えてくれた時、お母さん買ってきてくれたし、ワンチャン。
かなた:いや、偶然でしょあんなん。
はるか:まあまあ、プレゼントみたいなもんだし。一応やっとくって。
かなた:まぁね。とりま明日……行けたら行ってみるか。
はるか:あると良いねー。
かなた:……もしかして、買いに行ったプレゼントって……私にってことだった?
はるか:全然? ふつーに誕生日近い友達の。
かなた:あそー。
はるか:え? ガッカリした?
かなた:べつに。まっ、何もなくてもプレゼント買ってきてくれる優しい妹ってことにしとく。
はるか:でも、普通にあれ、私使うからなぁ。
かなた:何なんだお前。
はるか:まぁ、姉想いってのは間違って無いとしましょう。
かなた:……それはそう。
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はるかM:とある春の日。自分の部屋が出来た。
かなたM:片方がいなくなり、その分だけ広くなった空間に、自分の物が増えて。自分だけの部屋が出来た。
はるかM:最初は寂しかったけど、少しずつ自分好みに部屋を飾っていくのは、とても楽しかった。
かなたM:きっと、それをお互いに体験しているのだろう。
はるかM:私はごちゃごちゃしちゃっている。
かなたM:私はわりとすっきりさせている。
はるかM:もう、あの頃の面影もなくなった部屋の中で。
かなたM:部屋の壁に備えついたままの姿見だけが。
はるかM:ずっと、あの頃から同じままだ。
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かなた:そういえば、そっちは梅、咲いた?
はるか:あー、庭のやつ? 色は見えてきたよ。
かなた:じゃあ同じだ。こっちもツボミが膨らんできた。
はるか:狭い庭に良く植えたよね。
かなた:うん、まあ、窓つき破るとか無さそうだし、良いけどね。
はるか:なんか植え方とかあるのかな。そういうふうにならないような。
かなた:どーだろ。たまたまじゃない? うちの家系だし。
はるか:わー、先祖ディスだ?
かなた:いやいや。そういうんじゃないけど。ほら、お母さんとか、どっか抜けてたじゃん。あと、めんどいの苦手だったし。
はるか:まあね。お父さんも器用じゃなかったしね。
かなた:そうそう。
はるか:……ねぇ、私って器用?
かなた:えー? ……不器用だね、たぶん。
はるか:そうなの?
かなた:だって、野菜切ると大きいし。
はるか:それは、別に……食べれれば良いじゃん。
かなた:あと、粉薬飲むの下手。
はるか:……それはそう。
かなた:まあ……でも不器用すぎって訳じゃないけどね。
はるか:そうですか……お姉ちゃんは、不器用に見えないなぁ。
かなた:そう?
はるか:うん。なんか、こう……そつなくこなしてるイメージ。
かなた:いやいや……そう見えてるだけだね。
はるか:そう見えるようにしてるんじゃないの?
かなた:それは……どうなんだろ。でもー……そうかも? 怒られたくないだけ、って行動してるからかもね。
はるか:ふぅーん。でもやっぱり、そう見せられるんだから、器用なんじゃない?
かなた:……そうなのかね。全然不器用な方だと思うけどね。
はるか:たとえば?
かなた:えー、難しいな…………あぁ、えっと。
はるか:思いつかん?
かなた:いや…………まぁ、なんだろ。
はるかM:鏡越しにこちらを見て、言いにくそうに笑う。
かなた:泣きたい時に……泣かなかったり、とかね。
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はるかM:実感したのは。いつだっただろう。
かなたM:冷たい体に触れた時?
はるかM:さよならと、声をかけた時?
かなたM:親が泣いていた時?
はるかM:姿を探しても見つからなかった時?
かなたM:いや、でもやっぱりそんなんじゃなくて。
はるかM:部屋から、2段ベットが無くなった時だ。
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かなたM:仕事帰り。車で大学前を通る。
かなたM:通り過ぎる時、横目に見える学生たちが楽しげに歩いていて。
かなたM:きっと、生きていたら同じようにしているんだろうな、と。
かなたM:なんとなく思ってしまう。
かなたM:あれから、何年経ったのだろうか。なんて、数えるのをやめてしまえる程、時間は過ぎていない。
かなたM:それなりに忙しいし、それを惜しむ程、日々を大切に浪費している訳でもないのに。
かなたM:なぜだか、私の体内時計はゆっくり進んでいる。
かなたM:家に着くと、まだどこも明かりがついていなかった。まだ父は仕事中のようだ。
かなた:ただいまー。
かなたM:返事は返って来ないまま、リビングまでたどり着く。
かなたM:最近導入したウォーターサーバーから水を汲み、半分だけ喉に流して、コップをテーブルに置く。
かなた:……和菓子まだあったっけ。
かなたM:甘味を求めて、リビングから和室へつながる襖(ふすま)を開ける。
かなた:お……饅頭(まんじゅう)ある。
かなたM:仏壇の上に供えてある饅頭をいただくため、軽く手を合わせて拝む。
かなた:いただきます、ありがとうございます。
かなたM:顔を上げると、病気で亡くなった母の少し若い笑顔と目が合った。
かなた:相変わらず良い顔して……私も若いうちに写真撮っといた方が良いよなぁ。
かなたM:スマホとかじゃなくて、きちんとした写真も残しておきたいなと、思う。
かなた:いつ死ぬかわかんないし。……ね?
かなたM:饅頭とコップを持って、2階にある自分の部屋へ上がる。
かなたM:部屋の電気をつけて、テーブルにコップと饅頭を置いて、ソファに座る。
はるか:おかえり。
かなたM:声の方を向くと、鏡には饅頭をかじる妹の姿が映っていた。
かなた:ただいま。
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はるか:あ、お饅頭。
かなた:あぁ、仏壇からもらってきた。
はるか:ふぅん、私の?
かなた:あんたとお母さんの。
はるか:だから、私のじゃん。
かなた:まあね。そっちは、私とお父さんの?
はるか:ううん、供えたやつの余り。ちゃんと私のおやつでーす。
かなた:あら、そ。……こっちにもあんのかな余り。
はるか:あるんじゃない? お父さん食べちゃってるかもしんないけど。
かなた:あー……それっぽいなぁ。甘いの好きだし。
はるか:ね。あんま太らせないでね。
かなた:へいへい、週末またウォーキングにでも連れて来ますよ。
はるか:いいね、健やかじゃん。
かなた:……そっちからすれば、死んでるのにね。
はるか:うん……まあ、それは、そっちからしてもそうじゃん。
かなた:そうね。
はるか:……なんかさ、嘘みたいだよね。
かなた:うん……鏡越しに死んだ方と生きてる方が入れ替わってるなんて……なんかの映画みたい。
はるか:えー、漫画の方がしっくりこない?
かなた:いや、どっちでもいいよ、そんなの。
はるか:まね。……鏡越しに見えるし、会話できるけど、他の人には見えないし聞こえないってのが、不便だよね。
かなた:うん、でも……それが出来てる時点で奇跡みたいなもんだし。しかたないんじゃん?
はるか:それはまあ……しゃーなしか。
かなた:布とかで鏡覆えば、声も聞こえなくなるし、プライベートも守れていいじゃん。
はるか:そうそう、そこはありがたいよね。
かなた:うん…………でも、これいつまで続くのかね。
はるか:ん? 消えて欲しいの?
かなた:いやいや、そういうことじゃないわ。
はるか:じゃーなんだよ。あぁ?
かなた:喧嘩越しなのやめて。
はるか:ふふ、やめてあげる。
かなた:ははっ、ありがと。
はるか:……ずっとこうだと良いのに、とは思うけどね。
かなた:んー……そうだね。
はるか:いや待って、なんか悩まなかったいま?
かなた:違う違う、ちょっとだけ、あの……結婚とかしたらさ、流石にここに住んでられないじゃん?
はるか:あーね……って、え? 結婚する予定あんの?
かなた:相手すら居ないけど、なにか?
はるか:なんだぁ……もしもの話ね。
かなた:うん。てか、そっちもそうでしょ。
はるか:まぁ……ずっとここにはいれないよね。
かなた:でしょ。お母さんも……ずっと健康とは限らないし。
はるか:えー……そりゃそうかもしれないけど。
かなた:きちんと『がん検診』とか行かせてる?
はるか:行ってる行ってる。今のとこ問題ないって。
かなた:そっか……なら、良し。
はるか:……がん、だもんね。そっちだと。
かなた:うん……私たちは事故だけど。
はるか:……お父さんは、脳梗塞だったなぁ。
かなた:……なんで、お父さんには会えないんだろね。
はるか:わかんないよ……私たち以外が部屋に来ると、ただの鏡になっちゃうんだから。
かなた:……お母さんの顔、久々に見たいのになぁ。
はるか:写メ見せてあげてるじゃん。
かなた:いや、生で見たいでしょ。
はるか:それはそう。私もお父さん見たいしなー。
かなた:……あのさ。
はるか:うん?
かなた:……嘘だったら、どうする?
はるか:なにが?
かなた:なんか……ぜんぶ。
はるか:……お姉ちゃんが、ってこと?
かなた:まあ……そう。
はるか:……え、私がおかしくなってるって?
かなた:いや、それは……こっちかもだし。
はるか:…………なんか、よくわかんないけど。そうだったらそうで良いんじゃん?
かなた:……良いかねぇ。
はるか:うん、考えてもしょうがないじゃん、そんなん。
かなた:そー……か。うん……それはそうだわ。
はるか:うんうん。……でも、私はこれで良かったなって思う。
かなた:……私も、良かったって思ってるよ。
はるか:じゃ…‥それで良いね。
かなた:うん、いっか。
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はるかM:嘘みたいな話だ。
はるか:……ねぇ、嘘でしょ?
はるかM:声が震えた。
はるか:なんで……別に良いじゃん、今のままで。
はるかM:母は首を振って、揺るがない口調で話す。
はるか:……お姉ちゃんは……どうなるのさ。
はるかM:困ったような顔をして、母は一緒だよと言ってくれる。
はるかM:違う……違う違うっ。でも……そんなこと言っても伝わらない。
はるかM:しょうがないのよ、と、母は繰り返す。
はるか:わかるけど……うん、わかるんだけど……さぁ。
はるかM:理解できる。母の事情、私たちにとってのより良い選択。現状維持の愚かさ。
はるかM:この家にどれだけの想い出が詰まっていたとしても、限界はある。
はるかM:私も、こんなことになってなければ、快く提案を受け入れただろう。
はるか:この家を売るのは……嫌なの。
はるかM:別に、祖母の家に住むことは問題ない。遠くないし、生活の質も、生活圏も、別に変わらないと思う。
はるかM:ただ……お姉ちゃんがいない。
はるか:……ちょっと、考えさせて。
はるかM:母は頷いてくれたが、きっと意味は無い。私が反対しても、期限が少し延びるだけだ。
はるかM:リビングを出て、階段を登る。
はるかM:自分の部屋のドアを閉めて、ベッドに飛び込む。
はるかM:もう、どうしようもないのだろうか。
はるかM:壁に埋め込まれた、布のかかった姿見を見る。
はるかM:小さい頃、ずっと鏡が見えてると怖くて。マスキングテープで貼り付けて、お姉ちゃんが隠してくれたのを覚えている。
はるか:まだ同じの使ってるんだよね……。
はるかM:物持ちが良いのか、なんなのか。
はるかM:くすんだ色に日焼けした布は、子供の頃好きだったキャラクターが散りばめられた物だった。
はるかM:子供っぽいし、ボロいから、違うのに変えるか、もうちょっと良い鏡の隠し方があるだろうって、皆に言われてきたけど。
はるかM:どうしてか、そのままにしてしまっていた。
はるかM:ベッドから起き上がって鏡の布を外す。鏡には、電気の消えたお姉ちゃんの部屋が映っていた。まだ帰って来てないみたいだ。
はるか:……そういえば、いつも隠してないな。
はるかM:お姉ちゃん側の鏡が隠されていたことは無かった。いつでも私が鏡を見ると、あちらが見える。
はるかM:お姉ちゃんからは、こちらで布をかけていると何も見えないし、聞こえなくなるのに。
はるか:……ちゃんとお姉ちゃんしてるなぁ。
はるかM:鏡越しに再開してから、数年が経った。
はるかM:最初は、騒いでお母さんに見せたり、幽霊だと思って怖がったりしていたけど。
はるかM:変わらず、それはちゃんと、お姉ちゃんだった。
はるかM:いまでも、それは変わらない。
はるか:……鏡持っていけたら、この奇跡は続いてくれるのかな。
はるかM:鏡越しにドアの開く音が聞こえ、映る部屋が明るくなった。
かなた:おっ、ただいま。
はるか:……おかえり。
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かなた:なに、なんか用? めっちゃ鏡の前で待機してるじゃん。
はるか:……うん。
かなた:なに? あ、ちょっと待って。着替える。
はるか:うん……あのさ。
かなた:え、話し出すの?
はるか:……ながらで良いから、聞いてて。
かなた:はいはい。
はるか:……おばあちゃんの具合がさ、あんま良く無いんだって。
かなた:えー、ほんとに? こっちじゃもう死んじゃってるけど、そっちはまだ元気だったのに。
はるか:うん……なんかあんまり、耳が聞こえなくなって来ちゃって、そっからなんかズルズルと、って感じみたいで。
かなた:あー……そうなんだ。んしょっ。よし、着替えたよ。
はるか:……まだ高校のジャージ着てるの?
かなた:部屋着なんだから良いでしょ別に。着れるし。
はるか:……良いけどさ。
かなた:で? おばあちゃんの話は?
はるか:うん……それで、心配だからって、お母さんがちょくちょく様子見に行ってるんだけど。
かなた:そんな遠くないもんね、おばあちゃん家。
はるか:……で、なんか、ずっとついてた方が良さそうみたいで、どうせなら一緒に住んだ方が良いだろって。
かなた:……まあ、そうだろうね。
はるか:……で、ここの家、売るって……言う話になって。
かなた:……売るって……いや、でも……そっか。
はるか:……どうしよう。
かなた:……どうしよう、も、ないかなぁ。
はるか:でも、それじゃ……会えなくなる。
かなた:うん……たぶん、そうだね。
はるか:……この鏡持って行くのも、たぶん無理だろうし。
はるかM:この鏡以外で、お互いが見えたことは無い。
かなたM:この鏡がもし、おばあちゃんの家に持っていけたとして、同じように見たり話したりする事が出来るとは限らない。
かなた:……ねぇ、それってさ、なんとかならなそうなの?
はるか:……たぶん、宝くじでも当たらなきゃ。
かなた:なにそれ……買ったの?
はるか:買ってないよ……当たるわけないし。
かなた:ふふ、買わないと当たらないよ。
はるか:もう良いって、宝くじは。
かなた:そだね……まあ、なんとかはならないってことね。
はるか:……なんとかなる方法、ない?
かなた:えー……なんかでも、そもそも、こっちも似たような展開になるんじゃないかな、って思ったりしてるんだよね。
はるか:……そっちでも家売るの?
かなた:いや、そんな素振りは無いけどさ、お父さん。ただ……今までもちょくちょくさ、同じようなことがお互い起こるってこと、あったじゃん。
はるか:……そうだね。
かなた:だから……うん、なんか明日とか今日とか? 言われそうだなって、こっちも。
はるか:……じゃあ、そっちでどうにかなれば、こっちもどうにかなるんじゃない?
かなた:いやぁ……そうかもしんないけどね。
はるか:……なに? なんか……諦めてない?
かなた:んー……なんて言うか……しょうがないことなのかもって……思っちゃってる。
はるか:……なんで?
かなた:……本当なら、こんな奇跡起きてないじゃん。
はるか:……そうだけど。
かなた:私の世界では、あんたとお母さんは死んじゃった。あんたの世界では、私とお父さんが死んじゃった。これは、覆らない(くつがえらない)こと。
はるかM:落ち着いた様子で、私をなだめるように言葉を続ける。
かなた:だからさ……まあ、全部元に戻るだけなのかなって。
はるか:……元に戻るだけって……なにそれ。
かなた:……私さ、泣かなかったんだよね……あんたが死んだ時。
はるか:……え?
かなた:なんか……別に嫌いじゃなかったけど、ほら……仲良かったって程でも無かったし。
はるかM:確かに、私たちはすごい仲が良かったわけじゃない。喧嘩したり、文句を言い合ったり、何となくそんな記憶の方が多かった。
かなた:普通だったんだと思うけどね。家族だから、当たり前に一緒に育って、一緒の部屋で過ごして……うん、だからと言って、親くらいのありがたみは無かったじゃん。
はるかM:いつになく、まとまりなく喋るなと、感じながら。確かにそうだったなと、思う。
かなた:だからなのかな……まあ、居るのが当たり前すぎて、実感が湧かなかったのかね。……お父さんが泣いても、あんたの顔見ても……骨になって、墓に入れても……なんか、意味がわかんなかった。
はるか:……なに、意味わかんないって。
かなた:なんだろ、なんか漠然とだけど……部屋でぼーっとしてたら……ただいまーって、帰ってくるでしょ、とか…‥思ってた。
はるか:……あはは、そんなわけ無いじゃん。死んでるのに。
かなた:うん……そうなんだけどね。で、まあ……泣くタイミング逃して、そっからなんとなく過ごしてたら……突然鏡でお互い目が合うってね。
はるか:そうだね……化けて出たのかって思った。
かなた:それね……お父さんにびっくりして言ったら、抱きしめられちゃったし。
はるか:まあ……私もそんな感じだった。可哀想に、みたいなね。
かなた:あはは……そうなるよね。普通、おかしいもん、こんなこと。
はるか:……そうだね。
かなた:……ねぇ、あんたはさ……泣いた?
はるか:……ううん、私も泣かなかった。
かなた:ふふ……ウチらの家系は不器用だね、やっぱり。
はるか:……あのさ。
かなた:うん?
はるか:……私、生きてた時よりもさ……鏡で会った後の方が……お姉ちゃんのこと好きかもなって思ってたんだけど。
かなた:……うん。
はるか:……もしかしたら、ずっと……好きだったのかも。
かなた:…………私さ、ひとつ後悔してることがあったんだ。
はるか:……なに?
かなた:……あんたが成人したら、どっか旅行しようって言ってた話。
はるか:……あったね、そんなの。
かなた:うん……そんなの待つ必要無かったなって。もっといっぱい、なんか……どこでも遊びに行けば良かったのにって。
はるか:……そんなの、しかたないじゃん。
かなた:そうだよ……しかたないんだ。だってもう、あんたは居ないんだから。
はるか:……。
かなた:私も……あんたの隣には、もう居ない。
はるか:……うん……うん。
かなた:……鏡越しに会えるだけで……それで良いって思ってた。だけど……これじゃダメなのかもって……ずっと思ってた、
はるか:……私も……お姉ちゃんに会えて、嬉しかった……でも、お姉ちゃんは本当のお姉ちゃんじゃ……無いかもしれない。
かなた:うん……だって、本当の私は……あんたが見送ってくれたでしょ?
はるか:……そっちの私だって。
かなた:そうだよ……だから、本当のあんたに悪いんじゃないかって……ずっと思ってた。
はるか:……そうだね……そうかもしれない。
かなた:……だけど。
はるか:……うん、だけど私も……お姉ちゃんも……本当じゃん……嘘じゃないよ……。
かなた:……そうだね……そうかもしれない。
はるか:…………ねえ、やっぱ……お別れになっちゃうのかな。
かなた:うん……もう変な気持ちで、墓参りしたくないでしょ?
はるか:……それもそっか。
かなた:……こっちで、鏡隠しちゃうことにするから。
はるか:……まだちょっと時間あるよ。
かなた:いや……決意が鈍らないようにね。
はるか:……そっか。
かなた:……なんか、変だね。
はるか:……なにが?
かなた:……これで最後なんだって……妙に実感があるんだ。
はるか:……わかる。
かなた:……ねえ、これまだ使ってる?
はるかM:そうやって、ひと昔前のキャラクターが散りばめられた、日焼けした布を見せてくる。
はるか:……いつもそれで鏡隠してるよ。
かなた:ふふっ、物持ちがよろしいこと。
はるか:……そっちこそ。
かなた:まあね……マステ持ってこよ。
はるか:……やだなぁ。
はるかM:どうしようもない、なんて……本当は思いたくない。
かなた:…………お待たせ、ほら、マステ可愛いのあった。
はるか:うん。
はるかM:でも、このままでも、いけない……なんて、思いたくないのに。
かなた:……よし、とりあえず上の方だけ貼るわ。
はるかM:こんなにあっさりと……終わりの時間が迫る。
はるか:ねぇ……あの、さ。
かなた:うん?
はるかM:不器用にでも……何か伝えないといけないな、と思った。
はるか:……ありがとう……お姉ちゃん。
かなた:…………こちらこそ。
はるかM:何も、私はしてあげられなかったと思うけど。
かなた:……ありがとう……私の妹でいてくれて。
はるか:……あはは、なに、それ。
かなた:……あー…………もう、なんだろうね、これ。ははっ……鏡見るの嫌だわ。
はるか:……わかるけど……最後だから、見て。
かなた:…………はいはい……ほら、見ました。
はるか:うん……うん。
かなた:……あはは、近っ。
はるか:……そだね。
かなた:でも、ほら……冷たいね。
はるか:……鏡越しだもん。
かなた:そっか……こんな、近いのにね。
はるか:……なんで、だろね。
かなた:……最後に、思いついたんだけど。
はるか:なに?
かなた:お互いの誕生日には、どっか旅行行くとか。
はるか:良いじゃん……なんか、そうじゃなくてもさ……同じとこに集まるとかの方が、エモくない?
かなた:なるほど……どこに?
はるか:……海かな。いつも海水浴行ってた。
かなた:良いけど……あんま思い出なくない?
はるか:そうだけど……海ってだけで、エモいじゃん。
かなた:……エモいのが重要なのね。
はるか:……だって、思いつかないでしょ、他に。
かなた:うん……わかった、じゃあ誕生日には、海集合で。
はるか:……忘れないでね。
かなた:はいはい。
はるか:……ふふっ。
かなた:…………あのさ、私の方が。
はるか:……うん?
かなた:私の方が…………ずっと、嫌だから……。
はるか:…………。
かなた:私の方がっ……何倍も、あんたと別れたくないんだよ。
はるか:……うん。
かなた:……でも、もう行くね。
はるか:うん……嫌だ。
かなた:……あんたは昔から……甘えるのが上手いね。
はるか:…………嫌だもん‥…私が1番……嫌。
かなた:……うん、ありがとう。
はるか:……お姉ちゃん。
かなた:……はい。
はるか:…………大好き。
かなた:……私も、大好きだよ。
はるか:…………ばいばい。
かなた:…………じゃあね。
はるかM:この日から、鏡は私の姿をうつすだけの、普通の鏡になった。
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かなた:さっむい……よく考えたら、冬じゃんあいつの誕生日。
はるか:最悪……冬の海ってこんな寒いの? 風強いし……エモいってだけで、海にするんじゃなかった。
かなた:だいたいエモいってなんなんだ……エモいってより、これじゃサスペンスだって。
はるか:……すっごい文句言われてそう。にしても、寒い寒い寒い……あー、もう車戻りたい。
かなた:……お、でもあと1分。
はるか:あと、どんくらい……お、30秒くらいじゃん。
かなた:いやでも、車に戻りながらだなこれ……5、4。
はるか:だめだめ……車に戻ろ……3、2。
かなた:いーち。
はるか:えー……ぜろ!
かなた:お誕生日ー。
はるか:おめでとうー私ー!
かなた:ハッピバースデー。(歌)
はるか:トゥーミー。ハッピバースデー。
かなた:トゥーユー。ハッピバースデー、ディーア。
はるか:わたしー……。ハッピバースデー。
かなた:トゥーユー。
はるか:あー……ありがとう。
かなた:……寒い、帰ろ。
はるか:うん、帰ろ。
かなた:ケーキ買ってこ。
はるか:いちごー、ショートケーキ。
かなた:……はいはい。
0:おわり
はるか:ねぇ、この服どう?
かなた:んー……まぁまぁ。
はるか:なにそれ、1番困る。
かなた:別に良いんじゃん? 変じゃ無いよ。
はるか:じゃあ最初から似合ってるとかで良くない? まぁまぁ微妙ってことっしょ?
かなた:はぁ……よく分からんもん。趣味違うし。
はるか:だよねー、お姉ちゃんに可愛い系は無理だもんね。
かなた:……そうそう。ガキくさいのは似合わないーの。大人の女だから。
はるか:うへー、だるっ。別に年増だー、なんて言ってないのに。
かなた:黙れ黙れ。殴んぞ。
はるか:はいはい、殴れないくせに。
かなた:うざー…………どっか出かけんの?
はるか:えー? うん、ちょいとプレゼント選びとか、なんやかんや買い物にね。
かなた:ふぅーん。プレゼントかぁ……彼氏?
はるか:おい、それは嫌味か?
かなた:あははー……突然出来るわけないか。
はるか:そりゃそうよ。あー……突然金持ちのイケメンが無条件で私のこと好きになってくんないかなー。
かなた:突然そうなったら怖いわ。
はるか:それはそう……よし、これで行こ。見て見て、どうよ、これ。
かなた:はいはい……あー、良さげ。
はるか:でしょ? じゃあ、行ってきまーす。
かなた:はーい、気をつけて、行ってら。
はるか:…………おっと、いけない。布かけまーす。
かなた:ん? はーい。
はるか:じゃ、いってき。
かなた:…………さて、今日はどうしよっかな。
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はるか:だいまー。
かなた:ん? あぁ、おか。
はるか:やーばい。買いすぎた、金額的に。
かなた:まあ、セールの時期だしねぇ。良いもん買えたん?
はるか:そう、めっちゃ良い。高いやつが1万くらい安くなっててさ。どうしようもなかった。
かなた:買わざるを得なかったのね。
はるか:そー! あー……バイト頑張ろ。
かなた:がんばー。
はるか:そだ、これ。ほら。
かなた:ん? え、待ってそれ、めっちゃ良いじゃん。
はるか:ね、好きでしょこれ。
かなた:え、どこで売ってた?
はるか:ちょっと待ってね……えーと、はい、ここ。
かなた:写メるわ……おっけ。あー……ここか、こっちであるかな。
はるか:あ、そうか。そもそも無いかもね。
かなた:店はある気がした……あ、あるある。
はるか:良かったじゃん。まあ、じゃあ、これは供えておきますか。売ってますようにって願掛けも込めて。
かなた:効果あるかなそれ。
はるか:この前プリン供えてくれた時、お母さん買ってきてくれたし、ワンチャン。
かなた:いや、偶然でしょあんなん。
はるか:まあまあ、プレゼントみたいなもんだし。一応やっとくって。
かなた:まぁね。とりま明日……行けたら行ってみるか。
はるか:あると良いねー。
かなた:……もしかして、買いに行ったプレゼントって……私にってことだった?
はるか:全然? ふつーに誕生日近い友達の。
かなた:あそー。
はるか:え? ガッカリした?
かなた:べつに。まっ、何もなくてもプレゼント買ってきてくれる優しい妹ってことにしとく。
はるか:でも、普通にあれ、私使うからなぁ。
かなた:何なんだお前。
はるか:まぁ、姉想いってのは間違って無いとしましょう。
かなた:……それはそう。
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はるかM:とある春の日。自分の部屋が出来た。
かなたM:片方がいなくなり、その分だけ広くなった空間に、自分の物が増えて。自分だけの部屋が出来た。
はるかM:最初は寂しかったけど、少しずつ自分好みに部屋を飾っていくのは、とても楽しかった。
かなたM:きっと、それをお互いに体験しているのだろう。
はるかM:私はごちゃごちゃしちゃっている。
かなたM:私はわりとすっきりさせている。
はるかM:もう、あの頃の面影もなくなった部屋の中で。
かなたM:部屋の壁に備えついたままの姿見だけが。
はるかM:ずっと、あの頃から同じままだ。
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かなた:そういえば、そっちは梅、咲いた?
はるか:あー、庭のやつ? 色は見えてきたよ。
かなた:じゃあ同じだ。こっちもツボミが膨らんできた。
はるか:狭い庭に良く植えたよね。
かなた:うん、まあ、窓つき破るとか無さそうだし、良いけどね。
はるか:なんか植え方とかあるのかな。そういうふうにならないような。
かなた:どーだろ。たまたまじゃない? うちの家系だし。
はるか:わー、先祖ディスだ?
かなた:いやいや。そういうんじゃないけど。ほら、お母さんとか、どっか抜けてたじゃん。あと、めんどいの苦手だったし。
はるか:まあね。お父さんも器用じゃなかったしね。
かなた:そうそう。
はるか:……ねぇ、私って器用?
かなた:えー? ……不器用だね、たぶん。
はるか:そうなの?
かなた:だって、野菜切ると大きいし。
はるか:それは、別に……食べれれば良いじゃん。
かなた:あと、粉薬飲むの下手。
はるか:……それはそう。
かなた:まあ……でも不器用すぎって訳じゃないけどね。
はるか:そうですか……お姉ちゃんは、不器用に見えないなぁ。
かなた:そう?
はるか:うん。なんか、こう……そつなくこなしてるイメージ。
かなた:いやいや……そう見えてるだけだね。
はるか:そう見えるようにしてるんじゃないの?
かなた:それは……どうなんだろ。でもー……そうかも? 怒られたくないだけ、って行動してるからかもね。
はるか:ふぅーん。でもやっぱり、そう見せられるんだから、器用なんじゃない?
かなた:……そうなのかね。全然不器用な方だと思うけどね。
はるか:たとえば?
かなた:えー、難しいな…………あぁ、えっと。
はるか:思いつかん?
かなた:いや…………まぁ、なんだろ。
はるかM:鏡越しにこちらを見て、言いにくそうに笑う。
かなた:泣きたい時に……泣かなかったり、とかね。
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はるかM:実感したのは。いつだっただろう。
かなたM:冷たい体に触れた時?
はるかM:さよならと、声をかけた時?
かなたM:親が泣いていた時?
はるかM:姿を探しても見つからなかった時?
かなたM:いや、でもやっぱりそんなんじゃなくて。
はるかM:部屋から、2段ベットが無くなった時だ。
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かなたM:仕事帰り。車で大学前を通る。
かなたM:通り過ぎる時、横目に見える学生たちが楽しげに歩いていて。
かなたM:きっと、生きていたら同じようにしているんだろうな、と。
かなたM:なんとなく思ってしまう。
かなたM:あれから、何年経ったのだろうか。なんて、数えるのをやめてしまえる程、時間は過ぎていない。
かなたM:それなりに忙しいし、それを惜しむ程、日々を大切に浪費している訳でもないのに。
かなたM:なぜだか、私の体内時計はゆっくり進んでいる。
かなたM:家に着くと、まだどこも明かりがついていなかった。まだ父は仕事中のようだ。
かなた:ただいまー。
かなたM:返事は返って来ないまま、リビングまでたどり着く。
かなたM:最近導入したウォーターサーバーから水を汲み、半分だけ喉に流して、コップをテーブルに置く。
かなた:……和菓子まだあったっけ。
かなたM:甘味を求めて、リビングから和室へつながる襖(ふすま)を開ける。
かなた:お……饅頭(まんじゅう)ある。
かなたM:仏壇の上に供えてある饅頭をいただくため、軽く手を合わせて拝む。
かなた:いただきます、ありがとうございます。
かなたM:顔を上げると、病気で亡くなった母の少し若い笑顔と目が合った。
かなた:相変わらず良い顔して……私も若いうちに写真撮っといた方が良いよなぁ。
かなたM:スマホとかじゃなくて、きちんとした写真も残しておきたいなと、思う。
かなた:いつ死ぬかわかんないし。……ね?
かなたM:饅頭とコップを持って、2階にある自分の部屋へ上がる。
かなたM:部屋の電気をつけて、テーブルにコップと饅頭を置いて、ソファに座る。
はるか:おかえり。
かなたM:声の方を向くと、鏡には饅頭をかじる妹の姿が映っていた。
かなた:ただいま。
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はるか:あ、お饅頭。
かなた:あぁ、仏壇からもらってきた。
はるか:ふぅん、私の?
かなた:あんたとお母さんの。
はるか:だから、私のじゃん。
かなた:まあね。そっちは、私とお父さんの?
はるか:ううん、供えたやつの余り。ちゃんと私のおやつでーす。
かなた:あら、そ。……こっちにもあんのかな余り。
はるか:あるんじゃない? お父さん食べちゃってるかもしんないけど。
かなた:あー……それっぽいなぁ。甘いの好きだし。
はるか:ね。あんま太らせないでね。
かなた:へいへい、週末またウォーキングにでも連れて来ますよ。
はるか:いいね、健やかじゃん。
かなた:……そっちからすれば、死んでるのにね。
はるか:うん……まあ、それは、そっちからしてもそうじゃん。
かなた:そうね。
はるか:……なんかさ、嘘みたいだよね。
かなた:うん……鏡越しに死んだ方と生きてる方が入れ替わってるなんて……なんかの映画みたい。
はるか:えー、漫画の方がしっくりこない?
かなた:いや、どっちでもいいよ、そんなの。
はるか:まね。……鏡越しに見えるし、会話できるけど、他の人には見えないし聞こえないってのが、不便だよね。
かなた:うん、でも……それが出来てる時点で奇跡みたいなもんだし。しかたないんじゃん?
はるか:それはまあ……しゃーなしか。
かなた:布とかで鏡覆えば、声も聞こえなくなるし、プライベートも守れていいじゃん。
はるか:そうそう、そこはありがたいよね。
かなた:うん…………でも、これいつまで続くのかね。
はるか:ん? 消えて欲しいの?
かなた:いやいや、そういうことじゃないわ。
はるか:じゃーなんだよ。あぁ?
かなた:喧嘩越しなのやめて。
はるか:ふふ、やめてあげる。
かなた:ははっ、ありがと。
はるか:……ずっとこうだと良いのに、とは思うけどね。
かなた:んー……そうだね。
はるか:いや待って、なんか悩まなかったいま?
かなた:違う違う、ちょっとだけ、あの……結婚とかしたらさ、流石にここに住んでられないじゃん?
はるか:あーね……って、え? 結婚する予定あんの?
かなた:相手すら居ないけど、なにか?
はるか:なんだぁ……もしもの話ね。
かなた:うん。てか、そっちもそうでしょ。
はるか:まぁ……ずっとここにはいれないよね。
かなた:でしょ。お母さんも……ずっと健康とは限らないし。
はるか:えー……そりゃそうかもしれないけど。
かなた:きちんと『がん検診』とか行かせてる?
はるか:行ってる行ってる。今のとこ問題ないって。
かなた:そっか……なら、良し。
はるか:……がん、だもんね。そっちだと。
かなた:うん……私たちは事故だけど。
はるか:……お父さんは、脳梗塞だったなぁ。
かなた:……なんで、お父さんには会えないんだろね。
はるか:わかんないよ……私たち以外が部屋に来ると、ただの鏡になっちゃうんだから。
かなた:……お母さんの顔、久々に見たいのになぁ。
はるか:写メ見せてあげてるじゃん。
かなた:いや、生で見たいでしょ。
はるか:それはそう。私もお父さん見たいしなー。
かなた:……あのさ。
はるか:うん?
かなた:……嘘だったら、どうする?
はるか:なにが?
かなた:なんか……ぜんぶ。
はるか:……お姉ちゃんが、ってこと?
かなた:まあ……そう。
はるか:……え、私がおかしくなってるって?
かなた:いや、それは……こっちかもだし。
はるか:…………なんか、よくわかんないけど。そうだったらそうで良いんじゃん?
かなた:……良いかねぇ。
はるか:うん、考えてもしょうがないじゃん、そんなん。
かなた:そー……か。うん……それはそうだわ。
はるか:うんうん。……でも、私はこれで良かったなって思う。
かなた:……私も、良かったって思ってるよ。
はるか:じゃ…‥それで良いね。
かなた:うん、いっか。
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はるかM:嘘みたいな話だ。
はるか:……ねぇ、嘘でしょ?
はるかM:声が震えた。
はるか:なんで……別に良いじゃん、今のままで。
はるかM:母は首を振って、揺るがない口調で話す。
はるか:……お姉ちゃんは……どうなるのさ。
はるかM:困ったような顔をして、母は一緒だよと言ってくれる。
はるかM:違う……違う違うっ。でも……そんなこと言っても伝わらない。
はるかM:しょうがないのよ、と、母は繰り返す。
はるか:わかるけど……うん、わかるんだけど……さぁ。
はるかM:理解できる。母の事情、私たちにとってのより良い選択。現状維持の愚かさ。
はるかM:この家にどれだけの想い出が詰まっていたとしても、限界はある。
はるかM:私も、こんなことになってなければ、快く提案を受け入れただろう。
はるか:この家を売るのは……嫌なの。
はるかM:別に、祖母の家に住むことは問題ない。遠くないし、生活の質も、生活圏も、別に変わらないと思う。
はるかM:ただ……お姉ちゃんがいない。
はるか:……ちょっと、考えさせて。
はるかM:母は頷いてくれたが、きっと意味は無い。私が反対しても、期限が少し延びるだけだ。
はるかM:リビングを出て、階段を登る。
はるかM:自分の部屋のドアを閉めて、ベッドに飛び込む。
はるかM:もう、どうしようもないのだろうか。
はるかM:壁に埋め込まれた、布のかかった姿見を見る。
はるかM:小さい頃、ずっと鏡が見えてると怖くて。マスキングテープで貼り付けて、お姉ちゃんが隠してくれたのを覚えている。
はるか:まだ同じの使ってるんだよね……。
はるかM:物持ちが良いのか、なんなのか。
はるかM:くすんだ色に日焼けした布は、子供の頃好きだったキャラクターが散りばめられた物だった。
はるかM:子供っぽいし、ボロいから、違うのに変えるか、もうちょっと良い鏡の隠し方があるだろうって、皆に言われてきたけど。
はるかM:どうしてか、そのままにしてしまっていた。
はるかM:ベッドから起き上がって鏡の布を外す。鏡には、電気の消えたお姉ちゃんの部屋が映っていた。まだ帰って来てないみたいだ。
はるか:……そういえば、いつも隠してないな。
はるかM:お姉ちゃん側の鏡が隠されていたことは無かった。いつでも私が鏡を見ると、あちらが見える。
はるかM:お姉ちゃんからは、こちらで布をかけていると何も見えないし、聞こえなくなるのに。
はるか:……ちゃんとお姉ちゃんしてるなぁ。
はるかM:鏡越しに再開してから、数年が経った。
はるかM:最初は、騒いでお母さんに見せたり、幽霊だと思って怖がったりしていたけど。
はるかM:変わらず、それはちゃんと、お姉ちゃんだった。
はるかM:いまでも、それは変わらない。
はるか:……鏡持っていけたら、この奇跡は続いてくれるのかな。
はるかM:鏡越しにドアの開く音が聞こえ、映る部屋が明るくなった。
かなた:おっ、ただいま。
はるか:……おかえり。
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かなた:なに、なんか用? めっちゃ鏡の前で待機してるじゃん。
はるか:……うん。
かなた:なに? あ、ちょっと待って。着替える。
はるか:うん……あのさ。
かなた:え、話し出すの?
はるか:……ながらで良いから、聞いてて。
かなた:はいはい。
はるか:……おばあちゃんの具合がさ、あんま良く無いんだって。
かなた:えー、ほんとに? こっちじゃもう死んじゃってるけど、そっちはまだ元気だったのに。
はるか:うん……なんかあんまり、耳が聞こえなくなって来ちゃって、そっからなんかズルズルと、って感じみたいで。
かなた:あー……そうなんだ。んしょっ。よし、着替えたよ。
はるか:……まだ高校のジャージ着てるの?
かなた:部屋着なんだから良いでしょ別に。着れるし。
はるか:……良いけどさ。
かなた:で? おばあちゃんの話は?
はるか:うん……それで、心配だからって、お母さんがちょくちょく様子見に行ってるんだけど。
かなた:そんな遠くないもんね、おばあちゃん家。
はるか:……で、なんか、ずっとついてた方が良さそうみたいで、どうせなら一緒に住んだ方が良いだろって。
かなた:……まあ、そうだろうね。
はるか:……で、ここの家、売るって……言う話になって。
かなた:……売るって……いや、でも……そっか。
はるか:……どうしよう。
かなた:……どうしよう、も、ないかなぁ。
はるか:でも、それじゃ……会えなくなる。
かなた:うん……たぶん、そうだね。
はるか:……この鏡持って行くのも、たぶん無理だろうし。
はるかM:この鏡以外で、お互いが見えたことは無い。
かなたM:この鏡がもし、おばあちゃんの家に持っていけたとして、同じように見たり話したりする事が出来るとは限らない。
かなた:……ねぇ、それってさ、なんとかならなそうなの?
はるか:……たぶん、宝くじでも当たらなきゃ。
かなた:なにそれ……買ったの?
はるか:買ってないよ……当たるわけないし。
かなた:ふふ、買わないと当たらないよ。
はるか:もう良いって、宝くじは。
かなた:そだね……まあ、なんとかはならないってことね。
はるか:……なんとかなる方法、ない?
かなた:えー……なんかでも、そもそも、こっちも似たような展開になるんじゃないかな、って思ったりしてるんだよね。
はるか:……そっちでも家売るの?
かなた:いや、そんな素振りは無いけどさ、お父さん。ただ……今までもちょくちょくさ、同じようなことがお互い起こるってこと、あったじゃん。
はるか:……そうだね。
かなた:だから……うん、なんか明日とか今日とか? 言われそうだなって、こっちも。
はるか:……じゃあ、そっちでどうにかなれば、こっちもどうにかなるんじゃない?
かなた:いやぁ……そうかもしんないけどね。
はるか:……なに? なんか……諦めてない?
かなた:んー……なんて言うか……しょうがないことなのかもって……思っちゃってる。
はるか:……なんで?
かなた:……本当なら、こんな奇跡起きてないじゃん。
はるか:……そうだけど。
かなた:私の世界では、あんたとお母さんは死んじゃった。あんたの世界では、私とお父さんが死んじゃった。これは、覆らない(くつがえらない)こと。
はるかM:落ち着いた様子で、私をなだめるように言葉を続ける。
かなた:だからさ……まあ、全部元に戻るだけなのかなって。
はるか:……元に戻るだけって……なにそれ。
かなた:……私さ、泣かなかったんだよね……あんたが死んだ時。
はるか:……え?
かなた:なんか……別に嫌いじゃなかったけど、ほら……仲良かったって程でも無かったし。
はるかM:確かに、私たちはすごい仲が良かったわけじゃない。喧嘩したり、文句を言い合ったり、何となくそんな記憶の方が多かった。
かなた:普通だったんだと思うけどね。家族だから、当たり前に一緒に育って、一緒の部屋で過ごして……うん、だからと言って、親くらいのありがたみは無かったじゃん。
はるかM:いつになく、まとまりなく喋るなと、感じながら。確かにそうだったなと、思う。
かなた:だからなのかな……まあ、居るのが当たり前すぎて、実感が湧かなかったのかね。……お父さんが泣いても、あんたの顔見ても……骨になって、墓に入れても……なんか、意味がわかんなかった。
はるか:……なに、意味わかんないって。
かなた:なんだろ、なんか漠然とだけど……部屋でぼーっとしてたら……ただいまーって、帰ってくるでしょ、とか…‥思ってた。
はるか:……あはは、そんなわけ無いじゃん。死んでるのに。
かなた:うん……そうなんだけどね。で、まあ……泣くタイミング逃して、そっからなんとなく過ごしてたら……突然鏡でお互い目が合うってね。
はるか:そうだね……化けて出たのかって思った。
かなた:それね……お父さんにびっくりして言ったら、抱きしめられちゃったし。
はるか:まあ……私もそんな感じだった。可哀想に、みたいなね。
かなた:あはは……そうなるよね。普通、おかしいもん、こんなこと。
はるか:……そうだね。
かなた:……ねぇ、あんたはさ……泣いた?
はるか:……ううん、私も泣かなかった。
かなた:ふふ……ウチらの家系は不器用だね、やっぱり。
はるか:……あのさ。
かなた:うん?
はるか:……私、生きてた時よりもさ……鏡で会った後の方が……お姉ちゃんのこと好きかもなって思ってたんだけど。
かなた:……うん。
はるか:……もしかしたら、ずっと……好きだったのかも。
かなた:…………私さ、ひとつ後悔してることがあったんだ。
はるか:……なに?
かなた:……あんたが成人したら、どっか旅行しようって言ってた話。
はるか:……あったね、そんなの。
かなた:うん……そんなの待つ必要無かったなって。もっといっぱい、なんか……どこでも遊びに行けば良かったのにって。
はるか:……そんなの、しかたないじゃん。
かなた:そうだよ……しかたないんだ。だってもう、あんたは居ないんだから。
はるか:……。
かなた:私も……あんたの隣には、もう居ない。
はるか:……うん……うん。
かなた:……鏡越しに会えるだけで……それで良いって思ってた。だけど……これじゃダメなのかもって……ずっと思ってた、
はるか:……私も……お姉ちゃんに会えて、嬉しかった……でも、お姉ちゃんは本当のお姉ちゃんじゃ……無いかもしれない。
かなた:うん……だって、本当の私は……あんたが見送ってくれたでしょ?
はるか:……そっちの私だって。
かなた:そうだよ……だから、本当のあんたに悪いんじゃないかって……ずっと思ってた。
はるか:……そうだね……そうかもしれない。
かなた:……だけど。
はるか:……うん、だけど私も……お姉ちゃんも……本当じゃん……嘘じゃないよ……。
かなた:……そうだね……そうかもしれない。
はるか:…………ねえ、やっぱ……お別れになっちゃうのかな。
かなた:うん……もう変な気持ちで、墓参りしたくないでしょ?
はるか:……それもそっか。
かなた:……こっちで、鏡隠しちゃうことにするから。
はるか:……まだちょっと時間あるよ。
かなた:いや……決意が鈍らないようにね。
はるか:……そっか。
かなた:……なんか、変だね。
はるか:……なにが?
かなた:……これで最後なんだって……妙に実感があるんだ。
はるか:……わかる。
かなた:……ねえ、これまだ使ってる?
はるかM:そうやって、ひと昔前のキャラクターが散りばめられた、日焼けした布を見せてくる。
はるか:……いつもそれで鏡隠してるよ。
かなた:ふふっ、物持ちがよろしいこと。
はるか:……そっちこそ。
かなた:まあね……マステ持ってこよ。
はるか:……やだなぁ。
はるかM:どうしようもない、なんて……本当は思いたくない。
かなた:…………お待たせ、ほら、マステ可愛いのあった。
はるか:うん。
はるかM:でも、このままでも、いけない……なんて、思いたくないのに。
かなた:……よし、とりあえず上の方だけ貼るわ。
はるかM:こんなにあっさりと……終わりの時間が迫る。
はるか:ねぇ……あの、さ。
かなた:うん?
はるかM:不器用にでも……何か伝えないといけないな、と思った。
はるか:……ありがとう……お姉ちゃん。
かなた:…………こちらこそ。
はるかM:何も、私はしてあげられなかったと思うけど。
かなた:……ありがとう……私の妹でいてくれて。
はるか:……あはは、なに、それ。
かなた:……あー…………もう、なんだろうね、これ。ははっ……鏡見るの嫌だわ。
はるか:……わかるけど……最後だから、見て。
かなた:…………はいはい……ほら、見ました。
はるか:うん……うん。
かなた:……あはは、近っ。
はるか:……そだね。
かなた:でも、ほら……冷たいね。
はるか:……鏡越しだもん。
かなた:そっか……こんな、近いのにね。
はるか:……なんで、だろね。
かなた:……最後に、思いついたんだけど。
はるか:なに?
かなた:お互いの誕生日には、どっか旅行行くとか。
はるか:良いじゃん……なんか、そうじゃなくてもさ……同じとこに集まるとかの方が、エモくない?
かなた:なるほど……どこに?
はるか:……海かな。いつも海水浴行ってた。
かなた:良いけど……あんま思い出なくない?
はるか:そうだけど……海ってだけで、エモいじゃん。
かなた:……エモいのが重要なのね。
はるか:……だって、思いつかないでしょ、他に。
かなた:うん……わかった、じゃあ誕生日には、海集合で。
はるか:……忘れないでね。
かなた:はいはい。
はるか:……ふふっ。
かなた:…………あのさ、私の方が。
はるか:……うん?
かなた:私の方が…………ずっと、嫌だから……。
はるか:…………。
かなた:私の方がっ……何倍も、あんたと別れたくないんだよ。
はるか:……うん。
かなた:……でも、もう行くね。
はるか:うん……嫌だ。
かなた:……あんたは昔から……甘えるのが上手いね。
はるか:…………嫌だもん‥…私が1番……嫌。
かなた:……うん、ありがとう。
はるか:……お姉ちゃん。
かなた:……はい。
はるか:…………大好き。
かなた:……私も、大好きだよ。
はるか:…………ばいばい。
かなた:…………じゃあね。
はるかM:この日から、鏡は私の姿をうつすだけの、普通の鏡になった。
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かなた:さっむい……よく考えたら、冬じゃんあいつの誕生日。
はるか:最悪……冬の海ってこんな寒いの? 風強いし……エモいってだけで、海にするんじゃなかった。
かなた:だいたいエモいってなんなんだ……エモいってより、これじゃサスペンスだって。
はるか:……すっごい文句言われてそう。にしても、寒い寒い寒い……あー、もう車戻りたい。
かなた:……お、でもあと1分。
はるか:あと、どんくらい……お、30秒くらいじゃん。
かなた:いやでも、車に戻りながらだなこれ……5、4。
はるか:だめだめ……車に戻ろ……3、2。
かなた:いーち。
はるか:えー……ぜろ!
かなた:お誕生日ー。
はるか:おめでとうー私ー!
かなた:ハッピバースデー。(歌)
はるか:トゥーミー。ハッピバースデー。
かなた:トゥーユー。ハッピバースデー、ディーア。
はるか:わたしー……。ハッピバースデー。
かなた:トゥーユー。
はるか:あー……ありがとう。
かなた:……寒い、帰ろ。
はるか:うん、帰ろ。
かなた:ケーキ買ってこ。
はるか:いちごー、ショートケーキ。
かなた:……はいはい。
0:おわり